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今日、仕事でとっても大きなミスが発覚!ちょっとウチの部にとっては大事件です。当然、自分も責任重大。こんな時に追い討ち?原因は過去の小さな不注意なんです。ことの重要性としては今回の方が大きく状況としては大変なんですがでも、ちょっと数日前とは気分が違うんです。どこかこころの底の方で 「今となっては仕方ない。 責任は責任。 誠心誠意、対応するしかない」といった、ある種の覚悟のようなものがあって前回のようにペチャンとつぶれてしまいそうな気分とはちょっと違うような気がします。なぜ?【凹みシリーズ】日記を書けたことで自分の弱さに気づいたりあたたかいコメントと勇気をもらったり思わぬ展開で「ちょっとラッキーかも」と思えたり・・・この一連の経験があったから? ? ? ?きっとそうなのかもしれません。流れはまだまだ波乱含みですがそれを感じるこころがちょっとだけ強く(?)いや、ちょっとだけ柔軟になったから?きっとそうなんです。もしかしたらこの波乱の日々の予防接種だったのかもしれません。ちょっと免疫がついたのかな?そう思うと凹んどいてよかった!?(なんとゲンキンな性格)あ~あ、厳しい状況ですが・・・まぁ、今回の問題は自分のまいた種です。仕方ありません!よ~し大変だけど、明日から一生懸命刈り取りま~す。
2004/08/31
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ちょっと気分的に凹んでしまっていますが、みなさんに暖かい言葉をいただき、リスタートをきれそうなきがしてきました。こんな時は、足元から。と、思い今日は今まで少しずつたまってしまった、小さな処理業務たちを徹底的にこなしました。小さな業務は小さいなりに結果がすぐみえて、なかなか気分的に楽にしてくれます。今日は「まずは机の上を片付けてから」的な1日でした。机が片付くだけでも、気分が変わります。こんな日も必要ですね。大きなビジョンを持って、遠くの頂を目指すのも大事ですが、足元を固める日も必要なんだなって思いました。とりあえず1歩だけ前に進みました。以上、今日の報告でした。
2004/08/30
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ちょっと凹んでると日記に思わず書いてしまったら数々のあたたかいコメントをいただきました。日記に書けるだけでも少しは気が晴れるのに周りの方々と、この“つながってる感”がとても嬉しくて嬉しくて。「もう復活しました!」とは簡単にはいかないんですがでもなんか、息苦しくはなくなったような気がします。海に潜ってしまい、息ができずにもがき苦しんでいたところ周りから「大丈夫だよ。息をしてごらん」って言われて恐る恐る息をしてみたら「息ができるんだ」って気がついた感じです。まだ、水面には浮上できてないのですが沈んだ状態ならその状態なりに漂っていられるのを知った感じ。慌てることないんだってね。(あっ、これ海がネガティブの象徴と思っているわけじゃないですよ。ただ高低差の例えですから。海好きの方、怒らないでね)私はもともとが明るく前向き。何事もポジティブにとらえるタイプです。しかし、ポジティブ思考の人間が最も陥りやすいワナにはまってしまったようです。「明るくいこう」が「明るい方がいい」になりついには「明るくなければダメ」「暗くてはいけない」という強迫的なワナに・・・。いつのまにかポジティブ思考という鎧を着込んでしまっていたようです。そういえば、先日の日記「山時間ありがとう!part3 夜は暗いですか?」に自分で書いてました。~~~日記引用~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(前略)確かに夜は暗いです。でも暗いからこそ見えるものもたくさんあるんですね。(中略)暗いから見えない明るいから見える 見えないより見えた方が便利そんな単純な論理だけで 当たり前に電気をつけるもちろん現代の日常生活では必要なことですが・・・でも、その便利さのために見失っているものもあると、いうことを子供には知っていてほしい。そして、ふっとした瞬間に思い出してほしい。明るいから見えないものもある暗い方がいい時もある その方が自然なんだということを~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~朝と夜の関係と同じで心も明るいだけじゃ不自然なんですよね。“明”があるなら“暗”も必要。“暗”があるから“明”が際立つ。自分で思っていながら自分自身のこととなると、意外に気づかなかったりして。今回は、一息入れる、いいきっかけだったのかもしれません。今の気分と現実を受け止めてあわてず、さわがず、ゆっくりと歩いてみます。少なくとも、そんなふうには思えるようになりました。日記にコメントを寄せていただいた方、いつも訪問いただく方(みんな仲間と呼んじゃいます)ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。
