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楽天ブログはずっと気になっていたけど、他のブログで自分の方向性を見つけ、突っ走ってきたこの約一年。私はあっちもこっちも出来ないから、楽天ブログはやめようか、とも思った。でも、何となく、この場所で今までもずっと書き続けられている方がいて、過去の自分が書いた記事もここにはある。他の方からいただいたコメントもある。なんて思ったら消してしまうのもな。。と思い、今実際アクセスなんてのもほとんどないだろうし、誰が見てくれているかもわからないけれど、やめるのは今ではない、と思った。それでなぜかつなげてみよう!って思った。この一年で、いつのまにかこういった方向にいってました。ちょっと専門用語(?)とかあってわかりにくいかもしれませんが^^;http://ameblo.jp/angels-2009/興味がある方はみてください。あ、名前違いますが、この楽天での「sanae」は過去ブログでの名前です。とても思い入れのある名前で、「sanae」として生きてきた時間も私にとっては大切な思い出だけど、sanaeは卒業します。
2010年05月18日
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なんだか急に思い立ち、先月から別ブログで書いてました。前から気になってはいたけど、進む勇気や自信がなくて目をそむけていた分野。自分の中のそういう部分もずっと閉ざしていた。でも、何かに突き動かされるように、いろんな事を始めている。行けるところまで行ってみようと思う。
2009年07月17日
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数年前には全く興味がなかったこと。数年前から知っていた人なのに、なぜか縁がなかったのか会うことはないだろうと思っていた人。そういう事とその方にあさって初めて会うことになった。自分でもどうしてかわからない。たまにあるけど、背中を押されている感じ。だけど、また新しい自分の始まりのような気がする。私はいろんなことに興味は持つけど、気がついてみたら、方向は同じ方なのかも。と最近思った。今はまだ、パズルの1ピースをあちこちはめているから全体像はわからないけど。四十にして惑わず、という言葉があるけど、それまでには惑わないでいたいものだ。
2009年06月19日
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昨日、前から気になっていたマッサージに早速行ってきました。昼間電話で予約したらあっさりとれた。初のよもぎ蒸し体験!よもぎ蒸し30分&アロママッサージ40分で4千円しなかった。キャンペーン割引だとかでかなりお得だった。よもぎ蒸しは、よもぎとハーブを穴の開いた椅子の下で煮立たせ、その蒸気を下半身を中心にからだ全体に浴び、芯から温め、発汗することが出来る。上からはかなり厚手のマントみたいなのをかぶせられるというか着る(?)座って3分もたたないうちに、体のあちこちから汗が噴き出る。サウナでもこんなに数分では出ないだろうっていうくらい。手の甲からも汗が流れる。よもぎ蒸しは韓国で600年くらいの伝統療法らしいが、女性ホルモンとかにいいらしい。とにかく足の先まであったまり、終わったときには、ただ座ってテレビ見てただけなのに、かなり日頃の疲れが出た感じで心地よいぐったり感。ふらふらになりながら隣のベッドの部屋へ行き、今度はアロママッサージ。足の先から体はもちろん、頭のマッサージまでしていただき、いや~極楽です。アロマは、今回は今まであまり選んだことがなかったイランイランを選んでました。気がつけば、前回マッサージに行ったのは昨年の暮れだった。半年分の老廃物がいっぱいたまっていたかも(笑とにかく、まわりでどんなことがあっても、自分が心地よく、幸せでいられる環境を作っていれば、ダメージも受けないし、心やすらかにいられる気がした。
2009年06月18日
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久々に全く別の方向を向いてみよう。知らず知らずのうちに、一つのことにはまっていく時があって、誰もそこまで望んでいないのに、がんじがらめになってもがいている自分がいる。そんなときは、私の場合、最近全然会っていない友達に会うとか、日頃していないことをするとかすればいいんだ。多分心の充電が足りない気がする・・・実は最近毎日仕事中にネットで行きたいお店を探している^^;アロママッサージ&デトックスorよもぎ蒸し!!そういうのを探しているだけでもワクワクしてくる。☆ ☆ ☆ ☆ ☆そういえば、今私が住んでいるところからはちょっと遠くて行けないんだけど、私の心の友がサロンを開いたので、ちょっとお知らせしちゃいます。丘の上の隠れ家ヒーリングサロン サリーズパレスhttp://www.sallyspalace.com/homeここではむっちゃんと呼ばせてもらいます。むっちゃんはとってもピュアな心の持ち主で、いつもどんな時もまっすぐな人。私の人生のかなり重要な時にいつもそこにいてくれるような気がする。だから、私は彼女の幸せを遠くから祈っている。
2009年06月17日
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最近、子供関係の親とかと会って話すことが多い。いろんな場面で思うこと、それはあまりにも型にはめた「いい子ちゃん」をみんな望んでいるのかなって。少しでも型からはみ出たら、それは「悪い子」っていう意識があるように感じる。それは自分の子供に望むならまだいい。それぞれの家の方針だし、育て方だし。だけど最近疑問に思うのは、人の家の子供のことまで干渉する人が多い。もちろん学校や組織の中で、協調性など大切なことはあると思う。ただ、そこまで介入しなくてもよくないですか?と思うことしばしば。それに、問題児と言われている子だって、目を見ればわかる。すごくきれいな目をしている。大人が見ていないところで、いじめられた子をかばって守ってくれているのも私は知っている。それでも、それ以上にその子の悪いところばかり、大人たちはズームアップして、騒ぎ立てる。下手すると、その子の親とかを無視したりもする。親が子供に「お友達と仲良くするんだよ」って言うんじゃないの?親がみずから仲間外れしたり無視したりして、そういうのって子供にも伝わるものだと思うよ。おとなしく言う事を聞く子ばかりがいい子なわけじゃないと私は思う。悪い子と言われている子は、見方を変えれば、自分の意見を主張出来て、感情をさらけ出して素直に自分の気持ちを表現出来る子なのかもしれない。みんなそれぞれにいい所を持っている子達だから。大人がそれをつぶさないで、と思ってしまう。☆ ☆ ☆ ☆ ☆わたしと小鳥とすずと 金子みすゞわたしが両手をひろげても、お空はちっともとべないが、とべる小鳥はわたしのように、地面(じべた)をはやくは走れない。 わたしがからだをゆすっても、きれいな音はでないけど、あの鳴るすずはわたしのようにたくさんのうたは知らないよ。すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい☆ ☆ ☆ ☆ ☆昨日は息子がこれを読んでくれた。今までここまで意識したことないってくらい、今回はいつまでも言葉が耳に残った。「みんなちがって、みんないい」あ、最近のこういう出来事を私が気になったのも、今の私へのメッセージなのか、と今気付いた。
2009年06月16日
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水のこころ 高田敏子 水は つかめません 水は すくうのです 指をぴったりつけて そおっと 大切に 水は つかめません 水は つつむのです 二つの手の中に そおっと 大切に 水のこころ も 人のこころ も☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆先週は仕事も家の用事でも忙しくて、時間的だけではなく精神的にも疲れた週だった。そこに追い打ちをかけるように、週末また別の集まりで何か違和感を感じる出来事があった。みんな、自分の意見が正しいと思っている。よかれと思って言っている。それはわかる。だけど、必ずしも、それが正しいとは限らないと思う。一つの組織をまとめようとするのと、上から押し付けるのは違うと思う。無理矢理つかもうとしても、余計に逃げてしまったり拒絶反応を示してしまう人もいる。みんなそれぞれの心を持っている。だから、争わないで。傷つけあわないで。そんなことを家のキッチンで考えていたら、息子がリビングで上の詩を読んでいたのが聞こえてきた。「いいこと言うね~」と私が言ったら、「今学校の授業でやっているんだ」と息子は私に褒められて嬉しかったのか、キッチンに来て私のそばで何度もそれを読んでくれた。今の私の胸に響いた詩だった。
2009年06月15日
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昨日ようやく大きな山場を越えた。この数週間すさまじかった。今週月曜日、満月の日、今までのものがすべて表に結果として出た日となった。いろんな意味で精神的にも疲れたけど、これはきっとすべてがよくなるための変化のために通らなければならないものなんだと自分に言い聞かせた。今まで何となく建物を建てて、表面上うまくいっていたように見えていたけど、いや、もう一度土から掘り起こして、いい土で固めていきましょう、いい地盤がなければ、何かの拍子で総崩れになってしまう。この数週間の出来事はそんな意味の期間だったように思う。私は今思えば、転職してからこの数か月、ずっと土いじりをしてきたのだなと思った。ここはどんな土で、どこが弱いのか。仕事がしばらく暇だったのも、そういった勉強をするための時間だったんだなと今になって思う。そして、この数週間で、その成果を出すような出来事が起きた。今まで見ないできたものを、地盤の下から掘り起こす作業は、いろんな意味で労力を使う。みんなめんどくさいし、見たくもないってものもあったと思う。だから雨が降って、嵐になって、土砂崩れを起こすんじゃないかってくらいすさまじかった。ただ、なぜか今このときに見なければいけなかった。誰も目を背けることは出来なかった。結果、波乱の数週間だったが、ようやく通り抜けた。組織全体を考えた時、自分の考え、これからしようとする行動に自信が持てなかった時もあった。はたしてこれでいいんだろうか、と。だけど、やはり結果誰のせいにするわけにもいかないから自分を信じるしかなくて。上司との意見が合わなくて、ぎりぎりのところで妥協してとった行動もあったりした。長かった。長い戦いが終わった感じだ。私はこの組織で必要な人間なのかと自分で思った時もあったけど、今回の出来事で、大変ではあったけど、まわりのみなさんにお褒めの言葉をいただいたり、感謝されたりして、本当にここまで頑張ってきてよかったと思えた。本当に辛くて、辞めたいと思った時もあった。だけど、オーラソーマのお友達とお茶したときに言われた言葉がこの数日ずっと離れなかった。「どんな環境でもどんな状況に置かれても、『ありがとうございます』って思ってるの。」彼女自身、最近人生の大きな転機であったにも関わらず、そう笑顔で話していた。彼女にそう話を聞いてから、私も意識してそう思うようにしてきた。(思えない時は思えないんだけど!)そのせいか、いつの間にか、私は周りの人より先に、通り抜けられた気がする。今、かなりダメージを受けている人もいる。これからもまだ少し処理はあるけれど、今回の嵐ほどではないだろう。とにかく、いろんな意味でいい勉強になった。「雨降って地固まる」 になることを祈りたい。
2009年06月12日
