私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2022年01月18日
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カテゴリ: 認識の歩み



 『日本書紀』に出てくる神武天皇が即位した日を
 太陽暦になおしたものです。

 一つの政治的なまとまりが、
 大きな力を備えた統一政権になるには
 通常,長い時間を必要とします。

 大和朝廷(やまとちょうてい)がいつ、
 どこで始まったかを記す同時代の記録は、
 日本にも支那にもありません。


 次のような伝承が残っています。

 天照大神(あまてらすおおみかみ)の直系である
  神日本磐余彦尊(かむやまといわれびこのみこと)
 (のちに神武天皇とよばれる)は、
 45歳のとき、
 日向(ひゅうが)(宮崎県)の 高千穂(たかちほ)から
 まつりごとの舞台を東方に移す決心をし、
 水軍を率いて瀬戸内海を東へ進みました。

 大阪湾から上陸を志しますが、
 長髄彦(ながすねひこ)の強い抵抗を受け、
 一人の兄を流れ矢で失います。


 海上で暴風雨をしずめるための犠牲となりました。

 苦難の末、軍勢は熊野(和歌山県)に上陸し、
 大和を目指します。けわしい山道を踏み迷うさなか、
 天照大神のお告げがあり、
 頭の大きいカラスの 八咫烏(やたがらす)が


 神日本磐余彦尊は、抵抗する各地の豪族をうちほろぼし、
 服従させて目的地に迫りますが
 再び長髄彦がはげしく進路をはばみます。

 冷雨が降り、戦いが困難をきわめたちょうどそのとき、
 どこからか金色に輝く一羽のトビが飛んできて、
 尊(みこと)の弓にとまりました。

 トビは稲光のように光って、
 敵軍の目をくらましました。

 こうして、尊は大和の国を平定して、
 畝傍(うねび)山の東南にある 橿原<かしはら>の地で、
 初代天皇の位に 即(つ)いたのです。





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最終更新日  2022年08月28日 12時40分04秒
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