私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2015年12月07日
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カテゴリ: 千の朝
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 誕生から死にいたるまでの道が安定しており、自己の存在の是非をかけての移植の危険がなかったのは、単に個々の人間ばかりではない。

 その土地に生れ死んでいった祖先たちは、精神的にはそこに生き続け、生のリズムを保ち続けて、近くの、また遠い、いずれは祖先としてまつられる子孫たちと深く結びついている。

 だから現在生きている人びとの本質は、祖先のそれと密着しているのだ。

 人びとは自然の無限の去来をごく身近なものとして受けとめ、自然の裡にあってその一部として生き、また死んでゆく。

 家の背後にある竹薮や、稲田に注ぐ谷間の流れのそばの石や、そこに影を落す形よく老いた松などは、おばあさんも子供の時分に毎日見ていたものだし、今の子供たちが老人となった日には目を丸くしている孫たちに語ってきかせることなのである。

 生を授け、護り、また破壊する力がここを支配している。

 現れ方によっては謎でもあり美しい形式でもあるこの力を、人間は神聖なものとして受けとめる。

 よきにつけ悪しきにつけ、人間はこの力に依存しており、自己の裡の自然性によってこの力と結びついているのだ。



 自然的なものはすべて(人間的なものであるか否かは明確に区別しない)肯定されるのであって、恐怖の対象ではない。

「心の社会・日本」 ロレンツ・ストウッキ サイマル出版会





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最終更新日  2015年12月07日 07時50分15秒
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