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先日、いいアイデアを出すために、毎日お天気の日は、自転車でサイクリングに出かけていますということをおつたえしましたが、今日もお昼から約2時間程度サイクリングに出かけました。さて、サイクリングに出かける時は、お気に入りの曲か、大体は講演やセミナーなどのいい情報を入れるべく、聴きながら走っています。今日はある著名な作家&講演家のCDを聴きながら走っていたのですが、なんと!わたしのことを話していたんです!内容は、「5年位前、ある友人にアドバイスしたんですが、先日5年ぶりにその人から手紙が届いて、『あの時言っていたアドバイスの意味、ようやく分かるようになりました』って感謝のお手紙をいただいたんです。」ってものだったんです。わたしは自転車で走りながら、直感的に「あっ!間違いない!これ、自分のことだっ!」って気がつきました。5年前にそのメンターの家に遊びに行った時にいろんな幸せの知恵を授けてもらったこと、当時はよく分からないか、勝手に当時の自分の解釈で「こういうことだろう」と判断していたこと。そして、5年経ってから、「あっ!あれって、ホントはこういうことだったのか!」って、全てが明るみの下にさらされて、クリアになったこと。そして、その感動を手紙に熱くしたためて、「あなたは、本当にわたしの素晴らしいメンターです」、「本当にありがとうございます」って感謝の言葉を送ったことを鮮明に思い出しました。わたしの知らないところで、わたしのメンターがわたしの話をしてくれていた。なんともいえない感動と、小躍りしたい気分になってしまいました。先日からちょうど、「今はわからなくてもいい」っていうテーマのお話をしていたところに、こんな形でシンクロが起こるなんて、超感動的ですよね。間違いなくライフワークを生きているんだなって、神様に教えてもらったような気分です。ありがとうございます。
September 30, 2005
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本田健さんがよく、メンターとの会話は禅問答のようで、なにを言っているのか、意味を掴み取るのがホントにタイヘンと言われますが、わたしも同じ体験をたくさんしました。(健さん自身にもたくさんやられました(笑))ところが、今度はいつのまにか、自分が禅問答をするほうの立場になっている場面が出てきていることを感じています。たとえば、誰もが成功者によくする質問だったら、「どうすればビジネスで成功できますか?」「あなたは、どんな風にやったんですか?」「この場合はどうしたらいいんでしょう?」って具体的な解決案をきこうとしますよね。で、にわか成功者なら「こうしなさい」とか、「これができないようじゃダメだよ」って感じのアドバイスをしますが、これがホントの幸せな成功者だったら、まったく違う解答が返ってきます。「自分の好きなことを徹底的に深く探してごらん」なんてのならいい方で、「お金のことは忘れなさい」、「やり方じゃなくて、あり方なんだよ」、「自分の内面に耳を傾けるんだよ」などなどなど、「自分はここを聞きたいんだ!」ってことに対しては、まともに答えらしい答えが返ってきません。ですが、今ならそれが何故かは分かるようになってきました。幸せな成功者にみえているものと、普通の人たちにみえているものは、質も景色も、なによりも世の中の仕組み、道理、ことわりがまったく違うということみたいなんです。たとえば、目の前にコインが落ちていたとして、それがコインだと認識できていなければ、それが拾う価値のあるものだとは分かりませんよね。コインがなんなのかということが、ちゃんと理解できている人には、モノと交換したり、サービスと交換できたりする、便利な道具だと分かるのですが、コインという認識がない人にしてみたら、空き瓶のフタと同じか、ちぎれたボタンと同じか、ただの丸い金属に過ぎないですよね。つまり、幸せな成功者にはみえているものが、普通の人には認識できない、目に入らないし、耳にも入らないっていうことが、現実には起こっているということみたいなんです。幸せな成功者が、普通の人には理解できないようなことを話しているとき、幸せな成功者はとても大切なカギやエッセンスを話しているんだけれど、普通の人のデータバンクというか、辞書には、該当するデータがないので、理解ができないっていうことが起きてしまうようです。マスターもメルマガを書いていて、多くの方からメールをいただきますが、「すごくよかった!」、「めっちゃ納得です!」、「すっきりしました」っていうメールを下さる方もいれば、「よくわかりません」、「どうしたらいいんですか?」っていうメールを下さる方もいらっしゃいます。これは、どっちがいいとか、どっちが良くないとかいう話ではなくて、まだお伝えしている内容を、「ある方向からしかみていないということに気づけていないだけ」ということを知らないことさえ、知らない状態かどうかというだけの事のようです。先日、ネクブサの涼子ちゃんと、メルマガでわたしたちが伝えようとしていることって、「どう読者に伝わっているのかな?」という会話をしていたのですが、伝わるところに来ている人には伝わるし、伝わらない人には、「これが大事、ここがポイント」ってあらゆる言葉を駆使しても、スルー(聞き落としてしまって、耳に入らない)してしまうと話していました。こういう風にお話しすると、中には、伝わる人が先に進んでいてえらい人で、伝わらない人は劣ってるってこと?って聞いてしまう方が出てくるかと思いますが、けっしてけっして、そんなことではないということだけは強くお伝えしておきたいと思います。今、すごく幸せになっている、素晴らしい成功者たちも、メンターの言っていることが、さっぱり理解できなくて、「だから、どうしたらいいんですか?」ってとっても苦しんでしまったことが必ずあるといことなんです。わたしも、何ヶ月も、場合によっては何年も、メンターの言っていた言葉の意味をつかめずにいたものです。そして、早合点して、勝手に「こうだ!」って思い込んで、走り出して、壁にまともに激突して玉砕!って経験をホントのホントに飽きずに、何度も何度も何度も何度もやってきました。ですが、ある時、急に「がてん」がいく瞬間がやってきました。ホントに、今までみえなかったもの、理解できなかったもの、意識の中に存在さえしていなかった、まったく新しい概念がみえるようになってきたんです。その瞬間からの世界は、ホントに感動モノです。今までの世界や常識や概念と、ホントにまったく違うものになるからです。あっ!あれって、そういうことか!って。いつもいつもお伝えしていることですが、ぜひぜひ、ホントにぜひ掴んでいただきたいのは、「今はわからなくてもいい」と、将来の自分に信頼をおいてみるということがあるのかもしれないと心に留めておいてみて欲しいということです。「どうしたら、いいのでしょう?」っていう質問をしてしまう時、なにが自分の中でおきていたかというと、(※ここは超重要です)わからないとダメ!って、自分を叩くということをしているのと、まったく違う形のパズルのピースを、まったく違う場所に無理やりにはめようとしてる、自分の今までの常識の枠におさまらないことを、無理やり枠にはめ込もうとしているみたいだということなんです。執着とは、コントロールができないものをなんとかコントロールしようとする行為だと、メルマガ「カコカワ」の中でもお伝えしました。「解決策がみつからないとヤダ」、「わからないとヤダ」ってなった瞬間、これ自体が執着だということが、つかめますでしょうか?答えを求めようとする時、今の自分が納得する答え、納得できる解決策や、やり方を求めるのではなく、「答えが分からないとヤダ」って感じた瞬間に自分の中で、なにがおきているのか を、ぜひみてみて下さい。今、「なんとかしたい」、「なんとか理解したい」、って思っているかもしれませんが、何年かたった時に、「あれ?あの時、なんであんなことにあんなに執着してたんだろう?」ってきっと不思議に思うようになると思います。今は、自分の人生を信頼して、「今はわからなくていい」、こんな生き方がどうやらあるらしいということだけ、心にとどめておいてみて下さい。
September 29, 2005
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伝説のメルマガ、ネクラでブサイク彼氏が5人の発行者の一人でカウンセラーの涼子ちゃんが胆石ができちゃって、入院されているので、ワクワクコミュニケーターさんと2人で本日お見舞いに行ってきました。つい先日も友人が胆石で緊急入院ということがありましたので、「これは偶然ではないなぁ」、「なんのメッセージかしら」などと思っていたのですが、友人はこれがすごい転機になって、生きたい生き方が明確になって、誰もがすごく変わった!って言ってしまうくらい劇的に変わっちゃいましたので、涼子ちゃんのも絶対転機だなと感じて、「なんの転機だと思う?」って伝えに行くという意図もございました。勿論、涼子ちゃんはタダモノではないので、そんなことは百も承知なんですけどね(笑)。ちなみに友人が胆石で入院した時には、「それは絶対に人生の転機のメッセージだから、ちゃんとメッセージをうけとるんだよ~」、「ちゃんと受け取らないと、今度は周りの大切な人に行きますぜ」としっかりおどしをかけておきました(笑)。やなやつだねー(笑)。でも、結果すごい転機になったんだから、人生の仕組みってホントに不思議です。さて、病院に行ってみると、涼子ちゃんは思いのほか元気。お見舞いに持って行った、梱包用のエアパッキン(プチプチのことね)を渡して、「入院生活って退屈だろうから、プチプチってやって、ヒマつぶして」って伝えたら、ワクワクコミュニケーターさんも、「ボケ防止にもいいしね」と、ホントに見舞いに来たのか?あんたら状態(笑)。さらに暴走は続いて、「こうやって会えるのも今日が最後だねぇ」、「今度会うときは、人体の不思議展で並んでるときかなぁ」とか、担当の看護婦さんに、「手術の時におなかの中に空き瓶でも入れておいてあげて」、「ブログには、涼子ちゃん、変わり果てた姿でみてられなかったですって書いとくわ」などなど言いたい放題やっていたら、しまいに涼子ちゃんから、「もう、はよ帰れ(笑)!」と突っ込みがはいりました(笑)。なんせ、思っていたよりずっと元気だったので、安心しました。手術は金曜日だそうで、無事(当たり前ですが(笑))手術が終わって、元気に復帰されるのを皆さんお祈りしてあげてください。涼子ちゃんとは、「今度一緒になにかやろうか」とか、またまた新しいビジネスアイデアのハナシも出てきて、とても病院で交わす会話ではありませんでした(笑)。さてさて、話は変わりますが、年末に企画しているマスターのワークショップ、「最も輝く人生を生きる為のあなただけのオーダーメイドのルールを創作するワークショップ」の会場をどこにしようかなぁとあれこれ話し合っていたのですが、ワクワク人生の達人、ただにいさんが10月1日に音楽スタジオと多目的ホールをオープンされるということで、今日、そちらも下見に行ってきました。このただにいさん、約一年前に自分のワクワクから、音楽スタジオを創りたいって思いついて、わずか一年足らずで、出資者や協力者をどんどん現したというすごい人。動き回ったんじゃなくて、願望の実現を呼び寄せて、様々なシンクロをどんどん受け取って、夢をホントにしてしまったと言うすごい人です。彼の願望実現力は、ホントにすごいです。わたしも、彼のツキにあやからなくちゃ!ってことで、即、会場はただにいさんとこに決定いたしました。10月1日のワクワクコミュニケーターさん主催の「変な人交流会」もこの会場です。
September 28, 2005
