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ウォール・ストリート・ジャーナル紙は2月13日、ウラジミール・プーチン露大統領がキエフの長期的独立を保証するウクライナとの和平協定に同意しない場合、アメリカ政府はモスクワに対して制裁、場合によっては軍事行動を仕掛けるだろうとJ・D・バンス米副大統領述べたと伝えた。ロシア政府はこの報道について説明を求めたのだが、バンスはそうした発言をしていないと主張、副大統領の広報担当はこの記事を「完全なフェイクニュース」だと批判した。 アメリカやその従属国の有力メディアは2001年9月11日以降、偽情報の比率が高まり、2011年春からジハード傭兵を使ってリビアやシリアを攻撃し始めてから、少なくとも国際問題では、正しい情報を探すことが難しくなっているので、今回の「報道」も驚きではない。 1991年12月にソ連が消滅して以来、アメリカはNATOを東へ拡大させ、ロシアへ迫ってきた。1999年3月にはユーゴスラビアを先制攻撃で破壊している。ジョージ・W・ブッシュ大統領の人気が半年を切っていた2008年8月、北京の夏季オリンピックに合わせてジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃したが、その背後にはアメリカやイスラエルが存在していた。 アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズは元特殊部隊員を2008年1月から4月にかけてジョージアへ派遣して軍事訓練を実施、イスラエルの会社は2001年からロシアとの戦争に備えてジョージアへ武器を提供、それと同時に軍事訓練を行ってきた。 ジョージアの部隊を訓練していた会社とはイスラエル軍のガル・ヒルシュ准将(予備役)が経営する「防衛の盾」で、予備役の将校2名の指揮下、数百名の元兵士が教官としてジョージアへ入っていた。しかもイスラエル軍の機密文書が使われていたとする証言もある。アメリカのタイム誌によると、軍事訓練だけでなく、イスラエルからドローン、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどの提供を受けている。(Tony Karon, “What Israel Lost in the Georgia War”, TIME, August 21, 2008) 攻撃の前、2008年7月10日にはアメリカのコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問、攻撃直後の8月15日にも彼女は同国を訪問してミヘイル・サーカシビリと会談している。ジョージアの軍事作戦を指揮したのはアメリカ政府ではないかと疑われても仕方がない。 アメリカやイスラエルの動きを見ると、この奇襲攻撃は対ロシア戦争の予行演習だったように感じられるが、ジョージア軍はロシア軍に粉砕されてしまった。 次のバラク・オバマ政権は師のズビグネフ・ブレジンスキーを真似てジハード傭兵を使い始め、2014年2月にはウクライナでビクトル・ヤヌコビッチ政権をクーデターで倒した。そのクーデターの主力として使われたのがステパン・バンデラを信奉するネオ・ナチのグループだ。 このクーデターでロシアに対する圧力を強め、またロシアとヨーロッパを分断しようとしたと見られている。当時、ロシアとヨーロッパが接近していたが、両者を繋いでいたのがロシアの天然ガス。その天然ガスを運ぶパイプラインの多くがウクライナを通過していたことから、ウクライナをアメリカが制圧すれば、ヨーロッパから安いエネルギー資源を奪い、ロシアから大きなマーケットを奪うことができる。ヨーロッパとロシアを弱体化できるということだ。 アメリカとイギリスの情報機関は2014年9月から12月まで香港で反中国政府の「佔領行動(雨傘運動)」を展開している。この運動とウクライナのクーデターを見た中国はロシアへ接近。ロシアにとって中国は新たな天然ガスのマーケットというだけでなく、アメリカに対抗するための同盟相手になっていく。 かつて、ヘンリー・キッシンジャーを含むアメリカの支配グループは中国とソ連を分断する政策をとっていたが、1970年代から台頭してきたネオコンは腕力で世界支配を目指した。その結果、中国とロシアを接近させてしまった。 2015年になるとオバマの後任大統領はヒラリー・クリントンに内定したという話が流れたが、そこでキッシンジャーが動き始め、16年2月3日にはモスクワを訪問して米露の関係修復に乗り出した。その後に登場してくるのがドナルド・トランプ。その年に実施された大統領選挙でヒラリーはトランプに敗れた。そこで民主党、CIA、FBIなどはトランプをロシアゲートなる作り話で攻撃し始めた。 その一方、オバマ大統領はロシアとの関係を悪化させようと必死になる。任期終了が迫る中、ワシントンのロシア大使館とサンフランシスコのロシア領事館に勤務する外交官35人に対して国外退去を命じ、ロシア政府が所有する2つの土地への立ち入りを禁じた。 結局、トランプの第1期目はオバマ時代と同じような政策を実施することになったが、ジョー・バイデン政権を挟んで今年から始まったトランプの第2期目はネオコンからの攻撃をかわすことに今のところ成功している。 現実を無視した好戦的な発言を繰り返してきたマーク・ルッテNATO事務総長はここにきてトーン・ダウン、和平協定の一環としてウクライナをNATOへ加盟させるという約束はしていないと言い始めた。 ウクライナの問題はキッシンジャーが2022年5月の段階で言っていたような方向へ動いているが、西側は当時より厳しい条件を受け入れざるをえない。今後、医療分野にもメスが入るだろうが、懸念されているのはパレスチナ問題だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.16
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タルシ・ガバードが2月12日にDNI(国家情報長官)へ、その翌日にはロバート・ケネディ・ジュニアが保健福祉長官へそれぞれ就任した。いずれもかつては民主党に属していたが、同党をネオコンが主導するようになってからふたりは党から離れざるをえなくなった。 2019年末から世界を揺るがせてきたCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動で重要な役割を演じてきたCDC(疾病管理予防センター)、FDA(食品医薬品局)、NIH(国立衛生研究所)が保健福祉省の部局に含まれている。1984年11月から22年12月までの期間、アンソニー・ファウチが君臨してきたNIAID(国立アレルギー感染症研究所)はNIHの一部門だ。 COVID-19騒動はアメリカ国防総省のプロジェクトだが、この問題に限らず、医療と軍事の関係は緊密になっている。生物化学兵器の開発ということもあるが、感染症を口実として人びとの行動を制限するなど、軍事色を隠して軍事作戦を展開することができるからだ。 医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワは公開された関連文書の分析から、COVID-19騒動を軍事作戦だと2022年初頭の段階で主張していた。彼女によると、2020年2月4日に保健福祉長官はCBRN(化学、生物、核、放射線)緊急事態に関するふたつの宣言をしている。WHO(世界保健機関)がパンデミックを宣言したのは3月11日のことだ。 宣言のひとつがEUA(緊急使用許可)で、大量破壊兵器が関与する重大な緊急事態を想定、CBRN物質に対する対抗手段を安全性と有効性を確保するため、規制監督なしに使用する許可だ。 そしてPREP法の宣言。EUAに基づいて使用する対抗手段によって生じる可能性がある付随的損害について、誰も法的責任を負わないことを保証している。要するに免責。2029年12月31日まで有効だ。 2020年2月4日、保健福祉長官だったアレックス・アザーは大量破壊兵器が関与する重大な緊急事態が発生したと判断、EUAを宣言したということになるのだが、世界的に見ても「新型コロナウイルス感染症」の確認症例は少なく、国家安全保障に脅威を与えるような事態ではなかった。 そうした中、国防総省から「新たに発見されたSARS-2ウイルスが国家安全保障上の脅威となっている」とする連絡があったと製薬会社の幹部が話している音声が録音されている。 ラティポワによると、国防総省パンデミック対策コンソーシャムに参加しているアストラゼネカなどの製薬会社は国防総省から「新型コロナウィルスが国家安全保障上の脅威となっている」という電話を受けている。そのコンソーシャムは2017年に設立され、昨年2月の段階でも国防総省が管理しているという。 WHO(世界保健機関)が目論んだ「パンデミック条約」はそうした軍事的な仕組みを世界へ広げるものにほかならない。国防総省と契約した企業は情報開示を免除され、問題が発生しても免責されるが、当然、医薬品メーカーにも当てはまる。 ところで、保健福祉長官が緊急事態に関する宣言をした翌月、3月9日の段階でもトランプは通常の手段で対処できると考えていたのだが、11日に態度を変える。12日にはヨーロッパ、イギリス、オーストラリアからの渡航をすべて停止、13日に保健福祉省はパンデミック政策の権限をCDCから国家安全保障会議へ、最終的には国土安全保障省へ移管する機密文書が作成された。10日に何かがあったとジェフリー・タッカーは推測する。 彼の仮説は、3月10日にトランプが信頼する情報源がトランプに「極秘情報」を伝えた。教科書には載っていない恐ろしいウイルスが武漢の研究所から漏洩したと脅し、mRNAプラットフォームに関する20年間の研究の成果で、ワクチンを数か月で展開できるので、選挙の前にワクチンを配布できると保証したのではないかという推測だ。そうなれば再選は確実で、歴史に名を残すこともできると言われたかもしれない。その結果、トランプはロックダウンを決断、経済を破壊してしまった。そして「ワクチン」というタグのつけられた遺伝子操作薬が数十億人に接種されることになった。 再選に失敗したトランプは自分が騙されたことに気づいたはず。第2期目には真相を明るみに出し、自分を騙した勢力に報復しようと決意している可能性がある。ロバート・ケネディ・ジュニアならできるかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.15
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ドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領が2月12日に電話で会談したことが明らかになった。トランプによると、ウクライナ、中東、エネルギー、人工知能、ドルなどの問題について話し合ったという。 ウクライナに関しては、NATOに加盟せず、アメリカやNATOではなくヨーロッパがウクライナの安全保障の責任を負わねばならず、アメリカは地上軍を派遣しないといったことが合意されたようだ。 電話会談が行われたその日にピート・ヘグセス国防長官はウクライナがNATOに加盟することはないとしたうえで、2014年当時の国境に戻そうとするのは「非現実的」だとしている。言うまでもなく、2014年はバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使ったクーデターでウクライナのビクトル・ヤヌコビッチを排除、ヤヌコビッチの支持基盤だった東部で内戦が勃発した年。へぐセスの発言はウォロディミル・ゼレンスキーが主張していた「交渉再開の前提条件」を否定するものだ。 今後、ロシアとの交渉はマルコ・ルビオ国務長官、ジョン・ラトクリフCIA長官、マイケル・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官、そして中東担当特使のスティーブ・ウィトコフが主導するとトランプは表明したが、その中にウクライナ/ロシア担当特使のキース・ケロッグが含まれていないことに注目する人もいる。 ケロッグは彼と同じトランプの安全保障政策顧問を務めていたフレデリック・フライツとふたりで昨年6月、ウクライナにおけるロシアとの戦争を終結させるための和平プランをトランプに提示した。ロシアとウクライナ、両国に和平交渉を強制するというものだが、そのプランの前提はロシアが軍事的にも経済的にも疲弊していること。その前提が間違いだということは本ブログでも繰り返し書いてきた。 トランプは第2次世界大戦のことにも触れ、「ロシア」の犠牲について語っている。この大戦でドイツ軍は1941年6月22日に約300万人のドイツ軍は西側に約90万人を残してソ連に対する軍事侵攻を開始、そのドイツ軍をソ連軍が倒したのだが、その事実を西側世界は隠蔽する工作を続けてきた。 ドイツと英仏との不可解な動きはドイツ軍がソ連を軍事侵攻する前にもあった。1940年5月下旬から6月上旬にかけての時期にイギリス軍とフランス軍34万人はフランスの港町ダンケルクから撤退しているが、その際にアドルフ・ヒトラーは追撃していたドイツ機甲部隊に進撃を停止するように命令したいるのだ。その命令がなければ英仏軍の部隊は降伏するか全滅していたはずである。 ソ連へ攻め込んだドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。1941年10月2日からドイツ軍はモスクワに対する攻撃を開始、10月3日にヒトラーはソ連軍が再び立ち上がることはないとベルリンで語っている。同じ頃、ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官を務めていたヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測しているが、それでもイギリスは動かなかった。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まる。当初はドイツ軍が優勢に見えたが、11月にソ連軍が猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人はソ連軍に完全包囲され、43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名は降伏する。ドイツの敗北はこの時点で決定的になった。その1月にウィンストン・チャーチルとフランクリン・ルーズベルトはカサブランカで会談、シチリア島とイタリア本土への上陸を決め、「無条件降伏」を要求を打ち出している。 計画通り、その年の7月にアメリカ軍とイギリス軍はシチリア島に上陸。ハスキー計画だ。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏する。ドイツ軍の主力は東部戦線で壊滅していたわけで、難しい作戦ではなかった。 つまり第2次世界大戦でドイツ軍と戦ったのは事実上、ソ連。ドイツはソ連に負けたのだ。ところがジョー・バイデンを担いでいたネオコンはこの歴史的な事実を否定している。そうした御伽話を人びとに信じ込ませる上で重要な役割を果たしてきたのがハリウッド映画にほかならない。 ドイツ軍によるソ連への軍事侵攻、いわゆるバルバロッサ作戦はウクライナとベラルーシに対する攻撃から始まる。同じ動きをNATOはソ連が消滅してから見せ、2004年から05年にかけて「オレンジ革命」でウクライナ制圧に取り掛かる。そして2014年2月のクーデターだ。 ネオコンは新たなバルバロッサ作戦を始めた。ロシアでもアメリカでもプーチンの動きが鈍かったと批判する人がいるのはそのためであり、動き出したロシアを止めることは困難である。トランプもそのように判断した可能性がある。 大統領に就任した直後、トランプはウクライナにおける戦闘でウクライナ兵の戦死者は約70万人だが、ロシア兵はそれを上回る100万人近くだと主張していた。ところが今回、「ロシア/ウクライナとの戦争で数百万人の死者が出るのを止める」ことで両首脳は合意したとトランプ大統領は述べた。ウクライナよりロシアの方が死傷者が多いという主張を撤回したように見える。 オバマ政権やバイデン政権はウクライナでCOVID-19プロジェクトを含む生物化学兵器の研究開発、資金援助に絡むマネーロンダリング、武器弾薬の横流し、人身売買、臓器密売などの不正行為に利用されてきたと言われている。ウクライナでの戦闘が終結すれば、こうした不正が摘発される可能性がある。摘発が実現すれば、2001年9月11日に主導権を握ったネオコンの天下が揺らぐかもしれない。 トランプとプーチンは「中東和平」についても話し合ったというのだが、パレスチナでは停戦合意が崩壊寸前だ。ウィトコフ中東担当特使は1月10日にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に電話、ガザでの停戦にこぎつけたが、停戦合意が1月19日に発効した後でもイスラエル軍はガザで住民を殺害、3週間足らずで110人が殺害されたという。ガザに住む約200万人をヨルダンやエジプトへ移住させ、人のいなくなった土地を「中東のリビエラ」にするという地上げ屋的な計画はイスラム諸国から拒絶されている。ここでもロシアの力を借りざるをえないのかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【追加】 アメリカ、ロシア、ウクライナの代表が来週、サウジアラビアで会議を開催すると伝えられている。ゼレンスキーだけでなく、ジョー・バイデン政権(ネオコン)に従属し、自国を破壊へと導いたヨーロッパの「指導者」は追い詰められた。
2025.02.14
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アメリカ政府とロシア政府はウクライナ情勢について外交交渉を続けていると伝えられている。ドナルド・トランプ米大統領はロシアに対して軍事的、あるいは経済的な圧力を加えることで速やかに停戦を実現するとしていたが、すでにアメリカをはじめとする西側が約束を守らないとウラジミル・プーチン露大統領が判断している現状では口先だけで戦闘を停止させることは困難だ。 パレスチナの問題でもそうだが、トランプ大統領の発言は事実を無視している。そこで、彼は交渉の手段として現実離れしたことを口にしているのだと推測する人もいた。実現不可能な計画は計画でなく、カモフラージュの御伽噺だということだが、ここに来て状況を理解できていないという見方が強まっている。 トランプは大統領選挙で勝利した直後の昨年11月にキース・ケロッグ退役陸軍中将をウクライナ/ロシア担当の特使に任命した。この軍人は選挙期間中の2016年3月からトランプの安全保障政策顧問を務め、大統領就任後の18年4月から21年1月まで国家安全保障問題担当副大統領補佐官を務めている。 トランプは前回、マイケル・フリン元DIA局長を国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命したのだが、民主党やCIAから激しく攻撃されて2017年2月に解任されてしまう。それほど恐れられていたと言える。そのフリンほどかどうかは不明だが、ケロッグをトランプが信頼しているとは言えるだろう。 ケロッグは彼と同じトランプの安全保障政策顧問を務めていたフレデリック・フライツとふたりで昨年6月、トランプに対し、ウクライナにおけるロシアとの戦争を終結させるための和平プランを提示した。ロシアとウクライナ、両国に和平交渉を強制するというものだ。停戦と和平交渉に同意すればウクライナへの軍事援助を継続、ロシアが同意しなければウクライナへの武器供給を増やすとしていた。 その段階でウクライナ軍の死傷者数が膨らみ、ウクライナ軍だけでなくNATO軍の武器弾薬が枯渇、戦闘を継続することが難しくなっていたわけで、ケロッグたちの案は非現実的だった。 例えば、イギリスのベン・ウォレス元国防大臣は2023年10月1日、テレグラム紙に寄稿した論稿の中でウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘、ウクライナの街頭で男性が徴兵担当者に拉致される様子を撮影した少なからぬ映像がインターネット上で公開され続けている。 こうした戦況をアメリカ側が知らなかったとは思えない。しかもロシア経済は西側資本の撤退で国内産業が復活、ロシアの2024年における経済成長率は4.1%だ。 もしケロッグやフライツたちが状況を把握できず、ロシアは疲弊し、西側との合意を望んでいると信じているとするなら、アメリカの情報力は驚くほど低下しているということだ。そうした情報力で事態を好転させられるとは思えない。 その貧困な情報力に基づいてアメリカ政府はロシア政府を恫喝したものの、プーチン大統領からの返答は停戦や凍結はせず、2022年9月にロシアへの編入が宣言されたドネツク、ルガンスク、サポリージャ、ヘルソンの4州をロシア領として承認し、ウクライナ軍を解体してNATOに加盟できないようにするように求めるというもの。ネオ・ナチの消滅させるとも宣言しているだろう。ロシア側の断固とした姿勢はアメリカ側に伝わったようだ。 停戦を実現して戦力を回復する時間を稼ぐ一方、石油、天然ガス、レア・アースなどの資源、あるいは穀倉地帯を手に入れるとトランプ政権も計算していたかもしれないが、とらぬ狸の何とやら、になるだろう。 ウクライナの敗北は2022年の段階で決定的だった。ネオコンは戦況を逆転できると信じていたようだが、妄想にすぎなかったのである。その戦争で西側から供給された武器弾薬の約半数は行方不明になった。 ウクライナ軍の腐敗分子が行ったのか西側の情報機関が行ったのか不明だが、横流しされている。中東やラテン・アメリカだけでなく、西側へも流れ込んでいる可能性がある。戦闘員の帰国、あるいは流入も問題になると懸念されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.13
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アメリカのドナルド・トランプ大統領は対外援助のほぼ全面的な凍結を命令、DOGE(政府効率化省)を率いるイーロン・マスクはUSAID(米国国際開発庁)を閉鎖する意向だと表明した。その影響が「独立」を掲げるメディア、つまりアメリカ支配層の意向に沿う情報を流してきたメディアに及んでいるようだ。 そうした「独立系メディア」を支援してきた「国境なき記者団」によると、援助が凍結されたことで今年の「独立系メディアと情報の自由な流れ」に充てられる予定だった2億6800万ドルが凍結されたという。 そうした「独立系メディア」で「濾過」した偽情報を西側の有力メディアは事実として垂れ流してきた。これは確信犯だろう。USAIDを経由して資金はアメリカのメディアへも流れたとされている。そのひとつがポリティコ。このメディアがUSAIDから受け取った金額は820万ドルに達すると指摘されている。ちなみに、ポリティコを「左翼メディア」だとする人もいるが、それは勿論、間違いだ。あえて言うなら体制派。 USAIDは1961年11月、ジョン・F・ケネディ大統領の時代に民間の対外援助と開発援助の管理を担当するという名目で設立されたが、ケネディ大統領が暗殺されて以降、CIAの工作資金を流すためのパイプ役になった。 1983年11月には同じ目的でNED(ナショナル民主主義基金)が創設され、そこからNDI(国家民主国際問題研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターなどへ資金は流れている。そうした資金の一部が情報操作のため、メディアの手に渡ってきたわけだ。 支配層は大衆の心理や思考を操作するため、メディアをプロパガンダ機関として利用してきた。1883年4月12日、ニューヨーク・タイムズ紙の主任論説委員を務めていたジョン・スウィントンはニューヨークのトワイライト・クラブで次のように語っている:「アメリカには、田舎町にでもない限り、独立した報道機関など存在しない。君たちはみな奴隷だ。君たちはそれを知っているし、私も知っている。君たちの中で正直な意見を表明する勇気のある人はひとりもいない。もし表明したとしても、それが印刷物に載ることはないと前もって知っているはずだ。」 アメリカでは第2次世界大戦後、組織的な情報操作が始まる。「モッキンバード」だ。これは1948年にスタートしたCIAの極秘プロジェクトで、責任者はコード・メイヤー。実際の工作で中心的な役割を果たしたのはアレン・ダレス、ダレスの側近だったフランク・ウィズナーとリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだという。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) グラハムの死後、妻のキャサリーンが社主に就任、その下でワシントン・ポスト紙は「ウォーターゲート事件」を暴くのだが、その取材で中心的な役割を果たしたカール・バーンスタインは1977年に同紙を辞めて「CIAとメディア」というタイトルの記事をローリング・ストーン誌に書いている。 その記事によると、1977年までの20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したという。ニューズウィーク誌の編集者だったマルコム・ミュアは責任ある立場にある全記者と緊密な関係をCIAは維持していたと思うと述べたとしている。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) またフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)紙の編集者だったウド・ウルフコテは2014年2月、ドイツにおけるCIAとメディアとの関係をテーマにした本を出版、その中で多くの国のジャーナリストがCIAに買収されていて、そうした工作が危険な状況を作り出していると告発している。 ウルフコテによると、CIAに買収されたジャーナリストは人びとがロシアに敵意を持つように誘導するプロパガンダを展開し、ロシアとの戦争へと導いて引き返すことのできないところまで来ていると彼は警鐘を鳴らしていた。実際、オバマ政権やバイデン政権はロシアを挑発、核戦争の危機はかつてないほど高まっている。 最近ではインターネット企業にもCIAの「元職員」が入り込み、どのコンテンツが見られ、何が抑制されるかを決定するアルゴリズムを事実上制御しているという。シリコンバレーの巨大企業はアメリカの情報機関と一体化しつつある。そうした流れにTikTokも飲み込まれたと伝えられている。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された後に実権を握ったネオコンは03年3月にイラクをアメリカ主導軍で先制攻撃、サダム・フセイン体制を倒すが、その際、「大量破壊兵器」という嘘をメディアに宣伝させた。 アメリカを含む国々は2011年3月、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主力とする武装集団を編成してシリアを攻撃させたが、その時には有力メディアの「報道」から事実を見つけ出すことが難しい状況だった。 2012年6月、シリアへ入って戦乱の実態を調査したメルキト・ギリシャ典礼カトリック教会のフィリップ・トゥルニョル・クロス大主教はローマ教皇庁のフィデス通信に対し、「誰もが真実を語ればシリアの平和は守られる。紛争の1年後、現地の現実は、西側メディアの偽情報が押し付けるイメージとはかけ離れている」と報告している。それ以降、現在に至るまで西側の有力メディアは真実を語ろうとしていない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.10
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イスラエル軍による住民虐殺が続いていたガザでの停戦がイスラエルとハマスとの間で合意されたのは1月15日、1月19日には発効したが、その後もイスラエル軍による住民虐殺は続いていたと伝えられている。3週間足らずで110人が殺害されたという。 6週間の停戦、ガザで拘束されている全イスラエル人の解放とイスラエルが拘束しているパレスチナ人の一部の解放、そこから恒久的な停戦へと進み、イスラエル軍のガザからの撤退、そして再建へということになっていた。 しかしイスラエル軍による停戦違反が続き、ドナルド・トランプ米大統領は200万人と言われるガザの住民をヨルダンやエジプトへ移住させると宣言している。虐殺と追放で民族浄化を達成するということだ。イスラエルもアメリカもガザの人びとを騙そうとしたと言えるだろう。 1997年7月25日付けのロサンゼルス・タイムズ紙に「イスラエルではカモになることは罪だ」というタイトルの記事が掲載された。イスラエル人は騙されることを恐れるとしている。合意した内容をイスラエルが守ると考えるのは罪だということなのだろう。 停戦が発効した直後の1月21日と22日にイスラエル軍の作戦局を率いるオデッド・バシューク少将とその代表団が戦争犯罪による逮捕を免れるために外交免責を与えられた上でイギリスを訪れた。ベンヤミン・ネタニヤフ首相はワシントンを1週間にわたって訪問、停戦が第2段階に進むのを阻止しようと決意しているとイスラエルのメディアは報道している。イスラエル軍の兵士は休暇が取り消された。こうした展開を受け、ハマスは今回の合意で決められた次の段階へ進むことに興味がないと表明したが、当然だろう。 アメリカとイスラエルはガザにおける破壊と殺戮を再開しようとしている。そのため、両国のプロパガンダ機関である有力メディアはそうした行為を正当化するための宣伝をすることになる。アラブ諸国の支配層はイエメンを除き、そうしたパレスチナ人の大量虐殺を傍観することになると推測されている。 ロサンゼルス・タイムズ紙の記事で、アメリカは約束を守るとしているのだが、そう信じている人は騙されやすい「お人好し」だ。アメリカやイギリスは約束を守らない。それを理解できなかったミハイル・ゴルバチョフはソ連を消滅させた上、NATOを東へ拡大させてロシアにとって安全保障上の重大な危機を招くことになった。 アメリカの支配層が約束を守らないことをウラジミル・プーチン大統領は認識しているだろう。長い時間を要したが、ロシアは西側諸国との交渉に応じないと見られている。プーチン大統領はウクライナを舞台としたアメリカやイギリスを含む西側諸国との戦闘で停戦や凍結することはせず、ウクライナからの独立を宣言した4週をロシアの一部として承認し、ウクライナ軍を解体してNATOに加盟できないようにさせるつもりだと見られている。ネオ・ナチを壊滅させることもロシア側は譲れないはずだ。 そうしたことをプーチンから言われたであろうドナルド・トランプは2月6日、イギリスに対してウクライナ防衛グループの議長を引き継ぐように要請したという。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.12
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中国と戦略的な同盟関係を結び、朝鮮との関係を強化しているロシアは日本の対ロシア政策は非友好的だと考えている。ロシア大統領の報道官を務めるドミトリー・ペスコフは1月25日、日本はモスクワに対して非友好的な政策を続けていると述べた。アメリカに従属しているということだ。 こうした主張をロシアが突然言い出したわけではない。2021年9月、ロシア国家安全保障会議の議長を務めていたニコライ・パトロシェフはAUKUSについて中国やロシアを仮想敵とする「アジアのNATO」だと指摘、ロシアは朝鮮との関係を急ピッチで強化することになっている。 中国やロシアとの関係を維持しようとしていた安倍晋三が首相を務めていた時代ならロシアはそこまで言わなかったかもしれないが、2020年9月16日に体調の悪化を理由にして辞職してしまった。日本企業がアメリカの圧力を跳ね除けてサハリンにおける石油や天然ガスの開発を継続すると発表する直前の22年7月8日に彼は射殺されている。 アメリカへ従属する姿勢が目についた岸田文雄に次いで首相となった石破茂はロシアと「領土問題」を解決し、平和条約を締結したいと述べたというが、これは千島列島に属す択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島をアメリカ軍が支配することを意味する。ロシアにとってこうしたことは極東の安全保障だけでなく、北極航路の安全にも関わる問題だ。日本とロシアとの接近を阻止したいアメリカにとってこの領土問題は重要な仕掛けにほかならない。 日本の領土問題は1945年2月の「ヤルタ協定」から始まる。アメリカのフランクリン・ルーズベルト、イギリスのウィンストン・チャーチル、ソ連のヨシフ・スターリンがクリミア半島のヤルタで会談した際に決められもので、ドイツが降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結してから2カ月から3カ月後にソ連が日本に宣戦布告する条件を取り決めている。 その中には現在のサハリン南部や近くにある全ての島々をソ連へ返還し、千島列島はソ連へ引き渡すことが含まれてたのだが、日本側は択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島を千島列島でないとしているわけだ。この主張の背後にはアメリカが存在していると言えるだろう。1956年10月に日本の鳩山一郎政権はソ連と共同宣言に署名した歯舞島と色丹島を日本領にするというソ連案を受け入れたのだが、問題解決を嫌ったアメリカ政府がこの案を潰している。 日本が従属しているアメリカは現在、苦境に陥っている。外交や軍事の分野で主導権を握ってきたネオコンはウクライナで戦争を仕掛けてロシアに敗北、中東でも思惑通りの展開にはなっていない。東アジアでは中国やロシアと戦うための準備を進めてきたものの、計画通りには進んでいないようだ。 アメリカは21世紀に入ってからロシアや中国と戦争する準備を進めてきた。日本から台湾にかけての島々は米英両国にとって中国を侵略するための拠点であり、朝鮮半島は橋頭堡にほかならない。 日本には自衛隊というアメリカ軍の補完部隊が存在、韓国には現役の軍人が50万人、そして予備役が310万人いる。その韓国を動かすためにアメリカは尹錫悦を大統領に据え、日米韓の「三国同盟」を推進しようとしたのだろうが、尹大統領の従米政策は国民の反発を招く。 韓国では政党に関係なく朝鮮半島が戦場になることを恐れていた。朴槿恵も戦争を嫌がり、中国との関係を重要視、アメリカがTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムを韓国へ配備することに難色を示していたのだが、2017年4月に持ち込まれた。朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなり、阻止できなかったのだ。朴槿恵を失脚させ検事が尹錫悦にほかならない。 その尹をアメリカは大統領に据える。大統領として尹はアメリカの意向に沿う政策を推進、中国やロシアとの関係を悪化させ、韓国経済を失速させた。アメリカは日米韓の「三国同盟」を推進しようとしたのだろうが、尹大統領の従米政策は国民の反発を招き、クーデターというギャンブルを仕掛けざるをえなくなった。戒厳令宣言の黒幕は韓国駐在アメリカ大使のフィリップ・ゴールドバーグではないかと考える人もいる。 ゴールドバーグは2006年10月からボリビア駐在大使を務めていた人物だが、2008年9月、ボリビア大統領だったエボ・モラレスはクーデターを支援したとして彼を国外へ追放している。また2013年12月から16年10月にかけてフィリピン駐在大使を務めていた際、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領からCIAがドゥテルテの追放、あるいは暗殺を企てていると非難されていた。 その一方、アメリカは日本でも戦争の準備を進めている。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させているが、これはアメリカの軍事戦略に基づく。 この戦略は2022年の4月にアメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が明らかにしている。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するという計画を公表したのだ。 南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。インド洋と太平洋を一体のものとして扱うということだろう。 2020年6月にNATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長はオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言。2021年9月にはアメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国が太平洋でAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があった。 アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられたが、そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。その原子力潜水艦を受け入れる可能性があると山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日に表明した。 与那国島にミサイル発射施設を建設する前年、2015年の6月、総理大臣だった故安倍晋三は赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。安倍首相は南シナ海における中国との軍事衝突を見通していた。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。 2022年10月には、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 アメリカは千島列島から南西諸島までの島々を軍事的な拠点と考えている。中曽根康弘は首相に就任して間もない1983年1月にアメリカを訪問、その際にワシントン・ポスト紙のインタビューを受けたのだが、その中で「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべきだ」と発言、さらに「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語ったと報道された。 当然のことながらこの発言は問題になり、中曽根は「不沈空母」発言を否定しようとするのだが、インタビューが録音されていたことを知ると「巨大空母」と言ったのだと主張して誤魔化した。その前からイスラエルは自国のことをアメリカの中東における不沈空母だと表現していたので、それを記者は使ったのかもしれない。 ダグラス・マッカーサーは第2次世界大戦や朝鮮戦争の際、台湾を「不沈空母」と呼んでいたが、日本軍も中国を空爆するための空母として利用していた。 その台湾も韓国と同じように、アメリカの軍事戦略から離れたがっているが、日本はアメリカから離れられないようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.11
