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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。人生はみな自分の内面を映し出す鏡といわれます。わたしたちが人生に起こる現実と信じているものは、実はわたしたちの内面を外に反映させているに過ぎません。わたしのメンターは、「感情と銭勘定は同じ」と伝えてくれました。「なるほど、そうですか」と口では言いながら(笑)、この知識が知恵になるには、けっこうなタイムラグがありました。豊かになるのも、不満足と感じる状態が継続するのも、実はわたしたちの内面が外の世界に反映しているに過ぎません。もし、経済的な豊かさを実現したいって思いながら、でも、現実は不満足な状態が継続しているとしたら、それはわたしたちの内面を反映しているに過ぎません。お金が欲しいって望みの「もと」が、よぉーくみてみれば、足りないって欠乏感であったり、安心したいって恐れであったりするなら、不安や欠乏感を感じさせる現実が継続します。この世界は、実は本当にシンプルです。ですから、わたしたちは、自分が欲しいと思う現実のもとが、恐れからきているのか、欠乏感から来ているのか、なにからきているのか、ちょっと冷静にもどって、「そういえば、本当はどうなのかな?」ってみてみることが必要になわけです。そして、そこには、「いい」、「悪い」、「正しい」、「間違い」などの評価や判断はそもそもないということを知っておく必要があります。なぜなら、すべてのものごとは、「ただ中立である」からです。本当に人生を幸せに、豊かな流れに変えた人たちは、みな異口同音にこの言葉を話します。「いつの間にか、そうなっていた。」映画「マトリックス」の中で、「速く動こうとするな」、「速いと知れ」って名セリフがありますが、これがわたしたちの人生そのものです。わたしたちの人生は、「既に自分がそうである」と信じている人生が現実かのように、目の前に現れているに過ぎません。ということは、わたしたちは、「既に豊かである」、「なにひとつ欠けていない」っていうことを、「思うおう」とするのではなく、「ただそうであった時」、既にその内面を反映した現実が目の前に現れます。そしてある日、「あれって、思っていたよりも、難しくなかったなぁ」って、気づくわたしたちがいるでしょう。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 29, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。ライフワークがなんなのか知りたい、そしてそのライフワークをやって、幸せに豊かになりたい。こう言われる方がたくさんいらっしゃいますし、わたし自身も、長くそう考えていました。「ライフワークってね、生き方の姿勢のことなんだよ」わたしのメンターたちは、ずっとこの言葉を伝え続けてくれました。ですが、わたしがこれを知識ではなく、理解するには、長い時間がかかりました。わたしがまだ小さかった頃、わたしの人生を決定付ける、大きなきっかけがありました。そして、そのきっかけの出来事は、日常のほんのささやかな一場面でした。まだ3歳くらいのわたしは、その日お絵かきをしていました。その時、たまたま来ていた親戚のおじさんに、わたしは「機関車の絵を描いて」っておねだりをしました。おじさんの描いたその絵が、わたしの人生を決定付けるとは、勿論、思いもよりませんでした。まだ小さかったわたしは、多くの子供がそうであるように、機関車を横からみた姿を描いてくれるものだと思っていました。ところが、おじさんが描いたのは、遠近法を使って、斜め前からみた機関車の姿だったんです。あったことはこれだけです。けれど、機関車や電車、クルマの絵といえば、真横からの姿しか思い浮かばなった、小さな時のわたしは、違う角度からみたら、同じものでも、まるで違う姿を現すということは、大変な驚きだったわけです。それから10年以上経って、2001年宇宙の旅という映画と出会います。ご存知のように、2001年宇宙の旅は、SF映画の最高傑作と呼ばれると同時に、哲学的で難解な作品として知られています。わたしは、この難解という部分にひじょうにとりこになってしまいました。