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皆さんは、受け取った年賀状を、いつ、どのような形で処分してますか。 賀状の往来を見ていると、前年の賀状を保存しておき、それを「元帳」に出している人が少なからずいる、と推測される。だとすると、1年間は保存していることになる。新しい年の賀状を発送し終えた後で、捨てているのだろうか。あて名をパソコンで印刷している人は、名簿を作っていることになるから、また扱いが異なるだろう。自分が出した相手から来ているか、そしてお年玉の当たりはがきがないか、それをチェックしたら、その年に捨てるのだろうか。 処分するにしても、賀状は「私信」でプライバシーの塊だから、そのまま家庭ごみとして出すのは問題だ。でも、シュレッダーを持つ家庭がどのくらいあるだろうか。多くはあるまい。紙ごみの一部として、収集日に出しているのでないか。 私は、というときちんと名簿管理し、相手のはがきは何日に来たか記録を付けている。住所変更も名簿整理の段階で可能な限りチェックしている。喪中通知が、記録を混乱させる原因になりがちだが、これも一応記録してる。だとすれば、お年玉の当選チェックを済ませれば、すぐ処分してもよさそうなものだ。シュレッダーも昨年の初売りで購入した。 ところが、である。少なくも5,6年分、調べればひょっとして10年分くらい、捨てずにたまっていそうだ。役立つこともある。何かの都合で、連絡を取る必要があり、前年の賀状を調べてもなく(喪中のため?)、さらにその前にさかのぼって目指すはがきを見つけ、用が足りた経験は何度もしている。ここ数年は交換が途絶えている人の情報がいつ必要になるか分からない、という強迫観念があるのかもしれない。パソコンでやる住所録の整理では、電話番号も入力しているが、プリントアウトした名簿自体がどこに置いてあるか分からないことも多く、役立ったためしはない。 情報を捨てるのは、かくも難しい。
January 29, 2007
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パソコンからプリンターにつなぐのであれ、業者に頼むのであれ、最近は印刷が容易に、安価に出来る。あて名印刷も、名簿さえあれば瞬く間に終わるから、印刷したのをそのまま送るのであれば、少々枚数が多くても話は簡単だ。しかし、受け取る側から言えば、正直味気ない。 私のやり方は、こうだ。プリンターで横書き印刷し、文章の最下段に破線を入れる。その下が「一言記入欄」。あて名の印刷が終わっている段階だから、肉筆で相手を思い浮かべながら書く。これで、年賀状は血が通ったものになる。私は、相手を特定しメッセージを発信していることが、相手にも伝わるからだ。読んだ相手がうなずいたり、「ニヤッ」としたりするはずだ。 この方法の難点は、手間が掛かること。つまり時間が掛かる。いつも、年末のぎりぎりの段階で作成・発送作業をするから、時計とにらめっこの仕事になる。その結果どうなるかというと、乱筆になる。「相手がよめるだろうか」と心配しながら出すこともしょっちゅうだ。が、これは万人共通の悩みらしく、頂く賀状の「一筆」も読めないことがよくある。でも、何も書いていないよりは、やはりうれしい。作家池波正太郎ばりに、来年の賀状を1月から準備しなけれなならないのだろうか。 もう一つの問題点は、会ったのが20年以上も前で、年賀状でしかつながっていない相手への文章だ。「ご無沙汰を」など、どうでもいい内容にならざるをえない。それと、職場や仕事関係だと、本音も書けないから「本年もよろしく」など、通り一遍のものになる。ならば出さなければよさそうなものだが、義理が絡み、そうもいかない。 皆さんは「手書き一筆」を実行してますか。
January 28, 2007
