CAPTAINの航海日記

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佐々木@ Re:福島市 地区別の出生数推移(その3)(03/30) 蓬莱地区はまずは蓬莱中の校舎を使っての…
2024.09.15
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テーマ: 地理・歴史(230)
カテゴリ: 企画モノ



超簡単に年表表記すると、戦前に沿線でこれだけの高等教育機関が設置されています。

・1901年
東京府第二中学校(現・立川高校)が立川市に設立。なお、東京府では1943年までに第二十三中学校までが設立されたが、多摩地域にはこの二中と、第十九中学校(現・国立高校。1940年設立)しか設立されなかった。

・1924年
成蹊中学校が池袋から吉祥寺に移転。翌1925年には同地に成蹊高等学校が設立され、成蹊学園は7年制高校へと発展改組する。同時期には武蔵(練馬区)や成城(世田谷区)といった7年制私立高校の設立が東京西郊で相次いだが、多摩地域への設立は成蹊が唯一の事例。

・1927年
神田一ツ橋にあった東京商科大学が、関東大震災で校舎が倒壊したことに伴い国立市と小平市に移転。この影響もあり、戦後しばらくの間一橋大学への合格者数トップの高校が立川高校だった。

・1931年

・1935年
東京高等農林学校(現・東京農工大農学部)が府中市に移転
・1940年
東京高等蚕糸学校(現・東京農工大工学部)が小金井市に移転
各校事情は様々ですが、1930年代に多摩地域に移転する高等教育機関が相次いでいる。小平市や府中市といった中央線沿線以外の地域にも移転しているが、実はこれらのキャンパスへ向かう際の交通上のハブが国分寺駅であり、同駅周辺も学園都市的な性格を帯びるに至る。

これだけの高等教育機関が戦前に…という地域は、都市部を別にすればちょっとないんじゃないでしょうか?
戦後にもちょっと気になる動きがあったですが、これについては次のエントリで。


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Last updated  2024.09.15 10:05:57
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