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駄文でもいい、何か書いて残ると言うことは、自分が何かに向き合って生きている証拠を見せたと言うこと。そして、名文でなくてもとらわれずに、感情を出しきれる。それ以上何を望むのか? そこにとどまっていても何も始まらない。外に出て、風を受けよう。理屈は吹けて、何かの感覚が自分を貫いていくでしょう。
2005.05.31
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責任は自分に向けないと、成長がない。自分の配下にあるもののミスも含めて。自分はそのためにリーダーとしてあるから。割の合わない責任というのがある。責任の背景には予算を含めた権限がある。 トップはその権限を使いこなせる人材を配置し、チーム全体を動かす力を生み出させるのが仕事。トラブルは、トップを含めたリーダーの配慮がたりなかったから。そこまで、見通せない無能とアクションを起こせなかった無為に対する責任は重い。記者会見で大企業・役所の不祥事で頭を下げるシーンをみるたび、その事に腐心を本当にしているか自分に問い正す。
2005.05.30
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今日は子供達の小学校で運動会 。例年の雨を心配するのと違って、照りつける日差しがうらめしい位のピーカン。恒例の前日テントはりも順調に終わっていた。 上の息子もすでに引かれたラインで走る練習をしていた。やる気満々の様だ。普段、余りみない表情をしていた。息子は今年応援団で、旗手を務めた。性格上そういうモノに手を挙げそうにないのだが、やはり血は争えないものかオヤジに似たみたいで、ちょっとうれしい。下の娘も一生懸命走り、踊っていた。 強い日差しの下、普段より早いペースで日程は進み、息詰まる最後のリレー、一生懸命力を振り絞って走る子供達の姿に打たれる。 子育てはあっという間だという。やり残した事を振り返れば、チーム作りもそうかもしれない。 小学校の運動会も上の子はもう次が最後。成長してくれた子供の姿に感謝。来年は又違った姿を見せてくれるに違いない。父親として年一回の事だが、いい気分にさせてもらった。
2005.05.29
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学校で習うように最初、知識詰め込みありとすると、問題意識が絡まないため面白くない。文章題が好きだった。 自分の身近な問題をどう解いていくか?それには、いくつかの答えが実際にはある。学校のテストの様に解答が一つというわけではない。 実社会に出るとみたこともない文章題が一杯ある。その文章も突きつけられたり、自分で書かなくてはならなかったりだ。 今になっても時々学校の試験はイヤだったなあと思う。社会人になったら定期試験は少ないが、評価という形で毎日試されている。 問題の山をどう登るか、身近な例に置き換え今まで蓄積した知識、知恵、それでも足りなければ新しいそれらをどう取り入れるか、登山口を決め学校で出なかった文章題を今日も解く。
2005.05.28
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自分の弱点を知る。そこを、今日から変える。言うのは簡単、やるのは至難。しかし、その向こうに光が見える。心配事や、気にかかることがあるとどうも気分が乗らない。いっぱいあっても、その一つが解決すると少し光がさす。 自分の弱点が見えない事も多い。まわりの人に聞いてみるのもいい。でも、信頼できる人がいる時に限るが。そちらのほうが耳が痛いかも知れない。自分の生活をしっかり見逃さない。反省を必ずする。人は忘れるのが得意だ。それを書き留めれば。日記になる。反省が多い分、これから伸びる可能性が自分にはある。現状分析の第一歩はそこからじゃないだろうか。
2005.05.27
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気持ちが弾まない時、人と話してみよう。同じ悩みを持つ同志なら、通じることも多いはず。自分を受け入れてもらえると同時に、相手の思いも客観的に、しっかりみてあげないとと自らを奮い立たせてくれる。刺激は浴びにいかねば、自分がよどんでしまう。 そんな時は普段と違った生活をしている人に会いに行こう。自分の位置を確認しに。よどんでしまえば流れない。流れるような話はきっと自分を変えてくれる。
2005.05.26
