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先日書いた祭の話(「愛情」の反対は「憎しみ」ではない?)ですが・・・お囃子に参加している、ちょっと世間からは不良と呼ばれているような人たちが「みんなの目が輝いていて素敵だった」って書きました。今日、ある本を読んでいてフッっと気づきました。この場合、「瞳が輝いている」って書くべきだったなぁと。だって、「瞳」は「目」に「童」じゃないですか。「童」はきっと子供つまり純粋、無邪気な心を表しているんだろうなぁって。祭りに参加していた老若男女は、み~んな「目」に「無邪気な心」が映っていたんでしょうね。「瞳」が輝いている、つまり「心が輝いている」から周りの人を惹きつけられるんですね。いま思い出しても、とても素敵な人たちでした。みなさん、素敵な気分をありがとうございました。
2004/07/30
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新潟、福井の水災害の復旧作業のなか、数々の助け合い、いたわり合いのニュースを聞いて、心あたたまる思いがしました。(自分もできることをできるだけしようっと)と、同時に阪神大震災の時の話を思い出しました。震災直後から現地ボランティアに参加した友人から聞いた話です。まだ、食料の援助物資も届いていない時で、何とか逃げ出せたご近所同士が集まった、にわか避難所でのこと。ほんのちょっと手に入った食べ物を、始めはお年寄りから、次は子ども・・・というように、誰とはなしに上手に分け合ったり、ゆずりあったりして食べていたそうです。本当におにぎり1個をみんなで分け合っていたそうです。「こんなに苦しい状態の中で、助け合える、人に譲れるなんて・・・」友人はその姿を見て、驚き、人間に感動したそうです。しかし・・・・・・しばらくして、援助物資が届きはじめ、食料も配布されはじめると、様子が一変したそうです。「あいつの方が数が多いぞ!」「こっちによこせ!」「こんな時は早いもの勝ちなんだ!」「ずるいぞ!」「うるさい!」人を押しのけ、奪い合い、独り占めしたり・・・友人はそれを信じられない気持ちで見ていたと言ってました。もちろんすべての方がそうだったとは思いません。どんな時でも助け合っている方もたくさんいることも知っています。ただ、この話も事実です。物がたくさんあることが、はたして幸せなんでしょうか?物の適量ってどれくらいなんでしょうか?例えば、夏の暑い日のキャンプ。子供たちにジュースを配ることがよくあります。その時、人数より多くのジュースがあってお代わり自由とすると、子供たちは、いろいろ選んだあげく「これまずいから別なのにしよう」と途中で捨ててしまうこともあります。でも、1~2本余ったり、足りなかったりすると大変です。競争意識が現れ、われ先にと競り合ったり、取り合ったり。「ずるい!」「卑怯だぞ!」「うるさい!」などのいがみ合いがおこったり。それなのに全員で1本のジュースしかなかったりすると、大人がなにも言わないのに、みんなで一口ずつ順番に飲めたりします。(この場合、子供だから当たり前だし、ひとり1本づつ配ればいいだけのことなんですが)同じようなことが社会全体で起こっているような気がしませんか。昔、物が全体に足りなかった時。周りみんな足りない状態で、ほんのちょっとの物が手に入っただけで、喜んだり、優越感をもてたりすることが多かったような気がします。身近な幸せがたくさんありました。しかし、今のように物が圧倒的に余っている時代では、あるのが当たり前で、ちょっとでも欠けているとそれが許せなかったり、劣等感を覚えたり・・・。競争、嫉妬、敗北感・・・・不幸に感ずることが多くなっているのではないでしょうか。ネイティブアメリカンの一族では、「物は必要な人の所にあればいい」と言って、欲しい人に平気で譲ってしまうそうです。少ない物しかない中で、物が巡り巡って、十分幸せに暮らしているそうです。物の量を比べ、競うのはもうやめましょう。それは20世紀のこと。21世紀は心の時代。21世紀は、そんな「心の豊かさ」を感じながら生きていきたいですね。
2004/07/29
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「愛情」の反対は「憎しみ」ではないと言います。では、なんだと思います?先日、地元で夏祭りがありました。歴史もあり、小さな田舎町にしてはとても盛大な祭りです。それもそのはず。町内(200~400世帯)ごとに独自のお囃子組と山車と神輿をもっていて、それが全部(8ケ町)狭い地域を練り歩くんですから。それはそれは町一番の大行事。この祭りを支えているのが老若男女問わず参加しているお囃子組です。ただ、その中には、「日頃何をしているの?」と思ってしまう人も少なくありません。つまり、社会的にはなかなか受け入れられ難い人。俗にいうと不良といわれてしまうんだろう人です。でも、そんな人たちの目が 輝いていて、熱気があって、純粋でとても素敵なんですよ。 とてもやさしいんですよ。