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義務教育費が三分の一に削減されるかもしれないらしい。新聞をみてぎょっとした。子供をもつ家庭にとってこんな大ニュースはない。げげっ!悔しい!何が悔しいってこれからブログで教育有料化の話を書こうと思っていたのに、小泉の純ちゃんに先をこされたからだ。くやしいぜ。国鉄民営化、郵政民営化ときてるんだからいずれ教育も民営化なんて十分ありえる話じゃん。くそー敵は予想以上にすばやかった。だいたいこの間の選挙で、純ちゃんをテレビで見てたら、郵政民営化の話しかしない。おい。そんなわけないだろ。もしここで自民が圧勝したらどうなるんだよ。郵政民営化だけですめばいいけど、そのあととんでもないことやりだしたらどうするんだよ。しかし選挙当日あまりの体調の悪さに投票を断念した。こんなこと初めて。おもえば純ちゃんののろいだったのか。しかも、しかも、自衛隊は自衛軍にするですと?二大ビッグニュースだぜ。子供とだんなをとられたらどうしよう。義務教育費削減も自衛軍も、当面の影響はないだろう。でもでも一度改正されればその後の改正なんてもう簡単。なし崩しにがんがんかえられちゃうんだぜ。消費税だってまた上がりそうじゃないか。教育にお金がかかった挙句、軍隊にいかされるんだったらもう子供育てるのなんていやです。
2005年10月31日
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「最近社交的になったな。って友達に言われたんだ。」と先日長男が言った。そこまでなら、よかったね。で、終わるわけなんだけど。「社交的イコール頭がいい。ってみんな考えてる感じなんだよな。」と、彼はいささか不満げなのである。社交的イコール会話が早いイコール頭がいいという図式が確かに頭に浮かぶ。しかし社交的でなくても頭のいいやつだっているわけだ。今の世の中はとにかく社交的で明るい人間が評価される。それは悪いことではない。けれど今は、ちょっとあまりにもその部分のボルテージが高い。数十年前から「ネクラ」とか「おたく」とかそんな言葉が市民権を取り始めてなんとも居心地が悪い。暗くておとなしくて無口で友達がいなくて家にばかりいるということはそんなにいけないことなのだろうか。最近は特に少年の事件があった時、問題のあった少年の人物性がテレビなどで報道される時に、かなりの高確率で「少年はおとなしく、友達がすくなく…」と伝えられる。(なにか裏で口裏をあわせているような気さえしてくるのだけど。)しかし、勉強や運動や料理や整理整頓や音楽(音痴)や文字(字がへたっぴ)とか、どんな人間にも必ずどうしても苦手なことがあるように人間関係のとり方が苦手な人間だっているのだと思う。みんな自分の苦手な部分に苦労し、努力し、何とかしようとしているのだろう。もう少し社会が優しい目でみてあげられるようになったらと、思う。もともと日本人なんてシャイな民族なのだから。アメリカ文化が入ってきた時、一緒にアメリカ的価値も入ってきた。明るく元気で誰とでもなかよく。でも、アメリカ人の中にだってシャイな人たちはいてやはりアメリカ社会の中で苦労しているらしい。もう少し社会が大人が余裕をもって子供たちの社会を許容してあげられたら、あるいは彼らをこんなに追い詰めなくてもすむのではないだろうか。今流行っているいじめだって、いじめている側はどうして自分たちがそんな行動をとるのか本当の所はわかっていないのかもしれない。いつの間にか自覚のないまま大人社会から刷り込まれた、おとなしい、無口、暗い、というのはよくないという価値観が、反社会的な存在を抹殺しようとしている。レミングのねずみのように。私の考えていることは甘いのだろうか。ちなみに「引きこもり」の元祖は「千人」かな。ヒトとかかわるのはうっとうしいから、山にこもって自分の世界にぼっとうする。ということかな。ちがいますかねー。
2005年10月27日
