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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。「マスター、ズルいヤツみると、イヤでしょう(笑)?」、かつて友人との会話で出てきた言葉です。「そりゃあ、誰だって、ズルする人をみると、腹がたつものでしょう」って、普通は思いますよね。でも、ここに意外な豊かさのカギが隠されていました。人は誰でも、運がいいよなとか、ラッキーだなって思っている部分があるものですが、「でも、これは運がいいだけだから、人には言えないな」って思っているところが必ずありますよね。運がいいだけ、ラッキーなだけ、努力でもなんでもない、自分だけの体験談で人にはまねできないと思っているもの。人に言ったらきっと、「あなたは運がよくて、いいね」って言われてしまいそうなこと。それが自分で「ズル」って思っているところです。わたしのズルは、「自分はお金に関して運がいい」と思っていたところです。わたしはかつて何度か、ビジネスで失敗したりもして借金もたくさん出来てしまった時期もありました。胃もキリキリしましたし、眠れない夜をすごしたことも何度もありました。ですが、現実にどうしようもない状態になったことはありませんし、心配はしていたけれど、生活そのものは、変わりませんでした。そしてわたしは内心、「自分は運がいい」、「だから、ホントに困ったことは起きない」とどこかで信じていましたし、「きっとよくなるだろう」ということも、信じていました。わたしには、きっといい守護霊さまがついているんだ。自分はすごく運がいいんだってこころのそこでは信じていました。そして実際、ほとんど何をしないときでも、不思議なカタチでお金がやって来て、自分が(ホントに)やりたいことは、すべて出来ていました。でも、それはたまたま自分が運がいいだけだと思っていたんです。そして、なにもしなくても、お金には困ったことないなんて言ったら、「それは運がいいだけですよ」って言われるどころか、きっと「自分だけズルい!」「ふざけるな」って怒られるだろうと思っていたんです。ところが友人の「マスター、ズルいヤツみるとイヤでしょう(笑)」で言葉で「はっ」と気づきます。僕は要領のいいヤツをみると、ズルだと思っていたんだ。そして、ズル(要領のいい)いヤツをみると、イヤな感じがしていたのは、自分がズルだと思っていたからなんだって気づいちゃったんですね(笑)。ところが、ここからミラクルが起きてしまいます。友人の次の言葉が僕に強力なミラクルのきっかけになりました。「マスターができることは、他の人は出来ないと思ってただけで、ホントは誰でもできるんよ」って。「ああ、僕は自分のことを、ほんっとにズルだと思ってたんだぁ(ここ思い切りしみじみと(笑))」そして、「自分は特別だと思っていたけど、ホントは誰にでもできることだったのかぁ(これもしみじみと)」って自分にしみじみとうけいれちゃったんです。そしたら、すごいミラクルが起きちゃったんです。まったくお金の心配をしなくなったんです。それまでは、いくらたくさんのお金を稼いでも、どこか不安を感じていました。お金をたくさん稼ぐようになったら、お金の心配から解放されるだろうとかつては思っていたんですが、実際、思い描いていたような金額を稼ぐようになってからも、どういうわけか、お金が増えただけで、不安はちっとも変わりませんでした。「お金をたくさん稼いでも、不安はなくならないものなのよ」ってメンターに言われても、ちっともきこえなかったのですが、実際その通りでした(笑)。ところが、ズルは自分だんだんだぁってうけいれたら、お金の心配をホントにしなくなってしまいました。そして、お金への不思議な信頼をできるようになりました。友人などにセッションをお願いする時も、わたしはその人が受け取れる金額より少し多く渡すようになったのですが、それも気持ちよく渡せて、そして必ず別のところから豊かさが流れてくることを自然に信じられるようになってきたんですね。それまでは、幸せな成功者たちはそうしているのだから、「そうしなければ」って感じだったのですが(笑)、それも自然に豊かさを信じられるようになっていました。自分のズルを受け入れることは、実はすごいパワーを持っているようです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 30, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしが出会ってきた、幸せな人生の成功者たちはみな、直感で人生のものごとを決める人たちでした。