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“Baby, It’s Cold Outside (外は寒いよ)” by Sammy Davis JR. & Carmen McRae 1957 肩のコブですが、昨日MRIの結果説明を聞いてきました。正体は「脂肪腫」だろうということで、来月の下旬に手術が決まりました。 コブが骨などには影響を与えていないだろうということがMRIからわかったようですが、何しろ大きいので、取り除くのに時間もかかりそうで、全身麻酔の必要もあり、結構大がかりなものになるとのこと。したがって、入院は必須で、短くて3日、長ければ1週間くらいは覚悟が必要とのことでした。 今年の初めにシャント修復手術をしてから、ほぼ1年。今度はコブ除去の手術で、毎年のようにメスが入りますが、これらのおかげで元の体型に近くなるのだったら文句はありませんし、むしろ近代医学に感謝です。 ただ、これらとは違う点で、老化は進んでいると感じる今日この頃。 ちょっとラジオ体操しても、昔のように目一杯体を反らせたりできず、ちょっと首を回したりするだけで、あちらこちらが痛い。しかもその痛みは持続しているから湿布薬が必要になり、湿布薬が効かなくなると痛みが戻り、また湿布薬を貼る。こうして体のあちこちに湿布薬が貼ってあって、まるでパッチワークやキルトのようになってしまうこともある。さすがにそれはないか。↑さすがに誇張しすぎでしょうか。 17日にコスモスに行ってきました。 ファミリーバンドが出たり、いつものメンバーとセッションがあったり、バラエティーに富んだクリスマスパーティー風のライブで、久しぶりにドラムを叩きました。 翌日から首や腰を中心に体の節々が時折痛む。あ、これはドラムを叩いたせいかと、思った時にはもう遅い。 そんなこんなで迎えるクリスマス。そして新年。無事に乗り切った暁には、運動不足解消の何かを導入することをしましょうね。 では、メリークリスマス。 ********** クリスマスの時期になるとよく聴かれる『外は寒いよ(Baby, It’s Cold Outside)』という歌は、若い頃サミー・デイビス・ジュニアと女の人のデュエットでよくラジオから流れていたので覚えた歌ですが、相手の女の人がカーメン・マックレーと知ったのは大人になってから。 このふたりの組み合わせがやはりこの歌には一番ふさわしいかしらね。・・・と言いながら、アン・マーグレットとアル・ハートも捨てがたい。他にもいろいろいるしなぁ。皆さんは誰のやつが好きでしょうかね。 “Baby, It’s Cold Outside (外は寒いよ)” by Sammy Davis JR. & Carmen McRae 1957 ********** 12月17日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. White Christmas (ビーチ・ボーイズ) 2. 悲しき北風 (カスケーズ) 3. 外は寒いよ (Sammy Davis JR. & Carmen McRae) 4. 心を繋ぐ6ペンス (サウンドトラック) 5. Try to Remember (Josh Groban) 6. 若葉の頃 (ビー・ジーズ) 7. Trains and Boats and Planes (Billy J. Kramer with Dakotas) 8. Trains and Boats and Planes (Dianne Warwick) 9. 悲しみのジェットプレーン (Peter, Paul and Mary) リクエスト曲は、5.酋長Kobaさん。6.みんみんさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.はビーチ・ボーイズのホワイトクリスマス。2.は寒くなると必ず聴きたくなる曲。3.は「今月の歌 Baby, It’s Cold Outside」僕の若い頃にラジオからよく聞こえてきたのはこの人たちの歌でした。4.はこの日がトミー・スティールの誕生日(1936.12.17生,86歳)で。7.~9.はこの日が「ライト兄弟の日」で飛行機関連の歌を。9.&10.は聴き比べ。 以上、次回もよろしく。
2022.12.21
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“Basin Street Blues” by Dr. John 1992 (Original: 1926) 6月6日、ドクター・ジョンが亡くなりました。77歳でした。 自身の演奏が素晴らしかったのはもちろんのこと、様々なジャンルのミュージシャンのバックでの演奏や共演が多く残され、彼の人柄や人望の厚さが偲ばれます。 また、その独特な声と歌い方は、サッチモ同様、誰が聴いてもすぐにそれとわかる、ドクター・ジョンならではのものだった。 こういう個性丸出しのミュージシャンが、だんだんいなくなるのは本当に寂しい。 これも時代なのかなあ。 手元に1992年の “Goin’ Back to New Orleans” というアルバムがある。 ジャケットに写っているドクター・ジョンの 過度の装飾を施したいでたちはともかく、その内容はといえば、集大成的ないろんなサウンドが散りばめられているが、多くは文字通り彼の原点である「ニューオールリンズ・サウンドに回帰」して、思う存分ピアノを打ち鳴らし、歌いまくっているのだ。 以前WOWOWで見たマーキーでのライブが、ちょうどこのアルバムでやっているようなものだったので、その頃の画像なのだろう。あとで調べてみますが。 ここでは、デキシーランドジャズ・スタイルの編成でやっている曲も多いけれど、その個性豊かに自由に動くピアノの音と歌は、とても古いデキシーランドジャズという狭い枠に嵌めることはできない。 一言で言うと、大変「生き生き」している。こういうのがやりたかったんだなあという、楽しい雰囲気に溢れています。 77歳だから仕方ないとは言え、惜しい人を亡くしました。ご冥福をお祈りします。 “Basin Street Blues” by Dr. John 1992 ********** 6月8日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. ダイヤモンドヘッド (ベンチャーズ) 2. イエスタデー (ビートルズ) 3. Good Clean Fun (モンキーズ) 4. I’m Your Hoochie Coochie Man (Muddy Waters) 5. Basin Street Blues (Dr. John) 6. Loan Me a Dime (ボズ・スキャグス) 7. レモンのキッス 8. 肩にもたれて 9. 戦場に消えたジョニー (以上、ナンシーシナトラ) リクエスト曲は、1.伊原のトムさん。2.みーつさん。3.ミスター・コーラさん。4.の座波ソーメンさん。ありがとうございます。 他は、すべて穴沢選曲です。5.は、追悼:ドクター・ジョン!6.は、この日がボズ・スキャグスの誕生日で(1944.6.8生,75歳)。7.~9.は、ナンシーシナトラがこの日誕生日で(1940.6.8.生,79歳)、Happy Birthday! 因みに、9.は、PPMでおなじみの “Cruel War (悲惨な戦争)” ですよ。何しろ6月ですからね。 以上、お聴きいただきありがとうございました。では。
