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アメリカ政府の特使、スティーブ・ウィトコフとジャレッド・クシュナーが9月5日、モスクワのブヌーコボ空港に到着、ロシア大統領特別代表を務めるキリル・ドミトリエフの出迎えを受けた。その直前、ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官はアメリカ政府に対し、現実を素直に受け入れなければならないと警告している。ロシア大統領府が9月5日に発表したところによると、この訪問に合わせ、ウラジミル・プーチン露大統領はキエフへの攻撃を3日間停止するように命じた。 ウィトコフとクシュナーは外交の素人であり、特使に任命されてから行ったことはインサイダー取引くらいだと陰口を叩く人もいる。ふたりはウクライナ戦争を終結させるための提案をモスクワへ持ち込むとされているが、今回の訪問で和平が実現すると考えている人は多くないだろう。2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用してキエフでクーデターを成功させた直後からプーチン政権は話し合いでの解決を模索してきたが、それを欧米諸国は拒否してきた。特に好戦的だったのはイギリス政府である。 イギリスをはじめとするヨーロッパの好戦的な国々はロシアの飛び地であるカリーニングラードに対する攻撃を匂わせ、ロシアを挑発している。そのカリーニングラードへ大型輸送機のAn-124が飛来、2日間滞在した後、9月3日にサンクトペテルブルクへ戻ったという。ベラルーシへ中距離弾道ミサイルのオレシュニクを運んだ時に使われたケースがあるため、オレシュニクや短距離弾道ミサイルのイスカンデルのような強力な兵器が持ち込まれたのではないかと推測する人もいる。 すでにロシア軍はキエフやオデッサにあるNATO諸国の企業も攻撃し始めていることから、ウクライナ向けの兵器を製造しているNATO諸国の工場を攻撃したとしても不思議ではない。 NATO/ウクライナは2014年2月から22年2月にかけてのミンスク停戦期間中にキエフのクーデター政権の戦力を増強した。クーデター軍に兵器を供与、将兵を訓練、ヒトラーユーゲント的な組織で年少者に対する戦闘訓練と思想教育を施す一方、要塞線を築いている。その中核がマリウポリ、ソレダル、マリーインカ、アブディフカの地下要塞だが、マリウポリとソレダルは2022年に、またマリーインカとアブディフカは23年にそれぞれ陥落。それでも要塞線は存在していたが、戦略的に重要な工業都市のコスティアンティニフカをロシア軍が今年に入って制圧、勝敗は決したとみられている。 NATO諸国は一発逆転を狙ったギャンブル作戦を繰り広げているが、成功していない。昨年12月28日から29日にかけて91機のドローンがモスクワ北西部のノブゴロド州にある大統領公邸を攻撃した。 ロシア軍は29日に撃墜されたドローンの航法装置を調査、飛行計画を含むファイルを取り出すことに成功している。そしてドローンの最終目的地がロシア大統領官邸内の施設のひとつであったことを突き止め、そのデータはアメリカ側に提出されたという。 プーチン大統領の暗殺を狙ったということだが、こ右下作戦を実行するためにはドローンを誘導する衛星が必要であり、プーチン大統領の行動に関する情報も入手する必要がある。ロシア側の主張が正しければ、つまりアメリカやイギリスの情報機関が関与していた可能性が高い。この出来事はロシア政府が外交的な解決を断念する要因のひとつだともみられている。8月25日にジョン・ラトクリフCIA長官がモスクワを訪問したのはロシアから見ると挑発以外の何ものでもない。ロシア政府から相手にされなかったのは当然だ。 NATO諸国の内部は現在、ウクライナをめぐって対立が生じている。そのひとつの現れがSBU(ウクライナ安全保障庁)とGUR(ウクライナ国防省情報総局)の対立。9月3日朝にはGUR側に死傷者出た。その背景にはオレクサンドル・ポクラドSBU長官代行と今年1月までGURの総局長を務めていたキリロ・ブダノフの対立があると言われている。 2014年2月のクーデター直後、SBUはCIAの管理下に入ったが、2019年5月に大統領となったウォロディミル・ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関MI6の指揮下にあり、その後、SBUはゼレンスキー派、つまりMI6が支配するようになった。それに対し、CIAの訓練を受けたブダノフはCIAがついているとみられている。その対立は資金源、例えば詐欺の拠点である「コールセンター」事業の支配権をめぐる争いという側面もある。 ロシアとの戦争に最も熱心な国がイギリスだということは2022年の段階で判明している。この年の2月、NATOによるドンバス(ドネツクとルガンスク)への攻撃を察知したロシアはウクライナに対するミサイル攻撃を開始、ドンバス周辺に集結していたウクライナ軍、ウクライナ各地の軍事施設や生物化学兵器の研究開発施設を攻撃するが、すぐに停戦交渉が始まり、ほぼ合意に達する。仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話した。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。 その3月5日にSBUはキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。ウクライナの国会議員、フョードル・ベニスラフスキーによると、キリーエフ暗殺に関与したSBUのアレクサンダー・ボバは今回のGURメンバー殺傷事件にも関係、拘束されたという。 2022年の停戦交渉はトルコ政府も仲介、やはり停戦でほぼ合意に達していた。その際に仮調印されているのだが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。 それに対し、イギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、戦争を継続するようウォロディミル・ゼレンスキー大統領(当時)に命令、停戦合意は壊された。2022年4月9日のことだ。(ココやココ) ゼレンスキーは2020年10月にイギリスを公式訪問したが、その際、MI6の長官だったリチャード・ムーアを非公式に訪問している。アメリカ海兵隊の元情報将校で、UNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターが製作したドキュメンタリーによると、ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はMI6長官を務めていたリチャード・ムーアだと推測されている。ゼレンスキーの周囲で警護している要員はイギリス人だとも言われている。 CIAの前身であるOSSはMI6を教官役として組織されたが、いずれも背後に存在しているのは金融機関。MI6にしろCIAにしろ、情報機関は金融機関が政府を操る仕組みとして機能している。イスラエルのモサドもこの2機関と緊密な関係にある。 つまり、MI6、CIA、モサドは近い関係にあるのだが、ウクライナをめぐっては対立しているようだ。情報機関の背後にいる私的権力の利害が対立しているのだろう。負け戦になると分裂が始まる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.06
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アメリカ軍は8月30日にドローンでララク島を攻撃、9月1日にはシリクで開かれていた結婚式の会場が狙われた。ララク島が攻撃された直後に2名が殺され、2名が負傷と報告され、結婚式に参加していた市民のうち少なくとも5名が死亡、70人以上が負傷したと報じられている。目撃者によると、結婚式に参加するため数十人の住民が集まっていた。 結婚式で殺された人のうちふたり、また負傷者のうち19人以上が10歳未満の子どもだ。この攻撃がアメリカ軍によって行われ、3機のミサイルが使われたことが確認されている。いわゆるトリプル・タップであり、救助の駆けつける人も殺そうとしている。 ロイターによると、兵器専門家による画像と映像の分析からミサイルが屋根に命中した可能性が高く、イラン側が発射した防空ミサイルではなく、アメリカ軍のものである可能性が高いという。イスラエル軍はガザで女性や子どもを意図的に殺しているが、アメリカ軍も同じことをしているようだ。 アメリカ軍とイスラエル軍は2月28日にイランを騙し討ちにして最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。 その際、イランのミナブ女子小学校も攻撃され、168名から180名が殺されたが、その大半は7歳から12歳の少女。この時も攻撃は繰り返し数度あり、最初の攻撃で生徒たちが避難した礼拝堂も狙われている。最初の攻撃で人びとを一カ所に集め、救助隊もろとも殺す計画だった可能性が高い。この時もダブル・タップ攻撃、あるいはトリプル・タップ攻撃だ。この殺害はカルト的な「儀式」で、生徒たちは生贄になったとする人もいる。 アメリカ軍が攻撃する前、イランとオマーンは3週間にわたってホルムズ海峡の通航管理を誰が担うかについて水面下で交渉、航行の管理や通航船舶からのデータ収集を行う「共同調整センター」の設置について両国は合意に近い段階にあったという。 新たな管理体制によると、ララク島の周辺海域やオマーン領海を通る暫定ルートを廃止、新たな水路へと切り替えることが想定されているため、アメリカ軍が攻撃したララク島はホルムズ海峡の通航をめぐるイランとオマーンの共同管理体制において地理的かつ行政的な中枢をなす場所だと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは指摘している。この新管理体制が始動すれば、アメリカは排除される。その管理体制をアメリカは認めないという意思を示したとも考えられている。 今回のアメリカ軍による攻撃に対し、IRGC(イスラム革命防衛隊)は数時間後に報復攻撃を開始した。まずヨルダンにあるアメリカ海兵隊のキャンプ・ティティンへ弾道ミサイルを発射、ついでクウェートのアリ・アル・サレム空軍基地にあるアメリカ軍の司令部などをミサイルやドローンで攻撃し、相当数のアメリカ軍の要員が死亡したという。 さらにイラクのクルド人自治区にあるアメリカ軍の基地もIRGCは攻撃。アラブ首長国連邦にあるアル・ダフラ基地やアル・ミンハド基地にあるアメリカ軍のレーダーシステムや軍事拠点も目標にし、ホルムズ海峡上空ではアメリカ軍のドローン、MQ-9を撃墜したという。ヨルダンのキング・フセイン空軍基地やアル・アズラク空軍基地やアメリカ中央軍の前方司令部と位置付けられているカタールのアル・ウデイド空軍基地も標的だったとされている。 ドナルド・トランプ米大統領は8月11日、アメリカがホルムズ海峡を「完全に支配」、「今後も維持するつもりだ」と宣言した。アメリカ海軍による封鎖は「鋼鉄の壁」であり、それに対して「イランに打つ手はない」としていた。8月14日になると「ホルムズ海峡は我々のもの」であり、海峡をアメリカの領土だと宣言するとまで言った。 トランプによると、海峡は自由に航行でき、石油で満ちているはずだが、現在、ホルムズ海峡を航行している船舶はほとんどなく、今回のアメリカ軍による攻撃は西アジア情勢をさらに悪化させることは不可避である。タッカー・カールソンのように、ドナルド・トランプ大統領がイランに核兵器を落とすのではないかと懸念する人もいる。 トランプの主張が正しいならば、イランを攻撃する必要などないはずだが、攻撃した。アメリカ軍がイランを攻撃する前日、イランのアッバス・アラグチ外相は日本にある軍事資産をアメリカ軍が使っていると共同通信の取材で発言している。「平和を愛する日本国民はアメリカが犯した犯罪について日本政府に責任を問うべきだ」と語ったというが、日本人の大多数はそうしたことを考えていない。明治維新以降、マスコミと教育で国民は考えないように飼育されてきた。その手先になってきた日本の「エリート」はアメリカに従属することで自らの富と地位を維持しているのである。 アラグチがインタビューを受ける前、イギリスの「UKディフェンス・ジャーナル」誌は三沢基地に駐留するアメリカ軍のF-16戦闘機が3月と4月に中東へ派遣されたと伝えている。言うまでもなくイランとの戦争に参加するためだ。アラグチが日本政府の戦争責任を問うのはそのためだ。これまでイランは日本に対して好意的な姿勢を示してきたが、日本政府はその関係を壊そうとしている。 日本の経済にとって重要な国であるロシアや中国を敵視する政策を日本政府が推進しているのはアメリカの支配層からの命令があるからだ。この仕組みは明治維新から続いている。徳川時代の余韻が残っている時期はブレークがかかっていたが、今はブレーキが存在しない。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が発表され、大きな事件が立て続けに引き起こされた1995年以降、日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む作業が本格化した。 1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件された。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されて瀕死の重傷を負う。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載されたが、それは日本政府を脅す代物だった。その記事はJAL123便が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づいて書かれている。その中で自衛隊の責任を強く示唆している。 国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。 専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていたが、すでにそうした配慮は放棄されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.05
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日本政府全権の重光葵と大本営全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリで降伏文書に調印したのは昭和天皇(裕仁)がラジオを通じて「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表してから18日後、1945年9月2日のこと。これによって日本の敗北が正式に決まったのだが、この時、すでにアメリカやイギリスはソ連と戦争を始めていた。 ウォール街と対立、反植民地を掲げていたニューディール派のフランクリン・ルーズベルト米大統領は帝国主義者のウィンストン・チャーチル英首相と敵対、むしろソ連のヨシフ・スターリン共産党書記長と親しくしていた。そのルーズベルトは1945年4月12日に急死、その翌月にドイツが降伏すると、チャーチルはソ連に対する奇襲攻撃の作成を合同作戦本部(JPS)に命じた。そして5月22日にアンシンカブル作戦が提出される。 その作戦によると、攻撃を始めるのはその年の7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦が実行されなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからだ。拒否した理由のひとつはソ連がまだ降伏していなかった日本と手を組むことを恐れたからだとも言われている。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) 原子爆弾の開発も計画を実行に移さなかった理由のひとつかもしれない。1945年7月16日にアメリカはニューメキシコ州のトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験を行い、成功。ハリー・トルーマン大統領は原子爆弾の投下を7月24日に許可、26日にアメリカ、イギリス、中国はポツダム宣言を発表、8月6日に広島へウラン型原爆が投下され、その3日後に長崎へプルトニウム型原爆が落とされている。 ソ連に対する核攻撃に執着していたチャーチル首相は1941年11月にベンガルで焦土作戦を打ち出した。1939年にノモンハンでソ連軍に惨敗した日本軍が南進に転じたことを受けてのことだ。日本軍の食糧にしないということで、イギリスはサイロや倉庫から種籾を含む全ての米を押収し、輸送手段を奪うために漁民の船や自転車を取り上げた。 その作戦を推進中の1942年10月にベンガル地方はサイクロンに襲われ、農作物が大きな打撃を受け、死傷者が出た。食糧不足は避けられない状態になって飢餓が見通されたのだが、イギリスは米の運び出しを続けた。チャーチル首相は1943年1月、イギリスの食糧と資源の備蓄を強化するため、インド洋で活動していた商船を全て大西洋へ移動させた。(Madhusree Mukerjee, “Churchill’s Secret War,” Basic Books, 2010) 1943年10月には現地の提督からチャーチル首相に対し、政策の継続は大惨事を招くという警告の電報が打たれ、イギリス下院では満場一致で食糧を送ると議決したが、それを首相は無視。食糧を送るというルーズベルト大統領の提案も拒否した。 その結果、ベンガルでは1943年から44年にかけて大規模な飢饉が引き起こされ、餓死者の人数はベンガル周辺だけでも100万人から300万人に達したと推計されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.04
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アメリカはウクライナでロシアに敗北、西アジアではイランに敗北しつつあり、エネルギーや食糧の供給連鎖が麻痺、西側世界は危機的な状況に陥っている。 安価なエネルギー資源を供給できるロシア、そして巨大なマーケットを抱える中国との関係を破壊、良質な水を手に入れられるにもかかわらず農業を破壊してきたのが日本は中でも深刻な状態だ。ロシアや中国のような国とは違い、自給自足が不可能だからだ。 そうした狂気の政策を進めている日本が支援しているウクライナは壊滅的な状況にある。言うまでもなく、ウクライナを壊滅的の状態にしたのはNATO諸国にほかならないのだが、そのうちアメリカはウクライナの敗北を見通し、すでに距離を置こうとしている。前面に出ているのはヨーロッパ諸国だ。その中でもイギリス、フランス、ドイツが最も強硬な発言を続けているが、軍事力にしろ経済力にしろ中身はない。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、NATO/ウクライナ軍によるロシア深奥部の民間施設への攻撃、そしてロシア産穀物輸出の約4分の1が通過するアゾフ海における船舶への攻撃への報復として、ロシア軍はオデッサをはじめ黒海に面した港を封鎖、黒海を回避した輸送ルートのドナウ川に面したレニ港やイズマイル港もロシア軍は破壊、さらにキエフなどへの攻撃を激化させた。 攻撃目標の中にはNATOの地下司令部やショッピング・センターの地下倉庫を改造したドローンの組み立て工場、そのショッピング・センターを出入りしてドローン発射に使われている配送用トラックも含まれている。 ロシア軍に攻撃を激化させたのはNATO/ウクライナ軍にほかならない。ウラジーミル・ゼレンスキーが言うところの「40日間作戦」が原因である。NATO/ウクライナ軍はドローンを用いてロシアの石油産業を攻撃し、さらにクリミア、モスクワ、サンクトペテルブルクの電力施設、そしてアゾフ海と黒海にあるロシアのすべての船舶や港湾施設を目標にした。そしてワイルドベリーの倉庫などの民間施設に対する攻撃する。 この攻撃が始まるまでロシア軍は攻撃目標を軍事施設や工業施設に限定、民間施設への攻撃は避けていた。攻撃の頻度も限定的で、キエフも平穏。オデッサ港を出入りする船舶は安心して航行できた。住民は食糧もエネルギーを心配する必要もなかった。そうしたロシア政府の方針を40日間作戦は変えてしまったのだ。ウクライナ軍の前線部隊に対する補給が困難になっただけでなく、街中の店から商品が消えている。このまま進むと人びとが冬を越すのは難しい。 すでにウクライナでの戦争はNATO軍が主力になっている。NATOが兵器を持ち込み、NATO軍の将兵が監督、アメリカの衛星が提供する情報に基づき、その衛星に誘導されたミサイルやドローンでロシアを攻撃しているのが実態だ。ウクライナの軍や親衛隊はゾンビ状態だと言えるだろう。そのゾンビ組織の内部で抗争が起こっている。 9月2日の夜からキエフ市街でSBU(ウクライナ安全保障庁)のメンバーとGUR(ウクライナ国防省情報総局)のメンバーが銃撃を繰り広げ、GURのひとりが死亡、ふたりが負傷したと伝えられている。銃撃事件の発端は、その1週間前にRDK(ロシア義勇軍)のステパン・カプルノフ副司令官が拉致されたことにあるという。 現地では詐欺の拠点になっているコールセンターの支配権をめぐるオレクサンドル・ポクラドSBU長官代行と今年1月までGURの総局長を務めていたキリロ・ブダノフの対立だった囁かれている。 現在、大統領府長官を務めているブダノフは8月28日に放送されたインタビューの中で、ウクライナ軍の戦力を維持するためには少なくとも毎月3万人を動員しなければならないと語ったが、これはNATO/ウクライナの公式発表とは違い、事実に近い。 ウォロディミル・ゼレンスキーの命令でポクラドがブダノフの影響力を弱めようとしているという見方もあるが、ブダノフはCIAの訓練を受けた人物であり、SBUは2014年2月のクーデター以降、CIAの管理下にある。 銃撃戦が起こった正確な理由は不明だが、いずれにしろウクライナが組織として機能していないことが原因だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.03
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1923年、つまり今から103年前の9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた。家屋が倒壊しただけでなく、大規模な火災が発生して大きな損害を受けている。被災者は340万人以上に及び、死者と行方不明者を合わせると10万5000名から14万3000名、損害総額は55億から100億円(現在の貨幣価値に換算すると4兆円から7兆円)に達したと言われている。その復興資金の調達を日本政府はJPモルガンに頼ったが、この銀行はロスチャイルドからスピンオフした金融機関。それ結果、このJPモルガンは日本の政治経済に大きな影響力を持つことになる。 JPモルガンの創業者であるジョン・ピアポント・モルガンの父親であるジュニアス・スペンサー・モルガンはジョージー・ピーボディーとロンドンで銀行を経営していたが、1857年に業績が悪化する。その苦境を救済したのがピーボディーと親しかったロスチャイルド一族。ピーボディは1864年に引退し、ジュニアス・モルガンが率いることなった。その銀行でジュニアスの息子、ジョン・ピアポント・モルガンも働くようになるが、そのジョンをロスチャイルドは自分たちのアメリカにおける銀行の代理人に据えた。 ジョン・ピアポント・モルガンは1913年3月に死亡、息子のジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア(通称ジャック)が引き継ぎ、アメリカの金融界、いわゆるウォール街の大立者になる。関東大震災当時のJPモルガンを率いていたのはジャックだ。 そのウォール街を揺るがす出来事が1932年にあった。大統領選挙でロスチャイルドに操られていた現職のハーバート・フーバーがニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。そこでウォール街の大物たちはニューディール派を排除するためにクーデターを計画するのだが、これは海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将によって阻止された。バトラー少将は名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人だ。 バトラー少将によると、1933年7月に在郷軍人会の幹部ふたり、ウィリアム・ドイルとジェラルド・マクガイアーが彼の自宅を訪問したところから話は始まる。(Public Hearings before the Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session) シカゴで開かれる在郷軍人会の大会へ数百人の退役兵士を引き連れて参加し、演説して欲しいと要請、必要な経費を負担するということだった。ふたりは演説の原稿を置いて帰った。その原稿には金本位制への復帰を求める文言が含まれていた。 似た動きは日本でもあった。1930年1月、浜口雄幸内閣は金本位制への復帰を決めているのだ。このときの大蔵大臣、井上準之助は当時の日本で最もJPモルガンに近い人物だと言われている。1920年に対中国借款の交渉を井上は行っているのだが、この過程でJPモルガンと親しくなったのだという。井上は緊縮財政を推進するが、これも巨大金融資本の意向に沿うものだ。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年) こうした政策によって日本では不況は深刻化、庶民は経済的に厳しい状況におかれる。東北地方で娘の身売りが増えたのもこの頃のことだ。こうした経済政策を推進した浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃され、翌年の8月に死亡、32年2月には井上が本郷追分の駒本小学校で射殺されている。そして1936年2月26日、陸軍の在京部隊約1500名が決起した。二・二六事件だ。 アメリカ大統領だったフーバーは任期を終える直前、1932年に大物を駐日大使として日本へ送り込む。ジョセフ・グルーだ。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻である。しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。 グルー夫妻は皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたり、岸もグルーと親しい関係にあった。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。秩父宮が二・二六の将校を支持していたとは思えない。 ところで、3度目の訪問時、マクガイアーはスポンサーのひとりがグレイソン・マレット-プレボスト・マーフィだということを明かす。この人物は在郷軍人会を創設したメンバーのひとりだが、ウォール街で証券会社を経営し、ギャランティー・トラストの重役でもあった。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse Publishing, 2007) ウォール街からの訪問者はドイツのナチやイタリアのファシスト、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。50万名規模の組織を編成して政府を威圧、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。一種の摂関政治だ。このシステムを導入するため、ウォール街の住人たちは在郷軍人会を動員してホワイトハウスを恫喝しようとしていた。マクガイアーたちの目的は金本位制の復活であり、失業対策として彼らが考えていたのは強制労働収容所にすぎなかった。 ウォール街の大物たちはパリでクーデターの指揮官を選定、軍の内部で圧倒的な人望があったバトラーが選ばれたのだが、JPモルガンが考えていた人物は陸軍参謀長を務めていたダグラス・マッカーサーだった。 この軍人が結婚した女性はルイス・クロムウェル・ブルックス。その母、エバ・ロバーツ・クロムウェルが再婚した相手、エドワード・ストーテスベリーはJPモルガンの共同経営者だった。マッカーサーはJPモルガンの人脈に属していたのだ。そのマッカーサーが選ばれなかったのは、軍隊の内部でバトラーほどの人気がなかったからだ。バトラーを抱き込まない限りクーデターは成功しないと判断する人が多かったということだろう。 しかし、結局ウォール街はバトラーの説得に失敗。50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分は50万人以上を動かして対抗すると応じ、内戦を覚悟するようにバトラーは警告した。(Public Hearings before the Speecial Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session, Testimony of Major General Smedley D. Butler, December 29, 1934) クーデター計画に気づいたバトラーは信頼していたフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに相談、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のために派遣している。フレンチは1934年9月にウォール街のメンバーを取材、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse, 2007) バトラー少将は1935年にJ・エドガー・フーバーに接触してウォール街の計画を説明するのだが、起訴するために必要の証拠はなく、自分には捜査を命令する権限がないとして断っている。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) 計画が発覚すると、名指しされた人びとは誤解だと弁解したが、非米活動特別委員会はクーデター計画の存在を否定することはできなかった。それにもかかわらず、何ら法的な処分は勿論、これ以上の調査は行われず、メディアもこの事件を追及していない。この問題でウォール街を追い詰めても内戦になる可能性があったからだろう。 1935年9月10日にアメリカではひとりの上院議員が暗殺されている。ヒューイ・ロングだ。富裕なエリートや銀行を批判、ルーズベルト政権を当初は支持していたが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていた。ウォール街の支配者にとって、ロングはルーズベルト以上の敵だ。 医師のカール・ワイツが4フィート(約1.2メートル)の距離から拳銃でロングを射殺したとされているが、ワイツはロングのボディガードたちに射殺されたため、公判は開かれず、証拠や証人の検証もなかった。ワイツの家族はカールが殺したとする公式ストーリーを否定している。 クーデター計画と並行する形で民主党の反ニューディール派議員は「アメリカ自由連盟」を設立している。活動資金の出所はJPモルガンやデュポンといった巨大企業のほか、アンドリュー・メロンやロックフェラーの周辺を含む富豪たち。武器はレミントン社からデュポン経由で手に入れることになっていた。 ルーズベルトは1936年、40年、そしてドイツや日本の敗北が間近に迫っていることが明らかだった44年の選挙でも勝利する。戦争が終われば、ウォール街とナチスとの関係が調べられ、責任を問われることも予想されたのだが、ルーズベルトはドイツが降伏する前月、1945年4月12日に急死、ニューディール派の影響力は急速に弱まる。そしてアメリカでは「赤狩り」と称する反ファシスト派弾圧が始まった。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.02
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ウクライナのキリーロ・ブダノフ大統領府長官は8月28日に放送されたインタビューの中で、ウクライナ軍の戦力を維持するためには少なくとも毎月3万人を動員しなければならないと語った。戦死者、重傷者、脱走兵を含めるとその程度になるということだろう。ウクライナ側の戦死者は150万人から200万人程度だろうと推測されていた。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、ウクライナの東部や南部はロシア文化圏であり、半数以上の住民はロシアに親戚がいると言われている。その関係を利用してロシア軍と連絡をとり、投降しているウクライナ兵もいるという。部隊ごと行方不明ということもあるようだ。そうした投稿を阻止することもウクライナのネオ・ナチ部隊に課された任務だ。 ウクライナ各地で行われている強制的徴兵、要するに拉致の様子を見ても兵士不足は深刻だ。ウォロディミル・ゼレンスキーは2022年2月以降に戦死したウクライナ兵の数を5万5000人と主張しているが、この数字は論外である。戦死が確定すると遺族に補償する必要があり、行方不明で処理されている人も少なくないようだ。ウクライナ側はロシア軍の死傷者数を148万人以上としているが、これは現実的でない。西側の大手メディアはウクライナ側の主張に基づく宣伝をしているが、ロシア側の死傷者はウクライナ側の約1割と見られている。 ロシア軍はオデッサをはじめ黒海に面した港をミサイルやドローンによる攻撃で封鎖、黒海を回避した輸送ルートのドナウ川に面したレニ港やイズマイル港もロシア軍は破壊し、ウクライナは武器弾薬を受け取れず、ヨーロッパは食糧を確保できない状態。 そしてキエフなどの都市ではNATOの地下司令部を含む施設を破壊している。最近1週間でロシア軍は約3600機のミサイルやドローンをウクライナへ撃ち込んでいるが、ここにきて目立つのはショッピング・センターなど民間施設への攻撃。 そうした施設の地下には倉庫を改造したドローンの組み立て工場があり、配送用トラックを利用して部品を運び込み、製品を持ち出して発射していた。ウクライナの救急隊員が撮影した映像から、破壊されたトラックの荷台にドローンが積まれたことも確認された。こうした施設への攻撃では、保管されていた爆発物によると見られる大きな二次爆発が目撃されている。 NATOに加盟するヨーロッパ諸国はロシア深奥部の民間施設を攻撃したりウラジミル・プーチン露大統領の暗殺未遂事件も引き起こし、ヨーロッパ諸国を攻撃させとアメリカ軍とロシア軍を直接戦わせようとしているが、ロシアはその思惑通りに動いていない。ウクライナに入っているNATO軍の将校やエンジニアがいる施設を狙うだけだ。 ウクライナにおけるロシア軍との戦争からアメリカ軍は距離を置いているが、衛星による情報提供やミサイルなどの誘導はアメリカが行なっている。アメリカのパトリオット迎撃システムは役に立たないが、そのミサイルも枯渇している。 イランとの戦争でもアメリカ軍は劣勢にあり、西アジアにおけるアメリカ軍基地は破壊され、イスラエルの諸都市も大きなダメージを受けている。西側の大手メディアは「アメリカの勝利」を演出しているが、それには限界がある。報道管制を強化しているが、強化するほど信頼されなくなる。 ロシアに対する戦争を煽ってきたヨーロッパの「指導者」はアメリカを支配する私的権力を全能だと信じ、その全能の人びとに従っていれば好き勝手なことができるとでも思っていたようだが、それは日本でも同じだ。明治維新以降、日本の支配システムはアメリカやイギリス、つまりアングロ・サクソンの金融資本に支配されてきた。彼らがいなければ天皇カルトを作り上げることもできなかっただろう。そうした流れに逆らった人びとはことごとく排除されてきた。琉球併合や台湾派兵においても、アメリカやイギリスの外交官の果たした役割は小さくない。つまり米英を中心とする支配システムの崩壊は日本を支配してきた勢力をも崩壊させる可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.01