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ウクライナを舞台とする戦争でアメリカをはじめとする西側諸国はロシアに敗北しつつある。2020年12月から23年1月にかけてウクライナ大統領府の顧問を務めていたオレクシー・アレストビッチもウクライナが戦争に負けていることを認めた。 ところで、この戦争は遅くとも2004年11月から05年1月にかけての「オレンジ革命」から始まっている。ビクトル・ヤヌコビッチの大統領就任を阻止するためにジョージ・W・ブッシュ政権が仕掛けたのだ。その結果、西側の金融資本に操られていた新自由主義者のビクトル・ユシチェンコが大統領に据えられた。 ユシチェンコの新自由主義的な政策は富を外国の巨大資本や国内の一部に集中させ、国民の大半を貧困化させた。そこで2010年の大統領選挙では欧米への従属を拒否、中立を掲げるヤヌコビッチが大統領に選ばれている。 しかし、ブッシュの後任大統領であるバラク・オバマの政権はそうした政策を容認できず、2013年11月から14年2月にかけてネオ・ナチを使ったクーデターを実行、ヤヌコビッチを排除した。 しかし、ヤヌコビッチの支持基盤である東部や南部の人びとはクーデター政権を認めず、南部のクリミアはロシアと一体化、東部のドンバスでは武装闘争が始まった。オデッサではクーデター政権が送り込んだネオ・ナチ集団によって反クーデター派の住民が虐殺された。 この段階でロシア軍が動かなかったのは、ウラジミル・プーチン政権の内部に西側を信奉する人びとが残っていたうえ、戦争の準備ができていなかったためだろうが、それでもクーデター後、ウクライナの軍や治安機関ではネオ・ナチ体制への従属を嫌って7割程度が組織から離脱、一部は反クーデター派へ合流する。そこで内戦の当初は反クーデター軍が優勢だった。西側がミンスク合意で時間を稼がねばらなかったのはそのためだ。 西側は8年かけてクーデター政権に兵器を供与、兵士を訓練、さらに「ヒトラーユーゲント」的なプロジェクトで年少者をネオ・ナチの戦闘員へ育て、マリウポリ、ソレダル、マリインカ、アウディーウカには地下要塞を建設、それらを結ぶ要塞線を構築した。ミンスク合意が時間稼ぎだったことはアンゲラ・メルケル元独首相やフランソワ・オランド元仏大統領も証言している。 2022年に入るとクーデター軍はドンバスの周辺に部隊を集め、砲撃を激化させる。ドンバスへの軍事侵攻が近いと予想される中、戦闘の準備ができていないと見られていたロシア軍がウクライナ側へのミサイル攻撃を開始。ウォロディミル・ゼレンスキー政権にとって予想外の展開だったのか、イスラエルやトルコを仲介役とする停戦交渉がすぐに始まり、ほぼ合意に達した。 仲介役のひとりだったイスラエルのナフタリ・ベネット首相は2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた後にドイツへ向かい、オラフ・ショルツ首相と会っている。その3月5日にウクライナの治安機関であるSBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺した。SBUはCIAの配下で活動している治安機関だ。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会っている。 4月9日にはイギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令。同年4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓っている。戦争を望んでいたのはイギリスやアメリカだった。 ロシアとの関係修復や平和を訴えて大統領選挙に勝利したゼレンスキーだが、スコット・リッターの調査によると、彼はイギリスの情報機関MI6のエージェントである可能性が高い。2020年10月にイギリスを公式訪問した際にMI6のリチャード・ムーア長官を訪問、会談している。その訪問はジャーナリストに察知され、撮影されている。その後、ムーア長官がゼレンスキーのハンドラーだと言われるようになった。その後、ゼレンスキーの警護担当者はウクライナ人からイギリス人へ交代になったとも言われている。 イギリスやアメリカがウクライナを使ってロシアを攻撃したがっていたことは間違いないが、ウクライナとロシアは違う。その事情をヘンリー・キッシンジャー元国務長官は2014年3月5日付けワシントンポスト紙に書いている。オバマ政権がクーデターを成功させた直後だ。 ロシアにとってウクライナは決して単なる外国ではないことを西側諸国は理解しなければならないとキッシンジャーは指摘する。 「ロシアの歴史はキエフ・ルーシと呼ばれた国から始まった。ロシアの宗教はそこから広まった。ウクライナは何世紀にもわたってロシアの一部であり、その歴史はそれ以前から絡み合っていたのだ。1709年のポルタバの戦いに始まるロシアの自由のための最も重要な戦いのいくつかはウクライナの地で戦われている。」 ウクライナは複雑な歴史と多言語構成を持つ国で、西部は1939年にソ連へ編入され、人口の60パーセントがロシア人であるクリミアは54年にウクライナ生まれのニキータ・フルシチョフがロシアとコサックの協定300周年記念の一環としてウクライナへ与えたと説明する。西部は主にカトリック教徒、東部は主にロシア正教徒、また西部ではウクライナ語が話され、東部では主にロシア語が話される。こうしたウクライナで一方が他方を支配しようとすれば内戦または分裂につながるだろうとしているが、その通りになった。 軍事クーデターや大規模な空爆で多くの人を殺したキッシンジャーだが、その彼が見てもネオコンが行っていることは危険に思えたということである。ロシア側が忍耐強かったので核戦争にはならなかっただけである。ネオコンはロシアに核戦争を始めさせたかったのかもしれない。 そのネオコンはホワイトハウスから追い出されたが、戦争を終えることは難しい。ロシアはアメリカ/NATOがウクライナへ入ることを許すはずはなく、(ネオ・)ナチが存続することも認めないだろう。戦争の継続はヨーロッパだけでなくアメリカを疲弊させるが、ロシアはそれを狙っているはずだ。アメリカのドナルド・トランプ大統領は短期間に戦闘を終わらせたいとしているが、簡単ではない。そもそもゼレンスキーは昨年5月以降、ウクライナの大統領ではなく、ロシア政府と交渉する権限はないのだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.07
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人種差別国家のイスラエルが先住民を虐殺し続けられるのはアメリカやイギリスをはじめとする西側諸国に支えられているからだ。そうした中、昨年5月28日にアイルランド、スペイン、ノルウェーはパレスチナ国家を承認。それに対し、イスラエルはアイルランド政府を強く批判、ダブリンにある大使館を閉鎖すると12月に発表した。イスラエルによる侵略、破壊、虐殺、そして人種差別政策を批判したことが「極端な反イスラエル政策」だということのようだ。 パレスチナに地獄を出現させたのはシオニズムであり、シオニズムを生み出したのはイギリスにほかならない。16世紀後半、エリザベス1世の時代にアングロ-サクソンを「イスラエルの失われた十支族」だとする信仰が出現したのである。この信仰はブリティッシュ・イスラエル主義とも呼ばれている。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたようだ。 エリザベス1世が統治していた1593年から1603年にかけてイングランドはアイルランドで現地の連合軍と戦闘、勝利する。アイルランドを率いていたヒュー・オニールとロリー・オドネルが1607年にヨーロッパ本土へ逃亡するとイングランド王室はアイルランドの先住民を追放し、イングランドやスコットランドから入植者をアイルランドのアルスター地方へ移住させた。 クロムウェルは革命で仲間だったはずの水平派を弾圧、さらにアイルランドへ軍事侵攻して住民を虐殺。侵攻前の1641年には147万人だった人口は侵攻後の52年に62万人へ減少した。50万人以上が殺され、残りは「年季奉公」や「召使い」、事実上の奴隷としてアメリカなどに売られたと言われている。 ダブリン出身でプリマス・ブレザレンを創設したジョン・ネルソン・ダービー牧師が1830年代に活動を活発化させた。彼はキリストの千年王国はすべての文明を一掃し、救われるのは選ばれた少数のグループだけだと考え、世界の邪悪な力はエゼキエル書で特定されている「ゴグ」であり、そのゴグはロシアを指すと主張、ユダヤ人がイスラエルに戻って神殿を再建したときに終末を迎えるとしている。つまりキリストが再臨するということだ。エルサレムに神殿を建設しようとしている人びとの目的は終末をもたらし、救世主を再臨させたいからなのだろう。 こうした信仰は19世紀に帝国主義と一体化し、パレスチナ侵略が具体化してくる。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。 19世紀後半にイギリスを動かしていたグループ、「選民秘密協会」の中心はセシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッドといった人たちだ。少し後からアルフレッド・ミルナーがグループを率いるようになった。アングロ・サクソンとユダヤのエリートが手を組んでいる。 セシル・ローズは1877年6月にフリーメーソンへ入会し、その直後に『信仰告白』を書いた。その中で彼は「私たち(アングロ・サクソン)は世界で最も優れた人種であり、私たちが住む世界が増えれば増えるほど、人類にとってより良いものになる」と主張している。 「より多くの領土を獲得するあらゆる機会を捉えることは我々の義務であり、より多くの領土は単にアングロサクソン人種の増加、つまり世界が所有する最も優れた、最も人間的で最も名誉ある人種の増加を意味するという考えを常に念頭に置くべきである」というのだ。 選民秘密協会の人脈はユーラシア大陸の周辺部を海軍力で支配、内陸部を締め上げるという長期戦略を立てた。最終目標は中国、そしてロシアを征服することだ。この戦略をイギリスやアメリカが放棄したとは思えない。 イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。 この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱だ。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃した。 1948年5月14日にシオニストはイスラエルの建国を宣言、その際に多くの先住民を虐殺、そして追放している。17世紀の初頭にイングランドがアイルランドで行ったことをイスラエルは建国以来、米英に支援されながら繰り返していると考える。少なからぬアイルランド人もそう感じているだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.09
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ドナルド・トランプ大統領が新たに設置した政府効率化省を率いているイーロン・マスクは2月3日、USAID(米国国際開発庁)がCOVID-19を含む生物兵器の研究に資金を提供していたと「X」に書き込んだ。この機関はCIAの工作資金を流す役割を負い、CIAのフロント組織だとも言える。USAIDがエコヘルス同盟へ5300万ドルを注ぎ込んだとする投稿への返信としての書き込みだ。 そのUSAIDから資金を提供されたカリフォルニア大学デービス校のワン・ヘルス研究所は2009年から疫学研究プログラム「プレディクト」を始めた。そのパートナーのひとつがエコヘルス同盟。CIAはこのプログラムを利用して世界中の生物学研究施設へ人員を配置する直接的な仕組みを手に入れたとされている。 エコヘルス連合はWHO(世界保健機関)へアドバイスする立場にある団体で、NIAID(国立アレルギー感染症研究所)は2014年からコロナウイルスの研究費としてエコヘルス連合へ数百万ドルを提供、NIAIDの上部機関であるNIH(国立衛生研究所)は武漢病毒研究所(WIV)の石正麗へ研究費として370万ドルを提供していたと伝えられている。エコヘルス同盟はNIAIDからWIVへ資金を提供する仲介役を演じてきた。こうした繋がりから、ウクライナの研究施設はCOVID-19にも関係していると疑われてきた。 エコヘルス連合を率いていたピーター・ダザックはウクライナ人の父親を持つ人物で、WIVの研究者とも親しくしていたというが、同連合の幹部だったアンドリュー・ハフによると、ダザックがCIAと関係している疑いがあるという。 アメリカ国防総省や同省のDTRA(国防脅威削減局)はウクライナにおける生物兵器の研究開発で中心的な役割を果たし、USAIDも関係している。そのほかUSAMRIID(米国陸軍伝染病医学研究所)、WRAIR(ウォルター・リード陸軍研究所)、そしてアメリカの民主党が仕事を請け負い、メタバイオタ、ブラック・アンド・ビーチ、そしてCH2MCヒルも関係している。 メタバイオタは生物学的な脅威の評価したり管理する仕事をしている会社で、ウイルス学者のネイサン・ウルフによって創設され、2014年からエコヘルス同盟のパートナーになっている。その背後にはプレディクトがある。 COVID-19騒動の核心はウイルス、遺伝子操作、そして免疫だと言えるだろうが、国防総省の国防研究技術局で副局長を務めていたドナルド・マッカーサーは1969年9月、下院の歳出委員会で、伝染病からの感染を防ぐための免疫や治癒のプロセスが対応できない病原体が5年から10年の間に出現すると語っている。この発言を否定したり無視する人が少なくなかったが、議会の記録に残っているので否定できない。 そして1980年前後になると、免疫が機能しなくなる病気が話題になり始めた。いわゆるAIDS(後天性免疫不全症候群)だ。当初、これは同性愛者や麻薬中毒の人々の病気だと考えられたが、後に「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)」が原因だとされるようになる。 その結果、AIDSの対策予算は肥大化、大きなビジネスが出現することになった。1970年代になって伝染病による死亡者が少なくなり、その存在意義が疑われるようになっていたNIAIDやCDC(疾病管理予防センター)にとってAIDS騒動は「天恵」だった。AIDS騒動が始まって間もない1984年11月からNIAIDの所長を務めることになったのがアンソニー・ファウチにほかならない。 1980年代の半ばに「イラン・コントラ事件」が発覚、麻薬取引を含むCIAの秘密工作が注目されるようになる。その際、CIAが免疫について詳しく調査、日本の企業や研究者に接触していることも明らかになった。 プレディクトはCOVID-19騒動が始まる直前、2019年に終了するが、その決定を翌年、アンガス・キング上院議員やエリザベス・ウォーレン上院議員は批判、そうしたプログラムは拡大するべきだとしている。そうした中、2020年4月にUSAIDは6か月間の緊急延長としてプログラムに226万ドルを交付した。 ウイルスの「発見」から「COVID-19ワクチン(遺伝子操作薬)」へと続く騒動はアメリカ国防総省のプログラムだということが今では明確になっている。情報公開法によって明らかにされた関係文書を分析したサーシャ・ラティポワは、この騒動が国防総省のプロジェクトだということを突き止めたのだ。バラク・オバマ大統領の時代から国防総省が「COVID-19ワクチン」の接種計画を始めたと主張している。 ドナルド・トランプ大統領からCIA長官に任命されたジョン・ラトクリフもウイルスがWIVから漏れ出たとする説を主張しているが、ウェルカム・トラストの理事長からWHO(世界保健機関)の主任科学者になったジェレミー・ファラーはCOVID-19の発生が中国にとって最悪のタイミングで発生したと強調していた。多くの中国人が旅行する旧正月の直前に、主要な交通ハブである武漢で始まったことから、中国側の意思、あるいはミスだったとする説は不自然だということだ。 ただ、中国側に米英と関係の深い人物がいることも事実だ。COVID-19騒動の幕開きは2019年12月、中国の湖北省武漢の病院でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が発見されたところから始まる。その直後に武漢市内の海鮮市場で売られていた野生動物から人にウイルスが感染したとする話が広がるのだが、その発信源は中国で伝染病対策の責任者を務めている疾病預防控制中心の高福主任。2020年1月22日、国務院新聞弁公室で開かれた記者会見の席上、そう語ったのである。 高福は1991年にオックスフォード大学へ留学して94年に博士号を取得、99年から2001年までハーバード大学で研究、その後04年までオックスフォード大学で教えている。また、ファウチの弟子とも言われている。 しかし、COVID-19騒動への対応は高福でなく中国軍の陳薇が2020年2月から指揮している。陳はSARSの時にも指揮、その経験を活かしてキューバで開発されたインターフェロン・アルファ2bを使い、短期間に沈静化させている。 武漢の海鮮市場から広がったとするならば、その周辺の自然界に問題のウイルスが存在していなければならないのだが、発見されていない。ところが、北アメリカに生息するシカ、ノネズミ、コウモリを含む5種類の動物が感染していることが判明した。それらはモンタナにあるロッキー・マウンテン研究所で実験動物として使用されていたという。中国を悪玉に仕立てたい人びとにとって都合の悪い情報だ。 アメリカのエリート層にとって都合の悪い情報をイゴール・キリロフ中将も公表していた。この軍人はロシア軍のNBC防御部隊を率いていたのだが、昨年12月17日、モスクワの自宅の前に仕掛けられていた爆発装置によって暗殺された。 キリロフは2022年3月7日に分析結果を公表、研究開発はDTRAから資金の提供を受け、CBEP(共同生物学的関与プログラム)の下で進められ、ウクライナにはDTRAにコントロールされた研究施設が約30カ所あったとしていた。同年8月4日にはSARS-CoV-2が中国に対して意図的に放出されたアメリカの生物兵器であるという強い証拠があると語っている。 アメリカの国防総省がウクライナで開発していたウイルスのプロジェクトを旧ソ連諸国や東南アジアへ移管、アメリカ政府はアフリカに関心を寄せているとロシア国防省は主張している。アフリカは危険な病原体の無限の天然貯蔵庫、実験的医療治療の実験場として使われてきた。 キリロフはジャカルタにあるアメリカ海軍のNAMRU-2研究所を含む東南アジアの施設についても言及している。この研究所は2010年にインドネシア保健省が「国家主権への脅威」と指定して閉鎖するように命じたが、その後もアメリカ軍の関係者が秘密裏に生物学研究を続けていた疑いが持たれている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.04
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ドナルド・トランプ米大統領はウクライナでもパレスチナでも実現が困難な計画を口にしている。キエフ政権の敗北が決定的なウクライナでは現実とかけ離れた前提で停戦を呼びかけ、パレスチナでも非現実的な話をしているのだ。 ウクライナの戦闘をロシア政府が話し合いで凍結するとは思えず、また約200万人と言われるパレスチナ人をヨルダンやエジプトへ移住させた後、ガザをアメリカが所有するという案をイスラム世界が受け入れるとも思えない。実際、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、パレスチナ自治政府、アラブ連盟はガザとヨルダン川西岸からパレスチナ人を移住させるいかなる計画も拒否するとする共同声明を発表している。 大統領へ正確な情報が届いていないように見えるのだが、元CIA分析官のラリー・ジョンソンのように、そうではないと推測する人もいる。実現不可能な計画は計画でなく、カモフラージュの御伽噺だということなのだろう。 ホワイトハウスのカロリン・リービット報道官はガザの状況を破壊現場と表現、そうした悲惨な場所で暮らすべきだとするのは、邪悪だとしている。ガザがイスラエルによる無差別爆撃で破壊され、住民が虐殺されたことは事実だ。 しかし、そうした悲惨な状況を作り出したのはイスラエルであり、そのイスラエルをアメリカ、イギリス、ドイツをはじめとする西側の「民主主義国」は支援してきた。その段階でトランプ大統領はパレスチナ人の「移住」を言い始めたわけで、民族浄化だと非難されるのは当然だが、移住先になるであろうアラブ諸国の反応を見れば、その計画を実現することが困難だということはわかる。 そうした実現困難な計画を打ち出したトランプ大統領は愚かだと考えることもできるが、実現する気がないと解釈することもできるとジョンソンは考えているのだろう。移住は戦闘が終わった後にのみ可能なのだが、ハマスは健在であり、戦闘が終わる見通しは立っていない。またアメリカは移住の費用を負担せず、地上部隊も派遣しない。つまり、ガザの人びとが近いうちに故郷から追い出される可能性は低いとジョンソンは判断している。 その一方、アメリカでは支配層の内部で抗争が起こっていることは間違いない。体制を変える「革命」ではなく、権力バランスを変えるための「抗争」だ。ジェラルド・フォード政権(1974年8月から77年1月)に台頭したネオコンは1980年代に中東戦略をめぐってジョージ・H・W・ブッシュたち非ネオコン派と対立、2001年9月11日の後に主導権を握った。 ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン体制を倒して親イスラエル政権を樹立、シリアとイランを分断してそれぞれを倒そうとしていたのだが、ブッシュたちはフセインをペルシャ湾岸諸国の防波堤だと認識、対立していたのだ。 非ネオコン派に属していたと見られるヘンリー・キッシンジャーはネオコンのNATO拡大政策を危険だと非難、ロシアとの関係を必死に悪化させていたバラク・オバマに続き、2015年にヒラリー・クリントンが次期大統領に内定すると、モスクワへ乗り込んで米露の関係改善に乗り出している。その後に台頭してきたのがトランプだ。選挙戦でトランプはロシアとの関係修復を打ち出し、ヒラリーを担ぐ勢力から激しく攻撃された。その勢力には民主党だけでなく、CIAやFBIも含まれていた。結局トランプの第1期目はネオコンに押し切られ、バイデンはロシアとの戦争へ突き進んだ。 そしてトランプの第2期目。ロシアとの戦争を回避したいとは願っているだろうが、戦争を望んでいるネオコンが根絶されたわけではない。またトランプの後ろ盾の勢力も富を独占し、貧富の差を拡大させる政策を推進しようとしているだろう。ネオコン前のアメリカも傲慢な帝国主義国だった。トランプを英雄視する人びとを見ていると、かつての左翼党派を思い出す。妄想の中で生きているのだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.08
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1月7日から31日にかけての山火事でロサンゼルスは大きな被害を受けた。1月31日の時点で29名が死亡、20万人以上が避難を余儀なくされたという。 その原因として旱魃に強風が重なったからだとされているのだが、その背景にはロサンゼルスの水事情がある。この地域は昔から水不足が深刻で、地下水に頼ってきた。農業の中心地帯では利用可能な地下水が2030年代になくなると推測されている。 アメリカはエネルギー資源と同様、農作物も世界支配の道具として利用してきた。エネルギー資源や農作物をアメリカに依存させることで世界の国々をコントロールしようということだ。さまざまな国で伝統的な食糧生産システムを破壊したのもそのためである。日本の農業も破壊されてきた。 アメリカの食糧生産はグレートプレーンズ(大平原)の地下にあるオガララ帯水層に支えられてきたのだが、その水位が低下している。しかもシェール・ガスやシェール・オイルの開発に伴う水汚染も深刻だ。この帯水層は2050年から70年の間に枯渇する可能性があるとも言われている。アメリカに食糧を依存することは危険だということでもある。 アメリカのバラク・オバマ政権は2014年2月にネオ・ナチを使ったクーデターでウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。アメリカはベラルーシでもクーデターを目論んだが、ロシアから見ると、これはNATOがウクライナに続いてベラルーシに侵攻することを意味する。つまり、新たなバルバロッサ作戦にほかならない。 経済的に見ると、ロシアの天然ガスをEUへ運ぶパイプラインが通過しているウクライナを制圧することでEUから安価な天然ガスの供給源を奪い、ロシアからマーケットを奪うことで両者を弱体化させようとしたのだが、そのほか鉱物資源を奪い、穀倉地帯を押さえることも目的だったはずだ。ウクライナ支配はアメリカやイギリスの支配層にとって重要な意味がある。 ところが、ウクライナの敗北によってアメリカの計画が破綻している。EUを弱体化させることには成功したものの、ロシアでは西側企業の撤退で自国の企業が急成長し、中国との関係が急速に強まったのだ。中国が自分たちから離れ、ロシアへ接近することはないと信じていた人びとは狼狽したことだろう。中国とロシアは経済的に強く結びつきつつあるが、その象徴がパイプライン、道路、鉄道などの建設。軍事的にも接近しているはずだ。 2022年2月以降、ウクライナ軍の戦死者数は約80万人、人によっては100万人以上と推測されている。それに対し、ロシア軍の戦死者はその1割程度。イギリスのベン・ウォレス元国防大臣は2023年10月1日、テレグラム紙に寄稿した論稿の中でウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘ていた。その後、状況はさらに悪化しているだろう。ウクライナの街頭で男性が徴兵担当者に拉致される様子を撮影した少なからぬ映像がインターネット上で公開されている。 そして現在、ウクライナではパトリオット防空部隊のオペレーターとエンジニアが歩兵として前線に送り出されていると伝えられている。おそらくアメリカ軍に訓練されたであろうウクライナのオペレーターがいなくなれば防空システムは動かない。オペレーターは歩兵として塹壕の中で殺される。つまり、ウクライナは戦闘を継続することが困難な状況になっているわけだ。 ここにきて西側からウクライナで選挙を実施するべきだとする声が上がり始めた。大統領を名乗っているウォロディミル・ゼレンスキーはすでに任期切れであり、ロシア政府はゼレンスキー政権を正当なものだとは認めていないのだが、選挙でゼレンスキーが勝利する可能性は小さいだろう。 ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関SIS(通称MI-6)のエージェントでMI6長官のリチャード・ムーアがハンドラーだと言われている。そのゼレンスキーが西側に見捨てられようとしている。そうした中、ゼレンスキーはウクライナへ供与された1770億ドルのうち1000億ドルがどこかへ消えたと言い始めた。西側の何者かがそれだけの資金を盗んだというわけだ。これが事実なら、強烈な脅しになるだろう。 ミンスク合意で煮湯を飲まされたウラジミル・プーチン露大統領は戦争を「凍結」するとは思えない。ドナルド・トランプ米大統領との交渉で戦争を終結させる可能性も高くはない。どのような形にしろ、NATOがウクライナへ入り込むことをロシアは許さず、ネオ・ナチの存在も容認しないだろう。バルト三国やポーランドなどかつてナチスの影響下にあった国々をソ連は制圧して押さえ込もうとしたが、現在のロシアがどのように決着させるつもりなのかはわからない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.05
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ウクライナを舞台にしたアメリカ/NATOとロシアの戦いはロシアの勝利が決定的になり、ロシアの敗北を前提とした西側の計画は破綻、またアメリカの国防総省が推進してきた「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)プロジェクト」の実態も少しずつ明らかになってきた。アメリカに従属してきた日本にとっても深刻な状況になっている。 そうした中、日本では芸能界を舞台にしたスキャンダルに人びとの関心は向いているようだが、芸能界が腐敗していることは昔から言われていること。身内の人間が芸能界入りすることは反対されたものだ。そうした世界だからこそ、社会的な弱者が集まったとも言える。ある時から芸能界は健全化したと宣伝されるようになったが、個人的な腐敗から組織的な腐敗へ変化しただけのように見える。 芸能界に深く関係していた笠岡和雄は2017年に『狼侠』という本を出版している。この人物は2代目松浦組傘下の大日本新政會で総裁を務めていた。その笠岡によると、1992年に暴対法が施行された後、テレビコマーシャルで荒稼ぎするための会合がバリ島で開かれ、芸能界の大物、広域暴力団の組長、右翼団体の会長、広告代理店の役員らが出席したという。 これはカネ儲けの仕組みで、企業のスキャンダルを調べたうえで右翼団体や総会屋を使って脅し、広告代理店が芸能界の大物を紹介、脅しは止まる。その代償として特定の芸能事務所に所属するタレントを使ってCMを流さなければならなくなる。いわゆるマッチポンプだ。アメリカで発覚したジェフリー・エプシュタインの事件と同じように、スキャンダルを作り出す仕組みも作られ、後に警察の幹部も芸能事務所の顧問として組み込まれたと言われている。現在、特定の芸能事務所や芸能人が槍玉に上がっているが、そうした小さな問題ではない。 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプシュタイン、彼と内縁関係にあったと言われているギレイン・マクスウェル、彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルはイスラエル軍の情報機関アマンのために働いていた。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレインは1980年代の後半からその情報機関に所属していたという。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) 1953年から54年にかけてジョセフ・マッカーシー上院議員の法律顧問として「赤狩り」に参加、後にドナルド・トランプの顧問弁護士になるロイ・コーンもエプシュタインと関係があり、コーン自身もスキャンダルを利用して有力者を脅していたと言われている。コーンのボスだったと言われているルイス・ローゼンスティールは禁酒法時代に大儲けしたひとりだ。 ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによると、元夫はユダヤ系ギャングの大物でCIAの仕事もしていたメイヤー・ランスキーと親しかった。 日本の仕組みにCIAが目をつけていないとは考えにくい。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.01
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アメリカでは2025年に入ってから災難に見舞われた。1月7日から31日にかけてロサンゼルスとサンディエゴで大規模な山火事があり、給水システムや消火体制の不備が明らかになったほか、1月28日にアラスカのアイエルソン空軍基地で訓練中にF-35戦闘機が墜落、29日には軍用ヘリコプターのUH-60ブラックホークがポトマック川上空で乗客60名と乗員4名を乗せた航空機に激突して墜落、31日にはフィラデルフィアで患者やその家族を含む6名を乗せた航空救急隊の航空機が墜落し、火災を引き起こしている。 ポトマック川上空で旅客機と衝突する直前にラングレーのCIA本部近くで目撃されていたブラックホークはフォートベルボアの基地へ戻る途中だったとされているが、その途中、旅客機と衝突する前に3度空中衝突寸前になっていた。しかも飛行高度は規定の200フィートでなく350フィート。管制官はブラックホークに対し、アメリカン・イーグル5342便の存在を2回、墜落の2分前と12秒前に無線で警告しているが、その呼びかけに応じなかったとされている。 ヘリコプターの乗員はアンドリュー・イーブス准尉、ライアン・オハラ二等軍曹、そして操縦していたレベッカ・ロバック大尉だが、ロバックの名前が公表されるまで時間を要した。そのロバックをメディアは優秀な軍人だと宣伝しているが、彼女の飛行時間は500時間にすぎず、ベテランとは言えない。 問題のヘリコプターは3名で夜間訓練飛行中。そこで暗視ゴーグルを使用していたとされているが、これを装着すると視野が狭くなる。そこで乗員をもうひとり搭乗させるべきだったとする人もいる。3名で飛ぶという判断が正しくなかったというわけだ。 この衝突に絡み、ドナルド・トランプ大統領はDEI(多様性、公平性、包摂性)を批判、あくまでも実力で評価されなければならないと主張している。実力が重要な意味を持つ職業の場合、トランプの主張には説得力がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.03
