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かごめ かごめ 籠の中の鳥は いついつ出会う夜明けの晩に 鶴と亀がすべった 後ろの正面だあれ実際に、かごめの歌を歌いながら遊んだ人はもう少ないかもしれませんが・・・不思議な響きの歌ですね。この歌がいつから歌われているかや歌の意味など、ハッキリしないのですが、一説では、五芒星と六芒星、そして、陰陽、自我と真我、陰陽の相克と相生が詠まれているともいうので、真偽のほどは別として味わってみてください。かごめかごめ 籠目 籠目かごの中の 籠の目は、六芒星、陰陽の相生鳥は 中の鳥は、五芒星、陰陽の相克夜明けの晩に、鶴と亀が 亀の甲は、六芒星、真我の輝き 鶴の姿は、五芒星、自我の輝きを現わす。すべった 己の我の裏には、他の我が隠れていて後ろの正面だあれ 他の我を認めると、真の我をが現れる。 篭(籠)の目は、六芒星、陰陽の相生を現わす。 亀の甲羅の文様は六角形。__/\__\/ ̄ ̄\//\__/\ ̄ ̄\/ ̄ ̄ 中の鳥は、五芒星、陰陽の相克を現わす。 鶴が羽を広げた姿が五芒星 亀の甲は、六芒星、真我(神我)の輝きを現わし、 鶴の姿は、五芒星、自我の輝きを現わす。 滑るとは入れ替わること。 自我が真我に気付いたとき、背後の真我と入れ替わる。 始めは、対立しながら、五芒星を輝かせて、 終りは、和合しながら、六芒星を輝かせる? 新時代の夜明けを迎えるときは、エゴ利己主義から ワンネスの輝きに、変わっていくとき。 好き勝手しつづけてたら滑るかも。 鶴と亀は四神獣でいうと朱雀と玄武、南北の方位を示す。 南北が滑ったら極ジャンプ。まとめると。五芒星は、陰陽の相克の姿。六芒星は、陰陽の相生の姿。五芒星は、鳥の姿 羽を広げた鶴を象(かたど)るもの。六芒星とは、六角の篭の目 亀を模(かたど)るもの。五芒星は、自我の輝き。自我に囚われ、強い意志を持ち、他我との相克の中、苦楽を味わう。篭を出るために、鶴は強く羽ばたく。六芒星は、真我の耀(かがや)き。強い意志を以て、自我を越える。他我との相生の中、安心を味わう。夜が明けるとき、鶴と亀が入れ替る。神の道は、最初は分かれているが、最後に合わさって、真の道となる。後ろの正面とは、自我の裏側の他我、それに気づくと現れる、真我のこと。はて、さて、かごめかごめは、陰陽の相克と相生の葛藤、そして、気付きの中で古い時代が終わり、新しい時代の幕開けを意味する歌なのでしょうか。不思議、不思議。
2007年05月31日
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少し前ですが、SLXさんからたくさんの手作り石鹸を贈ってもらって色々試していますが、植物油の種類や配合成分や作り方によって個性があって、面白いですね。香りも色々です。ハンガリーチンキの入った石鹸は相当に気に入っています。熟成が進んだのか日に日に泡立ちはよくなっています。「ぜいたく石鹸」など、まだ使っていないのもありますが!!あらためてありがとう!!そして。最近、Chan*さんからハーブ(へナ、ニームなど)のシャンプーバーをふたつ、送っていただきました。香りも泡立ちもよく普通にシャンプーに使っています。気のせいか、髪色に自然なヘナの色づきが感じられますけど、どうなんでしょう。アーユルベーダのハーブシャンプーバー オリーブ油/茶油/米油/ひまし油/パーム油/ココナッツ油/ミリスチン、 ステアリンのコンビ3% w35% D10% OP へナ/アムラ/シカカイ/カチュールスガンティ EO レモン/ローズマリ/ラベンダーフレンチ/合成シャンプーは殆ど使う機会がなくなりました。出張時は使いましたけど・・。普段は石鹸シャンプーとリンスを使っていますが、手作り石鹸のシャンプーバーはより、ナチュラルで違和感がないです。癒されています。ありがとうございました(^^♪------ 鉢で育てているバジルを使ってトマトサラダを作りました。 バジルは花が咲き始めています。 レモンバームも元気よく伸びてきていて、葉っぱをお茶にさせてもらっています。
2007年05月30日
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言葉にはエネルギーが込められてるから、ネガティブな表現や否定形はできるだけ口にしないように気をつけていますよねー。ところが、子育てで使う言葉は、~しちゃいけません!ダメでしょう!何やってるの!子供に躾は必要です。しかし、いたずらするのが仕事、それを通じて失敗も経験するのだから、頭ごなしに禁じてばかりでは実体験的な成長の機会を奪うことになります。躾にしても説得の仕方はダメでしょ、の一点張りではネガティブになってしまうから、できるだけスピリットに問い掛けることです。いたずらで食べ物を粗末にしたら、あっ!○○が泣いてるよ、かわいそうだね、食べてくれないと悲しいんだってとか話してみるのもよいと思います。○○は○○ちゃんが大きくなるために生きた命をくれたんだよ。ありがとうだね、とか。実際散らかされたらつい感情的になってしまうからなかなか難しいわけですが。行儀がよくないことに怒るようでいて、実は自分が片付けるのが面倒だからと怒ってるなら、それは躾や教育ではなく身勝手なんですよねf^_^;
2007年05月30日
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子供の頃、やたらと五芒星を書きまくっていました。五芒星という名前も魔除けなんてことも知らず。自分でも、何で星が好きなんだか、わからないままに。六芒星も時々書いていました。ダイヤモンドという駒で陣地取りするゲームもこの形でしたね。五芒星はソロモンの星、六芒星はダビデの星とも呼ばれます。ソロモンの星は呪術を封じる護符、ダビデの星は呪術を召還する呪符でもあるそうです。☆ 五芒星は相生と相克=循環を表わす 古代中国の宇宙生成論=陰陽五行説では、万物を「木火土金水」(もっかどごんすい)の五つの属性に分け、その相生と相剋によって森羅万象を読み解きます。五芒星の形状は、陰陽五行の「相生」と「相克」から二つ造られます。それが五角形と、星型です。五角形の頂点は木から始まり、右回りに火→土→金→水と対応し陰陽道の五行になります。「相生」は無限の生成。「相剋」は無限の対立を意味し、永遠の循環を表わします。 木が火を生み。火が土を生み…という相生の関係。 木は土に克ち、土は水に克ち…という相克の関係を表現します。まさに、宇宙のエネルギーの循環。触れるものを浄化し、使うもののパワーを増幅するのです。この陰陽五行説は、日本に入り陰陽道として大成し、担い手を陰陽師といいました。だから、五芒星は日本で陰陽師の安部晴明の紋章「晴明桔梗」となっているのです。中国・日本の五行の特徴は、木-生命 火-結合 土-空間 金-物質 水-移動 に対応していること。物質主観である西洋の四大(地水火風)・インドの五大(地水火風空)にはない、「木」に象徴される生命の要素が含まれ、相互作用、輪廻の考えが入っているのが特徴。ここでいう相互作用とは、5辺を順に右回りする五行「相性」(左の性が右を支える)と、一つ飛ばした次の角を結ぶ対角線の五行「相剋」(左の性が右を押さえる)の関係です。なお、五行相剋を順に結ぶと、一筆描きで五芒星の形ができます。 *五行相生 木生火 木を擦り合わせて火をおこし、火に木をくべて大きくする 火生土 火が燃えると灰ができ、土に戻る 土生金 土の中で金属が出来、それを掘り出す 金生水 金属を空気にさらすと湿気が結露して水滴となる 水生木 木は水を吸って養われ育つ *五行相剋 木剋土 木は根を張って土中の養分を吸い上げ、土がやせる 土剋水 土は水の流れを遮り、堰とめる、土がが入ると水は汚れる 水剋火 水を掛けると火は消える 火剋金 火は金属を溶かす 金剋木 金属は斧となって大木をも切る☆ 六芒星は相対するものの共生を表わす二つの正三角形の組み合わせによって成り立ちます。それぞれの正三角形が男と女、陰と陽、霊魂と肉体、天と地その他、相対するものを表します。その結合によって美しく形成されるこの線対称・点対称の図形はあらゆるものの融合、調和を表す形であるとされます。五芒星を宇宙の循環システムをあらわす形とするなら、六芒星は共生する大宇宙の相似形。宇宙と共振し、そのパワーを受け、貯蔵・発振する形状とされています。きれいな雪や水の結晶に、六芒星の形状があるのもその表れと言います。☆陰陽ということで言うと・・・、 循環を表す五芒星は外側に循環を表す五角形を持ち、この「相生」関係が陰を表し、 内側の五芒星は「相剋」関係で陽、二つが陰と陽の関係です。 共生を表す六芒星は上向きの三角形が陰、下向きの三角形が陽で、二つが陰と陽の関係。 そしてより大きく見れば、共生(六芒星)と循環(五芒星)、これも二つでひとつ、 陰と陽の関係です。☆ちなみに、太極図は大陰の中に小陽があり、大陽の中に小陰があります。 陰と陽、二つの性質を持つ勾玉が、二つの陰陽関係で形作られている。 五芒星六芒星と同じ関係です。 そうか、ひとつの宇宙の表現ですね。真理ですね。統合ですね。いいですね。
2007年05月29日
