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今日と明日は『沼津夏祭り』です。メインは合計約9.000発の花火なのですが、明日の午後には『神輿パレード』があります。写真は昨年の神輿パレード「港栄会」です。真夏の炎天下に約20台の神輿が出ます・・・沼津市内の神輿会の神輿が出るのです。僕は地元ではないのですが、神輿の担ぎ方の指導に行った関係で『港栄会』に入っています。『港栄会』は沼津港のある港湾区が所有する神輿を担ぐ神輿会で、土地柄、漁業関係者・水産加工関係者などが多いので、なかなかの男気のある神輿会なのです。頑張りまっせ!!
2005.07.30
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台風が近づいてきています。外は土砂降り・・・どん君はパトロールにも行かずソファーで気持ちよさそうに寝ています。でも、陸君は散歩に行かないというわけにはいかないので、合羽を着て行ってきました。僕はポンチョを着ていったのですが、風も強いため襟や裾から吹き込んでずぶ濡れになってしまいました。 こんな日にはのんびりと作品の整理・・・と決め込みましょう^^;
2005.07.26
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『死んだ女の子』 詩・曲 ナジム・ヒクメット1)開けてちょうだい 叩くのはわたし あっちの戸 こっちの戸 わたしは叩くの 怖がらないで 見えないわたしを 誰にも見えない 死んだ女の子を2)わたしは死んだの あのヒロシマで あのヒロシマで 60年前に あの時も7つ いまでも7つ 死んだ子は決して 大きくならないの3)炎が飲んだの わたしの髪の毛を わたしの両手を わたしの瞳を わたしの身体は ひとつかみの灰 冷たい風に さらわれていった灰4)あなたにお願い だけどわたしは パンもお米も 何もいらないの 甘い飴玉も しゃぶれないの 紙ッきれみたいに 燃えたわたしは5)戸を叩くのは わたし わたし 平和な世界に どうかしてちょうだい 炎がこどもを 焼かないように 甘い飴玉が しゃぶれるように 炎がこどもを 焼かないように 甘い飴玉が しゃぶれるように■ 全壊全焼の境界くっきり ■■■ 広島平和文化センターが十九日、米国立公文書館カレッジパーク分館(メリーランド州)からの入手を公表した広島原爆の記録写真二百二十六枚は、オリジナルフィルムやプリントの複製で精度は高く、これまでにない空撮・地上からのカットが多数含まれている。米軍が「原爆の効果」を調査するために撮った写真は、ヒロシマにとっては「原爆の悲惨さ」を伝える被災資料である。原爆資料館資料調査研究会メンバーで、写真家の井手三千男さん(62)の協力を得て、浮かび上がる被爆の実態をみる。 (1)元安川右岸、中島本町(現在の平和記念公園)から見た原爆ドーム。奥の橋は、原爆投下の照準点となった相生橋。手前は元安橋で、花こう岩の親柱の一部(中央奥)と、欄干すべては爆風で落ちた。左端に米国戦略爆撃調査団の兵士が見える(2)天満川(左)と福島川(右)(戦後に埋め立て)に挟まれた中広町の全壊・全焼の際が分かるカット。グラウンドが見える市立中(陸軍幼年学校跡に移転後、基町高)は校舎が押しつぶされ、約2時間後に猛火で延焼した。右端は山陽本線、左隅は市内電車が通る横川新橋(3)焼け残った広島陸軍幼年学校の防火壁と、鉄筋の階段。広島城址北側にあり、現在は門柱が修復され元の正門に建つ(4)山陽本線の南北に広がる白島地区(右側)の全壊・全焼が明りょうなこれまでにないカット。爆心地1.6キロの神田川鉄橋(手前右)では、走行中の貨物列車が爆風で脱線、炎上した。左側が中国軍管区司令部があった広島城址(じょうし)。その右斜め下は広島逓信病院(5)爆心地900メートル、廃虚の斜屋(ちぎや)町(中区堀川町)に残った久保田本店の煙突。上部は原爆資料館で展示されている。左は旧中国新聞社。113人の犠牲者を出したが、11月4日に広島の企業の中で先駆けて本社復帰を果たす。現在は三越広島店が建つ。右は旧日本勧業銀行広島支店(6)焼けた広島駅構内。救援・救護などで町村部から駆けつけた在郷軍人、義勇隊員らとみられる。右側の柵(さく)は被爆後に作られたといわれ、奥は事務室(7)皆実町1丁目(手前)から西方面。中央は京橋川。ガスホルダーの残がいが写る広島瓦斯工場の東側は、市内電車の通りで遮られ延焼を免れた。千田町(京橋川の奥)を撮った別カットとともに、皆実・千田地区の全壊・全焼の際が分かる。左端が爆心地2・2キロの御幸橋下は現在。右側の東千田公園の中にあるのは、広島大の移転後も残る被爆した旧広島文理科大(理学部)校舎(8)比治山(手前)の北側と東側の段原地区は爆風で瓦が飛んだが、延焼を免れた。猿猴川(中央)から東練兵場(右上)にかけて風の影響で焼失の飛び地があったのが分かる。左上は広島駅下は現在。グラウンドが見える段原小(左)と荒神小(右)の位置は同じ 『ヒロシマ60th』で8月6日には広島で歌うことになっていたのですが・・・中止になったようです。なんとしても歌い続けたい歌なのです。
