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昨日は念願の北斎展へいった。死ぬほど疲れた。おかげで昨日は頭痛にくるしめられて死ぬんじゃないかと思った。頭痛持ちはつらい。 なにしろものすごく混んでいた。私はなるべく早めに行った。10時過ぎに着。でも昼過ぎに会場を出たら入場規制が始まっていて 長蛇の列だった。おおーっ。早く来てよかった。 何しろ全部で500点あるんだよ。いつもなら美術展は30分 長くて一時間で見終わるのに今回は二時間かかった。それでもかなりハイペースで見た。にもかかわらず二時間。まじめに見たらもしかして5時間かかるよ。もうラスト100点はうわのそら。 でも見ましたよー。『富ごく三十六景』です。すばらしかったー。実物はB4程度の大きさ。よくものすごく拡大したポスターあるけど。実物はそんなに大きくない。でもうまい。 北斎はすごい才能をもっている。 ピカソ、ダ・ヴィンチと並ぶ世界三代芸術家の一人だと私は思っている。 彼は多作だ。 19歳から画業の道に入ったらしい。その初期の作品でもすごくうまい。展示会は彼の初期から晩年までの流れで展示されている。最初からチョーうまい。でも年代を追っていくと壮年期あたりからおもわずうなるほどうまくなってくる。よけいな線が極限まで省かれて無駄のない洗練された絵になってくる。「うまい」と思わずうなりたくなってきた。 私が大好きな龍の絵は二作しかなかった。自分のものにしたーい。自分ちに飾りターイ。すばらしーい。 鯉の絵には表情があった。すごい。 有名な『北斎漫画』も見ました。日本が世界に誇ってもいいと思う漫画文化の創始者なんだ。とにかくうまくないといい漫画は描けない。 たしか90才過ぎまで生きていたはず。やっばり画家は長寿だね。 長野県の小布施町にあるお寺 『岩松院』の天井にたくさんの宝石を絵の具代わりにして(たしかこの材料費だけで二億とか、三億とからしい)北斎がかいた鳳凰の絵がある。私は二回 見にいった。すごいよ。 昔 北斎の生涯を描いた映画を見たこともある。絵を描くのはたのしい。あふれるような才能があったらどんなに貧乏でもかまわないと思った。三畳のボロアパート住まいでもかまわないと思っていたことがある。そのあふれてもあふれても尽きることのない才能を 全生涯をかけて北斎は具現化し続けたのだから。 日本が世界に誇る芸術家 北斎すばらしいです。
2005年11月30日
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年末です。映画いっぱいやってますね。しかももうじき1日です。映画デーです。安いです。混むけど。千円ですからね。さいわい平日。いけるかな。雨降らないといいな。『ハリー・ポッター と炎のゴブレット』最近子供が親と一緒に映画行かなくなってきちゃって。こないだテレビでやったでしょ。ビデオもあるでしょ。だから待つって。今の子って気が長いねー。信じられないでしょ。短気な私には。まあ、日本の漫画の方がもっと面白い作品いっぱいあるもんねー。でもこのハリーポッターに私の甥っ子がそっくりなの。めがねまで。映画見てるとすごい不思議なのよね。背も高いし。↑たまには本じゃない奴。クリスマスプレゼントによさそう。でもうちはその手のことやってません。『大停電の夜に』原田知世のファンなので。でもいまいち大女優になりませんね。演技そんなにうまくないからかな。ニューヨーク大停電を東京でやるとどうなるかがコンセプトだそうですが。『イン・ハー・シューズ』また自分探しかあ。もうそのテーマ古くないですか。『親切なクムジャさん』韓国映画ですね。他の方のブログ読んでちょっと見たくなりました。『エリザべスタウン』主演があの「指輪物語」とか「トロイ」とか出てたオーランド・ブルームなのが気になる映画。『ALWAYS 三丁目の夕日』これをアニメで作ったら、途端に子供向け扱いされちゃうだろうな。やっぱ小雪とか使って作らないと、大人の人が見に来てくれないよね。最近「東京タワー」が何かと話題ですね。なぜだろう。映画の「東京タワー」にでてくる東京タワーはすごくきれいだった。本物はあんなに美しくないけどな。プロはさすがだナーと思った一作でした。黒木瞳の演じてたヒロイン。いい年してくだらないことやってないで、さっさと子供生んで子育てすればいいのにとか思っちゃったわよ。現実の黒木瞳さんは一児の母だしね。『ティム・バートンのコープスブライト』ビフォアクリスマスとおんなじつくりの映画ですね。『ブラザーズ・グリム』結構えぐい作品らしい。見たかったんだけど、どうも上映時間が遅くっていけないまま。子供向けではないらしい。『私の頭の中の消しゴム』もとは何年か前に放映された、日本のドラマのリメイクだそうです。リメイクダロウトナンダロウト面白そうならみんな見に行く。はず。『フォー・ブラザーズ 狼たちの誓い』どんな映画?なんかなーこの手のスプラッター クラッシュ スピードが売り物の映画そろそろ飽きてきたかも。『同じ月を見ている』どうでもいい。『チャーリーとチョコレート工場』未だに上映してる。すごい。かなりロングランしてる。冬休みまで行くのかな。ジョニーデップって不思議な役者さんだよねー。手がはさみの役とか、幽霊の海賊とか、田舎にすむ変人とか。面白いかな。『TAKESHIS`』こないだ「座頭市」テレビでやったのビデオにとったんだけど、未だに見終わらない。どうしても途中で飽きちゃうんだよね。私には映画の芸術性は理解できないらしい。そういえば「第三の男」も見たけど何がどういいんだかわからなかった。『春の雪』妻夫木聡売れてますねー。今年何本の映画に出たんだろう。最近は明治大正の文豪作品の映画化、ドラマ化が多い。『ダーク・ウォーター』これもリメイクだって。でもこっちの方が面白そうに見える。なぜだろう。『まだまだあぶない刑事』もう年なんだしとしか思えない。こういう映画は若さが命なんじゃ。ないの。↑三島由紀夫なんて読むのいまさらめんどくさい。でも今時のドラマよりよっぽど良くできてるみたい。あらあ、結構いろんな映画やってるじゃないの。
2005年11月28日
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頭を使いすぎると 人間はバカになる。だから、たまにはクールダウンもあっていいかも。林間学校から帰ってきた最初の日曜日に連れて行った模試は、すごく成績よかったし、風邪をひいて何日か寝ていた後に解かせた塾の算数の宿題は全問正解だった。しばしの休憩の後の頭の中は、たまったあかがきれいに取れているような気がする。だから受験生が風邪をひいたら、ちょっと休憩という天の配剤なんじゃないかと思う。大変だ! というよりは、ラッキーってことですね。中学受験こうすれば一人残らず合格する新版↑役に立ったんだかたたなかったんだかわからない。読むだけなら面白い。画像がない。
2005年11月27日
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連日気合でブログを書いていたので私のキャパシティをこえました。よって今日は休憩です。それに 来週こそは 『北斎展』行きたいし、『大停電の夜に』見たいし、『ハリーポッター』も見たいし。本は読み進まないし、今日はヤフーでガンダム見ちゃったし、お歳暮も頼みにいったし。考え事しすぎてリンスとシャンブー間違えちゃうし。↑我が家の本棚にある本だが、私は読んだことない。じゃあ誰が読んだかというと長男です。
2005年11月26日
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昨日高一の長男と話していたら、「オセロって日本人が考えたんだよ。」「えっだって英語みたいじゃん。んなばかな。」「薬品会社の営業マンがセールスのために お医者さんとやってた将棋があんまり時間がかかるんで、もう少し短時間でおわるゲームないかなって考え出したんだって。」「ふーん。おれ、カップ・ヌードルも外国のだと思ってた。」「うそ…」「だって、カップヌードルのコマーシャル外人ばっかり出てくるジャン。英語だし。」「それをいうならファイナル・ファンタジーだって英語だよ~。日本人って外人とか英語とか好きだしねー。」いったいこいつはほんとに高一なのか?っていうか頭ん中いったいどうなってるの。このノーテンキぶりがたまりません♪しかし、カップヌードルはおいしいよね~。
2005年11月25日
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私は娘が大好きなので毎日家の中で娘にあうと抱きしめている。いったい一日に何回やっているんだろう。 でもたまに娘の方から私にびったりくっついてくることがある。私の体に自分の体をぴったりくっつけて、なんとなく元気がない。 翌朝 娘に「○○ちゃんとなにかあったの?」と聞いてみる。 娘は黙って学校に行った。 でも、帰ってきてから、「○○ちゃんと昨日喧嘩したの。でも今日○○ちゃんから謝ってくれたの。」と、話してくれた。 娘は心の痛みを私の体のぬくもりで癒そうとしていたのだろう。たあいない子供同士の喧嘩でも、子供にとっては大きな事件なんだろう。人によって傷ついた心はまた、人によって癒される。 私も娘を抱きしめながら、人生にちりばめられたたくさんのジレンマを癒してもらっているのかもしれない。 女の子はやわらかくってやさしくってふんわりとしたいいにおいがする。娘を抱きしめながら、私は神様からの素敵なプレゼントに感謝する。明日もいい日でありますように。↑トルコにすんでる漫画家さん。おもしろいでっせ。
