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若草読書会の友人であるリチ女さん(東京在住)からメールが届いた。 それによると、東京は谷中で開催されたワークショップで後鳥羽院の歌に返歌を詠むという企画があり、それに参加したところ、下掲のようなポスターとなって、隠岐島の菱浦港フェリーターミナルで展示されているということのようです。 返歌応募作全てなのか選ばれた歌のみが展示されるのかは不明であるが、彼女によると、若草読書会で参加者が自作の歌を持ち寄って鑑賞し合うというか、批評し合うというか、そういう企画をかつてはよくしたもので、そのことを思い出しながら、久々に歌を詠んでみたとのこと。 我々は、これを若草歌壇と称して楽しんでいたのであるが、いつしかこの企画は途絶え、最近はやらなくなってしまっている。 次の若草読書会は来月17日(日)の予定でヤカモチが万葉関連の話をすることになっているが、来年の読書会新年会では、万葉集や古今集などの歌を数首選定し、それに返歌または追和する歌を詠むというような企画をしてみるのも面白いかもしれない。 前置きが長くなりました。 彼女からのメールに添付されていたのは下掲の3点の写真であります。(メール添付写真1)(メール添付写真2)夕立の晴れ行く空の雲間より入日涼しき露の玉笹 (後鳥羽院) 返しギラギラと焼けつく日々のそのかなたごとばんさんは金色の波 (リチ女) 「ごとばんさん」というのは後鳥羽院のこと。 隠岐に流され都へ帰ること叶わぬまま島で生涯を閉じられた後鳥羽院を、隠岐の島民は親しみを込めて「ごとばんさん」と呼んでいるとのこと。<参考>ごとばんさん/ないものはない海士町公式note ヤカモチも追和して歌を詠んでみるか。我こそはにせ家持よ君に和す返しの歌は心して詠め (偐家持)(本歌)我こそは新じま守よ沖の海のあらき浪かぜ心してふけ (後鳥羽院)銀輪の旅もいつしか秋なかば消えゆく露にも月さやに照れ (偐家持)(本歌)旅の空秋のなかばをかぞふれば答へ顔にも月ぞさやけき (後鳥羽院)(メール添付写真3・菱浦港フェリーターミナル内展示風景) 「ごとばんさん芸術文化祭」については下記サイトをご参照ください。<参考>2024年ごとばんさん芸術文化祭 後鳥羽院の生涯については、上記サイトの「about」をクリックしていただくと詳しく紹介されています。 なお、後鳥羽院の歌についての評論では下掲の本がお薦めです。 50年以上も前(1973年4月出版)の著作ですが、その30年後の2004年9月に三篇からなる第二部を加えた「後鳥羽院第二版」が出版されている。更にその9年後の2013年3月に文庫版が出版されているが、この文庫版をヤカモチは読んだのであるから、それは11年前ということになる。(丸谷才一「後鳥羽院」<ちくま学芸文庫>)<追記訂正:2024.10.26.12:56>上記後鳥羽院の歌の「秋の」が重複していましたので二字削除訂正しました。
2024.10.25
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先月(9月)上旬に新潟に出掛けたついでに少しばかり銀輪散歩をしましたが、その折の写真です。 ヤカモチは現役であった頃から自転車が趣味で、出張などの折で前後が休日などという状況の時は自己負担でホテルに前泊または後泊することとし、宅配便でホテルに送って置いたトレンクル(小型折りたたみ自転車)を利用して、フリーとなった時間に銀輪散歩を楽しんだりしたものであるが、退職後の私的な旅に於いてもこのスタイルを続けている。 今回の銀輪散歩もその口である。(日和山浜海水浴場の大階段) 今回は、信濃川沿いの遊歩道から海沿いの自転車道に入り、これを銀輪散歩したのであるが、この時に撮った写真は上掲と下掲の2点だけであったので、銀輪散歩の記事にはなるまいと放置していましたが、ネットからの借用写真も加えて、記事にしてみます。 海沿いの自転車・歩行者専用道を日和山浜海水浴場付近まで走って来ると、多くの子どもたちが大階段に群がって、ペンキと刷毛や筆を手に何やら盛んに塗っているのに出くわしました。(同上・階段下から撮影) 何の絵を描いているのかと、階段下に下りて見上げたのが上の写真。 ファインダーから覗いた限りでは何とも分からなかったのだが、写真画像を見ると鯨の絵のように見えますな。(以下3点の写真と地図は、「日和山浜魅力創出事業~ハマベリング!!!~」からの借用です。)(日和山浜海水浴場ドローン写真 ※赤線ーは筆者追記) ヤカモチは上の写真ではー線の道を右から左へとやって来たのですが、写真中央の大階段が、その現場であります。 大階段部分のズームアップ写真が下の写真。(同上) これは、上記の日和山浜魅力創出事業云々のネット記事を見て初めて知りましたが、沖合に向かって、このような遊歩道が設けられているのですね。 ハマベリングというのが、その名のようです。(同上・ハマベリング) 上記の、日和山浜魅力創出事業云々の記事と子どもたちのペンキ塗りとの関係があるのかないのか不明であるが、皆さんとても楽しそうにやっていました。 下掲の地図に日和山小学校という文字が見えるが、この小学校の児童たちだろうか。<追記:2024.10.24.> 日和山小学校のブログを覗いてみると、やはりこの学校の児童たちによるものでありましたので、ご参考までに追記して置きます。 ハマベリング!!!大階段アート・日和山小学校ブログ(日和山浜位置図 赤線ーと青文字は筆者追記) 銀輪散歩はみなとトンネル(海底トンネル)方向に進み、トンネル途中、正確には対岸には向かわずトンネルに入ってすぐのところの入船タワーで地上に出て信濃川左岸に沿って万代橋方向へと走り、短い銀輪散歩で切り上げました。<参考>銀輪万葉・新潟県・長野県篇
