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先日『“じゃじゃ馬紗奈”の悲劇』をお伝えしましたが、今度は、『ドラ息子の悲劇』です。とはいっても、ひどいわけではないのですが・・・。今朝起きて、どうも熱っぽいと言うことで、体温計で熱を測ったところ、37度8分・・元々平熱があまり高くないので、彼にしてみれば、熱が高いほう・・。特に咳も出ないし、喉も痛くない・・。ちょっと頭が痛いという程度・・。今、インフルエンザが大流行で、同じクラスでも、道場でもダウンしてる子が多いみたい。大事をとって学校を休ませることに。家内は、ドラ息子を一人にしておくわけにも行かず、仕事を休んで看病を。私は出掛けに、しっかりエネルギーを流してやり、出勤。エネルギーの効果があったのか・・お昼に測ったときは36度5分まで下がってた。本人もいたって元気らしい・・。夕方、といっても夜、帰宅してみると、ちょっと顔が赤くなってるけど、元気そうなドラ息子が・・。食欲もあり、しっかり食べたみたいなんで、大丈夫かなと。しかし、熱を測ってみたら、ちょっとぶり返して37度を超えていた。やばい!!すぐにエネルギー調整をして、床につかせた。先日私が調子を崩して病院に行ったときも、来る人来る人みーんな、インフルエンザ。大流行してるみたいです。皆さん、気をつけてください。
2006.01.31
先日の日記でもご紹介した可部道場6年生の横田マサヒロ君が、今日、最後の練習をしました。可部道場についてすぐ、マサヒロの姿を探しました。寝技の反復練習をしてるみんなの中に、マサヒロの姿はありました。ちょっと一安心・・。最後の練習、どんな気持ちなのかなぁ・・。やっと終われる・・。もうちょっと頑張るって言えばよかったなぁ・・。どっちかな・・(笑)でも、淡々と、いつもと変わらぬ様子で稽古してました。最後だからと、いろいろ考えてました。・マサヒロ一人元立ち・マサヒロ一人一本勝負・マサヒロ一人投げ込みなどなど・・でも、しんどいからと言うのも理由にあったはず・・。最後の練習で、そのしんどい目にあわすのは可哀想かなと、普通の練習をしました。でも、最後にやっぱ、投げ込みだけはさせてやろうと思って、一緒に練習してた連中をみんな並ばせて、マサヒロが、一人2本ずつ投げ込みしました。投げるごとに「ヤーッ!」と掛け声を出し、みんなを無事に投げ終わりました。最後に私が行こうと思った時、青嵜先生が気を利かして、受けてくれました。和田先生も受けてくださり、最後に私。投げられると見せかけて、思いっきり返してやりました(笑)最後はキッチリ二本投げられて、おしまいです。マサヒロ最後の日だったけど、このインフルエンザの流行時期に重なり、道場も少し寂しい感じでした。道場長もインフルエンザ。先に帰ってしまった先生もいて・・私としては、ちょっと寂しいんじゃないかい!?と、思いました。でも、残ったみんなで、しっかりマサヒロの最後の練習に付き合えてよかったと思います。最後に、マサヒロの声駆けで整理体操。整列。整列して、マサヒロに前に出てきてもらって、私からのマサヒロの思い出や、贈る言葉を言わせてもらいました。マサヒロから、「ぼくは、新しい道として、 陸上を頑張ります。 みんなも、柔道を頑張って下さい!」と、はっきりとした口調で最後のご挨拶をしてもらいました。残った道場生からは、同級生の井垣君に贈る言葉を言ってもらいました。突然の指名に戸惑いながらも、「ぼく達は、柔道を頑張るので、 横田君も新しい道、陸上を、頑張ってください」と、力強く言ってくれました。私も自分で挨拶しながら彼の思い出話をしてるとき、グッと来るものがあり、涙が出そうになりましたが、最後は笑って送り出そうと決めていたので、必死でこらえました。道場に見学に来られてたご父兄さんも、ハンカチで目頭を押さえながら、最後のマサヒロの姿を目に焼き付けてました。最後の礼も終わり、これで、マサヒロの可部道場での6年間も終わりました。お母さんがご丁寧にご挨拶にきてくれ、うれしかったです。今まで可部道場をやめていく子がいても私がいるときは、こういう送り出し方ってした事なかったんで、こういうのも、最後の思いで作りにいいかなと・・・。記念撮影や、花束とかも考えましたが、私の一存では決められないことだったんで、やめておきましたが、マサヒロにとって、良い思い出になってくれたかな・・。何度も言うけど、新たな道での大成功を祈念します!!マサヒロ!! 頑張れよ!!!
2006.01.30
ゆっくり出来た日曜日でした。どこにも行かず、近所の公園で家族と遊ぶ。こんなにゆったりとした気持ちでいられるんですね。団地で一番大きな公園に行ったんですが、“じゃじゃ馬紗奈”のお目当てのすべりだいは、大きなお姉ちゃん達に独占され、しばらくながめてましたが、全くどく気配なし・・。あきらめて、別の公園に場所移動。コン太の散歩をしていたお母さんと合流。そこでは他に遊んでる人がいなかったので、独占状態。シーソーや、ブランコ。お目当てのすべりだいを満喫してた“じゃじゃ馬紗奈”でした。お兄ちゃんはグローブとボールを持ってきて、キャッチボール。お母さんも久々の運動で、気分良さそうでした。コン太とダッシュで競争してましたが、アキレス腱切らんように!! と注意しました。程なく、昔、団地自治会の役員を一緒にやったことのある方が、娘さんと犬の散歩に出てこられて、何年ぶりかの再会。まだ、長男が生まれたばかりの頃で、そこの娘さんが中学生だったのかな・・子供が好きだと言うことで、たまにうちに長男をあやしに来てくれてた。良い娘さんになってました。しばらくたったので、お母さんと、“じゃじゃ馬紗奈”は帰宅。私とドラ息子は残ってキャッチボール。そのあと、自宅前でなわとび。私は体格に似合わず、小学生の頃は、縄跳びの名手でした。しかし、久しぶりにやってみると、ろくにできませんでした・・・ちょっとショックだったんで、頑張って、せめて二重とびくらいできるまで勘を戻しました。いいもんだなぁ・・かねもかからんし。。(笑)と、家内と話しました。なんか久々にゆっくりできました。来週からは試合が続き、ゆっくり出来ないので、その前にしっかり休んどけって事だったのかも・・・。今日のコン太≪コン太バニーガールに・・・≫
