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   歯を喰いしばり、血が流れ続けても唇を噛み。

   それと周囲に知らせぬ為に、顔には微笑を。

   声には穏やかな思いやりという仮面を。

   感じさせる“痛み”だけが私の命。

   大丈夫。私は堪えられる。



     (嘘だ・・・・・・・何一つ堪えられない。)



 *

朝の光。

湯船から手を透かし、快い水音に身をゆだねる。
あの男からした腐った血の匂いが不快で、洗い流したかったのだ。
ぴたりと濡れた前髪が頬に掛かるのを気怠るげに梳き上げ、頬杖をつく。
心地良さと気怠るさの狭間に思考をたゆたわせながら、氷翠王【シャナオウ】は今朝見た夢を思い出していた。
片耳にだけ着けている薔薇の花と茨に雁字搦めにされている蝶の耳飾りにそっと触れる。
母の形見だ。
母の・・・・・・・ずいぶんと昔の夢を見た。
『大好きよ、氷翠。あなたはどうしても欲しくて生んだ愛しい子。あの人を愛した、あの人に愛された証。私はね、氷翠が一番好きよ。誰よりも必要としているわ。あなたがいないとその後一秒も息をしないわ。氷翠が私の全て。あなたなしでは生きていけないわ。』
呪いのように幾度も幾度も繰り返された言葉。
その言葉の通り、母は氷翠王が少しでも自分の傍を離れれば自分の首筋を切り裂いた。
血塗れた部屋を目にするのは一度や二度ではなかったが、それももう慣れてきた・・・・・と言うより麻痺し始めたころ(当時氷翠王はまだ五、六歳だった)。

庭園に面する離れの一角に、かなりの遠目に氷翠王は母の姿を見たのだ。
母は父と話す氷翠王の姿を静かに見つめていた。
そして目が合った。
母はこの世の者ではないほどに美しく・・・・・天使のように笑ったのだ。
氷翠王が驚き、父との話を中断して『・・・・母、君。』と思わず呼びかけた時・・・・・・、それが言い終わる間も無く、母は持っていた懐刀で喉を切り裂いた。

その日の夜、母は自分の生涯をかけて愛した“最愛の人”・・・・・・・父の息の根を止め、自らもその喉を突いて、逝った。
無理心中だった。
父を庇って受けた傷が与える熱と激痛に堪えながら、生理的涙で霞む瞳で見上げ、見つけたものは天使のような悪魔のような美しい微笑の母の死に顔と、そして、黒。
この時初めて血は黒いものだと知った。
それからもう一つ。
『あなたがいないとその後一秒も息をしないわ。あなたが私の全て。あなたなしでは生きていけないわ。』
この時初めて、この言葉が言葉通り自分に向けられていたのではなく、父に向けられていたものだったのだと知った。
「・・・・・・・・・・・?」
ばしゃん、と突如響いた大きな水音に、氷翠王は伏せていた目を上げる。
と、すぐ目の前に目が覚めるような湖面の碧色をした大きな瞳があった。
そのまま数秒、それと見詰め合う。
紅丹【ボタン】だった。
「氷翠。私に何か言うことがあるでしょう。」
じいいいいいっと音がしそうなほど見つめられながら、無造作にじっと視線を返すと、紅丹も負けじと食い入るように見詰めてくる。
だから氷翠王は思いついたことを口にした。
「お早う。いい夢は見れたか?」
それは毎日寝台で目が覚めたとき、一番に紅丹の髪を梳きながら言ってやる言葉だった。
今日はそれもなしに氷翠王が一人で出かけたことに、紅丹は拗ねているようだ。
起きて仕事に出た時間が朝の四時だったため、起こさずにおいたのだがそれが裏目に出たらしい。
「・・・・・うん。」
こくり、と頷き紅丹は正面から抱きついてくる。
それでもまだ気に食わないのかぐずるように押し黙る紅丹の頭をなだめるように撫でてやり、まだ幼い手の平を握って抱きしめる。
昨日もほとんど一日傍にいてやることもできなかった上、今朝も目が覚めればいなかったのだ。
どれだけ不安にさせたのか心中を察しても余りある。
それでなくとも紅丹は、一度捨てられた記憶があるのだ。
新しい保護者である氷翠王にも常に捨てられるかもしれない恐怖を抱いていてもおかしくない。
「すまない。不安にさせた。」
幾度も髪を梳いてやり、頼りない背を抱いてやる。
何処までも真摯なまなざしで愛情を注ぎ、同じ言葉を繰り返し、約束と許しを請う。
十ほどの子供に何をと言われるかもしれないが、これが氷翠王のやり方だった。
上からものは言わない。
必要なのは信じると言う真摯さと無償の愛情だけだ。
謝罪と許しを請う態度と言葉も惜しまない。
「最大限の努力をする。これから、お前を不安にさせたりしないと誓う。」
徐々に紅丹の強張っていた肩が弛んでくるのが分かる。
「・・・・・うん。」
温かいその優しさに心が蕩けるように感じながら紅丹は瞳を閉じる。
氷翠王からはいつも幸福の香りがした。
紅丹はそれをいつも感じて、氷翠王だけが自分を幸せにしてくれることを知っていた。
(黒髪の、私の天使。)
だからいつも、むずがるように甘えてしまうのだ。
この存在がなければ、生きていけない、と感じるほどに・・・・・・・・。





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最終更新日  2006年10月06日 17時27分03秒
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