2024.10.22
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昨日(10月18日)は旧友、西〇氏、平◎氏、健麻呂氏との会食会で難波まで出かけました。 お天気に問題なしと見込まれたので、例によってマイCB・クロスバイクをお供に難波まで銀輪散歩というヤカモチスタイルでのお出掛けでありました。 西〇氏からの声掛けによる集まりであるが、会社勤めであった頃は当然に夜の会食会であったが、退職してからは昼間の会食会が専らとなっている。 コロナ禍で、この会も長らく中断していたが、久々に開催である。 直近の開催は2019年7月17日でしたから、5年ぶりということになる。<参考>旧友との昼食会で難波まで銀輪散歩 2019.7.18. 上記<参考>記事によれば、前回はMTB・マウンテンバイクをお供にしたようだが、今回はCBでありました。 がんこ難波本店に正午集合ということで、それに合わせ且つ自転車の駐輪場所探しに手間取るかもしれないということも加味して、少し早めにと朝10時になるかならない位に自宅を出発、花園中央公園北側の道を西へと走ります。(銀輪コース地図)※赤線ー:往路 青線ー:今里交差点までの復路、その先は往路と同じ ところが、五叉路になっている今里交差点で、左側のJR鶴橋駅前に通じる道を行くべきところ、何を勘違いしたか右側のJR玉造駅前に通じている道の方に進んでしまった。暫くしてそのことに気が付いたが時間には余裕があるので、そのまま直進し、御堂筋に出る。 御堂筋は歩道の拡張工事が進んでいて、歩道・自転車道スペースが随分広くなり、見違える景色になっていました。 突き当りの高島屋・南海難波駅前のなんば広場に到着。(なんば広場・大阪フリンジフェスティバル) このスペースの名称が分からなかったので、ネットで調べると「なんば広場」とありましたが、何やらバンドのライブ演奏中で、多くの人が集まっていました。(なんば広場)※これはネットからの借用です。 此処は歩行者天国、自転車も乗り入れ禁止。手押しで歩きながら通り抜ける。未だ11時を少し過ぎたばかりなので、時間はある。適当な駐輪場所を探すべく、がんこ難波本店のあるなんば南海通りへと入って行く。 観光の外国人の姿がやたら目につくが、多くの人が行き交っている。(なんば南海通) 前回の2019年7月の時は、道向かいのパチンコ屋の駐輪場に駐輪させていただいたが、今回もと行ってみるも様子が変わっていて、そのパチンコ屋の両サイドは他の建物がくっつくように建っていて駐輪スペースなどは存在しない。で、ぐるぐると周辺を物色するも長時間駐輪できそうな場所は見つからない。 そこで、店からは少し距離があるのだが、戎橋筋商店街を千日前通りまで引き返し、道路沿いに設けられている有料の無人機械式駐輪場を当たることとする。 殆ど満車の状態であったが、運よく1台の空きが見つかりました。無事駐輪することができ、やれやれです。 再び戎橋筋商店街を南海通り方向に戻る。商店街の出口・右(西)側にあるのが映画館「東宝シネマなんば」の建物。この建物1階エレベータホールの壁面に「映画興行発祥の地」碑の銅板があるということを、グーグル地図で見た記憶があったので、入ってみた。(東宝シネマなんば・エレベーター乗り場) はい、一番奥のエレベーターの右壁面にそれはありました。(映画興行発祥の地碑) 碑の全文は下記の通りです。 私はこの南街會館を建てるに際し 偶然この地が日本に於ける映画興行の 發祥の地である事を或る文献によって 知る事を得た 即ち京都の稲畑商店が明治三十年 二月十五日(一八九七年)より一週間當時 此處に在った南地演舞場でフランス人オウギュスト・ リュミエールの發明にかゝるシネマトグラフを初め て日本で公開興行したのである 日本で最初にスクリーンに映された映画が 人々の眼にふれたのは實に此の場所であった 五十七年前のこの事實を私は知らずして 南街會館建設を企画したのである 誠に奇しき因縁と思ってゐる 一九五三年十一月 小林一三 がんこ難波本店の前に戻るが、未だ11時30分にもならない。 店の東側の路地を入って行くと、商店街従業員用の駐輪場がその奥にありました。自販機の脇にベンチとテーブルが置かれていて灰皿も置かれている。此処で煙草を一服つけて休憩。11時40分前後に店に入る。 案内されたのは2階の部屋。 ヤカモチの一番乗りでありました。(がんこ難波本店) 待つこと数分、健麻呂氏がお見えになりました。 彼は5人組ウオークのメンバーの一人であるが、コロナ禍に加えてヤカモチの腰痛悪化で長距離歩行が困難となった結果、2020年3月の滋賀県太郎坊宮ウオークを最後に実施を見合わせているから、彼とはそれ以来ということで、4年半ぶりの再会である。 