2005.07.24
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1975年のライブアルバム『俺のうた おまえのうた』のCD復刻盤は無事に完成しました。ただ、30年以上も前の録音で現在に比べて音が悪いこと(当時でもスタジオ録音はそこそこに編集もできるのでよかったのですが、ライブ盤はちょっとね・・・)はどうしようもなく・・・。 それと『原爆許すまじ』の歌詞を間違えて歌っているのに気が付いて・・・やむを得ず削除しました。いつも『死んだ女の子』の前に歌っている曲なのに残念ですが・・・。『原爆許すまじ』 作詞 中央合唱団 木下航二作曲 南部文化集団 浅田石二 1 ふるさとの街やかれ 身よりの骨うめし焼土(やけつち)に 今は白い花咲く ああ許すまじ原爆を ●三度許すまじ原爆を われらの街に 2 ふるさとの海荒れて 黒き雨喜びの日はなく 今は舟に人もなし ああ許すまじ原爆を ●三度許すまじ原爆を われらの海に 3 ふるさとの空重く 黒き雲今日も大地おおい 今は空に陽もささず ああ許すまじ原爆を ●三度許すまじ原爆を われらの空に 4 はらからのたえまなき 労働にきずきあぐ富と幸 今はすべてついえ去らん ああ許すまじ原爆を ●三度許すまじ原爆を 世界の上に
2005.07.23
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昔、うたごえ喫茶のリーダーだったころよく歌った歌です。今の若い人たちにも歌ってもらいたい歌のひとつです・・・・・。特に愛国心を持てとは言いませんが・・・もういちど見つめてほしいと思うのです。 『君の祖国(くに)を』 作詞 藤田 敏雄作曲 いずみたく 1 もう一度 良く見て欲しい この祖国(くに)を 良く見て欲しい さぁ 君の小さなその眼で 君が生まれた この祖国(くに)を 2 いつまでも 見つめて欲しい この祖国(くに)を 見つめて欲しい 今日もまた 空の見えない いつも曇った この祖国(くに)を 3 忘れずに 歌って欲しい この歌を 歌って欲しい 頼むから どんな時でも 私の命が 終わるとも 4 君だけは 愛して欲しい この祖国(くに)を 愛して欲しい何故か今 祖国(そこく)さえも 誰も呼ばない この祖国(くに)を 画像はまったく関係なかったですネ^^;
2005.07.22
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『お前のその指が』 詞・曲 DONYA1 お前のその指が 引き金を引いたのだ お前のその指が 人を殺したのだ 血に染まる女の傍で泣く子供は 戦争を恨むより お前を恨むのだ たかが紙切れ一枚で 誰かが殺しを命じたのだ そうさお前のその指が 人を殺したのだ2 お前のその指が 引き金を引いたのだ お前のその指が 人を殺したのだ あどけない小さな 押さない子供を 清らに澄んだ つぶらな瞳を たかが紙切れ一枚で 曇らせてしまったのだ そうさお前のその指が 人を殺したのだ3 お前のその指が 引き金を引いたのだ お前のその指が 人を殺したのだ 汗と涙で 築いた大地を 憎しみに燃えた 血で汚したのだ たかが紙切れ一枚で 我らの大地を そうさお前のその指が 人を殺したのだ4 僕らのこの指は ギターを弾く指さ 僕らのこの指は 明日を作る指さ 田を耕し 家を建て 道を開き 動かす 大声はりあげ 自由を謳う たかが紙切れ一枚で 平和など来るものか そうさ 僕らのこの指は 平和を作る指さ そうさ 僕らのこの指は 平和を作る指さ
2005.07.21
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畑のトウモロコシを食べた犯人がわかりました・・・こいつです・・・ハクビシンなのです。我家の畑の周りにもたくさんの畑があり、トウモロコシもつくられているのですが・・・なぜか我家だけが狙われた・・・よほど美味しかったのだろう・・・
2005.07.18
