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「(略)…人間が一生に読める本は、微々たるものだし、そのことは本屋に行けばよーく判るでしょう。私はこんなに読めない本があるのか、といつも本屋に行く度に絶望する。読む事のできない天文学的数字の大量の本の中に、自分の知らない面白さに溢れた本がごまんとあると考えると、心中穏やかじゃないですね。…(略)」コーヒーの香りとブランデーの香り。その時、巧一はふと、『至福』という言葉を思った。夜、暖かい家の中で、これから面白い話を聞くのを待っている。おそらく、大昔から世界中で、なされてきた行為。やはり、人間というのはフィクションを必要とする動物なんだな。まさに、その一点だけ人間と他の獣を隔てるものなのかもしれない。 恩田陸「三月は深い紅の淵を」より
2006.09.30
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薔薇が。薔薇が追って来る。薔薇の香りがあたしを窒息させる。 恩田陸「三月は深き紅の淵を」
2006.09.29
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なぜ人間は「よくできた話」に感銘を受けるのだろう。話の内容に勘当するのは分かる。親子の情愛、生と死の葛藤、無償の愛。自分を主人公に置き換えて感情移入する。それは分かる。しかし、「よくできた話」に対する勘当はこれと違うように思えるのだ。その感動は、収まるべきところに全て収まったという快感である。なぜ快感なのだろう。そして、「よくできた話」を聞き終わると、その話をずっと昔から知っていたような錯覚を覚えるのはなぜだろう。子供の頃は、プロ野球のせいで「刑事コロンボ」は見られなくなるし、他の番組も潰されるしでちっとも面白くなかったが、勤め人になってからなぜあんなにプロ野球が愛されているのか分かった。余計なことを考えずに済むし、画面に大した刺激もないし、流れているとなんとなく安心なのである。無責任に監督の采配や選手の選択をけなしていると、昼間の自分の無能を忘れられるという利点がる。「『おたく』とアングラは違いますよ。『おたく』ってのはエロス的なもので、アングラは性を超越しています。…(略)」 恩田陸「三月は深き紅の淵を」より
2006.09.28
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彼女にとって、重要な、極めて個人的なテーマはずばり『ノスタルジア』である。あらゆる意味での懐かしさ。それは心地好く切ないものであるのと同時に、同じくらい忌まわしさにも満ちている。彼女は幼い頃から世界というものに対して漠然とした郷愁を抱いていた。郷愁という言葉が誤解を招くならば、世界というものがぐるぐると大きな円を描いて、時間的にも空間的にも循環しているという感覚である。デジャ・ヴとはまた少し違うのだが、そういう感覚が幼年期の彼女をかなりの部分で支配していた。今ではそんな感覚が日常生活に占める割合は少なくなったものの、たまにそういう感覚がざぶんと押し寄せるとパニックに陥る。その感覚をなんとか目に見えるものにしようと、彼女はワープロを前に悪戦苦闘するのである。 彼女が小説を書く時の方法は、大雑把である。「こういう雰囲気で、読んだらこういう気分になるものが書きたい」というのがまず最初にあって、次に「この場面が書きたい」というのが幾つかあって、それを繋げていくというのを作業の中心としている。散らばっている場面から全体像を掘り起こしていくのが楽しみであるのと同時に、骨の折れる作業なのだ。全部が見通せると書いててつまらない。しかし、ある程度進むと、今度は終点まで見通せないのが不安になる。書くことはいつも未知の世界だ。終わりまで誰も分からない。 恩田陸「三月は深き紅の淵を」より
2006.09.27
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信じられない。からだ全体に震えるような興奮があった。レビはすでに見晴らし台を駆け降り、キャンプに走っていた。ぼくはどうしていいかわからなかった。クジラがウミアックに曳かれて戻ってくるだろう。写真を撮らなければ。ぼくはキャンプに向かって走っていた。伝令がキャンプ全体に広がっていった。カメラを用意したぼくは、一目散に氷の見晴らし台に向かって走った。近づくにつれ、だれかの歌声が聞こえてきた。古いエスキモーの歌のようだ。見ると、だれもいない氷の上で、老母がひとり海に向かって踊っている。ゆっくりとした動きで、何かに語りかけているように見える。マイラだ。きっと昔から伝わるクジラに感謝する踊りなのだろう。近づくと、マイラは泣いていた。踊りの原点を見ているんだろうなと思った。写真を撮る気にはなれなかった。目頭が熱くなり、どうしようもない。マイラは、ぼくの存在などありはしないかのように踊りつづけていた。 星野道夫「アラスカ 光と風」
2006.09.06
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『大地の詩(うた)』は、自然を正面からみつめた写真集だ。もし阿岸さんが今生きておられるならば、この写真集のことをどう思われただろう。きっと満足されなかったにちがいない。もっとやりたいことがあったにちがいない。しかし、今でもこの写真集がぼくをうつのはなぜだろう。人は生きているかぎり、夢に向かって進んでいく。夢は完成することはない。しかひ、たとえこころざし半ばにして倒れても、もしそのときまで全力つくしてはしりきったならば、その一瞬は完成しうるのではないだろうか。アメリカの大地をテーマに十年間、阿岸さんは最後の瞬間まで走りきった。 星野道夫「北極への門」より
2006.09.01
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自分そうやっていつもカリブーを待っていた。老人と同じくらい、何週間も同じ場所で待っていたことがあった。ツンドラの彼方からその大群が現れたとき、震えるような感動があった。が、それは老人が見たカリブーではない。飢餓に襲われ、死期がもう目の前まで迫ったとき、原野の果てからやってきたカリブーをぼくは知らない。きっと、老人が見たものはカリブーというものではなく、もっとぼんやりとした、自分自身とカリブーとの境も消えた大きな生命のながれのようなものではなかったか。 星野道夫「新しい旅」より
2006.08.28
