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台風のため朝から三重県は大荒れ。死人も出てるらしい。今日はオフだったので、仕事にも行かず、こんな天候なので寮に完全引きこもり。今日、勤務だった人は大変だったらしい。職員数名の自宅が床上浸水になったり避難勧告が出たりして、早退した人が多く、人手不足で困っていたらしい。なんだ、言ってくれたら休日、交換してあげても良かったのになぁ。私、寮だから交通の心配がないからね。帰りに足がなくなった職員は、今日は寮にご宿泊されてます。ご愁傷様です。そういうわけで、休みだというのにどこにも出かけられず暇だったので、トップページをリニューアルしてみた。この絵は、先日のフランドル絵画展での作品でアブラハム・テニールスの「猿の床屋に猫の客」という絵。何度、見ても面白い(笑)動物の姿を用いることで、風刺的な効果が強められているらしい。猿は古い絵においては、ネガティブな意味を持っていて、悪に染まった者として見なされているという。この絵では、猫が鏡で自分を見ていたり、動物に置き換えて風刺することにより人間の虚栄心、愚考、浪費、軽率を非難している絵だという。ぎくっ!(笑)冒頭のマキァヴェリの言葉については、全くその通り。なんだかんだ言って、結果です。一生懸命に努力しても報われないこともあるけれど、それはその人の運命です。そういう場合は、運に見離されたか、努力の方向性を間違ったか、チャンスを逃したか、もともと神が自分にお望みでない役目なのに、自分の役目だと思い込んだ身の程知らずか、無知のゆえか。。。いずれにしても、神のお望みになることを感じ取り努力して、チャンスを逃さない人は、絶対に結果が出せるはず。結果が出せない人は、やっぱり何かを間違ってる人だと思う。だから、結果がすべて。神からの使命とチャンスを捉える勘のようなものは祈りによって与えられるものだと思う。最終的には、自分中心じゃなくて自分を冷静に客観視できる人が結果を出せると思う。でも、信仰心のない人間は自己本位に自分を捉えがちだから自分を客観視し難く、無駄な努力をし、遠回りすることが多い。神中心に物事を考えられる人間のほうが、自分を客観視でき、結果を出せる。
September 29, 2004
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今日は半休で、午前中のみ仕事。明日は完全に丸一日休日ということで、1.5休です。わーい(^O^)一般社会の人々は週休二日で2連休が当たり前なんだろうけど、うちの職場では、無理なお話です。1.5休もらえただけで、大喜びしちゃう。私って、なんて健気なんだろう(笑)そういうわけで、午後から仕事が休みだったので、ショッピングセンターまでお買い物。チーズ売り場をうろうろ。いつも600円ほどするブルーチーズが、半額になっていた。私は、いつもカマンベールチーズしか食べない。まぁ、値段が手頃というのもあるけど、トロトロして柔らかい感触が好きだから、カマンベールと決めている。他のチーズを買うこともあるけれど、基本的にナチュラルチーズしか食べません。殺菌処理したプロセスチーズとか面白みがなくて、好きじゃないのね。で、今日は普段は手を出さないブルーチーズが半額になっていたので、ちょっと買ってみた。ブルーチーズって、なんで、あんなに高いんだろうね。ブルーチーズ、決して嫌いじゃないから、もっと安かったら買いたいんだけど、私のような貧乏人が常食で頻繁に食べるにしては、ちょっと高いと思うのね。今日はフルールドレという輸入モノのブルーチーズが半額で、初めて買ってみたんだけど、これ、美味しい!いやー、高くても仕方ないよね…と思わせてくれる味でした。カマンベールもいいけど、この塩辛さは、カマンベールよりもワインに合うような気がするよ。あぁ、はまりそう。また、半額を狙おう(笑)寮の隣部屋の先生が大のクラシックファンなので、よくCDを貸し借りしているのだが、フジ子ヘミングのショパンを持ってた!早速、お借りして焼きました♪で、フジ子を聴きながら、明日は仕事がお休みなので、ワインとブルーチーズで晩酌(^^)幸せ~♪私はアル中ではないので、量はそれほど飲まない。1週間でボトルを1本あけるペースですが、酒屋さんのワインコーナーにある一本500円前後の手軽なワインを片隅から制覇するのが楽しみになっている(笑)意外と日本のワインが美味しい。今のところ、メルシャンのボンルージュとサントリーの彩色健美が美味しかったです。