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先週の水曜日~木曜日の朝方にかけて末娘が胃腸炎で苦しんで 折角の温泉旅行が出来なくなるのではと 心配したが 朝起きて様子を聞くと何とケロリとしてもう全然 痛くないよと言って旅支度を始めているのにはいささか驚きであった。其の娘が 堂ヶ島ニュー銀水の売店で売っていた練りきりに 良く似た和菓子を一箱 お土産に買って来てくれた。この和菓子は「銀水」と銘うって見るからに高尚な感じがする和菓子である。今日の午後3時頃 家内と英の 二人でささやかな おやつの時間にとっておきの美味しいお茶を入れて貰い 其の和菓子を食べてみた。口の中に入れると同時に とろりと溶ける様な食感で 其の上優しい香りが口の中に広がり 控えめな甘さとあいまって それはそれは美味しいに尽きる 和菓子であった。家内と静かなひと時を 美味しいお茶と 風味豊かな美味しい和菓子だけであるが 飛び切り幸せを感じさせる ひと時の時間であった。
2004年02月29日
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英は音楽に関する大学に通った事なんて全く無く 只の素人指揮者だったんです。でも 音楽に対する興味は 人一倍のものを 持っていたと言う事だけで 全くの独学で 人様の前で指揮棒を振るう事が偶然にもあった訳です。皆さんもご承知のように 会社での合唱部のことを T社実業団の混声合唱部と呼び 年1回全国大会が開かれます。それ以前に地区予選に勝ち 県代表として第○○会 全国実業団 合唱コンクールに出場できるので その頂点を目指して昼休みは食事後約20分間 終業時間後5時30分~8時00分迄練習に練習を重ね 本番に向けて頑張った事を 思いだしました。今から44年前 何故か県代表に選ばれ(T社としては初出場)全国大会まであと1週間 団員一き団結して 毎日猛練習をし いよいよ大会当日が来ました。場所は池袋駅から近い 立教大学大講堂いよいよ我が合唱部の真価を問う 出場の時間・・英の胸の動悸が段々と昂ぶって来て 演題の中央に行くのもやっとの思いであった。先ず始めに課題曲「峠」を歌いだし英は無我夢中で 指揮棒を振った。歌い終わると会場から 割れんばかりの拍手・・此れで英は手ごたえを感じ次に自由曲「はまなすの花」を静かに始まった 英も大分余裕が出来強弱の表現 流れる様な滑らかな表現を指揮棒を通して 一生懸命振って見せた。終ったぁ~~~終ったぁ~~~会場からは先ほど以上の拍手喝采であった。
2004年02月28日
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今朝も気持ち良い目覚めだった。今日は英が若かりし頃 趣味として始めた合唱団の指揮をとった事のある事柄を お恥ずかしい話しであるが思い切って 日記に書こうと指を動かし始めたのだ。幼い頃から音楽に興味を持ち其の中でもクラッシック音楽に熱を上げ 良くN響や日本フィル等の有数なオーケストラの演奏を聴きに足を演奏会場に運んだ事を記憶している。英が 某大学を卒業し T社と言う会社に入社し 入社と同時に社内クラブの合唱団の一員となったのである。今でも憶えているが「ヴォルガの舟歌」や「山鳩の歌」等・・今でも耳の中に当時の澄み切った 混声合唱の響きが 心地よく しかも懐かしく思えた。そうこしている内 3年が経ち当時英達を指導してくれた指揮者が転勤になり 其の後釜として 英がT社合唱団の正式指揮者となった。それから2年ばかり続くのである。明日はこの続きを 思い出しながら当時を振り返って回顧しながら書いてみたいと思っている。
2004年02月27日
