学術雑誌の編集者は論文を掲載する際、「査読」を行うという。スペリングのミスや基本的な間違いをチェックすることができるが、検閲という側面もある。利権集団にとって都合の悪い事実が指摘されている場合、表現を変えさせたり、場合によってはボツにすることもできる。
雑誌、新聞、放送などメディアは広告収入で利益を出している。そこで広告主を怒らせるような記事は掲載されないのだが、この収益構造は学術雑誌も同じ。実際「COVID-19(2019年-コロナウイルス感染症)ワクチン」に関する論文で編集部と揉めた研究者もいるようだ。
メディアもビジネスである以上、利益を出そうとする。コストを削減し、売上額を増やそうとするのだが、手間ひまかけ、正確で内容のある報道をするより、政府、企業、政府や企業系のシンクタンク、権威などから情報をもらい、垂れ流す方がコストはかからない。それらは広告主でもある。
政府、企業、シンクタンクなどとメディアをつないでいるのが広告会社。広告会社がメディアに対して大きな影響力をもっているのはそのためだ。2008年11月、トヨタ自動車の相談役だった奥田碩は首相官邸で開かれた「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、「正直言ってマスコミに報復してやろうか。スポンサーでも降りてやろうか」と発言している。これは本音だろう。
これらはメディアに対する「アメ」だが、「ムチ」もある。メディアやメディアで働く個人の弱みを握り、脅すということだ。アメリカでは世界の有力者に未成年の女性を提供、その一方で行為の様子を隠し撮りしておどしの材料に使うというジェフリー・エプスタインの事件が明るみに出た。
エプスタインはイスラエル軍の情報機関のために働いていたが、似た別のシステムがアメリカにはあるだろう。日本にもあるはずだ。警察や検察の不正を追及できない理由のひとつはここにある。
昔から言われているメディアの弱点は金融だ。新聞、放送、出版、いずれも銀行が融資を止めれば即倒産である。銀行を上回る強大な力を持つ私的権力も存在、そうした権力が動けば銀行スキャンダルもありえるが、基本的に金融機関のスキャンダルは暴かれない。