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昨日9月30日をもってラマダンが終了しました 今日から3日間、断食明けの祭日(イード休暇)が始まりました。最初の休日の今日は、真っ青な良い天気です。ラマダン明けをまるで祝福しているかのようです。今日から道路で食べたり飲んだりしても大丈夫です。でも1ヶ月ぶりのことなので、「本当に飲んでいいのかな」とあたりをついキョロキョロ。ヨルダンで初めてのラマダンでしたが、事故にも遭遇せず、無事に終了しました。でも大使館からの連絡によると・・・(以下は抜粋です)1.ラマダン開始から最初の3日間で約1,500件の交通事故が発生した(ヨルダンの事故発生件数は2006年のデータでは1日あたり約270件)。2.ラマダン開始から最初の1週間で2,444件の交通事故が発生し、その内22人が死亡、240人が怪我を負った。3.昨年のラマダンは開始から最初の1週間で2,311件の交通事故が発生し、その内21人が死亡、320人が怪我を負った。交通事故件数で比べると今年は昨年よりも133件の増加となっている。ということでした。このイード休暇も車での移動が増えるため、事故数が増加するといわれています。私のオフィスも今日から3日間の休みに入ります。このブログもちょっとイード休憩。また3日後に再開です!
2008.09.30

ヨルダンといえば、世界遺産ペトラ。映画「インディージョーンズ-最後の聖戦」が撮影された場所としても有名です。私はこれまでに、個人旅行と お客様のツアーのアテンドとしてペトラを何度か訪れる機会がありました。行く度に、自然の作り上げた要塞の美しさと それを活用した古代の人々の知恵に圧倒されます。 ↑ あまりにも有名すぎるアングルですが、ここに来たら撮らずにはいられないショットのひとつです。観光地として定着した今では、観光業はベドウィンたちの生計の主な手段ともなっています。が、その厚かましさに辟易することもしばしば・・・。かなり高い値段をふっかけてきます。乗馬やらくだ乗りを体験されるときも、バーゲンすることを忘れないでくださいね。それからペトラでの買い物はお控えくださいませ・・・。同じものが他の場所では、かなり安く買えたりします。ただし、バーゲンする場合は別です。よいお買い物を^^ ! ↑ らくだ乗りは楽しいですよ! 一度はご体験くださいね。
2008.09.29
中東に日本人? 一体どういう人たちなんだろう? と思われるでしょうか。ここヨルダンでも日本人がたくましく生きております。子供たちもいます。合計13名の日本人の子達が、アンマンの日本人補習校で勉強しています。補習校が開かれるのは、中東の週末に当たる金曜日の午前中だけ。普段はみんな ICS と呼ばれるインターナショナルスクールなどに通っています。でも授業は当然なことながら英語。そのため学習はどうしても遅れがちになります。日本に帰国したときについていけるように、補習校では日本語と算数(数学)を中心に教えています。私もパートの先生として、1年生を担当しています。生徒は・・・1人。2年生は合計2名、3年生は6人、4年生から6年生はおらず、中1、中3が1人ずつ、中2は2人となっています。どんな人たちかというと・・・日本企業の駐在員としてご家族でヨルダンに住んでおられる方、ヨルダン人と結婚して住んでおられる方、JAICA の方たち、大使館関係・・・などなど、いろいろな立場や状況の方がおられます。規模が小規模なため、文部省認可の学校ではなく、現地在住の日本人や日本の会社の寄付によって支えられている無認可の学校です。みんな頑張っていますよ。ヨルダンもこんなに日本人がいるんだ~ということを知っていただけたら嬉しいです。
2008.09.29