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SBU(ウクライナ安全保障庁)のメンバーとGUR(ウクライナ国防省情報総局)のメンバーが9月2日の夜からキエフ市街で銃撃を繰り広げたと伝えられたが、その様子を撮影したとされる映像を見ると、両機関の隊員がロシア語で口論を始め、SBU隊員が非武装のGUR隊員を自動小銃の銃撃、GUR隊員を死傷させたようだ。銃撃戦はなかった。現地では、詐欺の拠点になっているコールセンターの「警護」をめぐる両機関の対立が原因だったと噂されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.03
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スペースXの子会社であるスターリンク・サービスは、低軌道を飛行する1万基以上の衛星で構成されるネットワークによってインターネット接続を可能にしているが、このスターリンク通信を妨害する電子戦装置のボルナ・クポル・ガラントをロシアは8月初めに公開していた。このシステムは特定の地域にサービスを提供する衛星に向け、地上アンテナから送信される信号を妨害する能力がある。タスによると、そのシステムの量産が開始されたという。 スペースXを創設、CEOを務めるイーロン・マスクはロシア上空でのスターリンクの使用を禁止しているとしているものの、ハッキングを容認し、ウクライナ軍の長距離攻撃用ドローンへの搭載を許可している。ロシア深奥部への攻撃もスターリンクがなければできない。 スターリンクは軍民両用とされているが、使用開始は2022年2月。ロシア軍がウクライナ軍部隊、軍事施設、生物化学兵器の研究開発施設などに対する攻撃を始めた直後だ。 この年の3月にNATOはウクライナを利用し、反クーデター軍の拠点であるドンバス(ドネツクとルガンスク)を攻撃しようと計画していたことが回収されたウクライナ軍の機密文書から判明している。ロシア軍が攻撃を始めた直後にスターリンクが始動できたのはそのためだろう。スペインのエル・ムンド紙によると、すでにロシア軍はこのシステムを使い、スターリンクを使用できなくしているという。その効果を見て量産体制に入ったのかもしれない。 スターリンクはウクライナ軍が対ロシア戦争に使うだけでなく、アメリカやイスラエルはイランに対する攻撃でも使っている。ドナルド・トランプ米政権は昨年12月28日、イランの通貨リアルを暴落させて経済を混乱させ、その混乱を利用して反政府デモを演出した。 そのデモをコントロールするため、アメリカは約5万台のスターリンク端末をイランへ密輸、政権転覆工作のために編成したグループに資金と共に渡したとされている。スターリンクのシステムを通じ、アメリカやイスラエルの情報機関は反政府デモのリーダーたちに対してイランの治安部隊がどのように動いているかを知らせ、どのように動くべきかを指示していた。イラン政府はスターリンクを遮断することに成功して事態は沈静化させたが、密輸品は押収しきれていないようだ。 イランでスターリンクを遮断するためにボルナ・クポル・ガラントは使われていないようだが、対イラン攻撃をまだ諦めていないアメリカやイスラエルとしては、このシステムがイランの手に渡ることを阻止したいだろう。 経済的にも軍事的にも強まっているロシア、中国、イランの連携を阻止することはできそうにないが、この3カ国だけでなく、このシステムに関心を持つ世界中の国々に提供される可能性もある。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.31
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厚生労働省が8月28日に発表した今年6月分の「人口動態統計速報」によると、死亡者数は11万4472人。COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動が始まる前年の2019年の同じ月に比べて1万2118名増えているが、昨年同月に比べると1308名減っている。 この騒動では「COVID-19ワクチン」と称する遺伝子操作薬の接種が推進されたが、2024年には接種者が大きく減少した。その危険性を知る人が増えたからだろう。接種しなかった人に比べ、接種した人の間から健康状態に問題があると言う話をここにきて聞くようになった。 この薬物はドナルド・トランプ政権がCOVID-19対策として2020年5月から21年2月にかけて推進した「オペレーション・ワープ・スピード」を経て登場している。トランプ大統領自身は「史上最大の軍事的偉業」だと語っていたが、史上最悪の薬害、あるいは虐殺だ。 ジャーナリストのホイットニー・ウェブによると、オペレーション・ワープ・スピードは政府による自国民の大量殺害にほかならない。標的には高齢者、障害者、「ワクチン」の接種を拒否した人びと、あらゆる人種の妊婦、そして人種的マイノリティが含まれている。 ラティポワによると、ペンシルベニア大学の研究はアフリカ系アメリカ人が特定のインフルエンザワクチンに対して、不釣り合いなほど高い免疫反応を示すことを示している。メイヨー・クリニックは2014年、アフリカ系アメリカ人の風疹ワクチンに対する免疫反応が白人系アメリカ人のほぼ2倍であるとしている。 また、2010年に『毒性学環境衛生学ジャーナル』に掲載された研究によると、B型肝炎ワクチンによる重度の神経損傷を負うリスクは白人と比較してアフリカ系アメリカ人の男児において有意に高い。 この「ワクチン」を製造した会社のひとつ、ファイザーの関連文書をアメリカの監督官庁であるFDA(食品医薬品局)は75年間封印しようとしたのだが、アメリカの裁判所は文書の迅速な公開を命令、その内容を分析したサーシャ・ラティポワは2022年初頭、COVID-19騒動はアメリカ国防総省の軍事作戦だと発表している。 アメリカには自国民を生体実験に使ってきた歴史がある。例えば原爆を開発した「マンハッタン計画」の際、アメリカ政府は多数の医師と契約を結び、事情を知らせないまま入院患者に対し、通常の生涯被曝量の41倍に相当放射性プルトニウムを注射しましている。 実験の目的は、放射性物質が白血病などの病気を引き起こす線量を特定すること、そして血液、組織、骨、尿に残留する放射能の量を測定することにあった。1944年から1994年にかけて原子力委員会はこうした放射線に関する人体実験プロジェクトを支援、承認したが、対象者の多くはアフリカ系アメリカ人だったという。 アメリカの研究者たちは1987年から1991年にかけてワクチン実験の一環として、ロサンゼルスの低所得地域に住むアフリカ系やラテン系の乳児に対し、承認された用量の最大500倍に及ぶエドモントン・ザグレブ(EZ)麻疹ワクチンを投与している。その前にこのワクチンはハイチ、セネガル、ギニアビサウで子どもたち2000人に投与され、悲惨な結果を招いていたのだが、その事実を親たちには知らせていない。 どの「集団(人口グループ)」にどのワクチンを割り当てるかを「決定」するソフトウェアの開発を任されたパランティア・テクノロジーズは2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金によって創設され、イスラエルの情報機関とも緊密な関係がある。アメリカ国防総省が主導する「オペレーション・ワープ・スピード」でも同社が標的を決めている。 アメリカのCDC(疾病予防管理センター)とFDA(食品医薬品局)が共同で運用しているVAERS(ワクチン有害事象報告システム)は「人種」に関する質問項目を設けていないのだが、人種による差異は存在することをホイットニー・ウェブの調査は明らかにした。黒人女性は「特別な『特製』ロット」によって集中的に標的とされたという。流産率を比較すると、黒人女性は約17%、ヒスパニック系は約10%、そして白人は約6.5%。対象になった女性全員が妊娠6週目以降に登録されている。 世界経済フォーラム(WEF、ダボス会議)の年次総会が1月19日から23日にかけて、スイスのダボス・クロスタースで開かれた。その中でドナルド・トランプ米大統領は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」について口にした。 2025年4月までWEFの会長を務めたクラウス・シュワブは16年1月にスイスのテレビ番組に出演した際、マイクロチップ化されたデジタル・パスポートについて話している。チップを服に取り付けるところから始め、次に皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合、人間を端末化しようと考えていた。COVID-19騒動の際、話題になったデジタルIDもその布石だろう。 シュワブの顧問でイスラエル人のユバル・ノア・ハラリはAIによって不必要な人間が生み出されると見通し、特に専門化された仕事で人間はAIに勝てず、「不必要な人間」が街にあふれるとしている。放置しておけば反乱、あるいは犯罪に繋がるため、人びとを監視、コントロール、そして処分する必要があると彼らは考えているだろう。パランティアの監視技術は「見えない私的刑務所」として機能するかもしれない。 アメリカの保健福祉省が「オペレーション・ワープ・スピード」や「COVID-19ワクチン」の接種を進めている際、パランティアのデータ統合および意思決定支援プラットフォーム「ティベリウス」が使用されている。国勢調査のデータ、ワクチン追跡システム、物流情報を統合している。 ティベリウスはローマ帝国の第2代皇帝で、紀元14年から37年まで統治している。ローマ時代の歴史家ガイウス・スエトニウス・トランクィッルスによると、ティベリウスは児童への性的虐待や残虐行為があり、偏執狂的な性格だった。どこまで事実かは不明だが、その記述はジェフリー・エプスタインを彷彿させるものだ。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.30
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NATOのヨーロッパ諸国はロシアの深奥部を攻撃している。ロシアの防空システムは優秀で、特に軍事施設や重要なインフラは防御が固いため、防衛システムの甘い民間施設を攻撃し始めた。ロシア軍にヨーロッパを攻撃させ、アメリカ軍をウクライナでの戦争へ引き戻そうとしていると見られている。 十分な軍事訓練を受けていない人びとを最前線へ送り込み、「バンザイ突撃」させている。街中で男性を拉致するだけでは足りず、徴兵年齢を下げ、女性も徴兵の対象にしようという意見が出ている。NATO諸国はウクライナに住むスラブ人を全滅させようとしているようだ。 イギリス政府はヨーロッパの軍事メーカーであるMBDAに対し、英仏が開発した長距離巡航ミサイル「ストーム・シャドウ/SCALP」で使用されるイギリス製部品に関する機密情報の開示を許可したという。この問題はロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官も触れていたが、そうした機密情報を開示しても現在のウクライナにそうしたミサイルを製造する能力はない。ドローンでさえ組立工場があるだけだ。ミサイルやドローンによる攻撃はアメリカ政府が許可しなければ実行できない。 8月25日にジョン・ラトクリフCIA長官がアメリカ軍のC-17A輸送機(RCH4555)でモスクワのブヌーコボ空港へ到着した。このような目立つ航空機を利用しての訪問を「極秘」と言うことはできない。 西側諸国の一部大手メディアはロシアがNATO諸国を攻撃しないよう警告するためにモスクワへ乗り込んだと主張しているが、ヨーロッパ諸国はロシア軍に自分たちを攻撃するように誘っている。警告など電話で可能だ。盗聴される可能性がある通話でなく、直接会わなければならなくなったと考えるべきだろう。 それ以上に笑止千万な記事を書いたのはニューヨーク・タイムズ紙。CIA長官は対ウクライナ戦争の現状に関する自身の悲観的な見解を非公開で伝え、軍事的、経済的状況が悪化する前にロシア側に何らかの取引に応じるよう促すことにあったというのだが、窮地に陥っているのはウクライナとNATO諸国。戦況が有利なのはロシアだということは客観的の事実から明白だ。本当にCIA長官がそう信じているとしても、ウラジミル・プーチン露大統領へ電話すれば済む話。 ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、ウクライナがロシア領内深部への攻撃に使用するドローンの供給をイギリスが続ければ、その結果に直面することになると警告しているが、だからといって直接ヨーロッパ諸国を狙うとは言えない。行うとしても先の話だろう。 ラトクリフCIA長官がモスクワを訪問した目的はイランにホルムズ海峡の再開を迫るように頼んだ、あるいは経済戦争で脅したとする情報もあるが、イギリス海軍のスティーブ・ジャーミー代将は、ロシアが収容していたCIA工作員の遺体を引き取りに行ったのではないかと推測している。そう考えると、最大航続距離1万キロメートル以上のガルフストリームVを保有しているCIA長官がC-17A輸送機を使った理由を理解できる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.29
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すでに世界の多くに人は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」を拒否しているようだが、この問題は終わっていない。終わらないまま隠蔽工作が進んでいる。COVID-19騒動の象徴的な人物であるアンソニー・ファウチは1984年11月から2022年12月までNIAID(国立アレルギー・感染症研究所)の所長を務めたが、騒動の黒幕とは言えない。黒幕はファウチに責任を押し付け、逃げようとしているように見える。 この「COVID-19ワクチン」は人間の細胞へLNP(脂質ナノ粒子)に包まれたmRNAを送り込み、ウイルスのスパイク・タンパクを作らせるのだが、人間の免疫システムはスパイク・タンパクを病原体だと判断、攻撃するため、自己免疫疾患を引き起こす。 そこで「COVID-19ワクチン」には免疫を下げる仕組みが組み込まれているのだが、それだけでなく免疫抑制能力があるIgG4抗体が誘導される。つまりAIDS状態になり、通常なら問題のない微生物でも病気になり、癌も増える。 また、LNPは人体に有害であり、DNAやグラフェン誘導体の混入も報告されている。発癌性のあるDNAウイルス、SV40も混入していることが発見された。ファイザー社のmRNA製剤や多くの「遺伝子編集」カクテルの中に入っているのだが、遺伝子治療に使われるSV40は合成化学物質だという。SV40やその構成要素を意図的に合成し、遺伝子治療の主要成分として組み込むことは許されている。 このCOVID-19騒動は2019年12月の終わりに中国の武漢の病院で肺炎患者9名ほどが見つかったところから始まる。翌年の2月4日、横浜港から出港しようとしていたクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で患者が発見され、3月11日にWHO(世界保健機関)がパンデミック宣言、「重症の肺炎患者が街にあふれ、死者が急増する」というイメージが作られ、人びとを恐怖させ流ことになった。 別のクルーズ船「グランド・プリンセス」でも患者が発見され、3000人以上が拘束された。拘束された人びとは「無症状の致死性疾患」なる話を吹き込まれ、訴追の脅迫を受け、アメリカ空軍の基地にある軍事刑務所(隔離キャンプ)に収容されたという。 しかし、WHOがパンデミック宣言する直前の2020年2月28日、ファウチを含む3名の研究者はCOVID-19の致死率が1%未満かもしれないと発表している。つまり季節性インフルエンザ並みだというのだ。当初、ファウチはCOVID-19騒動を仕掛ける側ではなかった。その後、騒動を煽る側に入ったのだ。 深刻な副作用を引き起こす「COVID-19ワクチン」を開発したファイザー社の関連文書をFDA(食品医薬品局)は75年の間封印しようとしたのだが、アメリカでは一部の専門家は情報の開示を求める訴訟を起こし、迅速な公開が命令された。 長年、医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワは公開された文書を分析、その結果、「COVID-19ワクチン」はアメリカ国防総省のプロジェクトだと2022年に発表する。つまり騒動は軍事作戦の結果であり、医薬品メーカーは国防総省の契約企業ということ。そうした企業は情報を公開する必要がない。国防総省のプロジェクトだということは軍事作戦だということを意味し、軍事作戦は免責だ。 病原体だとされたSARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)は武漢の研究所で作られたとする話が広まっているが、このウイルスに感染した動物は中国でなく、北アメリカで見つかっている。ジム・ハスラムによると、北アメリカの自然界ではシカ、ノネズミ、コウモリを含む5種類の動物が感染していることが判明、それらの種はモンタナ州にあるロッキー・マウンテン研究所で実験動物として使用されていたことが突き止められた。(Jim Haslam, “COVID-19 Mystery Solved,” Truth Seeking Press, 2024) COVID-19騒動を煽るためにWHOはパンデミックを宣言したが、そのために死亡者数を水増しする必要があった。そこでWHOやCDC(疾病予防管理センター)は2020年4月、死亡した患者の症状がCOVID-19によるものだと考えて矛盾しないなら死因をCOVID-19として処理して良いとする通達を出している。つまり患者を水増しするように指示しているのだ。 アメリカ上院のスコット・ジャンセン議員は2020年4月8日、その通達についてFOXニュースの番組で話している。病院は死人が出ると検査をしないまま死亡診断書にCOVID-19と書き込んでいると話しているのだ。アメリカの場合、COVID-19に感染している患者を治療すると病院が受け取れる金額が多くなり、人工呼吸器をつけるとその額は3倍に膨らんだともいう。医療関係者を買収したと言われても仕方がない。 パンデミック宣言を正当化するため、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査も利用された。これは特定の遺伝子型を試験管の中で増幅する分析のための技術だが、増幅できる遺伝子の長さはウイルス全体の数百分の1程度にすぎず、ウイルス自体を見つけることはできない。 増幅の回数(Ct値)を増やしていけば医学的に意味のないほど微量の遺伝子が存在しても陽性になり、偽陽性も増える。偽陽性を排除するためにはCt値を17以下にしなければならず、35を超すと偽陽性の比率は97%になるとも報告されている。ちなみに、2020年3月19日に国立感染症研究所が出した「病原体検出マニュアル」のCt値は40だ。 Ct値をこうした数値に設定したならPCR検査は無意味だが、結果だけは出るので人びとを騙す材料には使える。PCRを開発、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもPCRを診断に使ってはならないと語っていた。 こうした危険な薬物を日本政府は国民に接種させるため、大規模な宣伝が展開された。通常の国は危険性に気づき、2回程度で止め手いるのだが、日本は何度も接種させた。接種推進のためにマスコミが果たした役割は重い。 この薬物によって少なからぬ犠牲者が出ているのは間違いない。その理由を医薬品メーカーの強欲さに求め、ファウチのような人物に責任を押し付ける意見もあるが、その背後にはアメリカの国防総省が存在している。つまりCOVID-19騒動はアメリカ国防総省の軍事作戦であり、医薬品メーカーは「国家安全保障」という壁に守られている。 サーシャ・ラティポワが早い段階から指摘していたように、COVID-19騒動は国防総省のプロジェクトだ。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至った。 国防総省のDARPAは2001年9月11日の後にワクチン開発の促進、新ウイルスの発見、医薬品製造の迅速化などの技術を開発するために投資するようになった。そうした中、空軍のダン・ワッテンドルフが迅速なパンデミック対応をDARPAの優先事項のトップに押し上げたという。 ワッテンドルフはDARPAでプログラム・マネージャーを務め、診断学、哺乳類細胞合成生物学、RNAワクチン、モノクローナル抗体の迅速な発見、遺伝子導入による免疫予防、人工赤血球などのプログラムを立ち上げたという。DARPAは2013年にモデルナへ最高2500万ドルを助成金として提供することに決め、16年にワッテンドルフはビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団へ移籍した。 2005年8月に国防総省はウクライナ政府と契約を結び、同国にある生物研究施設をアメリカ政府が管理することになる。そしてアメリカはウクライナで生物化学兵器の研究開発を開始する。 COVID-19騒動が軍事作戦だとしても、国防総省と契約している医薬品会社にとってはビジネスである。リビアの指導者だったムアンマル・アル・カダフィは2009年、国連で次のように演説した。「将来、多くのウイルスが発生するだろう。企業はそれらを開発するために懸命に取り組んでいる。」ウイルスが世界に蔓延すれば、「ワクチン接種で莫大な利益を得ることができる」というわけだ。そして「ワクチンが無料になれば、こうした未知のウイルスの多くは出現も蔓延もしなくなるだろう」とカダフィは予測している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.07.24
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ワシントンDCの近郊にあるアンドルーズ基地を飛び立ったアメリカ軍のC-17A輸送機は8月23日にラトビアのリガへ到着、そのまま25日にはモスクワのブヌーコボ空港に着いた。その直後、モスクワではアメリカの外交官を示すナンバー・プレートをつけた車列が目撃されている。ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官はモスクワに着陸した輸送機に関する情報を持ち合わせていないと主張、またクレムリンでアメリア政府の代表者とロシア側が会談する計画はないと記者会見で語っている。 ウクライナを舞台としたロシアとNATOの戦争はロシア軍がNATO軍を圧倒している戦況に変化はない。フィンランドのアレキサンデル・ストゥブ大統領やイギリスのアンディ・バーナム首相はロシア軍が負けていると発言しているようだが、戦場の状況を見ればロシア軍が勝利していることは明白。御伽話で戦況を変化させることはできないのだが、敗北を認めることは、おそらく、彼らの破滅を意味する。 ソ連消滅後、イギリスの私的権力はロシアの石油利権も狙っていた。その中心にいたのはジェイコブ・ロスチャイルドだとボリス・エリツィン時代のロシアでオリガルヒとして同国の資産を略奪していたミハイル・ホドルコフスキーは語っている。 西側の巨大資本はウクライナの穀倉地帯も狙っている。2022年には約3分の1をカーギル、デュポン、モンサントの3社が所有、この3社は効率性を高めるため、コンソーシアムとして契約を締結して事業を開始した。このコンソーシアムは事実上、ウクライナの土地の半分以上を支配していると言われている。 カーギル、デュポン、モンサントの主要株主にはブラックロックのほか、バンガードやブラックストーンといった「闇の銀行」が名を連ね、ゼレンスキーはブラックロックのほかJPモルガンやゴールドマン・サックスと協力関係にある。ロスチャイルドが君臨している金融界が食糧の面でもウクライナを支配しようとしているのだが、戦争がこのまま進むとそうした利権を金融資本は失うかもしれない。ここにきてロシア軍はデュポン、モンサント、カーギルなど食糧ビジネス企業の工場も攻撃するようになっている。 ホドルコフスキーによると、会社の大株主を監視している「保護者」が存在、その株主に問題が生じた場合、管理書類を別の人物に渡すのだという。会社を本当に支配しているのはその「保護者」だが、ホドルコフスキー場合、それはジェイコブ・ロスチャイルドだった。ホドルコフスキーはロシアの石油会社ユーコスを所有していたが、実際の支配権を握っていたのはジェイコブ・ロスチャイルドだった。ホドルコフスキーはジェイコブの代理人にすぎない。 ホドルコフスキーはソ連時代の1989年頃、KGBのコネクションを利用してソ連の若い女性をニューヨークへ「モデル」として送り出す仕事をしていた。(Mark Ames, “Russia’s Ruling Robbers”, Consortium news, March 11, 1999) ジャーナリストのマイケル・グロスによると、ソ連時代にホドルコフスキーはコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者だったが、そのときにロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばしていた疑いがあるのだ。ソ連時代の1989に彼はリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めていた。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998) ホドルコフスキーのビジネスはジェフリー・エプスタインと似た匂いがするが、そのエプスタインは金融の世界に君臨しているロスチャイルド家の代理人である。人身売買はエプスタインが行っていた仕事に一部にすぎない。 エプスタインは黒魔術にも関係、ペトログリフの刻まれた岩石などを集め、古代の建造物に模した建物を建てたりしている。イングランドではエリザベス1世の時代(1593年から1603年)にオカルトが流行、女王に寵愛されたジョン・ディーは錬金術や超自然的な存在との交信で知られていた。世界支配においてオカルトが重要な役割を演じていることをエプスタインの事件は明らかにした。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.26
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西アジアにおけるアメリカの影響力は急速に低下している。そうした動きの中心にイランが存在していることは言うまでもないだろう。それに対し、サウジアラビア、トルコ、パキスタンは8月7日、相互防衛協定を締結した。「外部の覇権国がこの地域に介入しても問題は解決せず、むしろ事態を深刻化させるだけ」であり、地域の国々と新たな枠組みを構築する必要があるとトルコのメブリュット・チャブシュオール外相は語っている。西アジアの国々がアメリカに見切りをつけたわけだ。 西アジア支配をイギリスは遅くとも19世紀には計画していた。第1次世界大戦の最中に同国はフランスとサイクス・ピコ協定を締結、オスマン帝国を解体して両国で分割することを決めた。イギリスはエージェントを後のサウジアラビア国王でワッハーブ派のイブン・サウドに接触させている。 協定が結ばれた翌月の1916年6月にイギリス外務省アラブ局はアラブ人を扇動して反乱を起こさせた。その部署に所属していたトーマス・エドワーズ・ローレンスは「アラビアのロレンス」とも呼ばれている。ローレンスは1915年に軍情報部へ入っていた。 ローレンスは中東で活動している間にアラブ人と親しくなり、親アラブ的な発言をするようになる。そこで1929年に帰国した後、軍から解雇すると脅され、旅行を禁止されてしまう。そして1935年に自動車事故で死亡する。(Hugh Wilford, “The CIA,” Basic Books UK, 2024) ペルシャと呼ばれていた当時のイランで世界最大規模の油田が発見されたのは1908年5月のこと。その翌年にAPOC(アングロ・ペルシャン石油)が創設され、バーマー石油の会長だったストラスコナ男爵(ドナルド・スミス)が会長に就任、1919にイギリスはペルシャを保護国にしてしまう。そして1921年、軍の一将校にすぎなかったレザー・ハーンがテヘランを占領、その4年後に彼はカージャール朝を廃して王位につく。これがパーレビ朝のはじまりである。 1935年にAPOCはAIOCに名称を変更するが、実態に変化はなく、イギリス政府に膨大な利益をもたらした。第2次世界大戦後、1945年から50年にかけて2億5000万ドルの利益を石油は生み出している(Daniel Yergin, "The Prize", Simon & Schuster1991)のだが、その大半をイギリスの巨大資本と王族が独占していた。 その現実にイランの庶民は不満を募らせ、ムハマド・モサデクが首相に就任した議会はAIOCの国有化を決定。イギリスの圧力で1952年7月にモサデクは辞任、アーマド・カバム・サルタネーが首相になるものの、5日間で職を辞し、再びモサデクが首相になった。そこからイギリスの情報機関MI6はアレン・ダレスを巻き込み、CIAと共同でモサデク政権を1953年にクーデターで倒し、パーレビ体制を復活させる。この体制がイスラム革命で倒されたのは1979年のことだ。 ベトナム戦争で疲弊したこともあり、アメリカのリチャード・ニクソン大統領は1971年8月にドルと金との交換停止を発表、73年から変動相場制へ移行していく。ドルは金に束縛されることなく発行できるようになるが、金という裏付けをなくしたことから何も対策を講じずに発行を続ければハイパーインフレになり、基軸通貨としての地位から陥落する可能性が出てきた。そこでドルの流通量をコントロールする仕組みが作られる。 1973年に西アジアでは第4次中東戦争が勃発、石油危機が引き起こされるのだが、この危機は仕組まれたものだった。サウジアラビアの石油鉱物資源大臣を務めていたシェイク・アーメド・ザキ・ヤマニはイギリスの日曜紙「オブザーバー」の2001年1月14日付け紙面に掲載された記事の中で、「ある秘密会議」で石油価格の引き上げは決定されたと語っている。石油価格が大幅に引き上げられた背景には石油会社が多額の借入金で押しつぶされそうになっていた現実があるというのだ。この会議はビルダーバーグ・グループの会議だということをイギリスのジャーナリスト、ロビン・ラムゼイは突き止めている。(Robin Ramsay, "Was the 1974 oil price hike engineered by the Bilderberg group?" Lobser 41, Summer 2001) 産油国に対して石油取引の決済をドルに限定させ、集まったドルを産油国はアメリカへ還流させるというペトロダラーの仕組みが作られた。原油価格を上昇させれば回収効率が上がる。石油価格の上昇でアメリカの製造業は打撃を受けるが、製造業が繁栄するとドルの少なからぬ部分が現実の社会で流通するため、インフレを避けようとすればドルの発行を制限せざるをえなくなる。投機市場もドルを吸い上げるために有効な手段だ。 ペトロダラーの仕組みができあがって間もない1975年3月、アメリカにとって好都合なことが引き起こされる。自立の意思を持っていたサウジアラビアのファイサル国王が暗殺されたのだ。この暗殺はアメリカの支配力を強めることになった。 国王は執務室で甥のファイサル・ビン・ムサイドに射殺されたのだが、ジャーナリストのアラン・ハートによると、その暗殺犯はクウェートのアブドル・ムタレブ・カジミ石油相の随行員として現場にいた。 ビン・ムサイドはアメリカでギャンブルに溺れ、多額の借金を抱えていた人物。そのビン・ムサイドにイスラエルの情報機関モサドは魅力的な女性を近づけ、借金を清算した上で麻薬漬けにし、ベッドを伴にするなどして操り人形にしてしまったという。ファイサル国王が暗殺された後、サウジラビアのアメリカへの従属度は強くなる。(Alan Hart, “Zionism Volume Three,” World Focus Publishing, 2005) このシステムを受け入れさせるため、アメリカは産油国の支配者を富ませ、守り、国を防衛するなどと保証したのだが、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃はその保証が幻影だったことを明らかにした。アメリカに従属しても自分たちの地位と富は保証されず、かえって危険だということが明確になった。経済力や軍事力を使った「制裁」はアメリカの「切り札」だったのだろうが、その切り札を使った瞬間、アメリカの支配システムの崩壊が急速に進み始めた。 サウジアラビア、トルコ、パキスタンの相互防衛協定をスンニ派版のNATOだと言うことはできないと考える人が少なくない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.28