みなが「わからない」っていうものを理解したい、真実を知りたいっって回路にスイッチが入った作品でした。それ以来、わたしの人生でもっとも興味のあることは、みなが「こうだ」って信じていることは、本当はどうなんだろう?誰も疑いもしないけれど、真実はどうなんだろう?っていうことが中心になっていきました。みなが当たり前ってとらえて、みてみないことを、角度を変え、マインドを変えて、深く洞察していくこと。それがわたしの人生のもっとも興味をひき、ワクワクすることになったわけです。そして、そのルーツは、3歳の時の機関車の絵であり、中学生の時に出会った、2001年宇宙の旅立ったわけです。わたしは、これらに出会った時に、自分のライフワークを「思い出す」回路にスイッチを入れていたわけです。ライフワークは、その人の生きる姿勢です。わたしのライフワークは職業としてのヒーラーでもなければ、セミナーリーダーでも、カウンセラーでも、執筆家でもありません。わたしのライフワークは、真実を探求し、それを分かち合い、目覚める機会を提供する。職業としてのヒーラーやセミナーリーダー、執筆家などは、その表現の手段なわけです。あなたのライフワークはなんでしょう。そして、あなたが本当に世の中に発信していきたいこと、あなたの本質が伝えて生きたいことはなんでしょう。よかったら、その視点でみてみてください。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 28, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。自分のまわりは、360度すべて鏡だと言われます。なにかにハラがたつことがあったり、悲しくなったりすることがある時、このことをきくと、「すべて鏡だとしたら、自分のなにがいけないんだろう」ってとらえたりしますよね。ですが、起きる出来事はすべて中立で、そこに「いい」、「悪い」、「正しい」、「間違い」は本来存在しません。なぜなら、わたしたちが「嬉しい」、「楽しい」と感じることも、「静かで平安な状態」を感じることも、またわたしたちの内面が外に現れたものだからです。わたしたちは、人生を変えようとする時、自分の外で起こる現実(現象)を変えようとやっきになってしまいがちだとは、ほとんどの場合、知らないことさえ気づきません。ですが、自分の外で起こることは、自分の内面がただ反映されているということがセンスとして理解できるようになってくると、自分の外の世界を変えようとすることは、化粧をしようと思っているのに、鏡に口紅を塗るようなことくらい、おかしなことだったんだということがみえてきます。わたしたちの目の前で起こることは、わたしたちの内面が外の世界に反映したものに過ぎません。先日、とても興味深い体験をしました。うちの下の子は、3歳の男の子なのですが、なかなかにやんちゃで、元気に走り回っています。で、ある日のこと、たまには子供を遊びにつれていかないと、あなただけ、好きなことをしていていいわねって奥さんに言われないように(笑)、近くの公園に下の子を連れて行きました。下の子は、元気に走り回ったり、ブランコに乗ったり、滑り台で遊んでいました。で、わたしは読書でもしようかなと思ったのですが、とても気持ちのいい風が吹いてきたので、「お、ちょっと禅モードでもやってみようかな」って感じで、禅の老師に教えてもらった、禅の呼吸に意識を向けてみたんですね。禅で行なうのは、呼吸に意識を向けて、今、この瞬間を体得することにあります。今この瞬間を体得するとは、過去にも未来にもぶれない、雑念にふりまわされない、とても静かな「空」の状態にいたるのですが、ある瞬間、とても興味深いことに気がつきました。わたしがとても静かな「空」の状態を楽しんでいると、いつの間にか、下の子はわたしのそばに座っていて、静かに遊んでいたんです。これをみた瞬間、「ああ、これなんだ」って気がついたんですね。わたしたちの内面が、外の世界にあらわれる。外の世界で起こることは、わたしたちの内面の反映でしかありません。わたしが静かでおだやかな状態にいたった時、そとの世界でも同じことが起こった。ホントにただこれだけのことでした。そして、そこにはなんの評価も、なんの意味も存在していませんでした。ただ、静かさと平安さがあったわけです。静かで平安な状態、ポジにもネガにも振れない、静かなセンターの状態は、わたしたちがそこに至る時、外の世界も、静かで平安な、センターの状態に収束していきます。天才性を生きる人が、そこにいるとき、そのまわりの世界も、天才性へと解放されていきます。わたしたちの外の世界で起こることは、わたしたちの内面が反映されたものに過ぎません。静かで平安な人生は、そんなには難しいものではないようです。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりおましております。いってらっしゃいませ。
