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自分そうやっていつもカリブーを待っていた。老人と同じくらい、何週間も同じ場所で待っていたことがあった。ツンドラの彼方からその大群が現れたとき、震えるような感動があった。が、それは老人が見たカリブーではない。飢餓に襲われ、死期がもう目の前まで迫ったとき、原野の果てからやってきたカリブーをぼくは知らない。きっと、老人が見たものはカリブーというものではなく、もっとぼんやりとした、自分自身とカリブーとの境も消えた大きな生命のながれのようなものではなかったか。 星野道夫「新しい旅」より
2006.08.28
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たとえば、悲しみから書かれる作品がある。ベリンスキーやツルゲーネフなど、近代ロシアの知識人たちの文章には、悲しみの沃土で蒸留された琥珀が嵌め込まれている。あるいは寂しみから、孤独から書かれたものもある。『地下室の手記』から『失われたときを求めて』をへて『長いお別れ』まで、現代文学は、孤独な舞踏のバンドワゴンのようなものだ。そして歓喜から生み出されたもの。昂ぶりと歓楽と興奮と忘我の無軌道の竜巻のような、ラブレー、ゲーテ、ディケンズ、バルザックといった巨人。 しかし、もっとも高貴なのは、怒りではないだろうか。故郷フィレンツェの裏切り者たちは死後も許すまいと、永遠の責め苦を詩句で作り出したダンテ、宗教戦争のあいまいな妥協をくつがえすために最後の審判を自らの詩篇でとりおこなったドービニエ、ナポレオン賛成を懲罰にしたユゴーに、産業社会に呪いをかけたセリーヌ。勿論ドストエスフキーも。 『ダーク』は、崇高なる憤怒から発射された致命的な一撃だ。ジュネーブ条約で即座に禁止されるような危険な兵器。泣きたいだの、癒されたいだのという腑抜けた読者を打ち倒し、ダンディズムだのプライドなどにこだわる湿った自己愛者たちを射撃する、凶悪な憤怒の榴弾。『ダーク』は人を楽しませないし、喜ばせない。恐ろしくネガティブなものが、強烈な圧力で濃縮されている。だが、それは真実なのだ、剥きだしの現実からの言葉。 (中略)作者は、もはや加害者としてしか小説を書かない、取り返しのつかない断崖を飛び越えてしまった。読者の反発と敵意を、加害者であることの無上の快感で圧倒すること、その悪への誘いが『ダーク』以降の桐野作品の、決定的な蟲惑になっている。 (中略) 本書の単行本発行当時、ミロ・シリーズの愛読者たちは、『ダーク』に当惑し、激怒した方もいたと仄聞している。たしかに、ここまでやれば仕方ないだろう。「父が象徴するこれまでの自分というものを殺してしまわなければ、自分を消し去ることは出来ないという強迫観念」というミロの認識、「父」を「小説」と読み替えると著者のそれにあてはまるではないか。それほどの切迫感が、いま、なお、『ダーク』からは伝わってくる。 福田和也
2006.08.23
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巻頭歌胎児よ胎児よ何故躍る母親の心がわかっておそろしいのか
2006.08.20
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