2005年11月25日
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いや、単に怠け者の私のいいわけです。でもねー。子供がちょっと大きくなると働かないの?という世間の声が厳しい。専業主婦を通すのは厳しい。だけどパートで働いてる周りの友達の話をきくと、本当は働きたくないという本音もあります。家事だけでは確かに暇です。でも働いてきてまた、さらに家の中のこともっていうのはやはりきつい。どこかで手抜きがしょうじてしまう。だんなの給料も年々減っていくしなあ。働き出せばやっは゜り中途半端じゃできません。休みたい時に休めるともかぎりません。 だから、学校の保護者会にいくと出席率がとても低いのです。せっかく保護者が教育にかかわるチャンスと権利が認められているのに。なぜ放棄してしまうのでしょう。なぜ放棄せざるをえない状況になってしまうのでしょう。「男女共同参画」ですか。結構ですね、とても。でも、一部のキャリアーの女性を除けば、普通の家庭の普通のお母さんたちはある程度しかたなく働いている部分があると思います。家事だけじゃ暇だし、家にばかりいても煮詰まるし、というのももちろんなのですが。専業主婦って言葉にはどうも遊んで暮らしてるというような含みがあって。専業主婦も働かせれば税収が上がるなんて試算があったんでしょうか。でも、いざ世の中の奥さんたちが働き始めれば、保育所も作らなきゃいけないし、老人保養施設も充実させなきゃいけないし、まあ税金のかかること、かかること。税収上がりましたかね。で、もって奥さんたちを雇ってみると、ぺーぺーの高卒の新入社員より使えること間違いなし。なんせあの激戦の受験戦争を生き抜いてきた世代ですからね。こうなるともう、高卒のわがままで気のきかない女の子なんてばかばかしくて雇えません。フリーターやニートが増えるわけだ。それって、お母さんが子供の職場取っちゃったってこと?いえまあ、これは俗に言う 極論てやつです。で、仕事のなくなった彼らが選んだ職種というと、福祉分野です。事務職なんかより人とかかわる血の通った仕事。です。老人保養施設とか、…あれ、それってダンナの親の面倒なんてごめんだっといって奥さんたちが逃げ出した仕事だったかな。かくて熟年者と若者の仕事がいつのまにか入れ替わってしまった。奥さんたちが無償の上でこなしてきた仕事は福祉と名前を変えていつのまにか有料でお金のかかるものになりかわっていたのでしょうか。なんせ家でのお世話は土日もない、休み無しのお仕事。きついです。福祉であれば、お給料もでるし、休みもあるし。ただその分、税負担も増えたし。のんびり街中を歩く奥さんたちが消えた街では子供たちの誘拐事件も増えました。保護者会の仕事もPTAの仕事も一部の奥さんたちがお給料の出ないままなんとかがんばってくれています。夏休みの町内パトロールや校外委員の仕事もあります。いろいろといそがしいです。遊んでいるように見えた奥さんたちががんばって社会を支えていたのに。PTAの役員や地域活動への参加は見えない力で街を暮らしを安全を守っていたのではないでしょうか。奥さんが働けば、確かに月々の収入は少し増えます。家庭の暮らしも少し楽になりましょう。でも、社会全体が労働者に払える報酬にはわくあるいは限度があるのじゃないかなあなんて考えちゃいました。10年、20年、30年、長いスタンで考えれば奥さんに払った分、だんな様のお給料が知らないうちに少しづつ減っていった気がする。お給料上がらないかなあ。上がらないなあ。働こうかなあ。どうしようかなあ。新聞でも読むか。来年は役員まわってくるな。塾選びも難しい。この記事を評価するブログルポ投稿中の記事★ 『地球幼年期の終わり』★ 映画原作の小説『博士の愛した数式』★ 『博士の愛した数式』★ 美術は大事★ 言葉はナマモノ★ 『男たちの大和』その2★ 女の子の世界はむずかしい★ 『東大法学部』★ 教えられたようにヒトは行動する★ ノー ボーダー★ 「反戦」を「キレイゴト」で終わらせたくないと思いませんか★ 女の人は本当に働きたいのか
2005年11月24日
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ハリー・ポッターをやっている。中学校の期末試験の真っ最中だというのに。テレビを見ながら、今頃数学の問題を解いています。進研ゼミのテスト対策問題です。前日にやっても意味ないでしょ。やっぱり試験の前にどういう順番で試験対策の勉強をすればいいのかわかっていないらしい。うーん。次回は少し手を出した方がいいのかな。それにしても昔自分がどんな風に試験勉強していたのかまるで思い出せない。おもいだせれば子供にもう少し指導できるんだけど。でも少なくとも前日にテスト対策の数学をやっててはダメなことくらいはわかる。次回はってあと、学年末しかありませんけど。こんな時にハリー・ポッターはやめてくれー。ハリー・ポッターを見ていて勉強のすすまないうちのお嬢さん。録画しますか。消しますか。
2005年11月23日
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私が読み語りで読んだ本の三冊目です。半日村 斉藤 隆介 作 滝平 次郎 絵表紙絵はこちらから 斉藤隆介 滝平次郎といえば ベストコンビの二人ですよね。私が子供の頃、図書館でよく読んだな。滝平次郎さんの切り絵は有名ですよね。これだけの芸術作品に絵本を通して触れることができるというのはすごいことだと思います。そしてこの絵本のシリーズは、今でも名作だと思います。 しかも、斉藤隆介さんの文はとても音読しやすいのです。読み語りで読んでみるととても読みやすい。ハリーポッターの英語は英語で読める人には、すごく読みやすい文章なのだそうですが、斉藤隆介さんの文もとても読みやすい。普通に黙読していた時には気づかなかったのですが、声に出して読んで見ると、とてもリズム感のある文章なのです。よく 詩なんかだと 韻を踏んであったりするし、俳句や和歌も内容とともに言葉のもつ音の面白さを究極まで追求した形なわけですが、斉藤隆介さんの作品もそこまではいかなくても、音の美しい文章です。そして子供たちにとてもわかりやすい内容なのです。まるでいづれはじまる読み語りブームのために用意されていたような作品です。 「半日村」は昔教科書で読んだ気がするのですが、不思議と記憶に残っている作品でした。 内容としては、大きな山の陰にかくれて一日の半分しか日の当たらない寒い貧しいむら。仕方ないと諦め気味の大人たち。ところがある日、村に住む一人の少年が山の土を袋に詰めて、少しづつ村のそばの湖に捨てる。ということをはじめます。初めはバカにしていた周りの子供たちがやがて、一人また一人と手伝いはじめます。黙って見ていた大人たちもまた協力し始めます。村中のものがみんなで、毎日毎日 何十年もかかって、山の土を運び 湖を埋める という作業を根気よく続けていった時、あんなに高かった山は低くなり、とうとう朝から村に日が差し、冷たい風を村に運んでいた湖も埋まった。半日村は一日村になった。 この本を読んであげたクラスの子供たちは、終わった後でいろいろと感想を言ってくれました。「毎日つづけるなんてえらいと思います。」と言った意見の後に「あなたたちが大人になるまで毎日毎日やるんだよ。」と私がいった瞬間 一人の男の子の顔がはっとしました。それは 絵本の中の物語と 現実の自分の世界がリンクした瞬間です。自分自身が毎日毎日山に登って土を運ぶ、それをこんな子供の自分があんな大きな大人になるまで続けるということを、実体験としてリアルに実感してみる。ということでしょうか。 私は斉藤隆介さんの作品のなかでも特にこの物語が好きです。山がなくなるなんてありえないという考え方から、邪魔ならなくせばいいという考え方への転換。山を山という一つの巨大な存在から、土の塊と捉えなおした考え方の転換。無理 不可能という固定観念から、できることは何かという発想の転換をどのようにして生み出していけるのか。そしてそれを実践していくにはどうすればいいのか。主人公の少年は無言でただ一人で行動することからはじめます。周りの意見や批判に振り回されずに、自分自身の信念を貫き通す姿に、私は感動したのだと思います。 さて、子供たちには伝わったでしょうか。つづきはこちら↓読み語りに参加してくださいその6
2005年11月23日