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自信を無くした時、やる気が出ない時、ストレスがたまったとき、自分なりにいろいろ解消法だったり、元気の出る何かだったりあるんだけど、最近一番効いたのはこれ↓だった(笑http://kakula.jp/homeSalon/「ほめられサロン」ってものなんだけど、覗いてみてびっくり。前の職場の時はよく言われていたような言葉が画面いっぱいに飛び交っていた。あ~後輩によくこれ言われたっけ~とか、上司にこう言われたっけ~とか。最近は、そういえばあまり人に褒められていないよな~って思った。前の職場って、とにかくよく仕事のことで褒めてくれる上司が多かった。そして、女性も多かったから、ヘアースタイルだったり洋服だったり、アクセサリーだったり、香水だったり、いろんなことで人からいいって言われたり、みんなそれぞれに刺激があった気がする。「あ~これかわいいですね~どこで買ったんですか~?」みたいな。それが今の職場では人にほとんど会わないしな・・・だからこそ、この「ほめられサロン」、すごくうれしかった~(笑やっぱりいろんな人がいるだろうけど、褒められて嬉しくない人はいないよね。褒められてやる気になる、って人多いような気がする。いろんなストレスで押しつぶされそうなとき、誰かのあったかい言葉ですごく元気になれたり、頑張ろうって思えたりする。私も人に対して、そういう言葉をかけられる人になりたいと思う。褒められたい人、ぜひのぞいてみてください。
2009年05月19日
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最近上司がすごく機嫌が悪い。というか情緒不安定じゃないですか?って感じ。もともと穏やかな方の人だけど、最近いろんなことが重なってどこかぎすぎすしている。顔を見ればたいていわかる。今日はこの話を持ち出さない方がいいな、と感じたりする日もある。別にそこをつつかなくてもよくないですか?みたいなところで機嫌の悪さも手伝ってか、どんどん入っていく。今日ここで私と二人で話し合っても絶対答えは出ないっていう話でも、無理やり答えを出そうとしてみたり、私はその専門じゃないから、うかつにはYesとは言わないでいると、そこでYesと返事をしないのにまたイライラしているようで、最終的には私の意見はおかしい、とか頭が固いとか言われる。私はもちろん経験も知識も乏しい。だからこそよくわからないことは、法律とか制度とかにきちんと従っていなければいけないような気がする。実際、上司がその仕事をやってくれるなら問題ないけど、結局法務局とか行くのも、行政機関に提出したり問い合わせがくるのは私なわけで。今までだって何かが起こったときの処理や行動は現場の私たち。それはそれでいいんだけど、大事な書類を私はそう簡単に提出できない。だから自分なりに調べて、知り合いの専門の人にアドバイスをいただいたりしてなんとか書類を作り上げても、こんなにきっちりすることない、こんな文書は残さなくていいって上司はあっさり言う。しかも何時間も何日もかけて調べ上げて作った資料も、あっさり却下。それだけならまだいい。自分が至らないんだと思ったこともある。ただ、最近納得できないのは、それだけバトルしておきながら、何日かたってあるいは数時間後、あるいは数分後、上司はあれほど私の考えはおかしいとか、頭が固いとか言っておきながら最終的に私の言ったとおりにする。数か月前、ある仕事の事で意見が合わず、散々なことを言われて仕事中一人で涙が出たこともある。でも、結局上司だから上司の意見に従うしかなくて、もうそれ以上言うのをやめたことがあった。そして上司の言う通りの仕事をした。ところが最近になって、その件は、私が言っていた通りの方向に知らんぷりしてやっていた。今週もそう。私は専門家から言われて、よかれと思ってやったり調べたことを書類にまとめて、上司に伺いを立てるつもりで出したんだけど、それまた、こんな仰々しい文書はいらない、残す必要はない、とか言われ、私も勉強不足だったのかなとか思ってとりあえず、その専門家の方のお話を聞いて下さいということで引き下がった。ところが、数分後、どこかに席をはずして戻ってくるなり、さっきまでのイライラした態度とは一変して、「やっぱり文書を作ろうか」みたいなことを言ってきて、結局私が作った文書をアレンジすることになった。誰かに電話して「その文書は必要」というアドバイスを受けたんじゃないかと思った。そして今度は急に私にご機嫌とり。わけわからない。急にか~っとなったり、あたられたほうは、たまったもんじゃないよ。もともと上司とは仕事の仕方、考え方が違うのはわかっていた。私は、転ばぬ先の杖、上司は転んでから考えるタイプ。上司の個人的な事ならいいと思うんだけど、組織として、それでいいのかな~って思う。
2009年05月14日
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この数か月、旦那がかなりついていない。振り返ってみれば、昨年の夏ごろから続いている。最初は事故。といっても駐車場の中で停まっている車にかすってしまって、相手は無傷だったからよかったけど、傷つけてしまったのがトラックだったので修理代で何十万もかかってしまった。会社の車で保険も免責金額が多かったので結局は、ほとんど自己負担だった。最近まで数か月に渡り修理代を給料から差し引かれていた。そのあとは、運転していてちょっと腰が痛いからと前かがみになろうとしてシートベルトを外した瞬間、後ろにパトカーがいてつかまったらしい。ほんの一瞬だったのに・・・後ろにパトカーさえいなければ・・・旦那は帰って来てブーブー文句を言っていた。数日前は、県外に仕事で行き、一緒に行った会社の人たちと数台連なって走っていたら途中で黄色信号になったらしい。でも赤ではないからとそのまま前の車についていったら、旦那だけ信号無視でつかまったらしい。その時も納得できない、と30分も粘ってきたと言っていた。話を聞いて、う~ん・・・・。で、なんとなく今まで話を聞いてきて思った事を言った。「謙虚さ足りなくない?」旦那はこの数年でちょっと変わった気がする。昔はそんなに怒ったりしなかったのに、最近はよく怒る。前はどちらかというと腰が低くて、物腰柔らかい人だったんだけどな。今の仕事についてから、荒々しくなったかも。(職業的にそんな感じだからしょうがないのかな)役所にも業者にも、かなり強気な態度で、聞いているこっちがハラハラするときがある。仕事の話でも、上司やまわりの人達に対しての話し方、接し方、何となく今までの旦那じゃないな~って思っていた。パトカーに捕まったときだって、「すみません」なんてことは言ってないようだった。むしろ逆切れしてきたとか言っていた。家に帰ってきた時も怒っていた。事故に合わなくてよかったと思えばいいんじゃない。捕まえてくれてありがとうございます、ってことだよ。いつまでもそんな反省のない態度で、頭に来るってばっかり言ってたらまた同じようなこと起きるよ。というかもっと運が悪いと思うような出来事起こるよ。あまり旦那のことには言わないできたけど、さすがにこうもいろいろ続くってただ運悪いってわけじゃないなって思った。旦那に何か原因があるんじゃないかって、昨日はちょっと脅し気味に言ってみた。小さなことも含め、旦那はいろんなことで歯車が噛み合ってないような感じがする。最近も、大事な書類を郵送するのに、出勤の時に持っていったはずなのに無くなったと。帰ってくるなり、「誰かに盗まれた」って。そんなの盗んだって何の得にもならないのに、って言ったけど、だって自分はちゃんと車の助手席に置いておいたのに無いんだから絶対盗まれたって。そのときもブーブー言っていた。その数日後、旦那が「盗まれた」と言っていた書類が封筒そのままでうちのポストに入っていた。誰かが、届けてくれたのだった。多分、旦那が落したのを、どこの誰かわからないけどわざわざうちのポストに入れてくれたんだ。世の中、ほんとにいい人っているもんだなと思う。昨日、旦那といろいろ話して、最後に言ったのは、「無理にいい人になろうとはしなくていいから、もう少し謙虚になって。」
2009年05月12日
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昨日、おとといも息子のスポ少で試合だったり練習だったり、お手伝いだったり。それに夜はマンションの役員会。どういうわけか、絶対なりたくないって思っていた役職に就いてしまった。というかもしかしたら心では「なる!」って思っていたのかもしれない。長の方がとても人柄がよさそうな方で、初めてお会いした時から、「この人の下でなら働いてもいいかもしれない」ってどこかで思っていた。昨日の集まりで「どなたか是非ご協力してください」「私も一生懸命やりますので」ってその方は言っていたけど、それでもそこに集まった人たちはみんな黙っていて。私に出来るだろうか、とかいろんな葛藤があって私もしばらく黙っていたんだけど、「この人と一緒に仕事をしてみたい」そう思って、手を上げてしまった。スポ少でも役員でもすべてそうなんだけど、必ずやらなければならないわけじゃない。しかもそこまでやらなくても誰かがやってくれるのかもしれない。「疲れた疲れた」って言ってるなら、行かなければいいんじゃないか、いろいろ引き受けたりしなければいいんじゃないか、そう思ったりもする。だけど、そこで自分に聞いてみる。結局なんだかんだ言って、私は根本的にそういうことをしているのが好きなんだ。暇でぼけっとしたい日もある。一日中休みの日にごろごろしていたい時もある。だけど、体が、そして気持ちがそっちの方を求めているんだと思う。一生懸命頑張っている人を見るのが好き。そして自分も何か少しでも役に立ちたい。前に流行った『女性の品格』っていう本に書いてあったことをたまに思いだす。 はっきりは覚えていないけど、役員とかなんとか、そういうものはたかだかやって何年かの話でしょ。だったらせめてその時くらい一生懸命やってもいいんじゃないかって。息子のスポ少も、あと二年くらい。今は土日も朝から夕方までびっしりで、休む暇なくて大変だと思っている。だけど、案外、この生活が終わって何年か過ぎ去ったとき、毎週みんなで試合に出かけて、勝った負けたで一喜一憂し、緑に囲まれたところでおにぎりを食べ、試合の合間にはママたちとおしゃべりしたりコーヒーを飲んだり、大笑いしたり。そんなことがとても懐かしく、楽しかったと思えるんだろう。息子に、「スポ少に入りたい」と言われた時、ほんとに勘弁して、と思った。絶対私には無理。ママたちとの付き合いも大変そうだし、なんだかスポ少って怖い、大変だっていう印象しかなかった。でも一年待っても息子の気持ちは変わらなくて、私も腹をくくった。「どうせ入るなら、私も楽しもう」って。スポ少に入って二年目になるけど、チーム全体ではこれまでも大なり小なりいろいろあったと言えばあったのかもしれない。泣いたり笑ったり、喜んだり悲しんだり、その時その時で悩んだりしても、みんながそれぞれに一生懸命で。私は今、純粋に、楽しい。役員もこれから一年間、どうせやるなら、楽しもうと思う。
2009年05月11日