2019.06.14
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みなさん、きのうはビックリさせて申し訳ありませんでした。いまだに『思い出のサニービート』は信じられないと思っている人も多いことでしょう。滑稽といえば滑稽ですが、よく考えてみると、これだって一生懸命考えてこの邦題をつけた人がいるんだと言うことに気づいたんです。ひょっとしたらこれを読んでいないとも限らない。でも、敢えて言わせてもらえば、やっぱりこの邦題は失敗でしたね。(笑) ******************** 今日はまず、どうしてこんな邦題が付いてしまったのか、僕なりに推測してみようと思う。おそらく邦題を付けるからには、それなりの根拠があっただろうから。 まず手がかりになるのは歌詞だろう。冒頭の2行を......。♪ From the mountain tops down to the sunny streets A different drum is playing a different kind of beat 山の峰々から陽の当たる通りまで いつもと違うドラムが変わったビートを刻んでいる 1行目に "sunny" 2行目に "beat"、だから『...サニー・ビート』。推測の域を出ないが、これで決定してしまったのではないだろうか。もしそうだとすると、あまりにも安易。とても一生懸命考えたとは思えないなあ。 ここでみなさんにご忠告申し上げておきたい。時には歌詞カードほど当てにならないモノはないということを......。特に日本盤だけに付いている歌詞カードには、ひどい間違いが発見されることが多いですよ。既に体験している人も多いでしょうね。 この "oblivious" も、英国盤の歌詞カードは、1箇所 "and" のところを "ahd" という誤植があったが、それ以外は全く問題ないのに対し、その後 87年に日本盤で発売された CD では、"obvious" のところを "oblivious" と印刷してしまったから大変。あとの日本語訳で決定的な誤訳を招く結果となった。オリジナルの歌詞カードを参考にしたようなので、このようなミスは、はなはだ残念だ。 つまり日本盤の CD を持っている人は、サビの歌詞を次のように直して、訳は僕の方を信じてください。下手だけど。(笑)♪ I hear your steps in the street It won’t be long before we meet It’s obvious Just count me in and count me out and I’ll be waiting for the shout Oblivious 通りを歩く君の足音が聞こえる 僕たちがもうすぐ逢うのは 明らかだね 僕のことは当てにしてもしなくてもいい 僕は待っているから 「覚えてない」と叫ぶのを ちょっと見ただけで、3行目の obvious と6行目の Oblivious というよく似た単語を意図的に配置して、更に韻を踏ませているのがわかる。しかも3行目がもし "It’s oblivious" だったら、意味不明になってしまうではないか。 ああ、それにしても "oblivious" という曲は、ギター・ソロが実にかっこいい。文字通り「かきむしる」という感じでありながら、繊細さと大胆さを併せ持ったユニークでメロディアスなフレーズは、若き日のロディ・フレームならではだ。 "oblivious" で、これはまさにロディ・フレームならではだと思うことがもう一つある。それは oblivious という言葉だ。およそそれまでのポップスで使われたことのないと思われるこの単語を、大胆にしかもタイトルにも使っていながら、決して違和感を抱かせることもない。 この "oblivious" を初めとする初期の aztec camera の一連のシングル盤、あるいはこれらの曲の入った "high land,hard rain" というアルバムで、若きロディの才能は、遺憾なく発揮されているのだ。 2nd アルバム "Knife" で aztec camera がメジャー・シーンに躍り出てから、言い換えれば、目を覆い隠していたロディの長い髪の毛が短くおっ立って、顔が前面に出てからは、「甘さとほろ苦さ」の混ざったあの「英国青春歌謡ぶり」が少し鳴りを潜め、かわりにポップでキャッチーなメロディーとマイク片手に歌いかける「歌手」ロディ・フレームがそこにいた。 もちろんそれがいやだったなどと言うつもりもないし、 "Knife" も好きなアルバムだ。けれど、成長を見守っていた我が子がいつの間にか自分の手を離れて、独り立ちしてゆくような感慨があった。 (文中訳:穴沢)
2003.05.09
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“私を愛して (Car Tu T’en Vas)” by 奥村チヨ 1965 (Original by Sylvie Vartan) 2月18日の “穴沢ジョージの Good Old Music” にお届けした曲は、次の通りです。 1. Time Is on My Side (Irma Thomas) 2. Love (John Lennon) 3. バラ色の人生 (ルイ・アームストロング) 4. Sunday Morning (The Velvet Underground & Nico) 5. オー・ソレ・ミオ (ブルーノ・ヴェントリーニ) 6. 懐かしのチョコレート・コマソン [グリコ・アーモンドチョコレートの歌] [不二家パラソルチョコレート] [明治マーブルチョコレート] [チョコレートは明治] [森永エールチョコレート] 7. ごめんネ…ジロー 8. 私を愛して (奥村チヨ) 9. Green Tambourine (The Lemon Pipers) 10. 雨に消えた初恋 (カウシルズ) 1.2.7.&8.は、この日が誕生日のアーティストにちなんで。1.アーマ・トーマス。2.小野洋子。7.&8.奥村チヨ。Happy Birthday ! 3.~5.は、リクエスト曲。3.座波ソーメンさん。 4.糸満ろまんさん。5.大度のブッチーさん。 9.