1

アメリカ政府にとってウクライナとイランは重荷になっている。両国で彼らは簡単に勝てると考えて戦争を始めたが、いずれも敗北しつつあるのだ。勝利を演出して泥沼から抜け出したいのだろうが、それもできないでいる。戦況が優勢なロシアやイランは降伏を求めるだろうが、それをアメリカは受け入れ難い。ギャンブルで一発逆転を狙うしかなさそうだが、成功する確率は小さい。 それでもアメリカはイランとの停戦にこぎつけ、次の戦闘に備えて戦力の増強を図り、イスラエルに対しては1日で6500トンのアメリカ製兵器を運び込んだ。2月28日以降、アメリカはイスラエルへ11万5600トン以上の装備を輸送したという。ドナルド・トランプ政権がイランに対する新たな攻撃の準備をしている可能性は高い。アメリカ海軍は西アジアにふたつの空母打撃群を配備している。 また、イスラエルはUAE(アラブ首長国連邦)に対し、小型ドローン探知システム「スペクトロ」、アイアンビーム・レーザー防衛システム、アイアンドーム・ミサイル防衛システムの供与を開始、両国の情報共有も始めたと伝えられている。 停戦はイスラエルとアメリカがイランに対する次の戦争を準備するための時間稼ぎにすぎないと見られているが、停戦発表から1週間が経過した後でもホルムズ海峡の通常航路は再開されず、イランによる航路管理とアメリカによる取り締まりの下での航行。アメリカ海軍は艦艇は攻撃されることを避けるため、イランの沿岸から200マイル(320キロメートル)沖合にいる。 停戦が発表される前日の4月7日には11隻の船舶がホルムズ海峡を通過したが、4月11日には17隻、封鎖が発表された4月12日には21隻、4月13日には17隻が通過した。4月14日には合計19隻の船舶が航行したが、そのうち外へ出た船は14隻、中へ入った船は5隻だった。 これからも封鎖を継続する可能性があるが、それでイランが屈服することは考えにくい。アメリカがホルムズ海峡の航行を妨害し続けるならば、イランは「懲罰的な対応」をするともいう。 トランプ政権にはベンヤミン・ネタニヤフ政権と協力してイランに対する新たな爆撃作戦を始めるか、「勝利」を宣言して撤退するという選択肢もある。どの道を進むかは不明だ。アメリカ中央軍はイランに対する「短期間で強力な」攻撃計画を準備しているとも言われているが、イランからの強烈な報復は避けられない。すでに西アジアのおけるアメリカ軍の基地やアメリカの石油施設はイランの攻撃でダメージを受けているが、イランは大規模な弾道ミサイル攻撃を実施すると警告している。そうした展開にアメリカは耐えられないかもしれない。 つまり、アメリカにとって最もリスクの小さい手段は経済戦争。トランプ政権はイラン封鎖を長期化させる準備をするように指示したと言われているが、イランが石油を積み込んだタンカーはアメリカの封鎖を突破できる。20隻程度のタンカーを同時に出航させた場合、アメリカが阻止できるのは1割程度にすぎない。イランあhカスピ海を経由してロシアとも繋がっているが、中国へイランから鉄道で石油を運ぶという案もあるようだ。 パキスタンはアメリカの封鎖を回避するため、イランとの間に6つの回廊を開設したというが、イランはそのパキスタンへ3段階の計画を伝えたという。交渉の第一段階は戦争の完全終結と国連の確かな保証、戦争終結後のホルムズ海峡の管理についての協議、そして核問題。イランは戦争が終結するまでアメリカと核開発計画について交渉する意思はないということだが、トランプ政権は核合意なしに戦争は終結しないと主張している。 そこでアッバス・アラグチ外相のロシア訪問が注目されている。その際、サンクトペテルブルクでセルゲイ・ラブロフ外相だけでなく、ウラジミル・プーチン露大統領と会談したのだ。イランはロシアと連携している。そして中国とも。トランプ大統領はイラン問題でロシアや中国も相手にしなければならない。 アメリカとイスラエルは2020年1月、IRGC(革命防衛隊)のクッズ軍を指揮していたガーセム・ソレイマーニーをバグダッド国際空港で暗殺した。そのソレイマーニーは2019年5月、今年のラマダン期間中にイランとアメリカの間で戦争が起こり、ホルムズ海峡が交渉の材料になると予言する演説を行なっていた。その映像が話題になっている。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.05.02
閲覧総数 892
2

ロシア軍の元参謀総長で、国防副大臣を務めたこともあるユーリー・バルエフスキーはウラジミル・プーチン露大統領のウクライナを舞台として戦争への取り組み方を批判、話題になっている。プーチンのNATOに対する姿勢が弱腰で、そこをつけ込まれてロシアの未来を危うくしていると言うのだ。バルエフスキーだけでなく、モスクワのエリート層はウクライナ戦争終結のためにプーチン大統領が断固とした行動を取らなかったことに不満を抱いていると言われている。 こうした批判はアメリカの元政府高官などからも聞かれる。断固とした姿勢を見せないとネオコンは付け上がり、事態を悪化させるとしている。NATO諸国と合意が成立するとプーチン政権は考えているのかもしれないが、それは幻想に過ぎない。 プーチン大統領が断固たる行動に出ない理由のひとつは話し合いで解決したいという思いがあるのだろうが、アメリカ、イギリス、イスラエルといった類の国々には通用しないだろう。こうした国々がこれまでに行ってきたことを振り返れば明らかだ。交渉は時間稼ぎであり、合意を自分たちは守らず、相手には守らせる。騙し討ちも得意技だ。そうした手法でアメリカやイスラエルはイランの指導層は殺されてきた。 こうした国々を相手にしていれば、バルエフスキーのような主張をする人が出てきて当然だが、西側はそれを狙っている可能性がある。ロシア、中国、イランなどの指導部で内紛が起こることを西側は願っているだろう。西側の大手メディアはバルエフスキーの発言を利用したいはずだ。 しかし、プーチンの「甘い対応」がNATO諸国を戦争へと引き摺り込み、疲弊させているとも言える。ウクライナやイランでの戦争で欧米諸国やイスラエルの兵器は枯渇状態。「停戦」で態勢を立て直そうするものの、金融化が促進された西側諸国の生産能力はロシアや中国に比べて劣る。NATOが兵器や情報をウクライナ人に提供すればロシア人を弱体化せられ、その上で攻撃すればNATOは勝てると考えたのだろうが、そうした展開にはなっていない。ジハード傭兵やネオ・ナチでゲリラ戦を挑むのかもしれない。 西側メディアはNATOの軍事力は強大であり、ロシアのそれは弱いと本気で信じているかもしれないが、それは妄想に過ぎない。ウクライナでの戦争を見るだけでも明らかだ。1991年12月にソ連が消滅した後、米英の私的権力は致命的な失敗を犯した。ロシアやイランといった国と本当に戦争を始めてしまったのだ。その結果、彼らの幻術は効力をなくした。イギリスはアヘン戦争後、東アジア侵略の代理として日本を使ったが、現在の日本に中国に対抗するだけの戦力があるとも思えない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.05.01
閲覧総数 1330
3

イギリス国王のチャールズ3世は4月28日、アメリカ下院本会議場で演説、その中で2001年9月11日の攻撃を持ち出した。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃、いわゆる「9/11」だ。その直後にNATO(北大西洋条約機構)はNATO条約第5条に基づく緊急事態を宣言、一致団結したとチャールズは指摘、同じように今日、ウクライナを守るため、その揺るぎない決意が必要だと主張。NATOが一致団結してロシアとの戦争に突入しようと訴えたわけだが、アメリカの下院議員はそれに総立ちの拍手で応えた。 ウクライナを舞台にした戦争は、短期的に見ても、バラク・オバマ政権が2013年11月から14年2月にかけてキエフでクーデターを仕掛けたところから始まる。2010年の大統領選挙で勝利したビクトル・ヤヌコビッチを排除し、アメリカの傀儡体制を樹立しようとしたのだが、東部ドンバスの住民は反クーデター軍を組織して抵抗を開始、南部クリミアの住民はキエフの状況を素早く察知、ロシアに保護を求めた。 こうした事実はアメリカ軍の内部からも噴出してくるようになった。例えば、元デルタフォース指揮官のピート・ブレイバーがアメリカ国民にウクライナの犠牲について真実を語っている。彼によると、すでに約125万人のウクライナ兵士が死亡、ブチャでの「虐殺事件」はまるで冗談のような作り話だとしている。これは「事件」当時から明白だったのだが、それをデルタフォースの元指揮官が話っているのは興味深い。 ウクライナの情報機関員が凍ったトラックから遺体を引き出し、地面に横たえ、両手を縛っている様子を虐殺現場にいたフランス人記者が目撃したのだが、西側の大手メディアは報道しなかったとしている。確かにその通りだ。 ロシア軍が占領したどの都市でもロシア兵は解放者として歓迎されるとブレイバーも認めている。ロシア軍が到着すると人びとは外へ出てきて祝い、自分たちの街にウクライナ軍が駐留していたために自分たちが暮らしていた過酷な状況について語り合うとしている。 オバマ政権がクーデターの実行グループとして使ったのはネオ・ナチだが、そのネオ・ナチを操っていたのはMI6やCIA、つまりイギリスやアメリカの情報機関。それに対し、ウクライナの軍や治安機関に所属していた人の約7割はネオ・ナチ体制を嫌って離脱したと言われている。 クーデターでウクライナに米英の傀儡体制を築くひとつの目的はロシアの隣国をNATOの支配下に置くことでロシアに軍事的な圧力を加えることにあったが、ロシアとヨーロッパ諸国を分断して両者を弱体化させることも狙っていた。 ロシアとヨーロッパ諸国を結びつけていたのはロシア産の安価な天然ガス。ドイツをはじめとするヨーロッパ諸国の生産活動や社会生活はそのエネルギーによって支えられていた。ロシアから見るとヨーロッパ諸国は巨大マーケットであり、それを奪われるとロシア経済は崩壊すると見られていた。実際、ヨーロッパの生産活動は麻痺し、社会生活は崩壊した。 その2014年には香港でCIAとMI6が「佔領行動(雨傘運動)」なる反中国運動を展開、中国とロシアは接近、戦略的な同盟を結んだ。その関係を強化するために天然ガスを輸送するパイプライン、鉄道、道路などを建設し始め、中国のBRI(一帯一路)とロシアを中心とするユーラシア経済連合を連結させる動きがある。 イギリスやアメリカは海軍力でユーラシア大陸の周辺部を支配し、内陸部を締め上げようとしてきた。その戦略をハルフォード・マッキンダーという学者が1904年にまとめ、発表している。ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もその理論がベースになっている。 19世紀前半のイギリス政界に君臨していたヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)はロシアをイギリスにとって最大のライバルとみなし、「ウクライナ人はわれわれが反ロシア蜂起のストーブに投げ込む薪だ」と語り、ポーランドをロシアとドイツの間の障壁として復活させる計画を立てていた。これは現在も機能している。 また、パーマストン子爵は中国におけるイギリスの権益を守るためにチャールズ・エリオットを1836年に広東へ派遣、東インド艦隊の軍事行動の規制を緩めて清(中国)への軍事的な圧力を強化、1840年にはアヘン戦争を仕掛けている。彼の政策はセシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、アルフレッド・ミルナー、ウィンストン・チャーチルらが引き継いだ。 その後、セシル・ローズもアングロ・サクソンが世界を征服するべきだと主張している。彼は1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けした人物で、1877年6月にフリーメーソンへ入会した後、彼は『信仰告白』を書いている。 その中で彼はアングロ・サクソンが最も優秀な人種だと主張、その優秀な人種が住む地域が増えれば増えるほど人類にとってより良く、大英帝国の繁栄につながると主張、秘密結社はそのために必要だとしている。この考えは帝国主義として現実化した。 作家で政治家でもあったベンジャミン・ディズレーリは小説の中でこうしたイギリス支配層について書いている。例えば1844年に出版された『カニングスビー』には、「(ジョン・)ハムデン(オリバー・クロムウェルの従兄弟)による最初の運動から1688年の最後の最も成功した運動(名誉革命)に至るまで、イングランドにおけるホイッグ党指導者たちの最大の目的はベネツィア共和国をモデルとした高貴な貴族制の共和国をイングランドに樹立することであり、当時のあらゆる思索的な政治家がそれを研究し称賛することだった」としている。 15世紀から17世紀にかけてポルトガルとスペインは世界を荒らし廻り、富を築いていた。1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼしている。 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。 ただ、略奪の詳細は不明で、全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていたという。16世紀の後半にスペインはフィリピンを植民地化、銀を使い、中国から絹など儲けの大きい商品を手に入れる拠点として使い始めた。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021) そうした財宝を運ぶスペインの船を海賊に襲わせ、奪っていたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世の時代にイギリス王室が雇った海賊は財宝を略奪しただけでなく、人もさらっていた。イギリスの海賊の中でもジョン・ホーキンス、フランシス・ドレイク、ウォルター・ローリーは特に有名だ。 ジョン・ホーキンスは西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売って金、真珠、エメラルドなどを手に入れてい他のだが、こうした海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位を彼に与えている。 フランシス・ドレイクは中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻る。彼もホーキンスと同じように英雄として扱われた。女王はそのドレイクをアイルランドへ派遣して占領を助けさせるが、その際、ラスラン島で住民を虐殺したことが知られている。その後も海賊行為を働いたドレイクもナイトになっている。 ホーキンスやドレイクについで雇われた海賊のウォルター・ローリーは侵略者のイングランドに対して住民が立ち上がったデスモンドの反乱を鎮圧するため、アイルランドにも派遣された。ローリーも後にナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020) チャールズ3世は今回、アメリカ議会で帝国主義の推進を宣言した。アメリカやイギリスは現在も同じ戦略に基づき、同じことをしていると言うべきだろう。アメリカやイギリスはすでにウクライナへ傭兵や兵器のオペレーターだけでなく、特殊部隊や情報機関員を派遣、さらに衛星からの情報を提供している。すでにロシアとの「代理戦争」という段階は過ぎ、直接的な戦いになっている。その戦いのため、NATO諸国は一致団結しろとイギリス国王は求めているのだ。ロシア側もNATOとの直接的な戦争が本格化すると覚悟しているだろう。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.30
閲覧総数 1408
4

イランのアッバス・アラグチ外相はアメリカ政府の代表団との会談を拒否してパキスタンとオマーンを訪問した後、ロシアを訪れ、サンクトペテルブルクでウラジミル・プーチン露大統領と会談した。 その席でプーチン大統領はイランの最高指導者であるモジュタバ・ハメネイ師から書面によるメッセージを受け取ったと語り、またイラン国民について国家主権を守るために「勇敢かつ英雄的に」戦っていると称賛した。ロシアを訪問したアラグチ外相がセルゲイ・ラブロフ外相だけでなく、プーチン大統領と直接会談したことに注目する人は少なくない。ロシアがイランとの緊密な関係を世界にアピールしていると言えるだろう。 モジュタバ・ハメネイ師が負傷している、死んだのではないか、あるいはイラン指導部の中で混乱が生じているといった噂が流れているが、根拠は示されていない。ハメネイ師については情報がなく、「殺したはずだ」と考えている人たちが探りを入れているようにも思える。指導部の混乱という推測は、イラン側の動きを見ると混乱しているようには思えず、間違い、あるいは嘘である可能性が高い。そもそも中枢がいなくなっても機能するように組織は設計されていると言われている。 イランの指導部が混乱しているとする主張はドナルド・トランプ米大統領が叫んでいる。「戦場で惨敗を喫している『強硬派』」と『穏健派』の間で内紛が起きているというのだ。こうした話の出所はイスラエルではないかと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは推測している。 モジュタバ・ハメネイ師、イラン議会のモハマド・バゲル・ガリバフ議長、アラグチ外相、革命防衛隊(IRGC)のアフマド・バヒディ司令官、そしてマスード・ペゼシュキアン大統領は1980年から88年にかけてのイラン・イラク戦争でIRGCに所属していたとジョンソンは指摘、現在の指導部は共通の戦闘経験を持ち、結束している手強いチームだとしている。 アメリカ政府の代表がイラン政府の代表と会談できなかった事実、あるいはイランを攻撃できないことを誤魔化そうとしているのかもしれない。ちなみに、戦場で惨敗を喫しているのはアメリカ軍とイスラエル軍だ。西アジアのアメリカ軍基地やイスラエルの主要都市は攻撃で破壊されている。 そもそもアメリカ側の「交渉団」に参加している大統領の義理の息子であるジャレッド・クシュナー、中東担当特使のスティーブ・ウィトコフはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権と関係が深く、J・D・バンス副大統領のスポンサーは、パランティア・テクノロジーズのピーター・ティール。パランティアはアメリカ主導軍がイラクを攻撃した2003年にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金で創設された会社で、イスラエルの情報機関とも関係が深い。この「交渉団」をイラン側が信頼するはずがなく、またトランプ政権はイラン側と何らかの合意を実現しようと思っているとも思えない。 トランプ大統領はまたイランに対する大規模な空爆を実施するのではないかと言われているが、中国やロシアからも緊張が伝わってくる。アメリカの中間選挙を中止させるような出来事を計画しているという噂もある。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.29
閲覧総数 1362
5

ジェームズ・オキーフが率いる調査グループの潜入記者に対してアメリカ陸軍の化学核安全保障を担当するアンドリュー・ハグが話す様子を撮影した映像を4月22日に公開した。その中でハグはウクライナの指導部が「援助金」を横領している事実、陸軍は依然としてサリンを含む化学兵器級の物質を保有し、軍所属の化学者が神経ガスへの曝露で死亡した事件についても語り、イランの最高指導者であるモジタバ・ハメネイがやり方を変えなければ殺されるだろうとも推測している。ピート・ヘグセス国防長官は記者会見でハグが今後、国防総省で働くことはないと語った。 ウクライナでの戦争はバラク・オバマ政権が2013年11月から14年2月にかけてキエフで仕掛けたクーデターから始まっている。クーデター後の体制はアメリカの影響下にあるのだが、その体制で汚職が蔓延していることをハグも指摘している。ハグによると、ウクライナ人はドバイ移住を夢見て窃盗を働いている。こうした実態をハグがオバマ政権に報告したところ、「気にしない」と言われたという。 ウクライナの腐敗については元デルタフォース司令官のピート・ブレイバーも明らかにしている。彼の人脈には現役の国務省官僚や情報機関員がいて、彼らは約125万人のウクライナ兵士が死亡したと話しているという。 現在、戦場ではロシア軍が圧倒的に優勢だが、そのロシア軍が占領したどの都市でも住民は彼らを解放者として歓迎、部隊が到着すると人びとは外へ出てきて祝い、自分たちの街にウクライナ軍が駐留していたために自分たちが暮らしていた過酷な状況について語り合うとしている。実際、こうした映像は現地に入って取材してジャーナリストが伝えていた。 日本でもマスコミが反ロシア宣伝に使っていた「ブチャにおける虐殺事件」については、その話が「あまりにも偽物臭く、まるで冗談のようだ」とし、「だからこそ、西側メディアは報道しない」と語っている。 彼によると、「ロシア人に射殺されたとされる人々が、泥の中に両手を後ろ手に縛られて横たわっているという話だが、実際には真っ白なネクタイで縛られている」と指摘、「虐殺現場にいた数少ない勇敢なフランス人記者が、ウクライナの情報機関員が凍ったトラックから遺体を引き出し、地面に横たえ、両手を縛っているのを目撃した。彼はその件で何度も尋問を受けた。」と語っている。 実際、そうした指摘は当時からあり、本ブログでも書いている。どのような肩書きであろうと、体制の中で安穏に生活していたい人びとはこうした事実を「陰謀論」という呪文で封印しようとしてきたが、それも限界にきているようだ。 ウクライナへ流入する資金にはCIAの工作資金も含まれている。NED(ナショナル民主主義基金)からUSAID(米国国際開発庁)、NDI(ナショナル民主主義研究所)、IRI(国際共和研究所)、CIPE(国際私企業センター)、国際労働連帯アメリカン・センターなどを経由してCIAの工作資金が流れ込んでいる。ウクライナはマネーロンダリングの舞台になったとも言われてきた。 また、アメリカの国防総省はウクライナで生物化学兵器の研究開発も行っていた。ロシア軍は2022年2月24日からウクライナに対する攻撃を始めたが、その初期段階でウクライナ側の重要文書の回収を進めている。その中にはドンバス(ドネツクとルガンスク)に対する攻撃計画、ロシア語を話す人びとの「浄化」、つまり大量虐殺に関する文書が見つかっている。 そのほか、ウクライナで進められてきた生物兵器の研究開発に関する資料も含まれていた。ロシア側はイゴール・キリロフ中将を中心とする部隊はアメリカ国防総省の内局であるDTRA(国防脅威削減局)にコントロールされた研究施設が30カ所あると発表している。生物兵器の研究開発はDTRAから資金の提供を受け、CBEP(共同生物学的関与プログラム)の下で進められたという。 ロシア国防省によると、ロズモント・セネカとジョージ・ソロスのオープン・ソサエティがウクライナにある生物化学兵器の研究開発施設へ資金を提供していることを示すものも含まれ、ロシアやウクライナを含む地域を移動する鳥を利用して病原体を広める研究もしていたという。 そのほか、国務省、USAID、USAMRIID(米国陸軍伝染病医学研究所)、WRAIR(ウォルター・リード陸軍研究所)、そしてアメリカの民主党が仕事を請け負い、さらに国防総省とメタバイオタ、ブラック・アンド・ビーチ、そしてCH2Mヒルが仕事をしている。 キリロフが記者会見でウクライナにおける生物兵器の問題について発表した翌日、2022年3月8日にアメリカの上院外交委員会で国務次官を務めていたビクトリア・ヌランドはウクライナの施設で研究されている生物化学兵器について語っている。マルコ・ルビオ上院議員の質問を受け、兵器クラスの危険な病原体がロシア軍に押収されるかもしれないと語ったのだ。つまり、ウクライナの研究施設で生物化学兵器の研究開発が行われていたことを否定しなかった。 2023年4月にはロシア議会が報告書を発表している。その中で、アメリカの研究者が人だけでなく動物や農作物にも感染でき、大規模で取り返しのつかない経済的損害を与える「万能生物兵器」を遺伝子組換え技術を利用して開発していたと指摘。そうした兵器を秘密裏に使い、「核の冬」に匹敵する結果をもたらすつもりだという。この特性は「レプリコン・ワクチン(自己増幅型COVIDワクチン)」と似ている。 長年医薬品業界で研究開発に携わってきたサーシャ・ラティポワはその前にCOVID-19と国防総省の関係を指摘していた。アメリカでは裁判所の命令で医薬品メーカーやFDA(食品医薬品局)が隠蔽しようとした文書が公開されたが、それを彼女は分析、バラク・オバマ大統領の時代から国防総省が「COVID-19ワクチン」の接種計画を始めたという結論に達していた。 今のところオキーフは活動を続けられているが、内部告発を支援する活動をしていたWikiLeaksのジュリアン・アッサンジは2019年4月11日にロンドンのエクアドル大使館で逮捕された。アメリカ当局から狙われていたアッサンジをエクアドルのラファエル・コレア大統領は政治犯だと認め、2012年に政治亡命を認めていた。そこで同国の大使館が保護していたのだが、次のレニン・モレノ大統領は亡命を取り消した。アッサンジの弁護団によると、アメリカからの引き渡し要請に基づくものだという。 彼が逮捕された理由のひとつはWikiLeaksが2010年の4月5日にWikiLeaksが公表した映像だと見られている。2007年7月にバグダッドでロイターの特派員2名を含む非武装の十数名をアメリカ軍の軍用ヘリコプターAH-64アパッチが銃撃、射殺する様子を撮影した映像だ。 その映像を見ると攻撃された人びとが武装しているようには見えず、ヘリコプターの乗組員が武装集団と誤認したとは考えられない。勿論、戦闘はなかった。 アメリカの司法当局はアッサンジをハッキングのほか「1917年スパイ活動法」で起訴していた。本ブログでは繰り返し書いてきたが、ハッキング容疑はでっち上げ。残るは「1917年スパイ活動法」だ。 日本では1985年6月、自民党に所属する議員が「スパイ行為を処罰する法律案」を国会に提出、廃案になっているが、その後も同じ試みが繰り返されてきた。高市早苗首相も同じ考え方のようだ。巷にも「スパイを取り締まる法律が必要だ」と声高に叫ぶ人たちがいる。 それに対し、かつて特務機関員として活動していた人物は1985年当時、そうした主張を笑っていた。「どのような法律があろうと情報を取るのがスパイであり、そのような法律は国民に向かうだけだ」というのだ。 アメリカでは一般国民を監視する仕組みが存在している。FBIは1950年代からCOINTELPROと名付けられた国民監視プログラムを開始、67年8月にはCIAが同じ目的でMHケイアスというプログラムを始めているのだが、電子技術の進歩により、監視能力は飛躍的に強化された。 拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房、2005年)でも書いたように、アメリカの場合、監視技術の開発は国防総省のDARPA(国防高等研究計画局)が中心になっている。この機関で開発されていたTIA(総合情報認識)では個人の学歴、銀行口座の内容、ATMの利用記録、投薬記録、運転免許証のデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関する記録、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録、クレジット・カードのデータなどあらゆる個人データを収集、分析できた。(William D. Hartung, “Prophets Of War”, Nation Books, 2011) このプロジェクトが発覚した後、2001年9月にはMATRIXと名づけられた監視システムの存在が報じられていた(Jim Krane, 'Concerns about citizen privacy grow as states create 'Matrix' database,' Associated Press, September 24, 2003)が、その後、監視技術は飛躍的に「進化」している。 しかし、「スパイを取り締まる」という名目の法律は国民一般以上に、内部告発者を取り締まるために使われるのだろう。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.28
閲覧総数 1599
6

イランとアメリカは4月17日にレバノンにおける停戦で合意したが、翌日にドナルド・トランプ米大統領は交渉が100%完了するまでイランの全港を封鎖すると発言、それに対してイランはアメリカによるイランの港湾封鎖を解除するまでホルムズ海峡を閉鎖しつづけ、アメリカ側の姿勢によっては紅海への入り口であるバブ・エル・マンデブ海峡を閉鎖する可能性を示唆した。レバノンにおける停戦合意が成立した直後、トランプ大統領はイランを激怒させる発言をしたのだ。 そもそもトランプにイランとの交渉で問題を解決する意思があったとは思えない。イランが戦争を終結させる条件として求めている項目は一貫している。 その要求とは、ホルムズ海峡の通行をイランが管理、イランの同盟勢力に対する軍事行動の停止、西アジア地域からのアメリカ軍撤退、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定、イランが被った損害に対する全額補償、すべての制裁および国際決議の撤廃、凍結されたイラン資産の返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認すること。 トランプ政権がこうした項目を呑まないかぎり、イラン政府は合意しない。イランはアメリカがウクライナなどで行ってきた手口を理解している。交渉による解決が可能であるように思い込ませ、停戦を実現、その間に次の軍事作戦を始める準備をするのだ。アメリカにとって停戦は時間稼ぎに過ぎない。そうした展開にならないような要求をイランはしている。 こうしたことはアメリカ側も理解していたはず。つまり両国が協議しても戦争を終結させることができないことをトランプ政権は承知していた。パキスタンのイスラマバードで開かれた会議は外交努力をしているように見せる演出にすぎない。実際、その間、アメリカ軍は西アジアにおける戦力を増強していた。 そうした中、イランのアッバス・アラグチ外相は「レバノンでの停戦合意に基づき、イランの港湾海事機構が既に発表した調整ルートに従い、停戦期間中は全ての商船のホルムズ海峡の航行を完全に開放する」とX(ツイッター)で発表したが、これはイランが求めていたことを否定しているように見えた。これは中国外務省の意向を反映していると考える人もいる。 しかし、本ブログでも書いてきたように、イラン議会の国家安全保障委員会で委員長を務めるイブラヒム・アジジによると、イランへ通行料を納め、軍参謀本部の許可を得た商船のみが指定された航路を通過することが認められるだけ。イラン側はトランプ大統領のメッセージを否定していた。イラン側交渉団のメンバーであるマフムード・ナバビアン議員もトランプ大統領による海峡の完全開放宣言を拒否、イランのタスニム通信はアラグチ外相の投稿を非難した。 アメリカやイスラエルは交渉が順調に進んでいるかのように装い、イランの最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師を含む多くの要人を殺害してきたが、マスード・ペゼシュキアン大統領と同じように、アラグチ外相は生き延びた人物だ。 ホルムズ海峡の封鎖は石油、天然ガス、尿素、ヘリウムなどの供給が止まり、世界的なサプライチェーンの混乱を招き、相場が高騰する。エネルギー資源の影響は言うまでもなく、尿素の供給不足は農業に大きな悪影響を及ぼし、ヘリウム不足は半導体製造、MRIスキャナー、光ファイバー、溶接、航空宇宙産業などにとっても大きなマイナス要因だ。 特に東アジアが大きなダメージを受け、中国や日本も例外ではない。中国は同盟関係にあるロシアから相当量のエネルギー資源を入手できるが、日本はアメリカからの圧力でロシアとの関係を悪化させてきた。日本は安全保障上、致命的な間違いを犯したと言える。 戦争が終結しても回復までに長い年月が必要だ。ホルムズ海峡を通らず、サウジアラビア経由でイスラエルのハイファまで運ぶという案もあるが、昨年6月の戦闘でイランはハイファ港を攻撃、使うことは困難だろう。それだけでなくペルシャ湾岸にある製油所、貯蔵タンク、パイプライン、油田、ガス田、それらに関連する施設がイランに攻撃されている。今後、戦闘が再開されれば被害は拡大する。 イランによる海峡封鎖だけでなく、国際的な保険市場の問題もある。戦争の激化に伴って保険料が急騰、さらに保険契約が解除されるという事態になった。保険契約を結ばずにタンカーが運行されるということは通常ない。 イランでは2025年10月にアヤンデ銀行が破綻した後、小口預金者が抗議のためにデモを始め、同年12月28日にはアメリカ政府がイランの通貨リアルを暴落させて経済を混乱させ、反政府デモを煽った。こ その上で、経済状況に抗議していたデモに潜入していたアメリカやイスラエルを含む国々の情報機関のメンバー、あるいはその協力者はデモを暴力的なものへ変化させ、銃撃を始めている。 トランプ大統領は今年4月5日、FOXニュースに対し、「ワシントンは1月のイランでの抗議活動中、イランのクルド系反体制派グループに武器を供与した」と認めているが、これは2011年春のリビアやシリアでのジハード傭兵による軍事侵略、14年2月にキエフでバラク・オバマ政権が仕掛けたクーデターでも同じことが行われた。デモの最中に数人の狙撃兵が屋上からデモ参加者や警官隊の双方に向けて発砲、両陣営は互いを殺人者とみなすようになり、「内戦」に発展するというシナリオ。これをCIAは「ドッグファイト」戦略と呼ぶ。 イランの場合、デモをコントロールするため、トランプ政権は約5万台のスターリンク端末をイランに密輸、政権転覆工作のために編成したグループに資金と共に渡したとされている。スターリンクのシステムを通じ、アメリカやイスラエルの情報機関からイランの治安部隊がどのように動いているかを知らせ、指示していたのだが、イラン政府はスターリンクを遮断することに成功して事態は沈静化した。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.20
閲覧総数 1723
7