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九州は西にあるため東京に比べて日の入りは遅いです。今、7時20分くらいでまだ明るく夕空の写真が撮れます。絹雲は秋の空の風物詩ですが、最近、春なのに多く見られます。オフィスを出ると港なのですが、海のきらめきと夕焼けで雲に輝きが出た一瞬を見せていただきました。輝きは一瞬だから美しい、儚(はかな)いからこそ美しい。この夕焼けがずっと続くなら、美しさを感じられるでしょうか。当たり前のものになってしまうでしょう。もし、当たり前のように存在を特別なものと感じられる時、感謝の心を捧げられるとき、それは魂の成長の一里塚ではないでしょうか。空気も水も隣にいるパートナーや子供も、当たり前のようにいます。しかし、当たり前ではなく、実は奇跡的な出会いと配慮でめぐり合った存在です。この緑と水のある地球に生まれたこと、人として生まれたこと、出会う人、生き物すべて。写真ではわかりにくいのですが、筋状の雲が天に昇る龍のようなところもあったり、龍の顔に見えるところもありました。さて、写真は美しいのですが、、、こちらはこの日曜が小学校の運動会でしたが、中国からの黄砂と汚染物質で光化学スモッグ警報が出て、すべての運動会は当日になって中止されました。いよいよ深刻になりつつあります。全国に広がっていくと懸念されます。のどが痛く咳が出てしょうがなく、今日会社では風邪の様な咳をしている人が他にもいました。若い人は知らないでしょうが・・・光化学スモッグというのは深刻な気管支炎、喘息を引き起こすのです。昭和45年前後からしばらく、たくさんの人が苦しんで亡くなり大規模な訴訟が起きました。特に川崎、三重県の四日市、岡山の倉敷(水島)など化学コンビナートがあるところで。その公害を今、生産拠点を中国に移している日本企業も含めて、撒き散らしています。このままでは、地球が自浄作用を起す方法は天変地異で人間の活動を止めるしかなくなってしまいます。一人でも多くの人が意識を変えてライフスタイルを変えていく時ですね。
2007年05月28日
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ロハスというと小市民的な自己満足・道楽とか、商売に使われる軽薄な言葉に感じてしまいますが、元々は米国の社会学者ポール・レイが1998年に提唱した真摯な言葉です。 Lifestyles Of Health And Sustainability =“心身の健康と地球環境に関心を持ち、持続可能な社会を目指すライフスタイル”の略。持続可能な社会を目指すなら、地球の恒常性を邪魔しない範囲の中で生活することを意識します。贅沢、むだなことはしない。クリーンに保って自然の恵みに感謝し、自分自身の健康にも気を配って生きる。地球を意識することで自分も大切にする。そういうライフスタイルを選択することです。このライフスタイルに知的、魂的変容を加ていくと、“Holistic Transformation”ホリスティックトランスフォーメーションとは、全人的な変容という意味です。身体性と、それを超えた精神性(こころ)と霊性(いのち)をも含めた変容です。その中身はというと、■フィジカル・トランスフォーメーション(身体的変容) 自然食やベジタリアンなど食事、ウォーキングやヨーガなど運動からのアプローチ、 できるだけ自然の中で過ごす時間をもつことやデトックスをもっと暮らしにとり入れる。 具体的には瞑想、ヨガ、アロマテラピー、ヒーリングやアチューンメントを日常に 10分でも取り入れたら、デトックスにも有効でしょう。もちろん心のデトックスにも。■インタレクチュアル・トランスフォーメーション(知的変容) 1.アジア、日本人に多い、知性がなくても面白かったり可愛かったらいいやという志向 2.欧米人に多い理知的に過ぎる志向 その両方のバランスを取り、統合された知性に向かうことです。 キーはアート、カルチャーです。 読書、考え、話し、書き、芸術鑑賞や語学などを通して積極的に知的変容を進めることです。■サイコロジカル・トランスフォーメーション(心理的変容) 1.日本語では「私は」という主語が省略されるように自我のあいまいさ 2.「私は、私は」が過剰な欧米(中国も?)のカルチャー その両方のバランスを取り、統合された心理的なあり方の提案。 自分の内面を見つめる、他の人の内面も見つめる。 自分にも他人にも思いやり。心を慮る(おもんぱかる)。配慮という言葉の素晴らしさ。 しかし、それは他人だけでなく自分の心に対しても行うべきだったのです。 また、日本人は自分を謙遜するのが美徳でしたが、その謙譲の心の美しさを持ちながら、 もっと自分を高めるポジティブ思考や幸せ満開の言霊を習慣にしていくことです。 欧米人はもっと謙譲の美徳を知れたらいいですね(笑)■スピリチュアル・トランスフォーメーション(霊的変容) 既成宗教や新興宗教と関わらないスピリチュアリズムの世界です。 宇宙のあり方、この世の中のあり方、人生にとっての幸せって何なのかを模索し考えて いくことで世界を広げていきます。 瞑想したり、自分自身も含めたヒーリングと祈り。 日本で言うと寺社仏閣に参拝するなら神頼みより、生きてる幸せに感謝し祈る。 アファーメーションを唱える。■エコロジカル・トランスフォーメーション (環境的変容) 環境そして魂にやさしい生活と商品の選択。 それが業界の変容を促す。商売っ気のある人たちは、ロハスはエコより気軽な概念で誰でも続けられるところがいいとか言ってますが、そんなことはありません。だって地球と自分と一体、と捉えているのだから、エコよりも深く、ある意味過激な概念で、スピリチュアリズムに近い気もします(笑)
2007年05月26日
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アチューンメントを受けてからカラダに起きてる変化のうち最も顕著なのはがちがちだった首周りが柔らかくなったこと。コリに埋まって癒着していたノドぼとけも今は手で左右に動かせます。ビックリ。これでもまだヒトより硬いかもですが(笑)なんでこんなに硬くなるのか。ヒトやモノや感情や出来事や何かに執着やコダワリが強いとその分だけ、不満もたまりやすく、言いたい事も我慢する羽目に陥ります。すると筋緊張による硬直やリンパのながれも気の流れも滞り、首や肩や頭や喉には老廃物の固まりができます。執着コダワリを手放すと、滞留していたネガティブな感情も氷解し老廃物の固まりも、リンパや気の流れの回復と共に体内に放出されます。それはある意味毒素が一時的にカラダを巡り排出されるプロセスなわけで、だるさやフラフラ感、関節痛や多汗、多尿などは有り得るでしょう。リラクゼーションを長くしたときも似たような事は起きますし。しかし、アチューンメントがリラクゼーションの癒しと違うのは気の流れを回復し宇宙のエネルギーをいただき、執着コダワリという根っこからほうり出してしまうことじゃないでしょうか。根本の原因から取り除くということですね。(治療というと違法ですから^^;)だから、再発しにくいような気がします。リラクゼーションでもレイキやアチューンメントの要素を入れる施術だと更にいいなぁと。一回でほぐれ切るなんて商売あがったりですが、その後も心のケアが続くんだろうな、なんて空想してしまいました。ところで、たま出版からレイキのシンボルとかを一部?公開した本が出てました。使い方はよく書いてないし、買う気にはなりませんでしたがf^_^;この本によると海外ではサイトや書籍で公開されているそうです。しかし、それを知ったから使えるわけじゃないようですね。でも、シンボルはアチューンメントやヒーリングしやすいようにイメージを助ける道具であって、光そのものをうまくイメージできる人はなくてもエネルギーを伝えるパイプ役は果たせるんじゃないかなとも思いますが!シンボルを使わないレイキもあるそうですしね。
2007年05月24日
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柏手(かしわで、拍手とも書く)の不思議について。柏手といえば、細木和子氏が、女性は柏手は打たないのが作法といったそうです。皇室の女性は打たない作法とか。しかし、一般の女性は打つ作法でよいそうです。古くは、生活の中に柏手はありました。朝の儀式に柏手をし、饗膳に手を打つ礼手(らいしゅ)の作法もありました。その際、食器に柏の葉を用いていたため「カシワ手」の名が付いたとも。さて、神社に参るときの柏手は一般的には「二礼(拝)二拍手一礼(拝)」の作法の一部ですね。でも、八幡宮の本山、大分の宇佐神宮、出雲大社、新潟の弥彦神社は四拍手らしい!伊勢神宮では八開手(やひらで)といい、拍手を八回行なう作法もあります。が、祭祀で装束を着けた神職の作法で一般が行なうものではないともいいます。しかし、古来の作法は四拍手だったのかも。明治か戦後かに、国家神道の元締めである「神社本庁」が全国の神社を統制し、簡略式の二拍手に決めたのでは?とも言われるもよう。宇佐、出雲、弥彦は神社本庁とは別格で、地域に力を持ってたので無視して伝統を守れたのかもしれません。私の直感ですけどね。そもそもは、四礼八拍手一礼こそ、四方八方を固める本来の作法という人もいます。二礼四拍手一礼も実は略式で、二拍手は超略式なのかもしれません。四は不吉なんじゃ?というのは間違い、日本語(訓読み)では元々「ヨン」です。シは音読み(昔の中国から伝わった読み方)ですからね。さて、左右の手を打ち終えた後、右手を下に引く作法をご存知でしょうか?その意味は左手が、陰陽でいえば陽、霊と肉体でいえば霊であり、右手は陰、体を表し、右手が左手に対し、従であることを示すのです。また、柏手の音は単に邪気祓いだけでなく、天地開闢の時や、天の岩戸開きの時の音霊とも。柏手は古代から日本独自の拝礼作法でした。神様だけでなく、「貴人」を敬い拝むときにも用いられてきました。中国の歴史書「魏志倭人伝」三世紀頃の日本の様子を伝えますが、そこには「大人の敬するところをみると、ただ手を打って跪拝(ひざまずき拝する)のかわりにする」と記されているのです。柏手は賞賛や歓喜を表す世界共通の表現ですが、神様への拝礼作法に取り入れられたのは日本だけでしょう!! 神道の柏手は、拍手という普通の表現を儀礼に高めたもの。そして、一昨日書いたとおり、神道では鏡をご神体として拝むのです。鏡に映る自分と神との調和。更に、柏手の持つ意味からも、日本の神様は、おそれ敬うだけの対象ではなく、喜びを共にする親しい存在でもあるといえないでしょうか(^^♪