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アメリカ軍と韓国軍は8月17日、朝鮮半島での戦争を想定した合同軍事演習「乙支自由の盾」を開始した。ドローンへの対応、GPS妨害、サイバー攻撃への対策に重点を置いていると言われていたが、ドナルド・トランプ米大統領はドナルド・トランプ米大統領は8月16日、「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、この年次演習へアメリカが参加することに不満を表明、演習を完全に中止するには時期が遅すぎるので「大幅に縮小」するようにピート・ヘグセス国防長官へ指示したと述べている。 トランプが投稿する前日の15日、韓国の李在明は朝鮮やその他の関係者に対し、対話を呼びかけた。「互いに威嚇し合うのをやめ、当事者として、この長期にわたる戦争の終結に向けた協議を始めようではありませんか」というのだ。朝鮮戦争は休戦協定で戦闘が止まっているのだが、それを恒久的な平和体制へと置き換えようというわけである。 それに対し、朝鮮の金正恩総書記は統一政策を放棄し、韓国を「最大の敵対国」と規定、最前線での軍事力強化を指示した。さらに韓国の原子力潜水艦導入計画を批判、アメリカと韓国の「乙支自由の盾」を挑発行為だと非難し、アメリカ、韓国、日本の軍事協力拡大が朝鮮半島の安全保障上の緊張を悪化させていると警告している。この反発にアメリカ政府は驚いたようだ。 朝鮮が主張している安全保障上の懸念をロシアも共有、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相によると、ロシアは朝鮮半島の非核化を求める呼びかけを支持しないという。 そのロシアで大統領を務めるウラジミル・プーチンはロシア太平洋艦隊が軍事演習を行っていたサハリン島に続き、8月13日に択捉島を訪問した。日本の反ロシア政策に対する警告だ。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、戦後日本は「ポツダム宣言」の受諾から始まる。その宣言には「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」とある。確定している日本の領土は本州、北海道、九州、四国だけであり、残りの領土は連合国が決めることになっているわけだ。言うまでもなく、「吾等」とは連合国を意味する。 連合国の中にはロシアも含まれるのだが、日本はアメリカに従属することでポツダム宣言の制約を受けないと考えているようだ。そして日本はアメリカの戦略に従い、ロシアや中国との戦争へ向かう。 日本を支配しているアメリカやイギリスは強大な私的権力に支配されているが、その私的権力の軍隊として機能しているのがNATO。ソ連が消滅した直後からNATOの東方への拡大が始まったが、これはナチ時代のドイツ軍が実行したソ連への軍事侵攻作戦「バルバロッサ」の再現にほかならない。いわば「新バルバロッサ」だ。そして2014年2月、ウクライナに到達した。その段階でロシア軍が動かなかったことを批判する西側の元政府高官もいたが、おそらくロシア軍は準備ができていなかったのだろう。 ロシアや中国にとってNATOは侵略軍にほかならないのだが、日本は2025年1月、NATO日本政府代表部を開設した。対中露戦争へ日本も加わると思われても仕方がない。何しろNATOは米英の侵略軍だ。 2023年初めにNATOの事務総長だったイェンス・ストルテンベルグが来日したが、そのタイミングでNATOが2024年までに日本に連絡事務所を開設することを検討していると伝えられた。この計画は中国が反発し、計画は立ち消えになったものの、駐日デンマーク大使館がその役割を担っているようだ。 日本とNATOの関係は田中角栄がロッキード事件で失脚した頃から始まる。その頃、日本はNATOの「域外パートナー」になり、2014年に日本とNATOは共同軍事演習を実施、2018年に日本は在ブリュッセル日本大使館内にNATO担当部署を設置している。 アメリカの国防総省はソ連が消滅した直後の1992年2月にDPG(国防計画指針)草案を作成した。作成の中心は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツだったことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンは世界征服計画にほかならないが、その中にはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設するとも書かれている。要するにドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げ、西ヨーロッパ、東アジア、そしてエネルギー資源のある西南アジアが成長することを許さないと宣言しているのだ。 当初、日本側はアメリカの戦争マシーン組み込まれることを拒否していたが、1995年に屈服した。これは本ブログで繰り返し書いてきた。そして2001年4月に小泉純一郎政権が成立、政治経済面では新自由主義を導入、軍事面では好戦的な政策を進める。そうした政策を後押しすることになるのが2001年9月11日の出来事、つまりニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃だ。 2022年の4月にアメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が明らかにしているが、アメリカ軍はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するという計画を立てていた。その計画にしたがい、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。 南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議。2020年6月にNATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長はオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言し、21年9月にはアメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国が太平洋でAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があった。 与那国島にミサイル発射施設を建設する前年、2015年の6月、総理大臣だった故安倍晋三は赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。安倍首相は南シナ海における中国との軍事衝突を見通していた。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにしている。 2022年10月には、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 NATOはロシアとの戦争を声高に叫んでいたが、ここにきてロシアがウクライナでの戦争を外交的に解決することを断念、「特別軍事作戦」から「戦争」へステージを進めて攻撃を強化、オデッサを含む南部の港湾を封鎖、NATO軍の将兵や施設も容赦なく攻撃するようになった。ロシアは反撃しないと高を括っていたNATO諸国は慌てているが手遅れ。日本はそうした状況の中へ飛び込もうとしている。トランプ政権もロシアの動きを見て軌道修正を図っているようだが、日本は「無敵のアメリカ」に従属することしか考えていないのではないだろうか。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.18
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リンゼー・グラハム米上院議員が7月11日夜、「短期間の急な病気」によって死亡したという。同議員は10日にキエフでウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーと会談、帰国したとされているのだが、元CIA分析官のラリー・ジョンソンは公式発表には矛盾があるとしている。 公式発表によると、議会議事堂の近くにあるグラハムの自宅から午後8時30分(東部時間)に心停止の疑いがあるとの通報があり、救急隊が駆けつけたのだが、彼は「自宅で死亡した」とされている。そこに至るまで彼がどのように動いたかをジョンソンは分析、矛盾があるとしているのだ。 グラハムは7月9日にダレス国際空港からポーランドのワルシャワへ向かい、同日18時15分(現地時間)に列車でワルシャワを出発、7月10日の9時45分から10時45分の間にキエフに到着。18時15分の列車に間に合わせるためには、ダラス空港を7時頃には出発する必要がある。ダレスからワルシャワまでの飛行時間は9時間だからだ。キエフでグラハムはゼレンスキーと会談、スカイフォール社のドローン工場を視察した。 キエフからワルシャワへ戻る最も早い列車は11日の午前7時40分から8時頃にキエフ・パサジルスキー駅を出発し、17時から18時頃にプシェムィシル・グウォブヌィ駅に到着する。所要時間は少なくとも9時間。その時点でワシントンD.C.は午前11時頃だ。 そこから空港への移動に1時間かかり、ポーランドを19時に離陸すると仮定すると、西へ向かうフライトには10時間必要なので、飛行機がダレスに到着し得るのは最も早くて11日の深夜ということになる。グラハムが自宅で死亡したとされる時刻には間に合わない。そこで暗殺説や爆死説が出てくるわけだ。 ポーランドで生まれたマルクス主義の理論家で活動家でもあったローザ・ルクセンブルクはドイツ共産党を創設したが、1919年1月に逮捕され、虐殺された。彼女は生前、反対者を「シャボス・ゴイ(安息日の非ユダヤ教徒」と呼んでいたという。シャボス・ゴイとはユダヤ教徒の僕を意味する。安息日に労働が禁じられているユダヤ教徒を助ける非ユダヤ教徒が必要で、その非ユダヤ教徒を指している。ルクセンブルクの発言には、主人の代わりに国を統治するという意味が含まれているのだろう。 イスラエルの通信社JTAによると、エルビス・プレスリー、バラク・オバマ、アル・ゴア、ハリー・トルーマン、マリオ・クオモ、コリン・パウエル、サーグッド・マーシャルが含まれているのだが、リンゼー・グラハムもそうだという話がある。 グラハムはロシアや西アジアだけでなく、あらゆる戦争を扇動していた。勿論、自分は戦地に赴かなかったが、今回、キエフにあるドローンの製造工場を訪れた直後に急死してしまった。死亡したのは工場を訪問した数時間後だとも伝えられている。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.07.14
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アメリカ財務省によると、同国の連邦債務が40兆ドルを突破した。この数値自体に意味があるとは言えないが、アメリカの財政が危機的な状況にあることを示す象徴とは言える。そのアメリカ以上に危機的な状態にある国が日本にほかならない。追い詰められた日本はアメリカの財務省証券を売らざるをえない状態だ。 1970年代の後半から日本の普通国債残高は上昇し続けている。その節目は1974年12月の田中角栄政権の終焉だろう。1982年11月に成立した中曽根康弘政権は政界へ入った直後からCIAとの関係が深く、彼の背後には岸信介がいた。 中曽根は新自由主義的な政策を推進しようとしたが、政権の内部にブレーキ役がいた。官房長官に据えられた後藤田正晴だ。後藤田は田中角栄の懐刀と言われていた人物。中曽根政権が「田中曽根内閣」と呼ばれた理由のひとつはここにあるのだが、実態は「岸影内閣」だった。後藤田をスキャンダルで排除しようとする動きもあったが、失敗している。 ソ連が消滅した直後の1992年2月にアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)が作成された。アメリカの軍事や外交をコントロールしていたネオコンはソ連の消滅でアメリカが「唯一の超大国」になったと考え、そのDPGは新たなライバルの出現を防ぐと宣言している。 ネオコンは日本も潜在的なライバルだと認識、弱体化させようとするのだが、その一方でDPGはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げると謳っている。日本人を戦闘奴隷にすると言うことだろう。 1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、94年4月に倒された。同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権を樹立、抵抗したが、それに対して1995年2月にジョセイフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令、このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだ。 つまり、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された。(地下鉄サリン事件)松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆。こうした出来事と並行する形で証券スキャンダルや銀行スキャンダルが発覚、大蔵/財務官僚はアメリカに屈服した。この後、普通国債残高は大きく上昇し始め、国民は債務奴隷化、「エリート」やその背後にいる米英の私的権力の支配力は強まる。 2001年4月に成立した小泉純一郎政権は新自由主義的で好戦的な政策を強行、日本社会は急速に崩壊し始めた。その流れを加速させたのがその年の9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃だ。2003年3月にジョージ・W・ブッシュ政権はイランを先制攻撃、そこから世界征服戦争を始めた。 しかし、この計画は思惑通りに進まず、バラク・オバマ政権はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主力とする戦闘集団を編成、2011年春からシリアやリビアなどの体制を転覆させる侵略戦争を開始、14年2月にはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した。ウクライナを舞台にした対ロシア戦争は2014年のクーデターから始まる。 そして今年2月28日、ドナルド・トランプ政権はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権と共同でイランを騙し討ちにして最高指導者だったヤトラ・アリ・ハメネイ師を含む政府要人を殺害したが、イランは屈服するどころか強烈な報復攻撃で西アジアにあるアメリカの軍事基地やイスラエルの重要施設を破壊した。 破壊されたアメリカ軍基地にはカタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地、サウジアラビアのリヤドにあるプリンス・スルタン空軍基地、ヨルダンのムワファク・アル・サルティ空軍基地、クウェートにあるふたつの基地などが含まれ、イスラエルではテルアビブやハイファ、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)近辺が攻撃されている。 アメリカはウォルフォウィッツ・ドクトリンに従って世界征服戦争を始めたが、その前にロシア、イラン、中国が立ち塞がった。アメリカはこの3カ国との戦争で敗北は不可避だ。 ロシア、イラン、中国は、アメリカに従属して中国やロシアと戦争する準備を進めている日本も敵だと認識しているのだが、日本人は自分の置かれた状況を理解していないようだ。世界の人びとは日本の置かれた状況をアメリカ以上に危機的だと考えている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.22
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パランティア・テクノロジーズはウクライナを舞台にしたNATOの対ロシア戦争やアメリカ/イスラエルの対イラン戦争で作戦の立案や兵器の改良、あるいはガザでのイスラエル軍による住民虐殺などで重要な役割を果たしてきた。この会社は2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金によって創設されたが、イスラエルの情報機関とも緊密な関係がある。 そのパランティアの開発した「フェデレーテッド・データ・プラットフォーム(FDP)」をイギリスのNHS(国民保健サービス)は2020年にCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動が始まった後、導入した。ボリス・ジョンソン首相の下、2020年に競争入札を経ることなく導入が決められたのだ。 FDPとは、データを元の場所に留めたまま、必要な時にはリアルタイムで統合し、活用することができるというもので、異なるシステム間で多くの患者の医療記録を連携させられるとされていた。ところが、その評価に疑問が出ている。実際、FDPの利点を裏付けるとされたデータに誤りが見つかった。 パランティアがイギリスをターゲットにした理由のひとつは、同国が「ゆりかごから墓場まで」というスローガンで知られた社会福祉政策で個人情報が他国に比べて集中管理されていたからだとも言われている。その社会を利用して監視システムの試験的な運用を目論んでいるのだろう。 この政策は1980年代、マーガレット・サッチャー政権による新自由主義の導入で解体されていくが、データシステムは残っていた。彼女の時代、原油価格の高騰で北海油田が利益を産んでイギリスに利益をもたらしたものの、その政策はイギリスの社会を破壊してしまった。 おそらく、イギリス以上に個人情報を集中管理している国が日本に他ならない。その日本では管理システムを強化する政策が推進され、住民基本台帳ネットワークやマイナンバー制度が強引に導入された。現在、デジタル化が進められている。 パランティアは日本にも入り込んでいる。例えば自衛隊は指揮統制において指揮官らの判断を支援するAI(人工知能)として、同社のメイブン・スマート・システムの導入を検討しているという。メイブンはデータ中心型のプラットフォームだとされ、衛星画像、ドローンからの映像、レーダーのデータ、戦場センサー、情報報告などを統合するのだという。今年2月に実施された日米共同統合演習の「キーン・エッジ」でも試験運用された。 こうした軍事だけでなく、パランティアは住民を監視するシステムも開発しているのだが、その背後には2015年9月に国連で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」がある。 そのアジェンダで示された「SDGs(持続可能な開発目標)」を実現するため、個人を特定するためのシステムに記録されていない人びとを管理する必要があるとされ、デジタルIDの導入が進められることになっている。その決定に基づいて日本政府はマイナンバーカードを推進しているはずだ。マイナンバーカードはデジタルIDの一種だ。 デジタルIDはチップ化され、それを体内にインプラントする計画がある。例えば、WEFを率いていたクラウス・シュワブは2016年1月にスイスのテレビ番組に出演し、そこでマイクロチップ化されたデジタル・パスポートについて話している。チップを服に取り付けるところから始め、次に皮膚や脳へ埋め込み、最終的にはコンピュータ・システムと人間を融合、人間を端末化しようと考えているようだ。シュワブは2018年に著書『第四次産業革命を形作る』を出版、その中で、バイオテクノロジー、ニューロテクノロジー、トランスヒューマニズムについて論じている。 同じことをイーロン・マスのニューラリンクも計画している。ブルームバーグによると、ニューラリンクは2031年までに約2万人の脳にマイクロチップを埋め込むことを目指しているというのだ。脳の神経活動を計測、外部機器を制御するブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)のデバイスである「テレパシー」、視覚障害者に視覚を与えることを目指す「ブラインドサイト」、震えやパーキンソン病の治療を目的とする「ディープ」の提供が計画されている。その先に見えるのは脳の管理であり、シュワブの発言と結びつく。 シュワブの顧問でイスラエル人のユバル・ノア・ハラリはAIによって不必要な人間が生み出されると見通している。特に専門化された仕事で人間はAIに勝てず、「不必要な人間」が街にあふれるというのだ。放置しておけば反乱、あるいは犯罪に繋がる。そのため人びとを監視、コントロール、そして処分する必要があると彼らは考えているだろう。パランティアの監視技術は「見えない私的刑務所」として機能するかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.07
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昭和天皇(裕仁)が「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表したのは今から81年前、1945年の8月15日である。その年の9月2日、東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリで政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎が降伏文書に調印している。 ポツダム宣言に基づいて戦後日本は始まる。その宣言によると、「カイロ宣言の条項は、履行せらるべく、又日本国の主権は、本州、北海道、九州及四国並に吾等の決定する諸小島に局限せらるべし」とある。確定している日本の領土は本州、北海道、九州、四国だけで、そのほかは連合国が決めることになっている。その条件を日本は呑んだのだ。 カイロ宣言は1943年11月に開かれたカイロ会議を経て決まった宣言で、「日本国より1914年の第一次世界戦争の開始以後に於て日本国が奪取し又は占領したる太平洋に於ける一切の島嶼を剥奪すること並に満洲、台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還すること」としている。 カイロでの会議にはアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領、イギリスのウィンストン・チャーチル首相、中国の蒋介石総統が出席している。会議がワシントンDCでなくカイロで開かれた理由は、ソ連を訪問していたアメリカのコーデル・ハル国務長官からヨシフ・スターリンがバチェスラフ・モロトフ外相の会談出席に同意したと知らされ、ソ連側が出席しやすい場所としてルーズベルトはカイロを選んだのだ。 しかし、ソ連の代表は出席していない。蒋介石が出席することを知ったスターリンは、日本を刺激してウラジオストクの港を封鎖されることを恐れ、モロトフや軍の代表団の派遣を取りやめたという。(Susan Butler, “Roosevelt And Stalin,” Alfred A. Knopf, 2015) こうした一連の会談が始まる切っ掛けはソ連へ軍事侵攻したドイツ軍の敗北にある。1942年1月にドイツ軍はモスクワでソ連軍に降伏、8月にドイツ軍はスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まるが、11月からソ連軍は反撃、ドイツ軍25万人は完全包囲され、43年1月に降伏した。この段階でドイツの敗北は決定的。そこでアメリカやイギリスは慌てた。 そこでチャーチルとルーズベルトは1943年1月にモロッコのカサブランカで会談、シチリア島とイタリア本土への上陸を決めた。コミュニストの影響力が大きいシチリア島を制圧するため、アメリカ海軍の情報部はマフィアの力を借りることにするが、それ以降、アメリカの情報機関と犯罪組織は強く結びつく。 1943年7月にアメリカ軍とイギリス軍はシチリア島に上陸。ハスキー計画だ。そして9月に米英軍はイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏する。そしてカイロ会談。アメリカとイギリスは、とりあえず形を整えた上でこの会談を設定したのだ。 ちなみに、ノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月になってからだ。ノルマンディー上陸作戦でドイツが敗北したというイメージはハリウッド映画が作り出した幻影にすぎない。 日本がアメリカと戦争を始めたのは1941年12月7日にハワイの真珠湾を攻撃した時だと言えるだろうが、その前から中国侵略戦争は行っていた。 1872年に琉球を併合して台湾侵略を準備、74年に台湾へ派兵、75年に江華島へ軍艦を派遣して朝鮮半島に橋頭堡を築き、94年には日清戦争、1904年には日露戦争へと進んだ。こうした侵略はアメリカやイギリスの外交官に煽られてのことだ。自覚していたかどうかはともかく、明治体制はアメリカやイギリスの手先として動いていたのだ。 明治維新で暗躍したジャーディン・マセソンは中国(清)の茶や絹をイギリスへ運び、インドで仕入れたアヘンを中国へ持ち込んむという商売をして大儲けしていた。19世紀に麻薬取引を支配していたのは同社と「東方のロスチャイルド」ことサッスーン家だ。明治維新の黒幕は麻薬業者だったとも言える。 この商売を中国に押し付けたのが第1次アヘン戦争(1839年9月から42年8月)と第2次アヘン戦争(1856年10月から60年10月)。この戦争をビクトリア女王にさせたのは反ロシアで有名な政治家、ヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)にほかならない。2度のアヘン戦争でイギリスは勝利したわけだが、これは海戦でのこと。無陸部を制圧する戦力を持っていなかった。 ジャーディン・マセソンは1859年に長崎へトーマス・グラバーを、横浜へウィリアム・ケズウィックをエージェントとして送り込んだ。歴史物語ではグラバーが有名だが、大物はケズウィック。母方の祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉なのである。 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州の若者5名をイギリスへ留学させることにする。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)だ。 この5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。1861年に武器商人として独立したグラバーも密航の手助けをしているが、ケズウィックは1862年にジャーディン・マセソンの共同経営者となるために香港へ戻っていた。 長州の若者5名が出向する前の月、つまり1863年5月に長州はアメリカ商船のペンブローク、オランダ通報艦のキャンシャン、オランダ東洋艦隊所属のメデューサを相次いで砲撃。それに対し、6月に入るとアメリカの軍艦ワイオミングが報復攻撃、長州藩の海軍を壊滅させ、さらにフランス海軍のセミラミスとタンクレードも報復攻撃した。この攻撃は長州とイギリスの八百長戦争だったのか、あるいは長州内部に対立があったのかは不明だ。この当時、グラバーは大量の武器弾薬を買い込んでいた、つまり長期戦を予想していた。 日露戦争は1904年2月8日、日本軍が仁川沖と旅順港を奇襲攻撃したところから始まる。その際、日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。日本に対して約2億ドルを融資、その際に日銀副総裁だった高橋是清はシッフと親しくなっている。 この戦争について、セオドア・ルーズベルト米大統領は日本が自分たちのために戦っていると語り、日本政府の使節としてアメリカにいた金子堅太郎はアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦ったと説明していた。1910年に日本が韓国を併合した際、アメリカが容認した理由はこの辺にあるだろう。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 関東大震災の復興資金調達の結果、日本の政治や経済をアメリカの巨大金融資本JPモルガンの影響下に入った。そして日本では治安維持法によって思想弾圧が強化され、「満蒙は日本の生命線」と言われるようになった。 1927年5月に日本軍は山東へ派兵する。1928年6月に関東軍は張作霖を爆殺し、31年9月に柳条湖で南満州鉄道を爆破、中国東北部を制圧することになる。いわゆる「満州事変(九一八事変)」の勃発だ。 その後軍事的な緊張が高まり、一触即発の状況になる。そして1937年7月に「盧溝橋事件」が起こった。二・二六事件の結果、米英金融資本に反発していた軍人が粛清されたのはその前年、1936年2月のこと。1939年5月にノモンハン付近で満州国警備隊と外モンゴル軍が交戦、関東軍が陸軍省と参謀本部の方針を無視して戦闘を続け、敗北した。 1941年6月にドイツ軍はソ連への軍事侵攻を開始する。バルバロッサ作戦だ。その翌月に日本軍は「関東軍特種演習」という名目でソ連への軍事侵攻を目論むのだが、8月に関東軍特種演習の中止が決まり、この年の12月にマレー半島とハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカとの戦争が始まった。アメリカとの戦争は日本が行なっていた戦争の一幕にすぎない。 実は、日本が真珠湾を奇襲攻撃する前、イギリスには「日本・アングロ・ファシスト同盟」を結成しようという案があった(Anthony Cave Brown, “"C": The Secret Life of Sir Stewart Graham Menzies,” Macmillan、1988)のだが、ノモンハンでソ連軍に敗北したこともあり、その後に南進、つまり東南アジアへ矛先を向けてイギリスの利権と衝突、この同盟は不可能になった。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.15
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消費税の税率が5%から8%に引き上げられた。「増税分を社会福祉分野に充てる」と政府は宣伝しているようだが、そんな話を真に受ける「お人好し」は多くないだろう。庶民からカネを巻き上げ、巨大企業や富裕層など支配層の負担を減らそうというだけのことだ。 この手の嘘は官僚の常套手段であり、メディアがその嘘を垂れ流すのもいつものこと。例えば、2011年3月11日に東北地方の太平洋岸を襲った巨大地震、それにともなう東電福島第一原発の「過酷事故」でもやっている。 この震災/事故で日本、特に福島県は致命的なダメージを受けた。そこで「被災地の復興」が言われ始め、「東日本大震災からの復興」の円滑かつ迅速な推進と「活力ある日本の再生」を図ることになり、地震や原発事故とは関係のない分野に官僚たちは資金を流用していったのだ。当然、消費税でも同じことが起こってきたし、これからも起こり続けるだろう。 ところで、法人税の表面的な税率を各国と比較しても意味がないことは様々な人が指摘してきた。例えば、中央大学の富岡幸雄名誉教授によると、企業利益相当額に対する法人税納付額の割合は、資本金100億円以上の企業では15〜16%で、法定税率30%の半分程度ということになる。(「税金を払っていない大企業リスト」、文藝春秋、2012年5月号) 神奈川県総務部税制企画担当課長だった井立雅之によると、法人所得課税だけでなく、企業課税、法人が負担する不動産課税、そして社会保険料の事業主負担を加えた総額の対GDP比を国際比較すると、2004年では次にようになっている。A【法人所得課税】日:3.8、米:2.2、英:2.9、独:1.6、伊:2.8、仏:2.8B【A、地方事業課税等、不動産課税、社会保険料負担】日:9.4、米:7.2、英:8.3、独:9.2、伊:14.3、仏:15.8C【B、民間医療保険負担】日:9.4、米:11.2、英:8.3、独:9.2、伊:14.3、仏:15.8 しかも、1970年代以降、ロンドンを中心に整備されたオフショア市場/タックスヘイブンのネットワークを利用し、大企業や富裕層は資産を隠し、課税を回避している。そのネットワークには麻薬取引など犯罪に絡んだ資金が合流、投機市場へ流れ込むわけだ。その結果、経済は疲弊して金融は肥大化、投機が破綻すると損失は庶民が負担させられる。 その一方、日米欧の巨大企業は労働者の賃金が安く、劣悪な労働環境が許され、環境規制の緩い国々へと生産拠点を移してきた。その結果、アメリカと同じように、日本も生産力が衰え、技術者や研究者は必要なくなり、必然的に教育も劣化していく。 「社会保障の切り捨て」と「消費税引き上げ/法人税引き下げ」の一体改革は1990年代半ばに日本とアメリカの支配層が作成した方針に基づいている。例えば、CIAと関係の深いアメリカのシンクタンク「CSIS」によって設置された「日米21世紀委員会」が1998年に出した報告書によると、日本が目指すべき方向は:(1) 小さく権力が集中しない政府(巨大資本に権力が集中する国)(2) 均一タイプの税金導入(累進課税を否定、消費税の依存度を高める)(3) 教育の全面的な規制緩和と自由化(公教育の破壊) ちなみに、この委員会の日本側メンバーは:名誉委員長:宮沢喜一元首相委 員 長:堺屋太一(後に経済企画庁長官)副 委員長:田中直毅委 員:土井定包(大和証券)、福川伸次(電通、元通産事務次官)、稲盛和夫(京セラ)、猪口邦子(上智大学教授、防衛問題懇談会委員)、小林陽太郎(富士ゼロックス)、中谷巌(竹中平蔵の『兄貴分」)、奥山雄材(第二電電、元郵政事務次官)、山本貞雄(京セラ・マルチメディア)、速水優(後に日銀総裁)顧 問:小島明(日本経済新聞) こうした人びとは、巨大資本が国(政府、議会、司法)を支配するシステムを目指している。TPPもその一環。こうしたプランの障害になっている国、例えばロシア、中国、イランなどの国々を軍事力や破壊工作で倒そうとしている。 消費税の税率アップにしろ、戦争にしろ、その目的は支配層が社会的弱者から富を奪う仕組みを築くことを目的としている。資産を略奪するだけでなく、兵器/武器の消費を促進して儲けを増やすことも戦争の動機。ウクライナの場合、教育水準が高いにもかかわらず、低コストの労働者がいることも「西側」にとっては魅力のようだ。