この会への彼の参加は初めてであるが、五人組ウオークが休止となっている中であるから、嬉しい再会である。<参考>五人組ウオーク2020春編(その1) 2020.3.7. 五人組ウオークほかの記事はコチラ。 彼と腰痛のことなどを話していると、平◎氏がご到着。 平◎氏は囲碁の会のメンバー(ヤカモチが声掛けして参加いただいた)でもあるが、同氏は、2022年7月13日の囲碁例会出席を最後に長らくご欠席されているから、2年3ヶ月ぶりの再会ということになる。<参考>囲碁例会・コロナ再拡大が心配ですが 2022.7.13. 囲碁関連の記事では、メンバーに平〇氏という方が既に居られた関係で平◎氏と呼ばせていただいているが、友人としての古さは平◎氏の方がずっと先であるから、今後は平麻呂氏とお呼びすることで、平〇氏との区別をしますかね。 なお、前回のこの会はこの平麻呂氏と西〇氏(同様に以後は西麻呂氏とお呼びすることにしましょう。)との3人での会食であったから、この会で言えば5年ぶりの再会ということになる。 この会は何となく4名で会食というのが過去来の習いとなっていて、西麻呂氏とヤカモチは固定で、他の二人は時によって変化したりする。 5年前の前回のもう一人は山〇君を予定していて、4人で会食の段取りであったが、急用が生じたとかでドタキャンとなり、山〇君抜きの3人での会食となったのである。 その後、山〇君はコロナに感染、重症化して、2021年2月28日に帰らぬ人となってしまわれたのは痛恨の極みでありました。<参考>till we meet again 2021.3.5. 山〇君追悼記念式・うつそみの人なるわれや 2022.3.26. 最後に西〇氏改め西麻呂氏がご到着。 西麻呂氏はヤカモチが入社して間もない頃に会社と取引関係にあった印刷会社の営業マンであった人物。仕事上のお付き合いは勿論であるが、入社して間もない頃から、ヤカモチと人事部配属で同期入社の下〇君と二人で立ち上げた読書会兼勉強会にも参加されて、判例などの法律問題や歴史や宗教や文学など雑多なテーマを取り上げてのアフター5の勉強会を共にした仲間でもある。 正式な社員サークルというのではなく、会社への届け出などは何もない、若手社員による任意の集まりであったが、この頃の会社には自由闊達な空気があり、会社事務所内の会議室を利用しての社員有志の集まりに取引先会社の営業社員が参加するということも抵抗なく行われていたのである。 今では、個人情報、企業情報の管理上の問題から、他社の人間が事務所内にこのような形で入室するということは考えにくいのであるが、当時は普通のことであったかと思う。 それはさて置き、そんなことで西麻呂氏とも長い友達付き合いになる。 そんな西麻呂氏であるが、前回以来であるから、直に顔を合わせるのは5年ぶりであります。 全員が揃ったので、再会を祝し乾杯。 この年齢になるとこうして元気に再会できたことそれだけで十分に嬉しく喜ぶべきことと言わなくてはなりますまい(笑)。 あれやこれやの思い出話や親しい友人たちの消息話などで2時間余はまたたく間に過ぎ、またの再会を約してお開き、解散となりました。 帰途は、千日前通りを東上、途中、生国魂神社で小休止などしましたが、今里交差点で往路の道に入り、これを東上。 花園中央公園に入り、花園ラグビー場前の喫煙所で一服して、帰宅でありました。
2024.10.19
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友人・岬麻呂氏からの旅便りが届きました。 前回の旅は、奥様が体調を崩されていたとかで、岬麻呂氏のお一人旅でしたが、体調もご回復されたのでしょう、今回は奥様とご一緒の旅であります。 奥様の方から「富良野の紅葉が見たい」とのご希望があり、急遽計画を立てられての富良野方面への旅行となったそうですが、それは多分に岬麻呂氏の前回旅の土産話が奥様の旅心に火を点けてしまったということではないかと推察します。 お嬢様もご同伴されることになったとのことですが、これは奥様のお身体のことをご心配されてのことでしょうね。 それはともかく、今回は三人旅ということであります。(旅・岬巡り報告332・富良野の紅葉)※画像をクリックして大きいサイズの写真でお読みください。 以下は、旅報告に添付の写真になります。(添付写真1)(添付写真2)(添付写真3)(添付写真4) 上の添付写真は、岬麻呂氏のご友人向けの印刷用に、同氏が編集作成されたものでありますが、ヤカモチ宛てにはペーパーレス、Eメール添付で個々の写真を送信下さっていますので、それぞれ旅程に従って、順次ご紹介させていただきます。 ヤカモチ宛てメールで写真に付された岬麻呂氏の説明コメントのある写真については、参考までにそれを付記させていただきました。10月8日関西空港→新千歳空港→(レンタカー)→占冠経由→麓郷展望台→布礼別・男山神社→富良野・鳥沼公園→藤林氏訪問→新富良野プリンスホテル(3連泊) 千歳空港に降り立ってレンタカーを借りて移動というのは、いつものスタイルですが、ハンドルを握ると暖かい。北国仕様、ハンドルもヒーター付きになっているのでした。タイヤも冬用タイヤになっていたとのことですから、北海道ではレンタカーも10月からは冬仕様になるようです。 