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昨日のテレビを見ていて悔しくて悔しくて涙が出そうにくやしかった。 ゲーマーにとってこんなに腹の立つことはない。日本中のゲーマーのうちどのくらいの人が私と同じ気持だったんだろう。 大塚愛が「プラネタリウム」で受賞していたからだ。 受賞曲の「プラネタリウム」をつくづくよく聞くとやはり似ている。 ファイナルファンタジー10のテーマソング「素敵だね」にそっくりだからだ。私はこの曲が大好きなのです。この曲を聴きながらFF10のゲームをして、ヒロインがかわいそうでかわいそうでポロポロ泣いたのです。 よくあそこまで白々しく歌うなあ。よく見ていると大塚愛があんまりうれしそうな顔をしていなかったように見えた。上から言われて仕方なくなんだろうか。 すでにいくつかのブログなどでも問題提議されている。その1その2その3その4 いったいスクウェアはなにしているんだろう。 日本中のFFファンの気持ちわかってんのかな。 これだけ問題視されている曲を受賞曲に選ぶ主催者側ってなに考えてるんだろう。 そこまでしなきゃなんないほど音楽業界は行き詰ってるんですかね。 そういえば「ノマネコ」事件の時の2チャンスタッフの対応はすばらしかった。 エイベックスにむかってこんど「タコキャラ」(これはエイベックスのマークにそっくりだったものです)出しますけど別にいいですよね。 といってみせた。 そのすぐ後にエイベックスが「ノマネコ」の商標登録申請取りやめを発表したらしい。 2ちゃんねるスタッフの優秀さ頭のよさ、センスのよさつくづく感じました。 2ちゃんねるはアラシも多いし、見ていて目を覆いたくなるようなえげつない書き込みも多い。 しかしこれだけインターネットが普及している現代社会において、やはりあれだけの規模の掲示板の存在は必須のものだろうし、それを維持し続ける主催者の技量はさすがだと思う。 摘発系の書き込みもあり、裁判となるケースも多いらしい。 しかし主催者のヒロユキ(だったっけ)氏はほとんど自分で(弁護士なしで)裁判をこなしてしまうらしい。 「ノマネコ」事件時に2ちゃんねるを愛する住人たちの気持に見事に応えてみせた彼に拍手をおくりたい。 2ちゃんねる宣言(増補版)を読んでみると2ちゃんねる運営の実際とか主催者ヒロユキ氏の考え方がよくわかりとても興味深く面白かった。彼ぐらいの技量があればすでに御三家も東大も学歴もいらない。中学受験なんてものとはまるで別のところに生きている。普通の都立高校を出て、アメリカの大学にいったらしい。本当はそれでじゅうぶんなのだ。 それにしても…スクウェアなにやってんのだ。
2005年11月22日
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今朝パソコン開いてびっくりしちゃった。だってランキングの50位以内にはいってるんだもの。いやびっくりです。中学受験ネタはアクセスがすごい。しかも昨日は日曜日。そのうえ少し編集とか調整もしたので、予定外にアクセスがふえてしまいました。まあ今日だけだろうなあ。でもすごくうれしかったりして。でも中学受験ネタもそうは続かないと思いますので。なにしろ受験をしたのは三年前ですし、ちょっともう情報としては古いですからね。でも私立に入れてみて驚いたことも少し書きたいのです。ところで、娘の周りのお友達の話を聞いていると、最近はわずか三年ですが、受験界はかなり厳しくなってきているなということです。三年早くてよかった。今なら合格できなかったかも。長男は大丈夫と強気ですが。さて国語ができないと嘆くそこのあなた。いくつかのブログで紹介されていたので私も読んでしまいました。この本中学入試国語記述のコツのコツやっとさっき読み終わりました。石原千秋の秘伝中学入試国語読解法よりわかりやすかった気がします。でも真実は読んでみて判断してください。でもこの本を読んでいると、国語は大事だなあとつくづく思いました。中学受験は算数で決まるとよく言われますがこれからは国語で決まる時代になっていくかもしれません。特に文章を書けるって大事なことなんですね。そこで、子供にもブログを書かせる。文章力を上げるにはこれが一番と最近思います。ノートとか原稿用紙に書くより、誰かが読むかもしれないと思うとブログはやはり気合が違いますね。で、子供たちに薦めるんだけど、全然その気になってくれない。アイデアはいいんだけどな。現実は、思うようにいきません。くすん。やっぱり子育てと教育もまた奥が深~い。松永暢史さんのほかの本もおもしろそうです。むかーし「最低点法で勝つ」を読んだことあります。最後のところのK城の話がおもしろかった。でもどこまで信じるか活用するかはやはり親の技量しだいというところでしょうか。はああああ、ため息。
2005年11月21日
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あかずきんちゃんが迷子です。二匹のオオカミと一緒に猟師に撃たれてしまったのでしょうか。深い深い森の中から出られなくなってしまったのでしょうか。私には森の中まで探しに行くことはできません。もっとお話しておけばよかった。もう会うことはできないのでしょうか。さびしくて悲しいです。あかずきんちゃん元気ですか。
2005年11月20日
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昨日のアクセスはすごかった。改めて中学受験にかけるお母さんたちの熱意をひしひしと感じました。こういうところが公立の負けちゃう理由なんですね。昨日書き忘れたことがありました。「パソコン」第一子の受験のために学校説明会に行くと「パソコン室」(えっとお正しくはなんていうんだっけ)を見せられ、さすが私立だこの設備、なーんて感動しちゃいますが、公立中にもあります。ちゃんと一人一台で授業してます。ただ私立にしろ、公立にしろ、たいした内容は期待できないと思います。エクセル・ワードを使えるようにしてくれるわけなんてありません。プログラムを組めるようになんてありえない。あくまで教えてくれるのは初歩ですね。で、違うところはやはり「朝が早い」これ結構きついです。しかもお弁当もありだし。最初の一学期はもうわけわかんないですね。そのうちなれますけど。「遅刻にきびしい」学期中に4回遅刻したら、親呼び出し、あんまり多ければ留年も。「留年」あるんですよ。中学といえども。ほんと気が抜けない。しかも成績悪いと親呼び出されるし。子供の受験は自分の受験よりしんどいですね。なぜって勉強するのは子供。子供がどのくらい勉強してて、どのくらいわかってるのか、所詮別人格なんだから親にはわからない。自分の受験なら勉強するのは自分。がんばるのも自分。落ちて困るのも自分。でも、子供の受験は、たとえどんなに親がいろいろサポートしてもやはり最後には子供本人ががんばるしかないからです。にもかかわらず責任だけはきっちりこっちにかかってくる。ホントしんどいです。くるしいです。でも踏ん張ってがんばってください。↑昨日の「レイコ@チョート校」を書いた岡崎玲子さんの二冊目の本です。911事件以降の学校の様子がかかれています。現地での体験のリアル感が伝わってきます。
2005年11月19日
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長男を私立中に入れて三年、今年長女が公立中に進学しました。子供を学校に入れてみると、私が学校に行っていた頃とはいろんなシステムが違う。なかなか驚きです。そして下の子を公立に入れてみると、私立中だからやっているんだと思っていたいろいろなシステムが実は公立中でも行われていたのです。公立中私立中の共通点と相違点。ちょっと書いてみたくなりました。例えば「平常点」。私立だからかと思っていたら、公立にもありました。定期試験の配点が100点満点ではなく70点とか80点とかで、それ以外の部分はノート提出とか宿題とか普段の授業態度(これはそれほど配点を取っていませんが一応)などで決まるようです。テストが全てじゃないってことです。これがいいのか、悪いのか。一生懸命がんばるまじめな子にはいいことです。でもバリバリ頭いいのにだらしないのんきという(男の子に多い)子にはなかなかつらいシステムかも。「実力試験」私立だからーと思っていたらやっぱり公立にもありました。業者テストの廃止により学校の先生たちによる自作の問題。普段の定期試験に比べて格段のむずかしさ。ただ先生たちのつくる問題、業者の模試の方が質がいいとおもえるのですが、わたしには。でも、実力試験は、私立のものの方が格段に難しく作られている気がします。なにしろ平均点、30~40点ですから。「博物館、美術館見学」これも私立中に入れると夏休みあたりに見学してきてレポート提出なんてあります。さすがに私立なんて思って感心していると、実は公立中でもこの手の宿題でるんですよ。いまどきは。やはり机の上の勉強だけではない部分の育成ってことでしょうね。「オーラル英語」 私立に入れると、結構外人のオーラル専門の先生なんかいて、「うちはオーラルに力入れてます。」なんて説明会で言ってますけど。公立も今時はオーラル力いれてます。CDも配られるし、私立と同じようにラジオでNHKの基礎英語聞くように言われるし。授業でもかなり発音に時間とってます。「記述指導」なんせ今時は都立高校の入試問題にも記述あります。今学生だったら私受からなかったかも。ひやひやもんですね。だから私立で、夏休み記述系のレポートの宿題ガンガン出されました。でも公立もかなり作文かかされてます。しかも学年便りにバシバシ乗せられちゃいます。定期試験でも作文かかされます。読解だけでは国語はすまないのが今時。「生徒の質」実は私立にも茶髪はいるし、いじめっ子もいる。性格の悪い奴もいる。あまりにも問題を起こすので地元の公立にいかせられないという理由で私立をえらぶご家庭もありです。公立にも頭のいい子、性格のいい子リーダーシップのきれる子いますよ。他にもあったかな。とりあえず今思いつくのはこのくらい。ただ絶対的な違い。やはり学習量。教科書は文部省指定ですから公立と同じものが配られますが、そのほかにかなりの量のプリント、配られます。授業の内容がすごく濃い。やはり公立ではこれだけの濃度は期待できません。成績上位の頭のいい子には、やはり今の公立中の授業は簡単すぎてつらいだろうなと思います。優秀な子はやはり私立に入れてあげた方がいいでしょう。ただ普通の子の場合、あまり高偏差値でない私立の場合、物量作戦で攻めてきます。すごい量の宿題をだされ、成績悪ければ部活停止とか深海魚とか怖い事態もありうるので、判断の難しいところです。もちろん高偏差値でなくてもいい学校いっぱいあります。また、中学受験の塾教師の先生ですら、子供が二人以上となると経済的に一人までが限界、と とある塾雑誌で書かれていました。優秀な子でも本人の力以上の学校ですと、なにしろ成績上位に標準をあてた授業なので、難しすぎてついていけなくなり、せっかくの能力をつぶしてしまう可能性もあります。お財布の中を見ながら、我が子の脳みその中身もこじ開けてみて、よーく観察しつつ、親も判断のしどころです。↑アメリカの私立御三家の一つにかよってる日本の女の子の実録。アメリカのトップ校の授業内容がすごい!!です。