&10.は、藤村俊二さんを追悼して。ちょうど上京した頃、ビートポップスでよく聴いた曲。 以上。また聴いてくださいね。 ********** ミュージックライフ1965年3月号の記事に「和製バルタン誕生!」の見出しで紹介されていたのが、奥山チヨ。無論、「奥山」は誤りで、本文では奥村チヨになっていますが。 奥村チヨが歌う『私を愛して』の日本語ヴァージョンを初めて耳にした時、歌の上手さと声の素晴らしさに、まだ中学3年生だった僕が魅了されたのは当然でした。そしてこの写真の美しいお姉さんは、弘田三枝子、梓みちよを押しのけて、僕の中でナンバーワンの日本人女性歌手となったのでした。短期間でしたが。その後日本人歌手に興味が失せてしまったので。 しばらくして、『ごめんネ…ジロー』がヒット。最初に感じたのが、なんて良い曲なんだろう。言葉とメロディーが実にマッチしていて、一度で覚えてしまう歌い出し。 日本の歌でこういう感じを受けたのは久しぶりだった。中村八大や宮川泰の曲を初めて聴いた時以来だったなあ。 ・・・などと思い出しているうちに、そういえば『ごめんネ…ジロー』を作曲したのってどういう人なんだ。・・・津野陽二かあ。 とりあえず、うちにある奥村チヨの CD の何曲かを書いているのはわかった。 おっと、『私を愛して』の編曲もそうなのか。 他では名前を見たことがなかったので、ちょっとネットに頼ってみたところ、なるほどそうなのか。 大阪のガーシュウィンなのか。関西のコマソンを随分書いていたんだね。世代的には浪速のモーツァルト、キダタローと同じくらいかしらね。やってることも近いし、二人とも現役っていうのはすごい。若い人には、津野米咲 (つのまいさ) の祖父。 YouTube には大変興味深い2本がありました。津野さんご本人がアップしています。CM3曲目のルックチョコレートは、よく覚えています。他は知らないなあ。信州には民放のテレビ局が一つしかなかった時代だからね。 奥村チヨ・あまり知られていない CM3曲 奥村チヨ 小野薬品リキホルモ 奥村チヨも結局は歌謡曲路線に乗り換えて、いろいろヒット曲もあったようだけど、僕の中ではデビュー曲の『私を愛して』と『ごめんネ…ジロー』の2曲が最高地点でしたね。 そういえば、『ごめんネ…ジロー』みたいに、呼びかけの言葉の後に名前を呼ぶっていうタイトルの曲で、歌い出しも同じっていう曲はあまり思いつかないなあ。 『こんにちは、赤ちゃん』がちょっと似てるかな。ビートルズだと、“Hey, Jude”、ジミヘンだと “Hey, Joe” か。どっちも「ヘイ」ですね。 その意味でも、「ごめんね」と「ジロー」の組み合わせの妙も含めて、この曲はなかなか大したもんだなあ。よく思いついたね。特に「ジロー」・・・。 ひょっとすると、和製バルタン、フランスで勝負するために、フランス語にもある「ジロー」を考えたのかなあ。ほら、イベット・ジロー (Yvette Giraud) とか。あ、これは苗字か。 などと、いろいろ考えているうちに夜は更けてゆきます。 久しぶりにお昼に作ったパスタです。 ハンダマときのことベーコンのパスタです。味付けは、結果和風でした。
2017.02.22
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“Leader of the Pack” by The Shangri-Las 1964 自動車やオートバイの効果音を使った曲といえば、やはりホットロッド・ミュージックが多くなってしまうだろうなあと思って、自分の持っている音源から取り出したら、案の定、オンエアした8曲中5曲が1962年から65年までのホットロッド・ミュージックでした。 我が国では、ロニーとデイトナズの『G.T.O.でぶっとばせ (Little G.T.O)』とホンデルズの『リトル・ホンダ (Little Honda)』の流行った1964年がホットロッド・ミュージックの最も盛り上がった年だったということを、以前に書きました。 (2015年7月26日の日記) それで、ああ、そういえば『G.T.O.でぶっとばせ』の冒頭には、スタート前のエンジンをふかす音が入っていたっけと思って聴き返してみたら、何と!エンジン音ではなく、ドラムソロだった。 この手の勘違いはよくあることで、特に驚くことでもないんですよね。思い込みっていうやつですよ。 自動車やオートバイの音はかなりいろんな曲で使われているとばかり思っていたのは、記憶違い。つい、そう思い込んでしまっていたっていうことだったんですよ。 では、どうしてそんな思い込みが起こるのか。 それは、効果音の印象的な曲があって、その手の曲が皆同じような効果音を使っていると、脳が勝手に思い込んでしまうということなんですね。きっと。 例えば、シャングリラスの『リーダー・オブ・ザ・パック(Leader of the Pack)』って、オートバイの音が入っていて、それが非常に印象に残っいるので、ほかのガール・グループの曲にも同じようにオートバイや車の音が使われていたような錯覚を起こしていませんか。 僕はそのせいで、今回ガール・グループの曲を端から聴きまくってみたんですが、これがなかなか・・・。全然遭遇しません。 “Leader of the Pack” by The Shangri-Las 1964 話は自動車に戻って、ハーブ・アルパートとティファナ・ブラスの『ティファナ・タクシー』ですが、冒頭とエンディングに聴こえるクラクションの音が印象的ですね (途中にも2度「ブーッ」って聴こえますが) 。 ただし、これが本当にタクシーや自動車のクラクションを使った効果音なのかどうかは、実はかなり怪しいような気がします。いわゆる楽器で出せるのではなかろうかということです。特に、途中で2度聴こえる「ブーッ」は、トロンボーンではなかろうか。 う~む、何度か聴いてみたけれど、結論は出ません。 それにしてもこの曲は、文字通り陽気で軽快な曲ですね。こんな感じでタクシーに乗れるのはアメリカ西海岸のサン・ディエゴに近いメキシコの都市ティファナならではですね! “Tijuana Taxi” by Herb Alpert & the Tijuana Brass 1966 ↓かかりつけ薬局の近くの銘木です。大きさがわかりませんね。 ********** 5月29日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。今回の特集は、「効果音特集その4=自動車・オートバイの音」でした。1. 