2014.04.01
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ビートルズの一員だったジョン・レノンが殺されたのは1980年12月8日のことだった。それから40年前が経つ。マーク・チャップマンなる人物に射殺されたことになっているが、異説もある。銃撃時に彼はレノンの右側にいたのだが、レノンは左から撃たれたというのだ。しかも銃撃後、チャップマンはその場から逃げようとせず、その場でJ・D・サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいたという。(Lisa Pease, “A Lie Too Big To Fail,” Feral House 2018) レノン殺害では不可解なことが少なくない。例えば、当初、チャップマンはレノンのファンだとされていたが、実際は違った。イギリスの弁護士でジャーナリストとしても活動していたフェント・ブレスラーによると、実際はトッド・ラングレンのファンだったという。チャップマンは福音主義(キリスト教原理主義)の信者だともいう。(ファントン・ブレスラー著、島田三蔵訳『誰がジョン・レノンを殺したのか?』音楽之友社、1990年) チャップマンの行動が不自然なことから、CIAが進めていた人間の行動を制御する研究を連想した人は少なくない。CIAは1950年に「ブルーバード」を開始、53年には「MKウルトラ」へたどり着く。研究の「材料」には西ドイツや日本にあった秘密の刑務所に収容されていた囚人が使われた。 1951年、つまりブルーバード時代にCIAのチームは東京でソ連とのつながりが疑われた4名の日本人を尋問したが、その際にいくつかの薬物を試し、ソ連との関係を白状させている。その後、4名は射殺され、東京湾に沈められた。(Stephen Kinzer, “Poisoner in Chief,” Henry Holt, 2019) 現在、エンターテイメントの世界は情報機関の強い影響下にある。特にアメリカの映画界や音楽業界はそうした傾向が強く、イギリスで首相を務めたトニー・ブレアのスポンサーだったマイケル・レビーも音楽業界の人間で、1973年にマグネット・レコードを設立している。 ブレアの台頭はイスラエルによるパレスチナ人弾圧と深く結びついている。イスラエルが出現して以来、イギリスの労働党はイスラエル寄りの立場だったのだが、1982年に大きく変化する。 この年の6月6日にイスラエル軍がレバノンへ軍事侵攻を開始する。イスラエル軍がベイルートから撤退したのは8月20日、その翌日にはPLOが撤退を始める。残されたパレスチナ難民を守るためにアメリカ、フランス、イタリアは国際監視軍を編成したが、この部隊も9月12日にレバノンから引き揚げた。 その2日後、14日にレバノンのバシール・ジュマイエル次期大統領が暗殺される。イスラエル軍はこの出来事を利用して15日に西ベイルートへ突入してパレスチナ・キャンプを包囲。サブラとシャティーラの難民キャンプではレバノンの与党、ファランジストの民兵を中核とする右派キリスト教の民兵が16日から18日にかけて難民を虐殺する。この民兵を率いていたのはピエーレ・ジュマイエル、つまりバシール・ジュマイエルの父親。事前にピエーレは親友のシャロン国防相(当時)に手紙を書き、その中で息子の復讐を誓っていた。 殺されたパレスチナ人の数は、レバノン政府によると460名、イスラエルの報告書では700から800名、PLO側は死者と行方不明者を合わせて5000から7000名としている。現地を取材したジャーナリストの推計では、国際赤十字が確認した死体が663、これにブルドーザーなどを使って隠されたり運び出された死体を加えると3000名以上だという。 この虐殺を実行したのはファランジストだが、その黒幕がイスラエルだということからイギリスの労働党はイスラエルから離れ始めた。党の内部ではイスラエルの責任を問い、パレスチナを支援する声が大きくなり、イスラエルを支えているアメリカへも批判の目は向けられた。 そうした情況を懸念したアメリカのロナルド・レーガン政権はイギリスとの結びつきを強めようと考え、メディア界の大物を呼び寄せて善後策を協議し、BAP(英米後継世代プロジェクト)なるエリートを集めた組織を作り上げる。その中には少なからぬメディアの記者や編集者が参加した。 その一方、イギリス労働党を親イスラエルへ引き戻す工作も進められる。親イスラエル派にとって好都合なことに、1994年5月に党首だったジョン・スミスが急死、その1カ月後に行われた投票でブレアが勝利して新しい党首になったのである。 ブレアと彼の妻は1994年1月にイスラエルへ招待され、3月にはロンドンのイスラエル大使館で富豪のマイケル・レビーを紹介された。その後、ブレアの重要なスポンサーになるわけだが、真のスポンサーはイスラエル政府だと言うべきだろう。 レビーのほか、イスラエルとイギリスとの関係強化を目的としているという団体LFIをブレアは資金源にしていた。ブレアがマーガレット・サッチャーの後継者と呼ばれるようになるのは必然だった。イラクへの先制攻撃を実現するためにブレアが偽文書を作成したのもそうした背景があるからだ。 ブレアはジェイコブ・ロスチャイルドやエブリン・ロベルト・デ・ロスチャイルドとも親しい。首相を辞めた後、彼はJPモルガンやチューリッヒ・インターナショナルから報酬を得るようになる。 こうしたブレアのネオコン的な政策への反発に後押しされて2015年に労働党の党首となったのがコービン。彼がライバル政党だけでなく、労働党の内部や有力メディアから攻撃されたのも必然だった。
2020.12.08
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ウクライナ軍参謀総長がアンドリー・フナトフからイーホル・スクィビュクへ、また軍総司令官がオレクサンドル・シルスキーからミハイロ・ドラパティへ交代した。ドラパティは軍事的に無能だが、記者を買収して自分に都合のいい話を流させることには長けていると言われている。 ドラパティは2014年、クーデターで誕生したクーデター軍の第72機械化旅団第2大隊司令官としてネオ・ナチで編成された親衛隊とマリウポリへ突入、警察署を襲撃し、抵抗する非武装の市民を射殺したり装甲車で轢き殺したりしている。その様子は市民によって撮影され、世界に発信された。NATOを後ろ盾とするクーデター派は事実と違う話を流していたが、実際に映像を見れば西側の嘘は明白だ。(クーデター軍に市民が射殺される映像もいくつかあるが、本ブログでは掲載しない) その後、マリウポリは占領されて地下要塞が築かれ、市民は地下に人質として拘束された。解放されたのは2022年2月にロシア軍がウクライナ軍に対する攻撃を開始した後だ。解放された市民の証言は現地に入っていたジャーナリストによって伝えられた。西側からきたジャーナリストも少なくなかったが、事実を伝えたということで後に母国から制裁を受けた人もいる。 国防大臣に続いて参謀総長や総司令官が交代になる理由はNATO/ウクライナ軍がロシア軍に追い詰められているからだろう。ロシア軍はキエフ、スミ、オデッサなどの主要都市で重要施設に対する攻撃を激化させ、オデッサやニコラエフへ物資を輸送する船舶を攻撃し、黒海へのルートを断ち切った。 戦場では兵士の不足が深刻。キエフ政権は強制徴兵担当者を利用して路上で男性を拉致してきたが、家族や通行人から抵抗される様子が撮影され、世界へ伝えられている。ロシア文化圏の東部や南部と違い、反ロシア感情の強い西部のリビウでも強制徴兵に対する怒りは高まり、7月8日には担当者の自動車が市民に襲われ、破壊された。 戦場でも戦闘から離脱しようとするウクライナ兵の存在が以前から指摘されていた。そうした脱走兵を射殺するためのドローンも徘徊しているようだが、逃げ出す将兵はここにきて増加、ロシア側によると、ウクライナ軍から離脱してロシア軍へ合流、NATO/ウクライナ軍と数万人が戦っているという。ウクライナ人の半数以上がロシアに親戚がいると言われ、戦争中でも連絡を取り合っているとされている。そうしたルートを通じてロシア軍と連絡をとっているとも言われている。 その一方、ウクライナ政府はマイクロソフト、グーグル、アマゾン、そしてパランティア・テクノロジーズと深く結びついている。国防大臣を7月16日付で解任されたミハイロ・フェドロフはパランティアのアレックス・カープCEOが目をつたという。 フェドロフが国防大臣に就任した直後、パランティアは同国の国防省などと共同で、ドローンにAI機能を搭載するための「データルーム」を構築する支援をしている。ウクライナで実際の戦闘を通じてデータを集積、AIに分析させて今後の戦争に役立てようということでもある。同社はガザでの破壊と虐殺のプランも作成してきたようだ。 パランティアは2003年、CIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金で創設された会社。イスラエルの情報機関とも関係が深く、パランティアの共同創設者である現在会長のピーター・ティールはドナルド・トランプ大統領を支持、J・D・バンス副大統領のスポンサーとしても知られている。 昨日も書いたように、イスラエルは2001年からジョージアの将兵を訓練するだけでなく、ドローン、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを提供していた。(Tony Karon, “What Israel Lost in the Georgia War”, TIME, August 21, 2008) そして2008年8月にジョージアは南オセチアを奇襲攻撃。これはロシア軍の反撃でジョージア軍が完敗するが、イスラエルによる訓練と兵器の供給がなければ軍事侵攻することはできなかったはずだ。この攻撃にはアメリカも支援していたが、イスラエルは少なくとも当時からロシアの敵だと言える。 ウクライナに対し、イスラエルは2022年から自国製の兵器、情報、そして傭兵を送り続けてきたと伝えられている。電子機器のほか高解像度の衛星画像、対戦車兵器「MATADOR」もウクライナに提供、ウクライナは実戦で得た対ドローン防衛戦術も知らせていた。 そのほかイスラエルはパトリオット・システムや早期警戒レーダー・システム「レッド・アラート」も提供、イスラエル人のみで構成される部隊がウクライナ軍の情報機関の下で活動している。 ネオ・ナチを中心に編成されたウクライナのアゾフ特殊作戦分遣隊(アゾフ大隊)に所属するメンバーが2022年12月にイスラエルを訪問し、イスラエル軍の予備役らと会談した。これも両者の関係が深いことを示している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.07.23
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東京琉球館で6月17日午後7時から「思想統制、言論弾圧、死の部隊で反撃を目論むキエフ」というテーマで話します。6月1日午前9時から予約受付けとのことですので興味のある方は事前に下記まで連絡してください。東京琉球館住所:東京都豊島区駒込2-17-8電話:03-5974-1333http://dotouch.cocolog-nifty.com/ ロシア軍がウクライナに対する軍事作戦を2月24日に始めて以来、ネオ・ナチはロシアとの話し合いによる解決を望む人びとを排除してきました。例えば、ロシアと問題を話し合いで解決しようとしていたボロディミル・ストルクは3月1日に誘拐され、拷問された上で射殺されています。3月5日にはロシアと交渉しているチームのひとり、デニス・キリーエフはキエフの路上で治安機関SBU(ウクライナ保安庁)の隊員に射殺されました。3月7日にはゴストメルのユーリ・プライリプコ市長の死体が発見され、ウクライナ全体では11名の市長が行方不明だとも言われています。マリウポリ空港の地下にはSBUの「図書館」と呼ばれる秘密刑務所があり、拷問も行われていたとする証言もあります。 米英の私的権力に操られているウォロディミル・ゼレンスキー大統領がどこまで関与しているか不明ですが、イギリスのボリス・ジョンソン首相が4月9日にキエフを訪問した直後、ロシア政府とウクライナ政府の停戦交渉は止まったようです。アメリカのジョー・バイデン政権と同じように、ジョンソン政権もウクライナでの戦闘を長引かせようとしています。 西側の有力メディアは事実を調べず、ゼレンスキー政権の主張を垂れ流してきました。ロシア軍を悪魔化したハリウッド映画のシナリオを彷彿とさせる話ですが、時を経るにしたがい、荒唐無稽なものになっています。少しでも調べたり考えたりすれば嘘だとわかるような話でも垂れ流してきました。 アメリカ軍の情報機関DIAはロシア軍が長距離ミサイルが攻撃しているターゲットは軍事施設だと説明、住民が狙われているとする話を否定し、またアメリカ政府が宣伝していた生物化学兵器による「偽旗攻撃」について、アメリカ国防総省の高官はロシアによる化学兵器や生物兵器の攻撃が差し迫っていることを示す証拠はないと語っていました。西側ではそうした情報も無視されています。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、ネオ・ナチで編成されたアゾフ大隊(アゾフ特殊作戦分遣隊)をはじめとする親衛隊に占領されていた地域がロシア軍に解放されて住民が脱出、米英の有力メディアが展開してきた反ロシア宣伝の嘘が明確になってきました。 脱出した住民は異口同音にアゾフ大隊が脱出を試みる住民を射殺していると語っています。それだけでなくネオ・ナチは建物を破壊、住民や捕虜を拷問、若い女性をレイプしているとも告発しているのです。(例えばココやココ) 西側の有力メディアはロシア軍が産婦人科病院を空爆したと宣伝していましたが、破壊された時点で病院はウクライナ側の兵士によって要塞化されていたことを複数の住民は証言、その病院から別の病院へ移動させられた妊婦によると、空爆はなかったということです。 イギリスのBBCは3月17日、ロシア軍が16日にマリウポリの劇場を空爆したと伝えましたが、それを伝えたオリシア・キミアックは広告の専門家。マリウポリから脱出した住民は異口同音に劇場を破壊したのはアゾフ大隊だと語っています。 脱出した住民が増えるにしたがい、ネオ・ナチの残虐行為を住民が非難する映像がインターネット上に増えていますが、その一因は現地で取材していいる記者がいるからです。その中にはフランスの有力メディアTF1やRFIのほか、ロシアやイタリア人の記者もいますが、そうした情報が西側で広く伝えられているとは言えないでしょう。 親衛隊の劣勢に危機感を持ったのか、2013年5月から16年5月までSACEUR(NATO欧州連合軍最高司令官)を務めたフィリップ・ブリードラブ空軍大将は4月7日、核戦争への恐怖がプーチンに対する適切な対応を西側はとれないのだと発言したと伝えられています。 ブリードラブはバイデン政権へウクライナについてアドバイスしている退役軍人のひとり。ネオコン/シオニストと強く結びつき、軍事的な緊張を高めるために偽情報を発信してきました。 こうした実態はウクライナ全域で知られるようになり、反発する住民が増えている可能性があります。ゼレンスキー政権はすでにメディアを統制、反対政党の活動を禁止、有力政治家を拘束していますが、SBUの部隊がロシアを敵視していないと見られる市民を拘束している様子を公表しています。脅しのつもりなのでしょう。 ロシア軍によるマリウポリの制圧が見通されていた4月21日、ウクライナの南部にあるミコライフ州のビタリー・キム知事は「ウクライナ24テレビ」の番組で「全ての裏切り者を処刑する」と語っています。処刑を実行するための秘密部隊を編成、すでに作戦を遂行しているとも語っていました。キムにとって「裏切り者」とはゼレンスキーの政策に同意しない人びとだといいます。 国民に対して恫喝を始めたのは危機感の表れでしょう。そうした状況の中、アントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースチン国防長官は4月24日にキエフを極秘訪問、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領と3時間ほど会談したと伝えられています。 その際、アメリカ側はさらなる軍事面や外交面の支援を約束していますが、25日にオースチン国防長官は支援の目的を「ロシアの弱体化」にあると語りました。ロシアの現体制を転覆させ、ウラジミル・プーチン大統領を排除することが目的だと理解されています。ボリス・エリツィンが米英私的権力の手先として働いていた1990年代のようなロシアを復活さたいということでしょう。 4月29日にはアメリカ国防総省のジョン・カービー報道官が同国はドイツでウクライナ軍の兵士に榴弾砲やレイダーの扱い方を訓練すると発表、30日にはナンシー・ペロシ下院議長に率いられた議員団がウクライナを突如訪問、ゼレンスキー大統領に対してウクライナへの支援継続を誓いました。 そしてアメリカ議会はウクライナに対する400億ドル相当の支援を5月19日に承認、民主党のジョー・マンチン上院議員はスイスのダボスで開かれたWEF(世界経済フォーラム)の年次総会でウクライナがロシアと何らかの和平合意を結ぶことに反対すると表明しています。 それに対し、ヘンリー・キッシンジャーはWEFの総会にオンラインで参加、平和を実現するためにドンバスやクリミアを割譲するべきだと語りました。ロシアの破壊と世界制覇を目指しているネオコンやその背後にいる私的権力は怒っているようですが、キッシンジャーは遅くとも2014年からそう主張しています。ネオコンの攻撃的な政策でロシアと中国の関係を強めていることに危機感を持っているのかもしれません。 キッシンジャーは2014年3月、つまりクーデターの翌月にはロシアとウクライナの歴史的に特殊な関係にあることを理解しなければならないと指摘、オバマ政権が実行した暴力的クーデターを批判しています。 また、ソ連を敵視、「封じ込め政策」を打ち出したアメリカの外交官、ジョージ・ケナンは1998年5月、NATOの東への拡大を懸念する意見を表明しています。リスクが大きいと考えたようです。 その前年、ビル・クリントン大統領は国務長官をクリストファー・ウォーレンからマデリーン・オルブライトへ交代、ユーゴスラビアへの軍事侵攻へ向かい始めています。1999年3月にNATO軍はユーゴスラビアを先制攻撃、破壊と殺戮を展開し、国を解体しました。中期的に見ると、ウクライナにおける戦争はここから始まったと言えるでしょう。 その戦争は1992年2月に国防総省のDPG草案という形で作成された世界制覇プランに基づいて実行されました。そのプランは国防次官だったポール・ウォルフォウィッツを中心に作成されたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれています。 その後、プランの前提が崩れましたが、ネオコンは強引に世界制覇を実現しようとしています。バイデン大統領は今年3月21日、世界が「新秩序」へ移行しつつあり、アメリカはその新秩序を先導すると語りました。そのためにはロシアや中国を屈服させるか破壊するしかないでしょう。そのため、思想統制、言論弾圧、そして死の部隊をアメリカは使っています。そうした戦術を実行する手先の中に有力メディアが含まれていることは間違いありません。こうしたことについて考えてみたいと思います。
2022.05.26
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パレスチナ人のデモ隊に対してイスラエル軍が5月14日に実弾を発射、60名が殺されて数千人が負傷したという。アメリカ政府が自国の大使館をテルアビブからエルサレム(クドス)へ移し、新しい大使館の開館を祝う式典が催されたが、それに対する抗議だった。 アメリカやイスラエルの政府が開館日を5月14日にした理由はこの日が「イスラエル建国70周年」の記念日にあたるからだが、パレスチナ人にとってそれは「ナクバ(大惨事)」を意味する。この「イスラエル建国」に正当な理由があるとは到底思えない。 第2次世界大戦でナチスがユダヤ人を弾圧したが、それでパレスチナへ移住しようと考えたユダヤ人は多くなかった。一部のシオニストだけだ。イスラエル建国はユダヤ人が求めたものではなく、イギリスやフランスの強欲さが根底にある。 シオニストとはシオニズムを信奉する人々で、シオニズムとはエルサレム神殿があったとされる「シオンの丘」へ戻ろうという運動。シオニズムという語句を最初に使ったのはナータン・ビルンバウムなる人物で、1893年のことだとされている。その3年後に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルが近代シオニズムの創設者とされているが、1905年まで「建国」の地をパレスチナに定めていない。このヘルツルのほか、モーゼズ・ヘスやレオン・ピンスカーなどのシオニストは当初、聖書には言及していない。 その一方、イギリス政府は1838年の段階でエルサレムに領事館を建設、91年にはキリスト教福音派のウィリアム・ブラックストーンなる人物がアメリカで「ユダヤ人」をパレスチナに返そうという運動を展開、ベンジャミン・ハリソン米大統領に働きかけていた。 中東情勢を考える上で重要な節目はサイクス・ピコ協定だろう。第1次世界大戦の最中にイギリスのマーク・サイクスとフランスのフランソワ・ジョルジュ-ピコの話し合いで作成、のちに帝政ロシアが加わって締結された秘密協定で、オスマン帝国を解体して分割しようという内容で、パレスチナは後日改めて協定を結ぶことになっていた。1917年11月のロシア十月革命で成立したボルシェビキ政権によって暴露されている。この協定は実現されなかったことになっているが、英仏支配層の中では消えていないように見える。 帝政ロシアはロシア二月革命で倒されて臨時革命政府が成立しているが、その中心には帝政ロシアを支えていた柱のひとつだった資本家が存在、そこにメンシェビキやエス・エルが加わっていた。この二月革命にボルシェビキの幹部は参加していない。大半が亡命中か刑務所で拘束されていたからだ。そのボルシェビキの幹部をロシアへ運び込んだのはドイツ。第1次世界大戦で東西ふたつの戦線を抱えていたドイツは、即時停戦を主張していたボルシェビキに目をつけたのだ。 そうした中、1917年11月にイギリスのアーサー・バルフォアはシオニズムを支援していたライオネル・ウォルター・ロスチャイルドへ書簡という形で「ユダヤ人の民族的な故郷」の建設を支持している。いわゆるバルフォア宣言だ。ボルシェビキが革命を成功させる見通しが立った段階ではサイクス・ピコ協定が露見する可能性は高く、それを見越しての宣言だろう。イギリスという立場からみると、サイクス-ピコ協定とバルフォア宣言との間に矛盾は感じない。パレスチナ問題では1915年7月から16年3月までの期間にフサイン・ビン・アリとイギリスのヘンリー・マクマホンとの間でやり取りされた書簡でアラブの独立が認められているが、いずれも当事者であるパルスチナの人々を無視している。 この当時は侵略が当然だったという侵略者の身勝手な理屈は通用しない。侵略は侵略であり、侵略された人々の怒りを力で封じてきただけのことだ。パレスチナ問題の根には大英帝国の支配者やその継承者の利権と戦略が存在する。その勢力はまだ健在だ。 パレスチナ問題で露骨にイスラエルの立場から発言しているサウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子は無一文の状態から短期間に巨万の富を築いた。この皇太子はイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相やアメリカのドナルド・トランプ大統領と近く、その経済戦略は新自由主義にほかならない。だからこそ西側で「改革者」と持ち上げられているわけだ。そうした態度は中東の人々からあざけりの対象になっている。 あざけりだけでなく、物騒な噂も流れている。リヤドにある王宮周辺で4月に激しい銃声が聞こえたとする情報が流れたが、何者かが襲撃して警護に当たっていた部隊と銃撃戦になったとする情報も流れた。昨年(2017年)8月にはビン・スルタン皇太子の暗殺未遂が伝えられ、10月にはジッダにある宮殿近くで宮殿への侵入を図った人物と治安部隊との間で銃撃戦があったという未確認情報が流れている。そのサウジアラビアへトランプ大統領の義理の息子にあたるジャレッド・クシュナーがサウジアラビアを秘密裏に訪問、11月に大規模な粛清が始まった。 イスラエルやアメリカがビン・サルマンの後ろ盾になっているようだが、反発している人は少なくない。ビン・サルマン皇太子が姿を見せないと、様々な憶測が飛び交う。
2018.05.21
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イスラエル軍は4月1日、シリアのダマスカスにあるイラン領事館をゴラン高原の方向から空爆した。イランのIRGC(イスラム革命防衛隊)の特殊部隊と言われているコッズのモハマド・レザー・ザヘディ上級司令官と副官のモハマド・ハディ・ハジ・ラヒミ准将を含む将校7名が死亡したと伝えられている。国際法で保護されている外交施設を破壊したイスラエルは国際法を守る意思がないことを示した。イスラエルの守護者であるアメリカやイギリスやも同様だ。 現在、ガザではイスラエル軍による破壊と殺戮が続いている。すでに3万数千人が殺害されたと言われているが、瓦礫の下に眠っている死体の数は不明だ。イスラエルやその守護者たちは虐殺が始まれば住民が逃げ出すと思ったのかもしれないが、そうした展開にはならず、殺戮者としてのイメージを世界に広めている。 イスラエル政府は領事館への攻撃でイランを挑発、反撃を誘っていると見られている。その反撃が激しければ、アメリカ軍が介入する理由として使えると考えているのだろう。イスラエルはレバノンへの軍事侵攻を計画していると言われているが、単独で侵攻すればヒズボラに負ける可能性が高い。アメリカ軍が必要だ。 2014年にアメリカのバラク・オバマ政権の政策によってダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)は作り出され、その武装集団は残虐さを演出、アメリカ/NATO軍を介入させようとした。 しかし、その直前、シリア政府の要請でロシア軍が介入してダーイッシュやそのほかのアル・カイダ系武装集団を敗走させてしまった。そこでアメリカなど西側の国は「静かに」軍隊をシリア領内へ侵入させ、基地を築いて戦闘員を訓練したり石油を盗掘している。 領事館の破壊と要人の殺戮はイランがイスラエルに対して大規模な反撃を始める正当な理由になるだろうが、今回の場合、イラン外務省のナセル・カナニ報道官によると、イランは「対抗措置をとる権利を留保しつつ、反撃の種類と攻撃者への処罰を決定する」と慎重な姿勢を示している。ホセイン・アミールアブドッラーヒヤーン外相はアメリカの責任にも言及した。 10月7日に実行されたハマスを含む武装集団によるイスラエルへの攻撃はイランが首謀者だとイスラエルは主張しているが、その証拠は示されていない。そもそもハマスはPLOのヤセル・アラファト対策でイスラエルが創設した組織。ムスリム同胞団のメンバーだったシーク・アーメド・ヤシンは1973年にイスラエルの治安機関であるシン・ベトの監視下、ムジャマ・アル・イスラミヤ(イスラム・センター)を、そして76年にはイスラム協会を設立している。そして1987年、イスラム協会の軍事部門としてハマスは作られた。 2004年にヤシンとアラファトは暗殺されているが、09年に首相へ返り咲いたネタニヤフはPLOでなくハマスにパレスチナを支配させようとしたという。そのためネヤニヤフはカタールと協定を結び、カタールはハマスの指導部へ数億ドルを送り始めたと言われている。
2024.04.03
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200億ドルを超える債務再編計画を国際債券保有者が正式に承認したとウクライナ政府が発表したのは今年8月28日のこと。この債務再編により、キエフ政権は今後3年間で114億ドルを節約できる。31日にウクライナ政府は債務返済を一時的に停止することを可能にする法律を発動し、8月からの債務返済を停止する。 ロシア軍は2022年2月にウクライナ軍を攻撃、8月までにウクライナと債権者は2年間の債務凍結で合意したとされている。今年、その期限が来たわけだ。 支払い猶予期限が迫ってきたことからウクライナの財務顧問を2017年から務めるロスチャイルド・アンド・カンパニーは会議を設定。ブラックロック、ピムコ、アムンディを含む資産運用会社の代表者、その法律顧問、そして財務顧問が7月16日にパリへ到着し、ウクライナの債務管理局長を務めるユーリー・ブツァ、法律顧問のホワイト・アンド・ケース、そしてロスチャイルドのチームと合流した。 1990年代のウクライナは中立を掲げ、EUとロシアのどちらにも与しない姿勢を見せていた。ビクトル・ヤヌコビッチもそうした考え方の持ち主だが、ロシア征服を目指す西側の強大な私的権力は戦略上、ウクライナを属国化する必要があり、そうした人物を大統領にするわけにはいかなかった。そこで仕掛けたのが「オレンジ革命」にほかならない。 しかし、その「革命」で大統領に就任したビクトル・ユシチェンコは西側の傀儡で、新自由主義政策を推進した。必然的に貧富の差が拡大してウクライナ人の怒りを買うことになる。そこで2010年の大統領選挙では再びヤヌコビッチが勝利した。 ヤヌコビッチを受け入れられないアメリカのバラク・オバマ政権はより強硬な手段に出る。2013年から14年にかけてネオ・ナチを利用したクーデターを実行、西側資本の属国にしたのだ。 ところがウクライナにはネオ・ナチ体制を拒否する人が少なくなかった。特にロシア語圏でヤヌコビッチの支持基盤だった東部や南部にそうした傾向が強い。 南部のクリミアではロシアの保護下に入る選択をしたが、そうしたことが可能だったのは住民の圧倒的多数が自分たちをロシア人だと考えていたことだけでなく、駐留していたウクライナ兵の9割近くが新体制を拒否、軍を離脱したからだ。東部のドンバスでも似た状況で、反クーデター軍が編成された。ウクライナ全体でも軍人や治安機関メンバーの7割はネオ・ナチ体制を拒否して離脱、一部はドンバス軍へ合流したと言われている。 クーデターの前からアメリカがウクライナの石油を奪おうとしていたとビクトリア・ヌランドは語っている。2013年12月13日、米国ウクライナ財団主催の会合に彼女は登場、アメリカは1991年からウクライナに対して50億ドル以上を投資したと語っているのだ。アピールしている相手は演壇に示されていた。アメリカの巨大石油会社、エクソンモービルとシェブロンの文字があった。 クーデターの後、ロシアからの支援を失ったウクライナの経済は破綻し、ウクライナ国債の価格は下落する。それを買い占めていたフランクリン・テンプルトンというファンドは額面総額50億ドルの国債を買ったという。このファンドを操っているのはロスチャイルド家だ。フランクリン・テンプルトンを設立した人物の息子、ジョン・テンプルトン・ジュニアはバラク・オバマの選挙キャンペーンに多額の寄付をしていたことで知られている。 破綻した国の国債を安値で買いあさり、満額で買い取らせるというのが「ハゲタカ・ファンド」のやり口。ウクライナにはIMFがカネを貸しているが、そのカネでファンドの要求通りに支払うことができる。債権者になったIMFは債務者である破綻国の政府に対して緊縮財政を要求、庶民へ回るカネを減らさせる。規制緩和や私有化の促進で国の資産を巨大資本に叩き売らせ、大儲けさせてきた。 私的権力の手先はクーデター直後の3月7日深夜、ポリスポリ空港に4輌のトラックと2輌の貨物用のミニバスで乗り付け、40個以上の箱をマークのない航空機へ運び込んだと伝えられている。 車両はいずれもナンバー・プレートが外され、黒い制服を着て武装した15名が警戒する中での作業だった。作業が終わるとすぐに航空機は飛び立ち、車両も走り去ったという。その箱の中身は金塊だという情報がある。当時、ウクライナ政府42.3トンの金塊を保有していたとされている。 西側の私的権力は消滅間近のソ連でも暗躍していたが、そのひとりがミハイル・ホドルコフスキー。彼はソ連時代の1989年、リチャード・ヒューズなる人物と「ロシア人モデル」をニューヨークへ送るビジネスを始めた。この年にホドルコフスキーはメナテプ銀行を設立するためのライセンスを取得するが、違法送金やマネーロンダリングが目的だった可能性のだろう。このビジネスをソ連当局も怪しみ、モデルに対する出国ビザを出し渋るのだが、ホドルコフスキーはKGB人脈を持っていた。そのコネクションに助けられてビザを入手できたという。 ソ連が1991年12月に消滅し、ボリス・エリツィンが西側支配層の代理人としてロシアを支配するようになると、ホドルコフスキーはエリツィン政権を支える顧問のひとりに就任。彼は1995年にユーコスなる石油会社を買収、中小の石油会社を呑み込み、その一方でモスクワ・タイムズやサンクトペテルブルグ・タイムズを出している会社の大株主になっている。 ホドルコフスキーはユーコスの発行済み株式のうち25から40%をアメリカの巨大石油会社、エクソン・モービルとシェブロンへ売り渡そうとしたが、プーチンに阻止された。プーチンの動きが遅れれば、ロシアは米英支配層の植民地になっていたことだろう。(Natylie Baldwin & Kermit Heartsong, “Ukraine,“ Next Revelation Press, 2015) プーチンが実権を握った後、少なからぬオリガルヒはロシアからロンドンやイスラエルへ逃亡するが、ホドルコフスキーはロシアに残った。そして2003年10月、彼はノボシビルスクの空港で横領と税金詐欺の容疑で逮捕されている。 ホドルコフスキーのユーコス株の支配権は先に結ばれた「取り引き」によってジェイコブ・ロスチャイルドへ渡ったとサンデー・タイムズ紙は報じていた。ホドルコフスキーがロスチャイルドとの関係を語った映像が5月22日にインターネットで公開された。その中で、モスクワに本社があるルクオイルの真のオーナーはジェイコブだったとホドルコフスキーは明らかにしている。 ロスチャイルドが支配しようとしていたロシアとウクライナは世界有数の穀倉地帯であり、鉱物資源、石油や天然ガスといったエネルギー資源が豊富。こうしたロシアの富を「担保」にしてロスチャイルドのような金融資本は融資したのだろうが、富を盗めなければ不良債権になってしまう。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.09.04