そして、直感からのメッセージで人生を拓くということを自分に受け入れている人たちには、次々に直感からのメッセージがプレゼントされます。直感からのメッセージは、様々なカタチがありますが、すぐに「なるほど、こういうことか!」って分かるものもあれば、いっけんなんだかよく分からないけれど、「これってなんのメッセージなんだろう?」っていうものもやってきます。先日もシンクロというカタチで、ひじょうに興味深いメッセージが届きました。友人の家で打ち合わせをしていた時のこと、友人がトイレに立ったのですが、「あ!」っという声がきこえてきました。で、わたしが「どうしたの?」ときいてみると、「トイレの電球が切れた」とのこと。そこで、わたしは電球の交換を手伝いました。「これってなんのメッセージなんだろうね?」ってその時は友人と冗談っぽく話していました。ところが、昨日のことです。別の友人の家に遊びに行っていたところ、友人がトイレに立ったのですが、トイレから「あっ!」という声。まさかとアタマをよぎったらその通り。またもや電球が切れていました。それも、同じシチュエーションで。どちらも同じような構造の、トイレつきユニットバス。シチュエーションも同じなら、見える光景もそっくりです。さすがにすごいシンクロなので、これって、なんのメッセージ?って、直感に問いかけてみます。そうしてみえてきたのは、電球が象徴するもの→ひらめき、思考、概念電球が切れたことが象徴するもの→これまでのひらめき、思考のベースになっていた概念はこれから生きようとする世界では役たたない。「つまり、これまでの自分の概念を手放す時期がきたよ」ってサインなのだろうなという感覚でした。そして、その手放す概念とは、「あ、これなのかぁ」ってものがみえてきました。以前から薄々気づいていたことでした。そして、わたしはそれを手放すことを選択しました。成長する為にメッセージを下さいと、意図を放ってオーダーしていたら、「成長のために手放すことはこれですよ」ってメッセージが届いたわけです。直感のメッセージを下さいと意図を放ってオーダーすると、いろんなカタチでメッセージが届きます。そのメッセージは時に、なんだかよくわからないものというカタチで届く時もあります。その時、「これってなんだろう?」って直感にきいてみてください。プレゼントはいつも、わたしたちに届いています。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 29, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。以前、セミナーデビューをしたいという友人からこんな電話がかかってきました。「マスターのセミナーの参加費の金額って、どうやって決めているの?」、「教えて」って。わたし自身が、次のセミナーの参加費をいくらにしようかな?と考えていた最中で、電話がかかってきた時、「お!これはなにかヒントのメッセージかも?」って思ったので、電話の内容を聞いた時は、思わず笑ってしまいました。わたしは、自分自身がいろんなセミナーにたくさん参加してきましたので、高額なものから、そこそこのものまで、いろんな金額を支払う機会がありました。セミナーの参加費は、わたしのメンターたちがいろんなお手本と、その金額にした理由をきちんと伝えてくれていましたので、個人セッションにしても、セミナーにしても、金額を決めるのに、それほど大きく悩むことはなかったように思います。ですがやはり、金額を決める時には、いろんな思いがあがってきますよね。わたしたちがたいてい思うのは、「こんな金額、とれない~」ってものですよね。そこには、「こんな金額提示して、誰も来なかったらどうしよう?」だとか、「高いって言われたらどうしよう?」って恐れがありますよね。ですが、これは表面的な恐れで、実は深いところで感じているのは、「自分には、そんな価値はない」って無価値感から来ています。そして、無意識下で行われる自分とのやりとりは、「自分にはそんな価値がないから、そんな金額受け取れない」、「そんな金額を受け取ったら、罰があたる(自分で罰を与えると決めている)」って思っていたりします。お金に関して、わたしたちには様々な思い込みがありますが、大きな豊かさを受け取れないでいる時のわたしたちには、この無価値観があることに気づいていないと言えます。では、それなりの金額のセミナーをやっているマスターは、その無価値感は克服したのかな?って思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実はかなり癒したとはいえ、今でも無価値観が顔をのぞかせることはあります。ただ、大きな豊かさを受け取る時に恐れがあがってきたら、「あ、これは自分の無価値観が、恐れの時に感じさせる、いつもの感覚を【自動的に】表出させているんだな」って理解できるようになった。