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とにかく予定を埋め工程表に落としこむ。自分にある程度の強制力を持たせ、動かす。動きさえすれば、やるべき事をこなすだけ。結局、時間軸がないとタイムリーに実行されない。徹底して実効性を目した徹底的出力だけを考える。 バリバリやるって事はどれだけシンプルに整理できて、それが完成したら考えずに思いっきり走るということじゃないか。どうしても整理できないと判断したら、見切り発車でも走りだそう。新発見が道しるべ。もちろん、そこにいくには大いなる勇気とそれまでの経験からのある程度の読みは必要だが。
2005.05.25
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あるスピーチで夫婦の価値は「一緒にいる時間より思い出の数」だと伺った。夫婦でなくてもあらゆる人間関係でそうじゃないかと思う。 人の本当の評価はそこから立ち去ってその大きさを感じる時に生まれる。その価値をその人の存在感と失った空虚感で知る。 残像が残るだけ。それさえ残らない。そう言う人がこの人生を歩いていくうちに多数出来ていく。どうせもう会わなくなるのに何かその人にしてあげれたのではないかという時間がある。人を大事に思うことは、思い出に成りうる条件の一つかも知れない。
2005.05.24
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例え追いつめられたとしても、今やれることは限られている。そこまで精一杯やっているか?より、いい方法を考える前に先ず今やれること、やるべき事を見失わない。状況に紛れて、最初の軸をがぶれていないか?そう、トライを重ね続けていく。 一足飛びは、当面来ない。ブレイクは集約されたトライがあふれてだしたから。その表に見えないエネルギーの集約があるはず。そうでないと、本物にならない。 リスクを背負ってこそ、安閑とした空間からは生まれない。最初から分かっている事。自分で飛び込んだ世界なのだから、赤裸々になってやる覚悟を乗り越えなければおぼれてしまう。大波はこれから何回もやってくる。
2005.05.23
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日本人にあまりな地味のない欧米習慣の中にチップがある。本給よりそちらでの収入が多い方もあり大事な収入源となっているようだ。日本では、お座敷や大衆演劇などで「おひねり」として慣れた方々がやっている。 旅行してホテルの枕元にコインをそっと置いておく。その笑顔を見ることは出来ないが、メイドさんが喜んでくれる気持ちを想像するとうれしい。 お店とでなく、個人としてサービスでつながる。こちらの気持ちも実際にしてくださった方に直接伝わるのがいい。もらう側も直接の歩合給という枠を越えて思わぬ評価をもらう事もあるだろうし、契約によらない気持ちをその場で手にする。額の大きさではない。そこで交わされる「サンキュー」がどちらの気持ちにも陽を当てる。小さな気持ちが、人間関係をギスギスさせず、すべりださせる。お金でなくてもいい習慣を学びたいモノだ。
2005.05.22
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いきあたりばったりで日記を書いているが、書けない時は全く書けない。何日か空き、まとめ書きする事もままある。数日書いて無いと生きているんだろうか?と心配してくれる人もいるくらいだ。 そんなことを、書いているのいないのだと、思っている自分はちっぽけだと思う。もがきながら、いるからするっとあの世に行かずにすんでいるのかと、またお気楽な事も考える。それだから、続けて行けているのかもしれない。
2005.05.21
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人によっては是が非でも、そうしないと行けない人がいる。農耕民族であった日本人は特にハッキリとさせることに抵抗を感じる様だ。世界の中でも厳しい環境にあった地域では、集団の掟として規則があった。穏やかな環境、ぬるま湯JAPANは外敵の侵入にどこまで対抗できるか?経済大国としての地位を転がりつつある今、M&Aを始めとする攻勢に白黒をつけられるのだろうか?元寇、黒船来航、第二次大戦本土爆撃以来今、日本は北朝鮮の驚異にさらされている。中国の飛行機や、潜水艦にも良いようにやられている。平和ボケといわれながら、キチンと対応がとられているのだろうか。「Noと言える日本」がかつて売れた。いじめでもやりこめられ始めると、やる方は反撃が来ないとみるや、エスカレートしていく。 自分のスタンスをハッキリさせないと、何事も相手のペースに巻き込まれていくのだ。白黒をつけるには、自信をもって向き合える力をつけていなくてはならない。 日本人に多い「私なんか、ダメダメ」と言う風土から、「自分は、こういうことで、こういう風に思う。」という人材を育てて行かなくては、飲み込まれてしまうのではないかとこれからの日本の時代を危惧している。