2006.01.29
28日土曜日。。高校選抜の県予選がありました。母校近代福山の優勝を見に、県立体育館、武道場に足を運びましたが・・・結果は、決勝戦でライバル崇徳高校に敗れ、全国大会行きの切符は手に入りませんでした。私の一つ上の先輩と、随分上の先輩と観戦しました。昔話になり、『柔道が変わったなぁ・・』先輩がぽつりと・・私もそんな気がしました。悪い意味ではないんですが、指導者が変われば指導スタイルも変わる。いい流れになればいいのだが・・・。そう思いました。実績から言えば、崇徳の圧勝のはず。しかし、昨年暮れからの新人戦を見てると、1勝1敗の五分。勝利の行方はわからなかった・・。しかし、良くここまで追いついたなという思いもある。中学時代の実績は、崇徳メンバーの方がはるかに上。順調に育っていれば、全国制覇してもおかしくないメンバー。全国大会で、どこまで上がるか、非常に楽しみである。くやしいが、インターハイの予選では逆転して優勝を勝ち取ってもらいたい。
2006.01.28
春は別れの季節・・いろんな状況でお別れのシーンを見かけますね。私が所属し、指導させて頂いてる可部道場・・ここにもこの時期は、お別れのシーンがいくつかあります。昨日(27日)、それは私にとって、いきなりの出来事でした。寒稽古、真っ只中の可部道場に着いて、「ヨシッ!今日もビシビシいったろかい!!」と、意気込んでいたところ、道場長から衝撃的なお話を聞かされました。横田マサヒロ君が、辞めると言うのです。マサヒロは6年生。1年生から可部道場に入門し、6年間、厳しい練習に耐え、柔道の技術はもちろん、精神的にも、とても大きく成長した子でした。つい先日、道場長から「マサヒロは中学校いっても柔道続けるらしいよ・・・」と、聞かされてたので、最初は耳を疑いました。「やめるんですか?」 「うん・・ さっきそう言ってきたんよねぇ・・」「じゃあ、6年でやめるって事ですかぁ・・」 「うん、ほうなんじゃが、今日で辞める!ゆうて言うんよねぇ・・」「はへっ!? 今日ですかぁ??」いきなりだった。何で今日なのか・・6年間頑張ってきて、最後のお別れが、こんなんでいいんかなぁ・・。引き際っちゅうもんがあろうにィ・・そう思ってたら、 「山口先生が高学年見ようって、指導を受けてたんだから、 山口先生にもちゃんとお話しして、意見を聞いてみいや ゆうて言うとるけぇ・・ あとで、ちょっと話、聞いたってぇやぁ・・」そう言われ、私も気になったんで、マサヒロを呼んで、ちょっと話をした。理由は、学校の陸上の方を選びたいらしい。それと、学校の陸上が終わって家に帰り、そこから道場に来て夜遅くまで練習すると、勉強する時間がなく、いつも寝不足状態だと。自分としては、柔道より、勉強と陸上に力を入れたいと思うので、柔道は辞めさせてほしいと・・・。私の中で、厳しいからとか、しんどいからとかいう、現実逃避だけが理由だったら、引きとめようと思ってました。嫌なことから逃げる、しんどいことから逃げる。ただそれだけが理由なら、次に何を始めても中途半端になってしまう可能性が大きいと思うんです。しかし、マサヒロには、次の目標がしっかりしていました。自分の中で新たな目標が出来、それに向かって新しい出発をしたい。そう、マサヒロは考えてるようでしたので、私は辞めるのを止めることを引き止めませんでした。ただ、何で今日なのかと・・。私も道場に着いていきなり今日辞めますと言われるのは、さみしい・・・マサヒロ曰く、今もしんどいし、寒稽古の最終日は来れない。だから、寒稽古は頑張って、今日を最後にしたという。私はそこで提案した。折角頑張ってきた柔道、6年間の最後の締めくくりとして、本当に今日がふさわしいのか・・・。せめて、3月の卒業までと言うわけにはいかないのかと。でも、マサヒロの意志は固かった。3月まではやりませんと、あの無口のマサヒロがきっぱり言った。こりゃぁ決意固いなぁ・・と。でも、私も譲らなかった。3月までとは言わないが、せめて今月いっぱいまではどうか・・。来週の月曜日が、1月30日。今月最後の練習になる。この日を最後の日にしないかと・・。マサヒロはしばらく考えて、コクッと小さくうなずいてくれた。来週の月曜日が、マサヒロにとって、可部道場最後の日になる。昨年も何人かが辞めていった。これから柔道が面白くなるときなのになぁと、寂しい思いもするが、こればかりは本人の価値観の問題、私たちの価値観を押し付けることは出来ませんからね。マサヒロの一番の思い出は、マサヒロが4年生だったこの時期。今と同じように全国大会県予選前の選手選考の時期だった。4年生二人の枠に後一つ。当時の古川大樹と、マサヒロが候補になっていました。私は二人を呼んで、これからの数日間の間で、選手かが決まる。お前ら二人のうちどちらかがその椅子に座ることができる。頑張ったほうが選手になると思うから、二人がライバル意識を持って頑張れ!と。この日から二人の練習態度がガラッと変わった二人とも当時はまだのんべんだらりとした練習で、いまいち覇気がなく、汗をかくことなどほとんど皆無だった。それが、私が道場に着いたとき、彼ら二人の頭からは、湯気が立つほど、大汗をかいて、練習をしていた。これほどまで、この子達の気持ちを変えたんだなと、感心した。マサヒロは、その戦いに勝った。県予選のメンバーに選ばれ先鋒に起用されることになった。県予選も大活躍。2戦2勝!しかし、チームは準決勝で敗れた。マサヒロの柔道は、どちらかと言うとおとなしい、いや、どちらかと言わなくてもおとなしい。あまり闘志を前面に出すほうではないが、受けが強く、足技がうまい。なかなか前にかける技がうまく言ってなかったが、最近は、体落しもうまく入るようになり、やっと柔道の幅が広くなってきたなと思ってたところだった。今年度、6年生のときは、メンバーには入れなかったので、ちょっと寂しい思いをしてたのかもしれないが、こればかりは勝負の世界なんで、仕方ない・・。これから先、柔道をやっていたから頑張れたというようなことがあれば、私たちも教え甲斐があったと思うし、送り出して良かったなとも思える。頑張ってもらいたいな。またいつか、街で出会うこともあるかもしれない。その時は、大きく成長したマサヒロに会えるだろう。マサヒロ お疲れ様。新たな目標に向かって頑張れ!!!