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「子供は未来からの客人だ」「自分が決して見ることのできない未来社会で生きる人間たちだ。その未来人たちが過去を学びにやって来てるんだ。だからいい持てなしをしてやりたい。未来に帰って幸福なみやげ話ができるように。」これは内田善美作「星の時計のLiddell」の中からの抜粋です。子供の頃から漫画をいっぱい読んで、大人になってもまだまだおもしろい漫画や、いい漫画がいっぱいある。日本はいい国だなあ。ちなみにこの作品は二十年前に出版されたものなので、今はもう絶版になっていて手にはいらないかもしれない。楽天にも在庫がない。楽天のバカヤローオ。一番最初に読んだ時は特に気にもとめなかったこのセリフ。子供を産んでからもう一度読んだ時、びっくりしました。うーん。すごいな。作者はまだ未婚だったはず。どうやってこんなセリフ考えたんだろう。物語自体は一人の青年が夢を通して出会った過去の少女にとらわれ、彼女を追って過去へとんでいってしまうというものです。でもあまりにも内容が濃くて深くてすでに何度も読んでいるのですが、作者の意図するところとか登場人物のセリフの語る意味とかいまだに理解し切れていません。絵柄的には少し好みの分かれそうな作品ですが、私はこの作者の作品はほぼ全部そろえているはず。そのくらい好きなんですけど。最近新作を見かけない理由が分からないのでご存知の方いらしたら教えてください。うーん。もう一回読もうっと。内田善美の作品ゲット↑内田作品は現在すべて絶版になっています。ぜひ復刊投票にご参加ください。
2005年10月26日
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うちの娘は頑固。もう二歳の時から。とにかく自分の気に入った服しか着てくれなかった。わずか二着か三着のお気に入りを順繰りに着ていくだけ。まるで三着しかないみたい。家はそこまでボンビーじゃないよー。お家にはいっぱいお洋服あるんだよー。どんなにいっても聞かなかった。髪をとかされるのもいやがった。いやがった。細くて癖っ毛だから絡みやすい。ぐちゃぐちゃの鳥の巣のような頭で学校にいく。あー私は別に娘の頭もとかさないほどぐーたらな母じゃないよー。世間の白い目にぐっとたえるしかないぞ。ところが、娘はグチャグチャ頭を友達に指摘されて自分で頭をとかすようになった。やったぜ。そのうち自分で髪を結ぶようになった。やったぜ。そのうち三つあみもできるようになった。やったぜ。友達のお母さんに「えっ○○チャン自分で髪編んでるの?」と驚かれるようになった。さぞや家できちんとしつけてるに違いないと思われたに違いない。いえいえ私はなんにもしてません。ただひたすら世間の白い目を想像しつつ耐え忍んでいただけです。そのうち娘は塾に行きたいと自己主張はますますハードになってきた。えーっと思ったけどとりあえず入れてあげた。塾も彼女がえらんだところに決めた。すごい気合はいってるけど続くのかなあと思っていたら、半年ほどでやめると言い出した。もう夜に塾に行くのはいやだから代わりにSゼミ(かの有名な通信教育のあれです)をやるからといいだした。学校でSゼミをやっている子に話を聞いてリサーチしてきたらしい。Sゼミだけで大丈夫かなあと母は心配でたまらないのだが、彼女はせっせと勉強している。彼女の人生は彼女のものらしい。いったい母の立場って……。
2005年10月25日
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これはちょっとあんまりなタイトルかも。四月、新学期、新しい担任が決まる。一ヶ月もするとあるいは三ヶ月くらいで、あー今年の先生はハズレだーと思うことが必ずある。あるいは友達から前評判を聞いていて、わが子から先生の名前を聞いた途端に「ハズレ」だとがっかりすることも。でも我が子の十数年に及ぶ学校生活でハズレの先生に当たらなかったとしたら宝くじがあたったと思ってもいいかもしれない。私の二人の子どもたちも小学校でそれぞれ一人づつは、はずれた。学級崩壊にならなかったのが不思議だ。いや一人はあぶなかった。中学校となると教科別になってくるから分かりにくいしはずれかどうかの判断も難しくなってはくるけれど。そんな時は本当にもう腹が立って、家では先生の悪口がついついでてしまう。子供の前でも悪口言いまくりになりかねない。せめて子供の前では先生の悪口は言うべきではない。と一般的には言うけれど、内心むかついてるのにこどもの前で先生の言うことは正しいんだからなんでも聞きなさいとは私には言えそうもない。背中がむずむずしてくるー。だめだ。でも、もし、子供がずーっといい先生にあたったら?