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たとえば、悲しみから書かれる作品がある。ベリンスキーやツルゲーネフなど、近代ロシアの知識人たちの文章には、悲しみの沃土で蒸留された琥珀が嵌め込まれている。あるいは寂しみから、孤独から書かれたものもある。『地下室の手記』から『失われたときを求めて』をへて『長いお別れ』まで、現代文学は、孤独な舞踏のバンドワゴンのようなものだ。そして歓喜から生み出されたもの。昂ぶりと歓楽と興奮と忘我の無軌道の竜巻のような、ラブレー、ゲーテ、ディケンズ、バルザックといった巨人。 しかし、もっとも高貴なのは、怒りではないだろうか。故郷フィレンツェの裏切り者たちは死後も許すまいと、永遠の責め苦を詩句で作り出したダンテ、宗教戦争のあいまいな妥協をくつがえすために最後の審判を自らの詩篇でとりおこなったドービニエ、ナポレオン賛成を懲罰にしたユゴーに、産業社会に呪いをかけたセリーヌ。勿論ドストエスフキーも。 『ダーク』は、崇高なる憤怒から発射された致命的な一撃だ。ジュネーブ条約で即座に禁止されるような危険な兵器。泣きたいだの、癒されたいだのという腑抜けた読者を打ち倒し、ダンディズムだのプライドなどにこだわる湿った自己愛者たちを射撃する、凶悪な憤怒の榴弾。『ダーク』は人を楽しませないし、喜ばせない。恐ろしくネガティブなものが、強烈な圧力で濃縮されている。だが、それは真実なのだ、剥きだしの現実からの言葉。 (中略)作者は、もはや加害者としてしか小説を書かない、取り返しのつかない断崖を飛び越えてしまった。読者の反発と敵意を、加害者であることの無上の快感で圧倒すること、その悪への誘いが『ダーク』以降の桐野作品の、決定的な蟲惑になっている。 (中略) 本書の単行本発行当時、ミロ・シリーズの愛読者たちは、『ダーク』に当惑し、激怒した方もいたと仄聞している。たしかに、ここまでやれば仕方ないだろう。「父が象徴するこれまでの自分というものを殺してしまわなければ、自分を消し去ることは出来ないという強迫観念」というミロの認識、「父」を「小説」と読み替えると著者のそれにあてはまるではないか。それほどの切迫感が、いま、なお、『ダーク』からは伝わってくる。 福田和也
2006.08.23
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巻頭歌胎児よ胎児よ何故躍る母親の心がわかっておそろしいのか
2006.08.20
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もう一度あの頃の自分に戻れないか、とも思ったのです。つまり、目の前からスーッとこれまでの地図が消え、磁石も羅針盤も見つからず、とにかく船だけはださなければというあの頃の突き動かされるような熱い想いです。そしてたどり着くべき港さえわからない新しい旅です。 星野道夫
2006.03.28
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<レン>
2006.03.09
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<ageha>
2006.03.02
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<ロゼ>
2006.02.17
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巷には恋が溢れている。でもそこに情熱はないわ。 私は現実が好きではないの。ダンスへの情熱だけが私の人生! アイーダ・ゴメス
2006.02.01
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その時、生まれて初めて経験する、ある不思議な瞬間が訪れた。無残に踏み荒らされた砂漠に、一陣の風が吹き抜け、目の前に一本のまっさらな道が現れた。道の先には光がともり、私を導いていた。その中に踏み込み、身体を浸してみないではいられない気持ちにさせる光だった。今自分は閃きという名の祝福を受けているのだと分かった。正解を得た時に感じるのは、喜びや開放ではなく、静けさなのだった。自分の立っている地面が、更に深い世界におって支えられているのを感じ、私は驚嘆する。そこへ行くには数字の鎖をたどるより他に方法がなく、言葉は無意味で、やがて自分が深みに向かおうとしているのか、高みを目指そうとしているのか、区別がつかなくなってくる。ただ一つはっきりしているのは、鎖の先が真実につながっているということだけだ。 小川洋子「博士の愛した数式」
2006.01.31
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どうかアンディーがあそこにいますように。 どうかうまく国境を越えられますように。 どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。 どうか太平洋が夢の中とおなじような濃いブルーでありますように。 それが俺の希望だ。 スティーブン・キング「刑務所のリタ・ヘイワース」
2006.01.30
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あの頃夢みていた、素敵な十七歳というのは一体どこにあるのだろう?彼女の愛読書の主人公たちが皆十六歳か十七歳だったのに、あっけなく自分がその歳を迎えていることが信じられなかった。実感が伴わなかった。 彼女は今ようやく、自分が「平凡な人生」を歩む一人であることを気付きはじめていた。(中略)こうして人生は、ゆっくりと大きな弧を描くように、巨大な営みの中で最期の死というものに向かって進んでいく。「---俺は、つまらんよ。みんな何も考えてないし、何も感じてない。そのくせ傷つけられることだけにはえらく敏感でさ。(略)」あたしたちは管理された毎日に飽き飽きしている。はるか彼方まで、おそらく死ぬ瞬間まで引かれたレールが、教科書の行間に、テレビのニュースの画面に、朝履く靴の中に見えているのだ。しかし、それ以上に、あたしたちは自由を恐れている。いや、この言い方は正しくない。自由に伴う責任と決断を恐れている。(中略)できることなら誰かに決めてほしい。自分が何をすればよいのか、何が一番あたしにとっていいことなのか。ああ、坂井さんね、あなたはこれがいいですよ、向いてますよ、一番。誰かにそういってもらいたい。そうか--そうだったのか。あの医師は、本当はいなくなった人ではんく、そばにいる人を呼び戻すための石だったのだ。いつもすぐそばにいる人でも、いつわかれが来るかわからない、近くにいても、本当にそばにいてくれるわけではない、手が届くところにいても、その人の心は遠くにいるかもしれない。そういう心を呼び戻そうと、昔から女の人たちは石を積んできたのだ。 恩田陸「球形の季節」
2006.01.29
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「あのね、思い立ったら吉日って言葉あるでしょ。人生今より早い時はないとも言うよね。今更っていったってもう、過去には戻れないの。わかってるでしょ」
2006.01.28