2006.01.27
『時間を噛む』・・・ある、メンタルトレーニングのサイトで見つけた言葉・・・。一日24時間はみんな平等・・。しかし、その使い道は千差万別・・。物を食べるとき、しっかり噛んで食べなさいとよく言われるが、時間もしっかりよく噛んでで使いなさいと言うことらしい・・。みなさんは、自分の一日を振り返ったことがあるだろうか・・どのように時間を使ってるか、意識してみたことはあるだろうか・・なかなかないのではないか・・私は数年前から、メンタルセミナーのような自己啓発ものに参加することがありそこでも自分の一日を有効に使うと言うことで、こういう話はよく聞かされた。自分の目標設定をし、その目標に向かって時間を有効利用する。スケジュールを組む際、自分の目標に関係することを最優先にし、行動の優先順位をつける。それに添った行動をとることで、一日も早く自分の目標達成に近づけるものである。時間を噛む・・・良い言葉だなあと思ったので、ここに紹介させてもらった・・。みなさんも、まずは自分の目標設定をしっかりし、それに向かってしっかり一日を時間を良く噛んで行動したらいかがだろうか・・・
2006.01.26
あんなに痛がる紗奈を見たのは初めてでした・・・道場で指導中、ある近所のご父兄が、こちらを見ながら携帯で話をされてました。直感で・・・≪ あっ・・ 紗奈じゃ・・ ≫そう思いました。まだ治療院にいた時間に、義理の母から、 「紗奈ちゃんがまた“おちんちん”が痛いィゆうて、 おしっこせんのんよぉ・・ お昼から全然しとらんらしいんよねぇ・・」と、電話があった。紗奈はよく“おちんちん”を痛がる。“おちんちん”が・・といっても、女の子です。女の子は、男の子に比べ尿道が短く、ばい菌がよく入りやすいのは、よく知られています。数日前に痛いといったことがあったので、正直、またかと言う感じではあったが、お昼からしてないとなると、ちょっと心配でした。とりあえず、家内が帰宅するまでは様子を見ておいてということで、治療院を後にした。私はそのまま寒稽古中の道場へ・・・。稽古中はすっかり頭からはずれてた紗奈の事・・・。電話がかかってきたことで思い出した。稽古中は私の電話は通じないので、何かあると、いつもその方の電話にかかってくる。電話の向こうでは、落ち着きのない家内の声が・・・。「紗奈なんじゃけど、相当痛がるし、 あれから全然おしっこもせんのよねぇ・・ 舟入病院に連れて行こうと思うんじゃけど・・・」稽古中の私は、その家内の声を聞き、ただ事でないことが分かり、稽古の途中ではありましたが、先に帰らせていただきました。道場まで迎えに来てくれた車の中で、今までに見たことのない表情の紗奈がそこにいました。尋常ではない痛がりよう・・泣きじゃくる紗奈・・この状態では、家内だけで病院連れて行くことは到底無理だっただろう。道中休む間なく襲ってくる痛み。昼から尿を出してないことで、当然膀胱もパンパンなはず。腹痛まで訴えだした・・・。病院に着くまでのあいだ、私と家内でエネルギーを送る...何か変化があればという、祈りにも似たエネルギー・・・病院に到着まで約40分間、エネルギーによって少し落ち着いたのか、泣きつかれもあってか、着く寸前ですやすやと寝始めた・・・。≪このまま寝てる間におしっこが出てくれればいいのに・・・≫そう思いもしたが、そういうわけにはいかなかった。しかし!!病院に着くほとんど手前で、「おちっこでたぁ・・」と言うではありませんか!!家内の膝の上で、家内も何かを感じ、「うんうん!!出ようる!出ようる!!」と。「痛くないん??」と聞くと、「痛くないぃ・・」と。余程溜まってたのか、紙パンツから漏れ出た尿は、家内のズボンまで濡らしていた・・。病院に着いて、早速オムツを交換。家内は病院内へ診察の申し込みに行った。待つ間、今度は私のももの上にすわり、おしっこが出て落ち着いたのか、上機嫌になっていろいろお話もできるようになった。しかし、また尿意をもよおしたようで、「“おちんちん”痛いぃ・・」と言い出した。かと思ったら・・・私のももに生暖かい感覚が・・・。「おちっこまたでたぁ・・ どんどんでようるぅ・・ まだでるぅ・・」と、またまたおしっこをした。「おぉおぉ・・ よかったよかったぁ・・。 どんどん出しんちゃいね・・」「でたぁ・・ もうでん・・・」と言った後、はッと気付いたときは既に遅かった・・家内と同じく、私のズボンもしっかり濡れちゃいましたぁ・・。しかし、先ほどまでの痛がるこの子を見てて、安心したほうが先で、ズボンが濡れるくらい何じゃい。。てなもんです。程なく診察の順番が来て、先生に見てもらうことに。診察が終わって帰ってきた紗奈は上機嫌!!その表情を見て、ほっと胸をなでおろしました。結局、膀胱炎か尿道炎・・おしっこをとってみないとよく分からないのですが、診察前に大量のおしっこをしてしまったので、診察の時におしっこは出ず・・・。とりあえずお薬をもらって様子を見ることに。帰りの時間は深夜11時を回り、安心と同時に疲れが出て来ました。何はともあれ、痛みがなくなり、おしっこが出てよかった良かった・・・。
2006.01.25
最近のお笑いブームはものすごい勢いですね・・。私が子供の頃は漫才ブームがあって、『THE MANZAI』なんて番組が大流行しました。“B&B”や“ザ・ぼんち”など、今思い出しても笑いが出そうな漫才がたくさんありました。当時、みんながいろいろ真似してました。 もみじまんじゅぅ~う!! おさむちゃんでぇーーす!! つくつくぼーーし つくつくぼーーしぃ! ・・・・・・ などなど、、(笑)今のお笑いブームは漫才ブームとはちょっと違うような気がします。漫才だけではないからです。うちの坊主もお笑いが大好き!!それ系の番組は必ず録画予約してますね。その中でも『エンタの神様』は大のお気に入り。今私がはまってるのは・・・『スケバン恐子』『小梅太夫』『オリエンタルラジオ』『ドランクドラゴン』などなど・・・この辺です。この辺が出ると、わたしもテレビにくぎ付けです(笑)『スケバン恐子』は、超おすすめ!!声も裏返って、はらわたがよじれるくらい笑ってしまいます。どんなんかは、エンタの神様見てみてください(イヒヒヒ)『小梅太夫』は、ちょっとなれてきたかな・・飽きてはないけど、ネタ切れかな・・(笑)でも、面白いですこいつも・・(おほほほ)『オリエンタルラジオ』は、漫才コンビなんですが、コミカルなリズムに乗せて漫才するんです。異色漫才ですね。「デン デン デン デ デン デン デン デン・・」なんて、歌いながら入ってきて、「武勇伝・武勇伝・武勇伝 デン デン デ デン・レッツゴー!!」と言うのも楽しい・・子供達もはまってますが、私が子供の頃真似してたように、今は子供達がまねをします。『オリエンタルラジオ』のマネを坊主がやります・・「あっちゃんいつものやったげて!」 「ほい!聞きたいか?俺の武勇伝」 ・・・・・・・。これを最初に言ってきたとき、私の名前がアツシなので、私に何か言ってきたのかと勘違いしていましたが、先日テレビで本当に、「あっちゃんいつものやったげて!」っていったんで、そんまんまやんかぁ・・と、大笑いでした。“じゃじゃ馬紗奈”も、上手です。「あっちゃんいつものやってみて!!」といっては、お兄ちゃんに「ちがうちがう! あっちゃんいつものやったげて! よ・・・」と、直されてます。小梅太夫の「チャンチャカ チャンチャン チャチャンチャ チャンチャン・・」「ちっくしょーー!!」も上手なんですが、「きっくちょーーー」になってたりします・・・(笑)このお笑いブームが、我が家の楽しいひとときを作ってくれてるのもありがたいことです。今週の土曜日が待ち遠しい・・・
