恋愛に関して「惚れたら負け」ということがよく言われます。私もそう思います。
恋愛でもなんでも交渉ごとにおいて「譲れない一線」を持つ側はどうしても立場が弱くなります。言い換えれば「この話がご破算になったときどちらの方が困るか?」という1点のみで相手との関係性における力学の全てが決まると言ってもいいでしょう。
大手メーカーの下請けを行っている零細企業を考えます。その零細企業は売り上げの90%以上を大手メーカーに頼っています。しかし逆に大手メーカーの方にとってその零細企業はたくさんある取引の1つで取替え可能です。
何が起こるか、説明しなくても容易に想像がつくでしょう。「王と奴隷」「隷属する」という言葉ぴったりくるようなヒドい関係が展開されてもおかしくありません。価格・納期・品質、大手メーカーからのどのような理不尽な要求でも零細企業は飲まなければなりません。断ることイコール倒産ですから。
このような状況を防ぐために零細企業はどうしたらいいのか。それは当然のことですが、取引先を分散させるということです。50%ずつ2つの会社と取引していたならば1つの会社と険悪になったとしても即倒産ということはありません。10%ずつ10の会社と取引していたなら理不尽なことを要求してくる「たった1つ」の取引先など切ってもなんの支障もないでしょう。これが中小零細企業がとるべき最適戦略なのです。
ただし恋愛に関してはこのような戦略はまぁとれません。「惚れる」ということはイコール「100%近くの取引相手が存在する」ということであり、リスク分散という戦略と相容れるものではなりません。ですが、相手が自分のことを重要な取引先と目していない場合、本当にひどい関係になる可能性があります。何千万円も貢ぐ人、夜中に呼び出されてもヘラヘラと送り迎えする人、暴力をふるわれてもなかなか別れられない人。すべては「私にとって唯一無二であるけれど、相手にとってはそこまでではない」というねじれた力関係によって作られていると言ってもよいでしょう。
だから恋愛においての最適戦略は「惚れない」という、ものすごくイヤな結論になったりします。
ただ「惚れる」というのは感情の産物なので、戦略が云々ということより「惚れてしまったのだから仕方ない」ということは往々にあります。しかしたとえ惚れてしまったとしても奴隷のようにはなりたくない。そう思う場合の解決策は、現状、私にはひとつしか思い浮かびません。
それは「覚悟する」ということです。
先ほどの零細企業の話と恋愛の話が大きく違うのは「ご破算になったところで命まではとられない」ということが決定的です。自分の家族や従業員の生活、お世話になった人たちのことを考えれば経営者はおいそれと「廃業」の決断はできませんが、恋愛においての「別離」は結局自分の中の問題、つまり主観の問題であってその決断によって誰かが死ぬという客観的な問題はそうないわけですからぜったいに下せないという決断ではないわけです。要は自分との戦い、自分さえ納得できれば、惚れた側がもつ唯一にして最大の武器が手に入るわけです。
ただ、これは相手に自分の要求をきかせるための方策ではないので決して「勝つための武器」ではなく、一方的に隷属・搾取されないため、いわば「負けないための武器」であったりします。「自分の方が大きなダメージを負うのはよくわかっている。しかしそれ以上にこのままはイヤだ!」とイザというときに言えるならば二人の関係において大負けはないはずです。(なにをもって負けというかは議論の余地はありますが、今回は立場的や発言力的にということで)
私は誰と話すときも「今日、この人と最後になったとしても後悔はしない。」という覚悟で望みます。それがどんなに私にとって大切な人であっても。でもその覚悟があればこそ自分の主張を声高に叫べるし、自分がこうなって欲しいと思う理想に近づけると思うのです。
その覚悟がない人間が私と五分にやりあおうと思っても、とてもとても。
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