私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2019年05月16日
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カテゴリ: 千の朝


 太平洋の不凍港(ふとうこう)を求めて、
 東北アジアへの進出を企(くわだ)て始めた。

 まず、ロシアは朝鮮(ちょうせん)に隣接(りんせつ)する
 沿海州(えんかいしゆう)のウラジオストックに座を占(し)めた。

 日本の北辺はにわかに風雲急(ふううんきゆう)を告げた。

 ロシアはいち早く日本列島とひとつづきである
 千島列島(ちしまれっとう)と樺太(からふと)に人を入れた。

 日本は一歩遅(おそ)かったのである。



 一八六九年、ロシアは樺太の領有(りょうゆう)を認めるよう日本に求め、
 日本はこれを拒否(きょひ)。

 明治の新政府ができてから、両国間にようやく取引が成立し、
 日本はもはや樺太は間にあわないと悟(さと)ってこれをあきらめ、
 かわりに千島列島全部の領有権を得た(千島・樺太交換条約、一八七五年)。

 ロシアも一八六一年に農奴解放令(のうとかいほうれい)を発するなど、
 国内に困難をかかえていた時代である。

 イギリスは一八五七年、
 インドでセポイの大叛乱
 (だいはんらん:セポイは東インド会社のインド人ようへい:傭兵)を処理し、
 アヘン戦争を終結したあとの中国で

 再び清(しん)を屈服(くつぷく)させ、
 九竜半島(きゆうりゆうはんとう)の一部を割譲(かつじょう)せしめた。

「国民の歴史」 西尾 幹二 産経新聞社





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最終更新日  2019年05月16日 05時10分07秒
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