2006.01.24
今日、私の治療院『イー・イメージ』に懐かしい方が訪問してくれた。私が警察官になったときの、当時の教養課の課長さん。今は既にご勇退され、民間の会社にお勤めでいらっしゃる。 トン トン・・ ガチャッ・・お昼過ぎ、予約のクライアントさんを調整し終わり、送り出した後、ドアが開いた。私はそのお姿を拝見した瞬間に誰だか分かった。≪あぁ~・・!!≫心の中では、その声しか出せなかった・・。「どうもどうも・・!!」と、笑顔で入ってきてくれた。昔と全く変わらない風貌・・・一目見てすぐに分かった。しかし、以前なら、課長さん!とか、当時の職場の呼び方が出来たものの、今はなんて呼んだらいいものやら・・と、頭の中で、パソコンが立ち上がるときの様に、 ジー--・・ カチャカチャカチャ・・と、思考回路を働かせていた。ソファーに座っていただき、いろいろお話させていただいた。どうも、お近くに管理事務所のある職場に今はお勤めのようで、今日はそこに用事があってきたので、と、わざわざ足を運んでいただいた。聞けば本当に目と鼻の先くらいのところにその管理事務所はある。しかし、もう10年以上はお会いしていなのに、本当に、全く変わらない・・その話も出たが、「進歩(成長)せんのんかいのぉ・・」と、大笑いされてた。ものすごく活き活きされてて、顔色もよく、肌もつやつや・・・今年70歳になられるとか・・・どう見ても70歳には見えない・・・。私の父は71で他界したが、よれよれだったもんで・・・。私を見て、「白髪が増えたのぉ・・」と・・「苦労が多いんで。。」と笑うと、「苦労が多いと白髪が多いと言うが、 わしゃぁそうは思わんで・・ わしゃ、苦労人じゃがほれ見てみぃ・・」そうなのだ、まだ、ほとんど白髪が目立たない・・・。「ありゃ、遺伝よぉ・・」と。確かに母が真っ白なもんで、、、いろいろ懐かしい話や、これまでのこと、今の近況などをお話された。昔にタイムスリップしたような、妙な緊張感がまた良かった...私はペーペーの巡査で辞職し、その方は組織のトップまで上り詰められての勇退。段違いの差があるのに、こうして訪ねていただけたことは、本当にうれしかった。今年の年賀状に、近況として、治療院のホームページのアドレスを書かせて頂いてた。それを見ていただいたようで、地図を見て、わざわざ来てくださった。正直、もう年賀状だけのお付き合いだと言う感じがしてたので、私のような者が出すのも失礼かなという気がしてたが、出してみて、こうしてわざわざ来ていただけるなんて・・。人付き合いっていいもんだなと思った。このうれしさをなんて表現したらいいか分からないので、文章がグチャグチャになってるし、失礼な表現もあるかもしれない・・。でも、本当にうれしかった。。また来ていただきたいと思った。
2006.01.23

昨日は月次試合があった。月次試合は毎月ある試合で、自分の実力を試すのには絶好の機会である。勝ち負けをあまり意識せず、自分の課題に取り組むよう、道場の子供達にはいつも言っている。昨日は、うちの坊主も久しぶりに月次に出た。最近どうも“精彩を欠いてる”我が息子に、何かの気づきのきっかけにでもなればという思いで、試合に向かわせた。結果は予選落ち。1敗1分け・・この子の何が、どう歯車を狂わせてしまったのか・・・。私の今までの接し方を大いに反省しながら、最近は自宅ではほとんど柔道のことで怒ったことはないし、柔道の話題すら出さない。今まであまり追い詰め、追い込みすぎたんだろうという想いからである。今は、3月の全国大会の予選を控え選手選考の真っ最中。対象となる学年のこを指導している私としては、どの子が一番メンバーにふさわしいのかを考える意味で、昨日の試合は興味深く見守った。1学年下の4年生が二人、学年を上げ5年生で出場してたので、見比べるのにも都合が良かった。この4年生コンビはよく頑張って、佐藤君が準優勝。鈴木君が決勝トーナメント進出一回戦敗退。でも、内容的には十分だった。問題は5年生・・・。昨年の全国個人準優勝の香川君は、このクラスでは頭一つ、いや、三つ以上は飛び出るくらい安定してる。昨年の試合がしっかり自信になってるんだろう。昨日も安心して見れたし、頼もしかった。これが唯一明るい材料かな・・。他の5年生はちょっと不甲斐無い・・。昨年から厳しい練習を課してきて、それがほとんど自信につながっていないように見える。このままでは全国制覇どころの騒ぎではない・・。今日から寒稽古。今一度気合いを入れなおさせなければ・・。我が息子も、自分の不甲斐無さに何か気付いたのかどうか分からないが、ある場所に行きたいと言い出した。それは、ここ・・・ ↓白木山のてっぺんです。テレビ塔のような建物があるんですが、そこからは広島市内が一望できるんです。昔、家内と付き合ってた頃、「可部の奥の山から宮島が見えるんよ!」と言われ、「ぜっていウソじゃ!!」と言ったことがあった。結婚して今の団地に住居を構えた頃、「そう言えば、この道登って行ったら宮島が見える山があるよ・・」と言われ、車で上がってみた・・・。途中はデコボコ道で普通乗用車ではなかなか厳しい道のりだが、30分くらいかけて登ってみると、 本当に宮島が見えた・・・。 マジで・・それはもう素晴らしい絶景で、吸い込まれそうな心境になる。以来、私の大好きな場所になり、幾度か昇ってきた。以前も、子供がスランプのとき、気分転換にと連れてきたことがあり、今回、自分なりに何か想うことがあったのか、白木山に登りたいと・・・。うちにいた家内と下の子も連れて、薄暗くなりかけてた時間からの出発となったが、険しい道を今回はランクルプラドで、安全に登った。娘は途中、心地よい揺れに夢の中へ・・・。約30分後、到着した現地から見た風景が、先ほどの写真である。何枚か撮ったので、何枚か掲載する。写真に写ってる海が広島湾。その湾の右側に大きな島が見えるのが、宮島である。手前中央付近でに光ってる白い線は県道の高陽・深川線で、写ってないが、右下の方に高瀬堰(たかせぜき)がみえる。位置を変えて西をみると、私の住む団地が見える。下の光が団地である。辺りはすっかり暗くなり、夜景も見れた・・。なかなか幻想的な気分にしてくれる、取って置きの場所である。エネルギーを十分吸収できた。息子も、なかなか想うようにはいかないが、息子なりに何かを感じ、何かに気付いてくれ、何かの変化があればいいのだが・・。本当はとても仲良しの二人なのだが・・・
2006.01.22