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仕方ないんだ。泣こうがわめこうが、俺が休もうが何しようが、世の中は回っていく。このまま俺はずっと仮面をかぶり、自分を偽りながら生きていく。本当の俺の気持ちなんて他人を困らせるだけだから。いつものように笑っていれば、それで何事もなく回っていくから。何も難しいことじゃない。夜になったら泣けばいい。「頑張り屋で真面目で人一倍無理してるくせに、それを決して表に出そうとはしない。」
2006.01.27
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「知」の脅迫がある。「知」への脅迫もある。なるほど、「知」ざたいは大切である。しかし「思想」なんかはいらない。これ見よがしで、思わせぶりで、看板倒れの「哲学」もいらない。ひつうの人間はふつうの生活をふつうに生きている。人生や愛や仕事や家族の無意味を意味として、無関係を関係として、無価値を価値として生きてあるのである。「思想」なんかなくても、ひとは何千年もそうして生きてきたのである。なんの不服があろう。十分ではないか。意識は存在を規定する 考え方ひとつで人間は変わることができる。「ふつうの人間」かれらはつねに見る者である。見られる者ではない。教わる者である。教える者ではない。読む者である。書く者ではない。学ぶ者である。一目を置く者である。憧景する者である。選ぶ者であり、名前を呼ぶ者であり、列に並ぶ者である。集まる者であり、待つ者であり、お願いする者である。 勢古浩二爾
2006.01.26
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時は人それぞれに それぞれの速さで走り去る シェークスピア
2006.01.25
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「恋が言わせる付けことば」 曾根崎心中より
2006.01.07
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美しい舞台を見せようと思えば、「何が美しいもおなのか」、「美しいものとは、どういうものなのか」――まず、あらゆる機会を捉えて、その感覚をみがくことが必要だ。 音楽、バレエ、絵画、オペラ、そして他の演劇も――。 結局は、広いすそ野にしっかり根を張った木だけが伸びていくのである。「太陽劇団」が日本の伝統芸能を取り入れても、決してそれが浮き上がらずにいるのは、自らの根がいかにしっかり地中深く広がっているかを証明している。
2006.01.06
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日本人は過去のことを伝統というけれど、そうではなく、今の時代に創作したものを将来の人類のために残すことが伝統なんだ、というんです。だから、私が200年前の独楽を復元したとしても、それは大した価値は持たない。今の素材で、今の感性で創作したものを残すこと。これが伝統だ、と。では、今、美術館に歴史的なものを残すのはどうなのかというと、それは人間として当然の義務だと館長さんはいうんです。私はこのフランス流の考え方に感銘を受けましたね。日本では、たとえ自分で作ったものでも、これはどういう独楽かと聞かれると、古くからあうものですと答えちゃう。するとお客さんもへぇーって感心する。だけど、私のオリジナルですって答えると「そう」で終っちゃうんです。独楽は古いという先入観があるんですね。だけどこれからはそういう明治だ、大正だとこだわっていては独楽そのものが衰退していってしまう。そうではなく、今の時代のために何を創作するかが大切なんですよ。 広井政昭「通」が初心者を馬鹿にしたり、勉強不足を嘆いて見せたりするのはみっともない。高い入場料を払っている(少し高くなりすぎている)「お客様」なのだ。そういう新しい観客が今の歌舞伎を支えていることを忘れてはいけない。そういう時代、「伝統」という一語は悪い方向へと利用されがちである。文楽の素晴らしさは、古い美術品のものではなく、今を呼吸する演劇の魅力なのである。 「人形は口ほどにものを言い」赤川次郎
2006.01.06
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指揮棒を振る姿がユニセックスで格好良く、以前から気になっていた人。以下、心に残った言葉。一瞬ごとに新しい音が生まれ、それを呼吸して、私は一瞬ごとに生まれかわる。変わることは、創造すること。変化があるから、進化があるんだ、と思います。「今日はよくできた」なんていう演奏会は有り得ない。終わった途端に、曲はリフレインし、次はどうしよう、こうしようと頭の中で考えはじめる。完璧な演奏ができたら---私はその瞬間指揮者をやめます。よく情熱的っていわれるけど、情熱じゃなく死ぬ気で仕事してるんです。そして、死ぬときに、‘あのときもっと頑張ればよかった’って絶対にいいたくない。後悔するような生き方はしたくないですよね音楽の最初は何だったんでしょうね、もう逢えない人への想いもあるのではないかと思います。---指揮者に必要な能力とは?「意志力。…そして愛情です」---あなたが音楽に求めるものって何ですか?「自分の存在価値を自分自信で認識するというか、できる瞬間。 生まれてきて良かったんだよね、って自分に聞いてる感じ…」100人の前に立って初めて音を出すときは相手に告白するような気持ち---「ホールに入った時にザワザワとオーケストラたちがざわめきました」彼女があまりに若かったからだろう。しかし一曲の演奏を終えると演奏者たちから拍手が沸きあがった。 Artist Photo Book (CAMPANELLA特別編集) 「西本智美 私の中のロシア」より 編集 伊藤雨音 写真 中島正之
2006.01.06
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「字は人のために書く」 萩本欽一の話の中で。 今年こそ字を綺麗にしようか…
2006.01.05
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隻手音声禅宗の公案の一。両手を打って鳴らせば音が出るが、片手にどんな音があるかという意。白隠が初めて参禅する者に対して「隻手声あり、その声を聞け」といったのに始まる。隻手の声。
2006.01.05
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難しいことを面白く 面白いことを深く 深いことを易しく 井上ひさし何事によらず、「通ぶって、小むつかしいことを言う」のなら、ちょっとかじったくらいで充分にできる。しかし、「何も知らない人にも分かりやすく」語るのは、相当に深い知識と理解がなければでいるものではない。分かりやすく語るためには、余計な枝葉を切り落とす必要があり、何を省略するかを決めるには、全体がきちんと見えていなくてはならないからだ。 「人形は口ほどにものを言い」赤川次郎
