2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全18件 (18件中 1-18件目)
1
あらゆるジャンルのインディーズの課題は、営業力、プロモーション力だ。資金がないから出来ない、とか、プロデューサー不在により、第三者的視点が入ってないから、クセが強すぎていいものができない、というのは、もはや幻想となってきた。「URDA」[ あらすじ ]1943年11月、欧州。ナチスが極秘に計画している「ウルダ計画」。その調査と阻止の任を受けた連合の工作員、エルナとジャネット。2人は任務中、謎の少女と出会う・・・。 [ あらすじ ]2112年から来たという少女、クリス。にわかに信じられないエルナとジャネットだったが、ナチスが彼女を信じている事だけは確かだった。彼女を狙い、ナチスの追手が迫る。[ あらすじ ]ナチスの手に落ちたクリスとエルナ。エルナの目の前に”ウルダ”がその姿を現す。そして”ウルダ計画”は最終段階へと進む・・・。http://www.romanov.x0.com/URDA/index.htm 我々、個人エンジニアも頑張らねばならない。プロモーションや営業の面で。そして、世の中に価値を与えるのだ。ひとたび与えることに成功すれば、与えつづけるための努力を。
2003.05.31
コメント(0)
太陽、酸素、栄養、水、、、、。それらがあれば、植物はめいっぱい育つ。場所がある限りは。会社もウェブコミュニティも、爆発するのに必要な酸素とガスさえあればどんどん膨れあがるはずだ。容れ物となるべき箱がある限りは。だから、ぼくには大きな箱が必要なんだ。それは制限の無い世界。でも、悲しいことに、摩擦のないところ、大きすぎる箱では人は育たない。映画ウィトゲンシュタインで、友人の経済学者ケインズは、ウィトゲンシュタインに「完璧すぎる地面、摩擦のない地面には立つことができない。」といった。映画マトリックスでは、エージェントスミスは、最初に作られた完璧なマトリックスでは人間は生きることができなかった、とネオに伝えるシーンがあった。アモルファスであること、アシンメトリーであること、ノイジーであることがリアリティだとするならば、苦痛と抵抗の中にしか生は無いのではないだろうか。モデルルームのような家に住みたいと誰もが思うが、モデルルームのような家に住むことはできない。
2003.05.30
コメント(1)
こどものころは朝から晩まで遊んでても疲れない。年をとると疲れちゃう。それと同じように、子供のころは何でもほしいものばっかりなのに、年を取ると物欲が薄くなってくるのではないだろうか。何がほしいのか。物ではなく、残りの人生のなかでどういった経験をするのか。そこに欲望がシフトしていくはずだ。新しい欲望の源泉を掘り当てよう。
2003.05.29
コメント(1)
社員100名ぐらいの会社の社長にあう。ある意味でのうさんくささを持っているものの、やはり百戦錬磨の重みを感じる。某番組風に言うと、オーラというか、自信というか。そして、こちらのひきだしを素早く開けにくる。さて、、、、どうやってそこを目指す?
