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玉川大学工学部の玄関の壁面に次のような言葉が書いてあります。(今でもあるかどうか分かりませんが。)
「神なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」
どのような意味の言葉なのでしょうか。私には、2つの意味があるように感じました。
一つ目は、「神」を「心」と入れ替えて読んでみると分かります。「心なき教育は、知恵ある悪魔をつくる」・・・今の教育は、心を育てることをおろそかにしているように思います。優れた学力・知識があり、学歴が十分あっても、素晴らしい人とは限りません。優秀な知恵を使って巧みな悪事を働く人は後を絶ちません。頭脳ばかりが優秀でも、人間性が育っていないため、その能力を正しく活用することが出来ないのです。そろそろ、トータルで「人」を育てる教育をしなければいけない時期に来ているのではないでしょうか。
二つ目は、「自分を超えた存在」のことです。玉川大学は、キリスト教の精神を取り入れている大学なので、この「神」という言葉は、キリスト教の「神」を指しているのだと思いますが、この部分を神道の「神」、仏教の「仏」と入れ替えて考えても良いでしょう。また、「something great」(偉大な何か)と考えても良いでしょう。「金さえあれば何でもできる」「金で買えないものはない」と豪語した某社長がいましたね。自分の力がすべてで、あたかも自分の力で生きているかのように考えている人が今の日本には多くいます。しかし、本当にそうでしょうか?自分の命は、自分で造り、自分でコントロールしているのでしょうか?何でも自分の思い通りにいくのでしょうか?自分の力の及ばないことが数多くあるのではないでしょうか?「神なき教育は、・・・」は、傲慢な心を捨て、謙虚な心を持って生きていくことを示唆しているのではないかと思います。私は、自分の力だけで生きているのではなく、「something great」や周りの多くの人々に支えられて生きていると考えています。