被災地のインフラは少しずつ回復してきたようだ。昨日、電気が復旧した名取の実家と仙台市若林区の友だちから携帯で電話があった。
母も思ったよりも元気そうで安心した。姪を除く全員が自宅にいたというのも普段では考えられないこと。昨年建て替えたばかりの家は耐震性は十分であるとしても、津波が迫っているのに逃げようとは考えなかったらしい。津波注意報(警報)はいつものことだからにげるまでもないというのが今回は幸いしたように思う。
仙台空港で仕事をしていた姪は、空港の上階に集められまる二日間を寒さに震えていたという。水が少し引いてからようやく歩いて帰宅したとのことである。歩いて帰れる距離というのが、また恐怖感を誘う。
依然、親戚の何人かとは連絡がとれないとのことである。死者・行方不明者はどれだけに上るのか。
単なる数字ではない。数字だけで表されるものではない。一人ひとりのいのちと生活と夢と希望と、そしてその人につながる多くの人のいのちやもろもろのものが失われてしまったのだ。
そして原発の恐怖がまだまだ続いている。原発はやめよう!と叫んで済むことではないだろうが、電気やエネルギーに頼らない生活を地球全体で考えなければならないということが身に染みてわかった。
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