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鳥年ということでスズメを撮りに外に出る。正月休み中、実家で食べすぎたので強めの運動も兼ねる。相手はスズメだ。ちょっとした物音で直ぐに逃げる。人間との距離も彼らは心得ている。コンデジのズームでは接近限界外でクッキリと撮ることはできない。彼らは朝夕の食事?時以外は鳴き声を出さないようだ。ヒッソリと草むらの中を歩き回っている。1, 2 匹の声がしたと思ったら、多く群れていることがあった。やっぱりお米とかで釣らないとだめかな。
2017.01.04
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午前中、卒業した小学校へ足を運ぶ。途中の道は左側を通っただろうか?右側を通っただろうか?世の中一般的な決まりは右側通行、自分の小学校までの道は側溝の有無で決まっていた。側溝の蓋の上を走る車は無い。安全な通り道は側溝の上だった。35 年前に通った道、宅地開発が進み、景色は変わっても側溝の左右は変わらなかった。小学校手前の坂道、遅刻すれすれの時は走って下り、下校の時は疲れた自分には試練の上り坂だった。夏休み、冬休み、春休み、持ち帰りの荷物が多くとも荷物を投げ出す事は許されない。校内に入って見る。変わったな。冷暖房設備ですか。自分が通っていたころは、冷房設備は無し。暖房設備は煙突付き石油ストーブだった。昨今の安心・安全志向からすれば、石油ストーブは危険なのだろう。強いて「石油ストーブを」とも言えないし、近頃の高温傾向に我慢をとも言えない。校庭の彼方此方の遊具には、「危険なので登らないで下さい」の札が付いていた。補修されていない個所が目立つ。地面に埋められたタイヤを見つける。上を飛び歩いたり、渡ったり、放課後校庭で遊んだ後、座った記憶が有る。今の子供たちには遊具に見えるのだろうか。小学校を出て近くの高い所へ登る。今までこうやって高い所から、自分が育った所を一望しただろうか?良く晴れた首都圏近郊都市の良くある景色なんだろうな。元旦の日の出に寝坊してこの景色を撮る。露出は大きく +0.7 補正、白飛びした画像だ。忘れていたというより、知らずに想像していた景色、想像に沿うように撮るとこうやって一部は白く霞む。これからも変わっていく景色だ。眼下にある道を何度も往復し育ったんだよな。色々と有り、大きくなってこの景色に入らないはるか遠くの学校に行き、就職した。そして戻ってきた。実家への帰路、太陽を白く反射する道路に目を細める。土曜午前中授業が終わった後の下校風景だった。小さい時と体の反応は変わらない。冬だというのに背中が汗ばむ。ランドセルを背負って蒸れていないのに、変わらないな。
2017.01.01
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昼食後、暫く scankeylx のテストをしていた。今年には終わらないな。テスト規模が一気に大きくなる。テストできればいいなと思う範囲は {Ubuntu, Lubuntu} x {16.04(16.10), 14.04, 12.04} x {i686, x86_64} x {"DVD-R", "USB", "DVD-R"+"USB"} + {Raspberry Pi} だ。他にも「とりあえず動く所まで」という目標で Linux mint, CentOS live を考えている。15 時位に布団を取りこむ。眠くなってきた。このまま昼寝をすると夜になりそうだ。実家に帰る途中のバスの中で昼寝しよう。テスト工程は長いのだ。来年に入ってもすぐには終わらない。帰り支度をして、家を出る。予定通りバスで昼寝を始めた。予備校通いの帰りで良く寝て帰ったものだ。今でも実家近くで起きられるかな。そろそろかな、2 つ前のバス停へ向かうため十字路を曲がる景色が薄眼から見える。高校生の時は 1 手前のバス停で起きたものだ。最寄りのバス停前、いつもは他人任せの降車ボタンを自分で押す、今年は帰るのだ。ボタンを押した所で車窓から見えたピザ屋が繁盛していた。そりゃ、なんにもしたくないよな。
2016.12.31
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市川市高谷 金属リサイクル廃材置き場で火災が有った。すでに鎮火している。見に行く。東西線が江戸川を渡る橋の北側辺りで焦げ臭いにおいがし始める。近づくと匂いが薄くなる。周囲は燻されていない?ほぼ現場に近づく、赤い消防の指揮車が止まっていた。今だと警戒なのか?それとも火災後の事務処理なのか?奥に見える看板とプレハブ建物の間に見える山に焼けた様子が有った。鉄に茶色い錆が出ている。周囲に漂う匂いは生の機械油だった。鼻の奥に粘るような感覚がある。焼けたのはあの山だよなぁ...正面から見る。確かに焼けた後だとわかった。手前に黄色い消防ホースが延ばされている。何かあったら放水できるよう残してあった。日光の熱で気化した油が風に吹かれて燃え出したか、金属が擦れた火花で火が付いたか、手前に見える電池のような電源か発熱性がある化学物質を除去せずに山に放り込んだか。山以外の部分は燃えずに残っている。右に見える事務のプレハブ建物にも人がいる様子が見えた。随分と溜まっている。景気が良くて廃棄が多く溜まったか、それとも、買い取り手が少なくて溜まったか。
2016.12.26
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夕暮れ時になり、空は良く晴れる。日没後の夜景に近い夕焼けを撮る。画像では東京タワー、富士山、スカイツリーが見える。肉眼では東京タワーの両脇に並ぶように高層ビルの航空障害灯の赤い灯火が並ぶ。明滅する灯、点きっぱなしの灯、霞む空気の向こうに見える。1 年前まではあの赤い光が間近にあるビルのフロアで仕事をしていたのだ。障害灯の光も含め、全ての景色を拒否するようにブラインドを下ろしたフロアだ。聞くところによれば、周辺タワーマンション住民が職員の視線を感じるのだとか、新製品開発情報を漏らさないためとか。食道フロアはブラインドが上がっていたので、新製品開発情報が漏れるのを気にしていたのだろう。驚くような製品有ったかな... 赤い明滅に合わせて夕食を進めていたっけ。
2016.12.25
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いつもの様に夕方土手に向かう。空がカラスの声で騒がしい。声の質は様々だ。結構広域から集まっている?見上げてみるとマンションの上に多くのカラスが集まっていた。ここ根城だった?今までも、カラスはよく見かけた。根城を目指すのか、夕方の食事に出かけるのか、渡り鳥たちの隊列に突っ込むのか、色々な行動を見てきた。こうやって集まってくるのは記憶になかった。普段使いの根城だったら、周りに糞などの痕跡が有るはず。見かけない。飛び交う方向を見てみると、都内方面からくる連中も居る。何かあって今まで使っていた根城を追い出された? わざわざ千葉まで来るだろうか?彼らに理由を聞くことは出来ない。何か起こるのかな?