409 (The Beach Boys) 2. Drag City (Jan & Dean) 3. The Last Race (Jack Nitzsche) 4. Geeto Tiger (The Tigers) 5. I’ve Gotta Drive (The Matadors) 6. I’m in Love with My Car (Queen) 7. Teach Your Children (Crosby, Stills, Nash and Young) 8. Speedy Gonzales (Pat Boone) 9. Blue Canary (ダイナ・ショア) 10. ティファナ・タクシー (ハーブ・アルパートとティファナ・ブラス) 11. Leader of the Pack (The Shangri-Las) リクエスト曲は、6.杏さん。7.ミスターコーラさん。8.ウィンカー・ダッソーネさん。9.酋長Kobaさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲。1.~6.と10.&11.が「効果音特集.その4=自動車・オートバイの音」。1.は、1962年元祖ホットロッド・ミュージックのうちの1曲。4(フォー) 0(オー) 9(ナイン)と読みます。排気量 409-cubic-inch-displacement (409立方インチ), つまりメートル法で換算すると、約 6.7リットル=6700 c.c. のコルベットのこと。 以上、次回もよろしく。、次回の効果音特集は「色々な音」です。プチ・フランス特集もやりますよ。
2021.06.02
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“Tintarella di Luna”by Mina 1960 まき~♪さんから頂いた「月」のお題もあと一つになってしまいました。 3つ目の『月がとっても青いから』については、ほとんど同じと解釈させていただいて、同じスタンダード・ナンバーでも、世界的におなじみの「ブルームーン」に置き換えてしまいましたので、ご不満の人もいるかもしれませんね。でも、そういう人は、直接まき~♪さんにお願いして、ご本人に書いていただくように頼んでみてください。 何しろ僕はあの歌に関しては、「♪ 月がとっても青いから~ 遠回りしてか~えろ...」という冒頭のところを覚えているだけで、ほかのことは一切覚えていないんですよ。あ、これ、クイズの答えになっていますね(笑)。誰が歌っていたかも忘れてしまいました。島倉千代子の声と顔が思い浮かぶんですが、どう考えても男性ですよね、この歌詞からすると......。記憶がよみがえりません。 ちょうど『月がとっても青いから』の少し後ぐらいに流行った『月影のナポリ』は、これとは対照的に歌詞も良く覚えています。もちろん日本語訳バージョンの方ですが。「♪ ティンタレーラディルーナ 青いお月さーま...」という具合にね。 あ、少し後ぐらいに流行ったとか書きましたが、『月がとっても青いから』がいつの歌かはよくわからないですから、だいぶ経ってから流行ったのかもしれないです。いや、多分そうです。 (←ここまではもう既に書いてあったもの) **********************(→ここからが今日書いた日記です) ...などとぐずぐず書いているうちに、謎の怪人 alex さんの乱入?に遭い、たちどころにしてすべてが解決してしまいました。菅原都々子とは!こりゃ、相当古いわな。島倉千代子の声と顔が思い浮かんだのも、あながち大間違いというほどでもなかったということでしょうか。♪ 遠回りしてか~えろ...、が男性を連想させたもので、曖昧な記憶に拍車がかかって混乱が生じてしまったのです。どうもすみません。 1. 「ナポリは無関係」 さて『月影のナポリ』ですね。この歌はイタリアの国民的歌手ミーナが歌いましたが、歌詞を眺めていて気づいたことがあるんです。そう、どこにも「ナポリ」が出てこない! これはどういうことでしょう。原題は“Tintarella di Luna”ですから、もちろんナポリとは無関係 (え?“Tintarella di Luna”の意味ですって?...あわててはいけません。あとで話題になりますから...)。 歌詞といっても日本語訳だけを見ているんじゃないのです。ちゃんとイタリアの Yahoo! まで飛んで、正しいイタリア語の歌詞を見つけてきたんですよ。それを見てもナポリは出てきません。 ...でもね、みなさん。こんなことでいちいち目くじら立てていてはいけません。ある程度寛容の精神がなければ、「ポップス道」は極められません。...とか、自分に言い聞かせているようなわけです。とにかく『想い出のサニービート』に比べたら、こんなのはかわいいモンですよ。何しろイタリアの歌だから「ナポリ」という思いつきは、『上を向いて歩こう』が日本の歌だから「スキヤキ」というのと大差ないですから。 それにしてもここでナポリを思いつくというのは、日本人にとっては、イタリア=太陽の国=ナポリというような発想があったのかもしれないと、考えてみたりもします。なにしろスパゲッティ・ナポリタンというものすごいものが、何年間も我が国独自のパスタ料理として君臨していたくらいなので...。 2. 「月焼け?」 ところで、イタリア語の歌詞を読んでみたら、これが驚きの連続なんです。あ...、あらかじめお断りしておきますが、僕のイタリア語というのは辞書がないとどうにもならないという次元のもので、今回も知らない単語や忘れていた単語が合わせて15もありました。それでも一応意味がとれました(たぶん)。 まずタイトルの“Tintarella di Luna”からして、どう説明したらいいか結構難しいんですよ。ちょっと普通のことではないんです。tintarella は「日焼け」のことなんですが、そのあとに di luna と続くと「月による日焼け」なわけで、まあ早い話が「月焼け」の歌だったんです。「月焼け」だなんて、まあこんな日本語はおかしいことは分かっていますが、便宜上使わせてもらいます。 でも、早まってはいけません。alexさんが教えてくださった「赤い月 Luna Rossa」による、日焼けのような「月焼け」じゃないんです。むしろ全く逆で、「白い月明かりを浴びて、白く焼ける」歌なんですよ。 3. 「月は白い」 つまり月は「青」でも「赤」でもなく、白かったんですね。でなくちゃ「月の光を浴びて肌を白く焼く」なんていう発想は生まれません。 ザ・ピーナッツや森山加代子が歌った日本語版ではついていなかったと思うんですが、オリジナルにはヴァースがついていて、その内容は「♪ 肌を赤く焼いて 日光浴をする女の子たちはいるけど 月光浴をする子は一人もいないわね」というもので、え?いったい何のこと?って思わせといて、ここからがすごい。とにかく面白いので1番をちょっと訳してみます。 「♪ 月で肌を焼く 乳白色の月焼け 猫みたいに 毎晩屋根に上って それでもし満月だったら あなたは真っ白になるわ」 ね、なかなか変でしょ。この「猫みたいに 毎晩屋根に上って」のところが、2番では「♪ あなたの肌を白くして 美人の中の美人にする」となっている。 で、例の「♪ ティンティンティンと胸のなる ティンティンティン甘い恋を お月様この両手に」という日本語が当てられたサビは、 「♪ ティンティンティン月の光線が ティンティンティンあなたにキスする この世の誰よりも あなたは真っ白よ」 となっていて、ここでもやはり日本語訳はイタリア語の歌詞を全く参考にしていないことがわかります。 ま、そんなわけで今回は久しぶりに、イタリア語の勉強をしてしまいました。 (文中訳:穴沢)
