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2007年01月21日
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白い月。
どこまでも忌々しい夜はそれに照らされているだけで、ずいぶん美しく見える。
濡れ縁でソレを見上げながら少女はイヤに澄んだ声で呟きかけた。
浴衣からすっと綺麗に伸びた手は頬杖をついて、視線は話しかけた相手には向かずただ美しい庭園を見つめている。
「ねぇ、氷翠【シャナ】がいないわ。」
少女の湖面色の瞳は澄んでいる。どこまでも。深遠に。
「・・・・・・・・・・此の屋敷の、どこにも・・・・・・・。」
少女の背後にいる男は言葉を発することなく静観している。
「・・・・・・・どうしてかしら。愛しているのなら、どうして・・・・・・・いいえ、違ったわ。あの男は氷翠を愛しているんじゃなかった。偶像崇拝だったわね。」

詩吟をたしなむ様に言葉を紡ぐ冷酷なほど美しい声は、笑みに吊り上げられた男の口から滑り落ちた。
黒曜国国王勅命の紋章を旗に掲げた私掠船の副船長・・・・・・・・・斎賀【サイガ】であった。
海賊とは思えないほどの貴族的な美貌の男は、その言葉のわりにはぞっとする冷笑を浮かべている。
氷のような薄い色の青の瞳は、絶対零度の光を湛えている。
「・・・・・・・・・私も、あんな風になるのかしら。」
きらきらと輝くエメラルド色の瞳はひどく澄みきって、少女・・・・・・・紅丹【ぼたん】の美貌を神的なものにしている。
「君が・・・・・・・?」
紅丹はソレに静かに肯き、淡々と言葉を繋げた。
「私は三年前まで、氷翠の兄であるあの男を・・・・・・・・私の前の主を愛していたわ・・・・・・。いいえ、愛していると、思っていた。」
「あの人は私の全てだった。私を育てた男だった。私を、女にした男だった。」
「それが、氷翠への憎悪に近い劣等感からくる虐待という名の行為でも、私はあの人に必要とされる度、死にそうなくらい幸せだった。」

「そしてあの人の部下に斬られたわ。・・・・・・・あの人の命令で。そして捨てられたの、荒野の屠殺場に。」
不意に。
碧い瞳から一滴の涙がこぼれた。
けれど紅丹はソレを拭わない。
その涙はすでに過去の遺物だと、いうように。