2004/08/29
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珍しく、ちょっと凹んでます。(といいながら、人に言わないだけで実は、珍しくないんですけど。でも、こう書けるようになったのが珍しい?)人事系の仕事をしていると、やっぱりね。いろいろ言われたりするんですね。こちらの真意がまったく伝わっておらず、というか曲解されてるというか、悪意に取られてるというか・・・「えっ、そんなふうに思ってたの?」なんてことも・・・。自分では、丁寧に誠意をもって仕事を進めてきたつもりなので、けっこうショックだったりします。(別にリストラしてるわけじゃないですよ。前向きな話だったはずだけど・・)実は、あえて違うことを日記に書こうとしていました。ほとんど出来上がってたのに、突然PCがフリーズ。跡形もなく消えてしまいました。こんな時に限って・・・がっくり。そのせいもあって、ごめんなさい、今日はグチを言ってしまいました。ぜんぜん、“ちょいハピ”になってませ~ん。いつも明るく前向きに・・・ばかりじゃいられないってことですね。
2004/08/27
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我が家はキャンプが大好きです。インストラクターとして、いろいろなキャンプのお手伝いをさせていただいてきましたが、ここ2年ほどはファミリーキャンプのみに集中し、家族と過ごす時間を最優先にしています。では、なぜそうしたか。それは子供と過ごす時間がいとおしかったから。我が家には小5、小2の女の子と年長の男の子がいます。子供の成長は早くて、あっと言う間に大きくなってしまいます。親と子はいくつになっても親子ですが、子供らしい子供と、親子として無条件でふれ合える時期はそう長くはないと気づいたからです。最近はいろいろな子供スクールがはやっています。「あのスクールは~~の資格がとれるの」とか「先生の教え方が上手だから、その方がすぐに上手くなるよ」とか「子供にはいろいろ体験してほしいから、スクールが便利なのよ」とか「私は(主人は)だめ、できないもの」だとか 幼稚園のお母さんがよくおっしゃいます。確かにテクニックを習得するなら、スクールに預けたほうがいいかもしれません。確かに上達もはやくいろいろ体験するには便利かもしれません。でも本当にそれだけでいいんですか? 子育てに効率って、そんなに必要なんですか?どうもこのごろ、親と子が一緒に汗をかき一緒に考え一緒に失敗して一緒に笑うことが少なすぎるような気がします。上手くいくかどうかではなく、親と子が同じ時間を過ごし、同じ体験、同じ苦労をすることが重要なんだと思います。子供が成長すれば、いずれ自立への道を歩みだします。親と過ごすより友達と過ごす時間が増えてくるでしょう。いずれはそうなります。それでいいです。だからこそ、その前に、子供がほんとうに子供らしい時期に一緒に汗をかき、失敗し、一緒に考え、笑い合うつまり一緒に過ごしたという思い出を共有することがとてもかけがえのないことに思えてきたんです。それが親子の基本的信頼関係なんだと思います。それが親子の絆の基本なんだと思います。今しかできない親子の付き合いがある。そう思うと、限りある今がいとおしく宝の時間のような気がしてきました。――――――――――――――――――――――――――キャンプごときでそんなに力説するなって言われそうですが、私には大いに意味のある時間なんです。もちろん、やっていることは普通のキャンプです。なにも特別なことではありません。前の日記をよんでもらえれば分かるように、子供ものんびり遊んでいるだけです。ただ、私たち夫婦にとって、家族にとってはキラキラ輝く時間なんです。子供が大きくなるにしたがい、徐々に親との距離が離れていくでしょう。この時間自体を覚えているとも限らないでしょう。でも、子供たちが自立した時、その時にこそこの思い出が輝くと信じています。無意識の中にでも、この思い出があるとないとでは大きな差があると信じてます。この気持ちを少しでも多くの方に伝えたい。実はこれが私の人生の目標のひとつ、ライフワークなんです。一人でも多くの方が、ひとつでも多くのご家族が、キャンプをとおして家族の絆を深めてもらえたら幸せなことなんです。だから今、私は家族とキャンプを一生懸命楽しんでいるんです。
2004/08/26