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今朝、夢を見てはっと目が覚めた。学生時代大好きだった先輩の夢だった。田舎から出てきた私を妹のようにかわいがってくれて、あちこち遊びに連れて行ってくれた。大好きだったけど、憧れの存在で、付き合ってくださいなんて言えなかった。お互い結婚式の写真つき年賀状で、結婚したんだとはわかっていた。お互い子供が生まれても、これまた写真付き年賀状でやりとりはしていた。年賀状には「連絡してね」って連絡先が書いてあったけど、私も結婚したんだし、いくら学生時代の先輩とはいえ、連絡するのもためらって、そのままいつの間にか年賀状さえもお互いに出さなくなった。それから数年後、久々に学生時代のサークルの飲み会をやろうという話がどこからともなくあがった。久々にその先輩にも会えると思っていた。ところが、その飲み会の数日前に、先輩は亡くなってしまった。会いたかった。先輩は離婚してお子さんを一人で育てていたらしい。赤ちゃんのころの年賀状を交換して、連絡を取らなくなってから先輩にはいろんな事があったみたいだ。別の先輩に話を聞いたら、その先輩の苦しみを知って涙がボロボロと出た。先輩が亡くなる前に会いたかった。私なんかじゃ何の役にも立てなかったかもしれないけど、会いたかった。どうして、年賀状に「連絡してね」って書いてあったのに、連絡しなかったんだろう。後悔した。悔しくて、寂しくて、切なくて涙が止まらなかった。そんな出来事からもうかれこれ5年くらいたっていると思う。どうして急にその先輩が夢に出てきたのかはわからない。先輩は学生の時のままだった。口調も私への接し方も。当時のまま、こちらが心配しているにもかかわらず、先輩はふっと現れて私の両腕をぎゅっとつかんだ。私は「ずっと会いたかった」って、恥ずかしいのにいつまた会えなくなるかわからないから勇気を出して言った。先輩は何も言わないで照れ笑いしていたけど、私の腕をつかむ強さが「強くなれ」「しっかりしろ」って言われたようだった。もう会えなくなるのは嫌だって思って彼の連絡先を必死に聞いたけど、夢から覚めて思った。携帯の番号を知ったところで、彼の声はもう聞くことはできない。朝の5時頃その夢を見て、あまりにもリアルすぎて、ぱっちり目が覚めてしまった。彼は私に何か伝えに来たのかもしれない。何となくだけど、私の最近の心を見透かされたのかなって思ったりした。今日になって、彼が伝えようとしたのかもしれない事をいろいろ考えてみたりもした。すごく切なくなったけど、夢で会えただけでもとっても嬉しかった。
2009年05月08日
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普段何もないと、「当たり前」に慣れてしまう。そして、本当は「ありがたいことだ」ってこともつい忘れてしまう。最近、仕事もプライベートもとにかく今までになく忙しい。仕事から帰ってもぐったりで、それでも夜は家事や地区や学校の役員の集まりだったり、土日は息子のスポ少の付き添いだったりでとにかく休む暇がなくて、たまらなくなって家族に言った。「お母さん一人では何もかもできない!」料理も洗濯も掃除も私がやるのが当たり前。何か学校で必要なもの、家で必要なものも買ってくるのは私。今まではパートだったから帰る時間も今より早かったし、それでもよかった。でも、今はお母さんもフルタイムになって帰りも遅い時あるんだから、みんなもう少し自分で出来ること、お手伝いできることあるでしょって。洗濯ものを取りんだり、ご飯を炊いていてくれたり、そういうことだけでもかなりありがたい。それなのに、私が帰ると、旦那をはじめ、みんなリビングにだれ~んとしてマンガとか読んでる。洗濯ものは冷えて外に干しっぱなし。部屋中散らかっている。さすがにその日はキレて、家族の分だけおかずを作って、私は納豆ごはんで一人でさっさと怒りながら食べた。「何でもお母さんがやるのが当たり前だと思わないで!」ってそれからしばらくイライラしていた。その翌日から、悲しい出来事が続いた。弟のお嫁さんが妊娠中期だったんだけど、赤ちゃんはこの世に生きて生まれることは出来なかった。結婚して3年くらいになるんだけど、なかなか出来なかったらしく、お嫁さんの年齢的にもみんなに待ち望まれた赤ちゃんだっただけに、本人たちはもちろん、まわりのみんなにとってもとても悲しい胸が張り裂けるような出来事だった。痛すぎる。。。それから、旦那の伯母さんが癌になった。伯母さんは70歳を超えているけど、独身で子供もいない。そういうこともあって、甥である旦那に今後のことで相談があった。今まで子供たちがいるのも、自分のまわりの人が健康で普通にいるのもみんな当たり前と思っていた。でも本当は当たり前じゃない。大きくなった子供たちを見て、改めてとってもありがたいことなんだ、と考えさせられた。生まれてきてくれてありがとう、元気に育ってくれてありがとう。自分が数日前に抱えていた不満、「お母さんが何でもやるのが当たり前と思わないで!」って言った言葉は、実は私にも当てはまることだったのかもしれない。仕事でも、徐々にいろんなことを覚えてきて、ある程度一人でこなせるようになってきて、どこか傲慢なところがなかったか?と自分の言動を振り返ったりした。こんなご時世に、私を雇ってくれている。いろいろ勉強させてもらってお給料をいただける環境に、もう少し感謝して、謙虚さを忘れないようにしないといけないと思った。そして、家族にも。いろんなことを当たり前と思っていたのは私の方だ。今の私に必要なこと。「今まで当たり前と思っていたことに感謝する気持ち」かな。
2009年04月30日
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最近、大きな出来事があった。前に日記で書いたけど、ほぼ毎日病院にお見舞いに行っていた方が亡くなった。ご高齢の奥様はお一人になられた。葬儀の準備やら段取りはほぼ周りの私たちがやった。でも今までの看病でかなりお疲れのようだった。私は自分の祖父母が病気で入院して亡くなったとき、県外だったことやまだ子供が小さかったこともあってあまりお見舞いにも行けず、葬儀の準備やお手伝いもほとんど出来なかった。それがとても悔やまれた。病院に顔を見せにもっと行けばよかった。最後のお礼にもっといろんなことしてあげたかった。そんな思いがずっとあった。だから私はどこかで、その方に祖父母の分までお返ししているつもりだった。その日、病院へかけつけると、お医者様方に囲まれて息を引き取られたあとだった。奥様と一緒に霊安室に行き、奥様をご自宅までお送りしてから斎場へ行き、日程を決めたり打ち合わせをした。いつのまにか私は、自分の祖父母に対するような感情になっていた。ご遺体がご自宅に戻られた時も、「家に帰りたい帰りたい」と言っていたその方の声を思い出した。「やっと帰ってこられましたね」「今まで苦しかったですね」って心の中で思ったら涙が出てきた。苦しまれるお姿、そばにいても何もしてさしあげることが出来なかった。そしてそれに付き添われる奥様。昨日、奥様にお会いしてお茶を飲みながらお話したけど、夫婦愛、夫婦とは、そういうものを見せていただいた気がした。そして亡くなられた方の生き方、考え方、この数か月でいろんなことを勉強させていただいたと思う。亡くなられた日、夜遅く自宅に帰って、疲れているはずなのに眠れなかった。次の日からの仕事や段取りをいろいろと考えていたせいもある。だけど、それだけじゃない。その方がどんなに小さな事にでも、いつもおっしゃって下さった言葉、布団に入ってからもずっとその方の声が頭に響いていて、涙が止まらなくて眠れなかった。「ありがとうな」って。
2009年04月15日
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今日は弱音を吐きます。忙しすぎて凹む暇もなかった。で、仕事が一段落して急にふっと糸が切れた。神様って本当に見てくれてるのかな~って思う。仕事も子育ても家事も完ぺきではないけど、私なりに一生懸命やってるつもり。ほんとに先週はふらふらだった。そして、こんなに頑張ってるのにいつまでも家計は自転車操業で、お金のやりくりで頭を痛め、子供たちの心配をし、心が休まらない・・・今まで「どうにかなるさ」、と思ってやってきた。というか目の前のことで精一杯で、いろんなことを考える余裕がなかった。でもそのつけが最近になって出てきているような気がする。まあ、考えようによっては、今だからこそ神様が「今なら出来るでしょ」って今までとっておいてくれてたのかもしれないけど。それにしても神様、どうして私のハードルはこんなに続くんでしょうか。乗り越えても乗り越えても、次から次へと新しいハードルが目の前に出てくる。幸せじゃないって言ったらそれは嘘になる。無いものを探すより、有るものを見つけよう、と思えば、いくらでも幸せなことはある。仕事だったり子供だったり友達だったり。でも、もっとこうなりたいっていうのはたくさんある。欲張ってはだめですか?一つだけ、願いを叶えてくれるというなら、私はこれをお願いしたい。もっとパパがいる生活がしたい。そして、頼りたい。
2009年04月14日
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とにかくいろんなことが忙しすぎる。人にお願い出来るところはしてきたつもりだけど、まだまだ足りない。そんなことを思っていたら、自分を鏡に映したような人が目についた。「鏡の法則」という本があったけど、自分のことは自分ではよく見えなかったりするから出会う人や物事で自分を映し出してくれているって。彼女はいろんな仕事を一人で引き受けていた。どういう理由でかはわからないけど、がんとして人には頼りたくないようだった。もちろんまじめで責任感がある彼女だ。だけど、たぶん、もう一人で抱え切れる容量を超えている。先日も意識がどこかに行っているような、それでいてピリピリした雰囲気だけはあった。周りはそこまで求めていないかもしれない。みんな本当は手助けしたいのかもしれない。人は一人では生きていけない。どこで人に助けられるかわからない。自分の中にこだわりがあるのかもしれないけど、いざっていうときに一人になっちゃうよ。頼るのは甘えじゃない。いろんなこと、頑張りすぎないで。いろんなものが壊れてしまうよ。彼女に対して思う事が、実は自分に言い聞かせているようだ。
2009年04月06日
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先日、息子が野球の試合中にけがをした。結果的にたいしたことはなかったけど、一時はいろんなことを考えた。病院には行ったが、頭が痛かったり吐き気がするようなら脳神経外科を受診したほうがいいと言われた。落ち着くまで夜も寝た気がしなかった。息子の寝顔を見ながら、小さいころからの事を思い出した。息子がまだ二か月くらいの時、抱っこひものボタンをきちんとはめていなかったばかりにまだ乳飲み子の息子を地面に落っことしてしまったことがある。気づいた時には、駐車場の砂利の上に大の字にうつぶせになっていた。一瞬し~んとしたあと、ぎゃんぎゃん泣いた。私が悪かったせいもあり、自分的にかなり落ち込んだ。そして息子に申し訳なくて申し訳なくて心が痛かった。一応脳神経外科に写真を撮りに行き異常ないとわかってやっとほっとした思い出がある。はじめてぜんそくになった時も、「苦しい苦しい!」と泣き叫ぶ息子をどうしていいのかわからず、夜中おんぶして救急病院に運んだ。外で遊んでいておでこを遊具にぶつけてぱっかり割れたこともある。私が目を離した隙に家から脱走しておむつ姿で道路を歩いていたこともある。小さい頃の思い出は本人は覚えていないだろうけど、私は息子に関しては本当に大変だったので、思い出がいっぱい(笑子供との思い出って、どこかに旅行に行ったとか楽しい思い出よりも、苦労したり大変だった思い出の方が、思い出したときに懐かしくいろんな思いがこみ上げる。子育てって無我夢中だったってよく言うけど、ほんとにそう。親も一緒に育っていくようなもの。その時その時で、子供のことで悩んだこともたくさんある。仕事と子育てで大変な時ももちろんあるけど、今のこの時はもう二度と来ない。一つ一つの出来事を噛みしめながら、心に刻んでいきたい。
2009年04月01日