2005年11月18日
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なんと子育てテーマ投稿ランキングで常にベストワンを続けていた「魔法のおっぱい」を抜いたサイトが出現!!「ミキハウス専門店」です!!いやーミキハウスってのは本当にすごい。ミキハウス人気度はブログ界でも通用するんですね。この不景気でもミキハウスは未だに人気なんだー。やっばりいいものはいつの時代でも売れるんですねー。私はあのバカ高い服好きじゃないけど。とにかくアフィリエイト専門サイトの中でもダントツ。それにしても、ベストテンのほとんどがアフィリエイトサイトなのでまじめに子育て系のまじめなサイトを読みたい私にするとちょっとあのアフィリエイト系がうっとおしい。邪魔。アフィリエイトに反対なわけじゃなけどまじめに書いてるサイトだけのランキングがみたい。のです。結構いいまじめサイトがあるのになあ。探し出すの大変なのよ。テーマ投稿もある程度の数がないと一覧表に出てこなくなっちゃうしー。子育てが赤ちゃんから高校生あたりまで一緒くた。いいのか?ああ!、ベストワンへの道は果てしなく遠いのでありました。いま見直してきたら、さらに別のアフィリエイトサイトがトップに!ブログ界も奥深し。激戦!↑よみおわりました。ああ面白かった。こんな粋なコメントを自分のブログのお返事にも書けるようになりたい。
2005年11月17日
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読み語りで読んだ本 二冊目です。 『樹のおつげ』 ラフカディオ・ハーン 著 さいとうゆうこ さいわ ふじかわひでゆき え なんと楽天ブックスに売ってない。おかげでアフィリエイトがはれません。楽天は本の品揃えがわるすぎる。ついでにコンビニ受け取りにして欲しい。安い本が買いづらい。 というわけで本の表紙絵はこちらをご覧ください。 小泉八雲が中国地方に伝わる話を集めて本にした「生霊」という本からさいとうゆうこさんが、子供たち向けにわかりやすい文章になおし、絵本にしたものです。 中国地方の小さい貧しい漁村にある日地震がおこり、そして、村に津波がやってくる。津波の到来にいち早く気づいた村長の久作は、浜辺にいる村民を守るために、収穫したばかりの稲穂に火をつけて、村民たちに高台へ非難するようよびかけます。轟音とともに訪れた大きな津波に、村の半分が飲み込まれてしまいます。 いまどきは津波なんて関係ない暮らし。まして都会っ子はなおさらです。でも津波はとてもこわいものです。この絵本を通して子供たちに津波が来たときの大変さをかなりリアルに伝えることができたのではないかと思います。 それとともに、非常時におけるリーダーのあり方をも、考える糸口となる作品です。 低学年の子供たちには難しい作品ですが、大人になり始めた五、六年生にはちょうどいい作品だと思います。 いくらか前に東南アジアでも、おおきな津波があり、世界的なニュースとなりましたが、この絵本を読んであげた子供たちは、津波の大変さがこのニュースの大変さがわかりやすかったのではないかと思います。またこちらにもすばらしい解説がありましたのでご覧ください。つづきはこちら↓読み語りに参加してくださいその5
2005年11月16日
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最近は塾が増えたなーと思う。昔はこんなになかった。驚くのは旅行で地方に行った時、どこの町にいっても塾の看板を見かけることだ。今時は誰でも塾に行く。塾に行かないということは勇気がいるくらいだ。私が子供の頃はこんなに塾なんて行ってなかった。算盤塾は流行ってたけどね。しかし、私は子供のころ塾に通っていた。たしか小学校の四年生くらいだったと思う。両親は兄を塾に入れたので、妹の私もついでに入れたのである。その塾は一度に10人も入れないちいさな塾だった。先生はとても優秀であったのだけれど、体に故障があり、東大受験を諦めたそうだ。先生の体では東大のあの階段はとても高かったらしい。先生は歩けないので普段車椅子を使っていた。だから塾の教室は小さな部屋で、L字型の厚い板を机として作りつけてあった。先生がL字型の机のその内側に座り、生徒たちはその周りに座って勉強を教えてもらった。たぶん週一回くらいだったと思う。特に時間的な制限はなく、その日先生から指示された課題をこなすとおしまいだった。私は「ファーブル昆虫記」の中の「ふんころがし」の話をプリントしたものを読まされたのを今でも覚えている。算数の虫食い算をやった時わかりづらくて、いやいややっていた私に対して、先生は、次の週に行った時には 数学の方程式を教えてくださった。方程式の方がわかりやすかった。しかし私はその後、その塾をやめてしまった。たぶん 一年以上は通っていたと思う。私が塾に誘った友達が他の友達を誘ったために塾の中の雰囲気が雑然としてしまい、どうにも勉強がしにくくなってしまったためだったと思う。けれど塾をやめてからしばらくして私の成績は上がっていった。どんどん成績の上がる通知表を見て、母は驚いていた。私は小さい頃はひらがなも読めなかったり、どうにも計算が苦手なできない子供だったのだ。それからしばらくして街中で先生にお会いすることがあった。しかし、途中で塾をやめてしまった負い目から母の影に隠れるようにして挨拶もせずに別れてしまった。今思えばせめてご挨拶くらいすればよかった。未だに思い出すと申し訳ない。六年の時の担任の先生が毎日大学ノートに1ぺーじなんでもいいから勉強してくるようにという宿題をだした。私はまじめだったので毎日算数の教科書を見ながら教科書の問題を解いてノートを埋めていった。(今思うと一年間近く毎日かかるほど昔の算数の教科書は厚かったのかもしれない)その後私は中三の時の冬の講習以外(あれはあまり役に立たなかった)塾にはいっていない。自分で問題集をもくもくと解いて自分の力で二つの受験を乗り越えていった。最もあの頃はみんなそうだったのだけれど。あの塾と六年の時の勉強で、私は自分の力で勉強するすべを身につけることができたのかもしれない。母から聞いたところによると、その後あの塾の先生は、ボランティアで塾に訪れた大学出の聡明でやさしい女性と結婚されたらしい。体の故障にもかかわらず結婚に至ったというのは、やはり先生のお人柄なのだろうか。わからない勉強にごねる私に対して、怒ることなく根気強く教えてくださった先生は、やさしい方だったのだろうと思う。最後に紀宮さまおめでとうございます。おしあわせに。↑さっき本屋にいってつい買ってしまいました。さすがに話題の本。面白そうです。
2005年11月15日
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きのう反戦をテーマにブログを書いたらものすごくいっぱい(わたしにとってですけど)アクセスがありました。今までの最高記録です。他の方の反戦のブログもたくさん読みました。でもいっぱいあるからそうは読めませんが。奥深いテーマですよね。ものすごく難しい問題です。もちろん「教育」も、難しい問題ですが。ちっょと考えたのは、もし今自分のところに招集令状が届いたらどうするだろう。ということでした。もし、我が子のところに来たら?夫の所に来たら?本当に召集地まで行けるだろうか。ネットの上でいくらでも書けるけれど、「もし敵が攻めてきたら、武装拒否してたら全員死んじゃうんだぞ。」というのは、わかるんだけど現実に召集されたらほんとに行けるのかな。行くのかな。男の人は大義名分が好きだし、闘争本能もあるので、女にはわからない部分もあるけど、それでも軍隊になんか行くの本音はいやだと思うんだけど。必要だといいながらじゃあ自分が行くとしたら…絶対自分の家であったかい布団で寝ていいもの食べてる方がいいと思うんだけど。敵が来るからっていうけど、その敵だって一兵卒レベルで考えれば、本当は戦争いやなんだと思うんだけど。向こうだって嫌がってるし、こっちだっていやなんだけど。一人がいやって言うのは大変だけど、本当はみんな地球上の99パーセントの人はいやなんだと思うけど。いやならいやって全員が全員拒否すれば軍隊はなくなるのにねー。北朝鮮の人たちだってどんどん逃げ出しちゃえばいいのに。国民が全員100パーセント逃げ出したら金さんだってあきらめると思うよ。ほんとにほんとの自分の本心はどこにあるんだろう。まあこれはほんとにキレイゴトでしょう。現在の社会状況の中では。みんなの意見を統一させるのは難しいし、たぶんムリといわれるでしょう。為政者の圧力に負けずに、地球上の全ての人が実際に戦闘に参加する一兵卒レベルの下の方から全員そろって拒否すればねえ。はい、キレイゴトですよねえ。どうしても必要な戦争なんて一つもないと思いますけど。私が唯一許せるのは南北戦争くらいかな。いやあ、歴史の勉強足りませんからまだまだですねえ。少し前、テレビで放映していた「シルミド」を見ました。その訓練すごい過酷ですよね。そしてラスト!!大統領を暗殺しようと公共のバスに乗り込んだシルミドのメンバーと一緒に、バスには民間人乗ってたんですよー。それなのに待ち構えていた軍隊の銃撃がバスに向かって放たれる。え え え え え!信じられない!!民間人乗ってるのに。ありえない。日本だったらあんなことしたら社会やマスコミの非難の嵐になるだろうに。韓国っていう国は一見日本にかなり似てると思っていたんだけれど、やはり確実にちがうのだ。と、そのときは思ったんだけれど、これからはありえないことではなくなる可能性もあるのかもしれない。反戦ネタはとりあえず休憩して明日は違う話を書きたい。