2006.01.05
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此処では、私のスキな言葉達を紹介したいと思います。本を読んでいる時にふっと心に響いてきた言葉、すんなり心に入ってきた誰かの言葉、自分を叱咤激励してくれた言葉、、、読み返すたびに、何か、そこにあるのを感じる。というか、自分と擦れて、生まれる。何か言葉はいらない、解釈なんていらない、でも、言葉は絶対的に必要人間なんだし 私はかなりの口下手、というか言葉下手言いたい事、ホントに伝えたいことがなかなか言えない。照れでとか、かっこつけて弱いとこ見せたくなくてとか、そのくせどうでもいいことでべらべらと覆い尽くす。本心なんか見えないように、何で? 触れられるのが怖いから?何に??二番目に言いたいことしか人には言えない一番いいたいことを言えないもどかしさに耐えられないから絵を描くのかもしれないうたをうたうのかもしれないそれが言えるような気がして人が恋しいのかもしれない 星野冨弘 2004.5.26
2006.01.01
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本日二度目の更新です。なんか、本当にずっと停滞して錆びれていたのに、こうやって更新すると、見てくれる人が思った以上にいて、(もう潰れたと思ってリアクション無しだと思ってたけど)メールとか、メッセージとかもらって、すごく嬉しくて、調子に乗ってみました。明日の稽古の準備をいい加減しなくちゃならんのに…。稽古、楽しいです。毎日。皆大好きです。個性強すぎで、毎日笑ってばっかな気がします。うちらが変なことで騒いだりしてるのを、端で声だしとかしながら密かに笑ってくれるトミーがステキです。そして何より、ごっちゃんが笑える。主役のくせに滅多に稽古来ないくせに、来たら来たで、笑って稽古が出来ない…。今日で丁度一週間前。どきどきです。今日、劇団四季の「スルース」を観てきました。S姫とデートです。すごく面白かったです。どきどきはらはら…。ネタは言っちゃいけないことになってるので言えませんが、とにかく楽しみました!やっぱり生っていいなぁ~~。特に芝居だからできることは何か!?ってかんじな舞台ではないのだけど、やっぱり、目の前で実際生きている人間が物語りをつむぎ出すって、奇跡みたいですね。幸せに浸りました。下村さんかっこいいし。色っぽいし。あの背筋のよさ、動きの美しさにはクラクラでした。そんな下村さんを見て、いつもの何百倍も更にきらきらしてるS姫が可愛くてしょうがなかったです。四季の会員であるS姫のおかげで、公演後のスペシャルステージが見れました!(ありがとう!!)しかも、今日、行ってみたらたまたま今日がそれをやってる日で、運が良かった!!いやぁ、本当にお客様を大事にしてるんですね。最後の最後まで楽しめましたwwエンターテイメントだったし!スペクタクルだし!!最後なんて「うひゃぁぁぁぁぁ!!」って思わず声にだして騒いでしまいました。^ー^楽しかったです!芝居はステキだ!
2005.06.24
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ジャージが欲しいです。ジャージが…。最近、○○が欲しい!という回数がすごく多いです。服とか、物とか、実際目の前にした瞬間とか、ふとした瞬間とか。特に最近思うのが、ジャージです。小豆色とか、抹茶色がいいな・・・心からそう思うので、皆にそういったら、何故かダサイといわれた。S嬢みたいにピンジャーとかだったらいいのかしら。でもやっぱり、小豆色とか憧れます…高校生みたいだし。某Uちゃん(元○走りやさん)みたいに、白ジャーとかも憧れる。けど、無理だ。白はそれなりの経験がないと着ちゃいけない気がする(笑)一度、ジャージだけを探す旅に出たいです。ジャージのほかに、もう一つ、長い間欲しいなぁ~と思い続けているものがある。それは、高校生とか中学生とかが履く、上履き。校内で履き替えるやつです。あれを、外履きとして、普通の靴として履きたいです。いつか、絶対!
2005.06.24
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チラシを作るために前回のチラシとかを見ていて、思った。今回は考えが浅い。というか、いつもの方向では掘り下げていない。前回のマクベスでは、こんなことを書いた。世界が言葉になればいいと思ったことがある。存在の不確かさにおびえなくてすむからだ。しかし、人が人である以上、言葉はほんの一片で、それでいて人と人との繋ぎ目である。マクベスも一人の人間である。他者との摩擦によって変化する人間。そこには言葉と同時に、言葉ではないものも存在する。だから芝居があるのと私は思う。自分の書いた文章は恥ずかしい。。。ああ、嫌だ。それは置いておいて、今回は文章は書かない。感覚的には「テンペスト」だ。おまけに、あんなに「うた咲き、」から人と人との摩擦にこだわりつづけた私が、今回は人は一人。変な感じだ。一瞬頭馬鹿になったのかと思った(笑)けどそれは、今、私はジャットコースターの創り手である、職人の一人である、という今までとの認識の違いで芝居を作っているから、だろうか。そうだったら、そうだったら、別にいいんです。はい。今回もまた、考えが変わっていて、勉強になります。その変化が、「成長」であることを願います。
2005.06.23
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いつもは努力してるかのような書き方をしてしまった…。ので訂正(笑)今回の状態よりは、ってことで…。そんな努力してません。頭悪いですし。それで、今日、葵さんに、最近すごい眠くなるし、食欲旺盛なのーって相談したら。何度も芝居してきて、直前になると、寝れなくなるし食べれなくなるのが分かってるから身体が今のうち寝たり食べたりしようとしてるんだよーだと。そういうことにしておこう。さっそく今日は徹夜だし。だってあと一週間><
2005.06.22
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いっぱい寝てしまいました…。いい加減にせい!って感じです。死ぬ程努力しなくちゃ、人はついてきてくれない、と自分で言っておきながら、一週間前というやばい時期に私は何やっとる。泣いても笑っても、あと一週間。残りある時間は決まっていて、それを寝てすごすか、起きてすごすか。寝て、なんもしないで、いいものが出来るはずがない。今、色んな人たちが、ついてきてくれているのは、今までの私の結果や、そこからわかる裏の努力とか、そういうものだと思う。それを裏切っちゃあかんのです。ふんばれふんばれ!努力だ努力だ!!