September 27, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしたちの多くは、人生においてうれしいことがあれば喜んだり、いやなことがあれば、腹をたてたり、ショックと感じることがあれば、悲しんだりします。わたしたちは人生とはそういうものだとみていますし、それがあまりに当たり前にみえるために、それが真実だと信じて生きています。そして、あまりにも当たり前なっているために、そう信じているということに気づかないことさえ気づきませんし、ゆえにみてみることも、普通の人にとっては、ほとんどありません。ですが、いいことと感じることがあれば喜んだり、嫌だと感じることがあればハラがたったり、ショックと感じることがあれば悲しんだり、誉められたら嬉しかったり、恥ずかしくてうけとれなかったりなどは、冷静に観ていくと、ほとんどが自分以外の外からの刺激に対する反応だということが見えてきます。ホントの幸せな人生を生きることの成功者たちは、人の本質的の感情は、内側から泉のように、コップから溢れでる水のような優しさや愛や思いやりの感覚であることをよく理解しています。さて、わたしたちは、人生において、嫌なことがあれば、ハラをたてたり、ショックなことがあれば悲しくなったりしますが、それら出来事に瞬間的に反応する為に、自分が怒っている状態であるだとか、悲しい状態であるというこうことが、ほとんどみえていません。「怒ってるだろ?」って言われて、「怒ってない!」って反応する人が、起こっているという状態が自分で認識できていないようなものです。わたしたちが本当に人生の流れを変えると決めるならば、あるとてもとても大切なことに気がつく必要があります。そして、それは人生の流れを変えるということに関して言うならば、唯一みるべき場所と言っても過言ではないかもしれません。それは、嫌と感じる出来事が起きたとき、ショックだと感じる出来事が起きたとき、これは自分が意図して創り出したものなんだって認識すること、そして、自分の中でなにが起きていたのか、自分の中のなにがこの現実を創り出したのかって自分のことをみることです。わたしたちの人生に起こることは、わたしたちの思っている通りのこと、わたしたちの望み通りのことが起きているってきくと、多くの人が「自分がいけないんだ」ってみてしまいます。わたしたちの人生に起こる出来事は、すべて中立です。そこにいい、悪いは、本来存在しません。いい、悪いと、判断するのは、わたしたちの概念でしかありません。そして、それをきくと、「そうとらえる自分が悪いんだ」ってところに多くの人は行ったりします。こころって、天邪鬼ですね(笑)。わたしたちの人生に起こることは、わたしたちの意図したとおりのことが起こります。そして、人生に起こる出来事は、本来すべて中立です。あなたの人生に、いっけん理不尽にしかみえないことが起きたならば、これから、「自分はこの出来事を通して、なにを証明しようとしたんだろう?」ってみてみてください。それを責めるのでも、評価するのでもなく、「自分はなにを証明しようとしていたのか?」ということをみはじめてみてください。それによって、人生の流れは変わり始めます。いったん方向の変わった川の流れは、はじめは大きく変わったように見えなくても、徐々に違うカーブになってもとの川からはなれるように気がついた時には、「あ、いつの間にかこんなに変わってる」っていう場所にいるでしょう。と同時に、この世界の本質的な仕組みが、今まで見えていたものとかなり違っていたこと、実はとてもシンプルな構造になっているということがみえてくるでしょう。そして、人生の流れを本当に変えるためにもうひとつ大切なことは、静かなワクワクではなく、ドキドキワクワクする時、自分の中で本当はなにが起きているのかをみはじめてみてください。