登山のすすめ
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福岡県太宰府市の山へ移動しました。九州自然歩道も通っていて、市街地から近く、冬の低山ハイキング山行にぴったり。目当ては、「太宰府天満宮」へ下山後に立ち寄る事。正月の初詣に併せて行こうか?と思案したが、正月三が日のこの周辺は混雑し、交通規制とかあるようで、年末に変更。坂本八幡宮前の駐車場からスタート。(8:00)まずは、この坂本八幡宮に参拝します。元号が平成から令和に変わった時、全国的に有名になった神社。テレビでも放映してたから一度行ってみたいと思っていた。それに元号のもとになった、万葉集の石碑があるようです。朝早いせいか1人~2人見かけるこじんまりとした神社。境内を見回すと、有りました。「令和元号の石碑」が。刻まれている。詩のように、良い時代になってほしいと願うばかり。参拝後、「岩屋山」へ出発。九州自然歩道をたどり、山頂へ約1時間で到着。(8:55)戦国時代は、ここに城が建っていたようだ。小広く石碑とかベンチ・テーブルなどがあり、展望がすばらしい。低山にもかかわらず、これだけ展望がよい山はめったにない。敵が来てもすぐわかるだろう。遠く海岸線まで遠望できるが、風が吹いてるので、じっとしていると寒い。山ラン交信して、すぐ移動しようと、持ってきた無線機のスイッチを入れ145MHZ帯で呼ぶと、筑紫野市の局とすぐに繋がった。対峙する市のローカルの局長さんでした。太宰府天満宮等の状況を聞いてみると、色々教えてくれた。先日訪問時も、かなり参拝者で混雑してたようで。オミクロン株が気になっていたので、帰りの立ち寄りはドウしようか?そのあと、「大原山」へ自然歩道を歩きます。道のそばに、「大野城址」の建物の礎石址があった。奈良時代の建物址らしい。日陰のところは、昨日降ったとみられる、雪がうっすら残っていて冬枯れの散歩道といういでたちだ。「水瓶山」への分岐をすぎて、すこし行ったところに、山頂らしからぬ、道の途中のような、「大原山」354mに到着。そばに十一面観音とされる石仏も鎮座。展望は無い。(10:30)このピークも、145MHZ帯で、呼ぶと糟屋郡の局に続いて、山ランのAIK局と繋がる。まさかのビックリ交信。地元とのことで、タイミング良く繋がり、登ってきた甲斐ががあるなァ~と・・感慨しきり つぎは、少し戻り、先ほど見ておいた、「水瓶山→」への分岐に戻り、少し急な山道を下ってゆく。広い林道に降りて来て、その先、山道を辿れば東屋と、祠のある「水瓶山」212.1mの山頂だった。(11:30)三角点は、東屋の前にあった。ちょうど、テーブル・ベンチもあるので、ランチタイム。東側は、「宝満山」829mだろうか?高い山が見え、すこぶる展望が良い。ここも、145MHZ帯で、呼ぶとすぐに嘉麻市の局とつながる。以前、「若杉山」に登ったときに、交信した局長さんとわかりありがたい。下山は、林道を歩いて下山。結局、太宰府天満宮へ立ち寄りはやめて下山。麓の道を歩く。広い広場のようなところを見つけた。国の史跡「太宰府政庁跡」と書いてある。七世紀ごろ大和政権(奈良市)が設置した出先機関(役所)跡らしい。大陸(中国や朝鮮半島)との外交の窓口的な役割を担っていたようだ。当時は奈良が首都のようだが、当時、大陸から入ってきた疫病(天然痘)が国内で流行した歴史を、NHKテレビでやっていたなあ・・・いつの時代も疫病との戦いは人間に課せられた、宿命なのか?短時間で終了。日本史を垣間見る、山岳移動になったのは言うまでも無い。(13:30)地図:太宰府完
2022.01.01
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