ヨルダンでは、一般庶民には新鮮な魚がなかなか手に入りません。ヨルダンは国と国に挟まれた内陸部に位置しており、南部のアカバという町だけが唯一 海に接しています。ヨルダンのお寿司事情はといえば・・・たとえば下の写真を見てください。日本円で一体幾らぐらいすると思われますか?? このパック、実に17JD。日本円になおすと約3000円です。売られていたのは、COZMOという 比較的高級なデパートにて。外国人ご用達の買い物スポットです。一般のヨルダン人にはちょっと敷居の高い場所。現地在住の日本人もよくここに買い物に来ています。さて、お店の店員さんに「ホントにこれを買っていく人がいるの?」と尋ねたところ、売れ残りは毎日ないのだとか。実際、私がお店にいる間にもお金持ちそうな若いアラブ人カップルや外国人が買って行きました。で、でも・・・私としては日本人としての誇りにかけても、これは買えない! 高すぎる! と心で叫んでしまうのです。アンマンには寿司バーもあるのだそうです。まだ偵察に行っていませんが、一度は試してみようと思っています。
2008.09.29

実は私には、忘れられない思い出のにおいがあります。愛知で万博が開かれたころ、当時私は名古屋に住んでいたのですが、当然のことながら万博に足を運びました。そのときに出会って、一目惚れ(一嗅ぎ惚れ??)したのが「千夜一夜」または「アラビアンナイト」という名前で売られていたオイル。トルコや北アフリカなどのいわゆるイスラム圏のサイトで売られていた、”アラブの香り”です。エキゾチックで、でも控えめな、なんともいえぬ美しい香りだったのです。以来ずっとその香りを探しています。ここヨルダンでも、いろんな人に聞いたり、お店に行ったり・・・でもまだ再会できていません 「千夜一夜? そんな名前の香りは知らない」といわれてしまいます。きっと万博のときに、日本の消費者向けに付けられた名前だったのでしょう。下はダウンタウンの香水屋の兄ちゃん。好きな香水を小瓶に入れてくれています。 いつの日か再会できる日を夢見ながら、今日も私は”香り”を訪ねて三千里。どなたか何か知っている方がおられましたら、ぜひ教えてください。
2008.09.29

ヨルダンの大きな問題のひとつは、「水不足」です。隣国シリアやレバノンは”水と緑の国”なのですが、国境を越えたヨルダンは水不足でカサカサ。この国で潤っているのは、ヨルダン川流域だけです。具体的にご説明しますと、アンマンでは基本的に水が支給されるのは週に1回だけ。地区ごとに”水の日”が決まっています。私の住む Jabal Al-Weibdeh (ジャバル・ウェブデ) では木曜日。各家庭ごとの水用タンクが屋上に備え付けられていて、週に1回支給される水をそこに貯めこみます。そのタンクの水を節約しながら1週間使うというわけです。 屋上にある水用のタンク洗濯は基本的に、”水の日”にいっせいに行います。山のような洗濯物が窓や屋上に所狭しと吊り下げてあるのを見ると、「あ、今日はこの地区の”水の日”だな」と分かります。シャワーも気をつけて使わなければなりません。たっぷり張った湯船につかるなんて、夢のまた夢です。日本人にとっては、お湯につかれないというのはかなり苦しいこと(?)です。もう慣れましたが、やっぱりたまには あったか~いお湯に体をゆったり沈めてみたいなぁ・・・
2008.09.29

日本の友達からは、「どんなところに住んでるの?」とよく聞かれます。実は2週間前に新たな住まいへ引っ越したのですが、下の写真は私の以前住んでいたアパートです。 2階が私の部屋でした。ヨルダン到着後、友達の家に2週間居候し、その後 このアパートに引っ越しました。6ヶ月住みましたが、入った当初はかなり大変でした。まずは修理、掃除から・・・というスタートでしたが、やがてとても快適な「城」になりました。初めの半年を過ごした、とても思い出深い家です。部屋数は、ベットルーム、キッチン、バス・トイレ、サロン。家具付きです。家賃は月々200JD。日本円にすると3万円強です。物価急上昇中のヨルダンでこの値段は、”安め”の部類に入ります。 ↑ 以前のアパートの真横のモスク。週末には祈りに訪れる人で混み合います。毎朝 ろうろうと鳴り響く祈りの呼びかけ (アザーン) にもすっかり慣れました。
2008.09.27