モンフレールという400円くらいのワインを一度買ったけど、やはり、ここまで価格を落とすとあんまり美味しくなかったです。やっぱり、普段用で美味しいと思えるのは、500円が底値かな。高くて美味しいのは当たり前で、そういうワインは特別な日に飲むことにして、安くて美味しいワインを探し続けたいものです。それにしても、ブルーチーズ美味しいなぁ。また、買いたいものです(安かったら)そういえば、うちの園長様(シスターですが。。。)施設の子に対して、虐待がひどい。。昨日は、奇声を発する子供の髪の毛を鷲づかみにして、頬を何回もペシペシ叩いてました。隣の部屋にいたけど、叩く音が聞こえるくらい、激しく叩いていた。で、部屋に行ってみると、その子が口から血を流してた。。。すぐに、看護婦を呼びに行きましたけど、「こんなこと、されるなんて、泣けてくる」と言って、看護婦さんが泣きながら治療してた。なんていうか・・・シスターは福祉と教育を混同してるような気がするよ。。。ここは、学校ではなく、福祉施設なんですよね。教育と福祉って、似てるけれど、基本的にちがうんですよ。教育というのは、より良く育つよう躾を施し、正しい方向へと導くことが目的なんだけど、福祉というのは、「あるがまま」を受け入れることなんですね。だから、教育学部出身の人と話してると、ちょっと目的がちがうかな・・・って思う。正しい方向へと教育したい人は学校の先生になって、学校で働けばいいんであって、施設というのは生活の場だから、リラックスする空間や雰囲気を作ることが目的なのになぁ。普通の人だって、家に帰ったら、くつろいでるでしょ?それと、同じで、施設とは、彼らにとっては生活の場なのだから、くつろげる場でなければならない。それが、福祉だし、教育とは全然ちがう。大体、普通の子ならまだしも、障害者で普通の学校に通えないから、施設に入っているのであって、それなのに「まっすぐ歩きなさい」「叫ぶのはやめなさい」「きちんと、こぼさずに食べなさい」とか、無理なことばかり言われて、本当にかわいそう。そんなことが出来るくらいなら、普通の学校に行って、普通に生活しているのであって、それが出来ない障害者だから、この施設に入っているというのに、まるで普通の子供たちと同じように出来ないからといって殴るのは、どーかと。普通の子供であっても、殴ることは絶対に許されないのに。きちんと上品に育って欲しいという思いは理解できるけど、厳しすぎる。園長様は、福祉援助者というよりも、教育者なんだな~って思う。でも、それでは困る。教育者になりたいなら、幼稚園や学校を建てるべきだった。ここは教育施設でも学校でもなく、北イタリアの貴族のご出身であられる園長様の学んだ行儀見習いのお嬢様スクールとも異なり、入居者のありのままを受け止め、あくまで生活の場である「福祉施設」ということを、理解して欲しいものです。
September 28, 2004
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今日は天気も良かったし園長様の許可が下りたので、うちのクラスの子供たちを海へ連れて行きました♪みんな、海を見るというよりも外出をすること自体が、年に数回だから、テンションあがりっぱなし。ドライブへ行く前に園長様が「お菓子を持って行きなさい」と手渡してくれたので、喜んでみたけれど、あけてみると、老人が好きそうな「栗しぐれ」という小さなお菓子が数個、入っていただけ(-_-;)折角、ピクニックに行くというのに栗しぐれって、どうなん??と言うことになって、どうせなら海を見ながら美味しいものを食べたいね…ということで、うちのクラスの主任が自腹で、途中のスーパーでクレープやジュースやケーキなどのお菓子をこっそり大量購入。本当は、健康上の都合もあり、決められたもの以外は食べてはいけないんだろうけど、まぁ、黙っていれば、他のクラスの先生にはバレないからね(笑)死にはしないだろうし、たまには一般社会の美味しいものも食べないとねぇ。そして、海に到着後、みんなで食べました♪でも、普段施設内しか歩き回ってないから、歩きなれていないということと、海を見て興奮しているらしくみんな心臓がバクバク鳴ってました。あまり長居して体調が悪くなると危険なので記念撮影をして帰園。そして、帰ってきて他のクラスの先生が「海、楽しかった?」と聞くと、みんな「楽しかった」と素直な模範解答で、よしよし…と安心していたら、普段、滅多に口を開かない子がポツリと「ジュース飲んだよ。甘かった~お菓子も美味しかったよ」と漏らしました(^_^;)「あら、そう…シュース飲んだんだぁ。。買ってもらったんだね。美味しかった?」との他のクラスの先生の質問に「うん!」と満足げに答えていた(笑)うちのクラスの主任の表情がその瞬間、引きつったけど、私は、知らないです(笑)いいじゃん、ちょっとお菓子食べるくらい。刑務所じゃあるまいし。