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今朝方午前3時ごろ 二階で寝ている末娘が お腹が痛いのであろう喘ぎながら階下で苦しそうに唸っていた。其の声に家内が気付き 直ぐに飛び起きてタクシーを呼んで 病院へ直行した。病院では時間が時間だけに 誰も診察を受ける人がいなかったので 即先生に見て貰った。診察結果 胃腸炎と言う事が判明し薬りを頂いて4時半頃帰宅した。その後 家内が土鍋でお粥を炊いてくれて 娘に食べさせたが二口三口食べるのがやっとという感じであったので 直ぐに薬を飲ませ 床に付かせた。若さであろう今は どうやら痛みの方も 落ち着いている様子である。ホットした感じである。
2004年02月26日
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今日は比較的暖かな天候に恵まれ旅の疲れもすっかり取れて 体調の方も比較的好い方だったので 昼過ぎ我が家の風呂に入り 鼻歌交じりの昔のわが母校の 校歌を口ずさんでいると 若かれし頃の思い出が甦って来る。若いって言う事は 貴重な財産でありそれぞれの目標を 持って社会に旅発つのである。英も其の一人であった。
2004年02月25日
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昨夜食事も終わり 家内が新聞を見ていたら 突然「お父さん ビックリ」と言って差し出された 新聞を見たら何と驚くばかりの 新聞広告が載っていた。それは 今時の有名地の旅館やホテルに泊まると 4人で一泊2食付で 一人あたりおうよそ1万6千円~2万8千円位でこれ以上の 値段が付いた所もあるが そう高いとこばかりは 行かれない。話題を新聞広告に戻すと この宿泊地であるが 有名な鬼怒川温泉に三軒 それに湯西川温泉に一軒・・中には新装オープンしたホテルもある。でも経験の為 一度は試しに行って見るのも話の種になり 満更でもないだろう。
2004年02月24日
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楽しい筈だった 家族旅行が一変して苦痛に喘ぐ旅行であった。と言うのも2日目の伊東温泉(サン・はとや)に 着いた頃今晩は孫の大輝と 海水水族館が見える温泉に入り 楽しみたいと思っていた矢先 ホテル到着後間もなくして痰と咳が普段より多めに 出る様になった。直ぐに布団を引いて貰い 直ぐに横になった。暫くすると 身体に寒気がしだし 体温計をを左脇の下に入れ 計ったらら38.6度の高熱だった。家内や婿達が心配して 直ぐにフロントへ連絡 氷枕を作って来てくれて本当に嬉しかった。熱冷ましの頓服を飲み 暫くするとフロントから電話で 夜間の救急センターへ連絡してくれたのと同時に タクシーを玄関前まで用意してくれていた。早速タクシーに英と家内と娘と乗って 救急センターへ直行した。暫く待つ内 先生が来院され 今までの経緯を説明したと頃 血液検査に胸のレントゲン撮影 聴診器で胸の音を聞いてから インフレエンザの検査と言う事で鼻の穴の中に何やら綿棒みたいな物を入れられ検査した結果 インフレは(-)と診断されたが 白血球の数が1万2千と高いのと 血圧が下がっているのが気になるので こちらの病院で入院なされた方が・・・ガフン・・イヤダァと進められたが 何せ遠方なので明日一番で茅ヶ崎の病院へ直行したい旨 強く要望したら渋々承諾して頂き 「先ほど撮ったレントゲン写真を その病院に持って行って前後の写真と比べて貰って下さい」と大きな写真のフイルムを預かって来ました。今日2/21日と2/23日の両日茅ヶ崎の病院で再検査した所 大分良くなって来ているので 抗生剤を3日分出して貰い 暫く安静にしていなさいと 注意を受けました。と言う事で 散々な温泉旅行でした。
2004年02月23日