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結局・・・昔のライブアルバムから取り込んだ音源は左側の音が拾えていないのですが、これはたぶん接続ケーブルの不良だと思われるので配線のやり直しをするということに・・・。気持ちを切り替えて、『復刻盤』のCDジャケットをデザインしてみました・・・古い写真はあまりにも画質が悪く、使い物になりませんでした^^;来週は音をなんとかして完成させたいと思うのですが・・・・・。その後は現在の自分の歌を自家録りでCDにしたいと思っています。どこかでライブをやれば一番よいのでしょうが、最近はお声がかかりませんので・・・^^;
2005.07.16
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が~~~ん!!大切に育ててきた野菜たちが・・・何者かに食べられちゃいました(T_T)先日はやっと2つだけ大きくなった直径15cmくらいのスイカが2つともたべられちゃって・・・今朝畑に行ったらトウモロコシ(ハニーバンタム)が全部食べられていました・・・犯人はわかりません。狸なのか鹿なのか・・・はたまた猿なのか・・・?トウモロコシはあす甥っこ(3歳)が来るので採らせてあげようと思っていたのでショックです・・・。
2005.07.16
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知床、世界自然遺産登録・・・嬉しいんだけど、自然が荒れてしまわないか、心配です。開発をしないことが自然を守ること・・・だと思うのですが・・・。【専門家の言葉を引用します】 知床の世界自然遺産登録が決定した。しかし、その過程は平坦なものではなかったし、今後解決すべき様々な宿題も突きつけられての「登録」である。知床は日本国内ではその自然度も保護体制もまちがいなく最高の国立公園といえるが、これからはグローバルスタンダードに合致するかどうかを厳しく求められることになる。とうてい浮かれてはいられないのだ。 審査を行ったIUCN(世界自然保護連合)は、我が国の自然保護制度の弱点を見逃さなかった。海洋生態系の総合的な保全、本来の機能を果たす健全な河川の在り方、海と陸の自然の循環を象徴する存在としてのサケ科魚類の保全、等々、水域に関わる現状の改善を求める厳しい指摘が日本政府に突き付けられている。世界でも希にみる稠密(ちゅうみつ)な漁業活動が行われている我が国では、生態系保全と漁業の調整は確かに困難な側面を持っており、これが対立の図式で報道され、漁業者自身にも反発があった。しかし、豊かな海は持続的な漁業を保証するものであり、同時にきちんと生態系が守られている証拠でもある。両者は決して相反するものではない。今、海域管理計画に向けた真剣な論議が漁業者も交えて始まっている。近い将来、知床の登録の日は我が国の自然公園における海洋生態系の真の保全が始まった日として、人々の記憶に残ることになると私は確信する。河川の健全性を損なわせているダムなど河川工作物への問題意識についても、世界標準と「土建中毒国家、日本」ではあまりにかけ離れていることが、多くの場で語られつつある時代だ。今、この機会に根本的な見直しを行うことが必要だろう。豊穣の海と命溢れる森をつなぐ血管としての本来の川の姿を取り戻さなければならない。 保護と利用の調和を図ることも、これからの大きな課題だ。観光で訪れる人々は増えることが予想されるが、押し寄せる人波に自然環境が悪化し、知床の魅力の源泉である「秘境感」が失われるようなことがあってはならない。高密度に生息するヒグマをはじめ、多くの野生動物たちと人間と軋轢も増加するかもしれない。そうした懸念はあるが、私はあまり深刻には考えていない。なぜなら知床には知床国有林伐採問題など過去の大きな危機を世論のうねりの中で乗り切ってきた重い歴史があり、新たな大開発はあり得ない。また、今後、世界の厳しい目にさらされる中で、むしろ問題が顕在化した方が、現状のままでは解決できない様々な問題を突き動かし、むしろ良い方向に向かうきっかけになると考えるからだ。さらに公園管理者である環境省は、2002年改正された自然公園法の伝家の宝刀とも言うべき、「利用調整地区制度」を国内で初めて知床に適用しようとしている。これは世界の常識ではあり得ないノーコントロールの我が国の国立公園の利用に、きちんとルールを定めようとするものだ。 その根本の精神は、「自然保護=立入禁止・制限」あるいは「国立公園=観光一辺倒」といった両極の短絡的考え方ではなく、自然の価値を維持できる仕組みを作り、一定のルールを定めた上で納税者たる国民にできる限り公開しようとする姿勢、ルールを守る者にはすばらしい自然体験を保証しようとする発想である。