イランのアッバス・アラグチ外相は4月24日から少人数のチームを率いてパキスタン、オマーン、そしてロシアを歴訪中だ。最初の訪問先であるイスラマバードでアラグチ外相はパキスタンのアシム・ムニール陸軍参謀総と会談したが、アメリカ政府の代表と会う予定はないという。 次の訪問国であるオマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ外相はイランとアメリカによる会談の経緯を知っていた。同外相によると、9カ月の間に2度、アメリカとイランはイランの核開発計画について協議し、合意まであと一歩のところまで迫っていたのだが、最も実質的な協議からわずか数時間後、アメリカとイスラエルはイランを攻撃したとしていた。アメリカがイランを騙し討ちしたことを知っていたわけであり、交渉に何らかの形で関わっていたと言えるだろう。 そしてロシア。イランに対する支援は強化されている。アメリカやイスラエルが手を出せないカスピ海を利用し、ロシアは輸送機や船舶で物資をイランへ運びつつある。その物資とは生活物資のほか、防空システムや砲弾が含まれているのではないかと見られている。欧米諸国は停戦を態勢を立て直す時間稼ぎとして使うが、ロシアもイラン人の生活を支え、その戦力を増強している可能性が高い。 ロシア駐在イラン大使のカゼム・ジャラリによると、「もし彼ら(アメリカやイスラエル)が戦争を望むなら、われわれは戦争する準備ができている。もし協議が行われるのであれば、それは公正で、永続的な平和の実現を目指し、イランの正当な権利を認め、損害を補償し、新たな侵略に対する保証がなければならない。その場合、我々は交渉の準備ができている」と述べたが、アメリカにイランの要求を受け入れる意思が見られない。 ジャラリ大使はホルムズ海峡の通行料徴収でイランはロシアを含む複数の友好国に例外措置を設けているとジャラリ大使は語っているが、同時にホルムズ海峡を西側諸国に対する地政学的な報復の手段になるとしている。ホルムズ海峡の海底には通信ケーブルが存在、それもイランは脅しの材料になる。 2月28日にアメリカとイスラエルがイランを奇襲攻撃して最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。その「斬首攻撃」でイランは屈服するとトランプ大統領は信じていたのだろうが、そうした展開にはならなかった。 ちなみに、トランプがイスラエルの要請に基づいてイランを攻撃したことを示す文書「エピック・フューリー作戦と国際法」が4月21日、リード・D・ルービンスタイン法務顧問によって国務省のウェブサイトに掲載されている。その覚書によると、アメリカが国連憲章第51条を根拠にして、「同盟国であるイスラエルの要請に基づき、かつイスラエルの集団的自衛のために」戦争に従事しているとしている。 イランとアメリカ/イスラエルはミサイルとドローンで攻撃し合い、アメリカ/イスラエルは敗北した。アメリカとイスラエルはミサイルやドローンが枯渇したが、イランには余力がある。ドナルド・トランプ政権が停戦を望んで理由にひとつはそこにあるのだろう。兵器を補充したいのだが、西アジアにおけるアメリカ軍の主要な基地はイランの攻撃で破壊された。重要なレーダーも使えない。 イランとの戦争で勝つ見込みはないとアメリカの軍や情報機関は判断していたとされているが、それらをトランプ大統領は無視、イスラエルの主要都市は瓦礫の山が築かれ、西アジアのアメリカ軍基地も大きな損害を受けている。 多くの人はイスラエルがトランプ大統領を操っていると考えている。操る仕組みのひとつとされているものがジェフリー・エプスタインに関するファイルだ。アメリカの司法省が保有する約600万ページのファイルのうち、約300万ページは公開されたが、残りの約300万ページは未公開。しかも公開されたファイルは加害者などの名前が黒く塗られている。 公開されたファイルによると、人身売買に伴う性的サービス、拷問行為、胚や臓器の取り引き、人肉食などが行われていた。必然的に人が殺されている。凶悪犯罪だが、捜査機関の動きは鈍い。削除された資料には、トランプ大統領が未成年者を含む複数の女性と性的な関係を持ったとする当事者やその関係者の証言が含まれていたという。削除された文書のひとつはトランプが人身売買に関与していた主張しているとされている。それ以上に衝撃的な事実が未公開のファイルには記録されているのかもしれない。財務省もエプスタインに関するファイルを持っているようだ。 それら以上に重要なファイルがあるとも言われている。フロリダ州パームビーチの警察は2005年からエプスタインに対する捜査を開始したのだが、捜索令状が執行される直前にエプスタインはライリー・キラリー私立探偵事務所を使い、コンピュータ、映像、写真、文書などを6つの保管庫へ運び込んだ。保管料はエプスタインの会計士が支払っているという。 言うまでもなく、エプスタインがこうした活動を個人で行なっていたわけではない。1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプスタインはギレーヌ・マクスウェルや彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと同じように、イスラエル軍の情報機関、つまりアマンのために働いていた。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) ビル・クリントンもエプスタインと親しかったが、クリントンによると、彼が接触していたのはギレーヌ・マクスウェル。ギレーンはエベリン・ド・ロスチャイルドとその妻リンと非常に親しい関係にあったからだという。 ギレーヌによると、イギリス王室の一員だったアンドリュー王子(現在はアンドルー・マウントバッテン-ウィンザー)をエプスタインに紹介したのはエべリン・ド・ロスチャイルドの妻、リン・フォスター・ド・ロスチャイルド。リン・フォスターはエプスタインの友人である。 つまり、トランプを操るために使われているとされているエプスタイン・ファイルを管理していたエプスタインやギレーヌはイスラエル軍の情報機関の指揮下にあるだけでなく、ロスチャイルド家とも親しい。トランプが始めた対イラン戦争の背後にもこうした人脈が存在しているのだろう。 そうした人脈にはトランプが顧問弁護士として雇っていたロイ・コーンも含まれる。この人物は禁酒法時代に密造酒で大儲けしたルイス・ローゼンスティールの子分。ふたりは「親子のように」親しかったとされている。ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによると、彼女の元夫はCIAの秘密工作にも協力していたユダヤ系ギャングのメイヤー・ランスキーとも親しくしていた。 コーンは弁護士資格をとった後、ニューヨークの犯罪組織、ガンビーノ・ファミリーのメンバー何人かの法律顧問にもなっている。そのひとりがジョン・ゴッチ。1953年から54年にかけては「赤狩り」のジョセフ・マッカーシー上院議員の法律顧問を務めた。マッカーシーの黒幕はFBIのJ・エドガー・フーバー長官だったが、そのフーバーとローゼンスティールは繋がっていた。(Jonathan Marshall, “Dark Quadrant,” Rowman & Littlefield, 2021)**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.26
閲覧総数 1581
8

ドナルド・トランプ大統領は繰り返しイランに勝利したと宣言しているが、イランからイスラエルや西アジアにあるアメリカ軍基地に対するミサイルとドローンによる攻撃は弱まらない。最近ではアメリカの大手メディアもイランが西アジアのアメリカ軍基地に与えた被害はアメリカ政府が公式に認めている以上に深刻だと認めている。イランに対する新たな軍事攻撃はアメリカ軍にとって大惨事になる。 4月25日時点でイランがホルムズ海峡を通過させたのは同国が許可した中国の石油タンカーやギリシャの貨物船など5隻だけで、アメリカの制裁対象になっているイラン船籍のばら積み貨物船もトランスポンダーを作動させた状態で中国に向けて海峡を抜けたと伝えられている。 アメリカ海軍はこの地域へ空母エイブラハム・リンカーンと空母ジェラルド・R・フォードを派遣していたが、空母ジェラルド・R・フォードは船内で大規模な火災が発生して離脱、修理には1年以上かかると言われている。そこで空母ジョージ・H・W・ブッシュを代わりに派遣した。 空母エイブラハム・リンカーンは3月にイラン南部沿岸から約340キロメートルの地点まで接近したものの、イラン軍のミサイルとドローンによる攻撃を受け、イラン沿岸から約1100キロメートルの地点まで離れざるをえなくなった。 それに対し、イラン革命防衛隊(IRGC)はホルムズ海峡で大型コンテナ船2隻、パナマ船籍のフランチェスカとリベリア船籍のエパミノンダスを拿捕、イラン領海まで移動させたという。IRGCはこれらの船舶はイスラエルと関係があると主張している。 ホルムズ海峡の航行をコントロールしているのはIRGCであり、アメリカ軍ではないと見られているが、ここにきて海峡の海底にあるケーブルが注目されている。海峡の海底には主要なものだけで7本のケーブルが敷設され、膨大な量のデータを伝送しているが、イランはこれらのケーブルへの依存度が低い。もしイランがこの海底ケーブルを切断した場合、ペルシャ湾岸諸国はインターネットから遮断され、銀行業務は停止、データセンターは機能しなくなり、金融危機を引き起こし、経済を破綻させる。 こうした状況を生み出したのは2月28日にアメリカとイスラエルが実行したイランに対する奇襲攻撃だ。イランの最高指導者を務めていたアヤトラ・アリ・ハメネイ師のほか、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人が殺害されている。 その「斬首攻撃」でイランは屈服するとトランプ大統領は信じていたのだろうが、そうした展開にはならず、イスラエルとアメリカは窮地に陥っている。西側の大手メディアはそうした実態を伝えないが、イランが勝利しているという事実は変えられない。 イスラエルとアメリカを戦争へと向かわせた西側の勢力はウクライナでロシアとの戦争を始めた勢力と重なる。この勢力はユーラシア大陸の周辺部を支配し、内陸部の中国とロシアを締め上げて世界を征服するという長期戦略を持っている。 その手段のひとつがエネルギー資源の支配。バラク・オバマ政権がキエフでクーデターを実行した理由のひとつはロシアから西ヨーロッパへ天然ガスを運ぶパイプラインを抑えることにあった。ロシアから市場を奪い、ヨーロッパから安価なエネルギー資源の供給源をなくすということだ。イランとの戦争はホルムズ海峡の封鎖を招き、世界、特に東アジアへ石油供給を断ち切ることになる。ベネズエラの指導部を買収して同国の油田を奪ったことも目的は同じ。アメリカは石油と天然ガスを今のところ自給できる。 イランの体制転覆はシオニストが計画してきた大イスラエル構想ともつながる。西アジア全域をイスラエルが支配するということで、これはヨーロッパの帝国主義国、イギリスとフランスが結んだサイクス・ピコ協定と重なる。 この協定の存在はロシア十月革命で成立したウラジミル・レーニンを中心とするソ連が明らかにした。1917年11月ことだが、その月にアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開いた。いわゆる「バルフォア宣言」だ。1948年5月にイスラエルの建国が宣言された後、イスラエルが西側勢力が西アジアを支配する拠点になる。 現在、イスラエルを支配しているのは、ウラジミール・ジャボチンスキーが創設した「修正主義シオニスト世界連合」の一派。その系譜に属すベンヤミン・ネタニヤフはナイル川からユーフラテス川に至る大イスラエルを創設するという「歴史的かつ精神的な使命」を宣言した。その勢力を支えているのはアメリカのキリスト教シオニスト。キリスト教原理主義者、聖書根本主義者、福音派とも呼ばれている。この宗派はネオコンと同じく1970年代に台頭した。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.27
閲覧総数 1883
9

高市早苗政権は4月21日に「防衛装備移転三原則」と「運用指針」を改訂、全ての防衛装備品の移転を可能にした。武器輸出の制限を緩和したのだ。すでにアメリカはウクライナにおけるロシアとの戦争や西アジアにおけるイランとの戦争でミサイルやドローンが枯渇、戦場で圧倒される事態になっている。工業製品の生産能力が不足しているからで、その不足を日本に補わさせようということだろう。今後、日本は侵略戦争を続けているアメリカやイギリスをはじめとする国々に対し、殺傷能力のある兵器を輸出することになる。 日本では防衛装備を担当する部署として2015年10月に防衛装備庁が設置された。その下に防衛イノベーション科学技術研究所(DISTI)という機関が設置されたのは2024年10月のこと。DISTIのモデルはアメリカ国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)と国防イノベーション・ユニット(DIU)で、DIUとは協力関係を推進していくようだ。 2001年9月11日以降、DARPAは「医療」関連の技術開発に注力、ウクライナにおいて実施された生物兵器の研究開発も行なっていたことが判明している。そうした研究開発には「COVID-19ワクチン」も含まれていたようだ。その薬剤に関連したファイザー社の文書をFDA(食品医薬品局)は75年間、封印しようとしていたが、一部の専門家が情報の開示を求める訴訟を起こし、迅速な公開を裁判所が命じて文書は明らかにされた。 そうした文書を分析したサーシャ・ラティポワは「COVID-19ワクチン」について、アメリカ国防総省のプロジェクトだと発表する。つまり騒動は軍事作戦の結果であり、医薬品メーカーは国防総省の契約企業ということになる。そうした企業は情報を公開する必要がなく、免責だ。 ところで、DISTIが設置される7カ月前、つまり2024年3月に陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」というのだが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ったのだと理解すべきだ。この司令部編成とDISTIの設置が無関係だとは思えない。 DISTIは今年3月、民間企業2社と契約を結んだ。その企業とは富士通とSakana AIだ。富士通は著名な日本企業であり、説明する必要はないだろう。もうひとつのSakana AIは2023年7月にデイビッド・ハ、リオン・ジョーンズ、伊藤錬が設立した会社。 デイビッド・ハは香港生まれのカナダ人で、ゴールドマン・サックスの日本法人でキャリアをスタートさせている。後に研究者として働いたGoogleブレインはGoogleの人工知能研究チーム。リオン・ジョーンズもGoogleで働いていた人物で、生成型人工知能の中核をなす研究論文「トランスフォーマー」の共著者として知られている。もうひとりの伊藤錬は外務省北米局に所属していた外交官で、在米日本大使館の二等書記官も務めている。北米局はアメリカ政府の日本支局的な存在で、伊藤とアメリカ支配層との関係が窺える。 富士通は2020年11月、パランティア・ジャパンと戦略的なグローバル・パートナーシップの発展に向けた契約を締結したと発表している。パランティアは2003年5月にCIAのベンチャー・キャピタル部門であるIn-Q-Telからの資金を得て創設された。 パランティアはイスラエルの情報機関とも関係が深く、共同創設者のひとりで現在会長を務めているピーター・ティールは決済サービス企業のペイパルを創業した人物。彼が重役を務めるカービンは緊急通報システムで知られる会社で、同社の重役は大半がイスラエルの電子情報機関である8200部隊の元将校。同社の出資者にはイスラエル軍の情報機関AMANの局長を経て参謀総長、そして首相になったエフード・バラクが含まれ、同社の会長に就任している。ティールはドナルド・トランプ大統領を支持、J・D・バンス副大統領は彼の弟子的な存在だ。 カービンの主要な資金源のひとり、ジェフリー・エプスタインは性犯罪の容疑で逮捕され、収監中に死亡した。この人物は未成年の男女を有力者に提供する一方、そうした関係を記録して有力者を脅して操っていたとされている。エプスタインはバラクとビジネスの上でつながっていたのだが、バラクによると、彼をエプスタインに引き合わせたのは、イスラエル労働党の政治家で首相にもなったシモン・ペレス。その兄弟であるギデオン・ペルスキーが創設したスイス・イスラエル銀行から融資を受けていたブルース・ラッパポートはウイリアム・ケイシーの友人だ。(Whitney Webb, “One Nation Under Blackmail Vol. 1,” Trine Day, 2022) 8200部隊からスピンアウトした誕生した企業はアメリカの通信システムに「裏口」を組み込み、インターネットやコンピュータの分野で大きな影響力を持つ企業、例えばAlphabet、マイクロソフト、メタなどと結びついている。 対イラン攻撃でアメリカ軍はAIを活用したパランティアのミッション統制システム「メイブン・スマート・システム」を使い、攻撃開始から24時間に約1000カ所を攻撃、10日以内に攻撃目標は5000に達したとされている。その際、イランの最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師のほか、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。 パランティアのシステムはパターンを分析し、次に何が起こるかを推測、戦争の全サイクルを網羅する統合システムを段階的に構築しているとも言われている。その推測に基づく軍事作戦でアメリカは簡単に勝てるとドナルド・トランプ大統領も信じていたのだろうが、目論見は外れた。IAEA(国際原子力機関)はイランに関する報告書を作成する際、パランティアのAIで作成している。 パランティアは2019年11月、SOMPOホールディングスと共同で日本法人のパンティール・テクノロギーズ・ジャパンを設立、ヤマトホールディングスと提携している。今年1月には小泉進次郎防衛相はワシントンDCのパランティアを訪問した。 アメリカ国防総省のDARPAやDIUと関係の深い防衛装備庁のDISTIは富士通、Sakana AI、パランティアと密接な関係を築いている。こ右下企業の背後にはイスラエルの電子情報機関が存在していると言える。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.23
閲覧総数 1803
10

高市早苗首相は3月19日にホワイトハウスを訪問、彼女を出迎えたドナルド・トランプ大統領の胸に飛び込んでハグを交わすという触れ合いからふたりの再会は始まった。それを微笑ましいと捉えるか、醜態だと捉えるかは人それぞれだろう。イランに対する奇襲攻撃やジェフリー・エプスタインとの関係で追い詰められているトランプ大統領にとって気の休まる時間だったかもしれない。 アメリカやイスラエルによる攻撃で始まったイランとの戦争はホルムズ海峡の封鎖という事態になり、エネルギー資源や肥料の流れが止まってしまった。これは日本にとっても重大なことで、「事態を一刻も早く沈静化させ、ホルムズ海峡における航行の安全、エネルギーの安定供給を確保することの重要性を確認しました」などという出来の悪い評論家的なことを言って済む状況ではないのだ。 高市は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけ」だと発言したようだが、トランプ大統領を持ち上げているのはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と高市首相くらいだろう。 現在、トランプ大統領の愚かな行為のため、世界は経済危機へ突入しつつあり、核戦争の可能性も高まった。イランのミサイルやドローンを使った反撃でテル・アビブやハイファのようなイスラエルの主要都市や軍事施設は壊滅的な打撃を受けている。 イランを攻撃しているアメリカ軍に基地の使用を認めることは侵略への加担になるとイラン政府は主張、そうした基地のあるペルシャ湾岸の「親米国」は攻撃のターゲットになっている。戦争が長期化すると重要度が高まりそうなディエゴガルシア島は今のところイギリス領ということになっている。そこで、イランはイギリスにも矛先を向けている。日本にあるアメリカ軍基地がイラン攻撃に使われるような事態になれば、日本も攻撃対象と見做されるだろう。 また、ここにきてイラン領空に侵入していたアメリカ軍のF-35戦闘機にイランの防空ミサイルが命中したが、その前に複数のKC-135空中給油機が破壊され、イランの極超音速ミサイルによる攻撃を受けたアメリカ海軍の空母エイブラハム・リンカーンは現在、イランから1100キロメートル離れたオマーン沖に停泊。船内で大規模な火災が発生した空母ジェラルド・R・フォードは修理のため、クレタ島へ向かったと伝えられている。 アメリカやイスラエルによる攻撃を想定して報復の準備を進めていたイランにはまだ余裕があるが、数日でイランは屈服すると考えていたアメリカやイスラエルは窮地に陥っている。長期戦の準備ができていないのだ。こうした事態をアメリカの軍や情報機関は予見し、イラン攻撃を思いとどまるよう大統領にアドバイスしていたようだが、それは拒否された。 アメリカのNCTC(テロ対策センター)の長官を務めていたジョー・ケントは3月17日、「良心に照らして、現在進行中のイラン戦争を支持することはできない」として辞任した。 ケントは辞任後、タッカー・カールソンのインタビューに応じ、その中でイランはアメリカに差し迫った脅威を与えていなかったと主張、「この戦争はイスラエルとその強力なアメリカロビーからの圧力によって始まったことは明らかだ」と語っている。ケントによると、昨年6月までトランプは中東での戦争について、「アメリカから愛国者の尊い命を奪い、国の富と繁栄を枯渇させる罠であることを理解していた」という。 すでにトランプ大統領が始めたイランとの戦争は核戦争の危機を高めているだけでなく、世界経済を破壊し始め、アメリカに住む人びとにもその痛みが及び始めている。オマーンのバドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ外相はエコノミスト誌に寄稿したエッセイの中で、アメリカの友好国はアメリカを不法な戦争から救い出すために支援しなければならないと主張している。 アル・ブサイディによると、9ヶ月の間に2度、アメリカとイランはイランの核開発計画とそれが兵器開発計画になりえるというアメリカの懸念について、真の合意まであと一歩のところまで迫っていたという。 アメリカとイスラエルがイランを奇襲攻撃したのは最も実質的な協議からわずか数時間後のことだったともしている。その協議内容を検討するためにアヤトラ・アリ・ハメネイ師をはじめとするイランの指導者たちが集まり、トランプ政権とネタニヤフ政権それを狙って攻撃したのだろう。 イランが隣国領内のアメリカ軍基地を報復攻撃の対象にすることは遺憾だが、避けられないものだったとアル・ブサイディ外相は判断している。「イスラム共和国の終焉を目的とした戦争」に直面したイランの指導部にとって、報復攻撃はおそらく唯一合理的な選択肢だったというのだ。 こうした常識的な意見をオマーンのような親米国の外務大臣が書いたことは興味深いが、それだけでなく、意見を表明したエコノミスト誌がロスチャイルド家の雑誌だということも注目されている。ウラジミール・ジャボチンスキーが創設した「修正主義シオニスト世界連合」を信奉する人びとからトランプとネタニヤフの戦争は支持されるのだろうが、それ以外の人びとは苛立っているようだ。そのトランプに高市はホワイトハウスで媚を売った。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.03.21
閲覧総数 2152
11

10月4日付けのワシントン・ポスト紙は、5日にアメリカ政府はシリアのバシャール・アル・アサド政権に対する軍事攻撃を検討すると報じた。バラク・オバマ政権はロシア政府に対して軍事行動の可能性を通告、その反応を見ようとしたのだろう。 それに対し、ロシア国防省はアメリカ側のリークを重く受け取り、シリアに配備されている防空システムのS-300やS-400は侵入してきた航空機やミサイルを撃墜すると6日に発表している。ロシア海軍の基地があるタルタスへS-300を移動させたともいう。 アメリカ軍が主導する連合軍は9月17日、シリア北東部の都市デリゾールでダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)に対する大規模な攻勢の準備をしていたシリア政府軍をF-16戦闘機2機とA-10対地攻撃機2機で空爆、80名とも言われる兵士を殺し、多くを負傷させた。 アメリカ側はミスだと強弁しているが、現在の戦闘システムや現場の状況から考えて計画的な攻撃だった可能性はきわめて高い。今後もシリア政府の承認を受けずに軍事作戦をシリア領内で展開している、つまり侵略している連合軍がシリア政府軍を攻撃することは十分にありえる。S-300やS-400を使うと宣言された中、パイロットが乗った戦闘機や爆撃機が侵入してくる可能性は小さいが、巡航ミサイルによる攻撃はあると見られている。 これまでもS-300やS-400は配備されていたのだが、使用されていない。9月17日もそうだが、イスラエル軍はシリアに対する空爆を繰り返しているわけで、使う局面はあったはず。当然、シリアやイラン側には不満があっただろう。 ジョン・マケイン上院議員のようなネオコン/シオニストはリビアの時と同じように飛行禁止空域を設定して地上の手先の武装集団(アル・カイダ系にしろ、そこから派生したグループにしろ、タグを付け替えただけで基本的には同じ傭兵集団)を守り、アメリカ主導の連合軍がシリア政府軍を攻撃するという戦術を繰り返そうとしている。 それに対し、好戦派のジョセフ・ダンフォード統合参謀本部議長でさえ、ロシアやシリアと戦争になると警告しているが、ワシントン・ポスト紙のリーク記事を見ると、ネオコンはリビアの再現に執着しているようだ。 2013年には3月と8月に化学兵器が使われたと見られる攻撃があり、それをシリア政府軍の責任にしてアメリカ政府は軍事侵略を狙った。いずれもアメリカ側の主張は嘘で、自分たちが手先として使っている武装勢力が使った可能性が高いことが判明している。(これは本ブログで何度も指摘しているので、今回は詳細を割愛する。) アメリカ側の主張が嘘だということは判明しつつある中、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射されている。このミサイル発射はロシアの早期警戒システムがすぐに探知、明らかにされるが、ミサイルは途中で海へ落下してしまった。イスラエル国防省はアメリカと合同で行ったミサイル発射実験だと発表しているが、事前に警告はなく、攻撃を始めたとも見られている。ミサイルはジャミングなど何らかの手段で落とされたのではないかと推測する人もいる。 この当時、アメリカの国防長官はチャック・ヘーゲル、統合参謀本部議長はマーティン・デンプシー。ふたりともアル・カイダ系武装集団やダーイッシュを危険だと考え、シリアへの軍事侵略には消極的だった。それに対し、今はアシュトン・カーターとジョセフ・ダンフォードで、いずれも好戦派だ。 その前年、2012年にはシリア政府軍がホムスでの住民を虐殺したと西側の政府やメディアは宣伝、軍事侵略の口実にしようとしていたが、これも嘘がばれてしまう。当時、現地を調査した東方カトリックの修道院長はそうした宣伝を否定、住民を殺したのは反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵だと報告している。 そして、その修道院長は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と書いた。また、現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判している。 最近、アレッポからアメリカへ帰ったジャーナリストも西側で語られているシリア政府を悪玉にする話が嘘だと報告している。
2016.10.09
閲覧総数 8546
12

マイケル・フリン国家安全保障担当補佐官が2月13日に辞任した。事実上の解任だ。ヒラリー・クリントンを担いでいたネオコンなど好戦派はロシアとアメリカのと関係改善、いわは「デタント」を推進すると公言していたドナルド・トランプを憎悪、その背後にいたフリンを排除しようと必死だった。 前回も書いたようにフリン攻撃の拠点のひとつはCIAだが、首席戦略官のスティーブ・バノンも同じ立場で、反フリンの波はトランプ政権の内部にも押し寄せていた。そうした波を侵入させるルートのひとつだと考えれているのが大統領の娘イバンカ。彼女が結婚したジャレッド・クシュナーは大統領の顧問を務め、その父親でドナルド・トランプの同業者でもあるチャールズは上級顧問になっているのだが、ユダヤ系なのだ。ユダヤ系の影響力という点では、多額の選挙資金を寄付したカジノ経営者、シェルドン・アデルソンも忘れてはならない。 今回の辞任劇はワシントン・ポスト紙が先陣を切った。トランプが大統領に就任する1カ月ほど前、フリンがセルゲイ・キスリャクと話をし、その中でアメリカがロシアに対して行っている「制裁」を話題にしたことが問題だと報じたのだ。 この「制裁」とはキエフのクーデター政権がクリミアにあるセバストポリの基地を制圧に失敗したことなどに対する腹いせだと言えるだろう。1997年にウクライナとロシアとの間で締結された協定でロシアはこの基地を20年間使え、さらに25年間の延長が認められていた。それに伴ってロシア軍は2万5000名の駐留が可能になり、実際は1万6000名のロシア兵が駐留していた。クーデター直後、西側の政府やメディアは「侵略軍」だと宣伝していたのはこの駐留軍だ。 クーデターを拒否する住民が多かったクリミアでは3月16日にロシアの構成主体になることの是非を問う住民投票が実施され、80%の有権者が参加、その95%以上が加盟に賛成し、すぐに防衛体制に入った。 この住民投票では国外から監視団が入り、公正なものだったことが確認されているが、その投票結果を認めるわけにはいかない西側の支配層は投票に不正があったと宣伝している。ネオ・ナチが憲法の規定を無視して実権を握ったキエフの暫定政権を正当だとする一方、クリミアの「民意」は認めないというわけだ。 このクーデターは2013年11月21日にキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)で始まったが、その前日、議会ではオレグ・ツァロフ議員がクーデター計画の存在を指摘していた。ツァロフ議員によると、ウクライナを内戦状態にするプロジェクトをアメリカ大使館はジェオフリー・パイアット大使を中心に準備、NGOがその手先として動くことになっていたという。 抗議活動が広がる中、EUは話し合いでの解決を模索するのだが、それに激怒していたのがビクトリア・ヌランド国務次官補。2014年2月4日にYouTubeへアップロードされたヌランドとパイアットとの会話では次期政権の人事について話し合われ、ヌランドはアルセニー・ヤツェニュクを強く推していたが、その一方で「EUなんかくそくらえ(F*ck the EU)」と口にしている。ちなみに、ヤツェニュクは実際、クーデター後、首相に就任した。 その音声が公開された後、2月18日頃からネオ・ナチが前面に出て来て暴力が激しくなる。棍棒、ナイフ、チェーンなどを手にしながら、石や火炎瓶を投げ、ピストルやライフルで銃撃を始めたのだ。 当時、広場をコントロールしていたのはネオ・ナチの幹部として知られているアンドレイ・パルビー。この人物はソ連が消滅した1991年にオレフ・チャフニボクと「ウクライナ社会ナショナル党(後のスボボダ)」というネオ・ナチ系の政党を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任、2014年8月までその職にあった。同年9月にはヤツェニュクたちと新たな政党「人民戦線」を組織して議員になる。 広場では無差別の狙撃があり、少なからぬ犠牲者が出た。西側の政府やメディアは狙撃をビクトル・ヤヌコビッチ政府側によるものだと宣伝したが、スナイパーがいたのはパルビーの管理下にあったビル。2月25日にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相は事実が逆だと報告している。 反大統領派で医師団のリーダー格だったオルガ・ボルゴメツなどから聞き取り調査をした結果で、その内容を26日にEUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったキャサリン・アシュトンへ電話で報告する。 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新連合(暫定政権)が調査したがらないほど、本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合の誰かだというきわめて強い理解がある。」 勿論、この報告はアシュトンにとって都合の悪い事実で、封印してしまった。 クーデター後、アメリカの傭兵会社、アカデミ(旧社名はブラックウォーター。2009年からXe、10年から現社名)系列のグレイストーンは400名の戦闘員を派遣、アカデミはウクライナ政府の要請で射撃、市街戦、接近戦、兵站などの訓練をしたようだ。また、アメリカ政府は訓練のためにCIAやFBIの専門家数十名を顧問として派遣、国防総省は戦略と政策の専門家チーム、つまり軍事顧問団をキエフへ送り込んでいる。2014年4月23日には第173空挺旅団をポーランド、エストニア、ラトビア、リトアニアへ派遣した。 空挺団が派遣される11日前、4月12日にジョン・ブレナンCIA長官がキエフを極秘訪問し、4月22日にはジョー・バイデン米副大統領がキエフを訪問、それにタイミングを合わせるようにしてオデッサでの工作に関する会議が開かれている。この会議に出席したのは大統領代行、内相代行、SBU(情報機関)長官代行、そしてユーロマイダンの惨劇を演出したパルビー、さらにオブザーバーとしてドニエプロペトロフスクの知事で三重国籍のシオニスト、イゴール・コロモイスキー。 オデッサで反クーデター派の住民が虐殺されのは会議の10日後。その数日前にパルビーは数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ運んでいる。その装具を受け取ったミコラ・ボルコフは虐殺の当日、労働組合会館へ向かって銃を発射、状況をキエフの何者かに報告する様子が映像に残っている。 虐殺は午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着したところから始まる。赤いテープを腕に巻いた人びとがフーリガンやネオ・ナチを抗議活動が行われていた広場へ誘導したのだ。誘導した集団は「NATOの秘密部隊」だと疑われているUNA-UNSOだと言われている。 虐殺を仕掛けたグループは、住民を労働組合会館の中へ誘導、そこが殺戮の舞台になった。殺戮の現場を隠すことが目的だったとも推測されている。48名が殺され、約200名が負傷したと伝えられているが、これは確認された数字で、住民の証言によると、多くの人びとが地下室で惨殺され、犠牲者の数は120名から130名。虐殺の調査をキエフ政権は拒否、その政権の後ろ盾になってきた西側も消極的で、実態は今でも明確になっていない。 オデッサの虐殺から1週間後の5月9日、ソ連がナチスに勝ったことを記念する戦勝記念日にキエフ軍の戦車がドネツク州マリウポリ市に突入、住民が殺された。記念日を狙ったのは心理的なダメージを狙っただけでなく、住民が街頭に出てくることを見越してのことだったと言われている。5月11日に予定されていた住民投票を止めさせることも目的だっただろうが、予定通りに投票は行われ、独立の意思が明確になった。 それに対し、6月2日にデレク・チョレット米国防次官補がキエフ入りし、そのタイミングでキエフ軍はルガンスクで住宅街を空爆、建物を破壊し、住民を殺し始めた。民族浄化作戦の始まりだ。この戦乱は今でも終結せず、ここにきてNATOがロシアとの国境近くで威嚇的な演習を実施、キエフ軍によるドンバスへの攻撃は激しくなっている。 ロシアを制圧するというアメリカ支配層の目論見は崩れ、その報復として行っているのが「制裁」なのだが、この「制裁」はロシアを助けることになっていると指摘する人もいる。ロシア経済に対する西側巨大資本の影響力を弱め、生産活動を活性化させたというのである。「制裁」の解除をロシア政府は歓迎しないだろうともいう。フリンがこの「制裁」についてロシア側と話し合ったことを問題にするのは、「制裁」がロシアにダメージを与えているという妄想に基づいている。そうした様子を見ている世界の人びとがアメリカに見切りをつける可能性も小さくない。
2017.02.15
閲覧総数 12535
13