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「おお!これはいいアイデアだっ!」って自分でも感動しちゃうアイデアが出るときってありますよね。アイデアというより、閃きって言ったらいいかもしれません。さて、ビジネスでもなんでも、アイデアを出そう!いい方法を考えようとすると、かえって出てこないよなって経験ありますよね。案外、どうでもいい時とか、お風呂に入っている時とかにいいアイデアを思いつたりする経験があなたもおありなんじゃないでしょうか。そうやって考えると、リラックスしている時にいいアイデア、閃きが出やすいみたいだなってことがみえてきますよね。実際、そう言われているみたいだし。(α派がどうとかって)さて、わたしは実は自転車でサイクリングに出かけるのが大好きで、ほぼ毎日走りに出かけています。何十キロもある、素晴らしい自転車道がすぐ近所にあるんです。で、実はわたしにとっては、自転車でサイクリングに出かけることは、大好きな遊びと同時に、大事なお仕事でもあるんです。自転車で遊びにくのの、どこが仕事なんだよ!って怒られちゃいそうですが(笑)、ビジネスのアイデアや、これからの展開のビジョン、解決案などなど、実はほとんどが、このサイクリング中に閃いてくるんです。ですから、アイデアに詰まったり、あまり面白みのないアイデアしか出ない時は、あえて一旦仕事をおいて、走りに出かけます。で、帰ってきたときには、悩んでいた時の何十倍のスピードでお仕事ができてしまうというわけです。考えるというより、勝手にどんどん湧いてくる感じなので、パソコンの前で悩んでるくらいなら、何時間かでも走りに行ったほうが、比較にならないくらい早く仕事が片付きます。一般的な仕事という概念からみたら、一見、ムダなことをしているように見えちゃうかもしれませんが、結果、比較にならない違いが創れるっていう実体験があるので、迷わず、走りにいくというのが、わたしのパターンです。前は、気を紛しに出かけると、気分が変わって、仕事がはかどるのかな?くらいにしか思っていませんでしたが、どうも、根本的に違うみたいです。はっきりと認識してやるようになったのは、メンターに教えてもらったちょっと辛口の教え、「幸せな成功者は、バケーションに行きながら、アタマの中はビジネスのことを考える」「普通の人は、仕事中にアタマの中はバケーションに行っている」というのを伝えられてからです。(はじめてきいた時は、自分のことじゃん!って脂汗かきました(笑))これを教えてもらってから、意識して遊ぶようにしています。さて、マスターの自転車は、実はかなりヘンな自転車です。マウンテンバイクも持っているのですが、普段サイクリング道に行く時は、一風、かなり変わった(笑)、ヘンな自転車で出かけます。それがこれです↓どうです?かなりキテるでしょ(笑)?フレームにANGEROSESのロゴが入ってるのが、ご愛嬌(笑)。でも、この自転車、実はとっても楽しいんです。なにが楽しいかというと、まずイスに座って走るので、ひじょうにラクチン!何時間乗っても、おしりが痛くならない!そして、イスに座って走った感覚は、まんまオープンカーみたいなリラックスした気分を味わえます。それから、寝そべった感じで走るので、空気抵抗が少ない為、向かい風もへっちゃら!そして、抵抗が少ないので、思ってる以上にスピードものります。でも、なによりも楽しくて気持ちがいいのは、寝そべった姿勢と、目の前をハンドルなどのさえぎるものが何もないため、素晴らしく視界が広いということです。こんな感じ↓それはそれは、気持ちよくα派状態で走れます。ただ、難点もあります。それは、街中ではたいへんに目立ってしまうこと(笑)!子供たちは指を指して、「うわっ!すげぇ!」とか、「カッコイイ!」とか言って来ますが、わたしの耳には、「うわっ!なにアレ!」ってふうにきこえてしまいます(笑)。ショップの人は、「注目がそのうち快感になりますよ」なあんて言ってましたが、慣れてはきたものの、快感にはなりません(笑)。というわけで、もっぱら自転車道専用で、街乗りは、マウンテンバイクを使っています。川沿いの自転車道を、緑のにおいと風を感じながら流して、お気に入りの曲や講演を聴きながら走る。すると、いいアイデアが泉のように湧いてきます。大好きなことを仕事にして、アイデアをだす時も、大好きなことをする。これがどうやら、いいものを創りだす(自分ではそう思ってる(笑))みたいです。ヘンな自転車で走ってるのみかけたら、指差して笑わないで、声をかけてやって下さいネ(笑)。
September 27, 2005
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昨日は、普通の人が成功しようとする時たてる目標と不幸せなお金持ちがたてる目標は、幸せな人、幸せな成功者ががたてる目標とは、どうも違うらしいということ、そして、ある成功教育の第一人者が言った言葉、「成功とは、あらかじめ設定した価値ある目標を、段階を追って成功していくことだ」には、どうも深い意味があるようだということをお伝えしました。さて、多くの人が目標をたてよう!夢を書き出そう!と言われたら、クルマや家、別荘、等のモノを書き出すことが多いですよね。勿論、わたしもそうでした。ところが、わたしが出会ってきた多くの成功者が、この夢を達成したときに、大きな問題に出会います。それは、夢を達成したその後が「ない」ということです。欲しいものを手に入れたら、満足するだろう、幸せを感じられるだろう、またはとにかく欲しいものを手に入れようと仕事をがんばったり、ビジネスに力を注いでがんばります。そして、手に入れたとき、達成感と夢を実現したこと、やりとげた自分に承認と誇りも手に入れられますよね。ところが、しばらくすると、それも徐々に色褪せてくるようなんです。そして、多くの成功者は、また新しい目標を掲げ、がんばりはじめます。これはこれで、ホントに素晴らしいと思います。ですが、多くの成功者が幸せな成功者にシフトしてから口にするのは、「あの頃は、やってもやっても、どこか満足しなかった」、「きりがなかった」というセリフです。いったいなぜだったのでしょう?幸せな成功者にシフトした彼らが教えてくれたのは、「モノが自分を幸せにしてくれると思っていたようだ」ということでした。では、幸せな成功者にシフトした彼らにみえてきた、「価値ある目標」とは一体なんだったんでしょう。それが何度かご紹介したことのある、「自分の生まれてきた、人生の目的」というもののようです。これがあるとないとで大きく違ってくるのが、よくきく、夢の短期目標と長期目標というハナシ。今から数年以内の夢と、10年後、20年後、30年後の夢を書きなさいと言われた時、数年後の夢はすぐに書けるのに、30年後の夢???なにを書いたらいいのか、よく分からない!って経験がおありではないでしょうか。なんとなくこんな30年後ってのは書けるけど、こんな人生を歩んでいるって鮮やかに思い描くのって、すごく難しいと感じたことってありませんか?ここに「人生の目的」があるかどうかが、大きな違いを創りだすようです。「人生の目的」とは、人生の大黒柱 なのかもしれません。わたしの友人で、素晴らしい人がいますので、彼のことをご紹介したいと思います。結構有名な人物なので、名前はここでは伏せておいて、カリスマバーテンダーとしておきます。彼は、ホントに素晴らしい人物で、中学を卒業すると同時に社会に出て、大成した人物です。バブル期に水商売の世界にいたことから、羽振りのいい社長が、ある日突然転落したり、ホームレスになったり、姿を消したりするのを目前で見てきました。そこで彼も、成功する人とそうじゃない人のなにが違うのかを実践の中で学びとっていったようです。実に様々な経験をした彼は、一時は全てを失って、何ヶ月もホームレスになってしまったことがあるという、凄まじい体験もしています。わたしも彼と同じように、多くの人に出会って学ばせていただきましたが、彼の実践と体験には、感服するばかりです。そんな凄まじい体験の後、彼は大成し、5店舗もの店を全て成功させ、30代前半にしてセミリタイヤ生活に入りました。今は海外に、なんと5千坪もの土地と家を買って、両親と仲良く暮らしています。(庭に森があったり、川もあるの、なんかすごいですよね)さて、多くの人にとっては、これがたどり着きたい、夢の目標といえますよね。ところが、彼のホントの夢、ホントの目標はこれからなのだそうです。彼は、自分の人生の目的をみつけました。それは、この世界に生まれてきて、自分だから出来る、自分にしか出来ない形で、世界が次のステップに前進する役割のひとつをやりとげようとしています。彼の講演活動や、執筆活動、いろんな人と出会い、触れ合っていく中での活動のすべてが、彼のビジョンに基づいています。勿論、それは彼にとって最高に楽しくて、生きがいに満ちたことでもあります。彼自身が、一生かかってやっていくと思うと言っていましたし、わたしもきっとそうだろうなと感じています。(勿論、時代の流れとともにやることは変わっていくと思います)ここに「段階をおって、達成していく」というのがあるようです。夢のものを手に入れた未来にむけてがんばることには、夢を手に入れた時、ようやく自分を認められるという、ある意味、今の自分を受け入れない部分があるかもしれません。ですが、生きがいの中で生き、楽しみながら達成することは、未来も幸せ、そして今も幸せだって生きられるかもしれません。さて、今回お伝えしたかったのは、こういう考えをしている人、こういう生き方をしている人が、どうやら世の中にはいるらしいということ、そして、ここにたどり着かなくてはいけないなんてものではけっしてなくて、こういう生き方もあるらしいから、そういう選択もあるのかもしれないなっていうことです。昨日もお伝えしましたが、「成功とは、あらかじめ設定した価値ある目標を、段階を追って成功していくことだ」という言葉の深い意味、わたしがつかむことができるようになるのに、10年以上もかかってしまいました。この言葉、自宅学習のある教育プログラムに出てくるのですが、正直に白状しますが、お恥ずかしながら、わたしはこのプログラム、満足にやりきることが今まで出来ませんでした(笑)。それは、きっとそのプログラムの深い意味を汲み取るだけのセンスが当時のわたしにはなかったんだなっていうことだと感じています。(だから、やってて辛かったのかなと)ですが、その後様々な経験をさせていただいたおかげで、徐々にですが、今までみえなかったものがみえてくるようになったようです。転んでみないと、転ぶと痛いということが分かりませんし、なんでこけたのかわかりませんよね。同時に、いくら「そこはあぶないから行ってはいけないよ」、「こっちを歩いたらいいよ」って言われても、次の人に「こっちのほうが安全らしいよ」とは言えても、「こっちが安全だよ」とは言えませんものね。わたしもメンターにいくら知恵をもらっても、いうことをきかずに何度もころんで大ケガをしました(笑)。ホントに生キズが絶えませんでした(笑)。でも、今ではホントにたくさんの貴重な経験ができてよかったなって感じています。メンターが言ってくれた貴重な言葉は、「とにかく、いっぱいいっぱい失敗しなさい」「そしていっぱい経験して、学びとりなさい」っていうことです。あせらず、それでいておそれず飛び込んで、たくさんの経験をして、たくさんの学びを受け取り、そしてそのことに感謝して成長できる人生って、なんだかカッコイイって思うのは、わたしだけでしょうか(笑)。
September 26, 2005
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ある有名な成功教育の第一人者が言った言葉で、「成功とは、あらかじめ設定した価値ある目標を、段階を追って成功していくことだ」というのがあります。さて、多くの人がこの言葉を実践するとしたらどうでしょう。「目標をあらかじめ設定する」というところから、達成したい夢を目標にしますよね。そして、願望達成ノートを取り出してきて書き込むのが、・いついつまでに年収を○○にする!・いついつまでに別荘を建てる。・いついつまでにカッコいいスポーツカーを手に入れる。こんな感じのことを書きますよね。そして、この目標に向かって、ビジネスやお仕事をがんばりはじめます。さて、ここで問題です。この願望達成ノートに書かれた「夢」が実現したらどうなるでしょう?その先は?実は多くの人がこのことを、きちんと意識していないようです。(多くの人が夢を達成しないのは、無意識にコレを避けるためとも言われているようです)夢の別荘を買い、年収が数億円になり、夢のスポーツカーを手に入れる。その後は?誰でも知っているおとぎ話の最後の締めくくりは、「そして、2人は幸せに暮らしましたとさ」というのがありますが、誰もが思うのは、「その後何もないなんてありえない」ですよね。そう、何もないなんてありえないですよね。かつてアポロ計画で月に行って帰ってきた宇宙飛行士たちは、あまりに壮大な偉業を成し遂げた後、何もやることがなくて、生きがいがみつけれるずに、長い間大変苦しんだという話をききます。わたしが出会ってきた、成功者と呼ばれる人たちの中の多くの人も、夢を手に入れた、その先がないことに気が付いて、なにをやるかというと、また次の大きな目標を設定して、働き続けるということをやっていました。ところが、これをやり続けている間は、自由なセミリタイヤ生活って送れないってことが、客観的にはみえてきますよね。では、ホントに幸せに生きている、セミリタイヤの時期も楽しめ、ビジネスに生きている時も楽しめ、人生そのもを楽しんでいる人たちは、なにが違うのでしょう?そこで、最初の言葉に戻ります。「成功とは、あらかじめ設定した価値ある目標を段階を追って達成していくことだ」この言葉は、さらっと流すと、目標を立てて、それをどんどん叶えていくことだと、とってしまいますよね。ですがこの言葉、ホントはもっともっと深く、深遠な意味を含んでいるかもしれません。多くの人が、「目標を設定する」というところに注目して、自分のかなえたい夢をすぐに思い描きます。ですが、多くの人は、「目標」という言葉はみえても、「目標」の言葉についている、「価値ある」という言葉に意識が行きません。「価値ある目標」っていったいなんでしょう?そして、「段階を追って達成していく」とはどういう意味でしょう?みなさんは、どう思われますか?わたしは、実はこの意味を理解するのに10年以上かかってしまいました(笑)。普通の人や、不幸せなお金持ちにはみえない、幸せな成功者にはみえている、「価値ある目標」ってなんでしょう?続きはまた明日。
