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本日もおはようございますにゃ~ 「アカ猫軍団」といえばボクを忘れてもらっては困ります。その名も"アカ"ですにゃ~ヨンミョンさんは今朝から明日の夜まで組合の出張だそうです。なので、皆様のコメントにはお答えできません。しかもブログの更新も明日の夜までできないそうです。それでも皆様の応援をお願いいたします~ヨンミョンさんの「マカオ編」もいよいよ最後の世界遺産の紹介です。「プロテスタント墓地」を出たヨンミョンさん、「カモンエス広場」に戻ります。この広場は最終目的地への最寄りの停留所の発着場なんです。意外と綿密な計画です。ヨンミョンさんらしくないですにゃ~あっ、そうそう、以前紹介した「ルイス・カモンエス公園」は、ブルース・リーの映画にちらりと登場したことがあるそうですが、よほどのマニアじゃない限りは知らないでしょうね~(久しぶりの「ロケ地」の紹介ですね)ここから17番のバスに乗れば10番目の停留所が最寄です。運賃も3.2パタカ、当時のレートで32円くらいです。ところがバスは20分待ち。そこでヨンミョンさんは贅沢にもタクシーを利用することに…タクシーに乗ること10分あまり、最後の目的地であり30ヶ所目の世界遺産である「ギアの灯台とギアの教会」の下に到着です。バスで行くよりかなりの距離と時間を稼ぎました。料金は20パタカとちょっと、200円強ですね(このくらいの贅沢は良いですよね)。ところがヨンミョンさんは坂道を上らずに横の階段を…タクシーを利用して時間に余裕のできたヨンミョンさんは「ギアの丘」に寄り道です。「ギアの丘」は公園になっていていろんな遊具や売店があります。ヨンミョンさんは飲み物を買おうと売店に寄ったのですが、お店は開いているのに誰もいません…万引きするわけにもいかず、ヨンミョンさんは「ギアの灯台とギアの教会」に向かいます。この灯台と教会はマカオで最も高い所(それでも海抜は92メートルですが)にある砦です。わざと遠回りをして砦をぐるりと周ると灯台が見えてきました。(91メートルという説もあります)砦の擁壁から灯台の裏側を見上げます。この「ギアの要塞」は、1622年から1638年にかけてポルトガル人により建造されました。その後、1865年に写真の灯台が建てられました。この灯台は現役で、夜になると光の帯が海上へ延びます。また、台風シグナルがここにも掲げられ、教会の鐘は台風の接近を知らせる役目もあったそうです。ロケ地の紹介をもうひとつ。この灯台と教会は2009年に公開された香港映画の「游龍戯鳳」のロケ地なんです!ここがそのロケ地です。映画ではヒロインの蘭が主人公である森の胸に耳をあてて鼓動を聞くシーンの舞台になりました。「游龍戯鳳」のストーリーは、若くして成功をおさめた実業家の森は3度の結婚と離婚を繰り返していました。ある日カジノで出会ったのはニューヨークでダンスの勉強をすることを夢見ている蘭、蘭は森の身分を知ると突然離れていってしまいますが…森の身近にいる3組のカップルを交え、マカオを舞台に繰り広げられるラブストーリーです。この映画には以前紹介した「聖ポール天主堂跡」も出てきます~(久しぶりのロケ地紹介でした。応援お願いいたしますにゃ~)
Jan 31, 2012
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おはようございますにゃ~ 能登の"琥珀"です。1週間以上降り続いている雪にまいっています…この雪はまだ1週間は続くみたいです。今年の雪は少なめと喜んでいたのに、もう例年の積雪量を超えているのではないでしょうか。最近は標準語で「茶トラ」、能登の方言で「アカ猫」が続いています。ボクもその一員ですにゃ~それではボクもマカオの世界遺産、ヨンミョンさんとしては29ヶ所目になる「プロテスタント墓地」を紹介しますね!この墓地自体は広くもなく見るべきものもありません。他人のお墓をじっくり観察するのも微妙なので、数分もあれば見学は終了です。昨日も"トルネコ"君が紹介した墓地の入口にある「モリソン礼拝堂」ですが、簡素な礼拝堂で、マカオで唯一のプロテスタント教会なんだそうです。聖書を中国語に翻訳したとされるイギリス人宣教師の「ロバート・モリソン」からその名前が採られた礼拝堂にはこれまでヨンミョンさんが見学してきたマカオの教会と違ってイエスの像や聖母マリアの像がなく、イエス誕生の飾りもありません。祭壇後ろのステンドグラスの絵のなかに聖書らしき本が開けられているのが印象的です。マカオで主流のカトリックは、イエス・キリストとその教会を通して救済が約束されると考えます。これに対して、プロテスタントは聖書の教えの中にこそ救済があることを主張しているようです。カトリックとプロテスタントはその教会を一目見ただけでも違いが感じられますね。この墓地には「ロバート・モリソン」本人だけでなく、多くのプロテスタントの墓があります。イギリス人だけでなく、アメリカ人、ドイツ人、スウェーデン人、オランダ人などの墓もあるようです。この中にはイギリスのチャーチル元首相の先祖である「ヘンリー・ジョン・スペンサー・チャーチル」海軍大佐のお墓もあると聞いていたのですが、どれが誰のお墓なのかヨンミョンさんは確認していません…この墓地は1821年、モリソンの妻が亡くなったとき、マカオの国教ではなかったので禁止されていたプロテスタントの埋葬をマカオ政府に認めさせたもので、イギリスの東インド会社がマカオ政府から購入したものです。墓地の左奥にあるこのお墓が一番立派なお墓でした。ここに眠っているのはマカオを愛し骨を埋めたイギリス人画家の「ジョージ・シナリー」です。彼は19世紀の画家で、以前紹介した「聖ローレンス教会」付近の景色を特に愛し、描きました。ヨンミョンさんは行っていませんが、「マカオ芸術博物館」で彼の作品を鑑賞することができるそうです~(残すは1ヶ所! 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 30, 2012
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皆様、お元気でしょうかにゃ~ お久しぶりの"トルネコ"です。マカオの"カーサ"ちゃんが3日連続で出演していたために間隔が空いてしまいました~ボクは吹研の報告から…昨夜の練習には14名が出席、最初は個人練習でしたが最後に合奏をしたそうです。合奏したのは3月24日の定期演奏会のオープニング候補のマーチ「テイク・オフ」と第2部の1曲目の候補曲「ドラゴンクエストによるコンサートセレクション」でした。練習の参加者が14人というと、いつもの吹研からしてみれば多いようですが、本番当日の3分1くらいです(たぶん)。メンバーの皆様、あと2ヶ月を切っています。頑張りましょうですにゃ~さて、残りわずかとなった「マカオ編」、本日は29ヶ所目の世界遺産の紹介です!「ルイス・カモンエス公園」に寄り道したご主人様は「カーサ庭園」を挟んで反対側にある29ヶ所目の世界遺産に向かいます。そこは「プロテスタント墓地」です!それほど大きな墓地ではありませんが、1821年にマカオで最初のプロテスタント墓地です。マカオ在住だったイギリス人画家の「ジョージ・シナリー」やマカオに来た初めての宣教師の「ロバート・モリソン」のお墓があります。墓地の入口にある小さな礼拝堂の名前は「モリソン礼拝堂」。「ロバート・モリソン」に敬意を表して名付けられたそうです~この礼拝堂のステンドグラスには中国語で「太初有道」(初めに世界ありき)と書かれているそうです。マカオではプロテスタントは少数派でしたから、この墓地に眠っているのは150人くらいだそうです。墓地の中はこんな感じです。そんなに広くありませんね~ご主人様の見学は数分で終了したそうです。世界遺産なのに見学に来ていたのは数人しかいなかったそうです。墓地ですからボチボチといったところでしょうか…(出ましたオヤジギャグ! 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 29, 2012
