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今、落語についていろいろ調べたりしている。理由はちっとは落語ファンといえるようになりたいと思うからだ。まー、いわゆるファンの人と話をしても、一応ついていけるだけの知識を手に入れたいと思っている。上方落語にはまりたいけど、地理的にはやはり江戸落語の方がよい。 妹の師匠は桂文福師匠。上方四天王といわれた、五代目桂文枝の4番弟子である。ちなみに兄弟子が、桂三枝に、桂文珍である。テレビなどの露出は減ったが、落語家唯一の河内音頭取りであり、相撲大好きの落語家である。もう、全身これサービス精神の塊のような人で、エンカイテイナーの異名を持つ。 文福師匠とは、お会いするたびに飲み会に参加している。本当に素晴らしい芸人さんだと思う。というわけで、しばらく桂文福さんについて、語っていきたいなぁと思っている。
2009.11.14
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自分は何を伝えたいのか?ブログを書くとき常に問いかけるべき言葉であるが…。とくに何かを伝えたいと思って書いていないことが多々あったりする。冷静に突き詰めてみると、「俺をもっと理解してくれ!!」とか、「どうだ、俺って頑張ってるだろ!!」ということを伝えたくて書いているんだなと思うと、少し気恥ずかしくなってくる。 さて、今日のブログのテーマだが、今、自分がネタを発酵させているということを伝えたい。うまく行けば、いいものになるが、うまくいかなきゃ腐ってしまうということだ。長い目で見れば、あのとき、なるほど、あのように考えていたから、こうつながるわけか!というような証拠を残しておきたいと思っている。 現在、落語について勉強中だ。江戸落語、上方落語とあるが、身内に上方落語の人がいるせいか、やはり上方落語に意識が向く。さて、そのことを記事にしたいと思うわけだが、何から書いていいかわからない。ただ、取っ掛かりとしては、「桂枝雀」でいこうと思っている。あとは、「桂文枝」について書いていきたい。ちなみに自分が一番すきなのは、桂文福師匠である。抜群に面白い。今日は予告編だ。続くかどうかはわからないが…。一応、生存報告日記。頑張ろう。
2009.11.11
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人とのコミュニケーションはやはり難しい。思うに、人とのコミュニケーションの前に、自分とのコミュニケーションが難しいのではなかろうか。そんな気がする。 自己を制御するということも大事だが、酔っ払いながらも吐くのを抑えて、途中でトイレに間に合わずに吐いてしまう。そういう人間関係しか作れない人も多いのではないのかなぁと思う。自分自身、残念なことに人との距離感が良くつかめない人間だ。人と自分との距離がわからず、相手を傷つけ自分も傷つく。それでも相手に分かって欲しいと思ってしまう。『理解』という名の『愛』に飢えているのかもしれない。 とはいえ、そういうところで悩んでいる人も多い。昨日はちと自己嫌悪の波にどっぷりとつかってしまった。理由は、たぶん、喪失感だと思う。現実から逃げたくて、帳尻合わせるように何かをすると、失敗することがとても多い。そして、昨日は大失敗をしてしまった。それは現在進行形でもある。 生まれ変わりたいと思うときがある。自分のこらえ性のなさに泣けてくる。調子に乗って居酒屋で注文しすぎて、お腹いっぱいでヒーヒーいってる感じだ。そして、それもまた、距離感がつかめていないことに通じているような気がする。 前向きに頑張ろうとすると、後ろ向きな言葉がその4倍くらい出てくるときがある。そういうときは、さらにその4倍で反論してやるのだ。今はそうしながら前へ進むしかないだろう。 一年もがけば何かが身につく。自己との関係も、絶対に技術だと思う。千日の修行を鍛とし、万日の修行を錬とするではないが、生きるってのはそんなものなのだろう。はやく立ち上がろう。
2009.11.09
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昨日、尊敬する人と会話が出来た。いろいろお世話になっているので、恩返しがしたいと思う。私はもともと歴史の先生だった。歴史を新たな切り口で書いていきたい。 地球上に生命が誕生したとき。一番最初の生命体はアメーバであった。アメーバは分裂することで子孫を増やす。雌雄の区別はなかった。 生物が進化するにつれ、環境の変化に対応しようとする動きができた。分裂では、親と子の性質はまったく同じになってしまう。様々な特性を見出すためには、他の仲間と情報の交換をしたほうが良い。そこで、自分のコピーを作って、お互いの遺伝子情報を交換することになった。こうして、雄が生まれたのである。 もともとオスはメスのコピーであった。人間の遺伝子情報を見てもらってもわかると思う。性別を決める遺伝子はメスならxx、オスならxyである。実は、オスはメスの遺伝子情報のXxの右足が欠けることで、Xyになったのである。そう、生物学的にみてオスは子孫を残すための使い捨てのコピーだったのだ。 たとえば、カマキリを見てもお分かりだと思う。最後にオスはメスの餌になる。また、アンコウのオスはもっと悲惨だ。メスと同化してしまい、その存在自体が消滅してしまうのである。 さて、原始時代に目を移してみよう。平塚雷鳥の言葉ではないが、元始、女性は太陽だった。生命体としてもっとも崇高な使命は子孫を残すことである。だから女性は大事にされてきた。女性に絶対的な権力があったのである。 しかし、その権力は男に移った。そして、現在、また女性に戻りつつあるのであろうか。フェミニズム的な目から各時代の特徴を切ってみたい。続くかも。