September 25, 2005
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よく映画や物語で出てくるセリフに、「大きすぎる力を手に入れると、身を滅ぼす」というものがありますよね。これっていったい、どういう意味なんでしょう?以前ブログに書きましたが、「運をあげたければ、運を上げてくれる時計をしたら良いよ」、「高価なものが良いわけではなく、バランスが大事なんだよ」と教えてくれたメンターのおじいさんのお話をさせていただきました。このおじいさん、すごく高齢の方で、成功者というよりは、もう、仙人といった感じの人で、彼の深遠な経験と知恵は、わたしたちにははかりかねるものがあるとは思いますが、その知恵のエッセンスの一部をお伝えしたいと思います。「大きすぎる力を手に入れると身を滅ぼす」とは、いったいどういう意味でしょう?それは、自分の器をきちんと認識しているかどうかに関わってくる話なのですが、分りやすいところからお伝えしていきますね。あなたは大きな高級車に乗って、街を走っていたとします。すると、普通のクルマの時とは違い、明らかに他の車が道をあけてくれたり、止まってくれたりして、走りやすい!やっぱり高級車は違うな!ってとても気分が良くなるとします。しかし、ある人にとっては、普通のクルマに乗っていようが、高級車に乗っていようが、街の動きも周りの対応も、何も変わりません。(ホントに周りも変わらないんです)この差はどこからくるのでしょう?実は、これは器の大きさ(セルフイメージ)と密接な関係があるようです。先の高級車を乗っていたら気分がいいと感じている時、高級車だからこんないい気分を味わえるんだなと感じていますが、実はその裏に隠された重要ななことに気付いていません。それは、普通のクルマだったらこんな気分は味わえないと感じている、高級車だったら、人がそれなりに扱ってくれる、普通のクルマだったら、人は自分をよく扱ってくれないという世界に生きているかもしれないということです。高級車だったら、世の中の自分への扱いが良くなると感じているということは、同時に、高級車でなければ、世の中は自分のことを良く扱ってくれないという隠れたセルフイメージを含んでいるようです。ですが、多くの人が、この裏のセルフイメージには気が付くことができずにいます。しょっちゅう事故を起こす人は、しょっちゅう事故が起こるような自分では気が付かないなにかをやっているから、事故が起こるときいたことありますでしょうか。フツウの車だと割り込まれたり、入れてもらえなかったりするという人は、事故をよく起こす人と実は同じで、その部分に深層意識がフォーカスしていて、自分では気が付かないうちに、自分でその状況を引き起こしているようです。では、器にみあうということは、どういうことでしょうか?そう、もう一つのタイプ、普通のクルマに乗っていようが、高級車に乗っていようが、まったく周りも街の対応も変わらない状態の人、そのモノにみあうセルフイメージに達しているということのようですね。なぜなら、その人にとっては、高級車も普通のクルマも、同じ「普通のクルマ」だということなんです。街を歩いていると、高価なブランド物のバッグや時計を持っている人いっぱいいますよね。海外をまわったことのある人なら感じると思いますが、ホントにホントに豊かな国だと思います。そして、そんなたくさんのブランド物を持っている人たちの中の多くが、将来に不安を感じていたり、人生に満足が足りないと口します。冷静に考えたら、不思議ですよね。そんなに豊かなのに。もしかしら、わたしたちは、お金だけでなく、その豊かさに見合うメンタリティ、セルフイメージが必要なのかもしれないなって気が付くことが必要かもしれませんね。もしかしたら、物質だけじゃなく、心も豊かな人がみたら、私たちの多くがやっていることは、裸の王様なのかもしれません。ホントに幸せで豊かな成功者は、意外と質素な生活をしていて、高価なブランド物にも、高級車にも乗っていない人が多いときいたことがあるかもしれません。多くの人がそれをきくと、そんなケチくさい生活イヤだって思うかもしれません。ですが、心も物質も豊かになった彼らには、もはやブランドとか、高級とかいう境界線がないだけかもしれません。別に買っても、買わなくてもいいという世界に生きているようです。もちろん、大好きなら持てばいいというわけです。(以前CMで、「モノより思い出」というのがありましたが、いいですよね、あのフレーズ)自分がそのモノに器があっているかどうかを見分けるのは簡単です。それを手にした時、見せびらかしたくなるか、いいものだなって、大事にしたくなるかみたいです。とは言え、裸の王様の時代も必要ですよね。裸の王様をやらないと、「あっ!わたし、裸だっ!」って気が付くことできないもの。わたしですか?ありますとも、何度も何度も裸だったこと(笑)。
September 24, 2005
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今日はちょっと楽しいお話を。わたしはウィスキーが大好きなんですね。ウィスキーってアルコール強くて、「わたしは苦手ぇ」って方もおらると思うのですが、実はウィスキーが苦手な人でも、たいていの人が「美味しい!」って飲めるようになってしまう、ある魔法があるんです。わたしの周りの人たちも、以前はビール派、日本酒派、焼酎派、酎ハイ派はいっぱいいたんですが、ウィスキーが飲める人はほとんどおりませんでした。その人たちに、ある魔法をかけると、ほとんど全員が、「ウィスキー、美味しい」って飲めるようになっちゃうんです。それって、なんだと思います?それはね、大人のセルフイメージを提供してあげることなんです。大人のセルフイメージを提供するってなに???って思われるでしょ?例えばね、一番みんなが、確実にウィスキーにはまってくれちゃう魔法の方法があるので、それでお伝えしますね。京都と大阪の境に、サントリー山崎蒸留所という、ウィスキーの蒸留所があるんです。そこに、「ウィスキー美味しい」って言わせたい友人を連れて行きます。サントリーの蒸留所は、自然と歴史を大切にする想いが込められたとっても大人っぽい雰囲気を感じられる場所なんです。で、行った人はたいてい、大人っぽい雰囲気にワクワクしちゃいます。そして、一通り見学してまわってからたどり着くのが、何十年と眠りについている、何千樽というウィスキーの貯蔵庫。ここにたどり着いた瞬間に、その人の中のなにかのスイッチが切り替わります。そして、最後がバーで飲む瞬間です。この時、ほとんどの飲めなかった人が、「美味しいね」って口にしてしまうんです。さて、これはどういうことでしょう?蒸留所行ったり、貯蔵庫行ったら、ウィスキーが飲めるようになるっていうような不思議な話なのでしょうか?違いますよね(笑)。わたしは、最後の最後の仕上げに、わたしのとびきりにお気に入りのバーにその人を連れて行きます。そこで、「チーン!」、いっちょあがり(笑)!次回からは、わたしの知らないような銘柄のウィスキーの名前を話し出したりする人もいたりします。もうおわかりですよね。そう、食わず嫌いだった(飲まず嫌い?)ウィスキーを美味しいかも知れないって、ところから口にするって言うのもありますが、ホントに飲めるようになった理由は、「こんな大人の雰囲気を楽しめるわたしって、イケてるよな」って大人の雰囲気を楽しめる、大人のセルフイメージ、大人のメンタリティが身に付いたってことなんですよね。わたしは、とびきりにお気に入りのバーに行く時は、実はお酒を飲みに行くわけじゃないんです。大人の雰囲気を楽しむ、時間を買いに行くんです。なんかちょっと素敵でしょ。
September 23, 2005
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わたしたちは、ほとんど何も考えることなく、日常の生活の中で言葉を使っていますよね。言葉は、自分以外の誰かとコミュニケーションをとる為のツールと一般的には認識されています。ですが、世の中には言霊という言葉も存在します。言霊とは、書いて字のごとし、言葉には魂があるという意味ですよね。これってどういうことでしょう?言霊=言葉には魂があると言う意味だと仮定します。すると、わたしたちが何気に使っている言葉には、意思があると仮定することもできるかもしれません。実は、多くの人がほとんど注意を払っていませんが、言葉にはものすごいチカラがあるようです。何故かというと、なにげに使っている言葉でも、脳と深層意識は、わたしたちの意識とはまったく無関係にどんどん情報として取り入れ、脳と無意識に書き込みをして、わたしたちの行動と思考をつかさどる、OSに強い影響を与えてしまうからのようです。自分の明確な生き方のルールを口にしたり、誉めるべき人を誉めたり、美しいものを素直に美しいと言葉にすると、脳と深層意識は、それにふさわしい、美しさに基づく状況をその人の周りに引き寄せます。それは、脳と深層意識が、美しさに(無意識に)フォーカスしているからのようです。逆に人を批判したり、評価したり、負のエネルギーを含んだ言葉を発すると、脳と深層意識は、わたしたちの意識と関係なく、それにふさわしい、負のエネルギーと同等のできごとや状況をその人のまわりに引き寄せます。それは、脳と深層意識が、そのエネルギーに同等の(実はもっと深い意味があるですが)できごとにフォーカスしているからということのようです。本当に注意を払わなくてはいけないのは、言葉には、自分が思っているよりはるかにすごいチカラを持っている可能性があるということです。わたしのメンターたちが全員、同じく口にしていたのは、自分の言葉に心から敬意を表し、細心の注意を払うこと!ということです。これは、本当にくどいくらい何度も何度もきかされた言葉です。みなさん、気づかれていたでしょうか?わたしがいつも、文章を締めくくる時に、「ありがとうございました」ではなく、「ありがとうございます」と言っているのを。これって、文法的には微妙に違和感あるでしょ?でも、なぜこんな言葉使いをしているのか?実はこれも、わたしのメンターのうちの数人から学んだ知恵のひとつなんです。一般的には、お礼を言う時には、「ありがとうございました」といいますよね。ですが、脳と深層意識は、はこの言葉をどう解釈するかというと、「ありがとうございました」=過去形。つまり、さっきまでは感謝していたけど、今は感謝していませんと、脳と深層意識は勝手に解釈してしまうようでうす。そして、その言葉にふさわしい現実を引き起こすようです。ですから、言語的には微妙な違和感があっても、あえて、「ありがとうございます」=今、この瞬間も感謝していますという言葉使いをしているというわけなんです。つかんでいただきたいのは、言葉に注意を払うというのは、言葉に神経質になると言う意味ではありません。言葉が、脳と深層意識の能力を最大限に発揮してくれるよう、正しい入力を心がけるということと、自分に関わってくれる人たちの脳と深層意識にも、きちんと感謝をつたえていたないなって思いからなんです。こんな言葉遊び的なものが、ホントに効果あるの?って思われるでしょう?でも、ホントにこれはね、やり続けた人しか見えてこない世界があるんです。選択の機会はいつでも目の前に用意されているようです。やるか、やらないか、信じるか、信じないか、やってみるか、我流を通すか。やり続けて、何年か経った時、明確な結果と違いが現れているのを体験しているかどうかは、今の選択次第かもしれませんね。
September 21, 2005