ここに、人生の流れを変える重要なカギが隠されています。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 20, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。昨日18日は、かねてより予定していた、琵琶湖への自転車ツーリングに出かけてきました。わたしは高校生の頃から自転車が好きで、一時的にクルマやバイクも懲りましたが、(凝ると、とことんはまるタイプです(笑))ここ7~8年、また自転車で風を楽しんでいます。自転車のよいところは、風の心地よさを感じ、自然を感じて、インスピレーションがどんどん降ってくるところ。ビジネスのアイデアも、セミナーのアイデアも、サイクリングの最中に降ってきたものが多いです。ですが、最近はサイクリングも、禅として、空になることを意図したりしています。(空になるのと、ボーっとするのは、まったく違いますので(笑)、あしからず)で、昨日は少し前に納車した、ちょっと変わった自転車(というかかなりヘンな自転車(笑))、リカンベントで琵琶湖のマキノまでの100キロを走ってきました。これがマスターのヘンな自転車リカンベント↑もう9月もなかばすぎですが、連日とても暑い日が続いて、昨日も真っ黒に日焼けしてしまいました。ある浜辺では、外国の人たちが数名、泳ぎに来ていたりして、おぉ、日本人はやらないけど、常識にとらわれないと、こんな自由さもあるんだなと思ったり(笑)。秋空の下の琵琶湖は本当にきれいでした。写真のリカンベントは、オランダのオプティマ社のリンクスというモデル。マスターの好みで、けっこうあちこちいじってあります。さぁ、先週末は、京都の天才性コース第1回、そして、今週末は東京での天才性コースの2回目です。本日は当店にお越しいただき、ありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。ヘンな自転車、リカンベントの専門店はこちら
September 19, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。わたしたちは普段、意識することはほとんどありませんが、実はいつもなにかを感じています。ボーっとしているだけで、なにも感じていないと思っているときも、うとうとしているときも、眠っている間も、実は常にわたしたちは、なにかを感じています。このことをはっきりとつかんだのは、メンターから「感覚を感じとる」ことが人生の流れを変えていくのに、とても重要であることを伝えられ、それを学び、習得していた時のことでした。はじめて、それを体感で感じとった時は、すごく驚いたのを、鮮明におぼえています。その時、わたしは、ただイスに座っていただけでしたが、ある瞬間、イスに当たっている面が、(つまりお尻ですね)圧迫を受けているのをはじめてリアルに感じとったんですね。それが、いったいどうしたというの?って思っちゃいそうですが、これが実は、無意識のレベルに大きく影響していたんです。お布団の上に、ごろんと寝転んで、リラックスしている時も、慎重に感じとっていくと、お布団に当たっている体の面が、圧迫されて、実はストレスも同時に感じていることがみえてきます。ということは、おなかにお肉がついているとしたら、意識していない時でも、他のことを考えている時も、「おい、肉がズボンに乗ってるぞ」って無意識のうちに感じ取って、潜在意識に自分とのダイエットの約束を守れずにいる自分を責め続けていたワケです。(ビリー隊長のおかげで、マスター的には、かなりこのストレスからは解放されつつありますが(笑))感覚が研ぎ澄まされてくると、わたしたちは本当に、毎瞬毎瞬、いろんな感覚を感じていることがみえてきます。なにかをしている時も、常に肌は空気に触れていることを感じとっているし、舌は唾液の感覚を感じとっているし、足は靴の感覚を感じとっているし、指は指輪が当たっている感覚を感じています。わたしのメンターは、感覚を感じることが、人生を大きく変える本当に重要なカギになると伝えてくれました。どうして、感覚を感じ取ることが、そんなに重要なことなんでしょう?わたしたちは怒ったり、イライラしたり、ショックを受けたり、なさけない思いをしたりするのは、今までそれが自分の性格であり、自分の感情だと思ってきました。