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1973年9月11日にチリでオーグスト・ピノチェトが主導する軍事クーデターがあった。ピノチェトを操っていたのはCIAの破壊工作部門であり、その背後にはリチャード・ニクソン大統領の国家安全保障補佐官を務めていたヘンリー・キッシンジャーがいた。ピノチェト政権が導入した新自由主義をイギリスの首相だったマーガレット・サッチャーが欧米で初めて採用、その後世界を席巻することになる。 新自由主義はレッセフェール(自由放任主義)に近く、市場を絶対視する。その市場は資金力や情報力が同じ圧倒的多数の個人、または組織が取り引きすることを前提にしているが、そのようなものは存在しない。資金にしろ情報にしろ、強大な能力を持つ私的権力が市場には存在し、公正な取り引きなどはありえない。必然的に富は強大な私的権力へ集まり、彼らの力は雪だるま式に大きくなる。 2001年9月11日にはニューヨークのWTC(世界貿易センター)とバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された。いわゆる9/11だ。 WTCの場合、ツインタワーだけでなく、攻撃を受けていない7号館(ソロモン・ブラザース・ビル)も爆破解体のように崩壊、そこに保管されていた金塊、エンロンや国防総省の使途不明金に関する捜査資料は消えてしまった。 ネオコン(新保守主義)に担がれたジョージ・W・ブッシュ大統領は詳しい調査をしないままアル・カイダが実行したと断定、その象徴的な存在だったオサマ・ビン・ラディンを首謀者だと主張した。 しかし、攻撃直後にオサマ・ビン・ラディンはその攻撃に自分たちは関与していないと主張、9月16日にはカタールのテレビ局、アル・ジャジーラに送った声明の中で、やはり自分たちが実行したのではないとしている。 そもそもアル・カイダとはCIAがアフガニスタンでソ連軍と戦わせるために訓練した戦闘員の登録リストであり、そうした武装組織は存在しない。イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックは05年7月、「アル・カイダ」についてCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだと説明している。この指摘をした翌月、2005年8月6日にクックは休暇先のスコットランドで散歩中に心臓発作で急死した。 アル・カイダの仕組みを1970年代に作り上げたのはズビグネフ・ブレジンスキーであり、アフガニスタンへ戦闘員を送り込む仕事をしていたひとりがサウジアラビアの富豪の息子、オサマ・ビン・ラディン。このビン・ラディンをジハード(聖戦)の世界へ引き込んだのはムスリム同胞団のアブドゥラ・アッザムだと言われている。 ビン・ラディンは1984年にアッザムと一緒にMAK(礼拝事務局)のオフィスをパキスタンのペシャワルで開設。このMAKがアル・カイダの源流だと考えられている。戦闘員の中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だ。 ウェズリー・クラーク元NATO欧州連合軍最高司令官によると、9月11日の攻撃から10日ほど後、統合参謀本部でイラクを攻撃するという話を聞いたという。そこのスタッフは攻撃する理由がわからないと口にしていたという。 その6週間ほど後、国防長官の周辺で攻撃予定国のリストが作成されていたことをやはり統合参謀本部で知らされている。そこに載っていた国はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイラン。5年間に7カ国を破壊することになっていた。いずれも9/11とは無関係の国だ。 9/11を利用し、憲法の権利条項を停止させる「PATRIOT法(愛国者法)」がその年の10月26日に発効した。この法律は「テロリズムの阻止と回避のために必要な適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化する2001年法(Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)」の略語だ。 この法律は340ページを超す代物だが、それを議会は提出されて1週間で承認、憲法の機能を停止させてしまった。この法律によってアメリカでは令状のない盗聴や拘束、拷問が横行することになった。国内の治安機能を強化するため、2002年10月にはUSNORTHCOM(アメリカ北方軍)が設置された。 ドナルド・ラムズフェルド国防長官は9/11の直後、偽情報を外国メディアの報道内に埋め込み、民衆の心理を操ろうとした。そのために設置された機関がOSI(戦略影響局)。この機関の存在が発覚するとラムズフェルドは廃止を宣言するが、実際に廃止されたことを裏付ける証拠はない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.09.12
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アメリカのコリ・ブッシュ前下院議員はジャーナリストのマイケル・トレーシーに対し、彼女や民主党の議員がウクライナへの軍事支援に賛成したのは、ウクライナが敗北してアメリカの「黒人と褐色人種」がロシア軍と戦わなければならなくなると恐れたからだと語っている。資金の相当部分が兵器の代金としてアメリカの軍事産業へ還流し、ロビー団体等を通じて議員の懐へも流れ込んでくると見られているが、彼女はその点に触れなかったようだ。 ウクライナが降伏することをドナルド・トランプ大統領も望んでいないはず。アメリカでの報道によると、朝鮮戦争のような、平和条約を締結しない戦闘の凍結という形をアメリカ側は望んでいるというが、すでに何度も欧米諸国の政府に騙されているロシア政府がその案を呑むとは思えない。 朝鮮戦争は1950年6月から53年7月まで続いたとされている。1949年に中国で国民党の敗北が決定的になった時点でコミュニストの指導者が揃ったところで砲撃により暗殺、偽装帰順させていた部隊を一斉蜂起させる計画を立てていたが、これは事前に発覚して失敗、その時点でアメリカの破壊工作機関OPCは朝鮮半島で挑発作戦を始めている。 その段階で中国への軍事侵攻が計画されていたと見られ、アメリカ軍は日本を兵站の拠点と考えたはず。そこで、ストライキで物流が止まらないように、海運の拠点である横浜をFに、神戸をTに抑えさせる。陸の輸送を担う国鉄は労働組合が強かったが、1949年7月に下山事件と三鷹事件、8月に松川事件が引き起こされ、いずれも労働組合が実行したことにされて組合は弾圧された。 しかし、アメリカ軍は山岳での戦闘に慣れていないこともあって劣勢になり、朝鮮半島の南端に追い詰められる。この戦況を好転させたのは旧日本軍の参謀たちだと言われている。 1953年1月に大統領はハリー・トルーマンからドワイト・アイゼンハワーへ交代、泥沼化していた戦争の早期停戦を目指す。そこで、新大統領は中国に対して休戦に応じなければ核兵器を使うと脅したとされている。休戦は同年7月に実現した。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) アイゼンハワー政権で副大統領を務めたリチャード・ニクソンはベトナム戦争から抜け出すため、カンボジアに対する秘密爆撃を実行しながらアイゼンハワーの手法、つまり核兵器で恫喝したとされている。(前掲書) ロシアが戦争の凍結に応じないと少なからぬ人が推測している。これまで西側から何度も騙され、煮湯を飲まされてきたからだ。朝鮮や北ベトナムとは違い、ロシアを核兵器で脅しても効果はない。 イギリス、ドイツ、フランスといった国の兵士で構成される「平和維持軍」をウクライナへ入れることも考えられない。イギリス、ドイツ、フランスはアメリカと同様、ウクライナでロシアと戦っている相手だ。ロシアから見ると、敵を引き入れることになる。 そもそもウクライナで大統領を名乗っているウォロディミル・ゼレンスキーは2020年10月に大統領としてイギリスを公式訪問した際、イギリスの対外情報機関MI6のリチャード・ムーア長官と密談している。会談はジャーナリストに察知され、道でインタビューされている。ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、ムーア長官がハンドラーだと信じられている。 また、ウクライナの治安機関SBU(ウクライナ保安庁)や情報機関HUR(ウクライナ国防省情報総局)はCIAの配下にある。ウクライナ政府とロシア政府が停戦でほぼ合意した2022年3月5日、SBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺した。4月9日にはイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令している。 こうした流れの中、ゼレンスキーの周辺にいる警護のチームはイギリス訛りの英語を話し、ウクライナ国旗の上下を逆さにするような人たちで構成されるようになった。 ウクライナでロシアが戦っている相手はイギリスとアメリカだとも言えるだろう。ウクライナがロシアに降伏するということは、イギリスとアメリカがロシアに降伏することを意味すると言われても仕方がない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.21
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ドナルド・トランプ米大統領は2月4日にイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と記者会見に臨み、150万人のパレスチナ人をヨルダンやエジプトへ移住させた後、ガザをアメリカが所有するという案を2月4日、記者会見の席で提案、ネタニヤフはそれを賞賛した。 しかし、エジプト、ヨルダン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、パレスチナ自治政府、アラブ連盟はガザとヨルダン川西岸からパレスチナ人を移住させるいかなる計画も拒否するとする共同声明を発表している。 トランプの移住計画はイスラエルが「建国」の当初から主張していた「民族浄化」にほかならず、ナチスがヨーロッパで行ったこと、あるいはヨーロッパ人がアメリカで行ったことを思い起こさせる。イスラエルは計画を実現するために破壊と殺戮を繰り返し、ネタニヤフは2023年4月にイスラエルの警官隊をイスラムの聖地であるアル・アクサ・モスクへ突入させ、同年10月3日にはイスラエル軍に保護された832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入してイスラム教徒を挑発した。ハマスなどの武装集団がイスラエルを陸海空から攻撃したのはその後、10月7日のことだ。 この攻撃では約1400名のイスラエル人が死亡したとされた。その後1200名に訂正されたが、イスラエルのハーレツ紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊している。イスラエル軍は自国民の殺害を命令したというのだ。いわゆるハンニバル指令である。2023年10月7日の攻撃が突然始まったわけではない。 その攻撃から間もなく、ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化している。聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのである。その記述の中で、「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じたというわけだ。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだと言えるだろう。ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民」なのである。 ネタニヤフ政権はパレスチナ人だけでなく家畜も皆殺しにした上、彼らの存在を歴史から抹殺すると言っているのだ。そのイスラエルをアメリカやイギリスをはじめとする西側諸国は支援している。 2023年10月7日以降、イスラエルはアメリカ、イギリス、ドイツなどの支援を受けながらガザの建造物を破壊、住民を虐殺してきた。ガザ当局によると、瓦礫の下にある遺体を含めると死亡者数は6万1709名に達し、そのうち子どもは1万4222名だとしている。 医学雑誌「ランセット」は1月9日、2023年10月7日から24年6月30日までの間にガザで外傷によって死亡した人数の推計値が6万4260人に達し、そのうち女性、18歳未満、65歳以上が59.1%だとする論文を発表している。同じ時期にガザの保健省は戦争による死亡者数を3万7877人と報告、これはランセットの推計値の59%にすぎなかった。 トランプはこうした状況のガザについて荒廃し、危険で、居住不可能な場所だと主張しているが、そうした場所にしたのはアメリカ、イギリス、ドイツなどに支援されたイスラエル軍だ。不幸な自然災害の結果ではない。イスラエルの新聞、ハーレツは昨年10月、「民族浄化のように見えるなら、それはおそらく民族浄化である」というタイトルの記事を掲載したが、その通りだ。 その時点でイスラエル軍は3週間半にわたってガザ北部を包囲、支援物資の流入をほぼ完全に止め、そこに住む何十万人もの人々を飢えさせていた。ジャーナリストがガザへ立ち入ることをイスラエルは禁じているため、内部の状況に関する情報は限られているが、難民キャンプを含むガザ北部地区は連日爆撃され、犠牲者の規模は膨大だとされている。 パレスチナ人を強制的に移住させるというトランプの提案はアラブ諸国から拒否されることを見込んでのことで、ガザを所有するという発言はイスラエルが停戦を一方的に終わらせないためだとする見方もある。この推測が正しいかどうかは今のところ不明だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.06
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ウクライナ政府に対する武器の供与を阻止すると宣言、「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種やWHO(世界保健機関)の権限強化に反対、欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長とファイザーとの癒着を含め、COVID-19騒動の背後で動いたカネについても調査する準備を進めているような人物がアメリカを中心とする支配システムを動かしている人びとに敵視されるのは当然だろう。スロバキアのロベルト・フィツォ首相が欧米支配層から危険視され、命を狙われても不思議ではないということだ。 ウクライナの体制を転覆させ、アメリカの「縄張り」に組み込もうとする動きは1991年12月にソ連が消滅する直前からあった。そうした動きはバラク・オバマ政権が仕掛けた2013年11月から14年2月にかけてのクーデターにつながる。その前からアメリカの国防総省はウクライナで生物兵器の研究開発を行っていたが、クーデター後に拍車がかかり、同国はマネーロンダリングの拠点になった。2022年2月にロシアが反撃に出た後、ウクライナでは西側を顧客とする人身売買や臓器密売が話題になった。 欧米諸国はソ連消滅後、旧ソ連圏の解体を進め、1997年にアメリカの国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代すると、ユーゴスラビアへの軍事侵攻に向かって動き始める。オルブライトと親しいヒラリー・クリントンは夫のビル・クリントン大統領にユーゴスラビアを攻撃するよう説得していたという。 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、99年3月から6月にかけてNATO軍はユーゴスラビアへの空爆を実施、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。勿論、この攻撃で多くの市民が殺され、建造物が破壊された。侵略戦争以外の何ものでもない。ユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は1998年10月の終わりにコソボからの撤退計画を発表、戦争を回避しようとしていたが、無駄だった。 アメリカが「コソボ独立」の主人公に据えたKLA(コソボ解放軍)は麻薬業者だとも言われていたが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売に触れている。臓器が売られていく先にはイスラエルがあったとされている。コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたという。 この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティが2010年にEUへ提出した報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。このコソボの業者がウクライナへ入って商売を始めたとも伝えられている。 その前、2006年にコソボからスロバキアへ向かっていた航空機が墜落した。機内にはNATOの平和維持を終えたスロバキア人40名が搭乗していたほか、セルビア人が埋葬されたコソボの集団墓地で発掘された臓器密売を疑わせる証拠が運ばれていた。犠牲者の多くはアルバニア人の人身売買業者が臓器を取り出し、持ち去ったとみられている。スロバキアのチームはNATOへ証拠を渡していたが、それが闇に葬り去られることを想定し、別のセットを持ち帰ろうとしたのだ。航空機の墜落で証人と証拠は消えた。 この墜落は機内に仕掛けられた爆発物による爆破が原因だとする証拠が出てきたことから、スロバキア議会は墜落につての調査を開始、それをフィツォ首相は支持していたという。
2024.05.18
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次回の「櫻井ジャーナルトーク」は2月21日午後7時から駒込の「東京琉球館」で開催、テーマは「米新政権にのしかかる現実」を予定しています。予約受付は2月1日午前9時からですので、興味のある方は東京琉球館までEメールで連絡してください。東京琉球館https://dotouch.cocolog-nifty.com住所:東京都豊島区駒込2-17-8Eメール:makato@luna.zaq.jp アメリカは自由と民主主義の守護神であり、しかも経済力と軍事力で他国を圧倒しているというイメージが作られてきましたが、現実との乖離が大きくなりすぎました。帝国主義国だという実態を隠しきれなくなり、経済力や軍事力が弱まって求心力を失いつつあります。そうした状況について考えたいと思っています。 アメリカが軍事的にロシアより弱いことは2011年3月に始まったシリアでの戦闘で明らかになり、22年2月からのウクライナを舞台として戦闘で戦闘力の差が大きいだけでなく、経済力でロシアが西側を上回っていることも明確になりました。状況を逆転するため、米英支配層の中には核兵器、化学兵器、生物兵器を利用したテロを目論んでいる勢力が存在するとも言われています。 バラク・オバマ政権が2014年2月にウクライナでネオ・ナチを使って仕掛けたクーデターの結果、EUとロシアとを結びつけていた天然ガスの輸送ルートはアメリカによって遮断され、EUは弱体化しましたが、ロシアは中国と関係を強化、今では戦略的同盟関係を結んでいます。 1971年8月にリチャード・ニクソン大統領がドルと金との交換停止を発表した後、アメリカは製造業から金融へシフト、「繁栄」を演出してきましたが、それは上部だけで実態がありません。「通貨カルト」の国になったとも言えるでしょう。 その通貨カルトは金融危機を生み出しました。2008年のリーマン・ショックはそうした危機によって生じた出来事のひとつであり、その後危機の度合いは高まっています。 そうした中ロシアは製造業を柱にして復活しました。ウクライナで戦闘が始まった後でもロシアが経済的にも疲弊していないことはロシア在住のアメリカ人などがインターネットで伝えていましたが、ジャーナリストのタッカー・カールソンもモスクワの豊かな生活を伝えています。 軍事面ではアメリカがF-35戦闘機のような「高額兵器」を生産しているのに対し、ロシアは高性能の戦闘機や防空システム、あるいは極超音速ミサイルを開発、ロシアはアメリカを数十年リードしたという人もいます。有力メディアや映画界を利用したプロパガンダでこうした現実をカバーすることはできないでしょう。 アメリカはイギリスの戦略を引き継ぎ、ユーラシア大陸周辺を海軍力で支配して内陸部を締め上げようとしてきましたが、その戦略自体が揺らいでいます。櫻井 春彦
2025.01.28
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コソボで緊張が高まっている。これまで認められていたセルビアの身分証明書やナンバープレートをアルビン・クルティ政権が禁止すると発表、その実施日が近づいたからだ。ロシア語の使用を禁止したウクライナ政府の政策を連想させる。コソボの政権は実施日を1カ月延期するとしているが、延期にすぎず、問題の解決にはならない。 問題の背景にはアメリカ支配層の戦略がある。1982年6月にロナルド・レーガン米大統領はローマ教皇庁の図書館でヨハネ・パウロ2世とふたりで会い、ポーランドや東ヨーロッパについて話し合い、ソ連の解体を早める秘密キャンペーンを実行することで合意した。その目的を「神聖ローマ帝国」の復興と表現する人もいる。(Carl Bernstein, “The Holy Alliance,” TIME, Feb. 24, 1992) そのレーガン米大統領は1984年にNSDD133に署名、ユーゴスラビアだけでなく、ほかの東ヨーロッパ諸国で「静かな革命」を引き起こす準備を始めた。その翌年にソ連ではミハイル・ゴルバチョフが最高指導者に就任する。 ゴルバチョフはニコライ・ブハーリンを「別の選択肢」として研究していたグループに属し、西側の「民主主義」を信じ、アメリカの支配層を信頼していた。ゴルバチョフの周辺にはジョージ・H・W・ブッシュを含むCIA人脈と結びついていたKGBの中枢グループが取り巻いていたとも言われている。 そうした状況の中に自分がいることにゴルバチョフが気づいたときには手遅れで、彼は排除された。次の「駒」として西側支配層が選んだのはボリス・エリツィン。彼は独断で1991年12月にソ連を解体してしまう。 その前からユーゴスラビアはIMFの要求に従って国有企業の私有化を進め、GDP(国内総生産)は1990年に7・5%、91年には15%それぞれ低下、工業生産高は21%落ち込む。企業は倒産し、失業者が街にあふれた。そこでアメリカは反乱を演出する。チトー(ヨーシプ・ブローズ)政権下に姿を消していたファシストがユーゴスラビアを揺さぶりにかかったのだ。 ユーゴスラビアを解体する中、アメリカはコソボを分離させ、そこへアメリカ軍の基地を建設し、そこにアメリカ軍の部隊を駐留させようとしたと言われている。現在、KFOR(コソボ治安維持部隊)司令部の下で、という名目でアメリカ軍はコソボに基地を持っている。 その当時も西側はネオ・ナチを「民主勢力」だと主張、セルビア人を「新たなナチ」だと宣伝しながらユーゴスラビアの解体作業に取り掛かる。そのための資金はジョージ・ソロス系の団体やCIAの道具だったNED(ナショナル民主主義基金)などから提供された。 1991年6月にスロベニアとクロアチアが独立を宣言、9月にはマケドニアが、翌年の3月にはボスニア・ヘルツェゴビナが続く。4月になるとセルビア・モンテネグロがユーゴスラビア連邦共和国を結成、社会主義連邦人民共和国は解体される。 そしてコソボのアルバニア系住民も連邦共和国から分離してアルバニアと合体しようと計画、それをNATOが支援する。この間、西側の有力メディアはセルビア人による「人権侵害」を口実にしてユーゴスラビアを攻撃するよう求めた。後にこの人権侵害話は嘘だったことが明らかになっている。 当初、コソボの分離独立運動を主導していたのはイブラヒム・ルゴバ率いるLDK(コソボ民主化連盟)。この団体は非暴力で、セルビア側も事態の悪化を懸念して運動を許していた。1991年から92年にかけてLDKは地下政府を創設して選挙も実施しているが、セルビアの治安当局はこれも許容している。 1992年2月にはフランスのランブイエで和平交渉が始まり、セルビア側はコソボの自治権を認め、弾圧もやめることで合意、交渉はまとまりかける。それを嫌ったNATOは相手が受け入れられない条件、つまり車両、艦船、航空機、そして装備を伴ってNATOの人間がセルビアを自由に移動できるという項目が付け加えられたのだ。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009) NATOがセルビアを占領するということだが、当然のことながら、この条件をセルビア政府は受け入れない。独立国に主権を放棄し、NATO軍の占領を認めろと求めたからだが、これについて日本の外務省は「セルビアがNATO軍のコソボ展開を受け入れず決裂」したと説明している。 1992年3月にはユーゴスラビア駐在のアメリカ大使だったウォーレン・ジンマーマンはサラエボでボスニアのイスラム指導者だったアリヤ・イザドベゴビッチと会談。この指導者は第2次世界大戦中、「青年ムスリム」に参加していたが、この組織はナチスと行動を共にし、セルビア人やユダヤ人の虐殺に加担したと言われている。(F. William Engdahl, “Whom The Gods Would Destroy,” mine,Books, 2016) ジャーナリストのレナテ・フロットーによると、サラエボにあるイザドベゴビッチのオフィスで1993年から94年にかけてオサマ・ビン・ラディンを何度か見かけたという。アメリカを含むNATO加盟国の情報機関はアフガニスタンの戦争と同じようにジハード傭兵をボスニア・ヘルツェゴビナへ送り込んでいた。主な輸送ルートはクロアチア経由だったとされている。(F. William Engdahl, “Manifest Destiny,” mine.Books, 2018) ユーゴスラビアを解体し、アメリカの支配下に置く工作を容認する雰囲気を作り上げるため、西側の有力メディアは軍事介入を煽る「報道」を続けた。例えば、1992年8月にボスニアで16歳の女性3人がセルビア兵にレイプされたとニューズデーのロイ・ガットマンは報道しているのだが、別のジャーナリスト、アレクサンドラ・スティグルマイアーやマーティン・レットマイアーらによってガットマンの話が嘘だということが判明している。 当時、ガットマンはドイツのボンで支局長を務めていた人物で、現地を取材したわけではない。ヤドランカ・シゲリなる人物から得た情報をそのまま書いたのだ。シゲリはクロアチアの与党で民族主義の政党、HDZ(クロアチア民主団)の副党首を務めていたが、記事ではこの事実が隠された。しかもクロアチアの亡命者が創設したプロパガンダ組織CIC(クロアチア情報センター)のザグレブ事務所の責任者でもあった。このCICこそがレイプ情報の発信源である。 その後、シゲリは人権問題のヒロインになり、1996年にはジョージ・ソロスをスポンサーとする人権擁護団体HRWが彼女を主役にしたドキュメント映画を発表、レイプ報道で脚光を浴びたガットマンは1993年にセルビア人による残虐行為を報道してピューリッツァー賞を贈られている。 1996年5月にウィリアム・コーエン国防長官は約10万人のアルバニア系住民がセルビア人に殺害されたことを示唆しているが、空爆後に確認された死者数は約2100名だった。 ウィリアム・ウォーカーなる人物は1999年1月、コソボにあるユーゴスラビアの警察署で45名が虐殺されたと主張しはじめるのだが、この話も嘘だった。死者が出たのは警察側とKLAとの戦闘の結果で、その様子はAPのテレビ・クルーが撮影していた。この時、現場にはウォーカーのスタッフもいたので、彼は意図的に偽情報を流した可能性が高い。 ICRC(赤十字国際委員会)が指摘しているように、コソボでは全ての勢力が「不適切な行為」を行っていたのであり、セルビア人による組織的なレイプが行われた証拠はない。(Diana Johnstone, "Fools' Crusade," Monthly Review Press, 2002) 当初、ユーゴスラビアに対する軍事介入に消極的だったビル・クリントンだが、1997年1月に国務長官がウォーレン・クリストファーからマデリーン・オルブライトへ交代してから雰囲気が変化、98年4月にアメリカ上院はソ連との約束を無視してNATOの拡大を承認、その年の秋にオルブライト国務長官はユーゴスラビア空爆を支持すると表明している。 コソボからの軍隊引き揚げを受け入れたユーゴスラビアのスロボダン・ミロシェビッチ大統領は1998年10月の終わりに撤退計画を発表するが、KLAは和平を受け入れない。軍事的な緊張を高めてNATO軍を戦争に引き入れるため、KLAはセルビアに対して挑発的な行動に出る。これはアメリカ側の意向を受けたものだ。 決して親セルビアとは言えないヘンリー・キッシンジャーでさえ、1998年10月から99年2月までの期間で、停戦違反の80%はKLAによるものだと語っている。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009) そして1999年3月にアメリカ/NATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃。その際にスロボダン・ミロシェヴィッチ大統領の自宅を破壊するだけでなく、中国大使館を爆撃している。 中国大使館を空爆したのはB2ステルス爆撃機で、目標を設定したのはCIA。アメリカ政府は「誤爆」だと弁明しているが、3機のミサイルが別々の方向から大使館の主要部分に直撃していることもあり、中国側は「計画的な爆撃」だと主張している。 ドイツ外務省はNATO軍のセルビア人に対する攻撃を正当化するため、ミロシェビッチがアルバニア人を追い出そうとしていると主張していた。セルビアが秘密裏に「蹄鉄作戦」を計画している事実をつかんだという話が1999年4月に伝えられたのだが、証拠はなく、そうした計画はなかったと今では信じられている。後にドイツ軍のハインツ・ロクアイ准将が語ったところによると、ブルガリアの情報機関が作成した報告を元にでっち上げた計画だったという。(David N. Gibbs, “First Do No Harm”, Vanderbilt University Press, 2009) いつものように、ユーゴスラビアへの攻撃もアメリカ大使館から指示が出ていた。その中心にいたのは1996年から99年までユーゴスラビアでアメリカ外交団のトップだったリチャード・マイルズ。体制転覆の専門家と言われている。工作資金はUSAIDからNEDなどCIA系のNGOを通じて流れていた。 セルビアの書類やナンバープレートを禁止するというコソボ政権の政策はコソボに住むセルビア人に対する弾圧の一環で、最終的には全てのセルビア人をコソボから追い出すつもりだと見られている。こうした政策はウクライナと同じように、西側諸国の「危機チーム」によって計画されたという。 EUへの憧れからか、ロシアに対する敵対的な政策を進め、セルビア社会を破壊して国民の人気がないアレクサンダル・ブチッチとしては難しい判断を迫られている。
2022.08.02
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日本政府は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」というタグのついた遺伝子操作薬の接種を推進し続けている。5月8日には6回目の接種を厚生労働省は開始した。マスコミも接種キャンペーンを展開、NHKの番組「ニュースウオッチ9」の場合、「COVID-19ワクチン」接種後に家族が死亡したと訴える遺族の発言を「コロナ感染」で亡くなった人の遺族のように取り上げるということもしている。 しかし、昨年末から週刊誌が危険性を伝えたこともあり、推進側の思惑通りには進んでいない。当初、接種数の伸びは速かった。半ば強制的に接種させることができる施設が力を入れたのかもしれない。 遺伝子操作薬の接種は2020年12月下旬から接種が本格化する。先行したのはイスラエルだが、そのイスラエルで2021年4月に十代の若者を含む人びとの間で心筋炎や心膜炎が増え、問題になった。 そうした情報をアメリカのCDC(疾病予防管理センター)も無視できなくなり、6月23日には同センターのACIP(予防接種実施に関する諮問委員会)が「mRNAワクチン」と「穏やかな」心筋炎との間に関連がありそうだと認めた。 その2日後にはFDA(食品医薬品局)がmRNA技術を使ったファイザー製とモデルナ製の「COVID-19ワクチン」が若者や子どもに心筋炎や心膜炎を引き起こすリスクを高める可能性があると発表している。心筋炎や心膜炎の問題を否定できなくなったのである。2022年に入るとイスラエルを含む大半の国で接種する人が大幅に減った。 早い段階から帯状疱疹や⾎栓性⾎⼩板減少性紫斑病(TTP)、あるいはギラン・バレー症候群による末梢神経の障害が報告され、ADE(抗体依存性感染増強)なども起こっていると考えられた。 mRNAを利用したタイプにしろ、アデノウイルスをベクター(遺伝子の運び屋)に利用したタイプにしろ、いずれもコロナウイルスのスパイク・タンパク質を人間の細胞に製造させ、それによって抗体を作って免疫を高めるのだが、このスパイク・タンパク質こそが病気の原因だということも明らかになった。この事実を最初に報告したのはカリフォルニア州サンディエゴ郊外にあるソーク研究所。2021年3月のことで、解説記事も出された。 遺伝子操作薬に侵入された人間の細胞はスパイク・タンパク質が製造するようになり、人間の免疫システムは病気の原因になっている細胞を攻撃し始める。自己免疫疾患だ。そこで免疫力を弱める力が働き、免疫不全の状態になる。つまりAIDS的な状態。病気に感染しやすく、癌になりやすくなる。 こうしたことが知られるようになったこともあり、2022年に各国は「COVID-19ワクチン」の接種を止めるが、そこから接種を推進しているのが日本だ。 2022年5月に来日したジョー・バイデン大統領は首脳会談後の共同記者会見でCDCの日本事務所を新設する考えを表明した。それと連携することが想定できる機関を日本政府は創設する。そして今年3月7日、NIIDとNCGM)を統合して「国立健康危機管理研究機構」を作るための法案を閣議決定した。内閣官房に設置する「内閣感染症危機管理統括庁」の求めに応じて動くことになるようだ。5月31日には法案が参院本会議で可決、成立している。 岸田文雄内閣は昨年10月13日、「マイナンバーカード」と健康保険証を一体化させる計画の概要を発表した。それにともない、現在使われている健康保険証を2024年の秋に廃止するという。 マイナンバーカードで遺伝子操作薬の接種歴、そしてその後の治療歴もわかるはずだ。遺伝子操作薬のロット番号も調べられるだろう。日本は世界に類がない「ワクチン」接種国であり、今回の騒動を仕掛けたとされるアメリカの国防総省は日本人のデータが欲しいことだろう。
2023.06.21