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もう10年位前のこと、メンターが言ってくれた言葉でとても印象的で、その後の人生にとても大きな影響を与えてくれた言葉があります。その言葉とは、「今日言ったことが今すぐわからなくても、5年後10年後に役に立っていたら、今日きいたかいがあるでしょ」というものでした。この言葉をきいた当時のわたしは、「今すぐにわかりたい!」、「今すぐにできるようになりたいんです!」とだだをこねていたものです。だって、できないことをできるようになりたくてメンターに教えを請いに行っていたんですものね。ところが、彼が言ったのは、「今はわからなくても構わない」というスタンスでした。さて、数年後どうなったか。本当に彼が言っていた通り、何年も経ってから、「何を言っているんだろう?」、「なんでこんなことを言うんだろう」って当時はよくわからなかったことが、今の人生に大きな影響を与えてくれています。彼から学んだ、わたしの最も大きな財産のひとつが、この「今はわからなくてもかまわない」というものです。先日も東京で行われたセミナーの会場で、彼は同じことを言っていました。「圧縮ソフトをなげるので、きっと何を言ってるのか分からないとか、なんでそんなことを言うのか分からないって感じるかもしれませんが、今はまだ受け取ったソフトを読み取るだけのキャパがないだけなので、必要な時期が来たら、解凍されて扱えるようになりますからね」「ですから、わからないまま受け取って下さい」と。わたしたちの多くは、「今すぐ分かりたい」、「今すぐできるようになりたい」って焦って答えを要求しますよね。ですが、もしかするとそれは、合いもしないパズルのピースを無理やりに自分の形にはめ込もうとするようなものかもしれません。今分からないのは、今分かるだけの器がないからだと知っておくのも必要かもしれません。「今は分からなくてもかまわない」というのは、自分の人生を信頼するということのようです。今わからなくても、成長した将来の自分は必ずそれを扱え、幸せに生きる人になっている、だから今日は、そんな将来の自分の為に分からないことを分からないまま受け取っておこう」この生き方が、幸せな人、幸せな成功者の生き方のようです。わたしはゲームはやりませんが、ゲームの主人公って、最初はほとんど武器らしい武器を持っていないけど旅をしていくうちに様々な経験を積んで、経験値があがるにつれ、扱える武器(ツール)が増えていくでしょ。人生もまったく同じかもしれませんよね。わたしたちは、すぐに「わからない」、「できない」ってネをあげがちです。ですが、自分の人生をもっともっと信頼してあげてもいいかもしれません。ネをあげた瞬間、心の深い深い深層意識のレベルで、「自分の人生、もうやぁめた!」って、自分自身に言っているかも。「今はわからなくてかまわない」って生き方があるのかもしれないなって心の片隅にでも置いておいてみてください。いつも書いている言葉ですが、わたしがメンターに貰った人生を最も大きく変えた言葉を最後に書いておきますね。「何年か経った時、なんであんなに悩んでいたんだろうって不思議に思う日が来ますよ」今日も、将来の自分のために何を投資できるのか、楽しんで生きて下さいね。
September 21, 2005
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幸せな人や幸せな成功者になると、普通の人だったころのことを忘れてしまうと、以前メンターからきいたことがありました。その話をきいた当時の私は、毎日お金の心配をしていたり、自分がなにをライフワークにしたらいいのかもわからず、漠然とした不安を毎日感じていた頃で、「えぇ!?そんなわけないでしょ!」「だって、こんな不安や心配に心を揺り動かされた記憶を忘れるわけないじゃない!」って思っていました。また、苦しい頃の思い出を忘れてしまうなんて、人の痛みを感じられない薄情な人になるみたいで、そんなのイヤだなって思っていたんです。でも、当時の状況からはとっとと抜け出たい!そのためなら、なんでもやるから、誰か助けてーなんてめっちゃ矛盾したことを考えていたのですが(笑)。さて、当時メンターに言われた、「普通の人だったころのことを忘れてしまう」という言葉の意味、最近になって、だんだん分かってきたような気がします。それは、普通の人だった頃の記憶がなくなるわけではなく、普通の人だった頃と、同じことが目の前に起こっても感じる感情が全然変わるということと、普段、日常生活を生きている最中に考えていることがまるで変わってしまうということなんだなっていうことです。まさに、メンターがわたしに昔言ってくれた、人生を変えたアドバイス、「なぜあんなに悩んでいたのか、不思議に思うようになりますよ」という言葉そのものではないですか!なにをやってもうまくいかないと感じていた頃に目の前になにか問題が起きたときに感じていた感情は、「うわっまただよぉ」「なんで、うまくいかないの!?」「なんてツイてないんだろう」なんて感じの感情でした。そういう時に、たまにいいことがあると、「よし!これで自分はツイてるはずだっ!」って怖さをごまかして自分に無理やり言い聞かせるのと同時に、「こんなの続くわけないな」ってあきらめの感情が同居していたものです。今同じような問題が目の前に起きてきたら、「これでなにを学ぶのかな?」「乗り越えられるから、起こってるんだな」って、起こる出来事がきっと自分を成長させてくれると理解できるようになって来ました。無理によく考えようっていうポジティブシンキング的なものとはちょっと違って、起こるべきことが、起こるべくして起こっているんだなって、ニュートラルな位置からみれるようになって来たようです。(とはいえ、不安も同居します(笑))で、人生に満足がなかった頃、普段なにを考えていたのかという件なのですが、実はそれがよく分からなくなってきているんです。今は執筆のことや、ビジネスについてのことを、街を歩いていても、自転車に乗っていても、ご飯を食べていても、いつもいつも考えています。考えようとしているんじゃなくて、楽しいので他のことが考えられないっていう状態のようです。で、あまり人生に満足していない頃、普段なにを考えていたのかをなぜ思い出せないのかを、考えてみました。で、「ああ、そうか、これかもしれない」って出てきたのが、人生に満足のない頃のわたしは、毎日がオートマティックに生きていたので、不安や心配、嬉しいこと、悲しいことなどの、その場その場の環境次第の感情は感じてはいたけれど、特に何も考えていなかったのかもってことです。オートマティックって、どういうことかということ、朝眠い目をこすって起きて、歯を磨いて仕事に行って、お昼ごはんを食べて、営業車でお昼寝して、ちょこちょこっと仕事して、時間が来たら日報を書いて、上司の目を気にしながら、隠れるように帰宅する。で、ご飯を食べながらテレビをみて、明日が来るのがイヤだから夜更かしをして、んで、翌朝は寝不足だからしんどくて、週末が楽しみで、日曜の夕方、サザエさんがはじまったらブルーになる(笑)この繰り返しを、リピート再生みたいに繰り返してで、起こる出来事に自動的に一喜一憂はするけど、その実、なにも考えていないっていう人生だったんです(笑)。きっと、いろんなことを考えているつもりだったんだと思うんですが、実はあまりアタマは使っていなかったのかもしれません。メンターが以前言ってくれた言葉で印象的だったのが、幸せな成功者は、バケーションにいきながらもアタマの中はビジネスや幸せの探求をしている。多くの普通の人は、仕事をしながら、アマタの中はバケーションに行っている(笑)っていうものでした。笑えるような、笑えないような話ですよね。さて、多くの人が遊んでる時に、ビジネスのことを考えているなんてなんて、つまらない!遊んでる時くらい、仕事のことを忘れないと、仕事ばかりの人生になっちゃうじゃうんじゃないの?それって、仕事やお金のことにしか興味のないツマラナイ人間になるってことなんじゃないの?って思われますよね。でもね、それは仕事をイヤイヤしている時の発想みたいです。大好きなことをしていて、ちょっと、寝たら?って言われてもいてもたってもいられなくて、また起きだしてやってしまうくらい夢中で、楽しくて楽しくてしょうがないことをビジネスにしている人にとっては、ビジネス=遊びなのかもしれません。だからこそ、ホントに自分の大好きなことをとことん探求することがホントに大切なのかもしれません。世の中のクリエイティブな分野の第一線で活躍する人や、クリエイティブな発想でビジネスを展開していく人の多くにおたくレベルといえるくらい、ひとつの事に没頭できる人が圧倒的に多いのは、必ずしも偶然じゃないかもしれませんね。はて?わたしはなんのおたくなのでしょう(笑)?わたしは、極めて自分のことを普通の人と思っているのですが、うちのスタッフはみんな、「普通じゃないですよ」って言いやがるんです(笑)。なんで(笑)?????
September 20, 2005
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今日、大阪に出かけていたら、ワールドウォッチフェアなるものをやっているのをみつけ、ちょっとのぞいてみることにしました。まっ、いわゆる時計展なのですが、少し前から、なぜか夢に出てきて気になっていたメーカーがあったので、行ってみました。その夢に出てきた時計メーカーは、バセロンコンスタンティン。いろんな時計のブースが有ったのですが、お目当てのバセロンは、いやぁなんか敷居が高いといいますか、ちょっと緊張してしまいました(←なんか笑っちゃうでしょ(笑))。今日は、飲み友達の会社社長から、「お!いい時計!貸して(笑)」と言って借りていたブレゲをさせていただいていたので、ブースのスタッフの方も、「おっ」て感じで対応してくれたのですが、これが普段している時計だったら、(いや、かなりいいものなんですよ(笑)、アンティークだけど)対応は違ってたのかな?なんて思ったりしました。いろんな時計メーカーのブースがあって、みていたのですが、面白いなって思ったのは、ロレックスとか、カルティエとか、フランクミュラーとか、ブルガリとかのブースは、人が溢れるほどいっぱいいるんですけど、ブレゲとか、バセロンコンスタンティンとかの老舗メーカーのブースは、ホントに時計の好きな人しか見に行かないんだなぁって印象を受けました。そこで感じたのが多くの人は、みんなが知ってるメーカーがいいんだなぁってことでした。だって、バセロンなんて腕にはめていても、殆ど誰も気が付かないだろうし、下手したら、吊るしのクォーツ時計と思われるかも(笑)。でも、ビジネスオーナーの時計好きのおじいさんとかは、○○○○○なんてイヤ!だって小僧がしてると思われるもん!なんて、小僧みたいなことを言って笑わしてくれる可愛いところがありますから、行くとこまで行ったお金持ちは、みんなが欲しがるブランド物は持たないんだなぁって思ったりします。電車に乗っていても、周りを見回すとみんな高価な時計やバッグ等をしているなぁって感心します。みんなそんなに高価なものをいっぱい持っていて、それでいて、将来に不安があるとか、今の仕事に不満を持っているとか、お金持ちになりたいとか、思ってるって聞くの、ホントかなぁなんて、ちょっとふしぎに感じちゃいます。んでもって、感じたのが、高価なブランドモノ欲しいのか、持ってないとカッコ悪いのか、あったら、よくみえるって感じてるのか、どこに意識があるのかしらん?なぁんて感じた日曜でした。と言ってる、わたしがバセロンのブースで微妙に緊張したのが、たいしたことなくて笑えるでしょ。
September 18, 2005
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多くの普通の人は持っていないけれど、幸せな人、幸せな成功者は必ずもっているものがあります。言ってみれば、幸せな人生を送ったり、幸せな成功者になるためには、必ず必要なものと言えると思います。さて、それはなんでしょう?わたしが出会った全ての幸せな成功者が全員持っていて、幸せな人の人生を生きていない人がだれも持っていなかったもの、それは、「自分がどんな人生を生きるのか」という明確なルールです。宇多田ヒカルさんの曲にCOLORSという曲があります。この曲では、この「どんな人生を生きるのか」ということをとても深いテーマで扱っています。まだまだ若い宇多田ヒカルさんが、いったいどこでどんな経験を積んで、こんなセンスをつかんだのか想像もつきませんが、この曲で扱われる深いテーマは、幸せな人生を送る人と、普通の人の人生の明快な違いを表しています。「ミラーが映し出す幻を気にしながらも、いつの間にか速度をあげている」わたしたちの多くが、過去の後悔や未来の不安に意識をむけてしまい、今この瞬間に生きているといった体験をできずにいます。自分以外の(他人の評価、世間の常識)いろんなことに注意を奪われ、自分の人生を生きていないのに、不安を抱えていたり、満足を感じていないまま、自分をだましだまし、言いきかせながら、どんどん日常の波に押されて走ってしまいます。そんな最中多くの人は、「あれ?自分はどんな人生を生きたかったんだっけ?」なんて、立ち止まって、みてみるなんて思いつきもしません。そして、とても深いと感嘆させられた歌詞が、「何処へ言ってもいいといわれても、ハンパな願望には標識も全部灰色」というものです。自分がどんな人生を生きたいのかが分からず、それゆえに、どっちに進んだらいいのかも決めていない時には、目の前に起こるいろんな出来事が、「これだよ」、「今の君が気づくべきは、これだよ」ってサインを送ってくれていても、まったく気づくことさえできません。幸せな成功者は、どんなささやかなできごと、日常の小さな小さな出来事からもいろんな気づき、学び、閃きを受け取っています。極端な話、道を歩いていて、石ころでけつまずきそうになった瞬間にも、「ああ!あれって、こういうことか!」って、石ころから気づきを得てしまったりします。(これ、ホントです)それくらいどんなことからでも学べるほど意識が拡大していると、ありとあらゆる不思議なシンクロニシティが、幸せな成功者をより幸せに、豊かに導いてくれます。シンクロがあまりに頻繁に起こるので、普通の人が「奇跡だ」って飛び上がって驚くようなことも、だんだんアタリマエのことになって、そんなに驚かなくなります。(これは、ホントにホントです)わたしたちは、自分の人生をどんな風に生きたいのか、自分で決めることができますよね。愚痴を言い続け、不満とともに生きる人生も、無難に出来る限り何事もなく過ごしたいというところから、感覚を遮断して、だんだん感情を感じなくする人生も生きられるし、生きがいを感じる人生を生きるってところから、生きることもできます。どの人生も自分で選択することが可能です。COLORSの最後はこんな歌詞でしめくくられます。「もう自分には夢のない絵しか描けないというなら、自分のキャンバスなんだから、何度でも塗りつぶしたら」わたしたちは、自分の人生をどんな色で彩りたいんでしょう?あまり色のない、灰色の人生?それとも、様々な色を使った、鮮やかな人生でしょうか?最後の最後の歌詞「今のわたしは、あなたの知らない色」は、ものすごく深い内容だと感じています。ここでは、わたしの解釈は書かないでおきます。(間違ってるかもしれないし(笑))ぜひご自分で、どんな意味なんだろうって、深く探求してみて下さい。ところで、先日マスターはインタビューを受けました。本日の夜、CHRISHからメルマガ「キラめくあなたの夢レシピ」として発行されるそうです。読んでねー。