2009.11.07
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自分はもと暗記職人だった。子供たちに勉強の面白さを伝えるために、単位時間当たりで、どれだけ暗記させるかにこだわって生きてきた。現在、方向性が変わってはきているが、そこら辺の棚卸はしておきたい。 誰でもわかる面白い歴史授業。短く三分クッキング!! 歴史の区切り方は様々あるけど、会社にして考えれば結構わかりやすい。M&Aを繰り返し、頂点に立ったのがヤマト朝廷株式会社。M&Aを繰り返しまくったのが、弥生時代から古墳時代。ヤマト朝廷株式会社を一部上場するために、基礎を固めたのが、飛鳥時代から奈良時代。血族の社長が引き継ぐはずだったが、途中から専務の一族が会社の実権を握る。部下である貴族に実権を握られたのが、平安時代。子会社である武士団を作り、地方を任せていたら、子会社の方が大きくなった。子会社が親会社を支配するようになる。イトーヨーカドーとセブンイレブンの関係だ。 こうして武士の時代が始まったのが、鎌倉時代からである。途中、外資系の会社に乗っ取りが起きたのが、元寇だ。会社を防衛しようと資金をつぎ込みすぎて、子会社倒産。〔鎌倉幕府滅亡〕天皇家である親会社が、またしても実権を握ろうとするが、株主を無視した政治をして、新たに足利株式会社が出来る。 ところが、これがまた乱脈経営。部下に給料上げすぎて、会社の資金がなくなっていく。子会社の方がいばるようになり、社長の後継者争いが起きて、会社として成り立たなくなる。〔応仁の乱→戦国時代〕子会社がブイブイ言わせて、中小企業が乱立したのが戦国時代。プチM&Aを繰り返す。 天才織田信長が出現して、大幅にM&Aを繰り返すも、途中、部下の下克上に会ってこの世から退場。部下の豊臣秀吉が全国を支配するが、調子こいて、海外に進出しようとする。またしても会社が傾き、子会社筆頭であった徳川家康が、子会社の争いで勝ち、徳川幕府を作る。 徳川株式会社は、子会社をものすごく締め付けた。トヨタみたいなものである。参勤交代、鎖国などで権威を保つが、経営がうまくいかない。米を元にしたシステムはすでに、限界が来ていたが、それに気づかず、途中、三人がリストラ政策を行って立て直しを図るが、うまく行かない。貧しくなる子会社が増える中、鹿児島株式会社と山口株式会社は、会社の再建に成功する。 そうこうするうちに、また外資の力が日本に押し寄せる。徳川株式会社は、一生懸命対応するが、他の子会社たちが離反。もともとの日本の親会社である天皇を神輿として担ぎ、日本は二重支配のような構造となり、徳川幕府は倒れる。 日本は、明治時代を迎えて、天皇中心でがんばろうと思ったが、金なし、土地なし、知恵もなしの三拍子。日本という国が、どこかの国に食い散らかされるのは火を見るより明らかだった。 しかし、ご先祖様は頑張った。乾いた雑巾から水を搾り出すくらいの経営を行い、かつ給料を極限までカット。税金をぎりぎりまであげたけど、国民は文句を言わなかった。外国に支配されるよりましだったから。清との戦いに勝ち、ロシアとの戦いに勝ち、いじめられっこニッポンはなんと、アジアの国として始めて、支配する側の国となる。 大正時代は、支配する国としてのうまみを吸おうと思うが、第一次世界大戦が終わったあとは、甘い汁が吸えなくなる。さらに関東大震災。またしても、経営破たんになりそうになる。 昭和に入って大恐慌、軍部の暴走、第二次大戦。 日本は初めて海外に支配され、民主化が導入され、高度経済成長を迎えるが…。平成の世の中。果たして今はどんな時代なのでしょうか。
2009.11.06
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かつて自分がじるりん。と名乗っていた頃。よく記事のタイトルに『じるりん天使の詩』というタイトルを使っていた。これは、好きな映画、『ベルリン 天使の詩』から取ったものである。天使が人間に恋をして天使を廃業する話である。ラストシーンがとても素敵。それまでモノクロで描かれていたのが、人間になった瞬間に、カラーに変わるのだ。人間って素晴らしいなぁと思わせるそんな映画だ。 今の俺は天使とは言い難いが、ま、灰色な生活ではあるわな…。塾屋をやめるわけではないけど、金が欲しいのだ。さて、金が欲しいというのにもレベルがある。俺は、人並みの生活が送りたいから金が欲しいのである。現在、いわゆるワーキングプアに属している。俺は所帯がもちたい。家庭が持ちたい。でも金がないわけでして…。だから、稼ぐ。 塾で頑張ろうかなぁとも思ったけど。その前にいろいろな世間を見ておきたい。塾業界から旅立ち、そして塾業界から戻ってくる。今度は財布をパンパンにしてだ。塾をやるんだったら…。塾以外で収入が確保できてからやりたいと思っている。それが、自分が真人間になるための方法だと思う。金を。稼いでやる。