「私はただ、そばにいたかっただけ・・・・・・。」
「さびしかった。私に幸せを与えたあの人が、その同じ心で私の全てを死にそうにさせた。さびしくてさびしくて、そして屠殺場で刺された傷口から血が溢れて、動けなくなったわ。死にかけてた。そんな私を、氷翠が見つけてくれたわ。」
「氷翠だけが、私の悲鳴に気づいてくれた。」
「ねぇ・・・・・、最初は身代わりだと思ったわ。あの人の。」
「あなたには、分からないでしょう?月の光も届かない闇の中で、無数の死体のにおいを聞きながら、たった一人で絶望を咬む寂しさが孤独が、憎悪が。」
「誰もいないそこでずっと・・・・・・・。辛かった!悲しかった!淋しかった!」
凛然とした態度をとりながらも少女の指は震えていた。
見捨てられる、悲しさに。
「だから氷翠にずっと傍にいて欲しいと思ったわ、あの人の代わりに。」
だが、紅丹の口調と眼差しは、此の瞬間、揺ぎ無い強さを海のように湛えた。
「けれど、ソレは違った。」
「氷翠の言葉には氷翠の態度には、あの人のものにはなかった魂があったわ。・・・・・・・彼女は私を愛してくれた。大事にしてくれた。頭を撫でてくれた、夜には物語を読んでくれて朝には額に目覚めのキスを。怖い夢をみた時は抱きしめてくれたわ、そうして言ってくれた『私がずっと傍にいて、紅丹の番をするから、怖い夢などもう見ない』って。」
紅丹は其の時を思い出すように優しく幸せに微笑んだ。
「『守るから』って。初めて言われたの。守るって。今まで私は守るばかりだった。・・・・・名前も、初めてもらったの。氷翠に。」
「・・・・・・・・だんだん、私の彼女に対する感情は変っていったわ。こんな想いは、・・・・・初めてだった。あの人と居た時はこんなに優しく激しい感情を持ったことがなかったのに・・・・・・・・。」
「だから、気づいたの。私はあの人を愛していなかったことに。私があの人に抱いていたのは守人としての感情だった。教育で、刷り込まれたものだった。・・・・・私は“彼”という一人の人間を、愛していなかった。」
そう言い終って、はじめて少女は振り返り、斎賀の眼をまっすぐに見つめた。
「私が愛したのは氷翠が最初で最後よ。私は私の誇りにかけて、彼女という人間しか愛さないわ。」
誓いというには足りないほどの“神聖”を、彼女は口にし。
晴れやかに、微笑む。
その表情はもう少女の持つものではなく、一種の慈愛さへ宿していた。
「だから氷翠を傷つける人間は、私が殺すわ。」
「・・・・・・・何故ソレを俺に?」
少女の重すぎる言葉に斎賀はさも愉しげに笑う。
「協定よ。」
「ほう?」
突然の言葉に斎賀は戦時に策を錬る時の癖になった子供のように楽しげなきらきらとした眼を細める。
「貴方は何があっても氷翠だけは傷つけない。」
「何故そう思う?」
「貴方が異常だからよ。」
「面白いことを言うな、君は。」
ゆっくりと艶やかに斎賀は唇を吊り上げる。
その笑みに紅丹は妖しい『女』の笑みを返した。
「私は、愛する者のためなら例え自分が死んでも何かをしてあげたいわ。何の障害も恐れない。氷翠のためならどこまでも強くなれる。・・・・・・・・・・でも、愛する人が自分から離れていこうとしたら・・・・・・・殺すわ。愛しているから。」
「でも、貴方は理解できないでしょう?」
紅丹は手を伸ばし、斎賀に触れる。
「貴方は、どれだけ歪んだ方向に行動をうつしている者であっても、ある特定のものに異常なほどのひたむきさを向ける人間が好きだわ。それも、唯一つのものに。そんな嗜好だから、その人間の感情が自分に向いていることは少ない。それを知っていて貴方はそんな人間ばかりを愛する。そしてその者が望めば何をも惜しまず与えるわ。・・・・無償の、全てを。」
「此の部分で私と貴方はかわらない。でも、・・・・・・・そうね・・・・貴方は複数の人間を同時に重過ぎるほどの感情で愛せるはずだわ。貴方は、相手の感情が自分に向かなくとも、一切の不満も感じない人だから。辛くも悲しくも、何ともない。・・・・・・むしろ、相手のひたむきさが強くなればなるほど貴方は嬉しい。貴方はソレを見て、見るだけで満足する。それが、楽しい。」
「その例が、貴方の安騎良将【アキ ヨシマサ】と、氷翠王【シャナオウ】に対するものよ。」
斎賀の視線を逃さず、言い終えると紅丹は斎賀の懐に飛び込み、月光に白く輝く細い両腕をのばして抱きつき、その背に腕を回した。
その行為を斎賀が拒まず受け入れると、少女は凛、と口を開いた。
「だから貴方は拒まない、私の提案を。」
「何の協定だい。」
「私を殺して(トメテ)ね。」
いっそ優しく。
少女は幼な子が親に甘えるように呟いた。
「氷翠が私から離れていこうとした時は。」
そこで初めて斎賀は本気で苦笑を返した。
「そういうことか・・・・・・・ずいぶんと、便利なものと思ったことだろうな。」
己の策が見事破り返されたかのような爽快な笑みを斎賀は浮かべる。
「ええ、とっても。」
「こんなところに思わぬ伏兵がいるとはな。・・・・・・ここは俺の敗北だな。」
「貴方だけは氷翠を傷つけない・・・・・・・・見返りを求めないから。そして貴方は氷翠を愛しているから、氷翠を傷つける(コロス)私は見過ごせない。」
紅丹の美しいエメラルドの瞳には過去を思い出すときとは違う、熱の籠もった涙が溢れた。
そしてそれを隠すように斎賀の胸に貌を摺り寄せた。
「だから今氷翠がおっている全てのしがらみから解放された時・・・・・・・・・・、氷翠が私から・・・・・此の場所から離れようとする時、私を殺して、そして、・・・・・・・・逃げてあげてね。氷翠を連れて。」
その頬を熱のかよう涙が流れた時。
「貴方だけは氷翠を傷つけないから・・・・・・・・・。」
斎賀の手は紅丹に応えるように彼女の背を抱いた。





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最終更新日  2007年01月21日 06時33分33秒
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