September 17, 2005
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世の中には、この生き方をしている人がホントに多いと感じています。欲しがりません!勝つまではって、どういう生き方でしょうか?それは、言いたいことを言う為には、人に胸をはれる業績、地位、名誉、財産が必要だと信じている生き方のことのようです。こういう話が出ると、「いやいや、世の中お金じゃないですよ」って言い出す人が必ず出てくるものなのですが、そういう人ほど、お金に使われていたりしますよね。(何故か身なりに気を使わない人に多いのですが(笑)。)人に胸をはれるっていったいなんなのでしょう?きっと、多くの人にとっては、他人に一目を置かれるレベルに達しているかどうかのことじゃないかなって感じています。しかし、それは言いかえれば、甘くみられない、なめられない、他人に口出しをされる可能性の低いレベル、つまり、恥をかかなくてすむレベルに達しているかどうかという、不安に基づき、ワクワクには基づかないレベルのことかもしれません。ワクワクには基づかない、不安に基づいたあり方や人には、不安にふさわしいレベルの人や運、結果しかやって来ないようです。では、わたしたちがホントに胸をはって生きられる生き方、というよりも、背筋が伸びるような生き方とはどんなものでしょう。人がホントに魅力を感じ、共感をする生き方、ホントの意味で耳をかさずにいられなくなる生き方って、どんな生き方なのでしょうか。わたしが考えるその生き方とは、自分が自分らしく、自分の美学に忠節に生きていることを自分自身で承認している生き方をしている人じゃないかなって感じています。誰もが、ホントは人にどう思われるかなんかよりずっと、自分が自分らしく生きていることを誇らしく感じられる生き方をしたいんじゃないかなって思うんです。そんな人が、一人また一人と増えていって、周りの人たちに、「こんな生き方していいんだぁ」って勇気付けられていく輪がひろがったら、ホントに素敵な世界に変わっていけるだろうなって、感じています。
September 15, 2005
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大好きなことでお金を生みだす自分の大好きなことを仕事にする、大好きなことをしていたら、自然と豊かさがやってくる。こんな考えが世の中に浸透しはじめて、多くの人が、自分の大好きなことを探し始めました。ですが、多くの人が次の2つのことで、なかなかこれを実現できません。1.自分の大好きなことがわからない2.大好きなことをしているのに、お金にならない。実を言うと私自身も、何年も何年もこのテーマと格闘した一人です。今なら、よくわかるのですが、どちらにも共通しているのは、多くの人が「すぐに答えを求めたがる」、「すぐに結論付けたがる」、「早合点して、フライングしてしまう」という、あせりを起こしてしまい、深く「大好きなこと」、「大好きなことでどうやったら、お金になるのか」を洞察しようとしないためにこれらを発見できないし、実現もできないでいるようです。まず、あなたが本当に大好きなことって、なんなのでしょう。例えば、あなたはビーズのアクセサリーをつくるのが大好きだとします。そこへ、「大好きなことをしていたら、お金が自然とやって来る」っていうことをきいたら、あなたはなにをしようとするでしょう?たぶん、ほとんどの人が、ビーズのアクセサリーでお金を稼ぐ方法を探しはじめますよね。そして、なにをするかというと、友達のお店のカウンターにおいてもらったり、レジ横においてもらったり、パソコンでネットショップをつくったり、オークションに出品したりしようとするんじゃないでしょうか。ところが、これがなっかなかうまくいきません。それどころか、労力のわりにいっこうにお金らしいお金になりません。やっかいなのは、大好きなことを続けていると、うまくいくという、知識だけアタマにはいっているので(いいきかせているので)、いつうまくいくのか皆目見当もつかないし、どうやったらうまくいくかも思いつかないのに、「続けていたら、きっとうまくいく方法もみえてくるだろう」という泥沼にはまってしまいます。こんなパターンの人はきっと少なくないと感じています。わたし自身もそうでしたし(笑)。ではこれは、いったいなにがうまくいっていないのでしょう?そう!ビーズアクセサリー作ることが大好きって、早合点してしまったのが、最初で最大の落とし穴だったみたいです。「はやくなにかをはじめたい」っていう気持が沸き起こるのは、いっけんワクワクからきているかのような顔をするので、気づかずにはじめてしまう人が多いですが、ほとんどの場合が、「早くライフワークをみつけて、安心したい」という欠乏感を解消したい欲求からきているということを認識する必要があるようです。じゃあ、ビーズアクセサリー作りは大好きなのに、これは、ライフワークでもなければ、お金にもならないの?という答えが返ってきそうですよね。では、あせりを手放して、ホントに大好きなことがなんなのか、さがすということをはじめてみましょう。あなたは、ビーズアクセサリーをつくるのが、大好きです。とっても楽しいし、ワクワクしますよね。ここであなたは、ビーズアクセサリーが大好き!って早々に結論付けてしまったわけですが、ホントに大好きなことは、ビーズ作りのどの部分なのでしょう?ビーズの色を考えること?どんなデザインにしようか考えること?キレイな色をながめることでしょうか?ビーズに糸を通す瞬間?できたものを眺めて、お茶を飲んでいる時?誰につくってあげようか、考えている時でしょうか?もしかしたら、ビーズを扱っている時に、蘇る子どもの頃のなにかのワクワクかもしれません。あなたの大好きなことは、ビーズ作りそのものではなく、ビーズ作りという一連のイベントの中のエッセンスのひとつかもしれません。あなたの本当に大好きなことは、あなたのワクワクのソース(源泉)を深く深く探っていった時に、思いもよらなかった形のものがあらわれてくるかもしれません。このことは、「ソース~あなたの人生の源はワクワクすることにある~」に詳しく紹介されています。まだ読まれていない方は、ぜひ読んでみて下さい。わたしのメンターの本田健さんも、「わたしの人生を変えるきっかけになった本ですよ」と紹介してくれた本です。わたしは小さい頃、小説家になりたいと思っていましたので、大人になってからも、雑誌編集者やライターなど、書く仕事をしてきました。書いたり、表現したりすることがわたしの大好きなことだと思っていたからです。ですが最近になって、自分が本当に大好きなことは、違うところにあるということがみえてきました。わたしは、普通の人が「あたりまえ」と思っていて、見逃してしまっている、「世の中のしくみ」の裏の裏を発見して、「ホントだ!それは気がつかなかった!」って気づきの機会を提供して、喜んでもらうことが、この上なく好きなんだなって、最近になって気づくことができました。書くこと、表現することは、それを実現する手段の一つだったというわけです。あなたのホントに大好きなこと、もし心の底から「これで絶対間違いなし!」って静かなワクワクと確信に達していないようでしたら、あせらず、ゆっくり探してみて下さい。幸せな成功者の絶対条件は、「今は、わからなくてもかまわない」という執着を手放すということのようです。さて、大好きなことをみつけても、大好きなことをやることと、お金を生み出すということは、別の分野だと言う認識が必要なようです。大好きなことで、お金を生み出すのはどうしたらいいのでしょう?それには、大好きなことでお金を生みだす、キャッシュポイントを「みつける」という閃きが必要なようです。このお話は、また後日。
September 15, 2005
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先日から、幸せな成功者とにわか成功者をどうやって見分けるのかを、お伝えしています。今日はその続きです。何を持っているのかを誇示する人何を持っているのか、どんなクルマに乗っているのか、どんなことを成し遂げたのかを誇示したり、ちらつかせたりする人がいます。よく観察しないと、いつの間にか相手のペースに飲み込まれてしまったり、煙にまかれる場合があるので、注意してみる必要があります。自己を誇示する人、言い換えれば自慢話のポジションにいる人は、持っているものや、やってきた業績で自分の価値をつくりだそうとする傾向があるようです。これは、なにが実際には起きているかというと、自分の価値が自分でどこにあるのか、所在がわからないので、モノややってきたことに置き換えて、モノで自分の価値の大きさを表現する手段をとっているということを知らないことさえ知らない状態と言えるようです。また、自分は他の人と比べて、どのくらい優秀かという、比較の世界に生きているともいえます。残念ながら、こういう人たちがやっていることは、幸せな成功者の目には、どう映っているかということ、自分では、自分の大きさを表現しているつもりなのに、自分がいかに小さいかを表現しているようにみえてしまいます。つまり、本人は気がつきませんが、幸せな成功者には、バレバレということみたいです。実は幸せな成功者ほど、学歴や業績などの肩書きを重要視していないことに気がつくかもしれませんよ。よくみてみて下さいね。続きはまた明日。
September 14, 2005
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今日、飲み友達で古い常連さんでもある、社長さんに、「誕生日なら一緒に飲もう」と誘っていただいて、行きつけの店に、(自分の店でもあるんだけど(笑))飲みに行きました。そこで、プレゼントされたのが、マッカランのグランレゼルバという、幻のウィスキー。マッカランといえば、シングルモルトウィスキーのロールスロイスと言われる、ウィスキーの老舗中の老舗、世界最高峰のウィスキーとも言えるわけですが、そのマッカランが、威信をかけて送り出したのが、このグランレゼルバ。シェリー酒を寝かせた樽だけを使って、貯蔵することで、甘く芳醇な香りがたまらない、香りも口当たりも最高のウィスキーです。このグランレゼルバ、木箱に入って、みるからに只者じゃなさのオーラを発していましたが、香りも味わいも、こんな優しくて、やわらかくて、それでいて、たまらない余韻が残るウィスキーを飲んだことないよ!っていうくらい、ホントにホントに、すばらしく美味しいウィスキーです!わたしは、ウィスキーがホントに大好きで、サントリーの山崎蒸留所が、近いこともあって、月に一度は、蒸留所に通っているのですが、こんなに美味しいウィスキーが世の中にあるんだ!っていう深い深い感動がありました!こんな素敵なプレゼントを贈ってくれる友人がいることに、心が震えるくらい、嬉しく思います。ホントにホントにありがとう。
September 13, 2005