2005.06.22
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うちの天皇、こと転王が撤去されました。チャリです。2万円もした、チャリ…。気づいた時、ショックで言葉も出ませんでした…。電車を降りて、朝チャリを置き去りにしたと思われるところへいってみると…いない!!とりあえず周辺を探していると、なんか立て札を座り込んで見ている人を発見。一緒になってみてみると、最終撤去日 6月21日今日だ!!!・・・・・・・・・・・・・・・ショックでした…。3千円もかかるんです。取り戻すのに。ちなみにうちの転王君は、2万円もしたんです。つくづく金のかかるやつ…それよりも何よりも、取りに行く時間がない!!火曜日~土曜日 13時~18時とか、めちゃめちゃ無理だから!!!稽古だから!!!やっぱ早く取りに行かなくちゃ、処分されてしまうんでしょうか…。かぎりなくやばいです。取り返しに行ったら、そのまま自転車屋さんに連れて行って、メンテナンスしてもらって、それから大事にしよう。転王、待っててね><
2005.06.21
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改めて日記をつけよう!!と思って早速、パソコンが壊れてしまいました…。そんなわけでまたまたご無沙汰です。パソコンが壊れるとか、本当にありえなかったです;台本打っている作業中に、いきなり画面が消えちゃったり、、上げなきゃいけない前日、すごい切羽つまっているのに、3時までパソコン開かなかったし!!いやぁー、それでちゃんと上げた私はすごいと思う(何!?嘘です。もっと余裕もって、前からちゃんとやりましょう。葵ちゃんめちゃくちゃ待たせちゃったし。とりあえず、今日治ってくれました。なんかちょっと感動です。これからはもっと大事に使うけんね。可愛がるけんね。まずは明日、父親にウイルス・バスター(?)のやり方を聞いてみよう。メンテナンスは大事ですね。関係ないけど、今日、小・中・高とすごした学校の校長先生をすっかり忘れてて、本当にあせった。といっても、卒業する前の年に変わった先生の方だけだけど。結局、名まえは訊いて思い出したけど、顔とか全然まだ思い出さない…。なんでだろう…。そういえば、もう、3年も前か…。
2005.06.21
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日記、6月15日、久しぶりに書く。ついでに14日のふりしてもう一つ書く。お気に入り(ブックマーク)少し整理しました。増えたり減ったり。あと、本の部分、ちょこちょこ変えました。
2005.06.15
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どうもお久しぶりです。ブログがあることすら忘れそうなゆり杏です。やばいやばい……。大丈夫ですよ。生きてますよ。なんとか、日々、こなしてます。。台本がやばいです。全然進まない…。だから、まぁ、ブログに走ってるわけです。出来る限りのお気に入りブログを見まくって、好きなホームページを覗いて、占いとかしてみちゃったりして、で、それ以上逃げ場が無くなってしまったわたしは、自分のホームページを更新することを思いついたわけです。そういうわけです。だらだら書きますよ。実は、日記以外のところをこそこそと更新してるんですけどね。ちゃんと日記でどこを更新したか書きたいですね。ってか、ホームページ一新したいよぉーと、心から思ってしまう、綺麗好きさんなんです。(違ま、今やり始めると、確実に公演の方が転ぶ、というか公演までこぎつけられないので、それはあまりにも心が痛むから、ではなく!公演のが大事なので、やめときます。それまで、色々だらだら喋り倒します。しょうもないことですが…。しょうもないことと、しょうもあることで、分けたいですね。いつか。最近、ブログ色々あるんですねー。写真がいっぱいいろいろ挿入できたり、あと、文字の大きさとか色が変えられるの!あれ、すごくやりたいです。実は今、友達と二人で組んで、ブログを二つ程別にやってるんです。それはライブドアなんですが、そこは太字が使えるんです。でも、ネットサーフィンしてると、それどころじゃないところが沢山あって、気になる気になる…。やっぱり、タグ打ちとか出来るようにならないといけないのかなぁ…。そんなわけで、またいつか、模様替えしますね。いつかって、いつか分からないけど(笑とにかく、台本だ…自分で自分の首しめてますね…ここまでいくと。やばい。やばい。実際出来てる以上の宣言してるし(笑)…あかんわ…金曜日には確実にあげなくちゃ。今回は、台本上がりを記念して、仕切り直し飲み(?)が決定してるんで、伸ばしようがないですね…よしっまた別の日分の日記を書こう(笑あーこうやってウーダメンズ(ダメンズの女ヴァージョン)になってゆくのだね
2005.06.15
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最近の部屋着は、もっぱら甚平さんです。赤くて、ウサギと桜の柄の甚平さん。かなりお気に入りです。思わずコンビニまでそのまま出かけてしまいました・・・・。恥ずかしかったです><甚平は、昔から憧れてて、こないだS姫と一緒に買い物に行った際に購入しました。それから、毎日のように着てます。楽だし涼しいし、いいですね^^夏だなぁーって思えるし。でも、この調子だと、夏が終わっても着てそうです…甚平のいいところ。第1位 そのまま寝れるところ。基本的に私は、寝ようと思って寝るのが嫌いです。勿体無いし、寝たくないからです。普段からやることができて無いから。だから、いつも、帰って来た服のまま色々してて、いつの間にか寝てるっていうパターンです。服のまま寝るなんて日常茶飯事だし、ひどいときは、電気とかパソコンとか、消せないんです。それで、服のままだとやっぱりすっきり寝れません。着替えなきゃー着替えなきゃーとどっかで思ってるし。たまに半分だけ着替えてたり(笑でも甚平だとその必要がないんですね。楽だし。でも、それって、よく考えたら、帰ってすぐパジャマに着替えたらいいってことですよね…。ま、甚平だと着たくなるから、帰ったらすぐ着るし、パジャマだと、寝ようとしてるみたいで嫌だし。いいんです。甚平で。でも逆に、いやなこともあります。ま、いいことの裏っかえしなのですが…楽すぎるんです。お腹の部分も楽だから、どんどん食べられる。ちょっとしたお菓子とか、ついつい沢山つまんでしまうんですね。あと、ごろごろしやすいから、すぐごろごろしちゃうし。うーーーつまり、堕落生活ってことですね…駄目だ駄目だ…でも、甚平はやめないぞ!