きっと小さい時からこの祭りを一生懸命に、そして大切にしてきたんでしょう。学校や会社など社会的には受け入れられないことも、認められないこともあったでしょうが、きっとこの町では、この祭りでは・・・「何があっても、おまえはおまえ。 みんな知ってる。みんな仲間。大丈夫」そんな雰囲気があるんだと思います。ここには自分の居場所がある。 受け入れられている。 何があっても、無条件で愛されている・・・・・そう実感できるんだと思います。これってもっとも大切だけど、今、地域が失ってしまったことですよね。「愛情」の反対は「憎しみ」ではなく「無視」だといいます。自分の居場所がない。認められない。人間にとってもっとも辛いことですね。逆に無条件で認められる場所があると、 人間は強くなれるでしょう。人にやさしくなれるんでしょう。それがどんなに小さくても・・・誰かを無条件で愛していますか? 認めていますか? 受け入れてますか?出来がいいとか悪いとか・・・ そんな物差しで人を愛してませんか?I love you, because you are you.(あなたがあなたであるから、私はあなたを愛しています)家族に、子供に、仲間に・・・ こんな素敵な愛情で接していたいですね。きっと、それが自分自身も幸せにしてくれると思いますから。
2004/07/27
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このごろ隔日記になってしまってます。昨日、母の一周忌法事でした。区切りの行事が済んで、ひとまずホッとしています。この1年を振り返ると、つい昨日のことのように感じたり、なんだかず~~~っと昔のことのような気がしたりと複雑な感じです。ただ私の家族では、こどもたちと「おばあちゃん、今どこにいるかなぁ」「どこにいると思う?」「う~ん、きっと空の上!」「そうだねきっと空の上にいると思うよ」「おばぁちゃんの部屋にいるんじゃない?」「そうだね、部屋にいるよね」「こんな時、おばあちゃんだったらどうしたかなぁ」「どうしたと思う?」「たぶん、~~だと思う。だって、すっごくやさしいものね」「じゃ、○○ちゃんも~~してみようか」「おばあちゃん、応援してくれてるかなぁ」「ぜってい応援してくれているよ」「そうだよね。よ~し、がんばろう」などなど、事あるごとに母(私の子供にとってはおばあちゃん)の話がでていました。だから、われわれ家族にとってはまだ母は生きているんですね。確かに体はなくなってしまってますが、なんというか心の中にずーといるんです。それが、とても自然にね。こどもたちの行動や会話をみていて、そう感じます。体がなくなることは「死」ではない。本当の「死」は忘却なのかもしれませんね。わたしたちが、母に対する感謝の気持ちを忘れてしまった時、本当の意味で母は死んでしまうのかもしれません。今は母の生き方、人生、心を受け継いで、次の世代に伝えることが大切なんだと思います。そして受け継がれた心によって、子供たちの心が育ち、またその子供たちへ伝わっていく・・・。いつかは、名前や具体的な出来事は忘れられるかもしれないけれど、心だけは、そうして脈々とつながっていく・・・これが本当の不老不死なんじゃないでしょうか?だから、毎日毎日を一生懸命生きて、子供たちにまた周囲の人たちに、「本当の心」を伝えていきませんか?それが不老不死の秘策だから。今まで育ててくれた両親また祖父母・・・先祖代々続く心の継承者のみなさんに感謝しましょう。ありがとう。
2004/07/26
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「あんなことしたら、きっと面白いだろうなぁ」とか、「こんなことできたらいいなぁ」とか、いろいろ夢はあるけれど・・・。「忙しいから」とか「今度、~~したら始めよう」とか、ついつい自分の気持ちに言い訳して、先へ先へ延ばしてしまいませんか?そう言う私が、この日記を始めるのにけっこう時間がかかりましたから・・・。でも、ちょっと勇気をもって動きだしたら、少ないながらも、いままでまったく接点のない方とのふれあいができたわけで・・・やっぱり動きださなきゃ始まらないですよね。今、けっこうウキウキ、ドキドキしています。幸せや幸運も同じかもしれませんね。だって出入口も、出る方が先。入り出口じゃないですものね。呼吸も、息を吐くから吸うことができるんだしgive & takeも与えることがやっぱり先。みんな出すから戻ってくるんですね。これって人生の大原則かもしれません。さぁ、自分から動ごき出して、新たな「ちょいハピ」との出会いを期待しましょう。
2004/07/24