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こんにちはですにゃ~ 3日連続で"カーサ"よ~このブログで3日連続で登場した猫なんて、過去には"ちょび"先輩と"トルネコ"君くらいしかいなかったんじゃないかしら。しかも3回目にして初めてワタシの「顔見せ」よ!ヨンミョンさんのマカオの世界遺産シリーズもゴールまでもう少しね。28ヶ所目の世界遺産、ワタシの家の「カーサ庭園」ではヨンミョンさんはちゃっかりとお土産をゲットしたみたいね。案内してくれたおじさんにもらったみたいだけど、庭園の中にある「東方基金会」でもらったらしいわ。ゲットしたのはこのポストカードだそうよ(しかも無料で取り放題!)。「東方基金会」を案内してくれたおじさんが「フリー」と言ったらしいので、しっかりゲットしたそうよ。ここへ来た人は忘れずにもらっていってね!そしてヨンミョンさんは29ヶ所目の世界遺産に行く前にちょっと寄り道をしたみたいね。ここまで来ればもう余裕だからね~寄り道したのは「カーサ庭園」の隣にある「ルイス・カモンエス公園」ね。元はワタシの家の庭園の一部だったんだけど…この公園は小高い丘全体が公園になっていて、ベンガル菩提樹がうっそうと繁り、地元の人が思い思いの時間を過ごしているわね。丘の中腹の洞窟にはこの公園の名前の由来になったポルトガルでは超有名な詩人の「ルイス・カモンエス」の胸像が置かれているのよ。その台座には「バスコ・ダ・ガマ」(この人も有名ね!)の航海をうたった叙事詩の「ウス・ルジーアダス」の一節が刻まれているの。「ルイス・カモンエス」の胸像は、「カーサ庭園」を造らせたマカオ保険業の父で大富豪の「マヌエル・ペレイラ」の娘婿の「ローレンス・マルケス」が置いたそうよ。それにしても別荘の庭でこの規模、どれだけお金持ちだったのかしら…余談だけど、丘の頂上にある展望台からは中国の珠海市まで見渡せるらしいわ。(今回は解説が多めでしたね。それでも応援お願いいたしますにゃ~)
Jan 28, 2012
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おはようございますにゃ~ 2日連続の"カーサ"です~昨夜の吹研の練習は雪のせいか寂しいものだったみたいね。練習の参加者はたった6人。ヨンミョン家でヨンミョンさんと奥様、長女さんの3人が参加したそうだからヨンミョン率が5割ね~6人じゃ合奏もできず、個人練習のみだったみたいね…さて、本日もマカオの世界遺産の「カーサ庭園」を紹介するわね!庭園内にある東方基金会の建物では期間によってアート関連の展示ギャラリーとして使われているのは昨日紹介したとおりね。ヨンミョンさんが訪れたときは写真のような展示がされていたの。アートというより説明みたいね。ヨンミョンさんは少し後に来た西洋人の老夫婦(だと思います)と3人で係りのおじさんの説明を受けたようだけど、全部英語…バカなヨンミョンさんに英語の説明が理解できるわけがないわよね。それで展示物の写真を撮っていたら係りのおじさんに叱られたみたい。ヨンミョンさん、マカオでは写真を撮っては叱られての繰り返しだったみたいね~展示物をひととおり見学したヨンミョンさんは東方基金会の建物の外に、庭園の池を覗き込むと…池には小さな魚がたくさん泳いでいたそうよ。断っておくけど、ワタシのご飯じゃありませんから~ここを出たヨンミョンさん、どこに向かったのかしら…(少し寄り道しました。応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 27, 2012
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初めましてですにゃ~ マカオ猫の"カーサ"で~す!なんでも日本のヨンミョンとかいうオヤジがマカオの世界遺産に登録された22の建築物と8つの広場を徒歩とバスで1日で制覇したというブログを書いているんですって。そういえば半年近く前にそんなオヤジを見たわね。ワタシを可愛がってくれたから悪人ではなさそうだけど…(写真にふくらはぎが写ってしまっていますね)そんなオヤジのことは無視して、今日はワタシの家を紹介するわね~ここがワタシの家の門なの。世界遺産の「ルイス・カモンエス広場」の奥、同じく世界遺産の「プロテスタント墓地」と「ルイス・カモンエス公園」の間にある洋館がワタシの家なの。当然、ワタシの家も世界遺産なのよ。その名も「カーサ庭園」っていうのよ~写真の門の横には記帳所があるのよ。ここで記帳しないとワタシの家には入れないの。ヨンミョンのオヤジのすぐ後に来た日本人カップルは中に入らないで帰っちゃったわ。もったいないわよね~これがワタシの家の庭ね。コロニアル様式の庭園だそうよ。昔はお隣の「ルイス・カモンエス公園」もこの庭の一部だったんだけどね。ここは1770年に建てられたポルトガル王室貴族でマカオ保険業の父と呼ばれた富豪のマヌエル・ペレイラさんの別荘だったらしいわ。その後、東インド会社の幹部の私邸になって、マカオ政府の財産になった後に1989年に東方基金会に買い上げられてその事務所になっているの。これがワタシの家、「東方基金会」ね。この家もコロニアル様式というらしいわ。この建物の一部は1~2ヶ月の期間ごとに展示ギャラリーとして使われているの。門で記帳して建物に入った人には係りがついて(写真に小さく写っていますね)、作品の解説をしてくれるというサービス付きなのよ~(初めてなのに頑張った"カーサ"ちゃんに、応援よろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 26, 2012
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おはようございますにゃ~ "トルネコ"ですっ!最近は平日でも日中の更新が多くなりましたにゃ~関東でもけっこうな雪が降っているそうですが、能登も今週はずっと雪のようです。それなのに今週のご主人様はほとんど外回りのお仕事なんだそうです…灼熱のマカオが懐かしいですにゃ~ボクも昨日に続いて「ルイス・カモンエス広場」のお話しをしたいと思います。この広場の木はこれまで紹介した「聖オーガスチン広場」、「リラウ広場」や「バラ広場」のような大木はありませんでした。それでも偶然なのか計算されているのか、広場全体が木陰になっています。だから地元の人がのんびりとしているのでしょうね~この広場の後ろにある「ルイス・カモンエス公園」にはイギリスから招聘された庭師が植えたという中国、マラッカ、ジャワ、マニラ、インド産の植物が生い茂っています。ポルトガル色の濃いマカオでなぜイギリスなのかはまた後日に説明しますね!カルサーダス(石畳)や植えてある木だけじゃなくて、スタンドの形まで他の広場と違います。この広場は他の広場と違うところが多い広場ですね~この広場はご主人様の最終目的地の30ヶ所目の世界遺産に向かう17番のバスの始発点にもなっています。昨日の写真のバスがそうです。そして、やはりここにもありました。「世界遺産の説明」です~おもむろに次の世界遺産(28ヶ所目ですね)に向かうご主人様、目的地はこの広場の奥にあります。徒歩で30秒です!そこのお話しはまた明日ということで(しかも新キャラが登場します!)。実はさらにその奥に29ヶ所目の世界遺産もあるのですが…(引っ張りますね~ それでも応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 25, 2012
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こんにちはですにゃ~ 先週は出番がなかった"ちょび"ですにゃ~昨日は朝の更新、本日はお昼の更新です。一貫性がないのはご主人様の得意技です~吾輩がお休みしている2週間の間に「マカオ編」も少しは進んでいるようです。本日吾輩が紹介するのは…26ヶ所目の世界遺産、「聖アントニオ教会」横の道路を横断した先にあるのが「ルイス・カモンエス広場」です。マカオの世界遺産に登録されている8ヶ所の広場では最後に紹介する広場です。「ルイス・カモンエス」、この名前をおぼえている人はおられますか。もう2ヶ月以上前にマカオで最初の世界遺産、「民政総署」のお話しに出てきたポルトガルの国民的詩人です。「ルイス・カモンエス」は1557年から1559年にかけてマカオに滞在し、その間に「ウス・ルジーアダス」というポルトガルでは超有名な叙事詩の一部を書きました。この広場がなぜ「ルイス・カモンエス広場」と呼ばれているかというと、この広場の奥には「ルイス・カモンエス公園」があるからなんです(安直ですね~)。この公園内にある巨大な岩でできた祠の中に「ルイス・カモンエス」の胸像が安置されています。この公園の方が世界遺産でもいいんじゃないの~しかもこの広場、ポルトガルタイルのカルサーダスではありません。広場には地元のお年寄りがのんびりと過ごしていて、地元の人の社交場といった雰囲気です。この広場で地元の人に混ざってタバコをふかしながら休憩するご主人様、ゴールは目前ですにゃ~(最後は大変でしたが… 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 24, 2012