September 25, 2004
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今日は仕事が休みだったのでぼーっとしていたかったのだが、おばあちゃんシスターに誘われて津まで神父様の講演会を聴きに行きました。最初は眠かったんだけど、なかなか面白い講演会で聞き入ってしまった。この世界には、色んな法則があって、科学面での法則と精神面での法則に大別されるそうだ。例えば、科学面での法則では、重力によりビルから飛び降りたら死ぬであろうという知識を人間は持っているから、正常な人間は飛び降りたりしないし、ストーブの火は熱いと知っているから、だれもストーブの中に手を突っ込んだりしない。しかし、そういう知識のない乳幼児は高いところから飛び降りたり、ストーブに手を入れて火傷したりする。だから、まずは知ることが大切という話。同様に、精神面にも法則があって、こっちの解明は、残念ながら不透明であるが、たしかに法則がある。精神面を常にベストな状態に保てる法則があり、この法則を知ることにより人間は幸せを獲得できるということである。そして、科学的な法則+精神的な法則=神の業や知恵と呼ぶそうだ。なるほどねぇ。まぁ、科学的な法則の解明は、科学者にやらせておげば良いので置いておいて、精神的な法則の解明は、要するに自己コントロールが上手かどうか?ということなんだろうなぁ。自己コントロールできない人間って様々な依存症な人たちなのですが、やっぱり親から愛情をもらってない人たちのようです。親から愛情をもらっていないから、精神的に満たされておらず、人に優しく接する余裕がない。だから、教育って大事なんだな~って思いました。自己コントロールできる人間になれるかどうかは、親の教育次第。一概には言えないけど、共働きで保育所に預けてる子供って、やっぱり親の愛情に飢えてるから自己コントロールできない子が多いらしい。だから、いざというときに精神的に弱くて、勝てないらしい。共働きで、保育所通いの子供たちでも、親から愛されているという自覚を子供自身が持っていれば良いという意見もあるけれど、それは働いてるお母さんたちの屁理屈といい訳であって、現実的に子供の話をじっくり聞く時間が足りないでしょ?って思う。小学生くらいならまだしも、0歳児などの乳飲み子を預けて働く母親って、頭おかしいと思う。うちの施設の脳性麻痺の子供たちなんかのケース記録読んでると生まれてきたときは、まったく五体満足な赤ちゃんだったのに「生後3ヶ月で高熱が続き、脳性麻痺と診断される」とか、そんなのばかり。健康で生まれたからといって、安心できない。少なくとも3歳までは、精神的にも身体的にも用心しなければならない、大切な時期ですよね。そういわれれば、アレクサンドロス大王もカエサルも、成功した人たちってマザコンと言ってもいいくらい、みんな母親から愛情を受けた人ばかり。小さい頃に、最低限度の親の愛情を獲得できないと、後で伸びないような気がするよ。親からの愛情不足をバネに飛躍する人もいるけれど、そういう人は、並々ならぬ努力をし、神からの慈悲に気付いた幸運な人で、多くの人の場合、やはり親の愛情不足というのは、その子の後世に影響するほどの痛手だと思う。よかった~専業主婦な母親に育てられて。感謝してます(^^)
September 23, 2004
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以前から読みたかった『ジョゼと虎と魚たち』(田辺聖子著、角川文庫)が、古本屋で150円で売ってあったの買ってきて読んだ。短編なんだけど、近頃、映画化されたらしい。でも、残念ながら映画のほうは見ていない。脳性麻痺と診断されている25歳のジョゼという女性が主人公で、私自身、脳性麻痺の障害者施設で働いてるから、ちょっと興味があって、読んでみました。なかなか、よかった~わざとらしくないストーリーで、なるほど、なるほど・・・と思いながら、読めました。ジョゼは、ものすごく意地っ張りというか、気の強い女の子なんだけど、私の働く施設の園生たちも、ムカツクくらい気が強い(笑)普通に健康な人間のほうが、なんて、か弱いんだ・・・って、毎日思いながら仕事してます。