2005.05.20
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白黒にこだわる事は争い事には当然必要だが、日常生活、ビジネスシーンでさえも時には、そうつけられない方が多い。 グレーゾーンは政治によく使われるが、どうしても物事を動かすのには必要な場合も多い。「なあなあ」も時には日本人には有効だ。誰も責任をとらない、先送りには良い。緊急避難的に実行していくには非常手段になりうる。問題はその先だ。結局硬直した状況を打破するにはいいが、何も建設的な前進ないのでは意味がない。 家庭生活の中にもそう言うことは結構ある。ギスギスしそうな時はグリースを塗るようにグレイゾーンをちょっとはさんでみようと思ってみよう。
2005.05.19
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まず、カッコワルイとみる自分の尺度が間違ってないか、チェックしているか?自分のセンスは確かだという証拠はどこにもない。格好は確かに悪いけど、それが本質に迫るモノを放ってない?感じ取れる?そこまで見通せているの?カッコワルイと一緒にカッコイイも時代の洗礼を受けていく。自分自身もだ。リバイバルは時代を超えてやってくる。歴史は繰り返されるのだ。今、ダメだといっていた価値観は加速的に変化をやり遂げている。朝、倒産寸前でも夕方大金持ちになれるチャンスも0じゃない。世間尺度の変更矢印はどっちを向いているか刻一刻変わっているという現実を知らなければならない。そして、戻ってくれば周りは変わっても命ある限り、生きて行かねばならない事は明日になっても変わらない。自分を活かす為にイカス尺度をもっていよう。
2005.05.18
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朝起きて「ヨッシャー」って、かけ声と共にガッツポーズを何回もやると、不思議と力が湧いてくる。自分の中の「ヨッシャー」体験がフラッシュバックする。自分の体験じゃなくても、ひいきのチームの劇的シーンも蘇る。必ずやる気出ます。やる気に標準装備するといいです。
2005.05.17
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旅人が訪ねてきた時、自然に暮らす人々はその労をねぎらい、家族のように迎え入れてくれる。紀行もののテレビ番組で時々目にする光景だ。最近は、色んな人がいるので、日本でもおいそれ名前も公開しづらい感じになってきている。確かに知らない人でも呼びやすく、病院や銀行でも番号札で呼ばれるようになった。だが、顔見知りになっている近くの所でそういうものが果たしてなじむか?おもてなしの心からはどんどんかけ離れていくような気もする。信頼関係があるほど、規則は少なくて済む。みんなが輪になって和を作って行けるコミュニティはドンドン減っている気がしている。
2005.05.16
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新しい仕組みを作る際に、まず大枠をキチンと作る。システムはそこに携わる人々全てにメリットがないと回らない。時間軸も持たないと、時の風雪にさらされ陳腐化しダメになってしまう。自分の中のめいっぱいの配慮が盛り込まれたら、滑り出しです。動き出せば、色んな不具合を確かめる。クレームを聞く。聞くは効く。批判に耐えうるモノに細部に渡り仕上げていく。実際に関わる人の声に耳を傾けなければ、バージョンアップはあり得ない。完成はあり得ない。常にそれを使う人の欲求を満たす道具として使い古されていくから。古くならないシステムは進化を止めないか、シンプルで変える必要のないモノではないか。企画・制作者としては出力先だけでなく、システム運営に心砕く事を楽しめなければ手を出してはいけない。そこに愛情を注ぎ込めなければ、自分の作品としての愛着を持てねば、回っていけるだろうか?そういう思いを受けて出来ているシステムがどれだけあるだろうか?