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おはようございますにゃ~ "トルネコ"です。最近は出番が少なかったので待ちきれずに珍しく朝の更新ですにゃ~ボクの出番がなかった数日の間にお話しは「聖アントニオ教会」のお話しまで進んでいるんですね!マカオは「聖ポール天主堂跡」より北になると観光客の姿をほとんど見なくなります。しかもそこへ徒歩で行くご主人様、何を考えているんだか…「聖アントニオ教会」の歴史は昨日"アグジュニア"君がお話ししたので、ボクは内部のお話しをしますね!新古典主義のファサードのペディメント(破風)に上の写真の像がありました。この像が誰なのかはご主人様もリサーチしていないようです。(たぶん聖アントニオだと思いますが…)写真ではわかりにくいですが、子どもを抱えていますね~フラッシュを使うと叱られるので暗い写真で申し訳ございません。わかりにくいですが、壁は白で天井はクリーム色です。吊り下げられたシャンデリアが可愛いですね~見つからないようにこっそり撮ったのですが、それでもバレておばちゃんに叱られました…このときは土曜日のお昼過ぎだったので人影もまばらでした~日曜日のミサには大勢の人で賑わうそうですが…叱られて逃げるように「聖アントニオ教会」を後にするご主人様、教会横の道路を横断するとそこは…(27ヶ所目の世界遺産が… 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 23, 2012
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本日もこんにちはですにゃ~ 昨日はお母さんがお世話になりました。「サービスエリア猫軍団」の一員、若手の"アグジュニア"です~昨日で慰問演奏も無事に終了し、吹研は2ヶ月後の定期演奏会に向けての練習を本格的に始めたようです。昨夜は9人が出席して難易度が一番高い「ドラゴンクエストによるコンサート・セレクション」を合わせてみたそうです。その後は一部のメンバーが新年会を行ったようです…さて、ヨンミョンさんのマカオの世界遺産巡りも30ヶ所のうち25ヶ所が終了しました。本日は26ヶ所目の「聖アントニオ教会」をボクが紹介しますにゃ~「モンテの砦」を下り「聖ポール天主堂跡」に戻ったヨンミョンさんは「イエズス会記念広場」の入口から大三巴街を北に進みます。400メートルほど進むと道は右に緩くカーブしていて、さらに100メートルあまり進むと…花王堂前地(聖アントニオ広場)という噴水のある小さな広場に到着します。その前に建っているのが目指す26ヶ所目の世界遺産「聖アントニオ教会」です。この教会は、マカオの三大古堂、つまり、マカオで最も古いキリスト教会のひとつです。三大古堂は、「聖アントニオ教会」(花王堂)、「聖ラザロ教会」(望徳堂)、「聖ローレンス教会」(風順堂)です。そのうち「聖ラザロ教会」だけが世界遺産に登録されていないのはなぜその中でも「聖アントニオ教会」が一番古いとされていて、イエズス会が1565年にマカオで最初に建てた礼拝堂の跡地に建てられたそうです。ポルトガル軍の大尉であり、軍神、さらに結婚の神として親しまれた聖アントニオを祀る教会です。あの「聖ポール天主堂跡」はこの教会付属の礼拝堂だったんですよ~1638年に建てられて以来3度の火災に遭い、庭にある十字架のみが1638年当時のものだそうです。現在の建物は1930年の完成だそうです。聖アントニオは結婚の神というだけあり、この教会では結婚式がよく行われていて花がいつも飾られているので「花王堂」とも呼ばれています。6月13日の「聖アントニオの日」には毎年盛大なセレモニーが行われているそうです。6月13日といえばヨンミョン家の次男さんの誕生日ですにゃ~(いよいよゴールが見えてきましたね。本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 22, 2012
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こんにちはですにゃ~ 愛知県の"アグ"で~す。「サービスエリア猫軍団」といえばワタシよね~吹研のユニットのひとつ「遠島山ウインドアンサンブル」の保育園での慰問演奏が終了したみたいね。11人のメンバーで演奏したのは「海賊戦隊ゴーカイジャー」、「スイートプリキュア」、「おばけなんてないさ」、「マル・マル・モリ・モリ!」、「童謡メドレー」、「ドレミの歌」、「夢をかなえてドラえもん」の7曲だったそうだけど、アンコールがあって、人気の高かった「海賊戦隊ゴーカイジャー」と「夢をかなえてドラえもん」を2回演奏したんだって。しかも演奏終了後には園児からのギャラが…手作り感が満載よね。うれしいギャラよね~しかも裏には…「ありがとう」だって。嬉しいわよね!さぁ、あとは2ヶ月後の定期演奏会に向けて一直線よね!(そうじゃないみたいだけど…)話は変わって「モンテの砦」ね!ヨンミョンさんのマカオの世界遺産25ヶ所目の「モンテの砦」、頂上目前でこの落書き…以前に「万里の長城」の落書きを紹介したことがあったけど、これもね~世界遺産に落書きをするなんてゆるせないわね!砦の頂上は平坦になっているの。こんな感じね~そして西の方を見ると、さっきまで見上げていた「聖ポール天主堂跡」のファサードを見下ろすことができるの。川のように見える「内港」の対岸には中国大陸の山も見えるわね。数分でこれだけ登ったのね。どおりで息が切れるわ~この砦の頂上からは天気さえ良ければ70キロ先の香港島も見えるそうね。このときは小雨が降っていて視界はあまり良くなかったそうだけど、それでもマカオ半島がすべて見渡せたそうよ。埋め立てが進んで大きくなったとはいってもマカオ半島は南北で4キロ、東西は2キロ程度だから…それでも1870年頃のマカオ半島の3倍近い面積になってるんだって。当然ながら世界遺産に登録されている建築物や広場は昔からの地域にしかないから、ちょっと頑張れば全部制覇できるのよね(実際にやる人はそれほど多くはないと思いますが…)。そしてこれが「マカオ博物館」ね。写真ではわからないけど3階建てになっていて、1階は交易を通じて東西が交流していく様子を時代を追ってわかりやすく紹介、2階は近代のマカオの風習や人々の生活を紹介、3階はマカオ発展の歴史やマカオと関連のある芸術家や作家を紹介しているの。だけどヨンミョンさんはこの博物館には入館しなかったみたいね。時間がもったいなかったからなんだって。残る世界遺産は5ヶ所ね。ここまで来れば大丈夫よね…(次はまた少し離れています。本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 21, 2012
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能登ではここ数日は穏やかな天気が続いていますにゃ~ "よご"です。"たがにゃん"さんとは同じ滋賀県の住猫です。当然「サービスエリア猫軍団」の一員です~さて、吹研の「影練」は、明日の地元の保育園での慰問演奏に参加する11名のメンバー全員が揃っての練習でした。演奏するのは「海賊戦隊ゴーカイジャー」、「スイートプリキュア」、「おばけなんてないさ」、「マル・マル・モリ・モリ!」、「童謡メドレー」、「ドレミの歌」、「夢をかなえてドラえもん」の7曲です~え~と、昨日からは「モンテの砦」のお話しでしたね!砦の頂上に近づくと写真のような大砲があります。この大砲が全部で22門もあるそうです。これは南側に向けられた大砲です。東側、西側にも向けられた大砲がありますが、北側に向けられた大砲はありません。その方向は中国本土ですね。このことを見ても、ポルトガルにとって、敵は海からやってくるオランダだったことがわかりますね。実際に、これらの大砲が1622年に大活躍する場面がありました。ポルトガルとオランダとのマカオ攻防戦の勝敗はここの大砲が決着をつけたのです。ポルトガルにやや遅れてオランダはアジアに進出します。オランダは1596年にはジャワ島に到着しました。1600年にリーフデ号が日本の豊後に漂着しました。これがオランダ船が日本にやってきた最初です。1602年には東インド会社を設立しました。マカオではポルトガルとオランダとの争奪戦が1601年より始まっていました。1622年にはオランダ軍がマカオに上陸。砲撃戦が続く中、この砦から放たれた砲弾がオランダ軍の火薬庫に命中し爆発したそうです。この奇跡的な命中で形勢が逆転し、オランダ軍がマカオから退却することになりました。オランダは1627年にもマカオを攻めましたが、やはり成功しませんでした。こうして、マカオはポルトガルの居留地であり続けることができました。オランダはマカオをあきらめ、その後台湾を攻めていくことになります。その結果がオランダの台湾占領(1624年~1662年)です。この写真だけ見ると、まるでカジノホテルの「グランド・リスボア」を攻撃するかのように見えますね~カジノの街となってしまったマカオを嘆いているように見えるのはヨンミョンさんだけでしょうか…さぁ、いよいよ「モンテの砦」の頂上に到着です!(ここで明日に続きます。今夜も応援よろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 20, 2012