アメリカを中心とする支配秩序は崩れつつある。そうした支配秩序のプロパガンダ機関である有力メディアはそうした事実を隠そうとしているが、隠しきれていない。欧米の一部支配者は現在、COVID-19(コロナウイルス感染症-2019)に対する人びとの恐怖を利用して世界秩序を「リセット」しようとしている。 そうした支配者が作り上げようとしている世界では、強大な私的権力が直接統治することになるのだろう。監視システムが張り巡らされ、強力な治安システムが存在し、人びとのつながりが厳しく制限される収容所のような世界だ。 第2次世界大戦でドイツが降伏する直前、1945年4月にアメリカ大統領だったフランクリン・ルーズベルトが急死、ホワイトハウスは親ファシストの金融資本が奪還、反ファシスト勢力を「赤狩り」という形で弾圧することになる。 そうした弾圧の中、1950年9月に「1950年国内治安法(マッカラン法)」が成立する。1950年代にアメリカの軍や情報機関では好戦派がソ連や中国への先制核攻撃を計画、その準備を始めている。沖縄の軍事基地化はその一環だった。 ベトナム戦争に反対する声を上げようと訴えていたマーチン・ルーサー・キング牧師は1968年4月に暗殺され、大規模な蜂起の引き金になる。そこでアメリカ軍は暴動鎮圧を目的とした2旅団(4800名)を編成した(ガーデン・プロット作戦)。 1970年には戦争に反対する人びとを取り締まるため、令状なしの盗聴、信書の開封、さまざまな監視、予防拘束などをFBIやCIAなどに許す法案が作成された。ヒューストン計画だが、これは司法長官のジョン・ミッチェルが拒否して実現していない。 ヒューストン計画は1979年にFEMA(連邦緊急事態管理庁)として現実化、1984年には「国家緊急事態」の際に多数の人びとを拘束するというRex 84が作成され、訓練も行われた。これはCOGにつながる。このCOGは当初、核戦争が想定されていたのだが、1988年に対象は「国家安全保障上の緊急事態」に拡大された。 1981年1月に始まったロナルド・レーガン政権はソ連に対する軍事的な圧力を強め、1983年11月には戦術弾道ミサイルのパーシングIIを西ドイツへ配備している。そうしたことが進行していた最中の1983年1月、中曽根康弘首相はアメリカを訪問、日本を「巨大空母」とワシントン・ポスト紙のインタビューで表現した。ワシントン・ポスト紙は「不沈空母」と書いたが、巨大空母も不沈空母もその意味に本質的な差はない。 そのワシントン・ポスト紙によると、「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべき」であり、「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語ったのである。 ソ連に対する軍事的な挑発だが、それから間もない1983年4月から5月にかけてアメリカ海軍は千島列島エトロフ島の沖で大艦隊演習「フリーテックス83」を実施、3空母を集結させた。エンタープライズ、ミッドウェー、コーラルシーを中心とする機動部隊群が集まって挑発的な軍事演習を実行したのだ。この重大な出来事を日本のマスコミは報じなかった。 そして1983年8月31日から9月1日にかけて大韓航空007便がソ連の領空を侵犯するという事件が引き起こされる。この旅客機はアンカレッジを離陸して間もなく航路を逸脱、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)が設定したアラスカの「緩衝空域」と「飛行禁止空域」を横切ってソ連軍の重要基地の上を飛行、ソ連側の警告を無視して飛び続けた末にサハリン沖で撃墜されたとされている。航路を逸脱してソ連へ向かう旅客機にNORADは何も警告していない。この事件には不可解なことがいくつもあるのだが、今回は割愛する。 この事件を利用してアメリカ政府は大々的な反ソ連キャンペーンを展開、その年の11月にはNATO(北大西洋条約機構)軍が軍事演習「エイブル・アーチャー83」を計画、核攻撃のシミュレーションも行われることになっていた。1981年の段階で西側からの全面攻撃を想定していたソ連のKGBはこれを「偽装演習」だと疑い、全面核戦争を仕掛けてくるのではないかと警戒、その準備を始めている。NATOの大規模な演習は中止になったのでソ連側の懸念が正しかったどうかは不明だが、全面核戦争の寸前だったとは言えるだろう。 大韓航空機の事件から2年後の8月12日、羽田空港から伊丹空港へ向かっていた日本航空123便が群馬県南西部の山岳地帯に墜落した。乗員乗客524名のうち520名が死亡している。 運輸省航空事故調査委員会はボーイング社の修理ミスで隔壁が破壊されたことが原因だと主張しているが、その主張が正しいと仮定すると、実際の乗員乗客の状態は医学的にありえない。委員会の主張には全く説得力がないのだ。再現実験でも調査委員会のストーリーは無理だということが確認されている。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、墜落から10年後の1995年8月、アメリカ軍の準機関紙であるスターズ・アンド・ストライプ紙は日本航空123便に関する記事を掲載した。墜落の直後に現場を特定して横田基地へ報告したC-130の乗組員、マイケル・アントヌッチの証言に基づいているのだが、その記事は自衛隊の責任を示唆している。 これも繰り返し書いてきたが、1995年2月に国防次官補だったジョセフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を公表、それに基づいて日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていく。 1995年はその節目になったわけだが、大きな事件があった年でもある。1月の兵庫県南部地震は自然の出来事だが、3月には地下鉄サリン事件に続き、警察庁長官だった國松孝次が狙撃された。その前年の6月には長野県松本市でもサリンがまかれている。 その当時、日本をアメリカの戦争マシーンへ組み込むことに反対する人は自民党の中にも少なくなかっただろうが、1996年から日本はアメリカの意向に沿い、戦争マシーンに組み込まれていく。1995年の出来事がアメリカ支配層の脅しだった可能性は否定できない。スターズ・アンド・ストライプ紙の記事も脅しだった可能性がある。同紙はアメリカ軍の準機関紙であり、箝口令で沈黙していたアントヌッチの証言を載せたということは、軍が許可したことを意味している。 記事では墜落地点が特定できていて、アメリカ軍は救助活動を始めようとしていたとしている。ところが救助活動は中止させられた。その直後に自衛隊のヘリコプターが現場へ来たにもかかわらず、日本政府は翌日まで救助活動をしていない。記事には書かれていない、日本政府を震え上がらせる何かがあると思われても仕方がない。最終的に自衛隊がミサイルで撃墜したとする説もあるが、運輸省航空事故調査委員会の主張よりはるかに説得力がある。 もし、その説が正しいなら、事実が発覚すれば、1983年にソ連へ向けて発した非難は全て日本政府に向けられる。いや、ソ連の場合は軍事目的で侵入したと思われても仕方のない状況だった(実際、そうだった可能性もある)のだが、日航機の場合は違う。中曽根政権だけでなく、アメリカの支配者が操る天皇制官僚システムという型の中でしか民主主義、自由、人権を語れないマスコミも厳しい状況に陥るだろう。 マスコミにしろ学者にしろ、このシステムを揺るがすような事実を口にしたり文章にすることはできない。自衛隊機が旅客機を撃墜したということになれば、当然、自衛隊は機能しなくなるが、これは自衛隊をアメリカ軍の手先として使うことを困難にするということでもある。 アメリカは1980年代にソ連に対する軍事的な締め付けを強め、1983年には核戦争の寸前に到達した。1985年もそうした情勢の流れの中にあったのだが、その翌年の4月、ソ連ではチェルノブイリ原発で大事故が発生、支配体制を揺るがすことになった。
2020.09.09
閲覧総数 3579
14

映画業界やテレビ業界が制作するドラマの中には権力犯罪、スパイ活動、政界の内幕などをテーマにした作品が少なくない。その中には政府組織や大企業を舞台にしたものもあるが、基本的に犯罪者は個人、あるいは無法者集団であり、組織自体が犯罪を働くというプロットは見当たらない。これはCIAがハリウッドで映画を検閲する時の規準だと言われている。 1975年12月、警視監を最後に依願退職した松橋忠光によると、アメリカは59年から「1年に2人づつ警視庁に有資格者の中から選ばせて、往復旅費及び生活費と家賃を負担し、約5か月の特殊情報要員教育を始めた」という。その前は「数か月の期間で3、4人の組というように、あまり秩序立っていなかったようである。」(松橋忠光著『わが罪はつねにわが前にあり』オリジン出版センター、1984年) 公式文書に記載された渡航目的は「警察制度の視察・研究」だが、実際はCIAから特殊訓練を受けるのだという。CIAから受けた講習の中で派遣された日本の警察官はハリウッドのスパイ映画を何本か見せられ、「その製作に相当関与」していることをそれとなく教えてもらったとも書いている。映画を検閲し、修正させているというわけだ。ハリウッド映画に限らず、映画やテレビドラマとはそういうものだと考えなければならない。 ソ連、中国、イスラム政界などのイメージを悪くするだけでなく、西側の支配システム自体は健全だと人びとに信じさせることも検閲の目的だ。ロシアを侵略して資源や穀倉地帯を奪うことに失敗した欧米諸国は急ピッチで経済が破綻、社会が崩壊しつつある。そのあとを追いかけているのが日本にほかならない。 西側の支配システムは1970年代に行き詰まり、製造業を放棄して金融中心のシステムへ切り替えた。通貨カルトの影響力が強まったということだ。通貨カルトによる金融マジックは新自由主義という仕組みを生み出し、それによって一部の富裕層へ資金が集中して貧富の差が拡大、社会が弱体化するスピードが速まる。本ブログでは繰り返し書いていることだが、1991年12月にソ連が消滅した後、ネオコンをはじめとする西側の好戦派は軍事侵略による略奪に乗り出した。帝国主義を全面に押し出してきたのだ。 ヨーロッパは十字軍による侵略で知識を手に入れてルネサンスは実現したが、富の蓄積はその後、15世紀から17世紀にかけての「大航海」という略奪のによってだ。スペインやポルトガルはそのときにアメリカ大陸を侵略し始め、1521年にエルナン・コルテスは武力でアステカ王国(現在のメキシコ周辺)を滅ぼして莫大な金銀を奪い、インカ帝国(現在のペルー周辺)ではフランシスコ・ピサロが金、銀、エメラルドなどを略奪しながら侵略を続けて1533年には帝国を滅ぼしている。 莫大な量の貴金属を盗んだだけでなく、ヨーロッパの侵略者は先住民を酷使して鉱山開発も行った。その象徴的な存在がボリビアのポトシ銀山。1545年に発見されたこの銀山だけで18世紀までに15万トンが運び出されたとされ、スペインが3世紀の間に南アメリカ全体で産出した銀の量は世界全体の80%に達したと言われている。 ただ、略奪の詳細は不明で、全採掘量の約3分の1は「私的」にラプラタ川を経由してブエノスアイレスへ運ばれ、そこからポルトガルへ向かう船へ積み込まれていた。16世紀の後半にスペインはフィリピンを植民地化、銀を使い、中国から絹など儲けの大きい商品を手に入れる拠点として使い始める。(Alfred W. McCoy, “To Govern The Globe,” Haymarket Books, 2021) そうした財宝を運ぶスペインの船を海賊に襲わせ、奪っていたのがイギリスにほかならない。エリザベス1世の時代にイギリス王室が雇った海賊は財宝を略奪しただけでなく、人もさらっていた。つまり人身売買だ。 ジョン・ホーキンスという海賊は西アフリカでポルトガル船を襲って金や象牙などを盗み、人身売買のために拘束されていた黒人を拉致、その商品や黒人を西インド諸島で売り、金、真珠、エメラルドなどを手に入れている。こうした海賊行為をエリザベス1世は評価、ナイトの爵位をホーキンスに与えている。 フランシス・ドレイクという海賊は中央アメリカからスペインへ向かう交易船を襲撃して財宝を奪い、イギリスへ戻るが、ホーキンスと同じように英雄として扱われた。女王はそのドレイクをアイルランドへ派遣して占領を助けさせるが、その際、ラスラン島で住民を虐殺したことが知られている。その後も海賊行為を働いたドレイクもナイトになっている。 ホーキンスやドレイクについで雇われた海賊のウォルター・ローリーは侵略者のイングランドに対して住民が立ち上がったデスモンドの反乱を鎮圧するため、アイルランドにも派遣された。ローリーも後にナイトの爵位が与えられている。(Nu’man Abo Al-Wahid, “Debunking the Myth of America’s Poodle,” Zero Books, 2020) イギリスが帝国主義の時代に入るのは19世紀。その象徴的な人物が反ロシアで有名なヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)である。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だった。 しかし、アヘン戦争でイギリスは海戦で勝利したものの、中国(清)を征服することはできなかった。陸軍力が圧倒的に不足していたからである。その代理として登場してきたのが日本。明治維新を仕掛け、「近代化」という名目で軍事力を増強させたのはそのためである。ウクライナにNATOが兵器や資金を投入した目的も同じだ。 その過程で多額の債務を背負い込んだ日本は後に中国を侵略、財宝を略奪する。「金の百合」だ。第2次世界大戦後、日本は天皇制を維持、米英金融資本に対する債務はなくなった。 その日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれている。1992年2月に作成されたアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案、いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」は唯一の超大国になったアメリカが世界を征服するというプロジェクト。そこには新たなライバルの出現を防ぐこと、またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということが謳われている。 1995年2月になると、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づく「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」をジョセイフ・ナイは発表してアメリカの政策に従うように命令した。 このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだことも忘れてはならない。1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆した。 1990年代から日本の経済は下降し続け、貧富の差は拡大、庶民は思考する余裕をなくした。日本の支配システムが壊されたのだが、システムが崩壊したと人びとが認識したなら、そのシステムを何とかしようと思うだろう。そこでシステムは健全だが、「悪い外国人」によって日本は悪くなっているという話が広められている。ミスディレクションだ。 CIAが行なっている心理操作が日本でも実行されているようである。問題はシステムにあるのだ。日本の支配システム、支配理念は中曽根康弘政権から大きく変わった。新自由主義の導入だ。その背後には米英の金融資本が存在している。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.20
閲覧総数 2104
15

中国と戦略的な同盟関係を結び、朝鮮との関係を強化しているロシアは日本の対ロシア政策は非友好的だと考えている。ロシア大統領の報道官を務めるドミトリー・ペスコフは1月25日、日本はモスクワに対して非友好的な政策を続けていると述べた。アメリカに従属しているということだ。 こうした主張をロシアが突然言い出したわけではない。2021年9月、ロシア国家安全保障会議の議長を務めていたニコライ・パトロシェフはAUKUSについて中国やロシアを仮想敵とする「アジアのNATO」だと指摘、ロシアは朝鮮との関係を急ピッチで強化することになっている。 中国やロシアとの関係を維持しようとしていた安倍晋三が首相を務めていた時代ならロシアはそこまで言わなかったかもしれないが、2020年9月16日に体調の悪化を理由にして辞職してしまった。日本企業がアメリカの圧力を跳ね除けてサハリンにおける石油や天然ガスの開発を継続すると発表する直前の22年7月8日に彼は射殺されている。 アメリカへ従属する姿勢が目についた岸田文雄に次いで首相となった石破茂はロシアと「領土問題」を解決し、平和条約を締結したいと述べたというが、これは千島列島に属す択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島をアメリカ軍が支配することを意味する。ロシアにとってこうしたことは極東の安全保障だけでなく、北極航路の安全にも関わる問題だ。日本とロシアとの接近を阻止したいアメリカにとってこの領土問題は重要な仕掛けにほかならない。 日本の領土問題は1945年2月の「ヤルタ協定」から始まる。アメリカのフランクリン・ルーズベルト、イギリスのウィンストン・チャーチル、ソ連のヨシフ・スターリンがクリミア半島のヤルタで会談した際に決められもので、ドイツが降伏し、ヨーロッパでの戦争が終結してから2カ月から3カ月後にソ連が日本に宣戦布告する条件を取り決めている。 その中には現在のサハリン南部や近くにある全ての島々をソ連へ返還し、千島列島はソ連へ引き渡すことが含まれてたのだが、日本側は択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島を千島列島でないとしているわけだ。この主張の背後にはアメリカが存在していると言えるだろう。1956年10月に日本の鳩山一郎政権はソ連と共同宣言に署名した歯舞島と色丹島を日本領にするというソ連案を受け入れたのだが、問題解決を嫌ったアメリカ政府がこの案を潰している。 日本が従属しているアメリカは現在、苦境に陥っている。外交や軍事の分野で主導権を握ってきたネオコンはウクライナで戦争を仕掛けてロシアに敗北、中東でも思惑通りの展開にはなっていない。東アジアでは中国やロシアと戦うための準備を進めてきたものの、計画通りには進んでいないようだ。 アメリカは21世紀に入ってからロシアや中国と戦争する準備を進めてきた。日本から台湾にかけての島々は米英両国にとって中国を侵略するための拠点であり、朝鮮半島は橋頭堡にほかならない。 日本には自衛隊というアメリカ軍の補完部隊が存在、韓国には現役の軍人が50万人、そして予備役が310万人いる。その韓国を動かすためにアメリカは尹錫悦を大統領に据え、日米韓の「三国同盟」を推進しようとしたのだろうが、尹大統領の従米政策は国民の反発を招く。 韓国では政党に関係なく朝鮮半島が戦場になることを恐れていた。朴槿恵も戦争を嫌がり、中国との関係を重要視、アメリカがTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムを韓国へ配備することに難色を示していたのだが、2017年4月に持ち込まれた。朴大統領がスキャンダルで身動きできなくなり、阻止できなかったのだ。朴槿恵を失脚させ検事が尹錫悦にほかならない。 その尹をアメリカは大統領に据える。大統領として尹はアメリカの意向に沿う政策を推進、中国やロシアとの関係を悪化させ、韓国経済を失速させた。アメリカは日米韓の「三国同盟」を推進しようとしたのだろうが、尹大統領の従米政策は国民の反発を招き、クーデターというギャンブルを仕掛けざるをえなくなった。戒厳令宣言の黒幕は韓国駐在アメリカ大使のフィリップ・ゴールドバーグではないかと考える人もいる。 ゴールドバーグは2006年10月からボリビア駐在大使を務めていた人物だが、2008年9月、ボリビア大統領だったエボ・モラレスはクーデターを支援したとして彼を国外へ追放している。また2013年12月から16年10月にかけてフィリピン駐在大使を務めていた際、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領からCIAがドゥテルテの追放、あるいは暗殺を企てていると非難されていた。 その一方、アメリカは日本でも戦争の準備を進めている。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させているが、これはアメリカの軍事戦略に基づく。 この戦略は2022年の4月にアメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」が明らかにしている。GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するという計画を公表したのだ。 南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。インド洋と太平洋を一体のものとして扱うということだろう。 2020年6月にNATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長はオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言。2021年9月にはアメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国が太平洋でAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があった。 アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられたが、そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。その原子力潜水艦を受け入れる可能性があると山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日に表明した。 与那国島にミサイル発射施設を建設する前年、2015年の6月、総理大臣だった故安倍晋三は赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。安倍首相は南シナ海における中国との軍事衝突を見通していた。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにした。 2022年10月には、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 アメリカは千島列島から南西諸島までの島々を軍事的な拠点と考えている。中曽根康弘は首相に就任して間もない1983年1月にアメリカを訪問、その際にワシントン・ポスト紙のインタビューを受けたのだが、その中で「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべきだ」と発言、さらに「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語ったと報道された。 当然のことながらこの発言は問題になり、中曽根は「不沈空母」発言を否定しようとするのだが、インタビューが録音されていたことを知ると「巨大空母」と言ったのだと主張して誤魔化した。その前からイスラエルは自国のことをアメリカの中東における不沈空母だと表現していたので、それを記者は使ったのかもしれない。 ダグラス・マッカーサーは第2次世界大戦や朝鮮戦争の際、台湾を「不沈空母」と呼んでいたが、日本軍も中国を空爆するための空母として利用していた。 その台湾も韓国と同じように、アメリカの軍事戦略から離れたがっているが、日本はアメリカから離れられないようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.11
閲覧総数 1917
16

日本人は「歴史小説」を好むが、歴史は嫌いだという声を聞く。これは事実だろう。旧日本軍も自衛隊も情報を軽視するという共通項がある。勿論、日本のマスコミも情報を集め、分析することができなくなっている。 現在、自衛隊だけでなく日本政府は情報をアメリカに依存しているのだが、これにはふたつの問題がある。ひとつはアメリカが日本に渡す情報は日本に信じさせたい話だということ、もうひとつはアメリカの情報分析能力がなくなっているということだ。 孫子には「彼を知りて己を知れば、百戦して殆うからず」だが、「彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆うし」とある。後者は現在のアメリカだ。 アメリカの情報機関CIAには分析部門があり、能力は高かったが、その分析はソ連を核攻撃しようと目論んでいたネオコンにとって都合が悪かった。そこでCIA内部にチームBというプロパガンダ部門を設置するのだが、その中にはポール・ウォルフォウィッツも含まれていた。 1950年代にCIAの内部へ破壊工作チームが入り込み、徐々に組織を侵食していく。バラク・オバマ政権でCIA長官を務めたジョン・ブレナンは分析局に所属する分析官と作戦局に所属する作戦担当官をハイブリッド・ミッションセンターに統合したのだが、その目的は分析官を作戦部門に従属させることにあったと考える人もいる。現在、CIAで情報を分析している人びとは大統領が望む話を伝えるだけになったようだ。日本に「国家情報会議」を創設しても情報分析の面で向上するとは思えない。アメリカ政府の間違った情報を受け取るだけだろう。 アメリカではFBIが1950年代からCOINTELPROと名付けられた国民監視プログラムを開始、67年8月にはCIAが同じ目的でMHケイアスというプログラムを始めた。FBIは当初、コミュニストをターゲットにしていたが、途中でその矛先を平和運動に向けている。 MHケイアスを指揮していたのはCIAで防諜部長を務めていたジェームズ・アングルトン。この人物はアレン・ダレスの側近で、秘密工作で中心的な役割を果たし、イスラエルとの関係が深かった。アングルトンは監視プロジェクトの責任者としてリチャード・オバーを指名、その下に50名とも60名とも言われるメンバーがいた。 CIAの秘密工作担当副長官(DDP)だったトーマス・カラメシネスはアングルトンに対し、反戦運動と外国との関係を調べるために特殊工作グループ(SOG)を設置するように命令。秘密工作部門の幹部を務めていたコード・メイヤーによると、反戦運動の活動をしていたアメリカ市民25名をSOGは1969年10月から72年7月までの期間にエージェントとして雇っている。(Michael Holzman, “James Jesus Angleton,” University of Massachusetts Press Amherst, 2008)ターゲットの団体へ潜入していた工作員の人数は最も多いときで52名だったという。(Tom O’Neill, “Chaos,” William Heinemann, 2019) MHケイアスはCIAの内部でも秘密にされ、盗聴されることを恐れて中央情報局本部の地下に特別室を作って活動していた。CIAの内部でも限られた人間以外はそこに近づけなかったと言われている。すでに日本は自衛隊も兵器産業もアメリカ国防総省の指揮下にあるようだ。 日本では1952年4月に内閣調査室が創設された。初代の室長に就任したのは国警本部警備第1課長を務めていた村井順。後に綜合警備保障を創設する人物だ。 その村井は1953年9月から3カ月の予定で国外に出ているのだが、その名目はスイスで開かれるMRA(道徳再武装)大会への出席だった。この団体はCIAの別働隊で、村井が国外へ出た本当の理由は西ドイツのボンに滞在していたアレン・ダレスCIA長官に会い、新情報機関に関する助言を得ることにあったとされている。 しかし、ボン空港に到着すると間もなく村井はイギリスの情報機関員と思われる人物につきまとわれ、ロンドンの税関では腹巻きの中に隠していた闇ドルを発見されている。 この内閣情報室には調査能力がなく、情報機関とは言いがたい存在。そこで実際の調査は下請けに出していた。ところが調査を請け負っていた団体や個人の多くはCIAともつながり、内閣調査室に提出される報告書より詳しい内容の報告書をCIAへ渡していたと当時の関係者は証言している。 旧日本軍が無謀な侵略戦争で敗北した一因は情報の軽視にあったが、同じことをネオコンは行っている。CIAでは作戦部門の失敗を分析部門が指摘できなくなり、作戦は成功しているとする話だけが伝えられるようになった。ウクライナを舞台にした戦争でNATOが敗北、EUが崩壊へと向かっているが、その一因はそこにあるだろう。 ネオコンはアメリカの軍事と外交をコントロールしてきたと言われている。そのネオコンは1991年12月にソ連が消滅した際、自国が唯一の超大国になり、自分たちに逆らう国は存在しなくなったと認識、傍若無人な振る舞いが許されるようになったと考えた。 その考えに基づき、1992年2月にアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案として世界征服プロジェクトが作成された。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。 このドクトリンの最優先事項は新たなライバルの出現を防ぐことなのだが、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。このドクトリンを日本が受け入れたのは1995年のことだった。 小泉純一郎政権以降、日本は着々とアメリカの戦争マシーンとして仕組みを築いてきた。そして2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。これにより、自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入ったと考える人は少なくない。 その7カ月後、防衛装備庁の下に防衛イノベーション科学技術研究所(DISTI)という機関が設置された。DISTIのモデルはアメリカ国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)と国防イノベーション・ユニット(DIU)で、DIUとは協力関係を推進していくという。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.24
閲覧総数 1670
17

1983年8月31日18時26分(UTC。日本時間9月1日3時26分)、サハリン上空で大韓航空の旅客機KAL-007がソ連のSu-15戦闘機に撃墜されたとされている。公式見解に対する疑惑は少なくないが、ソ連だけでなくアメリカも日本も情報を隠しているため、詳細は今でも明らかになっていない。 この旅客機はニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港から韓国の金浦空港へ向かう予定だったが、中継地のアンカレッジを飛び立ってから10分も経たないうちに航路からそれはじめ、アメリカ軍が民間機の飛行を許していない「バッファー・ゾーン」、そして「飛行禁止ゾーン」を通過し、ソ連領空を侵犯したのである。 NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)のアラスカ航空指揮規則によると、飛行禁止空域に迷い込みそうな航空機を発見した場合はすぐに接触を試み、FAA(連邦航空局)へ連絡しなければならないと定められているのだが、アメリカ軍は撃墜も予想される飛行禁止空域へ向かう民間機に対して何もアクションを起こしていない。アメリカ軍のスタッフが信じがたいほど怠慢だったのか、NORAD側を誤認させる機材が搭載されていたのか、事前に飛行許可を受けていたということになるだろう。これを含め、この領空侵犯事件には謎が多い。 その当時、アメリカの支配層はソ連との戦争を始めていた。そのひとつの舞台がアフガニスタン。1950年代の初めにアメリカはムスリム同胞団とつながる勢力と結びつき、50年代から60年代にかけてCIAはカブール大学を支援し、イスラム共同体と手を組んで活動を開始、パキスタンのバナジル・ブット首相の特別補佐官だったナシルラー・ババールによると、アメリカは73年からアフガニスタンを不安定化させるため、反体制派へ資金を援助している。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005) そして1978年、まだ王制でイスラエルと緊密な関係にあったイランの協力を得て、アフガニスタン政権を揺さぶる工作をCIAは本格化させた。1977年からアメリカの大統領はジミー・カーターになっているが、その国家安全保障担当補佐官を務めたズビグネフ・ブレジンスキーはソ連/ロシアを憎悪、その征服を夢想してきた人物で、その意向が反映されているだろう。1979年4月からCIAはイスラム武装勢力への支援プログラムを開始、その工作が功を奏し、その年の12月にソ連軍の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻してきた。そのソ連軍と戦うために編成された武装集団の戦闘員はムスリム同胞団やワッハーブ派/サラフ主義者が中心だ。 1979年6月にカーター大統領とソ連のレオニード・ブレジネフ書記長は第2次戦略兵器制限交渉(SALT II)に調印したのだが、ソ連軍がアフガニスタン侵攻を理由にして、アメリカ議会は批准を拒否した。カーター大統領はデタントを放棄、ブレジンスキーのアドバイスに従ってソ連の行為を激しく非難する。 カーターの前任者であるジェラルド・フォード大統領の時代、政府内ではリチャード・ニクソン大統領が進めたデタント(緊張緩和)政策に加わっていたグループが排除されている。その粛清で中心的な役割を果たしたのはドナルド・ラムズフェルド大統領首席補佐官とリチャード・チェイニー。この政権でネオコン/シオニストが台頭してくる。 デタント政策に反発したグループの中心にはポール・ニッツェやアルバート・ウールステッターがいた。ウールステッターは核の専門家として国防総省系シンクタンクのRANDで働いていたことがあり、シカゴ大学で教えた学生の中にはポール・ウォルフォウィッツも含まれていた。 粛清では1975年11月にジェームズ・シュレシンジャーが国防長官を解任されてラムズフェルドが就任、ラムズフェルドの後釜にはチェイニーが座った。1976年1月のCIA長官交代は一連の粛清劇の中で最も重要だとされている。ウィリアム・コルビーが解任され、ジョージ・H・W・ブッシュになったのだ。ブッシュをCIAはエール大学時代にリクルート、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された当時にはCIAの要職に就いていた。 コルビーは長官時代、議会でベトナム戦争における住民虐殺作戦「フェニックス・プロ1984年にコルビーは最初の妻と別れ、元外交官のサリー・シェルトンと再婚、それから核兵器凍結運動などに関する講義をするようになったが、96年の春、カヌーで出かけたまま行方不明になり、数日後に遺体が発見されている。 カーター政権の時代、ラルムズフェルドやウォルフォウィッツを含むネオコン系の人びとはフリッツ・クレーマーなる人物の自宅に集うようになる。クレーマーの同志のひとりが国防総省のONAで室長を務めていたアンドリュー・マーシャル。冷戦時代にはソ連脅威論、ソ連消滅後は中国脅威論を主張していた人物で、ネオコンの戦略はこの人物に負うところが大きい。(Len Colodny & Tom Shachtman, “The Forty Years War,” Harper, 2009) 現在、ネオコンは1992年の初め、国防総省内でウォルフォウィッツ次官を中心に作成されたDPGの草案に基づく世界制覇プランに従って動いてきた。いわゆる「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だが、それもマーシャルの戦略に基づいている。 ところで、ブレジンスキーがアフガニスタンでの秘密工作を本格化させた1979年にはソ連を悪魔化するプロパガンダも本格化する。その一環として7月にエルサレムでアメリカとイスラエルの情報機関関係者が「国際テロリズム」に関する会議を開いている。 会議にはイスラエル側から軍の情報機関で長官を務めた4名を含む多くの軍や情報機関の関係者、アメリカ側からはブッシュ元CIA長官(後の大統領)、CIAの内部でマーシャルの戦略に従ってソ連に関する誇張した、あるいは間違った情報を流していたチームBを率いていたリチャード・パイプス、「ジャーナリスト」のアーノウド・ド・ボルクグラーブやクレア・スターリングを含む人びとが参加していた。 この後、アメリカは国内のファシズム化を念頭において、ロナルド・レーガン政権では一種の戒厳令計画であるCOGプロジェクトをスタートさせ、2001年9月11日の出来事を切っ掛けにして実際に動き始めた。国外では1960年代から1980年代にかけてイタリアで実行された爆弾攻撃が有名。イタリアの情報機関から協力を受け、「NATOの秘密部隊」であるグラディオが実行していた。 そして1990年代からウォルフォウィッツ・ドクトリンの時代に入るわけだが、その前提はソ連が消滅してアメリカが唯一の超大国になったということ。21世紀に入り、ロシアでウラジミル・プーチンのグループがロシアを再独立させ、この前提は崩れた。ネオコンにとって想定外の展開になったのだが、それでも当初の目論見通り、世界を制圧しようともがいているのがネオコンだ。 2001年からアメリカは「アル・カイダ」というお化けを作りだし、そのお化けを退治するという名目でアメリカに従わない国々を侵略、破壊、そこに住む人びとを虐殺してきた。 1997年から2001年にかけてイギリスの外務大臣を務めたロビン・クックが説明しているように、このアル・カイダはCIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」、つまり戦闘員のコンピュータ・ファイルにすぎず、アル・カイダという組織は存在しない。アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味し、「データベース」の訳語としても使われているのだ。 その仕組みを作り上げたのはブレジンスキー。彼はフランスのヌーベル・オプセルヴァトゥール誌からインタビューを受け、ソ連を挑発するために実行した秘密工作について質問された。それに対し、彼は後悔はしていないとした上で、「秘密工作はすばらしいアイデアだった」と答えている。ジミー・カーター大統領に対し、ソ連に「ベトナム戦争」を贈呈する機会が訪れたと伝えたともいう。(Le Nouvel Observateur, January 15-21, 1998) そうした戦争の中で大韓航空機事件は引き起こされたということを忘れてはならない。
2016.09.01
閲覧総数 4589
18