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感情は、時間と共に消えて無くなるものだと思っていた。だけど、蓋をして押し込もうとすればするほど、無くなるどころか、固い石のようになって自分の奥深くに大きく存在するのかもしれない。私が小さい頃、妹は生まれながらにして病気だった。入退院を何度かし、そのたびに母親は妹の付き添いで病院に寝泊まりしていた。だから私が母親に会えるのは週末だけ。しかも県外の病院に入院した時などは毎週は会えなかった。私はいつからか両親の前で、わがままを言わない子供になっていたようで寂しいとも言わない子供らしくない子供のようだった。でも親にとっては育てやすかったようだ。つい数年前、急に思い出した映像がある。妹が長期入院で県外の病院に入院しなければならなくなった前日、母親が一人、誰もいない暗い部屋で泣いているのをたまたま見てしまった時の映像だった。私はその時、「(お母さんも妹もかわいそうだから)自分は我慢しよう」そう思った。昔の映像を急に思い出したとき、その時の自分の感情まで思い出した。県外の病院へはなかなかお見舞いに行けなくて、たまに行けるとなると、お気に入りのワンピースとかを着て、旅行気分でわくわくしながら行ったのを覚えている。最近、いつものように仕事である病院を訪れた時、信号待ちしていてふと思った。あ、この光景・・・この病院のこの角度からの光景を見て、「やっとお母さんに会える」って思ったんだ。今、仕事で通っている病院は、まさしく妹が長期入院していた県外の病院だった。わかってはいたけれど、点と点が結びついた瞬間だった。信号待ちしていて、「ここに来たくて来たくてしょうがなかった」その時の自分の感情まで溢れ出した。本当はずっと寂しかった。お母さんに甘えたかった。お母さんと離れたくないって、大泣きしたかった。入退院を繰り返していた妹が悪いわけでも、母が悪いわけでもない。ただ、甘えたかった。お母さんに会いたかった。子供の頃の自分の、さびしさを押しこめていた蓋が開いたような気がした。信号待ちしていて、涙が出た。長い間、閉じ込めさせてごめんね。どうも子供のお絵かきみたいになってしまったけど^^;、どうしてもこれは描かなきゃいけない気がした。
2009年03月26日
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たまに急に絵を描きたくなる時がある。私は昔から絵なんて描いたことがないし、全くと言っていいほど興味もなかった。今でも自分が絵を描いている(お絵かきだけど^^;)というのが不思議でならない。昨年末あたりから、何かに突き動かされるかのように、自分の中から何かが出ようとしているみたいに、黙々と何枚も描く日がある。それも何も考えず。自分の中の変化は全く理解出来ないけど、今の私はこれを求めているようだから、それはそれでいいのかなと思う。最近、身近な人に見てもらうことがあるんだけど、出来あがったのを見て、自分ではいまいちだな~って思うものでも人によって、感じるものは様々のようで、(上手い下手は別として)多分、色とか形とか、何かそこから発するものがその時のその人の心に響く何かなのかなって思ったりする。もちろん自分で描いているんだから、自分にとっても意味はわからないけど、何か必要だったりするんだろう。先日妹に何かあげようと思って選んでもらったら、なんだかわけもなくこの絵に惹かれるって言ってじーっと見ていた。妹も今までかなり辛い数年を過ごしてきた。私たちそれぞれ、ようやく土から芽を出したところなのかな。今までのいろんな事は、きれいな花を咲かせるための、土壌作りだったのかもしれない。
2009年03月24日
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何だか最近いろんなことに追われている。どこかで無理しているのかもしれない。今朝夢を見た。「いろんなことを一人で抱え込みすぎ」って夢で言われた気がした。学生時代の友達やら、スポ少のママ達やら、いろんな人を自宅に招いてそれでいて旦那にも気を遣い、みんなに喜んでもらおうとしたことが、結局はあまりにも人が多くて手が行きとどかず、みんなに嫌な思いをさせてしまうという夢だった。私の悪いところは、自分の容量を超えてやろうとしてしまうところだ。アップアップになって窒息してから「もう無理だ」って思う。仕事でもそうなんだけど、もっと早くに、人に甘えたり、出来ないところは頼んだりすればいいのにどこかで人に悪く思われたくない、よく思われたいっていう気持ちが先走って、自分を酷使してしまうところがある。人に甘えるのがとても下手な私。今日の夢は、自分への警告のような気がした。「他人を思うのと同じように、自分を大切にしてください」オーラソーマのお友達に昔からよく言われる言葉、今日ふと思い出した。
2009年03月23日
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くじけそうになる時、たまにある。もう頑張れないって思う。自分も含め、人間の嫌な所ばかりに直面し、いろんなことが嫌になってくることある。どれだけ頑張ったらこの壁を乗り越えられるんだろう、どれだけこの険しい道は続くんだろうって、不安になることある。誰かといても一人ぼっちと思うことある。嬉しいことよりも、悲しいことや辛いことの方が多いって思う時ある。だけど、人間だって捨てたもんじゃない。人間関係で嫌な所ばかり見えてしまうことあるけど、本当はみんな弱くて、みんな同じ。そして誰にだって、とっても優しいところってあるんだと思う。険しい道はいつまでも続かない。その道は、幸せへたどりつくために通らなければならない道だから。きっと悲しい涙は、喜びを大きく感じられるため。人は決して一人じゃない。目には見えなくても、いろんなものが守ってくれている。だから大丈夫。みんなに穏やかな幸せが訪れますように。
2009年03月19日
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私は百円ショップの商品をよく使う。シャンプー、リンス、洗顔、クレンジング、アイシャドー、アイブロウ(眉)、マスカラ、グロス、リキッドファンデーション、ファンデーション、美容液、マニキュア、除光液、ヘアスプレー、ムース…などなど。百円ショップを使う前はもちろん、普通にもう少し高い化粧品を使っていた時期もある。だけど、我が家が経済危機に陥ったとき、安く買えるものがあるならなるべくそうしようと、試しに買ってみたら、私は(というか家族も)幸い安いものでも肌荒れもせず、髪もぱさつかず、案外いけた。もちろん、使ってみてちょっと無理だなって思うものはやめた。食べ物だって、体につけるものだって、本当は成分がいいもの、体にいいものを使うのがいいのはわかっている。だけど、買えない。だけど、いかにも貧乏ですって格好しているのも嫌で、身なりだけは高い安いは別として、きちんとしていたかった。だったら、出来る範囲でするしかない。化粧をした私の顔を見て、友達にはよく驚かれた。「百円メイク」なんて全然わかんないって。同じような商品で下手したら、3000円~10000円くらい違ってくる。たまに、使ってみてあまり使い心地が変わらないのもあった。これだったら、百円商品でよくない?って。もちろん、肌につけるものは高いのを使った時に比べたら全然落ちるけど。それでもそれなりにやれることはあった。百円ショップで売ってる大きいボトルの化粧水をたっぷりコットンに湿らせて洗顔後3分間化粧水パック。(3分以上やっていると、化粧水がまたコットンに戻ってしまうらしい)それからこれまた百円ショップで買った美容液(これは300円)をたっぷり塗って、最後に乳液を塗って肌に擦り込む。それだけで翌朝の化粧ののりがかなり違う。これは美容に詳しい友達に教えてもらった。何の化粧品でもいいからこれをすればいいって。結婚してしばらくは安泰だったのに、この数年の我が家の経済危機はすさまじかった。今もまだその影響が続いているけど、一時期に比べたらかなり乗り越えてきていると思う。だって、柔軟剤なんか買えるようになったんだもの。私は小さいころから特に裕福というわけではないけど、お金に困ったことは無かった。学生時代、親から仕送りをしてもらいながら、学校へも行かずバイトして、旅行したりショッピングしたりの日々だった。全く何もわかっていなかった。だから神様が、こういう世界もあるんだよって教えてくれたのかも。これから仮にどんなにお金持ちになっても、ケチケチするというわけではなく、心は豊かに、そして慎ましく生きたい。うちで飼っているうさぎちゃん(娘にケラケラ笑われた^^;)
2009年03月16日
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この前の日記でハワイのことを書いたら、自分の中でハワイモードになった。日本人に比べてあちらの方は性格もからっとしていて、根っから陽気だな~っていう印象を受けた。ハワイは地球のパワースポットというけれど、とにかく海や空や植物、山いろんなものが明るくきれいだから、住んでいるだけで癒しになるんじゃないかなって思った。ところで、ハワイと言えばフラダンス。二年前くらいから自分の中でくすぶっては消え、タイミングが合わなくては消えしていた一つ。エアロビもそれなりに楽しかったんだけど、段々綺麗な衣装を着て踊りたい、と思うようになり、何か他のダンス系をしたいと思い、ベリーダンスとかも調べたけど、いまいちピンとこなくて。フラダンスは、音楽を聞いて踊っているのを見ているだけで血が騒ぐ。お遊びの程度でいいから安くて気楽にできるところあったらいいな~と今まで何となく探し求めてきた。で、最近思ったんだけど、私って何でも極めることって出来ないな~って。趣味も中途半端。とりあえず夢中になるときはかなり夢中になり、「これが私の道だ~」的に思うんだけど、何か月かあるいは何年かたつと一気に冷めていたりする。自分的にやり尽くすともういいってなる。エアロビとかも初心者コースから始めて初級クラス、ちょっと頑張った時期は中級クラス。間違っても、上級クラスには行けなかったし、中級クラスでもアップアップ。私は端から見ると、仕事とか何でもバリバリ出来そうに見られがち(?)なんだけど、実はたいしたことない。大したこと出来ない。資格とかも3級程度が多い。何でも「何となく」やっている。今まで何かを極めたことってないんじゃないかって思う。仕事でも趣味でも、何かに興味を持って勉強しても、その先、その上にこういう資格がありますよ、と言われても経済的な面だったり、テキストを読んでも内容がすんなり入ってこなかったり、冷めたり、とにかく自分の中で「もう(ここまでで)いいや」って思う。何だか私って3級程度の女だな~ってちょっと思った。資格にもよるけど、私が持ってる3級とかってちょっと勉強すれば取れたりするレベル。とりあえず持ってますっていう程度。同じくらいの年の人で、何かを極めて頑張っている人とかいるけど、私はたいしてないし、いろんなことに興味は持つけど、長続きしないし人に語れるほどのものもないしな~。こんなんでいいのかな~っても思うけど、これが私だしな~っても思う。ただ、一つ、運と直感と人にだけは恵まれて、ここまで来れた気がする。
2009年03月12日
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私はイルカが好き。 多分高校生くらいの時から好きだったと思うけど、学生の時に『グランブルー』というフランスの映画を見て、何とも言えない懐かしい感じがして、とにかくイルカが強烈に心に残り、それからもイルカは常にじゃなけど、時々私の人生に現れる。6年くらい前、父親が定年退職をし、そのお祝いに、ということで両親が私たち姉妹を家族でハワイに連れて行ってくれた。本当は私たち子供がお祝いをしてあげないといけないんだけど、退職したら子供や孫たちとハワイに行く、というのが働いているころからの父の夢だったらしく。私はその時いろんなことでダメージを受けて、生きる気力もなく、はじめは行くかどうかも迷った。でも、少しでも元気になってくれたら、という両親や妹たちの気持ちが嬉しく、一緒に行った。今、そのころの写真を見ても、全然笑っていない私。あんなに明るい場所へ行ったのに。心がいつも涙でいっぱいで、やっと生きていた。そんなとき、そのハワイで、イルカに触れるオプションっていうのがあって、初めて、イルカに触ることができた。何だか知らないけど、すごくイルカは私の心を読み取ってるんじゃないかっていうくらい優しい感じがした。涙が出そうだった。よく自閉症の子供たちにドルフィンセラピーというのがあるけど、何となくわかる気がする。それからも多分、イルカは人生の時々で私を元気づけてくれていたのかもしれない。最近あまり目が行かなかったけど、気がつけば、リビングにもトイレにも、玄関にも、いただきもののイルカの写真やら置物がたくさん飾ってある。我が家にはたくさんのイルカがいたんだ。 初めて、イルカの絵を描いてみたくなった。
