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アメリカの次期大統領が2年間という長い歳月を経てようやく 決まりました。 「CHANGE」を掲げ、一つ一つの階段を上りつめて掴んだ 大統領の椅子。 オバマ氏を大統領に選んだアメリカ国民。 金融危機、イラク問題などにっちもさっちもいかない 明日が見えない、次はどこへいくのか見等がつかない 泥沼の状況。 政治経験は少ないけれど、彼の持つ、若さ、そして 誠実さ、寛容性、前に進もうとする強い意志を感じさせる オーラのようなものにアメリカ国民は未来を託した。 一見エリートコースを歩んだかのように見えるけれど 幼い頃より、ずっと人種問題で悩み続けたと告白した。 (父親は黒人、母親は白人だから) 白人でもなく、黒人でもない、自分は一体何なのか。 でもそのはかりしれなく深い悩み、葛藤を経て オバマ氏は多様性を受け入れる寛容性を持ち そして、勝利宣言にもあった 「我々がアメリカ合衆国だ」と言う答えを導きだせたのだと思う。 彼の演説は、明快、でも人の心をぐっと惹きつけるものがある。 大統領就任演説は、会社休んででも、生で聞きたいと思った。 オバマ氏の大統領就任はアメリカ国民だけでなく 世界中に人々が望んでいる。 あの嫌米派のベネズエラのチャベス大統領、イラン大統領ですら、 「地平線の彼方に一筋の光が見えた」と、コメントを出すぐらいなのだから。 世界情勢はここ半年のあまりに、がらっと180度変わってしまった。 金融危機が始まって以来、毎日ジェットコースターのように 経済がめまぐるしく変化、暴走しているように思う。 一体答えはどこにあるのか。 明快な答えをまだ見出せないでいるけれど、アメリカ国民がオバマ氏を 大統領に選んだ事は明るい希望への大きな大きな第一歩だと確信している。 ひるがえって、日本。 防衛省の問題を国会で取り上げている時じゃない。 この経済金融危機をどう乗り越えていくのかを真剣に討議してほしい。 もちろん、第一党の自民党がしっかりしないといけないのだけれど 民主党も重箱の隅をつつくような、揚げ足とりをやっている場合じゃない。 こういう時だからこそ、国民の為の政策を抜本から見直し 早急に取り組むべきなのに。 麻生さん、毎晩あっちゃこっちゃバーを梯子しているみたいですけど それで本当に良い政策は実行できるのですかね! あーなんだかもどかしい、と大統領選挙を見てつくづく そう思いました。
2008.11.07
盆も過ぎ、今年も残す所4ヶ月余り。 普通だと、後4ヶ月しかない、と思いがちだけれど 我がヨガの師匠がおっしゃるには 「後4ヶ月もあるのですよ!ワクワクしますよね。 もう一度今年の初めに立てた目標を思い出して 達成出来ていない目標は軌道修正して、達成しましょうね。 目標をクリアーした人は来年の準備を始めましょう!」 私の目標達成度は、半々って所でしょうか。 よし、もう一度仕切り直ししてがんばろうっと。 目標の1つに、森で深呼吸する事を立てたので 後4ヶ月中に絶対絶対旅行行きます!(国内で緑の多いところへ) 日曜日初めて座禅を組みました。 お師匠の知り合いで、導師様が新潟から遠路はるばるいらっしゃいました。 法話1時間。座禅1時間。 座禅をすると、こういう効用がある(落ち着く、とか胆力がつく・・etc) と誤解されがちですが、そうではないとの事。 座禅を組むというのは、「無」「空」「風」「法」そのもの。 頭に次々と浮かんでくる、「雑念」を傍観し、手放す事。 自分が透明になって、空間に融けこんでいくような感じと 同時に大地とずっしり結びついたような感じも同時に味わえました。 不思議な時間だったなぁ。
2008.08.26
7月7日から3日間にわたって行われたサミットが 大きな混乱もなく終わった。 あの場所でこれからの未来に向け、有効な施策が1つでも 決まったのか、と問われれば残念ながらNOと言わざるをえない。 今回ほど各国の利害が透けて見えた会議はなかっただろう。 けれど、全く何も決まらなかった、良き事はなかった訳ではなく 小さな小さな前進はあったと思う。 自国の利害を主張しながらも、どこかのラインで折り合いをつけ 環境の為に世界経済の安定の為に時にはリスクを背負っても 取り組まねばいけないと各国の首脳は心の中で思ったに違いないし、 そう思ったと思いたい。 サミット開催に合わせて、7月9日の日経の朝刊一面に掲載されていた 沈みゆく国ツバルの民家の写真。 夕暮の淡い藍色の光の中に、水に浸かりながら 静かに佇むその風景はあまりにも悲しく美しかった。 例え国の政策が遅々とし、進まなくても 私達1人が出来る事はいくつもある。 昨日よりも1つ地球に良い事をする。 その積み重ねがより良い未来につながると信じて・・・
2008.07.17
7月7日、七夕の日。 今日から3日間、世界各国の熱い視線が 日本の北の大地に注がれる。 かつて、サミットにこれほど注目が集まった事があるのだろうか。 サブプライムから始まった、石油を始めとする原料、食料高 高インフレ、そして環境問題・・・・ これらの問題が一斉に火を噴き始めた、 奇しくもこの時期に、日本で、サミットが開催される。 複雑に絡み合った問題に何とか一縷の解答を見出そうと 集う世界主要国の首脳達の一挙一動に注目が集まる。 勿論、首脳が集まったからといって 昨今の問題をすぐに解決は出来まい。 国益、国家体制など各々絶対譲れない面があるのは 理解できる。 けれど、今の全く解決の糸口が見出せない状況においては 自国の為ではなく、世界の為に、そしてまだ見ぬ将来の世代への 為に行動を起こしてほしいと切に願っている。 世界が息を潜めて、極東の北の大地を見守っている。 今夜北海道の夜は美しい天の河が 見られるのだろうか。 そしてサミットに集う人々はどんな想いで 眺めるのだろうか。
2008.07.07
大阪では、3、4日前から梅雨のどんよりした 陽射しから、灼熱の夏の陽射しにいきなり変化しました。 破竹の勢いで勝ち続ける阪神と同じぐらい熱い! (いつまで続くのやら) 暑さが続くと、食欲ががたっと落ちそうになりますが 依然として衰えない私の食欲を支えてくれるのが 香味野菜達。 葱、しそ、茗荷、香采、生姜、セロリ・・・ 気分が落ち込んでいても香味野菜を切って 立ち昇る香りをかぐと、落ち着きます。(なんて安上がりな癒し) 八百屋さんの店頭に並ぶ野菜も、次から次へと 変わっていきます。 最近は南瓜が大のお気に入りで1週間に1個は たいらげている気がします・・・ 後は三度豆、セロリ、モロヘイヤ、お茄子かな。 松なめこ(なめこの親分)、素麺瓜、ポリンキー(南瓜の一種らしい)など 見慣れぬ野菜も。 最近野菜のレパートリー急増中。 次はゴーヤ、冬瓜に挑戦してみようっと。
2008.07.06
料理って結構頭を使う事にこの頃実感しています。 自炊なんて、と最初は思っていたけれど 生来ケチな性分に加え、売られているお惣菜等の 値段を見た瞬間、絶対自分で作ろうと 思い立ってから、ほぼ毎日自炊中。 (1汁3菜きっちり、多い時は5菜の時も!?) 最初の頃は段取りがうまくいかなくて 片付け終わったら、夜の11時前だったなんて事が何度かありました。 今は何を作るか、会社の終業10分前からフル回転で 献立、段取りを考え、30分以内で作り終える事を目標として進行中。 ついつい野菜を買いすぎてしまうので、 冷蔵庫の野菜室に首をつっこみ、料理の本と首っ引きで 新しい料理に挑戦するのが、最近とても楽しくなってきました。 (と言っても、調理時間30分以内に出来る、簡単お手軽料理限定) 料理が出来ねば生きていけない、という悲壮感に駆られ あろう事か、この私が!料理教室に月2回せっせと通っております。 先週は卯の花入りがメニューの1つにあったのですが、 なんと豚肉と卵を使うんです! 卯の花入りは、精進料理で、野菜しか使わないと思っていたので 目からウロコでした。 しかも動物蛋白と植物蛋白を同時に取れるので 栄養面から見てもとっても優れもの。 しかもしかも冷凍が可能で、2週間は日持ちするのですから 万々歳! 何年も昔、雑誌の特集でアメリカのバークレーにある「シェ・パニーズ」の シェフの記事が載っていました。(今でもこの記事は大切にとってあります。) 私よりほんの少し上で、いきいきとレストランの厨房で働く彼女の姿も 印象的でしたが、一人暮らしのフラットのピカピカに磨きこまれ、使いこまれた キッチンで手早く料理したり、ソファでくつろぐ、彼女の素朴で柔らかい 飾らない笑顔がとても素敵で、いつか私もこうなりたい!と強く思った事を覚えていま す。 料理の腕はまだまだだけれど、いつか彼女のようになれるといいな。
2008.06.17
