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自分に縋り付くようにして気を失った少女を抱き上げ、氷翠王【シャナオウ】はその少女を見下ろした。
少女の胸が呼吸のためにか細く上下している。
それだけが少女が生きていると分かる事実を知らせる。
ぐったりとしたその身体が小刻みに震えている。
そして寒さに堪えるためだろうか、まるで助けを求めるように少女はその小さな指先が白さを通り過ぎて蒼くなるほど氷翠王の肩の部分の服を握り締めている。
否、求めるように、ではなく、求めている。
その仕草はあまりにも哀れで胸を突かれる。
ひたすらか細い息は、それすらだんだんと弱まり切っていく。
かなり冷えている。

それに気づいたように一瞬、少女の縋る指に力が入り、強張った表情が緩んだ。
氷翠王もそれに気づき、少女の濡れて凍っている髪を自分の手指で溶かすように何度も撫でて、ほぐしていく。
『わかった・・・・・・わかったから。大丈夫。もう・・・・・・・寒くない。』
氷翠王はそう語りかけて、ぬくもりを伝えてやるように抱いた少女の身体を引き寄せた。
雪は未だ止む気配は、ない。
(このままでは死んでしまう。)
少女の身体はこれ以上この雪山の寒さに堪えられないだろう。
とても雪山に入る格好ではない少女に自分の上着を身体を包み込むようにくるませる。
このまま此処にいても少女が凍えるだけだ。
少女だけではない。
気丈に一人で立ち、獅吼【シコウ】に食って掛かっている少年もだ。

が、それより先にしなければならない事がまだ待っている。
遭難者が少女だけならそのまま馬を駆けさせてでも、自分の屋敷に連れて行くことができるが、生憎ともう一人。
触れることが許されなければ助けることもできない。
だが少年は生がある限りをもって極上の敵意と憎悪でもって、獅吼に相対している。
よほど、相性が悪いらしい。

未だ少年の容赦ない攻撃をかわしながら、それでも余裕で相手を揶揄する獅吼の名を氷翠王は呼んだ。
少女を抱き上げ、彼らとの距離を測りながら近づく。
『獅吼。』
その氷翠王の確かな声に、獅吼は主に忠実な番犬のようにこちらをないがしろには決してしない熱意さで氷翠王と少女に身体を向き直って目を向けた。
少年はそのことに頓着せず、獅吼のその行動を“隙”と見たのだろう、そのまま獅吼に身体が凍傷を起こしかけているとは思えぬ鋭敏さでもって攻撃を仕掛ける。
が、獅吼は一瞬面白げに片眉を吊り上げたが、少年をはるかに上回る俊敏な動きで面倒くさそうに少年を叩き伏せた。
『ようやく、かい?先生。待ちくたびれたぜ。』
色悪、という形容がこうまで似合う男は他にいないだろうという口調と声で、自分のことを先生、という可笑しなあだ名で呼ぶ男に氷翠王は真っ直ぐに視線を返して笑みを浮かべた。
『あんた・・・・・・・っ!』
獅吼の言葉に、自分がその警戒心を逆手に取られて少女の方に気が向かないように注意を逸らされていたことに少年は気がついたのだろう。
一瞬、自分への怒りに燃え上がった少年の瞳は、けれど氷翠王と少女に戻された途端に驚きと戸惑いの色に変わった。
その少年に瞳を移して氷翠王は少年に話しかけた。
なるべく刺激をしないように、理性的に。
『あなた方に危害を加えるつもりはない。行く当てがあるのならば、そこへ無事に辿り着けるよう、取り計らおう。』
その氷翠王の声音に少年は少し目を見張り、けれどいったんは幾らかの冷静さを取り戻す。
または取り戻したかのように装った。
だが、言外にあなた達二人の今の状態では何処にも行けないだろう、と意味と最初から行く当てがあるのならこんな【禁足地】などに入り込みはしないだろう、という意味を込めた氷翠王の言葉に、少年は唇を噛み締めて警戒心に満ちた眼差しでこちらを凝視する。