2009年03月10日
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先日、病院でご主人の看病を毎日してらっしゃる奥様にお花を差し上げた。ご高齢で一人暮らしの奥様は、看病にも疲れが見え、ご主人がいつどうなるかわからないという不安の中で、精神的にも参ってきているようだった。その日、たまたま給料日だったので、気持ちばかりの花束を二つ買って病院へ行った。黄色い花(なんだかわからなかったけど)とオレンジ系のカーネーション。色がとってもきれいだったので、それにした。ご主人は「俺は黄色がいい」と喜んでくださり、病室の洗面所に、ご主人がベッドの上からでも見えるように飾った。そして、奥様へはご主人のいないご自宅にお一人で夜帰られた時に、少しでも気持ちがほぐれる何かがあったら、と思って差し上げたんだけど、思った以上に喜んでくださり、「オレンジ色とか黄色はとっても元気がもらえる色だから、飾っていても明るい気持ちになれたわ」と言われ、私もとてもうれしかった。恥ずかしいくらいの安いお花だったんだけど、お花が枯れそうになったころ、また買っていこうと思った。そしてその時、奥様がおっしゃった言葉ではっとした。「私は、お花とかいただいたらそれを見て絵を描くのよ」とおっしゃっていて、あ、なるほど!と思った。昨年の11月に体験で初めて絵を描いてから、何度か先生に教えていただいて先生のお手本とかを見て描いたり、自分の創造で描いたりはしてきたけど、まだ「物」を見ては描いていないなと。最近、習いに行くお金も無くて、何かを描きたいのに何を描いていいかわからないでいた私にとっては、とっても大きなヒントだった。それで、家にある「物」を探してみたら、あるわあるわ。とりあえず、百均で買った造花のバラに目が行ったので、薔薇を描いてみました。週末に家の中を探したら、そのほかにも描きたい「物」がいくつか見つかって、ヒントって実は、すぐ身近にあったりするものだなって思った。
2009年03月09日
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最近、というか仕事が変わってから、人生の先輩方にお会いすることが多い。私よりも20歳~40歳以上。仕事が変わったから当たり前といえば当たり前なんだけど、耳に入ってくる内容も、話すことも、今まで同年代の人とばかり話していた内容と全く変わり、別世界になった。そしてその方々は、今まで私は普段会うこともないような素晴らしい方々ばかりなので、いろんな意味で気を使うけど、勉強させていただいていると日々思う。最近の仕事中に話したり聞く言葉も、華道であったり、茶道であったり、絵画のことであったり、歴史の事であったり、私にとっては(?)ってこともあったりして、そういう意味でも幅広い知識や経験をお持ちの方って素敵だな~って思う。最近特に、絵を描かれている方やコレクションされている方とお会いすることが多く、実際見せていただいたりしてるけど、とてもじゃないけど私も描いていますなんて恥ずかしくて言えないくらいみなさん素晴らしい。でも、先日ある方に言われた。「私は60歳から絵の先生について習ったのよ。それまでは仕事も大変で自分の時間なんて持てなかったから」って。その方はそれからいろんな賞をお取りになり、展覧会でもすぐに売れてしまうらしく、素晴らしい絵をたくさん描かれ、最近では画集を出したいとおっしゃていた。人生いつから始めても遅くない。今やるべきことをしっかりやって、今やれることだけでもいいんじゃない?って。その方にお話を聞いて、なんとなく腑に落ちた。私には今やるべきことがある。それは自分が一番よくわかっているはずだ。やりたいこともいろんな分野であったりするんだけど、やれる範囲で、いろんなことをゆっくり楽しんでいこう。子供が描いたのと一緒にリビングに飾っている絵
2009年03月06日
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誰かにプレゼントを頂いた時に思う。その人は、私が知らないところでプレゼントを選び、自分のことを思ってくれていた。それが何よりうれしい。先日も、友達からこれをいただいた。アロマキャンドルとバスソルト(ラベンダー入り)アロマキャンドルは何種類も香りを嗅いで、私のイメージの香りを選んでくれたようだった。ほんととっても好きな香りだった。思えば、家の中をあちこち見てみると、今までいろんな人からいただいたものがたくさんあるな~って思った。私が好きな天使系の小物などもほとんど友達からいただいたものだ。だいぶ前にいただいていたんだけど、ただ飾っていたキャンドルが目についたので、昨日はじめて火をつけてみた。誕生日には、こんな年になってもまだ、忘れないでメールやら連絡をくれる友達がいる。私はいつも遠い友達とか学生時代の友達の誕生日を忘れてしまい申し訳ないんだけど・・全然連絡をとっていなかったり、会っていない友達からも、誕生日には何人か連絡が来る。そして、お互い近況を話したりする。私が生まれた日を、そしてずっと会わなくても、私のことを覚えていてくれる、それがとっても嬉しい。改めて、いろんな人に支えられている自分というものを実感する。
2009年03月05日
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最近なぜかいい香りに包まれたくなる。しかもなぜか香水とかじゃない。柔軟剤とかアロマのような優しい感じがいい。仕事から疲れて家に帰った時に、玄関を開けてふわ~っといい香りがする家がいい。そう思って、昨年くらいからいろんな柔軟剤を試してきたけど、洗濯物が乾くとほとんど匂いは無くなっていて、いまいちピンとくるものがなかった。そこで最近書き込みなどで、部屋中に香りが残るっていうのを見つけたのでその柔軟剤をネットで買ってみた。 毎日ポストを覗いては、まだかな~まだかな~って中学生の娘と二人で楽しみに待っていた。お姉ちゃんも、最近思春期特有の匂いになって来ていたので、余計に香りが残る柔軟剤が欲しかったみたいだった。数日後、「ママ~来てたよ~♪」ってすっごく嬉しそうに郵便物(今回お試し品だったのでメール便)を持ってきた。二人で二種類の柔軟剤を開けて匂いを嗅いでみた。どちらもとっても幸せ~な香りだった。そのあと、娘の体操着やらいろんなものを洗濯して、ネットの書き込みのように、本当に部屋中にいつまでも香りが残って、とっても幸せな空間だった。そして、寝室には、お友達から誕生日プレゼントにいただいたアロマランプ。 実際友達にいただいたのはこのランプよりもスリムな形なんだけど、友達と一緒に買い物に行ったとき、星のモチーフが私らしいんだって言われて、星のを選んでくれた。オイルはいろんな香りを嗅いでみたけど、その日は白檀が一番す~~っと落ち着く感じだったので、それにした。毎日自分が心地よい香りに包まれて、それだけでとっても幸せ。最近もまた、いろんな分野で忙しくて、私の体一つじゃ足りない!!って思う時もあったり、日々、ちょっとしたいろんなことあるけど、それでもこういうささやかな幸せが私を元気にしてくれる。
2009年03月04日
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先日、近所のママ友達にたまたま会ったら、彼女は急に「離婚考えてるんだ」と言った。端から見ていると、まったくそんな感じには見えない優しそうな旦那さまとまだ小学生の子供たち二人の誰もがうらやむような家族のモデルという感じだった。最近彼女のまわりでも多いらしい。30代のママたちから切り出すのが彼女のまわりでは一番多いみたいだった。子供が小さい時は無我夢中でやってきたけど、そろそろ子供が小学生とか中学生になって、改めて自分の人生を振り返ってみるのか、お互い恋愛当時の熱も冷めたころ、相手の本当の姿が見えてくるのか、どちらかが血迷うのか(?)、他にも人によって、家庭によって理由はいろいろだと思う。ただ彼女の話を聞いていて共通していたのは、ご主人達は最初は何も気づいていない、ということ。切り出す前に、水面下で着々と準備をしていて、いろんな準備が整ったら切り出すらしい。ご主人たちは、若い時は若い時で仕事を覚えたりするのが大変で、段々年を重ねていけば中堅になって責任のある仕事で大変で、奥様達がそんなことを考えているなんて、まったく思っていないようだ。昔は熟年離婚とか言っていたけど、最近はどうなんだろう。もっと早い印象を受ける。実は私も本気で離婚を考えて別居していたことがある。いろんな家庭にそれぞれの事情があるし、考え方も価値観の違いもあるから第三者は何とも言えない。最近仕事で、80歳を超えたご夫婦とお会いすることがある。奥様は一生懸命ご主人の看病をしていて、毎日のように献身的な愛を注いでいらっしゃる。そしてそれに応えるかのように、ご主人も看病している奥様の体調を気遣っている。私よりもはるかに人生の大先輩だから、きっとこのご夫婦にもいろんな歴史があるんだろうなと勝手に思ってみたりする。自分もいろいろと考えたことがあったし、この先また何があって、どういう心境の変化になるかはわからないけど、そのご夫婦の姿を見て思ったことがある。私もどちらかの人生が終わりそうなときには、いろんな事があったけど、この人と夫婦になってよかったと、そう思っていたい。
2009年02月25日
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先日、誕生日だった。スーパーでいろんなお刺身を買って来て、小さく切り酢飯を大きい寿司ばちに入れて、その上に小さく切ったお刺身(イカ、ホタテ、つぶ貝、まぐろ、サーモン、タコ)を彩りいいようにバラバラに乗せて、最後に錦糸卵や海苔を細かく切ったものを上に散らした、バラチラシを作った。写真を撮り忘れたので参考までに↓それと、専業主婦時代に友達から教わったデザートがあったんだけど、働きに出るようになってからお菓子なんて作ってる暇もなくなってレシピもどこかへ行ってしまった。最近、たまたま見ていた雑誌にそのデザートのレシピが載っていて、「これだ~~~」と思い、早速久々に作ってみた。私が作ったのは右のピンクの方。左のは旦那が買ってきたもの。ピンク色のデザートはカルピス二層デザート(?)全部材料を混ぜて冷蔵庫で固めるだけで勝手に二層に分かれて見た目もかわいいという、昔からお友達にも大好評のデザートだった。下がババロアで上がゼリー。今回はいちご練乳味のカルピスを使ってみたので色がピンクになった。ほんのりいちごの香りがしてこれまたおいしかった。 ばらちらし&カルピスデザートの材料合わせても、5千円でお釣りがくるくらいだったけど、家族4人でちょっと贅沢な気分を味わった。よく考えてみたら、ばらちらしもカルピスデザートも何年振りかに作った。ちょっとネットで探してみたら、これと同じレシピはなかったけど、似たようなものがあったのでよかったら↓カルピス社 カルピスカフェhttp://www.calpis.co.jp/cafe/desserts/index.htmlこの数年間いろんなことが忙しくて家でゆっくり料理を作ったり、ましてデザートなんて作る余裕(気持ち的にも経済的にも時間的にも)がなかったのに、こういうことがまた出来るようになったんだな~って思って、それが一番うれしかったかも。
2009年02月24日