家を出る時、両親とは別段喧嘩をして 飛び出したと言う訳ではなく たまたま一人で暮らしてみたい、と思い たまたまふらっと冷やかしに入った不動産屋で 何回目かに「おっ!」と思う物件に出会い(担当の方は必死で探してくれたらしい) たまたまその場所は希望通りの賑やかな商店街が近くにあり 毎週通っているヨガ教室に歩いて5分で行けるし、しかも同じ階だし お茶にも2駅電車に乗れば、15分で行けるので いつのまにか契約して住んでいる、と言う訳です。 ヨガ教室に自宅から通っていた時 今の最寄駅の階段を上がっていくと、素晴しい夕焼けが 目の前に広がるのを何回か見た時からこの場所に お世話になるかもしれないな、と思いました。 大阪市内で、私立学校の密集地で、雰囲気も良く 公園もあちこちにあり、結構いい所です。 でも、残念な事にやっぱり市内だけあって 実家周辺と比べ緑が少ない。 実家に帰ると窓からは、生駒山が見え、庭には 緑があふれているので、ほっとします。 やっぱり私は緑が近くにある場所が好きです。 せめてもの、部屋のカーテンを森を思わせる柄にしようかな。
2008.06.16
私の部屋にはTVがありません。 限られた予算の範囲内で優先順位をつけていくと 冷蔵庫 洗濯機 電子レンジ 掃除機 となり 必然的にTV無しの生活をする事になりました。 買おうと思えば充分買えるんですけどね・・・・ TV好きの友達、弟などにこの話をすると みんな一様に「信じられない」と大きく首を振るか ため息をつきます。 情報は毎朝毎夕、新聞を買って読めば 事足りるし、TVが無くて不便だなーと思うのは 天気予報ぐらいかしら。 料理作ったり、掃除したりしていると、あっと 言う間に1日が終わってしまい、一体私は今まで いつTVを見る時間があったのだろうと 不思議に思います。 TVが無いため、今まで適当に読み流していた 日経新聞を気合入れて読むようになり 世界情勢、国内情勢がまるで1つの大きな流れを掴むように わかるようになりました。 TVを見るより、断然こっちの方が面白いです。 余計な雑音が入らないので、静かで、よろしいです。 YOGAに集中するにはぴったりだし、落ち着きます。 YOGAの先生に聞くと、「私もTV持ってないし、見てないわよ~」 との事なので当分この生活を続けてみようっと。
2008.06.12
自分で料理をするようになって 改めて”旬”の野菜の美味しさを知りました。 今なら三度豆とか、出始めたお茄子、茗荷などなど。 どんなに疲れて帰っても、キッチンに立って、野菜を切っていると 元気が回復するんです。 きっと実家で母が台所に立って料理をしている光景が 私にとって「幸せ」の象徴だからなんでしょうね。 茄子を炒める時は毎回スリリングです(笑) 時間がある時は八百屋さんに行って 「どれが美味しい?」って聞きながら品定めするのが 楽しいんですね。 皆さん、色々食べ方を教えてくれるし。 今や南瓜はほぼ毎日、茄子も1本半食べるようになりました。 ちょっと体重増えちゃいました・・・・ いけない、いけない節制せねば。
2008.06.09
長い間ずっと休眠状態だったブログを再開します。 ようやく、身の回りが落ち着き余裕が出てきました。 今日は今日参加したヨガのワークショップについて。 (久々に書くので、備忘録のようになってしまいそうです) 日曜日午後13時より、大阪江坂でアシュタンガヨガの WSに参加してきました。 昨年7月にハワイのマウイでリトリートに参加した時に お世話になった恵子さんの大阪帰省に合わせて 開催されました。 正味3時間に及ぶフルプライマリーをこなして (出来ないアーサナも多々あり)シャバアーサナで 目を閉じて休んでいると、どこからともなく 風が吹き込み、火照った身体を冷やしてくれます。 大地に身を委ねてテインシャーの音を聞くと 時も場所も忘れ、静かな静寂の中に包まれて 自分が溶けてしまって、大地と一体化してしまったような 心地良さを感じます。 アシュタンガヨガはヨガの中でも体力を必要とする ハードなヨガですが、大事なのはアーサナを完成させる事ではなく 身体と呼吸と心をEngageさせる事。 無理をすると必ず怪我をしてしまうので、呼吸を止めないで 自分の出来る範囲で、そして楽しく練習する事。 まずは、10年(!)続ける事。 アーサナは、無理をしない、でも出来なくてもTryする事。 WSに参加するとヨガに対し、新鮮な気持ちで取り組めます。 それにしても、本当に恵子さんの声は聞いていて落ち着きます。 マウイから帰ってきて、昨年12月そして、今回のWSに参加して 声を聞く度に温かくて、懐かしくて幸せな気持ちになれます。 きっと恵子さんは、マウイの風といつも一緒だからかな。 私自身、ヨガを続けて今年で4年目。 年を重ねる事にほんの少しずつ、身体的にも精神的にも 進歩出来ているな、と実感できます。。 そして、打ち上げはヨギーニにふさわしく 美味しいマクロビオティックで!
2008.06.08
今日は2週間ぶりのお茶・お花のお稽古がありました。お茶は2週間ぶりなので、早めに行って掃除を念入りにします。窓の桟、障子の縁などもみんなふくんですよ。掛け軸はお雛様、いけてあるお花は椿です。この日はお薄で、梅のお茶碗を使いました。どんなに心が落ち着かなくてもお茶のお稽古の時はびしっと収まります。収まらないとお水をこぼしたり、手元がわやになるのでそうならざるをえないのです。お茶を茶筅でしゃしゃっと静かに点てていると抹茶の香りがふぅわり鼻先をくすぐります。お炭がぱちっとはぜたり、水がさらさらとお釜に流れ落ちる音を聞くとやっぱり1週間空いただけでも心が乾いていたんだなぁと改めて思いました。お花は、この日生まれて初めてみた「黒猫柳」「猫柳」はご存知のあの銀色のぽやぽやです。銀色ではなく黒色、黒猫なんです。(何度クロネコヤマトの宅急便と口を滑らしそうになった事か、その度に口をきゅっと結んでしかめっつらして耐えました)黒猫柳、淡いアイボリーのグロリオサ、緑と白のドラセナで横長の器に自由にいけます。これまた難しいのなんのって。自由にいけるといっても、やはり花が一番美しく見えるいけ方には決まりがあるのです。今回は黒猫柳をすっと長く、横長に生けて、グロリオサの華奢面白い形を生かしつつ、ドラセナと一緒に黒猫柳の足元をしっかり留める。ようにいけるのがポイント。先生が生けると、黒猫柳の細い線の美しさグロリオサの面白い形が存分に出て、それはそれは見事なのに、どうして私が生けると首をひねりたくなる生け方になっちゃうのかしら。でもお花に八つ当たりをしなくなった事途中で投げ出さなくなった事はまた一歩進歩したって事ですよね。
2007.03.10
どうもご無沙汰してます。今日は最近読んだ本の中で印象に残った本をご紹介。「サフラン色のキッチン」 著 ヤスミン・クラウザー図書館の新刊コーナーに置かれていた中東の濃く、深い空の色を思わせる青色の表紙。この物語は、2人の女性を軸に展開する。イランで生まれ、ある事件をきっかけに父親に国を追われ、イギリスにやってきた母 マリアム。冒頭でちょっとしたいさかいから、赤ちゃんを流産してしまったその娘 サラ。そしてその流産の原因を間接的に作り出したマリアムは自責の念と、事件がきっかけで今まで強く封印してきた故郷の昔の記憶に呼ばれ単身イランへと旅立つ。もう一度自分を見つめ直す為に。物語はサラとマリアムの二人の視点で交互に語られていく。40年経てもなお、拭いさることのできない過去を見つめる母のもとへ、娘は引き寄せられ、二人の物語はイランの地でぴったりと合わさる。どれほど遠くに離れても、目を背けようともイランという国がマリアム、サラ親子を空気のように、影のように寄り添う。サラはイギリス生まれのイギリス育ちだけれども幼い頃から、母の時折見せるイランの空気を感じていた。庭の植物や、台所のスパイス。たくさんの写真や思い出の品。手触りや匂いやぬくもりや音。人々の記憶。マリアム、サラ、マリアムの夫エドワードマリアムの父親の使用人であり、マリアムが愛しその結果保守的な父親に家を追放される要因となったアリ。この4人がイギリスとイランでそれぞれが静かにそれまで語られる事になかった過去少しずつ明らかになる現実、未来を淡々と見つめ自分の進むべき道を選んで歩んでいく物語。イギリスのみずみずしい緑を含んだ景色と砂と風の乾いたイランの風景の対比も物語の味わいをより一層深いものにしている。
2007.03.07
部屋に射し込む一条の光に、これまでにない強さをふと 感じた。 暖冬と言われ、梅がぽっぽっと咲き始め 道行く人が温かいので、コートを上着に持って歩いていても 暖冬と言えども、まだまだ冬だぁと思ってた。 けれども、その一条の光線の中に冬の 弱々しい光の中にはない、確かな強さと明るさを感じた時 確かに春へ変わるスイッチが1つ入ったと直感した。 庭の福寿草の黄色い花がこんもり咲き 駅前のお店の前には、菜の花が大壷に生けられている。 今年の春は、いつのまにかではなく あちこち華々しく到来中のようですね。 心なしか桜の木々の枝がほんのりピンク色。 君達の出番は後1ヶ月半は先だよ!