2005.06.14
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またまた放置プレイでした・・・てか、書こう書こうと思いつつ・・・思うところはいっぱいあるんだけど、日記って難しい。あほだから、言葉にするのが難しいです。とりあえず、「零下200度に咲く林檎の花」公演、終わりました。相変わらずめちゃ長い題名。いい加減にせいやぁーって投げつけたい。誰に?どこぞやの演出家さんに。心がやさぐれてます。いい加減社会復帰しよう。色々しよっと。千羽鶴を折っています。300枚入りの折り紙買ってきて一番上からやってるから、折っても折っても赤・・・。今目の前に、赤一色に鶴が一面に・・・こわやこわや。とりあえず、公演終わりました。あまりにやさぐれすぎて多くの人に迷惑かけました。皆様有難う><観に来てくださった方も有難うございました。そして手伝ってくださった方・・・本当に有難うございました。お手伝いの方がいてくださらなかったら、公演実行は不可能でした。幕は開かなかったです。直前までオペもいず、受付も・・・有難うございました!とりあえずしばらくは、何も考えずに生きます。疲れた・・・ってわけでこの数日寝っぱなし。生活崩れまくりです。ご飯リズムもよく分からない状態です。帰省も出来なくなってしまったので、誰にも会ってないこの二日。会わないし喋らないし、メールもしないし、人間ってことを忘れそうです・・・とりあえず生きてます。
2005.05.04
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久々の日記です・・・・。今年入ってノータッチだった・・・。ちょっとびっくしです。もうそんなに時間が経ったのだなぁ。一月中にリニューアルしよう!と思っていたのだけどやっぱり無理でした。そして、どんどん時間が経っていって・・・・・年明けを迎え、「ハムレット」も見たし・・・ニューヨークにも云っちゃったなぁ。で、今は、「マクベス」に向けての稽古をしております。そこで、今回は、ネット宣伝とかもしちゃおっかなぁーと、マクベスのホームページを作りました。http://plaza.rakuten.co.jp/bunen2macbeth/まだ、ページ全然出来上がってませんが、是非覗いてみてください↓↓もし興味がちょっとでもあったら、是非見に来てくださいね><(切実)全力で作り上げます。ではでは、またしばらくしたらこっちも更新したいです。
2005.02.24
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言わなきゃいけないことが沢山ある。タイミングだってわかってる。でも、言えない。ただめんどくさいんだと思う。馬鹿な自分だなぁー最近、自分駄目度がアップしている。日々駄目女記録更新中だ。どうしよう。どうしようもない。日記を書こう。とにかく。いっつも、がぁーっと書こうと思うんだけど、時間がなくなる。時間がないわけじゃない。時間をつくるのが面倒なだけ。駄目じゃん。言わなきゃいけないこともわかってる。むしろ言いたいことだ。それを言わなきゃならないタイミングだってこともわかる。勿論言いたくない事もあって、それはとっくに言わなきゃならないタイミングを逃しちゃってる。でもとりあえず、言いたいけど面倒でタイミングがすぎちゃってる言葉から、言おうじゃないか。そんで、パワーをもらってから、言いたくない事を言いにいこう。メールがこんなに面倒だなんて、知らなかった。最近の自分は、どうしてこんなに面倒くさがりやなんだろう。部屋だって汚すぎる(笑)とにかくとにかく、言いたいけど、面倒で(何がって、文章にしたりするのが)言えないこと、その気持ちを、どうやったら、的確に文章にして、親指一本で伝えられるんだろう。でも、頑張ったら、きっとまた、元気が出るメールをくれるから、そしたらもっと面倒くさい、いいたくない言葉を言おうと思う。バイトやめます、とか…(まだ言ってないのかよ!!!!笑)切腹。バイトやめます、とか…バイトやめました、とか…はぁ…人と人と人と人と人と人と人と人と人と人と……
2004.12.22
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最近起こった事件(大事)を紹介します。覚えてる範囲で。…………特に大きな事件はありませんでした。そういえば。小さな事件昨日、バイト先に、すーーーっごく、えらく、めちゃくちゃ、かっこいい高校生が来ました。ホントかっこいい。でも、あれは絶対自分がかっこいい事がわかってる。席選ぶ時とか、囁く感じで話してました。人の事、普通以上にがんみするし。まぁ、かっこいいからいいや。また来ないかなぁ。目の保養です。今日、バイト先に、すーーーっごくかわいい子が来ました。新規の登録だったので、沢山話しました。(ただの説明だけど) すっごく可愛くて、がんみしながら話してしまいました。また来ないかなぁ。目の保養です。それくらいかな。なんか、ブログのノリが、変になってきた。きっと、はあちゅうとさきっちょの悪あが記を読んだノリで書いてるからだ。私は人に見せるために書くというよりも、自分の中を整理するために書いてたのに。いや、相変わらず人に見せられるようなものじゃないんだけど。じゃぁ、なんでブログの形として書いていたかというと、人に話すとなんだか自分の気持ちが整理される時ってあるじゃない、そういう感じです。今日は変です。もうすぐ四時だし。井上先生おきちゃう。(井上先生は十時に寝て四時に起きます)最近生活がやばい。昼夜逆転。食生活がばらばら。だれか、同居してください。そしたら少しは治るかも。朝がぜんぜん駄目になった。低血圧です。多分食生活のせい。頑張れ、ゆり杏。明日はイブだし。はぁちゅうとさきっちょには、果たして彼氏ができるのか!?