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待望の温泉旅行が いよいよ明日に迫って来た。行くのはねてるくん一家と英夫婦とで 車は婿の愛車ガイヤー(6人乗り)を 婿が運転し3泊4日の温泉三昧の贅沢な 旅になりそうです。孫の「大輝」には 行く日の朝まで喋らない事とあれほど硬い約束をしていたが そこは娘可愛さの余り 黙っていられなくなり 総てを喋ってしまったらしい。インフレエンザの風邪も軽く済み 元気になった「大輝」も 明日が楽しみにしているらしいので 爺・ばぁーばも一安心している次第です。どうやら天気の方も 今週いっぱいは 晴れマーク気温も少し例年より高めで 暖かいらしい。どうやら神様が家族全員分の 行く先々を見守ってくれているらしい。ゆったりと温泉に入り 美味しい物を頂き後は部屋でゴロリンと横になり TVを見るのもよし 眠くなった寝るのも良し お土産物を見に行くのも 温泉に来ていればこそ 楽しくのんびりと過ごすのも 旅の良き思いでになってアルバムのページを埋めることでしょう。第1日目(2/19日) 箱根強羅 (株)東芝 芝翠荘保養所第2日目(2/20日) 伊豆半島 伊東温泉 ホテルサンは○や第3日目(2/21日) 伊豆半島 伊豆高原 簡保保養所第4日目(2/22日) チェックアウト~一路帰路へ
2004年02月18日
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日記を読んで頂き有り難う。感想等を書いて頂くと とっても嬉しいです!! 昨夜2/13日婿の車が 末娘を迎えに我が家にやって来てくれた。というのも 妹が大輝のお遊戯会を見たいと言う事で 迎えに来てくれたのである。丁度明日が バレンタインデーであるので末娘から 大輝と婿と爺に 美味しいチョコレートをプレゼントしてくれた。ねてるくんは 爺に手作りクッキー等を焼いて持って来て貰い 幸せ感を味合い誠に有り難い事である。婿の車は末娘を車に乗せて 我が家を後に走り去った。2時間位たった頃 婿から「大輝どうやらインフルエンザに掛かったらしい」と病院から電話が有り 「この分だと明日楽しみにしていた お遊戯会に出られそうにないんですよ」と言うものであった。今朝(2/14日)娘から電話が有り大輝 何故か元気で でも熱が37.8度位有るので お遊戯会は休ませることにしたとの事。今日も朝早く かかり付けの病院へでかけ 診察をしてもらった所 比較的軽いインフレエンザだそうである。幸い明日から 2/18日迄幼稚園も休園なので その間に余り人込みの多い所には行かず風邪を早く治して 1/19日より行く温泉旅行には是非全員笑顔で 行きたいものだと思った次第です。何せ前回は 英達が温泉へ行く当日英が高熱(肺炎)を出し 1ヶ月間入院する羽目になってしまった 苦い経験が有るので 今回もそうならない様に神様にお祈りするより仕方がない。
2004年02月14日
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明日は「大輝」が通っている幼稚園のお遊戯会が明日2/14日に行なわれる。実に昨年 せっかく練習を重ねていざ本番と言う日の朝になって 大輝が風邪をひいてしまい 残念ながら参加できなかった。そんなことが有ってから 早1年が過ぎ明日はいよいよ 日頃の練習の積み重ねを 披露するお遊戯会である。幸い今の所大輝はすこぶる元気でこの分なら 先ず明日は大丈夫と思われる。幾日か前に 娘から大輝のお遊戯会を見に来る?と言うお誘いがあった。見に行きたいのはやまやま であるが来週の2/19日~2/21日迄 当の大輝と其の家族と私どもとで 温泉旅行に行く計画が有り 既に宿泊料金は払い込み済みで その時体力の無い英が 風邪をひいたりしていたのでは と思い今回のお遊戯会は行かない旨を 娘に伝えてあった。 勿論宛てにしていたであろう 爺・ばぁーばが お遊戯会に来ないと 当日分かったらどんなに悲しむだろうと思い 大輝にはお友達が多くいる人込みのある所へ 爺が行くともしかして 悪い菌が爺の胸を攻撃してくると 爺また病院へ入院しなければならない事を 懇々と説明し何とか納得して貰っている。大輝にはパパが撮ってくれた VTRを後で見るから と言って安全策を取る事にした。
2004年02月13日
