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延原時行歌集「命輝く」 (第791回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(168-3) (2013年12月21-31日) 12月24日 新著の歌五首 我が新著良寛と共ホ氏出ずる思へばこれぞ新デビューかな (備考:ホ氏哲学については一書『ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>--仏教的キリスト教哲学』京都・法蔵館・2001年あり。新著ホ氏新デビューなり) 宇宙には親和力なるものありて一あれば二と引き立てる如 現在のもっとも深き問題は宇宙頼らず人々用ふ 焚くほどは風がもて来る言ひし人宇宙頼りて生き貫きし 宇宙にはくさぐさの物あるなれど一として在り冒険者是 (備考:ホ氏"This Adventure embraces all particular occasions but as an actual fact stands beyond any one of them." [AI, 295]と言へり) 鳥飼補記 今回はなぜかブログ「字数制限」で、ここまでで収めます。 「延原時行著作集ブログ公開」は、http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ 「延原時行著作ブログ公開リスト」は、http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+nobuhara/ 鳥飼の日録写真は、http://d.hatena.ne.jp/keiyousan/
2014.01.31
延原時行歌集「命輝く」 (第790回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(168-2) Krakow稿推敲の歌、近人生の歌、命脈々の歌、良寛最晩年至福の歌、又二つの歌、昨夜愛宕の園にての妻の歌、新著の歌、我が道の歌、ノーちゃんよの歌、大発見「翻り本姿」の歌、Krakow稿完成の歌、友の光の歌、敬和華やぎの歌、朗々の歌、拙著一番の歌、散髪の歌、宇宙時代の良寛再説の歌、その果てにの歌、しみじみの歌、今日の歌、神表現の歌、肉じゃがの歌、奇跡の歌 (2013年12月21-31日) 12月22日 良寛最晩年至福の歌三首 良寛や最晩年に至福あり貞心尼得て極意伝へし 極意とは元の誓ひの姿なる己示しつ散る紅葉こそ 我が後を助け給へと裏見せし良寛なれど今裸堂々 (備考:かく我「良寛最晩年の大変貌」会得するなり) 12月23日 又二つの歌一首 驚きぬ熱誠の友又二つ実にも尊きテキスト化なり (備考:鳥飼師二拙著テキスト化し給へり:『称名キリスト教に向けて』『滝沢哲学のアンセルムス的省察』なり。感謝無尽も) 12月24日 昨夜愛宕の園にての妻の歌一首 朗々と吟ずるや妻笑み零る新しきもの創る喜び 鳥飼補記 昨日より、このブログの書き込みに不都合が生じています。写真もお収まらず、文字さえも、これまで通りにいきません。 加えて、文字の形やピッチも変更されていている状態になっています。修正の方法がわからず、二日目を迎えました。 しかし、何とかこのように、延原先生の「歌集」だけは収めることができていますので、とりあえず、このままで続けてまいります。 追記 昨日予定していた写真は、とりあえず同時進行の別のブログ「対話の時代ー宗教・人権・部落問題」の方で、少しだけUPしてみました。 このブログも多くの方が毎日覗いていただいていたようですが、しばらくお休みになっていて失礼いたしました。期せずして、このようなかたちで再開ということになりました。 http://d.hatena.ne.jp/keiyousan/ 一方、もう一つの「賀川豊彦の魅力」のブログの方は、このところ毎日、新しい連載「賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より」が進行していますが。 http://keiyousan.blog.fc2.com/
2014.01.30
延原時行歌集「命輝く」 (第789回) 「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」(168-1) Krakow稿推敲の歌、近人生の歌、命脈々の歌、良寛最晩年至福の歌、又二つの歌、昨夜愛宕の園にての妻の歌、新著の歌、我が道の歌、ノーちゃんよの歌、大発見「翻り本姿」の歌、Krakow稿完成の歌、友の光の歌、敬和華やぎの歌、朗々の歌、拙著一番の歌、散髪の歌、宇宙時代の良寛再説の歌、その果てにの歌、しみじみの歌、今日の歌、神表現の歌、肉じゃがの歌、奇跡の歌 (2013年12月21-31日) 12月21日 Krakow稿推敲の歌一首 年内はKrakow論考残るのみ精魂込めて推敲終へむ この人生の歌四首 つくづくと我覚りたり妹と背のこの人生や主賜ひしと 我妻の怪我なくば歌始まらずSongs of Blessing世になかりけりかも (備考:我が歌も延原信子英文箴言も) 不思議なるこの三年や御心の降り注ぎたる我が身我が時 しずしずと時は行くなり御心のさらに降る時歌ひつつやも 12月22日 命脈々の歌三首 驚きぬ熱誠の友又二つ拙稿復刻有難きかな (備考:『復活の省察』『哲学の喜び』なり) 昨日は受肉神学三巻本整へたるや俄然光るも (備考:前巻:第一篇「救済論」;中巻:第二篇「形成論:第一、第二部」;下巻:第二篇「形成論:第三、四部、エピローグ」なり。各巻、A4約200頁なり) 井戸の底星の光るも御子誕生祝ひてこそぞ命脈々 (畏友田中裕教授の秀句(http://tourikadan.sakura.ne.jp/kadan/2013xmas.htm)を受けてぞ: 空の星 聖母の汲みし 井戸の底) 本日は、なぜか写真のUPもうまく進みません。とりあえず、このままで収めて見ます。神戸ハーバーランドの海の景色を予定しておりました。
2014.01.29

延原時行歌集「命輝く」 (第788回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-6)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌 (2013年12月9-20日) 12月19日 二稿の歌(あるいは言の葉落ち葉の歌)十二首と一句:高橋クリニックにて 驚きぬ熱誠の友テキスト化なし給ひたり旧稿二つ(備考:『キリスト教の批判的読みかえ・序説ーー暗喩の方法』1973年5月31日脱稿:ブログ公開延原時行著作集第13巻:2013年8月20日~8月28日;『受肉の神学ーー救済論と形成論』ブログ公開延原時行著作集第11巻:2012年9月25日~2013年3月7日) 一はこれキリスト教の批判的読みかへとぞや称すものなり 次はこれ受肉の神学救済と形成とぞや題すものなり 四十年昔に書きし一の書は暫し書斎の棚の上在り 四十年暫しなりけり著作道生涯尽くし思索成る佳し 次のこれ受肉神学誠にぞ生涯かけて綴り来りし 一誠青春の書と唱ふべし手書きおさおさ克明になす 二は誠受肉の神理窮めては一歩は一歩辿り来りし 著述とは牛の涎の如しなり気の永きこと必須条件 誠にぞ書くほどは吹く恩寵の風のもて来る落ち葉嬉しも 日々に落ち葉ありけり恩寵のいかで集めて書作らざる 来る年もまた来る年も書き集め窮めみんとぞ心せし言(こと) (備考:書き集め=掻き集め。言=ロゴス) 一句 ロゴスこそ落ち葉もたらす元の風 12月19日 今日の歌一首 指の爪足の爪のぞ腫れも引き日々の癒しの力知る今日 (備考:知る=所見ドクターより承る義) 妻の歌一首 誠妻四十年の頑張りの果ての果てにぞ甘えん坊なる 12月20日 英文稿の歌一首 未明まで推敲したる英文稿満足成りて紀要送りぬ(備考:本年の収穫 "Forty Theses on an Ecozoics of the Deity: Delivered at Oxford (July 30, 2013)" なり。敬和学園大学研究紀要に寄稿せり、楽しも) 延原さんの今日の歌にある著作は、ただいま出版準備としてとりあえず「延原時行著作集」の中にブログ公開し、注目をいただいています。 http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ 新著『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』の著者校正は昨日完了し、延原さんは御満悦のようです。書店に並ぶ日も間近になり、楽しみです。 今日の写真は、神戸地下鉄に乗って「神戸文化ホール」下車してすぐの「神戸中央体育館」前の彫像と「ニュートンのリンゴの木」、そして「湊川神社」横にならぶ多くの彫像の中の「馬」の像・・・・・。 このたびJR神戸駅すぐのデュオドームで開催された「ハンセン病啓発パネル展」の最終日、ぶらり出かけました。国立ハンセン病資料館が所蔵する、全国各地の古い療養所内の写真があり、ゆっくりと・・・・。ここでは、1988年5月9日に開通した岡山の「邑久・長島大橋」が開通したときの写真とビデオの写真を少し収めます。療養所の自治会の皆さんの熱い願いが、このときやっと実現して、喜び合われる様子が寫されています。「邑久光明園」と「長島愛生園」のあるこの瀬戸内の長島には、この大橋の開通で、大きく交流の輪が広がっていきました。
2014.01.28

延原時行歌集「命輝く」 (第787回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-5)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌 (2013年12月9-20日) 12月16日 初春やの歌一首 初春や復活のうたさまざまに詠ふ論考出(いず)るや嬉し(備考:桃山、伊丹、敬和、プロセス思想、Krakowへの寄稿なり。Re-missio Peccatorum[罪人達の赦し即再派遣]、仏基対話、神のエコゾイックス、神的連帯、ーーと表現ことなるも復活華やぎの世界が包括的主題なり) 12月17日 推敲の歌一首 ほのぼのと無者越後来て開眼すホ氏と良寛風の神学(備考:15日の分。ホ氏「と」良寛対話せる内「風の神学」胚胎せるなりーー無者(われ)の胸中にて) 12月18日 昨日の歌三首 我一人幸せなるはいかで善し人我共に良しを善し言ふ 未明より妻の介助に励みては昼は買い物午後転寝よ このところ苦吟せし我が一首推敲なるやあとがき一気(備考:これ我が事なれど面白き現象なり。「ほのぼのと無者越後来て開眼すホ氏と良寛風の神学」成りて、新著『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』あとがき一気なり) 今朝は身近に、ある嬉しい出来事があって、知り合いからもわざわざ、早朝にお電話を頂いたりして・・・・・。 ところで昨日は、白鵬の優勝! 鶴竜惜しかったですね。一度だけ大阪の場所の大相撲を観たときに、偶然そこで肩を並べて歩いたことのある鶴竜だったそれだけで、なぜか親しみを覚えて、応援をしていたのですが・・・。 今回の上の絵ハガキは、昔神戸市の発行したもので、いま同時進行の別のブログ「賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より」で連載中の「所蔵資料」のお宝の中にあったものです。http://keiyousan.blog.fc2.com/ 昨日に続いて本日も「ぶらり海へ」で、須磨海浜公園です。近年ここも美しく、ごみひとつ落ちていません。 夏の海水浴のころは、大変な賑わいをみせるこの場所も、冬のこの季節は、大きな海とひろい砂浜、そして明石大橋と山を愛でる、絶好のときです。 砂浜に伸びる五本の椰子の木は、いま「願いの椰子の木」として、浜のシンボルにもなっています。
2014.01.27