2016.12.21
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近くのダイエーがイオングループ化した。どうなったか店内を見てみる。食品類のフロアーが使いにくいように見えた。総菜中心なのかなぁ。フロアガイド1F で総菜が占める面積が広くなって、2F に追い出された加工食品が配置される。加工食品も良く買っていたのに遠くなってしまった。ある程度自炊する生活をしていると、必ず 1F 野菜・肉・魚と 2F 加工食品を回ることになる。思い出すと今までもルートとして回っていたか... 新しい配置だと組み合わせて買おうという思考が中断されやすいなぁ。古い配置だと、今夜や明日のおかずを目的とする買い物が 1F、備蓄・常備的な食品が 2Fだった。何食べようと言う楽しみな買い物が 1F、そう言えば減ってきたなぁ... 買い足しておこう的な買い物が 2F だった。明日パン食にしようと思うと 2F だったのが、変則的だった。酒類が 3F になる。薬・化粧品フロアーと一緒になった。ちょっとしたフード・コートも有る。化粧品の香りが迎えてくれるフロアーでお酒なんだ。お互いに合うのかなぁ。お酒も化粧品も買ったことが無い。自分はフロアーの香り、雰囲気と購買意欲の関係は正しい実感を持っていないのかもしれない。3D CAD を使ってフロア毎の割り当てを決めました。要所要所はイオン本部で様式化した配置にしました的な背景を感じる。東京からコピペしたようなおしゃれな雰囲気に馴染めないのは自分がオジサンだから?この建物、ここに来る地元民に合ったフロア構成が有りそうな。買い物はせず。路地の八百屋や流通ケース、事務のスチールラックに配架する安い店に慣れてしまった。
2016.12.15
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実家でパソコンのトラブルが有り、急ぎで自転車で向かう。行きがけに渡った信号で危ないと思ったことがあった。下の画像奥のバス停で降りた老人が、信号手前で道路を渡り始めていた。車は 10m 程まで接近している状態だ。つい最近工事をして、46 年間続いていた信号の押しボタンが廃止された。T 字路になっていて、ボタンを押さなくても待っていれば信号が変わる場所になった。老人はなぜ信号手前で渡りだしたのか?単にショートカットがしたかった?それにしても、歩行速度は見た目で 2km/h 出ていたかどうか。狭い対面通行道路を渡るのに少なくとも 15 秒は掛かりそうだ。危険すぎる。最も近い住居が家だとして、横断歩道で待ったとして、歩く時間は 1 割も変わらないだろう。信号に有った押しボタンが無くなったせいだろうか?ボタンが無くなったから、信号が変わらないという勘違いと諦め?記憶との齟齬に対応する能力が衰えて、新たな行動選択が「現状無視(記憶修正不能)」なのだろうか?老人の記憶と一致する様に、単に押したら「お待ちください」が点いて、信号制御に何ら影響を与えることなく、青になったらランプ消えるダミーの押しボタンが有ったら、横断歩道を渡ってくれるようになるだろうか?ああ、信号待ちのボタンを押すと買い物ポイントが付くと押して、待ってくれるかなぁ。
2016.12.12
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昼間近所へお出かけ。目的地の周辺で少し迷いウロウロする。今年はまだ紅葉狩りを目的にお出かけしたことなかったっけ。名所と比べると切り取った様な小さな景色かもしれない。少し曇り気味、12 月にしては柔らかく暖かい日差しだ。残っている緑の葉も薄くなりつつある。冬本番前の日の光を受けられるのもあと僅かなのかも。
2016.12.04
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お店でシクラメンの花が売られていた。昔住んでいた館林を思い出す。あちこちの畑でシクラメンの栽培がおこなわれていた。思い出すのは東武伊勢崎線の沿線にある畑だ。Google Street view で見ると水田なんだけど... たしかシクラメン畑が有った様な。住み始めたころは夏の最高気温を記録する土地から、冬の花が出荷されることに驚いた。寒い夜に広々とした畑のあぜ道にでて、流れ星を見たのもいい思い出だった。館林から来たのかな。そうだとすれば山を下りたばかりで乾燥し、肌を削るような寒さの風が吹くところからやって来た花たちだ。
2016.11.29
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国道 14 号線 が 11/17(木) 23:00 ~ 5:00、新田5丁目交差点~本八幡駅前交差点の間で通行止めになる。外環道工事に使っていた作業用の橋を撤去する工事だと思われる。土砂、コンクリート、鋼材の運搬は殆ど終わったのだろうか?付近の地上部に接続道路などは出来ていないのでこれからの工事も長いのだろう。新田5丁目交差点(県道 264 号線の丁字路) ~ 本八幡駅前交差点が通行止めになるので、国分高校方面と、高塚、大町方面の深夜バスに少し影響が出るだろうか? 国府台女子学院、日の出学園前を通る北回り迂回が増えると意外な渋滞が起きそうだ。通過する車は市川産業道路(県道 283 号線)に迂回するのが多分楽だろう、市川広小路 - 市川インター入口 の間が良さそうだ。もし、群馬にある会社に勤め続けていたとして、実家に帰る道として開通を今も待っていたのか。
2016.11.16
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今日は総武線市川橋梁付近で富士山に夕日が沈む日だった。カメラを持った人が多く出ていた。昼寝坊をしたので空が淡く染まった時に画像を撮る。日が沈んで 10 分もするとカメラマンたちは半分くらいに減っていた。富士山写っていないとダメなのかなぁ。写すにしてかなり絞るか、シャッタースピードを上げるか、あるいは合成か。空の色、町の色、目で見た雰囲気とはかなり違うような。他にテクニックが有るのかも。自分も今日は早くここを離れる。野菜と冷凍総菜を買いに行かないと。
2016.11.06
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気軽なお茶席に呼ばれる。色々と準備とか作法とかは全く知らない。部屋の花飾り、掛け軸、置物、全てを一望できる位置に座る。遠くてよく見えなくなったなぁ。茶会が終わった後、近づいてみて遠慮無く色々と聞いてみた。葉の先々に有る枯れまでよく見て、意図を理解するに至ることを知る。まだよく見えていないと言うことを自覚している。そのうちに自分もぼやけて見えているのに、それを理解したと思い込んでしまうような変化が訪れるのだろうか。
2016.10.30
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近所にコインランドリーとドライクリーニングサービスの店がが並んでいる所がある。ほぼ同じ看板だ。同じ事業主が店を出しているのだろう。服をきれいにする(洗濯する)という目的に対して、複数のサービス選択肢を提供する「松竹梅」型ビジネスと理解するのが普通なのかもしれない。メーカーに勤めていたときは、「松竹梅」型ビジネスが普通だった。容量、機能、外装に差を付けて値段を変えていた。ソフトは全く一緒で不揮発メモリの 1 ビットが違うだけで発現する機能が違うのが普通だった。「なんだな」と思うところも有った。勤め先のメーカーが対抗心を抱いていたメーカーは、シンプルだった。ほぼ一つのデザイン、仕様、サービスだった。誰が買っても同じであり、そして誰にとっても格好良かった(いまは過去形かな)。自分に合ったサービスを選択していくうちに、行く先は隣同士であってもお互いに交わらない「格差」が現れてくるのかも、と思うところがある。ワイシャツを洗うにして、「コインランドリー」なのか「クリーニング」なのか。自分は、ワイシャツを家で洗濯している。
2016.10.27
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小雨が降るなか買い物に出る。隣駅の八百屋だ。まぁまぁの品質で安い値段なので良く買いに行く。悪天ゆえか人が少ない。温州ミカンが一袋 198 円だった。小粒の玉で見たところ 8 ~ 10 個入り。まだ 9 月なのにだいぶ安くなった。小さい頃は運動会のお弁当に特別に付くほどの値段だったような。この時期はミカンとオレンジを見比べてどちらを買おうか迷う。ミカンは実質食べられる量と見た目は良く一致する。小粒ゆえ袋も一回り小さい。実が大きいオレンジは見た目大きく見える。「まてまて、オレンジは皮が厚いのだぞ」と悩ましい検討が始まる。あー、今日は他の物をいっぱい買ってしまったな。
2016.09.29
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店に行って見つからない品が欲しかった。検索すると直ぐに出てくる。家にいることが長くなったのだ。通販を使うことにした。大きな箱で来た。発注は 9/26 22:15、発送通知はメールヘッダーを読んでみると 9/27 6:32、深夜・早朝も発送業務が続いているのだろうか? 到着は同日 15:20 頃だ。送料無料扱い。何処かに送料が含まれているはずだ。大きい箱と緩衝材の量も多く物のコストが掛かる。おそらく関わった人のコストの方が大きいだろう。物流センターのピッカー(1人)、発送業務(1人)、宅配業者(トラックドライバ 2 ~ 3 人、仕分け・積み込みで 2 人、自分の家まで 1 人)、人によってはほんの 10 秒程度の関わりかもしれない。 これだけ関わっていても、店舗フロア、陳列作業、店舗係員を合わせても釣り合っている?商品の特徴を知っているから、検索→通販という流れを自分で作れた。自分が特徴を知るところから始める必要が有る場合どうすればよいか? 特徴を欲する所から始めるとすればやはり検索が始まりだろうか? たまに表示される変わったお勧め商品の方が楽しみなのかも。
2016.09.27
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秋月八潮店内の彼岸花が咲いていた。アルミケースから花が咲いている。近所の大場川の川岸でも咲いているのを見ている。八潮近辺で多く見るのは、気のせい?
2016.09.25
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国道 6 号線を千葉県道 1 号線、5 号線との交差点辺りから北上し北松戸の少し先まで行く。途中山田電機 Techland、コジマに寄りつつ PC DEPOT まで行った。「何かあればなー」程度の動機だ。北松戸にある PC DEPOT は事前の調査で改装工事で縮小営業していることが分っていた。途中のヤマダ電機による。Techland と言いつつ、2F の 1/2 は郊外大型薬局店のような品揃え、3F の 1/3 は郊外書店の様な作りになっていた。エスカレーターから入った手前にあり、電機製品コーナーが奥に引っ込んでいた。マツキヨとツタヤが同居したような感じになっていた。先に進んで コジマに寄る。こちらは郊外家電量販店らしい店だった。10 年前ならこれでも新鮮だったのかもしれない。今は慣れた様式の一つだろう。あっ、いけない。電子レンジコーナーで足を止めてしまった。新しい物を物色すると今使っている電子レンジの調子が急に悪くなる妙なジンクスが有ったっけ。目的地の PC DEPOT まで着く、改装中にもかかわらず駐車している車の数が多い。営業している面積は建物内の 10~15m 四方くらいか。販売品はコピー用紙束と限られた機種向けのインクカードリッジくらいしか無かった。なぜに車の数が多い?入ってみてその理由が分った。中に設けられた 3, 4 脚の 10 人掛けくらいのテーブルに人が互いに当らない程度に座っていた。自分が座ろうとするならば、「ちょっと失礼」と断りを入れる必要がある程度の混みようだった。店員さんと何か話していた。話していた内容は聞き取らなかったので、分らない。物ではなく、体験を売る店なのだ。狭い面積に物ではなく机を並べるというのは、「縮小営業をする」という状況で自分は考えられなかった。店の入り口にマルウエアや迷惑ソフトが出すダイアログボックスのスクリーンショットが 10 数収集された張り紙があり、「お困りではありませんか」と書いてあった。こういった困り事を、適正な作業方法と作業料金で受けて後を引かず解決するのであれば、あまり悪くも言われなかっただろうに。PC DEPOT を離れようとするとき、日に焼け、まだ強い夕日に目がギラギラと光る初老の駐車場の警備員に、「パソコン売っていなかったでしょう。」と声を掛けられた。「そうですねー。」と返事をした。(それでも人が来ている理由を少し考えないと)と思いつつ。
2016.09.04
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千葉県の早場米ふさおとめが店に並んでいた。8/18 に精米したようなので、早い店ではすでに販売開始されていたかもしれない。最近だと年間を通して手に入る店もある。1 週間前にお米買ったばかりなんだよな...おいしいお米はしばらくおあづけか。
2016.08.25
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台風通過後の江戸川に出る。堤防から降りるとき、堤防の麓から水が流れているのが見えた。川の水位は河原を洗うほどには上がっていない。降雨の水が染み出てきたのだろう。堤防の強度は含水によって下がる。次の台風までに水は抜けきるだろうか?