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毎夜午後8時頃 孫の「大輝」から必ずと言って良いほど電話が 我が家に掛かってくる。以前ですと世界童話全集から 適当な本を選び 聞かせていたが 最近では「爺 大輝字が読めるから お話はしなくて良いよぉ~」と言う事からこの頃では童話の本など 目もくれず今は 今日の出来事を お互いに語り合うように進歩して来た。ところで困ったことに 童話の話を聞かせてやる為に 楽天の書籍から オークションで買った本が ダンボール2箱分も 未読の本がある。其の中には「ロビンソンクルーソ」・「なぞの宝島」・「15少年漂流記」・「足ながおじさん」・「ロビンフット」等真新しい書籍が 我が家の暗がりで日の目が来る日を待っている状態なので大輝が小学生に入学した頃 それらの書籍を 宅急便で送ってやろうと思っている。子供の趣向は年毎に変わり 以前はベイブレード(駒回し)・プラモデル~~~今ではムシキングとやらが年少者の間で 爆発的人気商品になっていて このムシキングの話を大輝とすると 人が変わった様に目は輝き 生き生きとした口調で爺に 語りかける容姿には頼もしく写るのであった。
2004年02月12日
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今朝は家内が 英の隣に寝ていてくれた安心したのか 目が覚めたのが8時前であった。昨日家内がホテルで買って来てくれた 高価な湯飲み茶碗で お茶が飲みたくなり早速 家内に「栗入りどら焼きで お茶でも飲もうよ」と言ったら家内が「丁度 私も喉が渇いたので」と言い閉まってある食器棚から おかめの絵柄の 飲み易い湯飲み茶碗を さも大切な物を扱うかの様にして 出してくれた。お茶は勿論○覧茶で 湯飲みにお茶を注ぐと何ともいえない 山吹色に染まり喉を唸らせた。結構どら焼きの甘い感触と ほのかなお茶の渋みが マッチしてそれはそれは美味しかったですよ。
2004年02月11日
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昨夜は家内がいない夜を過ごした。寂しいと言うのか 今頃何をしているのだろうとか 心配はさほどしていないのだが 何故か頭の中に家内が映し出され余り 熟睡できなっかた。でもお陰様で 胸の痛みも無く気持ちよく7時20分頃目が覚めた。起きて見ると既に娘が起きていてくれて朝食の用意が出来ていた。今頃お母さんもホテルの朝食を食べている頃だろうと 思いながら何時もと違う娘と朝食を食べた。昨夜寝不足していたので 昼間は寝込んでしまい 家内が「ただいまぁ~」と言いながら 玄関を入る声に 英はふぁっと目が覚め「お帰りなさい」と大きな声で出迎えた。帰って来るなり 矢継ぎ早に質問攻めに家内は戸惑ったらしく 順序良く楽しかったお友達との温泉の旅を語り始めた。喜んで また楽しんで行ってこれた 温泉の旅の話を聞いているうち 英迄ウクウキ気分になってしまった。「ところでお父さん この湯飲み茶碗幾ら位と思う?」と桐の箱に入った素敵なな湯のみ茶碗を眺め 1200円ぐらいかなぁ~」と言ったら 「お父さんとんでもない此れは一つ3500円もするんですよ」と言われたのにはビックリしたが よ~く眺めてみるとそれだけの価値が有りそうな素晴らしい湯飲み茶碗であった。丁度娘が和菓子屋さんから 練り切りを買って来てくれたので 一段落してから 家内が「美味しい知覧茶を入れて飲みましょう」とその湯飲み茶碗に注いでもらい 飲んで見た所これが実に美味しいではないか。この湯飲み茶碗を大切に割らない様気を付けて 何時までも使って行こうと家内と笑いながら話をしたわけです。
2004年02月10日
