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その時、生まれて初めて経験する、ある不思議な瞬間が訪れた。無残に踏み荒らされた砂漠に、一陣の風が吹き抜け、目の前に一本のまっさらな道が現れた。道の先には光がともり、私を導いていた。その中に踏み込み、身体を浸してみないではいられない気持ちにさせる光だった。今自分は閃きという名の祝福を受けているのだと分かった。正解を得た時に感じるのは、喜びや開放ではなく、静けさなのだった。自分の立っている地面が、更に深い世界におって支えられているのを感じ、私は驚嘆する。そこへ行くには数字の鎖をたどるより他に方法がなく、言葉は無意味で、やがて自分が深みに向かおうとしているのか、高みを目指そうとしているのか、区別がつかなくなってくる。ただ一つはっきりしているのは、鎖の先が真実につながっているということだけだ。 小川洋子「博士の愛した数式」
2006.01.31
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どうかアンディーがあそこにいますように。 どうかうまく国境を越えられますように。 どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。 どうか太平洋が夢の中とおなじような濃いブルーでありますように。 それが俺の希望だ。 スティーブン・キング「刑務所のリタ・ヘイワース」
2006.01.30
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あの頃夢みていた、素敵な十七歳というのは一体どこにあるのだろう?彼女の愛読書の主人公たちが皆十六歳か十七歳だったのに、あっけなく自分がその歳を迎えていることが信じられなかった。実感が伴わなかった。 彼女は今ようやく、自分が「平凡な人生」を歩む一人であることを気付きはじめていた。(中略)こうして人生は、ゆっくりと大きな弧を描くように、巨大な営みの中で最期の死というものに向かって進んでいく。「---俺は、つまらんよ。みんな何も考えてないし、何も感じてない。そのくせ傷つけられることだけにはえらく敏感でさ。(略)」あたしたちは管理された毎日に飽き飽きしている。はるか彼方まで、おそらく死ぬ瞬間まで引かれたレールが、教科書の行間に、テレビのニュースの画面に、朝履く靴の中に見えているのだ。しかし、それ以上に、あたしたちは自由を恐れている。いや、この言い方は正しくない。自由に伴う責任と決断を恐れている。(中略)できることなら誰かに決めてほしい。自分が何をすればよいのか、何が一番あたしにとっていいことなのか。ああ、坂井さんね、あなたはこれがいいですよ、向いてますよ、一番。誰かにそういってもらいたい。そうか--そうだったのか。あの医師は、本当はいなくなった人ではんく、そばにいる人を呼び戻すための石だったのだ。いつもすぐそばにいる人でも、いつわかれが来るかわからない、近くにいても、本当にそばにいてくれるわけではない、手が届くところにいても、その人の心は遠くにいるかもしれない。そういう心を呼び戻そうと、昔から女の人たちは石を積んできたのだ。 恩田陸「球形の季節」
2006.01.29
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「あのね、思い立ったら吉日って言葉あるでしょ。人生今より早い時はないとも言うよね。今更っていったってもう、過去には戻れないの。わかってるでしょ」
2006.01.28
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仕方ないんだ。泣こうがわめこうが、俺が休もうが何しようが、世の中は回っていく。このまま俺はずっと仮面をかぶり、自分を偽りながら生きていく。本当の俺の気持ちなんて他人を困らせるだけだから。いつものように笑っていれば、それで何事もなく回っていくから。何も難しいことじゃない。夜になったら泣けばいい。「頑張り屋で真面目で人一倍無理してるくせに、それを決して表に出そうとはしない。」
2006.01.27
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「知」の脅迫がある。「知」への脅迫もある。なるほど、「知」ざたいは大切である。しかし「思想」なんかはいらない。これ見よがしで、思わせぶりで、看板倒れの「哲学」もいらない。ひつうの人間はふつうの生活をふつうに生きている。人生や愛や仕事や家族の無意味を意味として、無関係を関係として、無価値を価値として生きてあるのである。「思想」なんかなくても、ひとは何千年もそうして生きてきたのである。なんの不服があろう。十分ではないか。意識は存在を規定する 考え方ひとつで人間は変わることができる。「ふつうの人間」かれらはつねに見る者である。見られる者ではない。教わる者である。教える者ではない。読む者である。書く者ではない。学ぶ者である。一目を置く者である。憧景する者である。選ぶ者であり、名前を呼ぶ者であり、列に並ぶ者である。集まる者であり、待つ者であり、お願いする者である。 勢古浩二爾
2006.01.26
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時は人それぞれに それぞれの速さで走り去る シェークスピア
2006.01.25
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「恋が言わせる付けことば」 曾根崎心中より
2006.01.07
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美しい舞台を見せようと思えば、「何が美しいもおなのか」、「美しいものとは、どういうものなのか」――まず、あらゆる機会を捉えて、その感覚をみがくことが必要だ。 音楽、バレエ、絵画、オペラ、そして他の演劇も――。 結局は、広いすそ野にしっかり根を張った木だけが伸びていくのである。「太陽劇団」が日本の伝統芸能を取り入れても、決してそれが浮き上がらずにいるのは、自らの根がいかにしっかり地中深く広がっているかを証明している。