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マスターは、今日で39歳になりました。ついにリーチです(笑)!これから一年、最後の30代です(笑)。それにしても、学生時代の同級生に会うと、「ええっ!」ってくらいおっちゃんになっていたりして、驚かされちゃいます。私の周りの同年代は、みな若く見えるので、どんな生き方をしているのかが、若さにすごく影響するのかもって、感じたりします。みなさんはぜひ、自分の大好きなことを楽しんでくださいね。さて、お約束の昨日の続きです。幸せなお金持ち、幸せな人だけでなく、普通の人や不幸せなお金持ちからも、学びは幾らでもあることをお伝えしてきましたが、幸せに生きる、幸せな生き様に触れるためには、幸せな人、幸せな成功者からしか学び取ることはできないと、わたしは感じています。。いろんな人と数多く触れ合った来た、人間関係の達人レベルなら、出会った瞬間に、幸せな成功者か、不幸せなお金持ちかは、直感で見分けることができます。ですが、まだ自分の直感に信頼がもてない人は、なにを基準に幸せな成功者と、にわか成功者を見分けたらいいのでしょう?今回はどうやったら、幸せな成功者と、にわか成功者を見分けることができるのかについて、多くのメンターから学んだ知恵と、わたしの体験から得た知恵をお伝えしたいと思います。ホントの幸せな成功者と、にわか成功者の見分け方1.その人の周りの人をみる。その人の周りの人が、その人の盲目的な信奉者だったとしたら、その人にはあまり深く関わらない方がいいと、わたしは感じています。盲目的な信奉者とはつまり、「あの人の言っていることが正しくて、あの人の言っていることが理解できない人は、間違っている」という正しいか、間違っているかの世界にいる人たちと言えます。正しいか、間違っているかの世界の人たちは、自分たちで気づくことは、とても困難なのですが、世界を敵か見方かの2つの世界にわけることで、自分の居場所を確保する人たち(←重要)のようです。この世界は、当然ながら争いのある世界ですから、ホントの幸せな人の世界とは、世界が異なるとみていいと感じています。ホントに幸せな成功者は、正しいか、間違っているかなどとは言ってはきません。すべては、その人の判断を信頼して、ゆだねているので、自分の意見を強要はけっしてしてきません。同様に、自分の意見を押し付けてきたり、同意を得ようとあれこれ、自分の考えを押し付けてくる人も、争いの世界の住人と見ていいかもしれませんね。批判意見を言ったり、自分の意見を通そうとして来る人たちがいるとしたら、同意を要求せずにいられない、自分の中に起こっているなにかに気づくまでは、いつまでもそのゲームをやめることはできないようです。気づくためには、「なぜ、意見を言わずにいれないんだろう?」って自分の感情を洞察してみる以外は手がないじゃないかと感じます。2.あなたに、行動や変化を要求してくる人上の正しいか、間違いかと同じ流れではありますが、にわか成功者や、不幸せな成功者は、自分の考えに従わせようと、あなたに行動や考えを変えることを要求してきます。「あの人にわからせたい」というのも、同じとみていいかもしれません。にわか成功者は、自分をよくみせたい、自分が正しいということを証明したいという欲求を手放せません。あなたになにかしらの要求をしてくる人は、にわか成功者か、不幸せな成功者とみたほうがいいかもしれません。ホントに幸せなよいメンターは、アドバイスをしても、「やれ」とは絶対に言いません。やるかやらないかは、本人の選択だからのようです。そして、アドバイス自体も、きかなければなにも教えてはくれませんし、「こうしたらいいよ」という具体的なアドバイスも、わたしはもらったことがありません。「きっと、人生うまくいくよ」とか、「自分もそうだったよ」とか、「学べる時に、思う存分学べるのはいいよね」とか、そんな抽象的なことしか、アドバイスしてくれません。ですが、この抽象的なアドバイスは、実は「自分は自由に選択をする機会を持っているんだ」と、自分が人生を決める許可を気づかせてくれたようです。結果的に、その場その場のアドバイスとは、比較にならないほどの人生の転機は、こんなアドバイスだったと、後になってから気づかされます。他にもまだまだありますが、長くなったので今日はここまでにしますね。続きはまた明日。
September 13, 2005
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わたしにはおかげさまで、たくさんのいろんな分野のメンターがいてくれています。メンターという言葉が世の中で認知されるにしたがって、メンターを求める人の声も増えています。ですが、多くの人がメンターに関して、誤解している部分があるように感じています。以下がそれらと言えます。1.メンターは、一人だと思っている。2.メンターは、頼み込んでなってもらうものだと思っている。3.メンターは、成功者やお金持ちだけだと思っている。1のメンターは一人だけではないというのは、以前お伝えしたとおりです。3はとても大事なことなのですが、ごく普通の人からでも、学びや気づきを得る機会はいくらでもあるとわたしは思っていますし、幸せなお金持ちや、幸せに生きている人からだけでなく、不幸せなお金持ちや、不幸せな生き方をしている人からも、学びや気づきはつきません。幸せなお金持ち、幸せな成功者、幸せな人からは、彼らの生き様を学び、不幸せなお金持ち、不幸せな生き方をしている人たちの生き方からも多くの気づきを、うけとることが出来ると感じています。さて、わたしがぜひお伝えしておきたいと感じているのは、2のメンターは頼み込んでなってもらうものではないということです。わたしのメンターたちが、よく苦笑しているのですが、「○○さん、ぜひ、わたしのメンターになって下さい!」と言って来る人がいるそうです。ですが、これは初対面の人に向かって、「結婚して下さい!」って言うようなものみたいです。もし、あなたが、ろくに話したこともなく、どんな人かも、よくわからない人から、「結婚して下さい!」って突然言われたらどうでしょう?絶対に引きますよね(笑)?じゃあ、どうすればいいのか?と言うことなんですが、わたしが大切に思っているのは、「おっ、この人、ちょっと面白そうだ」とか、「なかなかいい雰囲気の人だな」って思われる、相手に興味を持ってもらえる人間になることだと感じています。以前から幸せに成功する人、幸せな生き方を実践する人は、「あなたが大好き」、「あなたのことを応援したいです」って言ってもらえる人になることが、最も大事だと感じるとお伝えしてきましたが、幸せな成功者や、幸せな人に気に入ってもらい、メンター候補になってもらうためには、やはり、この部分が大事だと感じています。さてさて! もっとも気になり、最も大事なことだと思われることが、幸せな成功者と、そうじゃない成功者をいったいどこで見分けるかということですよね。いろんな人と数多く触れ合ってきた、ある種、人間関係の達人レベルになっていれば、会った瞬間、直感的に幸せな成功者か、にわか成功者かがわかることができるのですが、自分の直感を、まだ信じ切れていない人にとっては、どこで見分けるかという基準が、ぜひ知りたいって感じるところではないでしょうか?明日は、幸せな成功者と、そうじゃない人をどこで見分けるのか?をわたしの体験と、メンターたちから伝え学んだ知恵を通してお伝えしていきますね。
September 12, 2005
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パラダイムシフトの話を、ここしばらくはお伝えしていましたが、今日、たまたま話題に上ったお話をしたいと思います。スターウォーズ 旧三部作のひとつ、「帝国の逆襲」はご覧になられたことはありますでしょうか?主人公、ルークス・カイウォーカーは、師である、ヨーダからフォースの修行を受けます。ある日、修行中のこと、沼に沈みかけていたルークの乗ってきた戦闘機は、沼にずぶずぶと沈んでいきます。あわてるルークに対し、ヨーダは、「フォース」を使って、沼から引き上げろと指示をしますが、ルークは「あんな大きなものは、引き上げられない」と戦闘機の引き上げに失敗してしまいます。それをヨーダが、フォースで引き上げてみせるわけですが、「信じられない!」と言う、ルークに対し、ヨーダが口にしたセリフが印象的です。「だから、失敗したのだ」と。さて、このセリフをきいたほとんどの人は思います。「本気で信じていないから、失敗したんだ」「本気で信じることが大切なんだと」でも、冷静に見つめなおしてください。あなたは、自分で絶対に不可能と思っていることを、一点の曇りもなく、信じることってできるでしょうか?たとえば、あなたが、ごく普通のサラリーマンやOLだとして、あなたは、「1億円を手にする器の人間で、明日には実現するよ」って言われて、なんの疑いもなく、100%信じられます?そして、1億円が入るのが間違いないので、明日入金という約束で、新築の家を今、購入できるでしょうか?キャンセルしたら、10%、1000万円のキャンセル料を払わないといけないとして。ホントに幸せな成功者と、普通の人の違いが、まさにここなんです。普通の人は、奇跡はたまにしか起こらないと思っています。そして、奇跡が起こったときに、「たまたまついていたから」と言うと同時に、「こんなことは、滅多にありえない」って自己暗示をかけているようです。どうして?期待が裏切られた時のショックを味わいたくないから。ホントの幸せな成功者は、いつも中立なことろから、依存をしないで、楽しんで生きています。自分は、奇跡を呼ぶ器で、そして、奇跡はいつでもやってくるけど、期待通りに奇跡が起きないときに、一喜一憂するなんてことはありえないよっていう人生を生きているようです。なぜなら、彼らは自分の人生を信頼しているからです。「帝国の逆襲」でヨーダは言います。「やってみるんじゃない!」、「やるんだ」と。この一言に、わたしたちは何を感じるのでしょう?
September 11, 2005
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ホントに幸せな成功者と普通の人たちとでは、同じ世界に生きていても、みえている世界や常識がまるで違うということを、メルマガやブログでお伝えしてきました。そして、その常識が変わるのは、実は一瞬の出来事。「あれ?今まで自分がとらわれていた常識って、実は何の意味も無かったんじゃないの????」ってある時突然、見える世界、感じる世界が、全く別の世界に変わってしまうパラダイムシフトの話を何日かにわけてお伝えしています。さて、そのパラダイムシフトを引き起こすためにどんなことをやっておいたらいいのかということを、昨日からお伝えしているのですが、その前に、とても大事なことを先にお伝えしておこうと思います。それは、「お金持ちにはどうやってなるのか?」というテーマを通してお伝えしてみようと思います。多くの人たちが、「豊かになりたい!」、「お金持ちになりたい!」って思い立って、起業したり、ビジネスをはじめたり、週末起業をはじめますよね。ところが、そうやって起業した人の中でも、ホントに成功する人は、残念ながら、ごく一部です。いったいなぜなんでしょう?詳細は、メルマガ「幸せを呼ぶ人 そうじゃない人」のバックナンバー「どうしてお金持ちになれないの?」に詳しく書いていますので、そちらをご覧いただきたいのですが、多くの人がお金持ちになれない真相には、2つの理由があるようです。ひとつは、お金持ちになりたいんじゃなく、今ある不安から逃れたいから。将来の漠然とした不安、老後の不安、夢は実現しないのか?という不安、月末の支払い、節約して暮らし、やりたいことを制限して暮らす不満と不安。これらの不安を、感じなくていいようにするには、お金がたくさんあれば、解消されるんじゃないかという幻想から多くの人は、一生懸命頑張るようです。ですが、ワクワクではなく、不安に基づいた行動は、不安にふさわしい結果しか創り出さない傾向があるようです。お金持ちになっても、不幸になったり、またお金を失ってしまう人が、異様に多いのはその為かもしれません。そして、もう一つの理由は、お金持ちでもない自分が、お金持ちの世界やお金持ちの常識も知らないまま、自分の狭い思考や世界観でお金持ちになろうとすることが、原因のようです。わたしが、なんとか裕福になろうと、あれこれすごく頑張っていた頃、何をやってもうまくいきませんでした。一時、大金を手にすることはあっても、しばらくすると、あっという間に無一文になったりしていました。今なら、それがなぜかはよくわかります。不安を解消するために、お金を欲していたこと。自分をよくみせるために、お金が必要だと感じていたこと。そして、お金持ちの知恵も常識も無いまま、普通の人の世界観、普通の人の常識、普通の人のルールで、お金持ちになろうとしていた、これらが、わたしが以前なにをやってもうまくいかなかった理由です。さて、わたしが「もう、お金持ちにしかなり得ない」っていう全く違う意識、常識にパラダイムシフトをしてから、何が起こったかというと、わたし自身は、(意識が変わったこと以外)何も変わらないのですが、お金持ちの知恵を持っている人、お金持ちの人、お金持ちへの道を導いてくれる人、わたしの才能を生かしてくれる人、アイデアや情報が、わたしのまわりに集まり始めたんです。そうなんです!わたし自身は、意識が変わろうとも、お金持ちの常識も、知恵も、センスも無い、「お金持ちの素人」に変わりはなかったのですが、意識が変わった時から、わたしを変えてくる人や情報が、わたしの意識と現実とのギャップを埋めはじめてくれたんです。わたしが、自分の体験からお伝えできることは、お金を稼ぐ努力だけでは、ホントの幸せなお金持ちにはなれないということ。ホントの幸せで豊かな人になるためには、お金を稼ぐ努力と同時に、自分を高める為の学びと成長が必ず必要ということのようです。運の方がむこうから、「あなたのことが大好き!」「あなたを応援するよ!」って言ってもらえるのが、とってもとっても大事みたいです。