世の中みんないい人だと誤解して大人になっちゃうかもしれない。社会に出れば腹の立つ上司には必ず出会う。というよりそんな上司や同僚の方が多いのではないだろうか。どう考えてもおかしいと思えるような理不尽な命令や、指令が下され歯軋りしながらこなさなければならないことも多いはず。そんな時、爆発してすぐに会社をやめちゃったらどうしよう。あぶない。あぶない。やはりぐっと我慢してこなしていかなければならないことを子供に教えないといけないだろうな。ハズレだなと思う先生の課題をこなす意味を、子供に説得するということは。その練習にはいいかもしれない。信じられないようなあるいはそこまでいかなくてもこんなのおかしいと子供が言った時、親はおかしいと思う子供の気持に同調しつつも、さらに説得していかなければならないのではないだろうか。ただ、盲目的に言うことをきかせるのはどうかと思う。やはり理不尽な課題に苦渋する子供の気持には一緒になって怒りたい。いらつく子供の気持を抑えてなんの疑問も持たずにただ上の言うことを聞くというスタンスは大人になった時、怖い。世の中がどんどんおかしな方向に進んでいった時、上の人たちの言うことだからと言ってなにも考えずに従うような人間にしてはならない。理不尽な課題にあるいは命令に従いつつ、おかしいと思う心のあり方は持ち続けていけるよう、できれば子供に教えたい。理不尽さにいらつく子供の心を無視してただ盲目的に言うことを聞かせても、親に対して「こいつなんにもわかってねーな。こんなやつのいうことはあてにならない。」と子供は考えているはず。大人の言うことが理不尽な命令であることは、小学校の五年生を過ぎれば確実にわかる。子供が無茶な宿題や課題やルールに耐えなければならないなら親としてはやはりおもいっきり怒って悪口をいいまくりたい。その上でそれを乗り越えていかなければならないことをうまく子供に伝えられるだろうか。実は私は子供の前で先生の悪口はいいまくりだった。ちょっとあぶない。うーん、これは心してかからないと。少なくとも教室で先生にいかって授業がなりたたなくなるのは、まずい。子供の気持に同調しながらもうまく説得できるだろうか。うーん今日はちょっとむずかしかったな。ああ、表現力ないなあ。たいへんだ。ドラゴン桜の11巻がそろそろ出るらしい。買いに行かないと。ドラゴン桜 11
2005年10月24日
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昨日は高校のパネルディスカッションとクラスのお食事会がありました。どちらも二時間かかったので、普段のんきにくらしている私にはなかなかハードワークだった。もう年だし。すでに大学三年四年になっているOBの方々が六、七人来て卒業のその後大学の今をはなしてくれた。とってもためになった。情報収集のために毎年聞きに行くことにしてる。やはり就職というおおきな壁が話の焦点になっていた。そのあとクラスのお母様とお食事しながら息子たちの様子をはなす。興味があったのは文理わけ。きくとみんな理系なんだそうだ。文系の人はどこにいるんだろう。いまや高一の男の子たちなのでぜんぜん口をきいてくれないとみんな異口同音に言う。そうなのかあ。家は話してる方かもしれない。なんせ頭がいいからいろいろとべんりなのだ。わたしは息子をあてにしてくらしているのである。そして老骨を鞭打って(ちょっとオーバー?)今日は娘の漢検のためについていかねばならない。資格なんかクダラーンと思っていた私なんだけど高校受験のためにはやはり受けておいた方がいかも。と、あえなく現実のシステムに妥協している私なのでありました。でもま、勉強になるしいいか。近くに美術館もあるし。
2005年10月23日
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たぶん国語の時間塾の先生「センチメンタルってしってる?」生徒「知ってます。長さの単位でしょ。」
2005年10月21日