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こんばんはですにゃ~ 「サービスエリア猫軍団」と言えばボク、"たがにゃん"ですにゃ~まずは吹研のお話しです。今夜は3月の定期演奏会のメイン曲「メコン川」の楽譜がついに届きました。出席者10人で早速合わせてみましたが、思いのほか楽譜が簡単で初見で通ってしまいました~「夏の名残のバラ」の楽譜も届いて、この曲もすぐに通りそうです。クリスマス・イブの「吹き納め」の日にオーバーホールに出していたヨンミョンさんと奥様の楽器も昨日仕上がってきて、いよいよ気合いが入ってきました~さて、ショボイ世界遺産が続きましたが、今夜からは少し規模が大きめの世界遺産になります。マカオで24ヶ所目の世界遺産「旧城壁」から「聖ポール天主堂跡」のファサードの前を横切り、今度はファサードの右側に…向かったのは「モンテの砦」(大砲台)です~砦への登り口には上の写真の像がありましたが、調べても誰なのかわかりませんでした…小雨が降る中、ヨンミョンさんは砦に向かってひたすら登ります。別に写真のカップルを狙って撮ったのではありません。念のため…「モンテの砦」(大砲台)は、海抜52メートルの丘の上に、1617年から1626年の間にイエズス会の修道士によって築かれた要塞です。敷地の面積は8千平方メートルあるそうで、四方を城壁が囲んでいますが、中国に近い北側の部分は中国からの要求があって低く改造されたそうです。1965年から1995年の間にはここにマカオの気象庁が置かれていたそうですが、現在は1998年に完成したマカオ博物館が置かれています。いよいよ砦の城壁が見えてきました。実は「聖ポール天主堂跡」の奥からマカオ博物館行きのエスカレーターがあるのですが、折角ですから自分の足で…頂上まではまだまだです~(明日は「影練」です! 今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 19, 2012
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こんにちはですにゃ~ 「コンビニ猫軍団」の次は「サービスエリア猫軍団」の"クロ2"&"アグジュニア"です~一昨日にはマイナス5度で騒いでいたヨンミョンさんですが、記録はたった2日で破られました。今朝の通勤時間でマイナス7度だったそうです。ヨンミョンさんが自分の車のフロントガラスのウオッシャー液を出した瞬間に凍ったそうです~さて、今夜のヨンミョンさんは急遽決まった「介護認定審査会」、なので日中の更新です。タイトルどおりマカオの「旧城壁」です。ショボイとは過去にも書きましたが、地味ですよね~マカオの世界遺産、ヨンミョンさんは「〇〇ヶ所目」とか書いていますが、30ヶ所全部合わせて「マカオ歴史地区」ということで1件での登録です。世界遺産の30分の1だと思って見ればそれほど腹も立ちません。見てください、このバイク。地元の人はこの城壁が世界遺産だと知っているのでしょうか?(おそらく知っています)それなりに大切にしているのだとは思いますが、だからといって腫れ物に触るような扱いをしていないのがマカオの世界遺産の良い所かもしれません。ほとんどの建築物が見学自由、入場料を取られるところはありません。これが「ナーチャ廟」の横から奥の民家へ抜ける入口です。この城壁の奥の民家は世界遺産を自分の家の塀にしていることになりますにゃ~それはそれですごい贅沢ですよね~地味な世界遺産が続きましたが、次は少し規模の大きいものを紹介したいと思います。ヨンミョンさんは「聖ポール天主堂跡」の前を横切って…(またまた続きます~ それでも応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 18, 2012
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こんばんはですにゃ~ 今夜も"トルネコ"がお伝えいたしますにゃ~昨日は吹研の「影練」をサボったご主人様と奥様です…ご主人様の職場の同僚が昨日から急遽入院になったそうで、何かと落ち着かないご主人様です。しかも今夜も組合のお仕事、明日は介護認定審査会でサービス残業ができないそうです。珍しくピンチのようですにゃ~それはそうと、ようやくご主人様と奥様の釜山旅行の日程が決定したそうです。2月の19日から21日の2泊3日なんだそうです~さて、本日も「マカオ編」、24ヶ所目の世界遺産は…「旧城壁」です。この城壁は昨日紹介した「ナーチャ廟」の横に築かれていて、ポルトガル人が16世紀の後半に築いたものだそうです。その壁面は苔むしていて、ある種異様な雰囲気です。ここを訪れる人は「聖ポール天主堂跡」の荘厳さに目を奪われ、この城壁も世界遺産であることに気付かない人も多いみたいです。材料は土砂に藁、牡蠣の貝殻を混ぜて木製の型に流し込み押し固めた「シュナンボー」というもので、それを何層も重ねて作ったそうです。ポルトガル人は、生活圏を守るために周囲に城壁を作る習慣があったそうで、かつて支配していたアフリカやインドにも同様の城壁が残っているそうです。「ナーチャ廟」のすぐ横に出入り口があって、地元の人と思われる老夫婦が出入りしていました。何があるのかのぞいてみたご主人様でしたが、小さな民家があるだけでした…それにしてもこの足場、修復工事中のようですにゃ~上の写真は「ナーチャ廟」の中から撮った「旧城壁」です。最初に16世紀後半と書きましたが、正確には1569年から工事が始まったそうです。もともとは港がある西部を除き、北、東、南部を城壁で囲み、それぞれに砲台が置かれていました。西部に城壁と砲台を置かなかったのは港があったことと、マカオは中国とは戦わないというアピールだったようですにゃ~(ショボイのが続きましたね。それでも応援よろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 17, 2012
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今日は寒い一日でしたにゃ~ 最近ますます太ってきた"トルネコ"です。今朝はご主人様が出勤した朝8時の気温がマイナス5度!能登の今シーズン最低気温を記録しました。この2~3時間前はもっと寒かったと思われます。海岸沿いでも氷点下、ボクが住んでいるのは山間部なので…それでも寒さに負けずに更新しますにゃ~本日もマカオの「ナーチャ廟」のお話しです。正直「ショボイ」と思いながらお参りしたご主人様ですが、やはりバチがあたりました。雲行きが怪しくなってきたと思ったら、雨が降り出しました~雨具を持っていなかったご主人様は廟で雨宿りすることに…それでもこの廟は地元の篤い信仰を集めているようで、ご主人様が雨宿りしている数分の間にも何人もの地元の人と思われる人がお参りに訪れていました。祭礼の日になると地元の人がお供え物を持って集まってきて、道士が祈りを捧げるそうです~昨日後輩の"さんけ"ちゃんが書いていましたが、マカオには2つの「ナーチャ廟」があります。どちらの廟でもナーチャの誕生日である旧暦の5月18日にはナーチャに扮した子どもたちによるパレードが行われているそうです~幸いにも雨は数分で小降りに、ご主人様は次の世界遺産を目指します。と言ってもこの廟の隣なんですけど…続きはまた明日ですにゃ~(次もショボイのでしょうか… 今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 16, 2012