2003.09.21
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“Danny Boy”by Sinead O'Connor 1997 『ダニー・ボーイ』について、僕は長年誤解をしていました。まずはそのあたりのことから……。1.『ロンドンデリーの歌』が先だった いや、『ロンドンデリーの歌 (The Londonderry Air)』が先というのは間違っていませんがね。 小学生になった頃かそれ以前だったか記憶にはないですが、僕は物心ついた頃から『ロンドンデリーの歌』を知っていました。しかし、当時すでに『ダニー・ボーイ』という歌は存在していたということを、知らなかったんです。 『庭の千草』や『アンニー・ローリー』のようなアイルランド民謡は、『故郷の空』や『蛍の光』のようなスコットランド民謡同様、明治以降の日本で、女学生を中心に盛んに日本語で歌われていたのはご存じですよね。僕らの子供の頃も、まだ母親などはこの辺の歌をよく口ずさんでいましたよ。2.『ダニー・ボーイ』登場 しかし、1960年代に入った頃、ハリー・ベラフォンテの『ダニー・ボーイ』が、『バナナボート・ソング』で売れた勢いからか、結構流行ったんですよね。 その後、2~3年の間に、サム・テーラーのテナーサックスや、スリー・ファンキーズを抜けた高橋元太郎の歌で、ヒットチャートに入ったのは記憶しています。 このころには僕は詞の意味も知らないまま、「歌曲の世界で有名だった『ロンドンデリーの歌』を下敷きにした『ダニー・ボーイ』が、ポップスの世界でも売れたんだ」と思うようになっていました。「その後様々な歌手がカヴァーして、文字通りスタンダードナンバーとなった」と勝手に考えていたのは大間違いでした。3. すでにスタンダード・ナンバーだった "Danny Boy: In Sunshine or In Shadow" という PBS 制作のテレビ番組を数年前にスカパーで見た日から、僕の『ダニー・ボーイ』に対する偏見と誤解は一掃され、新たな目でこの歌を一から見直すことになったんです。 様々なミュージシャンによる印象的な歌と演奏をちりばめながら、そのミュージシャンや各界の人々へのインタビュー、および音楽評論家や学者の解説で構成された1時間もののこの番組は、昨今我が国でも流行の、どの「歌のルーツを探る番組」より遙かに興味深いものでした。たった1時間なのに、その中身の濃さは相当なものです。 これをビデオ録画して何度も見ました。ただし、字幕および吹き替えなしの英語放送なので、かなり苦労を伴いましましたがね。ほら、ずいぶん前のことですが、ポーグスのクリスマスソングの日記の一番最後で、ちょっとこの番組のことを書いたことがありますよ。 その中で、『ロンドンデリーの歌』に現在の『ダニー・ボーイ』の詞がついたのが、1913年のことだと知ったのです。作詞者はフレデリック・エドワード・ウェザリー(Frederic Edward Weatherly)でした。 続きはまた今度ね。 ********************** ところで、"Danny Boy: In Sunshine or In Shadow" の中では、様々な人たちが『ダニー・ボーイ』を歌ったり演奏したりしていますが、僕らにもおなじみの人たちを挙げてみますと、次のようになります。 シニード・オコナー シェーン・マッガワン マリアンヌ・フェイスフル エリック・クラプトン さて、みなさんはこの中でどれを一番聴いてみたいですか。 あるいは聴いたことのある人は、どれが一番良かったでしょうか。「コメントを書く」をクリックして、教えてくださいね。
2005.06.22
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“Do Wah Diddy Diddy”by Manfred Mann 1964 今日は10月21日、マンフレッド・マンの誕生日です。彼はクリフ・リチャードと同じ1940年生まれですから、63歳になったわけですね。 マンフレッド・マンについては、以前、モッズ関連曲で『5-4-3-2-1』のことを書きましたが、今日は世界的に大ヒットした『ドゥ・ワ・ディディ・ディディ (Do Wah Diddy Diddy)』のことを、ちょっと書いてみようかと思います。 この曲を初めて聴いたのは、ビートルズを筆頭にいろんなバンドがアメリカ経由で日本にも紹介された時期で、いわゆる第1次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最初の頃でした。 マンフレッド・マンといえば、この曲と『シャ・ラ・ラ (Sha La La)』の2曲が流行って、僕の頭にはある種の固定されたイメージができあがっていました。従って、友人が持っていた LP を聴かせてもらったときには、とても驚いたモノです。実にいろんなタイプの曲が入っていて、その多彩さに戸惑うほどでした。 『ドゥ・ワ・ディディ・ディディ』と『シャ・ラ・ラ 』の2曲に共通していることがあります。どちらも大ヒット曲だったということと、タイトルがスキャットみたいな、意味無し言葉だという以外に、どうしても触れておかなければならないことが...。それは、どちらも原曲がガールグループの曲だということです。 『ドゥ・ワ・ディディ・ディディ』は、The Exciters が、『シャ・ラ・ラ 』は、あの The Shirells がオリジナルです。 元々 60年代前半のイギリスのバンドにカヴァー曲が多かったのは周知の事実ですが、彼らがガールグループや女性シンガーの曲も多く採り上げているのは、特筆すべきことじゃないかと思うんです。このことは以前 "To Know Him Is To Love Him" のことを書いたときにも少しふれましたけどね。とにかく人種・男性女性の区別なく良いものは良いと、自分たちのレパートリーに取り入れた姿勢が素晴らしいとも言えます。 ビートルズやピーター&ゴードンに限らず、ホリーズ、サーチャーズ、マンフレッド・マンなどは、特に積極的に女声モノをやっていますね。 さて、時は 60年代から一気に 80年代の後半へと跳び、場所はロンドンのとある地下鉄駅。まだ夕方のラッシュアワーには早い時間で、その小さな駅の、ホームに下るエレベーター(英語だとリフトね)に、わたくし穴沢がちょうど乗り込もうとしていたところへ、まだ20歳ぐらいの学生風の男女3人組(男1+女2)が陽気に歌いながらやって来ました。 こちらも思わず歌いたくなってしまうようなハッピーな雰囲気がとても嬉しくて、今でも忘れられないんですが、その時彼らの歌っていた歌は、 ♪ There she was just walking down the street Singing,"Do wah diddy diddy dun diddy do."......という、おなじみの『ドゥ・ワ・ディディ・ディディ』でした。 こんな風に若者に歌い継がれているなんて、考えてもいませんでしたから、ちょっと意表をつかれましたが、いい光景でしたよ。 The Exciters の歌ったこの曲が、マンフレッド・マンにカヴァーされたことで、スタンダードナンバー化したのだとすると、彼らの功績は大きいと言わねばなりません。 マンフレッド・マンの顔を見ていて気づいたんですが、めがねを外してヒゲを剃ったら、クリフ・リチャードそっくりじゃないでしょうか。 皆さんはどう思いますか。