2009.11.05
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漢字が苦手なお子さんがたくさんいる。もともと漢字というのは、組み合わせで覚えるものだ。書いてもなかなか覚えられないのである。で、当たり前の一般論を書いても面白くない。もし、薔薇の漢字と鬱陶しいの、鬱という漢字が書けるようになったら、その子は漢字が得意な子である。ものすごく難しい漢字を書けるようにできれば、他の漢字は簡単に覚えられるようになる。 前置きが長くなった。薔薇の漢字の覚え方薔の字の覚え方草かんむりの下に土がある。土の中に人が二人いる。その下で、回っている。草、土、人×2、回。薇の字の覚え方次の漢字は書けるかな。草 行、役、土、一、教草かんむりの下にぎょうにんべんとつくりに教えるののぶん、もしくはぼくにょうがある。真ん中は、山一に、殳のあたま。何回かみながら、ストーリーを書いてみよう。かけたかな。さて、なぜ薔薇の漢字を教えたか。漢字はバラバラにすると覚えられるんだよ!! こんなもの余裕である。伊達に、元音速の暗記職人を名乗っていない。さて、最近作ったもの。鬱陶しいの鬱という字。キャンプをイメージしよう。飯ごうすいさんをしたことをイメージねぇ。使う漢字は、木×2、缶、ヮ、凶の中からメを取ったもの、※、ヒ、杉から木を取った、さん作り。風のイメージ。まず、飯ごうすいさんをするには、木を二つ立てて、真ん中に缶を置く。次に缶の下には、ふたが必要。ふたは、ヮかんむりだ。凶の中からメを取ったものの中に、代わりに※を入れておく。その下から火をかける。ただ、この場合はかたかなのヒそして、杉の字から木を取った、さんづくりの風で、ヒをフーフー吹く。 うーん、やっぱりこれを文章で伝えるのは至難の業だなぁ。鬱 缶を木ではさみ、そのしたにふたのわかんむり。※じるしを、はこのなかにいれ、下からヒをたき、よこから、さんづくりで、ふーふーするってイメージで。 まー、ホワイトボードの前で説明すれば一発で覚えられる。そのあと、部首って大事だよなぁ、部首を覚えておけば、もっと楽に漢字が覚えられるぞ、ってことで部首暗記。部首を覚えられると、漢字の意味も覚えやすくなるぞ、みたいな話をする。そのあと、漢字字典を取り出して、みんなで書けない漢字を探させる。書けない漢字があったら先生がバラバラにしてストーリーを作ってやるから、書けない漢字を探せという。で、書けない漢字を探させるとたいてい、見つからない。そこで締めの一言。書けない漢字がないってことは、君たち漢字が得意なんだな!! で、子ども達の顔がかなり変わる。ぜひ、おうちでおためしください。
2009.11.05
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昔、人を助けた男がいた。老いたその男は、何も言わずに息を引き取った。残された家族の幸せを願いながら。昔、人に助けられた男がいた。助けられた男は、子供たちに言い続けた。『恩を忘れてはいけない。』男は同じことを繰り返し伝え、そして息を引き取った。 1890年9月、トルコの軍艦エルトゥールル号は、明治天皇への表敬訪問を終え、帰国の途についた。紀伊半島までは無事に航海が進んだが、不運にも台風に遭遇してしまう。嵐の中、エルトゥールル号は舵がきかなくなり、大きな暗礁に乗り上げて、大破…。さらにエンジン機関に海水が流入し船は大爆発を起こす600名以上いた乗組員は、荒れ狂う海へと投げ出されてしまったのである。 誰もが助からないと思われた。しかし、奇跡的に助かった一人の兵士がいた。兵士は、断崖の上に灯台を見つけた。傷ついた体で崖を這い登り、遭難のことを灯台守に伝え、救援を求めた。 灯台守はあせった。自分一人の力ではどうにもできない。そう思うとすぐさま隣村へ駆けて行った。 隣村の漁師たちは、深夜にもかかわらず全員、難破したトルコの人たちの救援に向かった。 浜辺にはたくさんのトルコ人が打ち上げられていた。全員、ぴくりとも動かない。猟師たちは号泣した。こんな遠くの国で朽ち果てねばならないトルコの人たちを、どうしても助けたいと思った。「息があるやつがいるぞ!!」狂喜した漁師たちは裸になりトルコの人たちを温めた。 結果的に69人のトルコの人たちが助けられた。しかし、貧しい漁村で69人の食料がまかなえるわけではない。嵐で閉ざされた村の食料はあっという間に、尽きてしまった。「もう、何も食べさせるものがないねぇ…。」村の若い婦人がつぶやく。すると腰の曲がった老婆がにこやかに言った。「鶏をさばくべ。」緊急のときのために、各家庭で鶏を飼っている。しかし、これを食べてしまったら、本当に何も食べるものがなくなってしまうのだ。不安に思う若い婦人たち。老婆はにっこり笑って、「お天とさまが見てくださっているさ。」こうして、鶏がさばかれた。 事情の知らないトルコ人たちはおいしそうに鶏を食べた。その姿をみて、空腹ながらも心が満たされる村人たちであった。 この話は、和歌山県知事に伝えられ、すぐさま明治天皇に伝えられた。明治天皇は、軍艦をトルコに向けるよう指示する。この話は、全国を駆け抜け、膨大な義捐金が集まった。トルコへ出航する日。トルコの兵隊たちは、みな涙を流して感謝していた。 