2007.02.05
日本画と洋画のはざまに @京都国立近代美術館近代の日本画は、当たり前のように「洋画」と「日本画」と分けられています。この近代日本美術に洋画と日本画が並存する状況は、明治元年、文明開化と同時に産声をあげました。今回の展覧会は、明治から大正、昭和初期にかけての日本画家、洋画家達が表現の「はざま」を揺れ動きながら制作したのではないかと、いう事がテーマです。まず、日本画の注目株は狩野芳崖の「悲母観音」淡い金色の雲の間から現れ、手を差し出すほっそりとした、慈愛に満ちた観音。その観音様が装っている羽衣、お召し物が淡いグレーがかったピンク色と濃い深緑色。従来の日本画ではまず使われなかった色彩です。どこかアールヌーボー的でした。そして高橋由一。「テングダイ」や「タイ」は本当に迫力があり、堂々とした西洋画です。私が思わず息を呑んだのは、須田国太郎の「老松」でした。墨一色で描かれた堂々たる松の老木が縦横無尽に枝を広げている屏風は圧巻でした。これを書いた画家のほとぼしる情熱と長い時を経た古木から発せられる、霊的な神秘の力が画からぐわーんと伝わってきました。小杉放菴の「天のうずめの命」題材となったのは、天照大御神が天岩戸に隠れられた時、踊りをおどってその場を大いに盛り上げた「天のうずめ」金色の背景に描かれた天のうずめは日本画の題材そのものなのに、身に纏った衣装の朱色のからっとした西洋のオレンジを思わせる色がとても美しかった。速水御舟の「茶碗と果実」「鍋島の皿に柘榴」西洋の静物画のような構成でしたが茶碗や鍋島のお皿のしっとりとしたつややかさにみとれてしまいました。林檎や柘榴も西洋画と比べるとどこかしっとりした感じが伝わってきます。他にも横山大観、梅原龍三郎、熊谷守一黒田清輝、藤田嗣治などキラ星の如く近代日本画の大家達の作品が並んでいます。文明開化という大きな大きな時代の流れに遭遇した画家達が、それに呑み込まれる事無くいかに自分の絵に、取り入れたのか、どう表現したのか。方法は各々全く異なりますが、どの絵も精一杯身体を張って表現した、画家達の素晴らしい情熱の結晶です。------------------------------------------------------ちなみに来ている客層は、おじさま方が意外に多く子供や、ご婦人という従来層をあまり見かけませんでした。ちょっとこれまでとは違います。常設展では、私の大好きなオテロイ・ルドンの絵が飾られていました。「若き日の仏陀」去年行ったパリのオルセー美術館にはルドンのコレクションルームがあります。他の部屋に比べて一段と照明を落とした部屋で食い入るように眺めたっけ。神秘的だけれど、色使いが美しく、力強い絵を描く人です。京都国立近代美術館には、何点かルドンの作品があるようで、毎回楽しみにしています。-----------------------------------------------------国立近代美術館を出て疎水沿いに少し歩くと真っ赤な壁のお洒落なカフェが最近出来ました。覗いた時には男の人がシャンパンと何かのテリーヌでブランチを取ってました。うーむ、”さま”になっている。ピクニックランチボックスもあるそうなので今度一度試してみようっと。この日のお昼は、京阪丸太町駅近くのラズベリーピンクの壁の「レストラン ラニオン」コース料理のみでしたが、お値段も御手頃でとても美味しかったです。パリのビストロのようなカジュアルな雰囲気ながらテーブルにはきっちり麻のクロスとピカピカに磨かれたカトラリーが。-----------------------------------------今日のお土産鰊の昆布巻き 7本! @錦ビックアップルパイ 2つ @松の助(東京のお店らしいです)
2007.02.04
抱負でも書きましたが、1月より1つ上のアドバンストクラスに通っています。このクラスでは、もちろんアーサナ(ポーズ)もするのですが主に呼吸法、瞑想に重点が置かれています。今まで通っていたクラスが昨年12月末で終了しました。けれども、ラッキーな事に引き続き、会社で先生にヨガを教えてもらえる事になったのです。私は当初、引き続き先生に教えてもらおうと考えていました。最終日には先生への感謝の気持ちとして、今までのお礼と花束を渡しました。12月25日、クリスマスの日の事でした。私宛に先生から手紙が1通届きました。その手紙は、花束と今までのお礼から文章は始まっていました。--------------------------------------あなたに伝えたい事があり、お手紙を書いています。それは「チャンスを逃さない」という事です。あなたの会社で行うヨーガは初心者の方を対象としたものになります。私があなたに教える事はもうありません。もし、あなたがインストラクターになりたいと思われているのなら一日も早くO先生(先生のお師匠さん)でレッスンを受けることです。迷っている時間はありません。その夢の扉を開けて、あなたにしかない道を勇気を出して進んで欲しい。教室が終了したのも、よいきっかけです。「区切り」が人をまた成長させる。自分の内なる声に正直に、未来を恐れないで一歩行動を起こして下さい。いつでもあなたを見守っています。あなたが平安でありますように、あなたの道に光あれとお祈りしています。2年間ありがとうございました。------------------------------------思わず目頭が熱くなりました。何度も何度も読み返し、もう文章は空で言えるぐらいです。なんだかんだでぐずぐずと上にあがるのを渋っていた私を見てられないと、思われたのでしょう。後からそっと、けれども力強く背中を押してくれたのですね。忙しい毎日に流されて、いぶし銀のように光る「区切り」を見逃しそうになっていました。先生有難う。手紙は私の宝物です。アドバンストクラスは、2回目を終わった所です。わからない事ばかりで、投げ出したくなりそうになるのですが今年1年は最後まで投げ出さずに頑張ります。(土曜日は、お茶・お花・ヨガとフル回転!!)1年後の私がどう変わっているのか、楽しみです。
2007.01.23
随分とご無沙汰をしております。 2007年もあっと言う間に20日あまり経ちました。 ここでちょいとあやふやになりかけている 自分を立て直す為に、抱負を述べます。 (1)ヨガに集中! 今まで通っていた教室が昨年12月末で終了し、 1月より1つ上のクラスに通い始めました。 かなり難しい授業で、毎回目を白黒させてますが 今年一年頑張って続けます。 で、来年に全米ヨガアライアンスの資格を アメリカなりオーストラリアなりで取得したいので ヨガのお勉強も始めます。 (2)英語の勉強再スタート! 来年、留学(と言っても2~3ヶ月)をしたいので 英語のブラッシュアップ (3)転職 言わずもがな・・・・・・ (4)ブログを途中で投げ出さない! 細かい目標としては、 ・毎日walking1時間&YOGA自習。 ・1ヶ月に一度、大自然の中で遊ぶ ・お茶とお花を一層精進 などかな。 まだまだあるけれど、ここに宣言いたしまする。 さぁ、頑張ろうっと!
2007.01.20
ぐんとぐんと冷え込んだ日曜日の朝。 家人の寒いで、やめとき、紅葉は終わっているの 大合唱の声に見送られ、極楽蜻蛉は一路京都へ。 出町柳に到着したのは、10時半。 ここから、すぐに「ふたば」へ向かいました。 「ふたば」でぴんときた方、相当食いしんぼさんです。 こちらでは、豆大福が有名。 まだ午前中なのに、ふたばの前には既に行列が 出来ておりました。 行列に並ぶこと、10分弱で、お目当てのお菓子をGET。 栗餅、田舎大福(どちらも季節限定)は残念ながらまだ出来ておらず けれども、おはぎと水無月を嬉々として買いました。 豆餅はちょっと大きいし、すぐに(1日経てば)皮が 硬くなるので買いません。 でもお腹がすいていたら、買って鴨川の川べりで 食べたら美味しいですよ、きっと。 その後、京大までてくてく歩き、構内をぐるりと一周。 吉田山は標高156m、頂上近くにある茂庵までは茶 ゆるやかな登り道となっています。 11時半の開店までお店の前に置かれた椅子でしばし 待ちます。 遠くの山肌には船形が見え、木々が紅葉しているのが 見下ろせます。 茂庵は、庵という名前の通り、山小屋とお茶室が 合わさったような素朴なCAFEです。 ここは嬉しい事に景色を楽しめるように、大きな窓の前に 席が設けられています。 お昼のメニューは2つ。 本日の日替わり(この日は鶏肉のプルーン煮)か ビタパンセット。 私が選んだビタパンセットには牛蒡のスープと 色々豆のマリネがついており、ビタパンに挟む具は4種類から選べます。 茸のオムレツと茄子、ズッキーニのベーコンを挟んだものを選びました。 お昼にパンを食べるなんて、なんだかパリのお昼みたいです。 紅葉した木々に囲まれてゆったり食事をした後は パン好きの友達に言われるまま、美味しいパンを 求めて堀川今出川までてくてく歩きます。 「HOHOEMI」という名の小さなパン屋さんでした。 素朴な気持ちの良いお店です。 パンは勿論、キッシュとかベーグル、焼き菓子がとても 美味しいそうでした。 散々迷った挙句キッシュ、ナッツとキャラメルの焼菓子、 食事パンを買いました。 お家で食べたら本当に美味しくて、その日のうちに 全部ぺろっと食べてしまいました。 食事パンは生地自体がとても美味しく、何もつけずに 食べられました。 京都は美味しいパン屋さんが多いですね。 歩いていると、パンを焼く石釜が窓から見えた パン屋さんもありました。 京都パン巡りの旅ってのも面白いでしょうね。 その後は高瀬川沿いにある弥次喜多という 甘味処で、おぜんざいを頂きました。 こちらの、名物はあわ汁たそうです。 友達は、振り分けというのを頼みました。 何だと思いますか? なんと2種類のアイスクリーム(抹茶と バニラ)の事だったのです。 他には弥次喜多というのも、メニューにありました。 一体何なんでしょうね。 紅葉を愛でに行ったはずなのに 食べ物の事ばかり。。。
2006.12.03
少しずつですが、寒くなってきました。寒くなると食べ物が一層美味しく感じられます。真っ赤な林檎が店先でにぎやかですね。以前までは疲れると、ちょっと甘いものが食べたくなりチョコレートやら和菓子に手が伸びていたのですが今は専ら林檎。我ながらなんと安上がりな!と感心してしまいます。堅い甘酸っぱい林檎をカリカリ食べるのが大好きです。パリで、お腹がすいた時皮ごと食べていた記憶がまだどこかに残っているのでしょうか。大体1日半分。多い時は、2つぐらいぺろっと食べてしまいます。お菓子よりも自然な甘さがあり、噛み応えがあります。YOGAをやってると、どうも人工的な甘さ砂糖の甘さ、バター、生クリームといったものが重たく感じられます。(以前は朝食のパンにどっぷりバターを塗って食べる事が大好きだったのですが、今は全く付けません。食パンをやめて、今はライ麦や全粒粉のパンを食べているのでバターをつける必要がなくなったのです。中毒に近かったのに、こんなにあっさりやめられるなんて。お医者さんからバターは取り過ぎないようにと毎度毎度注意を受けていたけれど、やめられなかったんです、どうしても。でも今は無くても平気になりました!身体って不思議です。
2006.11.30