それだけです。それよりも、セミナーの参加費、セッションの参加費をきちんと提示できるようになったのには、実はまったく違う視点から、このことをみれるようになったというのがあります。セミナーやセッションの参加者は、参加費に見合った成果を受け取ります。実は無料でセッションを行ったこともあるのですが、参加者の方たちはどういうわけか、成果を受け取りませんでした。あきらかに「それは成果ですよね」ってみえることも、「まだまだ」とか、「この程度じゃまだ自分はダメ」って具合に成果として受け入れなかったり、時には問題を生み出してしまったりしました。そして人生に違いを創らない、そんな光景を何度と目にしました。実はこのことは、メンターたちからも伝えられていたのですが、自分で体験してみないことには、それが本当なんだということは、受け入れていませんでした。そして、きちんとお金を受け取るようになってから明確に見えてきたことがあります。それは、参加者たちが払っているのは、実はセミナーの代金ではなくて、「自分の人生には、これだけのお金を払う価値がある」って自己承認にお金を払っているんだなってことです。そして、自分もこれまで、まったく同じ選択をしていたじゃないかって思い出すことが出来ました。お金を受け取るのに躊躇があった時、実は自分は自分の為にお金を払えたけど、他の人は出来ないだろうって、深いところでは思っていたみたいです。ゲッ!そんなこと思ってたの!?なんてナマイキなヤツだったんだぁ~って、自分でビックリしてしまいました(汗)。自分の人生の為に、豊かさを支払うことを選択する人たち。自分の人生を愛する人たちと一緒に学ばせてもらう機会、それをわたしたちは受け取れているんだなって思います。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 27, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしたちには、なんだかよく分からないけれど、「たまに思い出す映像」というカタチの記憶があります。この場面の感情は、リアルに感じられないんだけれど、なぜかたまに思い出す記憶です。「たまに思い出すけど、そう言えばなんで思い出すんだろう?」って記憶です。この時の記憶というのは、自分では忘れてしまっているんだけれど、実はたいていの場合、なにかを決めた瞬間です。それも、たいていの場合、こころに強い痛みを感じたことがきっかけになってなにかを決めた瞬間です。まだ幼かった頃のわたしたちには、その痛みを理解するにはあまりに辛かったので、その時の感覚を感じないようにオミットしてしまっているケースです。感覚をオミットしてしまっているために、その時の感覚がよく分からないというわけです。ですが、強烈な体験だった為に、映像は心に焼き付いています。その結果、感覚はリアルに感じられないのに、たまに思い出すよくわからない記憶となっているわけです。ヒーリングやセラピーを行う際、この記憶は癒しの手がかりとなってくれます。まるで将来癒すために、繰り返し思い出して、「癒すポイントはここだよ」と言っているかのようです。これまでのヒーリングやセラピーは、過去の痛みの体験を癒すことで自分本来の自由さを取り戻すという見地から行われるものが大半でした。過去の痛みを癒すたびに、自由さを取り戻す体験をわたし自身もたくさんしてきました。ところが自分を癒す旅をはじめてみたものの、癒す旅は一向に終わる気配がありません。なにかを癒しても、しばらくするとまた次に癒しの必要な、別の痛みの記憶が表出してきます。マトリックスという映画の2作目、「マトリックス・リローデッド」の中で主人公ネオの敵、スミスが倒しても倒しても、増えていってキリがない、あの状態です。そしてわたしたちは、癒しとはそういうものなのだと思ってきました。癒しを完全に完了することは出来ない。だから、癒しつつ、でも痛みは小脇にかかえて、人生は前進するものだ。わたしの多くのメンターたちも、このように伝えてくれました。ですがある時、それまで目を向けてみなかったところに視点を移してみました。そういえば、そもそもなぜ、リアルに感情を感じられない過去の体験の映像が蘇ってくるのだろう?それもたびたび。まるで、ここが癒しのポイントだよと灯台のようにサインを送るかのように。そして、ある時「ああ!こういうことなのか!」と気がつきます。わたしたちがもし、生まれてくる時に「今回はこんな課題をテーマの人生を生きよう」と決めて生まれてくるのだとしたら。