同じような題名で、以前日記を書いたことがある。私の想いと、息子の想いの違いを綴ったものだ。今朝、ドラ息子はいつもの土曜日のごとく、いつまでも寝てた。学校があるときは、嫌でも起きないといけないが、学校が無い土曜日は、私たちが出勤する頃を見計らっておきてくるか、出勤した後に起きてくるケースが多い。それは何故か・・・。朝から私たち親に小言を言われるのが苦痛なんだろうなと、今朝の出勤時に家内と話をした。何がぐつの悪いときは、私たち親と距離を置き、見え見えのウソを並べ、そのウソのおかげで、小言が大事になり、泣きを見る・・・。何度この繰り返しをすればこいつは成長するのかと思うが、所詮はまだ5年生、考えが幼稚なんだろう。こいつは、小学生の入る前から柔道を始めた。キャリアは5年ちょっとと言うことになる。小学1年生になった時、道場を変わった。今の可部道場である。当時からレベルが高く、周りに息子の練習相手になるような子がいなかった。幼年の部で最初に出た試合は、積極果敢に攻める我が息子に、感心さえしたものだが、小学校に上がって周りのレベルの高さに、すっかり自信を無くしてしまい、その攻撃性がだんだんなくなってきた。そこで私も経験者であることから、まだ幼い彼に厳しくしてきたものだ。気の乗らない彼を怒り、道場ではビタンビタンと投げつけ、泣いても喚いてもその手を緩めなかった。私以外にも怖い先生がいたようで、その先生が乗って来る車があると、泣いて嫌がって道場になかなか入っていかなかったらしい。さすがに時間があまりにも過ぎ、私が到着する頃には、そういう場面を見られたらとんでもない事になることを知ってる息子は、いやいやながらもしぶしぶと、道場に入っていき、何事もなかったように(私に気付かれないように・・)普通に練習していた。辞めたいといつも思ってたんだろうなぁ・・。そう思うこともある。いままで、彼のやる気の無さに、何度も話をして、柔道を辞めさせようとしたことがある。でも、私が怖いのか、自分から辞めると言うことは一度も無かった。今までも、今でも・・。そう、今でも今の自分の立場をわきまえないような練習内容のときは、道場で私のこっぴどく怒られるが、以前と違って、その回数が減ってきた。年が上に行くに連れ、だんだん自覚が出てくるのか、それとも諦めなのか・・・。その子その子にあった道があるのは当然で、それを私たち親が押し付けるのは良くないと思う。しかし、明らかにその子に合ってない場合は、周りの大人がしっかり見極めてやらないといけないと思う。魂的に受け付けないものは、絶対に何をしようが受け付けられないからである。無理やりその環境に置きつづけると、精神が病み、、体のひずみもひどくなり、いろんな病気になったりすることもある。しかし、ただ嫌だからと言うだけで、じゃあ辞めていいよというのもどうかと思う。嫌ならすぐ次のもの・・。嫌なことから逃げてしまう。これでは人間的に成長はしないと思う。昔の人はよく言ったもので、 『石の上にも三年』あるインターネットのサイト上では、≪根気(こんき)よく苦しいことに耐(た)えて、努力(どりょく)をすれば、必(かなら)ず道は開けるものだ、ということ。または、努力は報(むく)われる、ということのたとえ。冷たい石の上にも三年座(すわ)り続(つづ)ければ暖(あたた)かくなる、ということから≫と、書いてある。実際に3年も石の上に座りつづける人はいないと思うが、私はこうも解釈している。『意志の上にも三年』自分が志したものがあれば、3年は辛抱してみよう。3年経って、やっぱ自分には・・・と思えば、それは自分の道ではないんじゃないかと。可部道場のホームページで、道場長の日記と言うのがあり、毎回私も覗かせてもらってるが、今回の書き込みに、「子供が柔道に行きたがらないから辞めさせて欲しい」と言う連絡があったことが書かれていた。どういう事情かわからないので、あまり込み入ったコメントは差し控えるが、この子の本当の気持ちと、親の気持ちの温度差があるのは間違いないと思う。それと、その子が柔道に行きたがらないのは、道場側にも問題があると考えなくてはならないと思う。道場に行ったら楽しい、柔道が面白い、好きな友達がいる、あの先生に習いたい・・何でもいいから、道場に行きたいなと思わせるものがないと、行きたくなくなるのは当然ではないか。最近息子に聞いた事がある。何で柔道やめんの?その問いに彼の答えは・・・「みんながおるけぇ・・」「みんなとあそべるけぇ・・」指導員の私としてはちょっとがっかりした面もありはするが、こういうことだけでも、続く子は続く。やめずに続けてると、その子もいつか気付くときが来るし、柔道を心の底から好きになるときが来ると思う。この子がどの子か知らないが、もし低学年なら、それは、一度は通る道・・。今の可部道場の子みんなが、一度はやめたいと思ったことがあると思うし、ある先生の車に過敏に反応することもある。でも、それを超えてこそ、子供に修行させる意味があるんじゃないかと思う。柔道は修行だ。私はそう思う。単なるスポーツとは違うと思う。道場長も書いていらっしゃったが、縁あってこの道場に入ってきたんだと思うので、もう一度、よく考えて、道場側とももう一度よく話をして、そして、私たち道場側の人間もそういう問題について真剣に考えて、一番良い選択肢を選べるようにしないといけないと思う。親の想い・・ 子の想い・・なかなか同じ温度にはならないが、主体が子供であることだけは忘れてはいけないと思う。
2006.01.21

素晴らしいものを見つけちゃいました。わたしにとって・・・(えへへへへ・笑)うちの治療院『イー・イメージ』には数多くの観葉植物があります。これは、ここのオープンに際しまして、多くの方々から頂いたお祝いの品がほとんどです。頂いたほとんどの植物が元気にしてくれてる中、一つの植物が数ヶ月前から元気がなくなってました。≪ホンコンカポック≫という観葉植物です。原因は分からないのですが、急に葉っぱがポロポロ落ち始め・・・、それも下の方から・・・。鉢の中に4本の幹がありましたが、これまでに3本が枯れてしまいました。何故か1本だけ、頭の上にチョコっとだけ葉っぱを残しています。↓↓↓↓正直、このカポック君には申し訳ないけど、もうだめかなぁ・・と思う時期もありました。最近、あるお水を与えるようにしてます。そのお水は、ある場所に供えてるお水で、おちょこに一杯です。毎朝この水は替えてるんですが、替える時にその水をそのカポック君に与えてました。良いエネルギーがしっかり入った水だと思うので、何か良い方向に作用しないものかと言う思いもありました。するとどうでしょう・・・今日の夕方、5時頃、何気なくそのカポック君に目をやると、 なんと!!新芽が出てました!!! ↓↓↓↓↓近くから見るとこんな感じです。 ↓↓↓↓↓ かわいいでしょ・・おほほほほ生命の力ってすごいものだと、感動すら覚えました!!今の時期、まだ、植え替えはしてはいけないのでしょうね・・寒いし・・折角の命、私の今年のスローガンの一つ、『全てに優しく』の想いをして、このまま放置するわけには行きません。だれか、植物に詳しい方、よきアドバイスを頂ければ嬉しいのですが・・・。このカポック君に愛の手を!!!!!PS:このブログを書き終わった後に、新芽ちゃんの後ろにもう一つの新芽ちゃんがいることを発見しました。かっわいぃでしょぉ~・・ わかりますかねぇコン太からもお願いします!!!
