イスラエルを作り出したシオニストがパレスチナ人を虐殺している映像が世界へ伝えられ、イスラエルを批判する声が強まっている。西側の大手メディアは実態を隠してきたが、インターネットの発達の結果、そうした情報を抑えきれなくなってきたのだ。しかもアメリカではそのシオニストが政治経済の内部に浸透、イスラエルの利益を第一に考える政策を推進させていることも明らかにされ、これも批判の対象である。そうしたイスラエルの悪いイメージを払拭するために使われているのがスポーツやショービジネスのスターにほかならない。
アメリカにおける映画ビジネスの中心地はハリウッドだが、そこでは神秘主義のカバラが影響力を強めている。その中にはサンドラ・バーンハート、ロザンヌ・バー、マドンナ、バーブラ・ストライサンド、エリザベス・テイラー、ジェフ・ゴールドブラム、ブリトニー・スピアーズ、マーラ・メープルズ、サラ・ファーガソン、ミック・ジャガー、ジェリー・ホール、モニカ・ルインスキー、パリス・ヒルトンが含まれているという。
ハリウッドにカルトが広まったのは、映画監督ロマン・ポランスキーの妻で俳優のシャロン・テートが殺された1969年8月頃だろう。その家はハリウッドのリベラル派とされる人びとが集う場所になっていた。彼女を含む5名を殺害したのはチャールズ・マンソンを信奉するカルトのメンバー4名だ。事件の前年、ポランスキーが監督した「ローズマリーの赤ちゃん」がアメリカで公開されている。
彼らは社会問題にもコミットして権力者と対峙、ベトナム戦争に反対する声が高まった1968年頃にはブラック・パンサーとも緊密な関係を築いていた。この団体はボビー・シールとヒューイ・P・ニュートンが1966年10月に結成、FBIの監視下に入っている。
ベトナム反戦運動が盛り上がる切っ掛けはテト攻勢。南ベトナムの主要都市が一斉に攻撃され、アメリカ軍が苦戦していることをアメリカ国民は目の当たりにしたのだ。そこでCIAはリンドン・ジョンソン大統領の命令に基づいて反戦運動を監視、さらに破壊する目的でMHケイアスを開始した。
マンソンらによる殺人事件をテートの友人である写真家のシャーロック・ハタミは8月9日の午前7時にリーブ・ウィットソンなる人物から電話で知らされている。ポランスキーのメイドが死体を発見する90分前ことだ。このウィットソンはCIAの仕事をしていたとする証言がある。
ウィットソンをCIAへ導いたのはインディアナ大学で彼の指導教官を務めていたピート・ルイスだが、この人物は後に傘に仕込まれた毒矢で殺されたと言われている。そうした証言をするひとりが元NBA(ナショナル・バスケットボール協会)のプレイヤーで、レイカーズのジェネラル・マネージャーになるビル・シャーマンだ。(Tom O’Neill, “Chaos,” William Heinemann, 2019)
元妻のエレン・ヨセフソンもウィットソンはCIAで働いていたと語っている。ふたりは1961年にスウェーデンで結婚、ニューヨークへ移り住む。ウィットソンは自分の母親とテートの母親は親しいとも語っていたという。(前掲書)
シャロン・テートと一緒に殺されたジェイ・セブリングはヘアースタイリストで、彼女の元恋人。そのセブリングの常連にはジョン・F・ケネディ大統領の暗殺でも名前が出てきた好戦派の軍人カーティス・ルメイも含まれていた。同じ常連客だった犯罪組織の大物チャーリー・バロンはルメイの友人。バロンはやはり犯罪組織の大物だったメイヤー・ランスキーとも親しく、シカゴの自動車販売業界を牛耳っていたという。ナチス親衛隊の元将校でCIAの秘密工作にも深く関係したオットー・スコルツェニーもウィットソンの友人だったとされている。(前掲書)
ロック・バンドのイーグルスが1977年に発表した「ホテル・カリフォルニア」に、ワインを持ってきて欲しいとホテルの人間に言うと、「そんなスピリットはここにはない。1969年からね」と言われている。言うまでもなく、「スピリット」は魂とか精神を意味している。1969年にはウッドストック・フェスティバルが開催され、ロックはビジネス度が高まり、精神は消えていく。
テト攻勢の後、ロックの世界でもベトナム戦争に反対する声が高まっていた。その中心にいたひとりがローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズだが、1969年7月3日にプールで死亡した。ジョーンズの親友で、ギネス家のニコラス・フィッツジェラルドとその友人は彼がプールで殺されるところを目撃したと証言している。
フィッツジェラルドによると、目撃した直後、藪の中からひとりの男が現れ、「ここから立ち去れ、フィッツジェラルド、さもないと次はおまえだぞ。」と言われたという。一緒に目撃した友人は行方不明になったとも語っている。(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015)
マーチン・ルーサー・キング牧師が暗殺されたことを知ったロック・ギタリストのジミー・ヘンドリックスはブラックパンサーなどを支援するようになり、FBIから監視されるようになった。彼のマネージャーを務めたマイク・ジェフリーはイギリスの対外情報機関MI6の元エージェント(情報機関に「元」は存在しない)だとされている。ヘンドリックスの麻薬スキャンダルはジェフリーが仕組んだと疑われている。
ヘンドリックスはジェフリーを解雇しようとするが、1969年に犯罪組織がヘンドリックスを誘拐、それをジェフリーが彼のマフィア人脈を利用して救出するという出来事があった。
それでもヘンドリックスは1970年9月16日にジェフリーを解雇、その翌日にヘンドリックスは死亡する。ロンドンのアパートで昏睡状態になっている彼を恋人のモニカ・ダンネマンが発見、すぐに救急車で病院へ運ばれたが、彼女によると、発見時にジミーはまだ生きていた。ロンドン警視庁は診断したジョン・バニスター医師の証言として、ジミーは病院へ到着した段階で死亡していたと発表しているが、救急隊はそれを否定している。
反戦コンサートに参加する計画を立てていたジャニス・ジョプリンは1970年10月4日に死亡した。高濃度のヘロイン摂取によるショック死だとされている。
そのほかジム・モリソンは1971年7月3日に心不全で死亡、戦争に反対する意思を明確にしていたジョン・レノンは活動を再開して間もない1980年12月8日に射殺された。1979年12月にNATO理事会は83年にパーシング2ミサイル572基をNATO加盟国に配備することを決定、核戦争を懸念する声が世界的に高まっていた。
1969年から短期間にブライアン・ジョーンズ、ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソンなど自分の意思を持つスターが変死した。それ以降の「スター」に「スピリッツ」はないとイーグルスは歌っているのかもしれない。
ハリウッドに浸透したカバラはユダヤ系の神秘主義だが、ユダヤ国家だと自称しているイスラエルは「警備チーム」という形で欧米のセレブを囲んでいる。「イスラエルの顔」になっているサッカーのスター、リオネル・メッシのほか、ブラッド・ピット、ジェニファー・アニストン、マドンナ、ピンク、ジェニファー・ロペス、カニエ・ウェスト、テイラー・スウィフト、そしてチャーリー・カークなどをイスラエルの治安機関「シン・ベット」や対外情報機関の「モサド」そして特殊部隊の元隊員らで編成される警備チームが警護しているという。警護されている人びとは監視され、弱みを握られる。警護対象を殺すことも難しくはない。
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【 櫻井ジャーナル(note) 】