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さて、私は太極拳が上手くなりたいと 一生懸命練習に励んでおるわけですが。私の通う教室は、週一回 自主運営で安価なわりに内容の濃い お得な教室と内心誇っております。(私が代表だし、えへへ)わが教室に1年前加入した 釜石市のSさん。男性。この人が、けっこう珍しいというか 変わりダネというか。太極拳が大好きで大好きで 教室に入って セオリーを習う前に、自分で本を読んだりビデオを見たりして、自己練習を ずーっと長く続けてきた人らしい。(聞いても どれくらいやり続けてきたかは教えてくれない)で、簡化24式太極拳は 一応できるわけですが、わけですが、これがねえ。身体が硬くて 軸が前にかしげてゆらいでいて、前引き 後引きだらけで。ある程度 太極拳やってる人がみると、自己流で太極拳の基礎ができてないことは一目でわかる。でも 彼の頭の中では 自分はとっても上手いということが固定してしまっているのです。だから、指導者が 今の課題を彼に言っても ほとんど動きの修正ができない。先日 地元で昇級試験があって、彼と一緒に試験を受けた人からのチクリがあったのです。(爆)彼は今回3級に合格したのですが、今年中に2級試験と1級試験を受けるつもりで、将来的には指導者になりたいと言ったらしい。で、それを聞いたKさんは「まだ下手なのに、うぬぼれすぎ!」と感じたらしい。私に「あの人やんた。(イヤだ)」とぼやいてました。 私は 自分に自信を持つことはいいこと、将来の目標をきちんと立ててそこに進むための努力をするのはとてもいいこと。と考えています。特に教室のメンバーを見ると 自分の能力を過小評価している人が多くて、もっと自信を持っていいのに!といつも思っていたのですが。今回のケースの場合 自信を持つのはいいことだけど、冷静に自己観察できる客観能力も必要なのね~と感じたことでした。特に指導者になりたい場合には、他者の動きを見抜き そのどこがダメなのか指摘できるだけの観察力と言語力、あと感情で動かない冷静さが必要だと思うのですが、Sさんの場合・・・いずれも課題が大きいぞ。今の彼を見てると 自分の優位を誇りたいだけかもしれないと思えちゃうし。まあ、Sさんの場合 1級までは割とスムーズに行くでしょうが、段位に入ると大きい壁にぶつかるんじゃないかなあ。とにかく 身体の放松(ふぁんそん・リラックスしつつ自由に動けること)を 少しずつでも覚えていかないと。本当は、今まで身体にためこんだ固定された癖を一度 全部リセットすればいいんだけど、それって出来ないことですしねぇ。毎週の練習の中で、繰り返し 注意を続けて気付きを促がしてゆくしかないです。 でも、こんな少ないメンバーなのに、本当にいろんな人がいて 面白いです。太極拳の動きにその人の性格が表れるのもすごい。人間がそこにいて 動くこと 全てがその人の表現なんですよねえ。 ちなみに 教室にはちゃんと指導者がいらっしゃいますが、二段のMさんと初段の私とが先生の補助で 他のメンバーの指導にあたることもあるのです。私はビシバシSさんに注意してるんですが、全然言葉が通じないぞ~~~。(o ><)oドテッ
2011年02月23日
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黒澤明監督の時代劇の野武士の風貌が なきにしもあらず・・・・?友達のMちゃんいわく好きなだけ外に出て。お腹すいたら家でご飯食べて。暖かい所で寝る。って。猫ちゃんの幸せ最高峰だ! そ、そうかもしれない・・・・・。(_-_) ウーン
2011年02月20日