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我が家はみんなキャンプが大好きです。4日間でしたが、PCも持たず、時計も外して家族でキャンプをしてきました。今日の日記も、川遊びと森遊びの4日間で、ふっと思ったこと紹介します。山時間ありがとう! part3です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~子供キャンプで「夜のイメージは?」と小学生に聞くとまっさきにでるのが「暗い」次に「怖い」です。-------------------------------------------------------今回も、我が家の子供たちと夜の散歩に出かけました。必需品は懐中電灯。「懐中電灯、必要かなぁ?」「だって暗くて何も見えないもの!」やっぱりね。小さな森を抜けた先の広場へ。確かに夜の森は真っ暗で、見えるのは懐中電灯の灯りに照らされた部分だけ。広場に着いて灯りを消しました。真っ暗な夜・・・・ちょっと木の陰が見える?・・・・・・足元には白っぽい小さな花?・・・・・・・星がきれい・・・・空って意外と明るい?・・・・北斗七星 北極星 白鳥座 わし座 こと座・・・・南の山際にはさそり座・・・うっすらと流れる天の川まで・・・・真っ暗なはずの夜なのに いろいろ見えてきます。あれれ 灯りを消しても充分走りまわれます。確かに夜は暗いです。でも暗いからこそ見えるものもたくさんあるんですね。夜行性の小動物たち 待宵草のように夜咲く花も 鳴きかう虫たち夜には夜の命がある 暗いからこそ成り立つ命の営み暗いから見えない明るいから見える 見えないより見えた方が便利そんな単純な論理だけで 当たり前に電気をつけるもちろん現代の日常生活では必要なことですが・・・でも、その便利さのために見失っているものもあると、いうことを子供には知っていてほしい。そして、ふっとした瞬間に思い出してほしい。明るいから見えないものもある暗い方がいい時もある その方が自然なんだということを
2004/08/25
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我が家はみんなキャンプが大好きです。4日間でしたが、PCも持たず、時計も外して家族でキャンプをしてきました。今日の日記も、川遊びと森遊びの4日間で、ふっと思ったこと紹介します。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~“must”と“must not”が多すぎる。日頃、子供たちの生活は「~~しなければならない」と「~~してはならない」に囲まれてませんか?もちろん私たち大人の生活もね。たまには、キャンプなどへ出かけて、自然に浸って“may”の気分を思い出したいものですね。やっぱり山時間には「~~してもいいよ」が似合います。そして我が家では、もうひとつ大切にしている気分があります。それは・・・「~~しなくてもいいよ」という気分です。「する」というアクティブな気分は、「できなかった」につながりやすいような気がします。アクティブな気分ばかりじゃバランスがよくないですよね。だから「する」だけではなく「しない」という気分も、同じように大切にしています。「してもいいし、しなくてもいい」「休むのもいいし、頑張るのもOK」今回も、自由で気ままで なおかつ、充実した山時間が過ごせました。ありがとう。
2004/08/24
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たった4日間ですが、PCも持たず子供たちとキャンプをしてきました。山時間を思い出した体を元に戻すため、現在リハビリ中です。今日の日記は、川遊びと森遊びの4日間でふっと思ったことです。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~「今何時?」「○○時だよ」「ふ~ん・・・・・・?」思わず時間を聞いてしまう子供。でも、時間が分かっても「だから?」って感じでちょっと間が抜けたみたい。だって何時に~~へ行かなきゃならないこともないし何時からドラえもんが始まるわけでもないしね。日常では、あれほど手放せなかった時計なのに・・・。山時間では「さて、そろそろ~~でもしようか?」という具合。太陽と体と気分で1日が進んでいきます。テントの設営が終わる。ちょっと休憩。木陰でのんびり。お湯を沸かしてコーヒータイム。子供は川遊び。思い切り遊んで、夕食の支度をみんなでやってお腹が空いたから夕暮れ前に夕食を。夜 「散歩でもする?」夜空を見上げて、北斗七星、北極星、白鳥座・・・天の川・・・「あっ! 流れ星!」ちょっとシャワーで汗を流して、気持ちよ~く「おやすみなさい」それから大人はゆっくりとくつろぎタイム。朝は自然とお目覚め。小鳥のさえずりを聞きながら、川辺を散歩。普段よりず~~っと早起きみたい。 (そう、「~みたい」 だって時計見ないから)手軽に朝食 昼のおにぎりもついでに作って。暑くなる前に、ちょっとハイキング日中は暑くなったので、川遊び。それからそれから・・・・もう、このあたりから、子供も時間を聞かなくなってました。なんか山時間にうまく乗っかったみたい。気分も、体も心地がいい。時間はいつも一定に流れています。誰にでも平等に流れています。山でも都会でも・・・。ただ、普段は体や心の本来のリズムとまったく違うリズムで時を計っているんですね。時計という便利な道具で。たまには時計を外して本来のリズムで過ごしてみるのもいいですね。いろいろなことを見つけられるし思い出せるし気づけます。時間に追われるのではなく時間を追いかける元気ももらえたりします。山時間 ありがとう!