知的障害で知能的に何も分からない状態であるのなら、まだしも、普通の知能を持っていながら身体だけ障害だと、ともすれば健常者よりも優秀であり、何もかも把握できているのに、身体の自由が利かないため、歯痒い思いをすることが多い。けれど、身体が不自由だからといって、彼らに同情したことは、正直、一度もありません。っていうか、彼らが、障害を持っておらず、もし社会に出ていたのなら、恐ろしいですねぇ。身体が弱いくらいで丁度良いというか、気の強さと身体の弱さでバランスが取れてるような…と思うくらい、気が強いからねぇ。。だから、可愛そうだと思ったことは一度もない。むしろ、毎日意地っ張りな園生を相手にして、振り回されている私のほうが、余程か弱くて、かわいそうな人ですね(^_^;)でも、一つだけ、かわいそうだな~と思うことがある。それは、恐らく死ぬまで、一度も恋人ができないばかりか、恋愛する幸福感を味わえないだろう…ということです。これだけは、見ていて可哀相だな…と思う。まぁ、恋愛がすべてではないし、恋愛しなくても死んだりしないけど、やっぱり、ちょっと空しいですね。この小説のジョゼは、脳性麻痺で生活保護を受給しながら、一人で生活している25歳の女性なんだけど、恒夫という年下の大学生と恋愛するというストーリー。恒夫の「市松サンのように美しく」「性の匂いはなく、旧家の蔵から盗み出してきた古い人形を運んでるような気がした」という表現が、いちばん、リアルで笑えました(^_^;)実際、脳性麻痺の障害者って、そんな感じ。みんな年をとっていても、お肌が不思議なくらいツヤツヤで、40代の人でも、脳性麻痺の人たちって、自分より年下に見えて、子供みたいに可愛いんですよね(^^)そして、身体はもろいから、お人形を運ぶように、そろり、そろりと運んでます。泣けた箇所は、25歳のジョゼが恒夫に「動物園に行って、虎を見たい」とデートのお願いをするシーンです。脳性麻痺だから、動物園をゆっくり見て回る機会が、これまでになく、「一ばん、怖いものを見たかったんや。好きな男の人が出来たときに。怖うてすがれるから。もし出来へんかったら、一生ほんものの虎を見られへん、それでもしょうない、思うてたんや」というシーンを読んだときに、ウルウルしちゃいました(T_T)やっぱり、こういう幸せは、親や友達では、味わえないものなんですよね。恋人とだけ味わえる幸せというか・・・女性としての幸せも体験できたジョゼは幸福だと思う。映画化されて、すでにDVDも発売されているようだが、原作があまりにも良いので、イメージがくずれそうで、映画のほうは、見るのがこわい(^_^;)しかしながら、『ジョゼと~』よりも、私は、山田詠美が書いた、この小説のあとがきの文の方が個人的には、ぐっときました。。その一文を要約すると「私は3歳で両親と札幌に住んでいた。母は妹を産むために入院していた。札幌に引っ越したばかりで、食事を作ってくれる親しい人もいず、私と父はとても不自由な生活をしていた。私の若い父は、私に来る日も来る日もフランスパンだけを食べさせた。ジャムとバターのバリエーションはあるものの、私は次第にうんざりして来た。私は、漠然と自分は不幸なのだと感じていた。けれど、健気な父の姿を見ると、その不幸を認めなければいけない運命なのだとあきらめて、私は毎日、三歳の子供にしては恐るべき淡々とした様子で毎日を送っていた。やがて母が帰ってきた。猿のような赤ん坊を抱いていた。私はどうしてよいのか分からなかった、そうか、これを手に入れるために母は私を置き去りにしたのだな、とやはり淡々としていた。父は出来たての赤ん坊に感激して、それをいじっていた。母は、留守にしてごめんねと言って、私の頭を撫でた。そして、ごほうびだと言って一枚のチョコレートを私に渡した。私はチョコレートを食べながら、声を立てずに泣いていたのだ」なんか、自分の小さい頃と全く同じで重なってしまった(笑)妹が生まれる時や入院してるとき、まさに、こんな心境だったなぁ。母が帰ってきたとき作ってくれた手料理って、心がこもっていて美味しかったなぁ。やっぱり、食べ物を与えるだけじゃなくて、心のこもった料理をみんなで食べることが子供の成長にとっては必要なんですよね。妹が生まれてくるときや、入院中も、たしかに餌は与えてもらったので、なんとか生きていたけど、それだけじゃ、子供っていうのは、満たされないんですよね。このとき、餌は与えてくれても誰も私のことを頑張ったねと誉めてくれる人はいなかったので、正直、親っていうものは、金銭的には頼りにはなっても、精神的には、あまり頼りにもならない人たちだな~と子供心に親に対して冷静に評価を下しましたね。