2007年05月23日
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日曜あたりから頭の右が全体的に重くなってきたりして。熱はなくても頭は熱い感じで、風邪のようなだるさ・・。4月、アチューンメント後に経験した立てない状態に近い。今日なんて後頭骨の右のキワのくぼみの一点を押すと、何でこんなにというくらいジンジンきました。午後になると左にもきました。眠くて眠くてしょうがなくて仕事中に困りました。ミクシのとあるブログには「5月22日はアセンションのチェックポイント」とありました。この頭の違和感は『アセンション症候群』か。五次元に入った環境に適応するプロセスか。#158 2007年の無限コード~時間、顕現…地球上での経験としての現実構造の変化より、長くなりますがミカエルのメッセージを紹介します。(大元の出典はコチラhttp://www.starchildglobal.com/infinitycodes.html)Infinity無限----------【時間の認識の変化】 今、時間に何が起きているか気づいていますか? 私は多くの人たちから「スタックして動いていないと感じている」 と聞いています。まるで彼らは「どこかへ行かなければならないのに、ちっとも動いていない」と言っているかのようでした。 また、同じ人が時にはこう言うこともありました。「生活が激しく混乱していて維持できない」と。 現代生活がスピードアップしたため…それが一般的な説明でしょう。しかし、地球が変容を始めたときから、ずっと私たちも高次の波動を経験しています。あなたが基本的な理論を学んでいるのなら、波動が高次レベルで増加すると物理的なレベルが失速するということを理解できるでしょう。そのため瞑想が忙しいマインドをスローダウンさせ、身体をリラックスさせる助けになります。なぜなら高次の波動の平和なエネルギーが影響して、それに取り変わるからです。 では、これに関してのアーキエンジェル・ミカエルとの対話をご紹介します。 地球での時間に何が起きているの? ミカエル:時間が失速しているんですよ。 でも、皆が時間がスピードアップしていると言っているわ。それとは関係があるの? ミカエル: それはあなたたちの見方次第でしょう。実際、地球面の波動の振動数は地球が5次元に入ったことで、著しく増加しています。 そう。振動数が増加したため、地球で体験される時間はゆっくりなるというわけです。 これはプロセスなの?何が起きているの? ミカエル:2012年までに、あなたがたは『時間のない(時間)』に入るでしょう。あなたがたはホログラフィック・タイムあるいは コズミック・タイムに入るために時間軸に沿った時間の概念を リリースしていきます。 実質的に、そこには時間がありません。時間軸に沿った時間とは、宇宙のパルスと調和しないリズムをつくる人工的な概念です。 あなたがたは今、この人工的な概念から抜け出て『時間のない(時間)』へと移行しつつあります。時間軸が、あなたがたに役立たないものとなるポイントまで、あなたがたは波動をあげてきているのです。 あなたがたは、私たちが『最終的な現存』と呼ぶ完全な即時性の領域にいます。あなたがたの合理的なマインドはこの変化を「時間の進みが徐々に遅くなっている」と知覚することで学んでいるわけです。 時間が完全に終わる寸前まで減速し、あなたがたが自らの波動の振動数をコズミック・ホログラムにマッチするまで引き上げることでホログラフィック・タイムに入る準備ができたら、時間軸の外側で、あなたがたはもっと現実化のスキルに熟達するようになります。 あなたがたがコズミック・パルスと整列したら、あなたがたはまた、もっと完全に自らの内側の光と神性に調和し、あなたがたのクリエイト~顕現の能力も高まるでしょう。そして、あなたがたがその増加した速度で顕現するようになったとき、時間もスピードアップしたように現れます。 ・・・まだマインドに囚われている・目覚めていない残りの人たちが、ホログラフィック・タイム/ホログラフィック・リアリティに容赦なく移動させられていくと、マインドは身体にストレスを感じ、パニックや不安を生じさせます。まぁ、変化につきもののことですが...。多くの人たちが深い変化に対処しようとして不安やパニック障害などで苦しむことでしょう。 あなたがたの殆どが『アセンション症候群』になっていますよね。 疲労感・吐き気・めまい・頭痛……さまざまな症状がありますが、この症状によって、あなたがたが思っているような『浄化』は殆どされていません。そうではなく、新しい時間枠にあうよう身体を調整しているために生じているのです。 アセンションの症候は『ゆったりとした』現実枠を現す高次の周波数に自らを再調整するプロセスなのです。しかし、ゆったりとした時間枠であっても顕現のプロセスは速く動いており、不安や方向感覚の喪失といった感覚を引き起こすのです。 深い感情的な・精神的な変化はこの再調整・再編成の結果です。あなたがたが内なる聖なる本質に・愛と光の中心核により近づいて調和するにつれて、あなたがたは、自らの存在のよりクリアな・より純粋な感覚へといたります。それぞ、完全たる・真たる『ほんとうのあなた』です。 小さなシフトごとに幻想やカスが落とされ、あなたは、より『ほんとうのあなた』になってきました。あなたは宇宙の愛を受けた光の存在である自分を見つけたことでしょう。それが『天』と呼ばれる光の領域でのあなたの真のアイデンティティです。 そして、愛が顕わされる場所としての新しい地球をクリエイトするために地上天国をもたらしていくにつれ、それがあなたの真のアイデンティティとなります。 こうした変化は…以前なら何千年もかかってきたことが今、すぐに変化していることで、『現実』の構造もこれまでとは全く違ってしまったため、身体やマインドが複雑な反応をして、 激しいストレスや不安を引き起こしえます。 また、変化をコントロール不能に感じるために深い~内部からの落ち込みを引き起こすこともありえます。時間軸に沿った時間のプロセスが制御メカニズムだからです。 ・・・・・---------------- それほどまでに今は変化のときなのか。。。時間軸が変わってきている?! おなかもぎゅるぎゅるとよく鳴っているのですが^^;----------------・・・・ミカエル:人類の集合意識として、人類として、ヒューマンエンジェルとして、あなたがたは、あなたがた自身を認め 始めるでしょう。光の連続体の上の無限の存在として。 それは常にいつでも純粋な愛を表現します。 それは何を意味するのでしょう?その意味は、あなたがたが二元性と時間軸に沿った時間という狭い範囲を超えて、現実を見る力を持っているということですよ。あなたがたは、それがいかにシンプルかを見て理解することができます。 あなたがたが時間軸に沿った時間をクリエイトしたとき、あなたがたは対立のパラダイムを創りました。それは、私が既に述べたような制御するシステムです。 すべての制御されるシステムは宇宙の流れに反するため対立が引き起こされるのです。これが、あなたがたが『光と闇の闘い』と呼んできたものです。実際には、それは単に暗闇の感覚を引き起こす時間軸に沿った時間の重苦しい性質にすぎず、本当はすべてが光なのですけどね。 ひとたび時間軸が取り除かれ、あなたがたが今一度宇宙パルスに統合されたら、あなたがたはホログラフィック・タイムや聖なる創造の智恵の流れの中で自分が選択したモノをクリエイトする自由を得ることでしょう。対立は取り除かれるでしょう。 そして光の波動は美しく素晴らしい宇宙の創造のシンフォニーとして地球に押し寄せることでしょう。 じゃぁ、明白な質問かもしれないけれど、なぜ私たちは時間軸を創ったのかしら。 ミカエル:あなたがたのようなヒューマン・エンジェルに進化するために必要な要素でもあったのです。具体的な存在の重さを十分に経験するために重たいコントロールシステムを作り上げることをあなたがたが許しました。それは直接的にあなたがたの身体をコントロールし、光から離れてしまったという幻想を作り出しました。 しかし今、あなたがたは幻想を突き破りあなたがたの身体に時間軸を抱えている必要は、もはやなくなりました。今、あなたがたは十分に物質的な密度の性質を理解しました。そして光に統合された者となりました。あなたがたには、肉体を持ちながら同時に制限のない存在として自らを経験する選択の自由があります。ですから、あなたがたは可能性と無限の感覚で時間軸を 置き換えることを学んでいます。 すべてのものごとは無限の連続上で可能になります。それは今、あなたがたの創造的なスペースとなっています。 あなたがたは既に十分に時間軸のコンセプトをリリースする準備ができています。そして、十分にホログラフィック的な存在の意識となる準備も。--------------ひょぇー^^;そこまで?!