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こんにちはですにゃ~ ワタシはこのブログで5代目のコンビニ猫、"さんけ"よ。最近はコンビニ猫シリーズなので早い再登場になったわね~ここ数日、楽天ブログでは「民族大移動」が起こっているみたいね。しばらくは落ち着かないかもね…ところで昨日の吹研なんだけど、練習の出席者は13人、年明け最高の記録ね。合奏したのは3月の定期演奏会の候補曲、「ドラゴンクエストによるコンサートセレクション」と「ミッション・インポッシブルのテーマ」の2曲だったそうよ。さて、タイトルのマカオで最弱の世界遺産の紹介をするわね~「聖ポール天主堂跡」のファサードの左側に回り込むヨンミョンさん、それが上の写真ね。その左の奥に見えるのが…マカオで23ヶ所目の世界遺産、「ナーチャ廟」ね!えっ、これ?って感じじゃない。これじゃまるで「小屋」よね~この程度のものなら、ワタシが住んでいる能登にだってありそうよね(言い過ぎかしら…)。この小さな廟は1888年に創建されたんだって。ところで「ナーチャ」って何なのかしら?「ナーチャ」は暴れん坊の男の子の神様で、あの「西遊記」にも登場して孫悟空を相手に大暴れしたそうね。武芸に秀でていて、疫病退治の神様として有名らしいわよ。この廟はその「ナーチャ」を祀っているのよ!実はマカオには2つの「ナーチャ廟」があって、もうひとつの方が歴史があるの。ここから南東方向に400メートルくらい離れた街中に「柿山ナーチャ廟」があって、こちらは300年くらい前にできた元祖らしいわ。「柿山ナーチャ廟」は伝説によると、今から300年ほど前に腹掛けをした子どもが拾われた翌日にナーチャに姿を変え、風火輪に乗って飛び去った場所に廟を建てて祀ったそうね。1888年に「聖ポール天主堂跡」の一帯に疫病が流行したときに「柿山ナーチャ廟」を移転してほしいという要請を柿山の住民が断ったので、しかたなく新設したのが写真の「ナーチャ廟」なんだって。新しい方が世界遺産に登録されたのね~それにしても、このレベルで世界遺産に登録されるとは…(あまり言うとバチがあたりますね。本日も応援よろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 15, 2012
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深夜に失礼しますにゃ~ このブログの現在の主役の"トルネコ"です~ご主人様は、4年とちょっと続けてきたこのブログの引っ越しを検討しているようです。数日前から準備していたようで、まだまだ未完成の状態のようですが、それなりの準備が整ったようです。しばらくはどちらも更新したいと思いますが、今後の状況によっては完全移行するかもしれません。新しいブログはこちらです!まだまだ仮住まいですが、是非遊びに来てください~(それでは今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 14, 2012
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こんにちはですにゃ~ 4代目コンビニ猫の"K2"です。"トルネコ"さんがいたコンビニにいるので「跡継ぎ」みたいなものですにゃ~ボクがいるコンビニは初代コンビニ猫の"K"先輩や2代目の"マート"さんがいるコンビニとは違うコンビニなんで~す。ヨンミョンさんは「ツイッター」をたまにするそうですが、昨日KARAのジヨンちゃんがハラさんに「ハラお姉さん、誕生日おめでとう!」ってコメントとともに下の写真を公開していました!本日が21歳の誕生日の我が家の長男さんはハラちゃんと同級生だったんですね~今まで秘密にしていましたが、ヨンミョンさんはKARAのメンバー5人全員をツイートしているようです。一番のお気に入りのスンヨンちゃんのつぶやきが一番少ないと嘆いているみたいですが…ホント、いい歳をこいて、バカ丸出しですね~ おっと、今はマカオのお話しでしたね!昨日に続いて「イエズス会記念広場」です。この広場はこれまで紹介した6つの広場と違ってカルサーダスの模様がありません。それが特徴といえば特徴なのですが、それだけ見ればこれまでの広場より寂しいですね。そのかわりに観光客の数は桁違いです。「聖ポール天主堂跡」があるからですね!それにしても皆さんよく写真を撮っていますね。階段の途中から見上げるようにして撮っている人は「聖ポール天主堂跡」のファサードを撮っています。奥に見える人が溢れている路地がヨンミョンさんも通ってきた「大三巴街」です。ここが「聖ドミニコ教会」や「セナド広場」から続く道路になります。しかしヨンミョンさん、この日は朝から何キロ歩いているのでしょうか…変わり映えしない写真が続きますが、「セナド広場」から「聖ドミニコ教会」を経て「聖ポール天主堂」までのラインは本当に観光客が多いです。少し寄り道した「三街会館」や「大堂」になると観光客はグッと減ります。せっかくここまで来てこれらも見学しないとはもったいないお話しですにゃ~ヨンミョンさんはファサードの左側に向かって歩き出します。そこにも2つの世界遺産が…(そこもショボイ? 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 14, 2012
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本日も遅い更新ですにゃ~ 2代目コンビニ猫の"マート"です。ボクは"K"さんや"トルネコ"君と違っていまでもコンビニ猫のままで頑張っています~ヨンミョンさんは先程ご帰宅、さっきまで組合の団体交渉だったそうです。町長や副町長、総務課長等を相手に職員の待遇等について2時間近く交渉していたそうです。それではボクもマカオのお話しをしますね。ボクが紹介するのは昨日までの「聖ポール天主堂跡」の前に広がる広場、「イエズス会記念広場」です。「聖ポール天主堂跡」のファサード前の階段の下にある「イエズス会記念広場」は記念撮影のメッカで、絶えず観光客で賑わう場所です。マカオでポルトガルらしさを感じる場所の一つですが、すぐ隣には中国南方独特の集合住宅が立ち並んでいて、この周辺は、道一本で東洋と西洋が目まぐるしく入れ替わる様を見ることができます。広場の名称になっているイエズス会は、日本でもよく知られる宣教師フランシスコ・ザビエルもメンバーだったカトリックの一派です。この広場の周辺には多くの土産物店が軒を連ねています~なぜ「記念広場」なのかというと、イエズス会がキリスト教普及の拠点としてマカオを選んだ記念の場所だからなんだそうです。フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を普及しにやってきたのもこういった土台があっての事なんですね~最初の写真の左に小さく写っていますが、この広場にはポルトガル人男性と中国人女性の像があります。中国人女性がポルトガル人に蓮の花を手渡しているシーンだそうで、マカオが中国へ返還される(1999年)少し前に建てられました。ここからも「グランドリスボア」が見えます。「仁慈堂大樓」からも見えましたよね~このマカオを代表するカジノホテルは今後もまた登場します。「聖ポール天主堂跡」に上る階段の途中に漢字とポルトガル語で書いたプレートもあります。いつも大勢の観光客でごった返している場所ですが、皆さんのお目当ては「聖ポール天主堂跡」。足元も立派な世界遺産なんですけどね~(広場としては7ヶ所目ですね。今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 13, 2012