2016.08.23
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午後 14:30 家から自転車で出て買い物に行く。曇りだした空を見て、17 時頃はもう雨かな?と思い早めに済ませることにした。安売りスーパーに着くと駐輪場は満車だった。係員が自転車の出入りを整理している。夏の午後 15 時、こんな混む時間ではないのになぁ。みんな天気の悪化に備えて早めに出てきたか。買い物を終えた後も駐輪場は満車だった。いつもは駐輪場内で自転車を止めたまま荷物整理をするところをいったん場外へ出て整理する。買い物から帰ってきたのは午後 16 時、何かしようと思っていたのに昼寝の時間にしてしまった。18 時に起きて空を見ると雨は降っていなかった。最近 3 日くらいの間では最も太陽が輝く夕焼け空になっていた。まるでレイヤーを重ねて合成したような景色だ。いつもより黒く締まった雲に太陽の光が当たり輪郭が強調されたかのように見えるせいだろうか。明日、台風来るんだよな。
2016.08.21
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実家は国立療養所松戸病院に隣接していた団地だった。過去形なのは療養所はすでに松戸市立福祉医療センター東松戸病院と松戸ニッセイエデンの園という場所に変わっている。官舎(病院職員住宅)があった場所まで含めて言えば、住宅地になった場所、老人ホームになった場所もある。小さいころから、給水塔の脇を通る団地接続道路に奇妙なところがあると思っていた。下の画像で人が立っていて左の奥に進む道だ。クリックすると google street view へリンクする。次の画像は現地で撮影した画像だ。今は道の両脇は建物と駐車場になっている。昔は両脇は立派な桜並木だった。道は下り坂、寂れた谷津に降りる道だった。それほど車が通るとは思えないのに、乗用車と軽トラックならばすれ違えるほどの道幅がある。車で 5 分ほど進むと県道に出る。出た先に店は一つもなかった。団地接続道路としては不便な道だった。国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスで松戸市を検索し、場所を合わせて古い航空写真を調べてみることにした。いくつかの写真の中から興味深いものを見てみる。1944/11/03 の航空写真1966/08/29 の航空写真1975/01/10 の航空写真これらの航空写真から、療養所の正面玄関に正面から接続する道路だったことが分かった。桜並木だったことも、道幅が広いことも、必然だったのだ。そういえば、先の street view の左手にある水色の看板辺りに門柱の遺構が有ったような。大谷石で出来ていて、縦横 100cm x 100cm、高さは 180cm 程、天辺にランプが灯るような構造だった様に記憶している。療養所は結核患者を隔離する病院だった。わざと長く不便な接続道路になっていたのは設立意図だったのだろう。時が進むにつれ、結核の治療法が確立し、より近くの県道 51 号線より接続する太い道路ができた。施設を縮小する過程で高塚団地に転用した。自分が育った団地も元々は療養所の施設があった場所だった。隣接していてお互いに土地を住み分けていたと思っていたのは間違った思い込みだった。団地建設で失われた道路が有った。先の google street view 画像で奥の右手側にある駐車場辺りは団地ができる前、T 字路になっていて県道 51 号線に接続していた。なんとなく地形的違和感が有った。不自然な感じで擁壁で崖になっている。団地建設後も残っていた道の一部は官舎が並ぶ敷地前を通る轍が深い砂利道だった。谷の淵に沿う様な道なので、浸水しやすかった。51 号線接続側もわざとフェンスで仕切り接続を切っていた時代が有った。職員住宅への道だったのだろう。25 年ほど住んでいた。病院には付き物の幽霊の話も、慰霊の祠の話も、切れない・動かせない大木の話もない、普通すぎる団地だと思っていた。意外な歴史が有った。航空写真を見つつ、小さいころの記憶を修復する。
2016.08.14
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実家へ帰る。途中路線バスに 20 分ほど乗る。駅前の繁華街から、宅地化が進んだ畑の中を通る路線だ。道はよくない。よくある関東近郊の県道だ。制限速度 40km/h、上下それぞれ 1 車線で対向、交差点は 100 ~ 500m ほどに 1 つあり流れはよくない。バスの車内で周りを見回すとポケモンGOをしている人を 2 人ほど見つけた。収穫があるのかなぁ。と、様子を見てみる。ポケストップを巡るようにバスは進んでいた。時々速度超過の警告画面が出ていた。平均時速は精々 20km/h のバスなので煩雑になるほどの頻度ではない。もともと、田舎路線バスだった。バス停、交差点には寺社が有り、何かの像や田舎ではありがちな看板が立っている。止まる都度ポケストップを回しアイテムをゲットできる。バス通りから 30m くらい離れた場所も立ち寄り可能なポケストップだ。ポケモンは出るのだろうか?レアポケモンは期待できないようだ。おおよそバス停を 2, 3 止まるごとに 1 体出現していた。ステータスや図鑑を確認しつつ捕まえるには丁度良さそうなペースだ。ジムも 2, 3 箇所確認できた。寺社や郵便局があった場所だ。バトルは移動中のせいなのか参加していなかった。ジムを占めているトレーナーも強そうなのだ。見慣れた街並みを通る路線バスはネットの世界ではポケモンの世界を巡る観光バスになっていた。
2016.08.10
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8/5 午前にガソリンスタンド解体中に爆発があった 現場 市川市 鬼高 産業道路 県道 283 号線 新川通り 交差点へ行ってみる。1 人けが人が出ている。既に片付けは終わっていた。汚れや破片などの散乱は見あたらない。変形した機材も無かった。周りの様子は特に変わったことが無かったかのように見える。この近辺でガソリンスタンドは儲からないのかと思っていたら、道一つ挟んで新規オープンしていた。爆発が有った方が出光、新規がエネオスだ。オープン・セールで車が列を作っていた。使いづらそうな三角形の土地が残る?
2016.08.07
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ゲームセンター前を自転車で通ったら、「保護者の方と一緒なら夜 10 時まで遊べます」という看板が立っていた。隣の看板も併せて見るに自分が知っているゲームセンターとは様子が違っていて、ソフトな感じになっているのかもしれない。子供も大人も忙しい、どのような場所と時間で遊べは良いのだろうか?公園も 22 時に遊べば音で近隣住民の苦情が出る。社会全体という曖昧な主語を使うのが良いのか、こういった場所に親子を追い込んでいるのかも。こういった規制緩和が一億総活躍なんだっけ?