2006.01.19
今、通勤中に聞くラジオにはまってます。RCC放送の『午前さまさま』という番組です。朝の9時からお昼の12時過ぎまでの生放送だそうです。月・水・金はベテランの上野アナウンサーと、女性のアナウンサー吉田さんや、せら ようこ(漢字がわからん)さん。火・木は、せら ようこさんと、横山アナウンサー。二人の絶妙なコンビで毎日楽しませてもらってます。月・水・金はどちらかと言うとおとなしめな笑い。火・木は大爆笑・・。車の中で家内といつも大笑いさせていただきながら、楽しく通勤させてもらってます。たまたまつけたラジオがAMだったことで、この番組を知りました。だいたいはFMを聞くか、CDを聞いてましたが、いまではAMも聞くようになりました。是非是非一度、聞いてみて下さい。やっぱ、火・木がおすすめですね。ハラワタよじれることもありますよ・・(笑)今度メール送ってみようかなとも思ってます。今日はおすすめのラジオ番組の案内でした。
2006.01.18
今朝も、ドラ息子を起こし、コン太と一緒にトレーニング。ランニングをしながら公園についた。公園でコン太を放し、私とドラ息子は鉄棒を使ったトレーニング。コン太はそこら中を走り回ってた。鉄棒トレーニングを終え、ブランコのそばに行き、ブランコのまわりの鉄柵を使って腕立て。そのとき・・・目の前の砂場で一人ジャレながら走ってたコン太が、猛スピードでこちらに突進してきた・・。その様子を私とドラ息子が見てると・・・ ゴツン!!≪あっ!!≫なんと、コン太がその鉄棒のまわりの鉄柵にぶつかった・・。と、同時に ドテッ・・そのあと、耳を半分横に開き、何事もなかったようにスタスタと走り去っていった・・・。その姿が、《 なに!? ・・なんかあった?? 》と、口笛でもふてそうな感じで入る姿が大うけだった。犬も歩けば棒に当たる ならぬ、犬も走れば鉄策にあたる・・・(笑)ドラ息子と二人で大笑い・・。トレーニングで悲壮な顔してたドラ息子も、一瞬気が緩み、以後のトレーニングも気持ちを入れ替えて頑張れた。コン太なりに気を使ったのかな・・(笑)コン太はドラ息子が大好き。トレーニングを終えたら先にシャワーを浴びさせるために私とコン太より先にドラ息子は帰る。公園でドラ息子を見送った後、コン太と追いかけっこして遊ぼうと思ったら・・・ダァーーーーーーーーーッと、猛ダッシュでドラ息子を追いかけていってしまった。≪ やばい!! ≫公園から出て行ってしまったら、いろんな意味で危ない!!「コン太ぁーーーー!! まてぇーーーーーーー!!!」いつもなら私の声に敏感に反応するコン太なのだが、このときばかりは振り向きもせず猛ダッシュ!!あとから、鈍足の私も猛ダッシュ!!!・・・・しかし、追いつくはずもない・・。コン太の足の速さは、毎朝一緒にダッシュしてて、私が一番よく知っている。姿が見えなくなって、公園の出口まで来たとき、向の家の入り口で、クンクンと臭いかぎながら歩き回ってた。ホッとして・・「コン太!! こい!」と、呼んだところ、上目使いや、横目で、チラッとこっちを見はするものの、怒られることを動物的感で察知したのだろう・・。なかなか近づかない。内心、ハラワタの煮え繰り返るような気持ちでいたが、ここで怒ったらまた寄り付かない・・。引きつった笑いを浮かべながら、「こんた・・ おいで・・」舌を鳴らしたりしながら優しく呼びかけたが、この舌を鳴らしたのがいけなかった・・舌打ちと勘違いしてしまったのだ・・。そばまで来てたのに、《 ヤバッ!! 》ってな顔をして、こちらをチラッ!チラッ!と見ながら小鹿が走るような走り方でピョンピョンはねながら逃げていった。≪ チックショーーーーー!!(小梅太夫調・笑)≫心の中で小梅太夫が叫んだが、そんな私の気持ちをよそにコン太はピョンピョンと・・・しかし、グッとこらえ、さらに優しく・・・「コン太ぴょん(可愛がるときの呼び方)・・ コン太ぴょん・・ はい・・ おいで・・」しゃがんで大きくてを広げて見せ、思いっきり引きつった満面の笑みを見せ呼びかけた。さすがのコン太ももう大丈夫かな・・と安心したのか油断したのか・・。私のふところに入ってきた・・・。その後のことは、ここでは差し控えさせていただきます・・・(笑)って、冗談だが、ちょっとげんこつをもらいました。走ってて鉄の棒にぶつかるわ、怒られて、ゲンコツもらうわ・・コン太にとっては散々な散歩でした・・・(苦笑)
2006.01.18
今日は、私の母の誕生日。でも、昔の風習と言うのか、本当に生まれたのは12月17日らしい・・・。何で1ヶ月先に生まれたことになるのか、子供の頃から聞かされた覚えがあるが、いまいち理解できずにいる。でも、昔から誕生日を祝うのは1月17日。平日だから、今度の休みにでも何か持って行ってやろうと思い、今日は仕事が終わって家に帰り、孫達からお祝いの電話をさせようと思ってた。ところが・・・肩が痛いと治療院に電話してきたらしく、私が治療院についたとき、家内が、「おかあさんが肩が痛いけぇ、 昼過ぎに来るんと」と。折角来るならと、家内が気を利かせ、ケーキは今日実家で兄達と一緒に食べるかもしれんしと、和菓子を買ってきた。なかなかの気遣い。家内に感謝。肩と、首が痛いというので調整し、かなり楽になったよう・・。母の調整をしながら、いろいろなことが頭をよぎった。母の顔のしわを見て、苦労かけたなぁと・・。いや、過去形ではない。苦労掛けっぱなしだなぁ・・が正解だ。子供の頃のことがなんかいろいろ思い出され・・・。若かりし頃のお母ちゃんを思い出した。自分も一時的に子供の頃にタイムスリップしてた。母の誕生日に、何かを思い出せたような・・そんな気がした。で、時間もあったので、一緒にお茶をしながら和菓子を食べ、誕生日を祝ってあげた。親父が亡くなって、自分の自由な時間が取れるようになった母。親父が健在の頃は、仕事と親父の呪縛(?・笑)に、自由な時間がほとんどなく、苦労してたのを見てたので、親父には悪いけど、やっと自由になれたなと言う感じがしてる。最近は母の妹(私からすればおば)とよく旅行に行ったり、食事に行ったり・・。結構自由にやらせてもらってるようで、良かったなと。世のオバタリアンがはまりまくってる“韓流ブーム”にも、しっかりついていき、レンタルビデオ屋からDVDをかりてきては、よく見てるようだ。私は大いに結構だと思うのだが、同居してる兄家族からは不評のようで、見てると、「また韓国ドラマ見ようる!!」と、あきれられ、最近は気が引けてきたといってた。笑い話ではないが、便所に韓国のドラマ俳優のポスターを張ってたら、同居の孫が、「便所ににまであんなもん張られたら、 出るもんもでんわぁ・・」と、言われたらしい・・。“じゃじゃ馬紗奈”にも、「ばあちゃん、トイレにあんなもん貼らんで じいちゃんの写真はりんちゃい!!」と、言われたらしい。ダイニングの壁には韓国俳優のカレンダーが貼ってあり、これにもイチャモンつけられてるようす・・・。なんか母がかわいそうになってきて・・。いいじゃんべつにぃ・・と私は思うのだが・・。母の人生、今まで苦労してきた分、これからの人生は、自分の思うように生きさせてあげたいなと思う。韓国結構! 旅行結構! カラオケ結構!!!これが若返りの秘訣なんじゃないかと思う。しっかり人生を楽しんでもらいたい!!!おかあちゃん!! 誕生日おめでとう!!!!一緒に食べた和菓子です・・・↓↓
2006.01.17
今日のテレビ番組で、卓球の福原愛ちゃんの特集をやってましたね。見ました?以前は『スーパーテレビ』という番組だったのが、今は、『アンテナ22』とか言う名前に変わってやってます。私はこの番組が好きでよく見るんですが、今日はテレビ欄を見て、家内に録画予約をお願いしました。柔道の練習があって、帰宅後なかなか落ち着いて見れないんで・・・。夜、ゆっくり見ました。ちいちゃい愛ちゃんが、泣きながらラケット振ってる懐かしい映像が流れました。なんと、3才8ヶ月くらいからラケット振ってるようですね。3才8ヶ月と言えば、うちの“プリンセス紗奈”あらため、“じゃじゃ馬紗奈”と同じです。今の紗奈をみて、同じようにラケットを振れるか想像してみた・・・。無理だろうなぁ・・。ラケット振ってピンポン球打つより、そのラケットで、人をたたく方が先かも・・・(苦笑)人には合った道があるのかななんて考えさせられました。卓球が強くなることを追い求め、小さい頃から地元を離れ寮生活をし、今は中国のチームとプロ契約をし、年の半分は中国にいるとか・・。この中国にも小学生の頃から行ってたようですね。強くなるためにはいろいろ努力が必要なんだということを、改めて知らされました。どの種目も同じことですね。先日卓球の全日本選手権があった様で、そこではベスト8だったとか・・。優勝を目標にしながらのベスト8。納得のいかない顔してました。センスが合っても努力が足りなければ勝てない。センスもなくて、努力家は、いつかは大成する。全てがこう言うわけではないと思うけど、今までこういう人をたくさん見て来ました。愛ちゃんの場合、努力もセンスも持ち合わせてるんじゃないかと思いますが、なかなか勝ててない。周りのレベルも上がってくるわけだから仕方ないこと。でも、努力しつづけると、必ず報われるときが来ると思います。がんばれ!! 愛ちゃん!!!