2007年05月22日
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日本人は古来から、なんで鏡をご神体として拝むんでしょうか。鏡は勾玉(まがたま)や剣(つるぎ)と並び三種の神器とされます。神道ではご神体として鏡が収められています。正月には鏡のような丸い「鏡餅」を飾って祝います。外国でも鏡は魔法や魔よけ、異空間の入り口などとされます。その不思議さの意味について考えてみます。神棚に手を合わせると正面にご神体鏡があります。そこには私たち自身の姿が映り、知らずのうちに、私たち自身の姿も拝んでいるのです。神様を拝みながら私たち自身をも拝んでいたのです。この意味はなんでしょう。神様は自分と離れた存在でなく、私たち自身に神様の性質があるということではないでしょうか。しかし、大切なことは、鏡に映った姿は自分ですが、実物とは左右が逆なのです。手を合わせる人の左右のバランスが崩れていれぱ、拝む人の姿と鏡に映る姿は離れてしまいます。自分の姿をご神体に映った姿と一体化できるのは、左右がバランスし調和した姿。このバランスは仏陀の中道(ちゅうどう)、孔子の中庸(ちゅうよう)と通じます。そして、この左右のバランスとは「陰陽」の調和がとれた姿ではないでしょうか。陰陽の調和こそ神そのものと一体化した姿。天も地も、火も水も、善も悪も、光も影も、男も女も・・・。バランスの取れた姿。さてそうなるためのヒントは・・・。「鏡:かがみ」から「が」を外せば「かみ」となります。言霊(ことだま)の不思議です。その外した「が」とは「我」のことではないでしょうか。鏡に映る姿を神に合わせるには、心の「我」=エゴを手放さねばならないと示しています。「我」=エゴを手放すことでアンバランス、不調和の種も手放せるのです。どんな見栄えの人が拝もうと、その人自身の中に調和が取れていれば、ご神体の鏡に神の世界が映ります。調和の取れた神の世界は人それぞれ、みな違った形であるものです。 どうでしょうか、こうしてみるとわが国古来の「神道」ってすごくないですか。鏡をご神体にする意味は、偶像崇拝とは違うものがあったようです。---鏡は銅の鋳造品である「銅鏡」が古く、青銅鏡、鉄鏡となっていきます。銅鏡はエジプトの第6王朝(紀元前2800年)には既に手鏡のようなものとしてあったそうです。日本には弥生時代中期に中国大陸から朝鮮を経て伝来しました。国産の鏡が作られたのは弥生時代後期で、奈良時代には技術も進歩し中国(唐)製に並ぶほどでした。その後、青銅鏡、鉄鏡に変わります。手入れが大変なようですが、神具としては今でも銅鏡が用いられているといいます。
2007年05月21日
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ドリーン・バーチューの新しいシリーズに「アセンデッド・マスターカード」があります(日本未発売?)ある方によると、そのマスターの中に我が国の「アマテラス」が入ってるそう。(女神シリーズには入っていなかった。)古事記で知られる「天照大神(あまてらすおおみかみ)」。しかし、写真のように「浮世絵の女性」になっているというのには苦笑です。ただ、カードのメッセージは意外な気付きに満ちていると思いました。---------「表に出ていらっしゃい」-アマテラス あなたの本当の感情・信条を表に出すときです。このカードは、あなたや他の人に「本当の自分」を明らかにするように求めています。愛してくれている人たちと心と心を通わせ率直に話し合うか、他の人たちにあなたの「真実の性質」を見せてよいということかもしれません。 このプロセスを通してあなたはスピリチュアルなサポートを受けるでしょう。 そして、アセンデッド・マスターたちは、あなたが優しく正直であるようサポートしてくれるでしょう。 表に出てくれば、「本当の自分」が愛されているとあなたは知っているので、人間関係も深いものとなります。 ・自分自身や他に対するジャッジメントを手放しましょう ・愛を込めて、あなたの本当の気持ちを語ってください ・他人に「あなた」を知られることを許可してください ・「真実なるあなた」は愛され、好かれる存在と信じてください・あなたが「真実なるあなた」であるほど、エネルギーは高まり全てのプロジェクトは成功します ---------アマテラスは日本神道における太陽の女神。余りに明るく輝かしかったため、両親は彼女を天に送りました。彼女は今も輝き私たちを照らしています。弟の嵐の神が地球を破壊しようとしたとき、彼女は動揺し、身を守るために洞窟に隠れてしまい、世界は暗く寒くなったのです。彼女を外へ出そうと他の神々は、甘い言葉で口説き落とそうと色々試しましたが、うまくいきません。最後に洞窟の入り口に鏡を置きました。アマテラスが鏡に映った自分の輝きと美を見た時、それを自分とは気付かずに、彼女はようやく洞窟から出てきました。私たちはアマテラスを呼び寄せ、自尊心を高め、真の自分を他に対して明らかにするよう求めることができます。---------日本ではアマテラスを岩戸から出したことに目がいっています。岩戸開きという神事もあります。しかし、このカードの解説文では岩戸に籠ってしまったアマテラスの心に注目しているのですね。本当の心を自分で作った貝殻の中に閉じこめてしまった魂。 岩戸開きでは、外的存在のアマテラスをどうにか外に出そうとしますが、ドリーンは、私たち自身がその一部でもある「内なる神性」として、私たちをアマテラスの立場に置いて見てるのですね。 アマテラスは入り口に置かれて鏡に映った自分の輝きを、「他の素晴らしい神が来たんだよ」と信じ込まされて岩戸を少し開け、鏡に映った自分の姿を見て本当に素晴らしい神がいる!と惹かれて覗き込んだところを表に引っ張り出されたのです。自らの輝きを自らに見せる気付きのプロセスを経て初めて、「内なる神性」が表出し、輝くことができるのでしょうね。 アマテラスは雨照とも書くそうです。魂に必要な水による浄化。浄化の後に光のエネルギーを注ぐのだそう。「浄化」後の万物は不安定でプラスのエネルギーもマイナスのエネルギーも入りやすい状態。プラスのエネルギー(光)を受け入れやすくする為に、浄化後は光を受けるのが良いそうです。梅雨が浄化とすると、梅雨明け後の太陽は光。毎年、これを行なっているのがアマテラス。竜は彼女から分離した魂で、彼女同様、雨などによる浄化、太陽による光をいれる作業を司るといいます。そういえば、アチューンメント後、立っていられないほどきつかった時、公園の芝生にシートを敷き、何時間もずっとひなたぼっこして倒れるように寝ていました。本能的にエネルギーをもらっていたのかな。----------- 【参 考】古事記による岩戸隠れ ウィキペディア(Wikipedia)参照アマテラスの弟スサノオは高天原に居座り田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりの乱暴を働いた。他の神はアマテラスに苦情を言うが、アマテラスは「考えがあってのことなのだ」とスサノオをかばった。しかし、アマテラスが機屋で神に奉げる衣を織っていた時、スサノオは機屋の屋根に穴を開けて、そこから皮を剥いだ馬を落とし入れ、一人の天の服織女が驚いて梭(ひ)で陰部を刺して死んでしまった。ここにきてアマテラスはスサノオの行動に怒り、天岩戸に引き篭ってしまった。高天原も葦原中国も闇となり、様々な禍(まが)が発生した。 八百万神が会議をしたとされる天安河原(あまのやすがわら)(天孫降臨の地、宮崎県高千穂町「天岩戸神社」裏参道より徒歩10分)そこで、八百万の神が天の安河の川原に集まり、どうすれば良いか相談をして様々試した。・・・アメノコヤネが祝詞(のりと)を唱え、天手力雄(アメノタヂカラオ)が岩戸の脇に隠れて立った。芸達者な天鈿女命(アメノウズメ)が岩戸の前に桶を伏せて踏み鳴らし、神憑りをして、胸をさらけ出し、裳の紐を陰部までおし下げて踊った(これが神楽;カグラの原型となったと伝わる)。すると、高天原が鳴り轟くように八百万の神が一斉に笑った。賑やかな宴会のように。この声を聴いたアマテラスは、何事だろうと天岩戸の扉を少し開け、「自分が岩戸に篭って闇になっているというのに、なぜアメノウズメは楽しそうに舞い、八百万の神は笑っているのか」と問うた。アメノウズメが「貴方様より貴い神が表れたので、それを喜んでいるのです」と言うと、アメノコヤネとフトダマがアマテラスの前に鏡を差し出した。鏡に写る自分の姿がその貴い神だと思ったアマテラスが、その姿をもっと良く見ようと岩戸をさらに開けたとき、隠れていたタヂカラオがその手を取って岩戸の外へ引きずり出した。すぐにフトダマが注連縄を岩戸の入口に張り、「もうこれより中に入らないで下さい」と言った。こうしてアマテラスが岩戸の外に出てくると、高天原も葦原中国も明るくなった。八百万の神は相談し、スサノオに罪を償うためのたくさんの品物を科し、髭と手足の爪を切って高天原から追放した。------------改めてこの話を読んで興味深いかったです。鏡の姿でおびき出したとはすごい知恵ですね。ヒキコモリ傾向な方はもちろん、私たちは自分の中の輝ける神性の素晴らしさを見たらいいのですね。天岩戸は写真撮影禁止で画像はありませんが。天安河原周辺はこんなところです。空気が違い八百万の神々がいそうな場所だそう。行ってみたいところですね。アマテラスは卑弥呼がモデルではという説もあります。彼女がなくなったとされる284年に、卑弥呼がいたと思われる北九州で日食があったことが天文学の計算でわかっており、アマテラスの岩戸隠れの故事との関わりも推測できるようです。