これらのシステムによって、得難い自然体験を享受できる環境がきちんと保全され、次にそこを訪れる人に対しても、末永く平等に提供されることが期待できる。 国立公園に隣接した観光拠点の町にとっても、この登録は大きなチャンスであろう。それは冷え込んだ地域経済へのカンフル剤としての期待ばかりではならないと思う。「知床旅情」のヒットによる知床ブーム以来30年あまり。知床にはいまだ「新興温泉観光地」然としたある種落ち着かない雰囲気がある。この機会に通過型観光地から脱皮し、世界遺産の冠にふさわしいセンスある町並みやもてなしを創り上げなければならない。世界中からたくさんの人々を引きつけ、魅了し続けることができる知床へとステップアップできるかどうか、それはこれからの努力と創意工夫にかかっている。 今、世界遺産登録を契機に一気に動き始めた知床をめぐる様々な情勢。これまで見向きもしていなかった人々までも「我こそは知床のこれこれを担いたい」、「知床はこうこうあるべきだ」等々、にわか「知床評論家」が増えてきた。そして、知床と言えば予算が付くせいか、様々な役所もあれもやりたい、これもやりたいとにぎやかである。中には現状無視の思い付きに過ぎないのではないか? 一体何の意味があるのか?と言うものも珍しくない。10年前、地元斜里・羅臼両町が登録をめざして活動を始めた時、周囲が如何に冷たかったかを知る地元の者としては複雑な心境でもある。これら騒々しい動きに対してお願いしいたい。何か始める前にちょっと立ち止まって考えて下さい。それは本当に知床のためになるのですか? そして、あんまりがんばりすぎないで、と。 文引用=山中正実 (財)知床財団統括研究員・事務局長 <略歴>やまなか・まさみ 財団法人知床財団統括研究員・事務局長。1959年山口県周南市(旧 徳山市)生まれ。北大ヒグマ研究グループに所属し、ヒグマのフィールド調査を各地で行った。支笏湖周辺でのアイヌの人々に同行する冬眠穴調査は、伝統的な「穴グマ猟」の最後の記録に。北大大学院では、トドなど海獣類の研究に携わり、その後、斜里町に就職。知床自然センターの設立に関わり、知床財団に移籍。
2005.07.14
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僕の唯一のライブアルバム『俺のうた おまえのうた』1975東芝EMI、もちろんアナログ盤のパソコン取り込みに成功しました!!PC初心者の僕としては快挙です^^;。何の手の加えずにCDを1枚だけ作りましたが、ライブ録音のため曲の切れ目がないのです・・・つまり、曲の頭だしができないのです。なんとか頑張って編集をしたいと思うのですが・・・^^;上手くできたら復刻版でも売り出そうかしら・・・あはは・・・ちょっと怠けていたら、いろんな機能が付いたんだねぇ・・・。
2005.07.14
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『郵政民営化法案』が衆議院を通過したようですが・・・こんなに急いで決めなくちゃぁならないような重要な法案なのでしょうか?決めたがっている小泉さんは自分の任期中に決めなければならないという『めんつ』と『意地』で動いているように見えるし、自民党の反対派の議員たちは地元の選挙民の顔色をうかがっているだけのようだし・・・^^;かとおもえば、次の選挙で公認がもらえないとなるとコロッと寝返っちゃうし・・・。僕はニュージーランドで3回展覧会を開いているのですが、そんな関係で作品や荷物なども何度か送ったのですが・・・相手が引っ越したりしているとすぐに送り返されてしまうのです。何万円もかけて送った荷物が・・・です。日本の郵便局だと届けが出ていれば転送してくれますが、ニュージーランドではそのようなシステムがないのです。民営化となると当分の間は現状を維持するとは思いますが、将来的には利益の上がらない過疎地などは置き去りになることはあきらかです。『国鉄』がよい例です・・・過疎地には鉄道が無くなりました・・・新幹線はどんどん延長されますし本数も増えていきますが、ローカル線などは1日に2・3本というところもあるのです。僕は山登りが好きなのですが、登山口へ行くための電車が少ないのでなかなか行けません。昔はA地点まで鉄道で行って、山を越えてB地点から鉄道で帰ってこれたのですが、今はA地点まで車で行って、山に登ってA地点に戻って車で帰る・・・というのが普通になっています。車を置いてくるわけにはいきませんから・・・。話は横道に逸れましたが、僕は『郵政民営化』がいけないと言っている訳ではないのです。もっと具体的に説明をして、民間の意見を聞いてからでもよいと思うのです。皆さんはどう思いますか?