2016.08.05
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特に話題もなさそうだったので、江戸川に出てみる。見た目水量が多めだった。ダムの放水量は絞っているはずなので、群馬県の平野部(鶴の形の首から肩くらい)に降った雨の分だろうか?草が所々に浮かんでいる。埼玉・群馬県境の河原に生えていた草か、渡瀬川の河原に生えていた草か。花火大開の水中仕掛けではないよな...うん、流れている。
2016.08.03
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市川駅北口交番前にスマホを覗く人々が 10 ~ 20 人ほどいた。日曜日あたりにも見た光景だ。街路樹の周りにある柵などに体を寄せてポケモンGO をプレイしているようだ。集まっている人の数からすると、ポケストップが近くにあり、補給と収集がしやすく、バス待ちの空き時間でプレイしやすいのか理由か。お互い何か会話しないのだろうか?と思うところもある。今のところゲーム・システム的にそれは不要だし、会話を強制するようなシステムだとしたら、煩わしいのかもしれない。会話の場を作るとして、ごく希に集めたポケモンが近くのマスターのポケモンとバトルを始めて、仕方なく熱くなるとか、勝敗で移籍してしまうとか。そんなときに「気づけば」軽く「どうも」と言うか、移籍を戻してあげるとか。ポケストップでバトル発生を条件に何かしらの慰労アイテムが出て分け合うとかだろうか。あの近辺茂みが多く、蚊が出そうなのだけど、みんな刺されていないのかなぁ。薬屋は近くに何店か有るので虫除け・虫さされとも直ぐに手に入る。
2016.08.02
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江戸川土手に生えている猫じゃらしを見る。頭を垂れてほんの一部の穂が茶色く色づき始めていた。小学生くらいの時は、こんな景色を見て「まだ、宿題は大丈夫」と思っていた。8 月末期になると、日焼けした様な色から、茶色い色づきも良くなるはず。この場所は市川・小岩花火大会の会場になる。あと一週間もするとシートの下になってしまうかもしれない。こうやって生えているのだから、シートの下敷きになっても種は拡散し、来年も茂るのだろう。こうやって、夏らしい壁紙を今頃撮る。
2016.07.29
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久しぶりに日没を撮りに行った。何もない日、というよりはまた組合事務で時間が中途半端になってしまった日だった。自転車で走り出して 2, 3 分すると、細かな雨が降り出した。西日に向かって走る。眩しくて前が見えない。既に日の動きは秋の様相だ。江戸川土手に上がり、太陽を向こう岸に見る。夕日でありながら夏の強い熱気を感じる日の光だ。オレンジ色に雲を染めていた。秋の様相だろうか。雲が覆う街のほうに目を向ける。虹が出ていた。強い夏の太陽でなければ見えなかっただろう。久しぶりに見る。この虹は梅雨空からの今年最後の挨拶なのだろうか、それともこれからも宜しくなのだろうか。
2016.07.28
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ポケモンGO の流行具合を見るため近所の公園を夕方に巡る。何処もいつも通りだった。確か 13 才未満は PTC アカウントを必要とする。難がありそうだ。子供たちが遊ぶには至っていないのか。大きいところから順に、大洲防災公園新田南公園ゆうがお公園自転車を今日は遅めで運転する。なんかちょっと人の動きが違うような。
2016.07.25
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錦糸町公園、ポケモンGO の噂か何かで人が多い。AR で映し出されるポケモンが多く生息しているのだとか。安全性は十分配慮しているのだろうか?と心配になる。自分も子供の頃は危険なことをしていた。ザリガニや蛙を捕りに農業用水路に入ったり、腰まで沈むような泥沼に入ったり、現実の動物捕りも危険であった。珍しいイタチを見つけようと、荒れた林や田畑にも入っていった。現実の動物は生息場所が限られていた。頻繁に行くところでもない。危険もある程度は予測でき、無理が解っていれば近づかなかった。人と棲み分けていた。ポケモンはどうだろうか。こう言っては何だけれど、プログラムとデータで表現された生き物だ。住まうところは制御可能、人目に触れる時間も制御可能だ。安全な場所に現れ、普段の生活を乱さないように出現時間を調整できる。web ページの説明を見ると昼夜の概念があると書いてあった。制御しているのだろう。あまり制御してしまうと、ポケモンそれぞれの生い立ち、性質、背景にある世界観を壊してしまう。web ページで絶対に現れない場所、時間に関する説明は無かった。制御された舞台を見せたくないのだろうか。GPS の精度が悪いのも開発者を悩ませただろう。都会では線路や幹線道路、郊外町村部では河川や急傾斜地より 100m 程度の範囲は出現率 0 に設定しないと、ポケモンを探す人たちが危険な状況に陥る可能性がある。こういった設定だと、身近な場所に絶対にポケモンは現れないという人も現れるはずだ。何かよい条件設定を見つけたのだろうか?電子の生き物たちは案外こちら(人間)を詳細に観察しているかもしれない。人が何処にいて、どのくらいの速度で移動し、多く集まるのか、何を映像として送り、どんな言葉をそこらか発信したか。彼ら自身が生きる場所を求めて。
2016.07.23
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色々と用あって市川市内の 1/3 程度の面積を回るように 1 周した。デイリーヤマザキ 市川下貝塚 の付近を通る。千葉県道 180 号線(旧 市川松戸有料道路) 沿いに有る店だ。2 店が交差点を挟んで対角の位置にある。どちらもデイリーヤマザキだ。どちらも営業中だ。どうしてこうなった?上りと下り(どちらが上りかは議論の余地が有るとおもう)が有って入りやすい?うーん、そうかなぁ。180 号線、東側・西側では地域が違う?まぁ、確かに何かの差というか、意識は違うだろう。東側が市川大野圏、西側が下貝塚圏(バスで本八幡へ)かなぁ。2 店も出すほど 180 号線沿いがとても儲かるかというと、なぜか厳しい道路だ。残る店もあるものの、半分くらいは 5 年程度で取り壊しか、同業へ代わるか、業態転換している(自分感覚)。店の業態に照らし合わせ、その作りがシックリこない店が多い。奥に写るデイリーヤマザキは元ガソリンスタンドが有った場所だ。松戸・船橋の 180 号線起点・終点は除いて、高層マンションは少ない。ようやく北総線と平行する地域で増えだした。道は旅と言うほど延長は長くない。競馬開催日には混雑が激しく(元)有料道路の速達性は全くない。地元民が少なく、通過ドライバーもロードサイドを使う理由(使う気が)が希薄な道路だ。これから変るだろうな... きっと。
2016.07.03
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埼玉県 松原団地、自分が生まれて 1.5 ヶ月ほどいた場所だと親から聞いている。暑い 7 月に生まれ、残暑が残る 9 月に引っ越したのだろうか?生まれたばかりで全く記憶がない場所だ。会う人によっては、出身地は生まれて間もなく引っ越した先の千葉県だと言っている。地図: 東武 松原団地駅4000x3000 の画像ここに来た理由は生きている間に自分が居た場所なのに欠落している記憶の補完だ。既に再開発で自分が住んでいた建物は取り壊され、新しい高層マンションが建っている。東武伊勢崎線も地平から高架に変り、スカイツリーラインと名前も変った。電車もクリーム色一色の塗装と、ブレーキシューの焦げた臭いと強いペンキ臭が混ざって車内に漂う電車は既に無く、今は東急の車両まで乗り入れいる。地図: コンフォール松原4000x3000 の画像ニュースでちらりと「松原団地駅」が「獨協大学前駅」に変ると聞いた。ああ、生まれたところの地名がランドマーク的な場所から失われるのか。心に一押し来た変化だった。東京通勤圏で生まれた人ならば、ある程度は経験する人も居るだろう。生まれた場所が無くなり、住んでいた建物が建て替わり、再開発で道や駅が別の場所を通る。母親に聞くと獨協大学にはいい思い出が無いそうだ。自分が生まれて間もなくの引っ越しで手伝いのバイトを学生に頼んだのにすっぽかされたとか。と言うことは大学もかなり前から有るのは確かなことなのか。建て替わった建物の定礎板を見る。おおよそ 8 年前には元住んでいた場所は取り壊されたことが分かる。8 年前にはもう戻れない。この場所が分かったのは、親から住んでいた団地の号棟と部屋番号を聞き、就職してから埼玉に住んだときに買った地図に再開発前の松原団地が載っていたからだ。地図: コンフォール松原 定礎板4000x3000 の画像小さいときに親に連れられ一度ピクニック気分で松原団地を再訪している。千葉から武蔵野線経由で松原団地まで行った。あのときは珍しい自動改札の駅を通るという目的も一緒だったような。武蔵野線がほぼ 1 時間に 1, 2 本というローカルダイヤで運行されていた頃だ。小さすぎて地理的な場所や建物の印象はあやふやに記憶に残り、大きく違っているような気がしていた。たしか写真は撮っていない。今のようにデジカメや携帯で手軽に何枚も画像を撮るようなことはしていなかった。今回は市川から八潮まで行く足を松原団地まで延ばした。八潮から草加に行くバスを見ていたし、一度乗った事が有ったので距離感覚はおおよそ掴めていた。途中のチェックポイントは Google Street View で確認した。行ってみると八潮を離れたすぐにチェックポイントを外れていて、大回りなコースを進みたどり着いた。余計に周りの景色を見るのも良いではないか。住んでいた部屋から近くだと思われる位置から見えていたであろう景色を撮ってみる。親からは駅からすぐ見える位置だと聞いていた。ほぼ何もかもが変っているはずだ。一致するのは駅に近いこと、ホームが確かに見えることだ。地図: 住んでいた松原団地の部屋に近い場所から撮影4000x3000 の画像自分の記憶にこの画像と照合させるに相応しい風景はない。生まれたばかりに自分の目で見ていたであろう景色は、ビットマップ的な記憶も、図形構造で再構成された記憶も、言語に置き換えられた記憶もない。なんだろう、生まれた直後はどう記憶して良いのか頭が出来上がっていないのか。45才にして変ってしまった景色を生まれた時に住んだ場所の記憶として、再構成できるのだろうか?欠落していた記憶を補う目的は達成された?何も記憶が無い状態から変ったのは確かなのだ。帰りに松原団地駅構内を自転車を押して通る。どこからか、焼きたてのパンの香りがする。自分の両親がここから通勤していた頃にはそんなのは無かったのだろうな。代わりに枕木のクレオソートの臭いだったのだろうか。ああ、ここは松尾芭蕉の足跡がある場所なのか。観光で再び来る?多分それは無いだろう。国語・文学は弱かった。地図: 松原団地駅 コンコース内4000x3000 の画像松原団地駅東側、ここも自分が住んでいたときと比べすっかり景色が変ってしまったのだろう。右に見える 東武松原 インドアテニススクール が古そうな建物に見える。それでも 1965 年から 1970 年代に有ったように見えない。地図: 松原団地駅東側4000x3000 の画像そう言えば、自分は駅の反対側(東側)の病院で生まれたと聞いていた。どの辺りだっのだろうか?下の画像は松原レディースクリニックが見える辺りで撮影している。古い地図と新しい地図を見ると松原団地駅付近の病院も色々あり、場所も再開発で移転している。地図: 〒340-0011 埼玉県草加市栄町2丁目11064000x3000 の画像帰りは、到達コースとして予定していた綾瀬川沿いを南下する。あー、松尾芭蕉像がある。横を向く銅像が珍しい。地図: 松尾芭蕉像 〒340-0012 埼玉県草加市神明2丁目5‐145‐1 御休処草加宿4000x3000 の画像いつかは来てみようと思った時の細道、ようやく今辿れた。
2016.07.01
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特に何かある日でもなかったので、撮影画像の中から話題を発掘する。秋葉原駅の高架下にある AKB ショップの電飾が気になったので撮影した。所々消えている箇所がある。時も経てばくたびれるのが常なのか。丁寧に直していかず、放置するのはパチンコ屋と重なる。大型ビジョンの一マスが消えていても、流れる電飾の制御(調べてみると DMX512-A という仕様) が不調で RGB のどれかが欠けてたり、チラチラと明滅していても、何時ものお客さんは来てくれる。隣のガンダムショップも錆びているなぁ。まぁ、あそこは軍事基地だからそれでも良いのか。え?宇宙では高エネルギー粒子衝突による変色はあっても、錆びないって?