2007年05月19日
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思うほど状況はそうなっていく想念の力で流れていくものを頭で考え過ぎて逆らってないか?自分を責める習慣は実は逃げなりたい自分になる資格はないと疑うフリして逃げているおそれず天使に話し掛けてみよう何を思い描くかは選択できる直感を封じ込めるのはやめた!ネガティブな取り越し苦労よ、さらば!光の波を感じて本来の自分に戻るときそれは今波を感じて波に乗るときそれは今わたしもあなたも選択できる自分を信じてあなたはわたしの一部でありわたしはあなたの一部なのですから☆
2007年05月17日
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ドリーン・バーチュー博士のエンジェルオラクルカードをお持ちの方、多いようですね。天使たちの言葉があなたを癒します。は、天使からのメッセージをあつめたもの。そこには、「夢」、「好奇心」、「許し」など、あなたに大切な何かを教えてくれる言葉がこめられています。その言葉から深い天使の英知と愛を感じることができるでしょう。また、エンジェルオラクルカードでのカードリーディングは、あなたに新しい自分を見つける体験を与えてくれます。無意識で気が付かなかったこと、恋愛のこと、未来への希望や夢の実現など、カードのメッセージがあなたに本当の自分の姿を見つけるきっかけをつくります。エンジェルの言葉は、ポジティブなエネルギーに満ちています。エンジェルは人間の可能性を信じているからです。その神託(オラクル)に、あなたは勇気付けられることでしょう・・・ということですが、持っていない人はここでエンジェルカードを引くことができます。ひいてみました。サイトは英語なので翻訳しつつでした。選んだカードの意味はココで日本語訳を見られます。■Intuitively select 3 cards, laying them out from left to right. 直観的に3枚のカードを選んで左から右に配置してください。■The first card on your left represents your immediate past, 左の最初のトランプはつい最近起こった出来事を示します。(大体過去3ヵ月以内に起こった出来事とか。) で、私の結果は・・。1.Focus(集中) 何が要らないかではなく、何が欲しいか考えて下さい。あなたが考えることは、あなたの未来を創り出します。あなたの考えることに注意して下さい。思考が私たちを決定づけているように思われますが、本当はそうではありません。実は私たち自身が瞬間瞬間考えることを選んでいるのです。私たちの思考はどんなときにも影響を及ぼします。中庸を行く思考というものは存在しません。あなたが考える1/2秒前に思考はすでに存在し、そう考えようとあなたが決めるのです。ですから訓練によって、思考を監視し、選択することができるようになります。それによってあなた自身が人生というハンドルを握ることができるようになるのです。 あなたは集中力がないと思いこんでいるかもしれませんが、完全無欠な神の心は、あなた自身の心の中に住んでいます。「これからは自分の意志によって集中することができるようになります。私は愛の思考だけを持ちます。そしてエンジェル達が門番になり、小川のせせらぎのような愛の思考を私に降り注いでくれます」というポジティブな言葉をアファメーションとして何度も繰り返すことによって、集中力を養うことができるでしょう→うっ。ココ最近の苦しいトンネルはフォーカスを当てるためのプロセスだったのか。 集中という訳はちょっと分かりにくい。フォーカスだから、「焦点を当てること」という意味でしょう。 何が欲しいかハッキリさせることが必要でした。必要なことを選んで考える選択をしてこそ、私自身が人生のハンドルを持てる。自分の意志で選択して焦点を当て、愛の思考だけを持ち、エンジェル達が門番になってくれ、小川のせせらぎのような愛の思考を私に降り注いでくれます、とアファーメーションをしよう。■the middle card represents your present 中央のトランプは現在のあなたの人生における状況や思考パターンを示しています。2.Power(力)あなたの持つ力を発揮する時がやってきました。力を発揮することは、あなたにとっては当たり前のことです。心に愛を持ってあなたの持つ力を表現してください。 あなたには創造主の力が宿っています!天の愛、智慧、知性のすべてがあなたのために用意されていますから、あなたにはエンジェル達や未来を見ることのできるスピリチュアルな力や、本来ひとつである宇宙の智慧から何かを引き出すことができる知性があります。人に対する影響力を持ち、無限の力を持っています。 パワーのある強い人間になることに怖れを抱いているのであれば、その怖れをすべてエンジェル達に預けてください。エンジェル達はあなたの力に潜む静かで美しい面をも理解しています。その力は宇宙から生じる、天の愛です。この輝く天の愛とともにあなた自身も輝くことができれば、真の力を奇跡的に発揮することができるでしょう。→まだまだ怖れている。 すべて天使たちに預けたらいいのですね・・・■and the card on your far right will carry a message regarding your future.右のカードは、あなたの将来に関するメッセージ。これからすぐにでも起きるだろう近未来を示し、どんなことが起こるかなど、問題をメッセージとして現してくれます。3.Self-Acceptance(ありのままの自分を受け入れる) あなたは完璧な神の子ですから、あなたの全てが素晴らしいのです。自分に対する否定的な裁きを止めてありのままの自分を楽しんでください。 あなたは自分に厳しすぎます、とエンジェル達はこのカードを通してあなたに告げています。理想が高いのはよいことなのですが、自分自身を愛の目で見つめてあげてください。自分をけなすとスピリットは沈んでしまいます。自分を高めるには物事を前向きにとらえなくてはなりません。 エンジェル達があなたを見るような目で、自分自身を見ることができれば、他人をも完璧で神聖な神の子と見ることができるようになるでしょう。過去にどんな過ちを犯したとしても、以前あなたが行ったことや思ったこと、したことによって、神の愛は変わるわけではありません。エンジェル達は表面上の過ちを超えた、あなたの内に宿る神の愛の鼓動を見ています。エンジェル達の愛は無条件の愛です。ですからあなた自身にもエンジェル達と同じような無条件の愛を見いだして欲しいのです。→頭では分かっているし取り組んできたテーマですが、 これからもこれがテーマの人生のようです^^;Trust whatever feelings come to you as you read the meaning in your selected cards and ask the angels for help with any self-doubt you may be experiencing.選ばれたカードの意味を読んでみて訪れるどんな感情も信頼してください。そして、自信喪失を経験しているかもしれませんが、天使に助けを求めてみてください。→はい、自信喪失より図星ですが。助けを求めています(^^♪
2007年05月16日
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※ 情報を追加します。私とした事が(笑) 「エコルダ」なんていうから分かりませんでしたが、 杜松(としょう)はネズです。(絵を見て気付けよw) セイヨウネズといえばジュニパーです!!そういえばそんな爽やかな香りです。 ヨーロッパでは古くから果実を薬用に用いて、17世紀にオランダの医師が、 熱病の患者を救うため利尿剤の杜松実(ジュニパベリー)をアルコールにつけ 薬酒をつくりました。これが「ジン」の始まり。今日明日は出張で松山に来ています。相棒が意外にもドイツの薬用入浴剤クナイプが好きらしく、出張にくるとマツキヨで一回分のをは買ってビジネスホテルで疲れを癒すんだそうです。ラベンダ、カモミール、などよく売られてますが、ドイツらしく杜松:エコルダーってのもありました。着色料がタマにキズ。相棒がお気に入りだというのです。知らなかった!私もそれにしました。腰痛、肩凝り、疲労回復に!と効能が明確に書かれてます。雑貨扱いのアロマテラピー関連商品と異なり、薬用ですからね。確かに疲れがとれます。岩塩の効果もあって温まり汗も出ました。香りはそれ自体だとキツイ湿布みたいでしたが、お湯に溶かすと程よく爽やかな癒し系です。以前記事にしたヨーロッパアカマツのパイン精油もこんな感じなのかなと思いを巡らせました。相棒はおっちゃんですが、感性を見直しました。男性だと30過ぎれば大半の人はおっちゃんの見た目になりますが、感性は女性性を豊かに持つ人は意外と多いとますます確信しました。自分が入浴剤で香りを楽しむなんて、「女々しい」事だと、男性は社会や職場や家庭で抑圧を受けて生きてますから、信頼できない人には入浴剤の趣味なんて話せないのです。今、男性性を基底にし過ぎ弱肉強食に片寄った世界から、調和の取れたシフトする時代の波がやってきているようですが、それは女性が社会の中心になるとかではなく、男性の中にある女性性を解放し表に出し、バランスを回復していく流れではないでしょうか。もちろん男性性に飲み込まれて生きて女性性を喪失している女性もバランス回復していく事も。世の中、陰陽両方必要。