2006.01.06
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日本人は過去のことを伝統というけれど、そうではなく、今の時代に創作したものを将来の人類のために残すことが伝統なんだ、というんです。だから、私が200年前の独楽を復元したとしても、それは大した価値は持たない。今の素材で、今の感性で創作したものを残すこと。これが伝統だ、と。では、今、美術館に歴史的なものを残すのはどうなのかというと、それは人間として当然の義務だと館長さんはいうんです。私はこのフランス流の考え方に感銘を受けましたね。日本では、たとえ自分で作ったものでも、これはどういう独楽かと聞かれると、古くからあうものですと答えちゃう。するとお客さんもへぇーって感心する。だけど、私のオリジナルですって答えると「そう」で終っちゃうんです。独楽は古いという先入観があるんですね。だけどこれからはそういう明治だ、大正だとこだわっていては独楽そのものが衰退していってしまう。そうではなく、今の時代のために何を創作するかが大切なんですよ。 広井政昭「通」が初心者を馬鹿にしたり、勉強不足を嘆いて見せたりするのはみっともない。高い入場料を払っている(少し高くなりすぎている)「お客様」なのだ。そういう新しい観客が今の歌舞伎を支えていることを忘れてはいけない。そういう時代、「伝統」という一語は悪い方向へと利用されがちである。文楽の素晴らしさは、古い美術品のものではなく、今を呼吸する演劇の魅力なのである。 「人形は口ほどにものを言い」赤川次郎
2006.01.06
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指揮棒を振る姿がユニセックスで格好良く、以前から気になっていた人。以下、心に残った言葉。一瞬ごとに新しい音が生まれ、それを呼吸して、私は一瞬ごとに生まれかわる。変わることは、創造すること。変化があるから、進化があるんだ、と思います。「今日はよくできた」なんていう演奏会は有り得ない。終わった途端に、曲はリフレインし、次はどうしよう、こうしようと頭の中で考えはじめる。完璧な演奏ができたら---私はその瞬間指揮者をやめます。よく情熱的っていわれるけど、情熱じゃなく死ぬ気で仕事してるんです。そして、死ぬときに、‘あのときもっと頑張ればよかった’って絶対にいいたくない。後悔するような生き方はしたくないですよね音楽の最初は何だったんでしょうね、もう逢えない人への想いもあるのではないかと思います。---指揮者に必要な能力とは?「意志力。…そして愛情です」---あなたが音楽に求めるものって何ですか?「自分の存在価値を自分自信で認識するというか、できる瞬間。 生まれてきて良かったんだよね、って自分に聞いてる感じ…」100人の前に立って初めて音を出すときは相手に告白するような気持ち---「ホールに入った時にザワザワとオーケストラたちがざわめきました」彼女があまりに若かったからだろう。しかし一曲の演奏を終えると演奏者たちから拍手が沸きあがった。 Artist Photo Book (CAMPANELLA特別編集) 「西本智美 私の中のロシア」より 編集 伊藤雨音 写真 中島正之
2006.01.06
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「字は人のために書く」 萩本欽一の話の中で。 今年こそ字を綺麗にしようか…
2006.01.05
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隻手音声禅宗の公案の一。両手を打って鳴らせば音が出るが、片手にどんな音があるかという意。白隠が初めて参禅する者に対して「隻手声あり、その声を聞け」といったのに始まる。隻手の声。
2006.01.05
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難しいことを面白く 面白いことを深く 深いことを易しく 井上ひさし何事によらず、「通ぶって、小むつかしいことを言う」のなら、ちょっとかじったくらいで充分にできる。しかし、「何も知らない人にも分かりやすく」語るのは、相当に深い知識と理解がなければでいるものではない。分かりやすく語るためには、余計な枝葉を切り落とす必要があり、何を省略するかを決めるには、全体がきちんと見えていなくてはならないからだ。 「人形は口ほどにものを言い」赤川次郎
2006.01.05
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此処では、私のスキな言葉達を紹介したいと思います。本を読んでいる時にふっと心に響いてきた言葉、すんなり心に入ってきた誰かの言葉、自分を叱咤激励してくれた言葉、、、読み返すたびに、何か、そこにあるのを感じる。というか、自分と擦れて、生まれる。何か言葉はいらない、解釈なんていらない、でも、言葉は絶対的に必要人間なんだし 私はかなりの口下手、というか言葉下手言いたい事、ホントに伝えたいことがなかなか言えない。照れでとか、かっこつけて弱いとこ見せたくなくてとか、そのくせどうでもいいことでべらべらと覆い尽くす。本心なんか見えないように、何で? 触れられるのが怖いから?何に??二番目に言いたいことしか人には言えない一番いいたいことを言えないもどかしさに耐えられないから絵を描くのかもしれないうたをうたうのかもしれないそれが言えるような気がして人が恋しいのかもしれない 星野冨弘 2004.5.26
2006.01.01
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