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「(略)…人間が一生に読める本は、微々たるものだし、そのことは本屋に行けばよーく判るでしょう。私はこんなに読めない本があるのか、といつも本屋に行く度に絶望する。読む事のできない天文学的数字の大量の本の中に、自分の知らない面白さに溢れた本がごまんとあると考えると、心中穏やかじゃないですね。…(略)」コーヒーの香りとブランデーの香り。その時、巧一はふと、『至福』という言葉を思った。夜、暖かい家の中で、これから面白い話を聞くのを待っている。おそらく、大昔から世界中で、なされてきた行為。やはり、人間というのはフィクションを必要とする動物なんだな。まさに、その一点だけ人間と他の獣を隔てるものなのかもしれない。 恩田陸「三月は深い紅の淵を」より
2006.09.30
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薔薇が。薔薇が追って来る。薔薇の香りがあたしを窒息させる。 恩田陸「三月は深き紅の淵を」
2006.09.29
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なぜ人間は「よくできた話」に感銘を受けるのだろう。話の内容に勘当するのは分かる。親子の情愛、生と死の葛藤、無償の愛。自分を主人公に置き換えて感情移入する。それは分かる。しかし、「よくできた話」に対する勘当はこれと違うように思えるのだ。その感動は、収まるべきところに全て収まったという快感である。なぜ快感なのだろう。そして、「よくできた話」を聞き終わると、その話をずっと昔から知っていたような錯覚を覚えるのはなぜだろう。子供の頃は、プロ野球のせいで「刑事コロンボ」は見られなくなるし、他の番組も潰されるしでちっとも面白くなかったが、勤め人になってからなぜあんなにプロ野球が愛されているのか分かった。余計なことを考えずに済むし、画面に大した刺激もないし、流れているとなんとなく安心なのである。無責任に監督の采配や選手の選択をけなしていると、昼間の自分の無能を忘れられるという利点がる。「『おたく』とアングラは違いますよ。『おたく』ってのはエロス的なもので、アングラは性を超越しています。…(略)」 恩田陸「三月は深き紅の淵を」より
2006.09.28
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彼女にとって、重要な、極めて個人的なテーマはずばり『ノスタルジア』である。あらゆる意味での懐かしさ。それは心地好く切ないものであるのと同時に、同じくらい忌まわしさにも満ちている。彼女は幼い頃から世界というものに対して漠然とした郷愁を抱いていた。郷愁という言葉が誤解を招くならば、世界というものがぐるぐると大きな円を描いて、時間的にも空間的にも循環しているという感覚である。デジャ・ヴとはまた少し違うのだが、そういう感覚が幼年期の彼女をかなりの部分で支配していた。今ではそんな感覚が日常生活に占める割合は少なくなったものの、たまにそういう感覚がざぶんと押し寄せるとパニックに陥る。その感覚をなんとか目に見えるものにしようと、彼女はワープロを前に悪戦苦闘するのである。 彼女が小説を書く時の方法は、大雑把である。「こういう雰囲気で、読んだらこういう気分になるものが書きたい」というのがまず最初にあって、次に「この場面が書きたい」というのが幾つかあって、それを繋げていくというのを作業の中心としている。散らばっている場面から全体像を掘り起こしていくのが楽しみであるのと同時に、骨の折れる作業なのだ。全部が見通せると書いててつまらない。しかし、ある程度進むと、今度は終点まで見通せないのが不安になる。書くことはいつも未知の世界だ。終わりまで誰も分からない。 恩田陸「三月は深き紅の淵を」より
2006.09.27
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信じられない。からだ全体に震えるような興奮があった。レビはすでに見晴らし台を駆け降り、キャンプに走っていた。ぼくはどうしていいかわからなかった。クジラがウミアックに曳かれて戻ってくるだろう。写真を撮らなければ。ぼくはキャンプに向かって走っていた。伝令がキャンプ全体に広がっていった。カメラを用意したぼくは、一目散に氷の見晴らし台に向かって走った。近づくにつれ、だれかの歌声が聞こえてきた。古いエスキモーの歌のようだ。見ると、だれもいない氷の上で、老母がひとり海に向かって踊っている。ゆっくりとした動きで、何かに語りかけているように見える。マイラだ。きっと昔から伝わるクジラに感謝する踊りなのだろう。近づくと、マイラは泣いていた。踊りの原点を見ているんだろうなと思った。写真を撮る気にはなれなかった。目頭が熱くなり、どうしようもない。マイラは、ぼくの存在などありはしないかのように踊りつづけていた。 星野道夫「アラスカ 光と風」
2006.09.06
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『大地の詩(うた)』は、自然を正面からみつめた写真集だ。もし阿岸さんが今生きておられるならば、この写真集のことをどう思われただろう。きっと満足されなかったにちがいない。もっとやりたいことがあったにちがいない。しかし、今でもこの写真集がぼくをうつのはなぜだろう。人は生きているかぎり、夢に向かって進んでいく。夢は完成することはない。しかひ、たとえこころざし半ばにして倒れても、もしそのときまで全力つくしてはしりきったならば、その一瞬は完成しうるのではないだろうか。アメリカの大地をテーマに十年間、阿岸さんは最後の瞬間まで走りきった。 星野道夫「北極への門」より
2006.09.01
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