2003.10.21
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“As Tears Go By” by Marianne Faithfull 1964 ローリング・ストーンズの数ある名曲の中でも、特に際だった世紀の大傑作。1964年、マリアンヌ・フェイスフルによる大ヒット曲だ。その後、ストーンズもレコーディングをして、自分たちのバージョンがあるわけだから、カヴァーしたのはストーンズっていうこと? 話を整理してみよう。まず、マリアンヌ・フェイスフルのために、ローリング・ストーンズがこの曲を作った。それがヒットして、2年後(ぐらいだった)今度はローリング・ストーンズが自分たち用にアレンジして、リリース。こちらもヒットした。 やっぱり、オリジナルはマリアンヌ・フェイスフルっていうことだよね。 う~ん、よくわからなくなってしまった。でも、こういうのって時々あるよね。代表的なやつは、リトル・エバの『ロコモーション』。その後、作曲者のキャロル・キングが、持ち歌にしている。シンガー・ソングライターが人のために作った場合に、よくある話なのかしら。ねえ、エートルズさん。 さて、“As Tears Go By”は何が素晴らしいかっていえば、もう、全部ですね。 とにかく、イントロからじーんと来ちゃいます。あのイングリッシュ・ホルン(だと思う)の響きは完全に脳裏に焼き付いてしまって、イントロが聞こえたとたんに、もう40年近く経とうかというのに、マリアンヌ・フェイスフルの声と姿が、当時のまま浮かんできますね。 文字通り美しいその声が、わずかに哀調を帯びたメロディーに乗って、あの歌詞を口ずさむ。 「夕方 私は座って見ているの 子供達が遊ぶのをね 笑顔が見えるけど 私のためじゃない 私は座って見ているの 涙は流れるまま...」(訳:穴沢) 情景はいやでも目に浮かんでくる。いい詞じゃないの。 「いくらお金があったって 何でも買える訳じゃない 子供達が歌うのを聴きたいの でも聞こえるのは地面を打つ雨の音ばかり 私は座って見ているの 涙は流れるまま...」(訳:穴沢) 実は、タイトルにもなっているこの最後の、"As tears go by (涙は流れるまま)" が、何と初めは "As time goes by (時の流れるまま)" だったのだ。この「衝撃の」事実、もしかすると既に「常識の」事実かもしれないけど・・・。 数年前手に入れたストーンズの CD (ちょっとうさんくさいブートレッグ) で、まだ習作の段階の "As Time Goes By" を聴いたときの驚きは、筆舌に尽くしがたいものであった。いったい誰がどの段階で、"Time" を "Tears" に変えたんだろう。もう、誰が何といっても、絶対にこれは "Tears" しかないと思うのだ。 もし、万が一、すでにあるスタンダード・ナンバーの "As Time Goes By" というタイトルとダブるのを避けた苦肉の策だったとしても、とにかくこの“As Tears Go By”というフレーズ、センスの良さといい、響きの心地よさといい、もうこれ以上の表現はない。 マリアンヌ・フェイスフルがその後、どのような数奇な運命をたどり現在に至っているかというような、スキャンダラスなこととかは、間違いなくいろんな人が関心を持って調べているだろうし、その気になればすぐわかるだろう。けれど、僕にはそれはどうでもいいことだ。彼女は、今は今で、とても素晴らしい歌い手であるのは紛れもない事実だから。そしてなによりも、38年前に彼女が歌った“As Tears Go By”を、いまも当時のまま聴けるのだから。 少しテンポを落としたストーンズのバージョンも、アコギの前奏からはいって、押さえ気味のミックの歌に弦楽四重奏が途中から絡んで、もう涙もの。いつでも泣けます~。
2002.11.18
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誰かご存じですか。オールディーズっていうジャンルが、いつ頃できたのか。少なくとも60年代には、40年代や50年代の音楽のことを、こういう風には呼ばなかった。ビートルズのシングル盤の寄せ集めLPが、"Oldies But Goldies" だったけど、それでもまだその当時はジャンルとしてのオールディーズはなかった。誰かが作ったジャンルだとしたら、いつ、誰が、何の目的で作ったのか。どなたかご存じでしたら、教えてください。それから、この言葉の意味もかなり広くなってきていると思うのですが。でも、ハードロックやパンクの曲で、いくら古いヤツでも、オールディーズとは呼ばないよね。一体どの辺の時代の、どの辺の曲あるいはアーティストまでがオールディーズなんだろう。そこで、ちょっと考えてみました。かなり抽象的な定義ですが、オールディーズって『昔の曲で、でも古くさいわけではなくて、どこか懐かしくて、聴いているとちょっぴり胸がきゅんとなったり、思わず一緒に口ずさんでしまう、永遠に生き残るに違いない、西洋の(おもに米英の)青春歌謡』なのではないでしょうか。実は僕の頭の中にかなりはっきりと、年代が浮かんでいます。1960年から1966年。この間に発表された曲の中に、先ほどの定義のような曲が、ビッシリと詰まっているんですね。もちろん、その後にも同じような曲はたくさんできています。でも、その曲は、もし70年代や80年代の曲だったとしても、60年代のにおいがする曲だったり、その頃の曲が下敷きになったりしている、あるいはその頃の曲で育った人が書いたりしている、というふうには考えられないだろうか。試しに、皆さんの思いつくオールディーズの曲を1曲(あるいは何曲か)挙げてみてください。ほら、上の定義に当てはまるでしょ。しかも60年代の曲だったでしょ。
2002.09.14