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アメリカの国務省は1月24日、イスラエルとエジプトへの軍事資金を除く対外援助すべてについて「作業停止」命令を出し、新規援助を一時停止したと伝えられている。ロイターによると、USAID(米国国際開発庁)でウクライナにおけるプロジェクトを担当している職員もすべての作業を停止するよう指示されたという。 凍結されたプロジェクトの中には学校への支援、緊急の母子ケア、医療支援などが含まれているとUSAIDの職員は主張しているというが、このUSAIDはCIAの工作資金を流すパイプとして機能、CIAはウクライナを舞台とした対ロシア戦争で重要な役割を果たしてきたが、その対ロシア戦争は惨憺たる状況になっている。 2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを使ってウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した当時、クーデター政権の軍事力は反クーデター派より劣っていた。ネオ・ナチ体制を嫌い、軍や治安機関から約7割のメンバーが離脱したからだと言われている。 そこでアメリカ/NATOの傀儡である新政権の軍事力を増強しなけらばならなくなったのだが、そのためには時間が必要。そこでミンスク合意だ。アンゲラ・メルケル元独首相は2022年12月7日、ツァイトに対して「ミンスク合意」は軍事力を強化するための時間稼ぎだったと認めている。その直後にフランソワ・オランド元仏大統領はメルケルの発言を事実だと確認した。アメリカ/NATOは8年かけてウクライナの戦力を増強したのである。 2022年に入るとキエフ政権がウクライナ東部のドンバスに対する砲撃の激しさを増す一方、ドンバス周辺に兵力を集めた。軍事の素人でもアメリカ/NATOがドンバスに対する本格的な戦争を始めるつもりだろうということは想像できたのだが、その直前、ロシア軍は準備が不十分な状態でウクライナをミサイル攻撃し始めている。何らかの緊急事態が生じた可能性がある。 それ以降、ロシア軍はミサイル、滑空弾、ドローン、戦闘機、戦車、防空システムなどでウクライナ軍を圧倒、砲弾は6対1から10対1の優位性を持つ。言うまでもなく、制空権はロシア軍が握っている。 ロシア軍が攻撃を始めた直後からウクライナ側とロシア側はイスラエルやトルコを仲介役として停戦交渉を開始、両国はほぼ合意している。その当時、イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは2023年2月4日、交渉がどのように展開したかを詳しく語っている。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会っている。 ところが、その3月5日にウクライナの治安機関であるSBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺した。クーデター後、SBUはCIAの配下で活動している治安機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達している。その際に仮調印されているのだが、その文書をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。2023年6月17日に会談した際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示しているのだ。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 キリーエフが殺害されて間もない2022年4月9日にイギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令。同年4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓っている。 ゼレンスキーは2020年10月にイギリスを公式訪問しているが、その際、イギリスの対外情報機関MI6の長官、リチャード・ムーアを訪問、会談している。その訪問の様子が撮影された後、ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、ムーア長官がハンドラーだと言われるようになった。その訪問後、ゼレンスキーの警護担当者はウクライナ人からイギリス人へ交代になったとも言われている。 インターネット・メディアのグレイゾーンによると、イギリス国防省の監督下、チャーリー・スティックランド中将が2022年2月26日、「プロジェクト・アルケミー(錬金術計画)」なる対ロシア計画を遂行するためのグループを組織した。ゼレンスキー政権はイギリス支配層の命令でロシアとの戦争を継続、アメリカのジョー・バイデン政権、つまりネオコンが支援していたように見える。 こうしたイギリスやアメリカの動きを見てロシアは話し合いでの解決は困難だと判断したようで、プーチン政権は2022年9月21日に部分的動員を発表、約30万人が集められて軍事訓練が実施されたのだが、実際に戦線へ投入された兵士はそのうち数万人にすぎない。ローテーションさせながら余裕を持って戦っている。 戦況から考えて、ロシア軍の死傷者数がウクライナ軍を上回ることは考えられない。砲弾数から考えて、ロシアの死傷者数はウクライナの1割から1割5分だろう。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンは兵士の遺体引き渡しで、その比率がロシア兵49名に対し、ウクライナ兵757名だったと指摘、とウクライナ軍の遺体引き渡しから、ロシア側の戦死者1名に対し、ウクライナ側の戦死者は15名だとしている。 イギリスのベン・ウォレス元国防大臣は2023年10月1日、テレグラフ紙に寄稿した記事の中で、その当時、ウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求していた。それだけ死傷者数が多いと言うことをイギリスの元国防大臣も認めている。 明らかに負けているウクライナが勝っていると主張する人は日本にもいたが、ポーランドのアンジェイ・ドゥダ大統領もそのように言い張っている。ドゥダはロシアがウクライナとの戦争に勝利すればさらなる攻撃を仕掛ける」と主張、「ロシアが勝利できないようにすること」が重要で、ロシアが勝利した、成功したと大声で宣伝できないようにしなければならないとしている。こうしたドゥダの発言について、プーチン大統領が受け入れられない取り引きをさせようとしているのではないかとジョンソンは推測している。実際、トランプの発言は彼がそうした罠に陥っていることを暗示している。 トランプに間違った情報を吹き込んでいる人たちがいるとしたら、それはCIAである。CIAの前身であるOSSはイギリスの情報機関からアドバイスを受けて設立されたのだが、CIA/OSSもイギリスの情報機関も背後には金融資本が存在している。 CIAは情報の収集と分析を行うという名目で設立されたが、1950年代に入ると破壊工作を担当する部門が作られ、肥大化していく。その破壊工作部門の中核になったのがOPCであり、その人脈はイギリスとアメリカの情報機関がレジスタンス対策で組織したジェドバラだ。 CIAが行なっていた秘密工作の一端は1970年代半ば、議会で明らかにされた。上院ではフランク・チャーチ議員が委員長を務める委員会、また下院ではオーティス・パイク議員が委員長を務める委員会がその舞台になった。そうした調査の中で、CIAは特殊部隊と連携し、軍とは別の戦争をベトナムで展開していたことが判明している。 リンドン・ジョンソン政権時代、国防総省の方針は毎週火曜日に開かれる昼食会で決められていた。その席には大統領のほか、国務長官、国防長官、国家安全保障補佐官、ホワイトハウス報道官、そしてNSC(国家安全保障会議)のロバート・コマーが参加していた。コマーはCIAの分析官だ。 コマーは1967年5月にDEPCORDS(民間工作と革命的開発支援担当のMACV副官)としてサイゴンへ入る。6月には彼の提案に基づいてMACVとCIAが共同で極秘プログラムICEXを始動させる。このプログラムは間もなく、「フェニックス・プログラム」と呼ばれるようになった。これは「ベトコンの村システムの基盤を崩壊させるため、注意深く計画されたプログラム」である。 この作戦のメンバーに参加していた将校や下士官は合わせて126名。殺人担当チームは軍の特殊部隊から引き抜いて編成され、命令はCIAから出ていた。つまり正規軍の指揮系統から外れていた。 そうした秘密工作の実働チームとして動いていたのは、CIAが1967年7月に組織したPRUという傭兵部隊。その隊員は殺人や性犯罪、窃盗、暴行などで投獄されていた囚人たちが中心だった。1968年3月にソンミ村のミ・ライ地区とミ・ケ地区で農民が虐殺されたが、これもフェニックス・プログラムの一環だった。(Douglas Valentine, "The Phoenix Program," William Morrow, 1990) 農民を虐殺したのはアメリカ陸軍の第23歩兵師団第11軽歩兵旅団に属すウィリアム・カリー大尉率いる小隊。犠牲者の数はアメリカ軍によるとミ・ライ地区だけで347人、ベトナム側の主張ではミ・ライ地区とミ・ケ地区を合わせて504人だとされている。 この虐殺を止めたのは現場の上空にさしかかったアメリカ軍のヘリコプターに乗っていた兵士。ヘリコプターからヒュー・トンプソンという乗組員が農民を助けるために地上へ降りたのだ。その際、トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) アメリカ軍に同行していた従軍記者や従軍カメラマンは非戦闘員が虐殺された事実を知っていたのだが、報道していない。虐殺事件をアメリカの議員らに告発したアメリカ軍兵士もいたが、政治家も動かない。 この記事を書いたのはフリーランスだった調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュ。ライフやルックといった有名な雑誌からは掲載を拒否され、ワシントンを拠点とするディスパッチ・ニュース・サービスという小さな通信社を通じて伝えている。1969年11月のことだ。 虐殺があったことをハーシュに伝えたのはジェフリー・コーワン。後に南カリフォルニア大学の教授になる人物だ。その当時はベトナム戦争に反対していたユージン・マッカーシー上院議員の選挙キャンペーンに参加、ハーシュもマッカーシー陣営に加わっていた。 虐殺を隠しきれなくなったアメリカ軍はウィリアム・ピアーズ将軍に調査を命じるが、この人物は第2次世界大戦中、OSSに所属、1950年代の初頭にはCIAの台湾支局長を務めていた。要するに、CIAの人間である。 ジョージ・W・ブッシュ政権で国務長官を務めるコリン・パウエルが少佐として1968年7月にベトナム入りしている。配属されたのはカリー大尉と同じ第23歩兵師団。パルエルは2004年5月4日、CNNのラリー・キング・ライブに出演した際、事件後に現場を訪れて衝撃を受けたと話している。 ジャーナリストのロバート・パリーらによると、パウエルは兵士の告発など軍上層部が聞きたくない声を握りつぶすことが役目だった。その役割が評価されて出世したと言われている。 1973年9月にCIA長官となったウィリアム・コルビーはアレン・ダレスの側近のひとりで、CIAのサイゴン支局長、極東局長、そして1968年から71年までフェニックス・プログラムを指揮していた。このコルビーはチャーチ上院議員が委員長を務める特別委員会でCIAの秘密工作について詳しく説明、議会の公聴会では「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムによって2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と証言している。 コルビーは1976年1月にCIA長官を解任され、1975年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めていたジョージ・H・W・ブッシュを後任に選ばれた。 ブッシュはエール大学でCIAのリクルート担当者だったボート部のコーチ、アレン・ウォルツと親しく、学生の秘密結社スカル・アンド・ボーンズのメンバーだった。また彼の父親であるプレスコット・ブッシュは上院議員になる前、ウォール街の大物として知られ、アレン・ダレスと親しくしていた。彼が重役を務めたユニオン・バンキングという金融機関はウォール街がナチスへ資金を流すパイプのひとつだったとされている。 ちなみに、コルビーは1984年に離婚、元外交官のサリー・シェルトンと再婚し、核兵器凍結運動などに関する講義をするようになった。そして1996年の春、カヌーで出かけたまま行方不明になり、数日後に彼の遺体が発見されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.26
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ドナルド・トランプ大統領の打ち出す政策に恐怖している人がいることは確かだろう。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動を仕掛けた人びとやロシアと戦争させるためにウクライナのクーデター体制を支援してきた人びともその中に含まれているはずだが、トランプ大統領の発言には背後にシオニストの存在を窺わせるものがある。 少なからぬ人が指摘しているが、トランプはウクライナでの戦争を終わらせるため、ロシアを恫喝するとしている。かつて、ドワイト・アイゼンハワーやリチャード・ニクソンが使った手法だ。 ドワイト・アイゼンハワーは大統領に就任してまもない時期に、ハリー・トルーマン政権が始めた朝鮮戦争を休戦させようと考えた。そこで、中国に対して休戦に応じなければ核兵器を使うと脅したとされている。休戦は同年7月に実現した。アイゼンハワー政権で副大統領を務めていたリチャード・ニクソンはベトナム戦争から抜け出すため、カンボジアに対する秘密爆撃を実行しながらアイゼンハワーの手法を使っている。つまり核兵器で北ベトナムを恫喝したのだ。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) トランプはウラジミル・プーチン露大統領に対し、ウクライナでの戦争をやめなければ新たな「制裁」でロシアの置かれた状況をさらに悪化させると脅している。そのプランはウクライナ特使のキース・ケロッグ退役陸軍中将が考えた「和平計画」に基づくもので、この計画は同中将が2024年春に執筆した論文が基本になっている。問題は、この論文が事実に基づいていないということだ。恫喝がロシアにも通用すると考えている。 トランプはウクライナでの戦闘でロシア兵は100万人近くが戦死したと主張している。ウクライナ兵の戦死者約70万人を上回ると主張しているわけだが、これはありえない。ウクライナ兵の戦死者は80万人、あるいはそれ以上だと推定されているが、それを否定できないため、70万人と少なめの数字を提示、ロシア兵の戦死者数をそれ以上にする必要があると考えたのだろう。 ウクライナ軍の兵士不足は2023年10月1日、イギリスのベン・ウォレス元国防大臣も指摘している。ウォレスはテレグラム紙に寄稿した論稿の中でウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。 ウクライナの街中で男性が徴兵担当者に拉致される様子を撮影した少なからぬ映像がインターネット上で伝えられているが、ロシアの街頭でそうした光景は見られない。ロシア側の戦死者数はウクライナ側の1割程度、つまり10万人に達していないと推定されている。 ロシア軍とウクライナ軍が戦場で使用している砲弾の数はロシア側が6対1から10対1の優位性を持つと推定されている。死傷者数の比率は砲弾の比率に準ずると言われているので、この面からもトランプ大統領の判断は否定される。「ウクライナはロシアよりも兵士の死傷者数が少ないが、それでもロシアに負けている」ということはありえない。 しかも兵器の性能が違う。言うまでもなくロシア軍がウクライナ軍、つまりアメリカ/NATO軍を圧倒しているのだ。ロシア軍はミサイル、滑空弾、ドローン、戦闘機、戦車、防空システムなどでウクライナ軍を圧倒、制空権を握っている。 アメリカがロシアに対する戦争を始めたのは2014年2月のことだと言える。ナチス時代下のドイツは1941年6月からソ連への軍事侵攻を始めたが、最初に攻め込んだのはウクライナとベラルーシだ。バラク・オバマ政権が仕掛けたウクライナにおけるネオ・ナチを使ったクーデターは新たなバージョンのバルバロッサ作戦だと言えるだろう。ベラルーシでもクーデターが試みられたが、これは失敗に終わっている。 朝鮮戦争の場合と同じようにウクライナでも「休戦」して戦況を「凍結」し、イギリス、ドイツ、フランスといった国の兵士で構成される「平和維持軍」をウクライナへ入れることをロシア政府が認めるとは思えない。その部隊は「平和維持軍」というタグをつけたNATO軍にすぎないからだ。 トランプはロシアがアメリカの命令に従わない場合、経済的に締め上げると脅しているが、ロシア経済が好調だということをロシア在住の少なからぬアメリカ人が伝えていた。アメリカ人ジャーナリストのタッカー・カールソンもモスクワの豊かな生活を伝えている。アメリカ政府が西側の企業をロシアから撤退させたため、ロシアの国内産業が息を吹き返し、経済にとってプラスに働いたことは明らかだ。苦境に陥ったのはヨーロッパであり、アメリカにも悪い影響を及ぼしている。 トランプはガザからアラブ系住民を一掃してヨルダンやエジプトへ追放しようとしている。露骨な民族浄化計画であり、アメリカに従属しているアラブ諸国からも反対されているのだが、トランプは強引に推し進めようとしている。 アメリカで行われているのは「権力抗争」にすぎず、社会の仕組みを変える「革命」ではないのだろう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.31
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ある音楽グループのメンバーで俳優としても活動したいた人物がコカインを摂取した容疑で関東信越厚生局麻薬取締部に逮捕されたという。その人物が薬物を使用しているという情報が昨年の秋にあり、内偵していたようだ。 伝えられているところによると、任意同行を求めて尿検査をしたところコカインの陽性反応が出たのだが、自宅からコカインは見つからなかったという。コカインを使ったと認識した段階で任意同行を求めた可能性が高く、どのようなルートで麻薬を入手し、どこで摂取したのかも当局は知っているのだろう。 本ブログでも指摘してきたが、麻薬取引はCIAの活動と深く結びつき、麻薬資金を巨大金融機関は扱っている。ベトナム戦争の当時、最大の非合法ケシの産地は東南アジアであり、アフガニスタンでCIAが秘密工作を始めると主要産地はパキスタンとアフガニスタンをまたぐ山岳地帯へ移動、中米で秘密工作を始めるとコカインの流通量が増えた。いずれも黒幕はCIAであり、その儲けを扱うために「CIAの銀行」が存在する。 世界の金融システムは2008年に破綻した。リーマン・ブラザーズの倒産はその象徴にすぎない。システムが崩れそうになったのだ。この倒産を利用して欧米の支配層は庶民に破綻の尻拭いをさせた。超法規的な救済だが、その後、富が集中するはスピードは加速していく。 この金融破綻、いわゆるリーマン・ショックを処理する際に麻薬資金も重要な役割を果たしたと伝えられている。UNODC(国連薬物犯罪事務所)のアントニオ・マリア・コスタによると、麻薬取引で稼いだ利益3520億ドルの大半が経済システムの中に吸い込まれ、いくつかの銀行を倒産から救った可能性があるという。麻薬資金は流動性が高く、銀行間ローンで利用されたとも言われている。 本ブログでは繰り返し指摘してきたが、CIAはウォール街の人脈によって作られた情報機関である。同じように、イギリスのMI6(SIS)はシティと結びついている。 イギリスに限らないが、その支配者は侵略と略奪で富を築いてきた。金や石油といった資源を盗んでいるが、19世紀には中国(清)を侵略するためにアヘンを売りつけ、戦争で利権を奪った。アヘン戦争やアロー戦争だ。 そのときにアヘン取引で大儲けした会社のひとつがジャーディン・マセソン。インドで傭兵の武装蜂起で始まった大反乱(セポイの反乱)が終わった翌年、1859年に同社はトーマス・グラバーを長崎へ、ウィリアム・ケズウィックを横浜へ派遣した。 グラバーは明治維新をテーマにしたドラマによく出てくる人物だが、ケズウィックの方が大物だった。ジャーディン・マセソン創立者の一族で、麻薬資金を処理していた香港上海銀行(現在はHSBC銀行)とも深く結びついている。有り体に言うと、明治維新の黒幕は麻薬業者だ。 CIAがエル・サルバドルを含むラテン・アメリカ諸国で死の部隊を使ってアメリカの巨大企業のカネ儲けに邪魔な人物や団体を抹殺していた当時、ロサンゼルス市警の内部の麻薬担当はCIAの活動に肉薄、司法省などからの攻撃を受ける。捜査チームを追い込むために税務調査が実施され、細かい違法行為を見つけ出して刑務所へ入れると脅され、退職を余儀なくされたと言われている。 また、CIAの手先だったニカラグアの反革命ゲリラ(コントラ)のコカイン取引を暴く連載記事を1996年に書いたサンノゼ・マーキュリー紙のゲーリー・ウェッブ記者は有力メディアから一斉攻撃を受けて退職を余儀なくされ、自殺に追い込まれた。 今回のミュージシャン/俳優のコカイン事件を伝えているマスコミも芸能界の実態を知っているだろう。
2019.03.18
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ベン・ウォレスは2019年7月24日から今年8月31日までイギリスの国防大臣を務めていた。その人物がテレグラフ紙に寄稿、その中でウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、ウクライナ政府に対し、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。 昨年2月24日にロシア軍がウクライナに対するミサイル攻撃を始めて以来、約50万人のウクライナ兵が戦死したと言われている。ちなみに、ロシア側の推計戦死者はその1割、つまり5万人程度だ。 ウォロディミル・ゼレンスキー政権は当初から18歳から60歳の男子が出国することを禁止、動員の対象にしていた。45歳以上の男性だけでなく少年兵も前線へ送り込んでいると言われていたが、最近は60歳程度の男性が街角で拘束され、前線へ送り込まれていると報告されている。 兵士の平均年齢が40歳を超えているのは当然だろうが、それを理由にしてウォレスは若者に「バンザイ突撃」をさせろと言っているように聞こえる。残っている若者は動員が免除されている大学の学生や研究員、あるいは年少者だ。「学徒動員」や「少年兵」を求めていると言える。 ウォレスはウクライナが勝っていると主張しているが、ならば「学徒動員」や「少年兵」などは必要ない。ウクライナ軍は昨年2月24日にロシア軍が攻撃を始めた直後に負けているのだ。 ロシア軍は最初にドンバスに対する大規模な攻撃を開始するために集まっていたウクライナの軍や親衛隊などを壊滅させ、そして航空基地やレーダー施設などを破壊した。その段階でウクライナの敗北は決定的だった。だからこそ、イスラエルやトルコが仲介役になって停戦交渉が行われ、停戦でほぼ合意、仮調印もされているのだ。それを潰したのがイギリスとアメリカにほかならない。 ゼレンスキー政権が6月4日に始めた「反転攻勢」が失敗したことをアメリカの有力紙も認めている。例えばワシントン・ポスト紙は自分たちが宣伝していた「反転攻勢」で進展はないことを認めた。ロシアが構築した「スロビキン防衛線」を突破できず、ウクライナ側は死傷者を増やしているだけだ。この「攻勢」で8万3千人以上のウクライナ兵が死亡したと考えられている。それにもかかわらず、ウォレスはウクライナが少しずつ勝利を収めていると言い張っているのだ。 現在、ロシア軍は守りを固め、突入してくるウクライナ軍にダメージを与えている。その結果、ウクライナ軍に武器弾薬を供給しているアメリカ/NATOの兵器庫は空になりつつある。この状況をキンシャサでモハメド・アリとジョージ・フォアマンの間で行われたボクシングの試合に準える人もいる。 アメリカ政府が計画していた経済戦争も機能せず、EU諸国が大きな損害を受けているだけ。アメリカもダメージを受けている。歴史的に反ロシア感情が強いポーランドもウクライナに対する批判が強まり、EU諸国ではロシアとの戦争継続に反対する声が高まってきたようだ。アメリカ議会とバイデン政権の関係も悪化してきた。 それに対し、ロシアと中国の団結が強まり、アフリカをはじめ「グローバル・サウス」と呼ばれる国々が中露の周辺に集まり始めた。昨年2月以来、アメリカ政府の「制裁」がロシアの国内産業にとって追い風になり、生産力が高まっている。 また、ロシア軍は昨年秋に部分的動員で約30万人を集め、すでに訓練は終わったようだが、戦線に投入されたのは数万人だと言われている。しかもウクライナ軍とは違い、十分な装備がある。 ここにきてロシア政府は旧ソ連圏諸国を除く国々にガソリンやディーゼルを輸出することを禁止したが、国内で不足しているとは思えず、元CIA分析官のラリー・ジョンソンはロシア軍が大規模な軍事作戦を計画している可能性があると語っている。
2023.10.04
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日本の厚生労働大臣が昨年11月28日に世界で初めて製造販売を承認した「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」は自己増殖する人工ウイルスで、動物の種を超えるだけでなく、植物との間でも感染する可能性が指摘されている。危険性が高いため、この薬剤を承認する国は、少なくとも今のところ、島国で国を封鎖しやすい日本だけである。 承認申請したメーカーはMeiji Seikaファルマで、同社は武田薬品系のアルカリスと共同でmRNA技術を利用した製品の製造工場を建設福島県南相馬市に建設、そこでアルカリスが開発した遺伝子導入剤「ARCT-154」を作る計画だ。 アルカリスはアークトゥルスとアクセリードが共同で設立したmRNA医薬品CDMO(医薬品受託製造)会社であり、アクセリードは武田薬品の湘南研究所が2017年にスピンオフして誕生した。 武田薬品には興味深い人物が関係してきた。例えば山田忠孝はビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を経て同社へ入った人物で、父親の山田忠義は渋沢敬三の秘書などを経て1952年に八幡製鉄へ入社している。 戦争中の1940年代の前半、ヨーロッパから日本へ上海経由で神戸に辿り着いたユダヤ系の若者、ショール・アイゼンベルグを忠義は世話している。神戸へ着いた時、アイゼンベルグは19歳か20歳だった。その若者をなぜ日本の財界が面倒を見たのかは謎だ。 財界の大物たちに守られたユダヤ人難民のアイゼンベルグは大戦後、アメリカ第8軍のロバート・アイケルバーガー司令官に可愛がられる。そのコネクションを活かし、アイゼンベルグはペニシリンの販売で大儲けしたという。 その後、アイゼンベルグは日本から追い出されるが、イスラエルの情報機関モサドの幹部としてさまざまな秘密工作に関わり、イスラエルと中国を結びつけたと言われている。似た境遇にあったジョージ・ソロスと緊密な関係にあったことでも知られている。 山田忠孝と同じようにビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団を経由して武田薬品に入ったラジーブ・ベンカヤも興味深い人物だ。財団ではグローバル・ヘルス・プログラムのワクチン・デリバリー・ディレクターを務め、武田薬品ではグローバル・ワクチン・ビジネス・ユニットを率いた。 財団に入る前、ジョージ・W・ブッシュが大統領だった2002年から03年にかけての時期にホワイトハウス・フェローを務め、さらにバイオ防衛担当ディレクターを経て大統領特別補佐官およびバイオ防衛担当シニアディレクターとして活動、バイオ・テロリズム研究グループを率いている。 ホワイトハウス時代、ベンカヤはフランシス・タウンゼント国土安全保障担当補佐官の直属で、その時、ロックダウンを考え出したという。その一方、Gavi(ワクチンアライアンス)の理事を務め、CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)やIAVI(国際エイズワクチン推進構想)の理事会メンバー。CFR(外交問題評議会)の終身会員でもある。なお、今年3月からアエイウム・セラピューティックのCEOに就任している。 医薬品業界で研究開発に関わってきたサーシャ・ラティポワによると、COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動はアメリカ国防総省がバラク・オバマ政権の時代に始めた作戦だ。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至ったという。 本ブログでは以前にも書いたことだが、レプリコン・ワクチンと似た特徴を持つ「万能生物兵器」をアメリカの国防総省がウクライナで研究開発していたとロシア議会の委員会は昨年4月に発表している。「核の冬」に匹敵する深刻な被害をもたらすような遺伝子組み換え兵器だとされている。 ロシア軍が収集したデータによると、その万能生物兵器は敵の兵士だけでなく、動物や農作物にダメージを与えることができる。これによって、これらの病原体の拡散によって影響を受けた国を完全に破壊し、民間人、食糧安全保障、環境にも影響を与えようとしているという。アメリカは昆虫、哺乳類、野鳥を利用して人間を攻撃する病原体の伝播に特別な注意を払っているという。 分析に利用した文書は2022年2月24日にロシア軍がウクライナに対する攻撃を始めた直後に回収された。ロシア軍はドンバスの周辺に集結していたウクライナ軍の部隊や軍事施設を攻撃、その際にウクライナ側の機密文書を回収、その中に生物化学兵器に関する文書が含まれていたのだ。 ロシア軍のイゴール・キリロフ中将によると、ロシア国防省が発表した事実をアメリカを含む各国は否定せず、報告書の信憑性に疑いを持たなかったという。日本を含む各国政府は遅くとも昨年4月、その事実を知り、万能生物兵器とレプリコン・ワクチンと類似していると感じた人もいるだろう。当然、日本の政治家もレプリコン・ワクチンの危険性を認識したばずだが、その政治家は地検特捜部による捜査で混乱、日本人の存続どころの話ではなくなっているようだ。 アメリカの国防総省がロシアとの国境に近いウクライナ領内で生物化学兵器の研究開発を行っていることをロシア政府は前から知っていた。ウクライナでクーデターが始まった2013年、アメリカがウクライナで生物兵器の研究開発施設を建設するという話が流れている。アメリカ国防総省がハリコフ周辺にレベル3のバイオ研究施設を作ろうとしていると訴えるリーフレットがまかれ、実際、建設された。 ジャーナリストのディリヤナ・ゲイタンジエワによると、ドニプロ、ミコライフ、リビフ、ウジホロド、テルノポリ、ビンニツヤ、キエフにも施設があるのだが、各研究所はハリコフより前の2010年から13年の間に建設されたという。 アメリカ国防総省はウクライナだけに研究施設を建設したわけではない。中東、東南アジア、アフリカ、そしてジョージアを含む旧ソ連諸国にもある。特に注目されているのはジョージアにあるルガー・センター(国立疾病管理公衆衛生センター)で、近くにアメリカ軍のバジアニ空軍基地がある。センターで軍事プログラムを担当しているのはアメリカ陸軍医療研究ユニット・グルジアの生物学者と民間業者で、CH2Mヒル、バテル、そしてメタバイオタが含まれる。 ルガー・センターの研究員には外交特権を与えられ、ジョージア政府の直接的な支配下に置かれることなく、外交特権のもとに米国政府のために仕事をすることができる。他の国でも同じ仕組みになっているようだ。その研究内容は生物兵器(炭疽病、野兎病)やウイルス性疾患(クリミア・コンゴ出血熱など)の研究、将来の実験のための生物試料の収集などだ。 2013年12月にアフリカ西部のギニアではエボラ出血熱が広がりはじめ、リベリア、シエラレオネ、ナイジェリア、さらにアメリカやヨーロッパへ伝染、1万1323名が死亡(致死率:70から71%)、大きな騒動になった。 その際、生物兵器を研究している学者が数年にわたってギニア、リベリア、シエラレオネのあたりで活動していたと話題になる。その学者が所属していたのは生物化学兵器を研究開発しているアメリカ軍のフォート・デトリック、そしてテュレーン大学だ。 感染が問題になり始めた2014年7月、シエラレオネの健康公衆衛生省はテュレーン大学に対し、エボラに関する研究を止めるようにという声明を出している。その研究が予防や治療が目的でないと判断したのだろう。 2022年2月にロシア軍の攻撃が始まると、ウクライナの施設は破壊を免れても落ち着いて研究開発することは困難な状態になる。そこで、ケニア、コンゴ、シエラレオネ、カメルーン、ウガンダ、南アフリカ、ナイジェリアといったアフリカ諸国、あるいはシンガポールやタイに移転したとされている。 アメリカの軍や巨大企業はアフリカを生物化学兵器の実験場として利用してきた。キリロフによるとアフリカではDTRAのほか、電子情報機関のNSA(国家安全保障局)や国務省が主導、ナイジェリアではHIV/AIDSに関する研究が行われ、感染者とされる人の6割がギリアド・サイエンシズの抗ウイルス療法を受けているという。 アメリカ軍は生物化学兵器の研究開発を1930年代から始めている。例えば、ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は1931年、プエルトリコの被験者に意図的にガン細胞を人体へ注入し、そのうち13人を死亡させたという。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していた。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加。1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになった。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本やドイツによる生物化学兵器の研究開発結果は第2次世界大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 日本の生物化学兵器の開発は軍医学校、東京帝国大学医学部、京都帝国大学医学部が中心になって進められた。その一環として生体実験をおこなうため、中国で加茂部隊」が編成されている。その責任者が京都帝国大学医学部出身の石井四郎中将であり、その後ろ盾は小泉親彦軍医総監だったとされている。 その後、加茂部隊は「東郷部隊」へと名前を替え、1941年には「第七三一部隊」と呼ばれるようになり、捕虜として拘束していた中国人、モンゴル人、ロシア人、朝鮮人を使って生体実験する。こうした人びとを日本軍は「マルタ」と呼んでいた。この部隊の隊長を1936年から42年、そして45年3月から敗戦まで務めた人物が石井四郎。途中、1942年から45年2月までを東京帝国大学医学部出身の北野政次少将が務めている。 ソ連の参戦が迫っていた1945年8月、関東軍司令官の山田乙三大将の命令で第七三一部隊に関連した建物は破壊され、貴重な資料や菌株は運び出された。監獄に残っていた捕虜を皆殺しになる。捕虜の多くは食事に混ぜた青酸カリで毒殺されたが、食事をとろうとしない者は射殺された。死体は本館の中庭で焼かれ、穴の中に埋められた。日本軍は監獄などを爆破した上で逃走している。(常石敬一著『消えた細菌戦部隊』海鳴社、1981年) 石井たち第731部隊の幹部は大半が日本へ逃げ帰るが、日本の生物化学兵器に関する情報はアメリカ軍も入手していた。1946年に入ると石井たちアメリカ軍の対諜報部隊CICの尋問を受けることになるが、厳しいものではなく、資料はアメリカ側へ引き渡された。 尋問の過程でGHQ/SCAPの情報部門G2の部長を務めていたチャールズ・ウィロビー少将と石井は親しくなり、隊の幹部たちはアメリカの保護を受けるようになる。日本が提供した資料や研究員はドイツから提供された知識と同じように、アメリカにおける生物化学兵器開発の基盤になった。 1950年6月に朝鮮戦争が勃発、52年2月に朝鮮の外務大臣はアメリカ軍が細菌兵器を使用していると国連に抗議した。アメリカ側は事実無根だと主張したが、1970年代にウィリアム・コルビーCIA長官は議会証言の中で、1952年にアメリカ軍が生物化学兵器を使ったと認めている。 朝鮮戦争が始まると、アメリカ軍は輸血体制を増強しなければならなくなり、「日本ブラッドバンク」が設立されたが、北野政次が顧問に就任するなど、この会社は第731部隊と深い関係がある。後に社名は「ミドリ十字」へ変更され、「薬害エイズ」を引き起こすことになる。現在は田辺三菱製薬の一部だ。 第731部隊を含む日本の生物化学兵器人脈は「伝染病対策」の中枢を形成することになる。その拠点として1947年には国立予防衛生研究所(予研)が創設された。当初は厚生省の所管だったが、1949年には国立になる。1997年には国立感染症研究所(感染研)に改名され、現在、「COVID-19対策」で中心的な役割を果たしている。 レプリコン・ワクチンは核兵器に匹敵する万能生物兵器だと考えるべきで、日本がその実験場に選ばれた。日本人はマルタだ。