ほぼ1年ぶりに訪れた信楽の山の一番上に ある美術館は、別世界でした。 山のふもとでは紅葉はしているものの 10月まで続いた暑さのせいで、赤ではなく 茶色になっていました。 川の流れを目の下にバスに揺られる事 1時間弱。 美術館の敷地内の紅葉は 自分の目までじわっと染まりそうな それはそれは見事な緋色の紅葉をしていました。 この美術館を建てる時、建築家JMペイは シャングリラ、桃源郷をイメージしたそうです。 エントランスには、大きな1枚のガラス張り になっていて信楽の山々を一望に見渡す事が出来ます。 信楽の山々に囲まれるようにして建つこの 美術館はまさにシャングリラそのものです。 春の桜の時期には道の両側に植えられた しだれ桜がまるで夢のように薄紅色の花を こぼれんばかりに咲かすそうです。 今回の特別展示は「青山二郎の眼」でした。 白磁、信楽の大壷や、萩、唐津焼きのお皿、酒器など 素晴らしいものばかりでした。 白洲正子、小林秀雄、梅原龍三郎などといった そうそうたる人物との交流の模様もよくわかります。 私の印象に残ったのは、麦わら手とよばれる模様の お湯呑みです。 わざとなのか、偶然なのか、所々金接ぎがしてあるのです。 陶器で補修の為に金接ぎをした作品はよくありますが このお湯呑みの金接ぎは細く2、3本すっすとされていて とっても粋でした。 後、晩年の青山二郎の書斎とその庭先の写真が 展示されていたのですが、この書斎と庭先が また”良い”のです。 自分の好きな物だけ集めた、けれど変に肩肘張らないで ゆったりとした、そして良い物が置かれている いかにも青山二郎らしい住空間だなぁと感心しました。 見るのに疲れたら、近くの自然農園で収穫された 野菜や自家製のお豆腐(これがとても美味でした) を使ったご飯を食べたり、信楽の山を見渡せる 喫茶室でお茶を飲んだり。 紅葉狩り+美術館というのも なかなか洒落た組み合わせでしょ☆
2006.11.25
早朝歩く時に吐く息が白くなり、遠くに見える信貴山の 木々がぽちぽちと紅葉を始めた。 桜の並木は、紅葉の盛りを終え、風が吹くたびにはらはらと 静かに散っていく様子は、しーんとして、きゅっと胸が しめつけられる感じがする。 寒くなると、俄然比例するかのように私の 食欲がぐんぐん増す。 今はかぼちゃにはまっており、 ほくほくして、土の栄養をたっぷりと含んだ かぼちゃを煮物にしたり、スープにしたり。 今日はかぼちゃの煮物を4人家族なのに 張り切って、8人分ぐらい炊いてしまいました。 後は大根。おでんで食べるも良し、すきやきに入れても 良し。でも一番良いのは、風呂吹き大根。 熱々の大根に柚子味噌や、ちょっと甘口のお味噌を ぽっちり垂らして、冷めないうちに頂く。 これもまた美味しくて、5,6個ぽいぽい食べていたら さすがに母に止められました。。。 南瓜にしろ、大根にしろ馴染の食材だけれど 春から秋までの土や太陽の恵みを受けて 育った野菜達はこの時期、本当に美味しいですね。
2006.11.23
夏から毎日1食は玄米ご飯を食べています。 今までは、レトルトで売られている玄米ご飯を 1週間毎にまとめ買いしていたのですが 如何せん1パック 180円と結構よい値段がします。 1週間に6パック食べるとして、180x6=1,080円 1ヶ月4週とすれば、1,080X4=4,320円 1年で 4,320X12=51,840円 ざっと6万円弱もかかるのです。 これは懐がちょっと痛むので 思い切って圧力鍋を購入しました。 雑誌を見て、デパートの家庭用品に何回か足を 運びました。 熟考の末、選んだのがドイツ フィスラー社の 4.5Lサイズ。 片手鍋タイプで、蒸気の音が静かなタイプです。 玄米を買ってきて、2合、3合と炊いてみました。 シューっと蒸気が噴き出してから 蛍火でトロトロ20分。 そして圧力が完全に下がるまで自然放置。 何があっても蓋は開けない。 初めて使ったにしては、上出来の仕上がり。 やわらかく、ふっくらと炊き上がりました。 特に3合炊いた時は、カニ穴と呼ばれる ご飯の表面に小さな穴があちこちに出来ました。、 「カニ穴」が出来たら、ご飯は間違いなく美味しく 炊けているのだそうです。 その日食べる分以外は全てラップで 包んで冷凍にします。 もう少し、慣れたらマクロビオティクで玄米と並んで よく用いられる豆も炊いてみるつもりです。 こんなに便利なものがあったとはね。
2006.11.17
秋が深まり、食べ物が一層美味しくなるにつれ パリで落とした体重が少しずつ戻ろうとするのを なんとか抑えるべく、朝のウォーキング続行中。 私が歩き出す頃は、星がまだ瞬いていて 真っ暗。 十五夜の時はまんまるのお月様が 煌々とあたりを照らしていましたっけ。 秋・冬用のウェアに身を包んで、早足で すっすっと歩く。 しばらく歩くと、生駒・信貴の山並みの稜線 辺りがぼんやりと明るくなってくる。 夜の帳が少しずつ、天空へおいやられ 光が増してくる。 山並みは墨一色のくっきりとしたシルエットになり 淡いオレンジ色と水色の混じりあった空との対比は まるで影絵を見ているように美しい。 桜並木は、一足早く紅葉の盛りを迎えている。 濃い赤、朱色、オレンジ、マゼンタピンクなど実に様々な 色に葉は染まっている。 しんとした冷気が漂う中、燃え上がるように紅葉している 桜の木々の佇まいの美しさは言葉に表せない。 道行く人の中には、葉の色の美しさに惹かれて 何枚も大事そうに持っていく人もいる。 段々寒くなって、起きるのが辛くなってきたけれど 毎日自然の見せてくれる美しい1シーンに 出会いたくて、せっせと早起きをする日が続きそうです。 ** 「あるある大辞典」で放送されていましたが 女性の9割にあるセルライトをなくすには 午前中30分ウォーキングをすると いいそうです。 実はまだ自分の足を怖くて見てないのですが 多分無いだろう・・・と思います。 (1週間のうち6日はせっせと歩いていますし!) 他には、こまめに水分を取る 足を組まない 薄い味付けを心がけるように すれば、セルライトは解消できるそうですよ。
2006.11.15
11月に入ると、日中の気温も下がり ようやく秋が深まってきた感じがします。 桜や銀杏が少しずつ、紅葉を始め お茶室のある庭にも葉が少しずつ落ちてきて 秋があちらこちらで深まってきました。 11月2週目の土曜日、13時前に先生宅へ 準備の為にお邪魔します。 この日は、炉に火が入る初めての火なので いつもより念入りにお茶室を掃除します。 床の間には、封印された大きなお茶壷が 飾られ、お茶碗も普段の練習では使わないような 志野のお茶碗、見ただけでこれはいい物だな (でもとてつもなく高そう・・・)と思えるずんぐりした 信楽の水差が置かれていました。 お菓子器も、大きな丸い黒地に渋い赤の模様 の入った漆のものに変わっていました。 炉開きは、お茶をしている人にとっては 正月に相当する大事な節目の日なのです。 毎年経験している事とはいえ、出されたお道具や 炭を熾して、炉にくべた時ふわっとお茶室全体を 包み込む、炭の温かさに身が少しぴりっと 引き締まる思いがする。 同時に懐かしく、そして何時でも新鮮な気持ちを 思い起こさせる。 少々記憶が怪しくなった炉の手前で 一番にお茶を点てる。 釜からシュンシュンと立ち昇る湯気や お茶を点てた時にほのかに香る お抹茶の匂いも風炉と比べ 心持ち自分に近く、あたたかさが感じられる気がする。 私にとっては、お茶を始めて6度目の冬。 「宜しくお願いします」と居住いを正し、 心をきゅっと引き締め直した、炉開きの日でした。 本日のお菓子:栗大福(近江 たねや) 本日のお手前:お薄 本日のお花:モンステラ・薔薇(OLD ROSE) パーなんとか。(パーベリンだっけ?) ひらく形 ** 黄色の丸いオールドローズを中央にして モンステラの大きい葉を3枚、向きを変えて 開くようにいけます。 パーゼルなんとかは、オールドローズの下に 形良く、バランスを考えながらこんもりと いけます。 wrote:
2006.11.14
随分、長い間BLOGをご無沙汰してました。実は、10月にフランスへ10日ほど旅をする為にその準備でわらわらと毎日忙しく、今までBLOGを書かなかったのです。今回はパリとその周囲イルドフランスを巡る旅。8年前に初めて訪れた時とどう違っているのかちょっぴり緊張しつつも、期待で胸がいっぱい!それでは皆様、ごきげんよう!
2006.10.05
台風の影響か、お天気が少々不安な中京都に朝から行って参りました。友達は相当渋っておりましたが、晴れ女のあたきちが一緒なんだから!と無理矢理引っ張って行きました。今日のお目当ては、東山にある京都市美術館で開催中の「ルーブル美術館展」。今回は膨大なルーブルコレクションの中の彫刻、特に西洋文明の源流とも言われるギリシア芸術に焦点があてられた展覧会です。ギリシア神話に登場する神々、英雄達の彫刻やギリシア国家の墓碑、装飾品など。「道具箱を持つアテネ像」「アルルのヴィーナス」が素晴らしかった。衣装の流れるようなライン、そして人の肌の曲線美、まろやかさが堪能出来る、そして様々な角度から眺める事によって彫刻の顔がぱっと明るく見えたり、少し憂いを称えていたりと何通りも楽しめるのが彫刻の魅力だと思います。アンフォラと呼ばれる、ギリシャ時代の壷には当時の人々の日常の生活や、オリンピック(発祥の地ですから)の様子がいきいきと描かれていたのが素晴らしかったです。お昼まで時間があったので、常設展も無理矢理友達を引きずり込んで鑑賞。時間がなくて、またまた渋る友達を説得して鑑賞。だって、ポスターの絵にぴんと来て、見ずに帰られないと思ったから。「レッスン」太田喜二郎。たっぷりと光が差し込む部屋で、ピアノのレッスンをする女性を描いた絵。明るい色彩と、スーラを思わせるタッチの筆遣いが美しかった。「踊りの前」小磯良平。舞台に立つ前の踊り子のちょっと緊張した様子が描かれている。ピンク色のふんわりとしたドレスに身を包みどきどきしているのがこちらにも伝わってきそう。「紅裳」秋野不姫。中国の丸いテーブルをピンクた赤やら薔薇色の洋服に身を包んだ乙女達が、ぐるっと取り囲んでいる。秋野不姫さんは、私の大好きな一人。乙女達のくっきりとした顔立ち、いきいきとした表情が美しい。この絵が書き方といい、雰囲気といいこの日一番私の心にすっと入り込んできた。絵の前を立ち去るのが惜しかった。まだ始まったばかりだったので「ルーブル展」も思いのほかゆったり見る事が出来ました。常設展もこれから時間があれば、見るようにしよう。今回のような思わぬ出会いが待ってるやもしれませんから。幸いにもお天気は、奇跡的にも続きこの日は雨に遭うことなく、京都を満喫しました。紅葉の季節前の京都は、まだ暑かったけれどその分人は少なく、ゆったり出来ます。次は紅葉の時期に訪れる事にしませう。
2006.09.17
空も灰色。 部屋の壁の灰色。 男性陣の洋服も灰色率高し。 毎日、灰色ばっかり目に飛び込んでくる。 なんだか気分まで灰色になっちゃいそうで こわい。 みんな黙々と働いているけれど 平気なのかしら。 息が詰まりそうになって、目を閉じる。 瞼の裏に思い出すのは、オーストラリアで見た 美しい夜明け、アラスカのロッジから見えた どこまでも広い空と白樺、トウヒの黄葉した木々。 さびれたセスナ機の発着場まで続く道・・・・ じりじりと背中を焦がす太陽、延々と続く 岩だらけのトレッキングルート。 何年も前の出来事で、遠い遠い昔の事のよう。 あの時、せわしない日常のすぐ横に全く 違うゆったりとした時間の流れがあった。 「旅」がしたいな。 自分の五感を取り戻す為に。 一人の人間としての存在を感じる為に。 日常とは違う、背筋に1本ぴんと緊張の糸が 張り巡らされているような、感覚を味わいたい。 そして日本とは全く異なる、色の洪水に溺れてみたい。