2005年11月14日
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今日はちょっと小難しい話です。20世紀は、社会主義と民主主義の対立した世界でした。でも本当は社会主義対資本主義なんだそうです。なるほど。社会主義というシステムには限界があったようです。20世紀の最後の方でぼろぼろと崩壊していきました。残るは北朝鮮ですね。他にも社会主義の国はあるけどさ。(中国は社会主義を標榜しながら、その身のうちに資本主義を導入し始めているし。)でも資本主義にも限界が来ているような気がします。経済の状態を良好なままに維持していくのはかなり難しいようです。たくさんの産業品を生産していながら、(食べ物にしろ服にしろ、燃料、その他いろいろ、)労働者イコール消費者はお金がないから手に入れられない。作ったのに売れない。という自己矛盾を資本主義は内包しているようです。自分たちのために作っているのに自分たちのものにならない。社会主義のシステムは、人間のやる気をつぶしてしまうために袋小路にはいってしまった。そして資本主義はやる気をその核としながら、やはり自らの中にある矛盾をいまだに解決できない。もはや新しい経済システムの構築こそがこの世界には必要なのだろうと思う。戦争というものは悪化した経済状態を回復するための重要なツールとして長く人間社会の中にその存在を維持してきた。原始においては戦争によって他国の土地を併合し、敵対した敗戦国の国民を奴隷として貴重な自国の労働力として安価に使うことができた。現在アメリカは自国の中の資本主義経済の停滞を中東戦争などを利用して回復しているのだと思う。日本でも朝鮮戦争による特需が戦後の経済復興に大きく影響していることはかなり知られていることであろう。第二次世界大戦はヒットラーによるものと思われやすいが、実際には第一次世界大戦後の経済制裁ともいえる負荷をドイツに与えすぎたことの方が原因としては大きいと思う。もし、ドイツ国内の経済状態がよければ、ヒットラーのような人物が現れても「なんだか変なこと叫んでる奴がいるな。」で終わってしまっただろう。ヒットラーの出現は歴史の必然だったのだろう。今現在、大学の法学部と医学部の偏差値はかなり高い。バブル崩壊以降、片っ端からリストラに遭い、路頭に迷うことになったエリートたちをみて、天下の開成高校生たちですら弁護士そして医師免許という資格取得を目標としはじめている。くいっぱぐれがないように。その一方で経済学部はどうなのだろう。長男が「経済学部って役に立つの?」と聞いてくる。もちろん私にもわからない。 知識がないので経済学部を出た場合、公認会計士とか税理士ぐらいしかおもいつかない。アメリカにはMBA(経営学修士)があるが、日本は 長い一生奉公システムによって、(とにかく大学を出て会社に入りさえすれば一生食べていけるだろうという ) 経済学系の資格が乏しい。数学も、医学も、法学も、文学も、語学も、数千年に及ぶ歴史と修練を持っているが経済学は、たかだか一、二百年ほどの歴史しかないように思える。いつまでも戦争というツールに頼って経済状態を回復するようなシステムであっていい訳がない。いくら「蛍の墓」や、「はだしのゲン」や「ちいちゃんのかげおくり」といった本や映画やビデオや漫画を子供たちに見せて、戦争の悲惨さを語っても、戦争はなくならない。経済学を個人や法人の資産増加のために使うというスタンスからもう一歩先に進めて欲しい、と願っています。さてこれだけ書きましたが、私は所詮どしろうとなので変なところがいっぱいあると思います。ご指摘、反論ありましたらお願いします。↑どしろうとなのでまずはこのあたりから勉強↑こっちの方が安いですね。在庫あるし。この記事に点数をつける ブログルポ投稿中の記事★ 『地球幼年期の終わり』★ 映画原作の小説『博士の愛した数式』★ 『博士の愛した数式』★ 美術は大事★ 言葉はナマモノ★ 『男たちの大和』その2★ 女の子の世界はむずかしい★ 『東大法学部』★ 教えられたようにヒトは行動する★ ノー ボーダー★ 「反戦」を「キレイゴト」で終わらせたくないと思いませんか★ 女の人は本当に働きたいのか
2005年11月13日
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男子高校生が受験科目の中で一番難儀するのは実は数学でも、英語でもない。それは……古文なのだ。中学受験であの難しい受験算数をバリバリ解いちゃう男の子が、国語のせいで、合格しそびれる話は結構ある。家の長男も国語で難儀した。国語というのは登場人物の心理状態を読まなければいけない科目なので、他人より機械や化学や数式に興味のある男にはほとんどハテナの世界なのである。そのこわーい国語と英語が合体したような科目。外国語をこなすというのはやはり誰にとってもしんどい。古文は日本語でありながら、日本語ではない。古文の授業では日々、文法との格闘が続く。分厚い古文単語集まで渡され、さすがの長男も食傷ぎみ。英語ならとりあえず単語を覚え、文法を覚え文章の内容を読み取れればなんとかなる。古文はその上物語の読解まで要求されるのだ。高三生の相手をする学校の先生はとにかく古文ができなくてと嘆く。古文で(合格を)落としたようなものらしい。数学ができないにもかかわらず、理系を選んだ息子の話を書いた掲示板の記事を読んだ。数学以上に古文をやるのがいやだったのだそうだ。わたしは短大で国文科だったのだけれど、高校の時の古文の授業はチンプンカンプンだった。短大ではそれほど難儀した記憶はないので今思うと不思議だ。いやあれは受験のためにやりこんだからだろうか。仕方がないのでアンチョコの本を買ってあげた。今は教科書ではなく古文の一冊に絞って勉強しているらしい。「徒然草」とか、「吾妻鏡」といったように。それでそういう一冊にしぼった参考書を、ネットで買ってあげた。近くの本屋ではこの手の参考書はまず売っていない。その存在すら普通は知らないだろう。短大では授業のためにその手の本を買って自分で下勉強してくるように指示されるので、御茶ノ水まで買いに行った。御茶ノ水ぐらいまで行かないと買えそうにない。そのアンチョコ本を長男に見せたら、「あっこれクラスの奴がもってた。しかも先生に見つかって取上げられてた。学校に持っていくのはやばい。」と言っていた。「そうよねえ。じゃ家でみなさいね。」「いいの?親がこんなの買って。」というわけで古文の攻略には苦労しています。結局は気合でやりゃーいいんだけどねえ。↑たとえばこんなのです。旺文社古文文法全解シリーズ
2005年11月12日
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娘の保護者会に行ったら、よそのお母様が「家の娘はブログやってまして…」とおっしゃった。なんと中学生ができるのにわたしができないはずない!!というのではじめたブログ。きのうやっと1000アクセスを超えました。祝!!まーもっと早くにかるーく1000や2000超えてるところいっぱいあるけどさ。地道に書いてたし、自動巡回も手動巡回もやってないしね。開設直後に体調悪く何も書かずにいたらその間にすでに10アクセス。えーっと思ったけど、楽天はすごいなと。そのうちこの世界 特に楽天には、自動巡回なるテクニックもあるらしいと知った。いってみると中身のないブログ。うーん。アクセスだけ稼いで何が面白いんじゃいとも思った。が、コンピュターゲームはいかにプログラムの穴をついて裏技を使ってなるべく少ない労力で、なるべく早くクリアするか、というのが醍醐味というのがわたしの考えなので、ブログもその視点でみればこんなのもありかもと思ったりもして。それにしてもなんか「屋台村」みたいだなあ。ちょい小さめのウェブサイトがいっぱいあって、お互いに行ったり来たりしてお友達になったりして。で、いろんなブログを見ていると面白いのは、サイトをつないで見た途端に、サイト主が男性か女性か一発でわかるサイトが多いということ。ブログサイトの作り方がこんなに性差によってはっきりとあらわれるのかあ。なるほどー。で、女性のサイトはお花系(わたしも)と、かわいい系のデザインが多い。