September 10, 2005
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人が変わるのは、一瞬。どうやったら、幸せになれるんだろう?どうやったら、豊かになるんだろう?っていう思考回路が書き換えられて、ずっとずっと幸せだって感じれる回路に変わるのは、ホントに一瞬の出来事として起こる、パラダイムシフトのお話を昨日はお伝えしました。さて、ではどうやったら、そのパラダイムシフトを引き起こせるかというお話ですが、これは深層意識下で行われることなので、意識してどうこうっていうことは、自分の意思では不可能だと感じています。つまり、コントロールは不可能という意味ね。ただ、その状態を創りだすための準備は、必ず必要だとも思っています。では、パラダイムシフトが引き起こされるためにやっておく準備とはいったいなんでしょう?これは、あくまで私の体験談ではありますが、きっと「間違いないな」って感じていることだけお伝えしますね。1.よい情報、よい知恵を入れ、悪い情報を入れない。これは、メルマガでずっとお伝えしてきていることですが、はじめることがあれば、必ずなにかをやめる必要があります。良い知恵を入れ始めたら、悪い考えは意図的に入ってこないようにする必要があるということです。わたしが基本的に、テレビをみないのはそのためです。(といいながら、面白そうだったら、観るけど(笑))良い本を読んで、待合室においてあるような週刊誌はけっして手にとりません。何故かというと、無意識、深層意識は、良くない情報でも、本人の意識とまったく関係なく、どんどん書き込んで脳と深層意識を更新していくんですもの。ヤバイ!ヤバイ!以前にある方から、「わたし、負け犬なんです(笑)」と笑いながら楽しく、イキイキと生きている人もいるじゃないですか、あれは【ツイてる女】じゃないの?って質問を受けたことがあります。素晴らしいと思います。人生を楽しむポジションにいることが、どれだけ感性を豊かにするかということを考えると、ホントに素晴らしいと思います。そして、そのうえでものすごく大事なことがあります。深層意識に主語はありませんから、深層意識は、本人の意識とは関係なく、勝手に「負け犬」という単語を書き込んでしまいます。そして「負け犬」という言葉にふさわしい情報を、深層意識は勝手に見つけ出そうとします(これは後日、詳しく書きますね)さて!(ここからが本当に重要!)一旦取り込まれた情報は、それ単体ではたいした力はないのですが、他の何かと深層意識下で、または脳の中でなにかのきっかけで関連づけをはじめます。脳のシナプスとシナプスがつながるみたいに、いろんな要素が関連づけられて、まったく新しいアイデアや発想や、常識を創り出します。ある時、突然に「おお!すごいこと思いついた!」って閃きがおきる時って、あるでしょう?【ツイてる人】ほど、閃きは頻繁に起きるんですが、これは、脳にいろんな情報を取り入れていたものが、なにかをきっかけに(α派の状態の時)、情報と情報が関連付けられて、新しいものが創造された瞬間に起こるものなんです。ということは、わたしたちは、いい情報を、いい知恵をどんどん脳に送り込んで、同時に悪い情報は遮断する必要があるんです。わたしの尊敬する出版コンサルタントの土井 英司さん(まだ若いのだけど、彼には脱帽です(笑))が、彼の著書「成功読書術」の中で、素晴らしい一言を書いています。「良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである」いい情報を入れることの大切さ、美しい言葉を使うことの大切さを説く人はたくさんいますが、悪い情報を入れないことに注目する人は滅多にいません。でも、成功者はちゃんと言ってるんですよ。ただ、みんな何故かここはキャッチしないの。だって、冷静に考えてみて、愚痴を言いながら人を誉めるとか、猫背のまま背筋を伸ばすって、ヘンでしょ!?そのくらい、わたしたちって普段なーんにも考えずに、脳も深層意識もエラーしか出ないようなことをインプットしてるみたいです。長くなってしまったので、今日はここまでにしますね。続きはまた明日。
September 9, 2005
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これまで、メルマガやブログ上で、幸せな成功者や幸せに生きている人たちには、普通の人と同じ世界に生きていても、全く違う世界がみえているというのを、お伝えしてきました。また、視野が変われば変わるほど、どんどん実は世の中がシンプルで、単純な仕組みでできていること、世の中の「ことわり」がみえてくるようになり、とってもラクに生きられるようになる。カンタンに豊かにも幸せにもなれるようになると、お伝えしてきました。これは、その【ツイてるひとたち】の【ツイてるゾーン】に生きている人なら、「まったくその通り」と納得できると思います。さて、最近いろんな方から、「どうしたら、そこへ至ることができるのでしょう?」というご質問をいただきます。実は、わたしの体験ですが、変わるのは一瞬で変わってしまうものなんです。パラダイムシフトという言葉をご存知でしょうか?ある固定概念、自分が常識だと思っていたものが、ある瞬間を堺に、まったく違うものになる。これまでとらわれていたものが、まったく意味を成さないものだと客観的かつ、冷静に目の前に現れ、それを手放すことができる状態に、突然なったのです。それは、ある日突然に、ホントに突然にやってきました。わたしは、淡路島に遊びに行っていて、丘の上に立って、心地よい風を感じながら海を眺めていました。風がホントに気持ちよくて、「ああ、自分は今、風をホントに心地よく感じているなぁ」「なんて、気持ちいいんだろう」って感じながら、ささやかな幸せが、人生の素晴らしいプレゼントだということと、過去でも未来でもなく、(明日の心配や過去の後悔とまったく関係なく)今、この瞬間を、100%楽しんで生きていることを実感しました。その瞬間です、ホントに突然に意識が切り替わってしまったんです。わたしには、あまりにはっきりと意識が変わるのを実感したので、本当に「パチン」という電気のスイッチを切り替える音がしたような気がしたほどでした。その時、はっきりと感じたのが、「わたしの人生は素晴らしく幸せだ」ということ、そして、「これからずっとずっと幸せで、もう2度と元には戻らないんだな」 ってはっきりと確信をしてしまいました。そう、その瞬間に2度と「どうやったら幸せになるんだろう?」って今の自分はまだダメってところには戻らないんだって、確信してしまったんです。そうして、ホントにもう2度と戻ることはありませんでした。その時、なにが起きたのでしょうか?間違いなく起こったのは、それまでの自分の意識を制限していた枠が、ただの幻想にしか過ぎなかったことを深層意識の深いレベルで、完全に理解したこと(受け入れたこと)。そして、自由な世界に泳ぎだしたということじゃないかなって思います。全ては、無意識、深層意識下で行われましたから、わたしには、「あれ!今変わった!」ということと、「もう2度と元には戻らない」ということだけが認識できたというわけです。そう、変わる時というのは、ホントに一瞬で変わるんです。スターウォーズのエピソード3をご覧になられましたでしょうか?あの映画の中で、アナキンは一瞬にしてダークサイドに落ちてしまい、突然考え方も、話すこともまったく別人になってしまいます。あれをみた多くの人が、「はやっ!」、「これ、おかしくない!?」「急に変わり過ぎ!」って感じたんじゃないでしょうか?ですが、ホントに人の意識が、変わってしまうのはあのように一瞬の出来事なんです。話が少しそれましたが、わたしはこのようなパラダイムシフトを2回経験しています。一度目のシフトは、「今後、ずっと幸せな人生なんだ」と切り替わったこと。2度の目のシフトは、「もうお金持ちにしかなりえない」ということでした。その2つともが、一瞬にして起こり、そして2度ともとに戻らない状態、完全に別のものに変わってしまったというわけです。じゃあ、どうしたら、そんな状態を創りだすことが出来るのか?これは、深層意識下で起こる変革なので、なんとかしようとして、どうにかなるものではありません。ですが、わたしがやってきたことが、結果としてそんな状態に導いたんだろうって考えられることは、体験談としてはお伝えすることはできます。続きは、また明日。
September 8, 2005
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普通の人がきいて、いちばん「えっ!?」って思うと思われるのが、成功者には夢はないということだと思います。多くの人が夢を持っていますよね?そして、同じくらい多くの人が、夢を持っていないか、夢をあきらめているか、夢がなんなのかわかりませんよね。そうやって考えると、夢を持っている人が、素晴らしいよね!って普通の感覚ならなると思うんです。ところが!ホントの幸せな成功者は夢を持っていません。なぜだと思います?それは、「わたしはこれを実現したいです!」、「これがわたしの夢です!」って口にした瞬間、「わたしは、これを今実現していません」、「今のわたしは、これを実現する器には達していません」って宣言していることになるようです。ホントの成功者は、夢や目標ではなくて、全ては予定なようです。彼らにとっては、夢を語る人たちって、すんごく不自由で(悪くないんですよ)、すんごく遠回りなことをしているようです。わたしのメンターが、講演で話していて、思わず大笑いしてしまったのですが、成功者からみたら、多くの人たちが打ち立てる目標って、次に書くことくらい、滑稽みたいです。ある人が、崇高な目標をたてます。その目標とは、「ブランコに乗ること!」そして、その人は何をするかと言うと、まず、願望実現ノートを出してきて、「目標!ブランコにのること!」「期限、今日中」って書くんですって!これだけでも苦笑してしまったのですが、次に、壁に「わたしは絶対にブランコに乗れる」って貼り紙をするんです。そして、毎日毎日、「わたしはブランコに乗れる」、「わたしはブランコに乗れる」ってアファーメーションをするんです。そして、それを達成するためには、ブランコにのるためには、距離は10メートル!そこにいたるには、まず右足を出す、次に左足!「今の気持ちは?」「ちょっと不安」そして、セミナーに参加して、「さあ!ブランコにのっているところをイメージして、どれくらいワクワクするか感じてみましょう!」ってやるくらい、遠回りをしているようです(笑)。こうやって書くと、大笑いなんですが、勉強好きのほとんど多くの人が、これをやっていると思うと、笑えなくなっちゃいますよね(笑)?でも、めっちゃ滑稽でしょ? こうやって書くと(笑)。あなたも、もしかしてこれをやっていません?わたしは、やっていましたよ(笑)。成功するのは、すごく簡単です!絶対成功する方法が、ひとつあります。これをやったら、確実に成功する方法です。ただ、これを受け入れられるのは、その人次第です。絶対確実に成功する方法は、「あなたの大ファンです!あなたみたいになりたいです!」って言われる人になることです。あなたはこれ、受け入れられます?
September 7, 2005
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いろんな人がわたしのところにアイデアを持ってきます。こんなアイデアがあるんですけど。これ、どう思いますか?って。その人たちに、次の質問のどちらかをすると、たいていの人は固まってしまいます。これ、ホントにうまくいくと思います?どうしてこれをやりたいんですか?本当に成功する人は、「あなたが大好きだから、あなたを応援したい」って言われる人みたいです。操縦桿から手を離して、風を読んで風に乗る人みたいです。あなたは果たして、本当に成功したいんでしょうか?それとも、「ああ、その道なら、または、その人とやるのなら、大丈夫じゃないですか?」って保証を欲しい人なんでしょうか?あなたが欲しい、ホントの現実ってなんなんでしょうか?