2006.09.10
9月2回目のお花の日がやってまいりました。 (今月はこの日で終わり。ひゃっほー) 今日は、お花のみなので生徒さんの数が いつもよりぐんと少ない。 今日のお花は、コーリャン(粟に似ています) 紫竜胆、ドラセナです。 コーリャンは、黄緑色の茎に小豆色と、乳白色の 実、紫竜胆は綺麗な赤紫色の花がみっしり そして濃い緑とアイボリーの混ざったドラセナ。 ちょっと想像が難しい色の取り合わせでしょうか。 丸水盤を引っぱり出し、お水を入れて しば~し花を眺めます。 先生は最初は何も口出しされなく 自分で使う花を決めていかないといけません。 でも、一応切る前にお伺いをたてるのです。 例えば、コーリャン。 実のつき方がバラバラです。 みっしりと実がついたものや、ぱらぱらと ややたよりない実のつき方をしているものなど・・・・ 普通主枝には、一番大きく立派なものを選ぶのですが 今回も同じように選んでいると、まずここで お言葉。 「頭でっかちの尻窄みではあきませんで!」 つまり、コーリャンには葉がないので 主枝に大きなものを持ってくると ものすごくバランスが悪くなるのです。 そろそろと生けていると、後ろから視線が・・・・ じりじりと感じます。 「不等辺三角形になってますか?」 お花に限らず、絵や庭などにも 当てはまるそうなのですが 全ての事象の中で一番美しいバランス 空間の取り方は不等辺三角形なのだそうです。 先生のおっしゃる通り、不等辺三角形を描くように 花を入れていくと、空間がぽこっぽこっと空き 次はここに入れるのだなぁというのが なんとなくわかるのです。 先生は15分ばかりで、さささーっと 生けられます。 最初で私が入れたのは、「なんだか単純で 面白うありまへんなぁ」とバッサリ。 同じ花なのに、先生が生けられると美しく 立体的。リズムがあり、花を生けている空間が ぴしっとそこだけ引き締まっているようです。 私の生けた花が1,500円とすれば、先生が生けると 15,000円に見える。 「誰が見ても、美しいと思える花を生けなあきませんよ」 そうなのです。 お花とは、お花を習っている人、お花がわかる人だけの ものではなく、知識が無くても あぁ、綺麗な花が入っているなぁと感じて もらえるように生けるものなのです。 わかってはいるけど、まだまだそこまで腕が 追っつかない・・・・ その後、1時間かけて何とか再現しました。 14時に教室に入り、終わったのは16時半。 濃い2時間半でした。 竜胆の赤紫(赤すぎず、丁度良い紫色) の色で秋の野山を思いました。 お茶はありませんでしたが、先生がおやつに 出して下さった山ぶどうのジュースがまた美味しかった! wrote:
2006.09.09
無花果の美味しい季節になりました! 果物屋でもスーパーでも、デパートでも 山積みで置かれています。 私は無花果に目がなく、なかでも 無花果のコンポート(砂糖煮)に目がありません。 意を決して、自分で作ればいいのですが 手間がとてもかかるため、なかなか実行にいたりません。 売っているのは、とても高いし、ほんまに 美味しいかどうか、はなはだ疑問ですからね。 けれども、無花果をどうしても食べたいので ドライフルーツの無花果を会社で小腹がすいた時に こっそり食べています。 NOVAという会社のオーガニックドライイチジク 180g 480円也。 大体一袋で手のひらに収まる大きさの無花果が 10個ほど入っています。 お味は、生の無花果よりもずっと濃厚で、ねっとりとした 干し柿のような食感に、時折口の中で種が ぷちぷちとはじけるのが混じるという なんとも会社向きでないお菓子です。 ここに、チーズとワインがあれば最高なんですけどねぇ。 折角の無花果なので、お茶はレピシエの ティーバックを奮発して、しばし息抜き。 最近は、加賀棒茶に夢中でございます。 加賀特有のほうじ茶の1種で焙煎している時に 蜜蜂が寄ってくる甘い香りがするそうです。 口の中に香ばしく、おいしいお茶の豊かな味が広がります。 むむ、会社にいるにしては 少々贅沢な休憩だな(笑)
2006.09.03
9月最初のお花の時間です。 今日は「てつせん」を使う為にまず先生がデモストレーションで 生けて下さいました。 先生がどの花材をどう選んで、どう生けていくのか 後ろからじっと見つめます。 今日の主枝は木苺。あのかわいらしい小さな実は なっていないけれど(残念!)、葉は所々赤く紅葉し 茎、枝もうっすらと赤く染まっています。 花瓶を使い木苺3本をすすっと生けられる。 枝が細い割に葉が多いので生けるの大変かも・・・と 胸中に一抹の不安がよぎる。(そしてその後まさしく言葉通りになる) 客枝には白菊を木苺の根元をしっかり止めるようにして さします。 そして、「てっせん」 洋物のクレマチスとは異なり、茎も本当にひょろひょろと細く お花も華奢で風がちょっとでも吹くとゆらゆら揺れます。 花は一重で濃い青紫色。 全体を見て空間の空いている所に、ぴっぴと差し込みます。 先生の所用時間 20分ぐらい。 バトンタッチで隅々まで詳細を観察。 花の向き、根元の留め方、空間の使い方など しっかり目に焼けつけます。 メモを取ったり、絵を描いたりする人もいます。 けれども、最終的には自分の頭と手先の感覚で全て 覚えてしまわないといけない、空間の使い方なども これがいいと思うのを直観で感じ取って、生かさないといけないのです。 その後、お花を全部引き抜いて、1から生け直します。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。(悪戦苦 闘!!!) 花は人の思い通りには決して生けられません。 むしろ人が、花がどう生けてほしいと思っているのかを 感じ取って、生けてやらないといけない。と 先生は何度もおっしゃいます。 先にお花を生けて、お茶に取り組むと、 解放感からか、すがすがしささえ感じました。 この日は、琉球風炉が復活したので 久しぶりにお濃茶のお稽古をしました。 お菓子は初秋を思わせる「桔梗」の 生菓子でした。 お茶室に吹き込む風も、ちょっと冷やっこさが 混じるようになりました。 結局、ヨガのアドバンストコースは、平日に 通う事にして、土曜日はお茶とお花に じっくり取り組む事に決めました。 いつまで続けられるのかわからないけれど 土曜日のこの昼下がりの時間を大事に過ごしたいな、と考えてます。
2006.09.02
朝、晩の気温が薄皮を剥ぐように、少しずつ 下がってきた。 灼熱の夏だった大阪でもあちらこちらに 秋の気配がちらちら漂います。 秋。 読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋。 あなたはどんな秋を過ごしますか? 私は手始めに読書の秋から始める事にしました。 1冊目「余韻を聞く」 白洲正子 2冊目「人生の旅を行く」吉本ばなな 白洲正子さんと言えば、骨董の目利きさんであり 日本の芸術分野においては一目を置かれた人です。 そのためとっつきにくいという印象を持っている人も多いでしょう。 「余韻を聞く」は、当時の日本世情についてや、日本人、そして 日本の文化について思う所が述べられていたり 白洲さんの目にかなった絵や陶器、工芸品について、 季節に応じたしつらへを自分で行ってその思う所を述べたり。 従来の著作よりもとっつきやすく、白洲さんの思う所の「美」とは 何であったのかが美しい写真の数々と共に紹介されています。 そして写真に登場する絵画、工芸品、陶器品は、どれも 素晴らしいものばかりです。 値段の高低ではなく、白洲さんの心にずしんと響き、見た瞬間 「これは好きだ!これはいい!」と思う物ばかりです。 写真を何度も見返して、何回も文章を読み直して じっくりじっくり味わう。 秋の夜長にぴったりの1冊です。 そして最近読み終わった「人生の旅を行く」 吉本ばななさんのエッセイで、これまで自身が経験した 旅を通して、心に残った事、記憶にずっと留めておきたい 事、そして自分の飼っていたペット(亀やら猫やら犬など) 日々の日常生活のありふれた出来事から 伝えたい事といった内容です。 吉本さんは、エッセイは苦手とあとがきに書かれて いましたが、なんのなんの、相変わらず 透明感のある、心にすっと入り込んでくる文章でした。 ものすごく感性が高くて、自分の感じた事を ストレートに書かれているのだけれど、その書き方が うまい。 感じた気持ちを自分の中に取り込んで うまく、まろやかに文章を紡ぎ出す。 味わいのある美しい織物が出来上がっていくよう。 旅の思い出は勿論楽しいものが多いですが 時には辛かったり、悲しかったりする事もあります。 そして旅で一番印象に残っているのが、有名な 観光名所ではなく、ごくごくありふれた街の路地であったり アクティビティーで楽しんでいる時ではなく それをやり終えた後の日がとっぷり暮れた空を 見上げる友達の横顔だったりします。 どんな旅であれ、旅に行く前と行った後の 自分は確実に違い、そしてそれを起こすのは 日常よりも精神が研ぎ澄まされた「旅」でしか 出来ない事です。 だからこそ、旅の準備がおっくうでも、渡航先で トラブルがあったとしても、その後の人生に 何らかの彩りを添えてくれる「旅」を経験する事が大事なのです。 白洲さんと、吉本さんの本に共通していた事があります。 2人が揃って、声を大にして伝えたかったのが 「日本文化の繊細な美しさ、素晴らしさ」、そして 「日常生活の何気ない出来事の積み重ねが人生である事。」 結婚、出産、転職、その他の人生を大きく変えるような出来事が 人生を決定づけるのではありません。 例えば家族と一緒に御飯を食べたり友達とおしゃべりをしたり、 ごくごく平凡な日々の積み重ねこそが人生を作っているのだと。 そしてこのごくごく平凡なありふれた出来事に対して 心から大事に思って取り組む、その瞬間をじっくり味わう事が 人生を豊かにする事につながる。 私の文章力では、この2冊を同時に紹介するのは ちょっと力不足。 図書館で借りましたが、これは買った方が良いです。 素晴らしい文章なので線を引きたい箇所があちこちにありました。 時間が空いたら、どちらも繰り返し繰り返し 読めば、少しずつじわじわと心があったかい、美しいものに 満たされる、贅沢な2冊でございます。
2006.09.01
また壁にぶつかってしまった。 仕事で、ではなく、お稽古で。 なんだお稽古って一笑にふされるかもしれないのだけれど。 9月からYOGAのアドバンストクラスに本腰を 入れて通う為に、お花をやめようと思った。 同じ日のお茶やって、お花やって、YOGAというのは さすがに我ながら詰め込みすぎて どれも中途半端になってしまいそうな気がしたから。 いつ先生に言おうか言うまいか、切り出せずに いてると、私の心の迷い、乱れが生けている花に 表れたらしく、にっちもさっちもいかなくなってしまった。 私がお花をやめたいと思ったのは、今に始まった事ではない。 時間的な制約と、好きではない花(自分の好みではない花)を 生けなくてはならない事もその理由だった。 今日のお花は、自由課題でソルボンヌと言う名の 大輪の百合、実がぷっくり膨れたフウセントウワタ そして濃い青の小さな花をつけたブルーファン。 選ばれるお花達には何の非もない。 でも私の嫌がる気持ちが目には見えないけれど どうやらじわじわと出ていたらしく、お花の仕上がりは 無惨だった。 自分でもこれは駄目だって、はっきりわかるぐらいの出来上がりだった。 「あなたは、お花を美しいと思って 生けたらなあかんよ。嫌や嫌やという気持ちが 花からでてるわ。」 「また壁にぶつかってますな。何やめる? 折角ここまで来たのに、もうちょっと辛抱して 続けなさい、誰もが通らなければ行けない道やねんから。」 「しんどかったら、教室で綺麗に生ける事に集中して 家では花瓶にでもまとめてさしておきなさい。」 あぁ、見事に見抜かれているなぁと思った。 お茶でもお花でも「道」と名の付く者は 無心でしないと良い所、悪い所 全てが意識してなくても 一挙一動に全てそこはかとなく表れる。 何事も心をこめて丁寧に取り組まないと いけないのは重々承知しているのだけれど 私の気持ちもへそまがりで、羽が生えたようにいつも ふわふわしていて落ち着きが少々足りない。 もう少しだけ頑張ってみよう。 もう少しだけ。お花から学んだ事は 数え切れないぐらいいっぱいあるのだから。 本日のお茶:盆手前(多分この夏最後) 本日のお菓子:葛氷