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酒に関する、私の「憲章」は次のようである。1、1週間に2日は休肝日を設ける。出来るだけ連続した2日間とする。2、外で会合があるときは、大いに飲む。特に量の制限は設けない。3、ビールは乾杯程度とし、出来るだけ別の酒類とする。いずれも痛風対策である。 何とか、このルールを定着させるべく努力中である。しかし、時々酒を休んでみて、思わぬ「伏兵」に遭遇している。飲まないと、便秘になるのだ。びろうな話だが、お許しいただく。 先日も2日間、飲まなかった。私のこれまでの生活習慣では考えられないことだ。365日のうち、人間ドックの前日くらいだったのだ、飲まないのは。3日目に、かなりの量を晩酌で飲んだ。2日間、我慢した自分へのご褒美である。用便は朝、が私の体のリズムである。とてつもなく、太くて立派なのが翌朝お出ましになった。生涯で、一番立派だったと思う。通常のように、水を流した。抜けて行かない。詰まったのである。業者を呼んで、対応してもらう以外になかった。 下痢とか、お腹がゆるいとか、そのようなことはほとんどない。腹痛も記憶にない(海外旅行で食べすぎ、下痢が止まらずひどい目に遭ったことが1度だけある)。水は、冷たいミネラルウォーターに氷を入れて飲む。かなりの刺激を与えないと、便通がない。酒は、最もいい刺激剤なのだ。 こんな体質の方は、ほかにもいるだろうか。きっと私の特異体質かもしれない。
January 22, 2007
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夕べも、夕食時は何とか酒無しで済ませた。今年、4回目だろうか。 「休肝日」を設けて分かったのだが、飲まないで寝ると、確実に睡眠の質が上がる。今朝も、ゆうべ夜11時半ごろ寝て、朝5時半まで一気寝だった。飲んでだと、アルコールの血中濃度があるラインを下回った段階で、かならず「おしっこタイム」が訪れる。アルコールの血中濃度というのは、科学的根拠は何も無い。午前3時とか4時とか起きる時刻は一定していないし、飲んだ量と関係がありそうなので、勝手に思っているだけなのだが。 睡眠の質が上がるというのは、二つの意味がある。一つは寝ていて、うつらうつらとした浅い眠りの状態がほとんどない。もっとも、寝付きは確実に悪い。しかし、寝付けなくて困る、というほどではなく、恐らく10数分で寝入っているようだ。二つは、寝起きが実にさわやかなのだ。飲んだ翌日は、ざらっとした感じがのど元に残るし、頭が重く動き出すまでも時間がかかり「何で飲んだのだろう」という後悔の念に襲われている。 やっぱり「酒毒」というのは、あると思う。「飲まずして、何のための人生か」といった言葉を、昔から文人が繰り返し述べており、知らず知らず影響を受けている。同じ酒を飲むにも、集団で飲むのと、晩酌で1人飲むのでは、睡眠に与える影響は全く違う。集団で、しかもわいわい賑やかにやると、比較的打撃は小さい。無論、量次第という面はあるが…。1人、黙々飲む酒、つまりは晩酌が一番体に応える。体をゆすらない、ピッチが早い、いろいろなマイナス要素があろう。 その日飲むかどうかは、朝方針を決める。飲まないと決めれば昼はそこそこのレベルのものを食べる、とか、その方針に合わせた行動を取る。しかし、朝決心していても、日中むしゃくしゃすることがあったりショッキングな出来事があれな、やはり酒ビン手が伸びる。数日前も、飲まない予定だったが、12月に手術したばかりの娘が、お腹が痛み出し急きょ病院へ行った、という連絡を受け、飲んでしまった。 そもそも、痛風を避けるべく晩酌習慣撲滅を目指しているのだが、解説書によると1週間に1回、2日連続で酒を抜くのがいいそうだ。飲酒は、尿酸を体内で生産し、食物由来のものの排出を妨げる。その考え方から言えば、やはり連続禁酒なのだろう。ま、理想まではいかなくても、週に延べで2日は禁酒を目指そう。
January 19, 2007