イギリス人船長が船が座礁したとき、日本人乗客を見捨てた、ノルマントン号事件の4年後のお話である。 さて、この話には後日談がある。イラン・イラク戦争の最中、1985年3月17日の出来事である。イラクのサダム・フセインが、「今から四十八時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」と、無茶苦茶なことを世界に向けて発信した。 日本からは企業の人たちやその家族が、イランに住んでいた。その日本人たちは、あわててテヘラン空港に向かった。しかし、どの飛行機も満席で乗ることができない。世界各国は自国の救援機を出して、救出する。日本政府は航空会社の労働組合の反対にあい、救援機を出せなかった。 空港にいた日本人はパニック状態になっていた。祈りをささげるもの。抱き合うもの。手紙を書くもの。すると、東の空から、二機の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機であった。テヘラン空港に緊急着陸。 日本人二百十五名全員を乗せて、成田に向けて飛び立った。タイムリミットの一時間十五分前であった。 なぜ、トルコは日本人を助けてくれたのか。それを知る人は誰もいなかった。ある大手の新聞などは、日本の援助を期待してだと書いていた。その理由を尋ねられたトルコの駐日大使は一言こう言った。「エルトゥールル号の恩を返しただけです。」
2009.11.05
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昨日、生徒と過去問を一緒に解いてあげた。こちらは予習なし!!一緒にT邦大附属T邦の過去問を、ヨーイどんで一緒に解く。まだ、全部分析したわけではないけど、T邦大附属T邦は、〔1〕が論説文、〔2〕が物語文になっていて、〔2〕の物語文は読みやすいというか、選択肢が多い。もともと2000人以上の生徒が受ける学校だから、記述問題バリバリというわけには行かないのだろう。 で、非常にショックだったのが…。H17年…。生徒に負けた…。1点差で負けた。H18年は勝ったが、それでも塾講師としては良い点数とは言えないと思う…。ま、これが俺の国語の実力なんだろうなぁ。 えっ、点数を知りたいって。H17年、俺87点、生徒88点。H18年、俺85点、生徒83点。 もともとこの生徒は国語が苦手で私が見ていた。とりあえず、T邦大T邦は余裕だなぁ。目指すは御三家JGである。最後の塾屋としての仕事を果たしたいなぁと思う。頑張ろう。
2009.11.05
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本日、心の盟友が風邪で倒れる。一回りも下の人であるが、年齢は関係ない。どういう生き方をしたかだと思う。立派な人である。早く良くなって欲しい。 昨日人に貸していた本が返ってきた。なかに『道は開ける』が入っていて、ぱらぱらとめくった。やはり名著だなぁと思う。 もし、無人島に3冊の本を持って生きなさい、といわれたら…。持って行きたい本のひとつだなぁ。もう一冊は自助論。最後の一冊はもちろん、つかみ一秒、あと楽勝!である。 自分も運をつかみたい…。
2009.11.05
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もうちょいブログのクオリティを上げて行こう。最近の記事はクオリティが低い…。まー、昔は写真バンバン貼ったり、いろいろ無理して書いたりしていたが、そこまでのモチベーションが上がらないってのも事実だけど…。 現在、取り掛かっている仕事をさっさと片付けよう。そして、もう一度作り直しだ。今は、コンテンツ作成のノウハウをストックしている時期。それをどう情報商材として売りに出すかを考えている。ま、いくらいいもの作っても売れないと困るからなぁ…。 今日、昔お世話になった塾の先生と飲んだ。そして、わかったことは…。やはり自分は塾長には向いていないということだろう。今、自分は金が欲しい。それに伴い実績が欲しい。金にならない仕事でも丁寧にまじめにやり続ければ金になるような気がする。そこで大事なのはスピードだ。四の五言わずに書き上げる練習をしている。 タイトルとずれるかもしれないが、今は最後まで完成させるという体験をたくさんつみたい。小説を書きたい人はたくさんいるが、最後まで書き上げる人は少ない。教材でも同じことが言える。最後まで作りきること。これが今の自分にとって課題である。出来が良かろうが悪かろうが最後まで作りきる。量をこなせば自ずと質は上がってくるはずだ。今は、何が何でも毎日3000字以上の仕事をこなす。3000字を常時こなせば、4000字が見えてくる。今は質より量だ。 ただ…。ブログのクオリティは上げて行こう。つまらんブログを書いても仕方がないからなぁ…。昔のような記事を書けたらなぁ…。ま、そのうち書きましょうか。
2009.11.04