アンマン市は、もともと7つの丘の上に立てられた都市で、かなり起伏の激しい町です。急勾配の坂を上がったり下がったりしなければなりません。アンマンで使われている車は、マニュアル車がほとんどです。坂は急勾配なだけでなく、ときにはひどく曲がりくねっているのですが、その坂を車たちがすごいスピードでタイヤをきしませながら往来します。アンマン市内の多くの場所には、「○○山」「△△谷」という名前が付けられており、これもまた この都市の構造を実によく表しています。アラビア語では「山」を「ジャバル」というのですが、少し挙げるだけでも「ジャバル・ウェブデ」「ジャバル・アンマン」「ジャバル・フセイン」などなど・・・・。そして、本当に”山”を上ったり下りたりの毎日です。絶壁に沿って立てられた家々の横には なが~い階段があり、庶民の道となっています。こうした階段を利用して、山を下りて谷を横切り、向かいの山をまた上ります。「心臓殺し」の階段もたくさんあります。上りきる頃には、心臓がバクバク、口から飛び出すのでは?と思うくらいです。 いたるところに こんな階段が。 ↑「心臓殺し」の階段の1つ。てっぺんが見えません。 ヨルダンに来てから、体中に筋肉がつきました。この国では毎日の運動に不足しません。
2008.09.27

一体ぜんたい、なんでヨルダンに? -いつも聞かれる質問です。私がヨルダン移動を決意したのは純粋に、アラビア語を学びたいと思ったからです。日本でアラブの方たちと接する機会が数多くあり、彼らのもてなしの精神、人なつっこさに惹かれ、アラブの食事、アラブの音楽・・・と接するうちに、言語を学びたい! という思いがとても強くなりました。下見に訪れたのは 2006年12月。10日間のステイの間に、「ここに必ず戻ってくる!」との決意を強くしました。実際の移動は、2008年1月31日。ヨルダンの地に再び降り立ちました。最初の3ヶ月は、ヨルダン大学併設の語学センターで学生として過ごしました。スパルタ式(?)の指導に寝る間を惜しんで勉強。その後 夏休みを経て、ヨルダン大学に戻るつもりでいたのですが、なぜか現地旅行会社に採用され、語学の学習は残念ながら保留となってしまいました。↑ 語学センターの前で。学生の間は苦しみましたが、あの集中特訓がなつかしくもあります・・・。アラビア語は思ったより難しく、一筋縄ではいきません。こうなったら腹をくくって、5年、6年のスパンで取り組もうと開き直っている今日この頃です。
2008.09.27

ネボ山は、死を直前にした預言者モーセが「約束の地」を望んだ場所として有名な場所です。モーセの目には「乳と蜜の流れる地」がどのように映ったことでしょう。とはいえ、乾燥したこのヨルダンで「約束の地」をクリアに見ることができるのは極めてまれです。雨が降った後の早朝などに、はっきりと見渡せるときがたまにあるそうですが・・・。でもきっとモーセの目には、はっきりと「約束の地」が見えたことでしょうね。
2008.09.27

ヨルダンの中で私の一番お気に入りの観光地は、ワディ・ラムという砂漠です。ここは、映画「アラビアのロレンス」の舞台ともなった場所で、なんとなく聞いたことがある、という方もおられるかもしれません。ワディ・ラムでは、ベドウィンたちが観光客を砂漠のジープツアーへと案内してくれます。2時間のジープツアーだけでも砂漠を楽しむことができますが、やはりおススメは砂漠でのキャンプです。砂漠でくつろぐベドウィンたち日本からのお客様で、砂漠で夜を過ごされる方はまだまだ少ないです。ペトラや死海などに比べると、ワディ・ラムはそれほど知られていないためかもしれません。私は6月にワディラムにステイしてきました。砂漠のど真ん中で、満点の星空を見上げながら寝ました。夜空に張り巡らされた天の川は、まるで黒のビロードにほどこされた繊細な銀細工のようで、あまりにもきれいで眠るのが惜しく、一目でも見逃すまいと文字通り一晩中起きていました。星が舞台を去った後は、しらじらと夜が明け始めて美しい朝焼けがやってきました。そのあとに朝日が昇りはじめ、まさに何から何まで美しく、感動的でした。せっかくヨルダンに来て、この砂漠でのキャンプを体験せずに帰国されるのはホントにもったいない! と思います。降り注ぐ星の下でぜひ寝てみてください。人生観、変わるかも・・・?夏休みはヨルダンへ。http://picturesque-jordan.jp/japanese.aspx 応援してくださる方はクリックしてくださいね。
2008.09.27