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先日、妻と妻の友人がちょっとスピリチャルな心のセミナーに参加しました。そのような話をきくのは初めての友人には、ちょっと分かりずらく、違和感を持っちゃったかなぁと心配していたんですが、その方はは「よく分からなかったり、実感できないこともたくさんあるんですが、でも、よさそうな気がするので、もっと話をききたいです。誘ってくれてありがとう」っておっしゃったそうです。よく「この話は、~~の説で、言ってみれば○○的思想なんだよ」な~んて、分かったような能書きを言って、結局な~にも分かっていないなんて人が多いんですよねぇ、普通は。でも、この方は、よくわからないことを認めた上で、興味をもってもう少すこし話を聞きたいと思ったんですね。それに、「誘ってくれてありがとう」と感謝もできる。「とっても素直な人なんだね」と妻とも話してました。こんな反応をしてもらうと誘ったこちらが嬉しくなってしまいますよね。「素直って素敵だなぁ」て、改めて思いました。でも、この話、続きがあるんです。後日、妻がその友人に「○○さんて素直なんだね」ってメールしたんです。そうしたらその返信が・・・「えっ、私って素直なんだぁ。嬉しい」ですって。ついつい私たちは、誉められると「いえいえ、そんなことはないですよ」「止めてくださいよ。そんなこと言ったら、あなたこそ~~じゃないですか」「いやいや本当にそんなことないんですから」な~んて対応してしまいません?謙遜というと聞こえがいいけど、せっかくの言葉をはぐらかしてしまったり。誉めてくれた方の気持ちを受け止めきれなかったり。それに引き換え、「えっ、私って素直なんだぁ。嬉しい」ですよ。本当に本当に素直な方なんですね。思わず感動してしまいました。これは見習いたいですよね。これからは、誉めてもらった時は「そう言ってもらうと嬉しいです。ありがとう」って答えようって決めました。その素直な気持ちは、きっと相手の方をも嬉しくさせられると思うんです。だって、私たち夫婦はそう言われて、心から嬉しかったし幸せな気分になれましたもの。それに、こういう方は悪いことを指摘された時もきっと「教えてくれてありがとう。よかった」って言えるんでしょうね。人は、こんな素直な人をますます好きになっていくんですね。「素直な心」は自分も周りも、ちょっとハッピーにさせる力をもっていることを、教えてもらいました。ありがとう。
2004/07/22
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せっかく、ウキウキ、ドキドキしながら楽天日記を始めようとしたのに、いざ、日記を書こうと思ったとたん、指が止まってしまいました。だから1週間も放置してしまいました。(ず~と気にはなってたんだけど・・・)「何か立派なこと書かなきゃ」とか「みんなの反応はどんなだろう」とか・・・。自分の「臆病な部分」「弱い部分」がでてきちゃたんですねぇ、きっと。(あまり認めたくはないですが)昨日、ふらっと立ち寄った本屋で「座右のゲーテ」(斉藤孝著 光文社新書)に目がとまりました。(今、売れているので知っている方も多いと思いますが)あまり売れてる本って買わないのですが。たまたま、電車の広告でちょっと目にしてたばっかりだったので、なんとなく手にとって見ました。ぺれぺらページをめくってみると「初めからから大きなことを考えてはいけない」「完璧を考えると苦しくなる」(そんなような趣旨の言葉)が目に飛び込んできました。「立派なことばかり考えて一歩を踏み出せないなんて・・・」「結果を気にするあまり、動けなくなるなんて・・・」「でもみんなそうなんだ」「小さいことから始めればいいんだ」なんだか「ほっ」とできました。ほんとはもっとかっこよくいたいんだけど、自分の「弱さ」「気の小ささ」を認められたら「まぁ、いいか」って思えました。原点に帰って自分がワクワクできることを自分なりにやっていこうって気軽に思えて、「ちょいハピ」な気分になれました。たまたま出合った本のたまたま見つけた言葉たちにありがとう!(でも、これってたまたまじゃないんだよね、きっと)
2004/07/21
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のんびり少しづつ準備していたら、すでに何人かの方がたずねていただいたようです。ごめんなさい。近頃、テレビのニュースや話題ときたら事件、事故などショッキング、センセーショナル、スキャンダラス・・・なものばかり。よく潜在意識には繰り返しが一番作用するって言うじゃないですか。そう、すりこみってやつです。毎日、こんな話題ばかり耳にしている子供たちは、いったいどうなっちゃうんだろうって、思ってしまいます。現にちょっとした事件じゃ驚きもしないし、話題にもならなくなってません?こんなの普通じゃないですよねぇ。だって、今だって、大半の人は心やさしく、幸せにすごしているはのに。やっぱり、身近な、ちょっとした話題、素敵な出来事、心あたたまる話をしっかり見つめたいなと。そんな気持ちから、この日記をつけようと思いたちました。ちょっと幸せな気分になれる話や考え方、気づきを広い集めてみたいと思います。名づけてちょいハピ日記です。日記になるか、隔日記になるか、週記になるか分からないけど、のんびり続けていきま~す。
2004/07/16
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