まるで一片の嘘も悪意も見逃すまい、とするように。
その少年を獅吼は面白げにからかう。
『悪意のない人間に随分な態度だな。それとも怯えなきゃいけねえ理由でもあるのか?』
それに少年はカッとなって獅吼に怒鳴り返す。
氷翠王に対する時とは違い、えらく沸点が低い。
『うるせぇ。誰が初対面なのに『はい、そうですか』って、てめぇを信用するのかよ。どう贔屓目に見たって、てめぇは堅気じゃねぇだろうがっ!!』
『おいおい。言うに事欠いてそれかよ。何で分からないかねぇ。ぱっと一目で正確に俺の性格を分からせてやろうという俺の優しさが。』
『そうなのか?・・・・・・・まあ、お前の格好を見て控え目で大人しい男だ、と言う者はいないだろうが。』
とどめに知らなかった、と嘯く氷翠王に獅吼は珍しく苦笑した。
『先生。それは一応、執り成しているつもりかい?』
『いいや。執り成して欲しいのか?』
自分の後始末ぐらい自分でできるだろう、と当たり前のように言う氷翠王にさしもの獅吼の勝てない。
気がつけば、少年だけが話に置いていかれているのにその原因になった本人が悪げもなく執り成した。
『で?先生、どうするつもりだ?』
長くなりそうな話に獅吼は煙管を取り出してふかし始める。
『何より先に治療を施したい。町のほうに戻ってもいいが、ちゃんと医学を修めた医者はいないだろう。あなた方の状態を見れば、温かい湯に放り込んだ後瀉血しようとするだろうが、駄目だ。あんな治療法では身体が弱まるだけだ。それより【禁足地】に連れて行って雪花【セッカ】に診てもらった方が良い。』
『だろうな。骨折だけでも足をのこぎり引きで切り落とす医者と汚れた包帯を使って傷口を化膿させる医者しか町にはいないからな。』
最後の言葉以外は少年に向けた氷翠王の言葉に、獅吼は同意をしめす言葉を返す。
あまりの現状の酷さに目を剥いていた少年がやっと我に返り、ギリギリとこちらを睨み据える。
『何処に連れて行くつもりなのか知らねぇが、俺はあんたたちに付いてはいかない。・・・・・・・・・そいつを、放せ。』
『へぇ・・・・・・・、粋な口を利きやがる。その意気の良さと無鉄砲さは認めるが、引き際を誤る馬鹿は一番に死ぬぞ、生憎とな。』
『黙れよ。あんたも、金掴まされて頼まれた口だろうがっ!』
人を食ったような獅吼の口上と殺気を向ける少年の毒舌を黙って聞いていた氷翠王は、ふいに表情を緩ませて微笑した。
『賢明だな。“深慮”、それだけが自分の身を守ってくれる。もちろんそれ以外を守るためにはそれを更に利刃のように砥いでおかないと、生きてはいけない。』
けんめい、の言葉に懸命の意味を氷翠王が含ませたことに少年は気づかない。
けれど言いたいことの意味は分かっているだろう。
言葉のとおり、賢い少年だ。
それは痛いほど自覚の刃を少年に突きつけることだろう。
同時に、敵意と殺意が剥き出しの自分の態度を気にも留めず、柔らかな微笑と声をむけてくる氷翠王に少年は困惑する。
だが、次に氷翠王は痛いところを突いた。
『そこまであなた達には利用価値があるのか?』
少年はしまったとでもいうように唇を噛んだ。
もし、この二人組みが何も知らなかったとしても、今までの少年自身の態度と言葉で、自分たちが何かに追われていること、何かから逃げていることが丸分かりだ。
それすらにも、頭が回らなかったと、少年は自分の迂闊さに自分を八つ裂きにしたいほどの憎悪を覚えた。
その感情が、今まで気力だけで立っていた少年を揺らがせる。
気を失うまい、と足が地に噛むように立つ少年の肩が、それでも身体に正直にふらつく。
それを触れるか触れないかの微妙な接触で氷翠王は支える。