2024.01.03
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アメリカはシティやウォール街を拠点とする強大な私的権力にコントロールされている。1970年代から急速に進んだ新自由主義化の結果、私的権力はすでに国家を凌ぐ力を持っているが、現在、私的権力は国というシステムを経由せず、自分たちが直接統治する体制を築こうとしている。 彼らが推進しようとしていたTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)、最近ではパンデミック条約やIHR(国際保健規則)改定案も主権国家を否定する試みの一環だ。 私的権力が民主主義国家そのものより強くなると民主主義国家の自由は危うくなり、その本質はファシズムだとフランクリン・ルーズベルト大統領は1938年4月29日に主張した。すでにアメリカはファシズム体制に入っているということであり、新自由主義はファシズムの別名だとも言える。 1991年12月にソ連は消滅するが、その年の1月にアメリカ主導軍はイラクを攻撃したが、その際、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領はサダム・フセイン体制を倒さなかった。ブッシュや彼の仲間はフセイン体制をペルシャ湾岸の産油国をイランから守る防波堤だと認識していたからだ。 それに対し、ネオコンはフセイン体制を倒して親イスラエル体制を樹立し、シリアとイランを分断した上で両国を個別撃破しようと考えていた。ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、湾岸戦争でブッシュ大統領がフセイン体制を倒さなかったことにネオコンは怒ったが、その際、中東でアメリカが軍事力を行使してもソ連軍は出てこないと理解した。その年の5月にクラークは国防総省を訪問、そこで会った国防次官のポールはイラク、シリア、イランを殲滅すると語っていたという。 シオニストであると同時に私的権力の代理人でもあるネオコンはソ連が消滅した直後、1992年2月にDPG(国防計画指針)草案という形で世界制覇プロジェクトを作成した。その当時の国防長官はディック・チェイニー、国防次官はポール・ウォルフォウィッツだ。 DPG草案はウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから、「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。ブッシュ・ジュニア以降、アメリカの世界戦略はこれに基づいて決められてきた。 このドクトリンは第1の目的を「新たなライバル」の出現を阻止することだとしている。旧ソ連圏だけでなく、西ヨーロッパ、東アジア、東南アジアにアメリカを敵視する勢力が現れることを許さないというわけだ。さらに、ドイツや日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、新たなライバルの出現を防ぐとも謳っている。 ここからネオコンの世界制覇プロジェクトは始まり、1999年3月から6月にかけての期間、ユーゴスラビアを空爆した。例によって偽情報を流して攻撃の正当化を試みたが、単なる侵略だということはまもなく明らかにされた。その間、4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館も爆撃されている。 ウォルフォウィッツ・ドクトリンをベースにしてネオコン系シンクタンクPNACは2000年に「アメリカ国防の再構築」を発表、それに基づいてジョージ・W・ブッシュ政権は軍事政策を作成した。その政策を実行する口実になる出来事が引き起こされたのは2001年9月11日。その日、ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだ。 その攻撃から6週間ほど後、国防長官の周辺で攻撃予定国のリストが作成されていたことを統合参謀本部でクラークは知らされている。そのリストに載っていた国はイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイラン。イラクが攻撃されたのは2003年3月だ。 これもウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく計画だろうが、アメリカやイスラエルには「脅せば屈する」という信仰がある。例えば、何をしでかすかわからない国だと思わせれば自分たちが望む方向へ世界を導けるとリチャード・ニクソンは考え、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと同国のモシェ・ダヤン将軍は語っている。ネオコンも同じで、この戦術はロシアや中国にも通用すると考えていた。 米英支配層と深い関係にある外交問題評議会(CFR)が発行している定期刊行物「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、ロシアと中国の長距離核兵器をアメリカ軍の先制第1撃で破壊できるようになる日は近いとされていた。簡単にロシアや中国に勝てるということだ。 それに対し、ロシアのウラジミル・プーチン大統領は問題を外交的に解決しようとしてきたが、ネオコンはそれを「弱さ」だと考えた。そのプーチンは2017年10月、ソチ開かれたバルダイ国際討論クラブの会議で「西側との関係で我々が犯した最も深刻な間違いは信用しすぎたということだ」と記者に対して語っている。その判断は正しいが、それでも2020年代に入っても外交的に問題を解決しようとしていた。プーチンがアメリカとの話し合いに見切りをつけたのは2023年の秋頃だ。
2024.01.06
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バシャール・アル・アサド政権が倒れた後、シリアではアラウィー派住民の虐殺が伝えられているが、それだけではなく、混乱の度合いが高まっているようだ。反アサド勢力にはいくつかの勢力が存在、それらをまとめる存在が今のところ見当たらないことが大きい。 反アサド勢力の中核だったHTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)はトルコを後ろ盾とする武装勢力で、アル・カイダ系のアル・ヌスラ戦線を改名した組織。そのアル・ヌスラはシリアで活動を始める前、AQI(イラクのアル・カイダ)」と呼ばれていた。そのほかアメリカやイギリスを後ろ盾とするRCA(革命コマンド軍)、アメリカが手先として利用してきたクルド、さらにバシャール・アル・アサド政権の残党やイスラエルが活動している。こうした反アサド勢力による内乱が起こると予想する人は少なくない。 シリアの北部ではHTSとクルドの戦闘が激しくなっているようだが、これはトルコとアメリカの対立とも言えるが、両国はNATOの加盟国であり、状況によってはNATO加盟国同士の戦闘もありえる。南部ではレバノンへ侵入したHTSの戦闘員が逮捕されるという出来事もあったようだ。アサド政権が倒される前からシリアへ入っていたイスラエルはダマスカスの近くまで侵攻している。 アメリカの外交や安全保障の分野を支配してきたネオコンは1980年代からイラク、シリア、イランを制圧する計画を立てていたが、欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、彼は統合参謀本部で見た攻撃予定国のリストを見たという。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが記載されていた。(3月、10月) イラクは2003年3月にジョージ・W・ブッシュ政権がアメリカ主導軍で先制攻撃して破壊、シリアやリビアは2011年春から軍事侵略を受けている。このリストで侵略されていないのはイランだけだ。 ブッシュ政権は自国軍を動かしたが、バラク・オバマ政権はサラフィ主義者やムスリム同胞団を主力とする傭兵を使った。そのため、オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を承認、地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆プロジェクトを始めた。いわゆる「アラブの春」だ。2011年2月にはリビア、そして同年3月にはシリアを傭兵に攻撃させている。HTSもそうしたジハード傭兵の流れに属す。 2011年3月からシリアで政府軍と戦っていたジハード傭兵の雇い主はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟にイギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、パイプラインの建設をシリアに拒否されたカタール、そしてトルコなどだ。 ジハード傭兵はシリア東部の油田地帯を制圧、2015年になるとオバマ政権は政府を好戦的な布陣に変える。2015年2月に国防長官をチャック・ヘーゲルからアシュトン・カーターへ、同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへといった具合だが、デンプシーが解任された直後の9月末にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入、アル・カイダ系武装勢力や新たに出現したダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)を敗走させた。 そこでアメリカはクルドと手を組み、地上部隊を油田地帯のデリゾールへ入れて基地を建設した。2016年9月には2機のF-16戦闘機と2機のA10対地攻撃機で政府軍部隊を攻撃、80名以上の兵士を殺害している。アメリカ軍は交通の要衝、アル・タンフにも基地があり、戦闘員の訓練などにも使われてきた。 シリアの混乱はイスラム諸国の西側に対する信頼、あるいは信仰の結果だったようだ。イランの経済分野には親米勢力がまだ存在していると見られている。反帝国主義を掲げるマフムード・アフマディネジャドを2005年に攻撃したのもそうした勢力だった。その際、ロイターはアフマディネジャド大統領の発言を捏造している。2009年にはカラー革命も試みられ、13年に彼は排除された。そして登場したのがハッサン・ロウハニだ。 経済分野に巣食う親米派や大統領の交代も問題だが、防諜部門の問題も深刻。2011年に任命された防諜の責任者は21年までその職にあったが、この人物はイスラエルのスパイだった。2021年に彼は約20名のチームを率いてイスラエルへ亡命している。こうしたイスラエルのネットワークが消えたとは思えない。 2024年5月19日にエブラヒム・ライシ大統領やホセイン・アミール-アブドラヒヤン外相らを乗せたベル212ヘリコプターがイラン北西部で墜落、全員が死亡。7月31日にはハマスのイスマイル・ハニヤがテヘランで暗殺され、ハッサン・ナスララを含むヒズボラの指導者が立て続けに殺されたが、イランの情報機関から漏れた可能性もある。ライシの次の大統領、マスウード・ペゼシュキヤーンは親欧米派だ。 また、シリアのアサドは数年前からエジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビアなど親欧米派の影響下にあったとする情報もある。その親欧米派はアサドに対し、イランとロシアとの関係を断ち切るよう促していたというのだ。アサド政権は収入源である石油や農業をアメリカ軍に抑えられ、しかもアメリカ主導の経済制裁で苦しんでいた。そこで「経済制裁の解除」という餌に食いついたのかもしれない。HTSがアレッポを制圧するまでアサドは楽観していたとする情報もある。 かつてリビアに君臨していたムアンマル・アル・カダフィは欧米諸国やイスラエルの計画を見抜いていた。まずレバノンとシリアを破壊し、イスラエルとトルコが国境で面することになり、シリアは5つの小国になると語っていた。大イスラエル構想とオスマン帝国構想の衝突とも言える。また、2008年のアラブ首脳会議でカダフィは、サダム・フセインと同じように処刑の順番が回ってくると各国の首脳に語った。「サダムに起こったことはあなた方にも起こるだろう」というわけだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.10
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アメリカの特殊部隊もアメリカ政府のシリア戦略に対する不満を高めているようだ。アメリカの秘密プログラムで訓練されているシリアの戦闘員が「聖戦主義者」だということを皆知っているとグリーン・ベレー(米陸軍の特殊部隊)の隊員は語っているという。 こうしたアメリカの特殊部隊員によると、一般に「テロリスト」と呼ばれている勢力を支援しているのはジョン・ブレナンCIA長官をはじめとするCIAの勢力で、アサド体制を打倒するために「聖戦主義者」を使っている。この「聖戦主義者」の大半はイスラムに関して無知だと言われている。つまり、単なる傭兵だ。歴史的にCIAと特殊部隊は関係が深いのだが、CIAやその黒幕たちは特殊部隊にも愛想を尽かされ始めたのだろう。軍隊内で好戦派に同調しているのは戦争ビジネスと結びついている、あるいは結びつきたいと考えている人びとのようだ。 シリアの要衝、アレッポにあるアル-ライからアメリカの特殊部隊の隊員が「自由シリア軍(FSA)」という衣装をまとったアル・カイダ系武装集団に追い出される場面とされる映像がインターネット上にアップロードされている(例えばココやココ)が、その背景にも特殊部隊のオバマ政権の政策に対する不満が反映されていそうだ。 本ブログでは繰り返し書いていることだが、バラク・オバマ政権はイスラエル政府やサウジアラビアなどと同様、最優先事項をバシャール・アル・アサド政権の打倒におき、その目的を達成するための手先としてサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心とする武装勢力を育成、支援してきた。 リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制がNATOとアル・カイダ系武装集団の連携作戦で倒された後、リビア軍の倉庫から武器/兵器が持ち出されてトルコへ運ばれているのだが、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、輸送の拠点になったのはベンガジにあるCIAの施設。つまり武器の輸送はCIAが黒幕だった。運び出された武器/兵器の中に化学兵器も含まれ、これをシリアで使い、政府軍に責任をなすりつけてNATO軍が直接、介入する口実にしようとしたと言われているが、そうした事実をアメリカ国務省は黙認していた。輸送にはマークを消したNATOの輸送機が使われたとも伝えられている。 そして2012年9月11日、ベンガジのアメリカ領事館が襲撃されてクリストファー・スティーブンス大使も殺された。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っている。 西側の政府やメディアはシリアでの戦闘を独裁政権と民主化を求める人民の戦いだと宣伝、「内乱」と表現していたが、それが間違いだということは2011年3月にシリアで戦闘が始まって間もない段階で指摘されていた。 そうした情報を発信したひとりが東方カトリックの修道院長。2012年5月にホムズで住民が虐殺された直後に現地を調査、住民を殺したのは反シリア政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵だとローマ教皇庁系の通信社経由で報告した。 その修道院長によると、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」また、現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判していた。 2012年8月にDIA(国防情報局)の作成した文書がシリアにおける反乱の主力をサラフ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQI(アル・カイダ系武装集団)だとし、西側、湾岸諸国、そしてトルコからの支援を受けていると報告していることも本ブログで何度も書いてきた。当然、この報告書はオバマ政権に提出され、そうした事実を知った上で反シリア政府軍への支援を続けてきたのである。 その報告書では、アメリカ政府が方針を変えなければ、シリア東部にサラフ主義の支配地が作られるとDIAは予測していたが、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になった。 アメリカ、あるいはその同盟国とダーイッシュとの関係はアメリカの副大統領が軍の元幹部も指摘している。例えば2014年9月、空軍のトーマス・マッキナニー中将はアメリカがダーイッシュを作る手助けしたとテレビで発言、マーティン・デンプシー統合参謀本部議長(当時)はアラブの主要同盟国がダーイッシュに資金を提供していると議会で発言、同年10月にはジョー・バイデン米副大統領がハーバード大学で中東におけるアメリカの主要な同盟国がダーイッシュの背後にいると語り、2015年にはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官もアメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと述べている。 そして2015年8月、マイケル・フリン元DIA局長はアル・ジャジーラの番組へ出演した際、自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、情報に基づく政策の決定はバラク・オバマ大統領が行うと指摘している。つまり、オバマ政権の決定がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。 9月17日にアメリカ軍が主導する連合軍のF-16戦闘機2機とA-10対地攻撃機2機はシリア北東部の都市デリゾールで、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を攻撃していた政府軍の部隊を空爆、当初の発表では62名が殺された。その後でシリア政府軍は死者の数を80名以上としている。アメリカ軍の攻撃はGPSを使っているので、誤爆はありえないとされている。つまり、意図的にシリア政府軍を攻撃したのだ。 しかも、空爆から7分後にダーイッシュの部隊が地上でシリア政府軍に対する攻撃を開始、空と陸で連携していた可能性が高いことが明らかになり、ロシア政府の広報担当官、マリア・ザハロワは「どのように考えても、私たちは恐ろしい結論に到達してしまう。つまり、ホワイトハウスはダーイッシュを守っているのだ。疑いようがない。」と語っている。こうしたことは遥か前から明らかだったが、核戦争の勃発を避けようとしてきたロシア政府もそうしたことを口にする事態になったということだろう。アメリカとの協調を図ってきたウラジミル・プーチン大統領に対する信頼を失わせ、ロシアを不安定化させることが攻撃の目的だと推測する人もいる。 世界を核戦争へ近づける攻撃をアメリカが仕掛けたその日、ニューヨークでは爆破事件が引き起こされて29名以上が負傷する。そしてシリアのアレッポでは19日に国連の車列が攻撃され12名が殺されたと伝えられた。 3年前、シリア政府軍が化学兵器を使ったという偽情報(この件に介しては過去に何度か触れているので、今回は割愛する)を流し、アメリカ主導の軍隊によるシリア攻撃を正当化する宣伝を展開した「人権擁護団体」は今回も登場、ロシア軍とシリア軍が空爆したとする話を流しているのだが、現場の状況は武器を使った攻撃ではなく、放火の可能性が高いことを示しているようだ。 この現場には「偶然」、「白ヘル」が現れた。人道的援助を行っているグループだとされているが、アル・ヌスラによるシリア政府軍兵士の処刑に立ち会うなど胡散臭い存在で、アメリカやイギリスのエージェントだとも言われている。(現在、アメリカ政府はアル・ヌスラ/アル・カイダ系武装集団を仲間として扱っている。) CIAが資金を供給するために利用しているUSAIDを通じ、アメリカの国務省は「白ヘル」に2300万ドル(総額か年額か不明)提供していることを認めている。しかも、シリアで活動している「白ヘル」の責任者ラエド・サレーはアメリカへの入国を拒否されている人物。FBIは彼を「テロリスト」だと認識しているようだ。その「白ヘル」を創設したジェームズ・ル・メジャーには出身国のイギリスだけでなく、日本、デンマーク、オランダの政府が資金を出しているようだ。 有力メディアを支配しているアメリカの好戦派は人びとを騙しきれると考えているかもしれないが、メディアの信頼度が大きく低下、彼らの幻術にはほころびが見える。騙された振りをしていた方が目先の個人的な利益になると考える人も、アメリカが崩壊を始めれば、「自分は騙されていただけだ」と叫び始めるのだろう。
2016.09.21
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ウクライナの戦乱はバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用して実行したクーデターから始まる。ネオ・ナチのメンバーがNATO諸国で軍事訓練を受けていたことは本ブログでも繰り返し書いてきた。 平和を望むなら憲法を粉砕するクーデターを認めてはならず、クーデター体制を承認してはならなかったが、クーデターを仕掛けたアメリカ、そしてその従属国はクーデターを受け入れた。クーデター体制を拒否する東部や南部の人びとに残された道はロシアに保護を求めるか、抵抗を始めるしかなかったのだ。 オバマ政権がクーデターで民主的に選ばれた政権を倒したのは、民主的な手段で傀儡政権を樹立できないと判断したからだろう。ソ連が消滅した後、アメリカをはじめとする西側の強大な私的権力はウクライナでも新自由主義的な政策を推進、そうした私的権力の手先がオリガルヒと呼ばれる富豪になる一方、大多数の庶民が貧困化した。 そうした状況に対するウクライナ国民の不満は膨らむ。そして2010年の大統領選挙で東部地域や南部地域を支持基盤にするビクトル・ヤヌコビッチが当選したのだが、それをオバマ政権は嫌った。自分たちに都合の悪い政権にアメリカの私的権力は「独裁者」とか「全体主義」といったタグをつける。 7割以上の有権者がヤヌコビッチを支持していたウクライナの東部や南部では反クーデターの機運が高まり、クーデターから間もない2014年3月16日にはクリミアでロシアへの加盟の是非を問う住民投票が実施され、95%以上が賛成する。投票率は80%を超えていた。 ドネツクとルガンスクでも5月11日に住民投票が実施された。ドネツクは自治を、またルガンスクは独立の是非が問われたのだが、ドネツクでは89%が自治に賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が独立に賛成(投票率75%)している。この結果を受けて両地域の住民はロシア政府の支援を求めたが、ロシア政府は動かない。 そうした動きを阻止するためにアメリカ政府も動く。まず4月12日にはジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問、22日には副大統領を務めていたジョー・バイデン現大統領もキエフを訪れた。バイデンの訪問に会わせるようにしてキエフのクーデター政権は黒海に面した港湾都市オデッサでの工作を話し合っている。 会議に出席したのは大統領代行、内相代行、SBU(治安機関)長官代行、そしてネオ・ナチの中心的な存在だったアンドレイ・パルビー。オブザーバーとしてドニエプロペトロフスクの知事になるイゴール・コロモイスキーも出席している。ちなみにコロモイスキーはウクライナのほかイスラエルとキプロスの国籍を持ち、スイスをビジネスの基盤にしている。 会議を受け、パルビーは4月29日に数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ渡している。そのグループが5月2日にオデッサで住民を虐殺したのだ。武力衝突ではない。 虐殺は5月2日午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着したところから始まる。赤いテープを腕に巻いた一団がその「ファン」を広場へ誘導するのだが、そこではネオ・ナチのクーデターに対する抗議活動が行われていた。「サッカー・ファン」にはネオ・ナチが少なくないという。 広場にいた反クーデター派の住民は労働組合会館の中へ誘導されている。危険なので避難するようにと言われたようだが、実際は殺戮の現場を隠すことが目的だったと推測する人もいる。 その後、外から建物の中へ火炎瓶が投げ込まれて火事になる。その様子は撮影され、インターネット上に流れた。建物へ向かって銃撃する人物も撮られているが、その中にはパルビーから防弾チョッキを受け取った人物も含まれている。(建物内部の惨状も映像に記録されているが、本ブログでは掲載しない。) 建物の中は火の海になる。焼き殺された人は少なくないが、地下室で殴り殺されたり射殺された人もいた。その際、屋上へ出るためのドアはロックされていたとする情報もある。会館の中で48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられたが、現地の人の話では多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名に達するという。虐殺の詳しい調査をキエフのクーデター政権が拒否しているので、事件の詳細は今でも明確でない。その後、オデッサはネオ・ナチに占領された。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日、クーデター政権は戦車部隊をドンバスへ突入させた。この日はソ連がドイツに勝ったことを祝う記念日で、ドンバスの住民も街に出て祝っていた。その際、住民が素手で戦車に立ち向かう様子が撮影されている。そしてドンバスで内戦が始まるのだ。
2023.05.03
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アメリカ下院のケビン・マッカーシー議長が10月3日、216対210で解任された。その前日、共和党のマット・ゲイツ議員が解任動議を議会に提出、民主党の208議員とゲイツ議員を含む8名の共和党議員が解任に賛成、7名が欠席している。 議事を進めるためには新しい議長を決める必要があるのだが、容易ではない。マッカーシーの場合も紛糾したが、次はそれ以上に揉めそうだ。 ゲイツが解任動議を提出した理由はマッカーシーが歳出削減に消極的だということだが、最大の問題はウクライナへの資金垂れ流し。ジョー・バイデン政権はウクライナに対する240億ドルの追加支援を承認するように求めていた。追加支援がないと、ウクライナへ提供する資金は11月に底とつくと言われている。そうした資金の提供を実現するため、マッカーシー議長がホワイトハウスと密約を交わしていたとゲイツ議員は非難している。 バイデン政権と協調関係にあったとみられるマッカーシーの解任はバイデン政権にとって好ましくないはずだが、民主党の議員は解任に賛成した。この行動をいぶかる人もいる。民主党の内部にもウクライナでの戦闘に嫌気が差している議員もいるのだろうか? ウクライナでの戦闘継続に対する疑問はアメリカ国内だけでなくヨーロッパでも広まっている。ポーランドの場合、ウクライナがネオ・ナチ体制にあることを今更ながら懸念し始めたとも言われている。EUを動かしているエリートたちは米英の私的権力に従属しているが、市民の間では不満が高まっているようだ。 すでにアメリカ/NATOの兵器庫は空で、しかも生産力はロシアの半分だとも言われている。アメリカやイギリスがウクライナへ劣化ウラン弾やクラスター爆弾といった問題のある兵器を供給した理由のひとつはそこにあるともいう。 その一方、イギリスのベン・ウォレス前国防相はテレグラフ紙でウクライナ兵の平均年齢は40歳を超えていると指摘、ウクライナ政府に対し、もっと多くの若者を前線へ送り出せと要求している。「学徒動員」したり「少年兵」を投入しろと言っているのだ。 ウォレスの後任であるグラント・シャップス国防相はウクライナ領内にイギリス軍の兵士を派遣してキエフ軍を訓練する計画だと西側メディアに語ったが、そうした部隊も攻撃の対象になるとロシア政府から警告されている。イギリスの軍事企業がウクライナ国内で生産を始めるという考えも表明したが、そうした工場はロシア軍の攻撃目標になる。 アメリカ国内の風向きも変わり、イギリスが前面に出て来なければならなくなっているのかもしれない。
2023.10.05
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ウクライナでアメリカ/NATO軍はロシア軍の敗北した。そこで、いかにすれば投了せずに戦闘を止められるかと頭を捻っている。アメリカでは有力メディアを利用し、ロシアがアメリカと停戦交渉しているかのように宣伝しているが、その理由もそこにあると考えらえている。 しかし、この宣伝にも大きな問題がある。ロシアが停戦に応じる意思をなくしているのだ。裏でロシアとアメリカが交渉している事実もないと見られている。 ウォロディミル・ゼレンスキー政権は2022年の初頭からドンバス(ドネツクやルガンスク)の周辺に軍隊を集結させ、ドンバスへの攻撃を本格化させ始めた。ドンバスの周辺にはアメリカ/NATOの協力で要塞線を8年掛かりで構築、軍事侵攻する準備が整ったと判断したのだろう。 ところが、2月24日にロシア軍は機先を制し、ミサイルでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設も破壊した。これでウクライナ軍の敗北は決定的だった。 ロシアのウラジミル・プーチン大統領はその直前、2月21日にドンバスの独立を承認した。その際、ウクライナに対し、クリミアとセバストポリがロシア領だと認め、NATO加盟を断念し、非武装化(攻撃的な軍事施設や兵器を持たない)して中立を宣言、さらに「非ナチ化」も求めていた。 ロシアとウクライナはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉を開始、双方とも妥協して停戦は実現しそうだった。ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛び、プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつける。その足でベネットはドイツへ向かい、シュルツと会うのだが、その3月5日、ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺している。現在のSBUはCIAの下部機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 4月9日になると、イギリスのボリス・ジョンソン首相はキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令し、4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓う。戦争の継続を求めたのだ。 停戦交渉を完全に壊したのはブチャでの虐殺問題。西側ではロシア軍が住民を殺したと宣伝したが、すぐ、その主張に対する疑問が噴出し始めた。 その問題が浮上する前、ロシア軍は停戦交渉の中でウクライナ政府と約束した通り、キエフ周辺から撤退を始めていた。3月30日にはブチャから撤退を完了、31日にはブチャのアナトリー・フェドルク市長がフェイスブックで喜びを伝えているが、虐殺の話は出ていない。ロシア軍が撤退した後、現地へ入ったウクライナの親衛隊が住民を虐殺したと考えられている。この後、ロシア政府はアメリカ/NATOと話し合いで問題を解決できないと腹を括ったようで、9月21日に部分的動員を発表している。配下の有力メディアにウクライナ/アメリカ/NATOの「判定勝ち」を宣言させ、ウクライナから脱出しようと考えているかもしれないが、そうした状況ではない。 ジョー・バイデン政権を追い詰めているウクライナでの内戦を始めたのはバラク・オバマ政権である。オバマ政権の副大統領がバイデンだった。 オバマ政権は2013年11月、キエフにあるユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で「カーニバル」的な反政府イベントを開始して人を集める。年明け後にはステパン・バンデラを信奉するネオ・ナチが前面に出てきて、2月に入るとそのメンバーはチェーン、ナイフ、棍棒を手に石や火炎瓶を投げ、トラクターやトラックを持ち出してくる。ピストルやライフルを撃っている様子を撮影した映像がインターネット上に流れた。 ユーロマイダンでは2月中旬から無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われる。西側ではこの狙撃はビクトル・ヤヌコビッチ政権が実行したと宣伝されたが、2月25日にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相は逆のことを報告している。バイデン政権を後ろ盾とするネオ・ナチが周辺国の兵士の協力を得て実行したというのだ。 ヤヌコビッチ政権は2月22日に倒され、大統領は国外へ脱出したが、有権者の7割以上がヤヌコビッチを支持していたウクライナの東部や南部では反クーデターの機運が高まり、クーデターから間もない3月16日にはクリミアでロシアへの加盟の是非を問う住民投票が実施された。投票率は80%を超え、95%以上が賛成する。 ドネツクとルガンスクでも5月11日に住民投票が実施された。ドネツクは自治を、またルガンスクは独立の是非が問われたのだが、ドネツクでは89%が自治に賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が独立に賛成(投票率75%)している。この結果を受けて両地域の住民はロシア政府の支援を求めたが、ロシアのウラジミル・プーチン政権は動かない。 それに対し、オバマ政権は動いた。ジョン・ブレナンCIA長官が4月12日にキエフを極秘訪問、22日には副大統領を務めていたジョー・バイデンもキエフを訪れた。バイデンの訪問に会わせるようにしてキエフのクーデター政権は黒海に面した港湾都市オデッサでの工作を話し合っている。そして5月2日、オデッサでクーデターに反対していた住民が虐殺された。 虐殺は5月2日午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着したところから始まる。赤いテープを腕に巻いた一団がその「ファン」を広場へ誘導するのだが、そこではネオ・ナチのクーデターに対する抗議活動が行われていた。 広場にいた反クーデター派の住民は労働組合会館の中へ誘導されている。危険なので避難するようにと言われたようだが、実際は殺戮の現場を隠すことが目的だったと推測する人もいる。 その後、外から建物の中へ火炎瓶が投げ込まれて火事になる様子は撮影され、インターネット上に流れた。建物へ向かって銃撃する人物も撮られているが、その中にはパルビーから防弾チョッキを受け取った人物も含まれている。 建物の中は火の海になる。焼き殺された人は少なくないが、地下室で殴り殺されたり射殺された人もいた。その際、屋上へ出るためのドアはロックされていたとする情報もある。会館の中で48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられたが、現地の人の話では多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名に達するという。虐殺の詳しい調査をキエフのクーデター政権が拒否しているので、事件の詳細は今でも明確でない。その後、オデッサはネオ・ナチに占領された。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日、クーデター政権は戦車部隊をドンバスへ突入させた。この日はソ連がドイツに勝ったことを祝う記念日で、ドンバスの住民も街に出て祝っていた。その際、住民が素手で戦車に立ち向かう様子が撮影されている。そしてドンバスで内戦が始まるのだ。 しかし、クーデター後、軍や治安機関から約7割の兵士や隊員が離脱し、その一部はドンバスの反クーデター軍に合流したと言われている。そのため、当初は反クーデター軍が戦力的に上回っていた。 そこでクーデター体制は内務省にネオ・ナチを中心とする親衛隊を組織、傭兵を集め、年少者に対する軍事訓練を始めた。並行して要塞線も作り始めている。その時間稼ぎに使われたのがミンスク合意だ。 合意が成立した当時から西側では「時間稼ぎに過ぎない」と指摘する人がいたが、この合意で仲介役を務めたドイツのアンゲラ・メルケル(当時の首相)は昨年12月7日、ツァイトのインタビューでミンスク合意は軍事力を強化するための時間稼ぎだったと認めている。その直後にフランソワ・オランド(当時の仏大統領)はメルケルの発言を事実だと語っている。 ミンスク合意はクーデター政権の戦力を増強するための時間稼ぎにすぎない。8年かけてクーデター体制の戦力を強化したのだ。アメリカだけでなくドイツやフランスも話し合いで問題を解決する意思はなかったのである。 こうしたアメリカの対ロシア戦略は1991年12月にソ連が消滅した後に作成された。国務省や国防総省を掌握しているネオコンはソ連が消滅した後、アメリカが「唯一の超大国」になったと認識、世界は自分たちの考えだけで動かせる時代に入ったと信じて侵略戦争を本格化させていく。 当時のアメリカ大統領はジョージ・H・W・ブッシュだが、この好戦的な動きはリチャード・チェイニー国防長官の下にいたポール・ウォルフォウィッツ国防次官。この人物を中心にして、DPG(国防計画指針)という形で侵略計画は作成された。「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンによると、彼らは旧ソ連圏を制圧するだけでなく、ドイツや日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に組み入れ、新たなライバルの出現を防ぐと謳っている。 実際に日本がアメリカの戦争マシーンに組み込まれたのは1995年のことだ。この年の2月、国防次官補だったジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表。そこには在日米軍基地の機能を強化、その使用制限の緩和/撤廃が主張されている。 そうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)るという事件が引き起こされた。地下鉄サリン事件の10日後には警察庁の國松孝次長官が狙撃されている。 さらに、8月には日本航空123便の墜落に自衛隊が関与していることを示唆する大きな記事がアメリカ軍の準機関紙とみなされているスターズ・アンド・ストライプ紙に掲載された。日本政府に対する恫喝だった可能性がある。