お陰で、精神的に自立できました(笑)とは言え、大人になるまで、彼らの金銭的援助なしに生きていけないから、そういう意味では頼ったと思うし、感謝しているし、それだけで、十分与えられたと満足しています。しかしながら、親というものは、私にとって、それ以上の者でもなければ、それ以下の者でもない存在ですね。でも、私は自分が親になったら、子供にとって金銭以上の存在を目指したいなぁ。少なくとも、幼い子供が親に対して冷静に評価を下すような複雑な心理に追い込みたくないですね(^_^;)
September 21, 2004
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私は、今まで数々の食べ放題に挑んできました。福岡に住んでる頃は、日航やハイアットのケーキバイキングに彼と二人で食べに行って、居座ったりしたものです。学生の頃は、長崎の伊王島のルネサンス長崎伊王島(今はつぶれていて、もうない)まで、わざわざフェリーに乗って、スペイン料理食べ放題に行ったりもしたし、十代の頃は、母とシーホークホテルの中華バイキングなどにも出かけてました。しかし、最近、完敗に終わることが多い。年齢のせいか、胃袋が受け付けなくなってきて、以前の勢いがない。先日も、堂々と一人で、名古屋三越までカレーバイキングに行ったのですが、完敗に終わりました。もうバイキング、引退なのか・・・しかし、遠距離恋愛中で現在、関東に住んでる彼が、某ホテルのチーズケーキバイキングに行った際の美味しそうなケーキの写真を自慢げに送りつけてきました(-_-;)あぁ、いいな~私は、悪いけど、彼なんかより、チーズを愛しているという自負がある。毎朝欠かさないし、私にはなくてはならないものです。これは、是非とも私が食べなければ。。。また、私のバイキング意欲がメラメラと湧き上がってきましたよ(笑)このバイキング、数年後にまた、ある予定らしいです。その頃は、もう彼の奥さんになってるだろうから、彼と一緒に制覇しにいきたいものです(^^)美味しいものは別腹なので、入るだろう(笑)
September 20, 2004
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明日は休み♪休日の前日の夜って、なんか幸せ~(^^)今日は仕事が終わってから、いつものイタリア料理屋にピザを食べに行って来ました。で、ドリンクバーのコーヒーをダラダラ飲みながら、『男の肖像』(塩野七生著、文春文庫)を読み終えた。どんな男たちの肖像を取り上げてるのかといえば、ペリクレス、アレクサンダー大王、カエサル、北条時宗、織田信長、西郷隆盛、ナポレオン、フランツ・ヨゼフ1世、毛沢東、チャーチル、コシモ・デ・メディチ、マーカス・アグリッパ・・・など。どの人物も、あまりにも世間一般に十分に知れ渡った有名どころばかり。こういう人物を取り上げて論じるのは、自信がないと書けないですねぇ。読んでいて、感じたことは、ここで取り上げられたどの男たちにも共通して言えることは、これほど名をあげた人物であるのに、みなさん質素だな…ということです。ペリクレスなんて粗食だし。上質な人って、意外と質素なんですね。この本を読んでいると、なんだか、街を歩いている、ブランドものを着飾った人間が、安っぽい人間に見えてくる。私が、最も歴史上の人物で好きな男性は、コシモ・デ・メディチですね。お金持ちだから好きなんじゃないですよ(笑)生きたお金の使い方をした人で、哲学を持ってるところが好きです。この本にも取り上げられていて、またまた好きになってしまった。コシモもあれほどの富豪でありあがら、庶民の着る服しか着なかった。自分の莫大な財産は、ダビンチやミケランジェロなどの多くの芸術家・建築家を育成するために投資したという。自分が着飾ることよりも、フィレンツェの街全体の文化レベルを向上させ、後世までも残る、文化的遺産を創造させることの方が、彼にとっての楽しみであり、生き甲斐だったのだろう。彼の残した「われわれメディチ家が追い出されるまでに、50年とは要しないだろう。だが、モノは残る」という言葉が、すごーくコシモのクールな人柄を現してるなぁ・・・と思いました。現に、コシモの残した言葉の通りになった。コシモは政治家ではないし、ただの財産家で一庶民として生き、一庶民として亡くなり、葬儀も質素なものだったという。