(あくまで仮説で、証明のしようもないですが)生まれてきたばかりの時は、ほとんどすべての才能を備えているけれど、(おなかの中にいるときも、それなりの影響をうけますが)幼い頃に痛みの経験を(自分が計画したとおり)あえて選択して、自分の才能を痛みと共にオミットします。そして、自分本来の才能は、タイムカプセルのようにしまわれ、記憶から消されます。そして、その痛みの経験を含んだ人生を生きることで、タイムカプセルをひらいた時に、自分本来の才能が、自分の人生の目的(テーマ)として自分と世界の為に解放されるとしたら。だとしたら、癒すポイントはここだよってよくわからない記憶は、タイムカプセルの場所のヒントが隠された宝地図のポイントのようなものとしてその深い存在意味を放ち始めます。少なくとも、わたしとわたしの友人たちは、癒しのポイントをいくつもクリアし、そのポイントは本来、なんの為に用意したのか?をみていったことで、自分本来の天才性、そして、自分が今生何を成し遂げたいのかが、明確になっていきました。現在開催中の「自分本来の天才性を解放するコース」もこの見地からリードされています。子供の頃のよく分からない記憶。これは、実は素晴らしい宝の地図なのかもしれません。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 23, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。人は自分の鏡だと、よくききます。自分がイヤだな感じる人や、苦手だなと感じる人は、自分自身を映し出す鏡だとききますよね。人は自分の鏡だと言われると、わたしたちはたいてい、「自分はこの人と同じなんだぁ、いやだなぁ」、「この人みたいにしないようにしなくちゃいけないんだ」ってとらえます。ですが、これは学びではありませんよね。だって、「よくないから、やらないようにしよう」っていうのは、「いい」「悪い」という判断の世界ですし、なによりも自由な表現をひとつ、封印することにしかなりませんものね。わたしはある時期、強いポジティブ思考の人をみると、なんとも言えないいらだちを感じる時期がありました。自立系ポジティブの人は、中小企業の社長さんなどに多いタイプです。とてもパワフルなタイプの人たちですが、このポジションにいる時のわたしたちは、問題を認めようとせず、すぐにアドバイスや解決策を話そうとしがちです。ポジティブ自立の人たちも自分の中の痛みに気がつく時期が必要なのですが、それを無視し続けて、ポジティブな位置にしがみつき続けると思わぬ事故やケガ、病気に見舞われたりします。それでも、その位置にしがみつき続けると、今度は家族が事故や病気になることで、「そろそろ気がついて」とサインを送ります。わたしは、自分のヒーラーとしての才能を認め始めた頃、このポジティブ思考の人たちに、なんともいえないいらだちを感じてしまっていました。もう、なんともいえないくらい、イライラを感じてしまっていたんです。わたしはその頃、ポジティブに振舞う人たちの中に、癒されていない痛みがあることがリアルにみえるようになってきていました。それでも、その人たちは前向きなことを口にし、人にアドバイスをし、叱咤激励している。その姿をみると、「ちゃんとハラわった話しようよ!」、「人のことより自分と、ちゃんと向き合おうよ!」って、とてもはがゆく感じていました。ですが、人は自分の鏡。彼らがわたしにみせていたのは、自分の痛みに向き合わずに自分以外の人、つまり、自分を変えずに、外の世界を変えようとしている姿でした。外の世界を変えようとしても、けっして現実は変わらない。たとえ、目の前の現実を変えたところで、自分が変わらなければ、必ず似た現実が目の前にやってくる。このことを知っている私は、意識を自分の内面に向けていくしかありません。(すごくめんどくさかったですが(笑))さいわい、自分の内面を深くみていくときには、サポートしてくれる友人たちがいてくれます。そして、自分の内面を深くみていくと、ポジティブに振る舞い、自分の内面と向き合わないようにしていた彼らがなにをみせてくれていたかがみえてきました。わたしは、かれらの姿を通して、自分の何を感じていたのか。それは、自分は愛されない、自分は愛される価値がないという思い込みを深いところに隠していた、その痛みでした。もう、けっこう癒しているから、もう充分、大丈夫だと思っていたけれど、しっかり痛みは持っていました。わたしは彼らの姿をみるたびに、「自分はみないようにしているのになんで、痛みを隠そうとする姿をわざわざみせるんだよ!」って、怒っていたんです。許せなかったのは、痛みを隠し続けて、気づかないようにしていた、自分自身でした。これがみえた時は、「うわぁ~、こんなのみつけちゃったよぉ」って感じで、正直「なんだ!そうだったのか!」