ですが、それらの大半は、実は外部からの刺激による反応で実は自動的に反応していただけなんだといことが深く感じることで、だんだん明らかになってきます。そして、本当に感じる感覚が研ぎ澄まされてくると、イラっとしている最中に、自分が外部の刺激に対して、自動的に反応していることを見極められるようになってきます。そして、それが見極められるようになってくると、今まで怒ったり、イライラしていた時、実は外部の刺激に対して、体の特定の部分(胸の真ん中辺りとか)に、モヤっとか、イガイガとした感覚が、あがっていただけだということが、冷静にみえるようになってきます。そして、それが冷静にみえるようになってくると、とても不思議に思えるかもしれませんが、それ自体はただの「モヤっ」や「イガイガ」でしかなくなって、その力や効力を失っていきます。わたしたちはこれまで、このモヤっやイガイガと感情が、ごちゃまぜになって、見分けがつかなくなっていたわけです。それが見分けられるようになってくると、それは、ただの「それ」でしかなくなってきます。そう、それに振り回されなくなっていくわけです。そして、その感覚を深く理解していくと、外部の刺激にあまり振り回されなくなってきて、(つまり暴れる感情に振り回されなくなって)静かで、落ち着いて、おだやかな感覚の中で、日々の人生を生きられるようになってきます。これは、本当に楽で、おだやかで、すがすがしい人生です。ですが、このおだやかな人生の、なによりも素晴らしいところは、内側から湧き上がってくる本質からの感情、自分や他者への思いやりとか、優しさであるとか、美しいものを美しいとそのまま感じ取れる感覚が、内側から沸きあがってくるようになることです。外部からの刺激に翻弄される人生から、静かでおだやかな、本質の自分で生きはじめたら、内側から溢れてくる、わたしたち本来の感情を感じはじめます。わたしのメンターたちは、感覚を感じ取れるようになることが、人生を大きく変えるカギになると伝えてくれましたが、その頃のわたしには、正直なんのことかほとんど分かっていませんでした(笑)。ですが、今は彼らの言葉の重みが理解できるようになってきたように思います。わたしたちは誰も、本質的に、素晴らしい感性と、優しさや深い愛情を持っています。そして、その泉をみつける探知機であり、カギが、感覚を感じることを許可し始めることにあります。どうぞ、あなたの泉をみつけてみてください。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころからお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 14, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。今日、9月13日でマスターも41歳になりました。たいていは、年がひとつ増えるのはあまり嬉しくないものですが、わたしはけっこう嬉しかったりします。なぜかとういうと、見た目が年齢より、かなり若くみられるためで、「実はそれなりの歳です」っていうのが、けっこう嬉しかったりするのです。男性は、若いとなめられちゃうんじゃないか?なんていうのを気にしたりするものなのですが、わたしも、今でもこんなことにこだわってしまったりするところがあって(笑)、自分で笑っちゃいます。先日、11日は、ANGEROSESのアクセサリークリエイターであり、いつもセミナーのバックアップをしてくれているミキちゃんの誕生日でもあったので、オフィスで一緒にお祝いしていただきました。その際、わたしの手相をずっと定期点検してくれてきた、えっちゃんもお祝いに来てくれて、その際、手相のチェックもしてもらいました。えっちゃんには、もうずっと前から(ダメダメな頃から(笑))みてもらっていますが、わたしもミキちゃんも、大きく変化しているとのこと。なによりも、印象的で嬉しかったのは、2人とも「透明な感じになってきている」という言葉でした。執着を手放し続けてきて、そして、「我」を手放し続けてきて、まだまだ我は、わたしと一緒にいますが、でも、執着と我という執着が落ちていくことは、「透明」さに至っていくようです。なんだか素敵なバースデイプレゼントをうけとらせていただいたような気分です。ありがとう。