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そうして年が明け、
お待ちかねの 鳥取& 島根
旅行
。
中丸1日使える日は
本来の目的である青山剛昌ふるさと館に充てることにして、
皆生温泉から米子のホテルへ移動してから、
荷物を預け出雲大社に向かった。
どんより曇った空に、あいにくの雨。
だけど雨は浄化のシンボルだって何かで読んだし。
そう思えば、去年を浄化の年と割り切って過ごした身には
また心地よく―
いったいそこに何があるんだろうか?
あれだけシンクロニシティを感じたのだ。
何か神秘的な体験
が待っていそう
だ。
少なくとも何かメッセージを受け取ることができるだろう。
どんなメッセージかな?
期待と緊張で心が高鳴ってしまう。
米子駅からJR出雲市へ向かう急行に乗り込んだ。
道中は参拝に向けマインドを整えてゆこうと思う。
密教リトリートを受けにブルーマウンテンに向かったときのように、
浄化のリトリート、ニュンネで散歩瞑想をするときのように。
意識を明瞭にして、広がった透明な心で臨みたい。
まずは瞑想をして―
「え~ これもう一つしか残ってないのぅ!」
だけど座席では子どもたちが銘菓「因幡の白兎」を巡って争っていた。
「いいよ、もう、ムゥが食べて。
ねえ、ママ、さっき買ったコンビニの袋は?」
え~、瞑想しようと思ったのにぃ…。
ビニル袋を渡せば3人でごそごそ。
ダディンまで焼きそばパンを取り出して、
「誰かダディの、半分食べたい人いるぅ?」
ああ、そうなのだ。
これは スピ行ではなく、
あくまでも 家族旅行の一環 なのだった。
ピクニック気分でお菓子を頬張っている家族に
せめても ガイドブックを取り出して、出雲大社参拝の作法を伝えた。
だけど考えてみれば、
家族旅行もそんなに行けるわけじゃないしなぁ。
半ば 諦めて ほぼ 開き直って、
子どもたちとスナック菓子を広げて
ボックス席で行く電車の旅
を楽しむことにした。
乗り換えの出雲駅では、構内の土産物屋で試食を楽しみ、
「因幡の白兎」製造過程を映したPR映像に見入ってバスを待った。
出雲大社前の バス停 に着いたときには、
すっかり ただの 観光気分 。
それにしてもさすが、
「神集いし社」出雲大社
。
雨だというのに大勢の参拝者で埋まっていた。
目の前の道路を なんとなく 渡り、人込みの後に続いた。
「こっちでいいの?」と聞きながらダディンが前に躍り出て
もう既に参道に入り、先に立ってぐいぐいと歩き始めていた。
オレに任せろ的リーダーシップ感満々の断固とした足取り だったし、
雨の中ガイドブックを取り出して地図を広げるのも面倒 なので、
「いいんじゃない、たぶん」と後に続いた。
雨の中、参道を歩いてゆく人込みに続き、
ダディン、メェ、ムゥ、私と一列になって、黙々と歩いた。
そうして、いつの間にやら橋の上。
いつの間にやら人影も疎らになっていて、
あれ?
正門は、どこ??
橋を渡って、ようやっと何やら怪しいと気がついた。
どうやら反対方向に歩いてきてしまった らしい。。。
途端に ダディンが「 だから さっき聞いたのに」と私を責め始める。
「私は たぶんって 言った だけ 。
確固たる足取りで先頭切って歩き始めたのはそっちでしょっ!」
「 だけど ぼくはこっちでいいのかと聞いた バズ だよ。
君がそうだと言ったんだから 君の責任 だよ!」
「 何言ってんの! 」と、
早くも 喧嘩腰、戦闘態勢 に入ったダディンにムカつき言い返し、
いつものごとく非難合戦 が始まってしまった。
「責任ならみんなにあるでしょ。英語でもサインあるんだし」と、
両親の仲裁に入る娘。
「どこに行くの? いったいどっちなの?
イヅモのおソバはどこで食べるの? 」と、息子。
「もういい! 私が先頭に立つからっ!」
いつまでも ぐじぐじ 言っている夫 ( 自分もだけど ) を無視して
雨の中、地図広げた。
冷た~い雨の中、ぐいぐいと今来た道をまた戻り、
正門の前まで来てハタと気づいた。
まずい…。
こんな気持ちで出雲の神々にご挨拶をしては いけない 。
せっかくの出雲大社参拝 、
こんな みみっちい夫婦喧嘩で汚してしまってはいかん !じゃないか。
気を取り直して、
心をダディンへの怒りから引き離し、
出雲の神々に心を向けた。
ダディンは無視して、子どもたちに参拝の仕方を確認してから
正門をくぐった。
父から貰ったガイドブックの付録「出雲大社 参拝ブック」にならって
予定通り、まずは祓社をお参りして心身を清める。
ちっ、ダディン のせいで 清めるものが増えちまったゼ。
境内へ続く参道の両脇には
樹齢数百年と言われる雄大な松が並んでいた。
小雨に濡れる美しい松並木を
ダディンは無視して、子どもたちと一緒に歩いてゆく。
暫く行くと大国主大神と因幡の白兎の像が見えてきた。
手水舎で、参拝ブックの付録に載っていた作法で手と口を清めた。
その際、子どもたちが作法について聞いてきたので
丁寧に教え、ハンカチも用意した。
けれど ダディンの方はしっかりと無視 する。
境内では小雨の中、凛と張り詰めた冬の冷気を纏い、
八雲山を背に、社殿がどっしりと
厳かに佇んでいた。
やはり、そこは有無を言わせないほど圧倒的だった。
山々の大自然と神仏が融合した神聖な、
澄み切った冷気に包まれていた。
思わず背筋が伸びる。
大繩の張られた社殿の前に立ったときには、
さすがにもう自分の内で燻っていた
ピリピリした喧嘩モードは消えていた 。
出雲大社の特別な拝礼をダディンと子どもたちに確認してから
参拝した。
二拝四拍手一拝。
大神様にご挨拶を。
出雲の神々に敬服を捧げた。
あぁ―
心から思った。
来れて、良かった。
だけど―
なんだか―
これ―
だけ?