占冠経由で麓郷の森、東大演習林資料館、麓郷展望台へ。 そして、岬麻呂的紅葉マイ標準木のある鳥沼公園にお立ち寄りであります。(麓郷・東大演習林資料館)岬麻呂氏「入館は無料です」(麓郷展望台)岬麻呂氏「午後で逆光の写真です」(麓郷の秋)岬麻呂氏「展望台を下って来たところにある麦畑です」(鳥沼公園)岬麻呂氏「秋がかなり進んでいます」 上掲写真左手奥に見えるやや小ぶりのナナカマドの木がそのマイ標準木とのことであります。 そして、こちら方面への旅では定宿とされている新富良野プリンスホテルへと向かわれます(3連泊)。 「夕食時地酒楽しむ」は、いつもの岬麻呂パターンですが、お嬢様は富良野ワインであったとか。10月9日ファーム富田→層雲峡・黒岳→同・紅葉谷→同・銀河の滝、流星の滝→大雪森のガーデン→ホテル併設・ニングルテラス 二日目は、雲海と日の出によって一日が始まります。(富良野盆地の雲海と日の出)岬麻呂氏「右端雲間に日の出」 新富良野プリンスホテルは山麓の高い場所に位置するので、早朝にはこのようにホテルの窓から雲海が望めるもののようです。(富良野盆地の雲海と紅葉)岬麻呂氏「(日の出の)写真もホテルの窓から、10月10日の日の出も同じアングル」 ホテルから下って、ファーム富田に立ち寄り、層雲峡へと向かいます。(ファーム富田)岬麻呂氏「奥の白樺が黄葉しています」 手前はラベンダー畑ですかね。なら、花の時期は夏ですから、花が刈り取られたアトの景色ですな。 黒岳ロープウェーです。(層雲峡・黒岳ロープウェー) そして、紅葉谷。 風の音(と)秋は葉ぞ匂ふ 黄葉、紅葉、もみじ、もみぢ、もみち。 万葉仮名だと、毛美知、母美知。 秋です。(層雲峡・紅葉谷) 紅葉谷は紅葉の見頃。夜はライトアップの紅葉祭が開催中とのこと。 前回の岬麻呂旅便り331の記事の旅とほぼ同じコースを回って居られますから、前回の一人旅は、はからずも今回の旅の下見の役割を果たしたことになります。まあ、富良野方面は毎年の如くもう数え切れぬ位に度々ご夫妻でお越しになっていますから、下見の必要もないのではありますが・・。 次は、大雪森のガーデンです。 秋の花が見頃です。(大雪森のガーデン) ホテルに戻って、ニングルテラス。 地酒とワインの夜は更けて・・(笑)。(ニングルテラス)10月10日旭岳ロープウェー山麓駅→同・姿見駅→遊歩道散策→美瑛・北西の丘→望岳台→十勝岳温泉→同・安政火口 旅の三日目。 この日は快晴。雲海も発生せず、静かに朝日が昇り、夜が明けます。(富良野の日の出)岬麻呂氏「この日は快晴で雲海はありません」 前掲9日の写真「富良野盆地の雲海と日の出」はこの写真と同じアングルで、ホテルの窓から撮影されたとのことですから、見比べてみてください。 この日は、旭岳ロープウェーで山麓駅から姿見駅まで行き、遊歩道散策に挑戦であります。 山麓駅駐車場では前回の混雑が嘘のように閑散としていたのは、旭岳の紅葉はもう終わってしまっていたからなんでしょう。 それでも、「妻は体調を崩していた直後なので直ぐに引き返すと想定していたが、高低差70mのコースを巡ると言うので娘ともども驚く」と岬麻呂氏が書いて居られますが、奥様はお元気にコースを周遊されたようで何よりです。(旭岳・姿見の池)岬麻呂氏「標高1670m地点、旭岳が池に写るので池の名前がついている」(同上・すり鉢池)岬麻呂氏「この池にも旭岳の一部が写る」(同上・ロープウェー姿見駅)岬麻呂氏「気温表示は正午頃で、到着時からは0.8℃上昇している」 美瑛の丘を巡り、望岳台へ。(美瑛・北西の丘)(望岳台)岬麻呂氏「背後の山は十勝岳、左は美瑛岳) 望岳台は紅葉が見頃です。(十勝岳温泉・カミホロ荘)岬麻呂氏「ホテルの屋根だけが写っている」 十勝岳温泉、安政火口付近は紅葉が終わり初冬の風景でしたが、少し標高の低いカミホロ荘付近は見頃の紅葉です。10月11日ホテル併設・風のガーデン→富良野ロープウェー→千望峠→日の出公園→新千歳空港→関西空港 最終日は富良野ロープウェーで富良野盆地一望の景色を楽しみ、前回の千望峠を再訪です。 一望から千望ですな(笑)。(風のガーデン)岬麻呂氏「建物の前の赤いのは落葉したナナカマドの実」(富良野ロープウェー)岬麻呂氏「富良野盆地が遠望できる。」岬麻呂氏「山麓駅横の白い建物が新富良野プリンスホテル」(千望峠)岬麻呂氏「331報告の写真撮影場所と同じ位置」岬麻呂「今回は麦の成長が分かる」 千望峠再訪の趣旨は、「麦の成長」を見るためとのことですが、ご同行のお二人にとっては、「失望」ではないまでも、「?」ではなかったでしょうか(笑)。(日の出公園)岬麻呂氏「ラベンダーの名所、花が刈り取られて玉仕立てになっている」 夕刻便で新千歳空港から関西空港に戻り、今回の旅は無事終了。 前回同様今回も800kmのロングドライブ旅でありました。 今回も、美しい風景の写真、秋の紅葉を楽しませていただきました。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2024.10.17