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自分の妹は関西で落語家をやっている。桂文福師匠について、桂ぽんぽ娘と名乗っている。まったくHP等も更新していないが、やはり落語をやるだけあってちと文才があると、身内びいきながら思った。妹の文である。もうすぐX'mas。良い子の枕元には、サンタさんからプレゼントが届くらしい。が、経済的な理由からか?ぽんぽ娘が、悪い子だったからか?親からもサンタさんからも、一度もプレゼントが届くことなく、ぽんぽ娘は子供を卒業してしまった。子供を卒業して、ウン十年も経つが、この時季になると、いまだに胸が詰まる思いがする。他の家の子には、プレゼントが届いているのに、ぽんぽ娘には届かない。『世の中は、不公平なんだよ。』と、一番最初に教えてくれたのが、サンタのおじさんだったからだ。ただ、考えようによっては、『世の中は不公平なんだよ。』という、教訓そのものが、サンタのおじさんからの、最初で最後のプレゼントだったのかもしれない。 ま、おちが効いているが、どことなく寂しい。世の中の不公平を学んだ彼女は、今大阪で頑張っている。私も見習いたい。
2009.11.04
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本日、一緒に仕事をすることになる人と打ち合わせ。いろいろ勉強になる。自分の強みも理解できたし、自分が誰でもわかるだろうと思っている感覚が、実は人とずれているということも良く分かった。 今後の仕事の内容なので詳しくはかけないが…。とはいえ、人との出会いはとても大事だと思った。 ほんの少し思ったことだが…。塾屋からいったん離れようかなぁと思う。理由は、塾屋をやるなら結局教室を持つしかないからだ。自分はハコを持ちたくない。それならば、フリーで動ける仕事をすべきなのかなぁと思ったりしている。 思うに、自分が一番すきなのは決して子供を教えることではなかった。子供にへーと思わせたり、笑わせたりするのがすきなのだ。人に何かを伝えるのは好きだ。頭の中でうんうん考えるのも好きだ。結局、いやな仕事はしない方が良いと思う。好きな仕事のためということなら、しっかりできるだろう。自分のやりたいことは何かを今突き詰めてみたが…。なんとなくではあるが、ぼんやり見えてきたこともある。よし、それで飯を食おう。
2009.11.04
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佐藤春夫の有名な詩ですな。佐藤春夫の詩はものすごい好きで、いろいろ暗唱したりもしました。ただ、この詩だけはいい詩だけどあまり意味がわからなかった。面白いので解説しておきましょう。 佐藤春夫は、文豪谷崎潤一郎と友人でした。谷崎ってのは、耽美派と言われるくらい、ネジが吹っ飛んだ人です。春琴抄や刺青などを書いた人ですねぇ。で、この人の奥さんが谷崎千代さん。良妻賢母の典型な人です。とはいえ、完璧な女性じゃ谷崎は物足りない。なんと千代さんの妹さんと結婚しようと動き始めます。千代さんは悩み、離婚したばかりの佐藤春夫に相談します。相談するうちに、佐藤春夫は千代さんに恋をする。千代さんも佐藤春夫が好きになります。で、谷崎もそれに気づき、佐藤春夫に、千代さんを譲ってやる、と言う訳ですな。まー、自分の奥さんをあげるってのもすごい話です。佐藤春夫は狂喜乱舞します。しかし、話はそこまで。谷崎は千代さんの妹とうまく行かなくなったので、約束を反古にします。佐藤春夫は激怒。谷崎潤一郎と絶交して、神経症、ま、今で言ううつ病になってしまったわけでして。郷里に引っ越します。そのときに詠んだ歌が、かの有名な秋刀魚の歌。載せておきましょう。 あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝えてよ ー 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思いにふける と。 さんま、さんま、 そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。 あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、 愛うすき父を持ちし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。 あはれ 秋風よ 汝(なれ)こそは見つらめ 世のつねならぬかの団欒(まどい)を。 いかに 秋風よ いとせめて 証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。 あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝えてよ、 夫を失はざりし妻と 父を失はざりし幼児とに伝えてよ ー 男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて、 涙をながす、と。 さんま、さんま、 さんま苦いか塩っぱいか。 そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。 あはれ げにそは問はまほしくをかし。 というわけで現代語訳に解釈。『切ないねぇ…。秋に吹く風さんよ。あんたにもし心があるならば伝えてくれねぇか。 男がいてよ。今日の夕食に一人秋刀魚を食べながら思いにふけっているとよ さんま さんまそのうえに青い蜜柑の酸っぱい汁をかけてさんまを食べるのがその男の故郷のならわしよ。