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先日かなり久しぶりに渋谷にいきました。東急文化村のミュージーアムが見たかったから。でもいまいち良くなかったなー。習作やラフデッサンが多くて完成作や大作が少ないのだ。画学生にはいいかもしれないけど私はやっぱちょっとなー。これならこないだの日本橋高島屋の「奥田元宋展」の方が全然よかったなー。久しぶりに渋谷の街を歩いた。相変わらずの華やかさ。いまどきの若者があつまるファッションと若者文化のトレンディな街だ。でも実は渋谷は、私立の中高一貫校生を対象にした難関大学をめざす大小の塾が雨後のたけのこのように生まれて開校している場所であることを知る人はかなり少ないと思う。一部の上位私立校生とその親と開塾している先生たちだけの秘密の場所なのかもしれない。この華やかで魅力あふれる歓楽街のビルの片隅で彼らは未来のために必死に勉強しているのだろうな。と思った。渋谷はトップの頭脳があつまる街でもあるのだ。そういう意味でもやっぱりトレンディの街なんだな。優秀な頭脳がなければできない勉強や専門的な知識を必要とする仕事がいっぱいある。どうかがんばってください。それにしても渋谷は今一遠い。もーちょっと通わせやすいところにも塾作ってください。お願いします。
2005年10月20日
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はるか昔長男がまだ幼稚園児だったころ。長男を入園させた、親にはこ厳しいその幼稚園は、「親子で歩いて通園してください。お子さんにとってお母さんは世界中に一人なんですよ。親子のふれあいは大切です。」といった。冗談じゃないよ。子供にとって母親は一人かもしれないけど、母親にとってわが子は一人じゃないんだよ。(ま、一人っ子の家庭もありますが)つまり自転車通園禁止ということです。二歳の下の子をつき合わせて毎日毎日やってられるわけがない。で、実際にはみんな幼稚園のすぐそばまで自転車でいってあと少しのところを歩いてつれていっていたわけですが。それにしても、疲れる。疲れる。疲れる。つかれる。というわけでここで我が家のこの上なく寛大なだんな様にご登場いただいた。会社が休みの土曜日はお父さんが通園させてよ。彼はこの上なく素直なので快くオーケーしてくれた。かくて幼稚園時代の二年間、土曜日は毎週父親の出番となった。なんせ子供にとって父親はひとりだけですからね。さて、朝はいいのです。幼稚園までつれていくだけだから。問題は帰りです。長男ははてしなく寄り道が大好きな子供だったのです。というわけで15分か20分の道のりを帰りは一時間以上は軽くかかる。長男は公園なんかにはすぐ飽きて、普通の道路の道端の隅っこをえんえんのぞいていたりする。すぐに家に帰るなんてしてくれない。それにつきあう大人はたまったものじゃない。長男と一緒によれよれで帰ってきた夫は言った。「やってられないよ。こんな非生産的なこと。」私は言った。「でも私はそれを三年間(ないしは四年間)毎日毎日やってたんですけど。」彼はうーんとうなった。子育てはこの世の中でもかなり生産的な事業だと思う。人間一人育てるのはものすごいお金とものすごい手間がかかる。そこにだいの大人がずいぶんエネルギーを費やさなければそだたない。育てた子供が社会に出た時どれほどの労働力の提供と貢献をすることか。それなのに家庭という枠の中で子供一人ないしは二人とむかいあっている母親が、社会と隔離された気持になるのはなぜだろう。こんなこと(つまり子育て)をやっていたら世間からおいてきぼりにされてしまうのではないかという焦燥感に苦しめられる母親は多い。子育ての今の日本での評価は低い。お給料をもらって働くこと。つまり有償の労働ばかりが評価されている。私は働いてるんだから、PTAなんかやってられないわという暗黙の言葉が聞こえてこないか。それはつまり男社会の価値観だ。有償の労働や自己実現という言葉に惑わされすぎてはいないだろうか。でも無償の労働がどれほど底辺で社会をささえていることだろう。その最たるものが「子育て」なのだと思う。有償か、無償かなんて関係なく社会のために働くという意義は変わらないのではないだろうか。と私は思いたい。たとえどんな仕事でも社会のためにそして自分のためにがんばろうじゃないか。でももちろん私はキャリアウーマンを否定しているわけじゃないですよ。バリバリにビジネスの世界でがんばっている女性もオッケーだと思う。話はまだまだつづく。でも長くなったのでまたいづれ。
2005年10月19日