なんて爽快さはありませんでした。正直、面白くなかったです(笑)。ですが、それくらい自分の感覚を麻痺させていたということでもあります。はじめは、「いやだなぁ」と感じていたこの発見も、日を重ねるごとに、だんだんボディブローのように効いてきて、受け入れられるようになっていきました。わたしはちゃっかり、競争の世界にもいたし、判断の世界にもいたし、自分のことはみないようしていたわけです(笑)。あいたたたたたっです(笑)。ですが、イライラしはじめた時に、面白くはないないなぁと感じながらも、「今度はここから学んで、次に行くんだな」って自分への信頼ははっきりと持っていました。イライラする現実と出会うときには、自分はちゃんと進むことを決めていて、そして、しっかりと選択しているんだなって自分のことをみとめてあげてよさそうです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しをこころより、お待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 20, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしたちが人生をよりよいものに変えていこうとする時、必ず次の課題、今の課題がやってきます。学び、成長して、器が拡大することで、わたしたちは次のステージへと進んで行きます。実はわたしたちの成長の為の課題は、いつもわたしたちの目の前にあります。ただ、それを意識していないので、それが課題だということが、普段の私たちにはみえないだけです。人生を「こちらの方向に進み」、変えるって決意した時、課題が課題として浮かび上がってきます。課題はさも、そのタイミングで生まれてくるように、私たちの眼には映りますが、実は自分が進みたい方向が明確になってくることで、今までは課題だということがみえなかったものが、課題として見えるようになるだけです。では、わたしたちにみえていなかったわたしたちを大きく成長させてくれる課題とはなんでしょう?これまでのわたしたちには、課題という姿で見えなかったけれど、実はいつも目の前にあって、大きく成長させてくれる課題です。それは、パートナーシップの間から浮き彫りになってきます。夫婦のパートナー、恋愛のパートナーもそうですが、ビジネスのパートナーも、実はわたしたちの課題をちゃんと持っています。慢性的な課題は、わたしたちには課題だとなかなかみえてきません。ですが、親しく、近い人ほど、わたしたちの気づかなかった慢性期的な課題を持っています。慢性的でフォーカスすることのなかった関係の中に、なにがみえはじめるでしょうか。大きな成長の機会は、実は目の前にあるようです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 16, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。幸せな成功者たちは、人生の大切な場面であればあるほど、自分の直感を大切にします。理屈や状況では、どうみてもGOサインを出して大丈夫にみえることでも、直感が「違うんじゃない」ってメッセージを送ってくる時は、迷わず直感に従うことを「決めて」います。なぜなら、どんなにGOを出して大丈夫で、それによってどんな利益やチャンスが来ることが確実だと分かっていることでも、長いスパンでみていくと、自分の人生で本当にやりたいことをやるという視点からは、ずれているんだなということを理解するからです。何ヶ月か、場合によっては何年かしてみて、あの時、直感にしたがってよかったんだなって理解するであろうことを今この瞬間に理解するからです。今この瞬間に理解すると書くと、人によっては何年も先のことまで見渡せているかのように思えるかもしれませんが、直感に従って生きるというのは、わらしべ長者のようなものです。人生のプロセスを信頼し、自分の直感を信じて、今この瞬間の選択をする。ただそれだけです。ところで、直感からのメッセージの精度を上げる、毎瞬毎瞬のメッセージをより多く受け取るためには、とても大切な知恵があります。それは、直感からのメッセージをアウトプットするということです。わたしのメンターはかつて、「どんな小さな成果も、成果として言葉にしなさい」と言ってくれました。こんな程度、成果と呼ぶには小さすぎるなって思うようなことでも、「これが成果です」って自分で認めて、言葉にするっていうものです。それがどうして大事なの?って当時はほとんど意味が分かりませんでしたが、今はそれがとても大切な知恵だったのだということがよく分かります。成果も、直感も、実はお金の流れとまったく同じです。