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こんばんはですにゃ~ "トルネコ"君と同じ元コンビニ猫で今は家猫の"K"です~今夜は吹研の正規の練習日だったのですが、出席者は7人… これじゃ、昨日の「影練」の方が多かったじゃないですか~定期演奏会の候補曲は大人数じゃないと演奏できない曲ばかりなので、今月21日の保育園での慰問演奏の曲の「夢をかなえてドラえもん」の合奏をしたそうです。メンバーの皆様、もっと頑張りましょうにゃ~それではボクも「聖ポール天主堂跡」の解説の続きです~ペディメント(破風)を含めると5層に分かれている「聖ポール天主堂跡」のファサードですが、本日は2層目の左側からです。聖者の世界を表している2層目の左側にも2人の聖者の像があります。右が聖者(サント)のイグナチウス・デ・ロヨフ、左が福者(ベアト)のフランシスコ・ボルジャです。写真はありませんが、1層目は教会の入口で「現実の人間の世界」を表しています。ここにはこの教会の正式名称の「MATER DEI」(マードレ・デウス)やイエズス会の紋章である「IHS」の文字が刻まれています。そして入口から中に入ると…この奥に当時この天主堂に併設されていた修道士学校の城壁の一部が発見されました。この修道士学校は聖職者を養成するための教育機関(コレジオ)で、アジアで最古の大学ともいわれています。マカオが東洋におけるキリスト教布教活動の重要な拠点であったことがうかがえます。この奥にはさらに、天主堂芸術博物館や地下納骨堂もあります。上の写真の左側には案内所があるのですが、その近くには石碑があって、その石碑には「マカオ市は1602年、これを偉大なる聖処女、御母に捧げ置く」と彫られていて、この文面により天主堂の再建年が明らかになりました。写真の右側に階段らしきものが見えますでしょうか。この階段でファサードの2層目まで上ることができます。ここでこの教会の歴史について書いておきますが、この教会は1582年に「聖アントニオ教会」(ここも世界遺産です)の礼拝堂として建てられますが、1601年の火災で焼失してしまいます。翌1602年にイエズス会により再建が始まり、1640年に完成した当時は東洋で一番壮大で美しい教会だったといわれています。しかし、1835年に再度火災に見舞われ、現在はファサードと階段壁の一部のみが残っています。2度目の建築にはポルトガル人だけでなく、長崎を追われた日本人キリシタンたちも加わり、ファサードの彫刻はイタリア人イエズス会士のカルロ・スピノラの指揮のもと、地元の大工と日本人によって施されたといわれています。現在残っているファサードだけでもマカオの世界遺産の横綱ですね~(本日もなんとか更新できました。今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 12, 2012
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今夜もこんばんはですにゃ~ 少し間隔が空きましたが、"トルネコ"です~本日は吹研の「影練」だったそうです。今月の21日には地元の保育園での慰問演奏があるそうで、今夜は出演予定のメンバーのうち10人が集まって選曲と合奏をしたそうです。演奏することに決まったのは「童謡メドレー」、「マル・マル・モリ・モリ!」、「スイートプリキュア」、「海賊戦隊ゴーカイジャー」、「夢をかなえてドラえもん」、「ドレミの歌」、「おばけなんてないさ」の7曲です~昨日の"ちょび"先輩に続きボクも「聖ポール天主堂跡」の解説を…昨日のペディメント(破風)と4層目に続いて本日は3層目からです。3層目は聖母マリアの世界です。まずは3層目の左です。最先端には「笑う獅子」と呼ばれる雨どいの役目を兼ねているガーゴイルの彫刻が見えます。その隣には矢に撃たれて苦しむグロテスクな悪魔が彫られています。そばには「鬼是誘人為悪」の文字が刻まれています。その手前には嵐の海を航海する3本マストの大型船と聖母マリアが彫られています。海の女神はマカオの媽閣廟に通じています。さらにその手前には生命の泉、写真の一番右には3名の天使が彫られています。上段の天使は祈り、中断の天使は楽器を演奏し、下段の天使は香を焚いています。次は3層目の右側です。3層目の中央に見えるのは聖母マリアの像です。その右には生命の樹の菩提樹が彫られていて左側の生命の泉と対になっています。さらに右には9つの頭の龍を踏みつける聖母が彫られています。そばには「聖母踏竜頭」の文字が刻まれています。龍はキリスト教では悪魔を表しますが、中国の象徴である龍を踏みつけるというのは外国人らしい発想ですね。一番右は矢がささったまま横たわる骸骨です。「念死無為罪」の文字が刻まれていますが、この文字は中国語にしては不自然な字体です。一説では日本人が書いたものではないかとも言われています。本日の最後は2層目です。2層目は聖者の世界です。中央の2本のシュロの木の彫刻を挟んで4人の青銅の聖者の像が並んでいます。右側の2人の聖者は向かって右が福者(ベアト)のアロイジウスで、左が聖者(サント)のフランシスコ・ザビエルです。聖者と福者は死後にその功績をたたえられ、列聖、列福されたことを示しています。(今夜もうんちく炸裂ですね! 今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 11, 2012
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はいっ、本日は火曜日ですにゃ~ "ちょび"です。早くしないと日付が変わってしまいますにゃ~ご主人様は組合のお仕事で少し前にご帰宅したようです。明日も旗開き、その2日後の13日には団体交渉だそうです。組合のお仕事もそこそこにしておかないと…それはさておき、このブログはいまだにマカオのお話しなんですね。いつまで続くのか…「聖ドミニコ教会」を出たご主人様は教会に向かって右に回り込みます。50メートルくらい先の十字路を左に曲がって100メートルくらい歩くとまた十字路、ここを今度は右に曲がると…マカオで21ヶ所目の世界遺産「聖ポール天主堂跡」が見えてきます。かつての聖ポール教会はイエズス会によって1602年に創建された教会で、横にはアジアで初の大学となった聖ポール大学がありました。1835年の火事で教会のファサード(前壁)と68段の階段だけが残されました。これがマカオの世界遺産の代表のファサードです。ここの彫刻は見事で「石に刻まれた説教」と言われるほどに宗教的な意味が刻まれています。それでは吾輩がじっくりと解説したいと思いますにゃ~このファサードは5段に分かれていてそれぞれが異なった世界を表しています。まずは一番上のペディメント(破風)です。ここは天国の世界を表しています。すぐ下の4層目は少年イエスの世界です。ペディメントの中央に精霊を表す青銅の鳩が見えます。その鳩の周りに4つの星があります。そして、左に太陽、右に月が彫られています。すぐ下の4層目は中央に少年イエスの像、像を囲む枠内には百合と菊の花が刻まれています。菊の花は日本人の関係を表すモチーフであるともいわれています。その周囲には受難の際の品々として左には、釘抜き、金槌、鞭、イバラの冠、長槍、右には、ハシゴ、3本の釘、葦、ローマ帝国の旗が彫られています。両脇には翼のある大天使が…本日はここまで。明日と明後日でこのファサードに刻まれた数々の彫刻の解説をしたいと思います。(ホント、もったいつけますね。それでも応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 10, 2012
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本日は「成人の日」ですにゃ~ 愛知県の"アグ"で~す。本日は「成人の日」、多くの自治体がこの3連休で成人式を開催したみたいだけど、ヨンミョン家では長男さんは昨年済ませたし次男さんは来年だからあまり関係がなかったみたいね。それよりも本日は長女さんが出場した「アンサンブルコンテスト」の地区予選で、ヨンミョンさんと奥様は応援に行ったようね(結果は聞かないで~)。ヨンミョンさんの「マカオ編」、引っ張りながらも着実に進んでいるわね。なんだかんだ言ってもう20ヶ所目の世界遺産なのよね~それではワタシも超スローペースの「マカオ編」、「聖ドミニコ教会」の内部のお話しをするわね!やはり教会の内部は暗いわね。ヨンミョンさんの写真を撮る技術も悪いんだけど…(フラッシュを使うと叱られる可能性があるから…) 言い訳ですね…あたりまえだけど外観と同じで祭壇もバロック式ね。中央に祀られているのは聖母子像ね。この礼拝堂ではクラシックのコンサートが行われることもあるみたいね。最近でもマカオオーケストラのコンサートがあったみたいよ。この祭壇の下方に描かれた白と黒の十字は「ドミニコ会」の紋章ね。「ドミニコ会」はカトリック教会(ローマ教皇庁)によって認可された修道団体のひとつね。修道団体と言えば「ドミニコ会」の他では「イエズス会」とか「フランシスコ会」や「アウグスチノ修道会」なんかがメジャーなところね~礼拝堂の後部にある鐘楼の建物の3フロアが美術館になっていて、300点近い宗教美術品が納められているの。そして、見落としがちなのが礼拝堂の天井ね。この天井に描かれたエンブレムは「A.M.」(アベ・マリア)の文字をモチーフにしているというお話しよ。マカオの30ヶ所の世界遺産巡りもようやく2/3、明日は"ちょび"ちゃんがマカオの世界遺産の横綱、「石に刻まれた説教」とも呼ばれる「聖ポール天主堂跡」を紹介する予定らしいわよ~(またうんちくですか… 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 9, 2012