延原時行歌集「命輝く」 (第786回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-4)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌 (2013年12月9-20日) 12月12日 夕餉法蓮草鍋の歌一首 夕餉にはスピナッチ鍋挑戦すこりゃあ美味いわ雪も物かは(備考:法蓮草鍋のつゆ煮立ったところで白菜長葱キャロット豚肉入るるなり。さらに煮立ったところでスピナッチ二束四等分せしもの少しずつ乗せ行き食すなり。実に美味なり。最後に饂飩入れ卵混ぜ雑炊の如し。デザートは柿なり。雪忘れしなり) 12月13日 何故にの歌一首 何故に無者越後来て覚醒すホ氏良寛を風神学と (備考:これ我が生涯の問なり。問のまま覚りなり) 12月14日 新生への歌二首 新たなる年の来るこそ嬉しけれ宇宙人生改まるぞや 悲惨なる怪我を経てこそ新生へ脱皮したるぞ神与ふままに (備考:妹背共々) 12月15日 推敲の歌二首 ほのぼのと無者越後来て開眼すホ氏良寛の風神学や(備考:13日の分。一寸は賢くなりしかなの意、ほのぼのに有り。や、は強意にして囃子言葉、呼び掛けなり) 我妻の怪我を経てこそ新しき命寿ぐ四年目の春(備考:14日の分。「悲惨なる怪我」は冗漫なり。この一首2011年の歌「我妻と春見るべしと思いきや命輝く新発田病院」を承くるゆえ「四年目の春」入れたり) ひと仕事をしてから、久しぶりに海を見たくなって、チャリンコに乗って15分ほど・・・、ここは「いかなご発祥の地」といわれる長田の港です。ひとりで、きらきら輝く海の景色にカメラを向けて、しばしぼんやりと・・・・。すると、少しむこうのところで、一人の同輩の男性が、椅子に座って日向ぼっこをしておられます。この方も、わたしに何か話しかけたそうに近寄ってこられて、しばらくとりとめのないお話をして・・・・。 わたしにもひとつ椅子を出してくださり、わたしも座り込んで、ぼーと日向ぼっこ・・・。天気の良い日は、片道2000歩、歩いてここにきて、海を眺めるのだそうです。少し足腰を弱らせておられるようで・・・・。先日は、同僚の友人に電話をすると、昨年から急に歩行が困難になって、ほとんど外出ができていないそうで、心配なことですが、近くにこういう場所をみつけて、日向ぼっこができてばいいな、などと思いながら、はじめてであった御方とあれこれと、おしゃべりを楽しませてもらいました。上の写真は、お許しをいただいて、一枚パチリと・・・。 ここからまた自転車に乗って10分たらずで「須磨海浜公園」までゆっくりと・・・。今の季節は、ほとんどひともなく、ひろい砂浜をひとり占めした感じで、同輩の方々が、ひとりベンチに座っておられたり、たまに同輩の御夫婦らしきカップルをみかけたり、黙って海づりを楽しんでいる人たちがあったり・・・・。砂浜にひとり座り込んで、海を遠望するのも、まことに贅沢なことで・・・。海辺のカイを拾ってみたりして・・・。
2014.01.26

延原時行歌集「命輝く」 (第785回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-3)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌 (2013年12月9-20日) 12月12日 深夜校正の歌三首 要なる著作深夜に校正す誠このため我生まれけり (備考:新著『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』重要著作なり) 我妻の寒し言ふゆえスカーフを与へしところtentativelyにとよ(備考:夜中にヒーター消へしなり。我「(再度点火するまで)tentatively(一時的)にとは、頭いいね」と述ぶ。笑みあり) 人誰も新しきもの産み出すや命輝くこれぞ癒しぞ(備考:我妻の箴言『Songs of Blessing』それなりと、深夜語り合へり。新春に向かひてぞ) 北越病院にての歌一首 粉雪の舞ふなか受診調子よしドクター言へば元美人です(備考:「おおッ、目元パッチリ調子いいですよ」「元美人ですから」。我も看護師も爆笑す。元美人様立川で購ひしカラーマフラー着用。ひときわ映へたり) 延原さんの今回の歌にある著作『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』(考古堂)は、いよいよいま最終の「念校」の段階のようです。著者と出版社のいきのあった本づくりの妙、わくわく感が伝わってきます。来月には世界に飛翔することでしょう。新潟新発田の良寛会による「良寛講座」で、このところ延原さんは毎年の指定席のようですが、延原さんの今度の新著は、最新のここでの良寛講演とキリスト教神学の最前線を呼応させた、まことに面白い作品に仕上がっていくようです。上の歌にある「元美人様」との共著ですね。まことにおめでたいことでございます。 今日の写真は、わたしたちの花壇やご近所のものです。いま、水仙も綺麗ですね。さて本日も、午前中は晴れのようですから、掃除のあとにセンタクですね。よいいちにちを!
2014.01.25

延原時行歌集「命輝く」 (第784回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-2)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌(2013年12月9日~20日) 12月10日 昼寝の後の歌四首 妹背共昼餉の後は十年分昼寝せし如気持ち佳かりき 師走雨外は激しく荒れ模様生かされてある恵み噛み締む 明日のパン買い置きなきやJUSCOまで車走らす思索動くよ 世紀本書き進みたる年の瀬やオーディン論にサルトルも佳し(備考:オーディンのエコロジーにおける包括言語論評するに、相反するサルトルの存在嘔吐論の意義ならぬ意義論ず。痛快なりし。新著草稿『21世紀エコ文明形成の神学ーー神のエコゾイックスに向けて』いよよどん詰まりなり) 12月11日 称名不思議の歌三首 不思議なり頭痛しと妻の言ふ蔽ひて称名唱ふれば佳し(備考:両手にて頭蔽ひて我「イエスース・クリストス・インマヌエール・アーメン!」と言ふや、妻「アーメン!」と和するなり。十秒程にて痛み消ゆる如し) 人体に自然的なる治癒力の在るを称名目覚めさすなり もろもろの不安軋轢称名のちからに依りて外化せる後 (備考:外化とは「悪鬼払い」なり。後に「癒し」あり) 今朝は、西に半月、東にまん丸の太陽が昇り、雲一つない快晴です。三月中旬並みの暖かさになるとか、今日もしっかりと洗濯をいたしましょう!昨日は同時進行のブログ「賀川豊彦の魅力」の新しい連載「賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より」の10回分をUPして、第1回から9回までの分も手元の原資料をスキャンして収め、5年前の「賀川豊彦献身100年記念事業オフィシャルサイト」での連載分に補正一新しました。武内勝氏の御子息・武内祐一氏のご厚意で、所蔵資料の閲読と公開を許され、「オフィシャルサイト」で94回の連載が可能になりましたが、実はまだまだ未公開のお宝が多く残っています。今回の資料の中にあった、玉手箱「賀川先生のお手紙」には、賀川豊彦・ハル夫妻から、武内勝宛ての書簡が、なんと120通も入っていたことには、驚いてしまいました。貴重な「武内勝日記」の主要なものは、すでに公開しましたが、あらためてこれから「賀川豊彦と武内勝の世界」を、ゆっくりと楽しませていただくことにいたします。http://keiyousan.blog.fc2.com/ 今日の写真は、「長田神社」ぶらり散歩の最終回です。有名な長田神社の「追儺式」が近づいてきました。この神事は、寒い中で執り行われますが、長時間におよぶものです。
2014.01.24

延原時行歌集「命輝く」 (第783回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(167-1)即自から対自の幸への歌、昼寝の後の歌、称名不思議の歌、深夜校正の歌、北越病院にての歌、夕餉法蓮草鍋の歌、何故にの歌、新生への歌、推敲の歌、初春やの歌、推敲の歌「ほのぼのと」、昨日の歌、二稿の歌:高橋クリニックにて、今日の歌、妻の歌、英文稿の歌 (2013年12月9-20日) 12月9日 即自から対自の幸への歌七首 マロニエの根元存在嘔吐呼ぶサルトルの見し真実一半(備考:サルトルが小説『嘔吐』で言ふ存在即自存在[etre-en-soi]なりき。未だ対自存在[etre-pour-soi]の美生まれず) 此処からぞ人存在を振り返り元の誓ひの姿見るなり(備考:良寛禅師最晩年の変貌の如くに。禅師「倒るれば倒るるままの庭の草」からここに至れり) 我らしも恐るべき怪我見し折に触れたるは先ず不気味存在 然れどもわが胸にぞや深々と暖かき雪降りしきるなり この雪は妻の怪我をぞ料として恩寵見よと示す言の葉 かくしてぞ我ら存在覚りたり即自に輝るはSelf-reflectionなり(備考:これ真正の対自存在[etre-pour-soi]なり。Self-reflectionのSelfは我が身我が時に潜みたる恩寵の事なり) 今日の日は信田(のぶた)眼科に赴きて妻充血目癒へし幸聴く (備考:この幸真の対自存在なり) 昨日はチャリンコに乗って「新開地」の近くの地下街にある、昔からいきつけの散髪屋さんにでかけました。現役時代、洗髪をして10分ほどで終わるのもありがたく、極端に格安というのもうけて、いつも客は満杯です。スタッフの皆さんに活気があって、まるでわれら高齢者・同輩たちの憩いの家です。天候の不安定だった昨日と違って、今日は朝から快晴で、洗濯日和です。お昼はだいぶ暖かくなるようです。ところで、これまでずっとパソコンは、文字と写真ばかりで不自由はなかったのですが、必要があって、昨日から「Excel」の勉強をはじめました。自転車に乗って本屋さんに出向き、手軽なテキストを買い求めました。もたもたしていますが、ちょっと新しいことをはじめて見るのも、いいものですね。 今回の写真も、「長田神社」界隈の続きです。神社の鳥居はふたつあって、今回の鳥居は商店街から直行して入る、赤い鳥居のあるいつものところです。閑散とした境内には、ある高齢者施設のみなさんが見えていて、和やかにゆっくりと参詣しておられました。中央本殿の両側には、大きな樹木と共にそれぞれ祭壇があります。 今回も境内に飾られている新年の生け花のいくつかとともに、商店街にある「萬福笑来」とバス乗り場のところの親子像など収めて置きます。
2014.01.23

延原時行歌集「命輝く」 (第782回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-7)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月8日 昨日リハビリ佳しの歌三首 今まででいとも佳き日と療法氏妻の快方褒めてやまずや 立位佳し座位もいと佳し信子さんウインクも佳し膨れ面佳し (備考:これ皆大島誠雄北越病院訪問セラピストのレッスンなり) それも皆先生が佳いからなんやつと妻の言ふあははそうやな (備考:最後は我が声なり) 驚きの歌二首 何にせよこの驚きは驚きぞ生存率や六分ぞ笑む(備考:何にせよ生存率6%と言はれし人の元気なること!今日もはあとふるにて昼餉10割食し帰宅せり) 驚きはもう一つあり我が料理肉じゃがの出来美味し妻褒む 正月の初詣には、この「長田神社」はいつも、老若男女が溢れますが、今年はじめて、「長田神社」界隈を、ぶらり散歩をしました。いま閑散として、日常がもどっています。初詣の時の「長田商店街」は、車道がすべて歩道になって、多くのお店が並びます。その商店街の入り口のところに、「長田神社」の大きな石柱があります。「皇紀二千六百年」ーーわたしの生まれた昭和15年ーー建立のものです。神社正門の前には「市民の木」である大きな「ひのき」がありますが、境内には見事な樹木が幾本も聳えています。この境内に入って、大木を見上げるだけでも嬉しくて、背筋が伸びる感じがいたします。酒樽が並んでいたり、たくさんの「絵馬」が供えられていたり、新年の生け花も華やいでいます。
2014.01.22

