2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全4件 (4件中 1-4件目)
1
長男が、学校から海外子女対象の俳句コンクールに応募する俳句を3つ、宿題として持って帰って来た。どうしても入賞したい!と一所懸命考えていたが、なかなか良い句が思いつかず、父親に何かないかとアイデアを求めた。父親は、海外子女対象なら中国にちなんだものがいいだろう、と一句。「つば吐くな 信号守れ なんやねん」まぁね、この長男の父親だもん。 この程度だろ。と思っていたら、その長男にも「季語がない。」と即、却下されていた。「どこまでも 威厳なき父 あはれかな」
2007年06月27日
コメント(0)
何も予定のない土日の私は、病気じゃないかというほど昼寝する。もはや、昼寝の域を遥かに越えている気はするが、気にしない。子供達もよく心得たもので、寝ている私には近付かない。父親を仲間に入れて遊ぶか、父不在の時は兄弟2人で遊んでいる。兄弟2人で遊ぶ時はごっこ遊びをよくしているが、今日は、いつもならどんなに大声で遊んでいようとスヤスヤ寝てしまうのだが、寝入り端に聞こえてきた会話にどんどん意識が研ぎ澄まされていき、とうとう寝ずに聞き入ってしまった。「どうしたんだ、徳島県!!?」「・・・山口県が岩手県と・・・#◇×○△$・・・。」「何~っ!? おいっ、しっかりしろっ、徳島ぁ~っ!!」―そこに岩手県がやって来て・・・。 (←兄のナレーション)「おい、岩手県、一体お前何をしたんだ!??」「なんのことだ愛知県。 俺は何もしてないぞ。」「あっ! おいっ、鹿児島県! おならするんじゃない! 臭いじゃねぇかー。 さてはお前、薩摩のおいもを食べたな??」―――以降、延々と続く。目を開けてそっと見てみると、おばあちゃんにもらった日本地図のパズルの小さなピースをそれぞれ動かしていた。‘教育玩具’と書かれた日本地図も、ヤツらにかかればこんなもの。
2007年06月17日
コメント(4)
アメリカの高校か大学で、何の授業だか忘れたが「華麗なるギャツビー」を読まされた。どういうつもりで読ませたのか、その意図が分からなかった。自分の過去を嘘で固め、成金の大金持ちになってからも元彼女のことが忘れられず、結婚して家庭を持つ彼女の家が見える場所に建つ豪邸に住み、最後は彼女の夫の愛人の夫に殺されて死ぬ。なんのこっちゃ。昼メロか。「ライ麦畑でつかまえて」も読まされた。しかも、感想文をみんなの前で一人づつ発表させられた。このときも、なんでこの本を読まされたのか分からなかった。一人でブツブツ延々文句を言い続けて終わる。暇なんか。そんな本に感想文と言われても、自分では何もせず、ただ周りの物、人、とにかくぜ~んぶにイチャモンをつけ続け、そのうち何か意味のある部分や考えさせられる何かが出て来るのかと待ちつつ読んだが何も出てこず、結局最後まで読んでしまった私には、「くぅ~っ! アホ男の独り言に最後まで付き合ってもうた・・・。 文句ばっかり言うてんとなんかしてみ! しゃきっとせぃ、情けない!」最長、これしか出てこなかった。それ以来、ずっと、なんでこんな本を読まされたのか、と心の隅に引っかかっていた疑問を解消すべく、今読んだらもしかしたら素晴らしい!という感想が出てくるかも、という興味もあり日本から取寄せて日本語で読んでみた。まず、ギャツビーは今読んでも、やっぱり昼メロだった。ライ麦畑の感想は、「くだらん。」の一言に縮んでしまった。しかも、訳が・・・。以前も書いたが(翻訳って・・・)、やっぱり翻訳って大事だ。「えっ? なに??」と前の数行を読みなおさなきゃ分からないような、何度も前後させる箇所。もうちょっとすんなり読めるようにしてくれへんかな、というような説明文。何度読んでも良く分からない、消化不良をおこす箇所。そして、「奴さん」とか。 ←(やっこさん)やっこさん、って。今の日本でやっこさん?翻訳者はがんばって、オリジナルの持つ口の悪さを表現したかったのだろうが、やっこさん。ライ麦畑~は村上春樹の新訳がでたそうだが、この訳がどうなってるのか読んでみたい。内容は面白くないが、訳は面白そうだ。で、結局この2冊とも、やっぱり面白くなかったのだが、どういう点で名作と言われ続けているのか、というのが背表紙に書かれていた。ギャツビーは、1920年代のアメリカ社会に生きた人々の成功と敗北、失われた青春の夢が描かれている、という点。ライ麦畑は、思春期特有の少年の心理をみごとに描き上げている、という点。ギャツビーに関しては、これを読んでも、「成功と敗北」「失われた青春の夢」というほどのものが描かれていたとは思えない。それに関してそこまで深くない、というか、さらっと描かれちゃってる風。ライ麦畑は、確かにその通り、思春期特有の少年心理が描かれている。この補足?を読んで初めて、あ~そうだなぁ、と納得できた。これに関してはちょっとすっきりしたが、でもこの補足がなければ、ただの文句言いの独り言、で終わってしまっていただろう。補足を最初に持ってきてくれてたら良かったのに。ということで、長年の疑問はとりあえずここで結果をみたことにしよう。あ、そう言えば、ヘッセの車輪の下もくだらなかったような・・・。これもまた再度、要検証か。
2007年06月13日
コメント(2)
我が母、サザエ。恐るべし、サザエ。彼女がここに初登場したときも色々ネタは尽きなかったが、まぁあれは序の口。氷山の一角、であるのが恐ろしい。彼女とは国境を越え、海を越え離れているが、その恐ろしい言動は国境も海も越え聞こえてくる。ある日、「お友達から沢山いちごをもらってジャムを作った。 最寄駅まで電車で持って行くから取りに来い」と姉に電話があったそうだ。姉は自転車で駅まで行き、改札越しにジャムをもらって帰るつもりで行ったら、「あ、忘れた。」と、帰って行ったそうな。電車まで乗って何しに来たんだ。そして次の日、今度は自分の家の最寄駅まで取りに来たらランチもご馳走する、と電話。特に予定もないし、ランチまでご馳走してくれるなら!とちょっとウキウキ、姉は出かけて行ったそうだ。美味しいランチをいただき、ご馳走様~♪のはずが、「あ、財布かえたらお金忘れた。」何故か姉がランチ代を払うはめになり、仕方なくジャムだけもらってもう帰ろう、と思ったら、「あ、ジャム忘れた。」何しとんねん!姉のメールを読みながらつっこまずにはいられなかった。走って取りに帰らせたらしいが、持って来たジャムは、これだけ紆余曲折を経たにも関わらず、「水の中にいちごが浮いてる」という恐ろしいシロモノだったそうな。それを渡しながらサザエは、「家でまた煮詰めてー。」と吐き、とっとと帰ったそうな。我が母、恐るべし。
2007年06月04日
コメント(2)
全4件 (4件中 1-4件目)
1