2003.05.28
コメント(0)
今のハードの性能の何百万倍の速度・容量のシステムが手元にあったら何をするだろうか。現状の延長でいくと、・全世界の情報を格納する検索エンジンを作る・将棋やチェスなどあらゆるゲームに勝つ人工知能を作る・超精密フルCGの映画を作る・世界最大のオークションシステムを作る・最高の通訳システムなどだ。 このシステムを使って実現したいこと、なおかつ自分にできること。そして、現状の延長線上ではないことだとなおさらよい。(それは世界の人々の生活にとって役立つものとなるであろう。)この答えに当たるものが、5年後10年後に自分がやっている仕事だと思う。
2003.05.27
コメント(5)
何かを買うとき。食事のとき。人と付き合うとき。就職・転職するとき。なにかを選ぶときには、「適性選択数」というのがあることを最近意識しはじめる。その「適性選択数」が「棚割」だったりするのだろう。群れをなすときの単位とか。1000個の中から1つ選ぶべきもの100個の中から1つ選ぶべきもの10個の中から1つ選ぶべきもの3個の中から1つ選ぶべきもの選択者に、うまく「選んでる感」を提供するために、どんなアイテムを何個配備するか。
2003.05.26
コメント(0)
マトリックスリローデッド観た。前作のような衝撃はまったくないが素晴らしい出来。買い物に行った。しかし、どうも、物欲が余りないらしい。
2003.05.25
コメント(0)
サービスに関するクレームを受ける場合、2/3は「なんでそれが問題なの?」というようなクレームだ。「自分も2年前だったらそう思ったかもなあ」と類推することでしか共感を持てない自分に気づきはっとする。このなんとも言えないズレは、視線の高さの違いなのではないだろうか、とこのコラムを思い出した。http://www.venturenow.tv/founder/yoshimatsu/yoshimatsu_007.html
2003.05.23
コメント(0)
ブックマークを整理していると、2,3年前に作られていた情報サイトは、すでになくなってしまったサイトがめちゃおおいことに気が付く。なくなっているのは、あちこちに断片化された情報をまとめあげているナレッジサイトが非常に多い。googleが世界のすべての情報ページを網羅するようになると情報ポインタのサイトの価値が下がってしまうのだろうかね。逆に、意外になくならないものは○○○○○○だ。
2003.05.22
コメント(0)
@C運営するI社Yさんと会食。あまりにすごすぎた。勉強になりまくって帰って来た。ただただ感服するのみ。・自分とのビジョンの差・運営するコミュニティの実力の差・人間としての魅力の差・個人としての技術の差。会社としての技術の差・会社の収益構造の差2,3年先を行っている。少しでも早く追いつきたい。
2003.05.20
コメント(0)
小資本で経営できる軽工業の時代、綿製品や砂糖が「世界商品」だったが、時代を経て機械製品や化学製品が世界商品となった。巨大資本でなければ競争に参加できない時代。20世紀末に、情報サービス業が「世界商品」に代わり、あわせてスモールビジネスやアウトソーシングによる小資本ビジネスが世界商品になった・・・。そしてアメリカ経済の世界標準化。 晩飯を食いながら思った。人生のゴールを「世界商品」を産み出すことに設定する。これから4年間を日本市場向けサービス運営に充て、7年間を世界商品の開発に。 全世界で通用する財/サービスはなんだろうか。容れもの自体に世界レベルの汎用性があること、言語ローカライズができること(あるいはローカライズがそもそも不要なこと)。それだけではない。文化の壁を超えた欲望コントロールや販売力(資本力)が合わさってはじめて世界商品になることができる。さて。
2003.05.19
コメント(1)
自分を知ってもらうためのコスト/相手を知るためにかけるコストも向上する。下げられるやつがビジネスマンなのかも。
2003.05.18
コメント(0)
せっぱつまってる、いらいらする、集中できない。そんなときが最近多い。でも、そんなときこそビジネスの感覚が磨けるのかもしれないと思う。カルシウム取ってる場合じゃないぜ!そう、おもった。 サービス業ビジネスは、「××が好き&時間を取れる人向けのサービス」「××が嫌い&忙しい人向けのサービス」とに大別できる。 好きな人向けのサービスは、エンタテインメント的な「目的実現」サービスだ。逆に、日常的な「手段」として利用しているサービスは嫌いな人向けのサービス。塾、銀行とかバスとかね。 前者には、手間暇(お金も)をかけてもいい、後者には、出来る限り手間暇をかけたくない、とみな考えている 一つのサービスの中でも、好きな人向け、嫌いな人向けに分けられる。同じ雑誌を取っても、アスキーの雑誌はパソコンが好きな人のための雑誌、日経BPの定期購読誌はパソコン嫌いなんだけど仕事で仕方なく、という人向けの雑誌だ。それらは内容は同じでも、作り方が全然違うものだと思う。 