延原時行歌集「命輝く」 (第781回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-6)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月8日 研美時代の歌十首 今の世は個人差のある時代なり美しき老磨き行く佳し (備考:夫々になり) ただ老ひてくたばるだけの人生かかく思ふ是悲観主義ぞや 美の価値ぞ老に於てぞ輝けり良寛禅師示したる如 スマホなる便利もあるや言ふなれど美磨く事優先すべし(備考:スマホ中毒につき野田文隆大正大学教授〈精神科医〉「目の前に縛られ切り替えが出来ない。新しい景色があることを教える人がいない」「かつての時代の超自我が崩壊している」と述ぶ。超自我はフロイトの教えし如く、〈内在化された両親の影響(命令と禁止)、それには個人の資質、家族、人種、国民の伝統や社会の要請が含まれる〉もの。〈その機能は「自我に対する観察、良心(罪悪感の生成など)、理想(劣等感の生成など)」と定義され、個々の成長や社会の進歩を促すもの〉なりと。「(価値の一元化を変へて)本当の開国だ。入国管理の手続きを緩和して、国益に資する人々は受け入れる。欧米だけでなく多様な外国人からゆとり、余裕を優先する文化、価値観を体で学んで行くべきだろう。」新潟日報2013年12月8日付) 文明は時代尖端示すなり中程スマホ尖端研美 研美なく生き存へて如何にして御国に献ぐみやげ産みなむ 妹背共Songs of Blessingをばぞ出だしては研美邁進新春こそは 研美をば時代尖端見做せばや介護の主従もはやあるなし(備考:介護するものさるるものの差異、研美の価値の前にて相対化さるるべしなり。「超自我」観の方法にては介護さるるもの客体なり。宇宙内のすべての者、トマス・ベリーの言ふ如く、主体なれば、この観方余りに旧し。そこには「共に楽しむもの」《things of co-enjoyment》あるなし。著しく狭き観点なり。かく考ふならば、宇宙主義地球主義=地球生命共同体との一致主義=は研美介護と一貫す) 同様に秘密保護なる法律の壁の内外エコ研磨下(もと) (備考:エコ研磨こそ価値の基本なり) エコ研磨思ふならばよ戦をば考へる愚ぞやめよ諸共 昨日は、賀状の当選番号が発表されました。あらためて賀状をとりだしてながめながら、いつものように番号を確かめて・・・、いつものように今年も数枚の三等がありました。数年前は二等がありましたが・・・。今日の写真は、ぶらり散歩で30分ほどのところにある「観音山公園」です。ここは小さな場所ですが、小鳥たちがたくさんいて、にぎやかです。
2014.01.21

延原時行歌集「命輝く」 (第780回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-5)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月6日 新しき年への歌一首 新しき年何見るやSongs of Blessingよ妹背共々喜びの時 左足の歌二首 左足土踏まずをば指圧せば気持ち良しとぞ妻申すなり 何時の間に麻痺の左足(さそく)よ気持ち良し癒し進むや知らぬ間の幸(備考:これ驚きなり。「御業に追い抜かれている私たちを覚える」[拙著『あなたにいちばん近い御方は誰ですかーー妻と学ぶ「ラザロとイエスの物語」』(東京・日本基督教団出版局、2011年)第二部第十四章]の再来なり。感謝無限も) 12月7日 生活智慧の歌七首 家と友千万円は手放すなおひとりさん等語り合う佳し(備考:『婦人公論』12/22,1/7合併号「上野千鶴子×荻原博子」対談〈最後はひとり、どう生きる?〉「ゆうゆう老後」と「貧困老後」の分岐点) 家売りてホーム入居の知己あるも早逝せるは誠果敢無し 文書くに精根正に傾けん親鸞像は正鵠を射る(備考:五木寛之「親鸞」第156回末尾〈明日から精魂こめて文書こう〉と親鸞は思った。あたらしい光がさしてきたような気持だった) 人生くる生活圏の尊さよそれ破る者命破るよ 介護そも生活圏のいとなみよ人の仕事の厚み合はせつ(備考:文書く、学会発表をなす。これ〈厚みある仕事〉の事なり。仕事いふ必ずしもサラリーマン職にあらざるなり) 命綱婚姻に在りそれゆえに妻いみじくも嫁帰りせし (備考:この妻の発語天才的適切語なり) オ大学又も御招びの声すなり名誉この身に謝するのみ哉 (備考:謝するのみにせん) 「大寒」にふさわしいピリッとした朝です。今朝は、大きなご褒美をいただいたような、美しい「朝日」が、顔を出してきました。今回は、「高取山」ぶらり登山の復路の写真を、数枚並べてみます。 ところで、昨日より「延原時行著作集ブログ公開17冊目:『雄鹿再来:第四巻・2014年1月18日』を5回に分けて掲載をはじめています。同志社大学神学部・大学院時代の先輩でもある延原さんの「巡礼キリスト教」の模索と日々の省察は、わたしたちの歩みにも、大きな影響を与えることになりましたが、特にこの1960年代の手作りの労作:『雄鹿』誌が、こうしてここに「再来」する歓びは、格別なものがあります。http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ かてて加えて、同時進行のブログ「賀川豊彦の魅力」 http://keiyousan.blog.fc2.com/ では、2009年の「賀川豊彦献身100年記念事業オフィシャルサイト」で94回に及ぶ長期連載をした「賀川豊彦のお宝発見」を、改めて補正を加えながら見直す作業を始めています。今回は「賀川豊彦の畏友・武内勝氏の所蔵資料より」と題しています。ただいま6回目になっています。これは、武内勝氏の奥様・雪さんが、「賀川先生の手紙」として、賀川夫妻が武内勝にあてて差し出された120通もの書簡を、大切に箱の中に収めておられたものと、武内勝氏の貴重な「日記」や原稿、アルバムなどを、御子息の武内祐一氏が保存しておられて、これを特別に閲読・公開することを許されて、2009年にその一部を公開できたものです。あの作業の後、つづいて「賀川豊彦のもうひとりの畏友・吉田源治郎」の御子息・吉田摂氏より関係資料の閲読・公開を許され、これも伴武澄氏の手助けを頂いて「オフィシャルサイト」に「KAGAWA GALAXY 吉田源治郎・幸の世界に学ぶ」とだいして150回にわたってUPいたしました。いずれこれも補筆を加えて置く必要があります。
2014.01.20

延原時行歌集「命輝く」 (第779回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-4)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月4日 いかで書くの歌四首 エマオ稿桃山論考いかで書く天来の時享けしままほか 良寛本再説までに至りしも誠我が主の御心のまま 御心よ天になるごと地にもとぞ運び給ふや道尊きぞ この道はエコ文明の形成の神学本まで続き行く哉 12月5日 酒井ツギ子先生フォトの歌一首 Krakowのその時々を撮り給ふお心優しいかに尊き(備考:会食のフォト、我がThe Common Good Award受賞のフォト、その時々を映し給ふ、尊し) TV友人の歌一首 大臣の検査入院ふと聴きて我に告ぐるや妻TV友人 述作の歌四首 述作は一々書きて手を入れて暫し寝かさん発酵に時 発酵の頃合ひをば見亦復に筆入るる間や実にも楽しき 只今は復活本と称名本つらつら眺む朝な夕なに(備考:『復活の省察ーー生くるとは深き淵より共々に甦ること喜びてこそ』[ブログ公開著作集第三冊目2012/3-4]および『称名キリスト教に向けてーー称名は原風景の回想の只中よりぞ立ち昇るなり』[ブログ公開著作集第四冊目2012/4-5]なり) いざといふ時来りなばすは一途述作刊行我走らんも 「高取山」の中腹に「白川大明神」と「中の茶屋」があります。「大明神」には、いつも猫ちゃんたちが、のんびりと日向ぼっこをしたり、身づくろいをしています。ひとが近づいても、無心に、じぶんの時を楽しんでいます。そして「中の茶屋」では、ご夫妻で賄われるご自慢の暖かなうどんをいただき、ちょこっとだけのビールなど飲みながら、客人同士の語らいを楽しみます。茶屋の御主人は、年季の入った道楽の一つに、「風蘭」があり、そのお話に耳を傾け、今回は特別に、裏庭に案内いただいて、秘蔵の「風蘭」たちにも出逢わさせて頂いて、ゆっくりさせてもらいました。「風蘭(ふうらん)」といわれても不案内なことですが、「洋ラン」と違ってこの「和蘭」の「風蘭」は、奄美大島から西日本あたり(でしたか?)に自生するとても地味な蘭のようですが、これにはまって久しいご主人さんのお話は、実に面白く、話も尽きません。 昨日の土曜日は、遠方より珍しい来客がひょっこりお見えになり、我が家にいながらにして、面白いお話を伺いました。長く定時制の高校の教師をして、地道にご活躍のお方ですが、早くもこの春で御定年をお迎えとか。こういうベテランの先生は、一年でも長く現場でお仕事を続けて、若い先生方を導いてほしい欲しいこと、切望しておきました。 ほんとうにごくろうさんです。
2014.01.19

延原時行歌集「命輝く」 (第778回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-3)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月4日 今朝の感謝の歌三首 再説本印刷仕様打合せ捗りたるよ嬉しかりけり(備考:拙著『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』印刷進捗しつつあり、考古堂さんとシナノ印刷さんの御尽力感謝無尽も。前著『宇宙時代の良寛ーーエコ神学者トマス・ベリーと共に』と共に新著、電子書籍の方向も同時にありて) 冬ながら今日の朝日の輝きは誠恵みよ有難きかな 体調も著しく佳し我妻や箴言復唱朗々の如 (備考:朗々有りて体調の佳し) 祈り一首 病床に打ち臥しつつも姉想ふ則行さんに癒し給へよ (備考:御神よ) この癒しの歌一首 この癒し常の事とは思えぬよ祝されてこそ今在るを謝す 昨日(1月17日)は特別の一日でした。例年と同じくことしも、「阪神・淡路大震災1・17のつどい」(東遊園地)と「東日本大震災被災地と結ぶ阪神・淡路大震災19年メモリアル」(神戸市勤労会館大ホール)で、時を過ごしました。 延原先生からも特別に、お電話と共に次の「歌」のメール便を頂きました。 基あり華やぎ豊かの歌二首 地は震へ都(くに)崩るれど基ありかくて華やぎ齎されたり(備考:阪神淡路大震災19年目の1月17日復興を祝して:人に甦りあらば、まちにも復活有り) ひとにぞや甦りありまちにもぞ華やぎ豊か復活の朝 延原先生からは、19年前に見舞いに来ていただいた折に、「地は震え都崩るれど基あり」の一句を贈って貰いましたが、今回はそれにつづけて、「かくて華やぎ齎されたり」を加えた新しい一首を届けて下さいました。冒頭と上の写真は、東遊園地の「1・17のつどい」の写真です。まずはそこでの写真を数枚収めます。 今朝の神戸新聞にも写真入りの記事が掲載されていますが、毎年開催されてきている三宮・神戸市勤労会館大ホールでのつどいで半日を過ごしました。大ホールの会場はほぼ満員、あの日から19年を経た「神戸の現在」を確かめると共に今年は、「東日本大震災被災地と結ぶ阪神・淡路大震災19年メモリアル」と名付けられました。昨年はじめて東北の被災地に出向き、福島県のいわき市に立ち寄ったこともあって、今回の二つのお話しーーひとつは福島県郡山市から大阪市に避難中の森松明希子さんの報告、そして伊藤達也さんの記念講演「福島原発事故から2年10か月ーフクシマはいま」ーーは、参加者の心を深く揺さぶるものでした。テレビや新聞で今年も大きく写真入りで登場しているトランペット奏者・松平晃さんは、この集いでも常連ですが、ここでの特別演奏もお見事なものでした。ここでは、講演中の森松さんと伊藤さんのお話の様子にみを収めます。
2014.01.18