さらに、女性のサイトで、きれいなデザインの上に文章がすごく女性らしくて美しいブログのところがあって、その品性と教養と知性に思わずため息なんていうのにたまに出会っちゃったりするのです。わたしにはムリー。ウヘヘ男性の場合はシンプルでシャープな感じかな。ブログ一つにも自分の人間性がズバズバ現れちっゃったりするわけなんだな。こわいね。さて、ブログを始める前にはまっていたのがかの有名なインターエデュの掲示板。特に中学受験板。あそこは結構大卒のハイレベルの受験生親が日参してるんで。結構面白かったんだけど。さすがに最近飽きてきましたけど。で、そこの掲示板の書き込みの中に貼ってあったのが、みかみ先生と猫ギター先生のサイト。だから楽天に入る前から読ませていただきました。なにしろあんなところにリンクなんか貼ってあったらどれほどの人数がリンクたどってくることやら…。わたしもあそこにリンク書き込んでこようかなあ。でも、こわい。そんでもって、楽天にやってきたら、この先生たち楽天ブログ塾業界の二大巨頭なんだもん。よく知らないから、サイト開いてすぐリンクつけちゃったけど。後で、リンク貼るとこちらの素性が相手にばれると知ったのでありました。ひょえー。ばれたって別にいいんだけどさ。だいいち一日1000アクセスをカルーク超えてるまじめなサイトですから。まじめにブログを書こうとすると、一日の大半の時間をとられちゃったりする。普段頭使わずにノー天気に暮らしてきたのに、いきなり頭フル回転させるハメになったりして。めざせ まじめサイト。でそれから、わたしのブログに貼ってあるアフィリエイトの本は基本的に自分が読んでよかった本です。でも、最初の予定とちょっとずれて、少しだけ、読んでない本貼ってしまいました。でもでも、基本は読んだ本です。でね、ブログをはじめたら、ストレスが減った。普段頭の中でいろいろ考えてるんだけど、周りの主婦仲間に話しても、こむずかしい話は、絶対にうっとうしがられるか、聞いてもらえないだろうから、言わずにずっと溜め込んできたことを書き始めたら、すごいすっきりしました。それと、読んでみて面白かったから友達に薦めたい、と思ってもやっぱり人によって趣味嗜好価値観が違うので「この本いいよー」と薦めてもまず読んでもらえないので、我慢してたけど、ブログにばしばしアフィリエイトを貼って、お勧めにしていくと気持ちいい。すっきりー。書きたいことがあってはじめたブログなので、どこまで続くかわからない。書きたかったこと全部書いたら終わりかもー。でも筆力がないのでなかなかすすまない。そんでもって、ブログ 書き始めたら子供たちに言われた。「おれをブログのネタにするな。」「あたしのこと書かないでよね。」「えー子育てブログで子供のこと書かなかったら話になんないじゃーん。」「お父さんのこと書けばいいでしょ。」「いいとしのおやじのこと書いてどこがおもしろいのよ。」まあせいぜい気をつけて書きます。すでに書いちゃってるし。
2005年11月11日
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読み語りでわたしが読んだ本です。「ジュマンジ」 クリス・バン・オールズバーグ 作・絵わたしが一番最初に読み語りで、読んだ本です。結果。大好評でした。もうとにかく初めてなので心臓バクバクドキドキでした。まちがえることなく読めはしましたが、練習の大事さをつくづく実感したひと時でした。読み語りで読むことになったとき一番最初にわたしの頭の中に浮かんだ本でした。「そうだ、あれを読もう。あの本すごく面白かったし。でも四年生にむいてるかなあ。」と戸惑いもありましたが、娘に「やっぱり読むならこれがいい。これだよ。」とお墨付きも、もらいました。読み語りで読む本といえば、やはりカラフルで絵のきれいな絵本。と、まず考えますが、「ジュマンジ」は白黒で字数も結構あり、15分の制限時間内で読むのはハードでした。でも、内容の面白さはピカイチです。一緒に聞いていた担任の先生が思わずびっくりしていました。読み語りでこんな本もありなのかとちょいカルチャーショックという感じでした。うふふ。自慢です。ストーリーは設定、外国。パーティに両親が出かけてしまい留守番をしていた姉と弟。公園でみつけたボードゲームをはじめると…ゲームの中のことが現実になっていくのです。猿が現れてキッチンをめちゃくちゃにし、ライオンが現れて二人を追いかけ扉に爪をかけてバリバリ。大蛇があらわれ、火山が噴火し、もう家の中はぐちゃぐちゃです。「どうしよう、お父さんとお母さんが帰ってきたら、なんていえばいいの」このお話。一読目はとにかくおもしろい!でも、二回、三回読むうちにさすがのわたしにも作者の意図するところがわかってきました。ちっちゃな子供のいる家はとにかく散らかって大変です。家の中は子供のおもちゃや絵本やそのほか子供の散らかしたものでいっは゜いです。少しぐらい怒ってもおさまるものではありません。まるで家の中に猿やライオンや水牛やとにかく野生の動物を飼っているようなもの。子供たちは家の中であばれまわるし。ドタバタドタバタうるさいし。近所から苦情はくるし。それを絵本で表現してみたのでしょう。絵本の中で二人の子供たちはその母の経験をリアルに体験することになるのです。そして自分たちが散らかしたおもちゃを自分たちで片付け始めます。お家の中を散らかしたり、ドタバタ暴れまわったりしないようにしようねと作者は言いたかったのですね。でも一回の読み語りではなかなかそこまで子供たちには伝わりません。しかたないけどね。わたしですら、何回か読んでやっとですから。でも普段絵本にしろ、普通の本にしろ、一回だけ読んで面白かったーで終わりだったのでわたしには貴重な体験だったし、すっごくいい勉強になりました。なんども読むって大事だな。「読書百篇 意 自ずから通ず」ってほんとなんですね。いや、もしかして賢い人は一度でわかるんか。それからこれは「ジュマンジ」の続編です。今度の舞台は宇宙です。「ザ・スーラ」クリス・バン・オールズバーグ 作・絵他にもオールズバーグはこんなにいい絵本を作っています。「ジュマンジ」は映画にもなりました。でも、原作の方が全然いいぜ。ついこないだ映画になった「ポーラー・エクスプレス」もオールズバーグの作品です。そして「ザ・スーラ」も今度映画化されるようです。楽しみです。続きはこちら↓読み語りに参加してくださいその4
2005年11月10日
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昨日のつづき。わたしは平日に行ったのですごくすいていて快適だったけど、やはり土日は混むらしい。混んでたらちょっとつらいよな。でも会場内の休憩用の椅子はベンチじゃなくて布製のデッキチェア(正しくはなんて言うんだろう)で、そこに座ってお茶を飲みながら横浜港の海と空を眺めるのはすごく優雅な時間だった。ベンチじゃなくてこんな優雅な椅子を会場内にあんなにいっぱい配置してるなんてすごい。入り口からはアート展示の紅白のたくさんの旗の下を、風の音を聞きながら、横浜の海を眺めながら、歩く。二つの倉庫と中庭をあわせた会場の広さはちょうど良かったと思うし、カフェやドリンクの自動販売機は適当にうまく会場の雰囲気を壊さないところに配置してあった。見終わって疲れたところでちょうど帰りのバスに乗れる場所になっていたし、バスを待つためのシートが作ってあってナイス。でした。帰りのバスで埠頭倉庫内を走る。めったにないチャンスだし。子連れならいい社会見学にもなりそう。会場内の気配りがいいなーと思った。企画した人たちのセンスはすごいね。横浜の町を車で走ったら、道路標識や駐車場その他の案内のボードがすごく見やすくて分かりやすかった。こんなところに行政のよしあしがかいまみえる。千葉県に行く時は県境を越えたとたん、道路の走りにくさにイライラさせられることが多い。つくづく千葉県は行政が悪い。役所に出す書類に「○○市長殿」と書くべきところを「○○市長様」と書いてくるよういってくる、あの「知性も教養もありません」といわんばかりの役所の対応に、絶対千葉には住みたくないと(千葉の人ごめんなさい)思わざるをえない。神奈川のお金持ちは子供を慶應の付属にいれることが多い。だから横国や神大が東大や千葉大に比べていまいちなのかなと昨日車の中で考えてしまった。遊びに来た時までこんなこと考えてるんだからな。まったく。慶應を出た人たちが神奈川の役所に就職してこんなふうに行政に影響するのだろうか。湘南ナンバーはいまだに人気あるしね。↑ちなみにこれはクリスチャン・ラッセンのイルカの絵ですね。トリエンナーレには関係ないけど、クリスチャン・ラッセンは好き。でも、なぜラッセンがこんなにお高くなったんだろう。
2005年11月09日