2016.06.30
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亡くなった祖母の家にあったテレビ SHARP LC-24K9 を引き取る。アンテナが壊れていたので、未使用状態になっている。解像度は 1366x768 だ。PC で使える最低限の解像度はある。PC 向けの端子は HDMIx3, AnalogPCx1 ある。十分に多い。引き取るときに USB-A 端子が有るのを見つける。あれ?もしかして録画できる?引き取ったあと仕様を調べると録画 HDD 接続端子だと分かる。引き取る前には全く活用されていなかった。PC 録画は時々失敗する。予備運用に組み入れられそうた。引き取りのついでに周囲の配線を片付ける。テレビ、ビデオデッキ、DVD player、生前にあったケーブルテレビ STB の接続に必要な分よりも多く出てきた。分からない配線は整理するより、下に落して新しい配線を繋いで行った結果だろう。コンセントに繋がっていた電源コード類も外す。再び AV 機器を設置することはない。ホコリが溜まり発煙・発火の原因になりかけていた。コードも経年により硬化・変色が目立つ。被覆が割れ掛けたところから漏電・火災に進展する前に対処できた。無くしたと思っていたリモコン類も出てきた。既にリモコンと組になっていた機材が動いていないか廃棄されている。いわゆる簡単リモコンの類も出てきた。形も大きい。テレビ裏に落ちてしまい行方不明になっていた。ブレーカー盤の接続もそのうち確認する必要が有るだろう。屋内配線も相当に古くなっている。ケーブル劣化、雨漏り漏電をする可能性がある。家に住む人はいない。使うことが少ない屋内配線系統のブレーカーを切り、不意の事故を防ぐ必要が有る。草取りとか普通の手入れも、これからの課題かな。
2016.06.28
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目次ページ6/3, 6/4 三陸ツアー旅行の事を書く。浄土ヶ浜から遊覧船で海に出たときの景色を並べていくことにする。しばらくは、ウミネコと伴走する画像をいくつか。羽が茶色いのは若いウミネコとのこと。日時: 2016/06/04 08:43:39, 浄土ヶ浜 沖の位置4000x3000 の画像目の前に見える陸を回り込む様にして船は進む。日時: 2016/06/04 08:43:58, 浄土ヶ浜 沖の位置4000x3000 の画像次の画像は再掲だ。奥に見えるのは宮古湾のはず。日時: 2016/06/04 08:44:10, 地図: 浄土ヶ浜 沖の位置4000x3000 の画像奥に見える建物は浄土ヶ浜パークホテル(ツアー旅行では寄らず)。日時: 2016/06/04 08:44:36, 地図: 浄土ヶ浜 遊覧船 よりウミネコを見る4000x3000 の画像頭すれすれをウミネコが飛んでいく。デッキに立っていると、ウミネコの足に付いた海水をたくさん浴びる。日時: 2016/06/04 08:45:30, 地図: 4000x3000 の画像間近を飛んで次々に餌を狙っている。日時: 2016/06/04 08:46:43, 地図: 〒027-0001 岩手県宮古市日立浜町324000x3000 の画像奥に写る橋を渡り、浄土ヶ浜へたどり着いた。橋の下は、蛸の浜海水浴場。海水浴場まで小さな橋を架けてたどり着けるように作ってある?急傾斜なのか、防波堤を越えるためなのか?日時: 2016/06/04 08:47:49, 地図: 蛸の浜海水浴場の沖 〒027-0001 岩手県宮古市日立浜町324000x3000 の画像次の画像も再掲だ。蛸の浜海水浴場より離れる。まだ付いてくるウミネコは多い。空を飛ぶエネルギーと餌のエネルギーどちらの方が多いのだろうという心配は野暮か。日時: 2016/06/04 08:49:30, 地図: 蛸の浜海水浴場 より離れる4000x3000 の画像左に防潮堤と右に奇岩ローソク岩が見える。拡大画像で見ると防潮堤手前にショベルカーとワゴンが止まっているのが分かる。相当に高い堤だ。google map で防潮堤裏を確認すると津波被害で建物が無くなっている。日時: 2016/06/04 08:50:19, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第12地割44000x3000 の画像夫婦岩前通過、おおよそ岩が 2 つ向き合っていると夫婦岩とか、対であることを意味する名前を与えられる。向き合っている様に見える。奥の小さな浜は、もともと人家が無かったのだろうか?日時: 2016/06/04 08:52:16, 地図: 夫婦岩前通過4000x3000 の画像ここの港も、高台にある家を除いて津波被害にあった。今は港の復旧工事中。海側には壊された防波堤が見える。津波で壊されたのだろうか?日時: 2016/06/04 08:54:15, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第15地割864000x3000 の画像この辺りから船の進行方向左側に潮吹穴が見えてくるはず、この日は海は穏やかで吹き上がりは見えず。日時: 2016/06/04 08:54:59, 地図: 潮吹穴手前の沖 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第16地割684000x3000 の画像隣の集落も津波で家が流されている。家が残っている位置は 20m 程海面から上がった所だろうか?電柱 1 本 + 岸壁分くらいの高さだ。岩肌や岸壁か黒く変色している位置が随分と高い。これも地殻変動の影響だろうか?日時: 2016/06/04 08:55:18, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第16地割684000x3000 の画像正面に見えるのがツアー旅行で泊まった休暇村陸中宮古の建物だ。宿泊の夕方もしくは早朝に散策に出て陸より海岸を眺めておくと、海からの眺めもより立体的に印象に残るだろう。日時: 2016/06/04 08:58:04, 地図: 休暇村陸中宮古の沖 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割254000x3000 の画像ウミネコ繁殖地の島々の前を通過する。朝方の散歩で見たときには、海猫に限らず様々な鳥が羽を休めていた。日時: 2016/06/04 09:00:00, 地図: 休暇村陸中宮古の沖 ウミネコ繁殖地 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割254000x3000 の画像船は外洋に向けて梶を右に切り始めている。船が傾斜しだし、波と風の影響を受けやすくなる。穏やかな天気で気を緩めていた。倒れそうになり足を踏ん張ったことが 2, 3 度あった。風も強くなる。帽子を被っているお客さんも手で帽子を押さえていた。転落に注意し、所持品を吹き飛ばされたり、落したりしないように。船は帰路に着く。みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船画像(1)-(8)
2016.06.23
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目次ページ6/3, 6/4 三陸ツアー旅行の事を書く。6/4 朝 1 番目の目的地は浄土ヶ浜だ。遊覧船に揺られ、海上より宿泊した陸中宮古休暇村の沖まで行き、そこから出港した港へ戻るコースだ。幸い天気に恵まれた。色々とコメントをするよりは、景色を並べていくことにする。遊覧船船着場に着くまでのデッキを振り返る。親潮の透き通る青い海だ。日時: 2016/06/04 08:30:42, 地図: 〒027-0001 岩手県宮古市日立浜町 県道248号線4000x3000 の画像浄土ヶ浜の岩肌は流紋岩だそうだ。流紋よりもあらゆる方向と構造の大小で節理しているところが見所であろう。三陸ジオパークも参考になる。日時: 2016/06/04 08:31:34, 地図: 浄土ヶ浜 流紋岩岩肌4000x3000 の画像遊覧船、津波発生時は沖に向かい難を逃れている。避難している間、ウミネコのの餌(ウミネコパン)が乗員たちの非常食になった。日時: 2016/06/04 08:31:45, 地図: 浄土ヶ浜 遊覧船4000x3000 の画像ここにも普通にウニが生息している。日時: 2016/06/04 08:32:23, 地図: 〒027-0001 岩手県宮古市日立浜町 県道248号線4000x3000 の画像ウミネコも乗船している。そっぽを向いて「餌なんて狙っていないよ」というポーズをとっている。日時: 2016/06/04 08:32:49, 地図: 浄土ヶ浜 遊覧船 船着場4000x3000 の画像みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船 全景。日時: 2016/06/04 08:33:00, 地図: みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船4000x3000 の画像出港、ウミネコたちはまだ平静な顔つきをしている。空を飛ばず、船に一緒に揺られる。船は陸地向きに停泊している状態から、みるみるうちに離岸する。日時: 2016/06/04 08:41:13, 地図: みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船 出港4000x3000 の画像防波堤の向こうに開けた海が見えてくる。陸は浸食と節理でできた複雑な海岸だ。日時: 2016/06/04 08:41:56, 地図: 浄土ヶ浜 港 防波堤4000x3000 の画像さっきまでデッキの幌に佇んでいたウミネコたちは飛び始める。臨戦態勢だ。日時: 2016/06/04 08:42:48, 地図: みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船 防波堤近くを通過4000x3000 の画像出港間もないのに画像が多くなった。続きにしよう。みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船画像(1)-(8)
2016.06.21