延原時行歌集「命輝く」 (第777回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-2)日本ホワイトヘッド・プロセス学会((中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月3日 昨日ノーちゃんよの歌五首 ノーちゃんよ来年はなあ箴言を本にするんやウンウン嬉しい あんたなあ生まれて来てな未だなき新しきもの産み出すんや (備考:ウンウン嬉しい) 英語ではSongs of Blessingとぞや言ふものや悲惨中より傑作産まる 旧き生回復せるが癒しとは言ふに非ずよ新生こそぞ God blessed the good day of self-reflection and self-dedication とぞ歌ふもの喜びの声 (備考:『延原信子英文箴言:Songs of Blessing』第一条なり) 12月3日 この朝の歌一首 我が庭の落ち葉集むるこの朝や四年目実にも清々しきも 顔綻びぬの歌一首 我妻の顔綻びぬ暖かきニューソックスを人褒むる毎 (備考:立川のデパートGranduoで購いしものなり) ああ、あの日(1995年1月17日)から今日、19年目の朝を迎えました。 「成人の日」と重なる連休で仕事場の「新年研究会」を終え、16日の夜、馴染みの中国料理の「八仙閣」で祝宴、その翌17日の朝の出来事でした。悲しいかな「八仙閣」は全壊し、わたしたちが最後の客となりました。今回冒頭の写真はピントボケですが、震災当日の夜、一睡もせずに、ドラム缶のたき火を囲んで夜明かしをして、18日朝早く、恐る恐る住宅11階の部屋まで階段をのぼって、そこで見た、あの「大きな日の出の太陽」です。この時の「大きな太陽」は、いまも鮮やかにからだに焼き付いています。昨日おもいついて、震災当日の写真を取り出していましたら、この一枚が出てきました。写真の裏に「1995・1・18朝」とメモしていました。そして上の写真は、今回初公開する当日の我が家の部屋の中です。全壊して再建されたわたしたちの14階建住宅は、食卓のある台所のほか二部屋ありますが、当時は少し広くて、「居間」「書斎」「寝室」と三部屋ありました。これは当時の台所の一部です。あの朝のコトは、いまでも十分に言葉になりませんが、当日カメラを探し出して、凄まじい現場を寫していた写真の数枚を、ここに記録として残して置きます。あの震災から19年が経ちました。岩田健三郎さんの震災スケッチを、震災100日目になって、生き延びた我が家の愛猫ピコを、絵本の表紙と全頁に入れて、『いのちが震えた』という見事な絵本に仕上げていただいたり、あの震災を経験した後、毎年一コマを使って震災を主題にした講義を、学生相手に語らせてもらったりしてきました。今日もこれから、毎年参加している記念の集会に出かけて、夜はいつものように神戸三宮・東遊園地のメイン会場にまいります。下の写真は上と同じく、あの日の我が家の様子です。全壊になったとはいえ、さいわい私たちの住宅は焼失をまぬがれ、大切な資料も書籍もほとんど大丈夫でした。 あの時にすべて焼けてしまっていたとしたら、大変なことでした。 次の三枚の写真は、震災当日の朝、11階のベランダから見た、まったく恐ろしいものです。最初の一枚は、避難先で書き下ろした『対話の時代のはじまりー宗教・人権・部落問題』に公開したことがありますが、隣の御蔵小学校のすぐ近くからも、次々と燃え始めており、この火災は、なすすべもなく、「御蔵商店街」を含む広範な住宅街が、すべて焼け落ちてしまいました。一日中、夜になっても燃え続け、このまちがすべて焼き尽くされ、多くの方々が犠牲になりました。ほんとうに恐ろしい情景でした。 下の写真は、夜が明けてきたので、11階から恐る恐る階段をおりて、住宅北側の道にで出た時に見た最初の光景です。二階建ての印刷会社が倒壊し、一階がなくなっておりました。 ムチャクチャに潰れてしまった知り合いの家やグランドに少しずつ集まる避難者たち。そして東隣の「西市民病院」の建物の崩壊・・・、負傷した方たちが戸板に乗せられて次々と運び込まれ、亡くなった方たちが病院から出てこられました。そして最後の写真は、これも知り合いを探しにいった七階建ての住宅で、一階が潰れて、ガスがたちこめている、たいへん危険な状態のなかを、安否の確認をしたり・・・・。今回はじめての公開ですが、どこの御家にも、こうした写真は、たくさん残されているはずですね。
2014.01.17

延原時行歌集「命輝く」 (第776回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(166-1)日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)に手の歌、人生の歌、昨日ノーちゃんよの歌、この朝の歌、顔綻びぬの歌、今朝の感謝の歌、祈り一首、この癒しの歌、いかで書くの歌、酒井ツギ子先生フォトの歌、TV友人の歌、述作の歌、新しき年への歌、左足の歌、生活智慧の歌、研美時代の歌、驚きの歌。 (2013年12月1-8日) 12月1日 日本ホワイトヘッド・プロセス学会(中央大学多摩キャンパス)にての歌三首 能動の力と受動一致すとラ氏言ふは機法一体(備考:ライプニッツ説ホ氏の水平化せし能受一致を垂直的に示す如し。佐々木能章教授講演に想ふ) 垂直ぞホ氏の場合は原初神これ体現す味合ふべきよ 西田には翻りこそ独自なりはたらきの神存在化前(備考:我が発表「神のエコゾイックスに関する五十箇条の提題:前篇と後篇」これに注目す。コメンテーター荒川善廣教授の言ふ「存在としての神」以前に「Creativity=はたらきの神」ありとの論に刺激受けつつ) 12月2日 人生の歌六首 問題は人が総てを観るよりも我ら祈りて祈りなぞるよ (備考:祈り=The Prayer=とは基督のことなり) 人生は根こぎされぬよ一々の人はそれぞれ場にて在るなり 今日の日はノーちゃん右手スプーンにて昼餉平らぐ楽しかりけり (備考:我が介助は一々の器を顔の前まで近づけることなり) 箴言も軽々と妻復唱すご褒美にとぞヘアカットあり 癒しにぞ大切なるに我は知る婚姻ほどのものあらざるよ(備考:個々の事象[例えば手足の指の爪の腫れ]そのものが孤立的に重要なるに非ざるなり。妹背の契りこそなり) 今宵のぞ妻の朗々完璧よ頭脳明晰何促せし (備考:天来の祝福なり) 冒頭の写真は、昨日日没前、ベランダからみた景色です。 そして上の写真は、今朝の7時15分ごろの日の出です。ときおり、空を見上げたり、流れゆく雲を、ぼーと眺めるひとときも、けっこうたのしくて・・・・。 このところ、お月さんが綺麗です。今晩は「満月」ですね。明日は19年前の大震災の日、あの日の夜は、見知らぬ人たちと、お隣の小学校の校庭で、ドラム缶に倒れた材木をくべて暖を取りながら、夜明かしをしましたが、あの夜の暗闇に、強い余震に怯えながら、煌煌と輝く満月の明かりは、いまも鮮やかです。 今日の写真は、神戸諏訪山の「金星台」です。前回の「諏訪神社」のすぐ膝元にある「金星」(ビーナス)観測記念碑のある場所です。この「金星台」は、空から見下ろすと、星のかたちをした高台になっているのだそうですね。 「諏訪山遊園」のこのあたりは、神戸の中央区、兵庫県庁から山側に向かって歩いても、あまり遠くない、よい散策道です。この「金星台」から「みなとまち神戸」を眺めるのもいいですね。今回の「燈籠茶屋」から「ビーナスブリッジ」、そして「諏訪神社」から「金星台」へという短い散策コースは、大変気に入りました。なんども足を運びたくなる場所になりました。 山を下りてきたところに、住宅に隣接して立派な「諏訪山遊園」の石柱があります。ここは、はじめに「燈籠茶屋」に登り始めたスタート地点で、チャリンコを置いていたところです。帰路はここから、自転車で下り坂の道をすいすいと・・・我が家のある「長田」の下町へ・・・。「湊山温泉」のある「平野」あたりを経て・・・・(「平野」では、ちょっと自転車をとめて古書店に立ち寄り、昭和14年に刊行された須長晋長著『良寛の一生』を見つけました。なかなかこれが良書で・・・あらためて須長氏の著作『良寛の歌』と『良寛詩注解』も求めて、いま読みはじめたり・・・「ぶらり散策」には、多くの「余禄」があって、・・・・・)
2014.01.16

延原時行歌集「命輝く」 (第775回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-7)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月16日 朝の思索の歌二首 捻りなるアイデアをこそ捻りてぞEcozoic Eraより神のEcozoics(備考:我が学宗教間対話(仏基対話)をひねりてエコロジーに至るものなるが、このアイデアをさらに捻りて、トマス・ベリーのエコロジー学の最大概念「Ecozoic Era」捻りて「神のEcozoics」の創出に至らんも。20世紀後半から今世紀までに世界のうねりとなりたるは宗教間対話なりき。今宗教間対話のエコロジー化(ecologization)必要なり。そこで、ベリーの「Ecozoic Era」概念登場なるも、これ自体「神のEcozoics」へと捻るなり) 適量の嫉妬ありてぞ文明は進歩すれども反省ありてぞ(備考:これ文明の進歩の一般法則なり。例へば、米国大統領ルーズベルトの対日嫉妬あまりに過激なりし故に日本殲滅欲したるも、ここに「エホバの神の嫉妬」顕現す。それ一部映したるもの平和憲法なる如し。宗教間対話(ことに仏基対話)その反省より出立す。かくて、文明的世紀迎へしなり) 11月17日 感謝無尽の歌二首 達人の送り給へる至純文我この秋の至福中受く(備考:新潟大学名誉教授加藤僖一先生のご親切に謝し小著『あなたにいちばん近い御方は誰ですかーー妻と学ぶ「ラザロとイエスの物語」』謹呈させていただきし所お葉書有り、『良寛だより』次号にてご紹介との有難きお言葉あり。Oxford講演、KrakowにてのCommon Good Award、達人御文この秋の我が家三慶事なり) 勤務校支へゆく友御新著を贈り給ヘリ誇らしきかな(備考:中村義実敬和学園大学教授より共著(杉田米行編)『アメリカを知るための18章ー超大国を読み解く』[大学教育出版]戴く。嬉しも) 哀悼の歌一首 一生を献げて家族支ふ信友(とも)花に囲まれ凛と輝く (備考:故市村重子姉ご永眠のお写真夫君忠信兄より戴けり。一見この歌胸に萌せり) 昨日片桐医院にての歌三首 暖かき秋の一日受診せる妻にこやかにお辞儀する幸 この宇宙いかに詠へど尽きぬなり我が経験ぞ日々に深々 父さんを忙しい目に会わすなあいやいやノーちゃんなんのなんの 時代の歌一首 時代には戦争対話エコ宇宙変転在りて我もまた在り(備考:20世紀戦争の世紀なりしも後半より宗教間対話文明間対話の時代に入りぬ。今3・11後「エコロジカルな懺悔と回心」により人類宇宙とまみえざるべからず) 旧暦では今日は小正月ですね。神戸はすっきりと晴れた朝です。 昨夜は、久しぶりにネクタイなどして、三宮の中国料理店での新年会に出かけ、3時間近くも、わたしには少々贅沢な、うちとけたひと時を楽しみました。120人余りもの参加者があり、地元地域のまちづくりの、華やいだ「新年祝賀会」でした。ひごろの活動には何のお役にもたっていませんが、万年会計のわたしにも、今年の「新年会」は、とくべつに深い感慨を覚えるひと時でした。「まちづくり」はエンドレスですが、こうしてまた今年も「新しいまちづくり」がスタートいたします。 さて今回の写真は、前回の神戸諏訪山の「ビーナスブリッジ」から降りてきて、すぐのところにある「諏訪神社」です。神戸には、わたしたちのまちの近くにある「長田神社」と、三宮にある「生田神社」のほぼ中間にあることから、古くはここは「中宮」と言われていました。この「諏訪神社」で、源平合戦のおり、義経が武運を祈ったとか・・・・・。神社の境内の裏の木々も立派なもので、石碑などもあったりして・・・・。ここからの「みなと神戸」の市街を望む眺めも、いいですね。
2014.01.15