2006.01.16
結婚式に参列したわけではないし、披露宴にも呼ばれたわけでもない・・。でも、花嫁姿が見たくて、家族で出かけました。場所は全日空ホテル・・。私たち夫婦もここで挙式を上げた。知人と言うのは、パーフェクトハーモニー研鑚会の会員さんで、私の主催するイメージの会にも時々遊びに来てくれてる方。私の治療院『イー・イメージ』の大切なクライアントさんでもある。知り合ったのがちょうど一年前。昨年の1月に、広島で説明会を開催したときの参加者。以後、熱心にエネルギーの研鑚をされてる。ほんの数ヶ月前、よくめまいがあると言うことで、そのときも、ひどいめまいが・・調整でかなりよくなり、ソファーに座ってもらって話をしてた時に、「私、山口に引っ越すんよぉ・・」と。《・・・??》仕事の関係でかなと思ったらそうではなく、「結婚することになったんよぉ・・」と。『おぉ~!!おめでとぉ!!』てなもんで盛り上がった。で、昨日がとうとうお嫁入りの日。ちょうど一年前の同じ日曜日。説明会でお会いし、その一年後に結婚式とは、何かエネルギーの影響をうけたと、思わざるを得ません。披露宴が終わる頃を見計らって式場に行きました。程なく式が終わり、新郎新婦が出て来ました。純白のウェディングドレスに身を包み、大きな綺麗なお花を頭に飾りつけ、妖精のようでした(ほめすぎ・・笑)でも、ほんま、綺麗じゃったです。いつも親しくしてるのに、何か近寄りにくく、一緒に写真とりたいと思ってたのに、遠慮してしまった。遠くからお二人の様子を撮影させてもらって、このブログに紹介する許可も頂きました。エネルギーのご縁で知り合って、これからも仲良くして頂きたい人です。今頃、新婚旅行でしっかり楽しんでることだと思います。また帰ってきたら、いろいろお話聞きたいなぁ・・
2006.01.15
毎朝というわけには行かないが、コン太の散歩の時に、ジョギングを始めた。散歩だからウォーキングはしてたものの、なんか走りたくなって・・。現役の頃は、この体でもジョギングになったら1時間以上は走ってた。機動隊にいた頃の話だが・・・。霞町の大学病院の裏にある機動隊を出発し、段原を抜け、駅前から比治山通りをそのまま宇品まで下り、黄金山の向こう、丹那から本浦、そして二号線沿いに機動隊まで帰るコース。私の当時の足で約1時間半・・。他にもいろいろコースがあったが、走るのが好きで、気ままに走ってた。でも、小学生時代は、走るのがイヤで、町内会のソフトボールのチームを辞めたのも、学校のグランドを何週も走らされるし、ベースランニングだとかでも走らされる・・。走るのが苦手だった。いつから好きになったかというと、大学生の頃かな。景色が良いのと、田舎だったんですることも無く、休みの日はよく走ってました。最近その虫が騒ぎ始めたのか、走りたくなって、朝早く誰もいない道を、コン太を放して自由に走らせながら私も気ままに走ってる。しかし、老体にはきつい・・・ゆっくり走ってると、後からコン太が飛び蹴りを食らわしてくる。《遅いワイ!!早よう走らんカイ!!!ワンワン!!!》と言われてるようで、ちょっとむかつき追いかけるが一目散に走って逃げやがる。約20分間のランニングで近くの公園にたどり着き、グランドを5周走る。ここでもアタックしてくる。そうなったら意地でも捕まえてやろうと必死で追いかけるが、小ばかにしたような走りで逃げやがる!!腹の立つヤツじゃ!!で、ダッシュをしてみた・・。コン太を座らせ『待て』をかけ、私が約10メートルくらい先に行き、よーいドンで走る。・・・・・勝てない・・。その前に気付いた・・。ダッシュが出来なくなってる・・(悲)ももは上がらないわ、足は前に出んわ・・・。挙句の果てに足がもつれそうになるし・・・。足がもつれるとよく聞くが、こういうことかぁと、身にしみて分かった・・・。体力の衰え・・。否めません・・・。野球の清原や、プロレスの小川、彼らは私の一つ下。ようやるわぁ・・と、感心させられました。しかし、危機感も味わったんで、しっかり走ってもとに近いくらい復活したいですね。コン太を捕まえられるくらいに・・・(笑)
2006.01.13
ついこの前変えたような感じですが、どうもこの時期寒いのに、画面見てるだけで寒くなりそうだったんで、バックのデザインを変えました。錦鯉や金魚が好きなんで、金魚をバックに、また新たな気持ちでブログ書きます。今後ともヨロシクです・・・。
2006.01.12
『オーラの泉』という番組をご存知ですか?TOKIOの国分太一が司会をし、三輪明宏と、江原啓之がゲストに対して霊視をしたり、守護霊からのメッセージを伝えたり、オーラを見たり・・・。いわゆるスピリチュアル系の番組です。江原さんの番組で『天国からのメッセージ』というのもありますが、私は両方好きでよく見ます。私の仕事柄、目に見えない世界系・・スピリチュアル系のものは、勉強のためによく見ます。江原さんの話は、人生の指針のようで、一言一言、ためになります。いろいろお話を聞くうちに、人生の中で起こる様々な事柄は、“偶然”でなく“必然”なんだということが、何となく分かって来ました。私の今までの人生を顧みて、今の自分になるために今までの経験があったんだと思えるし、今までのいろんな経験全てが、今の自分の糧になっているということも理解できるようになった。今まで、自分の思うように行かないとき、なんで・・・と思うこともあったし、運がないと思うときもあった。でも、今思えば、そういう時期にはそういう時期で、得るものが大きかった。そのときの経験が、後の人生において非常に役立ってることも多いと思う。苦しいとき、そんなことを考える余裕が無かったけれど、江原さんや、三輪さんの話を聞いていると、心が安らぎ、あぁ・・そうなんだぁ・・。と、妙に納得させられることが多い。今苦しんでること、悩んでることも、後の人生において、必ず役に立つときが来ると思えば、乗り切れる。与えられた試練を苦しいと感じるより、どう乗り切るかを楽しんだほうが、良いんじゃないかなと思えるようになった。今の自分の立場になるまで、いろんな人と出会い、いろんなメッセージを聞きながらここまでたどり着いた。いろんな人に守られて、いろんな人に支えられて今の自分があることを忘れてはいけないと思った。自分の事より、他人を想う心・・・それを大事にしていきたいと思う。しかし、私も生身の人間。ハイ!今日から完璧に!というわけには行かない。時には機嫌も悪くなるだろう、虫の居所が悪い時もあるだろう・・。しかし、そういう時に自分をコントロールできるようにすることが、人生における修行なのかなとも思う。いずれにしても、自分の人生を楽しく明るいものにするか、苦しくて辛いものにするかは、自分の心がけ次第だと思う。さあ、明るい未来に向かって、今からがんばろっと・・・。
2006.01.12