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冬眠した甲斐があったかな。最近久々シンクロが続く。こういうシンクロはいつ以来だろうっていうくらい久々。とにかくいろんな事がとんちんかんばかりで、タイミングも気持ちもずれずれだったりした。あれ?最近なんかいい兆しじゃない?って思い始めたのは電話。その人のことを急に思い出しているとその日のうちに電話やメールが来る。しかも何か月も連絡を取っていなかった人ばかり。先日は数年前にやっていた派遣の時にお世話になった会社の人のことを久々に思いだしていたら、夜メールが来た。嬉しい報告だった。お互い会社も近いので、来月あたりランチすることになった。他には、子供の友達で、最近お世話になってる人がいるから、先日の学校行事でご挨拶出来たらしたいなと思っていたら、初めてお会いしたけど、すごく素敵な方だった。こちらから声をかけたんだけど、「声をかけてもらって嬉しいです」と言って下さり、いつでも遊びに来て下さいねと言われた。人って、話したり表情を見たりすれば、なんとなく、自分に合うかどうかわかる。自分が好きなタイプかどうかってわかる。その方は私にとっては、とっても心地良い方だった。こういうところでもこういう出会いってあるもんだなって思った。つながる人とは、どういう出会い方でもつながるものだし、広がるものだ。それと、最近情報を集めていたものがあるんだけど、何とこのブログの広告で見つけてしまった。しかもちょっとお得そう。前から気にはなって何となく探していたものだっただけに、こんな身近に情報はあったのか!とびっくりした。で、とりあえず申し込んでしまった。アンテナにようやくいろんなものが的確にひっかかるようになってきた感じ。というか、情報はたくさんあったんだろうけど、私のアンテナが錆び気味(?)で察知しなかったというのが正しい表現かな。もうひとつ、なぜかわからないけど、今までそんな資格は検索もしたことなかったっていうのが気になり、普通なら迷うところなんだけど、それに関するテキストをアマゾンの中古で購入してしまった。この数年、多分、自分を楽にするために、自分を救うために、ちょっとでも興味あることをいろいろ勉強してみたりチャレンジしたりしてきた。いろんな通過駅を通ってきて、またこれも最終駅ではなく、一つの通過駅にすぎないかもしれない。でも興味がないものには全く興味がないわけだし、いろんなものの中から、その時の自分に合ったものをチョイスして、その時だけでもそういうものから何かを得られればいいかなって思う。本が届いて、実際開いてみないとわからないけど、何だか楽しみ。
2009年02月23日
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昨日午後から子供の学校行事があったため、思い切って一日お休みをいただいた。最近友達とたわいもない話もしてなくて、仕事と家のこと、子供のことでびっしりだった。自分の時間ってなかった気がする。だから午前中早くから久々に友達とドライブがてらランチに行った。海のそばのおしゃれなカフェ。サンドウィッチと具たくさんスープとサラダのランチセットを頼んだ。そして、カフェの中にある雑貨屋も前からお気に入りでいつも行っていたから寄ってみた。すると、半額セールをしていたからもしやと思ったら、来月で閉店するとのこと。かれこれ5年以上このカフェにも雑貨屋にもたびたび来ていた。何だかさびしいなと思いつつ、友達とパワーストーンブレスを買った。私はいろいろ迷ったけど色で選んでこれ食事が終ってから車で浜辺まで行った。私が一人でも行くドライブコース。日常のいろんなものから解放されたいとき、人間関係に疲れた時、現実を忘れたい時、充電したい時、一人で、あるいは親友とかを連れてよく行く場所だ。今までの仕事の時は夕方、仕事が終わってからでも行けた。でも今の仕事になって、帰りが遅くなったから、行くことはなくなっていた。昨日、久々にその海に行った。ある意味、私の原点。いろんなことがあって、そのたびに、この海に救われてきた。どんなに落ち込んでいても、太陽の光が波にきらきら反射して、だんだん陽が落ちてきて、空がマゼンタ色に染まったり、雲がいろんな形になって何かを語っているかのように思えたり、いろんなものが私にエネルギーをくれて、そこから現実の世界へと戻ることができたんだ。昨日の海はとっても穏やかで、車のエンジンを切って、しばらく波の音を聴きながら友達と話をした。なんてことない話。将来のこと。旦那のこと。子供のこと。そして今までのこと。3時間というあっという間の時間だったけど、とっても充実した楽しいひと時だった。昨日も、海はもちろん、いろんな人やいろんなものから、エネルギーをいただいた気がする。
2009年02月20日
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何がどうしたのかわからない。1月は仕事が忙しくてログインする暇がなかったのは事実。でもそれだけじゃない。なぜか日記が書けなかった。書いてアップしようとしても、何かが違う、と思って削除した。多分本心で書いていなかったんだと思う。やっと、書きたい波がちょっとだけ来たので、書いてみよう。いろんなことを考えた。急にこのブログを辞めたくもなった。でも辞めるのは簡単。せっかく出来た人との出会いを無駄にするなんて、と思いとどまり。自分でもどうしてそんな心境になったのかわからないんだけど・・・こんな私のとりとめのないブログでも、見に来てくれる人がいるのに毎日アップしてなくて申し訳ないなと思いつつ、「とりあえず書く」のは嫌だったので心のままにいたらこんなに期間がたってしまいました。ブログではありのままの自分を書いていきたい。でも、自分でもよくわからないんだけど、私だっていうのはみんなに知られたくない。ひっそりいきたい。たくさんの人に見てもらえなくてもいい。少なくてもいいから、心と心で会話したい。昔から私にとってブログってそんな存在だった。リアル友達にはなかなか言えないこととかをブログに書いていたからというのもある。だから親友以外のリアル友達とかにはいまだに基本的にブログをしていることもブログの存在もあまり教えていない。ただ、昔からやっているブログ友は、いまだに会ったこともない人でも、私の性格や本当の弱い部分を知ってくれている。どこのだれかもお互いわからないから、言いたいこと言えるってのもあるし、みっともないことでも言えるってのもある。ブログをしている人っていろんな理由でしているんだろうけど、私はきっと、そういう場所をまたどこかに探しているのかもしれない。・・・・・・・・なんだか・・何かに疲れてるのかな。私。海へ行きたい。
2009年02月18日
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最近、ぼちぼちいろんな会社の人が年末の挨拶に来ていたが、今日はやはり今年最後の仕事の会社も多いのか、朝から来客が多かった。それと、メールでのご挨拶。一応上司には報告しメールを見ていただいて、直接上司が電話をする場合もあれば、メールで私が返信する場合もある。今日一日でちょっと思ったのは、同じ証券会社でも、銀行でも、同じ業種のいくつかの会社とお付き合いがあるわけだけど、こっちから見ていると、みんな同じようなこと(挨拶してカレンダーを置いていく)をやっているけど、受け取る側からすれば印象は全然違うな~って。まず、とりあえず来ましたってのがわかる人(会社)もいる。カレンダー持ってきました~また宜しくお願いします~さようなら~みたいな。仕事とは関係なくても、何か一言印象的な話あるだけでも(極端に言えば、強烈な笑顔とかでも)心に残るんだけど、そういう事務的なあいさつまわりはしても意味あるのかな~って思ったりする。しかも、私なんかで挨拶止まっても、あんまり(というかほとんど)意味ないですよ、と言いたい^^;それとは逆に、すごくこの挨拶に来年からのその会社の付き合いを考えようと思わせるような挨拶をしていく会社もある。何も具体的に仕事の話をするわけじゃない。こっちだって忙しい時にそんな込み入った話はかえって迷惑だったりもするから。見ていてすごく印象がよかったのは、まず、丁寧。急いでいますから~って感じの人もいるけど、その会社は違った。その会社の支店長がいらした。普通の仕事の付き合い(上司の)は営業マンだけど、「どうしても年末のご挨拶は私が来ないとと思ってきました」と言っていた。風格も全然違う。多くを語らずお帰りになったけど、その数分間のうちの上司とのやりとりは、品があり、それでいてその会社の印象も、いつもやりとりしている営業マンの印象をもよくした。現場のことは社員に任せているから、ってトップが現場に来ない会社ってのもある。でも、こんなご時世、そんな数分でも、トップ自ら頭を下げて、今年のお礼と来年のあいさつをして回っている人もいる。私ははそういう人と、そういう会社が好き。
2008年12月26日
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今、世の中はリストラの嵐だけど、うちの旦那は3年前にリストラにあった。そして私は今年、辞めさせられたわけじゃないけど、リストラの影が見えてきたので自分から辞めた。リストラの恐怖、不安はよくわかる。明日からどうしていけばいいの?って。最初は何をどうしていいかわからなかった。でも悲しんでばかりもいられない。出来ることをするしかない。昼間の仕事だけではお金が足りず、私は夜中の工場のバイトの面接に行った。月~金のそれまでの仕事のほかに、土日も派遣会社の仕事をして全く休みなく働いた。もともと贅沢な暮しなんてしてないけど、それでも新聞をやめたり車を軽自動車に変えたり、やれることはすべてして生活レベルも下げた。それでも全然足りなくて、借金ばかりが増え続けた。旦那はそれまでちょっとした引き抜きみたいなのにあって、仕事でも天狗になっていた(本人も言っていた)んだ。お金遣いも荒かった。ちょっと人間変わった?って思うような感じになった。だけど、そういう出来事で、生活も何もかもが変わった。旦那はそれまで営業一筋だったんだけど、全く初めての分野の仕事を始めた。今までどちらかというと、人付き合いなども派手な仕事だったのが一変地味な、体力的にもきつい仕事についた。旦那はしばらくして「俺にはこういう方が向いていた」って。今、不景気な世の中だけど、旦那は上司から認められて、ちょっとずつだけど給料が上がっているらしい。リストラされなければ、出会わなかった仕事で、本当の自分を見つけたようだ。私も今の職場に来て思う。リストラの話がなければ、今の上司や他の職員さんたちには出会わなかったんだなって。そして、多分、このブログにも出会っていなかった。いつも見に来てくださっている皆さん、ありがとうございます。メリークリスマス★前にもアップした写真しかなくて二回目ですが^^;
2008年12月25日
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何だか年末でいろいろとばたばたしたり、世の中も厳しい状況で、いらいらしている人も多くて、ゆとりのない空気は感じているけど、そういうのって一緒にいる方はすごく居心地が悪い。本人はそのあと、けろっとしていたりするけど、あたられた方は後味悪い。自分はそういう風にないようにしようと思う。ところで、最近お姑さんがうちに来た時に、「パステル和アートやってみますか?」って声をかけたら今年70歳になるんだけど、いろんなことに興味を持つ人だから、初めて描いていから、結構好きになったみたいで、遊びに来ると孫や私と一緒に描いている。先日は年賀状用を描きたいと言って、こんな感じで描いていた。あとは裏に両面テープを貼って年賀状に貼り付ければ完成。↑絵の下にはローマ字でおばあちゃんのサインまでしてある。 おばあちゃんは出来あがった作品を見て、とっても嬉しそうだった。うちに遊びに来て、そうやって絵を描いて楽しそうにしているのを見るのが、私も嬉しい。何でもいいんだろうけど、やっぱり自分が穏やかになれる、ほのぼのした優しい時間って忙しい時ほど、仕事とかで殺伐としている時ほど、必要だなと思う。