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“Tous Mes Copains (おセンチな17才)” by Sylvie Vartan 1962 8月15日、シルビー・バルタンが76歳の誕生日でした。 あの『おセンチな17才』を歌っていたバルタンが、いつの間にかそんな歳になっていたんですね。 当然のように、ラジオでバルタン特集やりましたが、今回は今まで何度もかけている “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” を敢えて封印しました。 なにしろシルビー・バルタンといえば、他にもオンエアしたい曲がたくさんあって、大ヒット曲からあまり知られていない曲まで、端から取り上げていたらきりがないので、まずは何度も流した曲はやめようと思ったのと、ヒット曲も少しはかけようと考えたというわけです。 そんな中、たぶん今回が2度目?になる “Tous Mes Copains (おセンチな17才)” を選曲してしまった。タイトルからはなかなか想像がしにくい「友」を歌った歌で、詩的かつ哲学的内容に驚く。これも名曲。 でも、やはり “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” が一番好きな曲だろうなぁ。 前にも書いた気がするけど、ずっとフランス語のオリジナルだと思っていた。ところがこれには英語バージョンもあって、当時のLPにも収められているし、そもそも作詞作曲がフランス人ではないようなので、オリジナルについて色々調べてはみたものの、なかなか答えが見つからない。 原曲はカントリー&ウェスタンだという説もあって、当時バルタンが得意としていた英語の歌のカヴァーものだったと考えるのが一番適当にも思うけれど、フランス語のおさまりも良いので、彼女のために書かれた曲でフランス語と英語の両方を用意したものか、まだよくわかっていないのが歯がゆいところ。 ↓ミュージックライフ1965年3月号グラビア広告ページより この歌 “Car Tu T’en Vas (私を愛して)” については、2017年2月22日の日記でちょっと書きましたが、この時のビートルズが表紙のミュージックライフこれ↑です。あと2016年6月10日にも書いてます。 そうそうこれ↓も聴かねば。 “Tous Mes Copains (おセンチな17才)” by Sylvie Vartan 1962 ********** 8月15日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。1. L’Homme en Noir 2. Tourne Tourne Tourne (以上、シルビー・バルタン) 3. Up up and Away (The 5th Dimension) 4. Sailing (シャドウズ) 5. Unchained Melody (クリフ・リチャード&ザ・シャドウズ) 6. Unchained Melody (ライチャス・ブラザース) 7. I’m Leaving It All up to You (Dale and Grace) 8. さよならデイト (梓みちよ&田辺靖雄) 9. Ja Oder Nein 10. おセンチな17歳 11. あなたのとりこ 12. アイドルを探せ (以上、シルビー・バルタン) リクエスト曲は、4.ウィンカー・ダッソーネさん。6.酋長kobaさん。ありがとうございました。 4.&6.以外は、穴沢選曲です。1.&2.と9.~12.は、この日がシルビー・バルタンの誕生日(1944.8.15.生,76歳)で。全部で6曲の特集でした。1.は “Oh, Pretty Woman” 2.は “Turn Turn Turn” のフランス語カヴァー。9.は『さよならデイト』のドイツ語によるカヴァー。 本日の聴き比べは5.&6.と、7.8.&9でした。 それでは、次回もおたのしみに。
2020.08.19
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“The Legend of Xanadu” by Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick and Tich 1968 1968年に流行ったデイブ・ディー・グループの『キサナドゥーの伝説 (The Legend of Xanadu)』の「キサナドゥー」はやっぱりどう考えても変ですから、今からでも『ザナドゥーの伝説』に変更できませんかね。完全な読み間違いですから。 これ以降は「キサナドゥー」は登場しません。例えばオリビア・ニュートンジョンの『ザナドゥ』のように読み方に忠実な表記になっています。 「ザナドゥ」とすべきところを「キサナドゥー」としてしまったのは、X から始まるスペルのせいではないかもしれません。歌詞の “♪ in Xanadu~” を繰り返すところが「♪キサナドゥー」に聞こえなくもない。たぶんそう聞こえたのだと思います。英語のわかる人に一度ちゃんと聞き取ってもらっていたら、こうはならなかったでしょうに。 読み間違いにせよ、聞き間違いにせよ、今から考えると、とてもありえない間違いですね。 でも、もう少し冷静に考えてみると、間違いは訂正しないことで人々の印象に刻まれ記憶に残るということは、十分にあることかもしれません。 『上を向いて歩こう』にアメリカで “Sukiyaki (スキヤキ)” のタイトルがついたのは、間違いとかではなく、日本語の原題に対して英題を付けただけのこと。洋画や洋楽の邦題にとんでもないやつがあることを考えたら、大したことは無い。 では、“Sukiyaki” が “Sukiyaka” になってしまったのはどう考えたら良いのでしょう。これは明らかな間違いですよね。 推測するに、おそらく「スキヤキ」というものが何なのかわからないアメリカ人が、「スキヤキ」をきちんと聞き取れずに、女性名だろうと考えて最後を「ア」の音で終わらせ「スキヤカ」にしてしまったというようなところか。 ほら、ラテン系の男性名「マリオ」が女性では「マリア」とか、ロシア語で「なんとかスキ」っていうと男性で、女性は「なんとかスカヤ」になるでしょ。 とにかく、「キサナドゥー」も「スキヤカ」も半世紀以上経ったのに、鮮明に記憶に残っているのだから、この種の間違いは、許容範囲と言えないにしても、こうして話題になるのだから良しとしましょうかね。 と、ここで Wikipedia さんに相談してみましたら、なかなか詳しく解説があり、驚きました。 「上を向いて歩こう」出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 話が本題から逸れてしまいましたが、『キサナドゥーの伝説 (The Legend of Xanadu)』には鞭の音が使われていますね。 