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今日はだんな様が会社お休みアーンド絶好のいいお天気だったので、横浜のトリエンナーレに行ってきました。「トリエンナーレ」ってなんだ。横浜の山下埠頭の倉庫で行われているアートイベントです。わたしはここ楽天ブログでどなたかのブログで知り、ずっと行きたい!と思っていたのですが、今日は天気もよくおかげですごく楽しめました。で、わたしはこれにモダーンアートというより、「アクティブアート」と名づけてみた。個人的に。勝手に。美術作品といえば普通は「さわらないでください」と必ず書いてあるけど、「トリエンナーレ」は、参加型アートだ。作品の階段をのぼった。光るブランコにものった。卓球台もアートになっていた。子供たちが卓球していた。コミック迷路も遊んだ。鮫の中にも入った。お砂場芸術劇場も見たよ。天使が通る瞬間も覗いた。巨大サッカーゲームもやった。他にもいろいろ。なんか文化祭見たいで、たのしいよー。よく芸術作品をみるとわからないとか作者の意図が読めないとか言うけど、そんなのどうでもいいんだよ。自分がその作品を見て楽しかったり、いい気持になれたり、ずーっとその作品をとっときたいなんて気持になれれば。わたしはあの会場の中にあったブルーのコーンがすごくきにいったの。あれ、欲しい!イベントが終わったら、売ってくれないのかなあ。天気が良かったんで、横浜港の青がすごいきれいだった。たぶん、きっとあれもアートの一部。最後には会場すべてがアートに見えてきちゃった。帰りは会場入り口までのバスに乗った。横浜埠頭倉庫の中を通っていくんだけど、倉庫や建物の色が全てうすいモスグーンの色に統一されててきれいだった。普通ああいうところはけばけばしい色や、ばらばらな色で雑然としているものなんだけど、モスグリーンで統一された倉庫場内はアートのようにすばらしかった。改めて横浜の知性とセンスを感じてしまいました。神奈川県はさすがだ。帰りは当然横浜中華街へ。ここも「トリエンナーレ」に参加している。中華街もアート。だよん。
2005年11月08日
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前回読み語りについて書きましたが、書ききれなかったことがあるのでもう少し。さて、読み語りをするためには、毎回実際の教室に行くわけですが、そのときその教室の雰囲気を感じ取ることができます。つまり先生の指導が上手であれば教室に入った時すでに机がさげられ、前に一つ椅子が用意され(ここに座って読みます)、子供たちは教室に座って(娘のの学校では読み語りの時は床すわり形式でしたので)待っていてくれます。おはようの挨拶にも元気に返事が返ってきます。わたしたちが読んでいる間も静かに聞き入ってくれますし、読後の感想もしっかり手を上げて応えてくれます。ここの先生はよく子供たちの気持をつかんでいるなとたった一回の読み語りでもわかるものがあります。こんな時は読み語り冥利に尽きるというかとてもうれしくてやっててよかったーと思います。ところがごくたまにあぶない教室があります。教室に入っても机はそのままだったり、さて読もうと思って椅子に座って絵本を開いても、子供たちはすごく遠巻きのポジションにつまりは教室のなるべく後ろの方に全体が座っていて、教室にしらーっとした雰囲気があります。読んでいても私語が多く、感想もありません。なにか教室全体の雰囲気がさめていて、それが毎週のことなので、「このクラスどうしちゃったの?」と当番のお母さんたちがいいあうような状況です。明らかに学級崩壊寸前です。どうしよう。そこでみんなで話し合うこともありました。 所詮完全な解決などできようものではありませんが、ぎりぎりのところで食い止められたかもしれません。実際どうだったのか。とにかくそのときは当番でない時も毎週見学には行きましたが。家にいて子供と話していても、学校のことはわかりづらい。保護者会に出席しても話の嫌いな先生はすぐに終わらせてしまいます。いろいろ話してくださる先生もいらっしゃいますが、やはり限界があります。読み語りのために教室に入っていると学校のことがかなりよくみえてきました。自分の子供のクラスメートがどんな子たちで、教室がどんな雰囲気で担任の先生がどんな風に子供たちとかかわっていてくださっているのか。あの組の先生は厳しいとかこっちの組の先生はやさしい。とか。どのクラスのどの子が問題児で、だれだれはリーダーなんだな。とか。あの子はいつもしゃべってるよ。じゃあ毎回感想言ってもらおうなんてうちあわせ。読み語りのために学校に行くということは、子供と先生だけの世界に少しだけ別の色の絵の具を落としてくるようなものかな。教室を少し開かれた世界にしていくことで、今行き詰っている学校のあり方に改革というとオーバーですが手助けをしていきたいのです。先生とは違うスタンスで子供たちと接していく大人が入っていくことで、今までの学校の呪縛をほどいていけるでしょうか。続きはこちら↓読み語りに参加してください その3
2005年11月07日
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女の子「あたしがおじさんにな~あったら~♪ あな~たは おばさんよ~♪」男の子「ねっねえ、その歌、間違ってない? おじさんと、おばさん、逆でしょ」女の子「……… いいのよ。ホモの歌だから」
2005年11月06日
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中学受験といえば昔は○谷大塚だった。しかし今はやはりなんといってもN研だろう。 (最も今はWアカとかE光とかSとかふえてますけどね。)新聞のチラシにはいってくる、あのやたら派手に赤いN研のチラシを見たことのない人はほとんどいないはずだ。普段はなにげなく見ているこのチラシだが、子供が小学校の中学年になっている時、これが目に付いた時があぶない。ちっょとこのテスト受けさせてみようかなっと心の奥で悪魔のささやくのをうっかり聞いちゃったらさあ大変だ。私はN研のこの手の説明会には行ったことがないので、詳しいところはわからない。しかし三年生、四年生くらいならそれほど塾代は高くない。家においといてもゲームばっかりしてるし、ちっょと通わせてみようかなあと考える。または、そろそろパートに出たいし、学童保育も終わりだし、(最近は学校で六年までみてくれるようになりましたけどね)子守がわりにいいかもなんて考える。かくてたいした見通しもなく入塾となる。まあ最初のうちはいいのだ。勉強内容もたいして難しくないし(とはいっても学校よりははるかに濃い内容ですが)、ちょっとがんばればいい成績もとれる。ところが五年生の後半あたりからがくんと算数が難しくなってくる。本格的な中学受験算数に入ってくる。ここまでくると一部の上位生を除いて、ほとんど普通の子は授業を聞いていてもわからない。N研は宿題もださないし(と、N妍に通っていた娘の友達から聞いたのですが、新規の情報では宿題あるそうです。こちら東京ですので場所によって違う?あるいはその後で変わったのかも。)、テキストは問題ばかりで問題の解き方解説がのっていないらしいのです。これでは親がテキストを見て勉強して子供に教えることもできません。今までの中学受験とは違い全て塾で面倒見ましょうというスタンスの塾なのだから、当然と言えば当然だし、共稼ぎのハイレベルの親にとってはこの上なくありがたい塾だ。しかし、大体はここでガンガン成績が下がり始める我が子に親はあわてる。しかしテキストをみても問題しか載っていないから、解き方もわからないし、そもそも何をやっているのかもわからない。ここまでにすでに一年半から二年、塾代をかけているわけだからここでやめさせずらくなってくる。しかも塾主催の学校説明会の案内が配られるようにもなってくる。受験の雰囲気はいやがおうにも盛り上がる。成績は悪く、改善のしようもなく、やめるにやめさせられず泥沼のような状況で、受験に突入してしまう。かくて一部の上位生と、お金に糸目をつけず家庭教師をやとって子供に勉強させた家庭をのぞけば、最初に思い描いた志望校とは程遠い学校にやっと合格をもらって中学受験が終わる。あの赤いチラシはかくのごとくこわい。本来中学受験は一部の上位生の戦いであり、普通の子たちは普通に公立中学校へと進学していた。しかし上位生だけを対象にしていたのでは人数に制限がある。ちいさなパイの取りあいだ。どんなにがんばっても塾の拡大に限度がある。 そこで 、上位生以外を対象にすることを考えついたにちがいない。従来親がはりついて手取り足取り教えていたのが中学受験だから、一部の学歴のある親の家庭以外は参加しようがなかった。しかしそれを塾で全て面倒みますとなれば一般の家庭も参加しやすい。塾産業が拡大するわけである。 一般に中学受験の流行は公立中の荒れがひどくなったせいと思われている。しかし、本当にそれだけか?偏差値下位の学校をてこ入れし、校舎をきれいにし、制服をかわいくして、この学校に入りたいという小学生の気持をあおる。中高一貫を拡大して高校募集をやめさせる。中学から入れざるをえなくなってくる。かくて私立に生徒が流れた分、公立の生徒は減り、国や自治体の負担分は減っていく。自分たちの意思で選んだ私立は、つまり教育費の自己負担ということだ。こうして少しづつ教育有料化の波は浸透していく。この図式を考えるとこれはN研だけの策略ではなくその後ろに誰かいそうではないか。しかも不況で中学受験の受験生数が減ったその後に、ほんの少し景気を良くしてある。そのせいで、そのあとにまた受験生数は盛り返しているのだ。入れてみれば私立の学校は思ったほどよくない。うっかりすると小学校でいじめっ子だったやつと同じ学校なんて笑えない話もありうる。高校受験がないから六年間離れられない。私立イコール金持ち。という信仰は今でも健在だ。しかし私立の年間授業料はだいたい70万くらい。ところが公立の小学校中学校で生徒一人当たりに使われる税金は年間100万円なのだ。このことをご存知の保護者の方はどれくらいいるだろう。さあ、どっちが金持ちでどっちが優遇されているのか。100万もかけてなぜ公立はあの体たらくなのだろうか?