2004/08/23
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お盆休みも終わり、世間が、仕事も平常に戻ったところで、ちょっと休みをとって山へ行ってきます。PCも持っていかずに、自然の中での~んびりしてきます。日記もちょっとお休みです。(といっても、今までだって休み休みでしたが・・・)新しい発見はあるかな? 楽しみです。では、また来週!
2004/08/18
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今回も、私が以前主催していたアウトドアサークルの会報誌から、表紙のコメントを紹介します。懐かし、はずかしシリーズpart6です。(会報は月1回だから1年以上つづいたけど、日記だとすぐ終わってしまう~~~。次のシリーズでも考えようっと)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 1年 365日 8760時間 52万5600分 3153万6000秒 誰でも同じ まったくの平等 あとはどんな使い方をしただけ・・・ 2日 48時間 2880分 17万2800秒せめてこれくらいは都合をつけて○○(サークル名)に遊びに来て下さい。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~時間の流れって早いと思いますか?ゆっくりですか?1年ってあっという間ですか?じゃ10年は?それでは一生は長いでしょうか? 短いでしょうか?当時は“3153万6000秒”って書いて、けっこう長いと思ったような気がします。でも今は少し短くなったように感じます。まぁ、早く感じようとも、長く感じようともはっきりしていることは、みんなまったく平等だということと必ず終わりがくるということ。残念ながら時間には限りがあるんですよね。でも限りがあるからいいのかもしれませんね。限りがあるからこそ、一瞬一瞬が輝くのかもしれません。だから自分にとって充実した時を過ごしたいですね。そう、人にどう言われたかではなくてね。さて、とりあえず、明日の86400秒を大切に過ごしますか。
2004/08/17
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今回も、私が以前主催していたアウトドアサークルの会報誌から、表紙のコメントを紹介します。懐かし、はずかしシリーズpart5です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ まいた種は いつか必ず 芽をだします。 いい種を まいてますか?出会いの楽しみ、初めての楽しみ、挑戦する楽しみ・・・○○(サークル名)はいろいろな楽しみの種をまいていきたいと思います。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~“思い”は“心の田んぼ”って書きます。何を思い今日を過ごしたのか。“心の田んぼ”にどんな種をまいたのか。“ありがとう”の種は“ありがとう”の花が咲き、“バカヤロー”の種は“バカヤロー”の花が咲く。そして・・・“ありがとう”の花には“ありがとう”好きな蝶がやってきて、“バカヤロー”の花には“バカヤロー”好きな蝶が集まる。そこには、言葉は態度ではなく、思いがはっきり表れる。とってもシンプルなことなのかもしれません。
2004/08/16
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今回も、私が以前主催していたアウトドアサークルの会報誌から、表紙のコメントを紹介します。懐かし、はずかしシリーズpart4です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ あなたが ふとそう思うなら みんなも、きっと 思っています 「たまには 会いたいな 声をききたいな」 「何してますか?」 ○○(サークル名)より~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いつも思い出しているわけじゃなく、いつも会っているわけでもない。それでも、どこか心の“つながってる感”が心地いい。今でもそう思える仲間たちに感謝です。楽天日記もどこか似たところありますよね。この“つながってる感”が好きです。みなさん これからもよろしく。
2004/08/15
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今回も、私が以前主催していたアウトドアサークルの会報誌から、表紙のコメントを紹介します。(“若き日”なんていうと自分がやけに年取ったみたいなので、シリーズ名変えました。)(ところで、私っていくつくらいだと思われてるんでしょうかねぇ・・・?)懐かし、恥ずかしシリーズpart3です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ いっぱい いっぱいのコップには 新しい水は 入れられません たまには中身を 入れかえなくっちゃね 心だって同じです 「忙しいな」「近頃、がんばり過ぎてるな」と思ったら たまには○○(サークル名)で気分転換を~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~まったく違った世界をもっているって、心のバランスをとるのに大切ですよね。いつでも、いつもどおりに向かい入れてくれる仲間たちに感謝です。