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目次ページ6/3, 6/4 三陸ツアー旅行の事を書く。観光バスで陸前高田市を巡った。TAPIC45 と 奇跡の一本松近辺は降車して周辺を巡った。ツアー旅行で巡った中で陸前高田市は他とは違う地形をしている。周囲の山まで 2, 3 km は離れた平野部が広がる。下の画像はアップルロードから市内中心部に入ったところだ。画像右側に映るのは復興により作られた野菜工場だ。AEON に止る車の数を見るとそれなりに人は戻ってきているように見える。野菜工場は『陸前高田市 復興計画』「6 浜田川地区・大規模施設園芸団地の形成」にある園芸団地だと思われる。日時: 2016/06/04 14:10:14, 地図: イオンスーパーセンター 陸前高田店陸前高田市津波浸水地域に示された浸水域を見ると野菜工場が写っている辺りまで津波で浸水している。ここから先、観光バスが進む先は浸水区域になる。普通のイオンのまま再開しても良いのだろうか?と思う。道路坂が近いので津波の難を逃れる場合は、坂を上がれば良い。少しでも避難の時間を短くしたり、残留してしまった人たちのために、隣の野菜工場に上がる階段や、建屋屋上に上がって難を逃れるような付加設備が有っても良いように思う。田畑が広がり出す。耕作を始めているところもあれば、始まっていないところもある。塩害か農業継続が困難な事情があったか。日時: 2016/06/04 14:10:29, 地図: 〒029-2206 岩手県陸前高田市米崎町川崎 浜磯街道日時: 2016/06/04 14:10:41, 地図: 陸前高田市 浜磯街道 浜田川河岸海岸に沿うように国道はカーブする。この辺りから様子が変わり出す。奥に盛り土か見え始め、道路の両側に荒れ地が見え始める。荒れ地には資材が積まれている。震災前の地図を見ると田畑だった場所のはず。日時: 2016/06/04 14:11:35, 地図: 〒029-2206 岩手県陸前高田市米崎町沼田 浜磯街道震災遺構の一つ定住促進住宅が見え始めた。普通の作りで 5 階建ての集合住宅だ。テレビでも何度も写った建物だ。3F までは窓枠も含めほぼ流失、4F は辛うじて窓枠が残る、5F はベランダが残っているものの、一部は破壊されてしまっている。4F 天井まで津波で水没している。日時: 2016/06/04 14:12:18, 地図: 陸前高田市 定住促進住宅 震災遺構より気になるのは左隣に写っている盛り土だ。雨で流失が始まっている跡が幾筋も見える。十分に締め固まっていない。津波被害にあった建物より低いのだ。確率は低いのかもしれない。もう一度同じ津波が来たら、この盛り土は津波に溶かされ、泥流となり被害を拡大させる原因になるのではと思う。先ほどの無造作に置かれた資材も流されれば破壊を加速する自然の重機だ。今後盛り土をどうするつもりなのだろうか?自然に町を破壊する重機を預けている様に思う。町の中心に大きな避難山が一つ、二つ(桜山、紅葉山の様に)あれば良いように思う。根をしっかり張る木々で山を守り、一部は桜などの四季を楽しめる木々で観光の地とする。町の人が年に数回は訪れることで、意識して避難訓練をせずとも、そこがよく知っている避難場所になれば良い。道の駅 TAPIC45 の近くにガソリンスタンドの看板が建っている。この看板のてっぺんが津波浸水水位 15.1m になっている。見あげる様な高さまで避難しないと助からない。日時: 2016/06/04 14:13:51, 地図: 〒029-2205 岩手県陸前高田市高田町曲松 高田バイパス避難先は遠い。先ほどの看板手前で前方 1,900m, 後方 2,650m だ。日時: 2016/06/04 14:13:39, 地図: 〒029-2205 岩手県陸前高田市高田町曲松 高田バイパス奇跡の一本松近辺の道路沿で、津波浸水区間から逃れるには前方 1,300m, 後方 3,250m とある。この看板の近くには大小様々な盛り土がある。そのいずれの盛り土にも登って難を逃れるような階段や道筋は見つからなかった。日時: 2016/06/04 14:44:43, 地図: 奇跡の一本松近くの津波浸水区間標識緊急時には盛り土に勝手に登れば良いのでは?と思うかもしれない。あの斜面は登るのに慣れていないと、蟻地獄の様に崩れだす。下の画像は盛り土の中でも高そうな山だ。手前に写る小屋の高さからすると、10m から 15m ほどの高さのはず。先ほどの看板や定住促進住宅とほぼ同じ高さだ。この高さを滑らずに登れるだろうか?登ったとして、津波に溶かされる可能性も有る。日時: 2016/06/04 15:44:26, 地図: 〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町土手影 国道340号線TAPIC45 道の駅も遺構として残してある。本当にこの場所に必要なのはワイヤーで締め上げた遺構なのだろうか?遺構は観光資源になるだろう。観光で落すお金が必要?日時: 2016/06/04 14:28:37, 地図: 陸前高田市 TAPIC45ここに住む、あるいは通る人たちに必要なのは津波から難を逃れるため高所だ。十分な高さの建物、山、タワー、津波が来たときにどうすれば助かるのか、助けようとする意図を伝える町の設計、日々の生活を通して身につける行動と記憶だと思えてくる。陸前高田市の画像(1)-(8)
2016.06.20
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目次ページ6/3, 6/4 三陸ツアー旅行の事を書く。目的地の一つとして机浜漁港(机漁港あるいは机浜番屋群とも呼んでいる) に寄る。難しい読みをすると思ったら、机(つくえ)だった。日時: 2016/06/03 13:53:35, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン 机浜漁港この漁港も津波の被害に遭っている。下の画像の赤い屋根に白い四角が 4 付いている建物の上に木の根元が青くなっている木が 2 本見える。根元の青い部分が津波到達位置を示す。日時: 2016/06/03 14:06:20, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン 机浜漁港分かりにくければ大ざっぱに言って木が無いところが、津波浸水位置だと思って良い。塩水で枯れたので切られたのだ。県道にも津波到達位置標識がある。下の画像の左上に白い四角が見える位置が津波発生時に避難で登る位置だ。日時: 2016/06/03 14:05:09, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机142漁港駐車場の近くにも、津波浸水域を示すポールが立っている。時間があったので色々と見に行った。日時: 2016/06/03 14:32:37, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン次のような浸水域外まで何メートルあるのか示す標識も方々にある。車なら 890m, 300m は 1 分もあれば走り抜けられる。歩きだと 5 ~ 10 分程度だろうか?日時: 2016/06/03 14:33:22, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン車で走り抜けたとして、高い地点に荒れ地でも良いのでちょっとした空き地があれば良いと思う。渋滞して、登れずに津波に流されてしまっては、標識が意図した目的は果たせない。全ての場所は無理にしても、車のバッファが有ればと思う。津波到達地点からの眺めを再掲する。ここから見えているテトラポットは 手前が 40 トン、奥が 25 トンあるコンクリートの固まりだ。日時: 2016/06/03 14:00:32, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机14240トンテトラポットは近寄ってみるとそびえ立つような構造物だ。手前に単管バリケードと脇に人物が写っている。単管バリケードは規格はないものの高さはおおよそ 800mm (80cm) だ。その 4 倍程度の高さがある。日時: 2016/06/03 14:05:35, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机142関東沿岸に有るような、上に登って飛び移り、隙間に住む磯の生き物を見つけて楽しむような小さな(自分にとっては普通の)テトラポットとは違う。形状をよく見ると「テトラ」ポットではない。頂点を結ぶ辺は正四面体にならない。少しだけ飛び出した足がある。奥に写る 25 トンテトラポットは 明らかに非対称形状をしている。津波に流された場合に、転がらずにその場で回転するか、動いたとして蛇行してあまり遠くに移動しない様にする工夫だろうか。日時: 2016/06/03 14:07:46, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン次の画像の階段の向こうに 25 トンテトラポットが敷設されている。うん、なんだ「一般車の立ち入り禁止」なんだけどね... 階段に見えている岩は向こう側に続いている。岩礁にそのまま防波堤を築いている。日時: 2016/06/03 14:11:37, 地図: 机浜漁港 護岸 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン津波に壊されたであろう防波堤、ショベルカーが乗せられている。小さな漁村でも見ている景色のスケール感覚が麻痺しそうな津波被害の跡があり、対策工事が進んでいる。日時: 2016/06/03 14:16:38, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン漁港の岸壁から海をのぞくと、ウニが見える。綺麗な海なのだろう。こういった生き物は津波で壊滅したと聞いていた。戻ってきているようだ。日時: 2016/06/03 14:19:57, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドラインこのウニは捕って食べないのだそうだ。港だと船の油が付くなどする場合があるとのこと。漁港の再建が始まったのはいつだろうか?周りの施設を見てみる。電柱の製造年は 2012 年らしい。震災後あちこちで再建作業が始まっているので、電柱製造後にすぐに使われたとして、2012 ~ 2013 年には電気が復旧したのだろう。日時: 2016/06/03 14:24:25, 地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机 陸中海岸シーサイドライン港湾のワイヤーウインチも 2012 年製造だった。こちらも 2012 ~ 2013 年に再建された様に思う。日時: 2016/06/03 14:24:55, 地図: 机漁港震災後 1 年は瓦礫・障害物撤去、2 年後より最低限必要な設備の復旧・再建が始まった様だ。周囲に工事作業員宿舎以外は生活の場とするような住居は見当らず。港の真ん中にある白く日焼けた井戸は何に使われるのだろうか?津波から逃げた状態を「常」とする場所で建設工事が進む。その他の画像一覧机漁港 (1)-(3)
2016.06.15