2023.12.26
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ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相が12月25日にウクライナ軍からの解放を発表したマリーインカはマリウポリやソレダルと同様、要塞都市のひとつだ。ソ連時代、核戦争に備えて建設された地下施設を利用してアメリカ/NATOが8年かけて築いた要塞線の拠点だったが、いずれもロシア軍に制圧されたことになる。 アメリカ/NATOは要塞線を築くだけでなく、武器弾薬を供給し、兵士を訓練、資金を提供した。戦争の準備をしたわけだが、そのためには時間が必要。ドイツやフランスを仲介役として調印された「ミンスク合意」によって西側は時間を稼ぐことができた。 この事実はは昨年12月7日にアンゲラ・メルケル元独首相が認め、その直後にフランソワ・オランド元仏大統領はメルケルの発言を事実だと語っているのだが、ここにきてメルケルやオランドの発言は嘘だと主張する人が出てきた。EUは本気だったというのだ。 しかし、ウォロディ ミル・ゼレンスキー政権は合意を守らず、アメリカ/NATOは要塞線を築き、武器弾薬を供給、兵士を訓練、資金を提供していた。戦争の準備をしていたわけで、「ミンスク合意」は本気だったと言われても信憑性に欠ける。 結局、ロシアはアメリカやEUに騙され、危うくドンバスのロシア系住民がウクライナのクーデター軍に大量虐殺されるところだった。ガザのようになった可能性があるということだ。ウクライナ軍が民族浄化作戦を始めてからロシア軍がドンバスへ部隊を投入したなら、その部隊は要塞線の中に封じ込めれられてしまう。 こうした経験からウラジミル・プーチン政権はアメリカ/NATOと話し合いで問題を解決できないと考えるようになったはずだ。話し合いに持ち込めば、実態がどうであろうと、アメリカやイギリスは配下の有力メディアを利用して「勝った、勝った」のキャンペーンを展開、自国や属国の人びとを騙すことができた。ロシアが話し合いに応じない場合、こうした手口が使えない。 ウクライナでロシアに敗れたジョー・バイデン政権はガザで挽回しようと目論んだのかもしれないが、当初から指摘されていたように、イスラエル軍は苦戦しているようだ。現在、ガザでは創設にイスラエルが関与しているハマスだけでなく、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派、そしてイラクの武装グループもアメリカやイスラエルに対する攻撃を始めている。 追い詰められたバイデン政権は東アジアで日本と韓国を利用して新たな戦乱を引き起こすかもしれない。
2023.12.29
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ウクライナ、シリア、ガザ、いずれの戦乱ともエネルギー資源が深く関係している。 ウクライナの戦乱は2013年11月、ユーロマイダンで始まったカーニバル的な集まりから始まった。ロシア軍云々と西側の有力メディアは主張し続けているが、これは事実に反したプロパガンダにすぎない。 2014年に入るとステパン・バンデラを信奉するネオ・ナチのグループが前面に現れて様相は一変。2月に入るとそのメンバーはチェーン、ナイフ、棍棒を手に石や火炎瓶を投げ始め、さらにトラクターやトラックを持ち出す。 2月中旬になると広場で無差別の狙撃が始まり、抗議活動の参加者も警官隊も狙われている。西側の政府やメディアはビクトル・ヤヌコビッチ大統領が狙撃の黒幕だと宣伝していたが、後にネオ・ナチのアンドレイ・パルビーが指揮していたことが判明。2月25日にキエフ入りして調査したエストニアのウルマス・パエト外相もネオ・ナチが実行した可能性が高いと報告している。 ネオ・ナチを操っていたのはアメリカのバラク・オバマ政権。クーデターでウクライナをアメリカの属国にすることが目的であり、ロシアから見ると新たなバルバロッサ作戦の始まりだ。 1991年12月にソ連が消滅するが、その前、90年にウクライナ議会はソ連からの独立を可決した。それに対し、南部のクリミアでは91年1月にウクライナからの独立を問う住民投票を実施、94%以上が賛成している。西側はウクライナ議会の議決を承認する一方、クリミアの議決を拒否した。クリミアを含む南部、そしてロシアに近い東部はロシア文化圏に属し、住民の大半は自分たちをロシア人だと考えていた。 そうした状況だったことから独立を宣言した後のウクライナは中立を掲げるのだが、それは西側の支配層にとって受け入れ難いことだった。そこで、中立政策を潰すためにアメリカはオレンジ革命、そしてネオ・ナチを使ったクーデターを仕掛けたのだ。ウクライナを自分たちの属国にするひとつの理由はロシアに対する軍事的な圧力を強めることにあったが、それ以外にも目的があった。 アメリカにとってヨーロッパは自分たちの属国なのだが、当時、ロシアとの関係を強めていた。ヨーロッパとロシアを結びつけていたのは天然ガスにほかならない。その天然ガスを輸送するパイプラインの多くはウクライナを通過、そこで、ウクライナを制圧することで天然ガスの輸送をアメリカが管理することができる。 クーデター後、ベラルーシとポーランドを経由してドイツへつながるヤマル-ヨーロッパ・パイプライン、ウクライナを経由するソユーズ・パイプラインがアメリカによって寸断された。 それに対し、ロシアとドイツはウクライナを迂回するパイプラインのプロジェクトがあった。1997年にスタートしたノード・ストリームである。最初のパイプランは2011年11月に、また次のラインは翌年の10月に完成した。オバマ政権がクーデターを実行する前の話である。これが「ノルド・ストリーム1」だ。 輸送力を増強するため、2018年位は新たなパイプラインの建設が始まり、21年9月に完成するが、ドイツのオラフ・ショルツ首相は認証しない。2022年9月には「ノード・ストリーム1」と「ノード・ストリーム2」は爆破されてしまう。 ふたつのパイプラインの破壊をアメリカ政府は予告していた。例えばビクトリア・ヌランド国務次官は2022年1月27日、ロシアがウクライナを侵略したらノード・ストリーム2は前進しないと発言、同年2月7日にはジョー・バイデン大統領がノード・ストリーム2を終わらせると主張、記者に実行を約束している。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは2023年2月8日、アメリカ海軍のダイバーがノルウェーの手を借りてノードストリームを爆破したとする記事を発表した。工作の拠点はノルウェーだという。ハーシュによると、ジョー・バイデン米大統領は2021年後半にジェイク・サリバン国家安全保障補佐官を中心とする対ロシア工作のためのチームを編成し、その中には統合参謀本部、CIA、国務省、そして財務省の代表が参加している。12月にはどのような工作を実行するか話し合い、2022年初頭にはCIAがサリバンのチームに対し、パイプライン爆破を具申した。 ノルウェー海軍はアメリカと連携、デンマークのボーンホルム島から数キロメートル離れたバルト海の浅瀬で3本のパイプラインにプラスチック爆弾C4を設置、2022年9月26日にノルウェー海軍のP8偵察機が一ソナーブイを投下、信号はノード・ストリーム1とノード・ストリーム2に伝わり、数時間後に爆発したという。 バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を利用し、地中海の南部や東部の沿岸で体制転覆プロジェクトを始めた。いわゆる「アラブの春」だ。2011年2月にはリビア、そして同年3月にはシリアを傭兵に攻撃させている。傭兵の主力はサラフィ主義者やムスリム同胞団で、アル・カイダ系武装集団とも言える。ハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)もその流れだ。 シリアへの軍事侵略にはアメリカのほか、サイクス・ピコ協定コンビのイギリスやフランス、ムスリム同胞団と関係が深いカタールやトルコが関係している。 このうちカタールとトルコはシリア経由でカタール産天然ガスを運ぶパイプラインを建設する計画を立てていたのだが、同じ時期にイラン産天然ガスをイラクとシリアを経由してヨーロッパへパイプラインで運計画があり、シリアはカタールとトルコの計画を拒否した。カタールとトルコがシリア侵略に加担した理由のひとつはここにあるとされている。 イスラエルはガザを攻撃、すでに4万5338名のパレスチナ人を殺害している。そのうち約4割が子どもであり、女性を含めると約7割に達し、そのほか医療関係者やジャーナリストも狙われている。 ガザでの戦闘は2023年10月7日に始まったが、同年4月にイスラエルの警官隊がイスラムの聖地であるアル・アクサ・モスクへ突入している。その年の10月3日にはイスラエル軍に保護されながら同じモスクへ832人のイスラエル人が侵入してイスラム教徒を挑発、そして10月7日のハマスによる「奇襲攻撃」に繋がった。 ガザ沖に推定埋蔵量約4500億立方メートルの大規模なガス田を存在するとノーブル・エナジーが発表したのは2010年のことだった。USGS(アメリカ地質調査所)の推定によると、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っている。ビル・クリントン元米大統領はノーブル・エナジーのロビイストだ。 10月7日にハマスがイスラエルを攻撃した直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出した。聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのである。その記述の中で、「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じている。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。これこそがガザでイスラエルによって行われていることだと言えるだろう。ネタニヤフによると「われわれは光の民であり、彼らは闇の民」なのである。 いずれの戦乱ともエネルギー資源が関係している。アメリカがベネズエラを執拗に乗っ取ろうとしている理由もそこにあるだろう。ウクライナは現在、そのエネルギー資源を使い、ヨーロッパを恫喝、EU加盟国との関係が悪化している。アメリカからの圧力にもかかわらず、ロシアは今でもヨーロッパにとって重要な天然ガス供給国なのだが、その供給を止めたなら、ヨーロッパは衰退で止まらず、崩壊する可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.09
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ポール・ウォルフォウィッツが国防次官時代の1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしていたことは、元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官のウェズリー・クラークが2007年に証言している。(3月、10月) ネオコンは同じことを1980年代には考えていた。まずイラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を樹立、シリアとイランを分断した上でシリア、そしてイランを破壊しようとしていたのだ。 それに対し、ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領やジェームズ・ベイカー首席補佐官はフセインをペルシャ湾岸産油国の防波堤だと考え、ネオコンと対立。両勢力の対立は暴露合戦になり、イラン・コントラ事件やイラクゲート疑惑が表面化する原因になった。 ブッシュは1989年に大統領となるが、90年8月にイラク軍がクウェートへ侵攻して戦争になる。1991年1月にはアメリカ主導軍がイラクを攻撃、2月に集結するのだが、その際にフセイン政権は倒されなかった。 そこで激怒したのがネオコンだが、その中心グループに所属するウォルフォウィッツはその時の経験から、中東でアメリカが軍事力を行使してもソ連軍は出てこないと考えるようになった。そして1991年5月、クラークは国防総省で3カ国を殲滅するという話を聞いたのだという。この思い込みは2015年9月30日に打ち砕かれ、アメリカは窮地に陥ることになった。 イラク、シリア、イランを殲滅したいネオコンにとって好都合な出来事が2001年9月11日に引き起こされた。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのである。ネオコンに操られていたジョージ・W・ブッシュ大統領は詳しい調査をせずに「アル・カイダ」の反抗だと断定、2003年3月には統合参謀本部の反対を押し切ってイラクを先制攻撃した。 そして2011年春、バラク・オバマ政権はムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を中心とするジハード傭兵の部隊をリビアやシリアへ侵攻させて体制転覆を図る。西側の有力メディアはこの戦争に「内戦」というタグをつけている。 シリアは1980年代からネオコンが狙っていた獲物だが、リビアは違う。リビアが攻撃された理由はムハンマド・アル・カダフィが2010年にディナールという金貨を基軸通貨として導入すると発表したことにあると見る人は少なくない。オバマ大統領がイスラム同胞団を体制転覆工作に使うことを決め、PSD-11を出したのはこの年の8月だ。 西側の「先進国」はアフリカ、アジア、ラテン・アメリカなどでの略奪なしに現在の体制を維持できない。つまり、こうした国々が真に独立することは許さない。通貨の問題は独立の核心であり、通貨の自立を主張する国はあらゆる手段を使って攻撃される。アフリカの場合、ドルを発行するアメリカだけでなく、CFAフランを発行するフランスにとっても深刻だ。 イラクへの軍事侵攻で親イスラエル体制を樹立することに失敗したネオコンは新たな戦術へ切り替える。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年にニューヨーカー誌に書いた記事によると、ブッシュ・ジュニア政権はシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラを最大の敵だと定め、スンニ派の過激派、つまりムスリム同胞団やサラフィ主義者と手を組むことにしたという。 そして2008年にアメリカはAFRICOM(アフリカ軍)を創設する。その名の通り、担当する地域はアフリカなのだが、司令部はドイツに置かれた。アフリカには置けなかったということだ。 カダフィが進めていた新しい通貨制度の創設計画ではチュニジアのベン・アリやエジプトのホスニ・ムバラクも重要な役割を果たし、スーダン、南スーダン、赤道ギニア、コンゴ、コンゴ民主共和国、ガボン、南アフリカ、ウガンダ、チャド、スリナム、カメルーン、モーリタニア、ザンビア、ソマリア、ガーナ、エチオピア、ケニア、タンザニア、モザンビーク、コートジボワール、イエメン、アルジェリア、アンゴラ、ナイジェリアの参加が予定されていた。 しかし、アリとムバラクはムスリム同胞団が主導する「アラブの春」で倒され、カダフィはアル・カイダ系武装集団とNATOの連合軍に惨殺された。 現在、リビアはアル・カイダ系武装集団とNATO軍による破壊と殺戮で破綻国家と化し、暴力が支配する無法地帯。アメリカが何をもたらすかを理解した人はアフリカにも少なくないだろう。 そのアフリカの国々と中国は経済的な関係を強め、BRI(帯路構想、以前は一帯一路と言われていた)へ参加する国を増やしてきたが、ここにきて中国の戦略的な同盟国であるロシアも存在感を強めている。ロシアのソチでは10月23日から24日にかけて「ロシア-アフリカ首脳会議」が開かれ、ロシアのウラジミル・プーチン大統領とエジプトのアブドル・ファッターフ・ア-シーシ大統領が議長を務めた。 会議のテーマは経済発展や安全保障などが中心で、鉄道やエネルギーなどインフラの整備についても話し合われたようだ。アメリカはジハード傭兵を投入しつつあるが、それへの対処法を教えることになるかもしれない。
2019.11.06
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G7の首脳会談が5月19日から21日にかけて広島で開催される。アメリカのジョー・バイデン大統領、イギリスのリシ・スナク首相、カナダのジャスティン・トルドー首相、フランスのエマニュエル・マクロン大統領、ドイツのオラフ・ショルツ首相、イタリアのジョルジャ・メローニ首相、日本の岸田文雄首相、そしてシャルル・ミシェル欧州理事会議長、ウルズラ・ライエン欧州委員会委員長が参加する予定だ。 参加国は「主要国」や「先進国」と自称しているが、有体に言うならば、アングロ・サクソン系国とアメリカに従属する国々の首脳によるセレモニーにすぎず、経済力においても軍事力においても中国やロシアを中心に集まりつつあるグループより劣る。 G7は1975年11月にG6として第1回首脳会談をフランスのランブイエで開く。その時の参加国はアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、イタリア、日本。その前年にウォーターゲート事件でリチャード・ニクソン大統領が失脚、ジェラルド・フォードが新大統領に就任している。 フォード大統領はデタント(緊張緩和)派を粛清、好戦的なネオコン(新保守主義)が台頭、経済的には新自由主義が世界の中流になった。新保守主義も新自由主義も実態は帝国主義だ。 その帝国主義国はシリアやウクライナでロシアに敗北、矛先を東アジアへ向けてきた。G7の首脳会談を日本で開催する意味はこの辺にあるのかもしれない。 アメリカとイギリスは2021年9月、オーストラリアとAUKUSなる軍事同盟を創設した。ジョー・バイデン米大統領はオーストラリアへ売却する3隻のバージニア級原子力潜水艦を2030年代の初めに建造すると伝えられている。その潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦だ。 日本の「エリート」はAUKUSへの加盟に興味を示し、山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日、日本がオーストラリアの原子力潜水艦を受け入れる可能性があると表明している。 ウォルフォウィッツ・ドクトリン(ネオコンの世界制覇プラン)に基づき、ジョセイフ・ナイは1995年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表した。日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込むと宣言したのだ。松本サリン事件、地下鉄サリン事件、國松孝次警察庁長官狙撃事件などを経て日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれた。 G7の会談でも話し合われるらしいウクライナでの内戦は2014年2月にネオコンがネオ・ナチを利用したクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除したところから始まる。これは本ブログで繰り返し書いてきたことだ。 クーデターの準備は2010年の大統領選挙でヤヌコビッチが勝利した頃からはじまるのだろうが、実際に動き始めたのは13年11月。キエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で「カーニバル」的な集会を開くところから始まったのだが、その時のEUは話し合いで解決しようとする。 話し合いで解決したならヤヌコビッチ政権を倒して傀儡体制を樹立することは困難。そこで国務次官補だったビクトリア・ヌランドは怒る。ジェオフリー・パイアット米国大使と電話で「次期政権」の閣僚人事について話している際、ヌランドは「EUなんかクソくらえ」と口にし、その音声が2014年2月上旬にインターネットへアップロードされた。 クーデター後に内戦が始まるが、ドンバスの反クーデター軍がキエフのクーデター体制軍より強い。そこで戦力を増強するための時間が必要になった。そしてドイツとフランスが仲介して成立させたのがミンスク合意だ。これはアンゲラ・メルケル元独首相が昨年12月7日にツァイトのインタビューで、またその直後にフランソワ・オランド元仏大統領が証言している。 クーデターから8年かけて兵器を供与、兵士を訓練、ドンバス周辺に地下要塞を建設した。攻撃の準備ができたと判断したアメリカ/NATOはドンバスの周辺に部隊を集結させる。 ところが、2022年2月24日にロシア軍はウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設を巡航ミサイルなどで攻撃し始め、集結していたウクライナ軍は大きなダメージを受けたようだ。 その直後、イスラエルの首相だったナフタリ・ベネットはアメリカと調整しながら停戦交渉の仲介に乗り出し、3月5日にモスクワでプーチンと数時間にわたって会談。ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけたベネットはドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会うのだが、その日、ウクライナの治安機関SBU(事実上CIAの下部機関)のメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺した。 4月9日にはボリス・ジョンソン英首相がキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令、4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。 アメリカとイギリスは2011年春、フランス、イスラエル、サウジアラビア、カタール、トルコと連携してリビアやシリアに対する侵略戦争を始めた。ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン体制を倒してシリアとイランを分断して個別撃破するという戦略を立てていたが、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺はイラク、シリア、イランのほかレバノン、リビア、ソマリア、スーダンを攻撃リストに載せていた。(ココやココ) イラクのフセイン体制を倒すというネオコンの計画は1990年8月に始動する。当時、クウェートがイラクの油田を盗掘しているという問題が発覚、イラクは軍事的な解決へ傾いていく。 それに対し、アメリカ国務省のスポークスパーソンだったマーガレット・タトワイラーは1990年7月24日、アメリカはクウェートを守る取り決めを結んでいないと発言、25日にはエイプリル・グラスピー米大使がサダム・フセインと会談、その際にブッシュ大統領の指示に基づいてアラブ諸国間の問題には口を出さないと伝えている。31日には下院のヨーロッパ中東小委員会で、アメリカは湾岸諸国と防衛条約は結んでいないとジョン・ケリー国務次官補が語っている。(James S. Henry, “The Blood Bankers”, Four Walls Eight Windows, 2003) 7月29日にサウジアラビア政府はイラクとクウェートとの会談が31日にジェッダで始まると発表、ジッダには戦争を回避する目的でアラブ諸国の代表が集まることになる。 こうした動きに不審を抱いたPLOのヤセル・アラファト議長はアメリカ支配層の少なくとも一部がフセインを罠にかけようとしているのではないかと疑う。そこで彼はバグダッドへ飛び、フセインに対して挑発されてもクウェートを攻撃するべきでないとアドバイスする。アラファトはクウェートへも行き、ジェッダでイラクとの金銭的な問題を解決するように提案するが、クウェート側は聞く耳を持たなかったという。 ヨルダンのフセイン国王もアラファトと同じ懸念を抱き、ジェッダで首脳会談が開かれる前日、アラファトと同じことをクウェートの代表団に話したが、やはり聞く耳を持たなかったようだ。(Alan Hart, “Zionism: Volume Three,” World Focus Publishing, 2005) ジョン・F・ケネディ大統領の報道官を務めたピエール サリンジャーによると、アメリカとイギリスはクウェートに対し、「話し合いで妥協するな、強硬姿勢で望め」と圧力をかけていたという。 イラク軍のクウェート侵攻を受け、アメリカ政府は間髪を入れずにイラクからの石油輸入を禁止、アメリカにあるイラクの資産を凍結、艦隊をペルシャ湾に派遣する。8月5日にはイラク政府の軍を撤退させるという提案を拒否、6日には国連安全保障理事会が決議660を採択する。イラクの軍事侵攻を非難し、即時、無条件の撤退を求めたのだ。(James S. Henry, “The Blood Bankers”, Four Walls Eight Windows, 2003) その一方、アメリカ下院の人権会議という非公式の集まりで「ナイラ」なる少女がイラク軍の残虐性を涙ながらに告発、アメリカで好戦的な雰囲気を高めることに成功した。この「告発劇」は広告会社ヒル・アンド・ノールトンが演出したもので、主演の少女はアメリカ駐在クウェート大使の娘。つまり全くの作り話だった。 嘘で人びとの心理を操り、戦乱を引き起こして国々を疲弊させて略奪するという手法はアングロ・サクソンを支配する人びとの常套手段だ。民主主義、人権、自由などを唱えているが、それは侵略、破壊、殺戮、略奪を実現するための方便にすぎない。
2023.05.17
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厚生労働省は12月22日、今年10月分の「人口動態統計速報」を発表した。「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」の接種者数は減少しているものの、死亡者数は13万3993人と高水準のままだ。深刻な状況に変化はない。 この薬剤には「ワクチン」というタグがつけられているが、実態は遺伝子導入剤、あるいは遺伝子操作薬だということは少なからぬ人から指摘されている。つまり新タイプの薬だ。新薬を安全性の確認なしに世界規模で接種させたのである。 この新薬にはふたつの問題がある。ひとつは仕組み自体に根ざすもので、もうひとつは「不純物」の混入だ。 この新薬は人間の細胞に病気の原因であるスパイク・タンパク質を製造させ、抗体を作るという理屈になっているのだが、このスパイク・タンパク質が病気の原因になる。そこで人間の免疫システムは細胞を病気の原因だと認識して攻撃、炎症を引き起こす。そのまま放置すると非接種者を死に至らしめる可能性があり、そうした炎症を免疫の低下が抑えなければならない。新薬にはそうした仕組みも組み込まれているが、人間の免疫システムもそうした反応をする。いわばAIDS状態にするわけである。そこでVAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)なる造語も使われ始めた。ADE(抗体依存性感染増強)も引き起こされているようである。 また、DNAの混入、mRNAを細胞の内部へ運ぶために使われているLNP(脂質ナノ粒子)の毒性、グラフェン誘導体の混入といった問題も指摘されている。LNPは卵巣を含むあらゆる臓器に蓄積、生殖システムが破壊される可能性があり、人類の存続を危うくしかねないのだ。 こうした危険な薬剤を地球規模で接種させるという無謀なことを可能にしたのは2019年12月に中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかったため。2020年2月4日には横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が現れた。 こうした出来事をメディアは大きく取り上げて危機感を煽り、WHO(世界保健機関)は2020年1月30日に緊急事態を宣言、そして3月11日にパンデミックを宣言した。 しかし、こうした局所的な出来事は別として、重症肺炎が世界中で発症するというような事態にはならなかった。WHOがパンデミックを宣言する直前の2020年2月28日、3名の研究者がCOVID-19の致死率は1%未満、つまり季節性インフルエンザ並みだと報告している。その研究者のひとりはNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長だ。 季節性インフルエンザ並みの病気でパンデミックが宣言できたのは、「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行(2009年1月から10年8月にかけての時期に)する直前にパンデミックの定義が変更されたからだということは早い段階から指摘されていた。 COVID-19問題の背後にアメリカの国防総省が存在していることも忘れてはならない。情報公開法を利用して「COVID-19ワクチン」に関する文書を入手したサーシャ・ラティポワは、この接種計画がバラク・オバマ政権の時代(2009年1月から17年1月)にアメリカの国防総省が始められたことを発見している。この分析はロシア軍がウクライナの研究開発施設で回収した文書の内容とも合致する。 アメリカ軍の生物化学兵器研究は第2次世界大戦後、日本やドイツの研究資料を入手、研究員を抱き込んでから大きく進んだが、その前にも行われてはいた。 例えば、1931年、ロックフェラー財団の「衛生委員会」チームの一員としてプエルトリコのサンフアンにある病院で数カ月間勤務したロックフェラー医学研究所のコーネリアス・ローズなる人物は、プエルトリコの被験者に意図的に癌細胞を人体へ注入、うち13人を死亡させたとされている。彼はプエルトリコ人を軽蔑、絶滅を妄想していた。こうした行為が外部へ漏れ、アメリカはプエルトリコ人を癌で死滅させようとしていると言われるようになった。 ローズは第2次世界大戦中にアメリカ陸軍の大佐となって化学兵器部門の医学部長を務め、ユタ州、メリーランド州、パナマに化学兵器研究所を設立、プエルトリコ人に対する秘密実験にも参加した。1943年末までに化学兵器関連の新しい医学研究所がマサチューセッツ州のキャンプ・デトリック、ユタ州のダグウェイ実験場、アラバマ州のキャンプ・シベルトに設立された。1944年1月、化学兵器局は生物兵器に関するすべてのプロジェクトを担当することになった。 キャンプ・デトリックは1955年からフォート・デトリックに格上げされるが、ここは今でもアメリカ軍の生物化学兵器開発の中心的な存在である。日本軍による生物化学兵器の研究開発結果は大戦後、フォート・デトリックへ運ばれた。 国防総省が1960年代に人間の免疫システムを無力化する研究を進めていたことも記録に残っている。1969年6月、同省の国防研究技術局で副局長を務めていたドナルド・マッカーサーはアメリカ下院の歳出委員会で「著名な生物学者」の話として、人間の免疫システムが対応できない人工的な因子を5年から10年の間に開発すると証言しているのだ。 マッカーサーによると、人工的に作られた生物学的な因子、自然には存在せず、自然免疫を獲得できない因子を生産することが5年から10年以内に生産できる可能性があるとしている。AIDS(後天性免疫不全症候群)のような病原体を1979年頃までに作り出せると見通していたのだ。 1970年代は医薬品業界にとって厳しい時代だった。伝染病による死亡者が世界的に減少していたのだ。そのため、アメリカではNIH(国立衛生研究所)、その下部機関であるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)、CDC(疾病予防管理センター)の存在意義が問われていたという。そうした状況を一変させたのがAIDSだった。AIDSのおかげで医薬品業界や伝染病関連の監督官庁は生き延びたといえる。1984年11月から昨年12月までNIAID所長として伝染病対策を指揮した人物がファウチにほかならない。 COVID-19騒動が始まってからファウチが頻繁にCIAと接触していると言われているが、そのCIAは1980年代、免疫システムについて調査、日本の大企業や学者にも接触していたことが「イラン・コントラ事件」に関する調査で明らかになっている。
2023.12.25