コシモが文化に投資することで、自分の名前を後世までも残したいという野心があったのか、それとも純粋に文化に貢献したいという生まれ持ったセンスや上品さからくるものだったのか、私には、判断がつかない。しかし、コシモという男は、莫大な財産を自分や身内のためだけに使うのではなく、街全体に貢献することの楽しみと喜びを知ってる人で、かつ、そういうお金の使い方こそが、生きたお金の使い方だという考えの人物だったんだと思う。こういう男って、粋ですね。たしかに、お金を持ってないとできないことで、貧乏人には真似できませんが、仮にコシモほどの大金持ちになったとしても、こういうお金の使い方が出来る人って、なかなかいないでしょ。つくづく考えてみるに、コシモはスポンサーとして、多額の資金を芸術や建築に投資したけど、長い目で見たら、安いもんだと思うんですよね。だって、これから何世紀にも渡って、フィレンツェの町には、ラファエロやボッティチェリ、ミケランジェロなどの芸術作品を目当てに、世界中から多くの観光客が訪れ、お金を落として行ってくれる。地球が滅びるまで、フィレンツェの町は、お金儲けが保障されたようなものですよ。イタリア人は、お昼寝して、のんびりバカンスを楽しんでいても、コシモが一生食べさせてくれるから、いいな~そう考えたら、コシモの投資は、なんて安いものなんだろう(笑)フィレンツェに限らず、イタリア全体がそんな感じ。歴史や芸術を愛し、大切にできる国や街は、一生、食いっぱぐれないだろうな。日本はというと…ヨーロッパに匹敵する遺産はないな。世界から観光客を大勢呼び寄せるほどのものが少ない気がする。文化に思い切って、お金をどーんと投資できない小心者の日本人は、日銭をあくせく稼いで、その日暮らしするしかないようだ(笑)そういえば今日、ようやくCNN ENGLISH EXPRESSが届いた~これ、10月号から定期購読することにした。以前は、TIMEを定期購読していて、活字中毒な私は、英語の読み書きは、そこそこ出来るという自負があるんだけど、字面を追えても、「この単語って、本当はどんな発音するんだろ?」と思って、読むだけじゃなくても、生の発音を聞きたくなってきた。で、今回はTIME購読はやめて、こっちに浮気してみました。特典でついてきた、和英口語辞典が、読んでいたら面白い。暇なときに、拾い読みしようっと。
September 16, 2004
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休みなのに、早起きしてしまったため、洗濯をして、寮から一番近いJRの駅を探しに行ってみた。いつも、お出かけするときは近鉄利用なのでJRは、利用したことがないんだけど、伊勢へ遊びに行くのはJRが安くて便利だと気付き、ちょっと探しに行ってみたのですが・・・さすが田舎~当然、無人駅なんだけど、公衆トイレみたいな小さな駅でした(笑)でも、寮から自転車で10分程度で、便利なことに気付いてよかった。お昼からは、彼とメッセでおしゃべりしてました(^^)また、日記のお題をもらった。。今回のお題は、「子どもについて思うこと」。子どもは神様からの授かりものなので、もし授かったならば、大切に育てたい。授からなかったら、別に無理して欲しくないです。人工授精とか代理出産とか、不妊治療とか痛い思いをして、大金つぎこんでまで、欲しくないなぁ。そんなに必死になってまで生産しなくても、私は彼がいるだけで、私は十分幸せだし、家庭の中心は子どもじゃなくて、夫婦だと考えてるから♪子供がいないとつながらない夫婦なんて、かわいそうですよねぇ。子供なんか、いなくてもつながっていられる夫婦でありたい(^^)自分の親や兄弟や子供は、大きくなれば巣立っていくし、一時的に生活を共に過ごす存在に過ぎないけれど、配偶者だけが一生、生活を共にする関係なのだから、夫婦の関係を最優先にしたいです。子離れできない親になりたくないし。でも、もし授かったならば、愛する彼と私の子供だから当然、大切に育てますよ(^^)前向きで、真理の道から外れず、自分の力を信じきって前に進む子供であって欲しいものです。あと、音感や味覚や色彩感覚とか、とにかくセンスの良い子供になるように教育していきたいものです。英才教育をするつもりはサラサラないけど、美的センスがあるかどうかは、親の教育にかかってると思うんだよね。後から、どんなに努力しても絶対に身につけられないものだし、こればかりは、一生懸命勉強しても、獲得できない、どーしようもないものだから。育った環境が何より大事。よくいるでしょう?地位も名誉も手にしても、品がなくて、センスの悪いコテコテな人。ああいうのは、最低だと思うんだよね。小さい頃にセンスを見につけないと、もう絶対に無理。贅沢は一切させませんが、素材の美味しい食べ物や、美しい音楽や、きれいな花々や美しい絵などに、出来るだけ多く触れさせてあげたいです。あとは、お父さんのことが大好きになるような子供に育てたいですね(^^)