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 13, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。すべてのものには、それが発明された、生まれてきた、つくられた目的があります。たとえば、わたしたちが日常なにげにみているテレビ。(わたしは、ほとんどみることはありませんが(笑))これにもつくりだされた目的があります。わたしたちは普段、「これはそもそも、どんな目的でつくられたんだろう?」って視点で、ものごとをとらえることは、ほとんどありません。ですが、すべてのものには、それが生まれてきた目的があり、そこに意図があります。意図とは、これが世の中に存在することで、「これまでになかった、こういうことが可能になる」というものです。「テレビはなんのために発明されたでしょう?」ってきかれたら、わたしたちはたいてい、「家でも娯楽が楽しめるように」って答えると思いますが、これは表面的な目的。テレビが生まれてきた目的は、ある状態(背景)があって、それを別の状態に変化させることを意図としてつくられています。意図(目的)は、すべてのものに存在します。わたしたちは普段、ほとんど意識することはありませんでしたが、すべてのものが、今その状態にあるのは、なんらかの意図が(意識しているにせよ、無意識にせよ)働いていて、その意図どおりの結果がつくられています。わたしたちのお店の客層がある一定の層であることも、わたしたちのビジネスが、思い通りに機能しないのも、わたしたちのビジネスが予想以上にうまくいっているのも、これらにも、必ずなんらかの意図が働いていて、その意図がその状態をつくりだします。大事なことは、それがいい、悪いという評価ではなく、今の、ある状態は、なんらかの意図が働いた、その結果であるということです。「そういえば、これまで考えたことなかったけど、これがこの状態なのには、どんな意図が働いているんだろう?」「そういえば、これが生まれてきたホントの意図は、なんなんだろう?」って、これまでにない視点で、よかったらみはじめることをやってみてください。思いもよらなかった世の中の仕組みがみえはじめてくるかもしれません。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 8, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。実はわたし、バーのカウンターを舞台にしたメルマガを書いているのですが、今回はそれをちょっとご紹介しますね。よかったら、バーで隣の席にいるのを想像して楽しんでみてください。メルマガ「幸せを呼ぶ人 そうじゃない人」より↓R子 あのね、マスター、前にこんな話きいたことがあるんだけどね。M ん?どんな話です?R子 成功者って呼ばれる人の中でも、幸せな成功者って呼ばれる人達、 そして、そんな中でもホントの幸せな人生を生きることの成功者たちは、 すべてのものごとを直感で選ぶって、ホント?M おお、それはまた面白いことをきいてきましたね。R子 うん。 で、どうなの?M ええ、そのとおりですよね。R子 へぇ~、やっぱりそうなんだ。 でも、すべてを直感で選ぶの? 考えたり、比較検証とかしないの?M それは勿論するでしょうけれど、 ホントに大事なことは、アタマではなく、直感で選ぶでしょうね。R子 それって、不安にならないのかな? っていうのも、「これって直感?」、 「それとも、そんな気がするだけ?」って わたしだったら、迷ってしまう気がするんだけど。M 確かに、そう感じられるのもよく分かりますよ(笑)。 わたし自身もそうでしたからね。 でも、彼らはホントに大事な場面は、 というより、重要な場面であればあるほど、 直感で選択をします。 なぜなら、彼らは直感がどれほど大事かということを 【経験を通して深く理解している】からなんですよね。R子 経験を通して理解している?M ええ、彼らの多くも、はじめから直感を信頼して 選択をしていたわけではないでしょう。 はじめからそうだったという人も、 ごく一部はいるかもしれませんが。 けれど、彼らの大半は、はじめから直感ですべてを 選択していたわけではありませんよね。 わたしたちと同じ、ごく普通の人なんですから。R子 普通の人....か...。 そうきくと、昔は普通の人だったかもしれないけど、 今はすごい人になってるんじゃないの?