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昨日(10月11日)は、堺市在住の友人を訪ねての銀輪散歩。 友人・喜多麻呂君(中学時代の同級生)から暑中見舞いのメールを頂戴したのは、8月10日のことであったが、その折の彼との電話で「涼しくなったらまた訪ねる」と約束したのでありました。しかし、9月になってもなかなか涼しくならず、訪問が延び延びになっていました。 10月に入って暑さも落ち着いて来たので、天気予報の状況を確認の上、彼に電話を入れ、「11日午後1時頃に訪ねる」旨を伝えたのでありました。 彼を訪ねるのは、今年の4月19日以来であるから、ほぼ半年ぶりの再会であります。 前回は、同じく同級生のひろみの郎女さんと一緒に彼女の車に同乗しての訪問で、帰途のみ、途中で車から降ろしていただき、積み込んで置いた小型折りたたみ自転車トレンクルでの銀輪散歩というスタイルでありましたが、今回はヤカモチ単独で堺市まで往復というフルスペックの銀輪散歩であります。ということで、車に積み込む必要もないので、トレンクルではなく、CB(クロスバイク)で出かけることとしました。<参考>喜多麻呂君を訪ねて堺市まで 2024.4.20. コースは、花園中央公園から近鉄奈良線・東花園駅前で線路南側の道に出て、これを西へ。瓜生堂西交差点で中央環状道路を南へ。美原ロータリーで西に進み、仁徳天皇陵を左に見て、堺区安井町交差点で国道26号を南に進み、浜寺石津町東2丁交差点の一つ先の路地を左に入った付近が目指す目的地である。片道40km程度の距離であります。(第二寝屋川・巨摩橋東交差点北側付近) 瓜生堂西交差点からは国道26号にぶつかる堺区安井町交差点まで、中央環状道路を走るだけであるから、コースは単純の筈。 先ず、第二寝屋川を渡ります。この川は、恩智川から分岐し、東大阪市と八尾市の市境を西に流れ、中央環状道路を越える付近から北西に向きを変えて東大阪市、大阪市域を流れ、大阪城公園の北側で寝屋川に合流している川である。寝屋川市域を一度も通過しないのに第二寝屋川という名で呼ばれるのは、寝屋川、恩智川の水害対策として開削された川だからなんだろう。 起点は恩智川であるから、第二恩智川と命名することもあり得たかと思うが、終点側からみて第二寝屋川と命名されたのだろう。まあ、恩智川も寝屋川に合流しているから、恩智川と分かれて第二寝屋川の水となった水も、そうならず恩智川の水のまま流れていった水も、共に寝屋川の水となって再会するという次第。(久宝寺緑地) 久宝寺緑地で小休止。 JR関西本線を跨線橋で越えます。 自転車でも押して上れるスロープがあるので、問題なしです。(JR関西本線・久宝寺駅西側跨線橋から西方向を望む) 長吉長原東交差点は横断歩道がなく、ご覧のような歩道橋が設置されていて、これを利用しなければならない。(出戸歩道橋) 自転車でも利用できるようにスロープがあるので、面倒ではあるが、それを別にすれば、通行に問題なしであります。 そして、新明治橋で大和川を渡ります。(大和川・新明治橋から下流側を望む) 大和川を渡った先が、近畿自動車道と西名阪自動車道とが交差合流する松原JCTとなっているので、歩道部分も自動車道のそれに従ってカーブしていることや高架橋梁が視界を遮ることもあって、ぼんやりしていると方角を間違い道に迷うことになるので要注意である。(池のフェンスに鷺) 中央環状道路を、松原JCTから南へ500mほど行ったところに三角形の大きな池があり、環状道路側には人の背丈ほどの高さの金属製の白いネットフェンスが設置されているのだが、それにアオサギがとまって、池の水面を見つめているのでありました。 そして、難題の近鉄南大阪線の跨線橋ですが、急な階段を上る構造になっているので自転車を押して上がることは出来ない。大きく東側(左手側)に回り込んで踏切を渡る必要があるのだが、ズボラをして自転車を担いで上ることにする。 しかし、これは失敗。かなりの労働である。 7~8分目位まで上って来たところで、上から階段を下りようとしている女性と鉢合わせ。危険なので、自転車を抱えたまま一時静止。先に彼女を通すべく道を空けて「お先にどうぞ」と声を掛ける。「手伝いましょうか」という彼女のご親切なお申し出は丁重に、勿論、ご辞退申し上げました。(近鉄南大阪線・中央環状道路跨線橋から西方向を望む) 跨線橋に上り切ったところで小休止。 写真をパチリ1枚は休憩を兼ねてのものでありました。 往路の写真はここまで。 途中で昼食を済ませ、手土産の買い物などで時間調整をし、12時30分到着でありました。 半年ぶりの再会でしたが、喜多麻呂君はそれなりにお元気な様子で何よりであります。 1時間余の雑談で旧交を温め、午後1時40分頃においとまする。 帰路は再び銀輪散歩であります。 先ず、仁徳天皇陵にご挨拶。(仁徳天皇陵・拝所) 近づいてみると、正面鳥居右側のお堀脇に鷺が一羽。(御陵に鷺) 御陵(みささぎ)にサギとはこれいかに。 これは別のアオサギでしょうが、さながら墓守でもしているつもりであるか。こちらを見ているのか、堀の小魚を見ているのか。 中央環状道路に出るべく、仁徳天皇陵に沿って北へと向かうと、その陪冢だという銅亀山古墳というのに出くわした。(銅亀山古墳)(同上・説明碑) 中央環状道路沿いの大泉緑地に入ってぐるりひと回りして、再び環状道路に戻る。(大泉緑地) 帰途は、近鉄南大阪線の跨線橋は遠慮し、踏切を迂回するコースを選択。 