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すでに深刻な副作用が問題になっている「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」だが、エール大学の研究者は新たな「憂慮すべき症候群」を発見したという。研究は進行中で、さらなる研究が必要だともしている。 その症状とは意識混濁、めまい、耳鳴り、運動不耐性で、エプスタイン・バール・ウイルス(EBウイルス)という休眠ウイルスが再活性化されて引き起こされる。日本では3歳頃までに6から7割、成人では8から9割が感染しているウイルスで、ヘルペスウイルス科に属す。「癌ウイルス」としても知られ、また自己免疫疾患の原因になり、パーキンソン病など神経性疾患との関係も指摘されている。免疫力の低下が発症の引き金になる。 記事では「COVID-19ワクチン」により、アメリカでは300万人、世界では数千万人の命をCOVID-19から救ったと「推定」されているとしているが、医学的に考えて予防効果はないとする研究者は少なくない。実際、効果があるようには思えない。免疫力を低下させるため、病気を広めている可能性が高い。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、COVID-19騒動はアメリカ国防総省のプロジェクトで、CIAも関係している。このプロジェクトで重要な役割を演じたエコヘルス連合はWHO(世界保健機関)へアドバイスする立場にある。 エコヘルス連合はアンソニー・ファウチが所長を務めていたNIAID(国立アレルギー感染症研究所)から研究費を得ていたが、それ以上に多額の資金をCIAが利用してきたUSAIDのPREDICTプロジェクトや国防総省のDTRA(国防脅威削減局)から得てきた。NIAIDはDARPA(国防高等研究計画局)と連携している。このネットワークはウクライナで生物化学兵器の研究開発を行っていた。 COVID-19のプロジェクトはモンタナにあるロッキー・マウンテン研究所が中心的な存在だとも言われ、人工的に作られたコロナウイルスが中国の武漢へ持ち込まれた可能性が高い。その事実から人びとの目を逸らさせるために中国を悪役にした物語が語られているが、それも限界にきている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.21
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ポクロフスクをロシア軍が制圧、ウクライナでの戦闘が大きな節目を迎えている。ポクロフスクにはふたつの幹線道路が通り、ウクライナ軍の補給にとって重要な場所。これまでロシア軍は自軍兵士の死傷者をできるだけ少なくするため、慎重に作戦を進めてきたが、この要衝を抑えたことから進撃のスピードが上がる可能性がある。 すでにロシア軍はポクロフスクで相当作戦を展開しているが、そうした状況の中、ウクライナの情報機関GUR(国防省情報総局)が特殊部隊をUH-60Aブラックホークで送り込み、救出しようとした。少なからぬ人が無謀だと指摘していたが、CIAの上級工作員、あるいはNATOの将校を救出するためだったようだ。同じようにロシア軍が包囲しているクピャンスクにはNATOの突撃部隊と2名のアメリカ軍将校もウクライナ軍部隊と一緒に取り残されている。 バラク・オバマ政権が2014年2月にネオ・ナチを使ったクーデターでウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒した当初からCIAやFBIの専門家数十名が顧問として送り込まれたほか、傭兵会社の「アカデミ(旧社名:ブラックウォーター、Xe、2014年6月にトリプル・キャノピーと合併してコンステリス・グループ)」の戦闘員約400名もウクライナ東部での戦闘に参加したが、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」を利用し、8年かけてNATO諸国はクーデター体制の戦力を増強している。 2022年に入ると戦力を増強したウクライナ軍がドンバスに対する砲撃を強め、大規模な軍事侵攻を計画していると言われるようになる。アメリカ国防総省はウクライナで生物兵器の研究開発を進めていたが、そこで作られた生物兵器を利用する疑いもあった。そして2022年2月にロシア軍はドンバス(ドネツクとルガンスク)周辺に終結していたウクライナ軍の部隊、ウクライナ領内の軍事基地、そして生物兵器の研究開発施設を攻撃し始めた。 しかし、3月にロシア政府とウクライナ政府は停戦で合意、仮調印している。ウラジミル・プーチン露大統領は善意の印として、キエフ北部の地域を支配していた戦車部隊を3月31日から撤退させるようロシア軍に命じた。 そうした停戦の動きをイギリスとアメリカが潰している。例えば、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンが4月9日にキエフへ乗り込んでウォロディミル・ゼレンスキー大統領に対して戦争継続を命令(ココやココ)、4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。 交渉が決裂した後、ロシア軍は要塞戦の西端にあるマリウポリを攻撃し始め、2022年5月末までに制圧し、数千人のウクライナ兵を捕虜にすると同時に住民を解放した。 この時点ではイギリスもアメリカもロシアを簡単に打ち負かせるとまだ信じていたようだが、米英の動きを見たロシア政府は2022年9月に部分的動員を発表した。30万人の予備役を動員するということだ。2022年8月までにロシア軍では数千人の兵士が契約期限切れになることも動員を決意させた一因だろう。また消耗戦対策として、同年9月から12月にかけてヘルソン西岸から撤退し、ザポリージャとドネツクに防衛線を構築、2023年1月にはバフムートで激しい戦闘が始まる。 ドナルド・トランプ政権でウクライナにおける戦争に積極的な人物のひとりはウクライナ担当特使を務めているキース・ケロッグ退役中将。本ブログですでに書いたように、この人物はジョー・バイデン政権下の2023年2月28日にアメリカの上院軍事委員会で、「もしアメリカ軍を一切投入しないで戦略的な敵国(ロシア)を打ち負かすことができれば、それはまさにプロフェッショナルの極みだと私は考えている」と語っている。この段階でもロシアとの戦争に勝てると考えていたのだろう。 ところが、イギリスの国防相を務めていたベン・ウォレスは2023年10月1日付のテレグラフ紙に寄稿した論考の中で、ウクライナ兵の平均年齢はすでに40歳を超えていると指摘した。この時点でウクライナ側には十分な兵士がいなくなっている。ロシア軍が本格的な戦闘を始めてまもなく、戦況はロシア軍が有利になったわけだ。この後、ウクライナ軍の壊滅が始まった。 ロシア軍が作戦を慎重に進めた理由のひとつは自軍兵士の死傷者をできるだけ少なくするためだが、ゆっくり攻めることで兵站線が伸びることを避けたと見られている。それに対してウクライナ側の兵站線は西のポーランドから伸びているため厳しい。消耗戦はNATO諸国にもダメージを与えている。 かつて日本軍は第2次世界大戦の終盤、沖縄でアメリカ軍と激しい戦闘を繰り広げた。沖縄の自然は破壊され、戦死者は日本軍が9万4000人以上、アメリカ軍が約1万2500名、さらに住民約9万4000人も殺されているという。日本軍は沖縄を「捨て石」にしたと言われている。日本の中枢は沖縄で人びとが殺されることを気にしていなかっただろう。彼らは自分たちのことしか考えていない。ウクライナをめぐり、NATO諸国は似たようなことをしている。 そのウクライナに対する支援とロシアに対する「制裁」、つまり経済戦争を続けると高市早苗首相は主張している。官民一体となってウクライナの復旧復興を支援するとも語っているが、戦争がどのように決着すると考えているのだろうか?ウクライナで戦争を始めた当時に西側諸国が妄想した利権の獲得は困難な情勢だ。ロシアは永続的な平和を実現するため、アメリカやその同盟国をウクライナから排除するはずだ。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2025.11.09
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アメリカでは公開されたジェフリー・エプスタインに関連したファイルが欧米支配層を揺るがしている。欧米の大手メディアはエプスタインについて「KGB(国家安全保障委員会)のスパイ」だとする話を広めているが、根拠はない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じように、イスラエル軍の情報機関、つまりアマン(情報部)のために働いていたのである。エプスタインは「モサド」のエージェントだと言われることもあるが、ベンメナシェによると、それは正しくない。 このファイルは司法省が保有していたもので、トッド・ブランシュ司法副長官によると、司法省が保有するエプスタインに関する文書約600万ページのうち公開されたのは約300万ページ。つまり半分は公開されていない。しかも公開されたファイルは加害者などの名前は黒く塗られているのだが、そもそも600万ページで全てなのかどうかもわからない。この「エプスタイン・ファイル」の公開は支配層内部の権力抗争の結果だと思われ、必要以上に公開されることはないだろう。 公開されたファイルによると、人身売買に伴う性的サービス、拷問行為、胚や臓器の取り引き、人肉食などが行われていた。必然的に人が殺されている。凶悪犯罪だが、捜査機関の動きは鈍い。削除された資料には、トランプ大統領が未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれていたという。削除された文書のひとつはトランプが人身売買に関与していた主張しているとされている。 欧米では人身売買と関係した養子縁組がある。例えば、2001年にはイスラエルの養子縁組機関と移植用臓器売買の関連性をルーマニア当局は調査している。ハアレツ紙によると、一部のイスラエル人医師はトルコ、ルーマニア、その他の東欧諸国で違法な腎臓移植やヒト卵子の売買に関与していたという。 前にも書いたことだが、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷で検察官を務めたカーラ・デル・ポンテは自著(Chuck Sudetic, Carla Del Ponte, “La caccia: Io e i criminali di guerra,” Feltrinelli, 2008)の中で、KLAによる臓器の密売を告発している。 彼女によると、コソボで戦闘が続いている当時、KLAの指導者らが約300名のセルビア人捕虜から「新鮮」な状態で、つまり生きた人間から臓器を摘出し、売っていたというのだ。この話は欧州評議会のPACE(議員会議)に所属していたスイスの調査官ディック・マーティの報告書にも書かれている。KLAの幹部はセルビア人を誘拐し、彼らの臓器を闇市場で売っていたという。捕虜の腎臓を摘出し、アルバニア経由で臓器移植のネットワークで売り捌いていたともされている。 こうしたことはアメリカでも問題になっている。例えば、ロバート・F・ケネディ・ジュニア長官率いるアメリカの保健福祉省(HHS)の保健資源サービス局(HRSA)による調査の結果、患者が生命の兆候を示している時点で病院が臓器提供プロセスを開始させていたことがあったというが、アメリカでは闇市場での臓器売買、それに伴う殺人が横行しているとも言われている。 以前からジェフリー・エプスタインの自宅から持ち出された「黒い手帳」が問題になっていた。それは顧客名簿だと言われているのだが、の中にコートニー・ラブの連絡先も書き込まれていた。この女性は人気バンド「ニルバーナ」のリード・シンガーだったカート・コバーンの妻だ。(Nick Bryant, “Here is Pedophile Billionaire Jeffrey Epstein’s Little Black Book,” Gawker, January 23, 2015) ニルバーナのメンバーは新自由主義に反対、WTO(世界貿易機関)を強く批判していた。コバーンとラブは1992年2月にハワイで結婚しているが、それは彼女の妊娠が明らかになったからだとされている。その結婚式にバンドのベーシストでコバーンの親友だったクリスト・ノボセリックや新郎新婦の家族は式に列席していない。 このコートニー・ラブは1964年7月、ハンク・ハリソンとリンダ・キャロルの子どもとして生まれたが、この両親は離婚、コートニーは施設に預けられた。1979年にハリソンは娘のコートニーと再会、施設から連れ出して一緒に生活しはじめる。コートニーは「サンフランシスコのマダム」なる人物に操られ、会社重役などを性ビジネスの客として彼女に紹介していたとハリソンは語っている。 16歳になっていたコートニーは日本において広域暴力団の管理下でストリッパーとして働いていた、あるいは10代のときに台湾で売春していたとも言われている。人身売買のネットワークで売り買いされていた可能性がある。欧米の人身売買ネットワークは日本にも繋がっている。 彼女は1985年にはロサンゼルスへ戻り、映画監督のアレックス・コックスと性的な関係を持つ。コバーンが住むシアトルへコートニーが現れるのは1991年の初秋だ。1991年10月にコバーンの親友だった詩人のスティーブ・バーンスタインは喉を切って死亡する。自殺とされているが、バーンスタインと親しかった映画監督のオリバー・ストーンは殺されたと考えている。 1993年からコートニーのバンド「ホール」に参加していたクリステン・ファフは94年6月に麻薬の過剰摂取で死亡している。その朝、バスタブの中で昏睡状態で発見されたのだが、前夜、コートニーの「元恋人」であるエリック・エルランドソンがファフのアパートへ入り、30分ほどして立ち去るところをファフの友人、ポール・エリックソンが目撃している。クリステンの母親によると、コバーンはファフに対し、新しいバンドで一生にやろうと誘っていたという。 ファフが死亡する2カ月、コバーンは死んでいる。ショットガンで自殺したことになっているが、血中から致死量の70倍以上のモルヒネが検出されたと伝えられている。つまり、モルヒネを体内へ入れた時点で彼は即死していたはず。ショットガンの引き金を引けないだろうと考えれうひとが少なくない。ショットガンから判別できる指紋もなかった。 警察では上層部の命令で殺人の捜査をしない。それに反発した捜査官のひとり、アントニオ・テリーは独自に調査を開始するのだが、1カ月後に高速道路の出口で銃撃された。自家用車で帰宅する途中で、旗を振っている人を助けようとしたところを撃たれたのだ。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015) アメリカやイスラエルの情報機関が人身売買や臓器取引に関与している疑いは以前から指摘されていた。そうした告発は「陰謀論」という呪文で封印されてきたが、エプスタイン・ファイルはそれが事実だということを明らかにした。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.14
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ジェフリー・エプスタインに関連したファイルによって引き起こされた欧米支配層の動揺は治りそうもない。エプスタインは世界の有力者を未成年者との性的行為へ引き摺り込み、その様子を記録して映像などを利用してその有力者を操っていたとされていたが、ここにきて未成年者の中に幼児が含まれ、拷問、殺害、そして人肉食という凶悪犯罪が行われていたという話も出てきた。そうした話自体も大きな問題だが、そうしたファイルがなぜ出てきたのかということを疑問に感じている人も少なくない。過去の例から類推すると、権力抗争が起こっている。 こうした凶悪犯罪をエプスタインがひとりで行ったわけではない。彼はイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために活動していた人物だと証言しているのはアリ・ベンメナシェ。この人物は1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた。 エプスタインはギレーヌ・マクスウェルという女性と親密な関係にあり、内縁関係にあったとも言われている。彼女の父親はミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェル。この親子もアマンの仕事をしていた。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレーヌは1980年代の後半からその情報機関に所属してたとベンメナシェは語っている。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) 有力者の弱みを握って操るということは昔から行われてきた。アメリカの場合、禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールもそうしたことを行っていたひとり。ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによると、元夫はCIAの秘密工作にも協力していたユダヤ系ギャングの大物であるメイヤー・ランスキーと親しかった。 ローゼンスティールの部下だったロイ・コーンは1947年にコロンビア・ロー・スクールを卒業した後、ニューヨーク南部地区連邦検事局の事務官として2年間勤務、1948年にはニューヨーク州弁護士資格を取得している。その一方、ニューヨークの犯罪組織、ガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問にもなっているが、そのひとりがジョン・ゴッチ。ローゼンスティールとは「親子のように」親しく、1953年から54年にかけて「赤狩り」のジョセフ・マッカーシー上院議員の法律顧問を務めた。マッカーシーの黒幕はFBIのJ・エドガー・フーバー長官だが、そのフーバーとローゼンスティールは繋がっていた。後にコーンはドナルド・トランプの顧問弁護士になるが、エプスタインとも関係があった。(Jonathan Marshall, “Dark Quadrant,” Rowman & Littlefield, 2021) エプスタインの事件を明るみに出す上で重要な役割を果たしたひとりは被害者のバージニア・ジュフリーだが、彼女はフランスのモデル・スカウト、ジャン-リュック・ブルネルがエプスタインの人身売買に協力していたとも告発していた。1998年から2005年にかけての時期、ブルネルはエプスタインのプライベート・ジェットに25回搭乗した記録が残っている。 ジェフリーは2015年の宣誓供述書の中で、エプスタインが「ブルネルの少女1000人以上と寝た」と自慢していたとも主張、またブルネルは2008年にエプスタインが逮捕された際、拘置施設でエプスタインと70回以上面会した記録が残っている。そのブルネルは2020年12月、未成年者へのセクハラと性的犯罪の罪で起訴されたが、22年2月に独房内で「自殺」した。 エプスタイン・ファイルで浮かび上がったネットワークは単なる性犯罪集団ではない。性的倒錯の話は世界の支配システムに関係した重大な話から人びとの関心を逸らすことが目的ではないかという人もいる。西側世界は自分たちのシステムを自由、人権、民主主義といったタグで飾り立てているが、その実態は帝国主義にすぎないことを隠したがっているというわけだ。 このファイルに「9/11」や「COVID-19ワクチン」の話た出てこないことを不思議に感じる人もいる。イスラエルやアメリカの情報機関と関係が深く、ビル・ゲイツと親しかったエプスタインの人脈を見れば、こうした話が出てこない方が不自然だ。COVID-19騒動がアメリカ国防総省のプロジェクトだということが判明しているが、それについて何らかのやりとりがあったはずだ。この騒動は最大で82兆ドルの損害をもたらし、これを仕組んだ者たちは数兆ドルの利益を得たと推測されているのだが、社会の仕組みを変えてディストピアを作ろうとしていたとも考えられる。 エプスタイン人脈の中にロスチャイルドの名前が出てくる。エプスタインはイスラエルの情報機関モサドとロスチャイルドのフランスやスイスの人脈のために情報提供者ネットワークを組織していた。ギレーヌによると、イギリス王室のアンドリュー王子(ヨーク公爵)をエプスタインに紹介したのはエべリン・ド・ロスチャイルドの妻、リン・フォスター・ド・ロスチャイルドだった。ビル・クリントンとエプスタインが親しかったことも知られているが、ヒラリー・クリントンがリン・フォスターと親しいことを示す電子メールも漏洩されている。 また、エドモン・ド・ロスチャイルド・グループのCEOを務めるアリアンヌ・ド・ロスチャイルドは「2013年から2019年の間に、銀行での通常業務の一環としてエプスタインと面会していた」という。彼女はエプスタインがニューヨークに保有していた自宅を訪れたこともあるようだ。新たに公開された電子メールによると、アリアンヌはエプスタインとブロードウェイ公演や2014年のモントリオール旅行など、私的な旅行や社交を計画していた。 エプスタインはイスラエルの元首相エフード・バラクとも親しく、その関係で同国の軍事情報局特殊作戦部に所属する秘密技術部隊の81部隊の人脈と繋がっていた。またエプスタインはバラクとロスチャイルド家との間のメッセンジャーを務めていたともされている。 帝国主義の中心には米英の金融資本が存在しているのだが、その中でもロスチャイルド家は大きな存在だ。そのライバルと見なされてきたモルガン家の祖と言われているのはジョン・ピアポント・モルガンだが、物語はその父親であるジュニアス・モルガンから始まる。 ジュニアスはロンドンでジョージー・ピーボディーと銀行を経営していたのだが、1857年に業績が悪化、倒産寸前になる。その時に救いの手を差し伸べてくれたのがピーボディーと親しかったナサニエル・ロスチャイルドにほかならない。 1864年にピーボディーは引退し、モルガンが引き継ぐ。その息子であるジョン・ピアポント・モルガンに目をつけたロスチャイルドは彼をアメリカにおけるロスチャイルド系金融機関の代理人に据えた。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) アレックス・クレイナーによると、そのモルガンが死亡した時、彼が保有していた銀行の株式は全体の9パーセントに過ぎず、銀行を本当に所有していた人物はロンドンの金融街、いわゆるシティにいたという。モルガンは受託者にすぎなかったということだ。おそらく、ジョージ・ソロスも同じだろう。 ソ連が消滅し、ロシアが欧米資本の植民地になっていたロシアにはオリガルヒと呼ばれる富豪が存在した。そのひとりがミハイル・ホドルコフスキー。ジャーナリストのマイケル・グロスによると、ソ連時代に彼はコムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者だったが、そのときにロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばしていた疑いがある。ソ連時代の1989に彼はリチャード・ヒューズなる人物とロシアの若い女性を「モデル」としてニューヨークへ送るビジネスを始めたのだ。(Michael Gross “From Russia with Sex”, New York, August 10, 1998)この年にホドルコフスキーは銀行設立のライセンスを取得、メナテプ銀行を設立した。違法送金やマネー-ロンダリングが目的だったとみられている。1995年に彼はユーコスを買収した。(The Village Voice, September 7, 1998) ホドルコフスキーによると、会社の大株主を監視している「保護者」が存在、その株主に圧力がかかった場合、管理書類を別の人物に渡すのだという。会社を本当に支配しているのはその「保護者」だが、ホドルコフスキー場合、それはジェイコブ・ロスチャイルドだった。 ロスチャイルドはロシアの石油利権を奪うつもりだったのだろうが、ウラジミル・プーチン大統領はロシアの国営石油会社ロスネフチにユーコスの資産を買収させ、ロスチャイルドの計画を阻止した。 2014年2月にバラク・オバマ政権がキエフで実行したクーデターはロシアとヨーロッパを弱体化させることが目的で、それが計画通りに進めばウクライナだけでなくロシアの資源や穀倉地帯を奪うことができた。その黒幕もロスチャイルドを中心とする米英金融資本だろう。 エプスタイン・ファイルには元駐米英国大使のピーター・マンデルソンの名前も出てくる。この人物は「ニュー・レイバー」の立役者として知られ、イスラエルの資金で動いていたトニー・ブレアの顧問として重要な役割を果たしていた。マンデルソンは2010年にエプスタインとデスモンド・シュム(沈棟)を引き合わせている。イギリスはアヘン戦争以来、中国の制圧も狙っているわけで、イスラエルや米英の情報機関と密接な関係にあるエプスタインが中国に対する工作に関係するのは必然だろう。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.19
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バラク・オバマ政権がウクライナで始めた対ロシア戦争とドナルド・トランプ政権が始めた対イラン戦争はアメリカの軍事力が全能でないことを明確にすると同時にAI(人工知能)の愚かさも明らかにした。AIの判断を左右する情報源をCIAやモサドがコントロールしているからである。 元CIA分析官のラリー・ジョンソンが中国のAI「KIMI」で2026年のロシアによるウクライナ領土占領について調べていたところ、AIは奇妙な解説をしていたようだ。ウクライナ南部での反転攻勢により、ウクライナ軍は2026年前半にロシアが占領した領土を大きく上回る範囲を奪還したが、春以降、奪還のペースは鈍化し、6月から7月にかけてはロシアが小幅ながら領土を拡大しているとしているのだ。勿論、これは事実でない。ウクライナ当局の発表や西側のシンクタンクなどが情報源になっているからだ。 NATO諸国はクーデター後、2014年2月から22年2月にかけてキエフ体制軍に兵器を供与、将兵を訓練、ヒトラーユーゲント的な組織で年少者に対する戦闘訓練と思想教育を施し、さらにマリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を中心とする要塞線を築き、ドンバスに対する軍事攻勢の準備をしていたが、2022年にマリウポリとソレダルが、また23年にはマリーインカとアブディフカが陥落、ここにきて要塞線は完全に崩壊した。 そして今年7月22日以降、ロシア軍の攻撃でオデッサやニコラエフを拠点とする海上輸送が事実上不可能になり、ウクライナは船で農産物を輸出することができなくなった。キエフのほか、物流や軍事の拠点に対してロシア軍は連日ミサイルやドローンで攻撃、工場や倉庫、あるいは地下司令部などが破壊されている。ウクライナの敗北は明白だ。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、2014年2月のキエフにおけるネオ・ナチのクーデター後、戦況はクーデター軍が劣勢だった。そこで新体制の後ろ盾であるNATO諸国は反クーデター軍の攻勢を抑えるため、停戦に持ち込むことに成功した。2014年のミンスク1と15年のミンスク2だ。 セルゲイ・グラジエフはロシア大統領の顧問だった2014年6月、アメリカはウクライナの軍事力を強化し、ドンバスを失えばロシアは平和も失うと主張、50万人程度のウクライナ軍がクリミアへ攻め込むと推測していた。クーデター直後、アメリカの元政府高官を含む人びとはロシア軍が動かなかったことを訝っていたが、ウラジミル・プーチン大統領の側近はアメリカが対ロシア戦争を始めたと認識していた。 停戦合意後、キエフの新体制はそれを守らず、NATO諸国は2014年2月から22年2月にかけてキエフ体制軍に兵器を供与、将兵を訓練、ヒトラーユーゲント的な組織で年少者に対する戦闘訓練と思想教育を施している。さらにマリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を中心とする要塞線を築き、ドンバスに対する軍事攻勢の準備をしていた。ドンバスへロシア軍を誘い込み、足止めさせている間に別動隊でクリミアを制圧する作戦だったと見られているが、その目標は達成できなかった。 AIは西側情報機関の情報操作でウクライナが勝利しているかのように判断しているが、ロシアが停戦に応じないため、現実が西側の作り出した幻影を消し去ろうとしている。 1904年2月から05年9月にかけての日露戦争はアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領の仲介で形式上、日本の勝利になったが、実際はロシア側が革命運動の激化で戦争を続けることができなくなっただけだった。 この戦争は1904年2月8日、日本軍が仁川沖と旅順港を奇襲攻撃したところから始まる。その際、日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系金融機関のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフ。日本に対して約2億ドルを融資、その際に日銀副総裁だった高橋是清はシッフと親しくなっている。 この戦争について、セオドア・ルーズベルト米大統領は日本が自分たちのために戦っていると語り、日本政府の使節としてアメリカにいた金子堅太郎はアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦ったと説明していた。1910年に日本は韓国を併合しているが、これもアメリカ政府は容認していたようだ。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) こうした遣り取りを可能にした一因はルーズベルトと金子がふたりともハーバード大学出身だということがある。ルーズベルトは1880年に卒業しているが、その2年前に金子は卒業、1890年にふたりはルーズベルトの自宅で会い、親しくなった。セオドア・ルーズベルトはロシアを敵視していた人物で、日本を対ロシア戦争の手先にしようとしていた。 韓国併合を目論む日本の動きを察知した朝鮮の高宗は特使としてホーマー・ハルバートをワシントンへ派遣するが、ルーズベルト大統領やエリフ・ルート国務長官はその特使と会おうとしない。朝鮮は米朝修好通商条約の第1条に基づいて独立維持のための援助を求めたが、これをアメリカ政府は拒否している。すでにセオドア・ルーズベルト政権は桂太郎や金子堅太郎らと韓国併合で話はついていた。 日露戦争はルーズベルト大統領のおかげで勝利したものの、新聞の戦勝報道で浮かれた日本人が期待したような戦利品はなかった。賠償金支払いはなく、遼東半島の権利のほか、旅順とハルピンを結ぶ鉄道の権利や樺太全土の譲渡もなかったのだ。 戦勝報道で売り上げを伸ばしていた新聞社はその交渉結果を非難して国民を煽り、日本各地で講和条約反対と戦争継続を唱える集会が開催され、日比谷焼き討ち事件も引き起こされた。そして現在、アメリカを絶対視するマスコミは同じような戦勝報道を続けている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.06