2006.08.26
「人生の岐路に立った時、人はいつか見た景色に励まされる事がある」アラスカ原野の写真を撮り続けた星野道夫さんが亡くなって今年で10年目。私にとっては3回目となる星野さんの写真展に行ってきました。展示されている写真や、印象に残る言葉はどれもが一度は見た事のあるものばかり。でも何回見ても懐かしいし、胸にじんわりじんわり一つ一つの言葉が染み込んでくる。2年前に初めて、アラスカを訪れた。季節は、長い冬を目前に控えた生き物達が最後に生命の輝きを放つ秋。空がどこまでも高く、自分の身体も透明になってしまったのではないかと思うぐらい空気が澄んでいた。時折吹く風に白樺はトウヒの黄葉した木々がさわさわと揺れていた。時間が過ぎていくと、アラスカの記憶も砂が指の間からさらさらこぼれ落ちるように少しずつ薄れていく。けれども、都会の雑踏でふとした瞬間にあの時感じたアラスカの感覚が不意に甦り泣きたくなるぐらい、せつない気持ちになる。確かに私はあの地にいて、あの大地を感じたのだ。忙しい毎日を送っていると、身体の感覚が少しずつ鈍くなるような感じがする。写真展を見て、少し、あのぴんと身が引き締まるような透明なアラスカの感覚を思い出した。
2006.08.25
1週間ぶりの教室YOGAの日でございます。ここ2、3日同じ課の同僚が夏風邪でダウンしたので、仕事量倍増したのに加え、残暑が厳しく夜も眠れないので致し方なくクーラーを入れてたせいか、どうも風邪っぽい。(大阪の残暑の厳しさは、半端じゃない、連日35℃クリアしてんねんで。 えぇ加減にしてほしいわー)本日は、足のむくみなどを解消すべく足のストレッチ中心。これが」また効きます。あーっという間に足が軽くなりました。使ったのは、両手の指だけ。中盤からはこの夏の目標、お腹を引き締めように従いまして、お腹周りの3つの筋肉にびりびり効くアーサナの連続。筋トレとは違って、回数は多くても5回。それなのに効きます。じわじわっとお腹回りが温かくなり、全身の血流が勢いよく循環しているのがわかります。あーそれにしても、このYOGA教室が終わった後の心地よい、気持ちの良い疲れは病みつきになりそう。でもやっぱり身体がちょこっと疲れているのかなぁ最後のシャーバーアーサナー(屍のポーズ)の時はYOGAマットに全身がぴったんこくっつき、深い思考停止状態に陥ってました。気をつけよう、夏バテはなかなか手強いぞ。おまけ珍しく、機嫌のよい弟が「姉貴、護身術教えたろか」と、のたまう。やっこさんは、少林寺拳法を習っていて段とやらを持っているらしい。とりあえず、腕を掴まれた時にどう対処すればよいか教えてもらった。(1)掴まれた腕の小指側に手を回すと、相手の関節が曲がるので 手を離される。(2)そこですかさず、グーでもパーでもいいから 相手の眉間を狙って、パンチ(3)怯んだ隙に逃げる だ、そう。 出来れば使わずに済みますように・… 回し蹴りが出来るようになれば、完璧とまで言われた。 おいおい…
2006.08.24
半年ぶりに大学時代の友達と京都で会いました。 久しぶりの再会なので、ちょっと奮発して 二条城近くの野菜が美味しいと評判のイタリア料理店へ。 結婚したり、赤ちゃんが出来たり、仕事で転勤に なったりと、みんな状況はそれぞれ見事に違う。 学生時代はほぼみんな横並びだったのに いつからこれほど違ってきたのかなぁ、とちょっと 胸中複雑。 一番気になったのは、結婚して仕事をやめて 赤ちゃんが出来た友人。 出会いから結婚までが半年というスピード結婚だったので 婚約していた時は見えなかった、旦那さんの性格、気性が 徐々に見え始め、ちょっと袋小路に迷い込んでいるみたいだった。 第三者の私がとやかく言える事ではないけれど 結婚ってそもそも全く違った環境で育ってきた2人が 1つの家庭を持って、生活するのだから 違いが出てきて当然だし、その違いを埋める為に 工夫し、お互い歩みより、時には妥協し 時には喧嘩しながら作っていくものだと思う。 今は向かい風で、つらい状況かもしれないけれど いつか追い風になる事を信じて、頑張ってほしい と心から思いました。 あ、お料理は野菜がとっても美味しかったです。 メインのお魚料理はブルーベリーとバルサミコ酢を 使ったポアレで、取り合わせが目新しく、 焼き加減も文句無し! お店は、男性2人で料理から接客までこなしているので それほど広くはありませんが 活気があふれて、とても良い雰囲気でした。 2人が活き活きと動き回っている姿を見ていると なんだか元気、パワーをもらったみたい。 同窓会は、伊勢丹 京都の「都路里」に席を移しまして 夕方まで大いに盛り上がりました。 あ、ここのわらびもちは絶品です。 一度お試しあれ!
2006.08.19
8月のお茶室は暑い。 汗がしたたり落ちるぐらい暑いのに、 点てるお湯がシュンシュンと 沸いていると、茶筅通しをした後に 3回手の中で夏用の薄手のお茶碗を回す 時はお湯の熱さが直に伝わり、お茶碗を取り落としそうになる。 クーラーは勿論なく、扇風機が1台回っているだけ。 物理的な涼しさは得られないけれど、視覚の涼しさにたよる。 今日のお菓子は、岩の上をさらさら流れる 清流の上に青々とした紅葉が 1枚はらりと落ちた、その静寂、涼しさを現したもの。 床の間には先週から引き続き、墨絵の滝の絵。 想像力を駆使し、自分が今山の奥深くの清流の 前にいるのだ、と思えば、ちょこっと涼しく感じられた、かな。 実は、一度だけ本当の滝の側で野点をした事がある。 春日山の原生林を歩いていて、その途中の 滝の側で、お茶を点てた。 竹筒に入った水羊羹と一緒に頂いた。 滝が音を立てて、どうどうと流れる側で マイナスイオンのシャワーを浴びながら 熱いお茶を一服。 10人分ぐらい点てて、へとへとだったけれど 楽しかったなぁ。
2006.08.13
近くのカフェでお気に入りのヘーゼルナッツのラテを 飲みながら、のんびりと過ごしていた時のこと。 読んでいた本からふっと何気なく目を上げて 近くに見える信貴山を見ると、なんだか緑がいつもより 濃い。 そして空も今までのちょっと白みがかった夏の空から 黄色みがかかった澄んだ秋の空に変わっていた。 空気が澄んで、見る景色に透明感を感じる。 そよと、時折吹く風にも、ほんの少しだけひんやりした 涼しさが含まれる。 夏の終わりに感じる、胸に迫る独特の 郷愁感が早々とこみあげてくる。 まだまだ残暑が厳しい(特に大阪は!)のだろうけれど 案外今年の秋は見えない所にもう少しずつ姿を 現し始めたのかもしれない。
2006.08.12
連日37度の暑い日々が大阪では続いています。 お盆休みに何処へも行くあてがない、極楽蜻蛉といたしまして 何とか暑さを忘れるべく、美術館へ。 今日は9月半ばまで開催中の 「大アンコールワット展」 カンボジアの鬱蒼としたジャングルの奥地に 位置する世界遺産 アンコールワット。 9世紀のクメー朝を中心とした石像がずらずらと 一堂に並んでおります。 石像は歴史の波を受け、刻一刻と変化しています。 7,8世紀はまだ仏教の影響が大きい時代だった 故に、日本の飛鳥朝の時代の仏像に見られるような お釈迦様を表した石像が多いです。 耳が大きく垂れ下がり(これはお釈迦様が王子時代に 高価な耳飾りを着けていた名残)、まるで眠っているかのような 静かで、深い精神力を感じさせるアーモンド型の すっとした切れ長の目、アルカイックスマイルと 呼ばれる口元に浮かぶ静かな微笑。 9世紀以降は、ヒンズー教の影響を大きく受け 石像にシバ神が登場します。 仏像も大きく目を見開いた、躍動感のある 石像になってきます。 一連の仏像を目のあたりにして、思ったのは クメール朝なり、何朝なり、このアジアの地域は 異文化に対して、相反する事なく 自然に、懐広く受け入れる、そんなおおらかさのある ゆったりとした地域だったのですね。 これと対象なのが、今現在日に日に情勢が激しくなる レバノンとイスラエル。 一神教と多神教の違いがあるとは言え 双方に異文化、宗教を認めあう寛容さがあれば 古代から連綿と続くこの争いは起こらなかったと思います。 そして、もう1つは気候。 森に囲まれた、穏やかな温帯気候の地域と 木々があまりない、厳しい砂漠気候の地域は 人の気性までも変えてしまうのでしょうか。 深い森に守られるように、アンコールワットの遺跡は 長い間原住民以外の目に触れられませんでした。 近代になり、その眠りの扉を初めて開いた、フランスの 学者(探検家だったかな)の驚き、感動はいかばかりだったでしょうね。
2006.08.11
初めてマンマ・ミーアの広告を見たのは2回目のNY。白いドレスを着た女の人の幸せそうな笑顔。とても見たかったけれど、演劇好きの友達と一緒だった為却下されて、思うこと数年。。。あれよあれよと言う間に、大阪に四季の劇場が出来、しかもその柿落とし公演がこの「マンマ・ミーア!」だった。なかなかチケットが手に入らず、半年。今日見てきました。最高!楽しい~!席が前から2列目という、とっても良い位置で見ることが出来たのも大きい。舞台はギリシアのとある漁村。明日に結婚式を控えた、ソフィーが父親と思われる3人の男性を母の昔の日記から探し出し結婚式に招待する手紙を送る。その後、友達、婚約者を含めて、どたばた喜劇が展開される。見物はソフィーの母であるドナ、ターニャ、ロジーの3人が繰り広げる「Dancing Queen」でしょうか。若さだけが女の取柄じゃないのよ、年をとってもこんなパワフルな(少々スタミナが切れるが)私達を見てよ!と言わんばかりの、派手なパフォーマンスを繰り広げます。今回は夏休みと言うこともあり、おまけのアンコールが増え最後は観客総立ちで、みんなでDancing Queenを踊ってました。狭いからって、通路で踊っていた人もいたぐらい。千秋楽は来年の2月。もう一度それまでに、見に行きます、必ず!-----------------------------------おまけ、興奮が冷めやらないうちに、YOGAの時間へ。。心配、無用です。口では集中できないかも、と言ってたけどマットの上にのったら、YOGGINIに変身!今日もハードだったけど、身体が一層引き締まりました。最近服のサイズが……9から7へ近づきつつある、さすがにこれはちと困る。
2006.08.10
どなた様もこなた様も しばしお別れでございます。 会社のお盆休みで来週水曜日までお休み。 旅行の予定は無いけれど、毎日何かしら やる事、やりたい事がいっぱい! 充実したお休みになりそうです。 それでは皆様、よい夏を!