そのならわしを不思議に思って、それでも面白がった女はなんどか青い蜜柑をもいで夕食を共にした哀れだなぁ、夫に捨てられようとしている人妻と妻にあざむかれた男とが食卓に向かえばさ愛情薄い父親をもった小さな女の子は小さな箸をどうにかこうにかこねくりまわして父ではない男にさんまのはらわたをあげると言っているよ…悲しいねぇ…。秋風よお前だけは見ていただろ。世間では普通あり得ないあの団欒を。どうだろう秋風さんよせめて、せめてよ…。証としてくれねぇか。あの団欒が夢ではないことをさ…。ぐふっ…。うぅぅぅ…。秋風よ…。お前に情けがあるならさ伝えてくれねぇか。夫を失った妻と父を失った幼子に男がいてよ今日の夕飯にひとりさんまをたべて涙を流してるって…。さんま、さんまさんまは苦いのかな、しょっぱいのかなぁ…。さんまのうえに熱い涙をしたたらせてさんまを食べるのはどこの里のならいだよ…。悲しいなぁ…。ほんとにみっともねぇ話だよな』 訳してみるとすげぇ切ないねぇ…。とはいえ、これを文壇で発表するってある意味すごいと思う…。俺は人妻に横恋慕していて、かつ谷崎潤一郎はすでに奥さんの愛を失っている。俺って情けねぇ男だよなぁと歌ってるわけだから…。こりゃすごいなぁ。 ちなみにこのあと佐藤春夫は別の女性と再婚するが、すぐに離婚。千代が忘れられなかったらしい。で、またしても谷崎は別の女に熱を上げ、とうとう佐藤春夫に妻を譲るわけですなぁ…。ま、まだ家長制度があったとはいえ、すげぇ話だと思う。ちなみに、佐藤春夫が千代を娶ったのは、昭和五年。すごい時代だと思う。俺もたいがい情けないことはしたけど…。佐藤春夫には遠く及ばないねぇ…。面白いですな。テルテル心の一句『俺なんて まだまだノーマル ちと安心』
2009.11.02
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教務クリエーターと言っておきながら、まったく教務のことについて書いていないことに気づく…。やばっ!! というわけで、たまには教務のことについて書いてみよう。英語の教育について、思うところが非常にある。英語教える前に、もっと日本語をきっちり教えないといけないと思う。日本語と英語はまったく違うわけなんだからさ。その文化的なところから話していかないといけないんじゃないの。 英語と日本語の最大の違いを端的に言うとだ。ズームインとズームアウトの違いがある。例えば名前。鈴木太郎という人がいる。実は、これが日本的な考え方なの。鈴木太郎の意味としては、『鈴木家の一員である太郎です。』ということになる。鈴木家という大きな枠の中に、太郎がいるわけだ。ところが、英語だと。タロー・スズキになる。俺はタロー、鈴木家の一員だ。ということになる。まず、最初に自分ありき。そして、説明はあとづけということになる。住所についてもそうだろう。日本の住所の現し方はズームインだ。東京都葛飾区亀有…。大きなものからだんだん小さいものを表して行く。英語はその逆で、自分を中心として、周りにだんだん広げて行く。ズームアウトですな。この感覚に慣れないと、英語は苦しいんだよねぇ…。英語は、詳しい説明を後ろに回す傾向がある。関係代名詞なんて、その典型でしょう。 今日、生徒に関係代名詞を説明した。そのとき、名前を使って説明したら一発でわかってくれたねぇ。英語を教える前に、日本語と英語の文化の違いから説明するほうが、大事なんじゃないかなぁと思うんだけど。 このことは営業にも通じると思う。営業で一番大事なのは、相手に安心感を与えること。安心感を与えないと、不安になって話を聞いてもらえない。もともと英語と日本語は違うんだから、英語を学ぶためにはこちらから歩みよってあげないといけないんだけどね。そこら辺がわかっていない先生が多すぎるねぇ。
2009.11.02
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今日は物語系で攻めているので、昔作った寓話なんぞを載せておきたい。良い寓話ができると、カタルシスというか、暗い気持ちが吹っ飛ぶ効果がある。 昔は自己肯定感が低くて、相手の方が上で、自分がなんて情けないんだろうとか、そんなことばかり考えていた。で、失恋して、何もかもいやだなぁと思ったとき。寓話を書いた。まー、きっと相手も俺のことを思ってくれてるんじゃないかという、未練も残して。非常に情けない寓話だ。月に恋するもぐら。毎晩愛を語る。ある日、月に照らされながら。きれいな池のそばで月と話す。ふと池の水面を見ると。美しい月が水面に映っている。そしてその横には。あまりに醜いもぐらの姿が…。自分の姿に絶望したもぐらは。自分の手で目をつぶし。暗い地下で暮らすようになる。もぐらを探すお月様は。期待に胸を膨らませて満月になり。見つからない絶望のためやせ細る。 結構うまいと思うけど、暗いなぁ…。もっと明るく生きたいものだ。
2009.11.02
