漫望のなんでもかんでも

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まろ0301

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2005.04.18

便所掃除

(6)

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『便所掃除』　　　　　浜口国男

扉をあけます。
あたまのしんまでくさくなります。
まともに見ることが出来ません。
神経までしびれる悲しいよごしかたです。
澄んだ夜明けの空気もくさくします。
掃除がいっぺんにいやになりまい。
むかつくようなババ糞がかけてあります。

どうして落ち着いてくれないのでしょう。

それともよっぽどあわてたのでしょう。
おこったところで美しくなりません。
美しくするのが僕らの務めです。
美しい世の中もこんな所から出発するのでしょう。

くちびるを噛みしめ、戸のさんに足をかけます。
静かに水を流します。
ババ糞に、おそるおそる箒をあてます。
ボトン、ボトン、便壺に落ちます。
ガス弾が、鼻の頭で破裂したほど、苦しい空気が発散します。
心臓、爪の先までくさくします。
落とすたびに糞がはね上がって弱ります。

たわしに砂をつけます。
手を突き入れて磨きます。
汚水が顔にかかります。
くちびるにもつきます。
そんなことにかまっていられません。

その手でエロ文、ぬりつけた糞も落とします。
大きな性器も落とします。

朝風が壺から顔をなぜ上げます。
心も糞になれて来ます。
水を流します。
心に、しみた臭みを流すほど、流します。
雑巾でふきます。
キンカクシのウラまで丁寧にふきます。
社会悪をふきとる思いで、力いっぱいふきます。

もう一度水をかけます。
雑巾で仕上げをいたします。
クレゾール液をまきます。
白い乳液から新鮮な一瞬が流れます。

静かな,うれしい気持ですわってみます。
朝の光が便器に反射します。
クレゾール液が、糞壺の中から、七色の光で照らします。

便所を美しくする娘は、
美しい子供をうむ、といった母を思い出します。
僕は男です。
美しい妻に会えるかもしれません。

　１９５５年、第５回の国鉄詩人賞を受けた作品。

　『詩の中にめざめる日本』真壁仁　編　岩波新書で、最初にこの作品に接した。妙に気になる、心に残る。

　ホームルームで音読して感想を書かせてみた。
　最初は、くすくす笑うもの、嫌な顔をするもの・・・気にせず読む。そのうちに、空気がしまってくるのがわかる。
　「これまで読んだ詩の中で一番良かった」と書いた生徒がいた。

　感想文を書かせるときに教師が注意せねばならないのは、生徒は教師の意のあるところ、好悪を見分けて書いてくる場合があるという事だ。
　教師と生徒との関係は確かにそういう面がある。
　それを割り引いても、この作品は心に残ったのではないかと思う。

　その後、阪神大震災の時に、知人を通してある病院から救援の依頼が来た。なんとか開通していた板宿まで行き、テレビが伝える事のできない埃と焼け跡の匂いを嗅ぎながら病院にいった。

　４階までの便所を掃除してくれと言われた。言われたらやらねばならない。電車賃使って来てるんだから。

　水洗便所は使えなくなっており、各階にためてあった水を使って便器の中の山盛りの糞を掃除していく。

　最初は吐きそうになった。ここで吐いたら、朝食べたものがもったいないと歯を食いしばって４階を終えた。もうこうなると、やけだ。居直った。これがホントのヤケクソ。ひねりがない事を謝る。
　人間の臭覚は急激に鈍くなる事を体感した。３階から１階までどんどんと仕事をこなす。

　終わって、家に帰って、この詩を読んだ。

　寅さんの映画の中で、定時制の学校に寅さんが通い、そのクラスで松村達雄扮する教師が、この詩を朗読する場面がある。寅さんは熟睡していたが・・・。

　掃除監督の担当は、今年は便所だ。二日続けて、ブツを便器に残したまま去っていった奴がいる。流せよ。
　また想い出して、こうして書き写している。

　この詩は今は、『詩のこころをよむ』茨木のり子　岩波ジュニア新書　がいい。茨木さんの暖かい解説が私は好きだ。

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