2006.08.09
世界に数ある名高い美術館の中でも質・量共に 屈指の絵画コレクションを持つプラド美術館展が 大阪にやってきた。 強烈な光と影、ブルボン王朝、ハプスブルク、ローマ帝国、 イスラム帝国など歴史の流れにおいて、異なる文化が 入り乱れ、数々の名品が生まれ、大輪の花を咲かせた。 私が大好きな日本画家 須田国太郎も プラドを見て、深い深い感銘を受けたそうだ。 朝、9時15分。美術館前に到着。 大阪市立美術館は、天王寺公園の中にある。 この時点で待っている人々10名。 ふむふむ、これはゆったり見られそうと期待に胸膨らむ。 大阪市立美術館は、これまた由緒のある建物で 建築物としても、美しい建物です。(ちと古いが) 階段とか、柱、そしてホールに輝くシャンデリアに ご注目下さい。 では、今回の私のお眼鏡にかなった作品をいくつか紹介しますね。 「王女イサベル・クララ・エウヘニアとカタリナ・ミカエラ」 今回の美術展の第一番目に展示されていました。 7~8歳になる2人の王女の肖像画。 まだ幼い年齢なのに、皇妃としての血が否応なくそうさせるのか 大人びていて、静かな威厳がありました。 ドレスや、宝飾品も暗めの色彩で描かれていましたが、華があって とても綺麗な絵でした。 「十字架を抱くキリスト」 エル・グレコ作 エル・グレコは見る者に強烈な印象を与える宗教画を描きます。 今回の作品は、ゴルゴダの丘に向かうキリストが そっと自分がこれからこれから張りつけるにされる十字架を 抱き、天を仰ぐ姿。 ワイン色の衣装に真っ青なマント。赤と青そして、その周囲の ざわめくような空との対比が強烈。 「ハンガリー王妃マリア・デ・アウストリア」 今回の美術館のチケットの絵になった絵画。 いずれ政略結婚の道具とされる、王女の姿をせめて 絵画に留めておこうとして描かれた。 豪華だけれど、シックな衣装・宝飾品に身を包んだ王女様。 明るいブルネットの髪に透き通るような白い肌。 そして、その目は落ち着いた、静かな輝きをたたえている。 絵の色調は暗めだけれど、なぜか印象深く いつまでも前に佇んで眺めていました。 「果実を取る子供達」 「ビリャフランカ侯爵夫人マリア・トマサ・デ・パラフォックス」 美の革命家とも言われるゴヤの作品が今回7点展示されています。 果実を取る子供達の作品は、明るい色彩で描かれており 愛らしく、幸福感に溢れています。 ビリャンカ侯爵夫人は、読書をする侯爵夫人が描かれているのですが この侯爵夫人は控えめだけれど静かな存在感を放つ人です。 鮮やかな黄色と白のドレスが綺麗でしたね。 大家と呼ばれる画家の作品が列挙されて展示されていた今回の 展覧会は見所満載でした。 これはいつかプラド美術館、スペインを訪れて じっくり鑑賞したい。 これからは、気になる美術展が目白押し。 忙しいけれど、楽しみな時期です♪
2006.08.07
一歩外に出ると、熱風が全身を襲いほんの数歩歩めば 汗が流れ、皮膚がちりちり焼けているのが感じられる 今日この頃いかがお過ごしでしょうか。 例え建物の中であり、夏をむねとし建てられた 日本が世界に誇るお茶室であっても 暑いものは暑い!って事で この時期のお茶は最小限の道具で点てられる。 「盆手前」 まぁるい大きなお盆にお茶碗と棗を乗せ 風炉は従来のものより一回り小さくなり その上でシュンシュンと湯気を立てているのは 鉄瓶。 柄杓なし、お釜なし。 野点に近い、簡素な盛夏用のお手前。 お茶碗もお湯が冷めやすいように、そして 見た目も軽く涼しいように浅い薄手のお茶碗。 掛け軸は滝がどうどうと流れ落ちる墨絵に変わり お花は魚篭に。 お菓子は、冷たい清流に生える水苔を思わせる 緑色のガラスの切り子模様の丸い器に。 今日のお菓子は、あたくしが予言した通り 葛焼きでございました。万歳! 家に帰って、冬瓜をせっせと炊く。 これぞ盛夏の旬ですね。 深い翡翠色に似た皮を分厚く切って お湯でゆで、その後御出汁と干し海老を入れて ことこと炊く。 ある程度煮詰まったら、火を止めて葛を入れ 食べる時におろし生姜をのせる。 冷たくして食べると、美味しいんだな、これが。 お店やデパチカでも売っているけど やっぱり家で自分で作るのが一番美味しい。 なので、くいしんぼな私は暑さに耐へて 台所に立つ日々が当分続きそうです。 食欲は「暑さ」にも勝る、です。
2006.08.05
今、池澤夏樹さんの「異国の客」という小説を読んでいる。 図書館で旅に関する情報を集めていた時に 何の気なしに、カウンターに置かれていたのをたまたま手にした。 フランスの印象派の村で有名なフォンテーヌブローに 家族で移住し、四季折々の日々の出来事から 日本、欧州、そして世界で起こる事件、出来事に対する 見解など、実に幅広い内容になっている。 読み進めていくうちに、私の世界に対する視線が 少しずつ厚みのあるものになってきたように思える。 今まで右から左へとすーっと通り抜けていった 出来事が突然くっきりとした形を見せてきた。 例えば、フランスで大きな宗教論争を巻き起こした 「イスラム教徒の学校でのスカーフ着用禁止」の問題。 「自由・博愛・平等」を理念に掲げるフランスという國が どうして公共の場である学校でイスラム教徒の女子生徒の スカーフの着用を禁止したのか、ずっと不思議に思っていた。 その疑問がようやく解けた。 学校という公共の場でイスラム教徒のシンボルでもあるスカーフを 着用するという事は、イスラムと非イスラム (この言い方は適切ではないかもしれないけど)を はっきりと線引きしてしまう事になり、「自由・平等」ではない。 それ故に個人の宗教の自由云々よりも、公共の場での 自由に重きを置く。 後は「国境」という問題について。 四方八方を国に囲まれたフランス、他の西欧、東欧諸国 それに対して周囲を海に囲まれた島国国家イギリス アメリカ、そして日本の国境に対するスタンス 他国、世界との関わりについて。 (アメリカはカナダ、メキシコと地続きだけれど あの国は理念的に島国だ) ロシアの小学校で起こったチェチェンの武装勢力による 小学校占領事件を覚えているだろうか。 あの時、私達はどんな想いでこの事件を見つめていたのか。 悲惨な事件だけれど、あくまでも遠い異国での 出来事と思っていただろう。 けれども、フランスにいた池澤さんは違った。 ロシアとフランスは、国境をいくつもいくつも越えて 最終的に地続きだ。 だからこの事件を自分のいる場所からそう遠くではない 近くの出来事として捉えられた。 日本にいると、世界で起こりうる事件は余程の事が 無い限り、対岸の出来事と捉えてしまう。 この本を読んで感じたのは、世界を見る自分の 視線が薄く、短絡的なものだったかという事。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・ 内容は、勿論堅いものばかりではなく フォンテーヌブローにおける暮らしの楽しみや 季節の行事など、フランスの豊かな社会生活についての 話も満載。 特にマルシェの話の箇所など、楽しく、心奪われる美味しそうな 食べ物の話がたくさん出てきて矢も立てもたまらず 飛んで行きたくなった。 「フランス」 かつて訪れた時は、もう浮かれて浮かれて 完全なお上りさんだったので、その文化・社会の 深さなんてのは感じられなかった。 次に訪れた時には、ちらとその一部が見られるかな。 wrote:
2006.08.04
空全体が淡いブルーグレーの色から、上の部分が菫色に そして下の部分が段々と濃いチェリー色に染まっていく。 夏の夕暮れのほんの10分の短い時間で 空の色が刻一刻と変化していく。 それはまるで目に見えない天上の画家が 空いっぱいのパレットの中で色を作り出しているみたい。 次から次へと画家がパレットの上で 混ぜ合わされた色が空に映し出されていく。 そして、夜の帳の色、深い墨色が 細い銀色の三日月の一筋を残して 天空全体にさあっと散らされるのだ。
2006.08.01
去年は見るも無惨だった私の肌は 今やほぼ完全に元の滑らかな肌に戻った。 でも、気候は安定していても 汗、紫外線の影響などちょっとした事で 赤くなったり、ぽちっと出来物が出来る。 危ない、危ない。 なのでお風呂上がりには、季節を問わず ATPリピッドジェルを塗って、しっかり保湿。 特に乾燥しやすい手、足を特に重点的に。 夏はべとつきを嫌って、塗らない人も多いけれど 冷房、紫外線など冬と同じぐらい肌は乾燥しているので 夏もしっかり保湿ケアをしましょう!!