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昨日はちとへこんだというか、頭がパニックになっていたようだ。お恥ずかしい限りである。出来る限り、自分の感情は廃したブログを書いていこう。特に、マイナスの感情を吐露するのは避けないといけない。人は人、私は私なのだから。 というわけで、今読んでいる本。ちと、ストーリーの構築の仕方のウンチクを手に入れたいと思ったからだ。もともとストーリーテラーとしての才能はあると思っている。もちろん、ほんのちょっとだが…。物語にも文法があるということは、この本を読んで知った。 座右の書というか、一番自分が読んで役に立った本である。正直、専門用語の連続で何が言いたいのかよくわからない本だったが、きちんとしっくりときた。 今、自分が身に付けたいのは、物語の文法である。もし、あした物語について講演しろと言われて、90分間、しゃべり続けられるだけの知識が欲しいと思っている。桃太郎にしろ、スターウォーズにしろ、昔から語り継がれてきた物語には、文法がある。それを伝えたい。 塾講師をやっていて本当に良かったなと思うのは、生徒の視点で教えることを学べたことだろう。今は生徒ではなく、とあるグループの人向けのネタを書く練習をしている。今、人に伝えたいのは、『物語るための力』、『教訓を導き出す力』、『つなげる力』の三つである。そして、『無意味なものに意味を見出す』、『複雑なものを単純化する』、『見えないものを見えるようにする』ということを伝えていきたいと思っている。 量をこなせば質が上がる。読んで読んで読み倒す。きっちり勉強していこう。
2009.11.02
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昔、生徒にせがまれ童話を書いた。ちと暗い話だ。自己犠牲の美しさに憧れていた頃に作った童話である。 昔、暗い森があった。暗い森には魔女が住んでいた。魔女にはすごい力があった。すべてを見通す水晶玉には。嵐で氾濫した川に打ち上げられた少女が一人。どうやら彼女は目が見えないらしい。魔女は水晶だまを眺めながら深いため息をつく。『運命か…。』 暗い森にはオバケがでる。嵐の後、マヌケなオバケが一人迷い込んだ。オバケの名前はサビオ。記憶のない不思議なオバケだ。サビオは別に悪さをするわけではない。暗い森をうろうろするだけだ。やがてサビオは森の大魔女に捕まえられた。召使にするためだ。サビオは最初、逃げ出そうとしたが、逃げられなかった。魔女の仕事は大変だ。掃除洗濯薬品作り、魔法の召喚、かばん持ちと本当にたくさんの仕事があるのだ。そんなある日。魔女から仕事を頼まれる。『森の三丁目に今日の午後、女の子が通る。その女の子に取り付いて、魂を奪ってきな。』『えー、無理だよ~。』ピクリと魔女の眉毛が動く。戦慄するサビオ。『アイアイサー!!任務につくであります!!』サビオは森にすっ飛んでいった。 サビオは森に隠れて少女を脅かそうとするが失敗した。その少女は目が見えなかったのだ。だから、オバケをみても驚かない。それよりもサビちゃんに友達になろうと言ってきた。少女の名前はミィという。ミィも記憶がなかった。川に打ち上げられているのを木こりに拾われたらしい。話しているうちにすっかり使命を忘れたサビオ。また会う約束をして、魔女の家に帰った。『ただいま~。』『女の子の魂はどうしたんだい。』『あぅ…。あー…。』『ふん、そんなこったろうと思った。』なぜかホッとした顔をする大魔女。『ねぇ、その女の子、目が見えなくて、記憶がないんだって。何とかしてあげられないかなぁ。』『あぁ、簡単だよ。材料さえあればね。』『ほんとに!!材料ってなんなの?』『願ったものの魂、つまり、お前の命さ…。』 次の日、同じ場所でサビオはミィと会う。ミィと話すうちに覚悟が決まった。でも、ミィはサビオのこと覚えてくれていないかも知れない。それがとっても寂しかった。サビオは胸のペンダントを引きちぎった。そして、少女に告げた。『あのさ、おいらのペンダントの鎖、壊れちゃったんだ。失くしちゃうと嫌だから、預かっておいてくれない?』『いいわよ、治しておいてあげるわ。木こりのおじさんに頼んであげる。3日後、また取りにきてね。』『あぁ、わかった。三日後、取りに来るよ。』サビオは嘘をついた。世界で一番優しい嘘をついた。 魔女の部屋。サビオは天へと召されていく。それは神々しいまでに光り輝いていた。魔女の目に光るものがあった。『ばかものが…。』 その夜。少女のそばに魔女がいた。魔女はお香を炊いて、呪文を唱えた。そして、また消えていく。 次の日の朝。少女に異変が起きた。朝日がまぶしいのだ。目をそっと開く。目が見えるようになっていた。少女は突然のことに、頭が混乱する。そして、テーブルに目を向けると。そこには鎖の引きちぎれたペンダントが置いてある。少女はペンダントを取り、目を見張る。『これは…。このペンダントは…。私がおにいちゃんにあげたペンダント…。』 サビオとミィは仲の良い兄妹だった。両親は早くに亡くなる。ペンダントは、サビオが12歳のとき、ミィが贈ったもの。その後、ミィは流行り病にかかり、目が見えなくなる。そこで、サビオはあらゆる病気を治すといわれる魔女の元へ、妹を連れて行こうとするが、森の途中で嵐に会い、川に流され命を落とした。しかし、彼には未練があった。妹の目を治したいという未練が。自分の記憶をなくしながらも。妹の回復を願ったサビオ。神様は見ていたのだ。その無垢なる願いを。 ミィは木こりと結婚し、男の子を産んだ。元気の良い男の子だ。おや、どうやら遊びから帰ってきたようだ。『ママ~、お腹空いた~。』『はいはい、今ご飯にしますね、サビちゃん。』兄の名前を子どもにつけたミィだった。
2009.11.02