そして、好きな人向けサービスなのか、嫌いな人向けサービスなのか、これらは時代とともにどんどん入れ替わるモノだと思う。 ウェブサイトは、どうだろうか。最初は、奇をてらったインターフェースが多かったが、いまや雑誌と同じようにある程度の黄金パターンが決まってしまっている。 むかしは、ウェブサイトを見ること自体が好きだった人のためのものだったが、いまのウェブは、そこに載っている情報を得るための伝達媒体にすぎず、だからこそストレスのない見せ方やウェブユーザビリティが大切になるのだ。 自分は好きで使ってくれる人のためのサービスを常に心がけている。でも、それでは、いやいや使っている人がどう思っているかがいつまでも分からない。 忙しいとき、いらいらしているときこそ、「好きでない人の視点」でモノを見ることが出来る。そうすると、普段は気づかなかった些細な段差にも気がつくようになる。 いらいらしているときこそ、色々なものを見て触れて、感じたいとおもうのだ。
2003.05.17
コメント(3)
ブックオフに行くようになり、再販制度や書籍の流通についてひんぱんに考えている。新刊本屋数店舗に行き、特定ジャンルの本だけ見ていると、置いてある本は、店によって相当違うということに気がつく。ようはワンフロア程度の書店では、網羅性は予想以上に低いのだ。書籍の商品アイテム数、売れ筋商品分布から行くと、書店はどの本屋も数十万冊持っていないと、本当の意味では、ユーザのニーズを満たせないのではないか。逆に、「よく売れている本だけをちょこっと買わせたい」なら、コンビニの雑誌書籍売り場ぐらいのスペースでもいい気がする。∴網羅性を追求すると、オンラインブックストア、利便性を追求すると、コンビニや駅の売店しか生き残らない気がします。コンサル業界でよく言われる「V字ゾーン」の一つは、網羅性にあるのかもしれず。
2003.05.12
コメント(3)
中野ZERO ↓中野ブロードウエイ文化育成、産業。
2003.05.11
コメント(0)
仕事で大事なのは、・散らかす能力・片づける能力のバランスをどうとるか。散らかす能力には定評あるんだけど、たまには片づけないとね。
2003.05.04
コメント(0)
今日は、Yさんとランチ、それからBBQ、サークルOBで飲み会と忙しかった。休みなのに仕事についても考えさせられた1日だが、こんなことを考えていた~~ 自分は社会にでてこれまで、成功した!という「成功体験」を実感できたとこがほとんどない。にもかかわらず、いずれ「利用者そして社会に価値を与え、成功することが必ずできる」と本気で信じている。その確信は、「早く失敗する」という経験を人より多くさせてもらっていることに基づいている。失敗をたくさんした経験はこれから自分のビジネスに大きな意味を持っているのだ。 これまで仕事をした2社ともにおいて、失敗させてくれる上司に出会うことができたからだ。 自分が知識・能力があると勝手に思いこんでいたために、自分にはできもしないミッションを引き受けてしまい、結局うまくやれなかった/結果を出すことができなかった経験が数え切れないほどある。そのために、激しく落ち込んだり、グチっぽくなったり(そのせいで彼女とうまくいかなかったり)した。そのたびに、「自分は口で言ってるほどのヤツじゃない。それどころか、何もできない人間だ」ということをつくづく思い知らされたが、しかししばらくすると忘れてしまい、また失敗した。 2社目の上司はそんなぼくの浅はかな思慮を聞き入れてくれたうえで、何度も何度も試させてくれた。普通なら、減給、責任を追及されたりしかねないほどの間違いや失敗を数多くすることができた。それも、僕の今のバリューになっているとおもう。その人から、ただ技術やノウハウを教わったことだけでない。その点でも本当に心の底から感謝している。まったく恩返しができていないのが辛いことではあるが。 いまでは、その会社もミスを許容できないぐらい大きい規模の会社になってしまった。逆に、自分自身の会社はまだ1度のミスで大打撃を受けるほど小さい会社で、ミスを許容できる文化にはなっていない。失敗を許容してくれない会社が多くなるなか、失敗させてくれる規模の会社、失敗を許容できる業界を見つけるのは、実はすごい大事なことだとおもうのだ。
2003.05.03
コメント(1)
どっかで見た文章だよ!でもうれしいよ。ちょっぴり。================================================================== ■「胃痛!ガスター店」が20000アクセスを突破!! http://plaza.rakuten.co.jp/chime/ ================================================================== あなたのホームページのアクセスカウンターが、20000アクセスを超えました。つぎは77777アクセスを超えたときにお知らせします。今後とも引き続き楽天広場でお楽しみください。
2003.05.01
コメント(1)
全18件 (18件中 1-18件目)
1

![]()