延原時行歌集「命輝く」 (第774回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-6)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月15日 東西融合の思索喜びの歌十首 東西に融合なるや架橋こそ命仕事の華やぎぞ是(備考:日米に再び戦火あるべからずとは我が根本思念なりき。そのためには哲学的神学による架橋根本必要事[Conditio sine qua non]と肝に銘ず) このために一書献げしさらに二とさらに三四と心躍るも(備考:『至誠心の神学ーー東西融合文明論の試み』京都・行路社、1997年;『ホワイトヘッドと西田哲学の<あいだ>ーー仏教的キリスト教哲学の構想』京都・法蔵館、2001年;『宇宙時代の良寛ーーエコ神学者トマス・ベリーと共に』新潟・考古堂書店、2013年;而して『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトへッド風神学と共に』新潟・考古堂書店、forthcoming) 思索とは一日一刻忽せに出来ぬ仕事ぞ静々と行く 四著ともその時々に恵まるる天来の風承けて進みし この秋やKrakowにてぞ恵まれしCommon Good Award架橋祝せる(備考:国際ホワイトヘッド学会=IPN[International Process Network]の贈る生涯哲学貢献最高賞なり。碩学Lewis FordおよびDavid Ray Griffin両博士と共に受賞) 一刻や我思索旅一歩行くそれ友も見し感謝無尽ぞ(備考:受章の日9月9日ポーランド芸術科学アカデミーにて我一篇の短歌壇上にて詠みぬ:我の知る我とは別の我在りやいかにも友の知る我不思議 Is there other I whom I do not know at all but you know, friends? That's simply the matter of incomprehensibility [Note: My acknowledgment of the Award, read in the presence of the Executive Director of IPN Dr. Adam Scarfe on September 9, 2013]) これほどの架橋祝賀の出来事を我見し事ぞなき有難きかな 有難き祝ひぞありてこの秋や深まりゆくも心満ちつつ 渡米してホ氏哲学を学びたるクレアモントの夏暑かりし(備考:1976年のことなり。十二年間の兵庫県川西市における開拓伝道の中より呼び出され、哲学的神学に恩師カブの指導の下我没頭す。とにかく暑し、クレアモントぞ暑しも。78年にはD. Min.[宣教学博士号]、81年にはPh.D.授与さる。ただちにカブ教授の推薦によりベルギー・ルーヴァン大にて客員教授。そののちテキサス基督教大学ブライト神学部にて客員教授、クレアモントに戻りて「East-West Process Studies Project」始むと同時に、1985年AAR[アメリカ宗教学会]内に「Seminar on Process Studies, the Nishida School of Buddhist Philosophy in Comparative Persepective」設置、七年間1991年まで友人Francis H. Cookと共に共同座長務む。その年敬和赴任) 敬和にて十七年ぞ猛勤務晴れて引退ここに至れり(備考:クレアモントより1991年帰国、2008年三月末日まで、日本海側で唯一の四年制文科系キリスト教主義大学の船出に際し、母校同志社の先輩北垣宗治初代学校に招聘されチャプレンと哲学教授の二重職全うせり。このキリスト教主義大学の基礎据えたるかな。我が本務「東西プロセス研究企画」に戻りてここに至れり。感謝無尽なり) 今朝は神戸もこの冬一番の冷え込みでした。この歳になると「新年会」のようなものは、うんと少なくなりましたが、今年二度目の「新年会」が今晩は神戸三宮で・・・・・。昨日大相撲の二日目で「隠岐の海」がまた大関を倒して勢いに乗っていますね・・・・。昨日の午後は テレビの映画「天のしずくー辰巳芳子・いのちのスープ」に見惚れてしまいます。料理家で作家の辰巳芳子さんのことは、この映画ではじめて知りました。あまりに美しいドキュメンタリー映画でしたので、早速彼女の著作を注文したりして・・・。なお、同時進行のブログ「延原時行著作集ブログ公開分」 http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ では、「第16巻『雄鹿再来:第三号」を昨夜UPいたしました。本日と明日と3回に分けて収めます。延原先生の若き日(1960年代)の手作りの作品で「説教」「論文」「詩」などが収められ、強いインパクトでわたしたちに影響を与えました。下手なブログUPで恐縮ですが・・・。さて、今回の写真は、「神戸諏訪山<ビーナスブリッジ>」のつづきです。今年正月の神戸の景色です。
2014.01.14

延原時行歌集「命輝く」 (第773回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-5)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月14日 使命の歌二首 恩師物我無者といふ在りざまは御神の御声響かんためぞ(備考:人は物なり、言ふ見地より、恩師「物理学の哲学」(「物と人と物理学」『純粋神人学序説』福岡・創言社、1988年)書き給ひしこと、思ひださるるなり) 歓びは御声響かん器にぞ在りて徹して生くる無者こそ 今日の思索の歌ー北越病院にて六首 脚痛し言ひおりし妻ホー医師に受診と聞きてしゃんと立つなり(備考:ホーホーと何でも聴き給ふ故我家では祖父江ドクター「ホーのおじさん」と言ふなり。「今日はホーのおじさんとこ行くで」「ほんま?」と立てり。昨夜一大難事なりし脚の痛み何処ゆけりや。実に病とは気なり) ホーホーと妻の顔をば覗きては相槌打てり「寿司バナナ好き」に 倒るれば倒るるままの庭の草元の誓ひの姿宿すも(備考:良寛最晩年の変貌なり。庭の草[文政13年7月16日頃の作]良寛自身なりし。やがて「元の誓ひの姿なりけり」現る) 良寛講静寂心もて聴き給ふ何時もながらの御静聴謝す(備考:10月12日の事想ひて。宗教講話にて話者と聴者共々に静寂心交すを「御静聴」とは申すなり。一般には知られず。「御清聴」の真意これなり) 御神のエコゾイックス四十条邦文篇を綴りゆく幸 (備考:英文篇はOxfordにて発表せるなり。邦文篇独自のものなり) 禅師のぞ高き心を伺ひて我神学のプネウマを受く (備考:プネウマ=息、霊、風。これ東西融合神学の感動なり。単なる文学論に非ず) 今日は「成人の日」、ぴりっとした冷たい朝です。昨日から始まった大相撲では「隠岐の海」が「大関・鶴竜」を圧倒して破りましたね! 正月の「隠岐の島」体験もあって、注目してしまいました。 ところで昨日は、阪南大学名誉教授の杉尾敏明先生から新著『音卓球ー耳は目より速く:祝サウンドテーブルテニスSTT』(文理閣刊)を寄贈いただき、一気に読み終えました。先生には、1974年春の「神戸部落問題研究所」創設のとき以来、御一緒にあの激動の時代を共に歩み、親しく御友誼をいただいてまいりました。すでに19年前になりますが、1995年の阪神大震災の年の暮れから、眼底出血などで失明状態になられ、その後も二度の脳梗塞や心不全などの御病気に襲われながらも、先生の御定年のあとに、この「音卓球」に出逢われ、このスポーツにはまり、なんと2010年度の「STT全国大会優勝者」となり、いま「STT大阪クラブ」の会長でもあります。素敵な奥様と共に、よい御友人にも恵まれ、川柳を詠んだりして、いまも益々「命輝いて」おられます。この新著は「STT入門書」の役割を果たす、感動の読み物に仕上げられています。 今日の写真は、前回のつづきで「神戸諏訪山<ビーナスブリッジ>」から望む、六甲の山と神戸市街地のパノラマです。この場所に立つのは初めてのことですが、なかなかの絶景のスポットですね。ここに「諏訪山公園案内図」がありましたので、最後に収めておきます。
2014.01.13