そう言えば、前回の帰途もこの踏切を迂回するコースを取ったのでした。 往路では、そのことを忘れていて、急階段を自転車を抱えて上るなどという無茶をしてしまったのでありました。 大和川を渡り、今度は上流側を撮影。(大和川・新明治橋から上流側を望む) 前回は、大和川の右岸堤防道を上流へと走ったのだが、今回は中央環状道路を直進します。(JR関西本線・久宝寺駅) しかし、JR関西本線を越える段になって、近鉄南大阪線の場合と同様に、跨線橋ではなく、踏切を渡ろうと考えて、久宝寺駅の方にと向かう。 ところが、次の八尾駅前まで、踏切が一つもないのである。 八尾駅前、西側の踏切を渡り、アトは方角だけを頼りにジグザグに走っていて、出くわしたのが、この神社。(御野縣主神社)(同上・由緒) 由緒を見ると、祭神が天ノ湯川田奈命とある。 アマノユカワタナと言えば、柏原市の天湯川田神社のことが思い出されたので、立ち寄ってみました。 彼の逸話については、下記<参考>記事をご参照ください。<参考>天湯川田神社 2018.6.7.(同上・拝殿) この神社の拝殿背後には旧大和川の堤防跡が残っているとのこと。(同上・旧大和川の堤防跡の碑) 以上、友人訪問兼銀輪散歩走り書きでありました。
2024.10.12
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今日は囲碁例会の日。 朝方の雨も上がったので、自転車で出かけることとします。 このところ、MTB(マウンテンバイク)を利用していましたが、今日はクロスバイク(CB)で出かけることとしました。 今回も特段の立ち寄り先がなく、会場の部屋がある梅田スカイビルまでの直行直帰でありましたが、大阪城公園を通り抜ける往路コースについては、久しぶりに、かつてはよく走った公園南側の坂道を上るコースを選択してみました。 坂の途中から大阪城公園に入り、南外堀沿いの道を走ります。(大阪城・南外堀)(同上・説明碑) かつては、公園に入らず、南側に沿う坂道を上り切り、上町筋を北に入り、大手前交差点で高麗橋通りを西に向かうという、公園外周道路を走るということがよくありましたが、この上町筋までの上り坂が結構きついので、最近はこれを回避して、森ノ宮入口から公園に入って、東外堀、北外堀沿いの道によって、これを通り抜けるというコースを選択することが多くなっています。(大阪城公園通り抜けコース地図)(注)赤線――今日のコース 青線――最近の通常通り抜けコース ということで、久しぶりに大手門の前を通過。(大手門) 梅田スカイビル到着が午前11時5分。家を出たのが9時30分。 1時間35分かかったことになる。 今回も駐輪場が満車。入口前にマイCBを停め、係員の人の「空きが出たら駐輪して置く」というご親切な言葉に甘えて、ヤカモチは地下のカフェレストランへ。少し早いが昼食を済ませることとする。 昼食を終えて、駐輪場に戻ると、23番が空いたとかで、そこに運んで駐輪して下さっていました。お礼を申し上げて、会場となっている部屋があるガーデンファイブ棟5階に上がる。 まだ、どなたもお見えではない。碁盤、碁笥を設営して待つ事、30分足らず、平〇氏がご来場。 同氏と対局。ほぼ終わりかかった頃に、村〇氏と福麻呂氏がご来場。 平〇氏との対局はヤカモチの3目半の勝ち。 メンバーチェンジして、ヤカモチは福麻呂氏と対局。これはヤカモチが投了して中押しで負け。 続く3戦目は村〇氏との対局であったが、これも中央の戦いで破綻が生じ、大差で完敗。 ということで今日も1勝2敗とイマイチの成績。 これで今年に入ってからの成績は21勝22敗。 今年初めて5割を割り込み、負けが先行する形となってしまいました。 残すところ、アト11月と12月の4回だけ。うち12月の1回目は他用で欠席の予定であるから、出席できるのは3回だけ。何とか負け越しとならぬよう、頑張らなくては(笑)。 帰途は、横枕南公園と花園中央公園で小休止しての帰宅でありました。(横枕南公園&マイCB)(花園中央公園&マイCB)<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2024.10.09
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友人・岬麻呂氏からの旅便りが届きました。 今回は、この時期、毎年恒例となっている、北海道・大雪山系の紅葉を訪ねての旅であります。(旅・岬巡り報告331・大雪山系の紅葉)※画像をクリックして大きいサイズの写真でお読み下さい。 以下は、旅報告に添付の写真ですが、別途Eメールで個々の写真を送信下さっているので、旅程に従い、順次ご紹介させていただきます。(331報告添付写真1)(同上2)(同上3) 日本の秋は此処より始まるとされる大雪山系の紅葉。 その紅葉を求めての一人旅とのことですが、我々もブログにて同行させていただきましょう。 とは言え、地理不案内なヤカモチ、写真を並べるだけのことになりそうではありますが。9月24日関西空港→新千歳空港→(レンタカー)→富良野(藤林氏訪問)→美瑛町・白金温泉・パークヒルズ(3連泊) 今回は、美瑛町の白金温泉パークヒルズに3連泊しての3泊4日の旅でありますが、ここをベース基地として旭岳ほかの紅葉巡りをされるようです。 