2004.12.21
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携帯をトイレに流したと思ったら、お風呂に3冊の本と時計を落とした。当然本はよれよれに、時計は使えなくなった。トイレに携帯持って入るなよ。散々言われました。流した時。でも、お風呂に本と時計、持って入るなよ。ほんと。しかも三冊。一体どんだけ読むつもりだったんだか。で、結局寝てるし。でも、一応弁解しておくと、お風呂の蓋がお風呂のサイズと微妙に合ってなかったんだよ。だから、ちょっとよっかかって寝たくらいで、蓋が抜けたんだよ。・・・・・・はぁ。シェイクスピアさん、ごめん。ベニスぱりぱり十二夜よぼよぼ。朝っぱらから微妙にへこむ。そらぁ、買ったばかりのハードカバーの本でなくってよかったさ。借り物の本じゃなくてよかったさ。よかった。よかった。そう思おう。久々の日記なのにこんな話。今朝の話。
2004.11.16
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人の時間を預かっているその重さ。それってすごく重いことだと、私は思う。エンターテイナーとして、1番に思わなくちゃいけないこと。人って、結局は時間なんだと思う。人生の中で絶対なのは、時間だけ。時間が人生。物理的には時間は絶対じゃないらしいけど、でも、尺度としてではなく、流れるものとして。その時間を快く過ごす為に、お金がいる。苦しまないで、最低限の暮らしのために、お金をかせぐ。だから人は、快楽へ快楽へ、と、どんどん進歩していった。その中で重要な役割なのが、娯楽だ。芝居もその一つだと思う。よかった、と、思える時間を過ごすために。一見、娯楽にお金をかけるのは、生きる上で、食事とかと較べて意味の無いことにお金を費やすように見えるけど、実際は1番人生の中で重要な部分かもしれないと思う。どうしたらより充実した、満足した時間をすごせるか。つまり、芝居などは、満足する時間を過ごすために来た人たちの大事な時間を預かるということなのだ。その重さってすごいと思う。それを感じて、絶対に来て下さった人に、人生の中においてすごくいい時間だった、と思ってもらえるような作品を作ろうと思うことは、創り手として当然のことだと思う。でも、もしかしたら、人生なんて自分のためにあるんだから、芝居だって、作ってる自分達が楽しい充実した時間を過ごせればいい、と思って創ってる人もいるかもしれない。たしかにそうだ。否定できない。それは芝居じゃないっっと言ってしまいたいけど、言えない。確かに自分の人生だから。でも、少なくとも私は、来て下さった人たちが、人生においてとても幸せな時間をすごせるように努力して作りたいと思う。私が「RENT」を観て感じたような思いを、感じて欲しい。内容的な面ではなく、気持ちの意味で。
2004.11.15
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「さようなら、トニオ、永遠に!」「いやいや、さようならではなくて、また会うときまで、だ。 きみの星で、ぼくらの星で、じきに。 きみの好きなあの夕陽がしずんでいくところを、とうとう一緒にみられるね」 ジャン=ピエール・ド・ヴィレン「星の王子さま最後の飛行」より人って、優しさに触れると、どうして涙が出そうになるのだろう、と思う。この本を読みながら、何度も泣きそうになった。泣きそうになっただけで、泣かなかったのは、授業中だったからだ。劇的なタッチでも何でもないのに、何でこんなに泣きたくなるんだろう、と思ったら、根底にながれる「優しさ」が原因だった。どこまでも、やさしい。「星の王子さま」も、優しい本だ。最初の言葉から、すごくあたたかい。 レイン・ウォルトに わたしは、この本を、あるおとなの人にささげたが、子どもたちには、すまないと思う。でも、それには、ちゃんとした言いわけがある。そのおとなの人は、わたしにとって、第一の親友だからである。もう一つ、言いわけがある。そのおとなの人は、子どもの本でも、なんでも、わかる人だからである。いや、もう一つ言いわけがある。そのおとなの人は、いまフランスに住んでいて、ひもじい思いや、寒い思いをしている人だからである。どうしてもなぐさめなければならない人だからである。こんな言いわけをしても、まだ、たりないなら、そのおとなの人は、むかし、いちどは子どもだったのだから、わたしは、その子どもに、この本をささげたいと思う。 (「星の王子さま」より)そして、サン=テクジュペリは最後に、 子どもだったころの レオン・ウェルとにと書き改めている。そして、最後まで、隅々まで、愛がある。愛の定義だと何だとか、知らないけど、読んだら「愛」としか例えられないもの。「星の王子さま 最後の飛行」にも、愛がある。サン=テクジュペリへの、星の王子さまへの、愛。それがあまりにも優しくて、すごく切ない。もしもう一度彼とコンタクトがとれたなら、こう言おうと決心したのです。あなたと話せたことを私がうれしく思うのは、これからに備えようとしているからではなく、あなたが私の人生において、大海原を照らす灯台の光のような存在だからで、私はただそのお礼の気持ちを表したかったのです。と。 「星の王子さま 最後の飛行」より人ってどういう時に涙がでるのだろう。悲しい時だけじゃないし。現に優しさに触れて涙が出そうになる。感動したから?感動ってなんなのだろう。心を動かす?エンターテインってつまり、こういうことなんだと思う。こういうことっていうその幅が広くて複雑で、秩序がないようで、だから混乱する。何を目指せばいいのか分からなくなる。劇的を目指せば、観てくれる人に満足の気持ちを持ってもらえる、と思えば、劇的でなくても涙がでて、充分満足する作品がある。沢山芝居を観れば観るほど、満足時間を提供する方法の方向性がいろいろありすぎて、困惑する。しかも、言葉で理由が述べられないものが沢山ある。なんで感動したか。なんで鳥肌が立ったのか。言葉で表せない。 難しい。何がしたいんだ、自分。学者じゃないんだからさぁ、分析できなくて、分析しようとして、もがく自分が馬鹿みたいに感じる。あーあ。世界って広すぎ。何にもよく知らないうちの方が、気にせず、何故か自分を信じれて、ばんばん芝居を打った。知らなかったからだ。世界がこんなに複雑で広いって。知ってても囚われないで、作品をつくりたい。くそぉ。「ぼくは、あの星のなあの一つに住むんだ。その一つの星のなかで笑うんだ。だから、きみが夜、空をながめたら、星がみんな笑ってるように見えるだろう。すると、きみだけが、笑い上戸の星を見るわけさ」 「星の王子さま」より
2004.11.14