って 思っちゃうよね。M あはははは(笑)。 確かに確かに。 そう思っちゃいますよね。 でも、普通の人なんですよね。 そして、自分は普通の人、幸せな成功者は特別な人って とらえることが、実は無意識のうちに垣根をつくって、 自分を幸せな成功者にしないように働かせるんですよね。R子 あいたたたた。 ちょっと痛いトコつかれた気がした。M あはははは(笑)。 でも、これ、とても大事なポイントですよね。R子 でね、マスターはさっき、 ホントの幸せな成功者たちは、経験を通して 直感がどれだけ大事かということを理解しているって 言ったでしょ? それってつまり、アタマで考えて選んだり、 比較検証したり、いろいろやってみて、 そして、直感で選ぶことも何度もやってみて、 やがて、「やっぱり、直感で選ぶことが大事なんだな」 ってことを経験で確信していったってことよね?M そうそう。R子 でもさっ、わたしなんかだとやっぱり、 「これは直感なのか?それとも、そう思い込みたいだけなのか?」 ってわかんない時が出てきちゃうのよ。 そんな時、どうやって見極めたらいいんだろう? これは、直感なのか? それとも、都合よくそう思いたいだけなのか?M うん、それはね、実はとてもシンプルに 見極められるものなんですよ。R子 え?どんな風に??M ひとつは、なにかインスピレーションが降りてきた時、 静かに出てきたかどうか。 つまり、必要以上にワクワクドキドキが一緒に出てきたとしたら、 それはよく観察してみてみる必要がありますよね。 そして、なにを観察するかというと、 そこに「損得の感情が入っていないかどうか」、 そして、「その選択には、中立さ、誠実さがあるかどうか」。 これだけです。R子 なるほど。 損得が入っていないか? 中立かどうか? 誠実さがあるかどうか?かぁ。 なるほどねぇ~確かにそれだよね。R子 ところでさ、直感ってどうやったら磨いてくことができるんだろう? M うん、それ、気になりますよね。 直感ってね、実は「執着を手放していくごとに」 精度があがっていくんですよね。R子 え?執着を手話すことで? それって、わたしたちの人生においての思い込みを 手放していくということ?M そう、それも、わたしたちがこれまで 自分では気づかず、無意識のうちに執着していたことに気づき、 手放していけばいくほど、直感の精度はあがっていきます。 きかれたことがあるかもしれませんが、 地球を離れたことのある、宇宙飛行士の人たちは、 すごく直感がさえるようになるそうです。 友人が先日、宇宙飛行士のMさんにお会いしたそうなんですが、 彼も宇宙から帰ってきてから、すべてのことを 直感で選択するようになったそうです。R子 へぇー、それすごいね! それって、重力から解き放たれるという体験が、 これまでの「概念」を覆し、 概念を手放すってことになったのかな?M きっと、そうなんでしょうね。R子 すごいなぁ~。 わたしも、無重力体験したら、 直感さえるようになるかなぁ。M そうかもしれませんね。R子 あ!そうだ、アルコール度数の高い ウォッカでカクテル作ってくれない? M え?R子 めっちゃ酔っ払って、ふらふらになったら、 擬似無重力体験できるかもって思ってっ。 どうかな???M あ...あはははは(苦笑)。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 6, 2007
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いらっしゃいませ、マスターの濱田です。少し間があいてしまいましたが、前回の続きをお伝えしますね。前回は、わたしたちは普段、喜びや悲しみや怒りなどのいろんな感情を感じているけれど、そのほとんどは、外部からのなんらかの刺激に対して反応しているということにほとんど気づく機会がなかったということをお伝えしました。外部の刺激に対する反応とは、誰かになにかをしてもらったり、ものごとがうまく運んだりすると喜び、誰かに嫌なことをされたり、望むことをしてもらえなかったり、ものごとがうまく運ばなかったりすると、悲しくなったり、はらがったったりする。このように、外からの出来事、刺激に対して、反応することをわたしたちは感情だと思い込んできましたが、実は本質的な感情は、そことは違うところにあります。