September 12, 2004
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やっと『罪と罰』読み終わった~もう何度、読書放棄しようと思ったことか(ーー;)で、感想ですが。。。一言で片付けると、感動はしませんでした(-_-;)でも、絶望的でもない結末でした。いまいち割り切れないのは、強盗殺人をおかした青年がいつ自分の罪を心から反省するのだろうか?と思いながら、ページを読む進めていったんだけど、主人公の青年は、犯罪をおかしたことに対して「後悔」はあったけど、「反省」してないような気がするんですけど。なんていうか、貧しいながらも仕送りをし続けてくれた母の愛情を裏切って申し訳ないとか、最愛の妹を悲しませたことに対しての良心の呵責や、申し訳なさ、後悔、そして、強盗殺人をおかしてビクついてる自分の小心者ぶりへの情けなさに対する苛立ちなどはあったけど、最後の最後まで、自分が殺した老婆等に対しては、「申し訳ない」の一言が何ら発せられてないのが、私としては許せないな~と思いました。彼がシベリアへ流刑されて監獄の中で苦悩する場面でも、自分自身の未熟さに絶望し、周囲に心を閉ざしているのであって、自分が殺した者たちに取り返しのつかない罪をおかしてしまったという申し訳なさからくる絶望ではないというのもなんだか、むかつきました。もっと、殺した者たちへの心から反省する場面が描かれているストーリーなのかな?と希望を持っていただけに、なんだかねぇ。。。っと感じですよ(-_-;)まぁ、でも自殺もせずに、監獄の中で廃人同様だった彼が生まれ変われたのは、犯した罪を心から反省したというよりも、こんな重大な罪をおかしていながらも絶えず受け止めてくれて待ってくれている女性の存在があったからだろう。人間は、たった一人の誰かに愛されてさえいられれば、どんな状況下であっても、生まれ変わることができるんだなぁ・・・と、そこだけは、希望が持てました。でも、あんな罪をおかしていながら、ノウノウと愛されて生きていられるなんてやっぱりムカツクけどね。でも、まぁ、漱石の『こころ』の愛してくれている奥さんがいながら、その愛にも気付かずに、友を裏切ったことに対して自殺するしか術がないと勝手に苦悩して勝手に結論づけて自分勝手に自殺しちゃった主人公の先生よりは、まだ救いがあるし、考える力があるということで許してやろう(笑)でも、重大な罪をおかしていながらも愛にすがって図太く生きていけるのはやっぱりキリスト教の思想が土台にあるからだと思う。罪をおかしても、神は絶対に許してくれるという信仰があるからこそ図太く生きていけるんですよね。だから、欧米人は図々しいし力強い。日本人にはない、思想だな。あと、ソーニャという娘が、どん底に貧乏でも心が自由でいられるのはキリストを信仰していられるからなんだと思う。いくら信仰していても、目の前の現実に食べるものさえなかったらそんなに穏やかでもいられないだろうに、穏やかでいられる精神力は、すごいな~と思いました。一見、頭が悪そうで気が弱そうで無力に見えたとしても、どんな状況下にあっても真理から外れずに自分の信念を絶対的に持っているソーニャみたいな人が、最終的には強い人なんだろうな~と思いました。なかなか、いないけどね。ロシア文学というものをこの年齢にして初めて読みましたが、あまり好きじゃないかな(笑)この時代のロシアはドイツに偏見があるのか「ソーセージ女」とか「ビール飲み」だとか、ドイツ人への差別用語がすごいな~と思いました。あと、この時代は、精神病に対して、まだまだ理解がないらしくそういう描写も今の時代から見たら、大袈裟というか。。。まぁ、その時代の社会の様子が伝わってくる小説ではありましたが。とりあえず、20代のうちに『罪と罰』を読み終えて良かった(笑)私はこのまま、この本を読まずに老人になってしまうのでは?と危惧していたので。さて、今度はもっと楽しそうな本を読もうっと(^_^;)
September 9, 2004