2004/08/13
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【若き日】シリーズを始めたら、記憶が突然、子供の頃にまで飛んでいっていまいました。“もったいないおばけ”って知ってます?私が小さな頃、物を粗末に扱うと、おばあちゃんに「そんなことすると“もったいないおばけ”がでるよ」って、言われました。おばけといっても、手のひら大のおばけで「もったいない~ もったいない~」って、体を揺らしながらささやく、かわいいおばけです。(もちろん私の勝手な想像ですが・・・)私は会ったことはないおばけに 「ごめんごめん。今度からきをつけるよ」と心の中で答えていたように思います。今、周りを見渡すと・・・物だけじゃなく地位や名誉やお金にも執着して、なんでもかんでも 「もっと欲しい、もっと欲しい」と独り占めしようとしている人っていませんか?そんな人は、つまらないことで争ったり、怒ったりして、目に見えない信頼やチャンス、時間、幸せを失っているんですよね。そんな人の周りにはブヨブヨに膨れ上がった“もったいないおばけ”が見えるような気がします。でも、そのおばけには以前のかわいらしさは微塵もないんだろうな、きっと。気をつけよっと。
2004/08/12
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前回に続き、私が以前主催していたアウトドアサークルの会報誌から、表紙のコメントを紹介します。懐かし、恥ずかしシリーズpart2です。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「できたらいいな」 ではなく「やろう!」 望むのではなく 決めることから すべては 始まるんだと思います。 「今度こそは、○○(サークル名)に行こう」 と決めちゃいましょうよ そうすれば、きっと叶うから。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~なんだか当時を思い出して、初々しい気分になってきました。
2004/08/11
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自分が主催していたアウトドアサークルの会報誌がみつかりました。ワープロで打って、コピーして・・・けっこう一生懸命作ってたんだよなぁ。表紙のコメントにこんなこと書いていたんだぁ~。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ちょっと道草くってみませんか? たまには遠回りしてみませんか? ゆっくりだから見つけられるもの けっこうあるんですよ。 あせらず、さわがず、のんびりと・・・ なのになぜか充実しているのが○○(サークル名)流~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~だって。ひゃ~。この時、どんな顔して書いていたんだろう。けっこう青臭い!? かわいかったなぁ。 ちょっと恥ずかしいなぁ。 でも、とってもなつかしいなぁ。
2004/08/09
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「百福(ひゃくふく)」って知ってますか?先日、親戚の書道の先生から掛軸をいただきました。そのには、「福」という漢字がずら~っと100個書かれていました。しかも、すべて字体が違うのです。詳しくは知らないのですが、すべて長い歴史の中で使われてきた字だそうです。誰が見ても「福」と分かるものから、これが「福」?というものまで。やたら角張った字やまんまるの字。字というよりむしろ絵といえるものも・・・。ふっと思いました。一言に「福」といっても、いろいろあるんだなぁ・・・って。漢字だけでもこれだけあるのだから、人間の幸福なら数えきれない形があるのも当然だなぁって。誰からみても幸せそうだったり、本人しかわからない幸せだってあるだろうし・・・。また、一人の人生でも、その時々で幸せの形も違うだろうし・・・。わかりやすい幸福から、後で気づく幸福もあるだろうし・・・。一見、辛いめぐり合わせでも、幸福へのステップだったり。一つの面だけ見たり、一つの物差しで計るだけでは、本当の「福」には出会えないってことなのかな? 「いい縁とは、けっして都合のいい縁ではありません 今は辛いめぐり合わせでも そこに意味を見つけられれば それは、きっといい縁なんだと思います」なんだか今日は発想がいろいろ飛んで、掛軸の「福」から以前に聞いたことのあるこんな言葉に行き着きました。本当に「人生はいろいろなんだ」と実感しました。(この言葉を、どこかのお偉いさんのように、詭弁に使ってほしくない!)