2008年12月24日
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その夜、今までせき止められていた何かが一気に流れ出した。週末、友達から急に誘われてとある場所に行ってきた。それはキャンドルナイト。最近全国各地でキャンドルナイトのイベントをやっていたりするけど、実際行ったのは初めてだった。電気を消して、たまにはそういうキャンドルの灯りを味わうのもいいかなって思っていた。 省エネ、家族とのコミュニケーション、自分へのゆとりの時間、そして、大切な人とのゆったりした時間。私はその日、約2年ぶりにその友達と一緒に出かけ、帰りに食事もした。お互い昔のことは何も話さなかった。でも、仲良かった時のまま、いろんな話をして、大笑いして、楽しいひと時を過ごすことができた。もうこの友情は無理だ、と思っていた。だけど、2年という月日が、いろんなものを流してくれた。多分、誰も悪くない。それぞれがいっぱいいっぱいだった。自分のことで精一杯だった。人の事を考えてあげる余裕がなかった。でも、もういいんだ。今、現実に彼女と私の笑顔があるんだから。何だか、キャンドルの灯りが、心の中の氷を溶かしてくれたようだった。きっかけを作ってくれたキャンドルナイトの夜に感謝。昨日、彼女に絵を描いて、プレゼントした。今までのいろんな思いを込めて。↑プレゼントだしと思ってフレーム買ったらサイズ合わずそのままあげちゃった^^;
2008年12月22日
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よく神社とかに書いてある女性の厄年とか八方塞がりって30代続くんだけど、そういうときってやっぱり何かいろんなことがあるものなのかな~。今朝、学生時代の友達からメールが来て、昨年私が言ってたことが当たったよ!って。その時友達は学生時代から長年勤めてた会社を辞めたいと相談してきた。そういう厄年とか八方塞がりって、みんなに当てはまるわけじゃないんだろうけど、私はほとんどそんな感じだった。もちろんそれだけじゃないんだろうけど、ほんと息つく暇ないくらい(笑昔はそんなの全く信じなかったし、「今はやめたほうがいいかもしれない」とか変な直感とか予感とかそんなのなかったんだけど、いろいろあるうちに変わってきた。私の場合、八方塞がりのときは、本当に八方塞がりで、同い年の友達とかもみんななんだかんだといろんなことがあった人が多くて、そういう動いてはいけない時期に限って動きたくなるっていうのもなんとなくみんなの話や自分の経験から痛いほど、「恐るべし八方塞がり」を感じていた。だから何となくその時(彼女も八方塞がりの時期)も「来年までちょっと待ってみたら?状況変わるかもしれないし」って多分そのときはそれくらいしか言わなかったと思うけど、彼女の中でも、辞めたいって相談してくるくらいだから、決断はできないでいたんだと思う。結局その時は辞めなかった。久々に来た今日のメールで「自分では何もしなくても、事がするするといい方向に進んで行ってびっくりだよ」ってきた。八方塞がりとか厄年とかかどうかはわからないけど、考えてみたら、私の周りって、結構30代は波乱万丈な人生を歩んできた人が多いから、これからはきっと、徐々に抜けていくんだろうな~。今もこれを書いていたら、その友達から近況が詳しくメールで送られてきた。「いや~やっぱりいつかは流れが来るものだね。今まで頑張った甲斐があったね。」って返事した。気がつけば、なんだか最近みんなからの嬉しい知らせが多いな~。
2008年12月19日
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この2年ぐらい、全く私らしくなく、いろんな人との付き合いを遠ざけてきた。もちろん、仕事や子供関係など、最低限のことはしてきたし、どんな自分でも見せられる親友とかとは会ったり遊んだりはしていた。でも、いろんなことに疲れて、閉じこもり気味で、まるで冬眠していたようだった。それまで、友達の友達はみんな友達、みたいな感じで、いろんな人達と交流して、自宅に多い時で10人くらい集まってわいわいしたこともあった。みんなで飲み会を開いて、年齢も職業も関係なく、そういう場で新しい出会いがあるのも楽しくて。それが、しばらくして、徐々にだったのか、急にだったのか思い出せないけど、いろんなことをすればするほど、トラブルが起きたり、こじれたりするようになった。もうこれは動かない方がいいと思った。自分の中で、今は冬の時期だ、と思っていた。今はじっと我慢するしかない、と。申し訳ないけど、それまで連絡はこちらから結構していた人たちにも自分からは連絡しなくなって、お誘いがあっても理由をつけて断ったりして、かなりシャットアウトしてしまった。だから、この2年で、連絡を取らなくなった人もたくさんいる。それまでの私からしたら、かなり付き合いの悪い人間になった時期だった。ただ、最近になって、久々の人たちから連絡をもらうことがある。今週で3人。久々の人達から、飲み会や食事のお誘いがあった。ただ単純に嬉しかった。自分の中で、かなり冬眠で凍結してしまった気持が、徐々に溶け出して、今年ようやく穴から顔を出し、来年はそろそろ本格的に外に出ていこうかなというところ。やっぱり私は人が好きなんだ。
2008年12月18日
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この先、これを進めていくかどうか迷うことがある。最近も迷っていた。ただ、どんなに考えても迷っても、答えが出せない時がある。それはまだ答えを出す時期じゃないのかなと思った。そして、ある時ふっと、見えない何かが教えてくれるかのように、それの答えはこうですよ、と言わんばかりの出来事があったり情報が入ったりする。「あ~やっぱり今じゃないのか」とか「あ、今だ!」とか「あ、これじゃなくてこっちなのね~」とか。自分ではそうしたいと思っていても、流れとか状況で、何かに止められているように感じる時は、やはりするべきじゃないんだろう。きっと、ベストなタイミングってものがあるんだよね。今まで振り返ってみても、無理して波が来たと思って(思いこみ)乗っかってみたものの、やっぱり燃え方が中途半端で、途中で挫折したり、結果駄目だったり・・・逆に、何かに急に突き動かされているんじゃないかというくらい自分の中で何かが燃えてきて、勝手に話がするすると行く時もあって、そういう時は、自分の予想以上にいい結果になっていたりする。信じられない出会いに恵まれたり、思いもかけない方向にぐんぐん行く時もある。この数年、小さな波はちょこちょこあって、それなりに乗っかるときは乗っかってきたつもりだけど、久々に、根拠も何もないんだけど、また数年前の年末に予感した「来年は何かビッグウェーブが来そう」(←自分の中での)というその時と似たような感覚がある。その時もそうだったけど、年明けとともに、出会いがあって、私にとってのビッグウェーブは、人との出会いから始まるような気がしている。長い人生で考えても、来年、再来年が私にとって、大きなタイミングのような気がしてならない。来年が楽しみだ。
2008年12月17日
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独身時代以来、初めてのボーナスがもらえることになった。結婚、出産で社会からしばらく離れ専業主婦をして、今年前半までパート勤め、そして今年フルタイムに転職して、まさかの初ボーナス。額はもちろんみんなほどじゃないけど、ありがたい。よくよく考えてみたら、15年ぶりのボーナス。そして、うちは旦那もこの数年ボーナスが出てなかったから、我が家にとっても、8年ぶりくらいということになる。この5~6年くらい、我が家は氷河期時代を過ごしてきた。テレビが壊れてもテレビも買えなくて、旦那が昔使っていた14型のテレビを実家から持ってきて見ていたこともある。それもすぐに壊れ、画面が映らなくなり、音声だけでニュースとか聞いていたこともある。家族4人が画面の映らないテレビに向かって、まるで昔のラジオしかない時代のようにテレビから聞こえる情報に耳を傾けていた時もあった(笑でも、なんだか家族みんなで顔を見合わせ、笑った覚えがある。しばらくして、子供たちが、おばあちゃんたちからもらったお小遣いをディズニーランドに行くための貯金としてためていたんだけど、「これでテレビ買って」と言われ、ようやく3万円くらいのテレビを買った。今でもそれを使っているけど、あの頃の生活を忘れてはならないなと思う。そして、いろんな人のおかげで今こうしていられるということも忘れてはいけない。テレビを買って、今日配達、という日。仕事が終わって、保育所に息子を迎えに行ったら、遠くから息子が嬉しそうに大声を出して走ってきた。「やった~~今日テレビ来るんだよね~!」って。まるで昔の時代の子供のようだった。普段あって当たり前だと思っているけど、そういうありがたみは、やはり無くなってみないとわからない。氷河期時代は、我が家にとってきっと何かを伝えるために必要だったんだと今思う。ボーナスは、今までいろんなことで辛い思いをさせてきた子供たち、そして、両家の親、この何年か我が家のことを知って、いろいろしてくれた友達に感謝をこめて使いたい。
2008年12月16日
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よく、人生で起こることすべてに意味がある、というけれど、あ~これもそうなのかな~って思う話を聞いた。何かが昔から好きで自分で勉強しているうちに、自然にそっちの道を見つけたっていう人もいると思う。でも、自分は望んでもいないのに、いろんな病気や災難に合って、苦労をして、それを乗り越えるために勉強して気がついたらその道のエキスパートになっていたっていう人もいる。まさしく、後者(になるであろう)の方に、先日話を聞いた。学生時代からの付き合いなんだけど、久々に連絡を取った。彼女は、私のまわりの友達の中でもあまりみんなが経験しないようなことを何年もの間、たくさん経験してきた。そしてまだ今も、それと闘っている。ただ、彼女にしかわかりえないこと、彼女にしかできないことを彼女は始めていた。彼女自身はそこまで気づいていないみたいで、ただ目の前の事を必死にこなしているようにしか思っていないようだけど、多分、彼女は、いつか、時期が来たら、それのエキスパートになるんじゃないかと私は思った。どうして自分だけ、こんな目に合わなくちゃいけないの?って思う時ってある。だけど、自分が経験して、自分で見て、感じなければ、本物は生まれない。多分、その道の先にある何かをつかむための、通らなければならないプロセスなんだろう。彼女から話を聞いた時、虹色の道の上にいる彼女が見えた。
2008年12月15日