平成18年1月6日(金)私が指導員として参加させて頂いている可部道場も、新しい一年をスタートさせました。昨年の暮れから約10日間、彼らの顔を見ていませんでしたが、なんか懐かしさを感じました。昨年暮れに、「この休み期間で来年の自分の柔道が決まるぞ! お休みだからといってしっかり休むんではなく、 来年に向けてしっかりトレーニングしながら調整しておくこと。 新年初稽古だからといって、決して練習内容は緩めないぞ!」と、彼らに話していた。しかし、明暗はくっきり分かれました。しっかり調整してきた子と、しっかりお休み頂いた子・・・。動き、息の上がり方・・・ こんなに違うものかと・・・。まあ、子供ですから、しっかり追い込んでやってくることの方が難しいんです。それはわかってるつもりですが、あくまで今年の可部道場も、小学生は全国制覇を狙うと決めた。中学生も個人で全中を狙う子、上位を狙う子、ライバルに勝ちたい子、いろいろ目標を持っている。仲良しチャンリンのクラブではなく、勝ちにこだわる部分を持っている。こう言うと、また「勝ちにこだわりすぎ!」とか言って、批判的なこと言われるかもしれませんが、それなりに高い目標を持てば、普通のことやってたんじゃダメ。それは、社会人や大学生、高校生、中学生、も、小学生も同じことだと思います。そういった意味で、意識を高く持ってもらいたい。意識を高く持つことで、考え方、行動、柔道に対する取り組み方が変わると思う。私はそこを期待しています。昨日の練習では、そこら辺の明暗が分かれたし、彼らの意識レベルが分かったことで、今後の指導方法の参考に出来ます。初稽古、彼らにとっても私の話を聞いて、どう感じたか・・・。気付く子が一人でもいてくれればいいと思っています。また、私はいつも仕事の関係で遅れて道場に行くのですが、昨年の夏頃までは、履物が散乱していました。なんじゃこりゃぁ。。と、いつもそろえたり、下駄箱に入れたりしてましたが、ここ数ヶ月前からきちんと下駄箱に履物が入ってる。昨日も一足たりともゲタ箱から出てる履物がなく、綺麗な入り口でした。入り口が綺麗なことって、気持ち言いいですね。風水的にも良いらしいですよ。玄関を綺麗にしておくことは・・・。また、新年の挨拶も、子供達からきちんとできてました。きちんと・・・? んー・・ きちんととまではいってなかったかな。遠慮がちな小さな声で言う子、言い出せなくて、もじもじしてて、そのまま言えずにいた子、恥ずかしいのかな。でも、柔道以外の部分での成長も今年はしっかり見ていけたら良いなと思います。私もまだまだ指導歴が長く、ベテランというわけではないし、暗中模索のなか、ああだこうだと、いろいろ考えながらの指導で、皆さんに迷惑掛けたり不安にさせたりすることも多々あるかと思いますが、しっかり愛情たっぷり、それでいて、厳しく・・・。その子の個性をしっかり引き出してやれるような指導をしていけたらなと、思っています。昨日は、後輩たちが道場の練習にも参加してくれました。私の一つ下で、現在県警に勤めてる岡本。彼は近大福山→国際武道大学→広島県警と、私の後を一緒に歩いてきた後輩で、公私共に親しくしているんです。子供が3年生の男の子と、1年生の女の子が柔道をやってて、昨日は出稽古に来ました。子供のこともあったのに、中学生や高学年の子達を相手にいろいろ指導してくれました。久しぶりに彼の柔道着姿を見ました。県警依頼ですからね。懐かしかったのと、頼もしさも感じました。また、昨年県警に入った高山君。この子も近大福山、国際武道大学、県警と、私たちと同じ道を歩んでます。まだまだ現役バリバリで、いい練習してくれました。そして、今田道場長の息子。慎太郎も来てくれました。彼は、高校は違いますが、大学は今、国際武道大学に進学し、頑張ってます。帰省してくるたびに頼もしくなってます。そういうことで、昨日は国際武道大学の同窓会ってかんじでした。またこういう機会があれば良いなと思います。今年もスタートしました。去年に負けない成績を納めることができるように、頑張ります!!
2006.01.07
もともとこのブログに、エネルギー調整の記録を書き込もうと思ってましたが、柔道のことやら、家族のことやら、私のひとり言やらで、なんのこっちゃわからん日記になってますんで、このたび新たに『エネルギー調整記』として、TDE式エネルギー調整によって、どんな症状がどのように変化していくのか、どういう経過をたどるのかを、日記形式で書き込むことにしました。TDE式エネルギー調整法治療院、「e-image(イー・イメージ)」のホームページにアップしました。http://www.e-image.infoです。このブログ同様、宜しくお願いいたします。同じような症状で苦しんでおられる方に、良い情報として、発信していきたいと思います。お心当たりの方、そういう方を知ってる方、ドンドンお問合せ下さい。と、言うことでこのサイトのタイトルも変更します。『徒然なるままに・・・』つれづれなるままにと読みます。(読めるワイ!!)どうぞ、宜しくお願いいたします。エネルギー調整記の第一回は、このブログにも紹介しました、膠原病(皮膚筋炎)と、卵巣ガンの患者さんのその後についてです。読んでみてください。
2006.01.06
このブログを読んで頂いてる皆様・・ 謹んで 新春のお慶びを 申し上げます 新たな年明けと共に、 皆様にとってこの一年が、 幸多く、素晴らしい年になりますように、 祈念いたします 本年も何卒、 宜しくお願い申し上げます 私の治療院、e-image(イー・イメージ)は、 新年5日より、通常診療を開始しました。 今年も昨年同様、良いご縁、良き出会いに恵まれ、 素晴らしい一年になることと思います。 私の力を遺憾なく発揮し、 エネルギーの世界を一人でも多くの方に伝え、 このエネルギーでしっかり人助けをしていきたいと思います。 今年も『誠心誠意』『一期一会』『全てに優しく・・・』 をモットーに、精進してまいりたいと思います。 柔道の方は、6日より初稽古となっております。 可部道場も、昨年は飛躍の年。 素晴らしい成績を収めることができました。 これも、主体となっている子供達の頑張りあってのもの。 しかし、その子供達を支える私たち指導員や親御さんのサポートも 重要な役割を担っています。 今年も昨年以上の成績が残せるよう、 子供達・指導員・親御さんのトライアングルが うまく機能していくように、 微力ながら頑張っていく所存でございます。 今年一年、何事にもネガティブにならずポジティブシンキングで、 頑張っていこうと思います。 どうぞ今年一年、宜しくお願い致します。 私の実家は江波ですが、私は39年間生きてきて、 実家のそばでこんな素晴らしいご来光が拝めるとは知りませんでした。 私の実家の近所の川土手からの写真です。 このご来光の様に、明るく力強いエネルギーを発していきたいと思います。
2006.01.05
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