延原時行歌集「命輝く」 (第772回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-4)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月13日 初雪の歌三首 初雪や無者福音の足の音一歩は一歩奏でつ行かむ(備考:我無者なるに福音の足なり。此処より音発すなり。我何らかの意味またかたちにて有者なるがゆえに音=名声=発すに非ざるなり。これ二十代よりの我が根本神学なり) 雪深く無者しみじみと行く冬もそれでこそなる音麗しく (備考:生る=鳴る、なり) 音や鳴る太初の言(こと)を踏みゆけば御神(みかみ)言とぞ共なるが故(備考:これ今朝の大発見の歌なり。大発見是なり:前半は、芭蕉も「古池」の句で詠ひし、音発生の消息を記す。古池や蛙飛び込む水の音 の如し。太初の言は、恩師滝沢克己の言ひし如く、絶対即自存在(etre-en-soi)なるも、其処より音出ずるは御神内働し給ふ故なり。「我と父とは一つなり。」「我を見し者は父を見しなり。」の如く、御名は徹底して御子の事なるが、父の内住のかたちなるゆえに、父の事なり。ここに「言は神と共なりき。」の不思議(内三位一体的共同性・関係性・空性・神性)に神至誠なることの証あり。これ後半の事理なり。前半の真理滝沢インマヌエルの原事実論に明らかなり。後半の真理我が至誠心の神学に明らかなり。我永く至誠心の神学、1 神は空(内三位一体的神性・関係性・空性・絶対無の場所=エコ)に至誠なり; 2 空は空自らを空ずるなり; 3 神は宇宙において我々被造者に至誠心を喚起するを得、かつ現に喚起し給ふところの唯一の御方なり、ーーの三原理を唱道しきたりしが、最後の第三原理に関してその「具体的かたち」を闡明するには竿頭さらに一歩を進める必要ありき。その一歩今朝見ゆ。即ち、滝沢哲学の言ひし、絶対即自存在なる言(ロゴス)[ヨハネ福音者1章1節一項]に「隠れたるに見給ふ父」ありとの《根本的な事実》なり(『自由の原点・インマヌエル』東京・新教出版社、1969年、122頁)。滝沢は、ここまで「純粋直観」の事理を(八木の所論を批判しつつ)明らめるも、その出所を、我が至誠心の神学における如く、論究せざりき。出所は是なり:「言は神と共なりき。すなわち、神言と共なりき。」に言表されし、言と神との共同性・関係性・神性・空性に神至誠なること(我が第一原理)、而して、内三位一体的共同性のリアリィティは神のみに非ず、言のみにも非ず、それ自体が独自なるRealityなること、このReality(法性法身と方便法身の間のみならず、同時に間髪を容れず、衆生との間を含む)を仏教が空性として覚りしは偉大なることにして「空は空自らを空ず。」と言ふReality把握は仏教より学ぶべきなりとの必要(第二原理)、ーーなり。思ふに、滝沢哲学は、私見によるならば、我が第三原理「我々被造者における至誠心の喚起」に関する「具体的かたち」を省察するに優れたる所論なり) ホ氏も言ふ宇宙創造第二相物的創始時間相とぞ(備考:"the temporal phase of physical origination"[PR, 350]を、思ふに、恩師「絶対即自存在」としての「太初の言(ロゴス)」と言ひしなり。両論対照するや、宇宙の香り馨(かぐは)し) 今朝も各地の雪の便りがあります。わたしの故郷・鳥取県の関金温泉、ここも先日は積雪60センチ・・・・、今日は「どんど焼き」のようです。正月の小さな旅「隠岐の島」 への往路に、「関金温泉」の近くにある「蒜山高原」の深い雪をUPしましたが、長く雪のない神戸にいると、「雪景色」は、幼いころの思い出も重なって、特別の思いが沸いてまいります。 さて、今回の写真は、正月のぶらり散策ー神戸再度山「燈籠茶屋」から諏訪山「ビーナスブリッジ」ーへと向かう景色の数枚を撮影順に並べてみます。今回の「ぶらり散策」のおめあては、はじめての「茶屋訪問」でしたので、この「茶屋」でお昼の小腹を満たした後、ここからの「再度山」(ふたたびさん)への山登りはせず、小さな道を横這いするようにして、はじめての道を、ぶらぶらとあるきました。このところ、六甲山でもどこでも、よく登る「高取山」にも、イノシシ君がよく出てきて餌を探しますが、この道もイノシシ君の生々しい餌あさりのあとがあったりして・・・・。道案内も何もないコースでしたが、今年も19回目を迎える震災記念日「1・17」 が近づき、いつも記念日の早朝、5時46分には、あのトランペットの音が大きく響きわたる、諏訪山「ビーナスブリッジ」の辺りを、ぐるっと回って戻ろうと思いました。 知らない道を歩くのは、少々不安なものですが、途中でちょっと山登りをして、出てきたところが、うまくバス通りの道で、そこがバス停「ビーナスブリッジ」でした。そういえばここはこの前、神戸三宮から六甲高山植物園に行くときに、バスに乗って出かけた時に通過したところです。このバス停のすぐ上に、大きなイタリヤ料理のレストランがありました。いちど入ってみたいような場所でしたが、次回の時の楽しみに残して、横目に通り過ぎました。このスポットは、神戸の市街地と海の見える大変見晴らしの良い場所です。神戸に長く暮らしているのに、この場所を訪ねるのは、今回がはじめてです。
2014.01.12

延原時行歌集「命輝く」 (第771回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-3)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月12日 二稿進捗の歌五首 桃山の論集寄稿初校了建学精神彫琢嬉しも(備考:拙稿「建学の精神をめぐる三つの省察ーー至誠心の神学から見た自由と愛」と題す。44頁の大作論考なり。桃山学院大学「建学の精神」研究会実にキリスト教主義大学先端行くなり。協働者たる嬉しき) 敬和にはOxford講演を寄すること実に楽しかりけり(備考:"Forty Theses on an Ecozoics of the Deity: Delivered at Oxford (July 30, 2013)"と題すなり) なによりも学術の粋窮めては西と東を繋ぐこそ幸 かくてこそ日ノ本の国華やぎて生き残りなぞ何の話か 抑圧とヘゲモニーのぞ政治欲華やぎあればいかで栄へん 今こそは華やぎ時代政治欲持てる面々如何な未来ぞ 首窄むの歌二首 校庭をぐるり取り巻く紅葉も寒波急来首窄(すぼ)む如 かさこそと音すなりさて何ごとか霰叩くや我が窓の外 地球歴々の歌二首 我にとり引退本務復帰とぞ知りたるや佳し地球歴々 地球ぞや歴々として現るる我が学の道不思議なる道(備考:その事桃山稿も入るる大著『21世紀エコ文明形成の神学ーー神のエコゾイックスに向けて』に明らかなり) 前回の「ひよこ橋」をすぎて間もなく、お目当ての「茶屋」に到着します。なにせ、はじめての道で、「茶屋」の名前も確かめずに上りましたが、山から下りてこられた親切な御婦人にであって、わざわざ「茶屋」まで案内してもらいました。「茶屋」の名前は「燈籠茶屋」。山側に「再度山荘」があり、「茶屋」の前は大きなクスノキと燈籠のあるひろばがあります。 「燈籠茶屋」は比較的大きな「茶屋」です。メニューもそれなりに揃っています。ご夫妻できりもりされている感じで、顔見知りの来訪者が次々とあって、ゆっくりと休んでいかれます。「ヒヨコ登山会」などの「登山記録」をみると、毎日登山を楽しみにしておられる方も多いようです。 ところでこの日、「茶屋」の御主人が、「茶屋」の山側の窓辺にいまめずらしく、「相思鳥」(ソウシチョウ)が数羽きている!! と呼び掛けられ、みなが窓際に寄ってきて、のぞきみしました。この鳥は「渡り鳥」のようですが、こんな近くで見ることは、多くはないそうです。「茶屋」の奥さんが、鳥の写真帳を出してこられましたので、これもカメラに収めました。
2014.01.11

延原時行歌集「命輝く」 (第770回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-2)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌、朝の思索の歌、感謝無尽の歌、哀悼の歌、昨日片桐病院にての歌、時代の歌 (2013年11月9-17日) 11月9日 高橋クリニックにての歌四首 秋晴れやクリニック行くいと楽し手足日々癒ゆる妻には この時に洗ひ張りせるシャツ着込み車いす押す心楽しも 受診俟つ控室にて歌つくり船漕ぎつある妻眺む佳し ドクターはときに軟膏塗るよりも乾かすことぞ癒し道とや 11月10日 指圧の歌四首 友たちのご家庭にぞや思ひ馳せ我少しくや指圧佳し言ふ 我妻は結婚以来四十年毎夜足裏押せと言ふなり それありて此度の事まで四十年病気無しとぞ恵まれし哉 倒れしや指圧の心覚醒す四十年は準備期間と 11月11日 回復の歌二首 信子さん起立三回見事です療法士褒む脚や回復 (備考:11日(土)午後北越病院療法士大島誠雄先生訪問リハビリの折なり) サンダルに靴替へたれば爪の腫れたちまちに退きノーちゃんの笑む (備考:11日(土)午前高橋クリニックにてなり。日々の観察対応看護に必須と知るなり) 延原先生の毎日の歌には、哲学的・神学的思索・省察を詠まれたものが基調になっていて、「延原神哲学」といわれる核心を学ぶ上で、大変有益なものですが、今回の歌のような「生活の歌」、なかでも奥様との日々の歌は、ときには微笑ましく、感興をそそる、わかりやすさもあって、好評のようです。ご夫婦の味が、なんともよろしいようで、「ごちそうさん」です。 新しい年もまた、時を作って「ぶらりぶらり」・・・。我が家から自転車で30分ほど走って、神戸の宇治川の清流に沿って、相楽園の上の山側のところへ・・・・。上の写真と下の写真二枚は、私たちの住宅の花壇づくりでもお世話になっている「神戸市花と緑のまち璲センター」前庭の景色です。 今回のぶらり歩きは、このセンターの西隣の公園のところから「再度山」(ふたたびさん)へ登るみちがあり、そこをぶらりぶらり・・・。実は、年の暮れに「高取山」に登った折、茶屋の主人から「諏訪山のところにも古い茶屋がある」という情報をえておりましたので、ぜひ一度その茶屋にいってみたい、ということで・・・・。大昔、この道を上ったところに「神戸山手女子高校」があって、仕事の関係で何度か自動車で訪ねた記憶は甦ってきましたが、ぶらり歩いてこの道を上がるのは、今回はじめてのことで・・・・。今回は、お目当ての茶屋に着く「ヒヨコ橋」までの景色を数枚収めます。途中、野良猫がひなたぼこをしていましたので、二匹の猫ちゃんと共に・・・・・。
2014.01.10

延原時行歌集「命輝く」 (第769回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(165-1)摂理四相の歌、飛翔の時の歌、高橋クリニックにての歌、指圧の歌、回復の歌、二稿進捗の歌、首窄むの歌、地球歴々の歌、初雪の歌、初雪の歌、使命の歌、今日の思索の歌、東西融合の思索喜びの歌 (2013年11月9-17日) 11月9日 摂理四相の歌四首 一生を献げ尽くせし人想ひ夫君子息も感謝尽きせず なにごとも摂理在りてぞ運ぶなり一ありて二ぞ三産む如しよ 人生は一に掛かりて冒険と米学会にセミナー始む(備考:1985年に思ふところありて始めしAAR(米国宗教学会)セミナー(七年間の共同研究部会):Process Thought, the Nishida School of Buddhist Philosphy in Comparative Perspectiveのことなり) 良寛にホ氏の哲学併せ見て動きいずかた出でんとするや 飛翔の時の歌六首 未明まで最終稿に打ち込みぬ送りて思ふ良寛飛翔 此度こそホ氏神学と結合し良寛飛翔天上大風 彼の時は禅師凧にぞ大書せり今ホ氏と共世界果てまで プロセスの学界中に良寛を招じ入れたる華やぎ見もの 我昔ホ氏と西田のセミナーをAARにぞ設置せる哉 今こそはホ氏と良寛揃ひ踏みこれ時代闇見事払ふや 正月二日と三日の小さな旅「隠岐の島」の記録は今回6回目、最終回です。上の写真二枚は帰路、「米子城」を模してつくられた大きなお店に入り、ここで美味しい珈琲をいただいた折のもので、ここにも「水木しげる」にちなむ品々・・・・。次の四枚の写真は、境港をあとに海沿いの長い松林を走って、上のお店に着く前の景色とこの店の入り口のもの、そして店の展望台からみる景色です。 ここからは「米子自動車道」に入って一路「中国自動車道」から「姫路」「明石」「神戸」までウトウトと・・・。車窓より寫した「大山」の雪景色を三枚おさめます。 旅の記録の最後にあと三枚。次の写真は、境港の「大港神社」と境内にある「境港市相撲協会」の土俵、そして「横綱」の写真は隠岐のお宿「シーサイドホテル鶴丸」で寫したものです。相撲人気は全国的なものですが、隠岐の島でも盛んなようで、いま大相撲で「隠岐の海関」など島の期待をになって活躍中の力士も増えています。
2014.01.09

