March 23, 2015
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カテゴリ: 未来社会の構造
3.若返り薬


人間の寿命のアッパーリミットを決定づけるテロメアもどうやら制約ではなくなりそうである。テロメアを操作して生物の寿命を延ばす実験はすでに成功しているようで、テロメアとともに「スーパーp53」という遺伝子を活性化したマウスは、通常のマウスよりも13~24%も長生きするという研究結果が発表されている。「テロメアが活性化すると、細胞の寿命が延びるとともに、がん化しやすくなるのが問題でした。しかし同時にスーパーp53を活性化すると、細胞ががんにならないよう監視してくれる。テロメアが長いほど細胞は若いということですから、寿命も延びる」というような報告がインターネットに載っている。
そしてまた、寿命を延ばすだけでなく若返りをもたらす衝撃的な薬が開発されている。年初(2015年)のNHKの番組、「NEXT WORLD 私達の未来(2)-寿命はどこまで延びるのか-」を観た人も多いのではないかと思うが、寿命革命がおきているのとのことである。この番組では、長寿遺伝子の発見、3Dプリンターを活用した臓器製造による再生医療、手術ロボット、ナノマシーンによる病気の監視と根絶などの話が出てくる。副作用が問題とされている抗がん剤も、ナノテクノロジーが発達すれば、がん細胞にのみ作用するようになるという。日本でも研究されている「体内病院」はまさに夢の技術のようだ。
これらはいずれも人間の寿命を大幅に伸ばす作用がある。老化を止め、病を治し、病を予知する時代が到来するとのことである。このうち、特に気になったのは、長寿遺伝子(NMN)についての話である。NMNの分子構造は下記のようなものである。

ビタミンB3(ナイアシン)の一種であるこのNMNには、加齢によって低下するさまざまな機能を活性化させる「若返り」の効果があるという。人間が若返ることができるというのであれば、一大事である。有限な地球での人類の在り方そのものが問題になるように思える。
NMNは若返りのために視床下部から指令を出す7種類のサーチュイン遺伝子なるものを目覚めさせるという。このNMNはアルツハイマーにも有効だとのことである。すでにマウスの実験で実証済みであるようで、生後22カ月のマウスが生後6カ月に若返ったという。これを人間の年齢に換算すると60歳が20歳に若返ったことに相当するらしい。早ければ年内にも臨床試験を行う予定になっていて、既に日本の食品メーカーがNMNの大量生産体制を準備している。
番組では社名の紹介はされていないが、この食品メーカーはオリエンタル酵母工業(日清製粉グループ)だとのことで、番組放送後にこの薬を買いたいなどといった多くの問い合わせがきたらしい。今の所、残念ながら研究目的でしか提供されないようである。しかもかなり高額のようだ。
NHKが番組放送後に行った、この薬を利用したいかどうかについてのアンケート調査結果によれば、70%以上が利用したいとの回答であったという。薬の臨床試験が終わり、市販され、やがて価格も低下してくるようになれば、大半の人が利用するようになるのではないかと考えられる。肉体の若返りは健康の回復にも資するわけであるから、利用に否定的な人は老いて健康を維持できなくなっていくのに対して、利用者はますます若く元気になっていくのであるから、種の設計思想を後生大事にして薬の利用に反対することは愚かに思えてくるのは自然の流れであろう。
人間社会は現在の長寿社会から遠からず不老長寿社会になるのかもしれない。秦の始皇帝や卑弥呼は不老長寿の薬を求めたという。このまま推移すれば、特別な人物だけでなく全ての人が、不老どころか若返ってしまう薬がこの50年以内に安価に服用できる時代になるであろう。まるで栄養剤でものむように。

人間の歴史区分には様々ある。古代→中世→近世→現代とか原始共産制→封建制→資本主義といったような区分の他にもいろいろありえるだろうが、寿命の長さによる時代区分もありえる。平均寿命30未満の動物的ヒト社会→長寿社会→不老長寿社会→不老不死社会の時代区分である。現在は不老長寿社会の入り口にあたる。

4.種の意図と個体の意志

生物にとっての死は個体の意志とは無関係にプログラミングされた宿命である。老いた個体の死は新しい個体の誕生のためであり、個体の死は種の保存と発展ための効率的かつ最も優れた方法である筈だ。ところが人間は自身の意志によってこのプログラムを改変し、宿命ではなく自身で選択可能なものに変えようとしている。
死が宿命ではなく、避けることができるものになったととき、人間は種の意図に基づいて、生物種としての健全性の維持のためだからという理由で、敢えて死を選ぶだろうか? NHKのNMNの利用に関するアンケート調査で30%程度の人が利用しないと回答したとのことである。実際に「若返ることができるにも拘わらず老いを選ぶ」かどうかは疑問であるが、このような回答をした理由として考えられるのは次のような点ではなかろうか。
●不自然に人間が生きながらえることが種の本来の姿に反している。
●不老長寿や不老不死の薬は、人間社会を歪んだものに変貌させ、ことによると人類を滅亡に導くことになりはしないか。
NHKの番組でも若返りを選んだ人と老いを選んだ人の2種類のタイプの人をドラマ仕立てで登場させていた。
このような懸念はあっても、誰しも若くて健康でいたいという欲求を否定できないため、哲学者や生命倫理学者などが何と言おうとも、その使用を禁じることはできないであろう。薬の利用をやめるべきだという哲学的、生命倫理的反対意見は少数派にとどまらざるをえない。個人にとって自らの死は世界の終りを意味する。自然の摂理に反するという理由で、永遠の命の断念、つまり自然死を強要することはできないからである。
このような反対意見に対しては次のような反論が待っている。
●誰にとっても生を受けた命は何にもまして大切なものであり、いつまでも若くて健康であり続けたいと考えるのは無理からぬことである。
●種の意志なるものがあるとしても、何故人間の意志が種の意志を超えてはならないのか。そのような理由などない。
●長年、人間は自然の摂理に逆らうことばかりを行ってきたのに、許されてきた。不老長寿の薬に限って、自然の摂理に反することは行うべきではないというのは理解できない。

確かに永遠の命を断念し、「種によかれと思って私は死を選ぶ」などという少数の奇特な人がいないとも限らない。病気で苦しんで死ぬということがなくなるならば、自然死を選択することの抵抗感は小さくなるかもしれない。いずれ「病死はすべて安楽死」という時代にもなるであろう。死は新たな命の誕生への橋渡しになることもあり、人々の死生観が変わらないとは言えないが、圧倒的多数は「若返りや永遠の命」の方を選ぶに違いない。





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最終更新日  March 23, 2015 01:52:05 PM
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