幸せな経済自由人たちのお金の流れは、お金を上手に流し込み、上手に外に流します。上手に稼いで、上手に使うという感覚です。つまり、上手にアウトプットすることが、経済的な豊かさにはとても大切な知恵なんですね。多くの人は稼ぐこと、使うことのバランスが崩れてしまっています。稼ぐ方にばかり集中して、使う方がぐちゃぐちゃだったり、恐れから使うことをダムのようにせき止めて、よどませたり、くさらせたりしてしまいます。そしてこれは、お金だけでなく、直感もまったく同じです。アウトプットすることが、次の呼び水になります。人生を導く直感も、きれいに流してやることで次のステージへの直感を呼び込みます。直感をアウトプットする。よかったら意識してみてください。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 13, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。明日からいよいよ「自分本来の天才性を解放するコース」の大阪コースがスタートです。既に東京コースをスタートしてはいますが、直前になるとやはりいつも、ドキドキします。セミナーをもう何回もこなしているけど、一番人が多い時には、2000人の前で話したこともあるけれど、やっぱり毎回ドキドキします。けっこう小心者なのです(笑)。んで、なんでドキドキするのかなってみてみると、セミナーをやるまでに自分の課題が浮き上がってきているのに気がつきます。以前だったら、ただドキドキしているだけだって思って、「気合だ!」、「しっかりしろ自分」って、自分に叱咤激励して、課題をろくすっぽみないでセミナーに挑んでいました(笑)。(今からも思えば、けっこうおまぬけですね(笑))「ドキドキしているのはなんでだろう?」ってみていってなににドキドキしているのかを探り、そこになにがあるのかをみて、そして本当に感じているものは何で、課題はなんなのか、それをクリアすることでどんなことが可能になるのかをみていくというのは、もう探求おたくの領域です(笑)。ヒーリングも、セミナーのセッションもそうなのですが、セッションの相手や参加者とつながって、自分自身を癒し、変革していくプロセスです。今回のセミナーで、自分のなにが開き、解放されていくのか、そのまだ見えない領域がけっこうこわくて、ドキドキしている感じです。かつてメンターたちから、「幸せに成功することが一番おそろしいんだよ」って言われて、当時はなんのことかよく分かりませんでしたが、今はひしひしとその感覚を感じています。ドキドキを持ったまま、会場入りしますね。さて、話題は変わりますが、わたしの友人がテレビに出演します。プライベートレストラン アムールという、出張シェフのサービスをやっている友人がプライベート性の高い新ビジネスの紹介というテーマでテレビ出演するそうです。彼ら夫妻を僕ら友人たちは、シェフ、ミラクルって呼んで親しくしている仲です。僕も近いうちに京都に彼らを招いて、パーティーをお願いしたいなって考えています。放送時間等の詳細は以下の通り。●番組名:「ワールドビジネスサテライト(WBS) 土曜版」*経済ニュース番組です(たしか日本経済新聞提供?)。*テレビ東京系列(全国ネットらしいです)●放送予定日: 3月10日(土) 23:00~番組スタート今思いついたけど、シェフの料理とマスターのウィスキーチョイスとカクテルのサービスって企画、面白いかな?本日は当店にいらしていただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 9, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。誰しも苦手なジャンルというものがありますが、そんな中でも、考えるとある瞬間から、アタマん中が白になって、なにも浮かんでこなくなっちゃうってものがあります。実はここに、わたしたちの才能を広げる鍵が隠されています。アタマが真っ白になるということは、そこにブロックがかかって、思い出さないようにしているわけですが、なぜ思い出さないようにしているかというと、幼い頃に痛みにつながる体験をして、「このことは忘れよう」って、無意識の領域に記憶を閉じ込めてしまったからです。わたしたちは、この「記憶をしまってしまう」時に、同時にその時あった才能も一緒にしまってしまうことが少なくありません。アタマが真っ白になる領域に、才能の鍵が隠されているというのはそのためです。記憶を無意識の深いところにしまいこんでしまった理由は、たいていの場合、親や兄弟、友人、学校の先生、まわりの人たちによる無理解や理不尽な体験によるものですのです。