延原時行歌集「命輝く」 (第768回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-6)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月7日 昨日安楽の歌二首 日ノ本の床屋我には医院ぞや談クラクフの内船を漕ぐ(備考:JR新発田駅前の理髪店まるいで一か月振りに寛げり。心身に佳し。この前はポーランドの聖都クラクフに、第九回国際ホワイトヘッド学会出席のため赴ける後なりき) 昼餉終へ妻めずらしくここにいるとぞ意思表示安卓の態 11月8日 新著良寛の歌二首 燃ゆるもの内に促すありてこそ良寛新著たちまちに出ず (備考:『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』かくて脱稿) 嬉やも考古堂さん出したしと有難き文ありし今日こそ ホ氏一節の歌二首 恩師カブホ氏の一節読む我の機微ぞ認めし常になきとぞ(備考:ホ氏主著『過程と実在』末尾に重要なる宇宙創造四相論有り、有名なり。殊に第二相:the temporal phase of physical originationに我目を留め、これ滝沢哲学に言う「即自存在の原事実」と酷似せること気付きたり。そこで、Concerning the second creative phase of the universeなる英文通信出したるところ、カブ先生より返書有り:No one is more observant than you of often neglected passages andideas. Congratulations! John) ホ氏の言ふ物的創始時間相我恩師見し原事実とす (備考:我が気付き元にして哲学論文一本書くこと面白しと只今感ずるなり) 上の歌にある延原先生の著作『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』は、いま最終校正の段階にあって、今朝の先生からいただいたメール便では、推敲済みの晴朗明晰な、素晴らしい「あとがき」が添付されていました。延原先生の場合、若き日より次々と著作が産まれていますが、新著が完成するたびに「これが延原さんの代表作となるな」と思わせてきました。よくもまあ、毎日毎日、歌にも詠われているように、省察・論述をかさねられて、次々とこうして、「新しいものが産まれてくるものだ」と、驚くばかりです。新しく彫琢された言葉が光っています。新著は、間もなく考古堂さんより登場します。本書は、前著より100ページほど増えるそうで、まさしく彼の代表作となること間違いなし!です。 さて、正月の小さな旅「隠岐の島」の五回目は、漫画家「水木しげる」のふるさと「境港」の人気スポット「水木ロード」です。一時間余り、ここでぶらりぶらり散策いたしました。冒頭の写真は、フェリーの乗船場でJR境港駅でもある大きな水木プロの作品と正月三日の「水木ロード」(商店街)です。本名「武良茂」が戦後、神戸の「水木通」にあった「水木荘」にいたとき名付けた筆名が、この「水木しげる」ですね。ーーこの「水木通」はわたしたちのすぐご近所で、神戸新開地も近い場所ですーー水木夫人の作品『ゲゲゲの女房』(連続テレビ放送にもなりました)には、多くの写真が収められていますが、その巻末には、水木しげるが、帽子をよこちょにかぶり、ご夫妻で「隠岐にて」撮られたものがありました。『ゲゲゲの女房』は水木夫人の作品ですが、ほぼ同時出版の『ゲゲゲの人生ーーわが道を行く』という水木しげるの小品も、おもしろい読み物ですね。 「水木ロード」ができていま20年程になるそうですが、人の賑わいもあり、ここに足を運ぶごとに水木作品も増えています。数多く写真に収めましたが、そのうちの数枚を次にUPいたします。
2014.01.08

延原時行歌集「命輝く」 (第767回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-5)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月6日 彫琢の歌二首 未明まで良寛再説彫琢すホ氏神学と揃い踏み佳し(備考:『宇宙時代の良寛・再説ーー「無→者」のためのホワイトヘッド風神学と共に』なり) 風四相ホ氏神学と吹きゆくよ宇宙創造風のもて来る (備考:恩寵の風、理解の風、冒険の風、慈悲の風ありて吹く) 祝福の歌四首 朗々は完璧なりきノーちゃんよSongs of Blessing誠命歌佳し (備考:2013年11月5日夜豊浦愛宕の園にて) この歌や春の陽浴びつ汝(なれ)発句神祝せしよ省献嬉し (備考:2011年3月9日県立リウマチセンターにて) 思ふだに恐ろしき怪我越へ行きて汝(な)が手のうごき省献のわざ (備考:2010年12月1日朝復活の家にて救急車への搬出のまえ) それをしも箴言初句や詠ひたり甦りのぞ光眩し(備考:God BLESSED the good day of self-reflection and self-dedication!) 今朝はいちばんひんやりと引き締まった朝で、空も澄みきっています。 昼間は暖かくなるようです。しっかりと洗濯もいたしました。正月の小さな旅「隠岐の島」の記録、四回目です。上の写真は、お宿となった隠岐シーサイドホテル鶴丸と目の前の海です。松葉ガニがイッパイ、「つるまる御膳」を御馳走になり、海の幸も素晴らしく、地酒も美味!木造りの湯船の温泉に何度も温まり、ゆっくりと眠って、朝食の後8時には「摩天崖・通天橋」などある隠岐を代表する景勝地のひとつ「国賀海岸」にむけて出発します。 お宿の近くには、「イカ寄せの浜」という場所があって、たくさんのイカたちが浜辺に寄ってきて、イカをひっかけて獲ることができます。「由良比女神社」のあるところです。別府港の帰路は、正月三日で帰省客の離島ラッシュと重なり、フェリーはほぼ満員です。デッキに出て港をみると、ここにも「水木プロ」の作品が大きく描かれています。帰路も往路とおなじく海は穏やかな凪です。珍しいことのようです。 さて、境港に近づくと、進行方向左側に、美しい「大山」(だいせん)が現れてきます。「大山」は「伯耆富士」と呼ばれますが、海から眺める雪をいただく「伯耆富士」は実に実にお見事なものです。「富士山」と同じように「伯耆大山」も、山のすそ野が左右にわたって長く長く伸びているのも、ここからでは確かめることのできない眺めです。たくさんの写真を撮りましたが、写真制限もあってここには2枚だけUPいたします。少し霞んでいますが、「伯耆大山」が、このように雲に隠れずに姿を見せてくれるのは、そう多くはなく、稀なことです。
2014.01.07

延原時行歌集「命輝く」 (第766回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-4)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月4日 燃ゆる仕事の歌六首 引退後我が東西研フル回転Oxfordに講演Common Good賞受く(備考:Common Good Award第九回国際ホワイトヘッド学会(於Krakow, Poland)にてIPO(International Process Network)会長Adam Scarfe博士より授与さる。受賞の壇上にて何故に我がとの歌詠うも、再度にわたりプロセス学の哲学的生涯を証する最高の章なりとの説明有り、誠恐縮の至りなり。碩学お二方Lewis FordおよびDavid Ray Griffinとの共同受賞なりき。Oxfordに招待され講義をなしたる幸いに加ふるにこれ在り、本年我まことに驚きたり) 何よりも仕事燃ゆるぞ命なり妻の怪我あり看護燃ゆるも さてもさて東西研と妻看護燃ゆる仕事の両車輪佳し 両車輪近き神本寛き神二著にあらはれ燃ゆるや燃ゆる ここからよ我が学問の地球展静々と行く深々と生く (備考:これ年初に歌ひたる如く「地球大学形成」の成就なり。夏秋に至りて現れたるよ) この秋やしみじみと享く御心の降り注ぎたる我が身我が時 (備考:この秋既に詠ひし一首なり) 11月5日 営々苦心の歌四首 この度や受賞に際し我知りぬ如何に拙稿読まる多しか (備考:英文拙稿四十地球中でオンライン閲読給はるる如し、感謝無尽ぞ) 営々と書き綴りたる文なべて地球登録成せる世の幸 (備考:コンピュータ時代の地球学術の幸なり) 園にては妹背修練実にも幸朗々のあと邦訳苦心も (備考:「ノーちゃん、ええ線行っとるやんか」) 秋の夜に第二章をば彫琢す主の祈り実に不思議なる哉(備考:『21世紀文明形成の神学ーー神のエコゾイックスに向けて』第一部第二章「御名を崇めさせ給えーー主の祈りの不思議」なり) 今年正月の小さな旅「隠岐の島」は今回3回目、前回の「境港」をあとにして、「隠岐」の「島前」(どうぜん)に向かいます。穏やかな凪の境港とはいくらか船の揺れも出てきたものの、3時間近い船旅もゆったりとした船内で、たびたび甲板に出ては、広い大きな海を眺めているうちに、途中の港「知夫村」の「来居港」に着岸しました。 冒頭の「隠岐観光マップ」にあるように、「島前」の隣に「島後」(どうご)<隠岐の島町>があります。延原先生の叔父さんが戦後「島後」にわたられ、そこでの働きを一冊の書物『ふるさとの森づくりー隠岐・布施村から都市への呼びかけ』(清文社)にまとめておられます。著者の山口貞美さんは、その村の教育長や村長さんとしても活躍され、隠岐観光協会の会長さんなど歴任されています。団体旅行のため、残念ながら今回はお会いできませんでしたが、延原先生にも似て、なかなかの魅力的な御方のようですョ。だいぶんご高齢でしょうが。 御覧のように、この小さな港にも「水木プロ」の大きな作品が描かれています。 水木作品は今「隠岐の島」へも進出しているようです。ここから今回の旅の目的地「西ノ島町」の「別府港」までは、そう遠くはありません。凪の海に浮かぶ島々を愛でながら、ゆったりと・・・。 「付記」 友人からの賀状の中にひとつ「お知らせ」がありますので、ここにメモしておきます。ひょんなことから20年程前より御友誼をいただいている北陸学院大学の金森俊朗先生の賀状ですが、今週1月9日午後3時、Eテレで先生の御講義の全国放送があるそうです(暮れに放送の再放送)。先生は、3月にはスペイン各地での講演・授業もつづくようです。<会ってゆっくり語りたい>とメモしてくださいましたが、数年前には神戸での御講演の見えられました。。NHK・Eテレは、今年も元日夜の恒例のウイーンから衛星放送「ニューイヤーコンサート」を楽しみましたが、昨夜も、NHK交響楽団の定期演奏ーベートーベン三昧でした・・・。
2014.01.06