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いまどきの高校はすでに高2から文理わけがあるんだって。私の頃は高三で午前中の授業が選択性になったくらいなんだけどな。そんでもって絶対理数系で、理工学部と考えていた長男が経済学部がいいと言い出したんですよ。えっと経済学部って一応文型だよね。致命的に国語の物語文ができないのに。できるんですかね。数学だってもっともっとできる子が学校にはいっぱいいるのにさ。とにかくちかぢか文理わけの志望を提出しなきゃいけないし。100パーセント素人の私に何がわかるっていうんだ。本人はとりあえず理系に進むつもりらしい。経済の国語やさしくなんないかなあ。で、経営工学ってなに?学校側は言う。親子でよーく考えてくださいねって。まだまだ子育ての勉強はつづく。だいたいさあ、いまどき文理にわけるなんてナンセンスだよ。理系の弁護士がほしくてロースクール作ったり大学だって四苦八苦してんのにさ。理工学部進んだっていまどきは大学院まで出なきゃものにならないっていうし。それでも技術革新のスピードが早すき出て追いつかないかもしれないらしいし。まだまだ教育費はふえていくのでありました。はーため息
2005年10月18日
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娘が小学生の三年間、私は小学校の読語りに参加していました。この春の娘の小学校卒業と一緒に私も読語りを卒業しましたか゛、とても勉強になった三年間でした。読み語りを通して私自身国語の読解がなんなのか改めて勉強できたという感じです。国文科をでていながら、読書好きを自負していながらぜんぜんわかっていなかったなあとつくづく痛感したことでした。音読が国語の勉強にいいとはよく聞く話ですが。実際に教室で絵本を読むために家で三回は声をだして読んでみます。評判のいい絵本だと他のクラスでも読むことになるのでまたまた家で練習となります。これはただ読んでいるのとは違うんですね。子供たちに読むために、子供たちが聞いてよくわかるようにということを頭にいれて読むのですが。本を読む、というとまず思い浮かぶのは朗読だと思います。でも、読み語りはちょっと違います。これは小学校の三年生か四年生で、授業で習うことなのですが、「表現読み」という一つの国語の教育法なのです。どういうことかというと、楽しいところはたのしく、悲しいところは悲しく怒ったところは怒った声で読むのです。つまりここはどんな場面か、主人公や登場人物はこのセリフをどんな気持で言っているのかひとつひとつ考えながら聞いている人にそれが伝わるように読んでいくということです。大きな声で呼んだり、ささやくように読んだり今にも泣き出しそうな声で呼んだり。そうすることで聞いている子供たちはその絵本のその文章がどんな場面でどんな気持なのかより理解しやすく、そして物語世界に入りやすくなっていく、そして読解能力を上げていくということです。実際こういった抑揚をつけていくことで一人で黙って読んでいた時とはまるで違う絵本の楽しさを伝えることができるのです。そして一人で読むのとはちがう、クラスのお友達に囲まれた中でお話を聞くことでなにか別のパワーが生まれてくるような、そんな感じでしょうか。みんなの力にたすけられる。家でわが子一人を相手に呼んであげるよりクラスのみんながいる中で読んであげることで得るものがあったのです。もちろん私は朗読の読み方のほうがいいというお母様もいらっしゃいましたのでそれはそれ、なんでもありでいいことです。いろんなお母さんがいろんな本をいろんな風に読んでいく。バラエティあふれる楽しい世界です。ここ数年全国的に読み語りが各小学校で盛り上がってきました。できればこのブームが下火になることなく続いていってくれますように。続きはこちら↓読み語りに参加してくださいその2
2005年10月17日
