私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2014年01月09日
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カテゴリ: 千の朝
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 そうして、将軍が十月十四日、朝廷に上表するのである。その発端が、龍馬の「とっさにひらめいた」、「驚天動地の奇手」にあった、というのである。

 少なくとも、ここで司馬さんはそう書いている。

 この点にこだわったのが、歴史学者の松浦玲(まつうられい)である。

 松浦さんは「「司馬文学」と歴史学の立場」(『プレジデント』一九九三年十二月号)に、次のように書いている。
 - 歴史的な事実とすると、龍馬が思いついた大政奉還論は、文久二、三年(一八六二、六三年)の段階から幕府旗本の大久保一翁や松平春嶽によって「持出され」、「政局に影響力を持つ議論」になりはじめていた。

 ただ、その議論の過激さゆえに、大久保一翁は「側用取次」という高位から左遷され、松平春撮も「政事総裁職」をなげうって福井へと引込まざるをえなくなった、と。

『司馬遼太郎の「場所」』 松本健一 ちくま文庫





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最終更新日  2014年01月09日 05時26分35秒
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