2006.07.31
「ひつまぶし」 この鰻丼でもない、蒲焼きでも、蒸し焼きでもない 全く未知なるもの。 食し方は以下の通り。 ひつまぶしが運ばれて来ます。 大きさは、小玉の西瓜を半分にしたような 木の松ぼっくりに似た丼にぎっちりぎっちり御飯と 細かく切られた鰻が入っております。 勿論たれもたっぷり。 一緒に付いてきた木のおしゃもじで御飯を十字に切ります。 一膳目はそのまま 二膳目は、お葱、山葵、刻み海苔を適宜にかけて 三膳目は薬味をお好みでかけ、白湯をかけてお茶漬けにして 四膳目は、自分の好きな食べ方で お茶碗にして軽く4杯はありそうな ボリュームなのですが、3通りの味を楽しめる為か 飽きる事なく、最後まで楽しく食べられます。 でもこの見事なボリューム、期待を裏切らず お昼食べてから、夜8時までいっこうにお腹が 減らなかった。恐るべし! 関東と関西の中間地点で花開いた 異端児 名古屋の食文化。 関西人の私の目からその食模様は ちょっと奇妙な物に映るけれど、美味しいもんは 美味しいね。 今度は、お腹いっぱいで食べられなかったけれど 小倉トーストなるものを食べてみたい。 あ、勿論熱田神宮にはちゃんと お参りに行きました!
2006.07.30
出来ました。とうとと、出来ました。YOGAの一番基本となるアーサナで長い間出来なかった「蓮の花」のポーズ。蓮の花のポーズとは(1)右ひざを折り曲げ、左ももの上に乗せる。(2)右手で左足を引き寄せる(3)左足を右ももの上にたった3行で終わりなんだけど、出来なかったんだな、これが。足首や膝の関節が堅いと出来ません。蓮華座が出来るようになったら、次は両手を背中で組んで息を吐きながら、ゆっくりと上半身を曲げ、頭を大地に降ろしていきます。これが、YOGAのシンボルとも言われる「ヨーガ・ムードラー」これを行うと、腹部の脂肪がなくなり、身体に柔軟性を取り戻す効果があると言われています。頭は自然に下げていく事。無理やり下げては、身体を痛めるだけです。稲穂が自然に垂れていくのをイメージしながら・・・・・まだまだYOGAは深い。
2006.07.29
普段TVを真剣に見るのは、天気予報ぐらいなのだけれど唯一楽しみにしているのが毎週木曜日22時からNHKで放送されている「プロフェッショナル 仕事の流儀」一流と呼ばれている、様々な職業に携わる人に密着し、色々な角度からその人の仕事に対する真摯な姿勢、心構えのようなものを探っていく。各プロフェッショナルの仕事に対する思い取り組みは様々だけれど、共通点がいくつか。そのうちの1つ。「逆境にこそ人は伸びる」困難に直面した時、ありとあらゆる手を使い果たし八方塞がりになったとしても、最後の最後まで自分、もしくは部下を信じ、手を尽くす。そしてわずかな隙間から漏れた一筋の光を逃さずきっちり掴み、乗り越える。今日のプロフェッショナルは、嵐山 吉兆の総料理長 徳岡邦夫さん吉兆。日本料理の最高峰。嵐山店と言えば、かねがね色々な噂を聞いていたけれど一体どんなお店なのか、どんな料理が出てくるのか興味津々だった。出てくる料理の豪華さ、素晴らしさにため息の連続。(牛蒡の御飯とか、鮑の肝蒸し、etc)部屋の調度品だとか、使っている器も素晴らしい。単に高価な食材を使うだけでなく、旬を考えお客様の喜ぶ事は何かを考えつくし、隅々まで心をくだく。時にはこっそりお客の歓談している部屋の陰から立ち聞きをして、お客の反応や好みを探る。じーっと聞き耳をたてて、様子を伺う徳岡さん。お客様をどうやって喜ばせ、楽しませ、満足させるかひたすらこれらの事に心をくだく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5月下旬。イタリアのスローフード運動の提唱者であり美食家の友人と、その大切なお客様をもてなそうとする。けれども時期が春と夏の端境で野菜や魚に旬の物がない。どんな献立にすればいいのか、ホワイトボードの前を陣取り、ひたすら考え続ける徳岡さん。しかもせっぱ詰まっている時に限り、中国政府関係者の40人の晩餐会という大仕事が入る。考えに考え抜いて、料理法を工夫し5年前に友人をもてなした際に出した鮑の肝蒸しをもう一度出し、その通の食べ方を友人からお客様に紹介してもらうという方法を取った。結果は勿論両方大成功。最後の最後まで考え抜いて、お客に料理を作る姿には本当に感動しました。印象に残った言葉:吉兆の創業者湯木貞一さんの「工夫して心くだくる思いには、花鳥風月、みな料理なり」。
2006.07.27
まっすぐな瞳を探して 僕は長い旅に出る 一瞬の輝きに出会えると信じて ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ HP「たびそら」、写真集「アジアの瞳」、「素顔のアジア」 そして今年の8月に「美少女の輝き」「子供達の笑顔」の写真集を 同時に出される三井さんの写真展に行ってきました。 スチール写真で80点ばかり。 見覚えのある写真ばかりだけれど、スチール写真だと 色がより鮮明で、写真の風景、一瞬の間がすぱっと 鋭いナイフで切り取られたかのようにくっきりと それでいてみずみずしい感じがする。 三井さんが”その一瞬”をしっかり捉えて 印象的な眼差しを向ける少年、少女の写真は 勿論大好きだけれど、添えられている文章が 胸をうつ。 この場所で、実際その土地の空気を吸って、風を 感じて、人々の声を聞いた人でしかないと書けないだろうなと 思った。 「守るべきもの」「母の腕の中」そして「津波の跡」 何回もBLOGや本で見たはずなのに、思わず涙ぐむ。 三井さんの写真の腕が確かだということもあるのだけれど 写されているアジアの子供達の笑顔が 本当に綺麗で、深い。 顔の造作の問題ではなく、なんというか「大地に根を生やして 生きてる」、確かな存在感、重みのようなものが感じられる。 三井さんは、どこまでいくのだろう。 急いでいたので、ちらとしか姿を見られなかった けれど、3年前に会った時の顔よりなんだか 穏やかな、落ち着いた雰囲気になられていた。 wrote:
2006.07.23
祇園祭りが終わったのに、関西では一向に梅雨が 明ける気配がない。 ほとんど毎日、しかも、たたきつけるような雨が 降り続く。 お日様はときたま気まぐれに顔を出し、弱々しい 夏の光をちらと投げかける。 その束の間の日の射す間を狙って、衣類から 寝具まで一斉に洗濯洗濯。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 夏らしい夏の声が聞こえてこないけれど 暦の上では、只今夏真っ盛り。 暦に合わせて、お茶のお道具、お菓子も盛夏用に 週を追う毎に変わっていく。 水指が飴色の釣瓶(つるべ)水指から、ヨーロッパの 地中海の夏を思わせるデルフト焼きの水指に、 更に暑くなると、明治、大正時代の硝子の水指へと 変わる。 お菓子器も、灰色の陶器から、これまたグレーの シンプルなカットのガラスに。 蓋置きは、深い森を思わせる緑色のガラスの蓋置きに。 主菓子が、笹に包まれた麩饅頭(七夕)から、 木槿の花を見立てたきんとんへ 次回は葛焼きぐらいかと予想してるのだけれど。 (くいしんぼ万歳) お花も半夏生、紫陽花、から木槿、夕顔などに 変わった。 ね、例え天候が暦通りではなくても どこかで、盛夏の訪れを感じているのか 確実に目に見える形で時間が過ぎていっているのが わかる。 地上でずっと雨が降り続いていても、厚い雲の上には きっとどこまでも晴れ渡った真夏の青空が広がって いるのだろうな。 本日のお茶: お濃茶(茶筅飾り)←1歩進級! 主菓子 : きんとん(鶴屋八幡) 本日のお花; フェンネル(うぃきょう)・鉄砲百合・ピペリカム 投げ入れ
2006.07.22
雨が降ったり、やんだりの何かとうっとおしいこの時期。 庭の睡蓮がぼちぼち咲き始めます。 我が家の小さな小さな水瓶のお池に 淡いレモンイエローの睡蓮が朝早くから 静かに花開いています。 ちょっとした小休止時に、美しく咲いている この優雅な睡蓮達を見ると本当に心がやすらぎます。 めだか達が睡蓮の濃い緑色の葉の陰をすすーっと泳いでいます。 モネの「睡蓮」の絵画を始めとし、睡蓮は 西洋画に多く目にする事が出来ます。 それに対し、仏教画、日本画で多く取り上げられるのが 「蓮」。 蓮華座という言葉があるように、仏教には切っても 切り離せないお花です。 さてこの蓮。 何年も前から母がずーっと丹精こめて育てているのですが 成長はするものの、一向に花が開かないのです。 睡蓮が繊細な、細い線で丹念に彫り上げられたような花なのに 対し、蓮はごつごつとした木彫りの一刀彫で ぽっくり彫り上げられたような感じがします。 ご近所に新しく出来たカフェーで一杯飲んだ帰り 筋を隔てた家の前で突然私の前を歩いていた母が立ち止まりました。 「ね、あの蓮の花もう咲きそうよね。」 へ、こんなご近所に蓮なんてあったっけ?と半信半疑で 母の指さす方へ視線をやると そこには風にゆらゆらと揺れる、蓮の大きな葉の群生がありました。 そしてその群生の間からあの優雅な桃色の蕾が あちらこちらに姿を見せています。 そして一番高い所にある蕾は、グレープフルーツ大の 大きなものでした。 ご近所さんの古い平屋の軒先に、静かにひっそりと 仏様のお花は咲いていました。 それにしてもなんと大きな蕾だこと! 咲くときは、きっと「ぽん!ぽん!」と大きな音が しただろうな。
2006.07.08
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