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賀状のスタイルは、幾つかに分類できる。「謹賀新年 本年もよろしくお願いします」+決まり文句のあっさり型、文章で近況を知らせるタイプ、写真中心のフォトタイプ、にまず3分類できるだろうか。例外的にデザイン主体のものがある。 私のは、文章で近況タイプだろう。「回顧2006」と「展望2007」の2部構成。行数は9対1の割合である。社会人になって間もなくこのパターンになったという記憶だから、30年以上続いている「シリーズ」である。でも、ワープロを使う前はどうしていたか記憶にない。印刷していたはずはないし、手書きも考えられない。思い出せない。とすると、30年はたっていないかもしれない。 年賀状ソフトの基本文字を使うから、かなりの文字数になる。そこに近況を書き連ねていくと、結果としてプライバシーをかなり公開することになる。個人的な友人は別として、仕事の相手先、職場の同僚にすべてをあからさまにするのは、はばかられることがある。だから、3年ほど前までは、裏面の本文については公的、私的の2通りを作っていた。しかし、双方の枚数調整が結構やっかいだ。ワープロ時代から名簿を作っていたが、公的、私的に分けて整理しているわけではないし、線引きはあいまいだ。だから、最初から数を決めて印刷はできない。おおざっぱに両方を印刷し、作業の進み方でどちらが足りないかを見ながら、増し刷りする。プリントゴッコで刷っていた当時から、パソコンでの最近までそんな方法で調整していた。 「楽しみにしています」「名文ですね」。こんな反応があると、ついその気になってしまう。一応、物書きのはしくれだし、個人的な内容は誰もが興味を持つのだろう。ここ2年ほどは、1種類にした。仕事の義理だけで出す賀状が減ったこと、私のプライバシーなんて、知られて困ることなんでない、と気付いたこと、「老人力」で図々しさが出てきたこと、などが理由である。 多分、毎年のものが、1枚づつは取ってあるはずだ。並べると、個人史になるわけだ。懐かしいのは、下の二男坊が幼少のころ、えとにちなんだ絵を描かせ、それを取り込んでプリントゴッコで作っていた当時だ。子どもならではの、ほのぼの感が出て、とてもよかった。大学2年になった今は、問い掛けにろくな返事もしなくなったが。
January 16, 2007
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受け取った年賀状の整理で何が分かるか。得られる利点は何か。 来信賀状を整理する段階で、はがきの表には二つの情報が手書きされている。受け取った日にち、そして名前頭文字の、50音順における位置である。受け取った日にちの記入は、我が家では年賀状に限らず、郵便受けから出したらすぐ記入する習慣が、定着している。発送賀状は、はがきをプリンターから出力したのと同時に、一覧表として出力しておくから、発信と来信のずれは、来信賀状と名簿を引き合わせることで、確認できる。もし、出してない方から頂いていれば、急ぎ「お返し」をしなくてはならないが、すぐ対応できる。 年に3,4件は2度同じ方から受け取る。これは、発送名簿をきちんと調えておらず、記憶だけで「出した」「出していない」の判断をするためと思われる。何となく「この人に出してないな」と思うから、慌てて再度出し、1月7,8日ころに2通目が届く。発送名簿を調えておけば、重複発送は防げる。 もう一つのポイントは受取日。その年の郵便事情(今年は遅れ気味だったとか)にもよるが、4日ころまでに届いのは、12月中の発送と類推できる。それ以降は、こちらの賀状を見ての「お返し」の可能性がある。相手は、こちらと年賀状の交換を望んでいない可能性があるわけだ。この情報は、交換数を絞ろうとする際の、大きな判断材料になる。数は放っておけばどんどん膨れるから、何らかの方法で削減しなけければならない。私の例で言えば、一時は700通のレベルになったが、このシーズンはほぼ450通に落ち着いた。 しかし…。物事は理屈通り、いや自分の思うようには進まない。お返し、つまり義理で寄越したな、と思われる人を除いて発送したことがある。結果として、前年のデータに基づき保留した人の95パーセントは、年内発送で送ってきた。想像するに、ほとんどの人は名簿の整理など行わず、前年の賀状を保管しておき、それを元帳にして出しているのだろう。いつ受け取ったなどという情報は、残っていなか、残っていても出すか出さないかの判断に使っていないのである。 名簿方式のおい一つの盲点は、住所変更のチェックが意外に難しいこと。引き合わせの際、神経を使っており、変わっていると分かると発送名簿に書き込むのだが、チェックの数をこなすのに追われ見落とすことも少なくない。その点、前年の受け取りはがきを元に書けば、新住所で発送できる。名簿に変更を書き込んでも、パソコンのデータを書き換えず、翌年まで持ち越すことも多い。