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やり方が合わないからと言って、今までお世話になった人をそんな簡単に引きずりおろしていいものなの?息子はスポ少に入っているんだけど、昨日スポ少ママから電話がきた。来年の役員(新6年生)の一部で、今までお世話になった監督を辞めさせる話が出ているって。うちの監督は、「楽しんでやれ~!」っていうタイプ。だから、本気で強くなりたい!ゆくゆくは実業団に入りたい!とかいう人には絶対物足りない。スポ少でも監督によっていろんな色がある。試合とかでも他の監督とか見てると、非情なまでに勝敗にこだわる監督もいれば、うちの監督みたいに、もちろん勝ちには行くけど、楽しめ!っていうのを優先する監督もいる。何を望むかなんだとは思う。ただ、今度の新役員の話を聞く限りでは、「物足りない」(将来は実業団とかに行かせたい親)から辞めてもらう、っていう意見と、「試合に出してくれない」(レギュラーじゃないから試合に出してもらえない、と不満の親)つまりは、今よりも勝ち負けにこだわらず、レギュラーだけじゃなく、全員試合に出してもらって楽しんでプレーさせてほしい、っていうはたから聞いてると、両極端な意見が混在している。しかも、その親たちが、一緒に仲良くタッグを組んで監督をやめさせようとしているらしい。でも、ちょっと待ってよ。子供の意見はどこにあるの?親のため?それに、そこでタッグを組んでるけど、よく考えたらそれぞれが望む監督って全く別方向じゃないですか?いろんな人が集まるところで、みんなが納得するような答えってなかなか出ないのかもしれないけど、まず、監督にそういう親の意見を言ったのかな?って聞いたら、話してもいないし、監督の考えも聞いていないと思うって。どうして、みんな思ってることあるなら、直接言わないんだろう。どうして、指導者の意見や考え方を理解しようとしないんだろう。今まで何年もそういう監督のやり方のもと、お世話になってきたんだよね。その監督の意思とは関係なく、下ろすって・・どうなの?うちは入って間もないし、低学年だからまだ見えていない部分もあるのかもしれないし、まだこれは公の話ではないらしいから、口をはさむ段階ではないんだけど、このままじゃ分裂しちゃうよ。私の希望は今の監督がいい。
2008年12月12日
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今日は息子の授業参観。役員の集まりとか、お姉ちゃんの三者面談とかで最近ちょこちょこ時間でお休みをいただいていたので、どうも休みにくく(私の中で)、息子に、今回の授業参観は行けない、と言っておいた。息子もそれほど何も言わなかったので、私も行かないつもりだった。ところが、昨日の夜になって、「どうしても来てほしい」と言われた。行きたいけど行けないんだ、って言ったけど、「さびしい」「ひどい」とか散々言われ・・・・寝るまでずっと胸が痛かった。私だってもちろん行きたいけどさ、そんなにちょこちょこ休みもらってたら、いつクビ切られるかわかんないじゃない。こんなご時世だし。ただ、実は最近息子のことで気になっていたことがあった。前にもなったことがあったんだけど、チック症かなって。顔をチカチカさせる、っていうのか、顔を横に振るしぐさみたいなことをするようになった。前の時は、学校の先生から「ご家庭で何かありましたか?」って言われたこともあった。多分、息子は(男の子は特に)敏感じゃないように見えて、すごく敏感で繊細なんだな、ってその時思った。何も言わなくても、何かを感じ取っていたんだ。そして、何も言わない分、そういうところに出てしまうのかもしれない。だから、余計に今回は、授業参観に来てほしいという息子の思いにこたえたい、だけど仕事のことも気になる。そういう葛藤だった。仕事の方、ぎりぎりまで様子見て、ぎりぎりの時間になったとき、その時の状況と気持ちで決めよう。最近は描く、というより、色を塗りたい気分で、昨日も指だけで塗ってみた。
2008年12月11日
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出会いがあったら別れがあるように、喜びがあったら、悲しみもある。時は流れゆくものだから。別れがあったら、新しい出会いがあるように悲しさを知ったら、新しい喜びを感じることができる。流した涙は、決して無駄じゃなかったと思える時が来る。何だか急にそんなことを思って描いていたら、息子も好きなものを描きたいというので好きに描いていいよって言ったら、出来あがってみてお互いびっくり。構図ももちろん、色さえ何も指図(?)してないのに、すごく似ていた。息子がすごく楽しそうに描いていて、それがとても嬉しかった。
2008年12月10日
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昨日、前職の忘年会だった。若い職員さんで前から親しくしている人が幹事だったので声をかけてくれた。彼は若いけどとても落ち着いていて、人の気持ちや立場を察するのが上手な人。そして、何かトラブルが起きた時、冷静に判断して動ける人。ただ、その職場は大卒とか高卒とか学歴で昇進も大きく変わる職場だったので高卒であった彼にはそれが不利だったのかもしれない。それに、今の彼の部署は、仕事ぶりをなかなかアピールしにくい場所でもある。だから、同期の人たちはみんな係長になっているのに、自分だけなれない、って悔しがっていた時があった。だけど、私は、本当に彼と一緒に仕事をして、どんなに大変な仕事でも、どんなに小さな仕事でも、仕事に対する真面目な熱い思いとか効率的にこなそうとする姿勢とか周りの人への配慮とか仕事を全体で見れるところとか学歴だけで昇進した他の係長とかに比べたら全然彼の方が素晴らしいと思っていた。私が辞めたあと、今まで日の当たらない場所でずっと下積みしてきた彼から、自信を失くしたかのようなニュアンスのメールをもらったことがあった。私は彼のことを理解してくれそうな上司は今はいないよな~って思っていたけど、「見てくれている人は見てくれていると思いますよ。 今わかってもらえなくても、 いつかきっとわかってもらえるときが来ると思います」ってメールしたことがあった。その時彼から、「やっぱり自分を認めてくれる人がいるっていうのは励みになりますよね」って返事がきた。彼は自分のしている仕事や考え方が果たして本当にこれでいいんだろうか、って自分自身がわからなくなって迷っていたんだと思う。昨日、久々にその彼に会ったら、「来年は係長になれそうです」って嬉しそうに話していた。その忘年会の席で一人の今年転勤でいらした上司が彼の事をすごく褒めていた。私が思っていた通りのことを、声を大きくしてみんなに話していた。やっと彼のよさをわかってくれる上司があらわれたと思って、なんだか弟を思う姉のように、嬉しかった。彼が認められるようになっていて、昨日は本当に行ってよかったな~って思った忘年会だった。係長昇進の際は、みんなでお祝いしたい。
2008年12月09日
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先週末、親友に会っていろいろ話をした。お互いに悩みは違っても、テーマがいつも同じだったり状況が似ていたりして、今まで数年間、お互いに励まし合ってここまできた。私が苦しかったこの数年間、彼女もまた彼女なりに辛い時期でもあった。だからこそ、お互いに痛みを分かり合えたのかもしれない。でも、もうお互い、そろそろ抜けてきたよね~って話した。いつも思うんだけど、彼女とは価値観が似ていたり、その時夢中になるもの、やる気の波(?)とかがすごく似ているときがある。今二人に共通しているテーマが「クリエイティブ」「表現する」で、形は違うけどお互いに何かを表現したい衝動にかられている。一時期は彼女はフラメンコ、私はエアロビ、だったりしたけど、今は変わりつつあって、その何かを探そうと(これでいいのか?)お互いもがいている(?)感じ。彼女は音楽の才能もあって、それは素晴らしい。きっとそっち方面でじゃないかな~って私は思っている。そして、彼女にも来年こそは幸せになってほしい。きっと明るい未来が待っていると信じたい。そんなイメージで描いてみました(日の出)↓
2008年12月08日
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最近、仕事から帰ると息子が一人でマンガを見ている。宿題も終わらせている。今まではスポ少の練習があったり、外で友達と遊んだりしていたのに、最近暗くなるのも早くてスポ少もなくなり、外でも遊ばなくなったみたいだ。お姉ちゃんも中学校の部活で帰りが遅いから、一人で留守番している。もともと体を動かしてみんなで遊ぶのが好きな息子だから何だかつまらないってのもあるんだろうし、余計に夕方暗くなるの早いしで、さびしいってのもあるんだろうなって思う。何だか最近とげとげしかったし「つまんないな~」ってよく言ってたし、元気がなくて表情が違った。家に帰るたびにそんな息子の姿を見て、自分もかまってあげられるほど余裕がなくて、どうしてあげることもできないでいた。で、昨日ふと、仕事中思った。今日はDVDでも借りに行こうかな。息子ポケモンの見たいって言ってたしな~って思って。仕事から帰りそのまま部活から帰ってきたお姉ちゃんと息子とDVD&CD(←おねえちゃんはこっち)を借りに行った。息子は借りたかったDVDが一本だけ残ってたらしく、すごくうれしそうだった。よくよく考えたら、DVDなんて数か月ぶりに借りた。今までスポ少とかで忙しかったのもあるけど、たまにこういう息子の笑顔もいいなって思った。そして、そのままラーメンでも食べていこうか?って言った。息子は「お金もったいないからいいよ」って言った。うちは普段外食ってほとんどしたことない。(↑家族で外食はなぜか一年に一回結婚記念日に行く焼き肉屋くらいかな)「いいの。今日はママも疲れたし、たまにはいいでしょ。こういうのも」って言ったら喜んでた。といっても普通のラーメンやさん。息子はラーメンとカレー。娘はカレーと餃子。私は味噌辛子野菜ラーメン。息子はラーメンが大好きで、スープを飲んだとたん、目をまんまるくして「やっぱりお店のラーメンはおいしい~~~~」だって。最近あまり夕食もがっついて食べない息子ががつがつ食べているのを見て、すごくうれしかった。なんだかいろんなこと、我慢させていたのかなって思ったりした。私が今年転職して、家に帰るのが遅くなって、お姉ちゃんも今年から中学校で部活で遅くて、息子は昨年まで児童館だったんだけど、それも今年からなくなって。昨日は子供たちが借りたいDVDやCDを借りて、ラーメン屋で夕飯を食べて、ってそれだけのことだけど、みんな嬉しそうで、すごく幸せだね~って話した。息子は学校の宿題の日記に、そのことを書いていたみたいだった。子供たちの笑顔が本当に嬉しかった。特に、ここ最近元気がないように見えた息子の笑顔は一番だった。
2008年12月05日
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実は私アラフォー世代。子供も昔に比べればだいぶ手がかからなくなり、自分も転職しフルタイムになった。ただ、最近のニュースでもリストラとか不景気とか見てるとこの先の自分の人生を考えてみたりする。もう転職なんてなかなか難しそうだけど、とりあえず、万が一のことを考えて「これができます」ってものは習得しないとな~って思ったりする。やっぱり何か資格はあったほうがいいんだろうな。そして、そういう仕事とは別に何か自分の居場所というか(家庭とか職場とも別の)趣味というか、生きがい(?)みたいなものを来年からは本格的に探していこうかな~と思っている。今まで子育てと仕事、その他もろもろに追われ、ぼちぼち自分の趣味というかその時好きなものとかはやってきたりしたけど、今度は将来を見据えた、こういうことをして年を取っていきたいな~って思えるような事を徐々に始めていけたらなと思う。だって、毎日仕事から帰って思うから。朝起きて、仕事行って、帰って来てご飯作って洗濯して、子供の宿題見て、掃除して、寝て、また起きて、の繰り返しだな~って。家のことやるのが当たり前で、子供のこと見るのも当たり前で仕事してるのも当たり前になってる。。土日は子供の部活やら、スポ少の練習や試合で朝早くから一日中。もちろん、そういう当たり前の事が幸せなんだってこともわかってる。でも私だって、それだけのために生まれてきたんじゃない。今年の初め思ったこと。「今年は子供の事を一生懸命やろう」それは何とか自分なりにやった感がある。来年は、もう少し自分のことにエンジンかけて頑張るぞ~。↑今日は子供の事を書こうと思ったんだけど、無意識にこんな内容になっちゃった^^;日記ってやっぱり本心が出ちゃうみたい。
2008年12月04日
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