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お久しぶりですにゃ~ 「中国猫トリオ」にしばらく主役の座を明け渡していた"トルネコ"で~す。昨夜の吹研の「吹き初め」には10人が出席したそうです。「吹き初め」にしてはちょっとさみしい人数ですにゃ~練習したのは3月の定期演奏会で演奏する予定の「ドラゴンクエストによるコンサートセレクション」と「ミッション・インポッシブルのテーマ」だったそうです。ご主人様と奥様の楽器はどちらも修理中。ご主人様は代替えの楽器で参加したそうです~さて、マカオのお話しはあまり進んでいないようですが…ご主人様が巡ったマカオで19ヶ所目の世界遺産「聖ドミニコ広場」の奥にあるのがその名も「聖ドミニコ教会」です。この教会は1587年にメキシコのアカプルコからやってきたドミニコ修道会の3人の修道士によって創建されたバロック様式の教会です。かつては木造だったそうで、「板樟堂」(板造りの堂)と呼ばれていますが、祀られているのが「薔薇の聖母」なので「薔薇教会」とも呼ばれることもあるそうです。「マカオで一番美しい教会」というキャッチフレーズも実物を見ればなるほどですにゃ~この教会には「ファティマの聖母」の肖像もあって、毎年の5月13日に行われる「ファティマの巡礼」では、午後6時になるとこの教会から聖母像がペンニャ教会まで運ばれるそうです。クリームイエローの壁と白い化粧漆喰、深緑のドアと鎧戸のコントラストが美しいですね。その色使いの可愛さからあまり感じませんが、あの「大堂」(カテドラル)よりも大きいのではないでしょうか。現在の教会は1997年の11月に大がかりな修復を経て再オープンしました。どおりで新しい感じがします。礼拝堂の内部はパステルイエローとでもいうのでしょうか、外観の黄色とは少し違う黄色でした。その内部のお話しはまた明日ですにゃ~(相変わらずの引っ張りですね。今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 8, 2012
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こんにちはですにゃ~ 中国猫トリオ、しんがりの"マオ"で~す。組合の出張で泊りがけで金沢市に行っていたヨンミョンさんは今朝早くに帰宅したみたいね。職場の職員さんの葬儀に職員組合の委員長として出席するためなんだそうだけど、町村合併してからの7年間で現職で4人目らしいわ。地方のお役所って意外と激職なのかもね~とりあえずワタシも「香港・マカオシリーズ」の「マカオ編」ね!ワタシが紹介するのは昨日"チュエンフー"さんが紹介した「聖ドミニコ広場」なんだけど、写真ばかりで肝心の紹介はなかったのよね…「大堂巷」の路地からこの広場に出るといきなり視界が開けるの。それとたくさんの観光客が…この広場はその名のとおり「聖ドミニコ教会」の前にある広場なの。マカオはポルトガルの植民地だったのにメキシコ風の名前ね。どうやらこの教会はポルトガルがスペインに併合されていた時代にスペインの植民地だったメキシコから来た神父たちによって作られた教会みたいね。教会のお話しは明日以降にすることにして広場の紹介ね。「聖ドミニコ広場」は若者向けのファッション関係のショップやファストフードやコスメのお店が集まっていて、意外と地元の買い物客も多いみたいね。周りを建物に囲まれていて、広場の全景を写真に撮るには高い所からじゃないと無理みたい。しかも「聖ドミニコ教会」のファサードが鮮やかすぎてこの広場が世界遺産だなんて気付かない人も多いみたいね。それにしてもこのカルサーダス(ポルトガルの石畳)はどこかで見たような気がするのよね。あっ、ヨンミョンさんの13番目の世界遺産の「セナド広場」と同じじゃない~マカオで13番目の「セナド広場」と19番目の「聖ドミニコ広場」は…つながっているのよね。奥に最初の世界遺産の「民政総署」が見えているわね~以前誰かが書いたように「セナド広場」を中心として半径300メートル以内にはマカオの30ヶ所の世界遺産のうち半分の15ヶ所があるの。半径を500メートルにすれば20ヶ所が入っちゃうのよね~(ここからがマカオの世界遺産巡りの山場です! 本日も応援お願いいたしますにゃ~)
Jan 7, 2012
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おはようございますにゃ~ 「中国猫トリオ」の2匹目、"チュエンフー"です~珍しく朝の更新、ヨンミョンさんはこれから組合の出張で泊りがけで金沢市なんだそうです。なのでこんな時間の更新です~それにしても能登はこの3日からずっと雪が降っているようです。大変そうですにゃ~昨日は久しぶりにマカオの世界遺産に関係のないお話しでしたが…昨日のお話しの「Come Buy」で買ったのは上の写真のイチゴのドリンクだったそうです。(「似合わない~」なんて言ってるのは誰ですか!)ヨンミョンさんはこれを持って「大堂巷」の通りをさらに50メートルあまり下ります。途中のY字路を左折して着いた先は…ここも世界遺産の「聖ドミニコ広場」です。紹介した世界遺産としては19ヶ所目、広場としては6ヶ所目ですね~この広場のベンチに腰かけてイチゴのドリンクを飲むヨンミョンさん、「大堂巷」から「聖ドミニコ広場」にはベンチが何ヶ所も設置されていました。ドリンクを飲んだヨンミョンさん、なかなか美味、元気回復です~この広場はマカオの中心の「セナド広場」からマカオの世界遺産の中でも横綱級の「聖ポール天主堂跡」へ向かう道の途中にあるため観光客が一気に増えます。ドリンクを飲みながら辺りを見回すヨンミョンさん、日本人観光客もちらほら見受けられました。どうせ周囲にはわからないと思って日本語で話していた日本人のカップルさん、しっかり聞いちゃいましたよ~そこでこの写真です。この「ボッシーニ」というお店の2階で1時間ほど前にヨンミョンさんがトイレの場所を尋ねました。また戻ってきたのですね~とりあえずマカオの世界遺産19ヶ所目の「聖ドミニコ広場」に到着したヨンミョンさん、観察を始めます。肝心の広場の説明は…(また引っ張りますよ~ 今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 6, 2012
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こんばんはですにゃ~ 中国猫の"ジョウジュアン"よ~これから3日間は「中国トリオ」がお届けするわね。だってマカオも今じゃ中国の一部なんですから~ワタシは世界遺産のお話しじゃなくて別のお話しをするわね。だって、マカオの「大堂巷」といったらワタシが住んでいる中国の「周荘」にも聞こえる有名な「おでん屋横丁」なんだから!おでんと言っても日本のおでんとはちょっと違うの。マカオのおでんは「ガーレイユーダーン」といって練り物や野菜なんかを串刺しにしてゆがき、仕上げにカレーなどのスパイシーなソースをかけたものなの。「大堂巷」はマカオのB級グルメの代表、「ガーレイユーダーン」のお店の密集地域なのよ。長さが50メートルくらいの路地には「ガーレイユーダーン」のお店が何軒もあるの。超有名店の「恒友」もこの路地の一番南側の「大堂広場」に近いところにあるのよ~でもこの暑さでは温かい料理はちょっとね。路地にはジュースやスイーツのお店もズラリと並んでいるの。ヨンミョンさんは上の写真の「Come Buy」で飲み物を買うことに…この「Come Buy」は昨日紹介した「廬家屋敷」の斜向かいにあるの~ほんの1時間ほど前にスタバでマンゴージュースを飲んだばかりなのに、また飲むのかしら。まぁそれだけ汗をかいたということなんでしょうね~上の写真でもわかるように、このお店は台湾発のチェーン店みたいね。このお店は台湾、香港、マカオ、そして中国本土に事業を展開している、この地域では有名なお店のようね。ヨンミョンさんが何を注文したかというと…(続きはまた明日ね~ 今夜も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 5, 2012