2004/08/08
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ボランティアで老人ホームなどを巡ってお年よりとのふれあい活動をされている方の話です。その方はよくお年寄りから「○○さんは若くていいねぇ」と言われるそうです。まぁ、それは普通のことですよねぇ。でも、その方の対応が普通じゃないんです。「なに言ってるの! 人生一寸先は闇。 どちらが長生きするか、誰にもわからないでしょ。 だから未来への可能性はみんな一緒なのよ。 ただ、ひとつだけはっきりしていることは、 自分の人生で今が一番若いってこと。 おばあちゃんもこれからの人生を考えたら、今が一番若いのよ。 よかったわねぇ、おばあちゃん若くて!」こう言われたお年よりは、み~んな嬉しそうに笑うそうです。なるほどねぇ。そうですよねぇ。前を向いて、人生を見つめた時、今が一番若いんですよね。何か新しく始めるんなら、一番若い今が最適ってことですね。いつだって人生はスタート地点。なんだか勇気と希望をもらえたお話でした。
2004/08/06
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ちょっとしたサークル活動の中で、みなさんの前で講話をする機会をいただきました。実際はボランティアでの講話だったのですが、その時、フッと疑問が浮かびました。Q.次の講演はいくらなら妥当だと思いますか? 1.○○くんのパパの「このごろ思うこと」 2.人事のプロの「本物を見極める目を養う」 3.心理カウンセラーの「深層心理に眠る真実とは」 4.キャンプディレクターの「自然と自然体」まぁ、立場によって感じ方は違うのでしょうけど、でも結構、差が付きました。(思いつきで作ったのでタイトルがダサダサですが・・・・)でも、実は、同一人物で同じ内容なんです。1~4とも私が講師なのですから。どの肩書きも、立場も役割もみんな本物ですから。(言葉遣いと服装が違うくらいでしょうか)ということは、われわれはいかに肩書きや立場、外見で判断してるかってことですよね。同じ言葉でも相手によってなかなか同じように受け取れないですものね。本物を見極めるための自分なりの基準、持っていたいですよね。こんな時、私は、「よく見る」のではなく、「感じる」ようにしています。ストンと腑に落ちるかとか、なんだか分からないけど違和感があるとか・・・。そんなちょっとした心の動きを信じるようにしています。けっこう当たったりします。心が平静ならね。ただ、欲張っていたり、イライラしていたり感情がざわついている時はダメです。まったく当たりません。自分ではこんなイメージなんです。静かな湖があって、満月が出ている夜です。湖面が静かなら鏡のように、まんまるい月が映ります。でも、風があるのか、物が投げ込まれたのか、湖面がバチャバチャと波立っていると、ま~るい月もゆがんで丸く見えません。心もそうなのかなって。心が平静なら、物事の本当の姿が映るし、感情でざわついていたら、いくら映しても本当の姿はわからない。だから私は大事な判断をする時、心が落ち着いているかどうかを、まず確認します。後は、度胸よく自分の感覚を信じて決断しちゃったりしてます。平常心 ――― 常に平らかな心 ――― これが本物を見極めるための基本なんでしょうね。じゃぁ、どうしたら平常心を保てるのか?これがまた難しい命題なんですよね。また、ゆっくり考えま~す。
2004/08/05
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しばらく山ごもりしてました。仕事、デジタル機器などなど慣れ親しんだ生活空間から、まったく隔離された自然の中へ。たった2泊ですけね。(だから日記も間隔があいてしまいました。)山すそに寝そべって、遠くかすむ頂上を見上げると、はるか彼方の登山道を登る豆粒ほどの登山客。圧倒的に大きい山塊とそれを包み込む青空。「本当に人間って小さいんだなぁ」「あの豆粒ひとつひとつに違った人生かぁ」ちっぽけな存在だと気づいたら、なんだかちょっとホッとした。「でも、その中には、計り知れない大きな心があるんだよなぁ」「自分にも小さな宇宙があるのか」どでかい自分の可能性を思うと、なんだかワクワクした。小さくて、大きな自分。そんなふうに思えたら、なんだかちょっと幸せな気分になれました。たまには日常を離れて、リフレッシュも必要ですね。
2004/08/03
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