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アメリカ司法省は保有するジェフリー・エプスタインに関するファイルの約半分を公開した。残りの半分は封印したいようだ。 公開された文書や映像では加害者を特定できる情報は厳格に隠されているが、被害者のプライバシーが明らかにされるケースがあり、問題になっている。公開されたのは約600万ページのうち約300万ページだけで、非公開の理由として、児童の性的な虐待を描写したものがあり、「死、身体的虐待、負傷」を描写した文書や画像が含まれからだという。犯罪だが、捜査が始まったという話は聞かない。 エプスタインとの関連で名前が浮上した人物は多い。勿論、ロスチャイルドの名前も出てくるが、イギリスのアンドリュー王子(現在はアンドルー・マウントバッテン-ウィンザー)、サラ・ファーガソン、アメリカの政界ではビル・クリントン、ヒラリー・クリントン、ドナルド・トランプ、アル・ゴア、ロバート・ケネディ・ジュニア、俳優のレオナルド・デカプリオ、ケビン・スペイシー、ブルース・ウィルス、キャメロン・ディアズ、クリス・タッカー、映画監督のジョージ・ルーカス、歌手のマイケル・ジャクソン、モデルのナオミ・キャンベル、理論物理学者のスティーブン・ホーキング、言語学者のノーム・チョムスキー、ハーバード・ロー・スクールで教鞭をとっていた弁護士のアラン・ダーショウィッツなども含まれている。 体制に批判的な言論人と見なされてきたチョムスキーがエプスタインと親しかったことを意外だと感じる人もいるだろうが、本当の反体制派がアカデミーの世界で生きることはできないと彼はかつてプリンストン大学の大学院で博士号を取得しようとしていたノーマン・フィンケルスタインという学生にアドバイスしている。 シオニズムについて研究していたフィンケルスタインは1984年に出版されたジョーン・ピーターズの『太古の昔から:パレスチナをめぐるアラブ・ユダヤ紛争の起源(日本語版:ユダヤ人は有史以来)』に興味を持ち、読んだのだが、疑問を持つ。この本はベストセラーで、著名な劇作家のソール・ベローや歴史家、ジャーナリスト、作家として知られているバーバラ・タックマンなどから絶賛され、ワシントン・ポスト紙、ニューヨーク・タイムズ紙などの大手メディアも誉めたたえていた。 その本の主張はパレスチナ人は存在しないというもの。パレスチナ人はユダヤ人が国を築いた後に移住してきたのであり、イスラエルが彼ら全員を追い出しても道徳的な問題はないと主張していたのだ。その本の主張が作り話であり、完全に捏造された代物だということにフィンケルスタインは気づいたのだ。 チョムスキーによると、フィンケルスタインは予備的な調査結果をまとめた25ページほどの短い論文を書き上げ、そのテーマに興味のありそうな30人ほどの学者などへ送り、意見を求めたのだが、返事を出したのはチョムスキーだけだったという。 チョムスキーはフィンケルスタインに対し、「確かに興味深いテーマだと思うが、もしこれを追求すれば面倒なことになるだろう。アメリカの知識人社会を詐欺集団として暴露することになり、彼らはそれを気に入らず、君を破滅させるだろうから」と警告、「この問題を追求すれば君のキャリアは台無しになる」とも注意したという。(Norm Chomsky, “Understanding Power,” New Press, 2002) しかし、その警告を読んだ上でフィンケルスタインは論文を書き上げて学術誌に投稿し始めたが、反応は何もなかった。唯一、イリノイ州で発行されている「In These Times」という小さな雑誌が一部を掲載しただけだったという。プリンストン大学の教授陣はフィンケルスタインと口を聞かず、彼の論文を読まなくなる。こうした事情をフィンケルスタインはチョムスキーに話し、アドバイスを求めた。結局、大学は彼に博士号を授与したが、チョムスキーによると、これは「恥ずかしさから」だとしている。(前掲書) その後、フィンケルスタインはデポール大学で助教を務め、大学は彼に終身在職権を与えようとしたのだが、ハーバード・ロー・スクールで教授を務めていたアラン・ダーショウィッツは妨害工作を始める。彼のフィンケルスタインを攻撃するキャンペーンは数カ月に渡って続けられた。ちなみに、ダーショウィッツはエプスタインの弁護団に名を連ねていた人物。 彼はフィンケルスタインの著作が世に出ることを阻止するためにカリフォルニア大学出版やカリフォルニア州知事だったアーノルド・シュワルツネッガーに働きかけ、大学はフィンケルスタインとの雇用契約を打ち切らざるをえなくなる。 シオニストのダーショウィッツはフィンケルスタインを許せなかったのだろうが、フィンケルスタインの母親はマイダネク強制収容所、父親はアウシュビッツ強制収容所を生き抜いた経歴の持ち主で、ソ連軍に助けられたとしている。その母親はベトナム戦争におけるアメリカ軍の残虐行為に強い憤りを抱いていたと息子は語っている。その息子はガザにおけるイスラエル軍の残虐行為に強い憤りを抱いている。 ナチ政権下のドイツがソ連へ軍事侵攻、敗北したという事実を消し去り、ガザにおける大量虐殺を正当化しようとしている西側支配層にとってフィンケルスタン親子は好ましくない人たちだ。ダーショウィッツのようなシオニストはフィンケルスタイン親子のようなユダヤ人を「自己憎悪」という用語を使って批判する。これを真似したのか、日本には「自虐史観」という用語がある。 フィンケルスタインは自分が正しいと信じる道を歩き続けているが、チョムスキーがフィンケルスタインに警告したように、キャリアは台無しになった。それに対し、チョムスキーはアメリカの「知識人社会」に溶け込み、その背後に存在する支配層とも友好的な関係を結んでいた。必然的にある一線から先へは踏み込まない。そのひとつの結果がエプスタインとの関係だろう。 チョムスキーはジョン・F・ケネディ大統領暗殺について歴史的な意味はないと主張していた。ケネディ政権も次のリンドン・ジョンソン政権も政策に大差はないと主張、暗殺に深入りすることを嫌っていたようだ。2001年9月11日に引き起こされたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)への攻撃について、彼は公式見解を受け入れている。 ふたつの出来事は事実が公式見解を否定しているのだが、チョムスキーはこの問題へ踏み込もうとしない。そこに支配層が引いた「レッドライン」があるのだろう。似たような生き方をしている「文化人」は日本にもいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.11
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アメリカの支配層はNATOを使い、ウクライナで対ロシア戦争を展開してきた。その戦争でロシアの勝利は確定的だが、それはNATOの敗北を意味する。日本は2025年1月、ブリュッセルの在ベルギー日本大使館に日本政府代表部を開設した。現在、NATOは米英の侵略軍として機能しており、日本も米英の侵略に加担していることを意味する。 アメリカの国防総省はソ連が消滅した直後の1992年2月にDPG(国防計画指針)草案を作成したが、その中にはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設するとも書かれている。要するにドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込むということであり、その計画通りになっているようだ。 ところで、NATOはソ連軍の侵略に備えることが目的だと考えている人も少なくないようだが、ソ連はドイツ軍による軍事侵攻で2500万人以上が死亡したと言われ、国土の3分の1、産業基盤の3分の2近くが破壊されていた。ソ連軍はナチの地盤を制圧したものの、ヨーロッパ全域へ攻め込むことなど不可能だった。 NATOを創設した目的について、ウィンストン・チャーチルの側近でNATOの初代事務総長になったヘイスティング・イスメイはソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえつけることにあるとしていた。NATO創設の前年、1948年にイギリスとアメリカの支配層はヨーロッパを統合するためにACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)を創設している。 ヨーロッパを統合するとは、ヨーロッパをアングロ・サクソンの支配地域にすることを意味する。その目的を達成する上で大きな障害になると考えれていたのは第2次世界大戦中、ドイツ軍と戦っていたレジスタンスだ。ドイツ軍と戦ったのはレジスタンスだけだと言う人もいる。その主力はコミュニストだった。 このレジスタンスに対抗するため、アメリカの情報機関OSSの一部門だったSOとイギリスの特殊部隊SOEは1944年にゲリラ部隊をフランスで編成した。ジェドバラだ。 この人脈は第2次世界大戦後、一部は特殊部隊へ入るが、一部は極秘の破壊工作機関OPCの中核になる。OPCは1950年10月にCIAへ吸収され、破壊工作部門の主体になった。その部門の名称は計画局、作戦局、国家秘密局、そして作戦局へ変化している。 ナチが勢力を拡大させた大戦前の時期にアメリカやイギリスの金融機関は彼らに資金を提供していた。ナチの戦争犯罪を研究しているアメリカン大学のクリストファー・シンプソンによると、1920年代後半にアメリカからドイツへ融資という形で多額の資金が流れている。 アメリカ商務省の統計を見ても、アドルフ・ヒトラーが権力を握ってからアメリカの対ドイツ投資額が急増。ヨーロッパ大陸全域でアメリカの投資額が激減している中、1929年から40年の間に約48.5%増えている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995) アメリカからドイツへ資金を送る上で中心的な役割を果たした金融機関にはディロン・リードとブラウン・ブラザーズ・ハリマンが含まれている。ディロン・リードの融資先はドイツ銀行、ジーメンス、そしてフリードリヒ・フリックなどに集中していた。 ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンが経営していたユニオン・バンキングはナチへ資金を送るために作られた金融機関だと言われ、その背後にはハリマン一族のほかジョージ・ハーバート・ウォーカーがいた。 ウォーカーの娘であるドロシーとプレスコットは1921年に結婚、24年にウォーカーが社長を務める投資銀行A・ハリマンの副社長に就任している。ユニオン・バンキング(UBC)が創設されたのも1924年。プレスコットは1931年にブラウン・ブラザース・ハリマンの共同経営者になっている。 ウォール街の大物銀行家だったプレスコットはアレン・ダレスと親しかったと言われている。ダレスは1893年に誕生、プレスコットは95年に誕生、つまり2歳違いだ。しかもアレン・ダレスはウォール街の弁護士であり、ウォール街の銀行家であるプレスコットと親しくなる。アレンは大戦中にOSSの幹部、大戦後にはCIAの長官として活動していた。 プレスコット・ブッシュはエール大学出身だが、大学時代からW・アベレル・ハリマンの親友で、ふたりとも学生の秘密結社として知られているスカル・アンド・ボーンズのメンバーだった。プレスコットの息子も孫もこの結社に入会することになる。 ジョージ・H・W・ブッシュもエール大学へ入り、スカル・アンド・ボーンズのメンバーにもなっている。大学ではボート部のコーチだったアレン・ウォルツと親しくしていたが、この人物はエール大学におけるCIAの採用担当者だった。ブッシュはそのウォルツからCIAへ誘われたと信じられている。 ところで、ジェドバラ人脈はNATOの内部へも入り込み、1951年になるとCPC(秘密計画委員会)の下で活動するようになった。1957年にはSACEUR(欧州連合軍最高司令官)の命令でCPCの下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が創設される。この委員会を通じてアメリカはNATO加盟国に設置した秘密部隊のネットワークを操ってきたとも言われている。そうした秘密部隊の中でも特に有名な組織がイタリアのグラディオだ。 NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があるのだが、グラディオについて研究しているスイスの学者ダニエレ・ガンサーによると、NATOの元情報将校は「右翼過激派を守る」ことが秘密の議定書によって義務づけられていると語っている。コミュニストと戦うために彼らは役に立つという理由からだという。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005) コミュニストの影響力の強かったイタリアでグラディオは爆破テロを繰り返し、その責任をコミュニストになすりつけ、その影響力を低下させ、治安体制を強化していく。いわゆる緊張戦略だ。この人脈はジョン・F・ケネディ暗殺やシャルル・ド・ゴール暗殺未遂でも名前が出てくる。こうした出来事については拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房、2005年)でも説明している。 日本はNATOとの関係を強めているが、グラディオ的な極秘の破壊活動機関が設置されている可能性がある。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.19
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ロシア軍はFAB-1500爆弾、またはFAB-3000爆弾をオデッサのチョルノモルスクに投下、8カ所の目標を破壊、その攻撃で約20名のイギリス人傭兵を殺害したと伝えられている。攻撃の強度が上がっている。ウクライナの黒海に面した港は封鎖され、黒海を回避した輸送ルートのドナウ川に面したレニ港やイズマイル港もロシア軍は破壊している。イギリス政府はウクライナがイギリスの長距離巡航ミサイルを組め立てられるように、機密技術情報をウクライナへ提供すると言われている。 攻撃の対象も変化している。ウクライナ政府は以前から全てのショッピング・センターの地下倉庫をドローンの組み立て工場に改造、そこから民間の配送用トラックに積んで運び出し、発射してきたが、ロシア軍はそれらを攻撃してこなかった。ところがロシア軍はそれらを攻撃し始めている。破壊されたトラックがドローンを積んでいることはウクライナの救急隊員が撮影した映像に記録されている。 ドローンが戦闘の中心になったことから大規模な戦闘部隊の移動はリスクが高くなり、ドローンの操縦兵を攻撃しながらじっくり攻める戦術に変化している。ロシア軍も戦術を変更しているが、着実に進撃している。真綿で首を絞めるようにロシア軍はウクライナ/NATO軍を締め上げ、ウクライナ/NATO軍は兵器も食糧も枯渇状態だ。 ウクライナ/NATO軍のミサイル不足は深刻なようで、ウクライナのセルゲイ・コレツキーは日本政府に対し、迎撃用ミサイルの供与を求めていたが、木原稔官房長は8月24日の記者会見で、ウクライナに自衛隊法上の武器の移転を行うことは考えていないと述べた。 防弾チョッキや自衛隊車両とは違うということのようだが、ウクライナでの戦争はロシア軍が圧倒的に優勢で、ウクライナ/NATOが勝利することは難しいことを高市早苗政権も理解したのかもしれない。2014年2月のバラク・オバマ政権がキエフで仕掛けたクーデターによって始められた対ロシア戦争はロシア軍の反撃で無惨な失敗に終わりそうだ。その反撃について官房長は「国際秩序の根幹を揺るがす暴挙」だとしている。彼の言う「国際秩序」とはアメリカが支配する秩序であり、日本がアメリカの属国だと公言したに等しい。そのアメリカもウクライナでNATO軍がロシア軍に負けたことを理解して戦闘から距離を置き、戦争ビジネスに徹している。 そうした中、新たな戦場として東アジアが注目されている。現在、核戦争が勃発する可能性が最も高いのは東アジアだと語っているのはアメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターだが、ロシアのウラジミル・プーチン大統領も東アジアの軍事的な緊張が高まっていることを理解しているはずで、択捉島への訪問は日本に対する警告だろう。 そのロシアは朝鮮との関係を強化、両国は包括的戦略パートナーシップ協定を締結、2024年12月に発効した。それに基づいて朝鮮軍は1万から1万3000人程度をロシアへ派遣し、クルスクへ軍事侵攻したウクライナ軍を撃退する作戦に参加させ、目的を達成している。ここにきて3機の朝鮮製のKN23弾道ミサイルがドニプロペトロウシク州で攻撃に利用され、ウクライナの冶金工場「アルセロールミッタル」が破壊されたともいう。 今でも数千名の朝鮮軍兵士がロシアに駐留、その中にはドローン部隊も含まれているようだ。この規模の朝鮮軍でウクライナの戦況が変化するとは思えず、部隊の派遣は実戦経験を将兵に積ませ、ミサイルやドローンのテストが目的だろう。 アメリカは朝鮮との戦争を想定した軍事作戦を作成している。1973年には朝鮮軍の侵攻に備える目的で「OPLAN5027」され、その後の見直しで、朝鮮との戦争が勃発した場合、日本の基地が使われることも明確にされた。 1998年に改定された「OPLAN5027-98」では、金正日体制を倒して国家としての朝鮮を消滅させ、韓国が主導して新たな国を建設することを目的とされている。この内容は1998年11月に外部へ漏れて問題になる。 1998年8月に朝鮮は太平洋に向かって「ロケット」を発射、日本上空を通過し、第1段目は日本海に、また第2段目は太平洋に落下。この実験に関する情報をアメリカは遅くとも2週間前につかんでいたのだが、少なくとも表面的には沈黙していた。(豊下楢彦著『集団的自衛権とは何か』岩波書店、2007年) テポドン発射実験の3週間前、ミサイル防衛の前身であるTMD(戦域ミサイル防衛)関係予算の次年度計上を防衛庁が断念することもありえるという言われていたが、この実験で状況は一変した。そのため、アメリカ国防総省の関係者はこれを「金正日のプレゼント』だと快哉を叫んだという。(豊下楢彦著『集団的自衛権とは何か』岩波書店、2007年) 1992年2月に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリンでアメリカが日本を自分たちの戦争マシーンに組み込むことを決めたことは本ブログで繰り返し書いてきたが、テポドンの発射はそのドクトリンを後押ししたとも言える。 日本は1999年5月、朝鮮戦争に備えるため、アメリカ軍が日本や太平洋地域に駐留することを認めたが、この年、朝鮮の金体制が崩壊した場合に備えるとして新たな構想が検討されはじめた。CONPLAN(2005年6月にOPLANへ格上げ)5029である。この存在は同年8月に在韓米軍司令官が認めている。 ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃した直後の2003年4月には「CONPLAN8022」の草案が書き上げられ、11月に計画はできあり、翌年の6月、ラムズフェルド長官はこの計画を承認している。つまり、先制攻撃がはじめて認められた。(Hans M. Kristensen, “Global Strike”, FAS, 2006)この一方、朝鮮の軍事施設700カ所を「ピンポイント」で攻撃するというOPLAN5026が2003年7月に作成されている。(Ko Young-Dae, “Conplan 8022: Inside Bush’s Nuclear War Plan”, CounterPunch, April 18, 2008) 朝鮮は2003年1月にNPT(核拡散防止条約)から脱退すると宣言、05年2月には核兵器の保有を宣言、06年10月に朝鮮中央通信が「地下核実験に成功」と発表した。その後、アメリカが朝鮮を攻撃するという話は沈静化した。 ウクライナでロシアに敗北、西アジアでイランに敗北したアメリカは東アジアで戦争を始めるのではないかと言われているが、ロシアや中国を相手にして通常の戦争では勝てない。そこで核戦争になるのではないかと懸念する人もいる。そのアメリカの前に朝鮮もロシアや中国と共に立ちはだかっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.25
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8月25日にモスクワのブヌーコボ空港へ到着したアメリカ軍のC-17A輸送機(RCH4555)にはジョン・ラトクリフCIA長官が搭乗していたと伝えられている。何らかの緊急事態が生じ、盗聴される通話ではなく直接会う必要があるほど重要な要件だったと推測されている。事前にアメリカはウクライナに対し、CIA長官の滞在中にモスクワを攻撃しないように要請したとも伝えられている。 すでにウクライナ軍は壊滅状態だが、そのウクライナ軍の衣をまとったNATO軍がロシアの深奥部を攻撃している。ロシア軍による報復攻撃は抑制されたものだったが、それを「弱さ」と判断したNATOは増長、戦場での敗北をテロ攻撃で挽回しようと試み、そのテロ攻撃は防空システムが脆弱な民間施設をターゲットにするようになってきた。その作戦を立てたのはパランティア・テクノロジーズのAIだとも言われている。 こうしたNATO軍による攻撃のエスカレートを受け、ロシア軍は「特別軍事作戦」から戦争へステージを進め、攻撃を強化している。イギリスを中心とするヨーロッパ諸国はロシア軍にNATO諸国の軍事関連施設を攻撃させ、アメリカ軍を戦場へ引き戻そうとしているとする推測もある。ラトクリフ長官がモスクワを急遽訪問した理由はヨーロッパ諸国への攻撃に踏み切らないよう、ロシア政府を説得することにあったと考える人もいる。 ウクライナだけでなくイランでもアメリカをはじめとする西側諸国は追い詰められている。米英の金融機関は通貨の流れをコントロールし、自分たちのもとへ集まるようにしているが、通貨は所詮呪物。富の本質は現物、そして実際の生産活動にある。 ラトクリフ長官を乗せたと思われるアメリカ軍きはモスクワのバヌーコボ空港を離陸、国家指導者や政府代表団の輸送を担当するロシア軍の特別飛行部隊がアメリカ軍きの後を追った。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.26
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アメリカ軍のトップ、ジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長は上院軍事委員会に出席、軍事政策を変更して核兵器の先制使用を禁止することに反対すると述べた。 核兵器が開発して以来、アメリカの好戦派はその先制使用を目論んできた。当初、そのターゲットはソ連。今はロシアと中国を想定しているだろう。これまで先制核攻撃を実行しなかったのは、準備が整う前にソ連が反撃能力を持ってしまったからだ。アメリカがロシアや中国を圧倒できると信じる状況になれば、核攻撃をいつ始めても不思議ではない。 第2次世界大戦でドイツが降伏した直後、1945年5月に米英軍数十師団とドイツの10師団米英独でソ連を奇襲攻撃するアンシンカブル作戦を立てさせたウィンストン・チャーチル首相は下野した後の1947年にアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員に対し、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んだと伝えられている。 その2年後、アメリカの統合参謀本部はソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという内容を含む研究報告を作成、1952年には初の水爆実験を実施、54年にSAC(戦略空軍総司令部)は600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという計画を立てている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) 1957年に作成したドロップショット作戦では300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(前掲書)このドロップショット作戦は実行するつもりだったと見られている。 アメリカが初めて水爆実験に成功したのは1952年11月だが、ソ連も53年8月に成功させている。この間隔から考えてソ連は独自に開発しているのだが、放射性物質の分析から技術的にはソ連が上だということが後に判明した。 それでもアメリカ支配層が先制核攻撃に積極的だった理由は核弾頭の数とその運搬手段。核弾頭をターゲットまで運ぶためには戦略爆撃機かICBM(大陸間弾道ミサイル)が必要なのだが、1959年の時点でソ連は事実上、このタイプのミサイルを保有していなかった。 アメリカが必要なICBMを準備でき、しかもソ連が準備できていないタイミングで先制核攻撃をすると考えた好戦派の中には統合参謀本部議長だったライマン・レムニッツァーや空軍参謀長だったカーティス・ルメイが含まれていた。そして1963年後半に先制攻撃するというスケジュールが決まったとテキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授は主張している。 しかし、この計画には大きな障害が存在した。ジョン・F・ケネディ大統領である。アメリカ側の計画を察知していたであろうソ連がキューバへ中距離ミサイルを持ち込んでいることが発覚したのは1962年10月。ICBMに対抗するためだったのだろう。 アメリカの軍や情報機関の好戦派は即時攻撃をジョン・F・ケネディ大統領に要求したが、大統領は話し合いで解決してしまった。1963年後半に予定した先制核攻撃計画でもケネディ大統領は大きな障害。その障害が取り除かれたのは1963年11月22日のことだった。大統領がダラスで暗殺されたのだ。 暗殺の直後、CIAはソ連やキューバが黒幕だとする偽情報を流したが、FBIがその事実を新大統領へ伝え、米ソ開戦には至らなかった。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、レムニッツァーは1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めている。沖縄では1953年に布令109号「土地収用令」が公布/施行され、武装したアメリカ兵を動員した暴力的な土地接収が行われる。いわゆる「銃剣とブルドーザー」による接収だ。1955年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になった。その後、現在に至るまで沖縄はアメリカ軍の基地に苦しめられている。 沖縄の基地問題はアメリカの先制核攻撃計画と密接に結びついている。CIAは沖縄を中国や東南アジアに対する秘密工作の拠点として使ってきたが、それだけではないのだ。アメリカ軍が沖縄をはじめとする日本に基地を建設している目的を「防衛」だと考えるべきではない。 そうした意味で、2006年当時は非常に危険な状況にあった。アメリカ支配層の機関誌的な存在であるフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文によると、アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いというのだ。つまりアメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てるとこの筆者は考えていた。おそらくアメリカ支配層の相当部分もそう考えていたのだろう。アメリカは2002年にABMから離脱している。 この分析は2008年に崩れ去る。この年の8月、イスラエルやアメリカの支援を受けたジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃したのだが、ロシア軍の反撃で侵略軍は粉砕されてしまったのだ。つまり、アメリカやイスラエルの軍隊はロシア軍と同じような規模で衝突すると負けるということ。さらに、シリアでの戦争でロシア製兵器の性能は高いことが確認された。 アメリカ軍は通常兵器での戦闘でロシア軍に勝てない。先制核攻撃で圧倒することも難しい。そこで、自分たちに従属しないと人類を死滅させると脅しているように見える。 そしてアメリカ軍は2010年7月にポーランドとイージス・アショアの設置で合意、ルーマニアが続いた。日本も購入することになっているこのシステムが使用するランチャーは攻撃型の巡航ミサイルであるトマホークと同じで、ソフトウェアーを変更すれば攻撃用の兵器になるとされている。韓国へはTHAAD(終末高高度地域防衛)を強引に配備した。アメリカが先制核攻撃を放棄したなら、この軍事的な脅しが使えなくなってしまう。
2019.03.16
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台湾を中国軍が攻撃したならアメリカは軍事介入するとジョー・バイデン米大統領が発言した翌日、5月24日に中国のH-6K戦略爆撃機はロシアのTu-95MS戦略爆撃機やSu-30SM戦闘機と共同で日本海、東シナ海、西太平洋をパトロール飛行した。バイデン発言に対する中露の回答だと見ることもできる。 アメリカと中国は1972年2月に国交を正常化させた。大統領だったリチャード・ニクソンが中国を訪問して実現したのだが、その際にアメリカ政府は中国を唯一の正当な政府と認め、台湾の独立を支持しないことを表明している。これがアメリカと中国が国交を正常化させる条件だったが、バイデンの発言はこの合意を否定するものだと受け取られた。中国とロシアの共同パトロールは4年連続のことだが、今回のタイミングに意味を感じる人は少なくないだろう。 ニクソン訪中を実現するために裏で中国側と交渉していた人物は国家安全保障補佐官を務めていたヘンリー・キッシンジャー。交渉の過程でキッシンジャーは周恩来に対し、日本の核武装について話したという。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、アメリカと中国が友好関係を結ぶことに同意しないならば、アメリカは日本に核武装を許すと脅したという。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983) ハーシュによると、キッシンジャーは日本の核武装に前向きだった。彼はスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991) 実際、日本は核兵器を開発しつつあった。佐藤栄作が総理大臣だった1964年に中国が初めて核実験を実施すると、日本政府の内部で核武装への道を模索する動きが具体的に出始めたのだ。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983) NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年に訪米した佐藤首相はリンドン・ジョンソン大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。こうした日本側の発言に対し、ジョンソン政権は思いとどまるよう伝えたという。 佐藤は1967年に訪米した際、「わが国に対するあらゆる攻撃、核攻撃に対しても日本を守ると言うことを期待したい」と求め、ジョンソン大統領は「私が大統領である限り、我々の約束は守る」と答えたという。(「“核”を求めた日本」NHK、2010年10月3日) アメリカの情報機関からの情報によると、1967年に設立された「動力炉・核燃料開発事業団(動燃)」が日本の核兵器開発の中心的な役割を果たしていると彼らは考え、トラップドア付きのシステムを導入させていたという噂がある。 NHKの番組によると、この時代、日本政府の内部では核武装が議論され、西ドイツ政府に秘密協議を申し入れている。1969年2月に開かれた両国政府の協議へは日本側から外務省の国際資料部長だった鈴木孝、分析課長だった岡崎久彦、そして調査課長だった村田良平が出席した。日独両国はアメリカから自立し、核武装によって超大国への道を歩もうと日本側は主張したのだという。 佐藤政権で核武装を目指し始めたグループは10年から15年の期間で核武装すると想定し、具体的な調査を始める。その中心は内閣調査室の主幹だった志垣民郎。調査項目には核爆弾製造、核分裂性物質製造、ロケット技術開発、誘導装置開発などが含まれ、技術的には容易に実現できるという結論に達している。 原爆の原料として考えられていたプルトニウムは日本原子力発電所の東海発電所で生産することになっていた。志垣らは高純度のプルトニウムを年間100キログラム余りを作れると見積もる。長崎に落とされた原爆を10個は作れる量だ。(「“核”を求めた日本」NHK、2010年10月3日) 核武装については自衛隊も研究していたことが明らかになっている。1969年から71年にかけて海上自衛隊幕僚長を務めた内田一臣は、「個人的に」としているが、核兵器の研究をしていたことを告白しているのだ。実際のところ、個人の意思を超えた動きも自衛隊の内部にあったとされている。(毎日新聞、1994年8月2日) ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、ロナルド・レーガン政権の内部には日本の核兵器開発を後押しする勢力が存在し、東京電力福島第1原子力発電所で炉心が用揺する事故が起こった2011年当時、日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積していたという。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) そのアメリカの勢力はCIAやNSAも黙らせることができる力があるのだが、レーガン政権の前、ジミー・カーターが大統領の時代には問題が起こっていた。1972年に始められたCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画が基礎的な部分を除いて中止になったのだ。1981年にロナルド・レーガン政権が始まると計画は復活するが、87年に議会が予算を打ち切った。 そこで高速増殖炉を推進していた勢力が目をつけたのが日本。クリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにする。CIAは日本の核武装を懸念していたものの、国務省やエネルギー省は賛成したという。国防総省もプルトニウムや核に関する技術の日本への移転に強くは反対しなかったという。 その結果、日本から毎年何十人もの科学者たちがクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れ、ハンフォードとサバンナ・リバーの施設へ入ることも許された。中でも日本人が最も欲しがった技術はサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置に関するもので、RETFへ送られている。 アメリカのエネルギー省と動燃との間で取り交わした協定によると、核兵器級のプルトニウムが製造されたとしても日本がアメリカの同意なしに核物質を第三国(例えばイスラエル)に輸出しないこと、日本がアメリカの事前承認なしにアメリカの核燃料を再処理してプルトニウムを取り出さないことが保証されていなかったという。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) 日本の核武装を後押しする勢力が存在したアメリカでは、核兵器が開発された直後から核攻撃の計画が作成されていた。1957年の「ドロップショット作戦」は300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) 1950年代に沖縄の軍事基地化が進んだのはそのためであり、必然的に核兵器は持ち込まれる。その基地は中国やソ連を攻撃するためのものだからだ。沖縄をアメリカ軍が占領する理由はそこにあり、海兵隊が駐留するのも必然である。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、アメリカの先制核攻撃は1963年後半に実行されることになっていたが、大きな障害が存在していた。ソ連との平和共存を訴えていたジョン・F・ケネディ大統領だ。そのケネディは1963年11月22日、テキサス州ダラスで暗殺される。それを口実にしてソ連との戦争を始めようという動きがあったが、これは挫折した。それから間もなくして日本は核兵器の開発に向かって歩き始めたわけである。 台湾周辺をはじめユーラシア大陸の東岸で軍事的な緊張が高まる中、日本を見る目が厳しくなるのは当然だろう。「憲法第9条」に関係なく日本は軍事力を増強、「軍国主義の復活」と言われるようになっているのだ。そうした状況を理解している日本人はどの程度いるのだろうか?