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今年ももう4日目ですにゃ~ いつもの"トルネコ"です~秘密にしていましたが、ボクは大晦日の晩から昨日の朝まで「猫の旅」に出ていました。3日ぶりに帰宅しました~(こんなところまでご主人様に似てしまいました…)そのおかげで少しダイエットできましたよ!それではボクも"ちょび"先輩と同じく「廬家屋敷」の紹介をしたいと思います。「廬家屋敷」に入場するご主人様、ここはマカオに残る数少ない中国式大邸宅として世界遺産に登録されています。清末、光緒十五年(1898)の建築だそうです。中国の大富豪にして銀行家、マカオの「カジノ王」とも呼ばれた「廬華紹」(廬九)の旧宅です。南方中国特有の「天井」(テンセイ:小さな中庭)のある2階建ての住宅で、ステンドグラスをはじめ、ポルトガル風の装飾が散りばめられ、清末中国の過剰装飾を抑制し、微妙な中葡折衷の雰囲気を生み出しています。1970年代には、ここに20もの家族が住む集合住宅と化し、邸宅の傷みが激しくなっていましたが、2002年から修復作業がおこなわれ公開されています。そういえば、マカオにはもう一つ「鄭家屋敷」という世界遺産もありましたね。そこは入場時間より早く着きすぎて内部には入れませんでした。できれば見比べをしたかったですにゃ~マカオの世界遺産はここだけではなく基本的にどこも入場無料です。月曜日は休館ですが、9時から19時まで自由に見学できるそうです~余談ですが、廬華紹さんはマカオの慈善事業に大いに貢献したとして1890年にポルトガル王から騎士の称号を与えられ、1894年には勲章も授けられたそうです。さらに、妾と子どもが数10人もいたそうです~(かなりのお金持ちだったんでしょうね。本日も応援ポチッとお願いいたしますにゃ~)
Jan 4, 2012
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今年最初の火曜日、"ちょび"ですにゃ~ ご主人様のお正月休みも本日までだそうですにゃ~出勤もしたり、職場から資料を持ち帰って整理したりとあまりゆっくりとはできなかったみたいですが…先月の21日で試験も終わり22日から帰省していた長男さんも明日から講義が始まるとのことで、昨日からアパートに戻ったみたいですし…とりあえず吾輩は18ヶ所目の世界遺産、「盧家屋敷」に向かうご主人様からです。「大堂」を出たご主人様、来た道とは違う「大堂巷」という路地に入ります。「大堂広場」を挟んで反対方向の路地だそうです。50メートルほど歩くと「大堂広場」の角にこんなアズレージョがありました。マカオの古地図がデザインされていますね。モンテの砦とかもちゃんと描かれていますね!さらに50メートルほど緩い坂道を下ると右手にあるのが…マカオで18ヶ所目の世界遺産、「盧家屋敷」です!この屋敷は、中国広東省出身の商人だった「盧華紹」の邸宅で1889年に建てられたものです。「盧華紹」は18世紀半ばにマカオに移り住み、両替商などで財を築きあげました建物はレンガ造りの2階建てで伝統的な中国式の住居ですが、西洋の様式や風水の設計も取り入れた芸術性の高いものになっています。内部では定期的に中国の民間工芸のワークショップも開催されているそうです~この屋敷には「盧華紹」とその長男の「盧廉若」が1910年まで住んでいたそうです。大金持ちの割には規模は小さいですが、細部まで凝った装飾が施されています。一部改築されたところもあるそうですが、往時の雰囲気が伝わってきます~(明日から業務再開です! 本日も応援ポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 3, 2012
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こんにちはですにゃ~ 中国猫の"ジョウジュアン"で~す。ヨンミョンさんは昨日はお出かけもしないでゆっくりしていたみたいね。そうは言っても夜には職場から持ち帰った資料を仕上げていたみたいだけど。最近はワタシの出番が少ないじゃない。香港やマカオは今では中国の一部なんだから、ワタシたち「中国トリオ」をもっと出してほしいわ~それじゃワタシもマカオ、「大堂」の紹介をするわね。昨日の"トルネコ"君は歴史や外観の説明だったけど、ワタシは内部の説明ね。「大堂」は、マカオのカトリック派の中心的役割を司る教会なだけあって、写真の祭壇の下には16~17世紀の司教や聖職者の遺骨が納められているそうよ。それにしても暗くてボケた写真ね。マカオの教会では一般人の写真撮影は原則禁止みたいだからしかたないかしら。ヨンミョンさんはフラッシュを使わずに数枚撮って注意される前に逃げるように出るという作戦だったみたいね。皆さんは前に紹介した「聖オーガスチン教会」のお話しをおぼえているかしら。この教会はマカオの教会に関するいろんなイベントが行われているんだけど、中でも一番有名なのが「キリスト受難行列」ともいわれる「パッソス聖体行列」ね。毎年の四旬節(復活祭の40日前)の最初の日曜日に、前夜からこの教会に運んでおいた「聖オーガスチン教会」のキリスト像を連れ戻すんだって。かつて「聖オーガスチン教会」のキリスト像を「大堂」に移したときに、いつの間にか「聖オーガスチン教会」の祭壇に戻っていたという言い伝えを記念しているのよ~シンプルで地味な外観と対照的なのがこのステンドグラスね。マカオでも屈指といわれているのよ!正面や側面にはめ込まれた水色を多用したステンドグラスはどれもデザインが異なっていて色鮮やかよね(ボケているのが残念ですが…)。最後になっちゃったけど、この教会はイエスにより墓場から甦りイエスの弟子になった「聖ラザロ」を祀っているのよ。(元は聖母マリアだったみたいだけど… 本日もポチッとよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 2, 2012
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明けましておめでとうございますにゃ~ 新年最初の日記はやはり"トルネコ"がお届けいたします~マカオで16ヶ所目の世界遺産の「大堂広場」から車道を挟んだ南東にあるのが17ヶ所目の世界遺産の「大堂」(カテドラル)です。カテドラルとはキリスト教における主教座聖堂のことで、この教会は創建当時は日本を含むアジアの主教座だったといわれています。現在でもこの教会はマカオのカトリック派の中心的役割を司っています。「大堂」は、1576年に(1622年という説もあります)建てられた歴史ある教会です。最初は木造建築でしたが、台風などの影響を受け、1849年(1844年や1850年という説も…)に現在の規模へと改築されました。この当時は「世界で最も美しいカテドラル」といわれていたそうです。とにかく台風等の災害で何度も改築や修繕が行われているということのようですにゃ~ちなみに現在の「大堂」は1937年に再建されたもので、石造りの重厚な外観となっています。すごい教会の割にシンプルで地味な外観ですにゃ~この教会はイエスによって墓場から蘇ったとされるイエスの弟子、「聖ラザロ」を祀る教会として創建され、聖母マリア誕生に捧げられています。周囲よりも3メートルほど高い位置にあり、昔は周りに高いビルがなかった(当然ですよね)ため、ここから海を眺めることができました。それで、船乗りの妻たちはこの教会から夫が帰ってくるのを見ていたそうです。そのため、この教会は「望人寺」(人待ち寺)とも呼ばれていたそうです。この教会を描いた切手が1976年にマカオで「マカオにおける教会400年」の記念切手として準備されたものの、発行予定日直前になって急遽発行中止となったことがあるそうです。それだけマカオの教会を代表する教会ということですにゃ~明日はいよいよその内部に潜入です!(今年も応援ポチッと「初ポチッ」をよろしくお願いいたしますにゃ~)
Jan 1, 2012
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