「ヨルダン」「アンマン」と聞いても、一体どんな国? どんな街? と思われるかもしれません。私がヨルダンに行くことを知った友達はたいてい、「ヨルダンってどういう国?」と聞いたものです。アンマンをひとことで言い表すと、「石と砂の街」。下の写真にあるような風景が360度広がっていると想像してください。雨が降らないので、非常に乾燥しています。この石の街には毎朝、朗々とした祈りの呼びかけが鳴り響きます。いつもと変わらない一日の始まりです。太陽が高くなるにつれ、気温はぐんぐん上がります。日中は車のクラクションがいたるところで鳴り響き、あふれるほどの車が市内を縦横無尽に走ります。ラマダン中の今月は、交通事故も多発。信号がほとんどない市内では、譲り合いの精神というものはなく、我れ先にと車が突入してきます。その車の間をすり抜けるように、歩行者が道路を横断していきます。このアンマンで車を運転するのは自殺行為だと思っていましたが、慣れると運転できるものです。友達いわく、「のろのろ運転している分には事故に遭わないよ」ということです。慣れた頃が一番恐いのだとか・・・。いやはや確かに。
2008.09.25

どの国の子供たちも、人なつっこく、かわいいものですね。 ここヨルダンでも、アラブの子供たちが生き生きとした笑顔を見せてくれます。下の写真は、私の友達の子供たち。お姉ちゃんと妹です。カメラを向けると、ちょっとシャイな一面も・・・。普段は私に近づいてきて、「I love you~」といってくれます。私もほっぺにチュッチュとキス。本当にかわいいのです。
2008.09.25

ヨルダンと聞いて、1年中暑い国を想像される方もいらっしゃるかもしれません。ところがドッコイ、ヨルダンには四季がありますし、冬には雪も降るのです。私がヨルダンの地に降り立ったのは、2008年1月31日。その日、なんとヨルダンは数年ぶりの大雪に見舞われており、空港は雪のために閉鎖されていたのでした。何も知らない私は、夕刻にアンマン空港到着。空港は午後からオープンしており、何も問題ありませんでした。タクシーでアンマン市内に向かいますが、道路にはかなりの雪。雪に対する備えが何もないので除雪車などがあるはずもなく、チェーンもスタッドレスも履かない車たちが、タイヤをきしませ、雪を跳ね飛ばし、スリップしながら走ります。歩道の子供たちが、難渋している車に向かって、雪を丸めて投げつけ喜んでいます。さらに子供のみならず、大人の男性たちまでもが(雪が嬉しいのか知りませんが)車に向かってポンポン雪を投げつけます。運転手たちもフロントに積もった雪を投げ返して応戦。なんともまぁ、平和な光景でした。
2008.09.25

ヨルダンで手に入るのは、おいしいナッツ類。近所にお気に入りのナッツの店があります。店を抱えるのは、ヨーゼフさん一家。とっても親切なアラブ人家族です。このお店では、とても新鮮なナッツを量り売りしてくれます。この男性がヨーゼフさん。アパート探しを手伝ってくれたり、タクシー運転手の手配をしてくれたり・・・英語も上手です。私のお気に入りは、燻製ピスタチオ。たまらない美味しさです! 毎回、いろんな味のナッツを100グラムごとにミックスしてもらい、500グラムほど買って帰ります。こんなに安くて新鮮で美味しいナッツ、ビールのおつまみには最適です。でもここヨルダンはイスラム国・・・ここに来てからというもの、アルコールは一切口にしていません。売ってはあるのですが、高いのです。ヨルダンのアルコール事情は、また次回に。
2008.09.25

