街。の声
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今日のサンプロで、民主・自由・共産・社民の野党各党の幹事長が出てましたな。ってかさ、あの福島議員のキンキン喋るのは何とかならんのかね。社民党の女性議員に共通するんだけど、とにかくキンキンとうるさいんだよ。ペラペラペラペラとさ。他人が喋ってようがお構いなし。少しでも話が途切れそうならすかさずキンキン声でペラペラ・・話題が変わっても、終わった話をまだペラペラ・・少しは周りの話も聞けって。で、何かというと「権利」だの「平和」だのを錦の御旗にしてさ。今日も、「国民は平和を望んでいる」とか何とか。何だか、自説の補強にすぐにバック(?)をちらつかせる人っているんだよね。「みんな言ってるよ」みたいなね。ま、こういうのに限って、その「みんな」がどこにいるんだかは不明なんだけどさ。で、こんなもの、権威主義と同じようなもんでね。その「みんな」とやらは本当にアンタらを支持してんのか?ってことだもの。腐敗政治についてはもちろん疑問符がつくけど、「それらに対する批判を存在意義として成り立っていた人らも、隠れて同じようなことやってたんだからなぁ」とか、「アメリカ追従は反対だけど、でも北の某国の言いなりよりはマシだよなぁ」って方が断然多いんじゃないかね。他をダシにしないで、アンタらの器だけでやれっての。社民党やそこに所属する議員て、どうも似非っぽくてさ。偽善的というか。他に向かって政策がどうのとエラソーに言いながら、いつまで経っても代案すら出せない政党なんていらないって。日米安保もダメ、自衛隊をはじめとする国防もダメ。じゃぁ、どうするんだって。北の某国に守ってもらうんか?そこのところを聞かせてくれって。ってかさ、アンタらの内容(政策)と過去の所業を見て判断して、その存在自体が税 金 の 無 駄 。国会から日常に目を向けても、どうにもこうにも「どの口が言ってるんだ?」ってのが蔓延り過ぎなんでさ。不思議と自分の掲げてる主張(スタンス)の矛盾には驚くほど鈍感。都合よく出来てるよねぇ。例えば、「自分のことは棚に上げて」「人のことを批判してばかり」とか言い出す人に出くわしたことない?でもさ、この時点で、そもそもこういう人が「自分のことを棚に上げて」「他人を批判」してるというね。そういう事もわからずに声高に叫ぶととっても恥ずかしいんだよ。オマエが言うなよってことだもの。で、こういうアサッテちゃんほど「1対1なら(政策論争なら)負けないのに」とか負け惜しみを言うんでさ。どう脳内変換するのか知らないけど、「自分がやり込められたのは相手が多数だったからだ」とするんだな。裏を返せば、「これまたずいぶんな自信たっぷりだこと」なわけでさ。呆れてものが言えない、という場合が多々あるよね。ってか、本人は議論してるつもりだろうけど、相手はその土俵にもあがってないというね。「人権だ」「平和だ」とかさ。誰だって平和な方がいいに決まってるって。その平和を勝ち取るため、または維持するために努力するんでしょうが。これは国家間の争いの話ばかりじゃなくて、日常的に多発する犯罪なんかでもそうでさ。似非人権派が、何でもかんでも「人権」「人権」でひとくくりにしてきちゃったからね。罪の意識なんかが曖昧になっちゃってるじゃん、て。真綿でくるむことばかりが愛情じゃないだろうが。でもね、多分こういう人は確かに議論に於いて1対1なら勝っちゃうんだよ。何でかというと、たいがいの人はバカバカしくて相手にしたくなくなっちゃうもの。それで「はいはい、好きにして下さい。アンタに構ってられないから」になるわけだけど。そもそもがさ、疑問に思ったことをテーブルに出してることを問題提起とするなら、これを以って「批判」としちゃうところからしてズレてるんでさ。この辺のズレぶりは、丁寧に論理だてて諭されてるだけなのに「攻撃されてるぅぅぅー!」って殊更大げさにのた打ち回る被害者ぶりっ子ちゃん達に共通する感覚だよね。あとは、何もなかったことにして、事情を知らない人に向かって演説ぶってるへタレさん、とか。事情を知ってる人が見たら、「こらこら・・オマエは恥ずかし過ぎるぞ」などと肩をポンと叩きたくなるようなさ。でね、こういう人の特徴として、言いたい事は言うけど他人の話は聞かないとか、自分の主張に対して反論がくると「ひ・・ひどいわ・・みんなで寄ってたかって私をイジメるの・・これではまるで魔女狩りだわ・・」とか悲劇の主人公を演じちゃうわけさ。もうね、独りでやってなさいって。もちろん、こういう人は表立って反論なんて出来ないからね。