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ポール・マッカートニーが1983年10月にリリースしたアルバム『パイプス・オブ・ピース』に「セイ・セイ・セイ」という曲が含まれている。これはマッカートニーがマイケル・ジャクソンと作った作品で、そのミュージック・ビデオでふたりはインチキ薬を売り歩く詐欺師を演じている。 ロックフェラー財閥の祖と言われている人物はジョン・D・ロックフェラーだが、その父親、ウィリアム・エイブリ・ロックフェラーが生業にしていたものインチキ薬の販売だ。 インチキ薬を売る際、ウィリアムは「ウィリアム・レビングストン」という名前を使っていた。その薬は癌にも効くと宣伝、1瓶25ドル、その当時における平均的な収入の2カ月分に相当する金額で売っていたという。勿論、癌に効果はなく、インチキ薬だと客にバレればリンチされるのだが、そうした目にはあっていない。 詐欺で逮捕されることはなかったが、1849年7月にニューヨーク州のオーバーンで起訴される。ロックフェラー家で働いていた少女をレイプした容疑だ。この時、レビングストンの本名が明らかになった。 詐欺師の息子、ジョン・D・ロックフェラーが1913年5月に設立したロックフェラー財団は、WHO(世界保健機関)の創設に深く関係している。実際はデイビッド・ロックフェラーの命令で作られたとも言われているほどだ。 WHOへの資金提供者を見ると、ドイツ、アメリカに続いてビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、イギリスを挟んでGAVI同盟が並んでいる。GAVIはWEFを率いるクラウス・シュワブやビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団などによって設立された。 これまで私的権力の横暴にブレーキをかけていたルールを一気に破壊したCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動は2020年3月11日にパンデミックを宣言したところから始まるのだが、この時、パンデミックを宣言できたのは定義が変更されていたからだ。 2009年1月から10年8月にかけての時期に「新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)」が流行したが、その直前、「病気の重大さ」、つまり死者数が多いという条件が削られていたのであり、「風邪」どころか「無症状感染症」でもパンデミックを宣言できるようになったのだ。 この時にWHOの事務局長だった陳馮富珍(マーガレット・チャン)は1947年8月にイギリス領香港で誕生、77年にカナダのウェスタン・オンタリオ大学で医学博士号を取得、85年にシンガポール国立大学で公衆衛生学の修士号を取得している。現在、中国とカナダの二重国籍だ。 1972年2月にリチャード・ニクソンが中国訪問して国交を回復、80年には新自由主義の教祖的な存在、ミルトン・フリードマンが中国を訪れて新自由主義が中国全土に広がる。中国の新自由主義グループには江沢民、趙紫陽、胡耀邦などが含まれていた。 新自由主義の広がりはアメリカの私的権力が勢力を拡大させることを意味し、ビジネスだけでなくアカデミーもその影響下に入った。北京大学や精華大学のような有力大学はそうした勢力の拠点になる。 しかし、新自由主義は富を一部の特権グループへ集中させ、庶民を貧困化させるため、1980年代の半ばになると反発が強まった。フリードマンは1988年に再び中国を訪問、趙紫陽や江沢民と会談しているが、中国政府はその年に「経済改革」を実施した。労働者などからの不満に答えるかたちで軌道修正したのだが、こうした軌道修正に学生は反発した。 そうした中、1989年1月にジョージ・H・W・ブッシュが大統領に就任する。この人物の父親はアレン・ダレスの友人で、本人はエール大学時代にCIAからリクルートされたと言われている。同大学でCIAの採用担当だったボート部コーチのアレン・ワルツと彼は親しくしていた。卒業後、ブッシュはカリブ海で活動、1974年から75年まで中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)、76年から77年までCIA長官を務めている。 エール大学時代、ブッシュと同じようにCIAから採用されたジェームズ・リリーをブッシュ大統領は中国駐在アメリカ大使に据えた。リリーは中国山東省の青島生まれで中国語は堪能だ。 ブッシュとリリーは中国で「カラー革命」を計画、1989年4月15日に胡耀邦が死亡すると、それを切っ掛けに天安門広場で大規模な抗議活動が始まり、5月に戒厳令が敷かれることになる。その運動を指揮していたのはジーン・シャープで、その背後にはジョージ・ソロスもいたとされている。 ところで、COVID-19騒動が始まる直前、2019年10月18日にニューヨークでコロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーションが行われた。「イベント201」だ。主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、そしてWEFである。 イベント201には高福なる中国の研究者も参加していた。この人物はイギリスのオックスフォード大学に留学し、アメリカのハーバード大学で研究した経歴の持ち主。イギリスやアメリカで「教育」を受けた人物だ。イベント当時は中国疾病預防控制中心の主任だった。 高の専門はウイルス学と免疫学で、COVID-19騒動にも関わる。2020年1月22日に中国の国務院新聞弁公室で行われた、記者会見で彼は武漢市内の海鮮市場で売られていた野生動物から人にウイルスが感染したとする見方を示した。 ところが、2月になるとCOVID-19対策は中国軍の医療部門の幹部で細菌戦の専門家と見なされている陳薇が指揮することになる。この人事を受け、西側の有力メディアは病気の原因が中国の細菌兵器だと伝えていた。陳薇の登場が想定外だったのかもしれない。 武漢には中国科学院武漢病毒研究所(WIV)や武漢大学動物実験センターがある。WIVへはアメリカのNIH(国立衛生研究所)から研究費として370万ドルが提供されていたと報道されている。NIAIDはWIVに対し、エコヘルス連合を介して2014年から数百万ドルを提供してきたと言われ、エコヘルス連合でカネを処理していたのはピーター・ダスザクだとされている。 資金面のつながりだけでなく、技術面でも結びついている。例えば石正麗とノースカロライナ大学のラフル・バリックは2015年11月にSARSウイルスのスパイク・タンパク質をコウモリのウイルス(SHC014-CoV)のものと取り替えて新しいウイルスを作り出すことに成功したともいう。 WIVへ戻った石正麗はSARSに似たコロナウイルスのスパイク・タンパク質が人間などの細胞のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)と結びつくメカニズムを研究している。 WIVと同じように注目されている武漢大学動物実験センターはアメリカのデューク大学を関係が深く、両大学は2013年に昆山杜克大学を創設した。デューク大学はアメリカ国防総省の「DARPA(国防高等研究計画局)」と協力関係にあり、そのDARPAは2018年からコウモリからヒトへコロナウイルスを伝染させる研究を開始、中国との国境近くに研究施設を建設している。 ここで忘れてならないのは、COVID-19騒動の主役は「ワクチン」、つまり遺伝子導入剤だということ。コロナウイルスは脇役に過ぎない。 医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワは、自身が情報公開法によって入手した文書を分析、その結果、アメリカの国防総省はバラク・オバマ大統領の時代(2009年1月から17年1月)から「COVID-19ワクチン」の接種計画を始めているという結論に達した。 中国と似た仕組みがウクライナにもあった。ロシア軍は昨年2月24日からウクライナに対する攻撃を始めたが、その過程でウクライナ側の重要文書の回収、その中にはウクライナで進められてきた生物兵器の研究開発に関する資料も含まれていたのだ。ロシア軍のイゴール・キリロフ中将を中心に生物兵器の研究開発について調べている。 ロシア側の発表によると、ウクライナにはアメリカのDTRA(国防脅威削減局)にコントロールされた研究施設が約30カ所あり、生物兵器の研究開発を行っていた。 ロシア国防省が発表したスライドによると、アメリカの民主党を病原体研究の思想的な支柱としている。その思想を実体化させる役割を負っているのが国防総省やCDC(疾病予防管理センター)を含むアメリカの政府機関だ。 資金はアメリカの予算からも出ているが、ビル・アンド・メリンダ・ゲーツ財団、クリントン財団、ハンター・バイデンのロズモント・セネカ・パートナーズ、ジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団、ロックフェラー財団、エコヘルス同盟などもスポンサー。 そのほか、生物兵器の研究開発システムにはアメリカ大使館、国防総省の契約企業であるメタバイオタ、ブラック・アンド・ビーチ、スカイマウント・メディカル、そしてCH2Mヒルなど、またファイザー、モデルナ、メルク、ギリアドを含む医薬品会社が組み込まれ、ドイツやポーランドも関係していた。 こうしたシステムは生物兵器の研究開発だけでなく、医薬品メーカーは安全基準を回避して利益率を上げるためにウクライナの研究施設を利用しているともいう。ファイザーやモデルナといった医薬品会社やエコヘルス同盟が関係していることからウクライナの研究所はCOVID-19にも関係している疑いがある。 キリロフが記者会見でウクライナにおける生物兵器の問題について発表した翌日の昨年3月8日、アメリカの上院外交委員会でビクトリア・ヌランド国務次官はウクライナの施設で研究されている生物化学兵器について語っている。マルコ・ルビオ上院議員の質問を受け、兵器クラスの危険な病原体がロシア軍に押収されるかもしれないと語ったのだ。つまりウクライナの研究施設で生物化学兵器の研究開発が行われていたことを否定しなかった。 ロシア軍の攻撃を受け、アメリカ国防総省は研究拠点を中央アジアや東ヨーロッパへ移動させ、ケニヤ、シンガポール、タイとの協力関係を強化したと伝えられている。
2023.12.27
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アメリカ軍はテニアン島のジャングルの中にある軍事飛行場を来年の夏までに整地することを明らかにした。中国やロシアとの戦争を想定、インド太平洋地域全体に航空機を分散させる構想の一環だ。 第2次世界大戦中、1944年8月にアメリカ軍はテニアンを占領、既存の4380フィートの滑走路を修理延長し、さらに長さ8000フィートの滑走路を増設、1945年5月には4本目の滑走路が建設された。ここから飛び立ったB29爆撃機が日本本土を空爆、その中には1945年8月6日に広島へ、8月9日には長崎へ原爆を投下した爆撃機もテニアンから発進している。 アメリカ軍は東アジアにおける軍事戦略の一環としてGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲しようとしていた。アメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、配備できそうな国は日本だけ。 その日本には「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約があるため、アメリカはASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにする。そしてASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたという。自衛隊は2016年に軍事施設を与那国島に建設、19年には奄美大島と宮古島に作り、23年には石垣島でも完成させたが、こうした軍事施設の建設はアメリカの戦略に基づいている。つまり中国やロシアに対する攻撃が想定されている。 日本は軍事拠点を作るだけでなく、高性能兵器の開発にも乗り出していると伝えられている。例えばアメリカと共同で音速の5倍以上で侵入してくるHGV(極超音速滑空体)を迎撃するミサイル技術の研究開発を考え、昨年7月24日には宇宙航空研究開発機構(JAXA)が鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所で迎撃ミサイルに必要な速度に到達することが可能だとされるエンジンの飛行試験を初めて実施した。 極超音速で飛行するミサイル自体も研究だと言われ、HGVではなくエンジンによって推進力を得る極超音速巡航ミサイル(HCM)の開発を目指しているという。2026年には九州や北海道の島々へ配備したいようだ。 政府は国産で陸上自衛隊に配備されている「12式地対艦誘導弾」の射程を現在の百数十キロメートルから1000キロメートル程度に伸ばし、艦艇や戦闘機からも発射できるよう改良を進めていると昨年8月に伝えられているが、その背景にアメリカのGBIRM計画があった。 日本は射程距離が3000キロメートル程度のミサイルを開発し、2030年代の半ばまでに北海道へ配備する計画だとも伝えられている。それが実現するとカムチャツカ半島も射程圏内だ。 アメリカの置かれた状況が急速に悪化、こうした当初の計画では間に合わないと判断され、トマホークを日本に購入させることにし、10月4日に木原稔防衛相はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、アメリカ製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。つまり、そのようにアメリカで命令されたわけだ。 当初の計画では2026年度から最新型を400機だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされている。トマホークは核弾頭を搭載でき、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートルとされている。 日本は中距離ミサイルだけでなく、核弾頭も手にしようとしてきた。1954年3月に2億3500億円を原子力予算案として中曽根康弘が国会へ提出して始まる。この金額は「235」から決めたという。 佐藤栄作首相は1965年にアメリカを訪問した際、リンドン・ジョンソン大統領に対し、日本も核兵器を持ちたいと頼み込んだと伝えられている。そして1967年10月に動力炉・核燃料開発事業団(核燃料サイクル開発機構を経て日本原子力研究開発機構)が設立された。 この当時から日本が核兵器の研究開発を本格化させたと各国の情報機関は信じ、動燃のコンピュータ・システムにはCIAがトラップドアを仕込んで監視していたと言われている。 ジミー・カーター政権は日本の核兵器開発を懸念していたが、アメリカの一部支配層は逆に支援している。アメリカでは1972年からCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画がスタートするが、カーター政権は基礎的な研究計画を除いて中止させる。ロナルド・レーガン政権が始まった1981年に計画は復活するが、87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切ってしまう。 そこで高速増殖炉を推進していた勢力は日本に目をつけた。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、推進派のリチャード・T・ケネディー陸軍大佐はクリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにしたのだ。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) こうした動きをCIAは懸念するが、国務省やエネルギー省は賛成していた。核武装した日本はアジアにおけるアメリカの軍事負担は軽減されると考えた国防総省もプルトニウムや核に関する技術の日本への移転に国防総省も強くは反対しなかった。 その結果、日本の科学者がクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れるようになり、日本側は最も欲しがったサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置の技術を手に入れることに成功する。RETF(リサイクル機器試験施設)だ。RETFは使用済み燃料から核兵器級プルトニウムを分離する施設であり、核兵器級のプルトニウムを製造する中心的な存在である。 トレントによると、2011年3月11日に東電福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。自らが生産した可能性もあるが、外国から持ち込まれた可能性もある。 事故の3日前、2011年3月8日付けのインディペンデント紙は、東京都知事だった石原慎太郎のインタビュー記事を載せている。それによると、外交力とは核兵器であり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したというのだ。「脅せば屈する」というネオコン流の思考が埋め込まれている。
2023.12.30
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人類の存続を危うくすると懸念されている薬剤を日本政府は今でも接種を推進しようとしている。その推進派は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」だとしているが、実態は遺伝子導入剤、あるいは遺伝子操作薬と呼ぶべきものだ。 ドイツの巨大化学会社バイエルのステファン・ウールレヒも「mRNAワクチン」を遺伝子治療薬だとしている。彼によると、その事実を知らせると95%の人が接種を拒否するため、「ワクチン」というタグをつけたという。 情報公開法によって入手した文書を分析したサーシャ・ラティポワは「COVID-19ワクチン」について、バラク・オバマ大統領の時代(2009年1月から17年1月)からアメリカ国防総省は接種計画を始めとしている。 接種の推進を可能にした出来事が起こったのは2019年12月のこと。中国湖北省の武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が見つかり、2020年2月4日に横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でも似たような症状の患者が現れ、メディアが危機感を煽ったからだ。WHO(世界保健機関)は2020年1月30日に緊急事態を宣言、そして3月11日にパンデミックを宣言して「COVID-19ワクチン」の接種へ突き進む。 しかし、局所的な場所での出来事は別として、重症肺炎が世界中で発症するというような事態にはならなかった。WHOがパンデミックを宣言する直前の2020年2月28日、3名の研究者がCOVID-19の致死率は1%未満、つまり季節性インフルエンザ並みだと報告している。その研究者のひとりはNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長だ。 2019年12月に感染が始まったコロナウイルスは人の手によって細工されていると指摘されているが、パンデミックと言えるような状態を引き起こしていない。問題は遺伝子導入剤の接種によって始まったのだ。 この薬剤は人間の細胞に病気の原因であるスパイク・タンパク質を製造させ、抗体を作る。その結果、人間の免疫システムは細胞を病気の原因だと認識して攻撃し、炎症を引き起こす。そのまま放置すると死に至るため、免疫を低下させて炎症を抑える仕組みになっている。人間の免疫システムも免疫を低下させるように動く。つまりAIDS状態にするわけであり、VAIDS(ワクチン後天性免疫不全症候群)なる造語も使われ始めた。 接種が始まる前から懸念されていたADE(抗体依存性感染増強)も引き起こされているようだが、DNAの混入、mRNAを細胞の内部へ運ぶために使われているLNP(脂質ナノ粒子)の毒性、グラフェン誘導体の混入といった問題も指摘されている。 心筋炎や心膜炎、神経の麻痺、血栓なども報告されているが、mRNAを細胞の内部へ送り込むLNPは卵巣を含むあらゆる臓器に蓄積、生殖システムを破壊する可能性があり、人類の存続を危うくしかねない。 そうした事態を防ぐため、「COVID-19ワクチン」の接種を速やかに止めなければならないが、日本政府は止める気配を見せていない。少なからぬ接種者を死に至らしめ、深刻な副作用を引き起こしていることは明白だが、政治家も官僚もメディアも認めようとしない。 こうした行動パターンは政治家や官僚の特徴だ。例えば、有機水銀中毒である水俣病が発見された当時、政府や「権威」がそうした事実を否定、被害を拡大させた。胎児性水俣病、つまり胎盤を通った有機水銀が胎児を病気にしていることも判明しているが、「専門家」は毒物が胎盤を通るはずがないと主張、事実から目を背けている。 実は、水俣病の原因が工場廃液だということを会社は「公式発見」より前に知っていた。1956年5月にチッソ付属病院の細川一が水俣保健所に「原因不明の中枢神経疾患の発生」について報告、59年10月に動物実験で水俣病の原因は工場廃液だと確信したのだ。 この重大な事実を細川は会社側の意向で発表していない。細川がこの実験について証言したのは死が間近に迫った1970年だった。 その一方、1959年7月に熊本大学の水俣病研究班は、病気の原因物質が水銀化合物、特に有機水銀であろうと正式発表している。この熊本大学の説に反論するためにも細川の実験結果は隠蔽し、嘘を主張したわけである。この隠蔽工作には自治体や政府も加担していた。 細川や熊本大学より早く有機水銀が環境中に放出されている可能性が高いことを知っていたのはチッソのエンジニアである。触媒として使われていた水銀が減少していることは化学反応を見ていれば明らかで、どのように物質が変化しているかを計算していたなら、おおよその見当はついていたはずだ。 実際、チッソの技術部門に所属していた塩出忠次は、合成中に有機水銀化合物ができることを会社側へ1950年に報告していたという。この人物はエンジニアとして当然のことを行い、その結果を報告していたのだが、それを会社の幹部は握りつぶした。 こうした「専門家」より早く病気に気づいていたのは漁師だと言われている。1942年に水俣市月の浦という漁村で最初の患者が出て、53年から被害が大きくなったようだが、そうしたことを漁師は身を以て知っていたのだ。 ちなみに、日本政府が水俣病の原因をチッソの工場から出された有機水銀だと認めたのは1968年。最初の患者が発見されてから26年後のことである。「COVID-19ワクチン」の接種開始から26年後に日本人が存在している可能性は高くない。
2023.12.31
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ウクライナは2022年3月の段階で戦闘を自力で続けることは難しい状態になっていた。アメリカ/NATOから兵器や資金を投入することで継続してきた。戦死者が膨れ上がり、外部から傭兵を入れていたが、ここにきてフランス、ドイツ、ポーランドの正規軍がキエフ周辺に到着したと伝えられている。ウクライナ軍はゾンビのようの状況なのだが、それでもビクトリア・ヌランドなどネオコンはロシアとの戦争を継続、エスカレートさせようとしている。ルビコンを渡った彼らは後戻りできないのだろう。 ところで、ソ連消滅後の1999年3月にアメリカはNATOを利用してユーゴスラビアに対する攻撃を開始、ロシア侵略の突破口を築いた。2008年8月に南オセチアをジョージア軍が奇襲攻撃しているが、ロシア軍の反撃で惨敗している。ジョージアは2001年からイスラエルの軍事支援を受けていた。武器/兵器を含む軍事物資を提供するだけでなく、将兵を訓練している。後にアメリカの傭兵会社も教官を派遣した。事実上、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍に負けたのだが、ここからアメリカはロシアに対する侵略を本格化させ、ウクライナでの戦乱につながった。 ところで、アメリカは先住の「インディアン」を虐殺し、生き残りを「居留地」へ押し込めて空いたスペースに建設された国だ。1898年にはキューバのハバナ港に停泊していたアメリカの軍艦メインの爆沈を口実にしてスペインと戦争を始め、勝利してラテン・アメリカを支配下に収め、アラスカ、プエルトリコ、グアム、フィリピンも手に入れている。 次に狙われた場所は「新たな西部」、つまり中国東北部。その案が実現したなら、中国東北部にウクライナ、あるいはイスラエルのような国が出現しただろう。なお、のちに日本はそこへ「満州国」を建国している。 スペインとの戦争を主導したセオドア・ルーズベルトは1880年にハーバード大学を卒業しているが、その2年前に同大学を卒業している金子堅太郎は知人の紹介で1890年に知り合い、親しくなったという。スラブ系のロシアを敵視していたセオドアは日露戦争の後、日本はアメリカのために戦ったと書いている。金子は1904年、ハーバード大学でアンゴロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説した。同じことを金子はシカゴやニューヨークでも語っている。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 1923年9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた後、日本はアメリカの金融資本、いわゆるウォール街の影響を強く受けるようになる。復興資金を調達するために外債発行を日本政府は決断、ウォール街を拠点とする巨大金融機関のJPモルガンに頼ったのだ。この巨大金融機関と最も深く結びついていた日本人が井上準之助だ。その後、日本の政治経済はJPモルガンからの影響を強く受けるようになる。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年) この支配構造を象徴する人物が1932年から駐日大使を務めたジョセフ・グルーである。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻であり、しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。グルーは皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。 1941年12月7日に日本軍はハワイの真珠湾を奇襲攻撃、日本とアメリカは戦争に突入、グルーは翌年の6月に帰国した。離日の直前には商工大臣だった岸信介からゴルフを誘われている。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) ニューディール派で反ファシストのフランクリン・ルーズベルト大統領が1945年4月に急死するとホワイトハウスの実権はウォール街が奪還し、豊下楢彦によると、降伏後の日本はウォール街と天皇を両輪として動き始めた。その下で戦後日本の支配構造を作り上げる上で重要な役割を果たしたのがジャパン・ロビーだ。その中核グループであるACJ(アメリカ対日協議会)はウォール街を後ろ盾としてワシントンDCで設立された。その中心人物はジョセフ・グルーにほかならない。戦前も戦後も基本的な支配構造は変化していない。 大戦後にアメリカではCIAが創設されたが、これは金融資本の強い意向があったからだ。CIAの前身であるOSSはイギリスの情報機関MI6の協力で設立されたが、MI6はイギリスの金融資本と関係が深い。 1943年1月にドイツ軍がスターリングラードでソ連軍に降伏するとイギリスのウィンストン・チャーチル首相は慌て、その月にフランクリン・ルーズベルト米大統領やフランスのシャルル・ド・ゴールらとカサブランカで会談して善後策を講じた。その際、戦争を引き延ばすために「無条件降伏」が出てきたという。 そして1944年、イギリスとアメリカの情報機関によって編成されたのがゲリラ戦部隊のジェドバラ。コミュニストを主体とするレジスタンスに対抗するためだった。 このジェドバラ人脈は大戦後、アメリカでは特殊部隊とOPC(1950年10月にCIAへ吸収された)につながる。OPCは1952年8月にCIAの破壊工作部門「計画局」の中核になった。 この人脈はヨーロッパに破壊工作機関のネットワークを構築、NATOが創設されると、その秘密部隊として機能し始めた。中でも有名な組織がイタリアのグラディオだ。アメリカ支配層にとって好ましくない勢力を潰すために極左グループを装って1960年代から80年代にかけて爆弾テロを繰り返している。アルド・モロの誘拐殺人、シャルル・ド・ゴールの暗殺未遂、そしてジョン・F・ケネディ暗殺でも名前が出てくる。 この秘密部隊のネットワークにウクライナのネオ・ナチがつながっていることは本ブログで繰り返し書いてきた。 ネオ・ナチを率いているひとりのドミトロ・ヤロシュはドロボビチ教育大学でワシル・イワニシン教授の教えを受けたことが切っ掛けになってOUN-B(ステパン・バンデラ派)系のKUN(ウクライナ・ナショナリスト会議)に入る。この人脈はソ連消滅後に国外からウクライナへ戻り、活動を始めている。2007年にヤロシュは指導者になり、そのタイミングでNATOの秘密部隊ネットワークに参加したと言われている。 ヤロシュはチェチェンやシリアで戦ったサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)などイスラム系の武装集団と関係、2007年5月にはウクライナのテルノポリで開かれた欧州のネオ・ナチや中東の反ロシア・ジハード主義者を統合するための会議で議長を務めた。
2024.03.25
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バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてウクライナでクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。その際、アメリカ政府が手先として利用したネオ・ナチはクーデター後の体制で大きな影響力を維持している。 ウクライナでは東部と南部は歴史的にロシアと文化的に関係が深く、ロシア語を話す住民が多数を占める。その地域を支持基盤にしていたのがヤヌコビッチにほかならない。したがって、この地域ではクーデターを拒否する住民が大多数だ。 そうした動きは以前からあった。つまり、1990年にウクライナ議会がソ連からの独立を可決すると、南部のクリミアでは91年1月にウクライナからの独立を問う住民投票を実施、94%以上が賛成している。これを「国際社会」と自称する西側諸国は認めなかった。1991年12月にソ連が消滅した後、クリミア議会は住民の意思を無視してウクライナに統合されることを決めている。 経済的にも軍事的にも重要な南部のオデッサや東部のマリウポリではネオ・ナチが住民を虐殺してクーデター派が制圧に成功したものの、黒海艦隊の拠点、セバストポリがあるクリミアは住民が素早く動いてロシアの保護下に入り、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)では内戦が始まった。 しかも、クーデター後に軍や治安機関から約7割の兵士や隊員が離脱し、その一部はドンバスの反クーデター軍に合流したと言われ、当初は反クーデター軍が戦力的に上回っていた。アメリカ/NATOが「ミンスク合意」で時間を稼いだのはそのためだ。クーデターから8年後、アメリカ/NATOは攻撃の準備が整ったと判断したようで、2022年になるとアメリカ/NATOを後ろ盾とするウクライナ軍がドンバスの近くに集結、砲撃を激化させ始めた。 それに対し、ロシアのウラジミル・プーチン大統領は2月21日にドンバスの独立を承認、ウクライナに対してクリミアとセバストポリがロシア領だと認め、NATO加盟を断念し、非武装化(攻撃的な軍事施設や兵器を持たない)して中立を宣言、さらに「非ナチ化」も求めた。 そして2月24日、ロシア軍は機先を制してミサイルでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設も破壊した。この段階でウクライナ軍の敗北は決定的だった。その直後、イスラエルやトルコの仲介でキエフとモスクワは停戦でほぼ合意に達したのだが、それをアメリカやイギリスの政府や議会が潰した。 アメリカ/NATOは資金や武器弾薬を供給、傭兵を送り込んで支援したが、ウクライナ軍はロシア軍に粉砕されてしまう。最近ではアメリカが提供したM1A2エイブラムス戦車が無惨な姿を晒している。ロシアのドローンに発見され、攻撃されてしまうからで、すでに31台の戦車のうち5台が破壊されたという。西側の有力メディアが宣伝していた「アメリカ軍は無敵」だとする神話が崩れている。 簡単に勝てるつもりでロシアと戦争を始めたジョー・バイデン政権としては、「敗北」のイメージが広がることを避けなければならない。そこで登場してきたのが最大射程距離300キロメートルの戦術ミサイルシステム「ATACMS」だ。 すでにフランスやイギリスは長距離ミサイル「ストームシャドウ(フランス名:SCALP-EG)」を供給、ドイツ軍もロシアとの戦争に積極的だ。 3月1日に公開された音声によると、ドイツ空軍のインゴ・ゲルハルツ総監、作戦担当参謀次長のフランク・グレーフェ准将、そして連邦軍宇宙本部のフェンスケとフロシュテッテ幹部が2月19日にリモート会議で「タウルスKEPD 350」ミサイルによるクリミア橋(ケルチ橋)攻撃について話し合っている。ATACMSやストームシャドウも同じ橋を破壊するために使うつもりだろう。 武器よりも深刻な状態になっているのは兵士。すでに50万人以上が戦死したと言われ、ウクライナから若い男性が消えた。国外へ逃げたウクライナ人を連れ戻すだけでなく、傭兵、そして各国軍の兵士を投入しようとしている。 西側各国の特殊部隊やアメリカからの傭兵は当初から指摘されていたが、ここにきてフランスの軍人約2000名がオデッサへ入り始めたと伝えられている。フランス軍では軍への復帰と高収入を条件にして兵士をウクライナへ送り込もうとしているようだ。 ネオ・ナチも集められている。アゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)をはじめ、ウクライナの親衛隊はネオ・ナチだが、この部隊と関係の深い「センチュリア」がここにきて話題になっている。 センチュリアは新兵をウクライナからの移民に依存、隊員はウクライナのNAA(国立陸軍士官学校)に在籍、その間に西側諸国の専門家から訓練を受けていたと伝えられている。ドイツにも分派が存在、6都市に拠点を構え、影響力を強めているという。イギリスの王立陸軍士官学校サンドハースト校で11ヶ月間の将校訓練コースに参加したメンバーもいる。ネオナチグループのメンバーの多くは、ポーランド国境からわずか数キロ東に位置するヤヴォリブの事実上のNATO基地で訓練を行っているとも伝えられている。
2024.04.27