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うちの外うろつき猫のヤサグレてんてんですが。実は昨年の9月あたりから ひきつけの発作を起こすようになりました。最初はたまたまか・・・と思ったのですが、数週間後また起きて。そのうちに2週間に一回~1週間に一回と 回数が増えてきました。こりゃいけない、お医者さんに診てもらおう・・・と いつもの北上のお医者さんに連れていったのが11月の初めです。そこで言われたのが、この猫はもう年だし、たぶん脳梗塞のような症状で脳の血管がつまったのだろう・・と。発作はてんかんだ、と。で、精神安定剤を出しますから しばらく飲ませて様子を見てください ということで薬をもらって家にもどりました。その薬を20日ほど飲ませ続けたのですが、症状はあまり変わらず。むしろ発作の回数は 日を追うごとに増えてゆきました。猫のてんかんが起きると本当に大変です。ごろごろ部屋中転げまわって 障子は破るし、一番困るのがおしっこを撒き散らすこと。これは、意識のない状態でそんな風になるので、叱るわけにはゆきません。でも、お医者さんの薬を飲ませても、快方に向かう様子は見えなかったし、このまま弱ってゆくにしろ なるべく家で静かに過ごさせよう・・・と思っていたのですが。そんな甘いものじゃなかった。一週間に2~3回発作が起きると、コタツ布団の洗濯も限界になるし、いつてんてんの発作が起きるか油断ならないので、こっちの精神の緊張もきついし・・・でネットで調べて、評判のいい動物病院が北上市にあることを発見。そちらで診てもらうことにしました。それが12月の中旬の話です。新しく行った病院の診断では、たぶん脳腫瘍でしょう。とのことでした。年取った猫には 割合ある病気なのだそうです。ただ、もし正確に診断して正しい治療をしたいなら、CTスキャンのある盛岡の大学農学部の付属動物病院かMRIのある青森の施設での診断を、と言われたのですが、てんてんにそこまでする必要はないと考えました。当面、症状に応じた対症療法で 投薬をということで てんかん用の薬をいただいてきました。その薬は最初は良く効いたのですが。1月になったらもとのモクアミ・・・どころか、ほとんど毎日のように発作を起こすようになってしまいました!発作が起きるようでしたら、すぐにまた来てください。と その新しいお医者さまには言われていたのですが。なにしろ今年の1月は並じゃなくて。寒さと積雪がすごくて、とっても北上に行ける状態じゃなかったのですよお。いただいた薬が切れる直前の 1月下旬 お天気のいい日を選んで 必死の思いで てんてん連れて その北上の動物病院へ。お医者様から では薬を変えます!と言われ新しい薬をもらいました。精神安定剤を朝夜二回。ステロイドを夜一回という 内容です。これが劇的に効きましてねえ。発作が起きなくなりました。てんてんも症状が落ち着いて 気持ちも元にもどったのでしょう。また 外出したいと言うようになりました。そうして忘れもしない、1月30日日曜日。昼に出かけたきり帰ってこなくなりました。そのあたりは、本当に寒さが厳しくて、最低気温-12度以下の日々が続いていました。普通の体調ならともかく、てんてんは病気持ちです。発作起こすとしばらくもうろうとして それから眠り込んだりするのです。2晩もどらなかった時点で、もうだめだろう・・・と、内心覚悟を決めました。外に行ったまま終わるのも てんてんらしいな。。。と。心配すぎて 気持ちはよろよろでしたけどね。f(^^;) ポリポリ そして、木曜日 お昼過ぎ・・・やせこけていっそうぼろぼろのてんてんが 「エサエサ!」と言いながら 平気な顔してもどってきました。* ・・ ・・(o_ _)o コケ 私の心配を通り越して てんてんは わが道をまっすぐ進む猫なのでした。病気であろうと体調悪かろうと ガールハントに燃えるぜ!と 頑張っていたらしい。その後も毎日外出しています。もっとも半日在宅 半日外出ペースで、4日間帰らず・・・って ことはないですが。 今薬で発作はほとんど起きていませんが、脳のどこかに疾患があるのは間違いないし、根本的な治療はできていません。いつまで、いい状態でいられるか正直わからない。この先どうなるか 本当にわかりません。もしかしたら、本当に外にでかけたまま もどらず・・・の可能性だってあると思っています。でも―――それならそれで、てんてんわが道を行ったのだな。と思うことにしました。帰らなかったら やっぱり心配して、おろおろして つらさ満杯になるでしょうが、でも それも引き受けてゆくしかないと。猫も個性があって、てんてんは本当に自分の好きに生きた猫と思います。でも、飼い主にあまり心配かけるなよ~~~!さっさと元気に帰ってこいよ~~~!