ウクライナを舞台にしたアメリカ/NATOとロシアの戦いはロシアの勝利が決定的になり、ロシアの敗北を前提とした西側の計画は破綻、またアメリカの国防総省が推進してきた「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)プロジェクト」の実態も少しずつ明らかになってきた。アメリカに従属してきた日本にとっても深刻な状況になっている。 そうした中、日本では芸能界を舞台にしたスキャンダルに人びとの関心は向いているようだが、芸能界が腐敗していることは昔から言われていること。身内の人間が芸能界入りすることは反対されたものだ。そうした世界だからこそ、社会的な弱者が集まったとも言える。ある時から芸能界は健全化したと宣伝されるようになったが、個人的な腐敗から組織的な腐敗へ変化しただけのように見える。 芸能界に深く関係していた笠岡和雄は2017年に『狼侠』という本を出版している。この人物は2代目松浦組傘下の大日本新政會で総裁を務めていた。その笠岡によると、1992年に暴対法が施行された後、テレビコマーシャルで荒稼ぎするための会合がバリ島で開かれ、芸能界の大物、広域暴力団の組長、右翼団体の会長、広告代理店の役員らが出席したという。 これはカネ儲けの仕組みで、企業のスキャンダルを調べたうえで右翼団体や総会屋を使って脅し、広告代理店が芸能界の大物を紹介、脅しは止まる。その代償として特定の芸能事務所に所属するタレントを使ってCMを流さなければならなくなる。いわゆるマッチポンプだ。アメリカで発覚したジェフリー・エプシュタインの事件と同じように、スキャンダルを作り出す仕組みも作られ、後に警察の幹部も芸能事務所の顧問として組み込まれたと言われている。現在、特定の芸能事務所や芸能人が槍玉に上がっているが、そうした小さな問題ではない。 1970年代にイスラエル軍の情報機関ERD(対外関係局)に所属、87年から89年にかけてイツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めたアリ・ベンメナシェによると、エプシュタイン、彼と内縁関係にあったと言われているギレイン・マクスウェル、彼女の父親でミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルはイスラエル軍の情報機関アマンのために働いていた。ロバートは1960年代から、エプスタインとギレインは1980年代の後半からその情報機関に所属していたという。(Zev Shalev, “Blackmailing America,” Narativ, Septemner 26, 2019) 1953年から54年にかけてジョセフ・マッカーシー上院議員の法律顧問として「赤狩り」に参加、後にドナルド・トランプの顧問弁護士になるロイ・コーンもエプシュタインと関係があり、コーン自身もスキャンダルを利用して有力者を脅していたと言われている。コーンのボスだったと言われているルイス・ローゼンスティールは禁酒法時代に大儲けしたひとりだ。 ローゼンスティールの妻だったスーザン・カウフマンによると、元夫はユダヤ系ギャングの大物でCIAの仕事もしていたメイヤー・ランスキーと親しかった。 日本の仕組みにCIAが目をつけていないとは考えにくい。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.01
閲覧総数 3158
19

【ネオコンが動かす米国】 ビル・クリントン政権は1999年3月にユーゴスラビアを空爆、ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクへ軍事侵攻、バラク・オバマ政権は2011年春にジハード傭兵を利用してリビアとシリアに対する軍事作戦を開始、14年2月にはウクライナでクーデターを成功させ、ロシアとの戦争へ突き進んだ。オバマ政権で副大統領を務めたジョー・バイデンも大統領に就任すると、ロシアとの戦争へ向かった。 ロシアとの関係修復を訴えたドナルド・トランプも結局、ほかの政権と似た政策を推進することになり、ウクライナでの戦争やガザでの住民虐殺を継続、予定通りにイランに対する攻撃を開始、先日はベネズエラで大統領を拉致し、中国に対する圧力を強めている。 アメリカの歴代政権は軍事や外交をネオコンに委ねているため、こうした分野の政策は似てくる。1963年6月10日にアメリカン大学の卒業式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行い、ソ連との平和共存を宣言したジョン・F・ケネディはその年の11月22日に暗殺された。 アメリカの軍事や外交をコントロールしてきたネオコンとはシオニストの一派で、その思想的な支柱はシカゴ大学教授だったレオ・ストラウス。そこでネオコンを「ストラウス派」と呼ぶ人もいる。 ストラウスは1899年にドイツのヘッセン州で熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃にウラジミール・ジャチンスキーのシオニスト運動へ接近した。ジャボチンスキーが1925年に結成した「修正主義シオニスト世界連合」の流れの中からリクードは生まれている。 1932年にストラウスはロックフェラー財団の奨学金でフランスへ渡り、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学、そしてプラトンやアリストテレスの研究を始めた(The Boston Globe, May 11, 2003)が、カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、ストラウスの思想は一種のエリート独裁主義で、彼は「ユダヤ系ナチ」だ。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997) 1934年にストラウスはイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になり、教授として受け入れられた1944年にはアメリカの市民権も獲得。1949年から73年までシカゴ大学で教えているが、教授を務めたのは68年まで。その間、1954年から55年にかけてイスラエルのヘブライ大学で客員教授にもなっている。ネオコンの中核グループの属すポール・ウォルフォウィッツはシカゴ大学におけるストラウスの教え子にほかならない ストラウスと並ぶネオコンの支柱とされている人物が、やはりシカゴ大学の教授だったアルバート・ウォルステッター。冷戦時代、同教授はアメリカの専門家はソ連の軍事力を過小評価していると主張、アメリカは軍事力を増強するべきだとしていたが、その判断が間違っていたことはその後、明確になっている。【ファイブ・アイズ】 1990年代からアメリカの政権内で反ロシア派として活動、2014年2月のウクライナにおけるクーデターでは国務次官補として現地に入り、ネオ・ナチを指揮していたビクトリア・ヌランドもネオコン。彼女は2021年5月から24年3月まで国務次官を務めている。2024年2月から国務副長官を務めているカート・キャンベルもネオコンだが、ヌランドと違って東アジアを担当してきた。ウクライナでの戦争でロシアの勝利が確定的になったことからターゲットをロシアから中国へ切り替えたのだろう。 キャンベルが国務副長官に就任した2024年の5月には、イギリスの戦略司令部がポーツマスにある英国海軍戦闘センターで「ファイブ・アイズ合同デジタル・リーダーシップ・フォーラム」を主催、イギリスとアメリカのほか、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのデータ、デジタル、テクノロジーの専門家が参加している。テーマは同盟国軍をハイテク戦争に統合するためのファイブ・アイズの新システムだった。本来「ファイブ・アイズ」とはアメリカのNSAとイギリスのGCHQを中心とするアングロ・サクソン系電子情報機関の集合体だったが、最近では5カ国による軍事組織の名称としても使われるようになったという。 その際に配布された文書がメモが2025年8月に発見された。ハットバレーの救世軍のリサイクルショップへ誤って寄贈されていたのだ。ポーツマスでの会議で議論された最優先プロジェクトは、地球規模で統合された全領域(海軍、陸軍、空軍、宇宙軍)指揮統制システムと称されるネットワーク。指揮統制システムとは、敵軍と友軍の全てを追跡し、攻撃命令を出すことを可能にするコンピュータプログラムだ。このシステムは2027年から2030年に運用開始される予定だとされている。 この会議に出席した人物の記録によると、計画の中心部分は「対中国作戦のための信頼性と効果の高い統合全領域(指揮統制)能力を開発すること」で、中国との戦争を想定している。キャンベルは会議の直前、2024年3月19日から23日まで日本とモンゴルを訪問した。【日米軍事同盟】 アメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国は2021年9月、太平洋でオーストラリア(A)、イギリス(UK)、アメリカ(US)で構成される軍事同盟AUKUSを創設していた。この同盟に日本が参加するという話もあったが、その目的はロボット工学とサイバー技術分野への寄与が期待されていたようだが、「非核三原則」が障害だとされていた。 2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として統合作戦司令部が編成された。この司令部を設置することで「自衛隊とアメリカ軍の部隊連携をより円滑にする」とされているが、自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入るとも理解されている。司令部編成の理由として「台湾有事」を挙げる人もいるようだ。 2024年5月には駐日米国大使だったラーム・エマニュエルが与那国島をアメリカの軍用機で訪れ、その後に新石垣空港へ向かった。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設しているが、それに続いて2019年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を建設している。 こうした軍事施設を建設する理由をアメリカ国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」は2022年4月に発表した報告書で説明している。こうした設備の建設はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというアメリカ軍の計画に基づいているのだ。 昨年11月7日、高市早苗首相は衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言した。歴代の日本政府と同じように高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているので、彼女の発言は中国で内戦が始まった場合、日本は中国に対して宣戦布告するという意味になる。干渉戦争だ。これを「失言」で片付けようとする人もいるが、質疑の流れから考えても確信犯であり、台湾での動きと連動しているだろう。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.05
閲覧総数 1996
20

今から92年前の9月1日、相模湾を震源とする巨大地震が関東地方を襲った。死者/行方不明者は10万5000名以上、損害総額は55億から100億円に達したという。復興に必要な資金を調達するため、日本政府は外債の発行を決断するのだが、それを引き受けられる相手はJPモルガンしかなかった。 1920年の対中国借款交渉を通じ、JPモルガンと深く結びついていたのが井上準之助。同銀行を指揮していたトーマス・ラモントは3億円の外債発行を引き受け、1924年2月には調印に漕ぎ着けている。東京市や横浜市の起債もJPモルガンに依存した。 その後、JPモルガンは電力を中心に日本へ多額の融資を行い、震災から1931年までの間に融資額は累計10億円を超えている。必然的にラモントが率いるJPモルガンの日本に対する影響力は絶大なものになった。 井上はウォール街と同じように「適者生存」を主張する人物で、最近の用語を使うならば、新自由主義的な政策を推進、庶民の世界では景気は悪化して失業者が急増し、農村では娘が売られるなど耐え難い「痛み」をもたらすことになった。こうした社会的弱者を切り捨てる政策が「テロ」を誘発したわけだ。 この当時、JPモルガンは政治の世界でもリーダー格で、イギリスの王立国際問題研究所(RIIA)のアメリカ支部とも言われる外交問題評議会(CFR)を管理していた。1930年代以降、CFRはロックフェラー系と見られるようになるが、その一因は1933年から34年にかけてJPモルガンを中心とする勢力がフランクリン・ルーズベルト大統領の排除を目的としたクーデターを計画、スメドリー・バトラー少将の議会での証言で発覚したことにあるだろう。 JPモルガンを動かしていたのはラモントだが、そのラモントを使っていたのはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア。その結婚相手、ジェーン・ノートン・グルーはボストンの銀行家だったヘンリー・スタージス・グルーの娘。ジェーンのいとこにあたるジョセフ・グルーは1932年、つまりルーズベルトが大統領選で勝利し、井上準之助が暗殺された年に駐日大使として日本へ来ている。ジョセフの妻、アリスは大正(嘉仁)天皇が結婚した貞明皇后(九条節子)と華族女学校(女子学習院)の時代に親しくなっている。 関東大震災の直後、「社会主義者や朝鮮人の放火が多い」といった話がまことしやかに伝えられ、警察や軍隊の通信網で全国に広がった。根拠のない荒唐無稽な話だったのだが、この流言蜚語を信じた人々は各地で自警団を組織、数千人とも言われる朝鮮人や中国人が虐殺されたほか、東京の亀戸では警察署に連行された労働運動の活動家が殺されている。アナキストの大杉栄が妻の伊藤野枝や甥でまだ7歳だった橘宗一とともに殺害されたのもこの時だ。 こうした残虐なことが行われた背後では警察など支配システムが動いていたが、「一般市民」の一部が実行したことも忘れてはならない。閉鎖空間の中で行われたわけでないため目撃者は多く、腹を切り裂いたり、焼き殺したとする証言もあるのだが、証言者の大半は鬼籍に入っている。そこで「虐殺はなかった」という妄想を口にする人も出て来たようだ。 地震が起こる前年、政府は「過激社会運動取締法」で権力への盲従を拒否する人びとの取り締まりを強化しようとしていた。その計画が地震で実行されたとも言えるだろう。地震の2年後には「治安維持法」が制定され、1928年3月15日には日本共産党関係者らが大量に検挙された。大半の人は勾引状など正式手続きを経ずに逮捕されている。この後、特高警察は組織を拡大、思想検察制度が発足した。 日本で大規模なコミュニスト弾圧が行われた前年、1927年の8月にアメリカではニコラ・サッコとバルトロメオ・バンゼッティが処刑されている。ふたりは1919年にボストン近郊で起こった現金輸送車襲撃未遂事件で懲役12ないし15年の刑が言い渡され、20年4月にマサチューセッツ州サウスブレーントリー駅近くで起こった強盗殺人事件で死刑が言い渡された。 ふたりは冤罪だった可能性がきわめて高いが、その冤罪を生み出した原因はアメリカにおける当時の政治経済状況にある。第1次世界大戦の後、アメリカでは街に失業者があふれ、ストライキやデモが続発していたのだ。 そうした中、アナキストのふたりが逮捕され、検察はふたりの思想を強調した。いずれの事件もふたりを有罪とするような証拠、証言はなく、1925年には別の事件で収監されていたセレスチーノ・マデイロスという男が「真犯人は自分たちだ」とする書面を提出しているが、裁判官は無視している。「アナーキストの犯罪」を処罰することが重要だった。 この当時、アメリカと日本は共鳴し合っているように見えるが、1933年に状況が大きく変わる。アメリカ大統領がJPモルガンと対立していたフランクリン・ルーズベルトに交代、33年から34年にかけていのクーデター計画も失敗してしまい、日本はそのルーズベルト政権と向き合わねばならなくなったのだ。そうした状況は1945年4月にルーズベルトが急死するまで続く。 第2次世界大戦で敗北した日本に厳しく対処すべきだと考える人は連合国内に少なくなかった。そこでアメリカ政府は急いで「天皇制」を維持する憲法を制定したのだろうと本ブログでは書いてきた。そうした中、日本をウォール街の支配下へおくためのプロジェクトが始まる。いわゆる「右旋回」だが、そのプロジェクトを実行するために編成されたのがジャパン・ロビーで、その中心にはジョセフ・グルーがいた。「戦後レジーム」と「戦前レジーム」の構造は基本的に同じだと言える。その象徴的な存在がグルーだ。
2015.08.30
閲覧総数 3041
21

イランの核開発問題の平和的な解決を目指して協議してきたイラン、ロシア、中国、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカの7カ国は「枠組み」で合意したという。その合意が発表される直前、アメリカのアシュトン・カーター国防長官は、合意が成立してもイランを攻撃する選択肢を制限しないと語っていた。 ネオコン/シオニスト、イスラエル、サウジアラビアは一貫してイランとの話し合いに反対、軍事攻撃を主張してきた。戦争で甘い汁を吸おうとしている戦争ビジネスや金融/投資ビジネスなどの巨大資本も願いは同じだろう。 ニューヨーカー誌の2007年3月5日号に掲載されたシーモア・ハーシュのレポートによると、この段階でアメリカ、イスラエル、サウジアラビアはシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対する秘密工作を始めていた。この「アメリカ」はジョージ・W・ブッシュ政権を支えていたネオコンを指しているはずだ。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアが共同で秘密工作を行ったのは、少なくとも1970年代の終盤までさかのぼることができる。ズビグネフ・ブレジンスキーのプランに基づき、秘密工作でソ連をアフガニスタンへ引きずり込み、疲弊させるプロジェクトをこの同盟は実行しているのだ。その一端は「イラン・コントラ事件」や「BCCIスキャンダル」という形で明るみに出た。 そして1991年12月にソ連が消滅、アメリカが「唯一の超大国」になったと確信したネオコンは軍事的に世界を制覇しようと歩き始める。ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、この年、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官はシリア、イラン、イラクを殲滅すると話していたという。イラクは既に破壊、残るはシリアとイラン。 その翌年、1992年にアメリカ国防総省は世界制覇のプランを「DPGの草案」(通称、ウォルフォウィッツ・ドクトリン)という形で作成する。リチャード・チェイニー国防長官の下、ウォルフォウィッツ次官、I・ルイス・リビー、ザルメイ・ハリルザドが中心になって作業、国防総省のONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルから助言を得ていたという。 ここにきて、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアはイエメンで軍事作戦を展開している。アメリカの傀儡政権だけでなく、この同盟が「地上軍」として使ってきたアル・カイダ/IS(イラクとレバントのイスラム首長国。ISIS、ISIL、IEIL、ダーイシュとも表記)がフーシ派に押され、危機感を感じたようだ。 アル・カイダについて、1997年から2001年までイギリスの外相を務めたロビン・クックは、CIAに雇われて訓練を受けた数千人におよぶ「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルだとしている。「プロジェクト」が企画されると、そのファイルの中から戦闘員が選ばれて派遣されるということだろう。 アル・カイダとはアラビア語で「ベース」を意味、「基地」と表現することもできるが、実態は「データベース」だということだ。なお、クックは記事を書いた翌月、保養先のスコットランドで心臓発作に襲われて急死した。享年59歳。 また、1997年から2000年にかけて欧州連合軍最高司令官を務めたウェズリー・クラークはCNNの番組で、アメリカの友好国と同盟国がISを作り上げたと語った。ISの後ろ盾がネオコン/シオニスト、イスラエル、サウジアラビアだということは公然の秘密で、それをクラークは口にしたということ。 ISは2004年、アメリカがイギリスなどを引き連れてイラクを先制攻撃、破壊と殺戮を始めた翌年にAQI(イラクのアル・カイダ)として誕生した。2006年1月にはAQIを中心にしていくつかの集団が集まり、ISI(イラクのイスラム国)が編成され、シリアへ活動範囲を広げるにともなってISと呼ばれるようになった。 中東、南北アフリカ、ウクライナなどでアメリカが戦争を始めた引き金は1992年に作成されたウォルフォウィッツ・ドクトリンだが、そのベースにはアメリカ経済の急速な衰退がある。その原因は支配層の強欲さ。アメリカが「唯一の超大国」になったことで、自分たちは「絶対的な支配者」になったと錯覚、その政策は庶民の怒りを買うことになる。 強欲な支配層の重要な機関のひとつがWTO。これは1995年にGATTを引き継ぐ形で創設された組織で、経済や金融で圧倒的な力を持つ巨大企業に対する規制を緩和、あるいは消滅させる方向へ世界を導こうとしてきた。 1996年にOECDの閣僚理事会が交渉開始を決めたMAIは、投資の自由化を進め、投資保護の義務や紛争解決の手続きを規定、労働や環境基準についても定めることになっていた。巨大資本が自由に投資、問題が生じても投資は保護され、巨大資本に有利な形で紛争を処理、労働条件の悪化や環境の破壊を招くことが予想されたために批判を浴び、交渉は失敗する。そのMAIを強化した形で復活させたのが現在進行中のTPPだ。TPPの交渉が秘密裏に進められているのは、こうした過去の失敗があるからにほかならない。「残業代ゼロ」など安倍晋三政権は労働環境を劣悪化させる政策を次々と打ち出しているが、これはTPPを先取りしているということだろう。 巨大資本が世界を支配するシステムは「グローバル化」という側面を持つ。1999年にアメリカのシアトルでWTOの閣僚会議が開かれた際に激しい抗議活動があり、それに参加した人は少なくとも4万人、おそらく10万人が集まった。このグローバル化と同時に進行していた投機経済も破綻に向かっていた。 こうした流れの中、2000年には大統領選挙があった。民主党のアル・ゴアと共和党のジョージ・W・ブッシュが争ったのだが、選挙戦が始まる前、最も人気があったのはジョン・F・ケネディ・ジュニア、つまり1963年11月22日に暗殺されたJFKの息子だった。 本人は出馬を否定していたが、実際に立候補した場合、民主党でも共和党でもない人物が大統領に選ばれる可能性があった。こうしたことが実現したなら、アメリカの支配システムは揺らぐところだったが、そうしたことは起こらなかった。1999年7月、JFKジュニアを乗せたパイパー・サラトガが墜落、乗っていた全員が死亡してしまったのである。 大統領選挙では不正が指摘され、最終的には裁判所の判断でジョージ・W・ブッシュの当選が決まった。大統領に就任したブッシュは「中国脅威論」を叫んでいたが、自分たちの「財布」だったエンロンが破綻、任期を全うできるかどうかも怪しい雰囲気だった。そうした状況を一変させたのが2001年9月11日の出来事。ニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、アフガニスタンに続いてイラクを軍事侵略、その後、戦乱を中東、南北アフリカ、そしてウクライナへと広げている。ウォルフォウィッツ・ドクトリンを実行しているとも言える。 しかし、軍事力で世界を制圧するというプランは破綻しつつあり、ロシアと中国との同盟強化によってドルが基軸通貨の地位を失いつつあり、IMFやIBRD(世界銀行)を中心としたシステムにも揺らいでいる。そのひとつの結果がAIIBだ。世界の国々は「アメリカ帝国の終焉」を予測している。アメリカの好戦派に残された手段は限られ、「核戦争」を始める可能性もある。その好戦派への忠誠を公言しているのが安倍晋三首相だ。
2015.04.03
閲覧総数 1806
22

現在、ジョー・バイデン大統領の周辺で核戦争を煽っている人物のひとりが2013年5月から16年5月までSACEUR(NATO欧州連合軍最高司令官)を務め、ネオコン/シオニストと強く結びついているフィリップ・ブリードラブ大将。核戦争への恐怖がプーチンに対する適切な対応を西側はとれないのだと主張している。 核攻撃の目論見は核兵器が開発した直後からあった。第2次世界大戦の終盤、1945年7月16日にアメリカのニューメキシコ州にあったトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験が成功して以来、アメリカやイギリスの一部支配層はロシアへの核攻撃を妄想し続けてきたのだ。 マンハッタン計画を統括していたアメリカ陸軍のレスニー・グルーブス少将は1944年、ポーランドの物理学者ジョセフ・ロートブラットに対し、計画は最初からソ連との対決が意図されていると語ったという。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) ドイツが降伏した3カ月後、1945年8月15日に天皇の声明が日本人に対して発表された。「玉音放送」、あるいは「終戦勅語」と呼ばれている。その半月程後、ローリス・ノースタッド少将はグルーブス少将に対し、ソ連の中枢15都市と主要25都市への核攻撃に関する文書を提出している。 9月15日付けの文書ではソ連の主要66地域を核攻撃で消滅させるには204発の原爆が必要だと推計。そのうえで、ソ連を破壊するためにアメリカが保有すべき原爆数は446発、最低でも123発だという数字を出していた。(Lauris Norstad, “Memorandum For Major General L. R. Groves,” 15 September 1945) 1949年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告にはソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという記載がある。1952年11月にアメリカは初の水爆実験を成功させ、1954年にSAC(戦略空軍総司令部)は600から750発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという計画を立てる。 1957年に作成された「ドロップショット作戦」では300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていた。沖縄の軍事基地化はこの作戦と無縁ではないだろう。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) アメリカが必要なICBMを準備でき、しかもソ連が準備できていないタイミングで先制核攻撃をすると考えた好戦派の中には統合参謀本部議長だったライマン・レムニッツァーや空軍参謀長だったカーティス・ルメイが含まれる。彼らは1963年後半に先制攻撃する計画を立てるのだが、そのタイミングで好戦派と対立していたジョン・F・ケネディ大統領は暗殺された。 1958年にドワイト・アイゼンハワー政権は核戦争で正規の政府が機能しなくなった場合を想定し、憲法に定められた手続きを経ずに秘密政府を設置する仕組みを作る。いわゆる「アイゼンハワー10」だ。この仕組みは1979年にFEMA(連邦緊急事態管理庁)へ発展、1982年にはCOGプロジェクトがスタートする。さらに1988年、秘密政府の始動は核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変更される。 レムニッツァーやルメイを含む好戦派がソ連に対する先制核攻撃の開始日を1963年後半に設定したのは、戦略爆撃機やICBMでアメリカがソ連を圧倒していると判断したからだ。つまり、アメリカの好戦派は自分たちが圧倒的に優位だと考えると、核戦争の妄想が頭をもたげる。 1991年12月にソ連を消滅させたボリス・エリツィンはロシアを欧米の巨大資本に売り渡し、軍隊も弱体化させた。その一方、アメリカの国防総省ではDPG(国防計画指針)草案という形で世界支配を完成させるプランが作成されている。「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」だ。ヨーロッパや東アジアは叩くべき潜在的なライバルとなり、エネルギー資源のある中東で従属度の足りない体制は破壊の対象になった。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃され、その直後にジョージ・W・ブッシュ政権は詳しい調査をしないまま「アル・カイダ」が実行したと断定、その「アル・カイダ」を指揮しているオサマ・ビン・ラディンを匿っているという口実でアフガニスタンへの攻撃を始めた。 その一方、国内では「愛国者法(USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act of 2001)」が制定された。この法律は340ページを超す文書だが、それを議会は提出されて1週間で承認してしまった。 この法律によってアメリカ憲法は機能を事実上停止、令状のない盗聴や拘束、拷問が横行することになった。COGが起動したと考える人もいる。 アメリカは民主主義を放棄したわけだが、この法律のベースになった法案を1995年2月に提出したとバイデンは自慢している。愛国者法の一部は2015年に失効したものの、「自由法」という形で復活。今ではさまざまな形で愛国者法は生き続けている。 ソ連の消滅でアメリカは「唯一の超大国」になったと同国の好戦派は信じ、自国を2002年にABM(弾道弾迎撃ミサイル)条約から一方的に脱退させた。核戦争でアメリカが圧勝できる時代が来たと彼らは信じたのである。 外交問題評議会(CFR)が発行している定期刊行物「フォーリン・アフェアーズ」の2006年3/4月号に掲載されたキアー・リーバーとダリル・プレスの論文ではアメリカが近いうちにロシアと中国の長距離核兵器を先制第1撃で破壊する能力を持てると主張している。アメリカの好戦派がどのように考えていたかを示唆していると言えるだろう。こうした見方が間違っていることは後に事実が証明するが、今でもアメリカの軍事的な優位を信じている人もいるようだ。 この論文が出された翌年の8月、核弾頭W80-1を搭載した6機の巡航ミサイルAGM-129が「間違い」でノースダコタ州にあるマイノット空軍基地からルイジアナ州のバークスデール空軍基地へB-52爆撃機で運ばれるという出来事があった。 核弾頭を搭載した上で持ち出して輸送したのだが、核弾頭の扱いには厳しい手順が定められている。上層部の許可が必要だ。核弾頭を搭載した6機のミサイルを輸送したということは、そうした手続きを6回経なければならない。この件で10人近い変死者が出ていることもあり、「間違い」ではないと考える人は少なくない。上層部を含むグループが意図的に持ち出したのだろうということだ。 その当時、イランをアメリカが核攻撃するという噂があった。そうしたことから、支配層の一部がイランを核攻撃しようとしたのではないかと疑う人もいる。アメリカ国内で「偽旗作戦」として使う、あるいは恫喝のために使うという推測もあった。この「イラン」を別の国、例えばウクライナへ変えることもできる。ウクライナで核兵器を使用する可能性が高い国はアメリカにほかならない。
2022.05.07
閲覧総数 4369
23

有力メディアだけでなく、インターネットでも「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)」の感染が拡大した原因は中国にあるとする宣伝、あるいは中国のワクチンは危険だとする話が広がっていたが、ロイターによると、そうした宣伝を展開したのはアメリカ軍だという。アメリカ軍のプロパガンダだということになるが、それが始められたのは2020年春からだと伝えられている。 複数のプラットフォームで偽のソーシャル・メディア・アカウントを組み合わせて使用したのだが、イスラム世界と中国との関係を悪化させるため、中国のワクチンには豚のゼラチンが含まれていることがあり、イスラム法に接触する可能性があるという疑念を膨らませようとしたようだ。 フィリピン人が中国に疑念を抱くように仕向ける工作もあったようである。フィリピン人になりすました偽のインターネット・アカウントを通じて反中国のプロパガンダを展開したとされている。ロイターによるとX(旧ツイッター)上に少なくとも300の偽アカウントが存在していたという。その大半は2020年の夏に作成された。 アメリカ国防総省のプロパガンダは中国の主張に対抗することが目的だという。2020年3月に中国政府は、前年に武漢で開催された国際軍事スポーツ大会に参加したアメリカ軍兵士が病原体を中国へ持ち込んだ可能性があると主張、また2019年夏に数カ月間閉鎖されたメリーランド州フォート・デトリックにある米陸軍の研究施設から漏れ出た可能性も示唆していた。閉鎖の原因は軍事秘密だとして公表されていないが、廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因だとされている。中国政府の主張にはそれなりの根拠はあった。 中国の湖北省武漢でSARS(重症急性呼吸器症候群)と似た重症の肺炎患者が発見されたという報告があったのは2019年12月のことだ。中国疾病預防控制中心の高福主任は武漢市内の海鮮市場で売られていた野生動物から人にウイルスが感染したとする見方を示し、ウイルスは武漢の海鮮市場から世界に広がったというストーリーが語られるようになった。 高福は1991年にオックスフォード大学へ留学、94年に博士号を取得した人物で、99年から2001年までハーバード大学で研究、その後04年までオックスフォード大学で教えている。NIAIDの所長を務めてきたアンソニー・ファウチの弟子とも言われている。 コロナウイルスが全世界で流行するというシミュレーション「イベント201」が2019年10月18日にニューヨークで行われているが、それにも高福は参加していた。その主催者はジョンズ・ホプキンス健康安全保障センター、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団、そしてWEF(世界経済フォーラム)だ。 病原体を確認できないまま「SARS-CoV-2(重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2)」が原因だということにされ、病気の名前は「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)」ということになった。 当初、その病気は「nCoV-2019」と呼ばれていたが、COVID-19へ変更されたのだが、この名称をヘブライ語へ変換させた人がいる。ヘブライ語はアラビア語と同じように右から左へ書くので、COVIDをまず反転させる。それをヘブライ語の文字に変換すると「死者の霊」という意味になるのだ。そのヘブライ語を語源とする英単語は「悪霊」を意味するdybbuk(あるいはdibbuk)である。COVID-19は悪霊騒動だとも言えるだろう。 悪霊騒動が始まった当初から「パンデミック」ではないと考えるひとは少なくなかった。WHO(世界保健機関)は2020年3月11日にパンデミックを宣言するが、4月にWHOやCDC(疾病予防管理センター)は死亡した患者の症状がCOVID-19によるものだと考えて矛盾しないなら死因をCOVID-19として処理して良いとする通達を出している。つまり患者を水増しするように指示しているのだ。 アメリカ上院のスコット・ジャンセン議員は2020年4月8日、その通達についてFOXニュースの番組で話している。病院は死人が出ると検査をしないまま死亡診断書にCOVID-19と書き込んでいると話しているのだ。アメリカの場合、COVID-19に感染している患者を治療すると病院が受け取れる金額が多くなり、人工呼吸器をつけるとその額は3倍に膨らんだともいう。医療関係者を買収したと言われても仕方がない。 パンデミック宣言を正当化するため、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査も利用された。これは特定の遺伝子型を試験管の中で増幅する分析のための技術だが、増幅できる遺伝子の長さはウイルス全体の数百分の1程度にすぎず、ウイルス自体を見つけることはできない。 増幅の回数(Ct値)を増やしていけば医学的に意味のないほど微量の遺伝子が存在しても陽性になり、偽陽性も増える。偽陽性を排除するためにはCt値を17以下にしなければならず、35を超すと偽陽性の比率は97%になるとも報告されている。ちなみに、2020年3月19日に国立感染症研究所が出した「病原体検出マニュアル」のCt値は40だ。 Ct値をこうした数値に設定したならPCR検査は無意味だが、結果だけは出るので人びとを騙す材料には使える。PCRを開発、1993年にノーベル化学賞を受賞したキャリー・マリスもPCRをウイルスの検査に使ってはならないと語っていた。 その一方、「ワープ・スピード作戦」で開発した「COVID-19ワクチン」が危険だということは確認されている。この薬物は古典的な定義でからするとワクチンでなく、遺伝子操作薬にほかならない。 この「COVID-19ワクチン」は人間の細胞へLNP(脂質ナノ粒子)に包まれたmRNAを送り込み、ウイルスのスパイク・タンパクを作らせるのだが、人間の免疫システムはスパイク・タンパクを病原体だと判断、攻撃するため、自己免疫疾患を引き起こす。そこで「COVID-19ワクチン」には免疫を下げる仕組みがあるのだが、それだけでなく免疫抑制能力があるIgG4抗体が誘導される。つまりAIDS状態になり、通常なら問題のない微生物でも病気になり、癌も増える。またLNPは人体に有害であり、DNAやグラフェン誘導体の混入も報告されている。こうした危険な「COVID-19ワクチン」を世界規模で接種したが、日本以外の国は2022年に接種を事実上やめている。 「狂気の国」と言える日本はともかく、すでに「COVID-19ワクチン」の接種は止まったのだが、大規模な接種キャンペーンが展開され、少なからぬ犠牲者が出ているのは間違いない。その理由を医薬品メーカーの強欲さに求め、NIAID(国立アレルギー感染症研究所)の所長を務めていたアンソニー・ファウチに責任を押し付ける意見もあるが、その背後にはアメリカの国防総省が存在している。つまりCOVID-19騒動はアメリカ国防総省の軍事作戦であり、医薬品メーカーは「国家安全保障」という壁に守られている。 サーシャ・ラティポワが早い段階から指摘していたように、COVID-19騒動は国防総省のプロジェクトだ。彼女は情報公開法によって入手した文書を分析、この結論に至った。 国防総省のDARPAは2001年9月11日の後にワクチン開発の促進、新ウイルスの発見、医薬品製造の迅速化などの技術を開発するために投資するようになった。そうした中、空軍のダン・ワッテンドルフ医師が迅速なパンデミック対応をDARPAの優先事項のトップに押し上げたという。 ワッテンドルフはDARPAでプログラム・マネージャーを務め、診断学、哺乳類細胞合成生物学、RNAワクチン、モノクローナル抗体の迅速な発見、遺伝子導入による免疫予防、人工赤血球などのプログラムを立ち上げたという。DARPAは2013年にモデルナへ最高2500万ドルを助成金として提供することに決め、16年にワッテンドルフはビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団へ移籍した。 2005年8月に国防総省はウクライナ政府と契約を結び、同国にある生物研究施設をアメリカ政府が管理することになる。そしてアメリカはウクライナで生物化学兵器の研究開発を開始する。 ロシア軍は2022年2月にウクライナを攻撃、その際に生物兵器に関する秘密文書も回収、その文書を分析した結果は最終報告書という形でロシア議会が2023年4月に発表した。その報告書の180ページから181ページにかけて次のように記述されている。「アメリカは人間だけでなく動物や農作物も標的にできる普遍的な遺伝子操作生物兵器の開発を目指している。その使用はとりわけ敵に大規模で回復不可能な経済的損害を与えることを前提としている。」「避けられない直接的な軍事衝突の可能性を見越して、秘密裏に標的を定めて使用することで、たとえ他の大量破壊兵器を保有している相手であっても、アメリカ軍が優位に立てる可能性がある。アメリカ軍の戦略家によれば、ある特定の時期に、ある特定の地域で、異常な伝染病を引き起こす可能性のある生物学的製剤を、秘密裏に、かつ標的を定めて使用した場合の結果は核の冬に匹敵する可能性がある。」
2024.06.17
閲覧総数 2011
24