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今朝目覚めたところ 若干胸の痛みを感じたが 何時もの激痛では無いので安心した。朝食を食べてる時家内は「お父さん痛いのと違います?」と聞かれた。英は「いやぁ~大丈夫だよ。。心配しないで お父さんは大丈夫だから 何にも考えないで 楽しく皆と温泉に入ってくつろいで 2日間を過ごすんだよぉ」更に続けて英が「この10年近く 俺の病の為何処へも行けなかった事 本当に可哀想でならないんだぁ。お友達がお母さんを温泉に誘って下さった事は 本当に有り難い事と 何時までも お母さんの事を お友達が忘れずにいてくれた事を感謝しようね。」そこで家内が「お父さんには申し訳ないけど 喜んで行かせて貰います。」12時30分過ぎにタクシーを呼んで「それではお父さん行って来ます」と言って玄関を後に タクシーに乗り込み 後ろの窓から手を振っり そのまま走り去って行ってしまった。今夜の夕食は末娘が 会社の帰り駅ビルに立ち寄り 幕の内弁当を買って来てくれる約束になっている。夕方6時過ぎ「お父さんご飯ですよ」の声で目を覚まし テーブルに置かれた幕の内弁当を見たら なんと豪華な幕の内だろうと 思い きっと今頃は お母さんも夕食を食べている頃ろだろうと 思いながら美味しく頂いた。明日(2/10日) 娘は会社を休んでくれる事なので 英も今夜は安心して眠れる事だろう。
2004年02月09日
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今朝は澄み切った青空 両手を高くかざして恵みの光を身体中に受ける。何と気持ちの良い事か 自然の恵みに感謝しながら 窓越しに外を眺めた。お陰様で昨夜も胸の痛みも無く朝6時40分まで熟睡した様だ。ところで明日(2/9日)午後から家内の親友と今から数十年前 お逢いしてからと言うものの 英が肺癌その他の病で 自分一人が自由に外出する事は 病人の主人の事も有り 誘いがあっても総て断わって来た。こんな事では家内にストレスが溜まりそれが原因で 家内が病に伏せてしまったら 何にも出来ない英にとっては 苦痛の種になりかねない。そんな事を考慮して 幸い先方の先輩から温泉旅行のお誘いが舞い込んだ事を喜んでお受けしたわけです。と言う事になり明日(2/9日)箱根湯元の温泉ホテル「はつはな」へ出向事にようやく決まった。明日は気持ちよく 送り出して上げようと思う英であった。
2004年02月08日
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昨夜寝る前にトフラニールと言う薬を服用してみた。其の薬の効果が有ったのかどうか さなかでは無いが 確かに締め付ける様な胸の痛みは無く 比較的朝まで良く眠れた方なので不思議である。只一回の試飲でそんなに効果が即現われるとは考えにくいので もう暫く根気良く服用を続けて見たからの判断に しようと思うのである。話は変わるのだけど 昨夜娘から電話が有り 明日(2/7)泊りがけで 行き「大」がお母さんの作った たこ焼きが食べたくて是非夕食に作って下さいと言ってきたので家内は 快く承諾をした。午後4時頃になって 娘夫婦が我が家に到着 早速「大輝」は玄関を上がるが爺の所に来て 「爺 此れがムシキングって言うんだよ」とさも得意な顔でムシキングの説明が始まった。説明を聞いているとなかなか 子供には面白いゲームの様に見受けられた。暫くすると 夕食の時間が来たので家内が焼いてくれた 美味しいたこ焼きを腹一杯に食べ 「大」はビールを片手に たこ焼きが美味しいと15個/皿のお皿を三枚ぺろりと食べてしまった。「大輝」はたこ焼きのたこ入りが 何故か食べないと言う事で たこ抜きのものを同じ様に ソースをかけ青海苔を振掛け更に鰹節を混ぜた物を 美味しいと言って喜んで食べてくれた。
2004年02月07日