夕食には「ジャガイモ焼酎楽しむ」と書かれていますが、芋焼酎の原料はサツマイモだけかと思っていたら、ジャガイモの焼酎もあるのですな。 まあ、麦であれ、米であれ、芋であれ、下戸ヤカモチにはかかわりのないことにござんす(笑)。9月25日旭岳ロープウェイ山麓駅→同・姿見駅→姿見池展望台(遊歩道散策)→美瑛の丘巡り(北西の丘・新栄の丘・四季彩の丘)→上富良野・千望峠展望台→日の出公園→十勝岳温泉・十勝岳安政火口→望岳台→白髭の滝 先ずは旭岳ロープウェイ山麓駅へと向かいます。 到着は朝8時。早めに宿を出たのも駐車場が満車になってしまうことを危惧されてのことであったようですが、朝8時にしてほぼ満車状態。 幸い、岬麻呂氏の車は駐車できたようですから、これよりロープウェイにて山麓駅(標高1100m)から姿見駅へと向かいます。(旭岳) 姿見駅に降り立ち、旭岳の雄姿を望みつつの遊歩道散策であります。(同上・遊歩道) しかし、姿見駅(標高1600m)から姿見池展望台(標高1670m)までの遊歩道は、既に「紅葉は終わっていた」とのこと。 それでも、下掲の湖沼群の眺めなどはまこと雄大にして、額田王ならずとも「秋山そ我は」である。(同上・湖沼群) この「すり鉢池」は隣にある「鏡池」と合せて「夫婦池」とも呼ばれるそうだが・・。(同上・すり鉢池) ロープウェイで山を下ります。紅葉愛でつつ・・。(旭岳ロープウェイ) 次は、美瑛の丘巡り。(美瑛・四季彩の丘) 上富良野の千望峠展望台から日の出公園へ。 この辺りになると、それがどの辺りなのかがもう分からない。(千望峠)(日の出公園) そして、望岳台から十勝岳を望み、十勝岳温泉、安政火口、白髭の滝と巡ります。(十勝岳)(十勝岳温泉) 十勝岳温泉、同安政火口付近の紅葉は丁度見頃であったようです。(十勝岳・安政火口)(白髭の滝)9月26日黒岳ロープウェイ→黒岳7合目へのリフト→層雲峡・紅葉谷→大函→銀河・流星の滝→石北峠→三国峠→大雪高原・森のガーデン この日は黒岳へと向かいます。 リフトに乗って眼下の紅葉を楽しもうという次第。 しかし、黒岳は宿からは約95kmも先。 駐車場の心配もあり、早朝に出発。 予想通り、ほぼ満車であったが、何とか駐車場所を確保。(黒岳・7合目リフト)(同上・6合目) 美しい、紅葉、黄葉であります。 因みに、「もみじ(旧仮名遣いでは、もみぢ)」は「紅葉、黄葉」の二通りの漢字表記があるが、現在は「紅葉」が一般的で「黄葉」と書くことは希である。 一方、万葉では「黄葉」と表記するのが普通で、「紅葉」と表記するのは、下掲の歌1首のみである。妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山 うち越え来れば 紅葉(もみち)散りつつ (万葉集巻10-2201)<妻のもとへと馬に鞍を置いて生駒山を越えて来ると、もみじ葉が散っている。>(同上・7合目展望台) 黒岳の紅葉を十分に楽しみ、層雲峡へと向かいます。(層雲峡・紅葉谷) 層雲峡の紅葉はまだ。 石北峠、三国峠の紅葉もまだ先のようです。(三国峠) 大雪高原森のガーデンに立ち寄って行く。(大雪高原森のガーデン)9月27日しろがねダム→富良野・鳥沼公園→金山ダム公園→新千歳空港→関西空港 旅の最終日は、やはり、岬麻呂氏が「紅葉のマイ標準木」とされている木のある、富良野の鳥沼公園であります。(鳥沼公園) 写真左寄り奥に見える赤く紅葉している木が「マイ標準木」です。 朝霧と紅葉。いい雰囲気です。 そして、金山ダム公園です。(金山ダム公園) 以上、全794kmのロングドライブ旅でありました。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2024.10.07
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今日は月例の墓参。 朝方の雨も小止みとなったので、墓参に出掛けることに。 坂道を少し上ったところにある寺の門前の言葉は先月のものと変わっていなかったので撮影せずスルー。寺の門前を通り過ぎ、一つ南側の坂道に移り、これを上って行く。(ギンナン) 道にギンナンが落ちている。途中にあるテニスクラブの敷地内の銀杏の木から落ちた実である。 道の中央部に近い辺りに落ちたギンナンは車に轢かれて潰されたのであろう。点々と黄色いシミになって、あの特有の臭いを漂わせている。 上の写真は、塀際、道路の端っこに落ちている実である。 この付近から坂道は急こう配となる。 ギンナンから少し上った道の右側にはムクロジの大木があり、道の左側の空き地にはチョウセンアサガオがはびこっている。(ムクロジの木)(チョウセンアサガオの実) チョウセンアサガオの実の中には黒い小さな種子がびっしりと詰まっているので、その繁殖力の強さが想像される。 この小さな空き地は、このチョウセンアサガオにほぼ占領されかかっていますが、このまま放置されたなら、来年にはこの草で埋め尽くされることになるのだろう。 更に上ると、ヒガンバナが目に入りました。 そして、クズの花も。