負け犬の遠吠えのように遠くから石投げるんだな。あとは密かに陰口を叩いて回る、とか。反論してきた人に対して「ムカつく」とか言っても、事情を知ってる人が傍から見ればさ、自分が撃沈されて悔しくて、ホントはもっともっと反論したいんだけど論点がわからないからどうしようもない、みたいなさ。そんなもどかしさが「ムカつき」になってるんだよね。相手に対してムカついてるように思えちゃう時点でズレてるんだって。自分の拙さ(アサッテぶり)が原因だろうって。被害者ぶりっ子ちゃんの特徴として、「もっともらしい言い方で人のことをバカにしてる」「(相手は)からかって楽しんでるだけ」とか言い出したりもするね。それに対してムカついてるんなら、その「もっともらしい」とする部分を指摘すればいいんでさ。自分が撃沈されてるのに気づかないで、結局逃亡して事情を知らない人に向かって「まったく・・お話にならないんだよ」とか言ってんのって恥ずかしくないのかな、なんてね。大多数はアンタのことを「お話にならない」としてるわけでさ。ただね、こういう人はその「もっともらしい」部分て指摘できないんだよねぇ。だって、大抵は「もっともらしい」じゃなくて、「もっとも」なんだもの。それがわからないんだよね。だからアサッテちゃんなわけだけど。こういう人に限って「関わらない方が身のため」とか言ってさ、ちゃっかり自分の逃げ道を確保してるというね。楽天広場にしてもさ、「初心者=弱者」みたいな図式で盲目庇護するオトナがいたりしてさ。それそのものがズレズレなことにも気づかないようなオトナだから、やっぱり仕方ないんだろうなぁ。自分のことも勝手に「弱者」という立場に置いて酔ってるような人が多いし。指摘されて「攻撃されてる」なんて思うようなら、最初から指摘されないようにしなさいってことでさ。気づかなかったんなら、指摘されてから改善しなさいって。納得しないなら論理立てて反論しなさいって。こんな子供でもわかるようなことを、いい歳したオトナが平然と開き直っちゃうんだもの。で、「まったく・・お話にならない」「関わらない方が身のため」なんて言い出す始末。どの口が言ってるんだって。ってか、この口か?とつねりたくなるね。ホレホレって。中には、会議やなんかでの議論に於いて「なんで聞き漏らさないようにじっくり聞かなくちゃいけないんだよ」なんて訝しがってるオトナもいるんでさ。これも、別に「聞け!」ってことじゃなくて、ある主張に対して異論反論を唱えたいなら、まずは相手の真意を汲む努力するのが当たり前だろうってだけのことなんだよね。他人の話(主張)をロクに聞かないで(理解しないで)エラソーに反論し始めるとさ、話があっちこっちになっちゃってまとまるもんもまとまらないもの。下手すりゃ、とっくに終わった話題を蒸し返したりしてさ。そんなんじゃ、いつまで経っても終わらないだろうって。ちゃんと話聞いて反論なり主張するなんてこと、オトナもコドモもないんでさ。常識だろうよ。もっとも、文章なんかでも普通に読めば普通に受け止められるわけでさ。普通に読めない人はごくごく稀だから。「しっかり聞かないと意見を言えない」なんて文句を言い出すオトナもいたりさ。当たり前だろうっての。もう、こういう人って何なんだろうね。自分のワガママぶりに気づいてないのかね。自分が言いたい事を、好き勝手に言う自由ばかり主張してるというさ。こういう人ほど言いっ放しなんだよね。だから噛み合わないの。聞いてないんだもの。他人の話も聞けって。ってか、前述したように普通に聞いたり読んだりすればいいのに、背伸びしようとするから破綻するんでさ。考えた事のないような事柄や、使った事のないような語句を使用する必要なんて無いじゃない。背伸びして破綻してる方がよっぽど恥ずかしいと思うけどね。話す時だって、自分の持つ知識や語句で投げかければいいんでさ。普通に受け止められない人はごくごく稀だから。もっとも、サッカーやるって集まってるところではバットは振り回して欲しくないよね。危ないだろって。もちろん、「ラグビーだ」って叫びながらサッカーボール抱えて走り出されても困っちゃうんでさ。ゴールキーパーの目の前までボール抱えて走って、いきなり「トライ!」なんて胸張られても周りはみんな唖然としちゃうもの。その辺の空気はよんでほしいってことでさ。いや、空気をよむというより常識なんだけどね。他人のことばかり見えて自分が見えない人って意外に多いんだなぁ、と。
2003年09月21日
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