2007年05月15日
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大分県中津市にある羅漢寺に行ってきました。全国の羅漢寺の本山だそうです。心洗われる感覚で過ごしました。険しい山際に張り付くようにある寺ですが、スキー場のような有料リフトですいすい上がることができます。石仏、山門、お堂、五百羅漢などを見てきました。石仏 戦国時代のキリシタン大名の大友宗麟がこの寺も焼き討ちしようとした時に、この寺を守ったという龍がいました。五百羅漢の一部寺の更に上には展望台があり、そこからはるかに英彦山(ひこさん)が見えます。ちえさんのブログでも出ていましたが、天から神様が八角形の水晶の形で降りてきた伝説の英彦山です。山伏の修験道の霊場として有名で日本三大修験の山(吉野、熊野、英彦山)。今でも、白装束を着た山伏が法螺の音を響かせながら、隊列を組んで山中を歩いているそう。といっても、復活までには苦難の歴史があります。西国修験道の拠点として「嶺に三千人の仙人あり」と呼ばれるほどの霊場だったのに、明治の神仏分離令で修験道廃止!!となり、英彦山神社と改称する羽目になったのです。(昭和五十年、英彦山神宮となる)元々英彦山北岳には、大国主命が宗像三神をつれて出雲の国からやって来ていました。元は英彦山には大国主命が祭られていたとか。で、下流一帯の開墾を進めていたのですが、アマテラスの子になる神が三尺六寸の八角水晶に降りてきて(別勢力の侵入か?)、大国主命は北岳を譲ったそうです。尊が天照大神の御子であるので、日の子の山、から「ひ」「こ」さん、となったそうです。後の10代崇神天皇のとき水晶石が光を発し大和の天皇宮殿まで照したので天皇が勅使を派遣して調べ光を発する場所を探し彦山までたどりつき、白幣を捧げ祭った話もあるようです。山門近くには青の洞門という観光?スポットもあります。宇佐八幡宮、国東半島、そして中津一帯と一帯はスピリチュアルな?スポットだらけです。詳しくはこちらでどうぞ!!羅漢寺、青の洞門 英彦山
2007年05月13日
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もうお分かりのことと思いますが・・・大天使ミカエルからのメッセージがたくさん来ている中で、切迫したメッセージも見せていただきました。2月末時点なので、その後どうなっているかは別として。(http://plaza.rakuten.co.jp/michaeltan2/ ミカエルブレイズより転用OKとのことで紹介します)------「あなたがたは、とても遅い。感覚が麻痺しているので仕方がないが‥。ここまでサインと波動の変容に溢れているのに、まだ、いままでとなにも変わらない現実がつづいている、と言い聞かせて、納得しているかのようだ。すでにあなたがたの現実は一年前とはまったく別の周波数によって、構築されている。つまり、まったく異なったリアリティのなかに存在しいるのだ。なのに、あなたがたの意識はへたをすると10年前と同じリアリティのなかにいる、と錯覚している。すべての物質はすでにその周波数を完全に逸脱し、半物質状態にある。このリアリティを認めず、旧来の周波数をかたくなに信じ込もうとしていると更にそのリアクションは激しいものにならざるを得なくなるとうことを肝に命じてほしい。これは脅しでも、予言でもない。そこをはっきり認識してほしい。そのリアクションはあなたがたが「いまのリアリティ」を受け入れない限り、あなたの本質が引き起こす反作用なのだ。私たちはできるだけ、このような激しい反作用をあなたがたの社会に引き起こすのをと軽減したいと願ってるのだ。しかし、このままのペースでいくなら、あなたがたのよくいう「破局」的リアクションは避けられない状態になってしまう。まずそれは経済システムの破局として顕在化する。なぜなら、経済システムこそがあなたがたが強固に信じ込む旧来のリアリティの象徴だからだ。ゆえにあなたがたの本質である真我は、このシステムを無用のものとすることを選択するだろう。そして、さらにつづく選択が「自然環境の破局」というタイプの反作用だ。これはなんとしても軽減してほしい。そのためにもあなたがたの信念体系のリセットを高速ですすめる必要がある。あなたがたの信念体系のリセットにいちばん障害となっているのはテレビジョンである。TVの情報ソースのネットワークは、あなたがたの意識に「もうひとつのリアリティ」を完全に刷り込んでいることに気づいてほしい。たとえば、あなたのシックスセンス第六感が「もう、この仕事をやめるべきだ」「もうこの方法は手放すべきだ」というシグナルをキャッチしてあなたの顕在意識に訴えかけても、あなたが夜、TVのスイッチを入れ、毎日放送しているニュースショーで「別の客観的現実」というものに触れると、とたんにあなたの顕在意識は第六感のシグナルを「錯覚」だと処理し、TVが発信する「もうひとつの客観的現実」のほうに意識と意思を固定してしまう。そして「今日も世間は大変だ」という結論でふたたび、昨日と同じ電車に乗り、旧来のシステムのなかに埋没していく‥そうやって、あなたはどんどん鈍くなり、支配者たちのロボットとなっていくのだ。もういい加減その繰り返しはやめてほしい。わたしたちの発信するシグナルに気づく、そしていま本当にこの地球で起きているリアリティに気づく、とはそういうことなのだ。急いでほしい。」アセンション次元上昇の波とともに、意識も変容しつつあるのに。気付きに、気付かぬふりをして、封じ込めていないか。波に乗るだけでいいのだ。おそれを手放そう。スピリチュアルな意識ばかりに目が向いて、私たちが生きているおおもとの、普段の生活をしっかり大事にすることができなくなるのは本末転倒ですが、生活の中で気付くことはできます。光の輝きがいままでと違っていること。
2007年05月12日
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十二年前に出たレイキの「癒しの手」という本が新書版で出ててよくまとまってるしと買ってみたらサイト見るとメジャーっぽい。十四年で三万人以上受講したそうです。ほほぉう。でも、その分商売くささもあるわけですが、分かりやすく伝えようとしている気もします。書評によっては、誤解もあるといいますがレイキだって人によって捉え方は色々あるでしょうかね。筆者にそんなつもりはないのでしょうが、気になる表現がありました。 「アチューンメント受けないとシンボルを知っても活用できません」 →これでは儀式主義の誤解生みます!商売くさすぎもしますが(笑) 「アチューンメント受け、つながる回路を開いてからでないとシンボルは 活用できません、シンボルの波動と同調できないからです。」とか書けば 誤解は生じないのでは。本には四つのシンボルの使い方について言及してますが、もちろんシンボルの形は明かしていません、この本読むだけでは習得できないのです。商売なりたたないからね(笑)伝授という儀式にお金を払うしくみです。いくらかは書いていませんがファースト、サード、セカンドが仮に5万円ずつとして15万。受講者3万人×15万円は15億円!!ヴォルテックスという有限会社どんだけ儲けたのか^^;それをうまく使ってくれてればいいのですが。受講生にシンボルを送るアチューンメントをしてると、明かす前なのに、もうその形がイメージされて、わかる人もいるそうです。理解の相違はあるかもしれませんが、おおむね間違ったことは言ってないと思うので、私のような入門者にはいい本かもしれません。自分に手を当てるポジションは図解入りで書いてあります。別紙付きで。アマゾンより
2007年05月11日