ロシアのFSB(連邦保安庁)はドイツが資金を出した戦術弾道ミサイル「サプサン」とミサイルの発射装置を製造する工場を破壊、その際にドイツの技術者が死亡。その1週間後にはドニプロペトロウシクのパウロフラード(パブログラード)にあり、射程距離3000キロメートルという巡航ミサイルの「フラミンゴ」を組み立てていた工場をロシア軍は破壊、その時にはイギリスの技術者が死亡している。フラミンゴを保管していた兵器庫も破壊された。8月2日には、オチャコフでロシアのスペツナズ(特殊部隊)がオチャコフでイギリス陸軍のエドワード・ブレイク大佐とリチャード・キャロル中佐、そしてMI-6の工作員ひとりを拘束したと報道されている。 フラミンゴの製造工場が破壊された翌日にはイギリス海軍大将のアントニー・ラダキン国防参謀総長とイギリス空軍のリチャード・ナイトン空軍参謀長(次期国防参謀総長)がキエフを緊急訪問した。パウロフラードに対するロシア軍の攻撃はイギリス軍にとって、それだけ重大な出来事だったのだろう。イギリスの軍や情報機関はクリミア橋を破壊してクリミアを軍事的に制圧しようと必死だ。アメリカやイギリスの偵察機がクリミア周辺を飛行しているのもそのためだと見られている。 キエフでウォロディミル・ゼレンスキーと会談したラダキンとナイトンはオデッサとオチャコフを防衛するために部隊を派遣すると約束、その代わり領土の問題でロシアに譲歩せず、これ以上ロシア軍に占領地を拡大させないように要求した。 領土の問題でロシアに譲歩するなとイギリスに言われたウォロディミル・ゼレンスキーも以前からロシアの領土拡大を認めないと宣言してきた。ネオ・ナチの一派はもしゼレンスキーが譲歩したら殺すと脅している。 ドナルド・トランプ米大統領も領土が問題だと認識しているようで、領土を交渉材料だと考えているようだが、少なからぬ人が指摘しているように、ロシアが要求しているのはウクライナの非軍事化、非ナチ化、NATOに加盟しないことの保証、ロシア国境付近への西側諸国軍の展開の制限、ウクライナに対する武器供与の制限、ウクライナにおけるロシア語使用の保証、また西側諸国が凍結したロシア資産を返還し、ウクライナの中立を維持すること、そして領土の「現実」(ドネツク、ルハンシク、ザポリージャ、ヘルソン)を承認することなどで、領土の拡大はロシアの直接的な目的に入っていない。 ここまでウクライナ/NATOが追い詰められたのは、2022年3月上旬の段階でキエフのクーデター体制がロシアと停戦で合意しなかったためである。 ロシア軍の攻撃が始まった直後からイスラエルやトルコを仲介役とする停戦交渉が始まり、仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話している。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでウラジミル・プーチン露大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会っている。 その3月5日、SBU(ウクライナ保安庁)のメンバーがキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺。クーデター後、SBUはCIAの配下で活動している治安機関だ。 停戦交渉はトルコ政府の仲介でも行われ、やはり停戦でほぼ合意に達している。その際に仮調印されているのだが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。 こうした和平の流れを止めたのはイギリス。2022年4月9日、イギリスの首相だったボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、ロシアとの停戦交渉を止めるように命令(ココやココ)、その後も姿勢を変えることはなかった。 その当時から西側では政府も有力メディアも「ウクライナが勝っている」と主張していた。次は「膠着状態」や「反転攻勢」と言うようになり、今はロシアの進撃が遅いと宣伝してきた。 ロシアは死傷者が続出で訓練を受けていない兵士を前線へ送り出している、「経済制裁」で疲弊している、社会に不満が溜まっているとも主張してきたが、いずれも事実に反していることは本ブログでも繰り返し書いてきた。こうした苦境に陥っているのはウクライナ/NATOにほかならない。2022年2月当時から戦況は一貫してロシアが優勢なのだ。 途中、ロシアを舌先三寸で騙し、停戦に持ち込んで戦力を回復させるための時間を稼ぎ、その一方でウクライナ/NATOが勝利しているというイメージを広げようとしていたが、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」で西側諸国に煮湯を飲まされたロシアは応じなかった。今後も時間稼ぎに過ぎない停戦に応じることはないだろう。 それに対し、西側はロシアに打撃を与えるためにNATO軍を投入していると見られている。その一環としてアメリカはウクライナへ3350機のミサイルを供給することを決めた。射程距離が約400キロメートルだという拡張射程攻撃兵器(ERAM)と呼ばれる空中発射型巡航ミサイルの一種だ。 トランプ政権もロシアとの直接的な軍事衝突へ向かっていると言えるのだが、アメリカを含む西側諸国はロシア軍が大きな損害を受け、兵員不足で不安定化していると思い込んでいるようだ。そうした状況にないことは現実を直視すれば明白なのだが、ロシアには簡単に勝てるという思い込みで戦争を始めたネオコンをはじめとする好戦派は自分たちの見通しが間違っていたとは認められないのだろう。 ロシア軍の戦闘能力は高まっている。ロシアは一貫して穏便に事態を収拾させようとしてきたが、NATOがクリミア攻撃に乗り出した場合、プーチン大統領は本格的な戦争へ移行するのではないかと懸念する人もいる。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.08.30
閲覧総数 2133
25

イスラエルによるパレスチナ人虐殺が続くガザにドナルド・トランプ大統領は1.4平方キロメートルのアメリカ軍基地を建設、5000人の兵士を収容する計画だという。昨年11月に国連の安全保障理事会はトランプ大統領のガザ計画を承認する決議を採択、13カ国が賛成し、中国とロシアは棄権している。 ガザでは建造物が徹底的に破壊され、多くの遺体は瓦礫の下にあるため、何人が殺されたかは明確でない。医学雑誌「ランセット」は2023年10月7日から24年6月30日までの間にガザで外傷によって死亡した人数は6万4260人と推計、そのうち女性、18歳未満、65歳以上が59.1%だとする論文を発表した。 「ハーバード大学学長およびフェロー」のウェブサイト「データバース」に掲載されたヤコブ・ガルブの報告書では、イスラエル軍とハマスの戦闘が始まる前には約222万7000人だったガザの人口が2025年の時点で185万人に減少、つまり37万7000人が行方不明になっているという。状況から考え、行方不明者の大半は死亡している可能性が高く、死亡者の約4割は子ども。女性を含めると約7割に達すると言われている。アメリカ、イギリス、ドイツをはじめとする欧米諸国はイスラエルによるこの大量虐殺を支援していた。トランプ大統領はその大量虐殺を「地上げ」と認識しているのだろう。 ガザでの大量虐殺は2023年春にイスラエル政府が始めた挑発行為から始まった。その年の4月1日にイスラエルの警察官がイスラム世界で第3番目の聖地だというアル・アクサ・モスクの入口でパレスチナ人男性を射殺、4月5日にはイスラエルの警官隊がそのモスクへ突入し、ユダヤ教の祭りであるヨム・キプール(贖罪の日/今年は9月24日から25日)の前夜にはイスラエル軍に守られた約400人のユダヤ人が同じモスクを襲撃している。そしてユダヤ教の「仮庵の祭り」(今年は9月29日から10月6日)に合わせ、10月3日にはイスラエル軍に保護されながら832人のイスラエル人が同じモスクへ侵入した。 そして2023年10月7日、ハマス(イスラム抵抗運動)を中心とするパレスチナの武装グループがイスラエルを奇襲攻撃するのだが、その際、イスラエル側の監視システムが機能していない。 この攻撃では約1400名(後に1200名へ訂正)のイスラエル人が死亡したとされ、その責任はハマスにあると宣伝されたのだが、イスラエルのハーレツ紙によると、イスラエル軍は侵入した武装グループを壊滅させるため、占拠された建物を人質もろとも砲撃、あるいは戦闘ヘリからの攻撃で破壊。殺されたイスラエル人の大半はイスラエル軍によるものだと現地では言われていた。イスラエル軍は自国民を殺害するように命令されていたというのだ。いわゆる「ハンニバル指令」である。ハマスの残虐さを印象付ける作り話も流された。 襲撃の直後、ベンヤミン・ネタニヤフ首相は「われわれの聖書(キリスト教における「旧約聖書」と重なる)」を持ち出し、パレスチナ人虐殺を正当化している。聖書の中でユダヤ人と敵だとされている「アマレク人があなたたちにしたことを思い出しなさい」(申命記25章17節から19節)という部分を彼は引用、「アマレク人」をイスラエルが敵視しているパレスチナ人に重ねたのだ。 サムエル記上15章3節には「アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」と書かれている。「アマレク人」を家畜と一緒に殺した後、「イスラエルの民」は「天の下からアマレクの記憶を消し去る」ことを神は命じたとされている。 これこそがガザでイスラエルによって行われていることだと言える。ネタニヤフによると、「われわれは光の民であり、彼らは闇の民」なのだ。 ネタニヤフは8月23日、ナイル川からユーフラテス川に至る大イスラエルを創設するという「歴史的かつ精神的な使命」を宣言している。中東をイスラエルが征服、エネルギー資源を支配するというわけだ。ネタニヤフがイランを攻撃したがり、そうした行為や計画を欧米諸国が支援してきた理由のひとつはここにある。それに比べれば、イランの核開発は大した問題ではない。 ネオコンは1980年代にイラクのサダム・フセイン体制の転覆を主張していた。イラクに親イスラエル体制を樹立、イランとシリアを分断して両国の体制を転覆させるという計画だ。 欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めた経験のあるウェズリー・クラークによると、2001年9月11日の攻撃から10日ほど後、彼は統合参謀本部で攻撃予定国のリストを見たという。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが記載されていた。(ココやココ) 昨年6月13日にイスラエル軍はイラン国内から発射されたミサイルとドローンで同国を攻撃、イラン軍のモハンマド・バゲリ参謀総長や革命防衛隊(IRGC)のホセイン・サラミ司令官を含む軍幹部、さらに少なからぬ核科学者が殺害された。アメリカでの報道によると、イスラエルは数カ月かけてドローンの部品を商業貨物として秘密裏にイランへ持ち込み、組み立て、主要地域に配置し、トレーラーに設置された発射装置などから攻撃したという。アメリカの軍や情報機関が協力していた可能性がある。その際、イランの防空システムが麻痺したが、8時間から10時間で回復している。 それに対し、イランは報復攻撃を開始。テルアビブやハイファといったイスラエルの都市がイランのミサイル攻撃を受けた。ネゲブ砂漠にあり、F-15戦闘機とF-35戦闘機の大半が配備されているネバティム空軍基地をはじめとする軍事基地、あるいはイスラエル軍のアマン情報本部が破壊され、同時にモサドの本部にも命中している。軍事研究の中枢であるワイツマン科学研究所も壊滅的な被害を受けた。またイランはイスラエルの兵器企業「ラファエル」への攻撃にも成功し、ハイファの港湾施設も大きな被害を受けている。 イランの攻撃がイスラエルや欧米諸国の予想を上回り、イスラエルやアメリカはミサイルが不足、そのまま戦闘が続くとイランに負けてしまうことは不可避だった。イランが停戦に合意しなければ、イスラエルは数日、あるいは数週間以内に崩壊していたと言われていた。今回はイランの最高指導部を壊滅させることに注力するかもしれない。 そして現在、トランプ政権はイラン周辺に2隻の航空母艦を派遣、再びイランを攻撃する姿勢を見せている。少なくとも2週間は攻撃を継続できる規模だ。民主党のリーダーたちは戦争に反対していない。中東をイスラエルに支配させるというプランは彼らも支持しているが、自分たちが矢面に立つことは嫌がっている。2024年の大統領選挙で民主党に勝つ意欲が見られなかったのはそのためだという人もいる。所詮、共和党も民主党も帝国主義政党にすぎない。 アメリカ軍がイランを攻撃した場合、イラン軍はホームでの戦いになる。アメリカ軍はミサイルや砲弾の補充が容易ではない。昨年6月の戦闘でイランの保有するミサイルが枯渇したわけではない。過去にイラン政府は地下に建設されたミサイル保管施設の映像を公開している。 昨年の戦闘でイランが発射したミサイルの92%は撃墜されたとイスラエルは主張、それを西側メディアは垂れ流していたが、マサチューセッツ工科大学(MIT)のセオドア・ポストル名誉教授はイランが発射したミサイルの迎撃成功率は5%程度だと推計している。アメリカ製防空システムのパトリオットによる迎撃成功率はせいぜい1割程度と言われているので、適切な数値だろう。 実際の被害状況から判断しても、ポストルの主張が事実に近い。昨年6月のイランによる攻撃ではイスラエルの情報機関モサドの司令部、軍情報部アマンの施設、イスラエルの核開発計画でも中心的な役割を果たしてきたワイツマン研究所、ソロカ医療センターなども破壊され、軍事基地にも着弾、石油施設や発電所などの重要なインフラも被害を受けている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.21
閲覧総数 1620
26

ロシアの対対情報機関SVR(対外情報局)は2月24日、フランスとイギリスがウクライナへ核兵器を密輸する計画を立てていると発表した。両国は核兵器に関連するヨーロッパ製の部品、機器、技術をウクライナへ秘密裏に移転することを検討、ウクライナの潜水艦発射弾道ミサイルに搭載できるフランス製核弾頭のTN 75を提供する案もあるという。また、放射性物質を内部に詰め込んだ爆弾、いわゆる「汚い爆弾」の製造を促しているともしている。NATOがキエフ政権に核兵器を提供した場合、ロシアはあらゆる手段を行使して報復、そのターゲットには兵器の供給国も含まれるという。 すでに戦場ではウクライナ軍が壊滅状態で、イギリスやフランスを中心とするNATO諸国はオペレーターや特殊部隊だけでなく、通常の戦闘部隊も送り込んでいると言われているが、ロシア軍の主張によると。そうしたNATO軍の幹部がどこにいるかを彼らは把握、攻撃目標にしはじめ、ウクライナ西部やハリコフにあるNATO軍の司令部を破壊、イギリスをはじめとするNATOの高官数十名は死傷したと伝えられている。この攻撃でロシア軍はプラズマ兵器をテストしたようで、ハリコフの南西50キロメートルあたりで大きな爆発があったが、放射線量は上昇していない。 ロシア軍はすでにマッハ10以上で飛行するミサイルを実戦で使用している。ひとつは空中発射型弾道ミサイルのキンジャール、もうひとつは中距離弾道ミサイルのオレーシニクだ。オレーシニクは独立して目標を設定できる複数の再突入体を搭載している。NATO側は保有する迎撃システムでそうしたミサイルを撃墜できるとしているが、実際には撃墜できていない。現時点ではおそらく不可能だ。こうしたミサイルを使う頻度が高まるかもしれない。 ネオコンのような好戦派はロシアとの戦争が始まっても簡単に勝てると言う前提で2014年2月のキエフにおけるクーデターを実行したのだろうが、その間違いはすぐに判明する。内戦でロシア文化圏の人びとに勝つため、クーデター体制の戦力増強に8年を要している。その時間を稼ぐために結ばれたのが 2022年2月にロシア軍は攻撃直前だったウクライナ軍を攻撃、主導権を握ったのだが、西側の兵器をウクライナへ供与すればロシアを簡単に倒せるとイギリスは考えていたようで、同国の首相だったボリス・ジョンソンは2022年4月9日にキエフへ乗り込み、ウォロドミル・ゼレンスキー政権に対してロシアとの停戦交渉を止めるように命令した。(ココやココ) しかし、兵器を供給してもNATOの傀儡軍であるウクライナ軍はの劣勢は変わらない。NATOは時間を稼ぐため、2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」、ふたつの停戦合意をロシアに人事込ませ、ドンバスの周辺にマリウポリ、マリーインカ、アブディフカ、ソレダルの地下要塞を結ぶ要塞線を築く。この地下要塞を陥落させ、要塞戦を突破してからロシア軍の進撃スピードは上がった。NATOに残された手段は核兵器だけなのかもしれない。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.02.26
閲覧総数 1603
27

アメリカ軍は今年1月3日にベネズエラを攻撃し、同国のニコラス・マドゥロ大統領夫妻を拉致した。2月28日にはイスラエル軍と共同でイランの主要都市をミサイルとドローンで攻撃し、最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含む人びとを殺害している。 ベネズエラとイランを攻撃した目的は中国を弱体化させることにあると考える人が少なくない。この推測はおそらく間違っていないが、そのターゲットは中国だけでなく、ロシア、そしてBRICSも含まれているだろう。アメリカを支配する勢力は世界を制覇するつもりだ。 ジョージ・H・W・ブッシュが大統領だった1992年2月、政権内のネオコンはアメリカが「唯一の超大国」になったと認識、DPG(国防計画指針)草案として世界制覇プランを作成した。この文書は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 このドクトリンによると、新たなライバルの出現を防ぐことが最優先事項。またドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンになるため、驀進している。 このドクトリンの前提はアメリアのライバルだったソ連の消滅。ボリス・エリツィン時代にロシアは西側巨大資本の属国と化した。さらに支配力を強めるため、ネオコンはNATOを東へ拡大させるのだが、これはナチ時代のドイツによるソ連への軍事侵攻、バルバロッサ作戦を彷彿とさせる動きにほかならず、「新バルバロッサ作戦」とも言える。 ウォール・ストリート・ジャーナルによると、リチャード・ニクソン元米大統領は1994年3月21日にビル・クリントン大統領へ手紙を出し、その中でウクライナの内部状況が非常に危険だと警告。ウクライナで戦闘が勃発すれば、ボスニア・ヘルツェゴビナでの戦争は「ガーデンパーティー」のように感じられるとしている。 また「封じ込め政策」で有名なジョージ・ケナンは1998年、NATOが拡大について「これは新たな冷戦の始まり」であり、悲劇的な過ちだと批判、この政策を決めたアメリカ上院での議論について表面的で無知だと指摘している。 ヘンリー・キッシンジャーは2014年3月5日付けワシントン・ポスト紙でウクライナとロシアの関係について論じている。 ロシアの歴史はキエフ・ルーシで始まり、宗教もそこから広がり、ウクライナは何世紀にもわたってロシアの一部であり、その前から両国の歴史は複雑に絡み合っていたと指摘している。ロシアにとってウクライナが単なる外国ではないということだ。特に東部と南部はロシアとの繋がりが強い。 こうした警告は21世紀に入ってウラジミル・プーチン政権が誕生すると現実のものになる。西側に対するロシア人の反発が強まり、ロシアは再独立に成功、経済力も軍事力も急成長した。ソ連の消滅で養わなければならない国が減ったことがプラスに働いたとも言われている。そこで西側諸国の支配層はロシアを再属国化する工作を始める。 まず、ロシアの隣国ウクライナで2004から05年にかけて「オレンジ革命」を実行して親ロシア派と見られていたビクトル・ヤヌコビッチを排除、西側金融資本の影響下にある新自由主義者のビクトル・ユシチェンコを大統領に据えることに成功した。 北京で夏季オリンピックが開催された2008年8月にはジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃したが、の攻撃はイスラエルとアメリカが兵器など軍事物資を供給、将兵を訓練しただけでなく、イスラエルが作戦を立てたと言われている。この戦争でジョージア軍はロシア軍に完敗した。 ウクライナではユシチェンコ政権が新自由主義的な政策を推進、貧富の差を拡大させ、国民の怒りを買う。そこで2010年の選挙ではヤヌコビッチが勝利、オバマ政権はクーデターを実行してヤヌコビッチを排除しなければならなくなった。そして2013年11月から14年2月にかけてのクーデターにつながる。 2014年にアメリカとイギリスの情報機関、つまりCIAとMI6は香港で反中国運動「佔領行動(雨傘運動)」を仕掛けた。中国政府もウクライナ情勢を注視していたはずだが、香港の動きを見て米英に対する信頼度は大きく低下、ロシアに接近していく。西側では右も左もロシアと中国が手を組むことはないと信じていたようだ。そのありえないはずのことが起こったわけだが、それでもネオコンをはじめとする西側の支配層は世界制覇の野望を捨てない。 その野望について書き残しいた人物がいる。1871年にNMロスチャイルド&サンの融資を受けて南部アフリカでダイヤモンド取引に乗り出して大儲けしたセシル・ローズだ。彼は1877年に書いた『信仰告白』の中で「私たち(アングロ・サクソン)は世界で最も優れた人種であり、私たちが住む世界が増えれば増えるほど、人類にとってより良いものになる」と主張している。 「より多くの領土を獲得するあらゆる機会を捉えることは我々の義務であり、より多くの領土は単にアングロサクソン人種の増加、つまり世界が所有する最も優れた、最も人間的で最も名誉ある人種の増加を意味するという考えを常に念頭に置くべきである」というのだ。その系譜の中にアドルフ・ヒトラーもいる。 ローズの前にも世界制覇を夢見る政治家がイギリス人にはいた。ヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)だ。彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで彼は首相を務めている。ビクトリア女王に対し、アヘン戦争を指示したのもパーマストン卿だった。 19世紀のイギリスの支配層はパレスチナにも目を向けている。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査。イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収したが、その資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡、いわゆる「バルフォア宣言」をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強めている。 そうした反発を抑え込むため、パレスチナへ送り込む警官隊を創設するという案が出てくる。デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルもこの案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーが採用された。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。 アイルランドはピューリタン革命を指揮したオリバー・クロムウェルの軍隊に侵略され、多くの住民が虐殺されている。17世紀の半ばのことだ。 クロムウェルが出現する前からイングランドではアングロ・サクソンをユダヤ人の「失われた十支族」の後継者だと信じ、自分はイスラエルの王だと信じる人がいた。そのひとりがジェームズ6世(イングランド王ジェームズ1世)。彼は自分をイスラエルの王だと信じていたと言われている。 ジェームズ6世の息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、クロムウェルの私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考え、彼は1649年に作成されたパンフレット『王国の権利』の中でイギリス人はイスラエルの失われた部族のひとつであり、ユダヤ人と同族であると主張している。 「神はイギリス人だ」と主張していたというクロムウェルの聖書解釈によると、世界に散ったユダヤ人はパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建することになっていた。この解釈に基づいて彼は政権を樹立し、1656年のユダヤ人のイングランド定住禁止令を解除、パレスチナにイスラエル国家を建国することを宣言した。海賊の国だったイングランドで金融や経済を彼らに任せるためだったともいう。これがシオニズムの始まりだ。 ピューリタン体制が倒されるとシオニズムは放棄されるものの、クロムウェルを支持する人びとの一部はアメリカへ亡命、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンらはその後継者だと主張したという。その北アメリカで先住民は「民族浄化」された。 パーマストン卿たちの世界制覇プランはハルフォード・マッキンダーがまとめ、1904年に発表している。彼はユーラシア大陸の周辺部分を海軍力で支配、内陸部を締め上げるという理論を発表、それをアメリカが継承した。封鎖帯の西端がイギリス、東端が日本だ。 ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論がベースになっている。冷戦もこの戦略の一幕にすぎない。 こうした長期戦略は妄想と化している。ジャーナリストのジョナサン・ラーセンによると、アメリカ兵たちは指揮官たちからイランとの戦争は「ハルマゲドン」であり「イエスの再来」であり、トランプ大統領は「神に選ばれた者」だと告げられているという。そうした妄想は現実に押し潰されようとしている。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.03.05
閲覧総数 2316
28

サウジアラビア上空を飛行していたアメリカ軍のF-16戦闘機がイラン軍の攻撃で損傷、緊急着陸したとイランの通信社が伝えている。この報道をアメリカ軍は否定、真相は不明だが、アメリカ軍のF-35、F-15、F-16といった戦闘機やKC-135空中給油機が、原因はともかく、破壊されたことは確かなようだ。アメリカ/イスラエルは劣勢だ。 イラン領内でアメリカ軍やイスラエル軍に攻撃された地域を見ても、両軍は制空権を握っていないことは明白。イスラエルやペルシャ湾岸の産油国ではイランによる攻撃の実態を撮影すると懲役刑に処せられるようだが、それでも破壊された街の様子は伝わってくる。 イランも被害を受けているが、弾道ミサイルは発射し続けている。イランにミサイルが残っていることは明白だ。アメリカ軍が確実に破壊できたミサイルを保管している兵器庫は3分の1程度にすぎないとされている。ミサイル、ドローン、発射装置は地下の施設に保管され、それらの製造装置も地下にある。アメリカ軍やイスラエル軍が攻撃しているのは地上にある学校や病院を含む民間施設、あるいはエネルギー関連の施設や製鉄所が中心だ。戦況がイランに有利なのは明らかである。 対イラン攻撃を主導したと言われているイスラエルのエヤル・ザミール参謀総長によると兵員不足は深刻で、兵役法、予備役法、そして義務兵役期間延長法を制定する必要があるとしている。レバノンでは壊滅したとされていたヒズボラがイスラエルに対する攻撃を開始、イスラエル軍はレバノンへ地上部隊を侵攻させたのだが、ヒズボラ側はイスラエルのメルカバ戦車や装甲兵員輸送車を75両から100両、破壊したと主張してている。正確な台数は不明だが、相当数のメルカバ戦車が破壊されたことは確かなようだ。 イスラエル軍の地上部隊は2006年7月から9月にかけてレバノンへ軍事侵攻したが、その際、ヒズボラに敗北している。その時にメルカバ戦車が破壊されている。その結果、イスラエルはレバノンへ地上部隊を侵攻させなくなった。 そして2024年7月30日、ヒズボラのフアド・シュクルがベイルートで殺され、同年9月17日と18日にはレバノンやシリアでトランシーバーやポケベル(ページャー)が遠隔操作で爆破されるテロ攻撃があり、9月27日にはベイルートでヒズボラ幹部による秘密会議が開かれていた地下施設がイスラエル軍によって空爆され、ハッサン・ナスララ事務総長も殺害された。この時の攻撃でヒズボラは壊滅したと言われてきたが、今回、すでに復活していることが判明したわけだ。 ナスララ殺害の時も言われたが、機密情報がアメリカやイスラエルへ漏れていると言われ、イラン政府の内部にスパイがいるのではないかと考える人もいた。今年、そのスパイはイラン革命防衛隊(IRGC)に所属するクッズ部隊を指揮していたイスマイル・カーニだということが判明、処分されたと言われている。彼がモサドのスパイだということは中国軍の情報機関によるCIA高官とイスラエル参謀本部幹部との通信傍受で判明したようだ。 イランとの戦争でアメリカとイスラエルが劣勢になる中、ドナルド・トランプ米大統領は沖縄のキャンプ・ハンセンを拠点にしているアメリカ海兵隊の第31海兵遠征部隊(MEU)に所属する2500名やアメリカのフォート・ブラッグを拠点とする第82空挺師団の約3000名を中東へ派遣すると発表していた。第31MEUはディエゴガルシア島に駐留しているようで、4月6日か7日には第11MEUが到着するともいう。 しかし、元CIA分析官のラリー・ジョンソンは、第11MEUと第31MEUの派遣は陽動作戦にすぎず、地上攻撃が本当に実施されるならば、ふたつのレンジャー大隊と第82空挺師団の支援を受けたSMU(特殊任務部隊、通称ティア-1)によって実行されるだろうと推測している。これらの部隊はすでにヨルダンとイスラエルの基地にいるとされている。そうした部隊がイランの島や本土へ侵攻したとしても、そこでは100万人というイランの戦闘員が待ち受けている。 イラン軍は当初、旧式のミサイルやドローンで攻撃、アメリカ軍やイスラエル軍の防空ミサイルを使わせた。すでに枯渇、攻撃を中断したのは兵器を補充するためだったと考える人もいる。駆逐艦や潜水艦のような艦艇に搭載されていたトマホークのような攻撃用ミサイルはすでに打ち尽くしたとみられるが、イランによるミサイルとドローンを使った攻撃に対応するため、再装填のために港へ戻ることができない。 それに対してイランには十分な数のミサイル、ドローン、そうして発射装置が存在、さらにロシアはドローンの改良型シャヘドをイランへ供与していると伝えられている。ロシアの技術者はイランのドローンを改良し、カメラ、AIコンポーネント、ジェットエンジンを追加し、航行性能と電子戦防御能力を向上させたという。ロシアは偵察衛星で得た情報をイランへ提供しているようだ。 しかも、ここにきてイエメンのアンサール・アッラー(フーシ派)はイランとアメリカ/イスラエルとの戦争に参戦すると発表している。イエメンは紅海からスエズ運河へ抜ける航路を封鎖できる位置にある。イランがホルムズ海峡を、アンサール・アッラーが紅海への入り口であるバブ・エル・マンデブ海峡をそれぞれ封鎖してエネルギー資源などの動きをコントロールするようになれば、ペトロダラーの仕組みが壊れる可能性がある。この仕組みが壊れたなら、米英金融資本が主導してきた支配システムも崩壊する可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.03.29
閲覧総数 2275
29