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室内で向かい合って座る赤ちゃんとおかあさん。泣き続ける赤ちゃん。泣き出すあかあさん。しばらく泣いたあと泣くのをやめて赤ちゃんに一言。「ごめんね。」うーん。秀逸。思わず胸がじーんと来て私もうるうる。涙でそうになりました。このCM。見るたんびにうるうるするんだよー。きっと世の中のお母さんたちみんなこのCMみてうるうるしてるはず。やっぱり自分が赤ちゃんかかえてずーっと泣き続けて泣き止まない赤ちゃんに、もうどうしていいかわかんなくなって頭変になりそうになってきて、思わず二階の窓から投げ捨てようかと思ったこと。思い出しちゃいました。理性があったからやらなかったけどね。あのころのこと、このCM見るたんびに思い出しちゃうよー。あまりのストレスに大皿投げつけて割ったこともあったっけー。(もったいなかった)あのCM、世の男の人たちにどこまでわかるだろう。今までのCMってお母さんが赤ちゃん抱いてニコニコしてたり、うれしそうにあやしてたり、赤ちゃんがいることの幸せをポイントにしてたんだけど。でも赤ちゃんがいること、確かに幸せだけど、乳幼児を育ててる間のあの精神的な苦しさ閉塞感はなかなか世の中には伝えられていない。赤ちゃんは人間だけど人間じゃない。話しかけてもどこか独り言をいっているようなもの。ペットと似ている。たったひとり話す相手もなくすごす時間の連続。でもいやになっても捨てられないし、法的責任もあるし。生活的な制約は果てしなく大きい。一年三百六十五日78時間休み無しでフルタイムで働いているようなもの。子供が大きくなってきて人間対人間になった時どれほどほっとしたことか。人間になってくるとそれぞれの個性も現れてきて喧嘩しつつもこの上なく楽しいんですけどね。
2005年10月16日
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新聞で「ドラゴン桜」の内容を知り本屋さんに通って買い揃えること9巻。ほどなくテレビドラマもはじまって、わくわく。アベカンかっこいいなあと楽しんだのもわずか三ヶ月。 みごとに尻切れトンボに終わって、はいー?とあえなくただのテレビドラマ化して、がっかり。でもでも原作の「ドラチェリ」はまだまだ続いたのだっ。今回の十巻ではヒロインのボーイフレンドで都立高校生で、東大志望の男の子がどうして勉強好きになったかが本人の口から語られているんですけど。この方法は私は平井信義氏の子育ての本と木村治美さんのエッセイの本で学んだ部分でもあるなあと思いました。ウルトラマンが好きな彼がウルトラマンの本をたくさん買ってもらったり、好きなこと興味のあることに徹底的にはまり込んでいくっていうことですよね。平井さんの本の中では子供が夢中で遊んでいる時には、途中でそれを止めるようなことをしないほうがいいということが。そして木村さんの本では自分の子の好きなことに徹底的につきあわせてあげたということがかかれていました。私なりにそんなこんなを頭の片隅にいれつつ子育てしてきましたが。電車の大好きだった長男を連れて、新幹線を見にいったり千葉と東京のモノレールを乗りにいったり。電車の本を買い揃えたり、まあいろいろと。でもね下の娘は女の子だったのでそういう風に何かにはまるってあんまりなかったような…。普通の子ってやっぱりあそこまで興味のある世界にはまりこんでいくというところまでいかないなあ。環境か素養か。さて、これらの成果がみられるのはいつのことだろう。どこまでそれらが影響してるかなんてわかんないしー。子育ての日々はまだまだつづくのだった。
2005年10月15日
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あさっては英語検定です。やっと中間試験をおえた娘の道案内役で東京の中の会場までついていかねばなりません。 でもね、英検の日程ってどうしていつも定期試験の前後になってるんでしようかねえ。おかげでいつも上の子に受けさせようと思いながら定期試験の前日だったり直後だったりして、やっぱり定期試験の方が大事だからあきらめるしかない。受験に役に立つとか中高生におすすめとかいいながらなぜにいつもこの日程。他にいくらでもあるじゃないですか。春休みとか夏休みとか冬休みとか。とにかく定期試験じゃない時が。英検の事務局はいったいなに考えてんのかな。苦情をいいたいんだけど英検のホームページに苦情いうためのアドレスをみつけられない私です。電話をかけるのもちょっとなあ。こんなこと考えてるの私だけ?漢検はもうすこしずれてるんですけどねえ。それにしても今の世の中資格検定ふえましたねえ。ドイツ語検定にフランス語検定に数学検定そのほかいろいろ。日本人は資格マニアってほんとうだあ。とにかく!そこの英語検定の事務局さん!日程考え直して!