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午前1時30分頃 急激な痛みに見舞われ其の痛さに 寝ている事が出来ず ついに起き上がり敷布団の上に正座して 痛みの引くのをぐ~とこらえていたら 家内が気が付き「お父さんどうしたの?・・胸が痛いの?」と心配になったのであろう 家内も起き上がり 「じゃぁ~お父さん例のプロポリスを作りましょうか?」と言ってくれたので作ってもらう事にした。待つ事2分位したら コップにプロポリスを持って来てくれた。ゆっくりと飲み終わり おおよそ15分位したら 幾分胸の痛みが治まって来たので「お母さんもう大丈夫だから 寝るとしようよ」と言って 二人とも何時の間にか眠ってしまったらしく 次に目を覚ましたのが午前6時40分位だった。朝食を食べ何時もの薬を飲み 暫くテーブルの椅子に腰をかけ 朝刊やら雑誌等に目を通し その内病院へ行く時間が近づいて来たので 着替えをしタクシーを呼んで総合病院の麻酔科に行き 何時ものレイザー光線を胸に照射をし 続いて今度は呼吸器科の診察を受けた。呼吸器科では「何か変わった事は?」と尋ねられたので「先生何故か夜中に胸の痛みに襲われて」と 困り果てている事を告げ「もしかすると此れは 私の独自の判断なんでなんとも言えないのですが・・毎朝食後2錠飲んでいる トフラニールと言う薬なんですがこの薬を寝る前に2錠を新たに 追加服用してはいけませんか?」と提案してみた。一日の内で何故だかトフラニールのみが 朝だけ服用となっている点に着目した訳である。先生何やら薬剤に関する本を取り出し 一日の最大摂取量がどの位までならOKなのかを 調べて貰った結果 4錠/日なら大幅に大丈夫と言う事で今夜から 早速試してみたいと思っています。案ずるよりも生むが安しと言うように 此れで夜の痛みが軽減出来れば こんな幸せなことはないと ただただ神に祈るだけである。
2004年02月06日
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昨夜は3度胸の痛さで目が覚めてしまい5時40分頃 強烈な痛みに耐えかねず起きてしまった。この痛さを和らげるには 座薬を挿入するしか方法が無く 5時50分座薬を挿入した。挿入したからと言って 即痛みが和らぐ物でも無く それから約30~40分位掛かるので 徐々に効いて来るのをじっと待つしかない。その他 痰を出し易くする薬とか精神を落ち着かせるトフラニールと言うクスリ等を 食事の後飲み 其の頃になると大分痛みの方は峠を越えて来る。痛いと 食事を取る事もままならないが痛くなければ普通に 何でも食べられるのでまずまずである。さて 今日の神奈川県の気象は 済みわったた青空が天空広く大地を照らし 外は暖かいと思いきや 意に反し風が強く其の為 体感温度を下げて 物凄く寒く感じた。こんな寒い日は 外には出ず窓越しに差し込む日の光に わが身をさらし其の温もりがポカポカと 良い気持ちになり居眠りがコックリ・コックリしそうになる。英の身体に一番堪えるのが 寒さであり早くこの寒さから 抜け出したいものである。
2004年02月05日
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2日程前から何故か調子が悪く何をするのも億劫になってしまい只 漠然と時を過ごしてしまった。英の身体の調子は 朝の目覚めで調子の良し悪しが分かる。そん事から今朝の目覚めは 実に爽やかでとっても気持ちが良い。久し振りにPCに触れ いざ今日の日記を書こうと思い さて?何を書いたら良いのか戸惑ってしまう有様である。そうだぁ~ たまには 主題のぼけた内容のない物でも 良いのではないかと思うとキィーを叩く指先が 自然と右に左に動いているから不思議である。どちらからというと今迄は 其の日に起きた出来事を 忠実に書き表そうとしていたのだが もっと気楽に自然体で書けば 何も悩む事は無いと思うようになり今日の日記を手始めに 此れからの日記はごく普通に 着飾ることなく 表記できれば 上等である事に遅まきながら気が付いたと言う訳である。
2004年02月04日
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