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目次ページへ6/3, 6/4 三陸ツアー旅行の事を書く。休暇村陸中宮古に 6/3 から 6/4 の間 1 泊した。ツアー旅行の自由時間の間周辺の散策路を歩く。三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地と言う場所だ。日時: 2016/06/03 17:47:44, 地図: 陸中宮古 休暇村 宿発施設前元は「陸中海岸国立公園」と呼んでいた場所だ。「復興」と名前を付けることに違和感がある。津波であっても、地震であってもそれは自然だ。変化があっても、自然は「興」する対象とは思っていない。それでもなお手を加えるのならば、「再開拓」だ。自然に「ダメだ」と言われた開拓方法を改め、人間が活動する場所を広げる営みだ。休暇村周辺を 1 周するとおおよそ 1 時間ほどかかる。潮吹穴まで行っていない。潮吹穴までの行き来のみだと 2.3km の往復で 1 時間半~ 2 時間くらいか。日没間際の行動だとすると、ロスタイムがあったときの事を考え、夜行軍の用意が必要だ。最低でもコンパスと懐中電灯は必須だろう。夕日に輝く島もなかなか良い景色だ。日時: 2016/06/03 17:57:20, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25夜に出る覚悟があれば漁り火を見ることができるかもしれない。明るい内に一度 下の(9) の場所とウミネコ展望所までのコースを下見しておいた方が良いだろう。日時: 2016/06/04 04:42:05, 地図: 宮古姉ヶ崎園地看板(9) 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25ウミネコ展望所の小屋日時: 2016/06/04 04:53:02, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25ウミネコ展望所には監視カメラ塔が立っている。カメラが向いている方向からして、海を見ているのだろう。津波が来たときには何処かに映像が送られるのだろうか?三陸海岸宮古のウミネコ繁殖地カメラらしい。カメラが不調で画像配信はしていない。日時: 2016/06/04 04:57:59, 地図: ウミネコ展望所 監視カメラ塔 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25カメラで見えているはずの景色を 2 枚ほど。遠景、実際はもっと明るい。近景画像の明るさが目の感覚に近い。日時: 2016/06/04 04:53:37, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25近景(こちらは白飛びしている。印象的にはこちらの方が近い)日時: 2016/06/04 04:54:15, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25ツアー旅行で通った町や村のあちこちで、防潮堤の建設が行われている。散策路からも防潮堤工事が見えた。下の画像で見えているのは女遊戸海水浴場だろうか。防潮堤の高さは 16 ~ 18m 程? 電柱とほぼ同じ高さか、より高いように見える。日時: 2016/06/04 05:09:54, 地図: 陸中海岸国立公園 散策路より女遊戸海水浴場を見るガイドさんが言うには、高い防潮堤は海が見えず、津波が来ているのか分からないので逃げずに命を落した例が多くあるとのこと。ならば監視カメラ映像の配信やごく狭い地域での放送(山間部なのだから、電波が広がらない好条件だと思う)も有りなのではと思う。休暇村の近くには GPS 波浪計の地上設備がある。発電機つきなので、万が一停電になっても情報を記録できる様になっている。停電時の送信は途中回線の状況にも依存するだろう。恐らく観測データは NOWPHAS 全国港湾海洋波浪情報網 で見ているものだと思う。日時: 2016/06/03 18:07:22, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25こういった数値も、実際に津波が来ているのか分かる情報だ。設備に URL の QR コードでもあればと思う。散策コースの話に話題を戻す。次の画像のように「行き止まり」標識がある。では、「行き止まり」にたどり着くのかというと、先に進めるし、次の小屋みたいな所へ行ける。迷いやすい散策コースだと思う。日時: 2016/06/04 05:02:47, 地図: 行き止まり標識休暇村には自家発電設備がある。出力 64kW、運転継続時間 2.0 時間、災害時には冷暖房を止めるなど協力すれば、もう少し運転継続できるのだろうか?万が一災害でここに籠城するとして、電気は長くて半日程度持つということか。日時: 2016/06/03 18:08:47, 地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割25え?変な設備ばっかり撮っているって。その他の画像一覧三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 夕方(1)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 朝方(1)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 朝方(2)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 朝方(3)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 朝方(4)
2016.06.14
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京成八幡駅の近くに変わった電信柱を見つける。近くを何回か通っている。夕方や夜が多く、変わった外観に気付かなかった。電柱のてっぺんにトランスが有り、街灯が付いている。電線が一切架かっていない。トランスの下に少しだけ配線が見える。こういった環境美化配電は配電(トランス)ボックスを使うのが普通だと思っていた。気付かない程度なので、環境美化とコスト(土地代かな)の折り合いを付けた都市デザインかも。歩道を広く確保しにくく、配電ボックスが歩行(補助の電動カート、車いすなど)の邪魔になる場合はこういった電柱型の配電美化が選択されるのだろうか。高圧・低圧分岐は電柱の中なのか?コンパクトに纏めたものだ。環境美化は電線が無いだけで良かったんだ。
2016.06.11
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京成小岩近くの Big-A で買い物をしていたら、かわいい女の子が描いてあるオレンジの袋Pure Spect HIKARU (ヒカル) を見つける。ネットを調べてみると 6 年ほど前から存在が確認されているらしい。少し向きを変えてみる。なかなかこなれた絵だと思う。値段は Big-A で扱うだけあって手頃だ。スキャンしてみる。ポリ袋なのでシワが出てしまい綺麗には取れず。PURE SPECT ORANGE の部分がアメリカンですな(どういう所がと言われると困る)。なぜにヒカルなのかは裏を見れば察しがつく。ハロゲンランプの光を当てて近赤外線スペクトルを見るのだとか。そういえば、これに似た選果システムの問題が情報処理技術者試験のエンベデッドで見たような。あ、ハロゲン「ランプ」の光を「ト」(透過)させるから、マスコットキャラクタが「トランプ氏」になるなんて事は...
2016.06.10
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6/3, 6/4 の三陸ツアー旅行のことを書く。ツアーで大船渡市のお魚センターに立ち寄る。時間的には昼食にも良いだろう。食事処もあるし、セブンイレブンも併設されている。自分はバス車内でお弁当を食べた。お魚センターに並んだ商品(普通のお土産もあるので生ものにひるむ必要はない。発送も有りだと思う)日時: 2016/06/04 12:31:33, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町砂子前1‐1 おさかなセンター三陸時間が 30 分ほどできたので周りを散策してみる。彼方此方歩き回らなくても、道路沿い前後 50m 程の範囲で大船渡の湾が見渡せる。道路の信号を渡った階段の上はもう少し見晴らしが良い場所なのかもしれない。この湾にも津波が押し寄せているのだ。この景色を見ていると、東京湾は津波が来ても大きくならないというのが信じられない。違いは海の深さなのか?日時: 2016/06/04 12:37:32, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町下平11‐1上の画像の真ん中辺りに写るのは建設中の防潮堤だ。2 階建て建物を見通せなくする程度の高さはある。削られた山肌も目立つ。湾の外側に目を向けると遠くの湾の入り口に白い壁の様な構造物が見える。次に寄る景勝地穴通磯からも見える。本気で湾の入り口に津波を仕切る壁を作ろうとしているのか?勢いは弱くなるのかもしれない。日時: 2016/06/04 12:40:53, 地図: おさかなセンターより湾の入り口(穴通磯)方向を見る周りを歩いていたら、「津波避難目標地点」という看板を見つける。下の画像の真ん中にある。ちょうどお魚センターと同じ高さだ。バス出発まで 17 分ほど、「うーん、下に降りてここまで登ってみるか?」少し悩む。日時: 2016/06/04 12:43:57, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町砂子前4‐3ツアー 1 日目で足がかなり張っていて痛い。バスの搭乗口を降りるのも手すりをつかみながらの状態だ。2, 3 分悩んで「よし、判断付かずに悩んで時間切れになるよりは、避難を体験してみよう。」坂を下り始めた。下り始めて 1, 2 分で 7 割ほど下れた。脇に大船渡線の BRT 専用道が見えてきた。バスの窓から見ていたので、何となく様子は分かっていた。近くで見ることができた。坂を下った甲斐があった。日時: 2016/06/04 12:46:50, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町砂子前3‐2「ああ、避難するには踏切(BRT の場合なんと言えば良いのだろう)を通らないといけないのかな」と、遠回りになった道のりを少し恨む。向こうに見える踏切の先は真っ直ぐ上がれそうだ。BRT の踏切を渡る。なんとも奇妙な踏切だ。標識は車、遮断棒は BRT 側にある。カーブミラーもある。BRT バスが来ると、何か鳴ったり光ったりするのかな。日時: 2016/06/04 12:47:55, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町下平10‐2周囲の建物の様子からすると、BRT の軌道までは津波は来ていないか、軽微な影響しか無かったように見える。