ですので、わたしたちは、自分には癒すべき痛みがあることを知って、ヒーリングやカウンセリング、セミナーやセッションで自分を癒すことをはじめると、「本来の自分らしさを生きられてこなかったのは、あの人たちのせいだ!」って怒りを覚える時期を必ずといっていいほど通ります。ですがやがて、自分の深い領域に入っていくと、それは自分が、将来の自分とまわりのために、自分で選択したことなのだということがみえてきます。わたしたちは、自分の才能をタイムカプセルに入れて、ある時期になるまでは、その才能を自分でも気づかないところに隠しておきます。なぜなら、タイムカプセルがひらかれるまでのわたしたちの体験が、タイムカプセルに隠した才能を、自分と周りのためにもっとも花開き、輝かせるからです。そして、そのタイムカプセルを隠した宝の地図の暗号が、痛みを感じる領域であったり、アタマが真っ白になる領域です。自分を癒す旅は、財宝を探す旅そのものです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 7, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。「感情と銭勘定は同じなんだよ」。10年位前、メンターのひとりの老師に伝えられた言葉です。株価の値動きや市場の動向は人の感情によって動くもの。ビジネスにおいて市場の流れを読む人や、優秀な投資家にはみえている世界観でしょう。市場にどんな心理が働いているか、どんな流れになっていくのかを読み解くのが、ビジネスの面白さでもあります。市場の動きは、人の感情の動きによって左右する。ゆえに、人の感情と銭勘定は同じ。わたしは、ながらくこのように理解していました。ですが、それは老師の知恵のほんの一側面しかみえていなかったということが、その後分かってきました。それはどんなものだったかというと、感情を豊かに感じるようになるほどに、経済的な豊かさもどんどん大きくなってきたということです。つまり、マイナスの感情もプラスの感情も、感じる感情の幅が広がるほど、たくさんのお金も入ってくるようになってきたということです。言い換えるなら、感情の器が拡大することで、受け取れる経済的な豊かさにの器も大きくなっていくという感じです。これは、セミナーや個人セッションでよくお伝えしていることなのですが、わたしたちはどれくらい感情を感じているつもりで、実は感じていないかに気づいていません。わたしの場合は、人生がすごくうまくいっているって思いはじめた時でも、今からみれば30%くらいしか感情を感じていませんでした。自分がどれくらい感情を感じないようにしていたかを知った時、本当にびっくりしてしまいました。「こんな感情を持っていた」なんて、まったく気づかなかった!って。自分本来の感情を取り戻し始めると、直感からのメッセージもどんどんキャッチできるようになってきます。感じないようにしてきたから、直感のメッセージもキャッチしにくかった。実は、理由はとてもシンプルです。かつてのわたしは、自分には直感のセンスはないと思い込んでいました。今は直感ですべてのものごとを決めているのですから、ウソのような話ですが、以前のわたしは左脳型人間で、直感とは無縁なんだと本気で思い込んでいました。ですが、それは自分本来の感情をオミットして、感じないようにしていただけだということ、そして感じないようにしているがゆえに、直感が来ていても感じとれなかっただけでした。感情はあらゆる豊かさへの鍵です。経済的な豊かさも、心の豊かさも、自分本来の天才性も、ライフワークも、自分が今生でやりたいと決めていることも、自分本来の感情を取り戻す(思い出す)ことで、その豊かさの扉が開いていきます。「感情と銭勘定は同じ」粋な言葉で知恵を授けてくれた老師のことをお茶目だな(笑)とかわいく感じる今日この頃です。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 5, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。前回は目標達成型と展開型という、2つの生き方についてお伝えしました。通常、目標達成型の人が展開型の生き方をしようとすると、なにから手をつけていいか分からなくなってしますし、逆に展開型の人が目標達成型の生き方をしようとすると、がんじがらめに縛られたような感じになって、前進するのがイヤになってしまいます。わたしはかつて、自分が展開型だということを分からないまま、既存の成功法則でよく語られる目標達成型の生き方を選んでいた為に、ビジネスも人生もずいぶん迷走してしまいました。その後、自分が展開型だということを理解して、展開型の人生を選択してからは、どんどん人生が拓けていきました。