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今、自分が腐ってってるのがすごい分かる。どんどん駄目になっている。はぁ・・・。落ちてゆく。何でだろう?よくわかんないけど。基本上がりさがりが大きいから、プチ何もしなくなる時期は結構繰り返してくるんだけど、今回のは大きい。食べ過ぎて、体が重くなったのかも・・・。なんとなく、重い塊に包まれてるみたいで、感覚も冴えなくて、しなきゃいけない最低ラインにも意欲がわかないし、やっとこさ何かしても、指先一センチ何も触れてないみたいで、それに対してはキューティクルが沸かない。なんか変な文章。キューティクルが沸くってなんだよ。カオナシみたいな 何か被ってて、ずるずる歩いてるかんじ。そんなだから、やることも冴えない。トイレに携帯を流した。目の前で携帯が吸い込まれていった。今ごろ私のかわいい携帯は排水溝を流れてると思う。買ってまだ3ヶ月弱で、こないだの旅行の写真も入っていたのに。いまさっき気付いたこと。妹の誕生日が過ぎていた。最低だと思う。最悪。自分の駄目さにばかり目がいっていて、人の事に目がいけない最低さ。祖母に手紙を書こうとしたら、住所がわからない。前の手帳を探したら見つからない。どこに置いたかも忘れてる最悪な記憶力。それから、今の手帳になってから祖母に手紙を書いてなかったんだ今更気付いて、撃沈。色んなことに新鮮さがなくなった。小さいことがおろそかになってる。それで大きい刺激ばかり求めてしまう。なのにそれに対しても特になにもない。小さいことへのありがたみがなくなって、苛立つことが多くなっている。人と人との関係とか。分かってるんだけど、どうやって脱したらいいんだろう。とりあえず日記に書いてみた。日記にぐちるだけぐちって、明日からはなんとかしてみよう。とにかく、体を動かすようにしよう。何かをしよう。と、思う。日記の記入率が半分を下回ってしまったし。書きたいことはいっぱいあるし。したいことはいっぱいあるし。それについていく努力をしよう。初心に帰ろうてこうゆうことかしら。すべてが当たり前だと思わずに、プラスに出ようと思う。何も出来なかった頃のつらかった思い出を思い出して。今の状態は、当たり前なんかじゃないんだよ。大学生だからできて、努力したからできて、みんながいたからできて、努力しなけりゃすぐ維持できなくなるもんなんだよ、ばーか。
2004.11.07
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久しぶりに、抱いて眠りたい本に出会いました。何だかよくわからないけれど、いとおしい本でした。読み始めはぐいぐい入らせられ、後半は、あたまがぼぉーっとする感覚で、あと少しでラスト、という時に友人と会ったのですが、現実に抜け出せなくて困りました。本当に滅多に経験できない、ぐわぁんといった感覚です。語彙・表現力が少なくて、ちゃんとした言葉に出来ないのが、悔しい。 「眠れるラプンツェル」山本文緒ルフィオ 汐美ちゃんまだ抜け出せない私には、名前もいとおしいなぁと思ってしまう。 こうして家の中で何もせず横になっている限り、何も起こらないのだということに改めて気がついた。何もしなければ平和なのだ。水面に小石を投げるから波紋が起こるのだ。凪いだ心でいたかったら、ぴくりとも動かないことだ。 (第二章 おとことねむる より) 毎年、春がくるのが憂鬱だった。 水道の水が夜話から書くなって、細かい雨が降ると雪が来る。その季節が、私には重く感じられて仕方なかった。このままじゃいけない、という気にさせる春が私は嫌いだった。 このベランダに立って、何度も季節が過ぎていくのを私は見ていた。ただ何もせず、じっと馬鹿みたいに空だけ見ていたのだ。 私は退屈を求めていた。何も起こらないことを望んでいた。このまま永遠に、空だけを見て暮らしていきたかった。 でも結局、何もかも自分の手で壊してしまった。どんなにうまく死んだふりをしても、やはり自分から本当に死ぬことはできなかった。私は生きていたかった。春が来ることを喜べる暮らしがほしかった。 (終章 ひとりでねむる より)人。それは、何かと擦れることによって、何かが生まれたりして、少しづつでも何かしら変化することが、生きてるってことなんじゃないかなぁと思う。変化しない人間はいない。凪って表面上は、私にも時々ある。でも、水面下では、すごい色々考えたりして、微妙にかもしれないけど、変化はしてる。完全な凪なんて、生きてる限り、存在しないのかもしれない。ルフィオ、6年間、実は、山本文緒は、特別スキってわけではなかった。いいと思う何冊かはあっても、他にぐっとくるものがなくて、心に留めてなかった。だから今回の本も、さぁちぃに推薦されなかったら読んでなかっただろう。感動の共有ってステキだなぁと思う。ありがとう。
2004.10.12
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ということは、どうやらここ数日でものすごい量の幸せが消えてるみたいです・・・溜息、つきまくりです。舞台上で。勿論、本気でついてるというか、時間かせぎです。台詞が思いだせなくて、溜息をついてごまかしてる日々・・・。どうしても思い出せないと意味もなく溜息つきまくる。いいのか、自分。溜息つきながら、頭の中では必死に次の言葉を捜してたり・・・。Sえちゃん(姫)は、語尾に「さー」をつけて、時間を稼ぎます(笑)そんな姫はめちゃめちゃかわいい><「わたしはさぁー」とか、普段の姫からは想像つかない話言葉が可愛くて可愛くて><きゃっ微々たる時間だけど、必死です。本番まであと少し・・・本番で一体何回溜息つくか・・・怖い怖い。It's a mystery !(と口に出せば実現しないはずっ)
2004.09.28
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なんだか上手くチラシをアップすることが出来ないので、とりあえず告知させていただきます。 実験劇場本公演 「女中達」 作・ジャン・ジュネ日時:10月2日18時開演 3日13時開演 18時開演 (会場は開演の30分前です)場所:明治大学和泉校舎 第一校舎地下1階013教室 (京王線明大前駅下車 徒歩5分)公演時間:約一時間半料金:500円(ゆり杏の友達です、と言えばタダになるはず)今回、初めて実験劇場さんで役者をやらせていただきます。残り一週間、より良いものを作れるよう頑張りますので、お時間がございましたら是非お越しください。
2004.09.27
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