ある時動くデイブ・ディー・グループを見た時、ヴォーカルのデイブ・ディーが本当に鞭を振っているのでビックリしました。 “The Legend of Xanadu” by Dave Dee, Dozy, Beaky, Mick and Tich 1968 鳥レバー甘辛煮作ってみました。ネットの人のレシピ、ちょっとしょっぱ過ぎ。佃煮みたいになってしまった。次回はもう少し手加減しましょうね。 ********** 6月5日の穴沢ジョージの “Good Old Music” のオンエア曲です。今回の特集は、「効果音特集その5=様々な効果音&プチ・フランス特集」でした。1. 恋の売り込み (エディ・ホッジス) 2. The Legend of Xanadu (デイブ・ディー・グループ) 3. The Last Leaf (カスケーズ) 4. 聖者の行進 (Sleepy John Estes) 5. Fascination (Maya Barsony) 6. ワイルドで行こう (ステッペン・ウルフ) 7. Cannonball (O.S.T.) 8. Back in the USSR (ビートルズ) 9. 恋のピンボール (シャンタル・ゴヤ) 10. Walk in the Park (クローディーヌ・ロンジェ) リクエスト曲は、5.酋長Kobaさん。6.信州そばさん。7.ミスターコーラさん。8.カチート井上さん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲。1.~3と6.~10.が「効果音特集.その5=様々な効果音」。1.は、ドアを叩く音とドアベルの音。2.は、鞭の音。3.は、風の音。6.は、オートバイのエンジン音。7.は、車のエンジン音。8.は、ジェット機のエンジン音。9.は、ピンボールの音。10.は、公園の鳥のさえずり犬の声。3.は、この日が O.ヘンリーの命日(1910.6.5.没,享年47)で。没後111年!代表作「最後の一葉 (The Last Leaf)」とタイトルが一緒のこの曲を。4.は、この日がスリーピー・ジョン・エステスの命日(1977.6.5.没,享年78)で。5.9.&10.が、テニスのフレンチ・オープンに合わせて、プチ・フランス特集。 以上、次回もよろしく。なお、次回は “穴沢ジョージの Good Old Music” が 333回目を迎えますので、「3の特集」です。
2021.06.09
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『浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)』by 伊東ゆかり 1958 (Original : by Bing Crosby 1937) またまた台風がやって来ました。今度は台風24号です。 この台風は暴風域も無く、降水量もそれほど多くなさそうですが、秋雨前線を刺激して日本列島各地は大雨が予想されていますね。とにかく今年の台風の多さにはうんざりです。 今見たら、この台風は随分妙な動きをするみたいですね。迷走台風になるとの予報です。 そんな中、ニューヨークでは、テニスの全米オープンが行われています。大坂なおみさんは今夜2回戦ですが、今回は期待しても良いでしょうかね。アンドレエワさんにも期待しましょう。 男子はアルカラスの復帰が嬉しいですね。↑日曜日タイフウバナがまた咲きました。昨日には花びらを全て閉じてしまいました。 ********** 『浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)』は僕らにはビリー・ヴォーン楽団の演奏でお馴染みですが、オリジナルは古く、1937年のビング・クロスビー版に遡ります (詳しくは、Wikipediaさんのコチラを参照)。 つまりビリー・ヴォーンの方はのちのリバイバルヒットというわけですが、これが1957年~58年にかけての世界的大ヒットだったので、日本でもカヴァーされたのは当然といえば当然でした。 しかし、これはオリジナル同様の歌詞で歌われ、最後には日本語の歌詞も登場するのだから、なかなか狙ったのかと思いきや、なぜかシングルのB面だった。で、歌っていたのは誰あろう11歳のレコードデビュー間もない伊東ゆかりだ! 冒頭の短い語りはご愛嬌↓。 『浪路はるかに(Sail Along Silvery Moon)』by 伊東ゆかり 1958 オリジナルがビング・クロスビーということは映画「ワイキキの結婚」が1937年なので、この中で歌われていたのかと思ったらどうやら映画には使われていないようだ。映画のヒットにあやかってレコーディングされたか、使用を見送られてレコード発売のみとなったのか、そのあたりは定かではない。 しかし、アレンジは見事なまでに「ハワイアン」で、映画で使われ有名になった『ブルー・ハワイ』同様のハパ・ハオレ・ソングを代表する1曲と言えるだろう。 “Sail Along Silvery Moon”by Bing Crosby 1937 ********** 8月29日放送の「穴沢ジョージの “Good Old Music”」のオンエア曲です。1. 月影の渚 (Anthony Perkins) 2. 浪路はるかに (伊東ゆかり) 3. Mister Moonlight(Là Là Là) (Sylvie Vartan) 4. Dream Lover (Gary Lewis & The Playboys) 5. Shame, Shame, Shame (Jimmy Reed) 6. オー・シャンゼリゼ (Joe Dassin) 7. Nobody Knows the Trouble I’ve Ever Seen (The Seekers) 8. Tush (ZZ Top) 9. Quanda La Luna (Alma Cogan) 10. フルーツ・カラーのお月さま (Nancy Sinatra) 11. La Luna e Il Cowboy (Mina) 12. Moonlight Serenade (The Rivieras) リクエスト曲は、6.岡山県高梁市のミッチーさん。7.酋長Kobaさん。8.座波ソーメンさん。以上、ありがとうございました。 上記以外は穴沢選曲です。1.~3.と9.~12.は前夜の満月が見事だったので。「月の歌」の特集。4.は「今月の歌」ゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズで。5.はこの日がジミー・リードの命日(1976.8.29没,享年50)で。 以上。次回もよろしくお願いします。
2026.09.04
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