自分がどちらのタイプなのかを理解して、それを生きることはとても効果的です。ですが、実は驚くことがあります。実はわたしたちは本来、目標達成型と展開型の両方の才能を持っているということです。ただ、わたしたちは、これまでの人生のどこかで、どちらかの才能を「もう使わない」ってオミットしてしまったみたいなんです。わたしたちは生まれてきた瞬間には、ほぼすべての才能を持っています。「ほぼ」すべてという表現をしたのは、生まれる前からもなんらかの影響を受け始めているので、才能のいくつかはオミットして生まれてきます。(これには、勿論ちゃんとした理由がありますが)さて、わたしたちは生まれた瞬間には、ほぼすべての才能を持っていますが、人生のある時期に、【予定通り】自分の才能のいくつかをオミットします。予定通り自分でオミットすることを決めているので、誕生日などでその人が目標達成型か展開型かが分かってしまったりする、ということみたいです。(なぜ予定通りなのかは、後のほうで出てきますね)さて、わたしが目標達成型の才能を「使わない」って決めたのは、小学校三年生の算数の授業の時でした。先生が黒板に公式を書き、「この公式の答え、分かる人!」って生徒に問いかけます。そして生徒たちは、「はいはいはい」って手をあげます。その中にわたしも混じっていました。実はその時、わたしには公式の答えは出ていなかったのですが、先生とのやりとりで公式を分解、組み立てなおせば、答えが導き出されるという、直感による確信がありました。確実に答えが導き出されることを、直感的に理解していたんですね。今から思えば、まだ書かれていない答えの部分に光が見えていたような気がします。(ホントに気がするだけですが(笑))そして、先生はわたしを指名しました。わたしは、早速「この公式がどのようになりたっているのか」を説明し始めました。導き出されるであろう答えが、なぜそうなるのかを説明しだしたように思います。ところが先生は、すぐに答えを言わなかったわたし対して、「あ、こいつは分かってないわ」と言って、すぐに「他に分かる人」って、わたしを切っちゃいました。まわりのみんなが「はいはいはい」って手をあげている中、取り残された気分で、すごく悔しかった覚えがあります。そして、「この先生は人の才能が分からない人なんだ」、「(この社会で)こんな目に遭うんだったら、もう才能は使わない」って決めてしまいました。当時はそんなに複雑な思考をしてはいなかったでしょうし、「もう才能は使わない」なんて決めたって意識にそれほど自覚は無かったと思います。ですが、確かにあの瞬間に決めたという実感が今はあります。「この先生が自分の才能の芽を摘んだんだ」、「この先生のせいで、自分は上手に生きられなくなったんだ」って被害者になることを選択したことが、今ではよく分かります。ホントは悔しかったんじゃなくて、すごく悲しかったんだけど。でも、長いスパンでみると、これはわたしが選択した人生でした。自分の今回の人生の課題を生きるためには、その経験が必要だったので、表層意識では理解していなくても、ちゃんと予定通り自分で選択していたのだと、今は実感しています。そして、ある時期になったら、タイムカプセルを開けるように、圧縮していたソフトが解凍されるように、自分の才能がふたたび開花する。それが、自分の人生の目的であって、どのくらいそのことが後々、生きる喜びになるのかをちゃんと深いところでは知っていたように思います。わたしたは、何人かの親しいビジネスの天才達に、「マスターはひじょうに高いビジネスセンスがあるはず」って言われたことが何度もありますが、「そんなことないよ、だってビジネスの仕組みのことを考えようとしたらまっしろになるもの」って答えていました。ですので、これまではビジネスのシステムについては、しつこいくらい詳しい人に相談して決めていました。でも、今はよくわかります。真っ白になるってことは、思い出さないようにオミットしていた証拠ですから(笑)。わたしたちには、すべての才能が本来備わっています。ただ、ある時期までオミットしておくことが、自分の人生の目的だし、喜びであり、分かち合いであり、自分にとってとてもすばらしいことにつながることを知っていたみたいです。わたしたちの人生は、わたしたちが予定したことが順調に予定通り前進しているのかもしれません。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、心よりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
March 2, 2007
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