2005年11月05日
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自分の子はかわいい。ほんとーにかわいい。上の子も下の子もとってもかわいい。かわいいからやっぱり親の本音としてはなるべく甘やかしたい。好きなお菓子はいくらでも食べさせたいし。楽しいゲームはいっくらでもやらせたい。欲しいものはなーんでも買ってあげたい。塾がいやだといえばやめさせたい。勉強がいやだといえばいんだよーそんなものやらなくってと言いたい。いじめられたといえば、相手の子をぶんなぐって蹴飛ばして首絞めてやりたい。有名校に行きたいといえば裏金いっくらでも積んで入学させてあげたい。かわいい服が欲しいなら山のように買ってあげたい。携帯だってパソコンだっていくらでもオッケーと言いたい。楽しいよなあこういうの。でも現実には、そんなことしたら、とんでもないことになるの知ってますから。お菓子ばっかじゃ栄養かたよるからね。ごはんちゃんと食べさせないとね。勉強いやでも「勉強しなさい。」といいたくないけどやっぱ言わないとね。学校から帰ってきて疲れてそうでも塾行かせないとね。生活費苦しいから携帯なんて買ってられないしね。お金ないから洋服なんてそんなに買ってあげられないしね。いじめられても社会勉強だと思ってじっと耐えないと。相手の子をぶんなぐりにいくわけにもいかないしな。能力ないのにいい学校いれてもあとから子供が大変だろうし。つらいよなーこういうの。だから時々子育てがいやになる親御さん結構いるわけです。過保護はいいなあ。やりたいなあ。と時々考えてみる。でもそこまで。あーあやれやれ。せめて子供を抱きしめてかわいね。かわいいね。を連発する。これだけはいくらやっても大丈夫だア。
2005年11月04日
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教育有料化の話を書こうと思っていたら、つい反戦の話で進んでしまって今頃。です。 義務教育費の国の負担分を減らしたいらしい。しかしここに至るまでに国はかなり多くの布陣を敷いている。でも大体の人は気づいていないはずだ。教育内容三割削減も中学受験の流行も敵の策略だ。それでかなり前から始まっていた、新聞でも話題の教育内容削減も、ほとんどの保護者は耳にはしている。しかし、それじゃあそれがどういうことかは実は実感としてリアルにはわかっていないのである。子供が小学校に入学する。おめでたいね。よかったねとランドセルをしょった我が子をみるのは親として楽しい。さてここからだ。子供は学校でお勉強をし、テストをうけ、そして答案を持って帰る。かなり点数はいい。親はにこにこ。いまどきの学校は昔と比べて内容がそうとうやさしい。だから100点なんか簡単にとってくる。「おっうちの子は勉強できるじゃないか」と親はご機嫌だ。悪くても80点。昔ならかなり高得点だ。かくて子供は勉強で親にしかられることもなく楽しい子供時代を送ることができる。でもですよ、今の学校はやさしいの。30点、40点なんてめったにいない。昔なら30点か、40点だった子が、70点、80点とれちゃう。ここでよっぽど目のきく親でないとこの状況には気づかない。今時は70点だったらかなりあぶないのだ。100点なんて昔ならそう簡単にはとれなかった。それがいまどきはクラスで何人もとってくる。80点くらいでうっかりうちの子はできるんだと油断しているとのちのちとんでもないことになる。子供が大きくなってきて私立中にでも行かせようかと中学受験塾にやってくる。入塾のためのテストを受けてその点数に思わずのけぞる。「えっだって学校じゃこの子はできるんでけど」と、塾の先生に言ってみても始まらない。さらにもう少しのんびりしていて、中学にはいると、さすがに小学校よりはレベルが上がるので、成績に差が出てくる。えっ小学校ではできたのになんで中学ではできないんだとあわてる羽目になる。小学校の内容はスカスカなので、できる子をもっている親にもなかなかつらい状況だ。なにしろやさしすぎるから、たとえ子供がいい点を取ってきてもその子が本当に勉強できるのかわからないのだ。先生たちならまだ何人もの子供をみてきているからわかるだろうが、親は我が子しかしらない。せいぜい2人か3人だから、じっさいのところわかりずらい。我が子が100点を取ってきても、うかうかできないのが今の日本なのである。さあ、親は心してかからないと。(つづく)ちなみに私的には昔の勉強内容は相当高レベルの内容だったので、普通の子たちにはどうにも難しすぎた。できなくてあたりまえなのに親や教師に叱られなくてはならなかった。普通の子がちっょとがんばって一生懸命勉強すればいい成績がもらえる今の学校のレベルは本当は悪いことじゃないかもしれないとかんがえている。評価は人によって分かれるだろうな。詳しくはこちらの本で。
2005年11月03日
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高一の長男が夕べ、「食品添加物の書いてある食品ない?」と聞いてきた。家は生協をとっているので意外とみつからない。なんとか市販のクリームシチューの素と、市販の柿の種の中に少し入っていたので長男はその原材料表記の部分を切り取ってノートだかプリントだかに貼り付けていた。「家は生協だからあんまり食品添加物の入ってるものはないんだよー。食品添加物がいやだから生協なのよー。」と話をした。その後よく探したら、やはり市販のアメリカンドックの中にすっごくいっぱい入っていた。「見てみてーほらこーんなに入ってるの見つけたヨー。」と言って長男に見せたら、家庭科でもらった食品添加物一覧表を見ながら、「げっ!おれ、それ絶対食わないから。」だってさ。アメリカンドックは好きで随分食べてたんだけどなー。長男のお弁当に入れようと思ってたのにどうしよう。そうか家庭科でこんなことやってるのか。中学のうちは技術を重点的にやってたから、高校は家庭科。エプロンも作ったし、料理もやっていたらしい。やっぱり学校に行かせてるおかげだわ。ありがたい。よく大学受験を考えるなら、学校行かせるより塾だけ行かせて勉強させて大検とって、といった方が効率はいいんじゃないかと言われるんだけど、やっぱり勉強以外の大事な事はいろいろあるわけでこんな家庭科の話ができるのもやはり学校のおかげ。そのほかにもいろいろ、高校生の今でしか味わえないことを同じ年齢の友人たちに囲まれた中で感じ取っていってほしい。以前「東大理三200X」を読んでいたら、トップ進学校に行っているにもかからず、学校の勉強が物足りずに内職をしていたら、先生にみつかって、退学になり、自力で勉強して大検をとって東大理三に受かった受験生の話があった。読んでると大変そうだし、それはそれで学ぶものもあったようなんだけど、わたしは読んでいてやっぱこういうのはちょっとなーと思ったんだ。でも、「東大理三」シリーズはおもしろいけど。一年に一冊毎年出版されてて、結構買ってますけど。その年の東大理三の合格者の合格体験記で、彼らの幼少期の様子なんかも書いてあっておもしろい。うちは医者なんて全然関係ないけどさ。そんなのが家の中にあるので長男は不機嫌。ところで、最近は生活費が苦しいので少し生協を控えてたけどやっぱり生協で買うべきだよなあ。特にハム、ウィンナーはね。
2005年11月02日
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昨日の話題はおかげさまでかなりもりあがりました。ふー。考えちゃいますね。なんか最近戦争映画が花盛りっていうか。「ローレライ」「亡国のイージス」とかもうじき上映予定の「男たちの大和」とか。なーんか戦争賛歌の映画ですね。戦争の悲惨さを描いてるようなふりして実は戦争を楽しんでる感じするんだな。こないだ靖国神社に行ったら遊就館で「日露戦争百年展」なーんてものをやってました。そのポスターのキャッチコピーがなーんと「あの感動を再び」だってー!!信じられますー?なぜ戦争で感動なの?なーんか知らない間に周りが徐々に意識改革されてる感じ。こわいよ。かわいいセーラー服もかっこいいガクランももとは軍服だってことも普通に生活してたら気づかない。小学校の運動会の行進はただ集団生活のためのものなのかどうか。わたしはいつもあれがきらいだった。軍隊の行進みたいなんだもん。今は有名な私立の進学校だってもとは海軍や陸軍の士官学校だったところが結構ある。わたしたちの周りから戦争が全く消えているわけじゃないのだ。
2005年11月01日
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