2011年02月19日
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ぶらぶらと あちこちのブログを拝見したりしているのですが。そうして うろついていて発見した このページ。ちょっとあまりにも すごいので、ご紹介します。 はんどろやノート小川洋子さんの本が読みたくなってしまいました。
2011年02月15日
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実は、私 ここ1ヶ月ほど いつもは読んでない某Y新聞を読んでいるのです。去年勧誘を受けて、私とにかく勧誘に乗るのが嫌いなもので、今までは断り続けていたのですが、最近いつもと違う行動もしたほうが良い。新聞だって、どう違うか一回比較してみるのも面白い――なんて 思ったりして 一ヶ月だけその新聞を購読することにしたのでした。で、ですね。その新聞には 毎日人生相談のコーナーがあるのです。昨日のそのコーナー読んで 私は目が点になっちまった。相談の内容はこんな感じです。「私は一人暮らしの70代の主婦です。最近近くに住む孫娘がよく遊びに来てくれるのですが、来るたびに 私の戸棚のお金を持ち出して困ります。孫には言えません。娘には心配かけたくありません。私はどうすればいいでしょう。」これがなんで 人生相談なんだあああああ!?孫に直接 金持ってくな!!あたしゃ困るんだ!!って言えよ!それで終わるだろうが。と、私はかように思ったわけです。夜に情報交換おしゃべりに電話をくれた、Mちゃんにそれを言ったらだって、孫娘との関係を壊したくはないのよ。遊びに来てくれるのは嬉しいけど お金を盗られるのは困る。だから穏便にお金を盗る行為だけやめてもらいたいのだろう。とのこと。ふぅうううむ。そうなのかあ。あま~~~いい!!問題が起きたとき 自分は一歩も動かず、状況を変えずに 問題だけ解決なんてありえな~~~い!のだよおおお。問題に立ち向かえ。問題につっこんでこその解決だ。 とは言ってもね。問題が起きる時というのは、その背景にその問題が起きる必然があるのです。それは絶対。この相談者の問題 相談者が育って そして作った家庭の問題ってのは、自分の正直な言葉を語れる場所ではなかった。ということでしょう。我が家だってそうでしたよ。家の中で自分の問題や 気持ちをきちんと話せる家庭じゃなかった。だから、長いこと長いこと 私は自分を表現できずに困ったまま生きてきたのだ。最近私は思います。ワイドショーを見ながら 政治や大相撲に文句つけてるのもいいけれど、(文句つけているだけなら、エネルギーもいらないし 自分かえる必要もないもんね~)本当に日本や社会を良くしたいなら。家の中で、家族にきちんと向かい合って、自分の希望や気持ちを言える自分を作ってゆく努力をしたほうがいい。それは容易なことじゃないです。とっても難しいし、勇気が要ります。でも、そこからしか 始まらないです。始めると 自分がどんどん強くなってゆくから 楽しいですよ。
2011年02月13日
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実は、私、先週から風邪をひいておりまして。一時期はほとんどよくなったもので、油断をして4日の金曜日の夜 いつものように太極拳の教室に出かけたら、そこで体力を使い果たしてしまったらしくひどい 風邪のぶり返しが来てしまいました。土曜日5日が最悪で、布団の中から動けず。昨日 ようよう起きて動く出すことができるようになったものの、夜眠ろうと布団に入ったら咳が止まらなく、寝付くことができませんで。仕方ないので、咳をしながら ラジオをつけて 深夜便の音楽やら作家のインタビューやらを聞いていたのですが。今朝方のインタビューは 作家の曽野綾子さんでした。私は本当に若いころから 自分の存在理由に悩んでいて、人と上手く付き合うこともできず、どうやって生きていったらいいかもわからず。という困難を延々抱えて生きてきたわけだったのです。だから、その答えが見つかりそうな本もあれこれ読み重ねてきました。曽野さんもそのうちの一人で、小説はあまり読んでないけど、彼女の書いた人生指南書とかエッセーとかノンフィクションとか ずいぶん読んだ記憶があります。ああ、講演会にも行きましたね。2~3回くらいかな。そのうちに あまり読まなくなったところを見ると やはりどこか方向が違う感が自分の中にあったんだろうなあ…と 思うのですがその 詳しい理由までは わかっていませんでした。曽野さんは、本当に頭が良くて 善人で 骨惜しみなく働く立派といわれる方の典型なんだろうと思います。何せ、夫の三浦朱門さんが《妻にするなら 曽野綾子》と色紙に書いたそうだと 聞くほどの女性ですし。(^▽^笑) で、ゆうべ 彼女のインタビューを聞きながら、ずいぶん重い衣を 自分ではそれと気付かないまま 着込んでいらっしゃるのだなあ。と気付きました。前の私だったら見えなかった部分が見えたのだと思います。インタビューの中でこんな内容をおっしゃっているところがありました。