パキスタンのイスラマバードでアメリカとイランの代表団が協議している最中、4月11日にアメリカ海軍の駆逐艦2隻、マイケル・マーフィーとフランク・E・ピーターセン・ジュニアにホルムズ海峡を通過しようとしたが、イラン海軍に追い返された。2隻の駆逐艦はイラン海軍の巡航ミサイル・システムに捕捉され、その上空にはイランのドローンが飛行、イラン海軍から30分以内に立ち去るように警告され、その指示に従うしかなかった。その一方、4月14日には中国のタンカーがホルムズ海峡を通過している。ホルムズ海峡をコントロールしているのはイランであり、アメリカによる海上封鎖という話はハッタリにすぎない。 その前、4月5日にドナルド・トランプ政権はアメリカ空軍に所属するF-15E戦闘機のパイロットと兵器担当士官を救出する作戦を成功させたと発表した。この戦闘機が撃墜された数時間後、イランのメディアは機体の垂直尾翼の残骸を撮影した画像を公開している。その残骸はイスファハンの近郊にある仮設飛行場とイランの濃縮ウラン数百ポンドの一部が保管されていると考えられているナタンツ核施設付近に散乱していた。 イランのメディア、プレスTVによると、アメリカ軍のイスラエル軍はイスファハンにある核施設の一つに潜入し、核物質を盗み出すことを計画、実行に移したのだが、イラン軍の反撃で失敗に終わったという。破壊された航空機のある場所がイスファハンに近かったことから、こうしたことを推測する人は少なくなかった。作戦が失敗した後、トランプ大統領は発電所や橋梁を含む民間インフラを標的にするとイランを脅迫している。 アメリカ軍は数日にわたる偵察飛行を行った後、数十人の特殊部隊員を乗せたC-130輸送機をイスファハン近くに着陸させたが、イラン軍は反応しない。その数分後に2機目のC-130輸送機が接近してきたところでイラン軍は攻撃を開始した。2機目の輸送機には特殊車両や数機のMH-6ヘリコプターなどが積まれていた。 さらにブラックホーク・ヘリコプター2機も到着したが、これも格好の攻撃目標になった。この時、A-10攻撃機も破壊されている。後に伝えられたところによると、この作戦失敗でアメリカ陸軍のデルタフォースに所属する約20名が戦死したという。F-15戦闘機の乗員救出作戦とは、イスファハンから核物質を盗みに行った特殊部隊員を救出する作戦だった。 イスファハンから核物質を盗み出す目的は「アメリカの勝利」を演出し、イランから撤退することにあったのだが、失敗、まだ撤退できずにいる。 すでにアメリカやイスラエルは防空システムが機能せず、攻撃用のミサイルも枯渇。巡航ミサイルのトマホークを日本へ配備する予定が遅れるというが、つまり、日本に配備されるトマホークは同じように日本の艦船から大陸に向かって発射されるのだろうが、当然、中国から反撃される。 昨年11月7日に高市早苗首相は衆院予算委員会で「台湾有事」について問われ、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と発言した。高市首相も「ひとつの中国」を受け入れているようなので、中国で内戦が始まれば日本は参戦するということになる。日本が参戦すれば日本にある軍事施設だけでなく重要なインフラも破壊されると考えねばならない。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.15
閲覧総数 2028
30

アメリカ海軍は4月19日にイランの商船である「トゥスカ」をオマーン湾の公海上で拿捕、それに対してイランはホルムズ海峡に数千個の新型対艦機雷を配備したと伝えられている。アメリカ艦船がドローンで攻撃されたとも伝えられている。 アメリカ軍とイスラエル軍は2月28日にイランを攻撃、最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、そして最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害、これでイランの体制は倒れると考えていたのだろうが、そうした展開にはならなかった。 アメリカとイスラエルはこの攻撃以外にもイランの要人を殺害する作戦を実行してきた。たとえば3月17日にイスラエルがイランの国家安全保障最高評議会のアリ・ラリジャニ事務局長らを暗殺、昨年6月にはアメリカ軍とイスラエル軍がモハメド・バゲリ参謀総長を含むイランの要人を殺害しているのだが、マスード・ペゼシュキアン大統領、アッバス・アラグチ外相、イラン革命防衛隊(IRGC)のクッズ部隊を指揮していたイスマイル・カーニは無事だ。 ペゼシュキアンが大統領に就任したのは2024年7月のこと。前任者のエブラヒム・ライシは同年5月にアゼルバイジャンからベル212ヘリコプターで帰国する途中、そのヘリコプターが墜落し、同乗していたホセイン・アミール-アブドラヒヤン外相らと共に死亡した。濃い霧で視界が悪かったことが原因だとされているが、同行していた2機のロシア製ヘリコプターは問題なく帰還している。 こうした「斬首作戦」でイランの体制を転覆させることはできなかった。そこでドナルド・トランプ大統領は2026年4月7日、「今夜、ひとつの文明が滅びる」と宣言、「イランのすべての橋」と「すべての発電所…を…燃やし、爆発させ、二度と使えないようにする」とイランを脅した。確かにアメリカやイスラエルはイランを猛攻してきたが、イランは両国に報復、西アジアの主要アメリカ軍基地は壊滅、イスラエルのテル・アビブやハイファなどの都市は瓦礫の山になっていると伝えられている。 ここにきてアメリカ軍は少なからぬ輸送機を西アジアへ飛ばしているが、これはイランを攻撃する準備だと見られている。例によってアメリカは停戦を戦力増強に時間稼ぎに使っているのだろうが、イランも戦力を増強している。アメリカやイスラエルが手を出せないカスピ海を利用してロシアが物資をイランへ運びつつある。その物資とは防空システムや砲弾ではないかと見られている。2月28日に始まった戦闘で勝利したのはイランだと考える専門家が多いが、ミサイルの保有数はアメリカ軍が約4000発、イラン軍は約45万発だと推定されている。停戦前、アメリカやイスラエルのミサイルやドローンは枯渇していたが、イランには余裕があった。しかもロシアから供給されているようで、アメリカ軍はこれまで以上の大惨事になりそうだ。 こうした無謀な作戦をトランプ大統領が強行するのは「認知症」が進んでいるからだと言う人もいるが、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と同じウラジミール・ジャボチンスキーの「修正主義シオニスト世界連合」を進歩しているからだと主張する人もいる。 そのジャボチンスキーに傾倒していた学者のレオ・ストラウスはネオコンの思想的な師であり、「ユダヤ系ナチ」だとシャディア・ドリュリーは主張する。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997)***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.22
閲覧総数 1646
31

福島県沖を震源とする巨大地震が原因で東京電力福島第1原発の炉心が溶融する事故が引き起こされたのは8年前の2011年3月11日だった。内部の詳しい状況は不明で、事故が終結したとは言えない。勿論、コントロールなどできていない。 溶けた燃料棒を含むデブリは格納容器の底部へ落下しているが、地中へ潜り込んでいる可能性もある。そうしたデブリを回収し、廃炉にするまで相当の年月が必要だ。 日本政府は2051年、つまり34年後までに廃炉させるとしていたが、イギリスのタイムズ紙はこの原発を廃炉するまでに必要な時間を200年だと推定していた。その推測も甘い方で、数百年はかかるだろうと考えるのが常識的。廃炉作業が終了したとして、その後、10万年にわたって放射性廃棄物を保管する必要があると言われている。 事故の直後に相当数の人が放射性物質が原因で死んでいる可能性が高い。例えば、医療法人の徳洲会を創設した徳田虎雄の息子で衆議院議員だった徳田毅は事故の翌月、2011年4月17日に自身の「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いていた: 「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」 事故の翌日、2011年3月12日には1号機で爆発があり、14日には3号機も爆発、15日には2号機で「異音」がり、4号機の建屋で大きな爆発音があったとされている。 その後、建屋の外で燃料棒の破片が見つかるのだが、この破片についてNRC(原子力規制委員会)新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は2011年7月28日に開かれた会合で語っている。発見された破片は炉心にあった燃料棒のものだと推測するというのだ。 その後、建屋の外で燃料棒の破片が見つかるのだが、この破片についてNRC(原子力規制委員会)新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は2011年7月28日に開かれた会合で語っている。発見された破片は炉心にあった燃料棒のものだと推測するというのだ。 また、マンチェスター大学や九州大学の科学者を含むチームは原子炉内から放出された粒子の中からウラニウムや他の放射性物質を検出している。 事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆によると、心臓発作で死んだ多くの人を彼は知っているという。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしている。 事故に伴って環境中に放出された放射性物質の放出総量をチェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表しているが、その算出方法に問題があるとも指摘されている。 計算の前提では、圧力抑制室(トーラス)の水で99%の放射性物質が除去されることになっているが、今回は水が沸騰していたはずで、放射性物質の除去は困難。トーラスへの爆発的な噴出で除去できないとする指摘もある。そもそも格納容器も破壊されていた。 原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2~5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書)が、10倍程度だと考えても非常識とは言えない。 数年前から甲状腺の異常が増えていると指摘されているが、日本に秘密保護法が存在している以上、日本の安全保障と深く関係する原発に関する情報がきちんと明らかにされるとは期待できない。
2019.03.11
閲覧総数 5459
32

安倍晋三首相が8月28日夕方に記者会見を開き、辞意を表明したという。第2次安倍政権は2012年12月、野田佳彦首相が「自爆」してから約7年8カ月続いた。「憲政史上最長」だというが、それはアメリカの支配者にとって都合の良い政治家だったことを意味しているにすぎない。安倍絡みのスキャンダルが問題にされなかったり、もみ消されたのもそのためだろう。 アメリカの属国である日本がアメリカの戦略に左右されることは必然である。そのアメリカではシオニストの一部であるネオコンが1992年2月、世界制覇を実現するために詰めの作業に入ることを国防総省のDPG草案という形で宣言した。国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことからウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。 そうした単独行動主義を打ち出せたのは、ソ連が1991年12月に消滅したからである。ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと考え、単独で行動しても文句を言える国はなくなったと判断したのだ。国連を重視する方針を示していた細川護熙政権は潰された。そして1995年にジョセフ・ナイ国防次官補は「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表、日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む方針を示した。その当時、日本で怪事件が続き、不自然な形で重要な記事が出たことは本ブログで何度か指摘した。 その後、日本は実際に戦争マシーンへ組み込まれていくが、そうした戦争への道から日本が外れそうになったことがある。2009年9月、東シナ海を「友愛の海」と呼ぶ民主党の鳩山由紀夫が総理大臣に就任したのだ。アメリカの支配者の戦略に楯突く主張だ。 アメリカの支配者は自分たちにとって鳩山が好ましくない人物だということは、その前からわかっていただろう。そうしたことが影響したのか、鳩山や小沢一郎に対する攻撃は始まり、続く。 例えば、2009年から11年までNSC(国家安全保障会議)のアジア上級部長を務めたジェフリー・ベーダーは講演会で鳩山の東アジア共同体構想を罵倒し、日米関係の最大の懸念だったとも語っている。 また、2006年6月3日号の週刊現代は「小沢一郎の“隠し資産6億円超”を暴く」という記事を掲載、09年11月には「市民団体」が陸山会の04年における土地購入で政治収支報告書に虚偽記載しているとして小沢の秘書3名を告発、翌年の1月に秘書は逮捕されている。また「別の市民団体」が小沢本人を政治資金規正法違反容疑で告発し、2月には秘書3人が起訴された。この間、ほかのメディアも反小沢キャンペーンを展開している。 その後、検察が「事実に反する内容の捜査報告書を作成」するなど不適切な取り調べがあったことが判明、この告発は事実上の冤罪だということが明確になるが、小沢のイメージを悪化させることには成功した。小沢とタッグを組んでいた鳩山は2010年6月に総理大事の座から降りざるをえなくなる。 その後任になった菅直人は消費税の増税と法人税の減税という巨大企業を優遇する新自由主義的政策を打ち出して庶民からの支持を失っただけでなく、中国との関係を悪化させる行動に出る。海上保安庁が尖閣諸島の付近で操業していた中国の漁船を「日中漁業協定」を無視する形で取り締まり、漁船の船長を逮捕したのだ。この逮捕劇の責任者は国土交通大臣だった前原誠司。この後、日中友好の流れは断ち切られ、軍事的な緊張が高まっていく。 菅直人の後、2011年9月に首相となった野田佳彦も菅直人と基本的に同じように冷酷非情な社会を築く政策を進め、選挙になれば敗北することが確実な情勢の中、12年12月に内閣総辞職。総選挙では予想通りに民主党は惨敗、安倍晋三グループの独裁体制を招くことになったのだ。 当初、安倍の後ろ盾もネオコンだった。特にハドソン研究所の上級副所長を務めるI・ルイス・リビー、通称スクーター・リビーの存在が大きい。この人物はエール大学の出身だが、そこでウォルフォウィッツの教えを受けている。安倍がウォルフォウィッツ・ドクトリンに従う、つまりアメリカの世界制覇戦争へ日本を加担させることは必然だった。 安倍は2015年6月、赤坂にある赤坂飯店で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたという。これは本音だろう。南シナ海は中国が進める一帯一路の東端にある海域にあり、重要な海域。アメリカはそこをコントロールすることで中国の世界戦略を潰そうとしている。その手先にされようとしているのが海上自衛隊だ。 そうした安倍だが、何年か前からネオコンに見切りをつけられたのではないかと思える雰囲気があった。安倍には政治家、官僚、大企業経営者、マスコミの人間などを脅す仕掛けがあるとも噂されているが、そうした仕掛けが機能していたのかもしれない。それでも安倍は辞意を表明せざるをえなくなった。アメリカの支配者からの圧力がそれをほど強かったのだろう。この支配者が次の操り人形を用意していることは間違いない。
2020.08.29
閲覧総数 6159
33

ロシアの連邦捜査委員会は4月9日、ロシアにおけるテロ攻撃の資金調達に関与し疑いでアメリカとNATO諸国の高官に対する捜査を始めたという。捜査対象にはミコラ・ズロチェフスキーが設立したウクライナのエネルギー会社「ブリスマ」が含まれているが、この会社の重役には元ポーランド大統領のアレクサンデル・クファシニェフスキー、元CIA高官のジョセフ・コファー・ブラック、そしてジョー・バイデン大統領の息子であるハンター・バイデンも名を連ねていた。 ウクライナの検察当局はハンター・バイデンを汚職容疑で捜査していたことがある。検事総長を務めていたビクトル・ショーキンによると、捜査を続けていたなら、ハンター・バイデンや同社の別のアメリカ人重役だったデボン・アーチャーを含む関係者を汚職で摘発できたという。 しかし、その捜査はジョー・バイデンの圧力で中止された。ジョー・バイデン自身が2018年1月23日にCFR(外交問題評議会)で行なった説明によると、彼はウクライナ政府に対し、10億ドル融資してほしければショーキンを6時間以内に解任しろと恫喝、実際に解任されたという。 バイデンは「ウクライナを支援する欧米諸国や国際機関が同国の腐敗問題に取り組む中、同国の検事総長が汚職捜査に消極的だとして解任させようとした」と主張しているが、ショーキンは宣誓供述書の中で、解任の理由はブリスマ・ホールディングスを捜査していたことにあるとしている。 ショーキンによると、数カ月にわたってバイデン副大統領から捜査を止めるように圧力がかかったという。FOXニュースのジョン・ソロモンによると、2015年終わりから16年初めにかけてバイデンは検事総長を解任するようウクライナ側に圧力をかけていたと6名ほどのウクライナの高官が語っている。ウクライナの議員、アンドリー・デルカチによると、バイデンはブリスマからロビー会社を介して90万ドルを受け取ったという。 2019年5月に大統領がウォロディミル・ゼレンスキーへ交代するが、その数カ月前からブリスマへの捜査が再開されたというのだ。同年7月にドナルド・トランプがゼレンスキーと電話で会談、その際にバイデン自身がCFRで話したことを話題にした。それだけのことなのだが、それをトランプがゼレンスキーに対し、ハンター・バイデンについて捜査するように求めたのだとアメリカ下院情報委員会へ2019年8月に「内部告発」した人物がいる。 その告発者はエリック・チャラメラなるCIAの分析官。民主党の支持者で、2015年の夏からNSC(国家安全保障会議)でスーザン・ライス国家安全保障補佐官の下で働き、バイデン副大統領やジョン・ブレナンCIA長官の下でも働いていた。 また、ブラックはCIAでテロ対策センター長を務めた人物。彼がブリスマの重役だった時期に同社の資金がテロリストと関係するグループへ送金されていたとなると、CIAが少なくとも間接的にロシアでのテロ攻撃に関与していたと見られても仕方がない。 3月22日、モスクワの近くにあるクロッカス・シティ・ホールが自動小銃で殺傷した4名によって襲撃された。実行犯はウクライナへ逃げ込む直前に拘束され、相当数の共犯者がロシア国内だけでなく、トルコやタジキスタンで逮捕されている。 ロシア国家反汚職委員会のキリル・カバノフ委員長によると、実行グループが残したデータは、彼らがウクライナの特殊部隊/ネオ・ナチと連絡を取り合っていたことを示しているようだ。それが事実なら、自動的にアメリカやイギリスの情報機関、つまりCIAやMI6につながる。 西側が犯人として扱っているダーイッシュ-ホラサン(IS-KP、ISIS-K)は他のイスラム系武装集団と同じように、CIAやMI6の傭兵だ。イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックは05年7月、「アル・カイダ」についてCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだと説明している。なお、クックはこの指摘をした翌月、保養先のスコットランドで心臓発作に襲われて59歳で死亡した。 ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)もこの仕組みから生まれた。そうした武装集団の出現をアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は2012年8月、ホワイトハウスに警告している。 オバマ政権が支援している反シリア政府軍の主力はアル・カイダ系武装集団のAQI(イラクのアル・カイダ)で、アル・ヌスラと実態は同じだと指摘、その中心はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団だとしているのだ。2012年当時のDIA局長はマイケル・フリン中将である。 その警告通り、2014年1月にダーイシュが出現した。イラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧している。その際にトヨタ製小型トラック、ハイラックスの新車を連ねたパレードが行われ、その画像が世界に流されたのだが、このハイラックスを購入したのはアメリカの国務省だとも言われていた。こうした戦闘集団の動きをアメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで知っていたはずだが、反応していない。 そのダーイッシュを含むイスラム武装勢力は2015年9月にシリア政府の要請で介入したロシア軍によって壊滅させられた。その際、アメリカの軍や情報機関がダーイッシュなどの幹部をヘリコプターなどで救出している。行くへは不明だったが、アフガニスタンへ運んだと言われていた。 その当時、FSB(連邦安全保障局)のアレクサンダー・ボルトニコフ長官は、ダーイッシュのメンバー約5000名がアフガニスタン北部に運ばれ、中央アジアの旧ソ連諸国を脅かしていると語っていた。
2024.04.11
閲覧総数 2159
34

21世紀に入ってから世界は大きく揺れている。その始まりは2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎に対する攻撃だろう。これによってアメリカではシオニストの一派であるネオコンが主導権を握り、国内では収容所化が進み、国外では侵略戦争が本格化している。そうした動きを加速させたのがCOVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)騒動にほかならない。 アメリカのバラク・オバマ政権は2014年2月、ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権をネオ・ナチを利用したクーデターで倒した。そのウクライナでアメリカの国防総省は生物化学兵器の研究開発を進めている。そのために15から46の研究所が建設され、ウクライナ兵を利用して人体実験も行われていたと言われている。 ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はMI6のエージェントだと信じられている。2020年10月に大統領としてイギリスを公式訪問した際、イギリスの対外情報機関MI6のリチャード・ムーア長官と会談している。 中東は2003年3月にジョージ・W・ブッシュ政権が「大量破壊兵器」という嘘を人びとに信じ込ませた上でイラクを先制攻撃、戦乱はリビアやシリアなどへ広がり、イランも狙われている。その間、パレスチナでは米英独など西側諸国に支援されたイスラエルがガザで破壊、殺戮、略奪の三光作戦を実行してきた。 そして東アジアでもアメリカ、イギリス、オーストラリアといったアングロ・サクソン系諸国が軍事的な緊張を高めている。その手先として想定されていたのが日本と韓国だが、韓国ではアメリカの傀儡、尹錫悦大統領がクーデターを企てて失敗してしまった。 COVID-19騒動ではアメリカとイギリスが主導、ウクライナや中東でもイギリスの動きが目立つのだが、COVID-19騒動では接種が推進された「ワクチン」と称する遺伝子操作薬の危険性が広く知られるようになって破綻、ウクライナでは米英が主導するNATOがロシアに敗北、パレスチナでは大量殺戮を続けるイスラエルの後ろ盾としてアメリカやイギリスに厳しい目が向けられている。 イスラエルはシオニストの国である。「シオンの地」にユダヤ人の国を作ろうと活動してきた人びとをシオニストと呼び、1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルが近代シオニズムの創設者とされているが、シオニズムの始まりはエリザベス1世の時代に始まった「ブリティッシュ・イスラエル主義」だ。アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとする彼らは信じていた。この信仰はイギリス国教会が誕生した頃に始まり、それから間もなくしてイギリスは世界侵略を始めている。 イギリスのエリートにはブリティッシュ・イスラエル主義を信じる人が少なくなかったようで、イングランド王ジェームズ1世は自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されるが、そのピューリタンを率いていたオリヴァー・クロムウェルの周辺にもブリティッシュ・イスラエル主義を信じる人がいたようだ。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.01.18
閲覧総数 2062
35

アメリカ海兵隊の元情報将校でUNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターによると、ウォロドミル・ゼレンスキーは2020年10月にイギリスを公式訪問した際、イギリスの対外情報機関MI6(SIS)のリチャード・ムーア長官を非公式に訪問、会談している。その訪問はジャーナリストに察知され、撮影された。その事実からゼレンスキーはMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はムーア長官だと推測されている。会談後、ゼレンスキーの警護担当者はウクライナ人からイギリス人へ交代になったという。ゼレンスキー政権はMI6政権だということもできる。MI6は歴史的にシティ(ロンドンを拠点とする金融資本)と関係が深い。 降伏か「総玉砕」かという状況に陥っているウクライナでの戦争継続に意味を見出せないドナルド・トランプ米大統領はウラジミル・プーチン露大統領と交渉を開始、今月下旬にはサウジアラビアで会うと言われている。ロシアとの交渉を進めたいなら、アメリカはロシアの要求を相当部分呑む必要がある。バラク・オバマ政権が2013年11月に始めたウクライナのクーデターで獲得した利権の相当部分を手放さなければならなくなるだろうが、それをトランプはウクライナのクーデター体制から回収しようとしている。ロシアにとってウクライナの戦争は祖国防衛が目的であり、ミンスク合意や戦闘の凍結のようなことでNATO諸国に時間を稼がせるつもりはないはずで、トランプ大統領にとっては厳しい会談になると見られている。 しかし、和平へ向かうことをネオコンやその配下にあるヨーロッパ諸国の政府は焦っていることだろう。そうした状況の中、イギリスのキール・スターマー政権は2万5000人の部隊を編成、フランスと連携してウクライナへ派兵する話が流れている。日本でもこうした欧米の好戦派に同調した主張をしている政治家もいる。アメリカが楽勝すると思い込んでいたであろう人びとは慌てているはずだ。 ソ連を消滅させることに成功したアメリカの好戦派は21世紀に入ってロシアが再独立した後、ロシアの再制圧を目指している。2004年から05年にかけて「オレンジ革命」や2013年11月から14年2月にかけてのキエフにおけるクーデターもその一環だ。アメリカは暴力によって縄張りを東へ移動させてきた。そうした侵略行為にロシアは耐えていたのだが、「やりすぎ」てロシアを怒らせてしまった。怒ったロシアをなだめることは至難の業だ。。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.02.18
閲覧総数 2486
36

パキスタン政府筋の話として、イランのアッバス・アラグチ外相が4月24日に少人数のチームを率い、アメリカとの新たな和平交渉を念頭に置いた事前協議のためにパキスタンのイスラマバードを訪問、さらにオマーンとロシアを訪問すると伝えられている。 すでにホルムズ海峡の通行が制限され、世界における原油やガスの供給量が減って価格が高騰、肥料の供給も混乱しているが、ここにきて通信ケーブルの問題も浮上してきた。イランは状況次第でケーブルを切断するという話が出てきている。 ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、戦乱で大きな被害を受けたアラブ首長国連邦はアメリカに対して財政支援を要請、もし支援がなければ石油やガス製品を人民元で売却せざるをえないと語った。 ロシア駐在イラン大使のカゼム・ジャラリによると、「もし彼ら(アメリカやイスラエル)が戦争を望むなら、われわれは戦争する準備ができている。もし協議が行われるのであれば、それは公正で、永続的な平和の実現を目指し、イランの正当な権利を認め、損害を補償し、新たな侵略に対する保証がなければならない。その場合、我々は交渉の準備ができている」と述べた。 ロシア国防省国際軍事協力総局のイェフゲニー・イリイン第一副局長はイラン軍について、「確固たる決意」と、新たな脅威に対し「適切かつ相応の」対応を行う用意があることを示したと述べた。そして、揺るぎない意志と勇気を示し、国家の独立と安定の「信頼できる保証人」となったとしている。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、イランが戦争を終結させる条件として求めている項目は一貫している。ホルムズ海峡の通行をイランが管理し、イランの同盟勢力に対する軍事行動を停止、西アジア地域からアメリカ軍は撤退し、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定を策定、イランが被った損害を全額補償、すべての制裁および国際決議を撤廃、凍結されたイラン資産を返還、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することだ。 アメリカとイスラエルがイランに対して始めた戦争の戦況はイランが優勢。戦いが長引けば長引くほどイランは優位になる。イランがこうした要求をするのはそのためだが、アメリカ政府は戦闘で負けているにも関わらず、イランに降伏を要求、イランの提示した条件をドナルド・トランプ政権が呑もうとしない。そもそもイスラエルやその背後の勢力が認めないのだろう。 イスラエルは「停戦」期間中もレバノンを攻撃、南レバノンの街は瓦礫と化した。ジャーナリストも殺害されている。そのイスラエルにレバノン政府は従属、戦っているのはヒズボラにほかならない。イスラエルやアメリカはそのヒズボラを壊滅させようと必死だ。 ところで、イスラエルは先住民であるアラブ系の人びとを暴力的に追い出し、作られた国である。シオニストがイスラエルの「建国」を宣言したのは、1948年5月14日のことだった。そのシオニストとはエルサレムの南東にあるシオンの丘へ戻ろうという「シオニズム運動」の信奉者で、ユーフラテス川とナイル川で挟まれている地域はユダヤ人の所有物だと考えていた。 シオニズムはエリザベス1世時代(1593年から1603年)のイングランドに「ブリティッシュ・イスラエル主義」として出現した。イングランドの支配層の間で、アングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だとする信じ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まったのだ。この妄想は現在に至るまで存在している。 シオニズムという用語を1893年に初めて使用したのはウィーン生まれのナータン・ビルンバウム。近代シオニズムの創設者とされている人物は1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだが、その背後にはイギリスの強大な私的権力が存在していた。 イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査している。 1868年2月から12月、74年2月から80年4月までの期間、イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収したが、その際に資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ディズレーリは1881年4月に死亡、その直後からフランス系のエドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめる。 イギリスは第1次世界大戦(1914年7月から18年11月)の最中にフランスと「サイクス・ピコ協定」を結んでいる。オスマン帝国を解体し、両国で分割することを決めていたのだ。これは秘密協定だったが、ロシアの十月革命で成立したボルシェビキ政権によって明るみに出されたのである。 協定が結ばれた翌月の1916年6月にイギリス外務省アラブ局はアラブ人を扇動して反乱を起こさせた。その部署にはトーマス・ローレンス、いわゆる「アラビアのロレンス」も所属していた。その当時、イギリスはエージェントを後のサウジアラビア国王でワッハーブ派のイブン・サウドに接触させている。 パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。これがいわゆる「バルフォア宣言」だ。 イギリスは1920年から1948年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立され、殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起。アラブ大反乱である。 1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。 委任政府は外出禁止令を出し、文書を検閲、建物を占拠、弁護人を受ける権利を停止する一方、裁判なしで個人を逮捕、投獄、国外追放している。この政策はイスラエル政府の政策につながる。 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。その結果、パレスチナ社会は荒廃、1948年当時、イスラエルの「建国」を宣言したシオニストの武装組織に対して無防備な状態となっていた。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.25
閲覧総数 1523
37