2005.05.15
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創造・表現者としてのトライアルを毎日やる。自分の空気感が透けてみえるものに。生活全てを形にしていく挑戦。活きた頭でめぐらせ続ける。生命力あふれる動線を開通させろ!思いの丈をイキイキと伝えられるか。出力が目に見える事が要求されている。今日という作品に今から向かう朝。
2005.05.14
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僕が視てきたモノ聞いてきたモノ感じてきたモノこの10年、どう生きてきたか。ゆっくり振り返る事もなかった。ついこの前と思っていた。その前の10年間もそうだったが。段々早く時間が流れている。その場で何が出来るか、タイムリーにアクションを起こせたか?大半はノーだ。僕が授かってきたモノ 数え切れない。いつも一緒にいてくれたもの家族、友人、今僕の周りにいてくれている全ての人たち完走し尽くして力を抜けきれるか?まだ、道の途中。
2005.05.13
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50代でも、愛を歌えるみずみずしさを。ぼやっとしてると、すぐ来てしまう。みんな、思っていてもなかなか出来ない。自分がそういう気分でいる。充実感に取り巻かれていたい。 その頃には、少しでもお金のことだとか、子供の事も少しは心配しないで良くなっているかも知れない。ゆっくり、夫婦で出かける余裕も出来るかも知れない。 ワンランク上のおしゃれもちょっとして。その人生に似合う服が来て欲しいとおねだりしてくれるように年甲斐もなく生きていたい。不良(ワル)いおじさんに憧れて。
2005.05.12
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イメージを形にする事がとても楽しいと思う時がある。今までやってきたことを、形にする事で知識が生きる。うまくいかない時は工夫をし、知恵が生まれる。このベンチテストを積み重ねていく。試作品の品質を上げていく。チームでやっているなら、成果を出すことで絆を深められる。自分のイメージが実現する時、それが何か人の役に立つ、自分の満足感を満たす。そこからワクワクを始めよう。クレームだって素晴らしい製品にして商売になる時代。そのまま転んでしまわないで、不便を笑顔に変える。気がついたら夜中になっている位に夢中になって出来る仕事をしたいと夢見ている。
2005.05.11
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オファーが来ることがある。「やってみない?」チャンスを頂けるありがたさをかみしめる。チャンスというのは、意外に巡ってこない。それをつかむ目を持っているかも大事だ。次は無いかも知れない。与えられたものなのだ。つかみにかかっても、誰かが後押ししてくれたから。今日あっても、明日には無いかも知れない。見えない力に、今日も動かされ生かされている。
2005.05.10
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弱さは誰にでもあるはずなのに、それを見せられない。弱音を吐きたいだろうだろうけど、それをみせない。でも、自分の中ではわかっていよう。ずっと我慢してると、朝起きたら、自分エラーがでてたって日だってあるはず。故障を覚悟しているが、朝、頭を抱えているかもしれない。時代が甘い言葉を許さない、でも人として生きよう。
2005.05.09
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気分ののらない日、何もしたくない時はなにもしないそれは、普段には意味の無いことをしてみる。けれどどこかで、うまく流れていかない。そんな時は、和紙に襟を正して書いてみる。いつもと違った筆記用具と、紙を使ったら気分が変わる。自分の心のゆがみも、そこで分かる。自分の微妙な揺らぎをみよう。
2005.05.08
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人前で話す人は、だいたい何かを成し遂げた人が多い。成し遂げるぐらいだから、積極的でそれが好きな事が多い。でも、人前で話す機会がないからこそ、人前で話そう。その機会を作りたいね。自分が学級会ですぐ、手を挙げるたちだから、そうなのかもしれないが、みんな言いたいことがあるのに、挙げないのが不思議だった。平たく言うと自信がない。考えをまとめるのが下手でこんな事言っていいのだろうかと、思案していたら時間が来る。これまでの自分のキャリアを伝えたい、自分のことは自分で話せるはず。一定のフォーマットを作ってそれに沿って、予習をちょっとしてくれば、何とかなると言うことで。名前は「素人赤面克服リサイタル」とかどうかな。出演者交渉成立したら各自即開講、特別何か人に教えようとかしなくても、講演なんて偉い人がしてると思っていた誰もが講師になれる。偉くなって年を食う前にやってみよう。慣れてきたら、品質が上がったら100~200円程度の講演会形式で呼びかけよう。お金をとるのは、敢えて講師としての緊張感を持ちたいが為。凄い人たちを見ることは一番の刺激であり、目標になる。(何が違うか考えるチャンスを与えてもらえる)でも、僕らの歩いてきた道は僕にしか話せないという事実と自信を知ろう。そしてカーテンコールを聞こう。
2005.05.07