January 15, 2007
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1月は、年賀状の季節。送っていない方への「お返し」は、第1次が終わっているが、さみだれ状にその後も来信が続いているので、今度の土、日で最終的な整理が必要だ。 毎年、暮れになると年賀状の発送は大きな仕事だ。労力的に大変という以上に、パソコンによる作業がうまくいくかどうかの「テクノ不安」との闘いが、意識の中で大きな位置を占める。使っているソフトは「筆王」。本文、あて名ともこれで処理する。2000年から使い始め、当初は大分失敗した。多くが年末年始休みになってからの作業で、ソフト会社の電話サポートも終わっている。誰にも聞きようが無く、うまくいかないときに感じる焦燥感は、何にも例えられないほどつらい。文字通り「テクノストレス」である。 さて、私の賀状の受発信管理をおおまかに紹介する。発信名簿は、あて名のリストを一覧印刷し、それを発送名簿とする。かつては、別に名簿原本があり、いちいチェックして出していた。何回かに分かれることが多いので、「1次」「2次」というようにリストに題名を付ける。 来信賀状整理は、私が開発した独自の方法で行う。50音別分類が基本。 発信者の名前を次のように分類する。まず、母音をローマ字で表す。あ行=A、か行=K、さ行=S、た行=T、な行=N、は行=H、ま行=M、や行=Y、わ行=W。次に、子音を数字に置き換える。a=1、i=2、u=3、e=4、o=5。名前の頭文字を、母音と子音に分解し、ローマ字と数字の組み合わせに変換する。例えば、佐藤は頭文字が「さ=Sa」だから、さ行の1段目でS1、となる。 実際使う場合、その名前が50音のどの行かを判断、さ行なら「さ、し、す、せ、そ」と口で言いながら、どの段かを読み取り、ローマ字と数字の組み合わせにし、はがきの表に書く。ローマ字と数字だから、素早く書ける。すべてのはがきに書き終えたら、カルタ取りをして行ごとに分類、さらに段の順にそろえる。 年賀状ソフトが自動的に作る名簿は、50音順。受け取った名簿を、発送名簿と引き合わせるには、行、段ごとに順番がそろっているはがきだから、作業はスムーズだ。
January 12, 2007
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仕事上で知り合った人生の大先輩から、次のような年賀状を頂いた。「私も20年ほど前から痛風持ちになりました。でも、毎日1錠、確実に飲めば、何を食べても何を飲んでも大丈夫。私の実績が証明しています」。私の「痛風発症」の年賀状を見ての「お返し」である。 今年に入って、既に2日休肝日を設けた。週に2回とはいかないが、かつて1年間で飲まないのは人間ドックの前日1日だけ、という生活から比べれば、雲泥の差である。晩酌追放が習慣化できるかも、思い始めていたのに、また甘い誘惑だ。国立がんセンターのお偉いさんの言葉の二の舞でないか。 以前報告した通り、発症から1ヵ月、プリン体断ち、節酒の生活を続けたが尿酸値はほとんど変わらなかった。今現在、十分な正常値なのに、重ねて節制生活を送るのは意味のない努力、とも言える。ま、予防だと考えればあながち無意味ではないのだけれども。しかし、食物要素が尿酸値に与える影響は小さいと考えられているだけに、自分を納得させるのは、なおさら難しい。 晩酌習慣から脱却しようと思ったのは、痛風がきっかけでないことは、このブログの読者ならご存知のはず。仕事や日常生活のうさを、少しばかりの酒でまぎらす「小市民的」姿に対する嫌悪感が大きな要素としてある。だから、痛風の発症を、神さまがくれた、酒毒から抜け出すチャンスととらえている。そのチャンスを無にするような言葉が、耳に達しようとは…。 この甘い「悪魔のささやき」から逃れることができるだろうか。
January 10, 2007
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