2022.05.27
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ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は読売新聞が行ったインタビューの中で弾薬や戦闘機を含む兵器をさらに供給するように訴えたようだ。戦闘が続いているドンバスでの戦況は「良くない」と大統領は認め、ロシア軍は連日ウクライナ軍の約3倍の弾薬を発射していると語っている。ロシア軍は武器弾薬が枯渇し、旧式の戦車を引っ張り出しているとする西側の有力メディアの宣伝をあっさり否定した。武器弾薬が供給されなけれは「反撃」は不可能だというわけだ。 アメリカ/NATOは2014年からウクライナの戦力を増強するために兵器を供給したり兵士を訓練し、東部などに地下要塞を建設してきた。当初からアメリカはHIMARS(高機動ロケット砲システム)を、イギリスはM270 MLRS(M270多連装ロケットシステム)を、フランスをカエサル155mm自走榴弾砲を提供してきたが、大半はロシア軍に破壊されたと言われている。 ここにきてアメリカ/NATOはドイツ製戦車「レオパルト2」数十両とイギリス製戦車「チャレンジャー2」を提供、アメリカ製の「M1エイブラムズ」は数週間後に届くという。イギリスはチャレンジャー2で使える劣化ウラン弾も供給、ウクライナ兵に扱い方を説明している映像をイギリス国防省は流している。 アメリカが提供した、あるいは提供を予定しているブラッドリー装甲戦闘車両やM1エイブラムス戦車はいずれも劣化ウラン弾を発射できることから注目されていたが、イギリスはすでに劣化ウラン弾を引き渡したわけだ。アメリカ軍はイラクのファルージャを攻撃した際に劣化ウラン弾を使用、放射能障害の原因になったとも言われている。劣化ウラン弾は小型核兵器のカモフラージュに使われたという噂もあった。 劣化ウランは比重が鉄の2.5倍、鉛の1.7倍あり、貫通力が大きい。そこで対戦車用の砲弾としてアメリカはイラクで使ったのだが、単に重いだけでなく、放射線を出す一種の核兵器でもある。環境を汚染することは確実。穀倉地帯を核汚染することになる。 ロシア軍は暗視装置、熱線暗視装置、射撃統制システムなどが装備されている改良型のT-72戦車のほか、新型のT-90Mを既に投入済み。さらに最新型戦車のT-14を準備中だとされている。こうした戦車を劣化ウラン弾で攻撃するためには射程圏内にターゲットが存在、そのターゲットを正確に砲撃して破壊しなければならない。そのためには戦車の性能と乗員の技量が問題になる。 キエフではロシア軍が旧型のT-54/55を引っ張り出さざるをえない状況になっていると主張しているようだ。キエフ側のレオパルト2、チャレンジャー2、M1エイブラムズがロシア側のT-54/55による戦車戦が展開されるかのように宣伝しているのだが、ロシア軍はチェチェン戦争以来、T-54/55を大砲として使っている。 また戦車は航空兵力の支援なしに戦うことはできない。ゼレンスキー大統領がF-16などの戦闘機を欲しがっている理由のひとつはそこにあるかもしれないが、ロシアはすでにMigG-31やSu-57がウクライナとの国境近くに配備されているようだ。これらが搭載できる極超音速ミサイルR-37Mは200キロメートル以上離れた航空機を撃墜した実績がある。 ウクライナの内戦は2014年2月にクーデターでビクトル・ヤヌコビッチが排除された直後に始まった。2010年の大統領選挙で勝利したヤヌコビッチの支持基盤は東部と南部で、7割以上が彼に投票していた。 クーデターを仕掛けたのはアメリカのバラク・オバマ政権で、手先として使われたのはネオ・ナチだ。ロシアの影響をウクライナから一層するという点で両者の思惑は一致していた。かつてシオニストがパレスチナで行ったようなことをウクライナで実行しようとしたわけだ。 キエフでネオ・ナチが行っている残虐行為を知ったクリミアの住民は2014年3月16日の住民投票を経てロシアと統合する道を選ぶ。80%を超える住民が投票に参加して95%以上が加盟に賛成したのだ。 それに対し、4月12日にCIA長官だったジョン・ブレナンがキエフを極秘訪問、22日には副大統領だったジョー・バイデンもキエフを訪問する。そして5月2日、クーデター軍が制圧していたオデッサでは反クーデター派の住民が労働組合会館の中でネオ・ナチの右派セクターによって虐殺された。 5月9日にはクーデター軍がドネツクのマリウポリへ戦車部隊を突入させ、住民を殺している。デレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りした6月2日にキエフ政権はルガンスクの住宅街を空爆している。このマリウポリは内務省の親衛隊がドンバス支配の拠点にし、要塞化するのだが、親衛隊の主力はネオ・ナチにほかならない。 その間、ドンバス(ドネツクやルガンスク)でも自治(ドネツク)や独立(ルガンスク)の是非を問う住民投票が5月11日に実施され、ドンバスでは89%が賛成(投票率75%)、ルガンスクでは96%が賛成(投票率75%)している。これが住民の意志であり、クーデター体制と戦うことになった。 それから8年かけてアメリカ/NATOはクーデター体制の戦闘力を増強させるが、そのための時間稼ぎが「ミンスク合意」だったことは本ブログでも繰り返し書いた。 そして2022年2月21日にロシアのウラジミル・プーチン大統領はドンバスの独立を承認、2月24日にウクライナの軍事基地や生物化学兵器の研究開発施設などを巡航ミサイル「カリブル」などで攻撃しはじめた。部隊がドンバス周辺に集まっていたこともあり、短期間にキエフ政権側は大きなダメージを受け、そして停戦交渉が始まる。 その交渉を仲介したのはイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットだ。そのベネットをインタビューした5時間近い映像が2月4日に公開された。話し合いで双方は妥協に応じ、停戦は実現しそうだった。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はNATOへの加盟を諦めるとしたようだ。 2022年3月5日にベネットはモスクワでプーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけた。その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・シュルツ首相と会っている。ウクライナの治安機関SBUがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺したのはその3月5日だ。 4月に入ると西側の有力メディアはロシア軍がブチャで住民を虐殺したと宣伝し始める。マクサー・テクノロジーズなる会社から提供された写真を持ち出し、3月19日に死体が路上に存在していたと主張しているが、疑問が噴出した。 そうした中、4月9日にボリス・ジョンソン英首相はキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令。4月30日にはナンシー・ペロシ米下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めている。 ジェイク・サリバン国家安全保障補佐官とサマンサ・パワーUSAID長官は今年2月23日にCNNタウン・ホールでスピーチ、その中でサリバンは「ロシアはすでに(ウクライナでの)戦争で負けている」と主張、パワーはウクライナでの戦争をアメリカとロシアによるもので、アメリカが支持されていると語っている。 言うまでもなくサリバンの主張は嘘で、ウクライナでの戦闘でロシア軍が勝っていることは確実。ゼレンスキー政権は崩壊しつつある。ウクライナを舞台にした戦争でアメリカが支持されているわけではなく、この点、パワーの主張は正しくないが、アメリカとロシアの戦争だと言うことは事実だ。 ロシア軍のミサイル攻撃が始まって間もない段階でゼレンスキー政権はロシア政府と停戦交渉を始めていたが、その交渉はアメリカやイギリスによって壊された。両国はロシアを疲弊させ、最終的には破壊しようとしているわけで、ウクライナが破壊されてもウクライナ人が殺されても気にかけない。そこで「玉砕攻撃」が続くわけだ。今でもウクライナ兵はロシア軍のミサイル攻撃で殺されている。
2023.03.31
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ウクライナ軍は1月5日朝、戦車、空挺部隊を乗せた装甲兵員輸送車輌、地雷除去車輌などを使い、クルスクに対する新たな攻撃を開始、地雷原を突破したようだが、200名近い兵士が戦死、装甲車輌数十輛が破壊され、同日の夕方には撃退されたと伝えられている。 シリア情勢に対応してロシア軍がシリアへ戦力を割くと考えたのかもしれないが、そうしたことは起こっていない。今回、ウクライナ軍は電子戦を展開、ドローンを無力化しようと試みたようだが、ロシア軍は光ファイバー・ドローンで対応しているとされている。 昨年8月6日にもウクライナ軍はクルスクへ軍事侵攻しているが、その際、ロシア側には国境警備隊が配備されていただけである程度侵入を許した。その後、ロシア軍は航空兵力などで反撃を開始、さらに予備部隊が投入されてウクライナ軍は壊滅的な打撃を受け、多くの死傷者が出ている。新たな攻勢で戦況を変えられるようには思えない。ウクライナの敗北は決定的だ。 ウクライナを舞台としたアメリカとロシアの戦争は2014年2月、バラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターを切っ掛けにして始まったと言えるが、ロシア軍が直接ウクライナを攻撃し始めたのは2022年2月24日のことである。ミサイルなどでドンバス周辺に集結していたウクライナ軍の部隊を壊滅させ、航空基地、レーダー施設、あるいは生物兵器の研究開発施設を破壊し始めた。 この段階でロシア軍の勝利は確定的。そこでイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットを仲介役として停戦交渉が始まり、双方とも妥協して停戦の見通しが立った。ベネットは3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチンと数時間にわたって話し合い、ゼレンスキーを殺害しないという約束をとりつけることに成功。その足でベネットはドイツへ向かい、オラフ・ショルツ首相と会うのだが、その3月5日にウクライナの治安機関であるSBUのメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームに加わっていたデニス・キリーエフを射殺した。クーデター後、SBUはCIAの下部機関として機能している。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われた。アフリカ各国のリーダーで構成される代表団がロシアのサンクトペテルブルクを訪問、ウラジミル・プーチン大統領と6月17日に会談しているが、その際、プーチン大統領は「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案を示している。その文書にはウクライナ代表団の署名があった。つまりウクライナ政府も停戦に合意していたのだ。 ロシアとウクライナだけなら、ここで戦闘は終わっているのだが、言うまでもなく、終わらなかった。こうした停戦交渉を潰すため、2022年4月9日にイギリスのボリス・ジョンソン首相がキエフへ乗り込んでロシアとの停戦交渉を止めるように命令している。ホワイトハウスの指示だと見られている。同年4月30日にはアメリカのナンシー・ペロシ下院議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ゼレンスキー大統領に対し、ウクライナへの「支援継続」を誓った。それ以降、西側はウクライナに対し、ロシアを疲弊させるため、戦い続けるように要求している。 この当時、アメリカを中心とする西側諸国は自分たちの兵器を投入すればロシア軍を粉砕できると本気で信じていた可能性が高い。翌年の途中まではそう信じていたのだろうが、彼らが2014年から8年かけて構築したマリウポリ、ソレダル、マリインカ、アウディーウカにある地下要塞を結ぶ要塞戦が2024年2月までに突破され、万事休す。それでもアメリカ/NATOはウクライナ政府に対し、最後のひとりまでロシア軍と戦えと命じていた。 かつて、アメリカは泥沼化した戦争を停戦へ持ち込むため、核兵器を利用したことがある。例えば1953年1月に新大統領のドワイト・アイゼンハワーがこの手法を使っている。 ハリー・トルーマン政権が始めた朝鮮戦争は泥沼化、早期停戦を望むアイゼンハワーは中国に対し、休戦に応じなければ核兵器を使うと脅したとされている。休戦は同年7月に実現した。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) そのアイゼンハワー政権で副大統領だったリチャード・ニクソンはベトナム戦争から抜け出すため、カンボジアに対する秘密爆撃を実行しながらアイゼンハワーの手法、つまり核兵器で北ベトナムを恫喝した。そのニクソンは自分たちが望む方向へ世界を導くため、アメリカが何をしでかすかわからないと思わせれば良いと考えたともいう。イスラエルのモシェ・ダヤンの場合、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと語ったという。そしてネオコンは「脅せば屈する」と信じている。 ネオコンは中国やロシアも「脅せば屈する」と信じているようだが、中露はそうした脅しに屈しない。その結果、世界は全面核戦争へ近づいている。西側の支配層内でも危機感が高まっているようだが、ネオコンの暴走を止められるかどうかはわからない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.08
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第2次世界大戦後、沖縄はアメリカの重要な戦略的拠点になった。そのアメリカの戦略に従い、南西諸島にはミサイルの発射基地が建設されている。新たな戦争の準備を進める沖縄で、6月23日には「戦後80年沖縄全戦没者追悼式」が開催された。 南西諸島から台湾にかけての島々は日本軍にとって「不沈空母」とみなされていたようだが、これは戦後のアメリカ軍にとっても同じことである。そこでアメリカ軍は1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地を強制接収、軍事基地化を推し進めた。1955年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。 沖縄基地化の背景にはソ連に対する先制核攻撃計画が存在していた。1945年9月15日付けの文書ではソ連の主要66地域を核攻撃で消滅させるとされ、それには204発の原爆が必要だと推計。そのうえでソ連を破壊するためにアメリカが保有すべき原爆数は446発、最低でも123発だとしているが、その当時、アメリカはこれだけの原発を持っていなかった。(Lauris Norstad, “Memorandum For Major General L. R. Groves,” 15 September 1945) その後の計画は実態が伴うものになり、1957年に作成されたドロップショット作戦では300発の核爆弾をソ連の100都市に落とすることになっていた。テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授(経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの息子)によると、1961年7月に軍や情報機関の幹部はジョン・F・ケネディ大統領に対して先制核攻撃計画の内容を説明している。1963年の後半にはソ連を核攻撃するというスケジュールになっていた。その頃になれば、先制攻撃に必要なICBMを準備できると信じていたからである。 ソ連に対する先制核攻撃を実行しようという動きが出てきた当時の統合参謀本部議長ライマン・レムニッツァーは1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めている。 この計画を大統領は拒否、1961年11月にアレン・ダレス長官や彼の側近で秘密工作部門の責任者だったリチャード・ビッセル計画局長らを解任、チャールズ・キャベルCIA副長官も62年1月に辞めさせた。そして1963年6月10日に大統領はアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行い、ソ連と平和共存する道を歩き始めると宣言するのだが、11月22日にダラスで暗殺された。 そして2016年、与那国島でミサイル発射施設が建設された。それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設が作られている。これはアメリカの軍事戦略に基づくもので、中国や朝鮮を攻撃する準備にほかならない。 その軍事戦略をアメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」は2022年の4月に説明している。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するという計画を公表したのだ。アメリカはヨーロッパでロシアとの国境近くにミサイルを配備してきたが、東アジアでも同じことをしようとしている。「戦前X年」と言える状況になっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.06.23
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アメリカの政界において戦争を煽ってきたリンゼー・グラハム上院議員が7月11日に急死する直前からロシア軍のウクライナの軍事施設や生産施設に対するミサイル攻撃が激しくなった。ロシア軍は「御上品な」戦い方をやめたようだ。 グラハムは死の直前、キエフにあるスカイフォール社のドローン工場を視察しているが、ロシア軍の攻撃でNATOの将兵だけでなく、ドローン工場で働くアメリカ人技術者も犠牲になっている。オデッサの港湾施設も壊滅的な打撃を受け、船に対する攻撃も激しく、オデッサやニコラエフへ船が出入りできない状況だ。要するにウクライナにおける対ロシア戦争でNATOは敗亡しつつあるのだが、それはNATO諸国の「エリート」にとって悪夢以外の何ものでもない。 1991年12月のソ連消滅を見たネオコン、つまりアメリカの軍事や外交を支配するシオニストはアメリカが唯一の超大国になったと考え、世界征服戦争を始めた。これは本ブログで繰り返し書いてきたことだ。 ビル・クリントン大統領は第2期目の1997年1月、国務長官をチェコスロバキア出身で反ロシア感情の強い好戦派でズビグネフ・ブレジンスキーの弟子であるマデリーン・オルブライトへ交代させた。この国務長官人事を大統領に働きかけていたのはヒラリー・クリントン、つまり大統領の妻だと言われている。 オルブライトは1998年秋にユーゴスラビア空爆を支持すると表明、翌年の3月から6月にかけて実際に爆撃。4月にはスロボダン・ミロシェビッチの自宅が、また5月には中国大使館もB-2に爆撃された。3機のミサイルが別々の方向から大使館の主要部分に直撃していることもあり、中国側は「計画的な爆撃」だと主張している。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された後、03年3月にイラクを先制攻撃、08年8月にはアメリカやイスラエルに支援されたジョージアが南オセチアを奇襲攻撃、ロシア軍の反撃で完敗している。この奇襲攻撃は対ロシア戦争の予行演習だったのだろう。 バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけての時期にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で仕掛けたクーデターを仕掛け、ビクトル・ヤヌコビッチ政権を倒してネオ・ナチ体制を築くことに成功した。 しかし、ヤヌコビッチの支持基盤でロシア文化圏の東部や南部では住民がクーデターを拒否、南部のクリミアは素早くロシアと一体化、東部のドンバス(ドネツクとルガンスク)では武装抵抗が始まった。軍や治安機関では約7割がクーデター体制を拒否して離脱、一部はドンバスの武装勢力に合流した。そのため武装抵抗を始めた集団はクーデター軍より強く、NATO諸国はクーデター体制の戦力を増強しなければならなくなった。そのために時間稼ぎすることにして、ロシアと停戦で合意。それが2014年のミンスク1と15年のミンスク2だ。ロシアは合意を守ったがキエフの新体制は守らなかった。 NATO諸国は2014年2月から22年2月にかけてキエフ体制軍に兵器を供与、将兵を訓練、ヒトラーユーゲント的な組織で年少者に対する戦闘訓練と思想教育を施す一方、マリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を中心とする要塞線を築き、ドンバスに対する軍事攻勢の準備をしていた。ドンバスへロシア軍を誘い込み、足止めさせている間に別動隊でクリミアを制圧する作戦だったと見られている。 しかし、ウクライナ/NATOが攻勢をかける前にロシア軍がウクライナ軍部隊、軍事施設、生物化学兵器の研究開発施設などを攻撃した。当初、ロシア軍の戦力はウクライナ/NATO軍の数分の1で劣勢だったのだが、ドンバスがロシア軍にとって「ホーム」だったこともあり、戦況はロシア軍が優勢だった。 そこでウォロディミル・ゼレンスキー政権はロシア政府と停戦交渉を始めるが、それを壊すためにイギリスの首相だったボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込む。2022年4月9日のことだ。(ココやココ) この当時、イギリス政府をはじめ、NATO諸国は簡単にロシアを屈服させられると信じていたのだろうが、地下要塞は2022年にマリウポリとソレダルが、また23年にはマリーインカとアブディフカがそれぞれ陥落、ここにきて戦略的に重要なコスティアンティニフカも制圧され、掃討が完了、ウクライナ軍の補給線を寸断した。住民の救出も終わったのだろう。 2023年にタイム誌はウクライナでの戦闘を「AI戦争」と呼んだが、戦術の作成や兵器の設計はAIが行なっていたのかもしれない。 その中心的な存在がパランティア・テクノロジーズ。地上の写真、ドローン映像、衛星画像を組み合わせて迅速に情報分析を実施、戦車や砲兵などの標的を指定しているのは同社だ。AIによってドローンの離陸、着陸、標的捕捉を自動化、GPSや無線通信が妨害されても攻撃できる。 こうしたことでロシア軍は劣勢になるという物語が西側では語られているが、実際はロシア軍に粉砕されている。そこでモスクワなどで爆弾テロを実行するしかなくなった。 ウクライナでアメリカの国防総省は生物化学兵器の研究開発を実施、民主党などはマネーロンダリング、武器弾薬の横流し、そしてゼレンスキーの周辺は懐へ資金を入れてきた。資金の流れを止められない人が少なくない。西側の私的権力の中には勝利による略奪を前提に多額の資金を投じた人もいるが、敗北すれば大損害だ。戦争を長引かせ、その間に戦況を何とかして変えようとしている人も少なくないだろう。が、そうしたことを許さないという姿勢をロシア政府は見せ始めた。ゼレンスキーを操ってきたイギリスの対外情報機関MI6も追い詰められている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.05
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イスラエルを作り出したシオニストがパレスチナ人を虐殺している映像が世界へ伝えられ、イスラエルを批判する声が強まっている。西側の大手メディアは実態を隠してきたが、インターネットの発達の結果、そうした情報を抑えきれなくなってきたのだ。しかもアメリカではそのシオニストが政治経済の内部に浸透、イスラエルの利益を第一に考える政策を推進させていることも明らかにされ、これも批判の対象である。そうしたイスラエルの悪いイメージを払拭するために使われているのがスポーツやショービジネスのスターにほかならない。 アメリカにおける映画ビジネスの中心地はハリウッドだが、そこでは神秘主義のカバラが影響力を強めている。その中にはサンドラ・バーンハート、ロザンヌ・バー、マドンナ、バーブラ・ストライサンド、エリザベス・テイラー、ジェフ・ゴールドブラム、ブリトニー・スピアーズ、マーラ・メープルズ、サラ・ファーガソン、ミック・ジャガー、ジェリー・ホール、モニカ・ルインスキー、パリス・ヒルトンが含まれているという。 ハリウッドにカルトが広まったのは、映画監督ロマン・ポランスキーの妻で俳優のシャロン・テートが殺された1969年8月頃だろう。その家はハリウッドのリベラル派とされる人びとが集う場所になっていた。彼女を含む5名を殺害したのはチャールズ・マンソンを信奉するカルトのメンバー4名だ。事件の前年、ポランスキーが監督した「ローズマリーの赤ちゃん」がアメリカで公開されている。 彼らは社会問題にもコミットして権力者と対峙、ベトナム戦争に反対する声が高まった1968年頃にはブラック・パンサーとも緊密な関係を築いていた。この団体はボビー・シールとヒューイ・P・ニュートンが1966年10月に結成、FBIの監視下に入っている。 ベトナム反戦運動が盛り上がる切っ掛けはテト攻勢。南ベトナムの主要都市が一斉に攻撃され、アメリカ軍が苦戦していることをアメリカ国民は目の当たりにしたのだ。そこでCIAはリンドン・ジョンソン大統領の命令に基づいて反戦運動を監視、さらに破壊する目的でMHケイアスを開始した。 マンソンらによる殺人事件をテートの友人である写真家のシャーロック・ハタミは8月9日の午前7時にリーブ・ウィットソンなる人物から電話で知らされている。ポランスキーのメイドが死体を発見する90分前ことだ。このウィットソンはCIAの仕事をしていたとする証言がある。 ウィットソンをCIAへ導いたのはインディアナ大学で彼の指導教官を務めていたピート・ルイスだが、この人物は後に傘に仕込まれた毒矢で殺されたと言われている。そうした証言をするひとりが元NBA(ナショナル・バスケットボール協会)のプレイヤーで、レイカーズのジェネラル・マネージャーになるビル・シャーマンだ。(Tom O’Neill, “Chaos,” William Heinemann, 2019) 元妻のエレン・ヨセフソンもウィットソンはCIAで働いていたと語っている。ふたりは1961年にスウェーデンで結婚、ニューヨークへ移り住む。ウィットソンは自分の母親とテートの母親は親しいとも語っていたという。(前掲書) シャロン・テートと一緒に殺されたジェイ・セブリングはヘアースタイリストで、彼女の元恋人。そのセブリングの常連にはジョン・F・ケネディ大統領の暗殺でも名前が出てきた好戦派の軍人カーティス・ルメイも含まれていた。同じ常連客だった犯罪組織の大物チャーリー・バロンはルメイの友人。バロンはやはり犯罪組織の大物だったメイヤー・ランスキーとも親しく、シカゴの自動車販売業界を牛耳っていたという。ナチス親衛隊の元将校でCIAの秘密工作にも深く関係したオットー・スコルツェニーもウィットソンの友人だったとされている。(前掲書) ロック・バンドのイーグルスが1977年に発表した「ホテル・カリフォルニア」に、ワインを持ってきて欲しいとホテルの人間に言うと、「そんなスピリットはここにはない。1969年からね」と言われている。言うまでもなく、「スピリット」は魂とか精神を意味している。1969年にはウッドストック・フェスティバルが開催され、ロックはビジネス度が高まり、精神は消えていく。 テト攻勢の後、ロックの世界でもベトナム戦争に反対する声が高まっていた。その中心にいたひとりがローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズだが、1969年7月3日にプールで死亡した。ジョーンズの親友で、ギネス家のニコラス・フィッツジェラルドとその友人は彼がプールで殺されるところを目撃したと証言している。 フィッツジェラルドによると、目撃した直後、藪の中からひとりの男が現れ、「ここから立ち去れ、フィッツジェラルド、さもないと次はおまえだぞ。」と言われたという。一緒に目撃した友人は行方不明になったとも語っている。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015) マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されたことを知ったロック・ギタリストのジミー・ヘンドリックスはブラックパンサーなどを支援するようになり、FBIから監視されるようになった。彼のマネージャーを務めたマイク・ジェフリーはイギリスの対外情報機関MI6の元エージェント(情報機関に「元」は存在しない)だとされている。ヘンドリックスの麻薬スキャンダルはジェフリーが仕組んだと疑われている。 ヘンドリックスはジェフリーを解雇しようとするが、1969年に犯罪組織がヘンドリックスを誘拐、それをジェフリーが彼のマフィア人脈を利用して救出するという出来事があった。 それでもヘンドリックスは1970年9月16日にジェフリーを解雇、その翌日にヘンドリックスは死亡する。ロンドンのアパートで昏睡状態になっている彼を恋人のモニカ・ダンネマンが発見、すぐに救急車で病院へ運ばれたが、彼女によると、発見時にジミーはまだ生きていた。ロンドン警視庁は診断したジョン・バニスター医師の証言として、ジミーは病院へ到着した段階で死亡していたと発表しているが、救急隊はそれを否定している。 反戦コンサートに参加する計画を立てていたジャニス・ジョプリンは1970年10月4日に死亡した。高濃度のヘロイン摂取によるショック死だとされている。 そのほかジム・モリソンは1971年7月3日に心不全で死亡、戦争に反対する意思を明確にしていたジョン・レノンは活動を再開して間もない1980年12月8日に射殺された。1979年12月にNATO理事会は83年にパーシング2ミサイル572基をNATO加盟国に配備することを決定、核戦争を懸念する声が世界的に高まっていた。 1969年から短期間にブライアン・ジョーンズ、ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンなど自分の意思を持つスターが変死した。それ以降の「スター」に「スピリッツ」はないとイーグルスは歌っているのかもしれない。 ハリウッドに浸透したカバラはユダヤ系の神秘主義だが、ユダヤ国家だと自称しているイスラエルは「警備チーム」という形で欧米のセレブを囲んでいる。「イスラエルの顔」になっているサッカーのスター、リオネル・メッシのほか、ブラッド・ピット、ジェニファー・アニストン、マドンナ、ピンク、ジェニファー・ロペス、カニエ・ウェスト、テイラー・スウィフト、そしてチャーリー・カークなどをイスラエルの治安機関「シン・ベット」や対外情報機関の「モサド」そして特殊部隊の元隊員らで編成される警備チームが警護しているという。警護されている人びとは監視され、弱みを握られる。警護対象を殺すことも難しくはない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.08.24
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マイケル・フリン国家安全保障担当補佐官が2月13日に辞任した。事実上の解任だ。ヒラリー・クリントンを担いでいたネオコンなど好戦派はロシアとアメリカのと関係改善、いわは「デタント」を推進すると公言していたドナルド・トランプを憎悪、その背後にいたフリンを排除しようと必死だった。 前回も書いたようにフリン攻撃の拠点のひとつはCIAだが、首席戦略官のスティーブ・バノンも同じ立場で、反フリンの波はトランプ政権の内部にも押し寄せていた。そうした波を侵入させるルートのひとつだと考えれているのが大統領の娘イバンカ。彼女が結婚したジャレッド・クシュナーは大統領の顧問を務め、その父親でドナルド・トランプの同業者でもあるチャールズは上級顧問になっているのだが、ユダヤ系なのだ。ユダヤ系の影響力という点では、多額の選挙資金を寄付したカジノ経営者、シェルドン・アデルソンも忘れてはならない。 今回の辞任劇はワシントン・ポスト紙が先陣を切った。トランプが大統領に就任する1カ月ほど前、フリンがセルゲイ・キスリャクと話をし、その中でアメリカがロシアに対して行っている「制裁」を話題にしたことが問題だと報じたのだ。 この「制裁」とはキエフのクーデター政権がクリミアにあるセバストポリの基地を制圧に失敗したことなどに対する腹いせだと言えるだろう。1997年にウクライナとロシアとの間で締結された協定でロシアはこの基地を20年間使え、さらに25年間の延長が認められていた。それに伴ってロシア軍は2万5000名の駐留が可能になり、実際は1万6000名のロシア兵が駐留していた。クーデター直後、西側の政府やメディアは「侵略軍」だと宣伝していたのはこの駐留軍だ。 クーデターを拒否する住民が多かったクリミアでは3月16日にロシアの構成主体になることの是非を問う住民投票が実施され、80%の有権者が参加、その95%以上が加盟に賛成し、すぐに防衛体制に入った。 この住民投票では国外から監視団が入り、公正なものだったことが確認されているが、その投票結果を認めるわけにはいかない西側の支配層は投票に不正があったと宣伝している。ネオ・ナチが憲法の規定を無視して実権を握ったキエフの暫定政権を正当だとする一方、クリミアの「民意」は認めないというわけだ。 このクーデターは2013年11月21日にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で始まったが、その前日、議会ではオレグ・ツァロフ議員がクーデター計画の存在を指摘していた。ツァロフ議員によると、ウクライナを内戦状態にするプロジェクトをアメリカ大使館はジェオフリー・パイアット大使を中心に準備、NGOがその手先として動くことになっていたという。 抗議活動が広がる中、EUは話し合いでの解決を模索するのだが、それに激怒していたのがビクトリア・ヌランド国務次官補。2014年2月4日にYouTubeへアップロードされたヌランドとパイアットとの会話では次期政権の人事について話し合われ、ヌランドはアルセニー・ヤツェニュクを強く推していたが、その一方で「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしている。ちなみに、ヤツェニュクは実際、クーデター後、首相に就任した。 その音声が公開された後、2月18日頃からネオ・ナチが前面に出て来て暴力が激しくなる。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めたのだ。 当時、広場をコントロールしていたのはネオ・ナチの幹部として知られているアンドレイ・パルビー。この人物はソ連が消滅した1991年にオレフ・チャフニボクと「ウクライナ社会ナショナル党(後のスボボダ)」というネオ・ナチ系の政党を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任、2014年8月までその職にあった。同年9月にはヤツェニュクたちと新たな政党「人民戦線」を組織して議員になる。 広場では無差別の狙撃があり、少なからぬ犠牲者が出た。西側の政府やメディアは狙撃をビクトル・ヤヌコビッチ政府側によるものだと宣伝したが、スナイパーがいたのはパルビーの管理下にあったビル。2月25日にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相は事実が逆だと報告している。 反大統領派で医師団のリーダー格だったオルガ・ボルゴメツなどから聞き取り調査をした結果で、その内容を26日にEUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったキャサリン・アシュトンへ電話で報告する。 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」 勿論、この報告はアシュトンにとって都合の悪い事実で、封印してしまった。 クーデター後、アメリカの傭兵会社、アカデミ(旧社名はブラックウォーター。2009年からXe、10年から現社名)系列のグレイストーンは400名の戦闘員を派遣、アカデミはウクライナ政府の要請で射撃、市街戦、接近戦、兵站などの訓練をしたようだ。また、アメリカ政府は訓練のためにCIAやFBIの専門家数十名を顧問として派遣、国防総省は戦略と政策の専門家チーム、つまり軍事顧問団をキエフへ送り込んでいる。2014年4月23日には第173空挺旅団をポーランド、エストニア、ラトビア、リトアニアへ派遣した。 空挺団が派遣される11日前、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問し、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作に関する会議が開かれている。この会議に出席したのは大統領代行、内相代行、SBU(情報機関)長官代行、そしてユーロマイダンの惨劇を演出したパルビー、さらにオブザーバーとしてドニエプロペトロフスクの知事で三重国籍のシオニスト、イゴール・コロモイスキー。 オデッサで反クーデター派の住民が虐殺されのは会議の10日後。その数日前にパルビーは数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ運んでいる。その装具を受け取ったミコラ・ボルコフは虐殺の当日、労働組合会館へ向かって銃を発射、状況をキエフの何者かに報告する様子が映像に残っている。 虐殺は午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着したところから始まる。赤いテープを腕に巻いた人びとがフーリガンやネオ・ナチを抗議活動が行われていた広場へ誘導したのだ。誘導した集団は「NATOの秘密部隊」だと疑われているUNA-UNSOだと言われている。 虐殺を仕掛けたグループは、住民を労働組合会館の中へ誘導、そこが殺戮の舞台になった。殺戮の現場を隠すことが目的だったとも推測されている。48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられているが、これは確認された数字で、住民の証言によると、多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名。虐殺の調査をキエフ政権は拒否、その政権の後ろ盾になってきた西側も消極的で、実態は今でも明確になっていない。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日、ソ連がナチスに勝ったことを記念する戦勝記念日にキエフ軍の戦車がドネツク州マリウポリ市に突入、住民が殺された。記念日を狙ったのは心理的なダメージを狙っただけでなく、住民が街頭に出てくることを見越してのことだったと言われている。5月11日に予定されていた住民投票を止めさせることも目的だっただろうが、予定通りに投票は行われ、独立の意思が明確になった。 それに対し、6月2日にデレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りし、そのタイミングでキエフ軍はルガンスクで住宅街を空爆、建物を破壊し、住民を殺し始めた。民族浄化作戦の始まりだ。この戦乱は今でも終結せず、ここにきてNATOがロシアとの国境近くで威嚇的な演習を実施、キエフ軍によるドンバスへの攻撃は激しくなっている。 ロシアを制圧するというアメリカ支配層の目論見は崩れ、その報復として行っているのが「制裁」なのだが、この「制裁」はロシアを助けることになっていると指摘する人もいる。ロシア経済に対する西側巨大資本の影響力を弱め、生産活動を活性化させたというのである。「制裁」の解除をロシア政府は歓迎しないだろうともいう。フリンがこの「制裁」についてロシア側と話し合ったことを問題にするのは、「制裁」がロシアにダメージを与えているという妄想に基づいている。そうした様子を見ている世界の人びとがアメリカに見切りをつける可能性も小さくない。
2017.02.15