延原時行歌集「命輝く」 (第765回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-3)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月3日 誤訳恐ろしの歌二首 恐るべきものは聖書の誤訳なり「人達よりも我愛するか」(備考:ヨハネ福音書21・15原典では:"Simon Ioanou, agapas me pleon touton."これを邦訳聖書では、聖書協会訳「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか。」新共同訳「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」と訳するなり。恐ろしき事なり。See Bernard, Ibid., 705: "Does, then, agapas me pleon touton; mean "lovest thou me more than these things?" sc. the boat and the nets and the fishing, to which Peter had returned after the Passion and the Resurrection of his Master. This interpretation is, indeed, unattractive; but it may possibly be right, and it is free from some difficulties which beset the usual interpretation. / At any rate, Peter in his reply takes no notice of 《pleon touton》. If he had ever intended to claim that his affection for his Master was greater than that of his companions, he does so no longer. Nor does he rest his answer on his own feelings alone. His fall had taught him humility. "Yea, Lord, thou knowest (su oidas) that I love thee" (philo se, with which cf. 16:27). He rests his case on the Master's insight into his heart.") 真実は「宇宙より我愛するか」復活者聴き給ひしぞ実に (備考:この真実を「イエスを中心にしたる愛のヒューマニズム競争主義」に転落させること、実に恐ろしき。それでは、宇宙を超へて復活者愛し、復活者より「宇宙への愛」の仕事を受け取り直すことの喜び何処にも無きなり。キエルケゴールの言ひし「反復」、我の言ふ「RE-MISSIO PECCATORUM(罪人達の赦し即再派遣)」ここに感知されざるなり。復活のキリスト教ここには未だ始まり居らぬなり。愛のヒューマニズム教あるのみ) 訪問リハビリの歌二首 昨日は直立三度見事にぞセラピストと共妻演じ切る (備考:ここまで麻痺の左脚をかばいつつ起立できるとは!) 穏やかに祈る心の信子様癒しの神の誠そのまま (備考:北越病院療法士大島誠雄先生のお言葉なり) 11月4日 在す方の歌二首 イマヌエルアーメンとぞや唱へつつ唱ふるほどに在す方知る (備考:ほどに、に二義有り:時間的「するうちに」、程度例示「そこまで」) 思へばや思ふほどぞや復活と良寛の風通ひあう如 (備考:かくて伊丹教会誌『エマオ』寄稿の題決まりぬ:「復活と良寛の風」) 昨日UPした「雪の蒜山高原」をあとに、再び「米子自動車道」に戻って「境港」まで、雪山の大山(だいせん)を望みながら、一路どんどん直行します。この近くには、いまではよく知られている「とっとり花回廊」や「大根島の牡丹園」、名園「足立美術館」や「皆生温泉」などあって、なんどか訪ねたことがありますが、むかし小学校の修学旅行は、「境港」の近くにある「関の五本松」で有名な「美保関」(みほのせき)とそこから松江・宍道湖への船旅だったことなど、想い起しました。冒頭の写真に収めましたが、昨年秋、隠岐は「世界ジオパーク」に認定されたり、「米子鬼太郎空港」へは、神戸・東京・茨城からの直行便も人気となったりしています。何と言っても現在の「境港」は、漫画家「水木しげる」の地元で、観光客で湧き立っています。上の写真は、JR「境港駅」(鬼太郎駅)にある水木作品です。今回の旅の帰路に「水木しげるロード」の散策が予定に入っています。 さて、ここから「隠岐の島」までフェリーで3時間近い長い船旅です。この日の朝はまだ強風があったようですが、わたしたちの乗船する午後は、穏やかな凪のもとでの出発となりました。乗客はほぼ満席で、出港とともにデッキに出て、ゆっくりと港を離れる景色を撮りました。ここには、その数枚をおさめます。
2014.01.05

延原時行歌集「命輝く」 (第764回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-2)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月2日 昨夜推敲の歌二首 秋の夜や我ふと新著推敲すはしがきを継ぐ第一の章(備考:『21世紀文明形成の神学ーー神のエコゾイックスに向けて』第一章「イエスの宗教の秘密ーー柳沢桂子氏の宗教観寄せて」なり。はしがきの勢ひのままに) 熱誠の友に我告ぐ復活の主の臨在を仰ぐや称名 (備考:我が称名基督教復活の主への吐露なりと。このあと推敲の気運出でたり) 11月3日 昨日仕込みの歌二首 漸くに料理仕込みに時間かけ鱈水だきも上達の如 この極意執筆よりぞ学びたり仕込みなしには熟れる事なし 御名の歌五首 御名なるは誠不思議の実在よ父の御名こそ御子のはたらき(備考:See Archbishop J. H. Bernard, A Critical and Exegetical Commentary on The Gospel According to St. John, Vol. II [Edinburgh: T. & T. Clark, 1928], 569: "...in Christ God was revealed in His providential love and care, His ‘Name,' that is, His essential nature as Father, being exhibited in the Incarnate Son. Thus that ‘the Name' of the Father was ‘given' to Christ is yet another way of expressing the essential unity of the Father and the Son (see on 10: 30). This transcends any such idea as that of Num. 6: 27, where the ‘Name' of Yahweh is ‘put' upon Israel by the priestly blessing; or of Ex. 23:21, where it is said of the guardian angel of the people, ‘My Name is in him'; or of Jer. 23: 6, where the ‘Name' of the Messianic King is ‘Yahweh our Righteousness.' The nearest parallel is Phil. 2:9, exarisato auto to onoma to hyper pan onoma (cf. Rev. 19: 12); but in no N.T. passage except Jn. 17: 11, 12 is found the conception of the Father giving His ‘Name,' in the sense of His revealed character as Fatherly Providence, to Christ. See on v. 22 for the doxa which the Father had given to the Son.") 御名崇むこととは実にも他ならぬ御子称へてぞ栄光帰一 (備考:ピりピ2・9-11熟読参照) 我が生は称名のぞや基教をば日ノ本にやよ始めんとぞよ イエスースクリストスああイマヌエルアーメンとぞよ唱へつつ生く (備考:「イエスース・クリストス・インマヌエール・アーメン。」とは「イエスはキリストなりとは、神我らと共にいますとの理なり。誠に然り。」と訳す。キリストとは、イエス在世中父に「原初の栄光」を悟りつつこれを「輝かせ給へ」と祈り給ひ[ヨハネ福音書17・5]、その願ひ聴かれたる方[へブル5・7]、聴かれて華やぎ=復活に至れる御方なり[ヨハネ福音書21・15[「ヨハネの子シモンよ、あなたはこれらの物=船や網、ひいては全宇宙=よりもわたしを愛するか。」「主よ、然り。」この告白を受け給ふことほどの華やぎなし]。復活とは、根源志向(「原初の栄光」「インマヌエルの原事実」の覚り)+統合志向(「原初の栄光」の華やぎへの変転移行とそのための祈り)の現れなり。華やぎは、原事実と原事実に隠された空ないし絶対無の場所(プラトンではReceptacle[受容者])と宇宙の諸存在者とを含む宇宙の統合体なり。根源志向の統合志向への変転を冒険と言ふなり。ホワイトヘッドはこの事理を『観念の冒険』原書295頁に表せりとは、我が解釈なり。それ実に復活(華やぎ)の形而上学と言ふべし:"In this Supreme Adventure, the Reality which the Adventure transmutes into its Unity of Appearance, requires the real occasions fo the advancing world each claiming its due share of attention."かかる省察を終章に盛れる述作これ我が生涯の作『21世紀文明形成の神学ーー神のエコゾイックスに向けて』なり。英語では、Toward an Ecozoics of the Deity: Ecological Theology in a New Key Emergent from the East-West Dialogue in Philosophyと称す述作とならん。英書は厳密なる哲学的神学、邦書は詩的神学とならん) この称名礼典中の礼典よエレメンツをば活かすものなり(備考:聖アウグスティヌスも「言葉こそエレメンツより重要なり。」と言ヘリ。彼の言ふ「言葉」称名のことなり。エレメンツとはパンと葡萄酒のことなり) 予定通り、正月二日と三日一泊のバスとフェリー往復の「隠岐島」への旅を満喫してきました。さいわい好天気にも恵まれ、渋滞にもまきこまれず、昨夜8時過ぎには、神戸に戻りました。「とっておきの食の宝庫・隠岐島」というふれこみに誘われての、はじめての隠岐旅行です。飛行機や高速船ではなく、境港から片道3時間ほどのフェリーニ乗って・・・二日の朝は7時30分、ルミナリエでも馴染みの神戸東遊園地を出発。上の写真は、遊園地のある景色ふたつ、「MARINA」と「エーゲ海」です。大型のバスには「神戸」「明石」「姫路」から乗り込んで40名の旅です。車窓より須磨の海、明石大橋や港をながめながら、・・・・バスとフェリーの長い旅でもあり、岩波文庫の上田薫編『西田幾多郎歌集』をポケットに入れて、新しい年のスタートです。 姫路より播但道から中国自動車道、そして米子自動車へ・・・。「湯原温泉」あたりはナント美しい雪景色・・・。昼食は「蒜山(ひるぜん)高原」で・・・・。この近くが「関金温泉」のあるわたしの故郷です。今年はすでに40センチほどの積雪があったことは耳にしていましたが、この高原の深い雪には驚きました。雪の積もることなどない神戸にいると、こうした雪景色をみるだけでも、幼少年期の思い出と重なってたいへん懐かしく、この景色がいちばんのごちそうさんということで・・・・。数枚カメラに収めました。
2014.01.04

延原時行歌集「命輝く」 (第763回) 「復活の家出発進行ー感謝無限の旅一歩一歩」(164-1)しあわせ印の歌、復活二面の歌、昨夜推敲の歌、昨日仕込みの歌、御名の歌、誤訳恐ろしの歌、訪問リハビリの歌、在す方の歌、燃ゆる仕事の歌、営々苦心の歌、彫琢の歌、祝福の歌、昨日安楽の歌 (2013年11月1-8日) 11月1日 しあわせ印の歌五首 昨夕の肉じゃが実にも美味なりき温かき飯しあわせ印 (備考:妻に冷えたる食事与へぬ事是我が命法なりけり) 死なせてはなるものかとぞ励みきし三年の間に笑みや増す妻 面白き言の葉は是なりき父さんよ父さんよとぞ夜間も呼べり(2010年12月1日より新発田病院にて、2011年2月4日より隣接のリウマチセンターにて、2011年6月13日より同10月5日まで豊浦病院にて、ノーちゃん心おきなく夜間「父さん」節叫び通しぬ。我在宅中にも、と病院の人々から聞けり。人々呆れぬ) それをしも何で呼んだらあかんねん妻病院で主張せるかな いやはやと我呆れたりこの妻の言の葉信仰確固不動も (備考:そやから治ったんや、と宣ふ) 復活二面の歌六首 復活は二面の事実一面は言(こと)の華やぎ他面初穂ぞ(備考:ヨハネ福音書17・5=へブル5:7「言の華やぎ」、第一コリント15・20「初穂」熟読参照) 言のぞや華やぎなるは主の祈り父に聴かるる祝ひの座 祝ひの座イエス基督主なりとや我ら称しつ栄光帰一 (備考:ピりピ2・9-11熟読参照) これぞこれ我ら祝ひの座に入るる姿なりけり永久の命ぞ イエスースクリストス実にイマヌエルかく称しつつ祝ひの座享く 称名の基督教の華やぎは唱へる毎に天来自知ぞ(備考:称名「IXIA!」天来の恩寵、自知の覚りにして、復活二面を生くる息(ルーアッハ)なり) 新しい年:2014年がはじまりました。あけましておめでとうございます。ことしもかわらず、御神酒とお雑煮と御節と・・・・元旦だけは朝の掃除はいたしません。 大晦日の夜は雲一つない空で、西に沈む前の金星を、デジカメで撮りました。よくみていただくと、星がひとつ光っているハズです。孫は自慢の望遠鏡で部屋の中から覗き、くっきりと輝く金星を楽しませてくれました。 孫の愛猫「みみちゃん」は、相変わらず鳥かごの「文鳥」に飛び掛かったり、水槽の「めだか」たちを襲ったり・・・・。 今回も「初冬の高取山」へのぶらり年末登山の写真を数枚UPしておいて、さてこれから、新年の「初仕事」?をはじめます。なにせ「仕事人間」なもので・・・・。 明日早朝より一泊バス旅行に出かけます。三宮よりバスに乗り、私の故郷・鳥取県境港から船で「隠岐の島」に、はじめての旅です。 ブログは二日間お休みです。 今年もひきつづいて、延原先生の御親切で、毎日「歌集<命輝く>」を収めさせていただきます。どうぞ、おたのしみに!!
2014.01.01
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