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経験は果たしてどこまで人を助けるだろう。思い通りに行くとは、限らない。失敗、間違う事を悪だという価値観を考え直そう。ネガティブな感覚を持つことなく、自分の中での尺度作りが出来れば、アレはアレで良かったと評価する力量が出来るといい。そう、「失敗」と言わず『学習』と言おう。辛い、けれど一歩を踏み出した事に意味がある「これでよし」と言えるか?それを有意義な道草にするために。
2005.05.06
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考え抜いて考え抜いても「想定外」は起こりうる。その事を十分頭に入れて置かねばならない。日常に追われているとなかなかそこまで考え抜いていない。 確かに、走り出すことは必要だが、(考え込むと何も進まない時はある)ある一定の範囲を超える事が実際には起こる。現実的にそれを想定することは不可能だが、想定外は必ずやってくる。(最近の大事故とかも想定の範囲内だったか?)思いもよらない事を上手く泳ぐ、常日頃次の一手を見回して置かないとと思う。
2005.05.05
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昨日、ケーブルテレビでウルトラセブンをやってました。今時、ビデオレンタルに行けば簡単に見れるんですが、そこまでしては見ないので子供の時の様な興奮を覚えました。主題歌、挿入歌、ホーク各号、変身シーン、キメ技等特撮が陳腐そうでリアルな効果音があり、自分の子供のやっているゲームの絵や音に慣れたせいか、素朴でなんかホッとしました。実写もののテレビヒーローをうちの子が見ないためかそれでも、家の周りで子供がなりきり「ヒーローごっこ」をしているのを余り見かけない様な気がします。父親を含めて、今日より明日はもっとよくないと思っているヒーロー不在の時代を象徴しているのかと思いました。
2005.05.04
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「プロ」はどうしてあるんだろう。みんなが、自分では出来ない、困った。誰かに頼もうと思ったから連絡が来る。困っている人に商品とサービスを提供してマーケットが開ける。その人は必ず問題を抱えている。何をどう困っているかがスタート。その人自身も何が困っているか自分で言い表せない事も多い。どう表現して良いか分からないのである。何が困っているか分からないが一番困るのだが、現実的にある。これを解きほぐす鍵を見つけなければならない。最初が違っていると問題を解決できないばかりか、他の事をやってしまうことになり相手の問題解決にならない場合も多い。不満が残る。「聞く」は「効く」のである。段々専門家してくると、素人には見えにくくなっていく。「プロ」は「素人」の問題解決の為にあるのだから自分ばかりが分かっていても意味がない。そのプロセスを理解してもらい理解してもらう努力が必要。「素人」側にもいろんな理解の度合いがあって、難しい面があるのも又事実。片方だけが一生懸命になるだけでは物事はうまくいかない。とにかく、問題解決のゴールまでを着実に相手の方と手を取り合っていけるかが自分の仕事の評価を正しくしてもらえるかと心得て置くべきだろうと思っている。
2005.05.04
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この世に出てきたからにはすべての人に生き抜いていく「チャンス」がある。今日ここにこうしていると言うだけで生き続ける才能がある。当たり前に感じすぎて、見えない。それを、与えられているから。豊かさにあぐらをかいていないか?与えられていることは当たり前じゃない。与えられていなくても、頑張る才能を与えられていたら、もっとやれる可能性が高い。たとえ、与えられていても、幸福とは限らない。当たり前でないと感じる時、当たり前であることの素晴らしさを凄く感じるだろうが、当たり前でもそれに気づかない不幸(幸福?)もまたある。憲法記念日:徴兵制度のない幸せは当たり前だろうか? 人間の愚かさで引き起こされてきた争い事がなくなるのはいつだろうか。自分が自分であり今日、ココにいる事の意味をもう一度考えてみる良い日かも知れない。
2005.05.03
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今日は連休の谷間。普段とちょっとペースが違う。休みをひきずって仕事があり、また明日から連休。どうも、ピンこない。やはり、リズムが大事なんだ。こういう時こそ投球の配球を丁寧にしないといかん。ぽかっとやられる。気を引き締めていこう。こういうペース作りも、リーダー、プロとして必要。集中力を切らさないで行こう!
2005.05.02
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人間が出来る事は平等に与えら得た24時間をどう使い切るか。やれることしかやれない。やれることがやるべき事をどう満たすかが勝負。とにかくやって、凝縮させる。ぎゅっと。ね。実はチャンスはそうたくさんは与えられていない。この状況は、運が良く与えてもらっているのである。与えてもらっていると感じてるという事は居心地が良いという事。安住ではないが、充実感を自分にもたらしている。もっと強い充実感の為にまだやるべき事はあるはずだ。
2005.05.01
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