2005年10月14日
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画才も商才も生まれつきだなあと思う。絵は誰に習うわけでもなくうまい人間はうまい。多少のテクニックを学ぶことはできる。でも白い紙の上のどこにどう線を引くかこれはもう才能。まったく同じものを描いてもひとりひとり見事にちがう。技術だけじゃなくてセンス。これはもう本当に教えようがない。おそわりようもない。すごく不思議。その個性こそが人をひきつける。商才も生まれつきだなあと思う。経済学部や、経営学部にはいって経営の理論や方法を学ぶことはできる。でもねー、なににどう投資するかとか、どの株をどうかってどう売ってどうもうけるかその判断はなんか感どころできまる…という感じですかね。テレビなんか見てると昔勉強が嫌いで学校がきらいでという人がすごい商売で儲けててお金いっぱいもってるでしょう。(うらやましいなあ)かと思うと学歴高くて一生懸命勉強してまじめに働いてるのに生活精一杯って人も結構いるよね。(すみませんこのあたり「金持ちとうさん」よんでますね)もちろんとっても頭よくてしっかり勉強して大手の企業でがんがん働いて稼いでる人もいるけどさ。最近銀行の金利悪くて他になんかいい方法ないかってんで、株なんかどうだーもうかるんじゃないかというか株って働かずに儲けられるものって思いこまされてる気がする。でも儲かってうはうはの人の話はよくでてくるけど損した人はだまってるもんね。人には言わないよねえ。そんなの。もうかる話ばかり聞くから自分もーって気になるんだよね。でもでも日本の株って配当少ないし、安く買って高く売るって本当神業!やっぱここら辺の買いどころ売りどころを見分けられるかどうかが商才でしようねえ。(商才ほしいなあ)なけなしのお金で売れるかどうか分からないもの買う勇気ないし。わたしがやりだすことってお金にならないことばかりですー(涙)自分は堀さんでも村上さんでもないしなー。がんばって働いてる人にちゃんと相応のお金が届く世の中にならないかなあ。
2005年10月13日
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どっかの野党が選挙ポスターにうたっていますね。巷でも「30人学級」は話題です。でも私は反対だ。まず第一に友達をつくる可能性が減るってことです。公立小学校は基本的に共学だから30人てことは同姓はクラスのなかに15人しかいないってことになります。40人でも少ないなーと思っているのに。学校はクラス単位だからそうそうとなりのクラスに出張してるわけにもいかないし。日常の生活はやっぱりクラス。私の頃は45人だったから結構いたなあ。知り合えば誰でもすぐお友達なんていうおめでたい(うらやましいけどさ)人間関係は子供でも小さいうちです。幼稚園ですら人間関係の派閥は存在します。しかも学校というところはクラス替えのたびに仲のいい子とひきはがす。そして冷酷な笑顔でたくさんお友達をつくりましょうなんていうんだな。こっちはたまったもんじゃない。本当に気のあう人間なんてそうそう出会うもんじゃないでしょ。一年か二年ですぐ終わる人間関係をいくらたくさん作ってみても。一人の人間と長くかかわる、つきあう、知っていくっていうのができないんじゃないのかな。クラスがえ多すぎ。そのうえ少人数学級。ではね。それから、人数少ないほうが一人一人をよくみれます。なんていうのは先生の側の都合。かな。数の力っていうのもあるんですよね。何かちょっとした事件があった時。子供によってそれぞれその対応も反応もちがうはず。同級生のそういった行動をみながら、ああいうときはああするのかとか、あんなことしちゃいけないんだなとか学んでいくのですから。