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ドナルド・トランプ米大統領はウクライナにおける戦闘を終結させようとしていると言われているが、その目的を達成することは難しいと見られている。彼のウクライナ情勢に関する発言は事実との乖離が大きいため、ウラジミル・プーチン露大統領との交渉は難航する可能性が高いからだ。交渉を失敗させるためにCIAが偽情報をトランプに吹き込んでいると疑う人もいる。 トランプはロシア軍の死傷者数を80万人に達し、ロシア経済は弱体化していると主張、そうした前提で「制裁」をちらつかせ、ロシアを屈服させようとしているのだが、ロシア側の死傷者は9万人弱だと反プーチン派の露メディアも推測している。 トランプはロシア軍の死傷者数について、ウクライナ大統領を名乗るウォロディミル・ゼレンスキーの発表した数値をそのまま垂れ流しているようだが、戦況に関する情報はこの数字が間違っていることを示している。「80万人」はウクライナ側の数字だろう。 ロシアはアメリカによる「制裁」で西側の企業が撤退したことで地元企業が活性化、兵器の生産は西側を大きく上回っている。ミサイル、滑空弾、ドローン、戦闘機、戦車、防空システムなどの兵器でロシアはアメリカ/NATOを質的にも量的にも圧倒しているのだ。砲弾の数を比較すると、ロシアが砲弾において6対1から10対1の優位性を持っていることは2年以上前からわかっている。この情報だけでもトランプの発言が間違っていることは明らかである。 IMFの予測でもロシア経済は西側の「制裁」を受けても順調。2024年の経済成長率は約4%、失業率は歴史的に低い2.6%。購買力平価で比較するとロシアはドイツや日本を上回り、世界第4位になると世界銀行は発表している。 ジョー・バイデンが大統領に就任した直後、彼や彼を担いでいたネオコンは「ルビコンを渡った」のであり、後へは引けない。ネオコンに従属し、ロシアとの戦争を始めたヨーロッパ諸国も同じ。こうした西側の国々は自分たちがロシアに楽勝すると思い込んでいたように見える。ロシアを屈服させればロシアの富、あるいは資源を奪えると算盤を弾いていたのだろうが、裏目に出た。 もっとも、EUの沈没はバラク・オバマ政権が2014年2月にネオ・ナチを使い、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒したクーデターの目的のひとつだった。当時、EUとロシアは接近していたのだが、両者を結びつけていたのがロシア産の安い天然ガス。その天然ガスを輸送するパイプラインがウクライナを通過していたので、ウクライナを抑えれば天然ガスの輸送を抑えることができる。 そうしたリスクを考えてなのか、ドイツとロシアはウクライナを迂回してパイプライン、「ノードストリーム(NS1)」と「ノードストリーム2(NS2)」をバルト海に建設したのだが、それに対し、アメリカ政府は破壊を予告していた。 例えば、国務次官を務めていたビクトリア・ヌランドは2022年1月27日、ロシアがウクライナを侵略したらノード・ストリーム2は前進しないと発言、同年2月7日にはジョー・バイデン大統領がノード・ストリーム2を終わらせると主張、記者に実行を約束している。そして2022年9月、NS1とNS2は爆破されてしまう。ドイツをはじめとするEUの経済は大きなダメージを受けた。アメリカにこれだけのことをされてもEUは何も言えなかった。EUに関しては、アメリカの思惑通り、沈没しつつある。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.25
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第二次世界大戦中、ポーランドにはドイツの強制収容所が存在していた。その象徴的な存在がアウシュビッツ(オシフィエンチム)の施設にほかならない。ユダヤ人、ロマ(かつてはジプシーと呼ばれた)、ソ連兵、心身障害者、同性愛者などが収容されていたが、9割程度がユダヤ人だったという。 その強制収容所は1945年1月27日、ソ連軍によって解放された。解放から80年目にあたる今年、ポーランドのアウシュビッツ・ビルケナウ国立博物館で記念式典が開催されたのだが、ポーランド政府はロシアの代表を排除している。 ドイツ軍は1941年6月にソ連侵略作戦、いわゆるバルバロッサ作戦を開始した。この作戦で東へ向かったドイツ兵は約300万人、西部戦線に残った兵士は90万人と言われている。ドイツ軍の首脳は西部方面を防衛するために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーがそれを退けたという。この非常識なヒトラーの「判断」は背後からイギリスなどが攻撃してこないことを「予知」していたからではないかと思える。 ドイツ軍は1941年7月にレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)を包囲、9月にはモスクワまで80キロメートルの地点まで迫る。ソ連軍は敗北し、再び立ち上がることはないと10月3日にアドルフ・ヒトラーはベルリンで語り、ウィンストン・チャーチル英首相の軍事首席補佐官で、後にNATOの初代事務総長に就任するヘイスティングス・イスメイは3週間以内にモスクワは陥落すると推測している。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) ソ連の敗北を予想しながら動かなかったイギリスが動き始めるのは、1942年11月にソ連軍がレニングラードで猛反撃に転じ、ドイツ軍25万人が完全に包囲され、43年1月に生き残ったドイツの将兵9万1000名が降伏した後だ。ドイツの敗北が決定的になり、慌てたということだ。 チャーチル英首相はフランクリン・ルーズベルト米大統領やフランスのシャルル・ド・ゴールと1943年1月にモロッコのカサブランカで急遽会談している。「無条件降伏」という語句が出てきたのは、この会談の時。ドイツの降伏を遅らせ、米英が軍事作戦を行う時間的な余裕が欲しかったのだろうと言われている。そして1943年7月に米英両国軍はシチリア島へ上陸、ハリウッド映画で有名になったノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は44年6月になってからだ。 ヒトラー率いるナチがドイツで実権を握ったのは1933年に国会議事堂が放火された後。ナチが実行したと見られているが、コミュニストの犯行だと宣伝され、それが成功したわけだ。この年の8月にシオニストはナチ政権との間でユダヤ系ドイツ人をパレスチナへ移住させることで合意している。「ハーバラ合意」だ。 ナチによる弾圧で少なからぬユダヤ人がヨーロッパから脱出したが、パレスチナへ向かった人は多くなかった。大半はオーストラリアやアメリカへ逃れたとされている。ヨーロッパの文化、風習、自然環境などに親しんだ人たちがそうした国へ逃れるのは当然だったが、それをシオニストは見通せなかったのだろう。大戦後、パレスチナに住むユダヤ人を集めるため、イラクなどでユダヤ人を狙ったテロ攻撃を実施している。 ナチはアウシュビッツだけで人びとを虐殺したわけではない。例えばウクライナではステファン・バンデラが率いていたOUNのバンデラ派(OUN/B)と手を組み、ユダヤ人、知識人、ロシア人、コミュニストなどを殺している。ウクライナでは、そのバンデラ派が2014年のクーデター以降、実権を握っている。そのウクライナをポーランド政府は支援してきた。 それに対し、ロシアのウラジミル・プーチン政権はウクライナからナチ勢力を一掃するとしている。その条件はロシアにとって譲れない。ドナルド・トランプ米大統領はロシアがウクライナでの戦闘で100万人を失い、西側の「制裁」で経済が破綻しているという前提でウクライナ問題を語っている。そうしたことを本当に信じているのだとすれば、彼の停戦案は相手にされない。ロシア政府は「ミンスク合意」の過ちを繰り返すことはないだろう。2022年2月以降に犠牲になったウクライナ兵は80万人程度、ロシア兵はその1割程度だ。 ロシアが苦境に陥っているという「御伽話」をトランプに吹き込んだ人物がいるとするならば、それはCIAの担当者か、彼がウクライナ担当特使に指名したキース・ケロッグ退役陸軍中将なのだと推測されている。 もし、トランプがそうした戦況を認識しているのだとすれば、そうした発言はカモフラージュで、ウクライナへの支援を止めて成り行きに任せるつもりかもしれない。そうした場合、1カ月程度でウクライナは戦争を継続できなくなる。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.30
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未成年の男女を欧米の有力者に提供する一方、その証拠を利用して脅し、コントロールしていたというジェフリー・エプスタインが拘留中に死亡したのは8月10日のことだったが、この死についても、彼が行ったとされる犯罪、その背後にある情報機関の工作、その情報機関を動かしている私的権力についての調査は進んでいない。 エプスタインが死ぬ前日に同房者はほかへ移動、問題の瞬間における監視カメラの映像は利用できない状態で、彼が死んだ時に担当の看守ふたりは過労で居眠りしていたとされている。 この説明が不自然だということもあり、口封じの為に殺されたと考える人は少なくない。シリアのバシャール・アル・アサド大統領も11月14日にロシアのテレビ局のインタビューで、エプスタインはアメリカやイギリスをはじめとする各国要人の秘密を知りすぎていたので殺されたと語っている。 それに対し、アメリカの公式見解では自殺とされ、ウィリアム・バー司法長官もその見解を支持している。長官は存在しないはずの監視映像を調べたらしい。 他殺だということになると実行犯は誰なのか、なぜ殺したのか、その背後関係はどうなっているのかといったことを調べざるをえなくなる。少なくとも報告しなければならない。現在、アメリカでは権力抗争が激しくなっているが、そうした調査は権力システムそのものを揺るがすことになる可能性が高く、避けたいだろう。 エプスタインの死因がどうであれ、彼の行っていたことは調べねばならないのだが、その調査が真剣に行われるようにも見えない。すでにビル・クリントン、ドナルド・トランプ、イスラエルの首相だったエフード・バラク、ハーバード大学のアラン・ダーショウィッツ教授、そしてイギリスのアンドリュー王子などの名前がエプスタインの「友人」として挙がっているのだが、それだけではないだろう。アサド大統領が言うように、アメリカやイギリスをはじめとする各国の要人だ。 すでに本ブログでも書いたことだが、エプスタインは今回と同じ容疑で2005年に逮捕されている。少なくとも未成年者に対する性的な犯罪であり、人身売買とも言えることが行われてきた。重大な犯罪のように思えるが、処罰は軽かった。 その時に事件を地方検事として担当したアレキサンダー・アコスタによると、エプスタインは「情報機関に所属している」ので放っておけと言われたという。 エプシュタインだけでなく、彼の妻だったギスレイン・マクスウェル、そのの父親であるミラー・グループの総帥だったロバート・マクスウェルはイスラエルの情報機関のエージェントだったと言われている。 その情報機関は「モサド」だと言われることが多いが、かつてイスラエル軍の情報機関の中枢にいたアリ・ベンメナシェによると、ロバート・マクスウェルはイスラエル軍の情報機関に所属、娘のギスレインやエプスタインも同じだという。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) このロバートは1960年代からイスラエルのために情報活動を続けていたと言われ、イラン・コントラ事件やソ連消滅の際にも名前が出てくる。そのロバートはソ連消滅の直前、1991年11月にカナリア諸島沖で死体となって発見された。 若い女性や男性を提供し、その事実を恫喝に使うという仕組みはエプスタインの前から行われていた。前任者と考えられているのは赤狩り時代にFBIのJ・エドガー・フーバー長官とジョセフ・マッカーシの間に入っていた弁護士のロイ・コーン。立場はマッカーシーの法律顧問だった。後にトランプの顧問弁護士になる人物だ。 コーンは禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールと「親子のように」緊密な関係にあり、犯罪組織のガンビーノ・ファミリーのメンバー、例えばジョン・ゴッチとも緊密な関係にあったとされている。 ローゼンスティールの同業者で親しい間柄だったのがサミュエル・ブロンフマン。その息子であるエドガー・ブロンフマンもイスラエルの情報機関とつながっていた、あるいは動かす立場にあったと言われている。 エプスタインの事件は強大な私的権力が世界を操る仕組みを暴く突破口になる可能性がある。フランクリン・ルーズベルトの定義によると、私的権力が世界を操るシステムはファシズムであり、民主化するためにはそのシステムの実態を暴き、破壊しなければならない。 エプスタインの犯罪行為を3年前にアメリカのネットワーク局ABCは知っていたことが明らかにされている。アンドリュー王子やクリントンらとの関係を強要されていたという女性の告発を聞いていたのだ。その告発者は裏づけになる写真を持っていたという。その告発は握りつぶされた。私的権力が世界を操るシステムを揺るがすような「報道」は許されないのだ。 ウォーターゲート事件で活躍したカール・バーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、「CIAとメディア」というタイトルの記事をローリング・ストーン誌に書いた。ワシントン・ポスト紙では書けなかったということだろう。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) その記事によると、20年間にCIAの任務を秘密裏に実行していたジャーナリストは400名以上に達し、そのうち200名から250名が記者や編集者など現場のジャーナリストで、残りは、出版社、業界向け出版業者、ニューズレターで働いていた。また1950年から66年にかけてニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供したとCIAの高官は語ったという。 しかし、その後、有力メディアの所有者は一部に集中、プロパガンダ色は濃くなっている。2001年9月11日以降、そうした傾向は強まり、今では「報道」から事実を探し出すことが難しくなっている。 偽情報を流しているわけだが、そうした実態を明らかにする情報を潰すことにも熱心だ。そうした作業を彼らは「ファクト・チェック」と呼ぶ。 そうした有力メディアが封印してきたアメリカ支配層の悪行を明らかにしたウィキリークスは攻撃されてきた。その創設者のひとりであるジュリアン・アッサンジはイギリスで拘束され、重大犯罪の容疑者が収容されるベルマーシュ刑務所へ入れられている。その重罪犯罪とは、アメリカの支配層にとって都合の悪い情報を公表したことだ。 その刑務所でアッサンジを尋問しているアメリカ人は国防総省、FBI、CIAに所属している人びとだと言われ、BZ(3-キヌクリジニルベンジラート)という薬物が使用されていると伝えられている。これを使うと幻覚を生じさせ、現実と幻覚を混乱させるほか、昏睡、物忘れなどを含む意識障害、あるいは運動失調症を引き起こすという。 現在、アッサンジは法廷で自分の名前を言うこともままならない状態のようで、検察官がアメリカ大使館員の指示に従っている光景も見られたと報告されている。そうした状態のアッサンジを速やかに入院させるべきだとする嘆願書を80名以上の医師がイギリスの内務省に対して提出した。 アメリカの支配システム下では、「言論の自由が危ない」というような脳天気なことを言っていられる状態ではない。むのたけじが「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭で「ジャーナリズムはとうにくたばった」と語ったのは1991年のことだった。
2019.12.07
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現在、軍事的な緊張が高まっているウクライナにおいて、アメリカをはじめとする西側の私的権力はステパン・バンデラの信奉者を手先として使っている。バンデラは第2次世界大戦の前、OUN(ウクライナ民族主義者機構)の一派を率いていた人物であり、その信奉者はネオ・ナチに分類されている。 OUNは当初、イェブヘーン・コノバーレツィに率いられていたが、1938年に暗殺されてしまう。アンドレイ・メルニクが組織を引き継ぐが、この新指導者は穏健すぎると反発したメンバーは反ポーランド、反ロシアを鮮明にしていたステパン・バンデラの周辺に集まり、1941年3月になるとメルニク派のOUN・Mとバンデラ派のOUN・Bに分裂する。ドイツ軍がバルバロッサ作戦を始める3カ月前のことだ。 このOUN・Bをイギリスの情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーが雇うが、その一方でドイツが資金を提供、バンデラの側近だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入った。 バルバロッサ作戦はドイツやイギリスの思惑通りには進まない。レニングラード攻略に失敗、モスクワも制圧できないまま1942年8月にドイツ軍はスターリングラードに突入するが、11月からソ連軍の猛反撃にあい、翌年の1月に降伏。これでドイツの敗北は決定的になった。それから間もない1943年春にOUN・BはUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を始め、その年の11月に設立された「反ボルシェビキ戦線」の中心的な存在になる。 世界大戦後、1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)になる。東アジアで1954年にAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)が組織されるが、このAPACLとABNは1966年に合体してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)になった。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986) MI6は戦後、反ソ連組織の勢力拡大を図る。ABNは中央ヨーロッパをカトリックで支配しようというインターマリウム構想の勢力と連合、バンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコが指揮する。1948年にアメリカでは極秘のテロ組織OPCが設立され、アルバニア対する工作を最初に行った。この組織とステツコたちは連携するが、ソ連のスパイだったMI6のキム・フィルビーからソ連側へ情報は伝えられていた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) アメリカでは1932年に大統領選挙があり、ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが勝利した。そのニューディール派を排除するためにウォール街の金融機関はクーデターを計画した。この事実は本ブログでも繰り返し書いてきたことだ。 クーデターを実行するにあたり、誰を司令官にするかで意見が割れたという。JPモルガンは自分たちに近いダグラス・マッカーサーを推したが、軍の内部で人望が足りないという意見が多数を占め、名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人、スメドリー・バトラーを選んだのである。なお、マッカーサーの結婚相手の母が再婚した人物はJPモルガンの共同経営者だったエドワード・ストーテスベリーだ。 バトラーはJPモルガンが懸念した通りに護憲派で、クーデター計画の内容を聞き出した上でカウンター・クーデターを宣言、議会で詳しく証言している。フランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」を参考、50万名規模の組織を編成して政府を威圧し、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。その一方、民主党の内部にはニューディール計画に反対する議員が「アメリカ自由連盟」を設立している。 バトラーはクーデター計画をフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに知らせ、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のために派遣する。フレンチは1934年9月にウォール街のメンバーを取材、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse, 2007) ウォール街の住人たちはアメリカ国内でクーデターを計画するだけでなく、資金をナチスなどへ提供している。そうした資金パイプのひとつがユニオン・バンキングという金融機関。1924年にプレスコット・ブッシュ(ジョージ・H・W・ブッシュの父親)とW・アベレル・ハリマンが創設した。ふたりを監督していたのはプレスコットの義理の父親にあたるジョージ・ハーバート・ウォーカーだ。1931年にプレスコットはブラウン・ブラザーズ・ハリマンの共同経営者になる。 ブラウン・ブラザーズの代理人を務めていたウォール街の弁護士事務所、サリバン・クロムウェルの共同経営者にはジョン・フォスター・ダレスとアレン・ダレスの兄弟も名を連ねていた。プレスコットはダレス兄弟とも知り合いだった。 戦争が終結すれば、ニューディール派はウォール街とナチスとの関係を追及しただろうが、1945年4月にルーズベルト大統領が急死、戦後にはレッド・パージで反ファシズム派が粛清されてしまった。 その一方、アメリカの私的権力はナチスの高官や協力者をラテン・アメリカへ逃すラットライン、そうした人々をアメリカ国務省やCIAが雇うブラッドストーン作戦、ドイツの科学者やエンジニアを雇うペーパークリップ作戦などが実行されている。 アメリカ政府がウクライナでクーデターを実行するためにネオ・ナチを使ったのは必然だった。それだけでなく、私的権力は侵略にさまざまな手先を使っている。例えば、ヨーロッパやラテン・アメリカではネオ・ナチ、中東から東アジアにかけての地域ではサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団といった具合だ。中国の周辺では少数民族も使われる。日本は明治維新以降、基本的に、アメリカやイギリスの手先として活動してきた。その構造は本ブログでも繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。
2021.12.27
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イスラエル軍は4月1日、シリアのダマスカスにあるイラン領事館をゴラン高原の方向から空爆、IRGC(イスラム革命防衛隊)の特殊部隊と言われているコッズのモハマド・レザー・ザヘディ上級司令官と副官のモハマド・ハディ・ハジ・ラヒミ准将を含む将校7名を殺害した。 その報復としてイランは4月13日午後にイスラエルを300機以上と言われるカミカゼ・ドローンと中距離弾道ミサイルで攻撃した。レバノンのヒズボラやイラクのカタイブ・ヒズボラも支援のためにイスラエルを攻撃したようで、ネゲブ砂漠にあるイスラエルのラモン空軍基地とハツェリム空軍基地も標的に含まれていた。ハツェリム基地とラモン基地、それぞれ7機のミサイルが命中したと伝えられている。 イランのメディアはミサイルやドローンがイスラエルの目標に着弾する瞬間を映したとされるいくつかの映像をインターネット上に公開、その中にはイスラエル南部のネゲブ砂漠を攻撃したものだとされている。攻撃の際、ヨルダンは非常事態を宣言してイスラエルの戦闘機に空域を開放、イランはイスラエルの防空システムをハッキングしたという。 4月13日早朝、IRGCの特殊部隊がホルムズ海峡でゾディアック・マリタイム社のコンテナ船、MSCエリアスを拿捕した。この会社はイスラエルの富豪、エーヤル・オファーが所有するゾディアック・グループに含まれている。イランはこの拿捕によって、アメリカ側の対応次第ではホルムズ海峡を封鎖すると警告したのだろう。そうした事態になれば当然のことながら、石油相場は暴騰し、世界経済は混乱に陥る。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンは今回のイスラエルに対するイランの攻撃について、イスラエルの防空システムを圧倒する膨大な数の無人機、ロケット弾、ミサイルを発射できることをイランは示したのだと指摘しているが、最大限の攻撃には程遠いともしている。つまり、イスラエルに対する警告に過ぎないということだ。 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ大統領はガザで住民を虐殺、その虐殺をアメリカ、イギリス、ドイツなど西側諸国は支援してきた。こうした国々はダマスカスのイラン領事館に対するイスラエルの攻撃を黙認している。イランがこうしたイスラエルの行為に怒り、軍事攻撃してきたならばアメリカ軍を引き摺り込めるとネタニヤフは考えていたのかもしれないが、ジョー・バイデン政権はイランとの戦争でイスラエルに加担することを拒否したと伝えられている。 イスラエルのためにロシアと核戦争するつもりはないということなのかもしれないが、1986年10月にサンデー・タイムズ紙が掲載したモルデカイ・バヌヌの内部告発によると、その当時、イスラエルは150から200発の核弾頭を保有、それだけでなく、水素爆弾をすでに持ち、中性子爆弾の製造も始めていたという。 後にジミー・カーターはイスラエルが保有する核兵器の数を150発だと発言(BBC, May 26, 2008)、イスラエルの軍情報機関ERD(対外関係局)に勤務、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経歴を持つアリ・ベンメナシェによると、1981年時点でイスラエルがサイロの中に保有していた原爆の数は300発以上に達し、水爆の実験にも成功していたという。(Seymour M. Hersh, "The Samson Option", Faber and Faber, 1991)
2024.04.15
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アメリカのジョー・バイデン大統領は4月24日、ウクライナ、イスラエル、台湾への援助を含む950億ドルの軍事援助法案に署名した。当初は難色を示していた共和党も4月20日、下院で民主党と同じように承認していた。このうち608億ドルはウクライナ向けだ。内訳はアメリカの兵器在庫を補充するために232億ドル、ウクライナ向け兵器システムの購入に138億ドル、そしてウクライナ周辺でアメリカが実行している軍事作戦に113億ドルだという。私服を肥やしていると西側でも批判されているウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はマイク・ジョンソン下院議長に感謝を表明している。 今回の支援法案の目玉は、最大射程距離300キロメートルの戦術ミサイルシステム「ATACMS」だとされ、国防総省のガロン・ガーンによると、バイデン大統領は2月、ウクライナ領内で使用するミサイルの譲渡を密かに承認し、ミサイルは4月初めにウクライナへ引き渡されたとされている。すでに100機を極秘輸送、ウクライナ軍は4月17日、クリミア半島の飛行場を攻撃した際に使用されたとも言われている。今後、攻撃範囲をクリミアやロシア内部へ広げてロシア市民を殺害、ロシア国内に政府に対する怒りの声を高めようとしているのだろう。 イギリス軍のトニー・ラダキン参謀総長はロシア内部への攻撃が強化されると発言しているが、同国はウクライナへ5億ポンド(6億1700万ドル)相当の軍事支援を発表した。これには長距離ミサイル「ストームシャドウ」が含まれている。 本ブログですでに書いたことだが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領はNATOの地上軍をウクライナへ派遣すると口にし、フランス軍部隊約1000名がオデッサへ入ったと伝えられている。さらに同程度の部隊が送り込まれる予定だともいう。セルゲイ・ナリシキンSVR(ロシアの連邦対外情報庁)長官は3月19日、フランス政府がウクライナへ派遣する部隊を準備しているとする情報を確認、初期段階では約2000人を派遣する予定だとしていた。 しかし、こうした軍事支援で戦況が大きく変化することはないと見られている。アメリカ政府はウクライナでの軍事作戦を立てるため、「プロジェクト・メイブン」と名付けられたAIを利用しているというが、これも失敗に終わった。 メイブンは以前から知られている軍事用AIだが、実際に使われたようだ。このAIはウクライナでロシア軍が負けると分析したようだが、結果は全く違った。単純なルールに基づくゲームとは違い、多くのファクターが複雑に絡みあう戦争では有効でない。核戦争のリスクを冒してのテストのつもりかもしれないが、アメリカ軍はベトナム戦争でも戦況の分析にコンピュータを使い、敗北している。 アメリカではウクライナに対する資金援助を目的とし、凍結しているロシアの資産を没収する動きもあるが、これは米英を中心とする金融システムにとって自殺行為とも見られている。このシステムが信頼できないことを示す行為であり、国際金融秩序は崩壊するからだ。日本はアメリカの財務省証券を購入しているが、日本の官僚や政治家はその資産が自国へ戻ってくるとは思っていないだろう。彼らは「絵に描いた餅」で満足している。損するのは何も知らされていない日本の庶民だ。【参考】櫻井ジャーナル「独の長距離ミサイルでクリミア橋を攻撃する計画を独空軍は米太平洋空軍に伝達」
2024.04.26
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韓国の韓正副主席が9月6日から8日までモンゴルを訪問、7日には同国のロブサンナムスライ・オユン-エルデネ首相と会談した。両国関係の深化、協力の拡大について話し合われ、韓副主席はエネルギーやインフラの建設での協力などを求めたという。 韓副主席はその直前、EEF(東方経済フォーラム)へ出席するためにロシアを訪問、4日にはウラジミル・プーチン大統領と会談、その際、ロシア極東地域の発展と協力を積極的に支持、そして参加すると語ったという。中国東北部の活性化とロシアの極東開発を連携させようということだが、それだけでなく中国、モンゴル、ロシアを結ぶ経済回廊を加速させて人の交流も盛んにしようとしている。 ロシアのプーチン大統領は9月2日、モンゴルのウランバートルにあるチンギスハーン国際空港に降り立ち、歓待を受けた。歓迎レセプションでは儀仗兵と伝統的なモンゴル騎兵隊に扮した騎馬隊が登場、両国の国歌が演奏され、プーチン大統領は少女から赤いバラの花束を贈られている。 プーチン大統領はモンゴルのウフナーギン・フレルスフ大統領をカザンで開かれるBRICS首脳会議に招待、フレルスフ大統領は招待を受け入れることを確認した。この首脳会議は10月22日から24日にかけて開催される予定だ。 ICC(国際刑事裁判所)は3月17日、ロシアのウラジミル・プーチン大統領と子どもの権利オンブズマンであるマリア・リボバ-ベロバに対する逮捕令状を発行した。子どもを「ウクライナから強制移住させた」ことが理由だというが、実態は違う。ウクライナ軍によるドンバス攻撃が切迫する中、子どもを含む住民を避難させたのだ。これを犯罪行為だとICCは主張、モンゴル政府に対してプーチン大統領を逮捕するように求めたものの、無視された。 本ブログでも指摘したことだが、ウクライナでは人身売買が横行、子どもの売買で重要な役割を果たしていると疑われている慈善団体が存在する。ウォロディミル・ゼレンスキーの妻、エレナ・ゼレンスカヤの財団だが、ICCは問題にしていない。 フランス人記者のロベル・シュミットの調査によると、未成年の子ども数十人がウクライナから連れ出されて、その多くが性的搾取を稼業とする犯罪組織に引き渡されたとする元財団従業員の証言がある。ゼレンスカヤの財団がフランス、イギリス、ドイツの小児性愛者へ子どもを組織的に引き渡していたことを示す内部文書をシュミットは入手したともいう。 衰退しつつある帝国アメリカは民主主義を装う余裕をなくした。有力メディアを支配下においてプロパガンダ機関化し、事実を伝える人や団体を露骨に弾圧しているのもそのためだ。刑務所で拘束されたり金融口座を閉鎖されたジャーナリストも少なくない。中には獄中死した人もいる。ICCのような国際機関がアメリカに操られていることも明確になってしまった。アメリカを中心として支配システムは崩れ始め、新たな仕組みが築かれようとしている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.09.10
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アル・カイダ系武装集団のハヤト・タハリール・アル・シャム(HTS)数千人が11月27日にシリア軍を奇襲攻撃、ハマの制圧には失敗したものの、アレッポの全域に戦闘員が入ったと言われている。 2022年当時からウクライナへ西側諸国が供与した武器弾薬の一部が中東へ横流しされていると言われていたが、11月初旬、ウクライナ情報機関はHTSに武器と資金援助を提供したとも伝えられていた。 それに対してシリア軍の支援部隊が11月29日にアレッポへ到着、ロシアとシリアの空軍も反撃を開始したという。そうした空爆で、HTSの指導者とされるアブ・ムハンマド・アル・ジュラニがイドリブにある拠点で会議中にで死亡、その際にトルコやウクライナの将校も死亡したと伝えられている。シリア政府はHTSの戦闘員1000名が戦死したとしているが、数百人は殺されたようだ。ただ、トルコのハカン・フィダン外相はHTSの攻撃に関与していないとしている。 ウクライナ軍は今年8月6日にも似たことを行なっている。1万人から3万人ほどの兵力でロシアのクルスクへ軍事侵攻したのだ。原子力発電所を制圧することが目的だったとも言われているが、この作戦にはイギリス、フランス、ポーランドの特殊部隊、そして各国から集められた傭兵が参加、作戦を立案したのはイギリス軍だとされていた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、アメリカとイギリスはウクライナに対し、クルスク地域に関する衛星画像やその他の情報を提供したと報じている。 クルスクを攻撃した目的は原発の制圧だけでなく、ロシア軍が進撃を続けているドンバスの戦況を変えることにあったと考える人もいた。ロシア軍がドンバスから一部の部隊をクルスクへ移動させることを期待したというのだ。それによってドンバスにおけるロシア軍の圧力を弱められると考えたのだろうが、結局、軍事の専門家が予想していたように、ウクライナ軍はクルスクで壊滅的な打撃を受けている。 HTSの奇襲攻撃がレバノンでの停戦開始に合わせ、11月27日に実行されたことも注目されている。その前、11月20日にはイスラエル軍がアメリカ軍の協力をえてパルミラを攻撃、その際にイスラエルの戦闘機はシリア東部にアメリカ軍が違法建設したアル・タンフ基地から発進したという。 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めたウェズリー・クラークによると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されてから10日ほど後、彼は統合参謀本部で見た攻撃予定国のリストを見たという。そこにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランが記載されていた。(3月、10月) ネオコンは1980年代からイラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を築き、シリアとイランを分断して個別に壊滅させようとしていた。シリアのバシャール・アル・アサド政権を倒せばレバノンを拠点にするヒズボラへの補給ルートを断ち切ることができるとも考えていたようだ。ヒズボラは壊滅していないが、それだけでなくイスラエルは苦境に陥っていた。今回、シリアが攻撃された理由にひとつはそこにあると推測する人もいる。 ところで、イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックが05年7月に主張したように、「アル・カイダ」はCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだ。HTSがアメリカやウクライナの情報機関に命令されて攻撃を始めた可能性はある。 イギリスの情報機関MI-6のリチャード・ムーア長官は11月29日、パリのイギリス大使館でフランスの情報機関DGSE(対外治安総局)ニコラス・ラーナー長官を前にして、配下のエージェントがウクライナでロシアに対する秘密工作を行っていると認めた。 ちなみに、アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターによると、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はMI-6のエージェントであり、ハンドラーはムーア長官である可能性が高い。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.12.02
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