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レイキ賛美だけのサイトが殆どですが、珍しくレイキで陥りやすい勘違い・危険性についての警鐘も鳴らしてる人がいました。ふむふむと同感したので、趣旨をまとめてみました。 ■奇跡、超常現象を期待していると、低級な霊や動物霊はそういう時に聖霊のふりをして つけこんでくる。 ■病氣は本来、身体のもつ免疫力で防ぎ、自然治癒力や浄化作用で治るのが健全。 レイキはそれを促進するもの。 ■癒しに執着すると違う方向へ。起こるべきことは起きる。 起こらなかったら、それは神の御心ではないということ。 ■レイキによって人の賞賛を期待してはならない。執着を生みだす。 感謝は素直に受けて、栄光は神にかえすこと。 ■レイキで願い事が叶うといわれるが、レイキを知って深めていくと、願い事も ひとつひとつ吟味するように。 何が何でも自分の思いが叶えられるようにという執着の心境が、遠ざかっていく。なるほど、レイキで執着してしまったら本末転倒。欲張らず、恵みへの感謝の心で満たし、ということでしょうか。http://hch.hp.infoseek.co.jp/reikitokiken.htmlこの方は元々クリスチャンだったところに、レイキに出会ったようです。理解の深みというか一味違うのかもしれません。この方はレイキでは「宇宙」のエネルギーというがホントは神さまのエネルギーであり、ただ、現代は宗教に抵抗がある人が多いので「宇宙」と称して間口を広げているという考えのようです。当たっているとは思いますが、逆に、今のキリスト教の言う神様は同じ神様でも、スピリチュアリズムの神様とは中身が異なるのではと思います。レイキや宇宙エネルギーを認める教義ではないと思うのです。初期のキリスト教は別として、輪廻転生を認めないし【注】、神と私たちがお互いにその一部で「元は一つ」だなんて認めてないと思うからです。すべての人は「神と共に」創造主なのに、その教えは教会や宗教と相容れないのです。なぜなら、教会組織は信者を支配したいから。自己と前世と自分の生まれてきた目的を知ることにより、人は自らを救えることを宗教は教えたくない。これからキリスト教も、変わってくるかもしれませんけどね。でなければ、組織としての宗教はいずれ、全て滅び、個人個人が神を体感するようになるでしょう。ある方によると、精霊はそう言っているそうです。私も、本物の神さまは個人の心の中で感じるものだと思います。そして、神様や経典を口にすることよりも大事なのは実際の行為。信仰を持たずとも、落ち込んでる人の心を元気づけ、飢える人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です。(シルバーバーチ)でも、この方の指摘するレイキの危うさは、レイキのみならずスピリチュアリズムの「流行」にさらされている我々にも同じことが言えますね。勘違いして足元をすくわれないようにするための良い薬です。【注】西暦553年にコンスタンチノーブル宗教会議で、輪廻転生が否定され、その部分が聖書から削除されたといいます。キリストは「一人一人が自分の運命に責任がある」とし「神のみが人を裁ける」と説いたのに、人の運命は教会の支配下にあるという教えに変質させるためだったともいいます。この会議を契機に教会は圧倒的権力を持ち始め、支配力を強めるとともに初期の純粋性を失い、腐敗と堕落していったのです。そして、13世紀にはローマ法王庁が異端審問所を設立、審問に拷問を用い、処刑に火あぶりを許可し、森に住みハーブ・薬草を扱い、聖霊を司るシャーマン的存在を「魔女」として標的にし魔女狩りを進めていくのです。
2007年05月08日
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ヒーリングやアチューンメントは高次の集合意識とつながることとも関係あるのでしょうか。高次の集合意識について、以前ご紹介したアモラ・クァン・インの「プレアデス 人類と地球の物語」の最後の方に興味深い記述があるので紹介します。(一部省略してます。)地球の人々の高次の集合意識とつながることは、この時代の私たちや地球にとって非常に重要なのだそうです。「最も力のあるすぐれた者が勝つ」という競争意識に満ちた考え方や態度が地球上のとりわけ近代社会には、ずっとはびこってきました。しかし、地球をとりまく空高くには地球のすべての人の高次の意識によって形作られた集合意識が存在し、至高の善に向かって、そして、「聖なる計画」の実現を促すために共に活動しています。・・以前私は催眠療法中に地球の大気圏外に案内され、全人類の高次の集合意識が存在するところに導かれたことがあります。地球を覆う透明な泡のすぐ外側には、肉体を持たない無数の愛に満ちた笑顔が地球を優しく包んでいました。高次の集合意識は愛、優しさ、知恵にあふれた、清らかな光の存在の集まりでした。つまり、それが地球に住む私たち自身なのです。この美しい存在たちは地球を見つめ、地球上にいる各々の対(つい)になる身体に、透明な泡を通して愛と勇気を送っているのでした。 → 私たち自身の意識の集合体なんですね・・・・少なくとも四人の人が地球の全ての人に影響するようなことを同時に祈るとき、その祈りが適切なものであれば、集合意識はそれにこたえて地球の全ての人々に影響を及ぼすことができる・・このあとに、高次の集合意識とつながる手順が紹介されています。私はイメージして祈ることしか分からないのですが・・・。 グラウンディング、センタリング、ハイアーセルフを呼ぶ、地球が泡に包まれて漂い、 泡の周囲に地球の全ての人々の天使のような表情が浮かんでいる、それらの存在に 向かって黄金色の無限のシンボルを送って、願いを伝え、聞きどけられるよう助けを 求める・・・というように書かれています。センタリングはよくわからなかいのですが、ハイヤーセルフとのつながりを深めること。自己統一すること。武道でいう氣を一点に集中させること。分散した氣を集中し自己の存在を確固とさせるのだそうです。どうやってやるかはわかりません^^;自分はこの世で今、一人で存在しているようでいて、同時に集合意識の一部としても存在している・・・だから「あなたは私の一部でもあり、私はあなたの一部でもある」のかな。
2007年05月07日
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喜んだり、怒ったり哀しかったり、楽しかったり、悔しかったりどんなときも心が動いたら、感じたままに涙を流せるといいねためらう事なく泣いて涙を流していた幼い頃のように心の中でしか泣けないのはつらいねほほを伝う涙の数だけ楽になれるのに涙を流すのは恥ずかしいことじゃないかっこわるくもない哀しければ自分を自分で癒すんだ嬉しければ嬉しさを自分で自分に向けて思いっきり味わうんだ今この瞬間、輝いている証(あかし)涙をふかずに泣いていいんだこぼれ落ちた涙の粒からほら、バラが咲いて花びらの露から虹色が輝くあなたも虹の光になって空へ昇るとき涙はいつのまにか、かわくだろう
2007年05月06日
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磨崖物のことを書いていて思い出したことがあります。2001年3月、当時アフガニスタンを統治していたタリバン(イスラム教)は、世界史的な仏教遺跡であるバーミヤンの磨崖仏を爆破しました。世界史の資料集に載っていたアレが破壊されたの?とニュースにビックリしたのを覚えています。その後、9.11テロがあり、アメリカのブッシュ政権はタリバンがテロリストを援助・かくまっているとしてアフガニスタンを攻撃したのでした。実はタリバン内部でこの爆破については慎重論も強かったと後で報道されていました。今思うと、タリバンを野蛮なグループと印象付けるため、内部に送られたアメリカの諜報機関のスパイが煽った謀略だったかもしれません。それはまぁ推測ですが、私がもうひとつ思うことは、仏陀(=ゴータマ・シッダールタ)はあの世で、仏像の破壊をどう思っているかということです。というのも、彼の教えは、今の仏教とは異なるからです。キリストの教えと今のキリスト教もそうですが・・・。その代表例が偶像崇拝禁止です。彼は死に際し、自分の偶像をつくることを固く禁じたといいます。仏陀の教えには神はおらず他宗教とは性格が違います。心の迷いや曇りを払い、澄み切った平和な気持で生きることを説いたものです。人間のみならず、森羅万象すべてが宿す本性を仏性(ぶっしょう)と呼びそれを大切にしながら、日々を暮らすこと以外に縛る決まりもなく。仏陀はシンプルに生きました。臨終の言葉は「汝自身のともしびとなれ」。自分を導くの自分なのだよ、あなたもどうぞ、と。とすると、今に伝わる経典、仏画、仏像の類いは、仏陀の教えに反する虚飾。お寺を作ったり、坊さんという職業も本質からずれたことに。仏陀は、何かに頼ったりすがったり、特定の形にこだわったりすることを全否定したからです。そして、『「こだわらない」という姿勢にこだわる』こともまた放り出せということですから。ところが、社会勢力として宗教組織として、拡大を図ろうとすると、布教には分かりやすい偶像が欲しくなる。こんなのを寺で見たことはないですか。仏陀が生きていた頃からあった、仏足跡(ぶっそくせき)。インドで教えに立った土地の石に足跡を刻んで仏陀を偲んだといいます。人にかたどった偶像はダメでも「仏陀の足跡」なら、ということか。