2005.07.07
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新しいPCのセットアップなどは一応終了したのですが、古いPCのデータ消去はなかなか面倒なものですね・・・^^;完全消去には¥13.000-ほどの専用ソフトがあるそうなのですが、他人に見られて困るようなものは無いので・・・。いろいろインストールしたソフトをすべて削除して、過去の記録やアドレスなどもきれいさっぱり・・・。雨の日が続いているので今のうちに・・・ということで、PCを開いてメモリも取り外し、これで完璧でしょうか・・・?まぁ、僕のデータなんて何の価値も無いでしょうから・・・あはは・・・。これでPCの廃棄料金も払わなくちゃぁならないのですが、PCを買ったので¥500-でよいそうです・・・ラッキー!!そろそろお天気晴れないかなぁ・・・。
2005.07.06
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PCセットアップ無事終了しました・・・・・が!!・・・メールアドレスなどは引越しが難しく・・・あ~あ・・・初心者は悲しい・・・ぼちぼち手書きでいこうと思っていますので、早くメールのほしい方は個人メールをください^^;PCの画面がでっかい~~~!やっぱXPは早い~~~!!まぁ・・・よろしくです。
2005.07.05
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本日PCを買い換えましたので、しばらくは皆さんへのご挨拶ができないかと思います。ちょっと待っていてください。
2005.07.04
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やたらに荒れる『三社祭』の神輿に比べるとやはり神輿は縦揺れが良いですね^^;そう・・・「ソイヤ・・・」なんですね。昔の『三社祭』の神輿は各地の神輿のお手本のようなものだったのですが・・・半纏さえあれば誰でも担げるようになってしまったことが荒れる要因なのだろうと感じます。祭り衣装の着付けの仕方・・・鉢巻や帯の締め方、股引など・・・随分「粋」でなくなったような感じがしたのです。股引などはまるでズボンかステテコのようなだぼっとしたものを穿いていたり、鉢巻も運動会のようだったりです。やはり、祭や神輿は「粋」が大切に思います。やっぱ「締め込み=褌」が一番かと・・・ヽ( ̄∀ ̄)ノあはは・・・・
2005.07.02
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ここのところPCの調子が悪く・・・プロバイダーが調子悪かったのかな?・・・更新する気にもなりませんでしたが・・・v( ̄、 ̄)ノ”ヨォッ!!ヒサシブリ!!・・・です。一昨日の夜は沼津浅間神社の『輪くぐりさん』で神輿が出ました。朝のうちは涼しかったのですが午後からは気温もどんどん上昇し、めっちゃ蒸し暑くなり、汗だくの神輿でした。腰を痛めた後でしたのでしっかり晒しを巻き新しい締め込みで担ぎました。直会(なおらい)の後久しぶりに三島市の知り合いの店に寄り飲んだのですが、話が弾みすぎて最終電車を乗り過ごしてしまいました・・・( ̄ー ̄;Aアセアセ・・・・開き直ってしっかり飲みなおして・・・タクシーで帰宅・・・着いたのは3字でした・・・あはは・・・。次回は沼津夏祭りの『神輿パレード』7月31日です。身体中が痛い・・・^^;
2005.07.02
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