ヨルダンは砂漠地帯に位置するため、「不毛」というイメージを持たれる方も多いかと思います。実際は、野菜・果物ともにとても豊富で、安く手に入れることができます。私の住む Jabal Al-Weibdeh (ジャバル・アル-ウェブデ)という街にも、あちこちに八百屋があります。とはいえ、おいてある物が古かったり、痛んだりしている八百屋もあるので、いい八百屋を選ぶことが必要です。 写真は、Jabal Al-Weibdeh の中でも特に質の良い野菜や果物を売っている店で、外国人もたくさん買いに来ます。値段を確かめるときは、「1キロいくら?」と店員さんに聞きます。必要な分だけ自分で袋に詰め込み、はかりに乗せて金額を出してもらいます。春から夏にかけて、さまざまな果物の味を堪能しました。どんなものがあるか、いずれ1つずつご紹介していきたいと思います!
2008.09.25

ヨルダン観光に外せないのが死海です。 これまで訪れたシーズンで、海が一番きれいだと感じたのは6月。サファイアのように美しい海でした。死海周辺は、急速に開発が進んでいます。観光客用に整備され、高級ホテルが立ち並ぶスポットがあります。大抵の観光客はそこで過ごしますが、在住者としては あえてそこを外します。死海に沿って走り、まだ整備されていない場所で車をストップします。岩がごろごろ転がる”道なき道”をそろりそろりと死海まで降りていきます。死海へ到達すると、真っ白な塩の結晶たちと真っ青な海のコントラストに息を呑みます。 辺り一面に広がる塩の白さがまぶしくて、目を開けていられないほどです。一瞬、ゲレンデにいるような感覚です。私たちはその後、アンマンビーチへ。アンマンビーチは公共のビーチですが、きれいに整備されています。このビーチについては、また次回お伝えしたいと思います。
2008.09.25

今日は、とってもおいしいレモン風味のサラダ「ファットゥーシュ」をご紹介します。ファットゥーシュは、トマトやきゅうり、レタスやたまねぎなど 刻んだ野菜に、たっぷりのオリーブ油とレモン汁をかけたものです。ミントをたっぷり入れる家庭もあります。「な~んだ、普通のサラダか」と思われるかもしれませんが、実はこのサラダ、細かめ (1センチ-1.5センチ大) に砕いたカリカリのピタパンを混ぜ込むのが特徴です。口いっぱいに広がるさわやかな酸味と カリカリした食感がなんとも言えません。 いつでも食べたいアラブ風サラダの代表格です。お越しの際は、ぜひお試しを
2008.09.24
アラブ世界でもっとも頻繁に耳にする言葉の一つが「インシアッラー」です。これは直訳すると「God's willing」、つまり「神のご意志なら」という意味ですが、生活のさまざまな分野で頻用(乱用?)されています。この「インシアッラー」、もともとの意味は、私たちの命そのものを神に負っているので、すべては神のお許しのもとに・・・という敬虔な気持ちの表れなのですが、アラブ世界では約束を守らないことの言い訳として使われている感があります。アラブ人にとって、安請け合いはお手のもの。そして約束や時間を守らないことは日常茶飯事。「OK, OK, 任せといて」と気軽に請け合ったあとは、待てど暮らせど行動に移す気配もない。約束を守らなくても全く気にしません。「神のご意志」じゃなかったわけですから! そういうわけで、”信頼””期待”という言葉は私たちの辞書から拭い去るしかありません。「また明日ね!」「インシアッラー」、「必ずお願いしますね」「インシアッラー」・・・ここまではまだ分かりますが、タクシーの運転手なんかが「○○まで連れて行ってください」「インシアッラー」・・・なんて言った時には、「それは神の意志うんぬんではなく、あなたの意志次第でしょ?」と突っ込みたくもなります。ところが、この「インシアッラー」、反発しながらも使ってしまう! アラブ男性からしつこい誘いを受けて辟易したときなどは、「また会おうよぉ」「インシアッラー」 (心では"会うわけないやろ~"と嘲笑う) などという風に、かなり便利なときもあるのでした (^^ゞ ヤレヤレ。
2008.09.24
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