東電福島第一原発がいわゆる「過酷事故」を起こしたのは今から5年前、2011年3月11日のことだった。環境中に放出された放射性物質の総量は、1986年4月26日に起こったチェルノブイリ原発事故の1割程度、後に約17%に相当すると発表されているが、算出の前提条件に問題があり、元原発技術者のアーニー・ガンダーセンは少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2〜5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書) 放出量を算出する際、漏れた放射背物質は圧力抑制室(トーラス)の水で99%を除去できるとされていたようだが、実際はメルトダウンで格納容器は破壊され、圧力は急上昇してトーラスへ噴出した気体と固体の混合物は爆発的なスピードで、水は吹き飛ばされていたと指摘されている。 また、燃料棒を溶かすほどの高温になっていたわけで、当然のことながら水は沸騰していたはずで、放射性物質を除去できるような状態ではなかったとも言われている。そもそも格納容器も破壊されていたようで、環境中へダイレクトに放射性物質は出ていたはず。チェルノブイリ原発事故より放出された放射性物質の量は6倍から10倍に達するとも考えられる。 その後も放射性物質は止まらず、大気や太平洋を汚染しているとしか考えられない。事故当時、イスラエルのマグナBSPがセキュリティ・システムや原子炉を監視する立体映像カメラが原発内に設置されていた。これはエルサレム・ポスト紙やハーレツ紙が伝えている。事故後に残った50名には、事故の約3週間前にイスラエルでシステムに関する訓練を受けた2名も含まれていたという。 そうしたカメラが設置されていたものの、溶融した燃料棒がどのような状態になっているか不明だとされている。原発で爆発があった直後、政府や東電は上空から撮影した映像などから臨界状態になっていることを確認していた可能性が高いのだが、外部へは公表していない。内部の状況が判明しても発表することはないだろう。溶融した燃料棒は格納容器を突き抜けて地中へ潜り込み、それを冷やす形になっている地下水が放射性物質を海へ運んでいるとも考えられる。 2051年までに廃炉させることになっているようだが、東電福島第一原発の小野明所長でさえ、飛躍的な技術の進歩がない限り、不可能かもしれないと認めたという。イギリスのタイムズ紙は廃炉には200年が必要だとしているが、数百年はかかるだろうと推測する人は少なくない。2051年までに廃炉という主張はホラ話、あるいは妄想にすぎない。その間に新たな大地震、台風などによって原発が破壊されてより深刻な事態になることも考えられる。 東電福島第一原発の場合、放出された放射性物質の相当量は太平洋側へ流れたとされているが、それでも日本列島の汚染は深刻。原発の周辺の状況を徳田虎雄の息子で衆議院議員だった徳田毅は2011年4月17日、「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いている: 「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」 12日に爆発したのは1号機で、14日には3号機も爆発している。政府や東電はいずれも水素爆発だとしているが、3号機の場合は1号機と明らかに爆発の様子が違い、別の原因だと考える方が自然。15日には2号機で「異音」、また4号機の建屋で大きな爆発音があったという。 こうした爆発が原因で建屋の外で燃料棒の破片が見つかったと報道されているのだが、2011年7月28日に開かれたNRCの会合で、新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は、発見された破片が炉心にあった燃料棒のものだと推測している。 NRCが会議を行った直後、8月1日に東京電力は1、2号機建屋西側の排気筒下部にある配管の付近で1万ミリシーベルト以上(つまり実際の数値は不明)の放射線量を計測したと発表、2日には1号機建屋2階の空調機室で5000ミリシーベル以上を計測したことを明らかにしている。 また、事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆は、心臓発作で死んだ多くの人を知っていると語っている。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしているのだが、そうした話を報道すしたのは外国のメディアだった。 原発の敷地内で働く労働者の状況も深刻なようで、相当数の死者が出ているという話が医療関係者から出ている。敷地内で容態が悪化した作業員が現れるとすぐに敷地内から連れ出し、原発事故と無関係と言うようだ。高線量の放射性物質を環境中へ放出し続けている福島第一原発で被曝しながら作業する労働者を確保することは容易でなく、ホームレスを拉致同然に連れてきていることも世界の人びとへ伝えられている。だからこそ、作業員の募集に広域暴力団が介在してくるのだ。 福島第一原発が事故を起こす前、通常運転していた時代にも現場の作業は社会的な弱者に押しつけられていた。下請け労働者、生活困窮者、ホームレスといった人びとを危険な作業に就かせるという仕組みは原発の歴史と同じ長さを持っている。その間、放射線が原因だと疑われる病気で死亡したり、癌にかかった労働者は少なくない。 そうした現場へ労働者として入り込んで調べ、その実態を『原発ジプシー』(現代書館、1979年)として明らかにした堀江邦夫、被曝しながら働かされる労働者の写真を約40年にわたって撮り続けている樋口健二といったジャーナリストはいる。が、マスコミは総じて「安全神話」を広めることに熱心で、多くの人は知らんぷりしてきた。 ローリングストーン誌の日本語版で樋口は次のように語っている。「原発には政治屋、官僚、財界、学者、大マスコミが関わってる。それに司法と、人出し業の暴力団も絡んでるんだよ。電力会社は、原発をできればやめたいのよ。危ないし、文句ばっかり言われるし。でもなぜやめられないかといえば、原発を造ってる財閥にとって金のなる木だから。」「東芝はウェスティングハウスを買収、日立はGE、三菱はアレバとくっついて、『国際的に原発をやる』システムを作っちゃったんだ。電力会社からの元請けを三井、三菱、日立、住友と財閥系がやってて、その下には下請け、孫請け、ひ孫請け、人出し業。さらに人出し業が農民、漁民、被差別部落民、元炭坑労働者を含む労働者たちを抱えてる」「原発労働は差別だからね。」 放射能汚染の人体に対する影響が本格的に現れてくるのは被曝から20年から30年後。チェルノブイリ原発事故の場合は2006年から2016年のあたりからだと見られていたが、その前から深刻な報告されている。 ロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループがまとめた報告書『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する重大な影響』によると、1986年から2004年の期間に、事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。癌や先天異常だけでなく、心臓病の急増や免疫力の低下が報告されている。 福島県の調査でも甲状腺癌の発生率が大きく上昇していると言わざるをえない状況。少なからぬ子どもがリンパ節転移などのために甲状腺の手術を受ける事態になっているのだが、原発事故の影響を否定したい人びとは「過剰診療」を主張している。 手術を行っている福島県立医大の鈴木真一教授は「とらなくても良いものはとっていない」と反論しているが、手術しなくても問題ないという「専門家」は、手術しなかった場合の結果に責任を持たなければならない。どのように責任をとるのかを明確にしておく必要がある。 事故直後、福島の沖にいたアメリカ海軍の空母ロナルド・レーガンに乗船していた乗組員にも甲状腺癌、睾丸癌、白血病、脳腫瘍といった症状が出ているようで、放射線の影響が疑われ、アメリカで訴訟になっている。カリフォルニアで先天性甲状腺機能低下症の子どもが増えているとする研究報告もある。 日本の原発問題は核兵器の開発と結びついている。これは情報機関員の間では常識になっているようで、CIAやNSAは監視を続けている。軍も積極的に賛成しているわけではない。CIA、NSA、アメリカ軍などを押さえ込む力のある勢力が日本の核開発に協力しているということだ。 ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、2011年3月11日の時点で日本は約70トンのプルトニウムを蓄積、平和的宇宙探査計画を高性能核兵器運搬手段を開発するための隠れ蓑にしたという。実際、佐藤栄作首相は核兵器の開発に乗り出していたことが判明し、そうした事実をIAEAは見て見ぬ振りをしてきた。 東電福島第一原発が事故を引き起こす3日前、つまり2011年3月8日付けのインディペンデント紙は石原慎太郎のインタビュー記事を掲載、その中で石原は外交力を核兵器と結びつけている。核兵器で威圧することが外交だというのだ。 東京電力は深刻な事故を起こした。環境を汚染し、少なからぬ人の健康を害しただけでなく、殺している可能性が高い。本来なら警察や検察は東電を家宅捜索し、重役など関係者から事情聴取しなければならない。経済産業省も捜査の対象になって当然。損害賠償も当たり前で、被害状況を考えれば倒産だ。そうしたことができなかったということは、日本が法治国家でないことを明確に示している。
2016.03.06
閲覧総数 11146
38

シリアのアレッポで日本人ジャーナリスト、山本美香が戦闘に巻き込まれ、首を撃たれて死亡したというが、実際にどのような状況で殺されたかは、今後の調査を待つべきだろう。 彼女は反政府軍のFSA(自由シリア軍)に同行して取材していたようだ。そのFSAは今回の件に絡んでYouTubeにアップされた映像でも、自分たちを住民の守護神であるかのように宣伝している。が、実態はかなり違うということを、本ブログでは指摘してきた。 シリアを取材する記者の多くはトルコから密輸ルートを使い、シリアへ入国しているようなので、それだけでも危険が伴う。しかもFSAはジャーナリストの死を望んでいる節がうかがえる。アメリカはベトナム戦争以来、自立したメディアを嫌っていることも忘れてはならない。 例えば、イギリスのテレビ局、チャンネル4のケース。チームの中心的な存在だったアレックス・トンプソンによると、彼らは反政府軍の罠にはまり、危うく政府軍から射殺されるところだったという。取材していたチームを反政府軍の兵士は交戦地帯へと導き、政府軍に銃撃させるように仕向けたというのだ。 イギリスやドイツなどの情報機関から政府軍の位置は知らされているはずで、意図的だったとしか考えられない。トンプソンたちは危険を察知して逃げることに成功したが、危うく殺されるところだった。今回のケースを彷彿とさせる。 サウジアラビアなどはシリアの反政府軍を雇うと公言しているが、実際、傭兵やアル・カイダ系の兵士は多いようだ。例えば、反政府軍に拘束されていたフリーランスのフォトジャーナリストによると、連れて行かれたキャンプにシリア人は見当たらず、少なくとも6名はロンドンやバーミンガムの地域で使われている発音をしていて、その中には強いロンドン南部訛りのある人物が含まれていたという。 FBIの元翻訳官で内部告発者として知られているシベル・エドモンズによると、FSAは昨年春、つまり反政府運動の開始とほぼ同じ聞きからトルコにある米空軍インシルリク基地で訓練を受けてきたと言われている。教官はアメリカの情報機関員や特殊部隊員、あるいはイギリスとフランスの特殊部隊員。 一般にFSAはシリア政府軍からの離脱組が参加していると言われているのだが、実態は傭兵やゴロツキの集まりだとする人も少なくない。何らかの形で反政府軍に接触した人は、スンニ派のサラフィ主義者がいると話している。サラフィ主義者はムスリム同胞団と同様、サウジアラビアの支配層と密接な関係にある。 ホウラ地区での住民虐殺を調べた東方カトリックの修道院長によると、虐殺を実行したのはスンニ派のサラフィ主義者や反政府軍に参加している外国人傭兵。アラウィー派やシーア派だけでなく、反政府軍を支持していないと見なされた住民はキリスト教徒であろうと、スンニ派だろうと殺されたという。
2012.08.21
閲覧総数 573
39

COVID-19(新型コロナウイルス)の感染が拡大しはじめたのは中国の武漢だとされている。アメリカではインフルエンザが猛威を振るい、多くの患者が出ていたのだが、その中にCOVID-19の患者が含まれていた可能性があり、実際に何が起こっていたのかは明確でなく、断定できないのだ。 本ブログではすでに紹介したことだが、アメリカ軍が細菌化学兵器を研究開発する拠点にしているフォート・デトリックでは昨年夏、数カ月にわたって施設が閉鎖されたと伝えられている。廃液に絡む安全上の問題が発覚したことが原因のようだが、詳細は不明。その際、何らかの病原体が環境中に出た可能性もある。 そのアメリカから昨年10月に300名以上の軍人が中国の武漢を訪れている。10月18日から27日にかけて国際的な軍人の競技会が開かれ、アメリカも選手団を派遣したのだ。アメリカ人競技者は172名、全体では369名だったという。 アメリカでは中国で患者が確認されたのは12月だとされているが、実際は11月17日頃とも言われている。その後、中国の外へも感染が拡大していくのだが、2月から3月の前半にかけて致死率は季節性のインフルエンザ並みで、大げさに宣伝されているとする専門家の意見が相次ぐ。(例えばココ) そうした流れが急変させたのはWHOが3月11日に出したパンデミック宣言とアメリカ政府が3月13日に発表した国家緊急事態宣言。11日にはNIHの機関であるNIAID(国立アレルギー感染症研究所)のアンソニー・ファウチ所長がCOVID-19の致死率はインフルエンザの10倍と発言。ちなみに、2月の終わりの段階ではCOVID-19の致死率は通常のインフルエンザ並みかもしれないとファウチは他のふたりと共同で書いていた。 ファウチがNIAIDの所長に就任した1984年当時、人びとをHIVが恐怖させていた。HIVで有名になったロバート・ギャロはファウチの部下だ。 HIVの出現は1969年に予告されていたと言われている。伝染病からの感染を防ぐための免疫や治療のプロセスが対応困難な病原体が5年から10年の間、つまり1974年から79年の間に出現すると1969年6月に国防総省国防研究技術局のドナルド・マッカーサー副局長が議会で語っているのだ。HIVの存在が公的に認められたのは1981年のことだ。 このウイルスの発見を巡り、ギャロはパスツール研究所のリュック・モンタニエと対立する。モンタニエは1983年に彼のチームが患者の血液からレトロウイルスを発見、LAVと名付けたのだ。その後、何らかの裏取引があったようだ。 こうした経歴を持つファウチやNIAIDはビル・アンド・メリンダ財団から多額の資金を受け取り、クリントン財団とも関係しているという。COVID-19にはカネの匂いがするのだが、そのCOVID-19を利用して世界を収容所化する動きがあるわけだ。
2020.04.16
閲覧総数 7135
40

チェース銀行は9月18日にマイケル・フリン元国家安全保障補佐官のクレジット・カードを解約すると本人に通告したようだ。同行に対する評判が落ちるリスクがあるからだという。 フリンは陸軍中将で、2012年7月から14年8月にかけてアメリカ軍の情報機関DIAの局長を務めている。フリンがDIA局長に就任した頃、バラク・オバマ政権はシリアで政府軍と戦っていた武装集団への支援を強化していた。 この支援活動は2010年8月にオバマ大統領がPSD-11を出したところから始まる。これはムスリム同胞団を使った政権転覆計画で、後に「アラブの春」と呼ばれるようになる。2010年12月にチュニジアで政権が転覆、11年2月にはリビア、3月にはシリアで侵略戦争が始まる。 2011年10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は崩壊、カダフィ自身は惨殺された。その際、アル・カイダ系のLIFGとNATO軍が連携していたことが判明する。地上ではLIFGが戦い、空からはNATO軍が攻撃していたのだ。地上にはアメリカやイギリスなど侵略黒幕国の情報機関が侵入していた。 カダフィ体制が崩壊した後、戦闘員と武器/兵器はシリアへ運ばれている。その輸送工作で拠点になっていたのがベンガジのアメリカ領事館だった。すでにシリアでもアメリカの手先になっていたアル・カイダ系武装集団が存在していたのだが、そこにリビアからの戦闘員は合流することになる。その集団をオバマは支援していたわけだ。 そうした中、2012年8月にDIAはオバマ大統領に対してシリア情勢に関する報告書を提出した。それによると、シリアで政府軍と戦っている武装勢力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で、戦闘集団の名称としてアル・ヌスラを挙げている。そのアル・ヌスラはAQI、つまりイラクのアル・カイダと実態は同じだともDIAは指摘している。オバマ大統領は「穏健派」を支援していると主張していたが、DIAはその主張を否定したのだ。 また、そうしたオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになるともDIAは警告していた。その警告は2014年に入ってダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)という形で現実になる。そして2014年8月、オバマ政権の内部で孤立していたフリンは解任された。ちなみに、フリンは民主党の支持者だ。 2014年にオバマ政権は世界制覇に向かって足を踏み出している。中東ではダーイッシュを出現させたが、その年の2月にウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させ、9月から12月にかけて香港で「佔領行動(雨傘運動)」を展開して中国を揺さぶっているのだ。この勝負が裏目に出たことは本ブログで繰り返し書いてきた。 その後、オバマ大統領はロシアとの関係を悪化させるため、さまざまな手段を講じ、任期が終わる直前の2016年12月には外交官35名を含むロシア人96名を追放している。 その年の8月、ヒラリー・クリントンに近いマイク・モレル元CIA副長官(2011年7月1日から9月6日、12年11月9日から13年3月8日の期間は長官代理)はチャーリー・ローズのインタビュー番組に出演、そこでロシア人やイラン人に代償を払わせるべきだと語る。司会者からロシア人とイラン人を殺すという意味かと問われると、その通りだと答えたのだ。 実際、2016年11月8日にニューヨークのロシア領事館で副領事の死体が発見され、12月19日にはトルコのアンカラでロシア大使が射殺された。12月20日にはロシア外務省ラテン・アメリカ局の幹部外交官が射殺され、12月29日にはKGB/FSBの元幹部の死体が自動車の中で発見され、17年1月9日にはギリシャのアパートでロシア領事が死亡、1月26日にはインドでロシア大使が心臓発作で死亡、そして2月20日にはロシアの国連大使だったビタリー・チュルキンが心臓発作で急死している。その間、2016年9月6日にはウラジミル・プーチンの運転手が載った自動車へ暴走車が衝突、その運転手は死亡した。2015年11月5日にはロシア系のRTを創設した人物がワシントンDCのホテルで死亡したが、「変死」と表現する人は少なくない。 2016年は大統領選挙の年で、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプが争い、トランプが勝利する。そのトランプに安全保障問題のアドバイスをしていた人物がフリン元DIA局長。トランプが次期大統領に決まった後、フリンはロシアのセルゲイ・キスリャクと会い、オバマ政権がロシアに対して行っている「制裁」を話題にした。オバマの挑発に乗らず、自制して欲しいと伝えたようだ。そのフリンをアメリカの有力メディア、FBI、そしてCIAは激しく攻撃する。フリンはトランプ政権で国家安全保障補佐官に就任するが、2017年2月に解任されてしまう。フリンはヒラリーやオバマの背後にいる私的権力から嫌われているだけでなく、彼らの知られたくない事実を知っている。 クレジット・カードを使えなくしたいほどフリンを嫌っているのだろうが、この決定はアメリカが目指している「新世界」の闇を垣間見せてくれた。「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)」の騒動を利用して「デジタル・パスポート」を全人類に携帯させ、個人の言動を集中管理する計画がある。 通貨が完全にデジタル化されると、カネの出し入れも「デジタル・パスポート」で管理される。私的権力が「好ましくない」と判断した人の銀行口座は凍結される恐れがある。フリンのクレジット・カードのように。
2021.09.01
閲覧総数 5883
41

ウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領はロシアのウラジミル・プーチン大統領に対して交渉の席に着くことを求めている。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は交渉の用意があるとしたものの、武装勢力が武器を置くことを条件にした。 今回の軍事作戦でロシア政府が最も重要視しているのはネオ・ナチの排除だろう。アメリカの支配層は1930年代からナチスをはじめとするファシスト、第2次世界大戦の終盤からはマフィア、1970年代からはイスラム系のカルトとも言うべきワッハーブ派やムスリム同胞団、あるいは麻薬業者や少数民族を手先として利用してきた。 第2次世界大戦後、アメリカはナチスの幹部や協力者の逃亡を助け、保護し、場合によっては利用してきた。保護する傍らでさまざまな訓練を行い、ソ連が消滅した後には出身国、あるいは親の出身国へ送り返してアメリカの工作に使っている。 ウクライナのネオ・ナチはステファン・バンデラの信奉者で、OUN・B(ウクライナ民族主義者機構バンデラ派)の系譜に連なる。この一派はOUNの中でも反ロシア色が濃いグループで、そのリーダーがバンデラだった。 このOUN・Bをイギリスの情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーが雇うが、その一方でドイツが資金を提供、バンデラの側近だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入る。OUN・Bは、いわばMI6とゲシュタポのハイブリッドだ。 1943年の春にOUN・BはUPA(ウクライナ反乱軍)として活動を始め、その年の11月に「反ボルシェビキ戦線」を設立。大戦後の1946年4月に反ボルシェビキ戦線はABN(反ボルシェビキ国家連合)になる。 ABNは中央ヨーロッパをカトリックで支配しようというインターマリウム構想の勢力と連合、バンデラの側近だったヤロスラフ・ステツコが指揮するようになる。1948年にアメリカでは極秘のテロ組織OPCが設立され、アルバニア対する工作を最初に行うが、この極秘組織とステツコたちは連携する。この情報はソ連のスパイだったMI6のキム・フィルビーからソ連側へ伝えられていた。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) 東アジアでは1954年にAPACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)が組織されるが、このAPACLとABNは1966年に合体してWACL(世界反共連盟。1991年にWLFD/世界自由民主主義連盟へ名称変更)になる。この組織がCIAと緊密な関係にあったことは広く知られている。(Scott Anderson & Jon Lee Anderson, “Inside the League”, Dodd, Mead & Company, 1986) ウクライナのネオ・ナチを率いているひとり、「右派セクター」のドミトロ・ヤロシュは昨年11月から参謀長の顧問を務めているが、この人物は2007年頃からNATOの秘密部隊ネットワークに参加していると言われ、西側の有力メディアが売り出している「アゾフ大隊(またはアゾフ連隊)」を率いている人物はヤロシュの部下だ。 現在のウクライナ体制はアメリカを後ろ盾とする暴力的なクーデターにより、選挙で選ばれた政権を倒して築かれた。そのクーデターの主体がネオ・ナチなのだが、それを認める人間はナチズムを支持していることになる。 クーデターの際、キエフで治安部隊だけでなく市民をネオ・ナチが虐殺していたことは本ブログでも繰り返し書いてきた。クーデターで排除されたビクトル・ヤヌコビッチ大統領の支持基盤である東部や南部でも住民が惨殺されている。ドンバス(ドネツクやルガンスク)は東部、クリミアやオデッサは南部にある。ネオ・ナチによるオデッサでの住民虐殺は凄惨なものだが、西側では大きな問題になってこなかった。そうした状況がロシアの軍事作戦で変わる可能性がある。
2022.02.26
閲覧総数 6761
42

2023.01.28
閲覧総数 2322
43

今から40年前、つまり1983年の8月31日から9月1日にかけて大韓航空007便はソ連領へ侵入、重要な軍事基地の上空を飛行した後、サハリン上空でソ連の戦闘機に撃墜されたと言われている。この旅客機はアンカレッジを離陸して間もなく航路を逸脱、NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)が設定したアラスカの「緩衝空域」と「飛行禁止空域」を横切るのだが、その際、NORADは旅客機に対して何も警告していない。担当官が怠慢だったのか、事前に許可をえていたのかいずれかだろう。この出来事はソ連とアメリカとの間で軍事的な緊張が高まっている最中に起こった。 アメリカではジェラルド・フォード政権(1974年8月から77年1月)の時にデタント(緊張緩和)派が粛清され、軍事強硬派がホワイトハウスの実権を握った。その際、台頭してきたのがネオコンだ。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、フォード大統領は日本に対し、日本の核計画に干渉しないと約束していたという。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) フォード政権で行われた粛清の中でも重要なものは国防長官とCIA長官の交代。国防長官はジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドへ、CIA長官はウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへ替わっている。ブッシュはエール大学時代にCIAからリクルートされたと言われているが、父親のプレスコットはウォール街の銀行家だった時代からアレン・ダレスと親しかった。 そのブッシュを含むアメリカの情報機関人脈は1979年7月、エルサレムでイスラエルの情報機関人脈と会議している。主催したジョナサン研究所の創設者であるベンシオン・ネタニヤフはウラジミール・ヤボチンスキーの秘書だった人物で、イスラエルの首相となるベンヤミン・ネタニアフの父親でもある。 アメリカから会議に参加した人物にはブッシュのほか、CIA台湾支局長を経て副長官を務めたレイ・クライン、CIAでソ連脅威論を宣伝していたチームBのリチャード・パイプス、ジャーナリストを名乗るアーノウド・ド・ボルクグラーブやクレア・スターリングなどが含まれる。なお、チームBにはポール・ウォルフォウィッツもいた。会議ではテロの原因をソ連政府の政策、あるいは陰謀だと主張し、ソ連を国際テロリズムの黒幕として非難している。 1981年1月にロナルド・レーガンが大統領になるが、ブッシュはその政権で副大統領に就任。1982年10月にはスウェーデン領海へ国籍不明の潜水艦が侵入、大捕物が展開された。その潜水艦は捕獲されなかったものの、根拠が曖昧なままソ連の潜水艦という印象が広まり、スウェーデンにおける反ソ連感情は劇的に高まる。 1980年までスウェーデンでソ連を脅威だと考える人は国民の5~10%に過ぎなかったが、事件後の83年には40%に跳ね上がり、軍事予算の増額に賛成する国民の比率は70年代の15~20%から事件後には約50%へ跳ね上がっている。(Ola Tunander, “The Secret War Against Sweden”, 2004) 追跡が始まった1週間後にスウェーデンではアメリカの支配層から嫌われていたオルオフ・パルメが首相として返り咲く。1969年から76年にかけてもパルメは首相を務めているが、その時もこの人物はアメリカ支配層にとって頭痛の種だった。潜水艦騒動はそのパルメを抑え込むことになる。なお、パルメは1986年2月28日に暗殺された。 日本では1982年11月に中曽根康弘が内閣総理大臣に就任、翌年の1月に彼はアメリカを訪問、その際に日本を「巨大空母」に例えている。インタビューしたワシントン・ポスト紙によると、中曽根は「日本列島をソ連の爆撃機の侵入を防ぐ巨大な防衛のとりでを備えた不沈空母とすべきだ」と発言、さらに「日本列島にある4つの海峡を全面的かつ完全に支配する」とし、「これによってソ連の潜水艦および海軍艦艇に海峡を通過させない」と語ったのである。 それから間もない1983年4月から5月にかけてアメリカ海軍は千島列島エトロフ島の沖で大規模な艦隊演習「フリーテックス83」を実施する。この演習には3空母、つまりエンタープライズ、ミッドウェー、コーラル・シーを中心とする機動部隊群が参加した。 演習では空母を飛び立った艦載機がエトロフ島に仮想攻撃をしかけ、志発島の上空に侵入して対地攻撃訓練を繰り返したとされている。米ソ両軍は一触即発の状態になったのだが、この演習を日本のマスコミは無視した。(田中賀朗著『大韓航空007便事件の真相』三一書房、1997年) そした中、大韓航空007便はソ連の領空を侵犯、しかも重要な軍事基地の上空を飛行したのだが、NATO軍はその年の11月、ヨーロッパで大規模な演習「エイブル・アーチャー83」を予定していた。これを軍事侵攻のカモフラージュだと判断したソ連政府は核攻撃に備える準備をはじめるように指令を出し、アメリカのソ連大使館では重要文書の焼却が始まったと言われている。 NATOが軍事演習を計画していた1983年11月、レーガン政権は戦術弾道ミサイルのパーシングIIを西ドイツへ配備、作業は85年の終わりまで続く。その一方、アメリカの情報機関人脈はソ連の情報機関KGB(国家保安委員会)の幹部を買収する工作を進めていた。
2023.09.01
閲覧総数 3952
44

パレスチナ人を虐殺、近隣国に対する軍事攻撃を繰り返してきたイスラエルはサウジアラビアと同じように、イギリスの金融資本がシオニストを利用して作り上げた国である。そのイスラエルはシオニストのネオコンと手を組み、世界を世界大戦へと引きずり込もうとしている。 イスラエルは自国を「ユダヤ人の国」だと主張しているが、イスラエルを作り上げたのはイギリスのシティ(金融資本)である。アメリカを支配しているウォール街はシティからスピンオフして出来上がった。現在のイスラエルを支えているのは米英金融資本を中心とする欧米の私的権力にほかならない。 19世紀のイギリスを支配していた私的権力はユーラシア大陸の内陸国を締め上げるため、大陸の周辺を海軍力で支配する戦略を立てた。そのために沿岸国の戦闘員を傭兵化したのだが、その中に明治体制下の日本も含まれる。 シオニズムという用語は1864年、ウィーン生まれのナータン・ビルンバウムによって初めて使われたというが、近代シオニズムの創設者とされているのは1896年に『ユダヤ人国家』という本を出版したセオドール・ヘルツルだ。 ヘルツルが崇拝していたというセシル・ローズは1870年に南アフリカへ移住、ダイヤモンドの取り引きで財をなし、81年にはデ・ビアスを創設した人物。資金はNMロスチャイルド&サンから得ていた。 ローズは優生学を信奉、アングロ・サクソンを最も高貴な人種だと考えていた。彼は1877年6月にフリーメーソンへ入会するが、その直後に書いた『信仰告白』にもその主張が記されている。最も優秀な人種であるアングロ・サクソンの居住地が広がれば広がるほど人類にとって良いことで、領土を拡大して大英帝国を繁栄させることは自分たちの義務だというのだ。(Cecil Rhodes, “Confession of Faith,” 1877) ローズは1890年にロンドンでナサニエル・ド・ロスチャイルド、ウィリアム・ステッド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、アルフレッド・ミルナー(ミルナー卿)、ロバート・ガスコン-セシル(サリスバリー卿)、アーチボルド・プリムローズ(ローズベリー卿)たちへ自分のアイデアを説明、1891年2月に「選民秘密協会」を創設したと言われている。(Gerry Docherty & Jim Macgregor, “Hidden History,” Mainstream Publishing, 2013) ステッドによるとローズはチャールズ・ダーウィンの信奉者で、トーマス・マルサスの『人口論』から影響を受けたという。(Edited by W. T. Stead, “The Last Will And Testament Of Cecil J. Rhodes,” “Review Of Reviews” Office, 1902)そのマルサスによると、人口の増加は等比級数的である一方、食糧の増加は等差級数的なため、その不均衡が飢饉、貧困、悪徳の原因になる。そこで人口を削減する必要が生じる。 ダーウィンの従兄弟にあたるフランシス・ゴールトンは優生学の創始者だが、その優生学は人口論と結びつく。人口の爆発的増加を防ぐために「劣等」な人間を削減の対象にしようというわけだ。ハーバート・スペンサーもダーウィンの仮説を社会へ持ち込んだ人物である。 ライオネル・ド・ロスチャイルドと親しく、ロシア嫌いのユダヤ人支持者だったベンジャミン・ディズレーリは首相時代の1875年、スエズ運河運河を買収している。その際、資金を提供したのは友人のライオネル・ド・ロスチャイルドだった。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ディズレーリの一族はポルトガル系のコンベルソ、つまり迫害を逃れるためにキリスト教へ改宗していた。彼はベニスへ移住した際にユダヤ教へ戻るが、1748年に祖父がロンドンへ移り住んだ後、父親のイサクがキリスト教へ改宗し、その際にベンジャミンも洗礼を受けている。ベンジャミンはシオニズムをイギリス帝国主義の道具と位置付けていた。 イギリスでは16世紀に自分たちを「失われた十支族」の末裔だと信じる人が現れた。そのひとりがスチュワート朝のジェームズ6世で、自分はイスラエルの王だと信じていたという。そのジェームズ6世の息子であるチャールズ1世は「ピューリタン革命(17世紀半ば)」で処刑されたが、その「革命」で重要な役割を果たした人物がカルバン派のオリバー・クロムウェル。 彼の私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考え、彼は1649年に作成されたパンフレット『王国の権利』の中でイギリス人はイスラエルの失われた部族のひとつであり、ユダヤ人と同族であると主張、イギリス・イスラエル主義の始まりを告げている。 ちなみに、旧約聖書の記述によると、イスラエル民族の始祖はヤコブだとされている。彼には12人の息子があり、それぞれ支族を形成、そのうちユダ族とベニヤミン族の後裔とされる人びとが「ユダヤ人」と呼ばれているのだ。残りは行方不明で、旧約聖書を信じる人びとから「失われた十支族」と呼ばれているのだが、それは神話だ。 クロムウェルの聖書解釈によると、世界に散ったユダヤ人はパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建することになっていた。この解釈に基づいて彼は政権を樹立し、1656年のユダヤ人のイングランド定住禁止令を解除、パレスチナにイスラエル国家を建国することを宣言したのだが、その後、ピューリタン体制は倒されてシオニズムは放棄される。 クロムウェルを支持する人びとの一部はアメリカへ亡命、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンらはその後継者だと主張したというが、19世紀の終わり近くまでユダヤ人でシオニズムを支持していたのはエリートだけで、大多数のユダヤ教徒はシオニズムを非難していたとされている。アメリカではウィリアム・ブラックストーンなる人物が1891年にユダヤ人をパレスチナに送り出そうという運動を展開し、ベンジャミン・ハリソン米大統領に働きかけていた。 シオニズムはアングロ・サクソンのプロジェクトである。その目的はユダヤ人をアングロ・サクソンと結びつけ、米英金融資本の帝国主義を勝利させることにあるとも言われている。イスラエルとユダヤ人を一体化させて考えるべきではない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.08.06
閲覧総数 2482
45