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映画業界やテレビ業界が制作するドラマの中には権力犯罪、スパイ活動、政界の内幕などをテーマにした作品が少なくない。その中には政府組織や大企業を舞台にしたものもあるが、基本的に犯罪者は個人、あるいは無法者集団であり、組織自体が犯罪を働くというプロットは見当たらない。これはCIAがハリウッドで映画を検閲する時の規準だと言われている。 1975年12月、警視監を最後に依願退職した松橋忠光によると、アメリカは59年から「1年に2人づつ警視庁に有資格者の中から選ばせて、往復旅費及び生活費と家賃を負担し、約5か月の特殊情報要員教育を始めた」という。その前は「数か月の期間で3、4人の組というように、あまり秩序立っていなかったようである。」(松橋忠光著『わが罪はつねにわが前にあり』オリジン出版センター、1984年) 公式文書に記載された渡航目的は「警察制度の視察・研究」だが、実際はCIAから特殊訓練を受けるのだという。CIAから受けた講習の中で派遣された日本の警察官はハリウッドのスパイ映画を何本か見せられ、「その製作に相当関与」していることをそれとなく教えてもらったとも書いている。映画を検閲し、修正させているというわけだ。ハリウッド映画に限らず、映画やテレビドラマとはそういうものだと考えなければならない。 ソ連、中国、イスラム政界などのイメージを悪くするだけでなく、西側の支配システム自体は健全だと人びとに信じさせることも検閲の目的だ。ロシアを侵略して資源や穀倉地帯を奪うことに失敗した欧米諸国は急ピッチで経済が破綻、社会が崩壊しつつある。そのあとを追いかけているのが日本にほかならない。 西側の支配システムは1970年代に行き詰まり、製造業を放棄して金融中心のシステムへ切り替えた。通貨カルトの影響力が強まったということだ。通貨カルトによる金融マジックは新自由主義という仕組みを生み出し、それによって一部の富裕層へ資金が集中して貧富の差が拡大、社会が弱体化するスピードが速まる。本ブログでは繰り返し書いていることだが、1991年12月にソ連が消滅した後、ネオコンをはじめとする西側の好戦派は軍事侵略による略奪に乗り出した。帝国主義を全面に押し出してきたのだ。 ヨーロッパは十字軍による侵略で知識を手に入れてルネサンスは実現したが、富の蓄積はその後、15世紀から17世紀にかけての「大航海」という略奪のによってだ。スペインやポルトガルはそのときにアメリカ大陸を侵略し始め、1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼしている。 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。 ただ、略奪の詳細は不明で、全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていた。16世紀の後半にスペインはフィリピンを植民地化、銀を使い、中国から絹など儲けの大きい商品を手に入れる拠点として使い始める。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021) そうした財宝を運ぶスペインの船を海賊に襲わせ、奪っていたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世の時代にイギリス王室が雇った海賊は財宝を略奪しただけでなく、人もさらっていた。つまり人身売買だ。 ジョン・ホーキンスという海賊は西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れている。こうした海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位をホーキンスに与えている。 フランシス・ドレイクという海賊は中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。女王はそのドレイクをアイルランドへ派遣して占領を助けさせるが、その際、ラスラン島で住民を虐殺したことが知られている。その後も海賊行為を働いたドレイクもナイトになっている。 ホーキンスやドレイクについで雇われた海賊のウォルター・ローリーは侵略者のイングランドに対して住民が立ち上がったデスモンドの反乱を鎮圧するため、アイルランドにも派遣された。ローリーも後にナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020) イギリスが帝国主義の時代に入るのは19世紀。その象徴的な人物が反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)である。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だった。 しかし、アヘン戦争でイギリスは海戦で勝利したものの、中国(清)を征服することはできなかった。陸軍力が圧倒的に不足していたからである。その代理として登場してきたのが日本。明治維新を仕掛け、「近代化」という名目で軍事力を増強させたのはそのためである。ウクライナにNATOが兵器や資金を投入した目的も同じだ。 その過程で多額の債務を背負い込んだ日本は後に中国を侵略、財宝を略奪する。「金の百合」だ。第2次世界大戦後、日本は天皇制を維持、米英金融資本に対する債務はなくなった。 その日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」は唯一の超大国になったアメリカが世界を征服するというプロジェクト。そこには新たなライバルの出現を防ぐこと、またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。 1995年2月になると、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」をジョセイフ・ナイは発表してアメリカの政策に従うように命令した。 このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだことも忘れてはならない。1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 1990年代から日本の経済は下降し続け、貧富の差は拡大、庶民は思考する余裕をなくした。日本の支配システムが壊されたのだが、システムが崩壊したと人びとが認識したなら、そのシステムを何とかしようと思うだろう。そこでシステムは健全だが、「悪い外国人」によって日本は悪くなっているという話が広められている。ミスディレクションだ。 CIAが行なっている心理操作が日本でも実行されているようである。問題はシステムにあるのだ。日本の支配システム、支配理念は中曽根康弘政権から大きく変わった。新自由主義の導入だ。その背後には米英の金融資本が存在している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.20
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ウクライナ政府は7月14日、過去9日間にアゾフ海でロシアの船舶116隻に打撃を与えたと発表した。言うまでもなく攻撃の主体はNATOであり、アメリカやイスラエルの情報機関と関係の深いパランティア・テクノロジーズのAIが作戦の立案で重要な役割を果たしたのだろう。西側の反ロシア勢力は「潮目が変わった」と浮かれていたが、実際はロシア軍の激しい報復攻撃を招くことになった。オデッサやニコラエフの港へ物資を輸送する船舶を攻撃、ウクライナは黒海へのルートを断たれ、「陸の孤島」にされている。キエフ、スミ、オデッサなどの主要施設を激しく攻撃し始めた。 苦境に陥ったウクライナのウォロディミル・ゼレンスキーは長距離ドローンでカスピ海を航行したイランの商船を攻撃、イラン人船員が殺害された。この攻撃をイランのアッバス・アラグチ外相は激しく批判し、イラン議会は対イラン攻撃の拠点になる場所はイラン軍の正当な標的になると宣言、ウクライナのほか、イギリス、ブルガリアの名を挙げた。 ウクライナと西アジアを舞台にした戦いは形式上、別々の戦争だが、カスピ海を航行していたイラン戦への攻撃によって、実態通り、ひとつの戦争になるかもしれない。本ブログでは繰り返し書いてきたように、これらの戦争はイギリスが19世紀に始めた長期戦略に基づく。アメリカはその戦略を引き継いでいるだけであり、イスラエルはイギリスが作り上げた国だ。 この長期戦略に基づく戦争ははじまたイギリスの政治家はヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)。この人物は1855年2月から58年2月、59年6月から65年10月、2度にわたって首相を務め、反ロシアで有名だ。ビクトリア女王に対してアヘン戦争を指示したのもこの人物である。最初のアヘン戦争は1840年に勃発、第2次アヘン戦争は56年に始まっている。 2度のアヘン戦争でイギリスは中国(清)に海戦で勝利したが、内陸部を征服することはできなかった。それだけの地上軍がなかったからにほかならない。そこで戦国時代に戦闘奴隷の歴史がある日本に目をつけた。そして仕掛けたのが明治維新だ。 その日本は現在、アメリカの属国。陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として「統合作戦司令部」が2024年3月に編成され、これによって自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入ったと考えられている。 歴代アメリカ政府の外交や軍事をコントロールしてきたシオニストの一派、ネオコンは1992年2月に国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界制覇プロジェクトを作成した。この草案作成で中心的な役割を演じたのは国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツで、そのことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このプロジェクトにおける最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことにあるが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンになる準備、つまり中国と戦争する準備を急ピッチで進めた。2024年3月の統合作戦司令部創設はその一環だろう。 総理大臣を務めていた故安倍晋三は2015年の6月、赤坂にある「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。 この軍事施設建設の理由は国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書が説明している。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するためだというのだ。 南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。インド洋から太平洋にかけてを一体化して扱おうとしたのだろうが、今年6月、名称を太平洋軍へ戻すことを決めた。 RANDコーポレーションによると、専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていたが、すでにそうした配慮は放棄されている。 2022年10月になると、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル『トマホーク』の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 トマホークは核弾頭を搭載でる亜音速ミサイルで、地上を攻撃する場合の射程距離は1300キロメートルから2500キロメートル。中国の内陸部にある軍事基地や生産拠点を先制攻撃できる。「専守防衛」の建前と憲法第9条の制約は無視されていると言えるだろう。 そして2023年2月、浜田靖一防衛大臣は亜音速巡航ミサイル「トマホーク」を一括購入する契約を締結する方針だと語ったが、10月になると木原稔防衛相(当時)はアメリカ国防総省でロイド・オースチン国防長官と会談した際、「トマホーク」の購入時期を1年前倒しすることを決めたという。当初、2026年度から最新型を400機を購入するという計画だったが、25年度から旧来型を最大200機に変更するとされているのだが、イランに対する攻撃で枯渇、配備は遅れる。 RANDコーポレーションが書いているように、アメリカ軍はミサイルで中国を包囲しようとしている。ロシアに対するウクライナと同じように日本は中国に軍事的な圧力を加え、場合によっては攻撃することが求められている。 日本と中国との友好関係を築いたのは田中角栄である。彼は総理大臣として1972年9月に北京を訪問、日中共同声明の調印にこぎつけ、その際に尖閣諸島の領土問題は「棚上げ」にすることで合意している。この知恵によって日中両国は経済的な結びつきも強まった。この関係を壊したのは菅直人政権だ。 2010年6月に成立した菅直人内閣は閣議決定で尖閣諸島周辺の中国漁船を海上保安庁が取り締まれることに決め、2000年6月に発効した「日中漁業協定」を否定してしまう。この出来事で中心的な役割を果たしたのは国土交通大臣を務めていた前原誠司。彼は9月に外務大臣となり、外交的に問題を修復する道を断ち切ることになった。 そして2025年10月に内閣総理大臣に就任した高市早苗は翌月、衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言。彼女も「ひとつの中国」を受け入れているので、中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するということになる。東アジアにおける戦乱の発火点になりうる場所のひとつは台湾。高市の発言は日本をウクライナと同じような状態にしかねない。 高市首相は11月11日、衆院予算委員会で「核を保有しない、製造しない、持ち込まない」という非核3原則を堅持するかどうかという質問に対して明言を避けた。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、アメリカのCIAやNSAの分析官は日本が核兵器を開発していると確信、監視してきた。 1995年を節目にして、日本はアメリカの戦争マシーンに取り込まれてきたが、その一方で経済的には衰退し続けている。そのひとつの切っ掛けは1988年7月に実施されたBIS(国際決済銀行)規制の問題だろう。国際業務を行う銀行の場合、自己資本比率を8%以上にすることが求められたのだが、当時、日本の銀行は4から5%。その結果、貸出額を減らさなければならなくなり、1990年代から銀行は「貸しはがし」をすることになる。回収しやすい会社、つまり優良な中小企業から資金を回収し始めた。その際、日本の優秀な職人を中国企業が雇った。技術が中国へ流れたとも言える。またアンダーグランドの資金がそうした企業へ流れ込んだようだ。教育水準の低下も日本経済を弱体化させる一因になっている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.07.29
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ウクライナの生物兵器の研究開発施設から回収した文書に続き、親衛隊が3月に予定していたドンバス(ドネツクやルガンスク)への攻撃計画に関する文書を発見したとロシア国防省は発表した。2月19日にオレグ・ツァロフが出した緊急アピール「大虐殺が準備されている」に合致する。 ツァロフによると、ボロディミル・ゼレンスキー大統領がごく近い将来、ドンバスで軍事作戦を開始するという情報をキエフから得たとしていた。この地域を制圧してからキエフ体制に従わない住民を「浄化」するという作戦で、西側からの承認を得ているともしていた。この作戦と並行してSBU(ウクライナ保安庁)はネオ・ナチと共同で「親ロシア派」の粛清を実行することにもなっていたという。 ウクライナではバラク・オバマ政権を後ろ盾とするネオ・ナチが2014年2月にクーデターを実行、ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除しているが、その3カ月前、ツァロフは議会でクーデターが計画されていると警鐘を鳴らす演説を行っている。アメリカとつながっている勢力の情報を知っている情報源を持っているのだろうが、個人の耳に入っているということはロシアの情報機関も知っていたはずだ。 回収された文書によると、ニコライ・バラン上級大将が1月22日に指令書へ署名、ドンバスを攻撃する準備が始まる。2月中に準備を終え、3月に作戦を実行することになっていたという。この作戦はゼレンスキーが1月18日に出した指示に従って立てられたと言われている。 この話が事実なら、ロシア語系住民を虐殺する計画をアメリカ/NATOはその前に承認していただろう。その頃の動きを振り返ると、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長はどの国をNATOに加盟させるかを決めるのは自分たちの勝手だと宣言した。 アメリカのジェイク・サリバン国家安全保障補佐官は1月13日、ロシア軍がウクライナへ軍事侵攻する可能性が高いと発言。その直後にアメリカのメディアは、CIAが2015年からウクライナの特殊部隊をアメリカの南部にある秘密基地で訓練してきたと伝えている。 さらに、アメリカの上院議員団がキエフを訪問し、ウクライナに「連帯」と兵器の提供を約束、アメリカ国務省はアメリカ製兵器をエストニア、ラトビア、リトアニア経由でウクライナへ供給することを許可したと明らかにしている。イギリスの特殊部隊員30名がウクライナ入りしたのもその頃だ。そうした中、ゼレンスキー政権はロシア軍の侵攻が迫っているとする情報はないと繰り返していた。 イギリスのリズ・トラス外相は1月30日にBBCの取材に対し、バルト諸国が黒海に面していると発言、モスクワを訪問してロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談した際にはロシア領であるボロネジやロストフからロシア軍は撤退しろと脅している。 ロシア軍が軍事作戦を開始した後の2月27日、トラス外相はロシア軍をウクライナで止められなければNATO軍と戦わせることになると発言した。NATO軍とロシア軍が衝突すれば世界大戦になり、核戦争へ発展する可能性が高い。そこでウラジミル・プーチン露大統領は国防大臣と参謀総長に対し、核兵器部隊を特別戦闘任務につかせるように命令したと伝えられている。核戦争でロシアを脅し、軍事作戦にブレーキをかけようとしたのかもしれないが、そうした展開にはならなかった。
2022.03.10
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イランのアッバス・アラグチ外相は6月23日早朝、モスクワに到着した。ウラジミル・プーチン露大統領を含むロシア政府の高官と重要な会談を行うためだとされている。到着した際、外相は記者団に対し、「イランとロシアがより緊密で、より的確かつ真剣な協議を行うことが不可欠だ」と述べた。これは6月22日にアメリカ軍が実行したイランの核施設に対する空爆を受けての訪問だ。 プーチン大統領は防空能力の強化、情報提供、そしてイランの核エネルギー生産能力増強といった支援をする用意があると発言していることから、イラン側が要望すればS-400を含む高性能の防空システムも供与されるだろう。こうしたロシア製兵器の提供をイランは自尊心からこれまで拒んでいたとされている。イランがロシアの支援を受け入れ、戦略拠点周辺にS-400システムを配備した場合、アメリカ軍にとっても厄介だ。 アメリカのダン・ケイン統合参謀本部議長によると、この作戦の暗号名は「ミッドナイト・ハンマー」。B-2戦略爆撃機7機、偵察機、空中給油機、戦闘機などを含む125機以上の航空機が参加、6発の大型地中貫通爆弾(バンカー・バスター)GBU-57を核濃縮施設に投下、さらに潜水艦から20発以上のトマホーク巡航ミサイルを発射したとされている。こうした攻撃直後にイランの外相は自分のところへ飛んでくると予想していたマルコ・ルビオ国務長官は不満を抱いているという。 アメリカ政府はイランの核開発計画を消滅させたとしているが、重要な施設はほとんど被害を受けていないとも言われている。イラン国家核安全保障システムセンターは放射能汚染や漏洩の兆候を確認していないと発表、国際原子力機関(IAEA)も攻撃された3ヵ所の核施設で放射線量の上昇は報告されていないとしている。イラン国営のIRIBによると、貯蔵されていた濃縮ウランなどは事前に安全な場所へ移動させていたという。GBU-57でも1発だけなら破壊できないとされていたが、6発でもダメだったのかもしれない。 今回の攻撃でイランが屈服せず、戦闘が長期化すると、イスラエルやアメリカにとって面倒なことになる。イスラエルが保有する防空ミサイルは10日から12日程度でなくなると言われているのだ。イランはイスラエルに防空ミサイルを使い切らせるため、旧式で性能の劣るミサイルから使ってきた。イランが高性能ミサイルを使うのはこれからだと考えられている。しかもイスラエルはイランの攻撃で石油精製能力を失い、燃料危機に直面している。 イスラエルは石油精製施設だけでなく、テルアビブにあるイスラエルの情報機関モサドの本部や軍情報部アマンの兵站拠点もイランの発射したミサイルの直撃を受け、破壊された。イスラエル政府は、イランによるイスラエルへの攻撃による打撃や被害の撮影を禁止したが、路上やバルコニーから攻撃や被害の様子を撮影、発信する人を取り締まることは至難の業。イスラエルの破壊された市街の様子が世界に発信されことを防ぐことは困難だ。 すでに発信された写真から、イランはイスラエル軍のICTキャンパス(ガブ・ヤム・ハイテクパークの一部)、そして数千人のイスラエル軍・治安部隊員の住宅も破壊されたと推測されている。アメリカの大手企業で、イスラエルと緊密な関係にあるマイクロソフトのオフィス付近で火の手が上がっている映像も流れた。アメリカだけでなく、イギリス、フランス、ドイツといった対イラン攻撃に協力している国も今後、厳しい状況になりそうだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.06.24
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日本政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリの艦上で降伏文書に調印したのは1945年9月2日のことだった。この儀式は昭和天皇(裕仁)がラジオを通じて「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表してから18日後のことである。 連合国が正式に結成されたのは連合国共同宣言が調印された1942年1月1日。日本軍が1941年12月7日にマレーのコタバルに陸軍の部隊を上陸させ、その約70分後にハワイの真珠湾を攻撃したことを受けてのことである。アメリカ側が日本軍の攻撃を察知していたかどうかには関係なく、いずれも奇襲攻撃だ。 勝者である連合国側で文書に署名したの連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーのほか、アメリカ、中国、イギリス、ソ連、オーストラリア、カナダ、フランス、オランダ、ニュージーランドの代表。この国々が日本の降伏した相手だということになるが、日本はマレーや真珠湾を攻撃する前から中国で戦争していた。 中国での戦争をぶつ切りにして語りたがる人が少なくないが、明治政府が琉球国を1872年に併合した時に日本のアジア侵略戦争は始まったと言える。廃藩置県を実施した翌年に琉球藩をでっち上げるという不自然ことを行ったわけで、そうしなければならない緊急事態が生じたのだろう。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、明治維新にはジャーディン・マセソンなるイギリスの会社が深く関係している。この会社は中国へのアヘン密輸で大儲けし、創設者であるウィリアム・ジャーディンとジェームズ・マセソンが創設した会社は香港の香港上海銀行(現在のHSBC)と深く結びついていた。 2度のアヘン戦争で大儲けしたジャーディン・マセソンは1859年にトーマス・グラバーを長崎へ、ウィリアム・ケズウィックを横浜へそれぞれエージェントとして送り込んだ。ケズウィックの母方の祖母は同社を創設したひとりであるウィリアム・ジャーディンの姉だ。 グラバーとケズウィックが来日した1859年にイギリスのラザフォード・オールコック駐日総領事は長州の若者5名をイギリスへ留学させることにする。選ばれたのは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)。この5名は1863年にロンドンへ向かうが、この時に船の手配をしたのがジャーディン・マセソンにほかならない。1861年に武器商人として独立したグラバーも渡航の手助けをしているが、ケズウィックは1862年にジャーディン・マセソンの共同経営者となるために香港へ戻った。 明治政府は1874年に台湾へ派兵、75年に李氏朝鮮の首都を守る江華島へ軍艦を派遣して挑発、94年に甲午農民戦争(東学党の乱)が起こって朝鮮王朝が揺らぐと日本政府は「邦人保護」を名目にして軍隊を派遣、その一方で朝鮮政府の依頼で清も出兵したことから日清戦争が始まる。この戦争で日本は勝利し、大陸侵略が本格化した。 日本をアジア侵略へと導く上で特に重要な役割を果たしたのはイギリスの外交官として日本にいたアーネスト・サトウ、アメリカの駐日公使だったチャールズ・デロング、厦門のアメリカ領事だったチャールズ・ルジャンドルなど。こうした人びとは明治政府に対して大陸を侵略するようにけしかけていた。 イギリスが19世紀からロシア征服を目論んでいたことは本ブログでも繰り返し書いてきた。いわゆる「グレート・ゲーム」だ。その戦略で中心的な役割を果たした政治家はホイッグ党(後の自由党)を率いていたヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)。ビクトリア女王にアヘン戦争を進言したのもこの人物である。 イギリスは1840年から42年にかけて「アヘン戦争」、56年から60年にかけて「第2次アヘン戦争(アロー戦争)」を行い、勝利したが、内陸を制圧して蓄積されていた富を略奪することはできなかった。兵力が決定的に足りなかったのだ。イギリスに代わって中国(清)を侵略したのが日本にほかならない。イギリスが日本に対して技術を提供、資金を融資したのは必然だが、同じアングロ・サクソン国であるアメリカも日本を使おうとしていた。 アメリカの外交官だったルジャンドルは台湾から帰国する途中に日本へ立ち寄り、そこでアメリカ公使を務めていたチャールズ・デロングと会う。その際、デロングはルジャンドルに対し、日本政府に対して台湾を侵略するようにけしかけていると説明している。(James Bradley, “The Imperial Cruise,” Little, Brown and Company, 2009) デロングは日本の外務省に対してルジャンドルを顧問として雇うように推薦、ルジャンドルは1872年12月にアメリカ領事を辞任して外務卿を務めていた副島種臣の顧問になり、台湾への派兵を勧めた。その口実を作るため、日本政府は琉球を急遽、併合したわけである。ルジャンドルは1875年まで外務省の顧問を務めた。 このアメリカ人外交官は母国に妻がいたにもかかわらず、離婚しないまま1872年後半から73年前半のどこかの時点で池田絲なる女性と「結婚」している。この女性は松平慶永と腰元との間に生まれた人物だ。絲は池田家に預けられ、東京で暮らすことになるものの、松平家からの支援はない。そうしたこともあり、後に彼女は深川の芸者になるが、そこでルジャンドルにみそめられたという。 その当時、朝鮮では高宗の父にあたる興宣大院君と高宗の妻だった閔妃と対立、主導権は閔妃の一族が握っていた。閔妃がロシアとつながることを恐れた日本政府は1895年に日本の官憲と「大陸浪人」を使って宮廷を襲撃し、閔妃を含む女性3名を殺害。その際、性的な陵辱を加えたとされている。その中心にいた三浦梧楼公使はその後、枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。 閔妃惨殺の4年後、中国では義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、この運動を口実にして帝政ロシアは1900年に中国東北部へ15万の兵を派遣。その翌年には事件を処理するために北京議定書が結ばれ、列強は北京郊外に軍隊を駐留させることができるようになった。 イギリスはロシアに対抗するため、1902年に日本と同盟協約を締結し、その日本は04年2月に仁川沖と旅順港を奇襲攻撃、日露戦争が始まる。日本に戦費を用立てたのはロスチャイルド系のクーン・ローブを経営していたジェイコブ・シッフだ。詳細は割愛するが、1905年5月にロシアのバルチック艦隊は「日本海海戦」で日本の海軍に敗北する。 そこで登場してくるのが「棍棒外交」のセオドア・ルーズベルト米大統領。講和勧告を出したのだ。9月に講和条約が調印され、日本の大陸における基盤ができた。講和条約が結ばれた2カ月後、桂太郎首相はアメリカで「鉄道王」と呼ばれていたエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意したのだが、ポーツマス会議で日本全権を務めた小村寿太郎はこの合意に反対し、覚書は破棄されている。小村は日本がアングロ・サクソンの手先という立場になることを拒否したと言えるだろう。 小村とは逆にアメリカのために動いたのが金子堅太郎。この人物はハーバード大学で法律を学んでいるが、彼の2年後輩がセオドア・ルーズベルトだ。1890年に金子とルーズベルトはルーズベルトの自宅で合って親しくなる。 日本政府の使節としてアメリカにいた金子は1904年にハーバード大学でアングロ・サクソンの価値観を支持するために日本はロシアと戦っていると演説、同じことをシカゴやニューヨークでも語っていた。また日露戦争の後、ルーズベルトは日本が自分たちのために戦ったと書いている。こうした関係が韓国併合に結びつく。セオドア・ルーズベルト政権は韓国併合を事前に認めていた。(James Bradley, “The China Mirage,” Little, Brown and Company, 2015) 1923年9月1日に東京周辺が関東大震災に襲われた後、日本はウォール街の影響を強く受けるようになる。復興資金を調達するために日本政府が頼ったJPモルガンは日本の政治経済を動かすようになった。この巨大金融機関を創設したジョン・ピアポント・モルガンはロスチャイルド系金融資本のアメリカにおける責任者としてスタートした人物だ。 この金融機関はアメリカの政治経済も動かしていたが、その仕組みを揺るがす事態が1932年に起こる。金融界が担いでいた現職のハーバート・フーバーがニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。 そこでウォール街の大物たちは1933年から34年にかけてクーデターを計画するのだが、これは海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将によって阻止された。その経緯は本ブログでも繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。 フーバーが大統領の任期を終える直前、1932年に大物を駐日大使として日本へ送り込む。その人物とはジョセフ・グルーだ。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻なのである。しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。アリスの父親が1898年から慶応義塾大学で英文学を教えた関係で彼女は10代の頃、日本の女学校に通い、人脈を築くことになった。 ジョセフ・グルーの人脈には松平恒雄宮内大臣、徳川家達公爵、秩父宮雍仁親王、近衛文麿公爵、樺山愛輔伯爵、吉田茂、牧野伸顕伯爵、幣原喜重郎男爵らが含まれていたが、特に親しかった人物は松岡洋右だと言われている。そこにアリスの人脈も加わる。真珠湾攻撃の翌年、グルーは離日するが、その直前、商工大臣を務めていた岸信介からゴルフを誘われてプレーしたという。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007) バトラー少将によると、ウォール街でクーデターを計画していた勢力はドイツのナチスやイタリアのファシスト党、中でもフランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしてルーズベルト政権を倒そうとしていた。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃、50万名規模の組織を編成して恫喝、大統領をすげ替えることにしていたという。 バトラーの知り合いだった編集者が派遣したジャーナリスト、ポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という発言を引き出した。1932年に駐日アメリカ大使として日本へ赴任した人物はファシストの一派だったということになる。 少将は計画の内容を聞き出しが上でクーデターへの参加を拒否、50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げる。ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろ、というわけである。これで計画は止まった。 バトラーとフレンチは1934年にアメリカ下院の「非米活動特別委員会」で証言し、モルガン財閥につながる人物がファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画していることを明らかにしているが、議会も捜査機関も動かなかった。 第2次世界大戦後、連合軍は少なからぬ日本の軍人を処刑する一方、戦争犯罪に問われて当然の軍人、特高の幹部、思想検察、裁判官などが守られ、要職についた人もいる。東京裁判は「民主化」を演出するセレモニーに過ぎなかった。そもそも戦前日本の最高責任者が責任を問われていない。 そして戦後日本が築かれていくのだが、その中心にはウォール街を後ろ盾にするジャパン・ロビーが存在、その中核にはジョセフ・グルーがいた。戦前も戦後も日本を動かしていたのはイギリスやアメリカの金融資本だと言える。本質的な点で何も変化していない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.09.04
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世界的に経済は麻痺し、社会は崩壊しつつある。その原因はウクライナを舞台としたNATO軍とロシア軍の戦い、そして西アジアにおいてはイスラエルがガザで住民を大量虐殺、またアメリカ/イスラエルがイランと戦っている。これらの戦争で重要な役割を果たしているのがパランティア・テクノロジーズにほかならない。 この会社は2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金によって創設された。創設者はピーター・ティール(会長)とアレックス・カープ(CEO)を含む5名。ウォロディミル・ゼレンスキーは5月12日、カープCEOと会談したと語っている。 ティールは決済サービス企業のPayPalを創業した人物で、緊急通報システムで知られるカービンの重役でもある。カービンの重役は大半がイスラエルの電子情報機関である8200部隊の元将校で、同社の出資者にはイスラエル軍の情報機関アマンの局長を経て参謀総長、そして首相に就任したエフード・バラクが含まれ、バラクは同社の会長に就任している。ジェフリー・エプスタインはカービンの主要な資金源のひとりだった。 言うまでもなく、エプスタインは未成年の少女を性的に搾取/虐待するネットワークを構築した人物。そうした少女を世界の要人に提供し、その様子を記録、その弱みを利用して世界の政治経済を操っていた。 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じようにイスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ティールとエプスタインは2014年から16年にかけて会合を6回ほど予定していたことを示す文書が存在する。ティールの友人であるリード・ホフマンが彼をエプスタインに紹介したという。アメリカ下院の文書によると、エプスタインは2018年に彼を自身のプライベート・アイランドに招待していた。ただ、ティール側は彼がその島を訪れたことはないと主張している。 そのティールはアルゼンチンの首都ブエノス・アイレスにある高級住宅街に立つ住宅を購入、そこで同国のハビエル・ミレイ大統領や閣僚と会談している。ミレイは熱烈なシオニストだ。 鉱物資源に恵まれ、雄大な自然でも知られているパタゴニアをシオニストは19世紀から目をつけているとジャーナリストのセバスチャン・サルガドは語る。そのパタゴニアで大規模な山火事が発生、当局は火災の一部は燃焼剤かガソリンを使った放火だと主張している。 知事は根拠を示すことなく先住民のマプチェ族に火災の責任を押し付けているが、現地では退役したイスラエル軍兵士が火をつけたと主張する人が少なくない。イスラエル軍はガザでパレスチナ人を虐殺しているが、戦争犯罪を犯したイスラエル兵がパタゴニアへ逃げ込んでいるとも言われている。 なお、パランティアは2019年11月、SOMPOホールディングスと共同で日本法人のパンティール・テクノロギーズ・ジャパンを設立、ヤマトホールディングスと提携、20年11月に富士通はパランティア・ジャパンと戦略的なグローバル・パートナーシップの発展に向けた契約を締結したと発表している。 また今年1月に小泉進次郎防衛相はワシントンDCのパランティアを訪問。アメリカ国防総省のDARPAやDIUと関係の深い防衛装備庁のDISTIは富士通、Sakana AI、パランティアと密接な関係を築いている。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.05.31
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このブログは読者の皆様に支えられています。ブログを存続させるため、カンパ/寄付をよろしくお願い申し上げます。【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦 ロシア政府はウクライナを舞台としたNATOとの戦争を話し合いで解決することを断念、軍事的に決着をつけるしかないと判断し、軍事作戦のレベルを引き上げました。 1年前の8月15日、ドナルド・トランプ米大統領とウラジミル・プーチン露大統領はアラスカで会談、その際にアメリカ側からマルコ・ルビオ国務長官、そして大統領特使のスティーブ・ウィトコフ、ロシア側からユーリ・ウシャコフ大統領補佐官、セルゲイ・ラブロフ外相が同席していますが、その当時、プーチン大統領は話し合いでの解決は可能だと考えていたようですが、アメリカ政府は信用できないことを理解した結果です。 西側に住んでいると、アメリカ、イギリス、イスラエルのような国々が信頼できないことは常識だと思うのだが、東側には西側幻想が残っていたのかもしれません。その幻想は消えたでしょう。ロシアでプーチンは高い支持率を維持していますが、プーチン政権の政策をまどろっこしいと感じるロシア国民が増えているようです。 イラン政府もアメリカ政府を信用しなくなっています。これまで何度もイランはアメリカに騙されてきましたが、2月28日にアメリカ軍とイスラエ軍はイランを騙し討ち、最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師、参謀総長のアブドルラヒム・ムサビ、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニなどイランの要人を殺害しました。 この騙し討ちでイスラエル軍はイランのミナブ女子小学校も攻撃して168名から180名を殺しました。攻撃は数度あり、最初の攻撃で生徒たちが避難した礼拝堂も狙われています。犠牲者の大半は7歳から12歳の少女です。 本ブログでは繰り返し書いてきましたが、北西ヨーロッパの国々は山賊、海賊、強盗、詐欺といった犯罪行為によって富を築いてきました。「十字軍」と称して西アジアから富や知識を奪い、「大航海時代」にスペインやポルトガルはラテン・アメリカなどから財宝を奪い、先住民を奴隷として使って金鉱山や銀鉱山を開発しています。スペインやポルトガルが盗んだ富を運ぶ船を海賊に盗ませていたのがイングランドにほかなりません。イングランドの私的権力は19世紀に南部アフリカを侵略、ダイヤモンドや金をはじめとする鉱物資源を奪っています。 貨物船を襲撃して積み荷を奪う海賊行為、口先で相手を欺いて利益をえる詐欺行為を欧米諸国が働くのは必然だと言えるでしょう。そうした欧米諸国を信じることは愚かしいことなのです。その事実にロシアやイランは気付きました。世の中は変わろうとしています。時代の変わり目に差し掛かっているのです。欧米の犯罪システムから抜け出すのか、あるいは犯罪システムと一緒に沈没するのかが問われています。櫻井 春彦【振込先】巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2026.08.17
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4月8日にシンガポールを出港した後に南下、15日にスマトラとジャワの間にあるスンダ海峡を通過したアメリカの空母カール・ビンソンはオーストラリアへ向かっていたが、その一方でアメリカのマイク・ペンス副大統領は朝鮮半島や日本に乗り込み、「戦う用意はできている」と大見得を切っていた。この矛盾を解消させるため、ペンスの周辺から軍へ圧力があったようで、空母は半島へ向かいはじめたという。1週間後の4月末には到着すると見られているようだ。その朝鮮半島の北には中国軍とロシア軍が部隊を集結させているといわれている。今回、戦争の旗振り役は大統領でなく副大統領。3月14日にWikiLeaksのジュリアン・アッサンジはペンス副大統領を大統領にする計画が推進中だと書いていた。ドナルド・トランプを排除してペンスを後釜に据えようということだ。 アッサンジによると、こうした動きをヒラリー・クリントンは歓迎、水面下で支援しているとも書いている。ペンスの動きは予想可能で、打ち負かすことができることが理由だとしている。
2017.04.23
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