次に紀元前3世紀ごろ、インドのアショカ王が仏陀の遺骨(舎利:しゃり)を納めたストゥーパ(塔)を礼拝の対象とし、広めました。これも日本の寺にもありますね。写真は木々に埋もれて奇跡的に残っていたサーンチーの遺跡のストゥーパhttp://www.ne.jp/asahi/arc/ind/unesco/01_sanchi/sanchi.htm仏陀の死後も長い間、人間像としてではなく、塔や聖樹(菩提樹)・聖壇(台座)などに象徴させて、礼拝していたのです。(もっとも、仏陀自身は、自分個人を礼拝されようとは意図していなかったと思いますが・・・)ところがアレクサンダー大王がペルシャ(イランやアフガンのあたり)まで東征に来て、ギリシャ文明が影響して仏像が作られるようになっていきます(ヘレニズム文化)。マケドニアから世界制服を目指して東に攻めて、インドのインダス川まで達した後も、ペルシャやインドに定住したギリシャ人技術者もいて、ギリシャ彫刻の技術で仏像をつくり始めたようです。こうして仏陀の死後、実に約500年もたってから仏像がつくられ始めたのです。さてそうすると、美術とか文化としての意味はあっても、バーミヤンの大仏とて、仏陀の本意には沿いません。タリバンはイスラムの教えから偶像を否定していたが、仏教も本来は同じ精神。「形あるものは壊れる。」爆薬で崩れるような像なんぞ、仏性とも仏道ともゆかりはない――仏陀ならそう言ったのではないでしょうか。でも、仏像や仏画や寺院の素晴らしさは宗教の遺産というより、美術や文化、精神性の発露として尊重されるべきものですね。迷う人の心を澄み切らせ、救うきっかけになっているのですから。私も中宮寺の弥勒菩薩像の微笑みに救われたことか。(国際美術史学者間では、この像のお顔の優しさを評して、数少い「古典的微笑」(アルカイックスマイル)の典型として評価され、エジプトのスフィンクス、レオナルド・ダ・ヴィンチ作モナリザと並んで「世界の三つの微笑像」とも呼ばれています。http://www.horyuji.or.jp/chuguji3.htm)ただ、壊れたり、消えていくのもこの世の理(ことわり)。壊れた、なくなった、野蛮だと騒ぐのを見たら、仏陀はいさめるのではないでしょうか。おーい!石像が壊れたってどうしたって、オレはここにいるんだから、まぁいいじゃないかと。キリスト教も偶像禁止でしたが後に、マリア像やら色々と。イスラム教は徹底してますね。蛇足ですが、ストゥーパと五重塔の関係について。日本でも古代にはお寺を建立する場合、仏陀の遺骨を納めたストーゥパ(塔)が境内の中心部に建てられていました。塔は釈尊のお墓で、お寺はその仏舎利を崇拝する施設だったからです。ところが、時代が降ると「仏舎利」崇拝から「仏身」崇拝となり、塔婆は境内の中心部から離れいてき、その代わり、仏像を置いた金堂が中心の位置を占めるようになってしまったのです。仏陀の墓は円形のおわんを伏せたような簡単な形でこの円形の塚を梵語でストゥーパといったのです。そして、インドを統一したアショカ王によって何万もの分骨がされ、石柱のストゥーパがインド各地に建てられました。ストゥーパは「積み重ねる」という意味。(中国では「卒塔婆」)形も半円から台が付き、傘が付けられ、仏教宇宙の五大元素、地(四角)水(円)火(三角)風(半月)空(宝珠)の五輪を重ねる五輪塔へと発展します。巨大な塔へとも変化しました。三重の塔や五重の塔などです。屋根の上にあるアンテナのような部分を相輪といいこの一番上の部分、「宝珠」(ほうしゅ)こそが、お釈迦さまの遺骨を納めるところ。五重塔って、実は仏舎利を納めたストゥーパ、仏陀のお墓だって、ご存知でしたか?!写真は法隆寺の日本最古の五重塔以前の四天王寺や飛鳥寺の伽藍配置は塔が中心でしたが、法隆寺の伽藍配置は金堂と塔が並んでいます。法隆寺以降建立された寺院の多くは、塔が伽藍の中心から外れていったのです。
2007年05月06日
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今日は大分県の国東半島に出かけて、平安時代からのお堂(国宝)が残る「富貴寺」の「大堂」と、その近くにある「熊野磨崖仏」を見てきました。これが国宝の阿弥陀堂です。極楽浄土を再現した、宇治の「平等院鳳凰堂」や、奥州平泉の「中尊寺金色堂」と並び「日本三大阿弥陀堂」のひとつとされ、広く藤原文化が地方に波及したことを示す、貴重な建築物として知られています。だから、子供の頃歴史好きでよく見てた中学の歴史の資料集にこのお堂の写真が載ってました。この年で見られるとは・・・。寺伝によると養老二年(718)開基、天台宗のお寺です。入口の仁王門も、今は新緑だけで地味ですが、紅葉の時期にはこんなのに美しくなるそうです。富貴寺がある国東半島一帯は、仏教文化の宝庫で、数々の歴史遺産が見られ、山岳仏教が栄えた地として、とても神秘的な装いを見せる場所なのです。すぐ近くにある「宇佐神社(八幡宮)」は、全国の八幡宮の総元締めですが、大堂は平安時代に、宇佐神宮大宮司の氏寺として建立されたと言われています。八幡宮は神仏習合ですからね。日本古来の山岳信仰の霊地、修行の場としてあったものが、奈良時代の終わりから平安時代初め頃には寺院の形を取り始め、宇佐神宮の傘下に入ったと推定されてます。天正年間(1573-1592)キリシタン大名で有名な大友宗麟の時代、多くの仏教寺院が破壊。しかし、この大堂は難をまぬがれ、平安期の阿弥陀堂を今に伝えています。(大友宗麟の宗麟は出家したときの名前と高校のときに習って、キリシタン大名といっても政治的・経済的にキリシタンの側に付いただけ?という印象が。)中には仏像が三体。内装の彩色は退色してかすかに伺える程度で、保護のためうす暗くされて、撮影は禁止です。本尊の阿弥陀如来坐像は重要文化財で、榧(かや)材寄木造り。螺髪(らほつ)で、二重の円光を背にしています。現在は素木の風情ですが、もとは華麗な漆箔像だったらしく、螺髪に名残が。伏し目がちで半開きのまなざし、ふくよかな相貌で、平安藤原時代末期の作と推定。消えかかっていますが、堂内の壁画も重文です。(壁画と仏像はパンフレットより)熊野磨崖仏を見るまでには、知らなかったのですが往復三十分の山道を登らねばなりませんでした。ひと汗どころか、たくさんの汗をかきました。でも、老若男女、結構来ていました。磨崖仏の更に先に登るとお堂がある模様。この辺り一帯には、古寺の風情と、道すがらの新緑や花も美しく咲いていて、心に優しい空気を感じました。山岳信仰の名残は私の故郷の倉敷の北、吉備路一帯にもあり、駆け回っていました。どうも、山伏とか行者さんのような心持がこの現世にも影響している気がしています。
2007年05月04日
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歯科併設のサロンをされているセラピスト☆たかおさんが来られた記念?で歯科に関わる精油について書いてみましょう。以前、ミルラが含まれてる歯磨き粉が市販されていることは書きましたね。例えば「ミルラ&プロポリス」という歯磨き粉にはプロポリスやミルラ、フェンネル(ういきょう)が含まれ、歯周病、口内炎、口臭に有効だそうです。その他、ティートリーは歯周病菌、虫歯菌に有効だそうです。「ブレスクラブ」という歯磨き粉。私の郷里の倉敷の歯科医院でも勧めてます。http://www.ogatadental-clinic.com/herb.htmlティートリー等の精油が含まれ歯周病菌やミュータンス菌、ソブリヌス菌他、虫歯菌を抑制殺菌してくれます。研磨剤が入っていないので歯や歯茎に優しい。虫歯の予防にキシリトールやハイドロキシアパタイトも配合。合成界面活性剤は使用してないので一般の市販品より比較的安心ですが、防腐剤、発泡剤、着色剤等の添加物は含まれてます。http://www.nature-v.com/breathclub/開発者の宝田恭子先生※によると「エッセンシャルオイルの有効成分が善玉菌優勢の口内環境をつくるのでさっぱり感が長続きします。」とのことです。(※東京江戸川区の宝田歯科院長。日本歯科人間ドック学会理事。日本歯周病学会、メディカルアロマテラピー研究会等所属。)買いたい方はこちらから。http://www.nature-v.com/breathclub/index.htmlむむ。このサイトで食用の精油を売ってるのを見つけました。医療や経口にも使うのはフランス系のアロマテラピーの影響かと思います。当然、イギリス系の我がAEAJ(アロマ環境協会)とは別の動きもあるわけです。井の中の蛙にならず、幅広く目を向けてなくてはと自戒。ただ、精油を軽い気持でモンダミンみたいに使ったりうがいするのは危険です。精油は水とは混ざらず、薄まらないからです。コップ一杯ではごく微量でないと濃すぎます。ドロッパーからの一滴では多いでしょう。スポイトで微量を垂らしペットボトルとかで相当シェイクしすぐ使ったらいいかも?
2007年05月02日
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