神秘体験とか?
メッセージとかは??
思わず 左手にあった御守所でお神籤を買ってしまった。
せめても ここに天からのメッセージが降りてくるかもしれない、と。
出雲大社のお神籤を引いた方はご存じだろうけど、
ここに大吉とか末吉とか、ランク分けするような区分はない。
「さすが出雲大社のおみくじは違うねぇ」と息子のムゥは、
自分の引いたお神籤を私と一緒に読みながら感嘆していた。
私の方のお神籤は―
「 夫婦の和は ―」で始まっていた。
「訓 夫婦の和は人道の根源、
これを守るものは必ず祖親の愛護を受く」、と。
そう…か。
夫婦の和 、ですか。。
人道の根源
、ですか。。。
そう…ですよね。
夫婦の和 、ですよね。。
人道の根源
、ですものね。。。
心します。。。。。。
て、なんか
あんまり
嬉しくない…
ていうか、
出雲大社は縁結びの神様 と言われてるわけで…。
結婚は もとより 、男女の仲 のみならず 、
仕事や人生全般での 良縁 を願って参拝する人も多い、と。
そこで「夫婦の」って…
なんだか地味目 …じゃない?
もう結婚してるんだし、目新しさに欠ける…っていうか。
て、違うか…。
あーっ、すみません、神様。
まさに 今の私に ぴったり のご忠告 ですねっ!
ちなみにダディンは引かなかったけど、子どもたちのお神籤には
「夫婦」の「ふ」の字さえなかったから
これは私へのメッセージなんだろう。
実際、ダディンとの仲は改善する必要あると思うし…。
態度を変える必要あると思うし…。
「家庭の和」はまず「夫婦の和」から、 だよね。
と書いて、ふっと昔、自分が言ったことが脳裏を過った。
もう5、6年前になるけれどチベット仏教センターで
数人で 食事をしていたときのこと。
当時センターにいらしたオージーの尼さんを囲んで
楽しく和やかに、時にシリアスに話していたのだけれど、
南米から医学の勉強に来ていた留学生のT君が
ふいに思いつめた様子で
結婚についてアドバイスを求めてきた。
彼はメルボルンで人生のパートナーになれそうな相手と出会ったものの
帰国と交際相手との関係について迷っていた。
「だけど私は結婚に失敗しているから」と、
それまで相談にのっていた尼さんがふいに矛先を私に向けた。
「あつこ、あなたは結婚しているわよね。
結婚に関して何かT君にアドバイスをしてあげて」
へっ、私ですか…?
「ほら、あなたの結婚生活はどうなの?」と問われ、
思わず応えていた。
「 Every day is practice ―毎日が行 ですよ」、と。
ジョーク半分、本音半分で。
爆笑が湧き、T君もなぜか納得していた。
その数日後、尼さんに呼び止められた。
「あなたの言ったことをあれからずっと考えていたの」、と。
「私は子どもまでいたのに
結婚に失敗してしまったけれど、
あの頃 Dharma( 仏法 ) のことを学んでいれば
結婚生活を終わらせずに済んだのかもしれないなって。
どんな 障害も問題もすべては行になり得る のだから」
心にずしりと響いた。
私が半分ジョークで言った言葉を
彼女は真剣に受け止め、話してくれていた。
察するに重たい問題を背負っていたのだろうに…。
現世を捨て仏門に入り尼僧になった彼女は
過去を振り返り、それさえも
思い方一つで力にできる
のだと伝えてくれたのだった。
あれから二人とも引っ越してしまったけれど、
今はどうしているんだろうか?
そんなことを思い出した途端、去年の出来事が思い出された。
アレルギーで顔が膨れ上がったことや
その数日前の旅行でダディンと大喧嘩したことは
ブログにも書いたけど ( 2016 年3月の日記 をお読みください ) 、
あのとき息子に言われたことがあったのだ。
険悪になって浜辺から車に戻るとき
ムゥが私の隣にやってきて、慰めるように手をつないでくれた。
なのに私は怒りと悲しみを引きずったまま、つい言ってしまった。
「ごめん、ムゥ。
やっぱりママ、ダディ嫌いだわ」
「うん」と、息子は頷いた。
そうして俯いたまま言ったのだった。
「 家族でいてくれれば、いいから 」、と。
涙が零れそうになった。
今もあのときのことは鮮明に心に焼き付いている。
ごめんね、ムウ。
親の喧嘩で一番辛い思いをするのは
子どもだとわかっているのに…。
子どもたちが未だ幼かったころは
私たちの喧嘩で
泣きだしてしまうことさえあったのだ…。
うううっ、
ごめんね、ムゥ。
ごめんね、メェ。
そうです、 EVERY DAY IS PRACTICE ―
日々是、里の行 ですね。
私の場合は 木陰で、 だけど…
出雲の神々、
あのときはご神託に難癖つけて、すみませんでした。
夫婦の和は人道の根源―
すごくインパクトのあるお言葉です。
心に刻みつけ、2017年も大切に生活してゆきますから。
2017 年―
皆さんはどんなスタートを切ったのでしょうか?
本年も良い年でありますように、
皆様のご多幸を心からお祈りいたします。
『ユーカリの木陰で里の行』
今年もどうぞよろしくお願いします!
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