傷を負った獣のように牙を剥く少年の矜持を無遠慮で無神経な優しさで穢したくはなかったのだ。
そして少年が自分の手を振り払おうとするだろう事を見越して、氷翠王は少年が氷翠王の手を振り払うことで体力を削らせないようにすぐに手を離す。
少年の警戒心をこれ以上逆撫でしない程度の距離を置く。
まあ、少女を腕に抱いているので反感を買わない、などということはないだろうが。
『私たちは【禁足地】に住む者だ。』
少年たちの体調を慮り、氷翠王は一気に話を進めることを決めた。
少年は名だけは聞いたことがあるだろう地名に、眼を見開く。
『そこにはあなたたちのように行き場のない者が、大勢いる。彼らは、外の何にも服従しない。己の名の下に戦う者ばかりだ。自分の足で立ち、己の信念にしか従わない。身分や名や地を問わない。過去も、髪や瞳の色も。失いかけたものは、守ることで再び取り戻せる。欲しいものがあるのなら、戦えばいい。』
静かだが強い意志が宿る氷翠王の言葉に、少年は言いたいことが分かったのだろう。
氷翠王が言葉に孕んだ、少年にとっての対象である少女に少年は視線を滑らせた。
それをしずかに見据えながら、少年にとっては厳しいであろう言葉を氷翠王は向けた。
『確かに初対面の人間を信用などできないだろう。追われているならなおさら用心深くならなければならない。だが、ではそれを何で測る。今、ここで。』
氷翠王の厳しい言葉に少年は図星の苛立ちを己にぶつける。
『道は二つ。このまま此処でのたれ死ぬか、私たちと共に来るか。徒に此処で待ってもあなたの望むものは手に入らない。ならば、まだ可能性のある方に賭けてみるのも一興だとは思うがな。まあ・・・・・・、あなた次第だ。』
『・・・・・・・・・・・・。』
『同じ戦うなら、残るもののために戦え。・・・・・私はその機会を与えてやれるぞ。そしてその賭けに勝てばあなたは居場所を作れる。この子が、生きているのだから。』
『・・・・・なんでだ?』
『何がだ。』
『こんなことして得があんのか?口調からして本当に俺たちのこと何も知らないんだろ?・・・・・なんでそんなこと・・・・・・・・。』
言うんだ、と問う少年に氷翠王は無造作に返事を放り投げる。
『別に困らないからな、私は。』
『なぜ?』
『私はあなたにどうこうされてたりはしていないからな。』
『さっき攻撃をしかけただろう。』
『別に死んでいないからな。獅吼も私も。問題ない。』
『・・・・・・本気か。』
『ああ。』
『・・・・・・・・・・・・。』
潔すぎる氷翠王の言葉に聞く耳を持ちながらも、未だ半信半疑の少年に、氷翠王は言葉を続けた。
『生きながらせたい訳じゃない、決して。』
行き成り続いた言葉をいぶかしみながらも、少年は再び氷翠王に眼を遣る。
『局を見れず、感情ばかりに走るならばこのまま其処に死ぬまでいればいい。』
その言葉に本気を見てとって、少年はそれが最後通牒だということを知る。
『“生きたい”なら、来い。最大限の助力を約束しよう。』
氷翠王の言葉は痛いが、事実だ。
ここにいれば死ぬ。
この機会を逃せば、少年は少女と此処で心中することになるだろう。
『・・・・・・・・こいつに、危害は加えないんだな。』
確認の口調になった少年に、氷翠王は真率な瞳をこちらに真っ直ぐに向けてくる。
『約束しよう。』
予想通りの言葉を得、少年は精根尽きたように瞳を閉じて肯いた。






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最終更新日  2006年05月01日 17時23分08秒
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