だからできればなるべく人数多いほうがいいなあ なんて思うんですけどね。だいたい先生の目が行き届きすぎちゃうと、うっかりぼーっとすることもできやしない。今朝の親子喧嘩のことを反芻してると、先生に「ほらーちゃんと前見て授業聞きなさーい。」なんて怒られちゃうだろうし。ノートの端にマンガかくのもやりづらそうだし。友達とかほかの子と仲悪くなった時別の子の群れに紛れ込んで逃げちゃうなんてのも30人じゃつらいよなあ。たくさんいる中でみんなが一生懸命勉強していく姿に引っ張られちゃうことだってあるかもしれない。(かも…ですけど)だから私としてはそのぶん副担任を置くってシステムはどうかなあと思ってるんだけど。若い先生とベテランの先生でセット。とかね。価値観の違いでかえってもめて大変かもね。でもたった一人で学級もつのはつらそうですね。だから密室政治で学級崩壊になっても、よほどひどくなるまで周りが気づかないなんてこともありですかねー。まあ家の子たちはもう小学校卒業しちゃったんで。いまさらなんですが。
2005年10月12日
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うちの息子は高校一年生です。もっかの私の一番の悩みは塾に入れるべきか?です。同級生が何人か言ってるらしい話は息子から聞くのですが、塾行かせ始めると夕食はどうするんだろうとか遅くなるしとか、塾は本当に効果あるのか?とかいろいろいろいろ考えちゃいますね。ついでに定期試験の時はどうすんのかな。とか。体大丈夫かなとか。なんせこないだ貧血で駅でくらーっと倒れちゃったって言うんですからね。子供の偏食をどうするか。これも子育ての最大の悩みですね。こないだの細木数子先生のスペシャルもすごかった。やっぱりさすがの細木先生も子供相手にはシクハックしていたように私には見えました。やっぱり細木先生は高校生相手が一番ですね。嫌いなトマトを無理やり食べさせられてげーげーはきそうな男の子の様子はさすがに…。かのイチローも偏食はすごかったらしいです。足らないぶんはお菓子食べてすごしていたそうですね。中村監督が始めてイチローを見た時こんなにやせてて本当に野球できるのか?と思ったそうです。高校三年にもなればもうやるしかない!!ですが高一は悩むー。
2005年10月11日
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本日開店ぱんやさん…違う!まだぜーんぜん書いていないにもかかわらず10人もの方にご来訪いただきました。びっくし!いやもうしわけないですー。はじめまして。ブログの存在を知ったのもつい最近。なっ何たること。なさけなかー。で、会員登録したはいいが、サイトの名前が考え付かない…。ここで一週間かかりましたね。下手にこった名前付けるとあとで恥ずかしいし。いや今のも十分はずかしいな…ま誰もみないしーいいやーとか思ってのーんびりしてたらすでに10カウントですと。いやいやはやはやはやははは。さすが楽天!!他のかたがたのサイトとかみてみればいいのにねー。息子にパソコン取られちゃっててね。いやー電車の中の広告も雑誌も目を皿のようにして見ました。サイト名決定入力ー。さー書くぞー。おおっと来週から中間試験の息子のためにパソコンかくさなきゃ。おっおしいれー。男の子ってほんと勉強しませんね。といいつつ下の子に聞かれた数学の問題。お兄ちゃんに助けを求めてしまいました。下は今週中間試験ですー。
2005年10月10日
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