韓国の尹錫悦大統領は12月3日にソウルの大統領室庁舎で緊急談話を発表、朝鮮に追従する「従北勢力を撲滅し、自由憲政秩序を守るため非常戒厳を宣布する」と宣言、朴安洙陸軍参謀総長を戒厳司令官に任命。その戒厳司令官は国会、地方議会、政党の活動、そして政治的結社、集会、デモなど一切の政治活動を禁じ、すべてのメディアと出版は戒厳司令部によって統制されると発表している。 しかし、この戒厳令宣言に反対する人びとが抗議活動を開始、宣言から数時間後に議会は議員300人のうち190名が出席して戒厳令を撤回させる動議を全会一致で可決した。その際、体当たりで議場へ入ろうとした兵士を阻止した人もいたという。 その議決を受けて議会の禹元植議長は戒厳令宣言の無効を宣言、与党「国民の力」の韓東勲代表も「戒厳令に基づき軍と警察が公権力を行使することは違法」と発言している。禹議長が撤退を要請した後、軍と警察のメンバーが議会の敷地から立ち去る様子が見られた。 尹錫悦大統領は検事時代の2016年、大統領だった朴槿恵を巻き込む崔順実スキャンダルの捜査を指揮、朴大統領弾劾につながったが、アメリカは朴槿恵を嫌っていた。彼女は中国との関係を重要視、弾道ミサイル迎撃システムのTHAAD(終末高高度防衛)を配備することに難色を示していたからだ。THAADはPatriotと同じで有効性に問題があるのだが、そうしたシステムの配備は戦争の準備と理解される。 アメリカはTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの機器を強引に韓国へ持ち込んだのは、尹錫悦が朴槿恵政権を麻痺させていた最中の2017年4月。その功績のためなのか、尹錫悦は2017年5月から19年7月までソウル中央地方検察庁検事長に選ばれる。 ソウル中央地検の検事正になった尹錫悦は李明博元大統領や梁承泰元最高裁長官を含む保守派の主要人物を逮捕、文大統領の信頼を得て検事総長に就任する。その後、尹はアメリカから嫌われていた文在寅政権を攻撃し、文大統領に近く、次期大統領候補と目されていた曺国法務部長官を起訴、曺を辞任に追い込んだ。 この過程で「正義の人」というイメージができた尹錫悦は2022年5月に大統領となり、彼の指揮で検察は民主党の李在明党首を収賄容疑で捜査しはじめた。 アメリカ政府の好戦的な政策に従って彼は中国やロシアとの関係を悪化させていくのだが、必然的に韓国経済は悪化。その結果、国民の支持率は20%を切ったと言われている。戒厳令が宣言される前の週に韓国では10万人の市民が街頭で抗議活動を展開、尹大統領の辞任を要求していた。 それだけでなく、尹錫悦は妻の金建希が引き起こしたスキャンダルでも苦しんでいる。税金を払わず賄賂を受け取ったと言われ、輸入車販売会社ドイッチェ・モーターズの株価を操作した疑惑で捜査対象だ。さらに論文の盗作も指摘されている。 国民から見放された尹錫悦を支えてきたのはアメリカの好戦派にほかならない。彼らはすでに日本で対中国戦争の準備を進めているが、その一環として自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させている。その間、韓国へTHAADを持ち込んだわけだ。 南西諸島にミサイル発射基地が建設されつつあった2017年11月、アメリカはオーストラリア、インド、日本とクワドの復活を協議、18年5月にはアメリカ太平洋軍をインド太平洋軍へ名称変更した。インド洋と太平洋を一体のものとして扱うということだろう。 2020年6月にNATO(北大西洋条約機構)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長はオーストラリア、ニュージーランド、韓国、日本をメンバーにするプロジェクト「NATO2030」を開始すると宣言。2021年9月にはアメリカ、イギリス、オーストラリアのアングロ・サクソン3カ国が太平洋でAUKUSなる軍事同盟を創設したとする発表があった。 アメリカとイギリスはオーストラリアに原子力潜水艦の艦隊を建造させるために必要な技術を提供するとも伝えられたが、そうした潜水艦を動かすためにはアメリカの軍人が乗り込む必要があり、事実上、アメリカ海軍の潜水艦になる。その原子力潜水艦を受け入れる可能性があると山上信吾オーストラリア駐在大使はキャンベラのナショナル・プレス・クラブで2022年11月14日に表明した。 ジョー・バイデンが大統領に就任した翌年、2022年の4月にアメリカ国防総省系シンクタンク「RANDコーポレーション」は南西諸島におけるミサイル基地建設について説明している。 RANDによると、計画はGBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲するというもの。その年の9月にはオーストラリア、イギリス、アメリカがなる軍事同盟を発足させると発表され、2022年12月にアメリカではNDAA2023(2023年度国防権限法)が成立、アメリカの軍事顧問団が金門諸島と澎湖諸島に駐留し、台湾の特殊部隊を訓練していると伝えられている。 当初、アメリカ側は日本の立場を配慮していた。専守防衛の建前と憲法第9条の制約があるため、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたのだ。が、その後、そうした日本の憲法に対する配慮はなくなった。 与那国島にミサイル発射施設を建設する前年、2015年の6月、総理大臣だった故安倍晋三は赤坂の「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップによる懇親会で、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの」と口にしたと報道されている。安倍首相は南シナ海における中国との軍事衝突を見通していた。 岸田文雄政権は2022年12月16日に「国家安全保障戦略(NSS)」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」の軍事関連3文書を閣議決定、2023年度から5年間の軍事費を現行計画の1.5倍以上にあたる43兆円に増額して「敵基地攻撃能力」を保有することを明らかにしている。 2022年10月には、「日本政府が、米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の購入を米政府に打診している」とする報道があった。亜音速で飛行する巡航ミサイルを日本政府は購入する意向で、アメリカ政府も応じる姿勢を示しているというのだ。 こうした動きに対し、ロシア国家安全保障会議の議長を務めていたニコライ・パトロシェフは2021年9月、AUKUSは中国やロシアを仮想敵とする「アジアのNATO」だと指摘、ロシアは朝鮮との関係を急ピッチで強化している。尹錫悦はアメリカの意向に沿って朝鮮半島の軍事的な緊張を高めたのだ。脅しのつもりかもしれないが、戦争が現実味を帯びてきた。 日本から台湾にかけては米英両国にとって中国侵略の拠点であり、朝鮮半島は橋頭堡にほかならない。日本には自衛隊というアメリカ軍の補完部隊が存在、韓国には現役の軍人が50万人、そして予備役が310万人いる。その韓国を動かすためにアメリカは尹錫悦を大統領に据え、日米韓の「三国同盟」を推進しようとしたのだろう。 その尹は徴兵忌避者であり、政治家として致命的な過去だ。それにもかかわらず彼が大統領になれたのは、強力な勢力が後ろ盾になっているからだと信じられている。その尹政権が揺らいでいる。韓国の現政権が倒れることはジョー・バイデン政権を支えてきたネオコンにとって大きなダメージであり、シリアやジョージアと同じようにクーデターを使っても不思議ではない。ただ、韓国の場合は親米(従米)体制を続けるためだ。 ちなみに、現駐韓米大使のフィリップ・ゴールドバーグは2006年10月からボリビア駐在大使を務めていたが、ボリビアのエボ・モラレス大統領は2008年9月、クーデターを支援したとしてゴールドバーグを追放した。また2013年12月から16年10月にかけてフィリピン駐在大使を務めていた際、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領からCIAがドゥテルテの追放、あるいは暗殺を企てていると非難されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2024.12.05
閲覧総数 3624
46

HTS(ハヤト・タハリール・アル・シャム)やRCA(革命コマンド軍)が昨年12月8日にダマスカスを制圧、アーメド・フセイン・アル-シャラー(アブ・モハメド・アル-ジュラニ)が暫定大統領を務める新政権が誕生したが、それ以来、アラウィー派やキリスト教徒を中心にして住民が虐殺された。アラフィー派だけでも3月に入ってから4000名以上が殺害されたと言われている。そのHTSをクウェートとバーレーンは支持すると表明した。HTSが実権を握って以来、身の危険を感じたアラウィー派やシーア派の人びとはレバノンへ逃げ、数千人の住民がロシア軍の基地へ避難したという。 アラウィー派はシリア人口の約1割を占め、北西部に集中。ダマスカス以外ではトルコ軍やイスラエル軍による攻撃にさらされ、ジハード戦闘員とアラフィ派民兵の軍事衝突も報告されている。地域によってはHTSの部隊が男性を一斉に拘束、路上で射殺し、家や商店で略奪、また放火しているとする報告もある。殺害された民間人の大半は成人男性とされているが、女性や子どもが処刑されたことも確認されている。こうした状況を「水晶の夜」と表現する人もいる。 民間人を虐殺している戦闘員のほとんどはHTSの外国人傭兵。その中心はウイグル人、チェチェン人、ウズベク人で、シリア人は少ないとされている。新疆ウイグルからシリアへ来ている戦闘員は殺害の際に首を切り落とすことで知られている。 HTSはアル・カイダ系戦闘グループのアル・ヌスラ戦線を改名した組織で、アル・ヌスラはシリアで活動を始める前、AQI(イラクのアル・カイダ)」と呼ばれていた。アル-シャラーもAQIに参加したが、2006年から11年にかけてアメリカ軍にイラクで拘束され、12年に釈放されている。 アル・カイダはCIAがアフガニスタンでソ連軍と戦わせるために訓練した戦闘員の登録リスト。イギリスの外務大臣を1997年5月から2001年6月まで務めたロビン・クックも05年7月、「アル・カイダ」についてCIAの訓練を受けた「ムジャヒディン」の登録リストだと説明している。なお、この指摘をした翌月、2005年8月6日にクックは休暇先のスコットランドで散歩中に心臓発作で急死した。HTSやRCAもこうしたジハード戦闘員で構成されている。 シリアでの戦闘は2011年3月に始まった。バラク・オバマ米大統領が2010年8月にPSD-11を承認、ムスリム同胞団を利用した体制転覆プロジェクトを地中海の南部や東部の沿岸で開始、シリアでの戦闘もその一環だった。 プロジェクトはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアのほか、サイクス・ピコ協定コンビのイギリスやフランス、ムスリム同胞団と関係が深いカタールやトルコが加わり、戦場で戦うのはムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)のジハード傭兵を中心とするアル・カイダ系武装集団。 シリアより1カ月早く戦闘が始まったリビアでは2011年11月にムアンマル・アル・カダフィ体制を倒し、カダフィ自身を惨殺した。その際にNATO軍とアル・カイダ系武装集団LIFG(リビア・イスラム戦闘団)との連携が明白になっているが、その前、2011年5月に「アル・カイダ」のアイコン的な存在だったオサマ・ビン・ラディンの殺害をオバマ政権が発表している。 カダフィ体制を崩壊させた後、アメリカは軍事支援をシリアの反政府軍へ集中させるが、そうしたオバマ政権の方針を危険だとする報告書をアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)は2012年にホワイトハウスへ提出する。反シリア政府軍の主力はAQIであり、その集団の中心はサラフィ主義者やムスリム同胞団だと指摘、さらにオバマ政権の政策はシリアの東部(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配地域を作ることになると警告したのだ。その時にDIAを率いていた軍人がマイケル・フリン中将にほかならない。 この警告通り、2014年には新たな武装集団ダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国などとも表記)が登場する。この武装集団はこの年の1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にはモスルを制圧。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック、ハイラックスを連ねてパレードし、その後、残虐さをアピールする。 ダーイッシュの戦闘員はトルコ、ヨルダン、リビアの軍事基地でアメリカの特殊部隊やCIA、そしてイスラエルのモサドから訓練を受けたと中東では伝えられていた。2011年7月から14年7月までトルコ駐在アメリカ大使を務めていたフランシス・リチャールドーネがダーイッシュの軍事作戦を調整していたとされている。(F. William Engdahl, “Whom The Gods Would Destroy,” mine.Books, 2016) 2012年6月、シリアへ入って戦乱の実態を調査したメルキト・ギリシャ典礼カトリック教会のフィリップ・トゥルニョル・クロス大主教はローマ教皇庁のフィデス通信に対し、「誰もが真実を語ればシリアの平和は守られる。紛争の1年後、現地の現実は、西側メディアの偽情報が押し付けるイメージとはかけ離れている」と報告している。それ以降、現在に至るまで西側の有力メディアは真実を語ろうとしていない。**********************************************【Sakurai’s Substack】
2025.03.16
閲覧総数 1641
47

アメリカはウクライナでの戦争でロシアに敗北、イランとの戦争でも劣勢にある。その結果、科学技術や軍事力の分野でアメリカが世界を圧倒しているという幻影は消え始めた。アメリカに服従、その威を借りて傍若無人な振舞いを続けてきた人びとの心中穏やかでないだろう。そうした人びとは必死に「アメリカが勝っている」と主張している。 しかし、アメリカがウクライナでもイランでも窮地に陥っていることは明確。イランとの戦争でドナルド・トランプ大統領はパキスタンを代理人としてイラン政府に停戦交渉を持ちかけ、合意したと伝えられたのだが、数時間で破綻したようだ。 イランはアメリカに対し、10項目の要求を提示していた。ホルムズ海峡の通行をイランが管理、イランの同盟勢力に対する軍事行動の停止、西アジア地域からアメリカ軍の撤退、イランの役割を明記したホルムズ海峡における安全保障協定の策定、イランが被った損害に対する全額補償、すべての制裁および国際決議の撤廃、凍結されたイラン資産の返還を要求、そしてこれらの条件を拘束力のある国連安全保障理事会決議として正式に承認することも求めている。 イラン当局者によると、アメリカはこうした原則を受け入れたというが、それが事実ならアメリカは降伏したということになる。つまりアメリカはイランの要求を受け入れない。イスラエルはレバノンの中部と南部を爆撃、住民虐殺を続けている。アメリカとイランの間で合意されたとされる停戦が破綻することは必然だった。 アメリカの外交や軍事をコントロールしてきたネオコンは1991年12月にソ連が消滅するとアメリカが唯一の超大国になったと認識、他国に気兼ねすることなく世界侵略を始められると考えた。そこで1992年2月、ジョージ・H・W・ブッシュ政権で国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になり、ONAで室長を務めていたアンドリュー・マーシャルの考え方に従い、DPG(国防計画指針)草案として世界制覇プランが作成された。 この文書は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になって作成されたことから「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。新たなライバルの出現を防ぐことが最優先事項で、ドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げるということも謳われている。 それに対し、1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗するものの、94年4月に崩壊。1994年6月から自民党、社会党、さきがけの連立政権で戦ったが、押し切られている。 日本側の動きをネオコンのマイケル・グリーンとパトリック・クローニンはカート・キャンベル国防次官補(当時)に報告、1995年2月になると、ジョセイフ・ナイは「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令した。そのレポートには10万人規模の駐留アメリカ軍を維持し、在日米軍基地の機能を強化、その使用制限は緩和/撤廃されることが謳われている。 沖縄ではこの報告に対する人びとの怒りのエネルギーが高まるが、そうした中、3人のアメリカ兵による少女レイプ事件が引き起こされ、怒りは爆発する。日米政府はこの怒りを鎮めようと必死になったようだ。 こうした中、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された(地下鉄サリン事件)。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃された。1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載された。この1995年以降、日本はアメリカの戦争マシーンへ組み込まれた。 その翌年、1996年にネオコンのリチャード・パール率いる研究グループは『完全な決別:国家安全保障のための新戦略』なるネタニヤフ宛ての文書を発表している。 その中でネオコンは労働シオニズムを批判して和平プロセスを否定。そしてイスラエルが北部国境沿いの戦略的主導権を握り、レバノンにおける侵略の主役であるヒズボラ、そしてシリアやイランと交戦し、イラクのサダム・フセイン体制を倒すことを望み、トルコやヨルダンと協力してシリアを弱体化、封じ込め、さらには後退させることで戦略環境を整えることができるとしていた。「誇り高く、豊かで、堅固で、強いイスラエルは、真に新しい平和な中東の基盤となる」とネオコンは考えている。西アジア全域をイスラエルが支配するということだろう。 ネオコンはウクライナでビクトル・ヤヌコビッチが大統領に就任することを阻止するため、2004から05年にかけて「オレンジ革命」を仕掛け、ビクトル・ユシチェンコを大統領に据えるのだが、彼の新自由主義的な政策は国民の大半を貧困化、人気は急速に低下した。 そのため2010年の大統領選挙ではヤヌコビッチが勝利、その政権を倒すため、バラク・オバマ政権は2013年11月から14年2月にかけてキエフのユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)でクーデターを開始、ヤヌコビッチは排除された。 2022年に入るとキエフのクーデター軍は東部ドンバスに対する砲撃を激化させ、開戦は不可避だと考える人が少なくなかった。そして2月にロシア軍が機先を制す。ウクライナをミサイルなどで攻撃しはじめたのだ。当時、投入されたロシア軍の戦力はウクライナ軍の数分の1だったとされている。 キエフ政権はすぐにロシア政府と停戦交渉を開始するが、ウクライナの治安機関SBU(ウクライナ保安庁)はその交渉を潰しにかかる。交渉を仲介していたひとりのナフタリ・ベネットは当時、イスラエル首相。彼によると、2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。SBUはその3月5日、キエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。 2022年4月9日にはイギリスの首相だったボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込んでゼレンスキー大統領に対し、戦争継続を命令(ココやココ)、4月30日にはアメリカ下院のナンシー・ペロシ議長が下院議員団を率いてウクライナを訪問、ウクライナへの「支援継続」を誓い、戦争の継続を求めた。またペロシは同年8月2日、台湾を訪問して中国を挑発し、後にイスラエルによるガザでの虐殺に抗議する人びとを批判している。アメリカの政治家は民主党も共和党も大半がイスラエル・ロビーに支配され、血に飢えている。人びとを虐殺し、世界経済を破壊しようとしているのだ。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.10
閲覧総数 2096
48

イスラマバードでアメリカとイランの政府代表が協議するというが、イラン側は一貫して10項目の要求をアメリカやイスラエルに突きつけている。その中にはイランを侵略しないこと、今後もイランがホルムズ海峡の管理を続けること、ウラン濃縮を容認すること、全ての制裁を解除すること、イランへ賠償金を支払うこと、アメリカ軍の戦闘部隊が西アジアから撤退すること、イスラエルやアメリカはレバノンを含む西アジア地域での戦争を停止することが含まれている。 こうした項目をイスラエルやアメリカが呑むとは思えず、したがって戦争が終結するとも思えない。イランには米英金融資本の影響下にある富豪が存在しているが、革命防衛隊(IRGC)には約束を守らないアメリカやイスラエルとの交渉を拒否する人も少なくないようだ。アメリカが求めている停戦は、おそらく、例によってイランを攻撃する態勢を整えるための時間稼ぎだろう。ウクライナでもロシア政府を騙し、8年かけてキエフのクーデター政権を増強している。 戦闘でアメリカやイスラエルを圧倒しているイランやその同盟組織はこのまま進めれば良いのだろうが、追い詰められているアメリカやイスラエルは違う。ドナルド・トランプ米大統領は「今夜ひとつの文明が滅び、二度と復活することはないだろう」と宣言したが、これは核兵器の使用を意味していたと推測した人も少なくない。アメリカ軍の将校がそれを拒否したのかもしれない。 アメリカ政府は自分たちが望みを実現するため、核兵器を利用してきた。例えばドワイト・アイゼンハワーは大統領に就任してまもない時期にハリー・トルーマン政権が始めた朝鮮戦争を休戦させようと考え、中国に対して休戦に応じなければ核兵器を使うと脅したとされている。休戦は同年7月に実現した。(Daniel Ellsberg, “The Doomsday Machine,” Bloomsbury, 2017) アイゼンハワー政権で副大統領を務めていたリチャード・ニクソンはベトナム戦争から抜け出すため、アイゼンハワーを真似している。カンボジアに対する秘密爆撃を実行しながら核兵器で北ベトナムを恫喝したのだ。(前掲書) 1973年10月、エジプトのアンワール・サダト大統領は同国とシリアの領土を支配していたイスラエル軍に対して奇襲攻撃を仕掛けた。サダトの背後にはヘンリー・キッシンジャーがいて、1972年7月にはソ連の軍事顧問団をエジプトから追い出していた。キッシンジャーはそのサダトをアラブ世界の英雄に仕立て上げようと考えたという。 戦争は当初、キッシンジャーの思惑通り、エジプト側が優勢なまま進むが、ジェームズ・シュレシンジャー国防長官やトーマス・モーラー統合参謀本部議長などはこうした展開を懸念、統合参謀本部ではイスラエルを助ける方法を探りはじめる。 そうした動きをキッシンジャーは阻止、イスラエルのゴルダ・メイア首相がリチャード・ニクソン大統領と会うことも妨害したという。後にネオコンの中心的な存在になるリチャード・パールやポール・ウォルフォウィッツはこの時のキッシンジャーの動きに激怒している。(Len Colodny & Tom Shachtman, “The Forty Years War,” Harper, 2009) イスラエルの敗北が濃厚になるとメイア首相の執務室では核兵器の使用について議論があり、その際、モシェ・ダヤン国防相は核兵器を選択肢として見せる準備をするべきだと発言したという。ソ連の情報機関は早い段階からイスラエルが核弾頭を使う準備をしている疑いを抱き、その情報をエジプトのモハメッド・アブデル・ガーニー・エル・ガマシ参謀長に伝え、さらにアメリカ政府へもイスラエルが核兵器を使う準備をしていると警告していた。(William Colby, “Honorable Men”, Simon & Schuster, 1978) 結局、この時はイスラエルの機動部隊がスエズ運河を越えてエジプト軍の背後へ回り込み、エジプト陸軍の第3軍が窮地に陥り、戦況は逆転したとされている。今回はイスラエル軍に代わってアメリカ軍がイランを壊滅させようとしたのだが、失敗した。アメリカ政府は自分たちの戦力とイランの戦力を見誤り、無謀な戦争を始めてしまった。 1991年12月にソ連が消滅した時、アメリカにおいて軍事や外交をコントロールしていたネオコンはアメリカが唯一の超大国になり、他国に気兼ねすることなく、好き勝手に行動できる時代がきたと思った。そうした気持ちを具体的なプランにした文書が1992年2月にアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案として作成された世界制覇計画にほかならない。 当時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー、そして作成の中心は国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツ。そのため、この指針は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。 今のところ、トランプ政権はこのドクトリンを放棄していないが、その背後には19世紀から続くアングロ・サクソンの世界征服プロジェクトが存在している。そのプロジェクトを始動させたのは反ロシアで有名なイギリスの政治家、ヘンリー・ジョン・テンプル(別名パーマストン子爵)だろう。 彼は戦時大臣、外務大臣、内務大臣を歴任した後、1855年2月から58年2月まで、そして59年6月から65年10月まで首相を務めている。ビクトリア女王にアヘン戦争を指示したのもパーマストン卿。この時期にシオニズムと帝国主義が一体化した。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設。その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査している。 イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。 ディズレーリが書いた小説『コニングスビー』の中に、次のようなことが書いてある:「(ジョン・)ハムデン(オリバー・クロムウェルの従兄弟)による最初の運動から1688年の最後の最も成功した運動(名誉革命)に至るまで、イングランドにおけるホイッグ党指導者たちの最大の目的はベネツィア共和国をモデルとした高貴な貴族制の共和国をイングランドに樹立することであり、当時のあらゆる思索的な政治家がそれを研究し称賛することだった。」**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.11
閲覧総数 1700
49

イスラエルは単独でイランと戦う能力はなく、アメリカを利用しようとしているのだが、そのアメリカにもイランに勝つ戦力はないことが実際の戦闘で明らかになった。 アメリカとイスラエルはイスラマバードでイランと戦争を終結するために協議するというが、イランはアメリカとイスラエルを信じていないはず。ミサイルやドローンが枯渇しているアメリカとイスラエルは停戦期間中に兵器を補充、兵員を次の作戦に向けて配置しているだろうが、イランも兵器を補充している可能性が高い。 アメリカの軍事や外交をコントロールしてきたネオコンは1991年12月にソ連が消滅した時点でアメリカが唯一の超大国になり、他国に気兼ねすることなく、好き勝手に行動できる時代がきたと思った。1992年2月にアメリカ国防総省のDPG(国防計画指針)草案として作成された世界制覇計画はそうした認識に基づいている。 ネオコンやイスラエルはイランを奇襲攻撃で簡単に潰せると考えていたのだろうが、そうした展開にはならなかった。ネオコンは対ロシア戦争を睨み、ウクライナでクーデターを実行したが、ロシア文化圏の東部や南部では反クーデター派の住民が立ち上がり、南部のクリミアはロシアと一体化、東部のドンバスでは武装抵抗が始まった。現在、ウクライナ軍は壊滅状態で、NATO諸国は情報機関員や特殊部隊員だけでなく通常の兵士も送り込んでいるようだが、ロシアの勝利は決定的。アメリカがウクライナから離れようとしているのは、そのためだろう。 イランに対する戦争やウクライナでのクーデター、そして東アジアでの軍事的緊張の高まりは19世紀から続くアングロ・サクソンの長期戦略の結果。ユーラシア大陸の周辺部を海軍力で支配、内陸部を締め上げるという長期戦略をまとめた人物がハルフォード・マッキンダーという学者だが、ジョージ・ケナンの「封じ込め政策」やズビグネフ・ブレジンスキーの「グランド・チェスボード」もマッキンダーの理論がベースになっている。日本は中国を侵略するための兵員供給地であり、兵站の拠点。イギリスの私的権力は明治維新を仕掛け、天皇を中心とするカルト体制を築き、明治体制の軍事力を強化したが、その理由はそこにある。ロシアの逆サイドでイギリスに利用された国がドイツだ。イギリスが絶対に阻止しなければならなかったのは、ドイツと日本がロシア/ソ連と手を組むこと、そしてロシア/ソ連と中国が同盟を結ぶことだろう。 スエズ運河がなければユーラシア大陸を包囲することができない。イギリスの首相を務めたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収したが、その買収資金を提供したのは彼の友人だったライオネル・ド・ロスチャイルドだ。(Laurent Guyenot, “From Yahweh To Zion,” Sifting and Winnowing, 2018) ディズレーリが1881年4月に死亡した後、エドモンド・ジェームズ・ド・ロスチャイルドがテル・アビブを中心にパレスチナの土地を買い上げ、ユダヤ人入植者へ資金を提供しはじめ、1917年11月にアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出した書簡はパレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われている。 この「ユダヤ人の国」はスエズ運河を管理する上で重要な位置にイギリスが作ったのだ。その隣にあるサウジアラビアもイギリスが作った国である。シオニストの一部はナイル川からユーフラテス川に至る大イスラエルを創設しようとしているが、その目的もアングロ・サクソンの世界征服戦略の一環だ。アメリカやオーストラリアと同じように、先住民を殲滅して全く新しい国を築こうとしている。 イギリスは1920年から1948年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強める。 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。イギリスは帝国主義国の実態を隠しながら西アジアを支配するために「ユダヤ人の国」を建国したわけであり、その国を利用して世界を支配する仕組みを築いてきた勢力も存在する。その仕組みを批判する人びとは「反ユダヤ主義者」だと非難される。 こうしたアングロ・サクソンの戦略に対抗し、内陸部の国々は鉄道を建設してきた。シベリア横断鉄道もそのひとつであり、中国が進めているBRI(一帯一路)の目的も同じだ。ウクライナでクーデターが引き起こされ、香港で反中国政府の佔領行動(雨傘運動)が実行された2014年以降、ロシアと中国は急接近したが、両国を結びつける仕掛けのひとつが天然ガスのパイプラインだ。だからこそ、米英はBRIやパイプラインを戦乱で破壊しようとしている。**************************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.12
閲覧総数 1911
50

アメリカとイスラエルがイランに対して始めた戦争で負けていることは明らかであり、地上戦を始めると言いながらこれまで実行していないのはアメリカにとって大惨事になることをドナルド・トランプ大統領も理解していたからだろう。 イスラマバードで開かれたアメリカとイランの協議で合意に達するためにはアメリカ政府が敗北を認めるしかなかったが、トランプ大統領がそうしたことをするはずはなく、イスラマバードの協議で合意に達することができるとアメリカ政府はは考えていなかっただろう。例によって時間稼ぎだった可能性が高い。 結局、協議は決裂、ホルムズ海峡のイラン政府による航行規制は継続することになったが、それに対してトランプ大統領はアメリカ海軍がホルムズ海峡の封鎖を開始、イランの港湾へ向かう、またはイランの港湾から出港する船舶を制限すると発表した。ホルムズ海峡の航行規制はアメリカが主導権を握っているというイメージを広めたいのかもしれないが、イランに対する脅迫にはならない。 アメリカ海軍が西アジアへ派遣していた空母ジェラルド・R・フォードは船内で大規模な火災が発生したとして離脱、修理に1年以上かかるようだ。空母エイブラハム・リンカーンは3月にイラン南部沿岸から約340キロメートルの地点まで接近したが、イラン軍のミサイルとドローンによる攻撃を受け、イラン沿岸から約1100キロメートルの地点まで離れざるをえなくなった。この状態でホルムズ海峡の航行を規制することは困難だと見られている。今後、ペルシャ湾から出航するタンカーにはMANPADS(携帯型地対空ミサイル)で武装した警備チームが乗船するかもしれない。アメリカ海軍がホルムズ海峡の封鎖を開始するという宣言は最初から破綻していると言えるだろう。 現在、トランプ大統領はイランを征服、あるいは破壊しようとしているが、これは彼が始めたことではない。本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)の最高司令官を務めた経験のあるウェズリー・クラークによると、2001年9月11日の攻撃から10日ほど後、彼は統合参謀本部で攻撃予定国のリストを見たと語っている。そのリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが記載されていた。(ココやココ) その予定通りにアメリカは侵略戦争を実行してきたと言えるが、ネオコンは1980年代にイラクのサダム・フセイン政権を倒して親イスラエル体制を築いてイランとシリアを分断、その3カ国をイスラエルの支配下に置こうとしていた。サウジアラビアやペルシャ湾岸の産油国はイスラエルと同じようにイギリスが作り上げた国であり、親イスラエルだ。 そのイスラエルでリクードが台頭したのは1970年代。その背後にはキリスト教シオニストがいた。その時期にリチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件で失脚、ジェラルド・フォードが大統領に就任したが、その政権でネオコンは台頭した。 そのネオコンの思想的な支柱と言われているレオ・ストラウスはウラジミール・ジャボチンスキーの「修正主義シオニスト世界連合」に傾倒していた人物で、シカゴ大学の教授を務めている。ジャボチンスキーの系譜に属すベンヤミン・ネタニヤフがイスラエルで実権を握った背後にはストラウスを信奉するひとり、エリオット・エイブラムスがいた。 イスラエルでリクードと結びつき、影響力を及ぼすようになったフェデラリスト・ソサエティはロナルド・レーガン政権時代にアメリカの法曹界を支配し始め、新自由主義を法的に正当化していく。この団体は1980年代の初めに出現、議会に宣戦布告の権限があるとする憲法や73年の戦争権限法はアナクロニズムだと主張し、プライバシー権や市民権の制限、企業に対する政府の規制緩和を目指し、自分たちにとって脅威になりそうな国だと思えれば、先制攻撃できるとも主張してきた。レーガン以降、そうした考え方にホワイトハウスは支配されている。 フェデラリスト・ソサエティの理論家であるリチャード・エプスタインは財産を自然法、すなわち神によって定められたものであると主張、経済活動に対するあらゆる規制は特定の所有者の行動様式を制限することにほかならず、あらゆる規制は補償を必要とするとした。この法律解釈により、レーガン大統領は既存のあらゆる経済規制を解体している。 この法律家集団は国際条約を国内法に適用することを拒否する。他者の行動を厳しく裁く一方で、自分たちが同じことをしても原則免責。いかなる国際的な司法機関が自国の内政に関与することも拒絶する。アメリカやイスラエルは特別な存在だというわけだが、これは選民思想にほかならない。 イスラエルでは2003年にエリオット・エイブラムスがエルサレムで会議を主催、イスラエルがパレスチナ人の要求を潰すまで、世界に平和は訪れないと主張した。それ以降、ヨルダン川西岸でユダヤ系入植者によるパレスチナ人襲撃が目立つようになる。ガザでの虐殺もその延長線上にある。 ジャボチンスキーの修正主義シオニスト世界連合はシオニズムの一派だが、その思想は16世紀にはイギリスで現れた。海賊行為で富を蓄積していたエリザベス1世の時代(1593年から1603年)、イングランドに出現した「ブリティッシュ・イスラエル主義」だ。 最初のキリスト教シオニストは16世紀に生きた司祭のギヨーム・ポステルだとも言われている。彼はフランス国王に聖地の再征服、ローマ教皇制の腐敗の終焉、そして黄金のモスクの跡地に第三神殿の再建を求めた。それが実現すれば、すべての隠された事柄が明らかになり、世界にはカバラという一つの宗教だけが存在するようになるというのだ。 当時、イングランドの支配層の間でアングロ-サクソン-ケルトは「イスラエルの失われた十支族」であり、自分たちこそがダビデ王の末裔だと信じる人が現れ、人類が死滅する最後の数日間にすべてを包括する大英帝国が世界を支配すると予言されているという妄想が広まった。 イギリスや西側世界にシオニズムを広めた人物としてブリティッシュ外国聖書協会の第3代会長を務めた反カトリック派のアントニー・アシュリー-クーパー(シャフツバリー伯爵)が知られているが、17世紀初頭にイギリス王として君臨したジェームズ1世も自分を「イスラエルの王」だと信じていたという。 その息子であるチャールズ1世はピューリタン革命で処刑されたが、その革命で中心的な役割を果たしたオリヴァー・クロムウェルをはじめとするピューリタンも「イスラエルの失われた十支族」話を信じていたとされている。クルムウェルはユダヤ人をイングランドへ入れることを許可したが、稼ぎ方を海賊行為から商取引へ切り替えるためだったとされている。ユダヤ人は商取引や金貸しに長けていた。 アメリカでリクードを支えてきたのはテレビ宣教師。その主張はユダヤ教徒が改宗する必要がないほどユダヤ教的であり、キリスト教徒がキリスト教から離脱し、ユダヤ人と同じ理念を支持するようになったとも言われている。シオニストはキリスト教に浸透し、ユダヤ教を支配しようとしたカバラの一派だという人もいる。 カール・マルクスは『ユダヤ人問題に寄せて』の中で、「キリスト教徒はもともとは、教義を重視するユダヤ人だった。だからユダヤ人は実利的なキリスト教徒であり、実利的なキリスト教徒はふたたびユダヤ人になった」(中山元訳『ユダヤ人問題に寄せて/ヘーゲル法哲学批判序説』光文社、2014年)と主張している。 シオニズムは帝国主義と一体化し、世界を地獄に変えてきた。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.04.14
閲覧総数 1763