(正確ではないと思います。おおよその内容とお考えください)戦後間もなく まだ世情が落ち着いていなかったころ、当時道路に赤ん坊を胸に抱えた母親が 据わりこんで 前に空き缶を置いて 道行く人に物乞いをしていた。私の母はその人を指して、きちんと働いてお金を節約して貯金しておかないと ああなりますよと私に諭した。それは 私の母のお金に関する立派な教育だったと思う。私は なぜ 今子供たちにそのような教育をしないのか、するべきなのに!と考えます。―――と。彼女の言葉を聴きながら、お金は無駄にしてはいけない。必要がなければ使ってはいけない。いけない、いけない の禁止令を持ったまま生きていらした。それは、曽野さんのご母堂から引き継いだ価値観(衣)だけど、彼女は自分で その衣が正しいか正しくないか 本当に必要なものか 考えたことはなかったんだろうなあ。とも。彼女は気付いてないだろうけれど、その衣はイコール怯えの鎖で彼女を縛っていますよ。彼女は敬虔なキリスト者として 有名ですけれど、そうだとすると、私の大好きなマタイ伝のキリストの言葉 空の鳥を良く見なさいという言葉の意味を本当に 胸に収めたことはないんじゃないのかなあ…と感じたことでした。ちなみに、3年前の私だったら、昨晩の彼女のインタビューを 何の違和感もなく聞き過ごしたと思います。私もお金は無駄にしてはいけない。きちんと理由があって使ってこそのお金だ!と そういう風に感じていたものですから。今は ちょっと違っていて。。。。難しいのですが、お金もエネルギーの一種だから、遣うべき時期と場所があって。使い方を間違えると生きるお金も生きないよね。。。って感じかなあ。まあ、まだ色々難しくて 自分の中でのお金の位置はまだ 定まっていません。私もまだ色々途上です。
2011年02月07日
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先日、新聞のコラムに載っていた文章を読んで、ありゃりゃ、ここの新聞の方でもそれくらいの考え方しかしておらんのぁ・・・と、思ったことがあったのです。で、そりゃ違うな・・・どこが違うかな・・・と 私の考えたことを記しておきたいと思ったので、久しぶりの楽天ブログを書いています。そこのコラムでは、先日BBCのバラエティー番組で広島と長崎で 2重被爆の被害に遭われた山口彊さんを取り上げ、彼の被害を笑いものにしたと。そのことを嘆かわしい、無知であり、人間の尊厳への想像力がない、という言葉でしめくくっていたのですが。私は いじめやら家庭内暴力やらあれこれの問題が起きたときに その加害者の立場にある人に対して、よくニュースのコメンテーターやら知識人なる人たちが一様に「被害の立場にある人への想像力がない!」と非難するのを 変だ!と 前から感じていたわけなのです。どこが変と感じるのかというと、問題は起きるべきではない。問題が起きるのは、問題を起こす側にやさしさや思いやりが足りないからだ。相手のことをきちんと想像する心があれば、そもそもそんな問題なんかは起きないはず。という思い込みの中での発言が前述の「想像力がない!」という一言の中に入っているように思うのです。私は 人間が生きている限り、家庭も社会も動き続け、問題は次々と起こってくるものであろうと 今見ています。で、その人間の実力とは 起きた問題に対して どう対処するか。そこに問題が起きたということは、解決すべき課題がそこにあるということを意味しているのだと思うのです。その課題に焦点を当てないで、「嘆かわしい!人間の尊厳に対する想像力が足りない!」と言うだけで いったい何が変化するというのか。今回のBBCのバラエティーに関して言えば、きちんと抗議して 番組の謝罪声明を得たことは良かったです。でも、そもそもの問題点は 日本が受けた原爆の被害の恐ろしさ、すさまじさを世界的に認識の共有ができていないことにあるでしょう。ならば、この機会を利用して、BBCの番組にお願いして、山口さんの人生のおさらいの番組を作ってもらえないか頼んでみるとか。それは無理にしても、原爆展の開催を共催で図ってみるとか。自分の気持ちを感情を交えず 相手に冷静に伝える努力をするべきじゃないのか。それが、大人の問題の解決法であり、これからの世界をきちんと住みやすい場所にしてゆくための努力だと 私は考えます。問題が起きたと そこで憤慨するだけではなく、ではなぜその問題が起きたのか、その問題が起きないようにするためには 何をすればよいのか 考えること。(それは 個人の上にふりかかる問題でも同じことです) もっとも、その編集氏は、英国の番組制作者に対して 非難的な言葉を並べていたけれど。日本人だって、どれほどの人が先の大戦中ドイツのドレスデンの被害を知っているだろうか、パレスチナの受けている弾圧と被害を知っているだろうか。知る努力さえ、することがあるんだろうか、と。他山の石は、あちこちのごろごろごろ していますよね。
2011年02月03日
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