森田理論学習のすすめ

森田理論学習のすすめ

2021.11.08
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カテゴリ: 神経質の性格特徴
森田先生のお話です。

ともかくも人は、あまり完全になってもいけない。
個性というものがなくなる。
絵の竜に瞳を入れないようなものになってしまう。
欠点のあるところが、かえって愛嬌にもなり・人に好かれるようにもなる。
静かでむっつりして・少しも叱言などいわぬ人よりも、かえってあっさりして・怒りやすくともアトのないような人が、人から親しまれやすい。
あまりに完全な美人がかならずしも決して人に好かれるものではないが、えくぼは特に愛嬌のあるものである。このえくぼは実は筋肉の欠損から起こる変質兆候であるのである。
(森田全集 第5巻 767ページ)

神経症の完全治癒を目指してはいけないといわれています。


神経症は自分の気になる不安や恐怖にとりつかれて、精神交互作用によって、器質的な精神疾患のような様相を呈しています。そのときは頭の中は症状のことで一杯です。
神経症が治るということは、その比重を下げていくことです。
100%を占めていたものを、90%、80%、70%・・・最終的には20%くらいまで下げていくことです。それ以上目指していくことはやりすぎとなります。
「過ぎたるは及ばざるがごとし」ということわざ通りになります。

他の人が気がつかないことまで気になる。とわれてしまうのが神経質性格者の特徴です。
それは裏を返して分析すると、感性や感受性の強い性格ということになります。
感性や感受性が強いということは、文学、音楽、絵画、演劇などの芸術、改善点、夢や希望、人の気持ちなどを細かく感知できるということです。これは神経質者の長所となります。
高性能のレーダーや高性能の魚群探知機を標準装備しているのが神経質者です。
それをわざわざ取りはずす必要はありません。むしろその活用方法を考えるべきです。

神経症を完全に治すということは、不安や恐怖を引き起こす感性を鈍化させようとすることです。そんなことをすれば、自分が自分でなくなります。長所を殺してしまうことになります。
もし可能であったとしても、感性が鈍化して芸術を心ゆくまで楽しむことができなくなります。

集談会で「ほどほど道」を目指しているという住職さんがおられました。
神経症の治癒は、この「ほどほど道」を目指して、人生を楽しむことが正解となります。





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Last updated  2021.11.08 06:20:05
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森田生涯 @ Re[3]:強情と盲従の弊害について(02/27) ststさんへ 今の生活は日中のほとんどが…
stst@ Re[2]:強情と盲従の弊害について(02/27) 森田生涯様、返信アドバイスをしていただ…
森田生涯 @ Re[1]:強情と盲従の弊害について(02/27) ststさんへ コメントありがとうございま…
stst@ Re:強情と盲従の弊害について(02/27) 森田生涯様、こんばんは。 過去に何度かコ…
軸受国富論@ Re:森田の正道を歩むとはどういうことか(06/05) かの有名なドクターDXの理論ですね。ほか…

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