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昨夜、地震があった。最初は夜の7時頃。これも、かなり揺れたけど、0時過ぎの二度目の揺れが、すごかった…寮なので、まぁ、非常事態は誰かが助けてくれるので安心だけど、みんな部屋から飛び出してきましたよ。こういう地震って、関東にお住まいの人たちは慣れてるのかも知れないけど、九州生まれの私は、あんまり地震って体験したことなく、本当にこわかったです。ガラスのコップが転がっていって、割れちゃったし、戸棚からは、色んなものが落ちていた。大きな揺れが収まっても、まだ、ユラユラ揺れていたんだけど、このとき、私は何をしていたのかというと、まだ寝ていませんでした。ちゃんと起きていました。で、どこにいたかというと、実は、トイレの便座に座っていたんですね(笑)揺れが始まったときに、まずに最初に思い浮かんだことは、「トイレで死ぬのは、私のプライドが許さない」と(^_^;)そういうわけで、地震騒動で、なんだか脳が興奮状態になって、なかなか寝付けずに、朝を迎え、今日はたまたま休日だったのですが、朝になっても相変わらず眠くないので、今日は、お昼少し前に自転車に乗ってパスタを食べにおでかけ。ドリンクバーがあるので、お代わりしながら『罪と罰』の下巻を熟読。その後、前から行きたかった古本屋にでかけて、本を物色。塩野七生さんの小説を6冊ほどまとめ買いして、かなり満足♪それから、スーパーに立ち寄り、お菓子などを買って、帰宅後、さすがに疲れて、眠りました。☆今日食べたもの☆パスタアイスケーキからあげチーズパン里芋の煮物味噌汁ブリ梨
September 6, 2004
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最近、仕事が忙しくて日記を書くのをさぼっていたら、これを読んでくれている彼から「何か書いて欲しい」とリクエストがあったので今日は、真面目に書くことにする。でも、特に書くべきこともないので、彼から、お題を頂きました。「新婚生活について思うこと」なのですが…とりあえず、仲良く過ごすことができたら私は、それだけで満足です(^^)あとは…何よりも健康に過ごせるようにまずは、食生活に気を配りたいと思います。だから、栄養バランスのとれたご飯を作ってあげたい♪肥満家族になるのだけは、何としてでも阻止したいものです(笑)最初はお料理下手かもしれないけど、頑張りまーす(^^)あと、彼はSEとかいう私とは全くジャンルの異なるお仕事をやってる人で、かなり残業が多く、疲れて帰ってくるらしいので、仕事から帰ってきたら「お帰りなさい、お疲れさま~」と、言ってあげたいです。それから、休日の日は、二人でケーキ屋さんとか、美味しいものを食べに行きたいなぁ。いつも美味しいケーキ屋さんとか東京の自慢話を聞かされてばかりいるので、話だけじゃなくて、色んなところに連れて行ってもらわないと~まぁ、連れて行ってもらえなくても、私のことだから、一人で勝手に行くだろうけど(笑)仕事で疲れていて出かけるのがツライときは、二人でゴロゴロ、お昼寝したいです♪あとは、喧嘩はやめようね。喧嘩すると、お互い食欲がなくなるから、健康に悪いです。。。彼と喧嘩したときは、本当に悲しいです。とりあえず、悪くなくてもさっさと謝って一刻も早く、水に流したいものです(^_^;)まだ、二人とも社会人になって日が浅いし、東京は家賃も高いだろうし、生活もキツイかもしれないし、楽しいことばかりじゃないかも知れないけど、一緒に過ごせるだけで幸せ~ということを、一緒に暮らし始めてからも、忘れないでいたいものです(^^)今、遠距離で離れていて淋しいぶんを、一緒になってから埋め合わせたいなぁ。でも、まさか自分が結婚するなんて正直、思わなかったなぁ(^_^;)私は、自分が可愛くて仕方がない人だから、家庭のために尽くす専業主婦って、理解に苦しむ存在でした。でも、今は、理解できるようになりました(^^)自分の大切な楽しみや趣味はもちろんあるし、仕事も大切だけど、そんなことは、彼の存在と比較すれば極々小さなことだな~と思う。でも、逆に、彼がいなかったら、趣味やお金があっても楽しくないし、美味しいものを食べても美味しいと思えないかもです。私のこれからの人生にとって彼は欠かせない存在だし、私の一番の趣味が彼なので、結婚すること対して、何の迷いもなくて幸せで良かった♪いつも優しくて、感謝してま~す。これからも、ずっとラブラブでいようね(^^)
September 4, 2004
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