September 6, 2005
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最近、出会う人たちの質がずいぶん変わってきています。いわゆる一流と呼ばれる人たちと出会うようになってきました。なにが一流かというと、仕事が一流ということよりも生き方が一流な人たちなんです。常に学ぶ姿勢にいて、感謝の中に生きていて、リキむことも、あせることもなく、自然体で、自分の歩むべき道を理解していて、人と助けあい、自分を大切にする人、自分の美学に忠節で、自分の人生の目的にそって生きている。そして、なによりも自分の無知を知っている人たちです。この質の人たちと出会うようになってから、わたしの人生そのものがまるっきり変わり始めてしまいました。さて!わたしには何人ものメンターがいてくれていると何度かここでもお伝えしましたが、メンターの中には世界的な大成功をおさめた人たちもいます。そして、彼らの周りには、ホントに一流と呼ばれる素晴らしい人たちがたくさん集まっています。ですが、そんなすごい成功者も、実はわたしが出会った十数年前の時には、「たすけて~」、「幸せになりたいけどぉ」って感じの、エネルギーの高くない人たちがいっぱいいました。そんな時期があったからこそ、当時のわたしなどでもそのメンターには出会えていたのですが。これで、ひとつ気がついたことがあります。彼は、どんどん大きく成功するにつれ、どんどん付き合う人たちも変わっていきました。そして、今ではホントに素晴らしい一流の人たちが彼の周りに集っています。ここでみえてくることは、自分自身が成長し、豊かな成功者になりたいのならば、付き合っていく人たちの質を変えていくことで、豊かに成功していくという方法もあるということです。つまり、場(フィールド)を変えることで、自分を変えていくという方法です。これは、自分ひとりで変わっていこうとすることに比べ、千倍以上の速さで変化をすることが出来ると感じています。ただし、その変化を受け入れることができるだけの心の準備とそんな人たちと出会えるだけのアンテナの洗練は必ず必要です。素晴らしい成功者たちは、やはり素晴らしい人と出会いたいからです。にわか成功者はいくらでもいます。ですが、自分のアンテナがホントに洗練されていったら、ホントの豊かな成功者と、にわか成功者の違いは、すぐにかぎわけることができるようになります。そのためには、どんな自分として生きていきたいのか、自分の人生を長いスパンで、どう彩っていくのかというビジョンを持っておくことは必須だと感じています。
September 6, 2005
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よく、ホントに豊かな成功者の話の中で、「ただうけとるだけでいいんですよ」って言葉が出てくることがありますでしょ?幸せで豊かなレベルに行った成功者に話したら「そんなの当たり前」と言われてしまいそうなことなんだけど、普通の人がつかむ(理解する)のがひじょうに難しいのが、この「ただうけとる」というセンスの話です。あなたは、「豊かさはただうけとればいいんですよ」って言われたとしたら、この「うけとる」ってどういう意味だと思われますか?素直に遠慮せず、うけとるっていうこと?来たものに「ありがとう」と言って、理屈なしにうけとるということ?流れに身をまかせて、信頼するということ?どれも「YES」ではありますが、どれも的はえてはいません。だって、上の3つを言われて、「なるほど!」ってなんの疑問もなく「がてん」いきます?いかないですよね(笑)?イマイチ意味不明ですよね。さて、わたしのメンターは昔こんな話をしてくれました。「豊かさや幸せはいつでも、君の家に訪ねて来るんだよ。」「ところが、たいがいの人は家に居ないの。」「だから、豊かさが家にやって来て呼び鈴を「ピンポーン」って鳴らしたとしても、本人が居ないものだから、「なぁんだ留守かぁ」って言って帰っていってしまってるんだよ。」って。これ、どういう意味かわかります?きっとある程度の学びをしてきた人だったら、「ああ、豊かさは何処にでもあるのに、私たちは受け取ってないだけなんですね、うけとるようにしなくては」って答えてしまったりしません?でも、もう一回冷静に考えてみて。この説明で意味分かります?わかんないですよね(笑)。冷静に考えたらこの言葉も「意味不明」です。わたしのメンターたちも、ありとあらゆる言葉を使って、わたしたちに伝えてくれようとしていましたが、この「うけとる」って、理屈じゃなくてセンスなので、つかむということをしないと、全然ものにならないんですよね。わたしもつい最近まで、「自分らしく生きていたら、豊かさが来るから素直に受け取れということだな」くらいにしか考えることができませんでした。ですが、ようやく最近、この「うけとる」っていうセンスをつかむことができてきました。アタマで理解しようと考えないで、センスでつかんでみてください。豊かさをうけとるというのは、「わたしはこの人生を楽しんで生きています」「そして、わたしの生き方はこれで、ここがわたしのポジション(立ち居地)です」って自分のあり方、立ち居地がはっきりと決まっていることが大前提としてあります。その位置で自分の生き方を自分らしく表現することで、その生き方に賛同した人たちが、「あなたの生き方、あなたが大好きです」って運んできてくれるのが、豊かさ。そして、自分の立ち居地、自分のいつもいる居場所に運んできて来てくれた豊かさをその場で、「ありがとう」と言ってうけとるのが、「ただうけとる」と言う行為なようです。つまり、わたしたちはテレビやラジオの電波塔のようなものです。電波塔はいつも決まった同じ場所に建っていますよね。その電波塔から、大好きなことを自分らしく楽しんで表現している姿を電波に乗せて世界に発信します。そして、(ここが超重要!)その電波のチューニングにあっている、つまりそのチャンネルに興味があって、このチャンネルを見聞きしていた人が「あっ!これ面白い! これ素敵! これ大好き」って時、はじめて、「素敵なもの、ありがとう」って受信料を払いに向こうから来てくれる、これが豊かさをうけとるっていうことのようです。またはこうも言えます。例えとしては古すぎますが、公園に行ったらいつも紙芝居やさんが居る。紙芝居が大好きな子供たちは、楽しみにして公園に集まってくる。そして、紙芝居を楽しんで、「面白かった!」ってお金を払う。ところが、多くの人たちは、自分がなにをしたらいいのか?自分はホントは何が大好きなのか?「これこそが自分の生き方」だって言える、明確な自分の立ち居地がない為に、一箇所にいないであっちこっちをさまよいまわります。「これをしたら儲かりそうだ!」「これをしたら、自分に価値をみいだせるんじゃないか?」「これをやったら、人がみとめてるくれるかも」「こっちに楽しいことがあるんじゃないか?」って具合にいろんなところを、うろうろ走り回っていて、同じ場所にはいません。大半の人が、なにかをやることだとしか考えが及ばないようです。ですから、あなたが誰で、どんな人で、どんな生き方をしているのかも誰もわからないし、豊かさを持って行こうにも、いろんなところに出かけてしまって、何処に居るのか見当もつかないから、豊かさを渡したい人も、わたしに行くこともできないっていうわけです。これって、伝わります?これってね、ホントに普通の人に伝えるの難しいの。っていうか限りなく「意味不明」というか、自分の今までのものさしでしかけんとうのつけようがないから、測ることもできないっていうのが正直なところです。いうなれば、広い野原に出たのはいいけど、30センチの定規しか持っていないので、どこをどうやったら、この野原の大きさを測れるのかがわからない。でも、すでに幸せな成功者のレベルにいった人たちは、高いビルのうえやヘリコプター、山の上からみるくらい視野が充分に広がっているので、高い視点から上手にいろんなツールを使って、その野原の大きさを測ることもできるしその野原の活用法もわかるというわけ。この「ただうけとる」はホントにセンスなので、「わからないといけない」ってところからはきっとみえないんだと思います。わたしも何年も何年もわからなかったと言うか、全く別のものをみていました。でもね、この話、幸せな成功者レベルの人に話したら、「なに?それってあたりまえじゃん、なにが面白いの?それの。」って返事が返ってきてしまうんですよね。いっぽうには、勘違いされるか、意味は全く通じず、いっぽうには当たり前と言われちゃう(笑)。これくらい、ホントの幸せで豊かな人の世界と多くの人の普通と言われている世界とは、世界観が違うみたいです。何かをつかんでもらえるきっかけになれば、幸いです。
September 5, 2005
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「豊かさ」って言葉をきくと、たいがいの人が「お金」を連想しますよね。すると、お金をたくさん持っている人が豊かな人で、お金を持ってない人は豊かじゃないって話になりますよね。でも、お金持ちの中には、幸せなお金持ちと、ふしあわせなお金持ちがいるわけなんですけど、(↑いつも書くけど、本人が気がつかない人が多い)ふしあわせなお金持ちが豊かなの?ってことになると、「それはそうは思いませんよね」ってほとんどの人が答えますよね。じゃあ、豊かさってなんなんでしょう?人が立つ立ち位置 ポジションには、HAVE(なにを所有しているのか)お金 クルマ 自慢できる彼氏、彼女権威 地位 名誉DO(なにをやっているのか)社会活動 意義のある仕事 ボランティアBE(どういうあり方で生きているのか) どういう人として生きるのか 世界とどういう人として関わるのかってレベルがあるってよく言うでしょ?この上がもういっこあるんですよね。それは、FEEL(なにを感じているのか)っていう世界なんです。いっぽうは、お金がたくさんあって、人がうらやむような地位について、ブランド物をもって、いいクルマに乗って、でも、自尊心は高くなったけど、まだなにか物足りない気がするっていう人生。もういっぽうは、散歩している時に風が吹いてきて、頬にあたる風の心地よさを感じたり、小川に足をつけて、ひんやりとした水の流れを感じて、心地よさを感じる人生。そう、HAVEやDOの価値観にはない人生、BEの世界でもまだ得ていない世界、それがFELL、何を感じて生きているのかって世界みたいです。こう書くと、お金を受け取らないで、清く貧しく身なりにも気をつかわない生き方をしちゃう人が多いのが困り者なんですが(笑)。(これ、本人気がつかないのよ、わたしもそうだったけど(笑))豊かさとは、今ある人生を豊かだと感じられる感性なのかもしれませんね。さて、じゃあ、豊かさを受け取るっていったいなんなのでしょう?世の中には、既に手に入れているものに豊かさを感じない人があまりにも多い!(勿論、わたしもそうでした)臨時収入が入ってきたら、あぶく銭だと感じてしまう。彼氏、彼女ができても、いつまでも幸せじゃないと感じてしまう。仕事がうまくいっても、今度はわからないよなって感じてしまう。こんなこと、いつまでも続かないだろうって感じてしまう。せっかく、今いいことが来ているのに、それを素直に喜びきれない自分がある。誰もが経験したことありますよね。これって、どこから来るのでしょう?そう、お察しの通り、この感情は喪失の恐怖、ぬか喜びして期待が裏切られた時にショックを感じるのを避ける為にはじめから「どうせ」というポジションで受け取ってしまう。来たものを「半分以下の査定」でしか受け入れないって状態です。(これが執着のひとつです)豊かさとは、やってきたものをその瞬間その瞬間に、「ありがとう」って受け取って、喜びを表現する感性かもしれません。豊かさは、豊かな人にどんどんやってくるっていうでしょ?あなただったらどうでしょう?せっかく喜ばせてあげようと、友人のところにプレゼントを持って行って、「これは査定は半分以下だな」って言われっちゃったら(笑)。「もう、こいつんとこなんか、来てやんない!」って思いますよね(笑)。豊かさとは、きたものを「ありがとう」って言って、喜んで味わいつくす感性。一瞬、一瞬の出来事に期待、要求、執着せず、ただその瞬間を喜んで感じる感性かもしれません。さて、最後にもうひとつ。いろんな学びをしていくと、今まで感じなかった、悲しい感情や不安な感情がどばって出てくるようになりません?「なぁに? この感情!? 前はこんなの感じなかったのに!」って不安になったりしません?これね、いいことなんですよ。今まで感じないようにしていた、感情という回路が「もう使っても大丈夫ですね」って許可が出たから感じ出したの。感情こそが、喜びや幸せを感じて楽しむものですから、やってきた豊かな感情をどうぞ歓迎してやって下さいな。わたしのメンターはこんなこと、こんなに風には教えてくれなかったなぁ。メンターって、抽象的で、わっかりにくいことばっかり伝えて来るんだもん(笑)!
September 2, 2005
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昨日は「人生を楽しんでる幸せな人」、「幸せな成功者」は(少なくともわたしが出会った人たちは全員)例外なく大きな人生の転機を経験していること、そしてその転機に起こることは、事故、病気、離婚など様々な形でやってきて、気づきの機会を提供して執着を手放す選択の機会を提供しているということをお伝えしました。さて、わたしもそんな経験を何度もしています。そう、何度もしているんです。一回で懲りろよ(笑)!って感じですが、それくらいデキのワルイやつだったってことです(笑)。わたしには、何度も人生の転機がやってきたのですが、そのうちいくつかは、イタすぎてここでは書けませーん。でも、一番強烈だったヤツをひとつ。今から9年位前、わたしはバイクで走っておりました。バリバリ伝説で有名なCB750Fってバイクで、そのまんま主人公のグンが乗ってた、グンちゃん仕様。ただし黒(赤が欲しかったのよ~)んで、気持ちよーく街を流していたのですが、突然目の前でクルマがユーターン。ブレーキをかける間もなく、クルマの横っ腹にドカンッ!気がついたら、肝臓破裂!で集中治療室!主治医からは、「助からないかもしれない」と家族は言われたようで、わたしに会いに来た人はみんな、悲しげな顔。特に親戚のおばちゃん(忘れられんわぁ(笑))、「なんで、こんなことになってしまったん?」って涙声で話しかけてくるではありませんか。「おいおい!まだ死んでないよ!縁起でもない(笑)!」その時のわたしは、みなの心配とは裏腹に、とっとと治して、早く帰ってやりたいことがいっぱい!って思っていました。そう、このやりたいことがいっぱいが、わたしをこの世につなぎとめたみたいなんです。主治医も、「本人の強い意志が助かった要因だと思う」と言ってくれていました。わたしは集中治療室のベッドの上で、「この世でやることがあるに違いない」って深く確信したのをよく覚えています。そして、この事故にはすごいオマケもついていました。実はわたし、バーのカウンターで飲みまくっていたので、脂肪肝も末期まで進んでいたようで、あともう少し遅かったら、肝硬変になっていたそうです。事故で肝臓破裂したおかげで、結果として肝硬変にならずにすんでいたんです。ご存知じゃない方もいるかと思いますので言っておくと、肝臓というのはトカゲのシッポみたいに再生する臓器で、5分の1残っていたら、元に戻るそうです。でも、肝硬変になってしまったら、もう元には戻りません。うちの親父は肝硬変でなくなりました。焼き場で親父の骨を拾う時、燃えずに残った肝臓をみて、肝硬変ってホントにオソロシイものなんだって、深く感じたのを今でもよく覚えています。あの事故、もしかしたらわたしに気づかせてくれるため、親父が導いてくれたのかもしれないなって思うときがあります。
September 1, 2005
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