(ヒガンバナ)道の辺(へ)の 壱師(いちし)の花の いちしろく 人皆(みな)知りぬ 我(あ)が恋妻を (巻11-2480)(クズ)真葛原(まくずはら) なびく秋風 吹くごとに 阿(あ)太(だ)の大野(おほの)の 萩の花散る (巻10-2096) クズもヒガンバナも万葉植物であるが、クズの花はさて置き、9月に入っても今年は真夏のような暑さが続いたので、ヒガンバナも咲く時期を測りかねたか、開花が随分と遅くなりました。 墓参する前に、もう少し花の写真をと、我が家の墓を横目に通り過ぎて更に坂道を上って行くと・・。墓地を過ぎた辺りにもヒガンバナが咲いていました。(ヒガンバナ咲く道の辺に・・) この道の奥に咲いていたのはタデの花。(イヌタデ)わがやどの 穂(ほ)蓼(たで)古幹(ふるから) 摘(つ)み生(お)ほし 実になるまでに 君をし待たむ (巻2-2759) 視線を上げると、少し離れたところにクサギの花が目に入った。 近づいて撮影してみようと草むらに分け入って行く。(クサギ1)(クサギ2) しかし、これが間違いのもと。 草むらから道に戻ると、ズボンの両ひざから下の部分やスニーカーにびっしりとヌスビトハギの実がくっついていたのでした。 これを取り除くのにひと苦労。(墓地のクスノキ) 我が家の墓へと戻ります。(墓地からの眺め) 墓参を済ませて、来た道を戻ります。(墓地に西瓜) 空き区画なのか、墓石などが建てられていない区画に西瓜が一つなっていました。勝手に生える訳がないから誰かが植えたのだろうか。 何とも妙な光景です。(カリンの実) こちらは墓地ではなく、墓から少し坂道を下った、空き家となっている民家の庭に生えているカリンの木です。 墓地にスイカ、空き家にカリン。 そして、石垣にニラ。(ニラ)伎波都久(きはつく)の 岡の茎韮(くくみら) 我(われ)摘(つ)めど 籠(こ)にものたなふ 背(せ)なと摘まさね (巻14-3444) 正確には、石垣の前にニラ、であります。(同上) そして、タマスダレ。 この花は、別名・レイン・リリーとも呼ばれるから、雨には相性がいいのだろう。雨露を帯びた姿には風情がある。(タマスダレ) 以上、墓参兼花散歩でありました。<参考>墓参関連の過去記事はコチラ。 花関連の過去記事 花(5)・2022~ 花(4)・2020.4.~2021 花(3)・2017~2020.3. 花(2)・2012~2016 花(1)・2007~2011
2024.10.04
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今日は囲碁例会の日。 お天気に問題はなさそうなので銀輪散歩を兼ねてMTBで出かける。(横枕南公園・マイMTB<マウンテンバイク>) 帰路では水分補給などでよく休憩するのが横枕南公園であるが、今日は往路で一時休憩。藤棚の下のベンチがお決まりの休憩場所であるが、ここで水分補給をして一息入れました。 そして、大阪城公園までノンストップ走行(信号待ちの一時停止は別として)であります。(大阪城公園・森ノ宮入口)(同上・お堀端) 大阪城公園は休憩せずに通り抜け。(天満橋から大川上流を望む) 天満橋を渡り、滝川公園での休憩も省いて梅田スカイビルへと向かう。(今日の門前の言葉) 公園はパスしたが、道路向かいのお寺の門前の言葉だけは撮影して置きます。 梅田スカイビル到着は11時45分位であったかと思うが、今回も駐輪場が満車。しばらく入口前で待つこととしたが、顔なじみ係員の人が、「空きが出たら駐輪して置くから、キーだけ施錠して置いてください。」と言ってくれたので、入り口前に駐輪して彼に委ねることに。 地下の滝見小路に向かい、先ず昼食。全席喫煙席というカフェレストランで昼食済ませて、駐輪場に戻ると、係員さんが、「128番が空いたのでそこに停めて置きました」とのこと。 ハンドルに括り付けたままにしていたペットボトルケースを取り外して、駐輪場から、中庭(ワンダースクエア)を通り抜けて里山の方へと向かう。(梅田スカイビル)(梅田の里山) 梅田の里山には足を踏み入れず、パノラマ撮影で写真を1枚だけ撮影。 パノラマ撮影なので、画像が不自然に歪んでいます。 会場の部屋になっているガーデンファイブ棟5階の部屋に行くと、既に平〇氏が来て居られましたので、彼と先ず一局。 中盤の戦いで、コウ争いとなり、コウ立てに失敗してコウに負け、ガタガタとなり、中押しで負け。 終盤となった頃に、福麻呂氏、村〇氏がご来場。 ヤカモチの2局目は村〇氏、3局目は福麻呂氏と。何れも不注意な見落としがあってヤカモチの負け。平〇氏と再度対局するもこれも負けて、今日は4戦全敗。見落とし、勘違いなどの不注意ミスが重なって、今日は散々な碁となりました。これで今年の成績は20勝20敗となり、勝ち越しにも赤信号が灯る微妙な状況となりました。(梅北公園・うめきた広場) 帰途は、最近オープンしたという梅北公園を見て行くこととする。(同上) すっかり景色が変わってしまっているので、道に迷いそうです。 大阪城公園、横枕南公園で一時休憩して、帰宅は午後5時過ぎ。 今日も汗だくの一日となりました。(大阪城公園・噴水広場)(横枕南公園とマイMTB<復路>)<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2024.10.02
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