何かの加工工場の近くまで下りてみた。津波跡と思われる場所が見えた。2, 3cm 角に細かくなった瓦礫が散らばっている窪地だ。日時: 2016/06/04 12:49:09, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町 県道230号線ツアーの途中どこも瓦礫は綺麗に片付けられているように見えた。もしかしたら、「片付いたと見えるように」なっていたのが本当かもしれない。30cm 程度の大きさがあれば、手で片付けられる。2, 3 cm 角くらいに砕かれてしまったものは、拾っていては途方もない。窪地をよく見ると高圧配電線碍子が落ちている。手で拾えそうな大きさだ。普通の人が「良く分からない」ものは拾われない瓦礫なのかもしれない。画像を確認している最中に、画面に写っている橙色の看板に「この先、満潮冠水注意!」と書かれていることに気付いた。津波か地震で地盤が沈んでしまったのか。震災後、地盤が沈んだ、浮き上がったという話は未だ解決を見いだせないのだろう。反対側の土地は別の場所から運んだと思われる土を被せて、瓦礫が見えない様になっていた。ぬかるんだ窪地に細かい瓦礫を漬けたままにするよりは、現実的な対応なんだと思う。日時: 2016/06/04 12:49:22, 地図: 〒022-0002 岩手県大船渡市大船渡町 県道230号線時間が無くなってきたので坂道を登ることにした。先ほどの窪地より 3 分で坂を登り切る。判断と行動が早ければ、自分の足ならば避難は間に合いそうだ。ツアーに同行したお客さんは下りてきてないなぁ。その他の岩手県大船渡市 お魚センター近隣画像一覧(1)その他の岩手県大船渡市 お魚センター近隣画像一覧(2)
2016.06.10
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実家に自転車で行った帰り、道路に背を向けて並んでいる人たちを見かけた。不意の小雨が降り、帰宅を 1 時間ほど見合わせた後の午後 21 時少し前のこと。スーツ姿の大人たちがアイドルの出待ち?ではなさそうだ。ビルの看板を見たら塾だった。自転車を漕ぎ出す子供の姿も見える。おそらくは、塾帰りの子供を拾って、一緒に帰ろうとするところだろう。働いていた頃の帰宅時間は 23 時 ~ 24 時過ぎだった。こんな光景があっても気付かなかっただろう。自分や兄弟が塾通いだった頃は、行くのも帰るのも一人でバスだった。塾は町に行くバスの終点、住んでいるところも終点間近で、乗っている人が全て降りてしまうことが普通だった所だ。何時も一番後ろの隅に乗って寝ていた。勉強の予習・復習なんて殊勝なことはしていなかった。スマホで連絡がしやすくなった時代の変化か、それとも世の中が危険になった変化か。あーでも、何だな。道路に背を向けていると言うことは、車が突っ込んできた時に回避行動が遅れる。親に悲劇が有っては子供が悲しむ。将来も過酷になってしまうであろう。ほんの数秒、子供の顔を見るのが遅くなっても良い。安全な待ち方にした方がと思う。
2016.06.08
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三陸ツアー旅行の移動経路を整理していた。目次 (2016/6/13より追加開始しました)ツアー旅行の企画ページ大船渡市おさかなセンター近隣の散策 - 細かい瓦礫は土を被せて片付けたのか三陸ツアー画像整理継続中 (浄土ヶ浜の画像)6/3, 6/4 は三陸海岸のツアー旅行をする (陸前高田市 TAPIC45 の画像)監視カメラと GPS 波浪計 - 三陸復興国立公園と陸中宮古休暇村で見た海洋監視設備40 トン テトラポット - 机浜漁港(番屋群)遠い津波避難場所 - バスで巡った陸前高田市ウミネコが飛び交う観光遊覧船(1) - 浄土ヶ浜ウミネコが飛び交う観光遊覧船(2) - 浄土ヶ浜画像一覧ページ地図画像一覧その他の岩手県大船渡市 お魚センター近隣画像一覧(1)-(2)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 夕方(1)三陸復興国立公園 宮古姉ヶ崎園地 陸中宮古 休暇村近辺 朝方(1)-(4)机漁港 (1)-(3)陸前高田市の画像(1)-(8)みやこ 浄土ヶ浜 遊覧船画像(1)-(8)GPS データは未補正だ。道路や鉄道より大きく離れて軌跡が繋がっている場所がある。画像の Exif に入れた位置情報も飛んでいることがある。何かとツアー旅行はバスや電車で行って降りた場所が注目される。一方、途中の色々な景色も印象に残ることが多い。地図を整理していると手間が掛かり、途中の景色を飛ばしていることに気付く。今後日記に書いていけるかな。地図に貼り付けた画像よりいくつかを選んでおく。街道で見たあかべこ地図: 〒028-2711 岩手県盛岡市玉山区薮川 小本街道4000x3000 の画像北山崎地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村北山129‐104000x3000 の画像机浜番屋群(撮影場所高さは津波到達点)地図: 〒028-8402 岩手県下閉伊郡田野畑村机1424000x3000 の画像田老町津波防波堤地図: 〒027-0000 岩手県宮古市田老川向1764000x3000 の画像休暇村 陸中宮古 早朝散策地図: 〒027-0096 岩手県宮古市崎鍬ヶ崎第18地割254000x3000 の画像浄土ヶ浜 遊覧船地図: 〒027-0001 岩手県宮古市日立浜町32‐44000x3000 の画像穴通磯地図: 〒022-0001 岩手県大船渡市末崎町山岸4000x3000 の画像土砂運搬ベルトコンベア(解体中)日時: 2016/06/04 15:06:07, 地図: 〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町砂盛1764000x3000 の画像奇跡の一本松地図: 〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町砂盛1764000x3000 の画像
2016.06.08
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目次ページへ三陸ツアーで撮った画像の整理作業をしていた。3000 枚を超えている。撮るのが下手なので絵になるのはそのうち 1 割程度しかない。簡単な自動処理だけ施している最中だ。処理中に見つけた 1 枚を出しておこう。岩手県宮古市 浄土ヶ浜 観光遊覧船上より撮影。撮影位置: 岩手県宮古市 浄土ヶ浜 観光遊覧船上より浄土ヶ浜 観光遊覧船上より 4000x3000 の画像観光遊覧船でウミネコに餌付けをしている。彼(彼女)らは「ミァー・ミァー」と鳴き、餌狙いでついてくるのだ。乗っていた船は津波の時に沖に緊急避難したそうだ。接岸していたならば、陸に打ち上げられるか、転覆していたであろうとの話だ。餌のウミネコパンが船員たちの非常食になった。画像の枚数が多い。ツアー旅行だったので、人物も多く写り、整理やぼかしを入れるなどの作業は丁寧にできない。今回は全公開とはいかない。気になった・気に入った画像を選んで出していくことになるだろう。非常に運良く、乗船中は天気に恵まれた。
2016.06.07
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目次ページへ6/3, 6/4 は三陸海岸のツアー旅行をする。親に勧められた旅行だ。まだ画像や思いは整理中だ。陸前高田 旧道の駅 TAPIC45足の張りが強く、よろけながら部屋の中を歩いている。念のために言うと、ツアーで企画された範囲では足が張るほどには歩かない。各所・移動で自由時間になった合間に歩き回っていたり、立っていた。疲れも溜まっていて、いつの間にかパソコンの前で寝ている。行動に支障がある。今日お土産を親元へ届けるのは見送ることにした。作業はあまり進まず。
2016.06.05
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秋葉原に自転車で行く途中で通ることがある小岩のスーパー銭湯 湯宴ランドが閉館になっていた。4/20 までの営業だった。閉店してから 1 ヶ月、何回か近くを通っているのに気付かず。営業していた頃、2, 3 回は冬の寒い中でも江戸川を自転車で渡って行ったことがある。今は 1 回 2,000+円 の利用料金も(検索してみると 2,484円)高い状況になったので、「行くことは有るまい」と思っていた場所だ。なぜ今頃に気付いたのか分からない。1 ヶ月放置されたままという変化が気づきの閾値に達したのかもしれない。スーパー銭湯は設備維持に難がある商売だと思う。くたびれた外観を見てそこに行く気になるだろうか。普通の雑居ビルなら気にならない程度の外観の汚れも評価点になってしまう。内部設備も、汚れ、錆び、浴室の石灰付着・沈着も気になってしまうところだ。劣化が宿命の施設にして、最も問題となる。え?誰かが言い出したリーマンショック級の経済状況の影響?それとも、自分が「もう行かないかなー」と思ったお店が潰れると思っているマイ・ジンクス?
2016.05.27
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カメラレベラー(水準器)を買って試している。撮った後の画像が斜めになりがちなので、機械的に水平を出せるよう買った。傾斜センサー付きのデジカメも予備・補助として持っている。カメラと接触する面は樹脂成形後、水平削りだしをしてあった。樹脂成形以上の精度を出す意図なのか。使ってみて分かったのは、斜めが水平だと見えてしまう自分の癖、あるいは体そのもに傾斜が有るのかもしれない。カメラが水平であることより、構図的に垂直・水平の方が傾いていないように見えること、特に建物は中心部分の垂直が見え方の印象に影響がありそうだ。ああ、そうだ。一番分かったのは、撮影がそもそも下手なことだった。2016.5.23 伝わりにくい部分を修正
2016.05.20
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冬物のダウンジャケットをクリーニングに出すことにした。お店のおばさんがタグを調べる。「合皮が付いているのでお値段倍額ですよ。」と。あれ?何処に合皮が使われているのだろうと、おばさんが探し始める。エッジ部分に合皮の飾りが見つかった。下の画像に縦に入るウグイス色の部分だ。「お値段倍額になるので見積もります?」と聞かれたので見積もってもらった。約 5,200 円、買ったときの値段、現状のくたびれ具合からして割に合わない。「あぁ、すいません。クリーニング止めておきます。」とクリーニングをしないことにした。今度買うときは、ちょっとした装飾の材質まで気にしないと。
2016.05.18
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