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私が昔のHNで出ていた頃、読んでくれていた人からメッセをもらう。ものすごい嬉しい。とはいえ、昔の名前を消した理由を書かないのも申し訳ない。ご縁を大事にすることはこれからとても大事なこと。生まれ変わった私を知ってもらうにも、良いことだと思うので、かつて楽天でブイブイ言わせたあと、閉鎖に追い込まれ、一年後復活し、それからまたへこみ、で、今年復活して、自分の昔のハンドルネームをネット上から消し去るまでの物語を書いてみたい。 私の昔のハンドルネームは、暗○職人じ○り○。である。4年前、楽天では結構有名なブロガーだった。とはいえ、今はじ○り○。の名前はすべて消した。理由は簡単で、悪いこと(?)というか、ネットで出会いを求めて失敗したからである。 さて、私がブログを始めた理由は、とあるブロガーに惚れたからである。私の恋愛は、30秒で相手に惚れる瞬間湯沸かし器のような恋愛だ。そんなもんだから、生まれてからいまだに彼女が出来たことがない。そう、あれはワタシが32歳の秋だった。今から5年前の話である。 出会いの掲示板みたいなところを覗いていたら、一人めちゃくちゃ頭の良さそうな文を書いている人がいた。自分のHPを持っている。ブログなるものを書いていた。その彼女の日記を読んだとき、自分のことがものすごいわかったのである。自分の生き方が肯定できたのだ。 それまで自分は本音を隠して道化を演じ続けて生きてきた。子どもの自分と大人の自分。大人の自分は弱い子どもの自分を守るために、すごく頑張ってくれていたんだなと思ったとき。涙が溢れて仕方がなかった。そして、その女性に惚れた。京都大学の文学部出身。本も出版している。さらに美人。彼女は、文筆業もしています、ということなので、童話を書くことを依頼する。ただ、その前に自分もブログくらい書いておこうと思い、gooでブログを書き始める。タイトルは、『じるりんのたそがれ。』ま、よくわからんけどいろいろ書いてみたりした。 会ったのは新宿だった。すげぇきつい女性だったが、すでに惚れ惚れモード。ただ、彼女は心の病だった。そのとき、初めてうつ病という存在を知る。 ブログは毎日書き続けていた。百日短歌というものに挑戦した。百日目に告白しようと思ったからだ。毎日毎日、その人のことを想う短歌を詠む。 ただ…。俺のいけないところだが、出来もしないことを言って相手に深く入り込み、結局、何も出来ないじゃないと言われて玉砕するパターンがとても多かった。そして…。玉砕した。 失恋の痛手から立ち直ろうと思い、心理学の本を読む。 この本に、『男性は知識で家庭を護れ!!』みたいなことが書いてあり、なるほど、男は知識か!!と思い本を読みまくるようになる。続く。
2009.11.01
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今、何かを伝えたいと思っていろいろ書いている。ただ、人に伝えるってすごい難しい。個人的なゴール地点としては、その人のスキルアップだ。ただ、それを伝えるためには、一つ一つ確認してあげないといけないんだなぁと思う。 ある程度、ゴールは見せないといけない。ただ、そのゴールと私がその人になって欲しい状況とは異なる。ふと思い出すたとえがある。『三車火宅のたとえ』だ。ある町に長者がいました。長者の家はとても大きいのですが、かなり古く壁が崩れていたり、柱が傾いたりしていました。そして出入り口は小さな門が一つあるだけでした。あるとき長者が外へ出ているときに、その家に火事が起こりました。火事と聞いて長者が家に帰ってみると、燃えさかる家の中では長者の子どもたちが今にも火に焼かれそうになりながらも遊びつづけているではありませんか。子供たちの傍では犬などがお互いに喰らいあっていたり、悪虫が地面を這いずり回っていたりというありさまなのに、子どもたちは身の危険にも気づかず、遊び惚けているのです。長者は『これはいけない。早く助け出さないと子どもたちが焼け死んでしまう』と『おーい、早く外へ出なさい!そこにいると焼け死んでしまうよ!』と叫ぶのですが、子どもたちは耳を貸しません。『いっそ力任せに全員を台車に乗せて運び出そうか』とも考えますが『いや、それでは暴れて落ちて焼け死ぬ子が出るかもしれない』と、全員をどうやったら救い出せるかを考えます。 そのとき、長者は『そうだ、子供たちは以前から羊の車、鹿の車、牛の車が欲しいと言っていたっけ。』と思い出し、子どもたちに向って叫びます。『おーい子どもたち、門の外に以前から欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車があるぞ!早く外へ取りにおいで!』それを聞いた子どもたちは、前から欲しかった物がもらえると聞いて一目散に門から出て、大喜びで長者の前にきました。 そのとき長者は、子供たちに欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車ではなく、それよりももっと価値のある『大白牛車』を下さったのでした。こうして子供たちは今にも燃え落ちそうな火宅を逃れて、無事に生活できることが出来たのです。 営業の極意がここにあるような気がする。三車火宅のたとえ。胸に刻んでおきたい。
2009.11.01
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