本質的な感情とは、外からの刺激に対する反応ではなく、内側から湧き出てくる感情です。自分や他者に対する思いやりや優しさ、本質的な愛情と呼ばれるものです。この本質的な感情は、わたしたちを本当に平安にし、深く深く満たしてくれます。そしてそこには、深い深い感動があります。本物の幸せな成功者と呼ばれる人たちの人生は、この感覚が人生の指針であり、この感覚の中で人生を生きています。では、外部からの刺激に自動的に反応する人生から、自分の内側から溢れてくる、本質的な感情の中で生きる人生にシフトしていくにはどうしたらいいのでしょう?それにはまず、これまで自分は、ほとんど気づくことがなかったけれど、外部からの刺激に反応して、その反応に人生を振り回されていたということに気づき、それを認めることがスタート地点となります。認めるとは、反応していた自分を責めるのではなく、また、「反応させられていた」と他者や環境を責めるのでもなく、「反応する人生を、これまで自分は選択していたんだな」って認め、うけいれることからはじまります。(自分や他を責める感情が出てきたとしたら、それも反応です)そして、次に必要なのは、今この瞬間のこと、目の前のことに(仕事であっても、好きなことであっても、好きな人と会っていることでも、そうでない人といる時であっても)真剣に、集中して、情熱を持って取り組むことです。真剣に集中して、情熱を持ってなんてきくと、なにやら大変なことのようにきこえそうですが、実はこれは、とてもシンプルなことをお伝えしています。わたしたちは、シンプルなことも、複雑にきいてしまうことになれてしまっています。そして、それも自動的な反応に過ぎません。目の前のことに、真剣に集中して、情熱を持って取り組むとはつまり、ただ、【今この瞬間に集中する】ということです。わたしたちの人生はほとんど(自動的に)、月末の支払いのことや、やらなきゃならない用事などの未来のことに、気づかないうちに意識を奪われています。また、あの時、ああしておけばよかった、あれをやらなきゃよかった、あの時のあれのせいで、というように、きづかないうちに、過去に意識を奪われてしまいます。そう、わたしたちはほとんどいつも、過去か未来に意識を奪われてしまって、【今、この瞬間】を生きていません。【今、この瞬間】を生きるというのには、実は、本当にすごいパワーがあります。そして、人生を本当に変える力も、人生の本質、人生の真実も、【今この瞬間を生きる】時、人生に表れて来ます。今、この瞬間に生きるという生き方が、どれほど大きなパワーがあり、そして、本当に人生を満たされたものに変える為には、それだけであり、それ以外にないことをわたしたちはほとんど、気づかずに生きてきました。実は日本はこの、【今この瞬間を生きる】という生き方を日々、鍛錬する土壌が、本来あった国でした。今はほとんど形骸的なものになりつつある、書道、茶道をはじめ、武道など、「道」とつくものにはみな、実は「今この瞬間を生きる」ことを鍛錬する為のものだったんです。実は日本には、精神性を高め、そして本質的な感情、本質的な幸せや豊かさの感情を内側から溢れさせ、本当の意味で豊かな人生を生きることを学び高めていく土壌が、日々の生活の中にあった国だったんですね。ですが、これら修練と、ある意味同じ生き方をわたしたちは、今この瞬間にいき、本質的な感情で満たされた人生を生きる機会があります。それが、今この瞬間、目の前にあることを、真剣に、そして誠実に、ただ取り組むということです。この【今この瞬間】を大切に生きることが徐々にでもできるようになってくると、本当に不思議なのですが、人生はどんどん幸せで豊かなものに変わっていきます。そして、本当に不思議に思われるかもしれませんが、今この瞬間を大切に生きることが、わたしたちの人生を本当に癒してくれます。今この瞬間に生きるということには、本当に深い深い意味があります。そして、そこは、本当に豊かで、満たされた、素晴らしい人生への扉です。どうぞ、御自身の人生を一瞬一瞬、大切に生きてあげてみてください。本日は当店にお越しいただき、本当にありがとうございます。またのお越しを、こころよりお待ちしております。いってらっしゃいませ。
September 4, 2007
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